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2019年6月

2019年6月24日 (月)

耐性寄生虫について –ターゲット・ワーミングの紹介-

No.89(2013年11月1日号)

 わが国のみならず世界中の馬の生産現場において、「耐性寄生虫」すなわち駆虫剤に効果を示さない寄生虫が大きな問題となっています。今回は、「耐性寄生虫」出現の背景や新しい駆虫の考え方について紹介いたします。

耐性寄生虫の発生原因
 耐性寄生虫の発生には、「すべての馬に対する駆虫」「定期的な駆虫」「同じ駆虫剤の継続投与」といったこれまで駆虫の常識と考えられ実践してきた習慣が背景にあると考えられています。では、耐性寄生虫はどのようなメカニズムで発生するのでしょうか?以下のようなモデルが紹介されています。
耐性寄生虫は突然出現するものではなく、もともと、寄生虫群のなかに存在しています(図1)。この寄生虫群に同じ駆虫剤を投与し続けると、耐性寄生虫だけが生き残ります(図2)。すると、耐性寄生虫同士の交配が増加し、耐性寄生虫が多数を占めるようになります(図3)。
 このように一度でも耐性寄生虫が多数を占めてしまった場合、耐性寄生虫は消失しません。それでは、どのような駆虫をすれば良いのでしょうか?

1_5 図1

2_5 図2

3_4 図3

ターゲット・ワーミング
 耐性寄生虫の出現を可能な限り抑制する方法として、欧米では「ターゲット・ワーミングTarget worming」と呼ばれる駆虫方法が提唱されています。ポイントは「①虫卵検査の実施」「②必要な馬に限定した駆虫」「③薬剤のローテーション」の3つです。すなわち、虫卵検査を実施して、必要な馬に対してのみ駆虫を実施する方法です。また、異なる薬剤を交互に使用することで、1つの薬剤に対する耐性寄生虫の出現を抑制します。
具体的な方法は以下のとおりです(図4、5)。

・2ヶ月間隔で繋養全馬に対する虫卵検査を実施する。
・各寄生虫につき、糞1gに250個以上の卵が認められた場合のみ駆虫する。
・イベルメクチン、ピランテル、フェンベンダゾールを交代で投与する。
・条虫駆除を目的としたプラジクアンテルは秋に1回(もしくは春との2回)投与する。
・駆虫2週間後に再検査をして、駆虫剤の効果を確認する。

 ただし、2歳未満の子馬に対しては、虫卵数に関わらず2ヶ月毎に駆虫を実施します。理由は、子馬にとっての脅威「アスカリド・インパクション(回虫便秘)」の防止です。アスカリド・インパクションは、子馬の腸管の中に回虫が充満し、最悪の場合には腸管破裂による死亡を引き起こします。成馬になると、回虫に対して抗体ができるため、若馬に対してのみ徹底的に駆虫するのです。この場合の駆虫は上記3つの薬剤を交代で使用することにより、耐性寄生虫の発生を抑えます。

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図4 虫卵検査により、大量寄生が認められた馬のみ駆虫する

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図5 薬剤のローテーション投与

寄生虫をゼロにする必要はない
 「ターゲット・ワーミング」は、薬剤感受性が高い寄生虫(薬が効く虫)を一定割合生存させておくことによって、耐性寄生虫の割合を減らすことができる方法です。これにより、駆虫が本当に必要な時に駆虫剤が効果を示すようになるのです。この方法の根底には「寄生虫をゼロにする必要がない」との考え方が存在します。
 「寄生虫=害虫=全滅させる必要がある」という概念は間違いだと考えられるようになってきました。「すべての寄生虫が馬に健康被害をもたらすか?」、この疑問は解決されていません。デンマークで行われたトロッター競走馬を対象とした調査によると、円虫卵が多く認められた馬のほうが、入着(1~3着)する可能性が高いとの結果が得られました。円虫寄生が競走パフォーマンスを高めるとは想像できませんが、少なくとも競走馬の場合には負の影響はないとも考えられます。もちろん、成馬であっても大量寄生による疝痛・栄養障害などの健康状態に与える影響は否定されていません。しかし、子馬のアスカリド・インパクションなど、本当に必要な時のために、現在有効な駆虫薬を残しておくことは極めて重要です(図6、7)。なぜなら、新たな駆虫薬の開発には長い年月を必要とするからです。

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図6 駆虫薬の効果

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図7 現在使用可能な駆虫剤は、必要な時のために温存!!

駆虫剤投与以外に実施すること
 生産現場においては、駆虫剤を投与する以外にも有効な寄生虫対策があります。

・放牧地のローテーション
・放牧地の糞塊除去
・放牧地のハローがけ(ハローがけ後は一定期間休牧)
・大量寄生馬の隔離
・過密放牧の回避
・牛・羊などとの混合放牧(異なる動物種が、馬寄生虫を食べることでその生活環を断つことができる)

 上述のターゲット・ワーミングと、これらを併用することで耐性寄生虫の発生を可能な限り抑制できると思われます(図8、9)。

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図8 「放牧地のローテーション」や「糞塊除去」は寄生虫駆除に有効な方法

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図9 アイルランドで実施されている牛との混合放牧


(日高育成牧場 専門役  冨成 雅尚)

2019年6月21日 (金)

競走馬の引き馬と展示

No.88(2013年10月15日号)

 競馬場では秋のG1シーズンを迎えています。皆様が生産、育成に携わった馬が晴れの舞台で活躍する姿を見ることは、このうえない喜びだと思われます。また、パドックで手入れされ、従順に引き馬されている姿を見ると、当歳時の面影が残りつつも立派に成長した愛馬の姿に感慨深いものを感じるのではないでしょうか。

 近年、日本馬の海外での活躍に伴い、海外競馬の映像を見る機会が増えています。特に欧州のパドックでは、馬をきれいに手入れし、また、その馬を引く厩務員も盛装しています。さらに、「馬主の大切な馬を競馬ファンや馬主に対して披露」するよう、従順にしつけられた馬を1本のリード(引き綱)でキビキビと歩かせる姿が印象的です。わが国でもパドックで馬を見せる意識は高くなってきており、本年のダービーでは、パドックで最も美しく手入れされた馬を担当する厩務員に贈られる「ベストターンドアウト賞」の審査が実施されたことも記憶に新しいところです。この「ベストターンドアウト賞」の審査基準は「馬がよく躾けられ、美しく手入れされ、かつ人馬の一体感を感じさせる引き馬(リード)が行われているか」となっています。今回は、競走馬の引き馬と展示について、欧州で行われている方法に焦点を当てながら解説したいと思います。

