« 2019年4月 | メイン | 2019年6月 »

2019年5月

2019年5月31日 (金)

サラブレッドの距離適性に関わるミオスタチン遺伝子について

No.80 (2013年6月15日号)

 生き物の容姿や機能・能力の設計図とも言える遺伝子は、サラブレッドの場合、64本の染色体(31対の常染色体と1対の性染色体)の中にあります。近年、第18番目の染色体上に存在するミオスタチンという物質の遺伝子のDNA塩基配列(A/T/C/Gの4つの塩基の組み合わせからなる)の中にある一塩基多型が競走距離適性と関連していることが、複数の研究機関から報告されました。今回は、このミオスタチン遺伝子型に関する最新事情について紹介したいと思います。

ミオスタチン遺伝子多型と距離適性
 ミオスタチン遺伝子に認められた一塩基多型とは、「C(シトシン)」または「T(チミン)」のどちらかで構成される塩基配列の一部が個体によって異なっている、というものです。染色体は、父方の精子と母方の卵子から1本ずつ引き継ぐため、その組み合わせによって「C/C」、「C/T」および「T/T」の3 種類の遺伝子型が生じることになります。ちなみに、このような遺伝子型は人のABO血液型が親から子供に遺伝しているのと同じ原理になります。このミオスタチン遺伝子型により、「C/C」型では短距離に適した傾向を、「T/T」型では長距離に適した傾向を示し、「C/T」型ではその中間(中距離)に適した傾向を示すことが明らかになってきました。
 図1は、JRA において出走した雄のサラブレッド集団(1,023 頭)の距離適性傾向を示しています。この調査では,調査対象としたJRA における競走体系(新馬戦からG1 まで)が、1,200 m や1,800 m での頻度が高いため、解釈する上ではこの点に留意すべきとしていますが、「C/C」型では1,000~1,800 m で、「C/T」型では1,200~2,000 m で勝利度数が高く、「T/T」型は「C/T」型よりやや長距離で勝利度数が高いことが示されています。

1_6 (図1) 日本のサラブレッド(雄1,023 頭)におけるミオスタチン遺伝子型の違いによる勝利度数分布(T. Tozaki et. al., Animal Genetics, 2011から引用・改変)

筋量とミオスタチン遺伝子型との関連
 ミオスタチンは多種様々ある成長因子の1つで、筋細胞の増殖分化を抑制する物質であることが知られています。ミオスタチンの機能不全を起こしたウシでは、筋肉隆々の個体になることが知られていて、通常の個体では過大に筋肉が肥大化しないように、ミオスタチンを介した適度な筋量の調節が行われていることが推察されます。
 18ヶ月齢(調教前)のJRA育成馬(91 頭:雄49 頭,雌42 頭)を用いて、調教開始後6ヶ月間の測尺結果とミオスタチン遺伝子型との関連を解析した調査では、筋量を反映する「体重/ 体高(kg/cm)」は、雌雄とも「C/C」型で最も高く、「T/T」型で最も低く、「C/T」型ではそれらの中間傾向を示すことが明らかになりました(図2)。この遺伝子型の違いによる傾向は、18月齢から認められ、統計的に有意な違いは、本格的なトレーニングを開始した20月齢(1歳の11月時点)から観察されました。

2_6 (図2) 1歳育成馬における体重/体高の経時変化とミオスタチン遺伝子型との関係
 黒枠付きの四角は雄を、丸は雌を示す。筋量の指標となる体重/ 体高は、11月~3月の測定期間において、遺伝子型による統計的有意な差(*印:p <0.05)を認めた。(T. Tozaki et. al., J. Vet. Med. Sci., 2011から引用・改変)

競走距離の変移とミオスタチン遺伝子型との関連
 サラブレッドの近代競馬は、今から約300年前のイギリスで発祥しました。当時の競馬は3~6kmの長距離戦が主なものであったとされています。レースで勝利を治めた馬が種牡馬や繁殖牝馬となり、その子孫を残すことで、速く走るための遺伝子が選抜され、サラブレッドの育種改良は行われてきました。昨年は、我が国でも近代競馬が行われてから150周年を迎え、世界で互角に戦える競走馬を輩出し、血統的にも世界に負けない優れた種牡馬や繁殖牝馬が揃うようになってきました。平成24年度の中央競馬(JRA)における平地競走は芝1,000~3,600m、ダート競走は1,000~2,500mの各競馬場コースにおいて、合計3,321競走の競馬番組が施行されました。一般に、平地競走の距離区分は、1,200mを中心としたスプリント(Sprint; <1300m)、1,600mを中心としたマイル(Mile; ~1900m)、2,000mを中心とした中距離(Intermediate; ~2,112m)、2,400mを中心とした中長距離(Long; ~2716m)、3,000mを超える長距離(Extend; >2717m)に分類され、それぞれの英語の頭文字を取ってSMILEとして区分されています。この距離別区分によるJRAの競走数の分布は図3の様になり、近年は、マイルやスプリントの競走が主流になってきていることが分かります。
このような競馬距離体系の移り変わりから、サラブレッドの求められる距離適性能力も変移してきています。かつての歴史上の有名種牡馬や競走馬13頭のミオスタチン遺伝子型を調査した報告では、19世紀以前は「T/T」型の種牡馬が多くを占めていた可能性が高く、1954年生まれの1頭の種牡馬以降に「C/C」型のミオスタチン遺伝子型を持つ種牡馬が登場し、この「C」型のミオスタチン遺伝子が普及していることが明らかになっています。

ミオスタチン遺伝子型に関する動向
 サラブレッドの競走能力に関わる遺伝子は、ミオスタチン遺伝子だけではありません。様々な複数の遺伝子が関与しているとともに、その発現には飼養管理や調教、馬場状態やレース展開など様々な環境要因も関与しています。したがって、1つの遺伝子だけを取り上げてその馬の能力を判定するのは危険な考えだと言えます。ミオスタチン遺伝子型と競走距離適性との関連は、サラブレッドの血統理論を裏付ける科学的な指標の1つとして、長期的な交配計画の策定や、その個体に適した飼養管理や調教方法などの環境要因の策定に活用されるべきと思われます。
 なお、ミオスタチン遺伝子型のDNA検査は、アイルランドのエクイノム社および米国のジャネティクス社により特許が取得され、「Equinome Speed Geen Test」として、正式な遺伝子診断サービスが実施されています。ライセンス許諾を受けていない試験機関等による検査は同特許の侵害に当たり、大学や研究機関における研究目的であっても,得られた個々の診断結果を馬主等の関係者に報告する場合にあっては、潜在市場を侵食する観点から違法となる場合があります。日本国内においては、共同研究を実施してきた競走馬理化学研究所がライセンス許諾を受け、最近本検査業務を開始したところです。

