2021年1月25日 (月)

【海外学術情報】 第63回アメリカ馬臨床獣医師学会(AAEP)

はじめ

AAEPは、馬に関する調査研究や臨床教育、最新の医療機器や飼料などの展示も行われる世界で最も大きな学会です。2017年はテキサス州サンアントニオで開催されました(図1)。日本からは、私の他に数名の日高で顔なじみの獣医師達も参加しました。今回は、この学会の中から興味を引いた「子馬のロドコッカス感染症の免疫療法」に関する演題について紹介したいと思います。

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(図1)テキサス州サンアントニオで行われた学会会場内の運河で遊覧する人達

 

ロドコッカス感染症とは

ロドコッカス感染症は、土壌菌であるロドコッカス・エクイ(R. equi)の中で、病原性強毒株の感染によって起こる子馬の疾患です。病原菌のR. equiは、雪解けが進んだ4月下旬頃に土壌中で大増殖します。そのため、丁度その時期に移行免疫が低下する1~3ヵ月齢の子馬に好発することになるのです。罹患した子馬は、まず40℃近い発熱のあと、発咳などの呼吸器症状を示すようになります。診断方法は、気管洗浄液の細菌培養(図2)やPCR検査、胸部のエコー検査やX線検査が主なものとなります。治療は、高価な抗生剤(クラリスロマイシンとリファンピシンの併用)の継続投与となります。発見と治療が遅れ、重度な化膿性肺炎を発症した子馬は、死亡する場合も多く、難治性で経済的損失の大きな疾患といえます。

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(図2)シリコンチューブによるロドコッカス罹患馬の気管洗浄液の回収と選択培地(NANAT培地)による菌分離

 

ロドコッカス菌の特徴

病原菌のR. equiは、好気性・非運動性のグラム陽性球桿菌で、細胞壁の外側に莢膜を持つ細菌です。本菌は、白血球に貪食された後も死滅せず、小胞体内で生存し、増殖することができる細胞内寄生性細菌です。そのため、ワクチン抗体による免疫効果は、あまり期待できないとされ、免疫血清や死菌ワクチンの開発も実用化されていないのが現状でした。

 

新たな免疫療法に関する報告

子馬は、誕生後すぐに母馬の初乳を飲むことで移行免疫を獲得します。子馬の抗体産生能は低く、生後3ヵ月齢ごろまでは、自分で抗体を作ることが出来ません。そのため初乳から移行免疫を獲得することがとても重要です。

ハーバード大学医学部のコレット博士らは、細菌の細胞壁の構成因子であるPNAG(β-1-6-linked polymer of N-acetyl glucosamine)に注目し、これを抗原になり易いように加工し、妊娠繁殖牝馬に分娩6週前と3週前にワクチン接種を行うことで、子馬へ初乳を通したPNAG抗体を移行させることが出来ること、PNAGの移行抗体を獲得した子馬はR. equiに感染しないことを実験的に証明しました(図3)。また、PNAGに対する母馬の高免疫血漿を子馬に輸血することでもR. equiへの感染防御効果があることも実験的に示めされました。これらの報告は、これまでR. equi感染に対して免疫療法が効を奏さないとされていた定説を覆す、画期的なものです。

また、このPNAGはR. equiだけでなく、その他多くの細菌や真菌などの細胞壁の主要な構成要素であるため、様々な感染症への免疫療法に応用できる可能性もあり、今後も注目していきたいと思っています。

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(図3PNAG移行抗体による子馬のロドコッカス感染予防

 分娩6週前および3週前の2回、繁殖牝馬にPNAGをワクチン接種することで、子馬へ初乳を通した移行抗体が期待できる。このPNAGの抗体を得た子馬は、ロドコッカス感染実験による肺膿瘍形成が起こりづらくなることが報告された。

 

最後に

海外の学会に参加することで、最新の様々な情報を得ることができます。一方で、近年は日高発の調査研究や獣医診療技術が紹介される機会も増えて来ています。ちなみに、今回のAAEPでは、イノウエ・ホースクリニックの井上裕二先生とJRA競走馬総合研究所の黒田泰輔先生の2人が日本から発表しました。海外の研究成果や飼養管理技術を学び、応用可能なものを導入していくことと同時に、日高発の研究成果を海外の国際学会の場で積極的に発信していくことも日本の馬産業が世界で同等に関わり続けていく上でとても大切なことと思います。今後も日高育成牧場で行う調査研究へのご理解とご協力を宜しくお願い申し上げます。

 

日高育成牧場生産育成研究室 研究役 佐藤文夫

馬の飼料中のオメガ3脂肪酸について

私たちの身の回りでは、肥満のイメージから脂肪という栄養にあまり良い印象が無いかもしれません。いかなる栄養も、過ぎたるは何とかでありますが、脂肪は三大栄養素にも数えられるほど(後の二つは炭水化物とタンパク質)、動物にとって不可欠な栄養素です。脂肪は様々な種類の脂肪酸から構成されていますが、体内に蓄積しすぎると良くないとされている飽和脂肪酸と、体が正常に機能するために重要な不飽和脂肪酸に分けることができます(図1)。さらに、その不飽和脂肪酸の中でも、食べ物に含まれる量が少ないωおめが3(オメガスリー)についての話題が今回のテーマとなります。

 

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図1

脂肪酸は炭素原子が連結した骨格から構成されているが、炭素原子間に二重結合が全くなく単結合のみのものは飽和脂肪酸、一つ以上二重結合があるものは不飽和脂肪酸と呼ばれる。

オメガ3とは?