パドックにおける引き馬

1本リードでの引き馬

 1本リードでの引き馬を行う際に、欧州でもっともよく使用されているのがチフニービット(ハートバミ)です。このハミは下顎に均等に作用させて馬を制御することが可能であり、地上にいる御者から下顎や舌に強く作用することができるため、引き馬での制御に効果的です。欧州のパドックでは、ハミ頭絡の上から装着して、御者が1本リードで馬を制御している光景をよく見かけます。チフニーの特性として以下の4点があげられます。①構造上、1本のリードでの使用により制御効果が発揮される。②ハミが細く棒状であるため、作用が強い(乱暴に使用してはなりません)。③力学的な作用は後下方向からの操作により高まるため、引き馬に適している。④着脱が容易である。

 近年、わが国のパドックでも、チフニーを装着している競走馬を見かけるようになりました。しかし、ハミの特性が理解されていないためか、1本のリードを下顎部分に装着するのではなく、頬革に連結するハミの横のリングに2本のリードを装着している場合が多いようです。チフニーは下部のリングから1本リードで使用しなければ、効果的に作用させることができません(写真1)。

 また、日常の引き馬や治療時の取扱いにおいても、チフニーの使用は有効です。通常、チフニーは無口頭絡の上から装着します。その際に、1本リードをチフニーと無口の下部のリングを連結して使用することにより、チフニーの直接的作用をやわらげ、無口頭絡の鼻革部分にも作用させることが可能となります(写真2)。また、この連結方法は、チフニーの反転防止にも役立ちます。

引き馬の御者(リーダー)は一人

 草食動物である馬は、群れのリーダーに従う性質を持ちます。したがって、引き馬を行う際のリーダーも一人でなければなりません。欧州のパドックでは、馬の右側を人が一緒に歩くことがありますが、「二人引き」を行うことはありません。右側の人の役割は、混雑する人ごみの中を歩く際に「馬をエスコートすること」や「右側の壁」として必要に応じて手綱を保持し、馬を落ち着かせることです(写真3)。競馬ではアシスタントトレーナーやトラベリングヘッドラッドが、その役割を担います。

 欧州で「二人引き」が行われない理由は、両側から別々の指示を出されると、馬はどちらが自分のリーダーかわからず混乱するためです。さらに、馬が暴れた際には、御者の安全確保のため、両者ともにリードを離すことができず危険な状態になることもあります。馬が人の指示に従わない場合には、二人の力で抑えこもうとしても、「一馬力」に勝つことができません。それよりも、馬が人の指示に従うような躾を行うことの方が重要であるということを欧州のホースマンは認識しているのです。

ファンや馬主を意識した「馬を披露する」姿勢

 欧州では競馬そのものが馬主の社交の場であり、パドックに入るお客様にもドレスコードが課せられています。したがって、馬を引く厩舎関係者も社交の場にふさわしい身だしなみに気を配らなければなりません。また、パドックでは馬主に馬を「見ていただき」、馬主の大切な馬を競馬ファンに「披露する」姿勢が求められます。そのためには、馬がアスリートとして最大限引き立つよう手入れに気を配り、また、ブラシによるクォーターマーク(写真4)、たてがみの水ブラシおよび蹄油などのプレゼンテーションも一般的に行われています。さらに、パドックでは落ち着きがあり、キビキビとした常歩を見せなければなりません。これを実行するには、普段からの馬の躾が不可欠であることは言うまでもありません。

競走馬の展示

 欧州では現役競走馬の売買も少なくなくありません。そのため競走馬厩舎では、馬主や購買者が馬を見に来た際には、きれいに手入れされているとともに、躾の行き届いた姿をお見せしなければなりません。

 駐立展示は、光の向きや傾斜、背景にまで配慮したうえで展示場所を選ぶことから始まります。馬を見せる際には、たてがみは水に濡らしたブラシを使用して必ず右に寝かせます。これは馬の左側が「表」とされているからであり、このようにすることにより、頚のラインがきれいに見えます。また、それぞれの肢を見せるために、四肢は重ならないように右側を狭く踏ませて駐立させます。さらに、蹄の検査ができるような地面の安定した場所に立たせることも大切です。

 馬装は無口頭絡とチフニーを用いた展示が一般的ですが、そのほかにチェーンシャンクやレーシングブライドル(写真5)を使用することもあります。チェーンシャンクは米国の競走馬や種牡馬の展示で多く見られますが、装着だけでプレッシャーになる強い道具であるため、使用時には注意が必要です。また、レーシングブライドルは競走馬であるということをアピールする効果があるため、欧州では2歳トレーニングセールでの展示や競走馬の撮影の際に使用されています。

 馬主や購買者への常歩での歩様検査時には、引き馬で検査者からまっすぐ10mほど離れます。また、回転する際は右回りに回転します(写真6)。右回転時には、頭を高く保持し、後肢旋回の要領で小さく回すのがコツです。右回りで回転する理由は、①検査者の視界を御者が遮らない。②回転時に後肢がふくらまない。③狭い場所では、回転時に人が馬の外側に位置することにより、馬の無用な受傷を防止するためです。なお、回転後は再び検査者に向かってまっすぐ戻ります。

最後に

 近年、わが国の生産地における1歳せり市場の下見や展示では、「1本リードによる引き馬」や「右回りの回転」など、合理的で優れた技術や考え方を模範とした方法が一般的となっています。これらの生産地での「馬を見せる」から「見ていただく」という取り組みは、競馬場での取り扱いにも大きく影響しています。これまでの生産地の皆様方のたゆまない努力に敬意を払うとともに、これらの取り組みが今後も継続されることを期待しています。

(日高育成牧場 専門役 頃末 憲治)

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写真1:チフニーを下顎に均等に作用させるには1本リード(左)が2本リード(右)より効果的である。

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写真2:1本リードをチフニーと無口の下部のリングを連結して使用することが推奨される。

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写真3:欧州のパドックで馬の右側(写真左側)の人は「エスコートすること」や「右側の壁」としての役割を果たしている。

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写真4:欧州のパドックではブラシによるクォーターマークなどのプレゼンテーションも一般的に行われている。

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写真5:米国の競走馬や種牡馬の展示ではチェーンシャンク(左)、欧州でのトレーニングセールや競走馬の展示ではレーシングブライドル(右)が使用されることが多い。

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写真6:歩様検査の回転時には右回りに回転する。

2019年6月19日 (水)

バランサー?それともコンプリート?

