2021年1月22日 (金)

日高育成牧場が取り組んでいる馬獣医学支援について

加計学園問題が国会でも取りざたされておりご存知の方も多いと思いますが、全国的に獣医師が不足している状況です。それは皆さんの身近にいる競走馬の獣医さんも例外ではなく、われわれ馬獣医師が頭を悩ましている問題の一つとなっています。JRAでは、現役の獣医学生たちが馬の臨床獣医師に興味を持ってもらえるように、様々な取り組みを行っています。今回は、日高育成牧場が取り組んでいる馬獣医学支援について紹介します。

日高育成牧場スプリングキャンプ&サマーセミナー
日高育成牧場が参加学生を募集して実施している研修が、スプリングキャンプとサマーセミナーです。どちらも、日高育成牧場に1週間ほど滞在して様々な経験をしてもらう研修スタイルを取っています。まず春休みに実施しているスプリングキャンプですが、春は競走馬の生産育成にとってはオンシーズン。育成ではJRA育成馬の調教から心拍数・乳酸値を使った体力測定などを見学し、生産では繁殖牝馬のエコー検査を体験したり、JBBAで種付けの様子を見学してもらったりします(写真1)。またタイミングが合えば、ホームブレッド誕生の瞬間に立ち会うこともできます。そのため、スプリングキャンプは北海道で馬獣医師が関わる生産育成の仕事の多くを体験することができる研修です。

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写真1:繁殖牝馬のエコー検査を体験する獣医学生たち


次に夏休みに実施しているサマーセミナーですが、夏は競走馬の生産育成にとってはどちらかと言えばオフシーズン。そのため、スプリングキャンプとは趣向を変えて獣医学的研修に主眼を置き、馬の採血やエコー検査、レントゲン撮影などを体験してもらいます。また、他の時期には経験できないサマーセール(1歳馬のせり)や札幌競馬場におけるJRA獣医師の業務見学も行っています。スプリング・サマーともに座学(授業)と厩舎作業がセットになっており、馬に関する獣医学的知識や技術だけではなく、馬の取り扱いまで幅広く学べる研修を目指しています。近年JRAで働く獣医師の中でスプリングキャンプやサマーセミナーに参加した者は少なくなく、少し手前味噌になるかもしれませんが競走馬の獣医師を目指す学生にとっては良い研修ではないかと考えています(写真2)。

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写真2:2011年にサマースクールに参加した水上獣医師(中央の赤い帽子)。現在は、日高育成牧場の臨床獣医師として活躍しています。

獣医学生見学研修
スプリングキャンプとサマーセミナー以外に、日高育成牧場では大学からの依頼を受けて獣医学生向けの見学研修を実施しています。いずれも半日から1日単位の研修で、内容は大学の希望に応じて決めています。今年9月に行った帯広畜産大4年生の研修では、日高育成牧場で育成調教(馴致)を見学した後、BTCで施設・調教・競走馬診療所を見学し、昼休みにサラブレッドの育成に関するランチョンセミナーを行って、最後に今年生まれたホームブレッド当歳馬と触れ合いながら馬の生産について説明しました(写真3)。また、時期によっては妊娠馬を用いた胎子のエコー検査や離乳(親子別れの儀式)を見学してもらうこともあります。いずれにしても、個人単位ではなく学校・学年単位で申し込んでいただくことになります。ご興味のある教職員の方は、ぜひ日高育成牧場にお問い合わせください。

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写真3:当歳馬と触れ合いながら馬の生産について説明を受ける学生たち

獣医大学での特別講義
私の学生時代とは違い、近年は各獣医大学とも馬獣医学教育に積極的に取り組んでいます。しかし、欧米とは違い日本の大学内で馬獣医学を教えられる教員の数は少なく、日本全国からJRAに特別講義の講師依頼が届きます。日高育成牧場にも年数件の講師派遣依頼があり、獣医師が大学に赴いて馬の繁殖学や生産・育成に関する特別講義を行っています。

おわりに
研修に参加した獣医学生にはしばしばお話しするのですが、獣医師にとって学生時代は将来の人生(仕事)を選択する大事な時期になります。したがって、大学に在籍している時にさまざまな研修に参加して獣医師が行う仕事を多く体験することは重要で、将来の選択肢が増え自分に合った仕事を見つけやすくなると思います。少しでも馬獣医師に興味がある方は積極的にスプリングキャンプやサマーセミナーなどの研修に参加し、最終的に将来の仕事として馬獣医師を目指してもらえるようになれば幸いです。いつの日か競走馬の臨床現場でお会いできることを楽しみにしています。