“オメガ3”は、元々ヒトの栄養分野では注目されており、最近、馬の飼養管理の現場でも注目されるようになってきました。正式な名称はオメガ3脂肪酸ですが、以下は略してオメガ3と呼ぶことにします。オメガ3は特定の脂肪酸ではなく、似通った構造や機能についてグループ化した総称です(図2)。オメガ6やオメガ9と呼ばれる脂肪酸のグループも存在し、これらも同様の規則により名づけられています。

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図2

脂肪酸のグループ名称は、炭素原子の鎖の端から数えて最初の二重結合が何番目にあるかでつけられている。オメガ3であれば、二重結合が3番目にあるということであり、この構造が同じであればその機能も似ていることになる。

 

生体内でのオメガ3の機能

オメガ3は脂肪酸グループの総称であることが分かりましたが、このグループにはα-リノレン酸、エイコサペンタエン酸(EPA)およびドコサヘキサエン酸(DHA)などが含まれます。ヒトの分野では、オメガ3をしっかり摂取することにより、血中の中性脂肪や悪玉コレステロールが減少し、血液がサラサラになることが知られています。そのほかに、抗炎症作用を高める効果も知られています。また、DHAは脳を構成する神経細胞に多く存在し、脳の機能を高めると考えられています。

オメガ3は生体内の細胞膜の構成に関与しており、その存在により膜の透過能力が適切に維持されます。オメガ3の摂取により、中性脂肪の取り込みが良くなる、脳の情報伝達能力を高まる、炎症を早期に修復させるなどの効果は、細胞膜の透過性の向上によるものです。

 

オメガ3とオメガ6の関係

オメガ6はオメガ3同様に、細胞膜の構成に必要な脂肪酸です。しかし、オメガ3と6の細胞膜に及ぼす効果は真逆であり、細胞膜にオメガ6が多すぎると細胞膜は固くなります。細胞膜の透過性が高いことも重要ですが、適度に細胞の内容物を保持し壊れにくくするには適度な硬度も必要です。オメガ3とオメガ6は生体内で作ることができず、必ず食事(飼料)から採る必要のある必須脂肪酸です。このことから、オメガ3とオメガ6はバランス良く摂取する必要があります。しかし、オメガ6も必要なのに、どうしてオメガ3ばかりが注目されているのでしょうか? オメガ6は肉類に、オメガ3(EPAやDHA)は、魚類に多く含まれるため、現代人の食事の傾向をみると脂肪酸の摂取がオメガ3に比べてオメガ6に偏り勝ちになります。オメガ3とオメガ6の理想的な摂取バランスは、オメガ3:オメガ6=1:4とされていますが、このバランスをとるためにオメガ3の摂取がより推奨されています。

 

馬の飼料中のオメガ3

馬の飼料でみると、燕麦などの穀類にオメガ6は多く含まれ、放牧草などの青草や乾草にオメガ3は多く含まれます(図3)。したがって、放牧草が豊富な時期は、オメガ3の摂取不足を心配する必要は無いでしょう。しかし、十分な牧草が摂取できていない場合や、濃厚飼料の給与量が多いときはオメガ3の不足やオメガ6の摂取量に対するアンバランスが懸念されます。

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図3

不飽和脂肪酸の中で、生体内で作ることができない脂肪酸(必須脂肪酸)はオメガ3とオメガ6である。オメガ3であるα‐リノレン酸は、牧草やアマニに多く含まれ、EPAやDHAは青魚などに多く含まれる。オメガ6(リノール酸)は、燕麦やトウモロコシなどの穀類に多く含まれる。

馬が飼料から摂取するオメガ3は、ほとんどα-リノレン酸です。牧草以外には、アマニ(またはアマニ油)にも多く含まれます。生体内の機能向上に効果的に働くのは、オメガ3のなかでもEPAやDHAであり、これらは生体内でα-リノレン酸から作り変えられることにより供給されます。しかし、必ずしも、摂取したα-リノレン酸が全てEPAやDHAに変わるわけではないため、EPAやDHAを直接摂取したほうが効率的かもしれません。EPAやDHAは魚類油に多く含まれますが、草食動物は基本的に動物性の栄養を好まないことから、飼料に魚類油を加えることは嗜好性の面からみて推奨できません。魚類油が配合飼料に加えられていたり、馬用のサプリメントとして市販されていたりする場合は、嗜好性を落とさないよう、メーカーが香りづけをするなどの工夫をしているはずです。

 

馬にオメガ3を給与したときの効果を調べた研究

オメガ3をサプリメントとして馬に与えたとき、どのような効果がみられたかを調べた研究がいくつかあります。競走馬は強い運動を負荷した後、肺の毛細血管からの出血がみられ、その量が多いと鼻腔から出てきて“鼻出血”と診断されます。馬にDHAとEPAを給与したとき、運動後の肺出血量が少なかったことが報告されています。その他に、これらの脂肪酸を与えた時、種牡馬では精子の活性が高まったことや、繁殖牝馬では乳中のEPAおよびDHA濃度が上昇したことが報告されています。

 

馬がどのようなバランスでオメガ3とオメガ6を摂取するのが良いのかは、分かっていません。また、オメガ3を通常の飼料以外に給与すべきなのかは、紹介した研究結果のみでは結論できません。しかし、栄養価の高い牧草が適切な量で馬に給与されていれば、あえてオメガ3を補給しなくても良いのではないかと私は考えています。

 

 

日高育成牧場 主任研究役 松井 朗

事通信186:BCS(ボディコンディションスコア)

BCSとは?