No.87(2013年10月1日号)

 一昔前まで、馬のエサと言えば「エンバクとフスマにカルシウムの粉末」という構成が一般的でしたが、近年は研究開発が進み、多様な馬用配合飼料が市販されています。あまりに多くの飼料が流通しているため、それぞれの違いが分からなくなってしまっていないでしょうか?細かい違いや宣伝文句に振り回されていないでしょうか?複数の飼料会社との付き合いを大切にするあまり、無意味に配合飼料を併給していませんか?今回は配合飼料の基本的なタイプとその使い方についてご紹介します。

配合飼料のコンセプト
 まず、念頭においていただきたいのが、それぞれの配合飼料には飼料会社が設計したコンセプトがあるということです。それは給与対象馬が、繁殖牝馬、子馬、競走馬という分類のみならず、放牧環境か厩舎環境か、配合飼料を多く与えたいのか、抑えたいのかといった要因も関連します。
 本日紹介するタイプとは、大きく「バランサー」と「コンプリート」の2つです。日本語に翻訳すると「バランスが良い」「完全」という言葉はいずれも耳触りの良い言葉ですので、一見すると「どういう飼料か分からない」のも無理はありません。しかしながら、これらは前述の設計コンセプトが異なるため、当然給餌の仕方が異なります(図)。この2タイプの違いは「エネルギー」「タンパク質・ミネラル」に対する給与方法の違いによるものです。エネルギーは勿論ですが、タンパク質・ミネラルも馬の飼料成分としてとても重要です。特に成長期・競走期・妊娠期の馬には不足しないよう注意が必要です。

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 コンプリート型とは、穀類にタンパク質・ミネラル分のペレットを加えて構成されているものが一般的です(写真1)。この飼料を規定量与えることで、必要なエネルギーとタンパク質・ミネラル(ビタミンを含む)を同時に満たします。基本的にはこの飼料だけ与えていれば良いということからオールインワンとも言われています。推奨される量は製品によってさまざまですが、4~6kgが一般的です。エネルギー量が多くなるため、牧草を自由採食できない厩舎飼育環境に適していると言えます。

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 一方、バランサー型とは、近年生産地で広く普及している飼料で、タンパク質・ミネラル(ビタミンを含む)含有率が高いペレットで構成されており、少量の給餌(概ね1kg)でこれらの要求量を満たせるというものです(写真2)。サプリメント型と呼ばれる飼料も同様のタイプの飼料です。しかし、これだけではエネルギー量が不足するためエンバクを追加して調整します。エネルギー量を抑えられるため、牧草から多くのエネルギーを摂取している放牧環境に適していると言えます。

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 また、これらの中間的な特性の飼料も市販されていますので、自分の牧場で扱っている飼料がどのようなものか分からない方は、今一度確認してみて下さい。

誤った給餌方法
 よくある誤った給餌例をご紹介します。「コンプリート型を与えているが、コスト削減のため推奨量の半分しか与えず、その分エンバクを足す」とタンパク質・ミネラル分が不足してしまいます。また、「バランサーを給餌しながら、以前から慣例的に与えていたミネラル添加剤も与える」のは無駄なコストをかけていることになります。

配合飼料の適切な選択
 日本人は勤勉な性格からか、飼料を複雑にしたがり、それを美徳とする傾向があるのかもしれません。しかし、飼料はシンプルな方が作業や在庫管理が楽ですし、誤りも少なく、修正も楽であることは間違いありません。
 これらの飼料はどちらが良い悪いという問題ではなく、飼養環境に応じた「選択」と「与え方」が重要になります。特に放牧飼養下では牧草の種類や草高、密度の違いに起因する成分バランスを考慮する必要があります。エネルギー量については、馬の体型(ボディコンディションスコア)をみて調整することができますが、タンパク質やミネラルに関しては一見して判断することはできません。しかしながら、このような目に見えない要素が胎子期、成長期に重要です。自牧場の牧草成分が知りたいという方は牧草成分分析事業をご活用下さい。本事業は今年から窓口がBTCからJBBAに移りましたが、事業内容はこれまでとほぼ同様です。詳細についてはお近くの窓口へお尋ね下さい。
 最後になりますが、飼料は規定量を与えていれば良いというものではありません。信頼できる栄養の専門家の意見を参考に、現場においては日々の観察から馬ごとの特徴、変化を把握し、細やかな修正ができるよう、経験・スキルを身につけることが重要です。

日高育成牧場 生産育成研究室 村瀬 晴崇

2019年6月17日 (月)

アイルランドの人材養成

No.86 (2013年9月15日号)

 「馬づくりは人づくり」。JRA日高育成牧場は、この言葉どおり、BTCやJBBAの研修生、獣医畜産系大学の学生、周辺の小・中・高校生まで幅広く多くの方を対象として、馬に関する学習の機会を提供しています。
 欧米各国においても、様々な人材養成事業が実施されており、ダーレー・フライング・スタートやケンタッキー・イクワイン・マネージメント・インターンシップなどは世界的にもよく知られているところです。世界有数の馬産国アイルランドは、国の主要産業の振興を目的とした人材養成に対し、政府をあげた一大事業として力を注いでいます。
本稿では、アイルランドの人材養成の中心となっているアイリッシュ・ナショナル・スタッド(以下INS)のブリーディング・コースについて紹介します。

アイリッシュ・ナショナル・スタッド-ブリーディング・コース-
 INSは、半世紀以上前の1946年に「アイルランドの馬産業の促進」を目的として設立された歴史ある国営牧場で、往年の大種牡馬ブランドフォードを筆頭に、最近ではシーザスターズなど多くの名馬が生産されてきました。
 INSは生産牧場としての役割のみならず、ブリーディング・コースとよばれる競走馬産業への人材供給を目的とした事業を行っています。1971年に設立され、40年以上の歴史をもつこのコースは、これまで800人以上の卒業生を世界中に輩出しており、卒業生は各国の生産牧場、育成牧場、競走馬厩舎、競馬関係機関、セリ会社あるいはマスコミなどで活躍しています。
 INSの教育システムは、自国のみならず、他国の人材も養成していることで特徴的です。国営牧場という性質上、自国の若者のみを対象とするシステムの方が妥当と思われますが、世界中から生徒を集め、卒業後に彼らが母国において競馬産業の職に就くことにより、結果として世界各国にコネクションを拡大することを可能にしています。すなわち、卒業生に対してアイルランドの「競馬大使」としての役割を期待しているのです。

コース概要
 このコースは、繁殖シーズン(1~7月)の約半年間にわたって行われ、実習、講義および見学研修を通じ、スタッド・マネージャーに必要な生産に関する知識および技術の修得が中心になっています。実習は、繁殖シーズンにおける繁殖牝馬、子馬および種牡馬の管理、そして、種付け・出産などの実務を行います。1日1時間の講義は、獣医学、装蹄学、栄養学、土壌学などの馬産の基礎的な分野に加え、種牡馬事業やセリ市場など、競馬産業に関する内容も数多く含まれています。講師は、INSの場長およびスタッフのみならず、大学、研究所、飼料会社、エージェント、セリ主催者、調教師などアイルランドを代表する競馬関係者が担当しています。また、見学研修においては、セリ市場、馬診療所、競走馬厩舎、育成業者(コンサイナー)などを訪問します。これらの講義や見学は、知識修得だけではなく、アイルランドの競馬産業に携わる関係者と各国生徒との「顔合わせ」を兼ねており、競馬産業におけるネットワークの形成に寄与しています。

