2021年1月27日 (水)

新たな試みを進めるBTC調教場

 公益財団法人 軽種馬育成調教センター(BTC)が管理運営するBTC調教場(図1)は、皆様の強い馬づくりをサポートする施設として平成5年の開場より今年で26年目を迎えます。これまでに数多くの活躍馬が輩出され、また昨年は、開場からの利用延べ頭数が300万頭に達するなど、多くの皆さまに支えられてまいりました。

令和という新たな時代を迎え、BTC調教場では、さらなる強い馬づくり、そして利用者の皆様の利便性向上を図るため、馬場管理や利用方法について、新たな試みに取り組んでおりますので、その一部についてご紹介します。

1_10

図1.JRA日高育成牧場およびBTC調教場全景

 

1. 馬場管理

 BTC調教場は、夏季には11の調教施設がご利用いただけます。そのうち、屋内1,000m直線ウッドチップ馬場および屋内1,000m坂路ウッドチップ馬場(図2)につきましては、一昨年からウッドチップの管理方法を根本から見直し、従来のものより負荷をかけられる馬場へと改修しております。改修後2年が経過しておりますが、ご利用いただいている皆様からは好評価をいただいています。

 

2_9

図2.より運動負荷がかけられる馬場へ改修された屋内1,000m坂路ウッドチップ馬場。一年を通じ、天候にかかわらずご利用いただけるうえ、馬の前肢の負担を軽減しながら、後躯の鍛錬に有効です。

 

 また、その他の屋内施設として、屋内600mトラック砂馬場もご利用いただけます。一般的に砂場馬は砂粒の細粒化等によって除々にクッション性が失われるとされていますが、BTCでは、2年周期で砂の全面入替えを行い、良好な馬場の維持管理に努めています。

 

 さらに、屋外馬場は、早期からの除雪作業等により3月下旬には1,600mトラック砂馬場(図3)をいち早く開場しております。続いて、4月上旬までに1,200m・1,600m直線砂馬場(図4)、800mトラック砂馬場を順次開場しております。

これらは適時レベルハローで砂厚を測定し、適正な砂厚調整や砂の補充等の馬場管理に努めています。

 

3_7

図3.1,600mトラック砂馬場は、競馬場に匹敵する大きさの馬場で、より実践的なトレーニングが行えます。

 

4_5


図4. 1,200m・1,600m直線砂馬場は、馬の直進走行性を養い、インターバルトレーニングに適した馬場です。また、発馬機も設置していますので、ゲート練習も可能です。

 

 

グラス馬場(図5)は、芝が凍上により隆起するため、馬場全面にローラーによる転圧作業を行うなど安全面に考慮し、開場時期を5月中旬からとさせていただいております。

なお、競馬場に準じた整備を行っております直線2,000m芝馬場は、今年も無料開放しております(馬場利用料以外の追加料は不要です)。ぜひ一度ご利用ください。

 

5_5

図5.グラス馬場は、広々とした平坦な草原馬場です。柵に頼らず走らせることで、馬本来の自然な走りを助長します。また、2,000mの直線芝馬場は、 実際の競馬場に準じた整備を行っており、入厩前の最終調整や芝適性の判断にご活用いただけます。

 

 

2. 1歳馬の利用時期の変更

 近年、2歳戦の開始時期の早期化に伴い1歳馬の馴致時期も早まり、7月セリ終了後から育成牧場へ移動する馬が増加しています。このことに対応するため、BTCでは1歳馬の利用開始時期を1歳9月から1歳7月へと早めることとしました。さらに一昨年には、滞在馬房利用馬用にラウンドペン(丸馬場)を竣工し、初期馴致にも対応できるようになりました。加えてウォーキングマシーン(図6)も設置し、ウォーミングアップやクーリングダウン、休日の馬体調整等、ご利用の皆さまからは好評をいただいております。

 

6

図6.ウォーキングマシーンは1基で同時に6頭の運動が可能です。BTCでは、南地区に3基、北地区に2基の計5基を設置しています。また、ラウンドペンは南地区に2基、北地区に1基を設置しています。

 

 

3. 滞在期間の延長

 ご利用される方々の利便性向上のため、滞在馬房の利用期間を従来の4ヵ月から6ヵ月に延長しました。また、遠方(静内およびえりも以遠)からご来場される場合は、上記に限らず長期利用が可能ですのでご相談ください。

 

4. お試し期間の導入

 BTC調教場のご利用をご検討中の方を対象に、お試し期間も設けております(ご利用歴のない方限定、ご利用される際の調教責任者申請は不要です)。馬運車による日帰り利用はもちろん、滞在馬房・宿舎(1週間程度)もご利用いただけますので、ぜひ一度、バラエティーに富んだBTC調教場をご体感いただければ幸いです。

 

詳細(施設使用料等)についてのお問い合わせは、下記までご連絡ください。

 公益財団法人 軽種馬育成調教センター

 業務部業務第1係 南詰所 0146-28-1788  

公益財団法人 軽種馬育成調教センター 業務部 業務課長 小山 広

哺乳期子馬のクリープフィード

はじめに

 子馬が生まれて初めて摂取する食餌は母乳であると同時に、母乳は唯一の栄養源でもあります。やがて、子馬は母馬を真似て放牧草や乾草を食べるようになりますが、哺乳期の子馬の消化器官や腸内細菌は、まだ粗飼料を栄養源として利用できません。競走馬として育種改良されてきたサラブレッドの哺乳期子馬に対しては、生来供給される母乳や粗飼料以外にも必要な栄養を確実に給与することが望まれます。

 

クリープフィードとは?

