耐性寄生虫について –ターゲット・ワーミングの紹介-
No.89(2013年11月1日号)
わが国のみならず世界中の馬の生産現場において、「耐性寄生虫」すなわち駆虫剤に効果を示さない寄生虫が大きな問題となっています。今回は、「耐性寄生虫」出現の背景や新しい駆虫の考え方について紹介いたします。
耐性寄生虫の発生原因
耐性寄生虫の発生には、「すべての馬に対する駆虫」「定期的な駆虫」「同じ駆虫剤の継続投与」といったこれまで駆虫の常識と考えられ実践してきた習慣が背景にあると考えられています。では、耐性寄生虫はどのようなメカニズムで発生するのでしょうか?以下のようなモデルが紹介されています。
耐性寄生虫は突然出現するものではなく、もともと、寄生虫群のなかに存在しています(図1)。この寄生虫群に同じ駆虫剤を投与し続けると、耐性寄生虫だけが生き残ります(図2)。すると、耐性寄生虫同士の交配が増加し、耐性寄生虫が多数を占めるようになります(図3)。
このように一度でも耐性寄生虫が多数を占めてしまった場合、耐性寄生虫は消失しません。それでは、どのような駆虫をすれば良いのでしょうか?
ターゲット・ワーミング
耐性寄生虫の出現を可能な限り抑制する方法として、欧米では「ターゲット・ワーミングTarget worming」と呼ばれる駆虫方法が提唱されています。ポイントは「①虫卵検査の実施」「②必要な馬に限定した駆虫」「③薬剤のローテーション」の3つです。すなわち、虫卵検査を実施して、必要な馬に対してのみ駆虫を実施する方法です。また、異なる薬剤を交互に使用することで、1つの薬剤に対する耐性寄生虫の出現を抑制します。
具体的な方法は以下のとおりです(図4、5)。
・2ヶ月間隔で繋養全馬に対する虫卵検査を実施する。
・各寄生虫につき、糞1gに250個以上の卵が認められた場合のみ駆虫する。
・イベルメクチン、ピランテル、フェンベンダゾールを交代で投与する。
・条虫駆除を目的としたプラジクアンテルは秋に1回(もしくは春との2回)投与する。
・駆虫2週間後に再検査をして、駆虫剤の効果を確認する。
ただし、2歳未満の子馬に対しては、虫卵数に関わらず2ヶ月毎に駆虫を実施します。理由は、子馬にとっての脅威「アスカリド・インパクション(回虫便秘)」の防止です。アスカリド・インパクションは、子馬の腸管の中に回虫が充満し、最悪の場合には腸管破裂による死亡を引き起こします。成馬になると、回虫に対して抗体ができるため、若馬に対してのみ徹底的に駆虫するのです。この場合の駆虫は上記3つの薬剤を交代で使用することにより、耐性寄生虫の発生を抑えます。
図4 虫卵検査により、大量寄生が認められた馬のみ駆虫する
寄生虫をゼロにする必要はない
「ターゲット・ワーミング」は、薬剤感受性が高い寄生虫(薬が効く虫)を一定割合生存させておくことによって、耐性寄生虫の割合を減らすことができる方法です。これにより、駆虫が本当に必要な時に駆虫剤が効果を示すようになるのです。この方法の根底には「寄生虫をゼロにする必要がない」との考え方が存在します。
「寄生虫=害虫=全滅させる必要がある」という概念は間違いだと考えられるようになってきました。「すべての寄生虫が馬に健康被害をもたらすか?」、この疑問は解決されていません。デンマークで行われたトロッター競走馬を対象とした調査によると、円虫卵が多く認められた馬のほうが、入着(1~3着)する可能性が高いとの結果が得られました。円虫寄生が競走パフォーマンスを高めるとは想像できませんが、少なくとも競走馬の場合には負の影響はないとも考えられます。もちろん、成馬であっても大量寄生による疝痛・栄養障害などの健康状態に与える影響は否定されていません。しかし、子馬のアスカリド・インパクションなど、本当に必要な時のために、現在有効な駆虫薬を残しておくことは極めて重要です(図6、7)。なぜなら、新たな駆虫薬の開発には長い年月を必要とするからです。
図6 駆虫薬の効果
図7 現在使用可能な駆虫剤は、必要な時のために温存!!
駆虫剤投与以外に実施すること
生産現場においては、駆虫剤を投与する以外にも有効な寄生虫対策があります。
・放牧地のローテーション
・放牧地の糞塊除去
・放牧地のハローがけ(ハローがけ後は一定期間休牧)
・大量寄生馬の隔離
・過密放牧の回避
・牛・羊などとの混合放牧(異なる動物種が、馬寄生虫を食べることでその生活環を断つことができる)
上述のターゲット・ワーミングと、これらを併用することで耐性寄生虫の発生を可能な限り抑制できると思われます(図8、9)。
図8 「放牧地のローテーション」や「糞塊除去」は寄生虫駆除に有効な方法
図9 アイルランドで実施されている牛との混合放牧
(日高育成牧場 専門役 冨成 雅尚)