2018年12月 8日 (土)

早期胚死滅とは?その原因と管理上の注意点

No.14 (2010年8月1日号)

早期胚死滅とは
 馬の生産をしている方々は、妊娠再鑑定の時に、胎子が消えてしまったという出来事に遭遇したことがあるかと思います。消えるという表現は、胚(胎子)が子宮内で死滅して吸収されることを示しており、これを専門用語として「早期胚死滅」(以下胚死滅)といいます。胚とは、馬では妊娠40日前までの着床前の胎子をさす用語として使われています。
 競走馬の生産では、限られた期間に効率よく交配・受胎させることが望まれます。交配から15日ほどで丸い胚が超音波診断装置の画面に映れば妊娠、映らなければ不受胎となるわけですが、一度妊娠しても、その後の再鑑定によって胚死滅がしばしば起こり、軽種馬生産上の問題となっています。

なぜ胚死滅が起こりやすいか?
 馬は受精後最短で12日に初回妊娠鑑定が可能な動物であり、馬よりも妊娠期間が短い牛においては、受精後30日を過ぎてようやく妊娠鑑定が可能となります。馬の生産現場で行われている妊娠鑑定は、双子の妊娠に対処するための早期診断としての意義が大きく、初回の鑑定だけでは妊娠が成立したとは言えません。
 妊娠成立に必要な現象である「着床」という現象は、馬では受精後40日と遅いため、着床前の時期における胚の状態が不安定です。子宮を生理食塩水で洗浄すると、カプセルという硬い蛋白成分で囲まれた丸い透明な胚嚢が簡単に回収できます(写真1)。これに対して牛などの反芻類では、受精後17日頃にはすでに着床を開始し、胎盤が形成されることから、より安定な状態となります。馬で胚死滅が多いのは、初回妊娠鑑定の時期が早いにもかかわらず、まだ着床していないことが根本的な原因となります。

Fig1

写真1)馬の子宮から回収された受精後13日の胚。透明な硬いカプセルによって囲まれており、子宮内を右へ左へと移動しやすい形状をしている

胚死滅は不受胎よりも厄介なことがある
 交配後15日で妊娠鑑定を正確に実施できることは、限られた繁殖季節内に効率的に交配が繰り返しできることに結びつく馬繁殖管理の利点となっています。したがって不受胎であった場合は、発情の検査に切り替えて、適切な時期に再交配をするように努力します。
 一方、一度受胎してその後胚死滅になった場合、繁殖牝馬は偽妊娠という状態が継続し、発情がその後6週間近く回帰しないことが報告されています。妊娠再鑑定を実施せずにいると、胚死滅に気がつくことができず、ひとシーズンを棒に振ってしまうこととなります。優れた飼養管理をしていても、胚死滅の発生はゼロにはならない事象であることから、超音波エコーを用いて最低3回の妊娠鑑定を行い、胚・胎子の状態を診断し、胚死滅が発見された際に速やかに対応することが重要と考えられます。

日高地方における胚死滅・流産の発生率
 健康で丈夫な子馬を安定して生産することは、生産牧場にとって最大の願いですが、たとえ無事に受胎したとしても、子馬が健康に出生するまでに様々な問題が起こります。胚死滅に陥ることもあり、また何らかの理由により流産・死産となることもあります。このたび、生産地の関係団体(日高軽種馬農協、日高家畜保健衛生所、NOSAI日高)およびJRAが協力して行った、日高地方における繁殖牝馬の早期胚死滅や流産に関する調査研究の成果が、平成22年7月15日に静内で行われた「生産地における軽種馬の疾病に関するシンポジウム」で発表されました。約1500頭を調べた結果によれば、交配後5週以内で胚死滅と診断された馬は5.8%、さらに5週の妊娠鑑定で妊娠と診断された馬が分娩に至らなかった率(胎子喪失率)は8.7%であり、これらを算出すると初回妊娠鑑定で妊娠と診断された1000頭の繁殖馬のうち、147頭は分娩に至らないという驚くべき数字が明らかとなりました。軽種馬を生産する上で、妊娠期の損耗がいかに高率で起こるかが明確となりました。

Fig2

胚死滅をどのように予防したらよいか?
 上述の研究では、胚死滅の原因として1)高齢、2)妊娠初回鑑定から再鑑定までのボディコンディションスコアの低下、3)分娩後初回発情での交配、の3つの点が胚死滅率を上昇させる原因であることを明らかにしました。年齢の要因はやむを得ないものとして、養分要求量に見合った適切な飼い葉を与えるとともに、分娩後初回発情での交配をできるだけ見送ることが推奨されます。また、予防だけではなく、胚死滅を早く見つけて対処するために、超音波エコーを用いた交配後5週での妊娠鑑定を行うことが有効となります。

(日高育成牧場 生産育成研究室長 南保 泰雄)

2018年12月 7日 (金)

繁殖牝馬と子馬の蹄管理

No.13 (2010年7月15日号)

蹄なければ馬なし
 蹄は馬体を支える土台であり、蹄の良し悪しは競走能力にまで影響を及ぼします。放牧管理が主となる若馬の蹄が健全であれば、放牧地での運動量が豊富になり、基礎体力が向上します。また、繁殖牝馬の蹄に問題があると、運動不足による難産や分娩後の子馬の運動量低下の原因にもなります。そこで今回は、繁殖牝馬と子馬の蹄管理の基本について紹介いたします。