 哺乳期の子馬だけが食べられる方法で与える飼葉を“クリープフィード”と呼びますが、これは飼葉の中身を示すのではなく給与の目的を示す言葉です。例えば、同じ燕麦でも子馬だけが食べられる方法で給与すれば、その燕麦はクリープフィードであると言えます。一般的なクリープフィードは、子馬だけが這ってくぐり抜けられる高さの柵や壁の向こう側に置かれることから、“這う”(creep)が語源とされています(図1)。

 

1_8

図1 クリープフィードの語源は、英語の“這う”(creep)であると言われている。

哺乳期の子馬にクリープフィードを与える必要性

 哺乳期の子馬にクリープフィードを給与する目的は、母乳や牧草のみでは不足する栄養素を補い、子馬が離乳後の固形飼料に馴れさせることにあります。

一般に動物は、摂取するエネルギーが不足している場合に食欲を示します。したがって、哺乳期の子馬はエネルギーの需要に応じて母乳や牧草を自発的に摂取できます。しかし、動物は塩分以外のミネラルおよびビタミンの不足に対してはこの摂取欲求が無いものと考えられています。例えば、ある子馬の体内のカルシウムが不足していたとしても、特にその子馬が放牧草の中からカルシウムを多く含むクローバーを優先的に食べるようなことはありません。一方で、母乳中のミネラルやビタミン濃度は分娩後から徐々に減少しており、子馬が牧草からこれら不足するミネラルやビタミンを摂取できているかどうかは分からないということになります。ここでクリープフィードの出番となるわけですが、このクリープフィードは通常の飼葉のようにエネルギーを給与するのではなく、ミネラルやビタミンを補うことを目的として給与されます。

 

母乳および牧草からのミネラル摂取

 カルシウムとリンは、どちらも骨の発育にとって重要なミネラルですが、前述のとおり母乳中の両者の濃度は分娩後の時間経過とともに減少していきます(図2)。一方、軟骨形成に重要な亜鉛と銅の母乳中の濃度は初乳を除いて大きく変化しません。しかし、子馬の母乳摂取量は成長に伴って減少するため(図3)、子馬が摂取する両者の絶対量も徐々に減少することとなります。

これとは逆に、子馬における放牧草の摂取量は増加しますが、放牧草は優良なミネラル供給源である一方、その含量は草種、土壌および時期など様々な要因に影響されるため、安定した供給源とは言えません。銅と亜鉛の摂取不足は、骨軟骨症(OCD)など成長期における骨疾患の発症に繋がりますから、決して軽視することはできない問題です。

2_8

図2 分娩後からの母乳中カルシウムおよびリン濃度の変化

 分娩3日~1週後をピークに母乳中カルシウムおよびリン濃度は経時的に減少する。

3_6

図3 出生後からの子馬の哺乳量の変化

 1週齢をピークに哺乳量は子馬の成長とともに減少する。


 

養分要求量を満たすためのミネラルの給与

 養分要求量とは、馬が健康かつ最低限のパフォーマンスを維持するための栄養摂取の基準量です。全米研究評議会(NRC)が刊行した『馬養分要求量』(我々はこの冊子もNRCと呼んでいますが)には、4ヵ月齢の若馬のカルシウム、リン、亜鉛および銅の養分要求量が記載されていますが、母乳および牧草由来の摂取量と比較してみるとNRCの要求量を下回っていることがわかります(図4)。このような場合、クリープフィードからこれらのミネラルを補充してやる必要がでてくるわけです。

 近年、バランサーと呼ばれる飼料が多くの牧場で利用されるようになってきました。バランサーは、炭水化物や脂肪などのエネルギーの基質を供給するのではなく、アミノ酸、ビタミンおよびミネラルを高濃度に含んだ飼料です。例えば、図4で示す4ヵ月齢の若馬におけるカルシウム、リン、銅および亜鉛の要求量に対する不足については、表1のバランサー500gを給与することにより解消できます(図5)。これらのミネラルの要求量は2ヵ月齢頃から母乳および牧草からのみの摂取では不足するため、この時期からクリープフィードを開始することが推奨されます。

4_4

図4  4ヵ月齢(哺乳期)子馬のミネラル要求量と摂取量の比較

    NRC(2007年版)における4ヵ月齢子馬のa)カルシウム、b)リン、c)亜鉛およびd) 銅の要求量と母乳および放牧草由来の各ミネラル摂取量を比較したところ、全てのミネラルにおいて摂取量が要求量を下回っていた。

1_9

5_4

図5  4ヵ月齢(哺乳期)子馬にクリープフィードを給与したときのミネラル要求量と摂取量の比較

 4ヵ月齢子馬にクリープフィードとして表1のバランサーXを500g給与したところ、a)カルシウム、b)リン、c)亜鉛およびd) 銅の摂取量は要求量を概ね満たした。

さいごに

 クリープフィードには、離乳後を見据えて予め固形飼料に馴らしておくという目的もありますが、子馬によってはなかなかクリープフィードを食べてくれないこともあります。このような場合は、手で少量ずつ子馬の口に運んでやったり、母馬と同じ飼葉桶から一緒に食べさせる方法が効果的です。

 

日高育成牧場 生産育成研究室 主任研究役 松井 朗

若馬における骨軟骨症の発生

はじめに

近年、国内サラブレッド市場における医療情報開示が一般的となったことにより、四肢関節のX線画像でよく認められる離断性骨軟骨症(OCD)や軟骨下骨嚢胞(SBC)が注目されるようになってきました。このOCDやSBCと呼ばれる病変には、骨の成長過程における軟骨下骨の損傷(骨軟骨症)が深く関わっていることが知られています。今回はこのOCDやSBCの発生原因となる骨軟骨症についてご紹介したいと思います。