「今現在、妊娠馬に与えている飼葉の量は適切か?」「調教中の育成馬に対して、今の飼料の量は足りているのだろうか?」このような疑問は、馬の飼養管理者にとっては常日頃から頭を悩ませるものです。

飼料の給与量について考える際には、その馬にとって適切なエネルギー量(カロリー)を与えているか否かが重要ポイントの一つになります。人間と同様に消費量を上回るエネルギーを与えた場合には太りますし、不足する場合には痩せていくことになります。もちろん、単なる見た目の問題だけではなく、エネルギーの過不足はその馬自身の健康状態、妊娠馬であれば胎子の成長、競走馬や調教中の育成馬であればパフォーマンスなどにも影響を及ぼします。

このため、個々の馬に応じて適切なエネルギー量を与える必要があり、それを見極めるために重要な指標の一つがボディコンディションスコア(BCS)なのです。

BCSは脂肪の付き具合を数値化したもので、「脂肪がほとんど無く、削痩している状態」の1点から、「極度の肥満」の9点までの数値を用います。例えば、馬の脂肪の付き具合を評価する場合に「太っている」「やせている」という言葉ではなく、「BCS8」「BCS3」などという数値で表します。

馬の飼養管理をするうえで、BCSを用いて馬体の状態を数値化することには有用性があります。なぜなら、同じ1頭の馬を見た場合であっても、人によって「太っている」「やせている」の判断基準が異なるためです。馬を管理する複数のスタッフ間で判断基準が異なる場合、馬の管理に統一性がなくなり、牧場内での馬体のつくりにバラつきが生じやすくなります。このため、同一の基準で脂肪の付き具合を数値化するBCSを用いることで、馬体のつくりに統一性がでてきます。また、簡単に記録に残すことができるため、振り返りのための材料としても利用できます。例えば、牧場での受胎率があまりよくなかった場合、春先のBCSなどの記録をつけておかないと、振り返るための具体的な材料がなく、改善策が立てづらくなります。毎月、継続的にBCSの記録をつけておくことで、具体的な数値を用いて振り返ることができ、その後の飼養管理を考える上での重要なヒントを得ることができます。

 

BCSの見方

馬のBCSは、馬体の6つの部位「頸(くび)」「き甲」「肩後方」「肋部」「背~腰の脊椎」「尾根」を対象としており、これらの部位を観察し、実際に触ることにより、脂肪の付き具合を確認します。あくまで、これら6部位の脂肪の蓄積のみを観察するため、人間のメタボリックシンドロームのための検査のような、腹囲の計測や腹腔内脂肪については考慮しません。

BCSを測定するためのポイントは、これら6部位の骨の構造を理解することです。やせている馬、すなわちBCSが低い馬は骨が見える、もしくは骨を容易に触ることができます。一方、太っている馬、すなわちBCSが高い馬は、骨が見えない、もしくは触ることができません。背中の場合には背骨、肋部の場合には肋骨が「見えるかどうか」を確認し、もし見えない場合であれば「触れるかどうか」を確認します。例えば、「肋骨が見えないが、容易に触ることができる」のであれば、BCS5になります(図1)。さらに、骨の周囲の脂肪の厚さや量を感触で判断します。例えば、脂肪がある程度ついているものの、厚みがそれほどない場合には弾力感をイメージする「スポンジ状」という言葉で表現されます。一方、それよりも脂肪量が多く、触ると沈み込むような感触を持つ場合には「柔軟」と表現されており、「スポンジ状」よりも高いスコアとして評価します。

なお、実際のスコアのうち、一般的なサラブレッドの生産・育成牧場で管理されている馬の多くが該当するBCS4~6の詳細については図2から図4に示しました。

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図1:肋部のBCS5(普通)。肋骨は見分けられないが触ると簡単にわかる。

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図2:BCS4(少しやせている)

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3BCS5(普通)

 

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4BCS6(少し肉付きが良い)

BCSの注意点

BCSを利用するうえで注意しなくてはいけないポイントの一つは、背中から腰にかけての脊椎周辺の観察に関するものです。この部位は馬によっては肉付きが悪く、たとえ他の部位に脂肪がついていたとしても、脊椎が見える、もしくは容易に触ることができることがあります。特に高齢馬や、馬体が薄い長距離タイプの馬に多く見られます。このような馬に対しては、背中周辺の肉付きは考慮せずに、肋部などを中心に評価した方が良いかもしれません。

なお、慣れない方がBCSを評価する場合には、複数人での実施を推奨します。一人で実施した場合、主観が入ることで正確な評価が困難になります。ファームコンサルタントや他の牧場の方など、BCSの利用経験が豊富な第三者を交えることで、より客観的で正確な評価が可能になります。

 

 

日高育成牧場 業務課長 冨成雅尚

頸椎圧迫性脊髄症(CVCM)

はじめに

頸椎圧迫性脊髄症(CVCM)とは、いわゆる「腰フラ」や「腰痿(ようい)」と呼ばれる後躯を主とした運動失調あるいは不全麻痺などの神経症状を呈する病態のことです。一般的には「ウォブラー症候群」と呼ばれている病気になります。発症馬の競走馬としての予後は悪く、生産地においては経済的にも大きな問題となっている病気の一つです(図1)。


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病態

サラブレッドの発症率は1.3~2.0%との報告があります。現在、国内でのサラブレッド生産頭数が約7,000頭余りであることから、年間100頭近くの発症馬がいると推測されます。

NOSAI日高(現NOSAIみなみ)でCVCMと診断されたサラブレッド245頭の内訳を解析すると、生後4~8ヶ月齢と14~18ヶ月齢の牡の若馬に好発していることが分かります(図2)。