蹄の構造としくみ
 適切な蹄管理を施すために、蹄の構造としくみについて知っておく必要があります。なぜなら、蹄病は、蹄表面に発症する場合もありますが、歩様違和や跛行の多くは、蹄内部の異常に起因しているからです。蹄は、前方より蹄尖部(ていせんぶ)、蹄側部(ていそくぶ)、蹄踵部(ていしょうぶ)に分けられ、蹄尖部と蹄側部は蹄壁(ていへき)が厚く、内部も蹄骨が葉状層によって強固に蹄壁と結合しているため、比較的硬い構造をしています。一方、蹄踵部は蹄壁が薄く、内部は蹄軟骨や蹠枕(せきちん)などの軟らかい組織からなります(図1)。歩行、運動時には、これらの軟らかい組織が緩衝装置として重要な働きをするとともに、その収縮により、蹄内の血液循環を促進するポンプのような役割りも果たしています。蹄が「第2の心臓」と言われる由縁でもあります。

Fig1 図1)蹄の構造と各部位の名称

繁殖牝馬の蹄管理
 競走馬や育成馬のような激しい運動をしないからといって、繁殖牝馬の蹄管理を軽視することは、先に述べた理由のみならず、蹄病の進行によって生命の危機に陥ることもあるので危険です。分娩前には体重が通常時より80~100kg重くなることを繰り返しているうちに、繁殖牝馬の蹄は凹湾(しゃくれ状態)しやすくなり、二枚蹄や裂蹄(れってい)、蟻洞(ぎどう:蹄壁の深い部分が空洞化する状態で、蟻の巣に例えられる)へと進行します。これらを予防するためには、凹湾による蹄尖部の延長を防ぎ、歩行時の蹄の反回をよくする(蹄の先端部分へのストレスを軽減する)必要があり、こまめな端蹄廻し(はづめまわし:ヤスリで先端部分を修正する)が効果的です。これは、生産牧場の方でも少し習得すれば実践可能な技術ですので、是非挑戦してみてください。
 先に述べた「第2の心臓」が、歩行困難や負重困難などの理由により十分機能しなくなると、蹄への血液循環が悪化し、蹄壁と蹄骨が分離する蹄葉炎に至ることがあります。これは、穀類などの炭水化物を多く含む飼料を過剰に摂取することが引金になることもあります。蹄葉炎は、安楽死の原因ともなる重要な疾病であり、繁殖牝馬の発症例も少なくありません。蹄葉炎から競走馬生産の根源である繁殖牝馬を守るためにも、日常の蹄の裏掘りや馬房内の清潔さを保持することなど、適切なケアに心がける必要があります。

子馬の蹄管理
 子馬の蹄は、蹄質が軟らかく、肢勢や歩様などによる影響を受けやすくなっています。また、肢勢も急速な成長に伴い、大きく変化します。このため、日頃から蹄を注意深く観察し、不正摩滅や蹄形異常の早期発見に努める必要があります。子馬の最初の削蹄は、生後2~3週あたりに姿勢チェックを兼ねてバランスを整える程度とします。削蹄などの蹄管理は、馬が生きていく限り継続されるものであるため、子馬に恐怖心を与えないよう、かつ人馬の安全確保のためにおとなしく駐立できるよう慎重に行ないます。たとえば、前肢を処置する際には子馬の尻部を馬房のコーナーに向ける、逆に後肢を処置する際には子馬の頭部をコーナーに向けるようにすると、馴致効果も得られます。
 子馬の蹄に過度の摩滅を認めた場合には、軟らかい蹄角質への負担を軽減することを目的とした装削蹄療法が施される場合もあります。

子馬の趾軸矯正
 子馬には先天性、後天性を含め、さまざまな趾軸異常が認められます。これらは、成長とともに改善するものもありますが、放置すると進行し、市場価値を低め運動機能の低下や運動器疾患の発症要因となる症例もあります。子馬の肢勢や趾軸の特徴とその変化をよく観察し、異常があれば手遅れになる前に、装蹄師や獣医師に相談することが重要です。適切な器具を利用した装蹄療法、薬物投与や外科的な治療などさまざまな療法がありますが、最大限の効果を得るためには治療を始めるタイミングが決め手となるので、早めに相談しましょう。

(日高育成牧場 専門役 粠田 洋平)

Fig2 図2)適切な装蹄療法によって改善が認められた子馬のX(エックス)脚

2018年12月 6日 (木)

胎子の発育と発達

No.12 (2010年7月1日号)

初回妊娠鑑定のあと・・・
 獣医師から「とまってますね。」の言葉を聞けたときの喜びはひとしおです。しかし、その後の妊娠馬の検査は獣医師によって様々で、検診の時期や回数といった要素まで加えると、繁殖牝馬と腹の中の胎子の検査体制は千差万別です。そのうえ、全ての胎子の発育や発達が当たり前の順序で進んでいくとは限りません。双胎、奇形、臍帯や胎盤の異常、感染症など様々な要因で流産してしまったり、生まれても競走馬になれなかったり悔しい思いをすることもあります。今回は、そのような事態を予防したり早期に診断するために知っておきたい、胎子の発育過程について紹介します。

胎子への発達過程
 図1のとおり、受精卵から胎子へと短期間に大きく変化しながら発達していきます。この発達過程では、子宮内環境やホルモンの影響を受けやすく、早期の胚死滅はこの時期に発生します。また、遺伝的な奇形はこの時期から認められることがあります。