 

骨の成長

四肢を構成する長管骨は、骨端部と骨幹部の間にある骨端線の軟骨細胞が増殖して骨化することで長軸方向に伸張すると同時に、骨端部の関節軟骨の軟骨細胞と骨幹部の骨膜の骨芽細胞も同様に骨化することで直径も増していきます(図1-A)。

これら骨端線や関節軟骨で軟骨細胞が増殖して次第に骨小柱を形成していく過程は、「軟骨内骨化」と呼ばれています(図1-B)。サラブレッドでは、離乳時期にあたる6ヶ月齢ぐらいまでの時期がこの軟骨内骨化が最も盛んに行われている時期になります。その後、中手骨(管骨)遠位の骨端線は7ヵ月齢ごろ、橈骨および脛骨遠位(腕節および飛節の上部)の骨端線は25ヶ月齢ごろまでに閉鎖し、その役割を終えます。このことから、四肢の骨は出生直後から2歳頃まで成長を続けていることが分かります。

1_7

(図1)若馬の骨の成長

A:長管骨における骨の成長の模式図、B:関節軟骨における軟骨内骨化の様子

若馬の骨の成長は、骨端線だけでなく関節軟骨の軟骨細胞の増殖による軟骨内化骨によって起こる。

 

骨軟骨症

成長期の子馬の骨の成長に重要な役割を果たしている骨端軟骨や関節軟骨の軟骨組織は骨組織に比べて柔らかいため、物理的な外力の影響を受けやすく容易に障害を発症します。特に、軟骨組織が骨組織へと移行する境目の部位は弱いため、突発的な大きな外力や小さくても継続的に外力が加わることで損傷しやすい部位となります。特に損傷が起こり易い部位として、種子骨の先端や指節関節の関節面などが挙げられます。これらの部位は体重を支えるために負荷が加わるため、頻繁に骨軟骨症が発生します(図2)。こうして発生した骨軟骨症は、臨床症状を示すことなく自然に治癒してしまうものが大半であるため、実際にはそう問題になることはありません。しかし、中には治癒に至らず、OCDやSBCへと発展して跛行などの臨床症状を呈する例もあるのです(図3)。

2_7

(図2)生後2週齢の子馬の種子骨尖端部に発生した骨軟骨症

X線検査で認められた骨透亮像(左図矢印)の組織学的観察により、軟骨基質と骨基質の間で離開損傷していることが確認された(右図矢印・破線部)。成長中の軟骨と石灰化した骨基質との間の軟骨基質の部分は、物理的な外力に最も弱い部分である。

 

3_5

(図3)骨軟骨症病変の軟骨下骨嚢胞への変化

生後1ヶ月齢の子馬の近位指節間関節に認められた骨透亮像(左図矢印)は、4ヵ月後に軟骨下骨嚢胞になり跛行を呈した。

 

最後に

これまでOCDやSBCの発生原因は、軟骨下骨の剥離や栄養血管の壊死、あるいは軟骨の隙間から関節液が浸潤することによるものと考えられていました。しかし最近の研究から、原因は成長過程の幼弱な軟骨基質の物理的な外力による損傷であることが明らかになってきています。我々の調査結果もこのことを裏付けるものであり、生後4ヶ月齢未満の子馬の時期から初期病変が認められる例が多く存在することが明らかになっています。前述したように、骨軟骨症の大半は気付かないうちに自然に治癒してしまいますが、中にはOCDやSBCに発展して跛行の原因となるもの、さらに重症化することで競走馬への道が閉ざされてしまうこともあり、侮れない疾患です。予防には、幼駒の飼養管理や取り扱い方法について、改めて再確認することが重要です。

 

日高育成牧場 生産育成研究室 室長 佐藤 文夫

コンフォメーション~馬の見方のヒント~ 「馬のサイズ」

コンフォメーション

コンフォメーション(conformation)という単語は、直訳すると「構造」、馬について言えば「馬体の構造」ということになります。大雑把かつ乱暴な物言いになるかもしれませんが、「コンフォメーションが良い馬は故障が少なく、効率的に走ることができる」と言えます。例えば下肢部のコンフォメーションに関して例をあげると、起繋たちつなぎ(横から見た時の地面との角度が大きい繋)の馬は下肢部の衝撃緩和能が低いために球節炎などの発症リスクが高まり、反対に臥繋ねつなぎ(地面との角度が小さい繋)のものは、特に繋が長い場合で屈腱や靭帯に関連する疾患発症リスクが高まると教科書に記載されています。

 

コンフォメーションの科学的根拠

しかし、実際に馬を取り扱っていると、上記のような「下肢部のコンフォメーション異常=疾患発症リスクが高い」との考え方を実感できる時がある一方で、コンフォメーションに問題があるにもかかわらず、何事もなく競走馬を続けている馬に遭遇することも少なくありません。

実は、このようなコンフォメーションに関連する教科書的な記載の中には、科学的な根拠がないまま経験則のみで記載されているものも散見されます。古くは紀元前の哲学者クセノフォンが著書の中でコンフォメーションの見方について言及しており、若干の違いはあるかもしれませんが、長きに亘って古今東西のホースマンが同じ考え方で馬を見ているとも言えます。

もちろん2,000年以上の時を経ても廃れずに受け継がれた経験則を否定するわけではありませんが、科学的な根拠も併せて参考にすることで、より客観的に馬を見ることができ、評価精度の向上が見込めるようになるかもしれません。

 

馬は大きい方が良いか?