各国からの研修生
 年齢制限はありませんが、主に20代前半の研修生が多くを占めています。彼らの学歴は高卒、大卒、大学在籍中など様々ですが、ほぼ全員が生産牧場あるいは競走馬厩舎での勤務経験を有しています。また、すでに自国以外の牧場で就労経験している生徒も数多く在籍していました。このような世界各国の研修生が、半年間にわたる寮生活をとおして寝食をともにする、まさに「同じ釜の飯を食う」ことにより、世界中にネットワークを拡げることができるのです。

他国の教育システム
 INSと同様の人材養成機関は他国にも存在します。主なものとしては、ナショナル・スタッド(英国)、ケンタッキー・イクワイン・マネージメント・インターンシップ(米国)、ダーレー・フライング・スタート(愛国、豪州、米国、ドバイ)などがあげられます。INSの生徒の何名かは、これらのコースも受講することにより、世界各国の馬産を経験するとともに人脈の輪を広げています。

おわりに
 世界中の競馬産業にネットワークを形成しているINSの卒業生は、アイルランドの競馬産業にとって極めて貴重な財産であり、国をあげたこの事業を40年以上継続することによって、世界有数の馬産国としての地位を築いています。
 来年1月から始まるコースの募集締め切りは、本年10月12日です。募集人員は20名、応募資格は「18歳以上で健康」「一定の英語力(IELTS academic test 5以上)を有している」「牧場などでの勤務経験があり、馬の取扱いに慣れている」ことです。ご興味のある方は受講してみてはいかがでしょうか(アイリッシュ・ナショナル・スタッド・ブリーディング・コースhttp://irishnationalstud.ie/education/4/breeding-course/)。

(日高育成牧場 専門役 冨成 雅尚)

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大手コンサイナーによる馬の見方に聞き入る研修生

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INSの担当装蹄師による装蹄学の講義

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多くの見学先では、愛国のホースマンとの懇談の場が設けられている。
研修生と話すジム・ボルジャー調教師(左写真)、バリーリンチ・スタッドのジョン・オコーナー場長(右写真)

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INSの卒業式。世界各国の生徒が半年間寝食をともにすることで、世界中にネットワークを拡げることができる(筆者は最後列左端)

アイリッシュ・ナショナル・スタッド(愛国)
Irish National Stud
http://irishnationalstud.ie/

ケンタッキー・イクワイン・マネージメント・インターンシップ(米国)
Kentucky Equine Management Internship
http://www.kemi.org/

ナショナル・スタッド(英国)
The National Stud
http://www.nationalstud.co.uk/

ダーレー・フライング・スタート
Darley Flying Start
http://www.darleyflyingstart.com/

2019年6月14日 (金)

栄養管理コンサルタントの実際

No.85 (2013年9月1日号)

軽種馬生産界におけるコンサルタント
 「コンサルタント」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。「コンサルタント」とは企業経営や管理技術などについて指導、助言をすることにより、顧客が抱える問題を解決する方策を示してくれる専門家のことを指します。「経営コンサルタント」「ビジネスコンサルタント」「ITコンサルタント」などさまざまな業種で広く認知されています。軽種馬生産においても「栄養管理コンサルタント」が存在しますが、日本においてはまだそれほど一般的にはなってはいません。
 コンサルタントの内容はその専門家によって、また契約によってさまざまですが、最も重要なのは「発育状況と栄養状態(BCS・体重・体高・歩様・蹄や肢軸など)」「栄養補給(飼料の選択と栄養バランス、放牧地の評価)」についての指導です。コンサルタントに馴染みのない方にとっては、一生懸命育てた馬を気安く他人に評価されることを快く思わないかもしれません。しかし、自己流の解釈と方法に陥りがちな軽種馬生産において、深い知識と広い視野を持つ専門家の意見を得ることは非常に重要です。またコンサルタントに馬を見せること自体が日常業務における目標になるといったメリットもあります。その他の指導項目として「放牧地の土壌、牧草成分分析と管理方法」「繁殖成績(受胎率・種付け回数)向上のための対策」「問題点に対するディスカッション」などが挙げられます。
 実際にコンサルタントを受けている牧場の声を聞くと「客観的な評価を得ること」や「コンディションの安定化」「飼養管理に対する理解」さらには「スタッフのスキル向上」「スタッフ間の認識の統一」といった点に大きなメリットを感じているようです。

国内のコンサルタント活動
 牧場コンサルタントというと、外国人をイメージされる方もいると思いますが、平成17年から21年にかけてJBBAによる軽種馬経営高度化指導研修で日本人コンサルタントを養成する事業が行われました。これはKER(Kentucky Equine Research)の代表者Pagan博士とそのスタッフを定期的に日高に招聘し、実際に生産牧場の巡回指導を通じて、海外飼養管理技術を習得し、国内の技術指導者(カウンターパート)を養成するものです。KERはアメリカの飼料会社であり、研究所であり、コンサルタント業務も行っている有名な企業です。この事業によって獣医師や飼料会社関係者など7名のカウンターパートと3名のカウンターパート補佐が養成されました。
 この時のモデル牧場における主な改善点は、サプリメントの利用や栄養バランスの改善を伴う「飼料配合のシンプル化」、コンプリート型飼料とサプリメント型飼料の混同を適正とすることによる「飼料特性に基づく給与」、「昼夜放牧の励行」、「分娩前後の繁殖牝馬のBCSの適正化」、「適切な蹄管理」、「セール上場予定馬の準備」、「当歳馬へのクリープフィーディング」など多岐に渡ります。そして彼らが常に口にしていたのは「More exercise, more feeds!(もっと運動を、もっと飼料(栄養)を!)」でした。
 実際に指導を受けた牧場からは「受胎率や産駒の発育が向上した」という目に見える結果の他に、「客観的な評価を知ることができた」「牧場スタッフの意識が変わった」「普段抱いていた飼養管理上の疑問が解決できた」「蹄管理の重要性が認識できた」「独自の方法を見直すことができた」といった前向きなコメントが寄せられました。
 この事業で直接指導を受けた牧場は限られたものではありますが、養成されたカウンターパートらの活動が、わが国における「ボディコンディションスコア」「分娩前後の繁殖牝馬の栄養補給」「運動の重要性」「昼夜放牧」などの普及に一役かったと考えられます。
 養成されたカウンターパートらは、現在ファームコンサルタントとして、飼料会社のサービスの一環として、また診療業務の傍らとしてコンサルタントを継続しています。
 コンサルタントに興味はあるけど、誰に頼めば良いのか分からないという牧場は多いと思われます。JBBAでは国内でのコンサルタントをさらに普及させるべく、事業を継続することになりました。現在、効果的な普及方法について検討を重ねているところではありますが、今後も事業を活用いただければ幸いです。詳細な事業案内につきましてはJBBAニュース8月号を参照下さい。

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(日高育成牧場 生産育成研究室 村瀬 晴崇)

2019年6月12日 (水)

進化する蹄鉄 ~新素材を用いた蹄鉄の応用~

No.84 (2013年8月15日号)