双胎(双子)の予防
 ほとんどの場合、馬の双子は二卵性です。これは卵巣で二つの卵胞がほぼ同時期に排卵した際に種付けをすると起こります。排卵後12日くらいから超音波画像診断(エコー)で観察できる胎胞と呼ばれる卵が2つあることで診断します(図2)。この後2つの卵は別々に子宮の中を移動しながら成長し、排卵後16日に子宮内で育つ場所を見つけて動かなくなります。このまま成長してしまうと、流産や何かと不利な双子が生まれてしまうことになります。
 これを予防するために、排卵後14日前後にエコー検査で双胎が見つかったら「減胎処置」を行います。この処置は、片方の胎胞を子宮の端に誘導して、圧力をかけて破砕します。「減胎処置をすると流産しやすい」なんて話を聞いたことがあるかもしれませんが、適切な時期に減退処置を行い、子宮の炎症を防ぐフルニキシンメグルミンを投与すれば、その確率は低くなります。

奇形の診断
 奇形の原因には、遺伝的因子の他、子宮の狭さや子宮内での胎勢といった環境因子があります。後者については妊娠期間に繁殖牝馬を太らせすぎないとか、適度な運動を課すといった予防方法が知られているものの、肝心な奇形の有無は出産してから分かるのが現状です。それでは、定期的なエコー検査で早期診断ができるかというと、今までのエコーでは非常に難しいものでした。
 JRAでは、ヒト医療で実用化されている3Dエコーを導入し、妊娠6カ月までの胎子を観察することに成功しています(図3:成績の一部は、今夏にケンタッキー州で開催される国際馬繁殖学学会で報告予定)。3Dエコーのメリットは、これまでのエコーで困難とされていた胎子表面の細部にわたる観察が、理解しやすい画像で簡単にできることであり、周辺牧場や近隣獣医師にご協力いただき、精力的に研究をすすめているところです。今後3Dエコーの普及が進むと、奇形胎子の早期発見が容易になってくると考えられます。

早期胚死滅の予防と予測
 排卵から50日前後までに胎子が消えてしまう早期胚死滅に関する研究から、繁殖牝馬のボディ・コンディション・スコアを適切に保ち、子宮の回復を待つために初回発情での種付けを見送る、などは、ある程度の予防効果があると考えられています。早期診断には、客観的かつ正確に子宮内部の観察ができるエコー検査が役立ちます。例えば、排卵後21日の胎胞の直径が平均より小さいとか、カラードプラー機能で確認できる胎子心拍数の急激な増加といったエコー検査で得られる様々な情報から、胚の死滅や胎子の死を予知するという研究も進みつつあります。

臍帯の異常
 臍帯にも様々な異常が観察されます。主として胎子が位置方向を変えることができる妊娠中期に起こり、臍帯捻転による胎子の酸欠や、臍帯が四肢に絡んで関節など骨格・肢勢異常の原因となることもあるようです。こういった臍帯や四肢に起こる変化も、研究段階ではありますが、前述した3Dエコーによって早期に発見できるようになると考えられます。

胎盤炎の早期診断
 妊娠後期に発生する流死産の原因の3割強を占めるとされるのが、胎盤炎です。主な原因は、細菌や真菌の感染であり、その結果、胎子と母馬の間の酸素や栄養の受け渡しを行う胎盤が機能しなくなります。外見的な診断では乳房の早期の腫れや漏乳があり、血液検査ではホルモンの異常な増減がみられます。エコー検査では、このような状態の胎盤の厚さは正常時の1.5倍になっていることが確認されているようです。こういった診断を組み合わせることで、迅速な治療を施せるようになってきています。

強い生産者・強い馬づくり
 妊娠中の繁殖牝馬へのエコー検査は不可欠な診断法として、世界でもその重要性が認識され、研究が続けられています。これからも、生産者と獣医師が一丸となって双胎や早期胚死滅を防ぎ、「強い馬づくり」、「安定した生産」のための研究が必要であると考えています。

(日高育成牧場 生産育成研究室 琴寄 泰光)

Fig1

Fig2

Fig3

2018年11月20日 (火)

セリ馴致と上場馬の魅せ方

No.11 (2010年6月15日号)

 7月にはいると、八戸市場(7/6)、セレクトセール(7/12・13)、セレクションセール(7/20・21)などの1歳および当歳市場が始まります。すでに上場馬も決定し、生産牧場やコンサイナーにとってセリ上場に向けての準備が忙しい季節がやってきました。今回は、「JRA育成牧場管理指針」の中から、バイヤーの目を引きつける馬のセリ展示方法について紹介いたします。

セリ展示方法

 まず、JRA購買関係者が、セリに上場された馬に対する上場者の飼養管理や手入れについて注目している点を述べます。

 一般に、セリにおいて高額で売却される馬は、血統、肢勢や馬格などの先天的要素に加え、適切な運動や飼料給与による飼養管理によって見栄えのいい馬体につくられています。その中でも、よく躾ができており、人の指示に対して従順に駐立や常歩などを実施することができる馬は、その後の調教がスムーズに移行できることから、安心して購買することができます。上場馬のプレゼンテーションとして、きれいに手入れされた展示用の頭絡を装着し、ブラッシングによって被毛がピカピカに磨かれている馬には思わず目がとまります。また、長さを揃えられたてがみをブラシできれいに右に寝かせ、顔のひげ、耳毛や球節部の距毛までもカットされる等の細やかな手入れが行われている馬は、よく手がかけられている印象を購買者に与えます。このように手入れやトリミングによって馬の身だしなみを整えることは、購買者にサラブレッドとしての気品溢れる美しさや肢先の軽い印象を与える効果があります。