では、具体的な話をしていきましょう。コンフォメーションと言うと、体型バランスや下肢部などの各パーツごとの構造が注目されがちですが、より単純な論点である「馬のサイズ」、すなわち馬体の大きさについてはどのように考えればよいのでしょうか?

前々回(2019年3月1日発行)の当欄「強い馬づくり最前線~競走馬の体重に影響をおよぼす潜在的な要因」では、競走馬は馬体が大きいほど競走成績も良いことが統計的に明らかとなり、その理由を大きい馬ほど相対的に軽い荷物(斤量)を背負って走るためではないかと推察しています。この結論からすると、競走馬を購入する側も生産育成する側も馬体は大きければ大きいほど良しと考え、前者はなるべく大きな馬を選択する、後者は馬をなるべく大きく育てるような飼養管理を目指すことになります。しかし、一方で若馬への過剰な栄養供給が成長期における骨疾患リスクを高めるという指摘もあり、必ずしも馬体を大きく育てることが良いこととは言えなさそうです。もちろん、馬体の大きさには母馬の産次や出産年齢、遺伝などの要因も複雑に関与するため、単に「食べさせる」だけで馬体の大きさをコントロールすることは困難であることは言うまでもありませんが。

1_6

馬は大きい方が良いのか?

 

大きい馬のリスク

では、競走成績が良いとされる「大きい馬」にはリスクはないのでしょうか?

過去にJRA競走馬総合研究所で行われた調査では、出走時の馬体重が重い馬は、軽い馬に比較して浅屈腱炎の発症リスクが高いことが確認されています。発症馬の馬体重が重かった理由として、いわゆる「太目の馬体」で出走したことも要因の1つであったかもしれませんが、馬体そのものが大きい大型馬であったことも否定できません。

また、昨年アイルランドの研究者から発表された研究によると、喉頭片麻痺(いわゆる喉なりの原因となる疾病)のリスクファクターとして性別、体高、年齢、体重、頸の長さと太さ、顎の幅などとの関連性を調べたところ、体高が喉頭片麻痺と関連する主要因であったという興味深い結果が報告されています。

このような科学的根拠に基づいて考えると、大きい馬は小さい馬に比較して競走成績が良い傾向にある一方で、浅屈腱炎や喉頭片麻痺の発症リスクが高いとも言えそうです。読者の皆さんの中には、既に経験則で同様の傾向を感じている方もおられるかもしれませんね。

 

馬の体高の推定法

最後に馬の体高を目視で推定する方法についてご紹介します。馬の体高は、正式には体高測定器を用いて地面からき甲までの高さを測りますが、測定器がない場合には自身の体で代替することができます。例えば身長178cmの筆者の場合、予め首のつけ根が150cm、顎が160cm、目が170cmと知っておくことで、対象とする馬のおおよその体高を測定することができます。しかし、あくまで推定値しか測定できませんので、セリ上場のために測定する場合には必ず測定器を用いてください。

2_6

体高を目視で推定する方法。自身の体の部位を測定器で代替する。

JRA日高育成牧場 業務課 冨成 雅尚 

繁殖牝馬のクッシング病(PPID)

はじめに

現在、国内におけるサラブレッド生産現場には、約1万頭の繁殖牝馬が繋養されています。その多くは年齢とともに受胎率が低下することが分かっていて、高齢繁殖牝馬は更新することが推奨されています。しかし、高齢繁殖牝馬の中にも血統的・経済的に価値の高い馬が存在することもあり、高齢馬における繁殖能力の維持・向上も求められているのも現状です。

高齢繁殖牝馬の受胎率低下の要因として、子宮や膣の加齢性変化や子宮内膜炎などの感染性疾患、分娩時の産道の物理的損傷などが考えられます。しかし、それらの根本的な原因として加齢に伴う視床下部-下垂体-副腎軸の異常が直接的あるいは間接的に関与していることが考えられています。この内分泌異常の代表的なものが「馬クッシング病」です。

 

馬クッシング病

臨床症状は多毛、多飲、多尿、多汗、体重や筋肉量の減少、蹄葉炎、免疫能低下による呼吸器及び泌尿器感染症(易感染)、創傷治癒の遅延、繁殖障害(不発情回帰、長期不妊)などとなります。特に換毛不良による巻毛、腹部の筋緊張低下による腹部下垂の体型が典型的な特徴所見となり、牡にも牝にも発症する疾患ですが、生産地では高齢の繁殖牝馬に多く認められることになります(図1)。

 

1_5

図1 特徴的な換毛異常と筋肉量の減少

 

発症原因

馬クッシング病は、他の動物とは発症原因が異なり、脳下垂体中葉を支配する神経からのドーパミン分泌低下による中葉細胞の異常増殖により引き起こされる下垂体の疾患です(図2、3)。そのため、馬クッシング病は下垂体中葉機能障害(PPID:Pituitary pars intermedia dysfunction)と呼ばれています。中葉の過形成に伴い過剰分泌されるα-MSHやニューロペプチドはプロラクチンの過剰分泌や関連する代謝異常を引き起こします。さらに視床下部の物理的圧迫はPPIDの多様な症状を発現する原因となることが知られています。繁殖牝馬では、これら内分泌異常による繁殖障害に陥ると考えられています。

 

2_5

図2 脳における下垂体の位置

 

 