日高育成牧場 生産育成研究室
研究役 佐藤文夫

2019年5月29日 (水)

当歳馬の蹄管理について

No.79 (2013年6月1日号)

 健全な蹄の発育を当歳馬の時から維持することは、「強い馬づくり」の技術として、そして安定した競走馬生産を行うための重要な要素です。将来の充実した競走馬生活を実現するため、生産地の装蹄師は当歳馬特有の蹄の成長に対応した定期的な削蹄を行うとともに、異常肢勢の改善が期待できる矯正装蹄や海外の新しい技術の導入なども積極的に行っています。そこで今回は、装蹄師の視点からの当歳馬の蹄管理について紹介します。

当歳馬削蹄の基本概念
 基本的に当歳馬の削蹄は、何らかの異常などが無い限り生後1ヶ月を過ぎた頃に、初めての削蹄を行います。生まれた直後の馬の蹄は、内外が対称でバランスの整った蹄を持っています。しかし、ほとんどの馬が肩幅よりも広い駐立肢勢をとるため、不均等な負重による蹄の変形や異常な磨耗が発生します。さらに、成馬に比べて約1.5倍も速く蹄が伸びるため、蹄壁の歪曲による骨端への不均等なストレスが発生しやすくなります。そこで、定期的な削蹄を行って崩れた蹄のバランスを取り戻すことが重要です。また当歳馬は、主に蹄の長さと横方向への拡張の2方向に蹄が成長するため、蹄を広げるとともに蹄踵を後方に下げるような削蹄を施します。なぜなら、蹄踵が前方へと巻き込んでしまう弱踵蹄と、将来的には屈腱炎になりやすい蹄形である「アンダーランヒール」へと変形する可能性が生じるからです。

前方から見る肢軸異常
 出生直後から真っ直ぐな肢軸を保ちながら駐立する馬は皆無で、少なからず外方や内方に肢軸が破折しています。そのことは、肢軸に対する不均等な負荷になると考えられます。しかし、実際には多くの肢軸破折が人為的処置を施さなくても、馬体の成長に伴い改善されていきます。これには、長骨の縦方向の成長を司る骨端板が強く関わっていると考えられます。軟骨により形成される骨端板は、負重による圧力に対し2通りの反応を示します。1つは、圧力という刺激により軟骨の産生速度を上げること、もう1つが、大きすぎる圧力により軟骨産生が滞り、成長が止まるといった反応です。つまり、腕関節が外反するような肢の場合は、橈骨(とうこつ)遠位(えんい:体の中心から遠い部分)にある骨端板の外側へ強い圧力が加わるため、内側よりも外側の成長が速まることで肢軸が改善されるという仕組みです。では、全ての肢軸破折が放置していても改善されるのかと言うと、必ずしもそうではありません。極端な肢軸破折を呈して生まれた馬や過剰な運動により多大な負荷を肢蹄が受けた場合、骨端板への外傷や感染があった場合などの様々な要因が重なることで、肢軸破折が改善されないことがあります。重度の肢軸破折には外科的処置という手段もありますが、その判断は獣医師・装蹄師両者の意見を参考にすると良いでしょう。もし、外科的治療ではなく装蹄療法を選択する場合、装蹄師は骨端板にかかる圧力の均等化を目的とした削蹄を主に行いますが、矯正削蹄ができないほど蹄壁の伸びが不良な場合や削蹄だけでは矯正が不十分と判断した場合、カフ型接着蹄鉄やタブ型接着蹄鉄、蹄壁補修材などを用いた側方への張り出し処置(エクステンション)の適用を検討します。しかし、カフ型やタブ型の接着蹄鉄は蹄鞘の発育を阻害する可能性が高いため、その使用には細心の注意が必要です。一方、蹄壁補修材を用いた張り出し処置(写真1)は、蹄鞘への負担が少なく、装着後の加工が容易で低コストです。ただし、安定した接着力を得るには長時間の挙肢が必要なため、獣医師による鎮静処置を行う場合があります。

1_5

側方から見る肢軸異常
 屈腱性の肢軸破折は馬の側望から観察できる肢軸異常で、その中でも、浮尖(ふせん)、浮踵(ふしょう)、起繋(きけい・たちつなぎ)などは出生直後の馬によく見られます(写真2)。浮尖は、屈腱の弛緩などにより蹄尖が浮き上がる症状で、成長が遅い馬や繋部の傾斜が緩い馬の後肢によく見られます。軽度なものは、通常の放牧によって筋力や腱が強化されることで改善しますが、蹄球が接地するほど弛緩している症例では、蹄球を保護するために後方への張り出し部を設けた蹄鉄の装着などが必要です。一方、起繋や浮踵は浮尖と異なり、主に屈腱の拘縮が原因で起こると考えられています。屈腱拘縮が生後早期に認められた場合は、獣医師によるオキシテトラサイクリン(抗生剤の一種)の大量投与が有効です。これは、カルシウム緩衝作用による筋の弛緩効果を利用し、屈腱筋に繋がる屈腱の緊張を緩和するものです。ただし、前肢が起繋で後肢が浮尖を呈する馬の場合、前肢の趾軸は改善されますが後肢の屈腱が過剰に弛緩してしまうので注意が必要です。また、軽度な起繋の場合では、段階的な蹄踵の削切を行います。蹄踵削切後に蹄踵が接地しているか、また歩様の違和感の有無を確認しながら繋部の前方破折を改善します。蹄踵がまったく接地しない極端な症例や、生後3ヶ月以降も趾軸が起きてくるような後天性の異常には、屈腱の緊張を緩和するような処置が必要です。そのような症例の蹄は、蹄尖部が負重の偏りによって磨耗し、蹄踵部は負重による圧力が少ないため過剰に成長します。よって、蹄尖部を保護しつつ、蹄踵部を削切しても屈腱の緊張が高まらないような、くさび状の蹄鉄を装着することが有効になるでしょう。また、装蹄療法と同時に、飼料の減量や変更、運動制限などの、保護的処置による屈腱の拘縮を緩和してから、次の治療を行うと良いでしょう。しかし、それら処置に全く反応を示さない症例には、遠位支持靭帯の切断術を検討します。生後10ヶ月齢以前の馬には大変有効な手術で、矯正装蹄を併せて行うことにより著しい趾軸の回復が期待できるでしょう。