 今回は、馬の蹄を保護し、肢軸矯正にも用いられる蹄鉄とその装着方法の進化の一端を紹介したいと思います。

蹄鉄素材の歴史

 蹄鉄の歴史を紐解くと、紀元前まで遡ります。古代ギリシャ・ローマ時代のローマ人は、ヒポサンダールと呼ばれる金属製サンダルを紐で下肢部に固定し、蹄が過剰に磨滅するのを予防したそうです。しかし、紐による固定は耐久性に乏しいため、やがて蹄釘で固定する蹄鉄へと進化していきます。技術発達に遅れがあった日本では、藁沓(わらぐつ)に鉄板を打ち付けたものを戦国時代に使用していたようです。皮革や藁などでは耐久性不足だったため、世界でも日本でも耐久性に富んだ素材「鉄」を使用するという結論にたどり着いたのでしょう。安価で磨耗しにくい鉄製の蹄鉄は、現在でも多くの乗用馬の蹄鉄として使用されています。

 20世紀後半は、原動機の普及などにより農用馬や軍用馬は激減、馬の世界は競走馬や乗用馬へと移行し、生産についても量重視から質重視へと替わりました。もちろん装蹄技術に関しても向上が求められ、特に競走馬はスピードを追及する競技であることから、蹄鉄の軽量化が必須となりました。耐久性と軽量化の両立を突き詰めた結果、現代の競走馬の9割以上が装着しているアルミ製蹄鉄へと進化しました。アルミ蹄鉄の重量は、鉄製蹄鉄のおよそ3分の1程度で、大幅な軽量化と加工の容易化に成功しました。

 

蹄鉄の素材と装蹄手法の相性

 第2次世界大戦以前には、装蹄に対する軍事的要請により様々な蹄鉄素材の研究が行われました。木製やゴム製、戦後には特殊プラスチック製やウレタン製蹄鉄などが研究されています。これら特殊素材の蹄鉄は、軽量化や緩衝作用などを目的に研究された成果でしたが、広く普及することはありませんでした。その背景には、特殊素材の蹄鉄と釘付装蹄との相性の悪さが起因になっていたと考えられます。すなわち、鉄やアルミは、軟鋼で出来ている蹄釘とほぼ同程度の硬度であるため、釘頭(蹄釘の鎚で叩かれる部分)を蹄鉄へ強めに打ち込んでも入り過ぎることはありません。しかし、木や硬質プラスチックなどは蹄釘より軟質かつ割れやすいため、蹄釘を打ち込む際、強めに鎚打(つちだ)できません。また、ゴムやウレタンは割れることはありませんがとても軟質なため、釘頭の入り過ぎなどにより蹄釘の緩みが早く、落鉄や緩鉄のリスクが高い素材です。

 2000年以上も前から行われている蹄釘を用いた釘付装蹄は、現在でも蹄鉄固定の主たる手法です。脱着の簡便性、安定した固定力、蹄機作用の阻害リスクの低さなど、非常に合理的な手法のため、今後も引き続き行われる装蹄手法と言えるでしょう。一方、スピード重視の競馬へと変化している現在、サラブレッドの蹄壁は徐々に薄くなっているように思われます。皮膚が薄い馬は動きも素軽いので良い馬と言えますが、蹄の蹄壁は皮膚の延長線上にあるものです。走る馬ほど蹄壁が薄くなるのも必然と言えるでしょう。そのような釘付装蹄が困難な蹄に対し、蹄壁補修材を用いた接着装蹄を適用します。また近年の生産地では、当歳馬や1歳未満馬の肢軸を積極的に矯正する傾向にあるため、蹄が小さく釘付けが極めて難しい子馬にも接着装蹄を適用します。重量がある蹄鉄は落鉄するリスクが高いため主にアルミ蹄鉄を接着しますが、落鉄しない安定した固定力を得るためには、蹄鉄と蹄踵部を強固に固定することが大切です。そこで懸念されるのが、負重時に起こる蹄壁の動き、すなわち蹄機作用への影響です。蹄は、負重による衝撃を変形することにより緩和したり、蹄壁の開張・閉鎖によるポンプ作用により蹄内の血液循環を促進します。蹄踵部を硬い蹄鉄と固定することは、蹄壁の動きを阻害して蹄機作用を抑制することが容易に想像できます。そこで、釘付装蹄との相性があまり良くなかった軟質素材の蹄鉄が最近見直されています。

 

接着装蹄用の軟質素材蹄鉄

 フロリダ州の装蹄師、カーティス・バーンズ装蹄師が考案した「ポリフレックスホースシュー」は、ウレタンの中に形状を固定するワイヤーと、磨耗予防の鋼片を蹄尖部に挿入した接着装蹄用の蹄鉄です。蹄が持つ働きを阻害せずに接着装蹄が行える器材として、競走馬用や乗用馬用、治療用、当歳馬の肢軸矯正用など様々な形態の蹄鉄が米国で市販されています。値段は割高ですが個人輸入などによって日本でも入手することが可能でしょう。また、道内の装蹄師の方々も、軟質素材を使った接着蹄鉄を実施する機会が増えているようです。硬質ゴム素材やウレタンシート、液体ウレタンゴムなど、様々な素材を入手して蹄鉄に適した素材の選定を日々行っています。

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 釘付装蹄に比べ接着装蹄は、時間もコストもかかる装蹄手法です。1頭の馬に時間をかけて接着装蹄を行うより、同じ時間で釘付装蹄を複数頭に施すほうが、装蹄師的には断然利益がでるでしょう。しかし、今の生産地に求められているのは「量より質」であり、装蹄師の方々もそのニーズに少しでも応えられるよう、日夜試行錯誤を繰り返しています。

 20世紀以上も不変だった釘付装蹄からの脱却こそが装蹄の最終進化形と考えるならば、柔軟かつ加工が容易で磨耗しないような新素材蹄鉄と、絶対に落鉄しない接着装蹄の手法が確立されれば、日本で行われる装蹄の全てが接着装蹄になるときがくるかもしれません。

 (日高育成牧場 業務課 大塚 尚人)

2019年6月10日 (月)

イギリス・アイルランドにおける購買前獣医検査について

No.83 (2013年8月1日号)

はじめに
 洋の東西を問わず、馬の売買取引に関するトラブルは数多く存在します。その理由として、馬は「高額」な商品であることに加えて、生体、すなわち「生き物」であるため、自動車や精密機械などと比較して、その品質保証が困難であることなどがあげられます。また、わが国の馬取引の中心である育成期の馬(当歳~2歳馬)は、売買時に「成長期」であることから、取引前には認められなかった疾患が、取引後に発生する可能性もあります。さらに、取引後における放牧や調教などの運動負荷により、外見上認められなかった疾患や欠陥が顕在化することも少なくありません。
 冒頭で「洋の東西を問わず」と述べたように、馬の取引のトラブルで悩んでいるのは、わが国だけではありません。馬取引が盛んに行われている諸外国の例を垣間見ることにより、安心して馬の売買が可能となる方法を構築する手がかりをつかむことができるかもしれません。そこで今回は、イギリスおよびアイルランドの馬取引における「購買前獣医検査」Pre-Purchase Examination(以下PPE)についてご紹介したいと思います。