日高育成牧場生産育成研究室 室長 羽田哲朗

装蹄師の養成について2

ちょうど1年前、この馬事通信で、『装蹄師になるためにはどうしたら良いのか?』についてお話させていただきました。今回はその続編ということでお話させていただきたいと思います。まず前回のお話を少し振り返ります。
現在、装蹄師になるためには、栃木県宇都宮市にある装蹄教育センターにて1年間、全寮制のもと、専門的な知識と技術を学び、装蹄師認定試験(2級認定試験)に合格して装蹄師の資格(※1)を習得する必要があります。募集定員は16名。まずはこの講習会に入講することが条件です。この認定講習会での講習内容については前回、お話させていただきましたので、今回は卒業後の進路についてお話させていただきます。
認定講習会や認定試験を無事通過し、晴れてスタートラインに立った後は、競走馬・乗馬・生産地のいずれかの世界で働くことになります。ここでは、生産地を進路に選んだ場合を例に、その仕事内容を紹介させていただきます。
装蹄師の仕事は、伸びたヒヅメを切って蹄鉄を装着することだけではありません。
生産地では主に、育成馬、繁殖牝馬、子馬の肢元のケアをすることとなります。
育成馬では馴致を開始し、調教が進んでくると肢元にも様々な変化が起きます。馬が産まれて初めて蹄鉄を装着するのも、ほとんどがこの段階です。繁殖牝馬も運動をしないからと、肢元のケアを疎かにすると、産まれてくる子馬にも大きな悪影響を与えます。繁殖牝馬は子馬を作る道具ではありませんからね・・・。子馬はヒヅメの伸びがとても早く、肢の成長も早いため、少しでもヒヅメのバランスが崩れると肢が曲がってしまう(肢軸異常)こともあります。つまり、生産地の装蹄師は、牧場の馬管理者や獣医師と連携を取りながら、これら一つ一つの問題に的確に対応しているのです。もちろん競走馬や、乗馬の装蹄師も生産地の装蹄師同様、様々な問題を解決しているのです。装蹄の仕事は奥が深いのです!!
以前もお話したとおり、この装蹄師という資格を取得しても、すぐにプロとして仕事を依頼されることは皆無です。しかし将来、多くの経験を積み、様々な馬の肢元をケアできるようになった頃には、多くの喜びを味わうことが出来るに違いありません。
いかがでしょう?装蹄教育センターで1年間、しっかり基本的な知識と技術を学び、一緒に競馬サークルを盛り上げ、強い馬づくりに参加しようじゃありませんか!
もし、少しでも興味をお持ちの方は、日本装削蹄協会のホームページを検索してみてください。ブログや公式フェイスブックで1年間の講習会の様子もわかりますし、入講に関わる情報入手や資料請求などもできます。さらに装蹄教育センターでは装蹄の一部工程や蹄鉄造りや、講習中のカリキュラム内容を体験できる『オープンキャンパス』や馬管理者・ライダーの方に、蹄の管理方法を学んでいただく『フットケアセミナー』なども行われています。
もちろん、これら以外に個人的に講習会の見学もできます。
馬が好き、競馬が好き、馬にかかわる仕事につきたい人、それ以外でも理由はなんでも構いません。ぜひ一度、体験してみませんか?? 同じ装蹄師として、夢を追う仲間が増えるのを心からお待ちしています。

          

(※1)2級認定資格を取得後4年以上経過したら1級試験の試験を、さらに1級取得後9年以上経過したら指導級の試験をそれぞれ受験できます。その昇格試験に合格すると上級の資格に昇給します。

※来年度に関しては定員に満たないため、H30年1月16日(火)に2次試験を行います。
出願受付 H29年12月17日(日)まで
受験資格 H30年4月1日の時点で満18歳以上の者

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日高育成牧場 専門役 竹田和正

妊娠馬のホルモン検査

早朝には氷が張るようになり、冬の訪れを感じるようになりました。ほとんどの胎子は母馬のおなかの中で順調に成長していますが、毎年受胎頭数と出生頭数の間には700頭以上のロスが生じているように、残念ながら出産に至らない子馬もいます。今回は、妊娠馬モニタリング法の一つであるホルモン検査について解説いたします。

妊娠馬のホルモン変化
ホルモン検査は母馬の血中プロゲステロン、エストラジオール濃度を測定することで、妊娠が順調に進行しているか評価します。両ホルモンは非妊娠時には発情サイクルに合わせた周期的な変化をしますが、妊娠すると特有の変動を示します(図1)。妊娠前半には大きく変化し、7ヶ月以降には安定します。そして、10ヶ月頃から分娩に向けて再び大きく変化します。

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図1 妊娠馬の血中ホルモン動態


一般に、プロゲステロンは子宮収縮(陣痛)抑制や子宮外口の閉鎖に、エストラジオールは胎子の成長に伴う子宮の拡張に寄与していると言われています。これらの合成分泌には母馬のみならず胎子も大きく関与しているため、胎子に異常があった際の指標となりうるのです。胎子はストレスホルモンと呼ばれるコルチゾールを合成できず、ストレスを受けた場合には代わりにプロゲステロンが上昇します。
一方、エストラジオールは胎子の性腺(精巣・卵巣)がその前駆物質を合成しているため、胎子の活力が低下すると母体血中エストラジオール濃度が低下します。海外の研究ではプロゲステロンが有用である一方、エストラジオールはそうではなかったという報告がありますが、我々は両方測定することでより精度で異常を検知できると考えています。