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原因

原因は、頸椎の亜脱臼による「配列の不整」あるいは頚椎関節面の離断骨片・骨棘・肥大などの「関節面の不整」による脊柱管の狭小化が起こることで、脊髄神経が静的あるいは動的に圧迫され変性するためです。頸椎の「配列の不整」は頭側の第3-4頸椎に見られ、離乳前後の当歳馬に発症するものの主な原因となります(TypeⅠ型)。一方、頸椎の「関節面の不整」は比較的尾側の第5-7頸椎に見られ、1歳の秋ごろから発症するものの主な原因になります(TypeⅡ型)(図3)。

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馬の頸椎は、他の哺乳類と同じく7個の椎体から構成されています(図4)。構造上、可動範囲は狭く、横方向や上下方向への大きな動作は第5-7頸椎を支点とした動きとなります。そのため、セリで購買した正常な1歳馬の頸椎X線検査を実施した結果、約30%近くの馬に頸椎の配列不整や関節面の骨片・肥大などのX線所見が認められることが明らかになってきました。さらに、このような所見がいつ発生するのかを調べるために、誕生から1ヶ月間隔で生産馬の頸椎X線検査を行った結果、生後2~6ヵ月齢の子馬に頸椎関節面の骨片所見の発生が認められ、それらの所見は治癒過程で関節面の肥大として残存することも明らかになってきました(図5)。これらの馬は神経症状を発症することはありませんでしたが、離乳前後のまだ幼弱な子馬の頸椎に突発的な横方向や上下方向への負担が加わることで、亜脱臼や関節面の損傷を引き起こし、脊髄圧迫の原因となる可能性が考えられました。

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治療

サラブレッドのCVCMに対する有効な治療方法は、今のところありません。脊髄の狭窄部位に対する外科的手術は、競走馬を目指すサラブレッドにとっては現実的ではなく、痛みや狭窄の進行を抑えるための対症療法を実施し様子を見るだけなのが現状です。CVCM原因部位を確実に診断すること、その程度や臨床症状から予後を判定するが重要になります。

 

最後に

サラブレッドのCVCMの発生には、様々な要因が関わっていますが、その中で大きな要因を占めているのが、栄養や放牧(運動)といった日常の飼養管理です。特に、離乳までの幼駒の飼養管理は、非常に重要となります。子馬の正常な発育パターン、必要な栄養要求量、様々な関節に発生する骨軟骨症の病理学的解明、診断と治療処置方法に関する詳細は、まだよく分かっていなことが多いのが現状です。サラブレッドの生産性の向上、世界に通用する強い馬作りを目指して、今後も我が国の気候風土に適した飼養管理方法や疾病に関する調査研究を実施していく必要があります。

日高育成牧場 生産育成研究室

研究役 佐藤 文夫

2021年1月22日 (金)

日高育成牧場が取り組んでいる馬獣医学支援について

加計学園問題が国会でも取りざたされておりご存知の方も多いと思いますが、全国的に獣医師が不足している状況です。それは皆さんの身近にいる競走馬の獣医さんも例外ではなく、われわれ馬獣医師が頭を悩ましている問題の一つとなっています。JRAでは、現役の獣医学生たちが馬の臨床獣医師に興味を持ってもらえるように、様々な取り組みを行っています。今回は、日高育成牧場が取り組んでいる馬獣医学支援について紹介します。

日高育成牧場スプリングキャンプ&サマーセミナー
日高育成牧場が参加学生を募集して実施している研修が、スプリングキャンプとサマーセミナーです。どちらも、日高育成牧場に1週間ほど滞在して様々な経験をしてもらう研修スタイルを取っています。まず春休みに実施しているスプリングキャンプですが、春は競走馬の生産育成にとってはオンシーズン。育成ではJRA育成馬の調教から心拍数・乳酸値を使った体力測定などを見学し、生産では繁殖牝馬のエコー検査を体験したり、JBBAで種付けの様子を見学してもらったりします(写真1)。またタイミングが合えば、ホームブレッド誕生の瞬間に立ち会うこともできます。そのため、スプリングキャンプは北海道で馬獣医師が関わる生産育成の仕事の多くを体験することができる研修です。

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写真1:繁殖牝馬のエコー検査を体験する獣医学生たち


次に夏休みに実施しているサマーセミナーですが、夏は競走馬の生産育成にとってはどちらかと言えばオフシーズン。そのため、スプリングキャンプとは趣向を変えて獣医学的研修に主眼を置き、馬の採血やエコー検査、レントゲン撮影などを体験してもらいます。また、他の時期には経験できないサマーセール(1歳馬のせり)や札幌競馬場におけるJRA獣医師の業務見学も行っています。スプリング・サマーともに座学(授業)と厩舎作業がセットになっており、馬に関する獣医学的知識や技術だけではなく、馬の取り扱いまで幅広く学べる研修を目指しています。近年JRAで働く獣医師の中でスプリングキャンプやサマーセミナーに参加した者は少なくなく、少し手前味噌になるかもしれませんが競走馬の獣医師を目指す学生にとっては良い研修ではないかと考えています(写真2)。

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写真2:2011年にサマースクールに参加した水上獣医師(中央の赤い帽子)。現在は、日高育成牧場の臨床獣医師として活躍しています。