 一方、見かけの良さに加えて、常歩において快活で力強い動作を自然にみせる馬には、競走馬としての将来的素質を感じることができます。セリ会場において、購買者から注目される馬は、何回も馬房から引き出され検査を求められます。しかし、馬はどんなに疲れていても元気よく歩かなくてはならず、また、歩くときはいつでも、人の指示に従っていなくてはなりません。このときの常歩の印象が購買者に与える影響は大きいものです。したがって、いつでも力強い大きな常歩ができるよう、引き馬によって馬を躾ける準備期間が必要です。こうした準備には、およそ2-3ヶ月を要するものと考えられます。

チフニービットと引き馬

 JRAが購買後の1歳馬に引き馬を教える際、馬が暴れたときに制御することができるチフニービット(ハートはみ:写真1)を装着して実施します。このハミはハートの形をした金属でできており、上の部分を口の中にいれ、ハートの下部は下あごの周囲に位置し、この下あごの真下の金属部分に1本の引き手が連結しています。馬が暴れた際に、地上にいる御者からハミに強く作用することができることから、引き馬での制御に効果的です。このハミは欧州で使用されることが多いのですが、近年、わが国の競馬場のパドックでも競走用ハミ頭絡の上から装着しているのをよく見かけます。しかし、残念ながらハミの特性が理解されていないのか、下あご部分に引き手を装着せず、頬革に連結するハミの横部分に2本の引き手を装着する馬が多いようです(写真2)。チフニービットを使用してパドックで馬を引く際には、1本の引き手を使用した方が、2本の引き手よりも効果的に馬を制御できるものと考えられます。

 セリ馴致で引き馬を実施する際には、人のポジションが重要になります(写真3)。つまり、牛のように馬を『引っ張るのではなく』、馬の肩の横に位置して『馬と一緒に歩く』ことが重要です。横から見て馬の頭よりも後方に人が位置し、そこから馬に対して『前に歩く指示』を出すことで、馬自らが前に向かって『意欲的に歩く』ことを覚えさせます。また、人が馬の頭の位置よりも前や横にいると、引き手を噛んだり人の腕を噛んだりして遊ぶことを覚えることもあるので注意が必要です。この人馬の位置関係は、騎乗馴致を行う際のダブルレーンを用いたドライビング(写真4)とも似ています。ドライビングでは、馬の後方にいる御者が馬に対して前に出る指示を出し、その前進気勢をハミで受けて制御します。つまり、これは人が馬に騎乗した際の位置関係と同様であり、引き馬で正しく歩かせることができることは、今後、騎乗する際に従順な馬を躾けることにもつながってくるのです。

 なお、馬に体力をつけ速く歩くことを教える上で、引き馬と併用してウォーキングマシンの使用は有効です。ウォーキングマシンの活用によって馬自らが物理的に速く歩くことを覚えさせることができます。JRA育成馬におけるウォーキングマシンのスピードは、最初は5~5.5km/hとし、徐々に6.5km/hくらいまで上げて実施しています。しかし、ウォーキングマシンのみでは人馬の約束事を構築することができませんので、セリ馴致に引き馬は欠かすことができないことを忘れてはなりません。

 今回記載したセリの準備のために必要なトリミング、引き馬および展示方法については、2009年12月に発刊した「JRA育成牧場管理指針」-日常管理と馴致(第3版)-に記載されています。この冊子を必要とされる方はJRA馬事部生産育成対策室までお問い合わせください。

(日高育成牧場 業務課 遠藤 祥郎)

Fig1 写真1) チフニービット(ストレートバー)
引き手は下部のリングに1本装着して使用します。横のリングに引き手をそれぞれ2本装着すると効果は半減します

Fig2_3写真2) 競馬場で2本の引き手をチフニービットの両横から装着し張り馬にしている誤った使用方法

Fig3写真3) 馬の肩の位置に人がポジションした引き馬 

Fig4 写真4) ドライビングはこのように2本のダブルレーンを用いて馬の後方から操作します

2018年11月19日 (月)

育児放棄 ~ ホルモン剤投与によって空胎馬は乳母となれるか? ~

No.10 (2010年6月1日号)

育児放棄について
 ♪お馬の親子は・・・♪というように、生後数週間は母馬と子馬は常に寄り添っています。しかし、なかには育児放棄に陥る母馬もいるのが現実です。育児放棄は初産に認められることがほとんどで、1)「子馬を怖がる」 2)「子馬自体は容認するが授乳を嫌う」 3)「授乳時のみならず常に子馬を容認しない」、 以上の3つのタイプに分類されており、その発生率は1%未満といわれています。アラブ種は他種よりも発生率が高く、また、人工授精での発生率が高くなるともいわれています。


育児放棄時の対応
 育児放棄が起きた場合には、唯一の栄養源である母乳に代わるもの、すなわち「乳母」を導入するか、「人工哺乳」を行うかのどちらかを選択しなければなりません。また、子馬が母馬からの攻撃によって大事に至る危険性があるために、虐待の程度が激しい場合には、早急に母子を分ける必要があります。
 乳母を導入する場合には、高額な費用が必要となり、また、乳母と子馬との相性も問題となります。一方、人工哺乳を行う場合には、哺乳瓶での給与を継続していると、しつけの面でトラブルが発生しやすいため、可及的速やかにバケツでの給与が推奨されています。当場では、泌乳量が少なく、子馬への授乳を嫌い、育児放棄に陥った場合には、吸乳時に子馬の反対側から経口投薬器を使用して哺乳を行っています。この方法は、子馬がヒトから乳を与えられているのではなく、母馬の乳首から乳を得ているという意識を持ち続けさせることができ、さらには、子馬の吸乳刺激によって母馬に母性が促がされ、さらには泌乳量を増加させる効果も期待できます。人工哺乳もある程度の費用がかかり、また夜間の哺乳など労働力も多大であり、さらには母馬がいないことによる子馬の精神面を考えると、ヒトが育てる人工哺乳よりも乳母が推奨されるのかもしれません。