2_5
 当歳馬の蹄管理には、毎日の手入れや収放牧時の歩様の確認など、日常のちょっとした観察が重要です。適切な知識による飼養管理と、異常の早期発見・早期改善を行うことで、サラブレッドの持つ走能力を十分発揮出来るようになることでしょう。

(日高育成牧場 業務課  大塚 尚人)

2019年5月27日 (月)

日高育成牧場からのメッセージ

No.78 (2013年5月15日号)

来場者を魅了するセリ市場に

 3月1日付けの定期人事異動で日高育成牧場の場長として、4年ぶりに日高に戻って来ました。今後ともどうぞよろしくお願いします。
 低迷していた日本経済は、自民党の安部政権が掲げるアベノミクス効果により、円安や株価上昇など少しずつですが回復の兆しが見えて来ました。一方、JRAブリーズアップセールはプライベートセールではありますが、年度初めの育成馬セールであり、当該年のセリ市場の動向を占うセールとして注目されています。
 本年度の成績は売却率こそ100%を達成しましたが、売却総額は6億7千万円(対前年比93%)、平均価格は880万円(対前年比93%)、来場購買者数は166名(対前年比95%)と、景気回復を肌で実感できるという結果までには至りませんでした。
 また、JRAはブリーズアップセールを新規馬主(登録後3年までを新規馬主と定義)の入門編のセールと位置付けており、新規馬主の来場者数は48名、実際に購買された者は24名で購買頭数は26頭といずれも過去最高を記録しました。新規馬主の方が本セールで購買を経験することや調教師との接点をもつことで、次のステップとして民間のセリ市場に参加してくれることを期待しています。
さて、セリ市場の成績の中で、購買登録者数は皆さんにとって馴染みが少ないのではないでしょうか。

1_4
 図は、北海道市場主催の1歳市場の過去5年間における購買登録者数の推移です。特にサマーセールとオータムセールで顕著ですが、購買登録者数は3市場とも増加しており、市場主催者による振興策の成果といえます。セリ市場の振興で最も重要なことは、複数の方が上場馬にビッドするよう、一人でも多くのお客様を市場に誘導することです。そのためには購買したくなる資質の高い馬を上場すること、来場しやすい市場日程や開催場所および楽しめる雰囲気を目指した運営などがあげられます。JRAでは現在改築中の札幌競馬場のスタンド内でセリを開催できるよう工事を進めており、完成後はぜひ活用していただきたいと思います。このようにセリ市場の振興に向けて、市場主催者や上場者を始めとして競馬サークル全体で取組んでいければと考えています。


日高育成牧場 
場長 山野辺啓

『JRAホームブレッドの役割』

 3月1日付けで日高育成牧場の副場長を拝命しました横田貞夫です。栗東トレーニングセンター 競走馬診療所長から異動して参りました。東西のトレーニングセンター競走馬診療所やJRA本部馬事部の防疫課・獣医課での勤務経験はあるものの、生産現場での勤務は初めてとなりますので、生産地の皆様よろしくお願いいたします。
 さて、第9回目となりましたJRAブリーズアップセールも先日、無事に終了いたしました。関係各所の皆様方にはこの場をお借りして御礼申しあげます。私自身、今までも何度かブリーズアップセールは見てきましたが、今年は上場馬を送り出す日高育成牧場の立場から見ることとなりました。
 今年上場されたJRAホームブレッド8頭については、他の育成馬たちと同じ目で見守ってきましたが、日高育成牧場に着任してから続々と誕生してくるJRAホームブレッド達を見ていると、2年後のJRAブリーズアップセールにJRAホームブレッドが上場されるときには生産地の皆様方と同じ気持ちで送りだすことになるものと考えています。
 日高育成牧場で生産したホームブレッドは、一昨年の第7回よりブリーズアップセールに上場していますが、サラブレッドを生産する過程で、生産地で問題となっている不受胎や早期胚死滅、流産などの経済的損耗の高い疾病について、交配に関わる要因の調査、妊娠に関わる馬臨床繁殖学および生殖内分泌学の研究を実施し、その対応策について検討しています。
 また、生産地において初期育成段階に発現する発育期整形外科疾患(DOD)は、育成の様々な段階で問題となっていますが、DOD発生の実態を探るため、JRAホームブレッドが生れてから離乳に至るまでの肢勢調査を継続的に行い、実態の把握、病態改善のための管理方法について、周辺の獣医師団体と協力して調査しており、これら調査研究で得られた成果については、学術集会、生産地におけるシンポジウムや講習会での報告などを通じて、生産育成現場への還元、普及に努めています。
 現役競走馬を管理するトレーニングセンターにおいても、生産地で話題となっているOCD(離断性骨軟骨症)をはじめとするDODの評価について相談を受けることが多々あり、臨床症状と併せ診て判断をしているところですが、ホームブレッドを用いた生産からの調査研究の成果は競走馬における診断の一助にもなるものと考えております。
 今後もホームブレッドを含めた育成馬を用いて生産育成に関する研究を多角的に行い、生産育成技術の開発の成果を広く広めていきたいと考えておりますので、よろしくお願いいたします。

2_4
 今年のJRAホームブレッド第1号は、3月11日に誕生したビューティコマンダの13(牡:父ヨハネスブルグ)でした。出生時の体重は64kgで、骨量豊富なしっかりした子馬です。本年は8頭の産駒誕生を予定していますが、2年後の「2015JRAブリーズアップセール」に、誕生した8頭すべてが無事に上場できることを願っています。

日高育成牧場  
副場長 横田貞夫

2019年5月24日 (金)

鎮静剤が育成馬の内視鏡所見に及ぼす影響

No.77 (2013年5月1日号)

 日本でも1歳市場や2歳トレーニングセールにおいてレポジトリー所見の提出は当たり前となりました(レポジトリーについては、本誌の平成24年6月15日号、本記事参照)。この時期は、これからのセリに上場する馬のレポジトリー検査を実施することも多いのではないのでしょうか。レポジトリーは、セリ主催者側と購買者側の双方にメリットがあるものです。セリ主催者側にとっては、セリ市場の信頼感や安心感を高め、上場者と購買者の双方が納得して購買することに役立ちます。また、購買者にとっては、馬体、血統、動きなどを踏まえた上での購買判断材料のひとつにすることができます。そのため、購買者がしっかりと判断できるようなレントゲン画像や内視鏡動画を提出する必要があります。
レポジトリー検査では、複数の箇所のレントゲンや慣れない内視鏡検査を実施するために、鎮静剤を投与したうえで検査を実施することも多いようです。実際に2011年のセレクションセールではレポジトリー所見提出馬のうち70%が、HBAトレーニングセールでも55%の馬が鎮静下での内視鏡動画を提出していました。しかし、喉の内視鏡動画は鎮静下では正確に判断ができない可能性があり、購買者が判断を迷うケースがあります。それは、喉の披裂軟骨(図1)の動きが悪く見えることがあるためです。そこで我々は、JRA育成馬を用いて、鎮静剤が喉の内視鏡所見にどのような影響があるのかを調べましたので、この場で紹介させていただきます。