獣医学生見学研修
スプリングキャンプとサマーセミナー以外に、日高育成牧場では大学からの依頼を受けて獣医学生向けの見学研修を実施しています。いずれも半日から1日単位の研修で、内容は大学の希望に応じて決めています。今年9月に行った帯広畜産大4年生の研修では、日高育成牧場で育成調教(馴致)を見学した後、BTCで施設・調教・競走馬診療所を見学し、昼休みにサラブレッドの育成に関するランチョンセミナーを行って、最後に今年生まれたホームブレッド当歳馬と触れ合いながら馬の生産について説明しました(写真3)。また、時期によっては妊娠馬を用いた胎子のエコー検査や離乳(親子別れの儀式)を見学してもらうこともあります。いずれにしても、個人単位ではなく学校・学年単位で申し込んでいただくことになります。ご興味のある教職員の方は、ぜひ日高育成牧場にお問い合わせください。

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写真3:当歳馬と触れ合いながら馬の生産について説明を受ける学生たち

獣医大学での特別講義
私の学生時代とは違い、近年は各獣医大学とも馬獣医学教育に積極的に取り組んでいます。しかし、欧米とは違い日本の大学内で馬獣医学を教えられる教員の数は少なく、日本全国からJRAに特別講義の講師依頼が届きます。日高育成牧場にも年数件の講師派遣依頼があり、獣医師が大学に赴いて馬の繁殖学や生産・育成に関する特別講義を行っています。

おわりに
研修に参加した獣医学生にはしばしばお話しするのですが、獣医師にとって学生時代は将来の人生(仕事)を選択する大事な時期になります。したがって、大学に在籍している時にさまざまな研修に参加して獣医師が行う仕事を多く体験することは重要で、将来の選択肢が増え自分に合った仕事を見つけやすくなると思います。少しでも馬獣医師に興味がある方は積極的にスプリングキャンプやサマーセミナーなどの研修に参加し、最終的に将来の仕事として馬獣医師を目指してもらえるようになれば幸いです。いつの日か競走馬の臨床現場でお会いできることを楽しみにしています。

日高育成牧場生産育成研究室 室長 羽田哲朗

装蹄師の養成について2

ちょうど1年前、この馬事通信で、『装蹄師になるためにはどうしたら良いのか?』についてお話させていただきました。今回はその続編ということでお話させていただきたいと思います。まず前回のお話を少し振り返ります。
現在、装蹄師になるためには、栃木県宇都宮市にある装蹄教育センターにて1年間、全寮制のもと、専門的な知識と技術を学び、装蹄師認定試験(2級認定試験)に合格して装蹄師の資格(※1)を習得する必要があります。募集定員は16名。まずはこの講習会に入講することが条件です。この認定講習会での講習内容については前回、お話させていただきましたので、今回は卒業後の進路についてお話させていただきます。
認定講習会や認定試験を無事通過し、晴れてスタートラインに立った後は、競走馬・乗馬・生産地のいずれかの世界で働くことになります。ここでは、生産地を進路に選んだ場合を例に、その仕事内容を紹介させていただきます。
装蹄師の仕事は、伸びたヒヅメを切って蹄鉄を装着することだけではありません。
生産地では主に、育成馬、繁殖牝馬、子馬の肢元のケアをすることとなります。
育成馬では馴致を開始し、調教が進んでくると肢元にも様々な変化が起きます。馬が産まれて初めて蹄鉄を装着するのも、ほとんどがこの段階です。繁殖牝馬も運動をしないからと、肢元のケアを疎かにすると、産まれてくる子馬にも大きな悪影響を与えます。繁殖牝馬は子馬を作る道具ではありませんからね・・・。子馬はヒヅメの伸びがとても早く、肢の成長も早いため、少しでもヒヅメのバランスが崩れると肢が曲がってしまう(肢軸異常)こともあります。つまり、生産地の装蹄師は、牧場の馬管理者や獣医師と連携を取りながら、これら一つ一つの問題に的確に対応しているのです。もちろん競走馬や、乗馬の装蹄師も生産地の装蹄師同様、様々な問題を解決しているのです。装蹄の仕事は奥が深いのです!!
以前もお話したとおり、この装蹄師という資格を取得しても、すぐにプロとして仕事を依頼されることは皆無です。しかし将来、多くの経験を積み、様々な馬の肢元をケアできるようになった頃には、多くの喜びを味わうことが出来るに違いありません。
いかがでしょう?装蹄教育センターで1年間、しっかり基本的な知識と技術を学び、一緒に競馬サークルを盛り上げ、強い馬づくりに参加しようじゃありませんか!
もし、少しでも興味をお持ちの方は、日本装削蹄協会のホームページを検索してみてください。ブログや公式フェイスブックで1年間の講習会の様子もわかりますし、入講に関わる情報入手や資料請求などもできます。さらに装蹄教育センターでは装蹄の一部工程や蹄鉄造りや、講習中のカリキュラム内容を体験できる『オープンキャンパス』や馬管理者・ライダーの方に、蹄の管理方法を学んでいただく『フットケアセミナー』なども行われています。
もちろん、これら以外に個人的に講習会の見学もできます。
馬が好き、競馬が好き、馬にかかわる仕事につきたい人、それ以外でも理由はなんでも構いません。ぜひ一度、体験してみませんか?? 同じ装蹄師として、夢を追う仲間が増えるのを心からお待ちしています。

          

(※1)2級認定資格を取得後4年以上経過したら1級試験の試験を、さらに1級取得後9年以上経過したら指導級の試験をそれぞれ受験できます。その昇格試験に合格すると上級の資格に昇給します。

※来年度に関しては定員に満たないため、H30年1月16日(火)に2次試験を行います。
出願受付 H29年12月17日(日)まで
受験資格 H30年4月1日の時点で満18歳以上の者