ホルモン検査の注意点
ホルモン検査は採血するだけの手軽な検査法ですが、注意しなければいけない点が二つあります。一つは馬ごとの個体差が大きいことです。そのため、平均値(標準値)と比べるのではなく、複数回測定して馬ごとの変化をみることが重要です。二つ目は測定系によって値が異なるということです。このホルモン検査には幾つかの測定系がありますが、測定系によって値が若干異なるため、その標準値も違ってきます。検査施設によって測定系が異なりますので、異なる施設間の値を比較しないように気を付けてください。なお、このホルモン検査は長らく栃木県の競走馬理化学研究所で受託していましたが、2017年からはその業務が帯広畜産大学の動物医療センターに移っています。詳しくは担当の獣医師にご相談下さい。

実際の使用例
測定はいつから行うべきですか?どのくらいの間隔で測定するべきですか?といった質問をよく受けます。まずは7ヶ月齢頃から4週間隔の測定を基本として、結果が気になった場合には追加検査として超音波検査をする、予防的に投薬を開始する、間隔を詰めて再検査するといったことを検討してみてください。全頭が定期的に妊婦検診を受けるというのは現実的ではありませんので、特に高価な馬、預託されている馬、過去に異常産歴のある馬などターゲットを絞って試してみてはいかがでしょうか。

現状の問題点
流産にはさまざまな原因があり、それぞれ流産に至る経過が異なるため、残念ながら全ての異常を同じように検知できるわけではありません。馬鼻肺炎ウイルスによる流産を検知することは難しそうです。この分野の研究は主に感染性胎盤炎について進んでいますが、それ以外の原因については実験モデルをつくることも難しく、十分なデータがないというのが実情です。

おわりに
流産とは交通事故のような突発的なものではなく、母子に何らかの異常が生じた結果として起こります。残念ながら目に見える流産兆候が認められてからの対処では防ぐことが難しく、そのような兆候が現れる前に異常を検知しなくてはなりません。ホルモン検査のみでは確実なモニタリング法とは言えませんが、目に見えない胎子の状態を評価する方法としては手軽で現実的な方法です。また、このような試みをする中で研究も発展していきますので、興味がある方は是非お試し下さい。

日高育成牧場生産育成研究室 主査 村瀬晴崇

GPSを用いた放牧地における親子の個体間距離測定

 ♪おうまのおやこは、なかよしこよし♪と歌われるこの童謡のタイトルは、『おうま』です(よく“おうまのおやこ”と勘違いされるようですが)。歌にうたわれるように、子馬は常に母馬に寄り添っています。同じ草食動物の牛は、子牛同士で群れをつくる習性がありますが、馬は母子間の絆が非常に強い動物です。

 

離乳は必要な儀式

動物においてエネルギーの供給には優先順位があり、優先順位は①維持→②成長→③産乳→④体脂肪→⑤繁殖(受胎や胎子の発育)の順番になっています(図1)。特に繁殖牝馬の場合、図にあるように胎子へのエネルギー供給は、授乳のための乳生産より優先順位は低くなっています。ちなみに、一番優先して供給される維持のためのエネルギーは、体温維持、心肺活動および代謝において必要であり、生命活動に必須のエネルギーです。このように、繁殖のためのエネルギー供給の優先順位が低いことから、妊娠中の繁殖牝馬にとって、長期間の授乳は胎子の健康な発育には望ましいとは言えません。また、子馬が母馬に依存している期間が長くなりすぎない方が、今後の馴致がやりやすくなるなどの利点があります。したがって、母子を健全に飼養管理するためには、適切な月齢に達したとき、離乳という儀式は不可欠となります。

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図1:エネルギー供給の優先順位

 動物においてエネルギー利用には優先順位があり、それは①維持→②成長→③産乳→④体脂肪→⑤繁殖(受胎や胎子の発育)の順である。すなわち、これから生まれる子孫よりも、すでに生まれた子孫にエネルギーが優先的にまわされることになる。

 

離乳によるストレスは子馬の健康な発育には有害

離乳により、子馬は母乳という摂取しやすい飼料を絶たれると同時に、少し大袈裟な表現ですが、母馬という精神的なよりどころを失うことになります。離乳によるストレスは、病気に対する抵抗力を弱める等のリスクの他に、食欲を減退させる場合があります。毎日あたりまえに摂取してきた母乳が無いことに加え、食欲減退も重なれば、体重の増加の停滞もしくは体重減少になることは避けられません。

時間が経過すると、子馬は母馬のいない状況を受け入れ、食欲を取り戻します。しかし、増体の停滞や体重減少の程度が大きい場合、代償(リバウンド)として急激に増体することがあります。このときの急激な増体は、発育期整形外科的疾患(DOD)を発症するリスクを高めるとされています。さらに、子馬が離乳時に感じたストレスが強すぎると、大きな“トラウマ”になり、従順さが失われ馴致しにくくなる場合があるともいわれています。これらのことから、離乳による子馬へのストレスは、極力少ないことが理想となります。

 

GPSを用いた放牧地での個体間距離測定

グローバル・ポジショニング・システム(GPS)は、最近は小型で精度の良いものが安価で手に入るようになり、民間の生産牧場でも、放牧地の運動量をGPSで把握されている方が結構いらっしゃるようです。離れたところにある2つのGPSの位置情報からGPS間の距離を測定することは可能であり、実際に世界中の多くの分野でこの測量方法は活用されています。