 JRA育成馬60頭に対し、内視鏡検査を鎮静前後で2回実施しました。鎮静剤はメデトミジンを使用しました。得られた画像を、獣医師4名で「Havemeyerの基準」という披裂軟骨の動きを7段階のグレード(Ⅰ、Ⅱa、b、Ⅲa、b、c、Ⅳ)に分けて評価する方法を用いて、喉頭片麻痺のグレードについて評価しました。


 その結果、鎮静剤を使用することによって、全体の40%にあたる24頭で喉頭片麻痺のグレードが1つ以上悪化するという結果が得られました(図2、3)。また、購買者が判断を迷うグレードⅡb以上の馬は、鎮静前は6頭であったのに対し、鎮静後は16頭に増加しました。このことから、鎮静剤を利用するとグレードⅡb以上となるリスクが3.3倍高まるという結果となりました。この実験は1歳の冬と2歳の春の2回実施しましたが同様の結果が得られました。


 このような結果となった理由には、鎮静剤の作用によって咽喉頭周囲の筋肉が弛緩したことや呼吸抑制が働いたことによって披裂軟骨の動きが悪くなってしまったことが原因と考えられました。しかし、なぜグレードが悪化する馬としない馬が存在するのかということについては原因の究明にいたっていません。過去に同様の実験をした論文では、逆に鎮静剤を使用することで将来喉頭片麻痺になる馬を予見することができるかもしれないという仮説をたてているものがありますが、それも証拠があるわけではありません。我々も今後、鎮静剤によってグレードが悪化した馬については追跡調査を行いたいと思っておりますが、少なくとも育成期の段階でこれらの馬に特別な呼吸器症状がでたり、安静時の喉頭片麻痺グレードが悪化した馬はいませんでした。


 セリにおけるレポジトリーでは、上場馬の現状を正確に判断できるものを提出するということが大切です。レポジトリー所見を提出することで、購買者が判断を迷い上場馬の評価をさげてしまうことは好ましいことではありません。もちろん人馬の安全確保上、検査実施時に鎮静剤を投与する必要がある場合もあります。しかしながら、鎮静剤にこのような作用があることも上場者の方には頭にいれておいていただきたいと思います。不必要に上場馬の評価を下げないためにも、レポジトリー検査を行うにあたって、前もって馬が人に触れられることに慣れさせておくことや、枠馬、鼻ネジに対する馴致を行い、安全に検査が行えるようにしておくのも重要なことだと思われます。

1_3 図1 披裂軟骨の位置

2_3 図2 鎮静処置前後のポイント変化の分布図

1ポイント以上のグレードの悪化を認める馬が全体の40%に及んだ。

3_4

図3 鎮静処置下の咽喉頭部内視鏡像

鎮静処置により喉頭片麻痺グレードがⅡaからⅢaへと変化した症例。左側の披裂軟骨(向かって右側)の開きが悪化した。

 (日高育成牧場 業務課、 現所属栗東トレーニングセンター 検査課  大村昂也)

2019年5月22日 (水)

ブリーズアップセールで取組む「新規馬主のセリ市場参入促進策」

No.76 (2013年4月15日号)

 4月23日(火)、中山競馬場で2013 JRAブリーズアップセール(第9回JRA育成馬調教セール)を開催いたします(写真1)。前日の4月22日(月)には、事前に実馬をじっくり吟味いただけるよう、前日展示会も開催いたします。今年も、皆様のご来場を心からお待ち申し上げております。
 JRAでは、ブリーズアップセール(以下BUセール)を、育成研究に用いたJRA育成馬を売却する場としてだけでなく、新規に馬主免許を取得された方やセリでの購買に慣れていない方が、本セールをきっかけに、他の多くの市場へ興味を拡げていただけるような“入門編のセール”と位置づけています。したがって、参加される皆様がBUセールを通して「セリに参加する楽しさ」を味わっていただき、市場の活性化につなげたいと願っています。本稿では、2013 JRAブリーズアップセールを通して実施する“新規馬主のセリ市場参入促進への取組み”についてご紹介します。

Bu

(写真1) 昨年のBUセールの様子

1)「セリと育成馬を知ろう会」の開催
 新規に馬主免許を取得された方には、「セリで馬を購買したいが参加の仕方がわからない」、「馬を選定する際のポイントを知りたい」、「調教師との接点がほしい」などの要望があります。これらニーズの解決の糸口になればと、昨年10月17日(水)および18日(木)にHBA北海道市場および馬事部生産育成対策室が中心となり日高育成牧場のJRA育成馬を活用して“セリと育成馬を知ろう会inひだか”を実施しました。当日は、新規馬主3名およびその同伴者1名が来場しました。日高育成牧場では、「馬の見方」、「馬の生産そして育成から競走馬までのライフサイクルの説明」等、実際にJRA育成馬を展示しながら解説しました(写真2)。また、懇談をかねた夕食会では、一般社団法人 日本調教師会(以下日本調教師会)の協力により、オータムセールに参加していた調教師2名が参加し、新規馬主が調教師とのコンタクトをとる方法を説明していただく等、有意義な時間をすごすことができました。翌日は、オータムセールを実際に見学し、セリの流れやレポジトリーの見方等、購買までの流れを体験していただきました。

Photo

(写真2)実馬を用いて馬の見方を解説しました(JRA日高育成牧場)

 先月3月15日(金)および16日(土)には“セリと育成馬を知ろう会in宮崎”を開催しました。気候が温暖で交通の便が良い宮崎は、3月中旬にイベントを開催するのに適しています。新規馬主7組が宮崎育成牧場に来場され、さわやかな気候の下、イベントをお楽しみいただきました。まず、「馬の見方」を講義した後、BUセールに上場する馬を全頭展示 (写真3)するほか、調教も見ていただきました。日本調教師会の協力を得て6名の調教師にも参加いただき、夕方の懇親会では馬主・調教師および馬主の方同士の交流が和やかに行なわれ、調教師と接点が少なかった参加馬主の皆様には大変好評でした。