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日高育成牧場 専門役 竹田和正

妊娠馬のホルモン検査

早朝には氷が張るようになり、冬の訪れを感じるようになりました。ほとんどの胎子は母馬のおなかの中で順調に成長していますが、毎年受胎頭数と出生頭数の間には700頭以上のロスが生じているように、残念ながら出産に至らない子馬もいます。今回は、妊娠馬モニタリング法の一つであるホルモン検査について解説いたします。

妊娠馬のホルモン変化
ホルモン検査は母馬の血中プロゲステロン、エストラジオール濃度を測定することで、妊娠が順調に進行しているか評価します。両ホルモンは非妊娠時には発情サイクルに合わせた周期的な変化をしますが、妊娠すると特有の変動を示します(図1)。妊娠前半には大きく変化し、7ヶ月以降には安定します。そして、10ヶ月頃から分娩に向けて再び大きく変化します。

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図1 妊娠馬の血中ホルモン動態


一般に、プロゲステロンは子宮収縮(陣痛)抑制や子宮外口の閉鎖に、エストラジオールは胎子の成長に伴う子宮の拡張に寄与していると言われています。これらの合成分泌には母馬のみならず胎子も大きく関与しているため、胎子に異常があった際の指標となりうるのです。胎子はストレスホルモンと呼ばれるコルチゾールを合成できず、ストレスを受けた場合には代わりにプロゲステロンが上昇します。
一方、エストラジオールは胎子の性腺(精巣・卵巣)がその前駆物質を合成しているため、胎子の活力が低下すると母体血中エストラジオール濃度が低下します。海外の研究ではプロゲステロンが有用である一方、エストラジオールはそうではなかったという報告がありますが、我々は両方測定することでより精度で異常を検知できると考えています。

ホルモン検査の注意点
ホルモン検査は採血するだけの手軽な検査法ですが、注意しなければいけない点が二つあります。一つは馬ごとの個体差が大きいことです。そのため、平均値(標準値)と比べるのではなく、複数回測定して馬ごとの変化をみることが重要です。二つ目は測定系によって値が異なるということです。このホルモン検査には幾つかの測定系がありますが、測定系によって値が若干異なるため、その標準値も違ってきます。検査施設によって測定系が異なりますので、異なる施設間の値を比較しないように気を付けてください。なお、このホルモン検査は長らく栃木県の競走馬理化学研究所で受託していましたが、2017年からはその業務が帯広畜産大学の動物医療センターに移っています。詳しくは担当の獣医師にご相談下さい。

実際の使用例
測定はいつから行うべきですか?どのくらいの間隔で測定するべきですか?といった質問をよく受けます。まずは7ヶ月齢頃から4週間隔の測定を基本として、結果が気になった場合には追加検査として超音波検査をする、予防的に投薬を開始する、間隔を詰めて再検査するといったことを検討してみてください。全頭が定期的に妊婦検診を受けるというのは現実的ではありませんので、特に高価な馬、預託されている馬、過去に異常産歴のある馬などターゲットを絞って試してみてはいかがでしょうか。

現状の問題点
流産にはさまざまな原因があり、それぞれ流産に至る経過が異なるため、残念ながら全ての異常を同じように検知できるわけではありません。馬鼻肺炎ウイルスによる流産を検知することは難しそうです。この分野の研究は主に感染性胎盤炎について進んでいますが、それ以外の原因については実験モデルをつくることも難しく、十分なデータがないというのが実情です。

おわりに
流産とは交通事故のような突発的なものではなく、母子に何らかの異常が生じた結果として起こります。残念ながら目に見える流産兆候が認められてからの対処では防ぐことが難しく、そのような兆候が現れる前に異常を検知しなくてはなりません。ホルモン検査のみでは確実なモニタリング法とは言えませんが、目に見えない胎子の状態を評価する方法としては手軽で現実的な方法です。また、このような試みをする中で研究も発展していきますので、興味がある方は是非お試し下さい。

日高育成牧場生産育成研究室 主査 村瀬晴崇

GPSを用いた放牧地における親子の個体間距離測定

 ♪おうまのおやこは、なかよしこよし♪と歌われるこの童謡のタイトルは、『おうま』です(よく“おうまのおやこ”と勘違いされるようですが)。歌にうたわれるように、子馬は常に母馬に寄り添っています。同じ草食動物の牛は、子牛同士で群れをつくる習性がありますが、馬は母子間の絆が非常に強い動物です。

 

離乳は必要な儀式

動物においてエネルギーの供給には優先順位があり、優先順位は①維持→②成長→③産乳→④体脂肪→⑤繁殖(受胎や胎子の発育)の順番になっています(図1)。特に繁殖牝馬の場合、図にあるように胎子へのエネルギー供給は、授乳のための乳生産より優先順位は低くなっています。ちなみに、一番優先して供給される維持のためのエネルギーは、体温維持、心肺活動および代謝において必要であり、生命活動に必須のエネルギーです。このように、繁殖のためのエネルギー供給の優先順位が低いことから、妊娠中の繁殖牝馬にとって、長期間の授乳は胎子の健康な発育には望ましいとは言えません。また、子馬が母馬に依存している期間が長くなりすぎない方が、今後の馴致がやりやすくなるなどの利点があります。したがって、母子を健全に飼養管理するためには、適切な月齢に達したとき、離乳という儀式は不可欠となります。

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図1:エネルギー供給の優先順位

 動物においてエネルギー利用には優先順位があり、それは①維持→②成長→③産乳→④体脂肪→⑤繁殖(受胎や胎子の発育)の順である。すなわち、これから生まれる子孫よりも、すでに生まれた子孫にエネルギーが優先的にまわされることになる。