空胎馬へのホルモン剤投与による泌乳の誘発
 近年、フランスの研究者が、経産空胎馬に対してホルモン剤投与を行うことによって泌乳を誘発し、乳母として導入する方法を報告しています。この方法は、ホルモン剤投与を開始してから4~7日で泌乳が可能となり、その後、1日当たり7回の搾乳を3~4日継続することによって、1日あたり5~10リットルの泌乳が誘発できるようになれば、乳母としての導入が可能になるというものです。
 当場でも育児放棄の事例に対して、この方法による空胎馬の乳母の導入を実施しました。ホルモン処置を開始してから経時的に乳房が膨らみ始め(写真)、搾乳を開始した3日目には、1回の搾乳で1リットルもの乳を得られるまでに至り、泌乳の誘発は成功しました。そして、ホルモン処置開始から2週間後に乳母としての導入を試みました。前述の研究者が、乳母を導入する場合に、出産時に産道を胎子が通過するのと類似の刺激を子宮頸管に与えることによって、母性を誘発させられると報告しているので、この方法に従って、乳母を枠馬に保定し、用手にて子宮頸管の刺激を実施すると、子馬の顔を舐める仕草を数回ではあったものの認めることができました。しかし、その後は子馬が吸乳を試みると、蹴ろうとするために、後肢を縛り付け、なんとか授乳が可能となりました。それ以降も容易には子馬の吸乳を許容せず、導入後6日目に、初めて他の親子と一緒に放牧を行った時にようやく吸乳を許容するようになりました。他の母馬が子馬を威嚇してきた時に、子馬を守ろうとの想いからか、乳母に完全な母性が覚醒したようでした《育児放棄から乳母導入までの詳細につきましてはJRA育成馬日誌の3月分を参照下さい。【https://blog.jra.jp/ikusei】『JRA育成馬日誌』で検索》。


今後の課題
 今回、ホルモン処置によって得られた泌乳量が十分であるという確信が持てず、子馬を適正に発育させるために、乳母導入後3週間(生後6週齢まで)は1日5リットルの代用乳を補助的に給与し続け、その後クリープフィードに移行しました。乳母導入後の子馬の体重は、標準の増体量を満たしています。乳母導入以前はスタッフが馬房に入るとミルクがもらえると嘶き、跳び付くこともありましたが、導入後は体を揺すらないと起きないようになり、子馬の精神面を考えた場合には非常に効果的であったと感じています。
 今回の空胎馬へのホルモン処置による乳母としての利用は、泌乳量について若干の課題が残りましたが、ホルモン処置に関わる費用は、乳母を借りたり、人工哺乳のみで飼育するよりも非常に安価で済み、経済的効果および子馬の精神面への効果を実感することができました。また、乳母として導入してから30日後には排卵も確認しており、今後は正常に受胎できるのかについても検証する予定です。

(日高育成牧場 専門役 頃末 憲治)

Fig ホルモン処置前の乳房(左)とホルモン処置13日後の乳房(右)

2018年11月18日 (日)

子馬のクラブフット発症状況

No.9 (2010年5月15日号)

クラブフットとは?
 まず、クラブフットについておさらいをしておきましょう。子馬の球節や肩に何らかの持続的な痛みが発生すると、周辺の筋肉が緊張することにより深屈腱支持靭帯が収縮し、やがては深屈腱が拘縮すると考えられています(図1)。これにより、二次的な症状として独特の蹄形異常(クラブフット)となり、生後1.5~8ヵ月齢の子馬に発症します。クラブフットは、軽度から重度の症例まで4段階に分類され(図2)、軽度の状態で早期発見、適度な処置が施されない場合にはさらに進行し、市場価値を低め、運動能力を減退させます。

 数年前に実施した日高地区で生産された当歳馬1000頭以上の実態調査結果によると、クラブフット発症率は16%であり、そのうちの69%がグレード2以上のクラブフットを発症していました。この結果は、グレード1のような軽度の段階で見逃されていたケースが非常に多いことも示しています。また、18%の牧場で、牧場内発症率が30%を超えており、飼養環境や飼養管理方法にも発症率との関連性がうかがわれました。そこで、どのような子馬にクラブフットが発症しているのか、についてあらためて詳細な調査を行ないました。

Fig1

Fig2

生まれ月との関係
 2008、2009年に生まれた当歳馬を出生直後から離乳ころまで調査したところ、クラブフット発症率は、1・2月生まれに多く、次いで3月生まれ、4・5月生まれの順に発症率は低下していました(図3)。なお、ここでの調査で認められたクラブフットのほとんどはグレード1であり、症状を認めた段階で適切な装蹄療法が施されたため、重度なクラブフットに進行する症例はありませんでした。
さて、なぜ早生まれの子馬に発症率が高かったのでしょう?冬の凍結した硬い放牧地が子馬の前肢に異常な刺激を与えた、凍結した放牧地が運動を妨げ腱の正常な伸縮が阻害された、あるいは、冬に抑制された発育が春以降に急速になるなど体重や体高のアンバランス(骨の縦方向の発育と腱の発達のアンバランスも含む)な成長となる、などが要因として考えられます。

Fig3_2 図3)生れ月による軽度クラブフットの発症率(%)