3_3

(写真3)上場馬全頭の展示を行ないました(JRA宮崎育成牧場)

2)新規馬主オリエンテーションの開催
 馬主の皆様がセリ市場に参加しやすい環境づくりを目的として、新規に馬主登録をされた方を対象に、「新規馬主オリエンテーション」を1月26日に実施しました。JRA競走関連室馬主登録課が中心となり馬事部生産育成対策室がサポートする形で、馬主協会、調教師会の協力を得て東京競馬場で開催しました。昨年馬主登録をされた馬主16名およびその同伴者11名、また、6名の調教師が参加しました。当日は実際に競馬観戦を楽しみながら、「馬主活動について」、「馬主協会の概要」「全国セリ市場やBUセールの案内」や「馬の見方等、セリに活かせる馬の基礎知識」などの説明を行ないました。次回は6月に実施する予定です。

3)馬主・調教師懇談会の開催
 日本調教師会では、BUセール前日の展示会当日(4月22日11:30~12:30)に、購買登録をされた馬主の方を対象に、中山競馬場事務所2F会議室において調教師との懇談会を予定しています。これは、調教師との面識の有無に関わらず、調教師にとって大切な顧客である馬主の方に対して、BUセールでの購買のみならず預託を希望される調教師への橋渡し等、馬主活動のさまざまなサポートをしていくことを目的としています。懇談会後は前日展示会(13時から装鞍所において)に参加していただく予定となっています。


4)新規馬主限定セッションの開催
 昨年同様、JRAホームブレッドの売却を新規馬主の方(2010年1月以降に馬主登録された方)に限定して実施します。今年は、まず、新規馬主の方にセリに参加していただこうという趣向の元、限定セッションをセリの最初に準備いたしました。今年は、ファーストクロップサイヤーランキング2位のアルデバラン産駒8頭(牡3頭、牝5頭)を上場することとしています。なお、限定セッションでは、多くの新規馬主の皆様に馬を所有していただくチャンスを広げるため、お一人1頭のみの購買制限を行わせていただきます(限定セッション上場馬が「調教進度遅れとして上場された場合」および「限定セッションで売却されず再上場された場合」は、全馬主が参加可能となり、購買頭数の制限はございません。詳しくは名簿をご覧ください)。

BUセールは今年の市場を占うバロメーター
 BUセールはトレーニングセール第1弾として、今年の市場全体を占うバロメーターとなることから、活気あるスタートを切る大きな責任があると考えています(写真4)。BUセールでは、5月から行われる民間の2歳トレーニングセールや夏の1歳市場の主催者ブースを設ける予定としておりますので、来場いただいた皆さまに是非活用いただきたく願っています。BUセールをきっかけに、新規馬主をはじめ多くの来場された皆様が“セリで馬を買おう!”という雰囲気になってくれることを願っています。
本年も、来場された皆様がセリを楽しんでいただけるよう、また、これまでどおり、皆様の信頼を失わないよう、セリ運営に取組んで参ります。どうぞ、よろしくお願いいたします。

4_2

(写真4)BUセールでの騎乗供覧[サウンドリアーナ号:ファンタジーS(GⅢ)]

(日高育成牧場 業務課長 石丸 睦樹)

2019年5月20日 (月)

育成馬の輸送管理

No.75 (2013年4月1日号)

 本年も4月23日(火)にJRA中山競馬場でJRAブリーズアップセールが開催されます。昨年の各1歳セールでの購買後、日高および宮崎育成牧場に分かれて入厩し、騎乗馴致を経て後期育成を終えたJRA育成馬は、セールに備えて1週間前に中山競馬場に輸送されます。馬運車10台が一団となって浦河国道を走行する、このJRA育成馬の輸送をご覧になられたことがある方もいらっしゃるのではないでしょうか。今回は育成馬の「輸送管理」について触れてみたいと思います。


「輸送熱」および「馬運車内での怪我」の予防
 「輸送熱」という言葉を聞いたことがあると思いますが、これは輸送によって発熱する病気の総称です。発熱の他にも、呼吸器の炎症に起因した咳や鼻汁を認めることも少なくありません。この「輸送熱」という病気は、重篤化すると肺炎へと進行し、治療の甲斐なく生涯を終えてしまう場合もあります。つまり「輸送管理」とは、この「輸送熱」の発症を予防することといっても過言ではありません。
また、「輸送熱」とともに「輸送管理」のポイントとなるのが、輸送中における「馬運車内での怪我」の予防です。近年の馬運車は改良が進み、特に換気に関しての工夫が施されています。さらに、輸送経路の整備に伴う輸送時間の短縮により、「輸送熱」や「馬運車内での怪我」も以前と比較すると格段に減少しています。しかし、依然として、強調教などによるストレスを受けている育成馬の輸送では、大事に至ることも皆無ではありません。


まずは馬運車に慣らす!
 馬の立場になって考えてみると、ある日突然、暗くて狭い箱の中に鞭で追われて無理やり押し込まれ、24時間以上もその中で過ごさなければならないという状況では、輸送自体によるストレス以上の精神的な不安に起因するストレスが生じるに違いありません。馬は環境に慣れる動物とはいえ、ストレスを軽減させることは「輸送管理」には極めて重要です。2歳になる育成馬にとって馬運車で輸送されることは、初めてではなく、生まれた直後の母馬の種付け、1歳セール時あるいは育成牧場に入厩する際に馬運車での輸送を経験しています。これらの経験によって馬運車内での駐立に慣れている場合もあれば、一方でこれらの経験が「トラウマ」となって馬運車に入ることを恐れている場合もあります。JRA育成牧場では、すべての育成馬に対して輸送の2~3週間前に「馬運車馴致」を実施します(図1)。これは、輸送当日に馬を積載する場所で実際に馬運車に積み、落ち着いた状態で駐立できることを目標としています。スムーズな積み込み、あるいは落ち着いた状態での駐立が困難であった場合には、日を改めて再度実施します。また、馬房が隣同士である馬を馬運車内でも隣にするなど、輸送中の馬の精神面を安定させる工夫を心掛けています。しかし、入念に馴致をしても、輸送中の突発的な事故は避けられないのが馬の輸送であります。そのために四肢の保護用のプロテクターの装着は不可欠です(図2)。