 

離乳によるストレスは子馬の健康な発育には有害

離乳により、子馬は母乳という摂取しやすい飼料を絶たれると同時に、少し大袈裟な表現ですが、母馬という精神的なよりどころを失うことになります。離乳によるストレスは、病気に対する抵抗力を弱める等のリスクの他に、食欲を減退させる場合があります。毎日あたりまえに摂取してきた母乳が無いことに加え、食欲減退も重なれば、体重の増加の停滞もしくは体重減少になることは避けられません。

時間が経過すると、子馬は母馬のいない状況を受け入れ、食欲を取り戻します。しかし、増体の停滞や体重減少の程度が大きい場合、代償(リバウンド)として急激に増体することがあります。このときの急激な増体は、発育期整形外科的疾患(DOD)を発症するリスクを高めるとされています。さらに、子馬が離乳時に感じたストレスが強すぎると、大きな“トラウマ”になり、従順さが失われ馴致しにくくなる場合があるともいわれています。これらのことから、離乳による子馬へのストレスは、極力少ないことが理想となります。

 

GPSを用いた放牧地での個体間距離測定

グローバル・ポジショニング・システム(GPS)は、最近は小型で精度の良いものが安価で手に入るようになり、民間の生産牧場でも、放牧地の運動量をGPSで把握されている方が結構いらっしゃるようです。離れたところにある2つのGPSの位置情報からGPS間の距離を測定することは可能であり、実際に世界中の多くの分野でこの測量方法は活用されています。

そこで、GPSを用いて、離乳前の親子間もしくは他個体間の放牧地における個体間距離を測定しました。放牧地において、母子間の個体間距離を5秒毎に測定し、日内で平均した結果を、成長に伴う変化として示しました(図2)。3週齢より以前の時期は、母子間の距離は約5mと、子馬はほとんど母馬から離れていないことが分かります。成長に伴い、母子間の平均個体間距離は大きくなっていき、18週齢(おおむね4月齢)以降、15mでおおむね変化がなくなります。

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図2:成長に伴う放牧地における親子の個体間距離の変化

 成長と共に母子間の距離は大きくなり、18週齢目以降、約15mでその変化が見られなくなる。

子馬の哺乳回数は、1週齢で1時間に4回、3週齢で3回、7週齢で2回と、成長に伴いその頻度は少なくなっていきます。その分、母馬から離れる時間も増えていきます。野生では、母馬が拒絶しない限り、10ヵ月齢以降も子馬が哺乳し続けていることが報告されており、18週齢を過ぎても子馬は母馬に依存し続けていると考えられます。しかし、母子間の個体間距離の成長に伴う変化から、出産直後が母子の関係の結びつきがピークにあり、経時的にその結びつきが弱くなっていく様子が観察されます。

母子間の距離が小さい時期よりも、距離に変化が見られなくなった18週齢以降に離乳したほうが、子馬の精神的なストレスはより少ないことが期待できます。実験を行った放牧地には8組の親子が放牧されていましたが、それぞれの子馬とその他の7頭の子馬との平均個体間距離をグラフで示しました(図3)。子馬は成長に伴い他の子馬と戯れる機会が増え、成長に伴い個体間距離は小さくなっていきます。約16週齢(おおむね3.5ヵ月齢)で、距離は約30mになり、それ以降は距離に変化がなくなります。この時期には、他個体との関係がある程度に築かれ、馬社会の一員になったいえのるかもしれません。放牧地の個体間距離からみた行動面からのみの示唆では、おおむね18週齢(4ヵ月齢)以降の離乳が、よりストレスを軽減させるのではないかと考えられます。

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図3:成長に伴う放牧地における子馬間の個体間距離の変化

 成長と共に子間の距離は小さくなり、16週齢目以降、約30mでその変化が見られなくなる。

 

 日高育成牧場生産育成研究室・主任研究役 松井朗

ビートパルプの使い方

ビートパルプとは
 ビートパルプは馬の飼料として近年広く認知されてきました。軽種馬飼養標準によると、ビートパルプの可消化エネルギー含量は2.85Mcal/kgであり、燕麦や配合飼料など一般的な濃厚飼料(約3Mcal/kg)とほぼ同等でありながら、繊維含量も高いため、濃厚飼料と粗飼料両方の特徴を兼ね揃えていると言えます。そのため、燕麦などの穀類の多給を避ける目的でオイルと並んで給餌されていますが、その利用法についてしばしば質問が寄せられますので、本稿ではビートパルプの特徴と利用法について改めて整理いたします。

ふやかす?ふやかさない?
 ビートパルプは吸水性が高く、水を吸うと3倍以上に膨れるため(図1)、そのまま与えると食道内で膨張し、喉詰まりを起こす危険があると言われています。そのため水でふやかして十分に膨らましてから与えることが一般的です。一方で吸水させなくても良いという意見あり、これについては海外でもしばしば話題になるようです。筆者はビートパルプを原料に含む配合飼料で喉詰まりを繰り返す当歳馬を経験しており、ふやかすことを推奨する立場です。とは言え全ての馬が発症したわけではないので、ビートパルプそのものが危険というよりは、唾液量や食べ方(咀嚼回数や速度)なども大きく関与していると思われます。

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図1 同量のビートパルプ(左は市販の乾燥状態、右は吸水3時間後の状態)