そこで、GPSを用いて、離乳前の親子間もしくは他個体間の放牧地における個体間距離を測定しました。放牧地において、母子間の個体間距離を5秒毎に測定し、日内で平均した結果を、成長に伴う変化として示しました(図2)。3週齢より以前の時期は、母子間の距離は約5mと、子馬はほとんど母馬から離れていないことが分かります。成長に伴い、母子間の平均個体間距離は大きくなっていき、18週齢(おおむね4月齢)以降、15mでおおむね変化がなくなります。

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図2:成長に伴う放牧地における親子の個体間距離の変化

 成長と共に母子間の距離は大きくなり、18週齢目以降、約15mでその変化が見られなくなる。

子馬の哺乳回数は、1週齢で1時間に4回、3週齢で3回、7週齢で2回と、成長に伴いその頻度は少なくなっていきます。その分、母馬から離れる時間も増えていきます。野生では、母馬が拒絶しない限り、10ヵ月齢以降も子馬が哺乳し続けていることが報告されており、18週齢を過ぎても子馬は母馬に依存し続けていると考えられます。しかし、母子間の個体間距離の成長に伴う変化から、出産直後が母子の関係の結びつきがピークにあり、経時的にその結びつきが弱くなっていく様子が観察されます。

母子間の距離が小さい時期よりも、距離に変化が見られなくなった18週齢以降に離乳したほうが、子馬の精神的なストレスはより少ないことが期待できます。実験を行った放牧地には8組の親子が放牧されていましたが、それぞれの子馬とその他の7頭の子馬との平均個体間距離をグラフで示しました(図3)。子馬は成長に伴い他の子馬と戯れる機会が増え、成長に伴い個体間距離は小さくなっていきます。約16週齢(おおむね3.5ヵ月齢)で、距離は約30mになり、それ以降は距離に変化がなくなります。この時期には、他個体との関係がある程度に築かれ、馬社会の一員になったいえのるかもしれません。放牧地の個体間距離からみた行動面からのみの示唆では、おおむね18週齢(4ヵ月齢)以降の離乳が、よりストレスを軽減させるのではないかと考えられます。

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図3:成長に伴う放牧地における子馬間の個体間距離の変化

 成長と共に子間の距離は小さくなり、16週齢目以降、約30mでその変化が見られなくなる。

 

 日高育成牧場生産育成研究室・主任研究役 松井朗

ビートパルプの使い方

ビートパルプとは
 ビートパルプは馬の飼料として近年広く認知されてきました。軽種馬飼養標準によると、ビートパルプの可消化エネルギー含量は2.85Mcal/kgであり、燕麦や配合飼料など一般的な濃厚飼料(約3Mcal/kg)とほぼ同等でありながら、繊維含量も高いため、濃厚飼料と粗飼料両方の特徴を兼ね揃えていると言えます。そのため、燕麦などの穀類の多給を避ける目的でオイルと並んで給餌されていますが、その利用法についてしばしば質問が寄せられますので、本稿ではビートパルプの特徴と利用法について改めて整理いたします。

ふやかす?ふやかさない?
 ビートパルプは吸水性が高く、水を吸うと3倍以上に膨れるため(図1)、そのまま与えると食道内で膨張し、喉詰まりを起こす危険があると言われています。そのため水でふやかして十分に膨らましてから与えることが一般的です。一方で吸水させなくても良いという意見あり、これについては海外でもしばしば話題になるようです。筆者はビートパルプを原料に含む配合飼料で喉詰まりを繰り返す当歳馬を経験しており、ふやかすことを推奨する立場です。とは言え全ての馬が発症したわけではないので、ビートパルプそのものが危険というよりは、唾液量や食べ方(咀嚼回数や速度)なども大きく関与していると思われます。

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図1 同量のビートパルプ(左は市販の乾燥状態、右は吸水3時間後の状態)

給餌量は?
ビートパルプの給餌量は必ず「乾物重量≒吸水前の重さ」で考えて下さい。しばしば、吸水後のカサをもって「うちはこんなに与えている」と考えている方がいますが、そのカサの半分以上は水ですので、当然栄養価はありません。
そして、「ビートパルプはどの程度与えるべきか」という疑問を持つ方も多いでしょう。牧場によって与えている量はさまざまですが、繁殖牝馬に1日2~3kg与えているところもあるようです。何kgがベストかということは各牧場の飼養状況によるので一概に言えませんが、例えば1日100~200g程度では「濃厚飼料を減らす」という本来の意味からすると大した効果はないと考えられます。