1_2

図1.日高育成牧場での「馬運車馴致」の様子。馬運車内で落ち着いた状態で駐立できることを目標としています。

2_2

図2.輸送中の突発的な事故は避けられないため、四肢の保護用のプロテクターの装着は不可欠です。


「輸送熱」のメカニズム
 図3のグラフは、日高育成牧場から中山競馬場までの26時間の長時間輸送を実施された32頭の輸送時間経過に伴う体温変化を示しています。輸送開始から18時間後には10%、24時間後には20%、そして中山競馬場到着時の26時間後には25%の馬が38.6℃以上の発熱を発症しました。さらに、39.0℃以上の高熱を認めた症例は、18時間後以降に増加することが分かりました。これらは「輸送開始から20時間後ごろから発熱する馬の割合が急激に増加する」という約20年前にJRA競走馬総合研究所で実施された研究と同様の結果でした。また、このJRA競走馬総合研究所での研究では、図2のように輸送中の馬の心拍数や呼吸数は、馬運車の走行と連動して増加していることも明らかとなっています。心拍数の増加は馬の不安定な精神状態を、そして呼吸数の増加は呼吸が浅く、速くなるために気道を乾燥させ、細菌などに対する抵抗性を低下させることを意味します。つまり、この研究結果から、「輸送熱」は「輸送にともなう種々の刺激が直接的あるいは間接的に馬体を冒すことにより、細菌感染に対する抵抗力が低下する結果、普段は害を及ぼさない気道中の常在菌(馬が健康な状態で持っている細菌)が日和見感染(ひよりみかんせん:免疫力が低下しているために、通常なら感染症を起こさないような感染力の弱い病原菌が原因で起こる感染のこと)し、肺に炎症を起こす」ことが主な原因であると考えられています。そして、輸送熱の予防には、馬運車内を清潔に維持すること(換気状況の改善、糞尿の処理、ホコリを少なくする工夫など)、輸送中の休憩はできるだけ長く、そして多くすること(換気回数の増加、ストレス因子の減少)などが重要であることも明らかとなっています。

3_2

図3.日高育成牧場から中山競馬場までの26時間の長時間輸送を実施された32頭の輸送時間経過に伴う体温変化。輸送開始から20時間後ごろから発熱する馬の割合が急激に増加します。

4

図4.輸送中の馬の心拍数や呼吸数の変化。馬運車の走行と連動して心拍数および呼吸数は増加します。

輸送前の抗生物質の投与による「輸送熱」予防
 近年、扁桃(へんとう)や気管内に存在する日和見感染菌に対して有効な抗菌薬を輸送開始から到着までの間、肺内(気管支肺胞領域内)に存在させることにより、長時間輸送に起因する「輸送熱」を予防することが可能かどうかについての研究を日高育成牧場から中山競馬場へのJRA育成馬の輸送時に実施しました。抗菌薬は、長時間作用型抗菌薬であるニューキノロン系のマルボフロキサシン製剤(体重1kg あたり2mgの投与量)を使用しました。馬運車への積み込み直前に抗菌薬を投薬した馬(抗菌薬投薬群)と投与しなかった馬(非投薬群)との中山競馬場到着後(輸送から26時間後)の輸送熱を発症した頭数の割合を比較した結果、図5に示すように、非投薬群では31%の馬が輸送熱を発症したのとは対照的に、投薬群では6%の馬にしか輸送熱の発症を認めませんでした。さらに、非投薬群では13%の馬が39.0℃以上の高熱を認め、中山競馬場到着後に抗生物質投与による治療が必要でしたが、投薬群では39.0℃以上の高熱馬は認められず、中山競馬場到着後に治療が必要であった馬もいませんでした。このように、ニューキノロン系のマルボフロキサシン製剤は、輸送熱予防に効果があることが確認できました。また、副作用などに関する安全性も確認されています。耐性菌の出現の問題などについて慎重に調査を継続する課題は残っていますが、輸送熱予防に効果が期待されます。

5

図5.抗菌薬を投薬した馬(抗菌薬投薬群)と投与しなかった馬(非投薬群)との中山競馬場到着後(輸送から26時間後)の輸送熱を発症した頭数の割合の比較。

最後に
 わが国では、競走馬の馬運車といえば前向きに積むのが一般的ですが、世界各国では横積み、斜積みあるいは後向き積みタイプの馬運車などがあり、馬にとってどの向きで輸送するのが理想であるかについては明らかにはなっていません。今後、わが国でも横積みあるいは斜積みが一般的になるかもしれません。また、輸送熱予防にさらに有効な長時間作用型抗菌薬が新たに開発され、「輸送管理」の一助となるかもしれません。しかし、馬を輸送する際に最も重要なことは、精神的な不安に起因するストレスを減少させることです。このためにも、日常の取り扱いが極めて重要であることはいうまでもありません。つまり、人の扶助に対して従順であり、馬が人をリスペクトするように馴致することが重要であると考えられます。

(日高育成牧場 専門役 頃末 憲治)

2019年5月19日 (日)

Dr. Sue Dysonによる「馬の跛行」講習会

No.74 (2013年3月15日号)

 昨年12月、馬の跛行診断の権威であるDr. Sue Dysonが来日され、計4回に渡り講習会が開催されました。獣医師向けの専門的な内容がほとんどでしたが、今回はその中から牧場関係者の皆様にも有益と思われる事柄について抜粋し、ご紹介いたします。

講師紹介(日本ウマ科学会HPより)
Dr. Sue Dyson:
(英国・アニマルヘルストラスト・馬科学センター・臨床整形外科学部門長)
跛行に関する画像診断やプアパフォーマンス診断のスペシャリスト。跛行のバイブルとされる教科書「馬の跛行(原題Lameness in the Horse)」の共著者としても世界的に著名。科学雑誌への論文投稿は200を超え、その功績から様々な賞を受賞されている。自身も非常に高い騎乗レベルを持つライダーでもある。

1 視診(馬の外見の検査)
 まず馬体(コンフォメーション)を見て、例えば直飛(まっすぐに立った飛節)だと繋靭帯炎になりやすいなどの情報を得る。左右の対称性からは、例えば後肢の跛行では跛行している方の臀部の筋肉が落ちていることが多い(不使用性萎縮)。腫脹では、皮下の腫脹なのか、腱や靱帯の腫脹なのか、関節の亜脱臼なのか、注意深く観察して鑑別する。蹄は、左右対称性を見る。蹄が高く、幅が狭いと跛行しやすい。