給餌量は?
ビートパルプの給餌量は必ず「乾物重量≒吸水前の重さ」で考えて下さい。しばしば、吸水後のカサをもって「うちはこんなに与えている」と考えている方がいますが、そのカサの半分以上は水ですので、当然栄養価はありません。
そして、「ビートパルプはどの程度与えるべきか」という疑問を持つ方も多いでしょう。牧場によって与えている量はさまざまですが、繁殖牝馬に1日2~3kg与えているところもあるようです。何kgがベストかということは各牧場の飼養状況によるので一概に言えませんが、例えば1日100~200g程度では「濃厚飼料を減らす」という本来の意味からすると大した効果はないと考えられます。

乾草採食量や食べ方への影響は?
 前述の通り、ビートパルプは吸水して膨れるため、大量に与えると乾草採食量が減るのではないかという疑問が生じます。そこで当場において、放牧をせず乾草を食べ放題にした繁殖牝馬で検証実験を行いました。「燕麦2kg×2回」「ビートパルプ2kg×2回」「燕麦もビートパルプもなし」の3群の採食量を比較したところ、どの馬もビートパルプ4kgを完食し、また乾草を含めた乾物採食量は3群とも同程度でした(図2)。つまり、カサの多いビートパルプでも乾草採食量に影響はないと言えます。一方、採食時間には大きな違いが認められました。燕麦は4kgの採食に63分かかったのに対して、ビートパルプ4kgでは115分を要しました。一般的に飼い葉はゆっくり食べることが好ましいため、急いで食べてしまう馬に対してビートパルプを給与することは疝痛や胃潰瘍の予防として有効かもしれません。この点については検証していませんので、さらなる調査が必要です。

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図2 飼料なし、燕麦4kg、ビートパルプ4kgを給餌した際の乾物採食量

日高育成牧場生産育成研究室 村瀬晴崇

離乳後の当歳馬のしつけ 「3つの方法」 

離乳直後の当歳馬は、「母馬」という絶大な安心感を喪失するため、少なからず精神的に不安定な状態に陥ります。このため、馬によっては離乳後に取扱いが困難になる場合もあり、これまで以上に人に対する信頼感や安心感を育む努力が必要になります。
一方、放牧地で十分な青草を食べながら、他の馬たちと一緒に自発的な運動をすることが、この時期の子馬の健康な成長にとって必要不可欠であるため、必然的に人間と接する時間は限られます。このため、短時間で効果的な躾を実施することが求められます。
そこで今回は、離乳後の当歳に対して日高育成牧場で実施している「集放牧の時間を利用したしつけ」について、3つの方法をご紹介します。これらを毎日継続して実施することで、人馬の信頼関係を築く一助になるはずです。

間隔を離した引き馬
集放牧時、群のままで前の馬との間隔をつめる引き馬では、馬は落ち着いて歩きます。しかし、場合によっては、引いている人ではなく、前の馬をリーダーとして認識しています。このため、前の馬との間隔を空けることで、引いている人がリーダーとなり、人馬の関係を構築することができます(写真1)。前に歩かない馬や、逆に前に行きたがる馬の場合、引いている人が馬のスピードをコントロールしましょう。また、通路にビニールシートや横木などの障害物を設置し、そこを通過させることも人間の指示に従って歩くことを覚える有効な方法です(写真2)。

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写真1:前後の馬との間隔を空ける引き馬

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写真2:ビニールシート馴致

駐立・常歩展示の練習
集放牧時に放牧地と厩舎の途中で駐立・常歩展示の練習をします。重要なことは必ず1頭で実施することです。落ち着くからといって他の馬を近くに残しておくことは「全く意味がありません」。馬が寂しがったとしても、人間がリーダーとなって安心感を与えましょう。駐立および引き馬、いずれの場合であっても重要なことは「人と馬の距離感」です。特にリード(引き綱)はゆったりと保持し、決して短く保持して無理矢理抑え付けることがないように気を付けましょう(写真3)。

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写真3:駐立では「人と馬の距離感」が重要。引き綱はゆったりと保持する。

後膝のレントゲンの馴致
市場レポジトリーでは購買者から後膝のレントゲンが求められるようになりました。また、上場しない場合であっても、この部位の撮影を実施する機会は少なくありません。一方、後膝や股間にレントゲンのカセットが触れて馬が蹴り上げて、撮影者や撮影補助者が大怪我をするケースも少なくありません。このため、まだ体が小さく、力が弱い当歳のこの時期に後膝のレントゲンの馴致を実施することをおすすめします。敏感な馬については、最初はタオルパッティングから実施し、徐々にカセットに慣れさせていきましょう(写真4)。

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写真4:当歳時から後膝のレントゲン撮影に慣れさせておく

当歳馬のしつけの基本的な考え方
以上のしつけの基本的な考え方は、「人間が馬に求めていることは、危険なものでも痛みを伴うものでもないと、馬に納得させること」です。
例えば、レントゲンのカセットが股間に触れたところで、痛みを感じる馬はいません。これまで触られたことが無い部位であり、本能的に「何か痛い目に遭うのではないか」と、恐怖を感じているだけです。他の馬と離れて不安を感じるのは、自分だけ群と離れて、守ってくれる馬がおらず、痛い目に遭わされるのではないかと、恐怖を感じているだけです。このため、人間が馬に対して「カセットが股間に触れても痛くないこと」「1頭だけで残されても人間が安心感を与えてくれること」を納得させることが、人馬の信頼関係の構築に繋がります。紀元前の哲学者クセノフォンは、「馬を群衆に慣れさせるためには、群衆のいるところに連れていき、騒音や目に見えるものすべてが怖いものではないと教えることだ」と言っています。2000年以上、連綿と世界中のホースマンに受け継がれてきた馬のしつけの基本方針ですね。

日高育成牧場業務課長 冨成雅尚