購買前獣医検査PPE
 イギリスおよびアイルランドにおいては、PPEが一般的に実施されています。これは、購買者が購入を予定している馬に対して、購買目的に適っているかどうか、異常所見や疾患の有無といったリスクに関する部分に関して獣医師に検査を依頼するものです。依頼された獣医師の多くは、PPEガイダンスノート(※)とよばれる「検査手引書」に基付いて実施しています。これには、獣医師が実施するべき検査項目が順序立てて明記されており、イギリス馬獣医師会および英国王立獣医師会といった獣医師の権威団体によって作成および承認されています。このため、これに則ることにより、可能な限り適切な検査が実施できるとともに、取引後のクレームなどのトラブルを最低限に抑制できるシステムが構築されています。さらに、当該馬に関与する検査獣医師、購買者および販売者のすべてが、購買時検査を実施するうえで理解しておく必要がある事項が記載されています。例えば、「PPEには限界がある」「購買者の使用目的およびニーズに基付いて合否判断する必要がある」「検査獣医師は当該馬の診療に携わっていない」ことなどが明記されています。
 実際の検査においては、これに示されたすべての検査ステージに加え、必要に応じてレントゲン検査や上気道の内視鏡検査を実施するため、1頭当たりの検査が1時間を超える場合も少なくありません。また、競走馬や馬術競技馬などの高額馬取引の検査は、臨床経験が豊富かつ公平に判断できる獣医師が担当しています。
※PPEガイダンスノート原文
http://www.beva.org.uk/_uploads/documents/1ppe-guidance-notes.pdf

検査の流れ
 PPEガイダンスノートの記載内容のうち、「基準検査」とよばれるPPEの基本となる検査は以下の5つのステージから成り立っています。

ステージ1 予備検査
駐立時の目視および触診などによる馬体外貌の検査。

ステージ2 引き馬による常歩および速歩の歩様検査
常歩および速歩の直線運動、左右方向の小さい回転、および2~3歩の後退による歩様検査。

ステージ3 運動負荷試験
騎乗による運動負荷時の検査。この項目の目的は「心拍数あるいは呼吸数を増加させた際の状態確認」「常歩、速歩、キャンター、可能であればギャロップ時の状態の確認」であり、騎乗が困難であれば、ランジングへの代替も可能である。

ステージ4 静止および再検査
ステージ3の運動後の安静状態における呼吸循環器系に関する検査。

ステージ5 2回目の速歩検査
運動と安静時検査によって確認された所見の再確認を目的とした速歩検査。

その他の検査
以上の検査以外に、ドーピング検査(血液検査)や必要に応じた屈曲試験、速歩による回転検査、レントゲン、内視鏡もしくは超音波検査などを実施する。

セリにおけるPPE
 競走馬のセリにおいては、PPEガイダンスノートの項目のうち、限定された一部の検査が短時間で実施されます(下表)。「PPEガイダンスノートの基準検査」と「セリにおけるPPE」両者の検査内容を比較すると、後者は明らかに簡略化されていますが、これには理由があります。セリにおいては、時間、場所および年齢に制約があるため、詳細な検査が不可能です。また、この事情を購買者が理解し、あくまで簡易検査であることを認識したうえでの依頼に基づいているためです。さらに、セリにおいては購買者本人が実馬検査している場合が多く、獣医師によるPPEはあくまで補助、セカンドオピニオンと見なされていることも検査を簡略化できる理由のひとつです。
 多くの獣医師は、安静時の外貌検査、心臓の聴診、歩様検査(ほとんど常歩のみだが、場合によっては速歩を実施する)、および内視鏡検査(上気道観察のみ)に限定して検査を実施しています。内視鏡検査は1歳馬であっても馬房内で実施することがほとんどで、セリ会場にはポータブル内視鏡を肩にかけた獣医師の姿を頻繁に見かけることができます。
 X線検査は腫脹が認められる部位、跛行肢など必要な個所のみに限定して実施されます。なお、X線検査が事前に実施されている上場馬はそれほど多くなく、欧州のトップセールであるタタソールズ1歳市場のブック1においても、レポジトリールームへの事前提出率は、上場者の3割程度にとどまっています。

1_3 セリにおける獣医師によるPPE(左)と馬房での内視鏡検査(右)

2_3 タタソールズのレポジトリールーム データ提出率は上場者の3割程度である。

3_3 PPEとセリにおける購買前検査の比較

売却後検査
 英愛の競走馬市場においては、売却後検査も頻繁に実施されています。主な検査項目は、異常呼吸音を確認するウィンドテスト、およびドーピング検査(血液検査)です。1歳および2歳市場においては、いずれの検査もほとんどの売却馬に対して実施されています。
 ウィンドテストは、会場内に設置されているラウンドペン(丸馬場)でのランジングにおいて、呼吸音が明瞭に聴取可能となるまで、左右それぞれ10周程度のギャロップを実施することにより異常呼吸音の有無を確認する検査です。なお、1歳市場の上場馬は、このテストのため、セリ馴致の一つとしてランジング調教が実施されています。

4_2 売却後のウィンドテスト。右側が呼吸音を確認している獣医師

PPE講習会
 PPEガイダンスノートに基づいた検査の周知徹底を図ることを目的とした講習会が、英国馬獣医師会の主催により、英愛国の各地で年間を通して開催されています。内容は「PPEの概要」や「クレームを防止するための購買前検査の実施方法」などの講義、実馬を用いた「コンフォメーション、歩様検査、心臓および眼検査方法」などであり、適切な購買前検査の実施および売買トラブルの防止を目的としています。
 講義のなかで、講師からは「購買前検査におけるクレームを予防するためには、購買者とのコミュニケーションが極めて重要であり、どれほど精度の高いプロトコールが体系化されていても、最終的には人間同士のコミュニケーション(言い回し、正直な発言など)が、トラブルを防止できる最も重要なポイントである」とアドバイスがありました。
 このような獣医師会をあげての取り組みは、獣医師の検査技術向上、ひいては適切な馬取引を実施することによる馬産業の発展を目的としています。

まとめ
 PPEガイダンスノートは馬取引を円滑に実施するための優れたプロトコールであるといえます、しかし、これを用いた検査システムの有効性を左右するのは、検査獣医師の臨床経験、観察力および依頼主に対するリスク説明などのコミュニケーション能力と言えるのかもしれません。
 わが国においては、PPEは一般的ではありませんが、馬取引に関わる獣医師の責任の重さは小さくありません。市場の透明性を向上させ、売り手、買い手ともに安心した取引を行うためには、現状において「パーフェクト」な診断および予後判定は不可能であっても、常に「ベター」な方法を模索していく必要がありそうです。