2 歩様検査(跛行のグレード分け)
 AAEP(米国馬臨床獣医師協会)では5段階のグレード分けを用いているが、Dr. Dysonは9段階のグレード分けを提唱している。5段階だとほとんどの馬がグレード3になってしまうので、意味がないためである。0=正常、2=軽度、4=中等度、6=重度、8=負重困難で、間の数字はその中間の程度。跛行をグレード分けし、記録しておくことで症例の経過(良化したか悪化したか)をきちんと評価できるようになる。
①後肢の跛行
 まず常歩で歩様検査する。肢の着き方の順番が見やすく、踏み込みの深さ、球節の沈下が観察しやすい。
②屈曲試験
 一般的には、跛行を疑う肢を1分間屈曲し、放してすぐに速歩させ、跛行が悪化すれば「陽性」だが、対側肢(跛行している肢と反対の肢)を挙上した後、患肢の跛行が悪化することもある。その場合、飛節が原因の跛行であることが多い。

3 診断麻酔
 全ての症例において適用なわけではない(禁忌症があること)を理解しなくてはならない。骨折している場合などは痛みがとれて歩き回ることで悪化する恐れがあるので禁忌である。局所麻酔薬が注射部位よりも近位(上方向)にも浸潤することを理解しておくべきである。また、局所麻酔薬の注射部位が近位であるほど、効果が出るまでに時間がかかる。注射後30分経ってようやく跛行が消失することもある。屈腱腱鞘炎が原因の跛行などでは、診断麻酔で跛行が消失しないこともある。腱鞘内に癒着がある場合である(機械的跛行)。癒着があると、手術しても良化せず予後が悪い。

4 画像診断
①X線検査
 発生してすぐ(急性期)は、重大な骨折を見逃すことがある(第3中手骨、第1指骨など)。骨折を疑う場合は、一度のX線検査で異常なしとして跛行が消失したらすぐに運動を再開するのではなく、再度X線検査するなど慎重な判断が悲劇的な結果を防ぐ。
②超音波検査
 浅屈腱の腫脹は、わずかですぐに消失するものであっても重要な損傷を意味するかもしれない。跛行していないから重要な損傷がないわけではない。負重しない状態で(肢を持ち上げて)触診する。また、発生してすぐ(急性期)には超音波検査で異常が認められない場合がある。1週間から10日後に再検査すべきである。近位繋靭帯炎では、副管骨の間の深い位置にあるので、腫脹や触診痛が不明瞭なことがある。腸骨骨折の評価では、亀裂が腹側面にのみしか通じていないことがあるので、注意が必要である。
③シンチグラフィ(※日本にはありません)
 X線検査と超音波検査では発見できない異常を検出できる。特に若い馬で、下肢部以外の(脛骨などの)疲労骨折が多く見つかる。

おもな質疑応答
Q)指動脈の拍動が亢進したら、蹄が原因と考えてよいか?
A)通常は蹄に原因がある(蹄底膿瘍や蹄葉炎など)。ただし、亢進していないからといって蹄が原因ではないと考えてはいけない。蹄鉗子で検査する必要がある。
Q)引き馬で歩様検査する際、引き手にはどのように指導しているか?
A)馬が自発的に歩くように、また頸の動きを見たいので馬から離れて歩くように、馬を見ずに進行方向を見るように指導している。馬が速く走り過ぎそうになる前に察知して抑えてもらいたい。チフニーを装着すると頭を上げてしまうので、(より作用の弱い)ノーマルビットを装着する。種牡馬は堂々とした特有の歩様のため跛行がわかりにくい場合がある。鎮静してから歩様検査することもある。

 以上、難しい内容もありましたが、英国の馬診療レベルの高さを再確認できたとともに、我が国における跛行診断のレベルアップに必要な技術を数多く紹介していただき、非常に有意義な講習会でした。

(日高育成牧場 業務課 診療防疫係長、現所属:宮崎育成牧場 業務課 診療防疫係長 遠藤 祥郎)

1 講習会は多数の獣医師が聴講した(静内ウエリントンホテル)

2 実馬を使った実習風景(JBBA軽種馬生産技術総合研修センター)

3 実習に参加した獣医師たちと

2019年5月 1日 (水)

反復トレーニング2

No.73 (2013年3月1日号)

 前回の記事で、反復運動を行なう場合には、1本目の運動強度が高いほど2本目の運動中のエネルギー供給がより有酸素的になるということを述べました。このことは、1本目の運動強度が違うと、2本目(主運動)の強度が同じであっても、そのトレーニング効果の質が多少なりとも異なることを意味しています。
 前回の内容を簡単にまとめると上述のようになりますが、実験条件について、いくつか付け加えておきたいことがあります。文中で示した実験条件、たとえば「1本目の強度を110%VO2maxの強度(平地調教で言えばハロンタイム12秒くらいのスピード)で60秒間走行する」というのは、あくまでもトレッドミルを用いた実験として設定したときの運度強度と時間であるということです。実際の調教で、同じ強度で60秒間走らなければならないということではありません。700~800m程度の実際の坂路コースで、そのようなスピードで60秒走ることは事実上できませんし、40秒くらいが最大だと思います。ただ、トレッドミルで実験を行なう場合は、妥当で分かりやすい実験条件を決める必要があるので、60秒間という運動時間を設定したということです。今回の連載の中での実験条件も、まったく同じ条件下でのトレーニングを推奨しているわけではないことには注意していただきたいと思います。

反復運動の間隔
 反復運動では、それぞれの運動の強度(スピード)はもちろん重要な要素ですが、もうひとつ大きな要素が考えられます。それは運動の間隔です。私たちがトレーニングする場合を考えてみても、走る間隔が短くなると息が苦しくなるような感覚を持ちます。これはなぜでしょうか。
 競走馬が、たとえば坂路コースで2本走る場合の運動間隔は、通常約10~15分程度になります。坂路を上った後の帰り道の約1000mを常歩で歩くとなれば、10分程度かかるのが普通なので、必然的に反復の間隔はある程度決まってきます。しかし、トレーニング場全体のコース配置などの関係から、この間隔を若干変えることの出来る場合もあると思います。そうした場合には、どのような変化が起こるのでしょうか。

10分間隔と5分間隔の比較実験
 110%VO2max強度(平地調教でいえばハロンタイム12秒くらいのスピード)で60秒間の運動を10分間隔と5分間隔で2本行なったときの呼吸循環機能を調べてみました。5分間隔でも10分間隔でも、酸素摂取量は1本目よりも2本目の方が値は高くなっているのに対し、二酸化炭排出量は逆に2本目は低くなっていました。このことは、2本目の方がより有酸素的なエネルギー供給のもとで運動していることを示しています。このときの運動中に供給された有酸素性のエネルギー量を実際に計算してみると、5分間隔で運動した場合の方が、2本目のエネルギー供給はより有酸素的になっていたことがわかりました(図1)。