発育の要因
 急速な発育は、クラブフットをはじめ、さまざまな運動器疾患の発症要因として指摘されています。かつて、日高地区の牧場で実施した骨端症の実態調査では、飼料中の銅や亜鉛の不足に加え、体重の重い子馬や急速な体重増加を示す子馬に発症しやすい、という結果が得られました。日高育成牧場で生産した子馬のうち、軽度のクラブフット(グレード1)を発症した子馬は、体高の増加速度が発症しなかった子馬に比べ、速かったという成績が得られています。例数が少ないので、今後の検討課題となりますが、何らかの原因で体高(長骨の伸び)が腱の発達速度を上回り、腱の緊張を強めるという仮説を裏付けるものと考えられます。したがってクラブフットの場合、必ずしも肉付きのいい子馬が発症しやすい、とは限らないようです。むしろ、繋ぎが起ち気味の子馬に対し体重負荷を大きめにかけることによって腱を適度に伸張させる効果があるかもしれません。

放牧地の硬さ
 先に述べたように、放牧地の硬さも重要な要因と考えられます。特殊な道具を使って、放牧地の表層部とその15cm下の部分の硬度を測定すると、クラブフット発症率が高かった牧場の放牧地では、表層より15cm下の部分の硬度が高い傾向があったという成績を得ました。硬い放牧地は、子馬の前肢に過度の刺激を与え、脚部の疼痛や骨端症から腱拘縮に発展させるのかもしれません。放牧地の硬度を矯正することは簡単なことではありませんが、エアレーターなどで土壌の通気性を改善したり、堆肥などの有機質を投入して表土と撹拌するなどにより効果が期待されます。また、放牧地の裸地をなくし放牧草の密度を高く維持することによって、放牧地のクッション性を高めることも重要と考えられます。

重度のクラブフット発症を避けるために
 述べてきたように、クラブフットは遺伝を含めさまざまな要因が複雑に関連しあって発症するため、軽度のクラブフットまで根絶することは、ほぼ不可能と思われます。また、軽度のものであれば運動機能を妨げるものではないと考えられます。しかし、軽視するあまり、適切な処置を施さずに放置することにより症状を進行させてしまうことは避けなければなりません。早期発見に努め、装蹄師や獣医師に相談した上で、適切な装削蹄療法や薬物療法、運動制限などによって症状を改善させることが何より重要です。

(日高育成牧場 生産育成研究室  室長: 蘆原 永敏
日本軽種馬協会 静内種馬場:田中 弘祐
日高育成牧場 場長:朝井 洋)

2018年11月17日 (土)

哺乳期子馬への栄養補給

No.8 (2010年5月1日号)

子馬はどのくらい母乳を飲んでいるか
 雪も消え、放牧地の緑も少しずつ濃さを増し、春先に生まれた子馬たちが元気に放牧地を駆け回る姿を目にするようになりました。子馬は、母馬から母乳を飲み、気持ちよさそうに放牧地に横たわったかと思うと、また起きて他の子馬と遊び、思い出したかのように母乳を飲みます。そこで、気になるのが、「果たして子馬に必要な栄養素は母乳だけで満たされているのだろうか?」という疑問です。子馬は、1週齢ころまでは1日あたり平均で19kgもの母乳を飲みますが、10週齢では13kg、17週齢では11kgと週齢を重ねるにしたがい、その摂取量はなだらかに減少していきます(図)。ちなみに、母乳を摂取する1日あたりの回数は、1週齢ころでは90回近くにもなりますが、10週齢、17週齢では約40回程度にまで低下します。
 この間、子馬は約100kg近くも体重が増加し、それにともなってあらゆる栄養素の要求量は増加しますが、母乳摂取量の低下に加え、母乳に含まれる栄養素の濃度は低下していくため、発育が進むにつれて養分要求量と摂取量との差は開いていくのです。

子馬には子馬用の飼料を給与する
 子馬は、発育するにつれて放牧草の摂取量も増えてきますが、乾物(水分を差し引いた固形物)で1kgに達するのは、生後2ヵ月を過ぎたころからです。したがって、哺乳期の子馬にとって放牧草は、栄養源にはなるが依存度はさほど大きくはない、といえます。これは、子馬の消化管がまだ多量の繊維質を消化できる能力を備えていないことによるものです。では、母乳だけでは不足する養分を子馬はどのように摂取しようとするのでしょうか?母馬の飼槽に頭を突っ込んでいる子馬をよく見かけますが、あの行動こそ、母乳とわずかしか食べられない牧草だけでは不足する養分を補おうとしている生命維持本能ともいえる姿なのです。そこで、「あとは母馬の飼料を子馬の分だけ増やせばよし、これで万事解決!」ではないのです。母馬が分娩後に必要とする栄養素は、エネルギーや産乳に必要なタンパク質、カルシウムなどで、子馬にもそれらの栄養素は必要なのですが、そのバランスは大きく異なります。子馬が母馬の飼料を好きなだけ食べると、アンバランスな栄養摂取になってしまうのです。とくに、丈夫な骨づくりに重要な役割りを果たすミネラルに不足が生じます。