乾草採食量や食べ方への影響は?
 前述の通り、ビートパルプは吸水して膨れるため、大量に与えると乾草採食量が減るのではないかという疑問が生じます。そこで当場において、放牧をせず乾草を食べ放題にした繁殖牝馬で検証実験を行いました。「燕麦2kg×2回」「ビートパルプ2kg×2回」「燕麦もビートパルプもなし」の3群の採食量を比較したところ、どの馬もビートパルプ4kgを完食し、また乾草を含めた乾物採食量は3群とも同程度でした(図2)。つまり、カサの多いビートパルプでも乾草採食量に影響はないと言えます。一方、採食時間には大きな違いが認められました。燕麦は4kgの採食に63分かかったのに対して、ビートパルプ4kgでは115分を要しました。一般的に飼い葉はゆっくり食べることが好ましいため、急いで食べてしまう馬に対してビートパルプを給与することは疝痛や胃潰瘍の予防として有効かもしれません。この点については検証していませんので、さらなる調査が必要です。

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図2 飼料なし、燕麦4kg、ビートパルプ4kgを給餌した際の乾物採食量

日高育成牧場生産育成研究室 村瀬晴崇

離乳後の当歳馬のしつけ 「3つの方法」 

離乳直後の当歳馬は、「母馬」という絶大な安心感を喪失するため、少なからず精神的に不安定な状態に陥ります。このため、馬によっては離乳後に取扱いが困難になる場合もあり、これまで以上に人に対する信頼感や安心感を育む努力が必要になります。
一方、放牧地で十分な青草を食べながら、他の馬たちと一緒に自発的な運動をすることが、この時期の子馬の健康な成長にとって必要不可欠であるため、必然的に人間と接する時間は限られます。このため、短時間で効果的な躾を実施することが求められます。
そこで今回は、離乳後の当歳に対して日高育成牧場で実施している「集放牧の時間を利用したしつけ」について、3つの方法をご紹介します。これらを毎日継続して実施することで、人馬の信頼関係を築く一助になるはずです。

間隔を離した引き馬
集放牧時、群のままで前の馬との間隔をつめる引き馬では、馬は落ち着いて歩きます。しかし、場合によっては、引いている人ではなく、前の馬をリーダーとして認識しています。このため、前の馬との間隔を空けることで、引いている人がリーダーとなり、人馬の関係を構築することができます(写真1)。前に歩かない馬や、逆に前に行きたがる馬の場合、引いている人が馬のスピードをコントロールしましょう。また、通路にビニールシートや横木などの障害物を設置し、そこを通過させることも人間の指示に従って歩くことを覚える有効な方法です(写真2)。

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写真1:前後の馬との間隔を空ける引き馬

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写真2:ビニールシート馴致

駐立・常歩展示の練習
集放牧時に放牧地と厩舎の途中で駐立・常歩展示の練習をします。重要なことは必ず1頭で実施することです。落ち着くからといって他の馬を近くに残しておくことは「全く意味がありません」。馬が寂しがったとしても、人間がリーダーとなって安心感を与えましょう。駐立および引き馬、いずれの場合であっても重要なことは「人と馬の距離感」です。特にリード(引き綱)はゆったりと保持し、決して短く保持して無理矢理抑え付けることがないように気を付けましょう(写真3)。

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写真3:駐立では「人と馬の距離感」が重要。引き綱はゆったりと保持する。

後膝のレントゲンの馴致
市場レポジトリーでは購買者から後膝のレントゲンが求められるようになりました。また、上場しない場合であっても、この部位の撮影を実施する機会は少なくありません。一方、後膝や股間にレントゲンのカセットが触れて馬が蹴り上げて、撮影者や撮影補助者が大怪我をするケースも少なくありません。このため、まだ体が小さく、力が弱い当歳のこの時期に後膝のレントゲンの馴致を実施することをおすすめします。敏感な馬については、最初はタオルパッティングから実施し、徐々にカセットに慣れさせていきましょう(写真4)。

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写真4:当歳時から後膝のレントゲン撮影に慣れさせておく

当歳馬のしつけの基本的な考え方
以上のしつけの基本的な考え方は、「人間が馬に求めていることは、危険なものでも痛みを伴うものでもないと、馬に納得させること」です。
例えば、レントゲンのカセットが股間に触れたところで、痛みを感じる馬はいません。これまで触られたことが無い部位であり、本能的に「何か痛い目に遭うのではないか」と、恐怖を感じているだけです。他の馬と離れて不安を感じるのは、自分だけ群と離れて、守ってくれる馬がおらず、痛い目に遭わされるのではないかと、恐怖を感じているだけです。このため、人間が馬に対して「カセットが股間に触れても痛くないこと」「1頭だけで残されても人間が安心感を与えてくれること」を納得させることが、人馬の信頼関係の構築に繋がります。紀元前の哲学者クセノフォンは、「馬を群衆に慣れさせるためには、群衆のいるところに連れていき、騒音や目に見えるものすべてが怖いものではないと教えることだ」と言っています。2000年以上、連綿と世界中のホースマンに受け継がれてきた馬のしつけの基本方針ですね。

日高育成牧場業務課長 冨成雅尚

上気道疾患その2:検査法について

 前回は、競走馬のパフォーマンスに大きな影響をおよぼす上気道疾患である喉頭片麻痺やDDSPなどを紹介しました。今回は、安静時に行われる通常の内視鏡検査以外の上気道疾患検査法について簡単に紹介します。