(日高育成牧場 専門役 冨成 雅尚)

2019年6月 7日 (金)

放牧草の採食量と問題点

No.82 (2013年7月15日号)

はじめに
 今春は例年に比べて気温の上がりにくい気候でしたが、皆さんはいつ頃から昼夜放牧を開始されたでしょうか?放牧時間の延長に伴って牧草の採食量が増えるため、放牧時間や放牧地の植生によっては飼い葉を調整する必要があります。この時に多くの方が、「そういえば、馬は放牧地でどれだけの草を食べているのだろう?」と疑問を持たれているのではないでしょうか。また、「放牧草だけでも問題ないのではないだろうか?」と思う方もいるでしょう。今回は、昼夜放牧時の放牧草摂取量増加に伴う問題点とその対策について紹介します。

昼夜放牧のメリットと採食量
 欧米で古くから行われていた昼夜放牧は、日本においては近年広く行われるようになりました。昼夜放牧を行うことにより運動の促進、十分な青草の摂取、馬同士の社会性の構築といった利点が望めます。確かに、昼間のみの短時間放牧(換言すると馬房内で長時間を過ごす)という管理方法は、本来馬にとっては不自然な環境であり、生理的な欲求(常に草を採食、群での生活)を阻害する上に、将来アスリートになる幼少期に1日の半分もの時間を馬房に閉じ込めていていいものなのか?といった疑問の声も聞こえます。また、近年では冬季にも昼夜放牧を行う牧場があることからも、強い馬づくりのためにいかに「昼夜放牧」が期待されているか伺えます。
 過去のJRAの研究では、植生が良好な放牧地で昼夜放牧された1歳馬は昼放牧群の約2倍である9~10kg(乾物:水分0%としたときの換算値)の放牧草を採食しました。青草の水分含量を80%とすると、青草を45~50kgも摂取している計算になります。軽種馬飼養標準では放牧地の草量に応じて、草量が十分な場合9~10kg(昼間放牧時5kg)、やや不足している放牧地7~8kg(同3~4kg)、不足した放牧地3~4kg(同1~2kg)と3区分で採食量を示しています。

昼夜放牧の注意点(採食のコントロール~過肥の防止)
 昼夜放牧には多くのメリットがある一方で、飼養管理上気をつけなければならない点もあります。草量が多い草地では肥満になりやすく、成長期の子馬にも妊娠を控えた繁殖牝馬にも好ましくありません。栄養状態の把握は毎日接しているからと言って漫然と行っていると気づかないものです。そのため、体重やボディコンディションスコアを定期的に記録して客観的に評価することが重要です。過肥傾向にある牧場では、頻回の掃除刈り(15cm程度維持)、放牧地のマメ科率の低減、放牧時間の調整、運動負荷などの対策を講じる必要があります。

放牧草からのミネラル摂取量
 放牧地は運動場であると同時に栄養供給の場でもあります。とくにミネラルについては興味があっても、あまりにも種類が多く挫折した方も多いのではないでしょうか。しかしながら、ミネラルはウマの飼養管理においては子馬や胎子の健やかな成長、DODの発症率に関係することが知られており、子馬の適切な発育・発達にとって非常に重要な栄養素です。
 表1は日高地区の牧草成分の平均値です。草量が十分な放牧地であれば牧草だけで要求量以上のエネルギーを摂取可能ですが、残念ながら一部のミネラルにおいては発育期の子馬の要求量を満たせません。本稿では特に重要であるカルシウム(Ca)とリン(P)、銅(Cu)と亜鉛(Zn)に注目してお話しいたします。
 CaとPは筋骨格の発達に必要不可欠なミネラルです。両者は体内に吸収する過程で拮抗関係があり、効率よく吸収するために飼料中のCa/P比が1.5~2であることが推奨されています。エンバクやフスマといった穀類はPの割合が高いことから、馬の飼い葉には伝統的に「炭カル」「ビタカル」と言われるようなカルシウム添加剤が加えられていました。一方、放牧草中心の飼養環境下では放牧草中のCa/P比に留意する必要があります。2008年の日高地区の調査によると、放牧草の平均Ca/P比は1.07と低く(イネ科牧草の目標値は1.3程度)、このような草地で放牧されている馬には補正を行う必要があります。その対策として、カルシウム剤を給与することの他に、牧草にCa比率の高いマメ科牧草を混播すること、雑草を除去すること(雑草にはカルシウム吸収を阻害するシュウ酸含量が高い)、Caが豊富なルーサン(アルファルファ)乾草を給与することなどが挙げられます。
 CuとZnは生体におけるさまざまな代謝反応に関与しており、その重要性については近年再認識されています。ケンタッキー馬研究所Kentucky Equine Researchの推奨する1日要求量は離乳子馬(6ヶ月齢、246kg)でCu 168mg、Zn 504mgと、NRC(2007)要求量の54.9mg、219.7mgと比較しても非常に高値です。適切な摂取比率はZn:Cu=3:1~4:1が推奨されています。とくにCuは放牧草中の含量が低く、放牧環境下では十分量を摂取しにくいことから、微量元素の補給にはまず銅の給餌量を確認し亜鉛とのバランスを補正するように心がけましょう。

1_2 図1. 日高地区の放牧草の成分値(乾物あたり、2008年平均値)

土壌の酸度矯正
 牧草中のミネラル含量については地域や土壌、草種によって異なりますが、管理方法によっても大きく影響を受けます。その草地管理で何より優先すべきは土壌酸度(pH)です。土壌pHを6.0~6.5程度にすることで、根からの土壌中ミネラル分の活発な吸収が促されます。また、土壌pHの低下は近年問題になっているマメ科率の上昇にもつながります。日高の草地土壌は5未満から7程度まで広く分布していますが、多くは6.0以下であるため、主に石灰資材を用いてpHを上げる管理が重要になります(図2)。

2_2 図2. 土壌pHと改善のための石灰投入量

水溶性炭水化物
 近年、世界的に注目されている問題の一つにフラクタンに代表される水溶性炭水化物(WSC)が挙げられます。WSCは馬では消化酵素の分泌が十分ではないため、多量に摂取すると大腸に未消化のままオーバーフローし、濃厚飼料と同じように大腸内で腸内細菌の異常発酵を招き、その結果pHバランスを崩すことで、蹄葉炎に代表されるさまざまな代謝疾患のリスクを高めます。WSCは乾草よりも青草で高く、青草では草丈の高い部分で高く、タンポポやオオバコ、アザミといった雑草(図3)には高く含まれます。日光の照射により合成されるため、日中に上昇、夜間に低下し、ストレス環境下(乾燥、低温、窒素不足など)ではさらに合成が促進されます。また、春と秋に高いという季節変化があることが知られています。
 このような点から、草量が豊かな草地で放牧されている過肥傾向の馬では牧草が急激に発育する春や秋には掃除刈りにより草高を抑える、日中の放牧を控えるといった工夫が必要となります。