どんな飼料をどのくらい与えるか
 子馬の正常な骨発育に重要なミネラルとして、骨を形成するカルシウムとリンに加え、軟骨形成やさまざまな重要な酵素の原料となる銅と亜鉛があります。銅や亜鉛などの微量元素は、生れ落ちたばかりの子馬の肝臓に蓄えられていますが、通常は生後2ヵ月もするとそれらは消費され尽くしてしまいます(新生子馬の肝臓にできるだけ多くのミネラルを蓄えるため、妊娠末期の母馬の飼料内容も重要となります)。したがって、子馬への栄養補給も生後2ヵ月を目処に開始する必要があります。この時期の子馬が食べられる量はあまり多くありません。1日あたり、2ヵ月齢で0-1kg、3ヵ月齢で0.5-1.5kg、4ヵ月齢で1-2kg、5ヵ月齢で1.5-2.5kg、離乳前後で2-3kg程度です。ミネラルやタンパク質の含有率が高い子馬専用の飼料(サプリメント型、バランサー型)をエンバクと併用するのであれば、これを少量から与え始め、離乳までに1日あたり500gから1kgとなるよう少しずつ増加させ、一方エンバクは、3-4ヵ月齢ころからエネルギー補給のために少量ずつ子馬専用飼料に追加していきます。サプリメント型に比べ、タンパク質やミネラル含有率が若干低い飼料(コンプリート型、オールインワン型)であれば、それのみを規定量給与し、エンバクの併給は必要ありません。

どのようにして与えるか
 原則は、「子馬には母馬の飼料を食べさせない」「母馬には子馬の飼料を食べさせない」すなわち、「子馬には子馬の飼料をきちんと食べさせる」ことです。これを達成することは意外に工夫が必要です。各牧場の厩舎構造が異なるので、定まった方法はありませんが、母馬の飼い槽を高く吊るす、子馬が落ち着いて食べられるように子馬が食べているときは母馬を繋いでおく、子馬だけが廊下や隣の空き馬房に出られるようにしてそこで食べさせる(クリープフィーディング)、などです。放牧地内にも、子馬だけが出入りできるスペースを作れば昼夜放牧の際にも利用できます。「強い馬づくり」のために、皆さんも工夫してみてはいかがですか。

(日高育成牧場 場長 朝井 洋)

Fig 図) 子馬の母乳摂取量(1日あたりkg)は発育が進むにしたがって低下する

JRAブリーズアップセールの取組み

No.7 (2010年4月15日号)

 来たる4月26日(月)、中山競馬場で2010 JRAブリーズアップセールを開催いたします。本年も多くの皆さまのご来場をお待ち申し上げております。今回は、JRAが実施する育成業務の役割とJRAブリーズアップセールの取組みについて紹介したいと思います。

JRA育成業務の役割
 JRAでは、各地で開催されるサラブレッド市場で購買した1歳馬を、日高・宮崎の両育成牧場で育成・調教したのち、2歳の春に売却しています。その目的は、「強い馬づくり」に資するため、これらのJRA育成馬を用い、1歳夏から2歳春の後期育成期の調査研究や技術開発を実施し、競走裡で検証して成果を普及することです。これまでの成果として、“昼夜放牧の普及”、“海外からの人馬に安全なブレーキング(騎乗馴致)技術の導入”および“若馬に対する早期からのトレーニング方法”などがあげられます。
 

 また、生産育成研究室では平成10年秋から生産に関する研究を実施していますが、生産から中期育成期には“早期胚死滅”や“DOD(発育期整形外科疾患)”など、多くの課題が残されていることから、昨年誕生した産駒からはJRA育成馬として、 “胎子期~1歳夏までの期間の適切な飼養管理”に関する研究を進めているところです。彼らは、離乳後は厳寒期を通して昼夜放牧で管理されており、今後、秋には騎乗馴致を行い、来年のブリーズアップセール上場を目指しています。

 さらに、BTC(軽種馬育成調教センター)生徒やJRA競馬学校騎手課程生徒に対する人材養成にもJRA育成馬を活用しています。この実践研修の一環として、騎手課程生徒は、多くの馬主や調教師の見守る中、JRAブリーズアップセールの調教供覧で騎乗することになっています。

JRAブリーズアップセールの取組み
 JRAでは、ブリーズアップセールを育成研究に用いたJRA育成馬の売却の場としてだけでなく、新規に免許を取得された馬主を始めとして、セリでの購買に慣れていない馬主の方が、本セールをきっかけに、他の多くの市場へ興味を拡げていただけるような“入門編のセール”と位置づけて、以下のような取り組みを実施しています。

① セリ情報の早期発信
 最近はどの市場でも普通に行われるようになりましたが、“インターネット上での馬体写真カタログ”、“調教VTR”や“個体情報”などのセリ情報をいち早く発信しています。また、ブリーズアップセールや他の市場で馬を購買した方が、預託調教師を選択する際の参考として役立つよう、「調教師プロフィール」を改定し、中央競馬全馬主の皆さまに送付いたしました。

② 徹底した情報開示
 近年、海外のみならず国内の一部市場においてもレポジトリールーム(医療情報開示室)で、四肢のX線写真や上気道(ノド)の内視鏡動画といった医療情報を見ることができるようになりました。JRAブリーズアップセールでは、わが国で最初に医療情報を開示するとともに、これまで10年以上にわたって、JRA育成馬における4肢X線写真や内視鏡所見と競走成績との関連について積み重ねてきた研究をもとに、JRAの考えるレポジトリーの見方についてまとめました。今後はせり主催者、販売者および購買者がレポジトリーの共通認識を持てるように、育成馬展示会やブリーズアップセール等を通じて、普及活動を実施していきたいと考えています。

 JRAブリーズアップセールでは、レポジトリー情報に加えて、個体別の調教履歴、馬体重の推移、疾病歴等の情報も公表しています。これは、馬主の皆さまが、公表事項を納得、安心して購買いただくとともに、預託を受けた調教師がトレセン入厩後に調教や管理の引継ぎをスムーズに行えることを目的としています。

 今後、OCD(離断性骨軟骨症)の発症や治療歴および育成期の屈腱の形状と競走成績の関連等の課題についても、JRA育成馬を用いて引き続き調査研究を行っていく予定です。

