アイルランドの人材養成
No.86 (2013年9月15日号)
「馬づくりは人づくり」。JRA日高育成牧場は、この言葉どおり、BTCやJBBAの研修生、獣医畜産系大学の学生、周辺の小・中・高校生まで幅広く多くの方を対象として、馬に関する学習の機会を提供しています。
欧米各国においても、様々な人材養成事業が実施されており、ダーレー・フライング・スタートやケンタッキー・イクワイン・マネージメント・インターンシップなどは世界的にもよく知られているところです。世界有数の馬産国アイルランドは、国の主要産業の振興を目的とした人材養成に対し、政府をあげた一大事業として力を注いでいます。
本稿では、アイルランドの人材養成の中心となっているアイリッシュ・ナショナル・スタッド(以下INS)のブリーディング・コースについて紹介します。
アイリッシュ・ナショナル・スタッド-ブリーディング・コース-
INSは、半世紀以上前の1946年に「アイルランドの馬産業の促進」を目的として設立された歴史ある国営牧場で、往年の大種牡馬ブランドフォードを筆頭に、最近ではシーザスターズなど多くの名馬が生産されてきました。
INSは生産牧場としての役割のみならず、ブリーディング・コースとよばれる競走馬産業への人材供給を目的とした事業を行っています。1971年に設立され、40年以上の歴史をもつこのコースは、これまで800人以上の卒業生を世界中に輩出しており、卒業生は各国の生産牧場、育成牧場、競走馬厩舎、競馬関係機関、セリ会社あるいはマスコミなどで活躍しています。
INSの教育システムは、自国のみならず、他国の人材も養成していることで特徴的です。国営牧場という性質上、自国の若者のみを対象とするシステムの方が妥当と思われますが、世界中から生徒を集め、卒業後に彼らが母国において競馬産業の職に就くことにより、結果として世界各国にコネクションを拡大することを可能にしています。すなわち、卒業生に対してアイルランドの「競馬大使」としての役割を期待しているのです。
コース概要
このコースは、繁殖シーズン(1~7月)の約半年間にわたって行われ、実習、講義および見学研修を通じ、スタッド・マネージャーに必要な生産に関する知識および技術の修得が中心になっています。実習は、繁殖シーズンにおける繁殖牝馬、子馬および種牡馬の管理、そして、種付け・出産などの実務を行います。1日1時間の講義は、獣医学、装蹄学、栄養学、土壌学などの馬産の基礎的な分野に加え、種牡馬事業やセリ市場など、競馬産業に関する内容も数多く含まれています。講師は、INSの場長およびスタッフのみならず、大学、研究所、飼料会社、エージェント、セリ主催者、調教師などアイルランドを代表する競馬関係者が担当しています。また、見学研修においては、セリ市場、馬診療所、競走馬厩舎、育成業者(コンサイナー)などを訪問します。これらの講義や見学は、知識修得だけではなく、アイルランドの競馬産業に携わる関係者と各国生徒との「顔合わせ」を兼ねており、競馬産業におけるネットワークの形成に寄与しています。
各国からの研修生
年齢制限はありませんが、主に20代前半の研修生が多くを占めています。彼らの学歴は高卒、大卒、大学在籍中など様々ですが、ほぼ全員が生産牧場あるいは競走馬厩舎での勤務経験を有しています。また、すでに自国以外の牧場で就労経験している生徒も数多く在籍していました。このような世界各国の研修生が、半年間にわたる寮生活をとおして寝食をともにする、まさに「同じ釜の飯を食う」ことにより、世界中にネットワークを拡げることができるのです。
他国の教育システム
INSと同様の人材養成機関は他国にも存在します。主なものとしては、ナショナル・スタッド(英国)、ケンタッキー・イクワイン・マネージメント・インターンシップ(米国)、ダーレー・フライング・スタート(愛国、豪州、米国、ドバイ)などがあげられます。INSの生徒の何名かは、これらのコースも受講することにより、世界各国の馬産を経験するとともに人脈の輪を広げています。
おわりに
世界中の競馬産業にネットワークを形成しているINSの卒業生は、アイルランドの競馬産業にとって極めて貴重な財産であり、国をあげたこの事業を40年以上継続することによって、世界有数の馬産国としての地位を築いています。
来年1月から始まるコースの募集締め切りは、本年10月12日です。募集人員は20名、応募資格は「18歳以上で健康」「一定の英語力(IELTS academic test 5以上)を有している」「牧場などでの勤務経験があり、馬の取扱いに慣れている」ことです。ご興味のある方は受講してみてはいかがでしょうか(アイリッシュ・ナショナル・スタッド・ブリーディング・コースhttp://irishnationalstud.ie/education/4/breeding-course/)。
(日高育成牧場 専門役 冨成 雅尚)
大手コンサイナーによる馬の見方に聞き入る研修生
INSの担当装蹄師による装蹄学の講義
多くの見学先では、愛国のホースマンとの懇談の場が設けられている。
研修生と話すジム・ボルジャー調教師(左写真)、バリーリンチ・スタッドのジョン・オコーナー場長(右写真)
INSの卒業式。世界各国の生徒が半年間寝食をともにすることで、世界中にネットワークを拡げることができる(筆者は最後列左端)
アイリッシュ・ナショナル・スタッド(愛国)
Irish National Stud
http://irishnationalstud.ie/
ケンタッキー・イクワイン・マネージメント・インターンシップ(米国)
Kentucky Equine Management Internship
http://www.kemi.org/
ナショナル・スタッド(英国)
The National Stud
http://www.nationalstud.co.uk/
ダーレー・フライング・スタート
Darley Flying Start
http://www.darleyflyingstart.com/
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