トレッドミル内視鏡検査
 安静時内視鏡検査では、運動時におこる障害の全てを正確に診断することは出来ません。そこで、運動時の上気道の状態を調べるためにトレッドミルを用いた運動時の内視鏡検査が行われるようになりました。このトレッドミル内視鏡検査は、走行速度や距離などの検査条件を統一して行うことができるのが利点ですが、騎乗者の負担や手綱による操作などがないため、野外における全力疾走中におこる障害が反映されていないことがあります。また、トレッドミルに対する馴致が必要でもあり、トレッドミル内視鏡検査の実施にあたっては細心の注意を払う必要があります。

野外運動時内視鏡検査(オーバーグラウンド内視鏡検査)
 オーバーグラウンド内視鏡検査は、近年用いられるようになってきた検査方法です。内視鏡のバッテリーやポンプ部分などを専用の鞍下ゼッケンに収納し、スコープ部分を頭絡に固定するポータブルタイプの内視鏡を使用します(写真1)。内視鏡の映像だけではなく、マイクを頭絡に装着することで呼吸音も同時に録音できることが特徴です。異常が発生する時の状況を再現して検査を行うことが出来るため(写真2)、安静時では喉頭片麻痺の異常所見が認められなかった競走馬も、オーバーグラウンド内視鏡検査を実施することで、披裂軟骨の内転や不完全外転などの所見を認めることがあります。さらにDDSPや声帯虚脱、咽頭虚脱などの所見が複合的に起こってくることも分かってきました。
 このように、オーバーグラウンド内視鏡検査は野外運動時の上気道の病態把握に非常に有用であり、検査は思ったよりも簡単に行うことができますが、検査実施にあたっては、人馬の安全のために細心の注意が必要なことは言うまでもありません。

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写真1 オーバーグラウンド内視鏡(DRS:Optomed社製運動時内視鏡)

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写真2 オーバーグラウンド内視鏡を装着して運動する馬

咽喉頭部超音波検査
 近年、喉頭片麻痺には喉頭筋の外側輪状披裂筋(CAL)と背側輪状披裂筋(CAD)の変性が起こることが明らかとなり、超音波検査を用いた喉頭筋の評価が喉頭片麻痺の診断指標となることが報告されました。特に安静時で喉頭片麻痺グレードⅢ以上の競走馬の90%では外側輪状披裂筋(CAL)に筋肉の変性・萎縮などの異常が認められたとのデータもあります。筋肉の変性や萎縮が起こっている場合、写真3で示す上記2つの筋肉の厚さや輝度が変化してきます。

おわりに
 オーバーグラウンド内視鏡検査の普及で、競走馬の上気道疾患について様々な所見が分かってきました。運動時内視鏡検査を行わなければ診断できない上気道異常は前回ご紹介した疾患以外にも多く存在しています。咽喉頭部の超音波検査よって診断された外側輪状披裂筋(CAL)の異常所見と運動時の喉頭片麻痺の程度には関連性があることがわかってきましたが、このことは超音波検査によって運動時の披裂軟骨の動きがある程度推測できることを示唆しています。現在、JRAでも競走馬や育成馬における運動時の喉頭機能と喉頭筋の超音波検査所見の関連性についての研究を行っているところです。

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写真3 咽喉頭部のエコー画像
(背側輪状披裂筋:CAL)
(外側輪状披裂筋:CAD)

日高育成牧場業務課 水上寛健

上気道疾患その1

はじめに
 ご存知の方も多いと思いますが、ウマは口で呼吸することが出来ません。それはヒトと咽喉頭部の構造が異なっているからです。ヒトでは軟口蓋が短く喉頭蓋と接していないため、口腔と鼻腔のどちらからでも空気を取り込める形になっています。一方、ウマは軟口蓋の後縁が喉頭蓋に接しているため、物を飲み込むとき以外は常に鼻腔と口腔が隔てられています(図1)。そのため、通常は鼻からしか呼吸が出来ないことになります。

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図1 咽喉頭部の解剖図


ヒトでは、安静時の1分間の呼吸数は12~18回、1回あたりの換気量(1回換気量)は0.45~0.5リットルです。ウマでは安静時の呼吸数はヒトとほぼ同じかやや少ない10~12回程度で、1回換気量は5~6リットルです。そのため、安静時でも1分間に50~60リットルの空気が肺に出入りしています。さらに全力疾走時には呼吸数はストライドと同じ1分間に120~150回になり、1回換気量も12~15リットルとなるため、1分間あたりでは、1,500~2,000リットルもの空気が肺に出入りしていることになります。
 ヒトでもウマでも筋肉を動かすときには、エネルギーを必要とします。そのエネルギーを作り出すときには呼吸によって取り込まれた酸素を使うため、競走馬が全力疾走するときには非常に多くの酸素を取り込む必要があります。上気道に様々な疾患があった場合、十分な換気が行えず競走のパフォーマンスに悪影響を与えます。今回はその上気道の疾患についてご紹介します。