3_4

図3 PPID発症馬の下垂体断面

中葉の過形成により大部分を占める(日獣会誌2012)

 

 

診断方法

PPIDの診断方法の一つに、副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)測定試験があります。正常馬においても血中ACTH濃度には季節周期性が認められ、夏から秋(8月~10月)にかけて比較的高値を示すことが知られていますが、PPID発症馬では1年を通じて正常馬よりも高値を示します(図4)。そのため11月中旬から7月中旬にかけては40pg/ml(ng/l)以上で陽性、それ以外の時期は100pg/ml以上で陽性と診断が可能とされています。

4_3

図4 ACTH血中濃度の季節変動

Equine Vet. Educ. 2014)

 

治療方法

内科的療法としてドーパミン作動薬(Pergolide)が対症療法として用いられています。低濃度薬量の投与から開始して、臨床症状の改善度合いと副作用発現(食欲不振、疝痛、下痢など)などを監視しながら、必要に応じて薬容量の増加を行う指針が示されています。

 

発症予防

発症予防には、若い頃からの飼養管理が重要と考えられています。繁殖馬の多くは加齢性にインシュリン抵抗性が増すことで、馬メタボリック症候群(EMS)に罹患することが近年問題となっていますが、EMSはPPIDと併発することが多く、胎盤炎や蹄葉炎などの炎症性疾患を助長する要因になっていると考えられています。EMSを予防することがPPIDの予防に繋がるのかも知れません。

 

最後に

これまで、本邦のサラブレッド繁殖牝馬におけるPPIDに関する調査報告は少なく、その現状や対処方法について分かっていないのが現状です。そこで現在、我々が取り組んでいる生産地疾病等調査研究では、サラブレッド繁殖牝馬のPPID罹患状況について血中ACTH濃度測定法によりサーベイし、その受胎成績に与える影響を検証することを計画しています。これによりPPIDの病態や予防、治療方法が解明されることで繁殖牝馬の生産性の向上に貢献できればと考えています。どうか調査にご協力いただければ幸いです。

日高育成牧場生産育成研究室 室長 佐藤文夫

競走馬の体重に影響を及ぼす潜在的な要因 ~親馬からの影響~

現在に比べて数十年前の競走馬市場では、洋の東西を問わず、大きい馬がより好まれる傾向がありました。馬を大きく育てるため、若馬に過剰に飼料を給与する生産牧場もあったようです。しかし、過剰な栄養摂取は馬を過肥にするだけであり、骨発育と不均衡な増体重は、成長期特有の骨疾患(DOD)発症のリスクを高めます。 現在は、技術普及の成果もあり、ほとんどの生産馬牧場で、若馬の馬格や成長に合わせた栄養管理がおこなわれていると感じています。

 

馬の大きさは競走成績に影響するの?

 ところで、馬の大きさは競走成績に全く関係がないのでしょうか? 一般的に競走馬は、ほとんど余分な脂肪が体についていない状態に調整されて競馬に出走します。したがって、競馬の出走時体重は、馬の大きさとおおむね比例していると考えて良いでしょう。

1983年から2014年生まれの中央競馬所属馬約13万頭を、性別に出走時体重(生涯平均)が大きい順に5グループに分割し、各グループの獲得総賞金を比較しました。牡牝とも出走時体重が上位20%のグループの獲得賞金が最も大きく、このように多くの頭数の平均でみたとき、競走馬は大きいほど競走成績はよいといえます。

例えば、歴史的な名馬であるディープインパクトやアメリカのシービスケットなどはご存知のように小さな競走馬でした。彼らは、小さな馬体にパワーのある筋肉、心肺機能を持ち、大袈裟に言い換えれば、軽自動車の車体にF1のエンジンを積んだような馬だったのかもしれません。しかし、全ての競走馬を平均してみれば、筋肉、心臓および肺の大きさも馬格に応じたサイズであると考えることができます。 性別にみれば競走馬が背負う斤量の生涯平均はほとんど同じであり、馬格の大きい馬ほど、エンジンの馬力に対して相対的に軽い荷物を運ぶことになります。このことが大きい馬(出走時体重が大きい馬)の獲得賞金が、小さい馬を上回った理由であろうと推察できます。

1_4

図1 出走時体重を大きい順に5グループに分割したときの総獲得賞金

1983年から2014年の期間に生まれた競走馬を、性別に出走時体重が大きい順から5つの均等数のグループになるよう分けて、それぞれのグループの獲得総賞金を比較した。

グループは以下のように分けた。

group ①・・・体重が大きい順の上位20%

group ②・・・上位20%より体重が下回り上位40%まで

group ③・・・上位40%より体重が下回り上位60%まで

group ④・・・上位60%より体重が下回り上位80%まで

group ⑤・・・体重が小さい順の下位20%

 

馬の大きさ(出走時体重)に影響する様々な要因

 繁殖牝馬の要因や種牡馬が、産駒の初出走時体重に及ぼす影響について調べました。サラブレッドの2から3歳の初出走時期は成長の過程にあるため、初出走時の月齢が体重に影響しないような統計的な処理をおこない解析しました。

 1990年から2012年の期間において出産履歴があるサラブレッド繁殖牝馬の全産駒の初出走時の体重に及ぼす、繁殖牝馬の産次、出産年齢、現役時の出走時体重、種牡馬の影響について調べました(図2)。統計解析の結果、初出走時体重には、繁殖牝馬の産次、出産年齢、現役時の出走時体重、種牡馬の全てが影響していることが分かりました。

 