3_2 図3. 放牧地の主な雑草

まとめ
 「強い馬づくり」のため昼夜放牧の有用性が広く認識されていますが、決して放牧だけしていれば良いというものではありません。そこで摂取エネルギーだけではなく放牧草から摂取する栄養素まで幅広く意識し、きめ細かい管理をすることで、心身の健全な発育ひいては順調な育成期を迎えるための土台作りができるものと考えます。

(日高育成牧場 生産育成研究室 村瀬 晴崇)

2019年6月 5日 (水)

サラブレッドのための草地管理

No.81 (2013年7月1日号)

 1年で最も忙しい出産および交配のシーズンを終え、休む間もなく1番牧草の収穫の季節を迎えています。草食動物である馬を管理するうえで、冬期に不可欠な牧草の収穫のみならず、春から秋にかけて利用する放牧草の重要性は誰もが認識するところです。特に、当歳から1歳にかけての適切な発育と基礎体力養成のための放牧は、「強い馬づくり」には不可欠です。しかし、その基礎となる放牧地の適切な管理の実践は、労力と経費がかかる割には効果の確認が困難であるため、おろそかになりがちです。今回は適切な草地管理に関する話題に触れてみたいと思います。

良質な放牧地は良質な競走馬を生産する」

 競走馬にとっての「良質な放牧地」とは、その特殊性から、馬以外の家畜での放牧地とは異なっています。その理由は、馬を除くほとんどの家畜の場合には、最も効率良く増体させることが飼育の目的となりますが、競走馬の場合には、「アスリート」を育てることが飼育の目的であるからです(写真①)。そのため、競走馬用放牧地には以下の要件を満たす必要があります。

1 写真①:競走馬の放牧の目的は「アスリート」を育てること

栄養のバランスが良いこと

 放牧されている馬は、放牧草から摂取する栄養が大きな割合を占めるために、牧草の栄養価を可能な限り良好に保つための管理が重要となります。放牧草の栄養価は、イネ科の種類(チモシー、ペレニアルライグラス、ケンタッキーブルーグラスなど)、イネ科とマメ科の割合(マメ科率)、土壌の養分バランス(pH、リン酸、カリ、苦土など)、利用する季節、あるいは採食可能な草の高さ(草高)に影響を受けます。

嗜好性が高いこと

 馬は草食動物のなかでも、草の選り好みが激しく、特定の草を選んで食べる傾向が強い動物です。生産性の高い草は数多くありますが、嗜好性の優れたものを選択する必要があります。

生産量が確保できていること

 放牧頭数に対して、良質な牧草を十分な量供給できる生産量が放牧地には必要です。放牧頭数が過剰である場合には、草の生産性が低下し、ボディコンディションスコア(BCS)の低下、あるいは繁殖成績の低下を誘発する恐れがあります。

安全性が高いこと

 競走馬は個体の経済的価値が高いために、放牧地における不慮の事故や有毒雑草の摂取による被害を避けなければなりません。良質な放牧地は、安全な運動場所でなければならず、不慮の事故を防ぐための細心の注意が必要です。

 

草種構成が変化するのは自然の流れ?

 前述の要件を満たすように心掛けても、「草地が荒れる」、「植生が悪くなる」ことは珍しいことではありません(写真②)。草種構成が変化することは自然の流れであります。つまり、植物の側から見ると、その放牧地の環境に適応する草種が優占していくのが当然の姿であると考えるのが妥当です。しかし、軽種馬生産を考えた場合には、草種構成は変化しないことが望ましく、草地管理の目的は草種構成を安定させることにあるともいえます。

2写真②:不食過繁地の形成が草種構成の変化ともなる

 この草種構成を安定させるためには、放牧草の利用、つまり「馬の採食」および「掃除刈り」と放牧草の再生とをバランスよく繰り返すことが最も重要です。つまり、放牧と休牧を年に数回から十数回繰り返えす「輪換放牧」が推奨されます。休牧期間は生育の旺盛な春から夏にかけては2週間程度、生育が緩慢になる晩夏~秋は3~4週間程度が望ましいとされています。しかし、軽種馬の放牧では、休牧期間がない連続した放牧が一般的に行われているため、再生期間が確保されていない分を、日々の再生量(生産量)と採食量のバランスを適切に保つことにより「輪換放牧」と同様の効果が得られるよう、草の量をなるべく一定に保つように心掛ける必要があります。この再生量と採食量のバランスの維持が困難になると、牧草の密度が低くなり、雑草などの侵入が進みます。このためにも放牧地1haあたり2頭を超える過放牧は避けなければなりません。

安定的に生育することが重要

 軽種馬の放牧地では、チモシーを主体にしている例が大半ですが、近年、ペレニアルライグラス、メドウフェスク、ケンタッキーブルーグラスなどを混播する例がみられるようになりました。これらは、季節による生産量の変動が小さく、再生力も強く放牧に向いている草種とされています。このように多草種を混播にしているのは、各々の草種の特性を活かすことで、ひとつの草種の単播より、草種構成・生産量の安定化を図りやすくするためです(写真③)。

3 写真③: ケンタッキーブルーグラス、ペレニアルライグラス、チモシーの混播により、植生・生産量の安定化が促される

 「馬の飼料として望ましい草種は何か」がよく問われますが、最も重要なことは、その地域で「安定的に生育できるか」ということです。安定的な生育は、草種構成を維持することにもつながり、安定的に生産できることになります。春に旺盛に生育する草種(オーチャードグラス、チモシー)、秋にも生育が旺盛な草種(ペレニアルライグラス、メドウフェスク)、寒さに強い草種(チモシー)、密度が高く維持できる草種(ケンタッキーブルーグラス)等様々な特徴ある草種を組み合わせておくことで、草種構成の安定を図ることができます。

軽種馬用草地土壌調査事業

 「軽種馬用草地土壌調査事業」という言葉を耳にしたことがあると思いますが、これは昨年まで軽種馬育成調教センター(BTC)で実施していた事業のひとつです。この事業では、軽種馬の飼養管理の改善と良質牧草生産の促進のために、草地の牧草や土壌の成分を分析し、土壌診断に基づいた施肥設計や飼養管理に関する情報を提供しています。その他にも、草地管理に関する研修会や、前述した内容を含む「草地管理に関するガイドブック」(写真④)の発刊を行うなど「強い馬づくり」に貢献しています。なお、この事業は本年から日本軽種馬協会(JBBA)に事業主体が変更されました。軽種馬用の牧草および牧草地の土壌分析の詳細につきましては、日本軽種馬協会生産対策部【電話03(5473)7091】までお問い合わせ下さい。

4 写真④:「軽種馬用草地土壌調査事業」により発刊された草地管理に関するガイドブック

(日高育成牧場 専門役 頃末憲治)