喉頭片麻痺(喘鳴症、のど鳴り)
反回神経の異常が原因で、披裂軟骨の外転に必要な背側輪状披裂筋(CAD)と内転に必要な外側輪状披裂筋(CAL)に萎縮・変性が起こることで発症します(図2)。運動時に喘鳴音(ヒューヒューという高い音)が聞こえ、パフォーマンスが非常に低下するのが特徴です。さらに病状は進行性で、披裂軟骨の外転不全による部分的な上気道の閉塞が起こり、吸気性の呼吸困難に陥ることがあります。確定診断は安静時での内視鏡検査で行います。さらに最近では運動時内視鏡検査を実施し、より詳細な検査が行われています。治療として、喉頭形成術(Tie-back)と呼ばれる披裂軟骨を外転させ固定する外科手術を行います。さらに声帯切除術も合わせて実施することもあります。

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図2 喉頭片麻痺

DDSP(軟口蓋背方変位)
軟口蓋が喉頭蓋の背方(上方)へ変位する疾病です(図3)。変位によって、一時的な閉塞が起こったり咽喉頭部での乱気流が作り出されたりするため、パフォーマンスが大きく低下します。調教時に「ゴロゴロ」という呼吸音が聞こえるのが特徴です。安静時の内視鏡検査では、喉頭蓋が薄い以外ではほとんど異常所見がみられないことが多いようです。多くは運動時に症状が出るため、運動時内視鏡検査によって診断を行います。また、舌縛りや8の字鼻革の使用により、症状が解消することがあります。さらに喉頭蓋が非常に薄い場合もDDSPを発症しやすくなりますが、年齢とともに喉頭蓋が成長して症状を見せなくなります。治療は軟口蓋をレーザーで焼絡する方法や、Tie-forwardと呼ばれる甲状軟骨を底舌骨へ縫合する方法があります。

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図3 DDSP(軟口蓋背方変位)

EE(喉頭蓋エントラップメント) 
 披裂喉頭蓋ヒダが喉頭蓋の背側(上方)を包み込む疾患です(図4)。この疾患は、軽症例ではほとんど問題を生じません。原因は先天的な喉頭蓋の形成不全と考えられています。治療は内視鏡下で先端の曲がったメスやレーザーを使用した切開術を実施します。

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図4 EE(喉頭蓋エントラップメント)

おわりに
 競走馬にとって喉頭片麻痺をはじめとした呼吸器の疾患は、最高のパフォーマンスを出すのに非常に密接に関わってきます。次回はこれら上部気道疾患に対する最近の検査方法についてご紹介します。

日高育成牧場業務課 水上寛健

前肢における著しいコンフォメーション異常が市場および競走成績等に及ぼす影響

はじめに
コンフォメーションとは、馬の外貌から判断できる骨格構造、パーツの形状や大きさ、バランス、角度等のことをいいます。コンフォメーションに異常のない馬はスムーズに走行できると考えられます。一方、オフセットニーやクラブフットなどのコンフォメーション異常(Abnormal Conformation:以下AC)は競走成績に悪影響を及ぼすと考えられており、市場では敬遠される場合があります。しかし、わが国のサラブレッドにおけるACに関する報告はなく、市場成績や競走成績に及ぼすACの影響は明らかにされていません。
今回は、サラブレッド1歳市場における馬体検査で著しいACを認めた馬について、市場成績や競走成績、競走期の運動器疾患発症率に関する調査を実施しましたのでご紹介させていただきます。


調査方法
調査対象馬は2009~2013年に開催されたサラブレッド1歳市場(セレクトセール・セレクションセール・サマーセール)の上場馬6,768頭としました。2名以上のJRA獣医師およびJRA装蹄師が馬の外貌や歩様を確認して、一般的な購買者が忌避するような、程度の著しいACを認めた馬(AC群)のみを抽出し、それ以外を対照群としました。ACの抽出項目は全て前肢におけるもので、オフセットニー、凹膝、起繋、X脚、外向、クラブフットの6項目(図1)としました。各群における市場成績(売却率および中間価格)と競走成績(3歳末までの出走率および初出走までに要した日数)を調査しました。また、最初の競走馬登録が中央競馬であった4,574頭を対象として、ACを認めた肢の競走期における浅屈腱炎、繋靭帯炎、前肢骨折、腕節構成骨々折の発症率を調査しました。

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(図1)

結果
調査の結果、200頭がAC群として抽出されました。その内訳は、オフセットニー102頭(1.49%)、凹膝40頭(0.58%)、起繋16頭(0.23%)、X脚16頭(0.23%)、外向15頭(0.22%)、クラブフット11頭(0.16%)でした。市場成績に関して、サマーセールでは対照群と比較してAC群の売却率が有意に低く(グラフ1)、項目別ではオフセットニーの売却率が有意に低くなりました(グラフ2)。競走成績に関して、対照群と比較してAC群の出走率、初出走までに要した日数(グラフ3)および運動器疾患発症率(グラフ4)には有意差を認めませんでした。項目別では、クラブフットの出走率が対照群と比較して有意に低かったものの、初出走までに要した日数および運動器疾患発症率について有意な差はありませんでした。その他のAC項目については、出走率、初出走までに要した日数および運動器疾患発症率について有意な差はありませんでした。

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(グラフ1)

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(グラフ2)

4_8(グラフ3)

5_2(グラフ4)