2_4

図2 繁殖牝馬の産次、出産年齢、現役時の出走時体重、種牡馬が産駒の初出走時体重に及ぼす要因を統計にて解析した

繁殖牝馬の産次が初出走体重に及ぼす影響

初出走時体重に影響があった親の様々な潜在的素因のうち、繁殖牝馬の産次の影響について詳しくみてみます。初産から7産目までと8産目以上の8つのグループに分け初出走体重を比較したとき、牡牝とも初産の産駒が最も小さいことが分かりました(図3)。牛など他の家畜において、出生時の体重が、成時の体重に影響することが知られており、サラブレッドにおいても出走時の体重が小さい馬は、出生時の体重も小さかったことが予想されます。初産の場合、子宮の拡張がしにくいことや、初産の馬は胎盤の重量が小さいことが知られており、胎子期の胎盤からの栄養補給が少ないことが、出生体重からその後の出走時体重にまで影響したのかもしれません。

 初産から5産目にかけて産駒の初出走時体重が増加していき、牡は5産目の産駒の初出走時体重が、7産目の産駒以外に比べて有意に大きく、牝は5産目産駒が初産、2産目、3産目、7産目、8産目以上の産駒に比べて大きいことがわかりました。

3_3

図3 繁殖牝馬の産次とその産駒の初出走体重の関係

初産から7産目までと8産目以上の8つのグループに分け初出走体重を比較したとき、牡牝とも初産の産駒が最も小さかった。牡は5産目の産駒の初出走時体重が、7産目の産駒以外に比べて有意に大きく、牝は5産目産駒が初産、2産目、3産目、7産目、8産目以上の産駒に比べて大きかった。

 

おわりに

 出走時体重をすなわち馬の大きさとすると、馬の大きさには、繁殖牝馬の産次など様々な潜在的な要因に影響されることが分かります。その馬が本来の成長をするためには、適正な栄養供給は不可欠ですが、過度の栄養を与えても馬は大きくなりません。馬の大きさが競走成績に影響する可能性を前述しましたが、これは長期間の莫大な頭数を平均してみたときの傾向でしかありません。1頭のサラブレッドが持つ可能性は、体重計やメジャーで測ることはできないことを付け加えておきます。

 

 

   

日高育成牧場 主任研究役 松井 朗 

繁殖牝馬の蹄管理について

繁殖牝馬の蹄管理の必要性

競走馬や乗馬などの騎乗運動を行う馬は、跣蹄(せんてい、蹄鉄を装着しない状態)のままでは、蹄が摩滅し、その度合いが強くなると、蹄内の知覚部(神経や血管のある部位)まで達することで、痛みにより跛行を呈します。そのため、蹄鉄を装着して蹄の摩滅を防止する必要があります。一方、野生馬は、騎乗されることはありませんが、自発的な運動による蹄の摩滅量と伸びる量のバランスが釣り合っているため、削蹄も蹄鉄装着も必要ないと考えられます。

それでは、騎乗運動をしない一方で、比較的長い時間に亘って放牧されている繁殖牝馬についてはどうでしょうか?騎乗運動をしないため、基本的には摩滅量よりも伸びる量のほうが多くなることから、蹄鉄は一部の馬を除いて装着する必要性はありませんが、少なくとも伸びた蹄を削らなくてはなりません。

また、競走馬や育成馬よりも体重が重いため、蹄はその負重に耐えられず、凹湾、すなわち蹄壁が反るように変形し易い傾向にあり(※写真1)、重度の場合には裂蹄を伴う馬も見受けられます(※写真2)。さらに放牧管理中心のため地面の状態に蹄質が左右されます。たとえば泥濘(ぬかるみ)に長時間晒されることで蹄の角質が脆弱化し、白線裂等の蹄病を引き起こすこともあります。騎乗運動をしなくても、蹄病により痛みを生じた場合には、ストレスによる受胎率の低下が懸念されることに加えて、哺乳期の場合には子馬の運動量にも影響を及ぼします。以上のことから、飼養管理者は常に繁殖牝馬の蹄の状態を確認するとともに、理想は1ヶ月間隔、長くても2ヶ月間隔での定期的な削蹄が推奨されます。

1_3 ※写真1  凹湾した蹄。 

横方向に広がっている。

2_3

※写真2    重度の裂蹄

 

繁殖牝馬の蹄管理の方法

まず、日常の蹄管理として最も重要なことは、繁殖牝馬の肢蹄をしっかり観察することです。集放牧時の歩様や放牧中の様子など、毎日観察することが異常の早期発見に繋がります。また、こまめに裏掘りを行うことで、蹄の変化を感じることができますが、そのためには、健康な蹄の状態(※写真3.4)を理解しておく必要があります。そして何より重要なのは、定期的な削蹄です。先にも述べましたが、1ヶ月間隔の削蹄が理想であり、裏掘りや目視だけでは発見できない疾病の発見にも繋がります。

3_2

※写真3  健康な蹄(蹄壁)

4_2

※写真4  健康な蹄(蹄底)

削蹄は、装蹄師が蹄の縦や横のバランスを考えて形状を整えながら、伸びた部分を切ったり削ったりします。そして仕上げに端蹄廻し(はずめまわし)(写真5)を行います。これは蹄が欠けたり(蹄壁欠損)、割れたり(裂蹄)するのを防ぐことが目的で、蹄壁の角を削る処置をします。また、繁殖牝馬の跣蹄に多い蟻洞、白線裂、裂蹄や蹄壁欠損にも適切に対応しなければなりません。これらは、症状が軽いうちに処置を行えば、大事に至らずに済みますが、発見が遅れると完治するまでに時間がかかってしまうばかりか、重篤化した場合には完治することも困難となります。「蹄なくして馬なし」です。まずは飼養管理者が、蹄の健康状態をしっかり把握し、装蹄師、獣医師とコミュニケーションを図り、三者で連携を取っていくことが、健康な繁殖牝馬をつくり、そして健康な子馬を生むことに繋がっていくことでしょう。