1_4

図1:激しい運動を5分間隔あるいは10分間隔で行なった場合の有酸素的なエネルギー供給割合の変化。5分間隔で走った場合の方が、2本目の運動時の有酸素エネルギー供給割合が高くなっていた。

15分間隔と5分間隔の比較実験
 この実験では、酸素摂取量は測定しておらず、心拍数と血中乳酸濃度のみを測定しました。1本目と2本目の運動強度は前実験とほぼ同様で、運動間隔を15分間隔と5分間隔に設定しました。このときの血中乳酸濃度の変化を示すと(図2)、1本目の運動により、運動中の血中乳酸濃度は約5mmol/Lとなり、1分後には8~9mmol/L程度となっていました。

2_4 図2:激しい運動を15分間隔あるいは5分間隔で行なった場合の血中乳酸濃度の変化。1本目の運動で血中乳酸濃度は5mmol/Lとなり、5分後に8~9mmol/Lとなった。15分間隔で走行した際には、2本目直前の値は約4mmol/Lで、2本目の運動後の変化は1本目とほぼ同様、これに対し、5分間隔の場合は、2本目開始直前の値が8~9mmol/Lのまま2本目を行なったところ、2本目直後の値は直前の値とほとんど変わらず、5分後には12mmol/Lまで上昇した。


 15分間隔で2本目を行なった場合は、5分後までは8~9mmol/Lの値を保ちましたが、2本目の運動直前には4mmol/L程度まで低下していました。そして、2本目の運動により、血中乳酸濃度は1本目とほぼ同様な値まで増加し、その後の濃度変化も1本目とほぼ同様な経過をたどりました。
 5分間隔の場合では、1本目直後から5分後までは15分間隔と同様の変化を示しましたが(8~9mmol/L)、この状態で2本目をスタートするため、2本目直前の血中乳酸濃度は15分間隔の直前より高い値となりました。2本目の運動では、運動直後の血中乳酸濃度は直前の値とほとんど変わらず、5分後には12mml/Lまで増加しました。
 血中乳酸濃度は筋中での乳酸生成と消費のバランスによって決まります。筋中における乳酸生成そのものが大きく変化しているとは考えにくいので、5分間隔の2本目の運動時にみられる血中乳酸濃度変化の推移は、血中乳酸を運動中のエネルギー源として利用している可能性を感じさせます。
 競走馬のトレーニングは基本的には走ることなので、多彩なバリエーションは求めづらいのが現実です。しかし、これらの研究結果をみると、反復運動の強度や反復間隔を変化させることでトレーニング効果の質を変化させる可能性があることがわかります。

JRA日高育成牧場での例
 JRA育成馬が調教するBTC(軽種馬育成調教センター)の施設には、さまざまなコースがあり、屋内坂路コースもそのひとつです。コースの全長は1000mで傾斜は2~5%、途中3ハロンのタイムを自動計測できます。以下に、JRA育成馬のトレーニング時の心拍数変化などを紹介したいと思います。
 図3の上段のグラフは、屋内坂路コースを反復間隔約10分で2本反復したときの心拍数変化を示します。1本目の3ハロンの平均タイムはハロンタイム18.9秒で、そのときの心拍数は210~220拍/分です。約10分の間隔をおいた2本目の3ハロン平均タイムはハロンタイム15.6秒でした。そのときの心拍数はおよそ230拍/分で、運動直後の血漿乳酸濃度は約12mmol/Lになっていました。
 一方、下段のグラフは、1本目を坂路コースで走行した後に、3分ほどの間隔をおいて1600mのダート周回コースで2本目を走ったときの心拍数変化を示します。BTCの調教コースの配置上、屋内坂路コースの終点近くからすぐに1600mダートコースに入ることができるようになっています。そのため、運動の間隔を短くすることが出来るわけです。坂路コースにおける1本目の3ハロンの平均タイムは19.0秒、そのときの心拍数は210~220拍/分で、上段のグラフの1本目とほぼ同じでした。2本目は1600mコースで7ハロンの走行を行ない、最後の3ハロンの平均タイムはハロン13.9秒でした。2本目の最後の3ハロンの心拍数は230拍/分、直後の血漿乳酸濃度は15.7mmol/Lになりました。2本目の運動後に心拍数が100拍/分まで下がる時間は坂路コース2本を10分間間隔で走行した場合よりも明らかに遅く、いわゆる息の入りは悪かったといえます。
 上段のグラフ(坂路コース2本)と下段のグラフ(坂路コース1本+1600mコース1本)では、2本目の運動強度が全く同じではないので、直接比較することはできませんが、坂路コースと1600mコースを用いて間隔を狭めて行なったトレーニングの負荷は明らかに高いといってよいといえます。

3_4 図3:上のグラフは屋内坂路コースで2本反復した時の心拍数変化で、10分間の間隔をおいて2本目の走行を行なった場合。下のグラフは、1本目を坂路で走行した後、3分ほどの間隔をおいて、1600mの周回コースで2本目走行を行なったときの心拍数変化。

反復トレーニングの可能性
 坂路コースが導入された当初、坂路コースにおける追い切りは高強度短時間運動なので、いわゆる無酸素性のエネルギー供給を鍛錬しているものと考えていました。これは基本的には間違っていませんが、上記のような研究結果からあらためて考えると、高強度運動の反復運動では、有酸素的なエネルギー供給能力を副次的に、しかし効果的に鍛錬しているように感じられます。
 サラブレッドは血中二酸化炭素分圧が高いことに対して耐性が高く、いわゆる筋の緩衝能も高いといわれているので、漠然と耐乳酸能力が高いのであろうと認識していました。最近では、それに加えて、乳酸利用能力も高いのではないかと考えています。
 血中乳酸濃度が高い状態で行なうトレーニングも、血中乳酸濃度が高くなった状態でそのまま運動を継続する場合と、運動の間隔を置いて反復する場合とで状況が異なるのであろうと思います。運動の間隔をおいた場合は、血中乳酸濃度は高いままですが、その他の生理機能はリセットされるので、結果としてむしろ乳酸利用能を高めるトレーニングになっているように感じられます。

(日高育成牧場 副場長 平賀 敦)