最後に
本調査では、ACの影響をより明確にするために著しい異常のみを抽出したため、軽度の異常まで抽出した過去の報告(オフセットニー:12.9%、凹膝:4.2%、〔Love 2006〕)と比較してACの出現率が低かったものと思われます。市場成績調査の結果から、ACは馬の市場評価に負の影響を及ぼすことが示されました。しかし競走成績調査の結果をみると、対照群と比較して有意な差を認めた項目はクラブフットの出走率のみであり、他にはACの影響は認められませんでした。
これらのことから、ACが競走期の下肢部に及ぼす影響は、我々関係者が認識しているほど重大ではなく限定的であると考えられました。ただし、本調査においては抽出頭数が少なく統計学的結論が得られなかった項目も複数認められており、更なるデータ蓄積が必要であると考えられました。

馬事公苑・専門役 宮田健二(前・日高育成牧場業務課)

陰睾について

陰睾とは
 睾丸(精巣)は胎子期にはおなかの中に位置し、生後数日のうちに陰嚢内に下降します(精巣下降)。この精巣下降がうまくいかず、精巣がおなかの中に留まったものを陰睾(正式には潜在精巣)と言います。おなかの中に留まった精巣(潜在精巣)は造精能がなく、また男性ホルモン(テストステロン)の分泌能も低くなります。

誤った去勢
 去勢とは、両方の睾丸を摘出することを指します。陰睾馬を去勢する際には潜在精巣も摘出しなければいけません。実際、片側の精巣のみが下降している片側性陰睾で、下降している精巣のみを摘出し、潜在精巣を残してしまうと、雄性行動が残ってしまうため去勢の意味がありません。ところが、しばしば片側性陰睾において潜在精巣を摘出せず、下降している一方のみを摘出して「セン馬」としてしまうことがあります(図1)。特に乗用馬では獣医師でない者が去勢することもあるようで、しばしば「セン馬のはずなのにメスに反応する」という相談を受けます。

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図1 片側性陰睾で片方のみ摘出した馬。同馬は潜在精巣があるためオスだが、外見上セン馬と区別がつかない。

セン馬?オス馬?
 セン馬は日本ダービーをはじめとする一部のレースに出走できませんし、性別は勝馬投票券の検討要因としてお客様に開示していますので、牡馬とセン馬とを明確に区別する必要があります。乗馬においては、競技上の大きな問題はないかもしれませんが、競馬よりも初級者が取り扱う場面が多く、牝馬と混合飼養している厩舎で事故を招くリスクにもなります。
陰睾のほとんどが片側性であり(いわゆる片金)、この場合にはもう一方の精巣が陰嚢内に存在しますので鑑別は容易です。しかし両側性の場合には外見上オスかセン馬か判断ができずに問題となります。日本では競走馬の去勢はそれほど多くありませんが、ウマにおける陰睾の発生率は5~8%と他の動物より高いこと、若馬は興奮時睾丸が挙上しやすいことなどから、陰睾馬とセン馬の鑑別に悩むシーンは決して珍しくありません。
 
従来の鑑別法
 では、外見上判断が難しい陰睾馬とセン馬はどのように鑑別するのでしょうか?従来の検査法を表1にまとめました。手術痕の確認、健康手帳の去勢手術証明は簡便ではありますが、手術痕は次第に小さくなりますし、獣医師でない方が手術する場合には証明を記載しないこともあるようで、確実とはいえません。
エコー検査で潜在精巣を確認することができますが、これも経験のある獣医師でなければ「ない」ことを証明するのは難しいものです。テストステロン検査においては、テストステロンが精巣以外の副腎からも分泌されていること、ウマは季節性があり冬季には牡馬であっても著しく低下することなどから確実ではありません。そこで、hCG負荷試験が推奨されています。hCGは牝馬に排卵を誘発する薬剤ですが、オスに投与すると男性ホルモン産生を促します。つまり、hCGを投与して男性ホルモンが上昇すれば精巣があるオス(陰睾)、上昇しなければセン馬ということです。ただし、これも性成熟していない1歳未満や冬季はオスであっても反応性が低く、判断できないこともあります。また、本検査法は二日にわたる複数回の採血が必要であること、競走馬において人為的にテストステロン産生を促すことはドーピング上好ましくなく、手軽に実施しづらいというデメリットがあります。

新たな診断方法
 上述のように、意外と厄介な鑑別検査ですが、当研究室で測定しているAMHというホルモンを測定することで簡単に鑑別できることが分かりました。AMHは精巣から分泌されるホルモンで、陰睾馬はオスと同程度の血中濃度を示す一方、セン馬はゼロとなります(図2)。AMHがテストステロンと違う点は、精巣のみから分泌されることに加えて季節性がなく、幼少期も十分に分泌されているという点です。AMHをこのような目的で利用することは人間界ではなく、ウマ特有の利用法と言えるでしょう。

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表1 オス馬・陰睾馬・セン馬の鑑別検査法

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図2 牡馬と陰睾馬でAMHが検出されるのに対し、セン馬では検出されない

日高育成牧場・生産育成研究室 村瀬晴崇