5_3

写真5  端蹄廻し

 

日高育成牧場 専門役 竹田和正

若馬に見られる頸椎X線所見

はじめに

育成期の若馬にしばしば発症するウォブラー症候群(腰痿)は、主に後躯の運動失調や不全麻痺などの神経症状を呈する疾患です。近年、その病態から頸椎狭窄性脊髄症(CSM:Cervical Stenotic Myelopathy)という病名が相応しいとされています。発症要因から大きく分けて2つのタイプがあることが知られています。すなわち、Type I型は第3-4頸椎の配列の変位による脊髄神経の圧迫変性、Type II型は第5-7頸椎関節面の離断性骨軟骨症(OCD)による脊髄神経の圧迫変性です。しかし、このような所見について発症馬に関する報告は多く認めるものの、健常馬に関する報告は殆ど無いのが現状です。そこで生産育成研究室では、健常1歳馬における頸椎Ⅹ線検査所見の保有状況について明らかにするとともに、そこで認められる所見の発生時期と変化についても調査してきましたので、その一部分を紹介したいと思います。

 

健常馬における保有状況

国内で開催されたサラブレッド1歳市場で購買された健常馬合計240頭(牡122頭、牝118頭)を用いて10月の時点(15-20カ月齢)で頸椎X線検査を実施し、頸椎配列の変位および頸椎関節突起の離断骨片、肥大所見の保有状況について解析しました。その結果、頸椎配列の変位は4.2%(牡9、牝1)の馬にみられ、その所見は全て第3-4頸椎間に見られました。関節面の離断骨片は17.1%(牡27、牝14)の馬にみられ、主に第5-6-7頸椎間に見られました。関節面の肥大は9.1%(牡8、牝5)の馬にみられ、全て第5-6-7頸椎間に見られました(表1、図1)。これらの馬は、翌年4月までの6カ月間、馴致および騎乗調教が実施されましたが、その間に不全麻痺などの神経症状を発症する個体はいませんでした。

1_2

(表1)頸椎X線所見の保有状況

(240頭:牡122頭、牝118頭)

2_2

(図1)供試馬に認められた頸椎X線所見の例

A:頸椎配列の変位

B:頸椎関節面の離断骨片

C:頸椎関節面の肥大



 

発生時期とその経時的変化

サラブレッド20頭(牡12頭、牝8頭)の誕生から15か月齢まで1ヶ月置きに頸椎X線検査を実施し、頸椎X線所見について解析しました。その結果、生後2~6ヶ月齢の6頭(牡5頭、牝1頭)の頸椎突起関節面にOCD様所見の発生が認められました。これらのOCD様所見のうち3頭の所見は次第に治癒する様子が認められましたが、残りの3頭に認められた所見は関節面の離断骨片から肥大所見へと変化し残存しました(図2)。

 

3

(図2)第5-6頸椎間関節突起に認められたOCD様X線所見の変化

2ヶ月齢および5か月齢で認められたOCD様所見。次第に癒合したが、関節面は肥大化した。

考察

健常1歳馬の頸椎にも脊髄神経を圧迫する要因となりうるX線所見が多くみられることが明らかになりました。理由は知られていませんが、ウォブラー症候群の発症は牡馬に多いことが知られています。今回の調査において、頸椎X線所見が牡馬に多く認められたことは、これまでの報告を裏付けるものかもしれません。

今回の頸椎X線検査の有所見馬は、すべてが発症には至ることは無かったことから、これらの所見は四肢関節に多く認められるDOD所見と同様にありふれた所見であり、多くの所見は問題とはなり得ないものと思われます。しかしながら、認められた所見は発症馬の頸椎には必ずといってもよい程に認められる所見であり、脊髄神経の変性を引き起こす原因の一つとなることが知られていることから、その部位と程度、飼養環境、新たな診断方法などについて、これからも検討が必要であると思われます。

頸椎X線所見の発生時期は、離乳前のまだ幼弱で成長段階にある頸椎関節に起こる骨軟骨病変であることも明らかになり、この時期の飼養管理が重要であることが分かります。

今後も症例を増やして調査していくことで、ウォブラー症候群発症の予防や発症馬の予後判断に活用できる知見になると思われます。

 

 

日高育成牧場生産育成研究室 室長 佐藤文夫

新生子馬の疾病に関する講習会について

2018年11月28日・29日、静内エクリプスホテルにおいて、カリフォルニア大学デイビス校のJohn Madigan博士を講師に招き、出産時における子馬の一般的な疾患に対する予防と迅速な治療のための管理法に関する講習会が開催されました。本稿では、その中のトピックとして近年注目されている新生子適応障害症候群(NMS)についてご紹介いたします。

1

John Madigan博士(カリフォルニア大学デイビス校)

新生子適応障害症候群(NMS)について

NMSとは、出生直後の子馬が呈する一連の異常行動の総称であり、代表的な症状として“母馬を認識できない”、“乳房の位置を把握できない”、“目的もなく彷徨う”などが挙げられ、これまで「ダミーフォール」などと呼ばれてきました。発症のメカニズムは不明な点が多いものの、帝王切開、難産、早期胎盤離脱(レッドバッグ)、胎子期の成熟異常あるいは子宮内感染などによって、脳が低酸素状態になることが原因だと考えられてきましたが、根本的な治療方法は存在せず、まず確実に初乳を給与することに加えて、起立補助、酸素の吸入、ボトルを用いた人工授乳、輸液などの対症療法のみが実施されています。

一方Madigan博士は、発症メカニズムとして“胎子期に分泌されているホルモン(抑制ホルモン)”が関与しているのではないかという極めて興味深い説を提唱しています。

 

胎子期のホルモンが発症に関与?

Madigan博士らの研究によると、NMSの子馬から“胎子期に分泌されているホルモン(抑制ホルモン)”が高い濃度で検出されていることがわかりました。このホルモンは直接脳に作用し、新生子を子宮内にいた頃の睡眠状態に戻す効果があるようです。

本来は出生時における産道での胸部圧迫(軽度の低酸素状態)が引き金となり、出生後に分泌が低下します。しかし、一部の子馬では胸郭圧迫による刺激が少ないことなどが原因で分泌の低下が起こらないようです。

この場合、子馬は生まれているにもかかわらず母馬の子宮内にいる時のようにあまり動かず、呼吸やお腹の動きも最小限に抑制されることに加え、母馬を認識できず、乳房の位置も把握できない状態に陥ります。

つまりこれがNMSの発症メカニズムではないかというのが、Madigan博士の仮説です。

 

ロープスクイーズ法とは?

Madigan博士らはこのホルモン分泌異常に対して、ロープスクイーズ法(胸部圧迫)という新しい処置法を提唱しています(写真1)。

この方法は、新生子馬の胸部をロープで圧迫することにより、産道の通過を再現する方法で、抑制ホルモンの分泌低下を目的に実施されます。胸部圧迫により、子馬は再び眠った状態になり、呼吸数、心拍数の減少や外部刺激への反応の低下などが認められます。20分間の圧迫後にロープを外すと子馬の運動性は活発になり、反応の良い馬ではたった1度の処置で正常な行動を示すようになるとのことです。また、1度で正常に戻らない場合でも4時間おきに1日4回まで実施することができ、治るまで数日間継続して実施することができます。

本法の治癒率は、従来の対症療法と変わらず約90%ですが、1時間以内の治癒率が37%(従来:4%)、24時間以内の治癒率が69%(従来:35%)と回復までの時間短縮が見込めるようです。ただし、ロープスクイーズ法を実施する際には子馬の全身状態や肋骨の骨折の有無を確認する必要があるので注意が必要です。

本法の実施方法は以下のURLにてご確認いただけますが、もしNMSの子馬に対して本法を行う場合には、獣医師とご相談の上実施することをおすすめします。

 

http://vetmed.ucdavis.edu/compneuro/local_resources/pdfs/mfsm_instructions.pdf

2

写真1:ロープスクイーズ法

 日高育成牧場業務課 福田一平

2021年1月25日 (月)

大腿骨遠位内側顆における軟骨下骨嚢胞について

軟骨下骨嚢胞(subchondral bone cyst、いわゆる「ボーンシスト」、以下SBC)は関節軟骨の下の骨が骨化不良を起こし発生する病変であり、遺伝、栄養や増体率などの要因により、1~2歳の若馬の様々な骨に生じます。このうち競走馬の育成に問題となるものとして、大腿骨遠位内側顆のSBCがあげられます。日高・宮崎両育成牧場では研究の一環として、毎年秋と春に育成馬の膝関節のX線検査を行い、この病変の発生状況を調査しています。

馬の膝関節は図1の骨標本に示す位置にあり、SBCはX線写真では透亮像(黒く抜けた所見)として認められます(図1)。

1_26

図1.馬の膝関節の位置

 

 

この病変は図2のとおり大きさと形状によって4つのグレードに分けられます。

2_26

図2.SBCグレードごとの形状と大きさ(出典:Santschi et.al, 2015, Veterinary surgery, 44(3), pp281-8

グレード1: 極わずかな軟骨下骨の窪み

グレード2: ドーム状の軟骨下骨の窪み

グレード3: ドーム状のX線透過部位を有する嚢胞

グレード4: 円形・釣鐘状のX線透過部位を有する嚢胞

 

  SBCグレードは数値が高くなるに従い、予後が悪くなる傾向にありますが、X線検査で大型(直径10mm以上)のSBCが確認された1歳馬において、跛行を示したのは2割以下であり、SBCを確認した馬が必ずしも跛行を呈するわけではないとの報告もあります(妙中ら, 2017, 北獣会誌, 61, 207-211)。

症状を伴わない場合は治療を行う必要はなく、調教を進めることができますが、跛行が続く場合には治療が必要となる場合もあります。治療の方法にはいくつか選択肢がありますが、近年では螺子挿入術による治療法が特に注目されています。螺子挿入術とはSBCを跨ぐようにして螺子を挿入することで周囲の骨を固定・補強する治療法です。この治療法では2ヶ月の休養が必要とされますが、3ヵ月後には多くの馬が通常運動を行えるようになるまで回復すると報告されています(Santschi et al, 2015, Veterinary surgery, 44(3), pp281-288 )。

3_21

図3.螺子挿入術

 

しかしながら、SBC自体には未解明の部分が多いため、確実な方法としては確立している治療法はありません。そのため、日高・宮崎両育成牧場では、発症時期、原因、跛行との関連性および病変と競走成績の関連性を明らかにするとともに、治療を含めた管理方法の確立を目指して研究を継続します。

日高育成牧場 業務課 胡田悠作