③ リーズナブルな価格設定と台付けの事前公表
 最終的な落札価格は、馬の資質と市場の雰囲気によって決定されるものですが、多くの皆さまにセリに参加していただき、気に入った馬に一声でも声をおかけいただきたいと願っています。JRAブリーズアップセールではそのような観点から、来場された購買者の皆さまが一声をかけやすいようリーズナブルな台付け価格を設定しています。また、ご予算に応じた購買馬の選定が容易となるように、事前(当日朝)に台付け価格を公表しています。


 このようにブリーズアップセールは、来場された皆さまがセリを楽しんでいただけるよう、皆さまの信頼を失わないようセリ運営に取組んでおります。また、5月から行われる民間の2歳トレーニングセールや夏の1歳市場の主催者ブースを設ける予定です。JRAはブリーズアップセールの来場をきっかけとして、一人でも多くのお客さまが“セリで馬を買おう”という雰囲気になっていただけることを願っています。

(日高育成牧場 業務課長 石丸 睦樹)

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2018年11月16日 (金)

育成後期トレーニングの原則

No.6 (2010年4月1日号)

 今回は馬の本性から考えられる育成後期のトレーニングの原則について紹介いたします。人間のアスリートがより高いトレーニング効果を得るための運動生理学上の理論として、以下の4つの原則があります。

1. 「過負荷」:日常の水準以上の負荷をかける
2. 「漸進性」:負荷は徐々に強めていく
3. 「反復性」:負荷はくり返し行う
4. 「個別性」:個々の体力、技術、性格に合わせて負荷をかける

 この4つの原則はサラブレッドの調教にもそのまま当てはまります。例えばオリンピック選手などは「栄誉(金メダル)」「社会的地位(引退後の身分保障)」「金銭(スポンサー収入)」などを得るため、人一倍のハングリー精神を発揮し自己のモチベーションを高め厳しいトレーニングに励みます。

 しかし、馬に金メダル獲得への動機付けを与えることは不可能です。皆さんは、そもそもサラブレッドは速く走ることを好む動物であると考えていませんか。競馬場では気持ちよさそうに疾走していますから・・・。ところが、馬とは「(生命維持のため)安心で快適な場所を求め、人間等からの指示や刺激がなければ元来無駄な動きをしたがらない」という本性を持っています。この本性は人類を含めすべての動物に共通するのかもしれません。しかし人類は自らの脳を使って思考する点が他の動物と大きく異なります。こうした馬の生物的な本質を理解したうえで、日々のトレーニングで負荷を高めていく必要がありますが、その最大のポイントは、「馬の精神面の管理(メンタルマネージメント)」です。ホースマンの金言に「馬をハッピーでフレッシュに保て!」というものがあります。筆者は初めてこの言葉にふれた時、非常に耳あたりが良いので当たり前のように受け流してしまいました。しかし、実際に馬の育成調教の現場に携わると、このハッピーでフレッシュという言葉の意味がずしりと重く肩にのしかかってくるのです。晴れて競走馬としてデビューすべく、日々のトレーニングで肉体的に鍛えられる馬達を、このような「ハッピーでフレッシュ」な精神状態に保てなければ、トレーニングをなかなか継続することは難しくなってしまうのです。馬のなかには、食欲が落ちたり、イライラしたりで、体が細くなってしまう馬もでてきます。

 さて、JRA日高育成牧場では、1歳馬の騎乗馴致ステージを終え、トレーニングステージに移行する2歳の年明けから、馬が「走らされたのではなく走ってしまったと感じる」調教をスタッフ全員のキーフレーズ(モットー)にして調教を進めていきます。これは、極力ムチや騎乗者の無理な体重移動によって、強制的に馬を動かすのではなく、「群れたがる習性」や「先行馬に追従する」馬本来の特性を利用し、結果として十分な運動をしてしまったという状況を作り出すことが鍵といえます。「運動と休息」のメリハリをつけ、調教後には褒美としてエサを与えます。

 調教コースや調教内容に変化をもたせ、馬を飽きさせないことも大事です。こうした工夫によって、毎日の調教が馬にとって「強制的な不快な運動」ではなく、「前向きで楽しいエクササイズ」になってほしいといろいろ取り組んでいるのです。

 調教を行う前提として、馬の体内には走るためのエネルギーと気持ちが蓄積されていることも重要です。朝、馬房から放牧地に放された馬が、気持ちよさそうにしばし駆け回るあの時の歓びの気持ちや心理状況をイメージすると、ある意味では「調教をやり過ぎない」ことも重要な視点です。筆者も鮨は大好物ですが、いくら美味しい鮨でも腹がはち切れるほど食べると、毎日は食べたくなくなります。いわゆる「腹八分目」の大切さです。筆者は競馬用語の「追いきり」という言葉にはどうも抵抗があります。今から20年ほど前、とあるアイルランドのホースマンが、ムチをバチバチ使い力強く手綱をしごく日本流の「追いきり」を見て、「もうこの馬の次走の好走はないね・・」とつぶやいたのが強く印象に残っています。「腹八分目」がどこなのか、これを見定めるのは非常に困難です。これは調教前後の馬の状態をよく観察することで見極めるしかありません。一方、「心拍数」「乳酸」を測定するなど、科学の目の活用も大切です。

 トレーニングそのものに、「意義や必要性」を感じることのできない馬達に、毎日の調教で気持ちよく前向きに走らせるためには、何より「ハッピーでフレッシュ」な気持ちの維持が不可欠なのです。

(日高育成牧場 副場長 坂本 浩治)

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現在は、1000m屋内坂路で週2回乗り込んでいる

安全な出産のために

No.5 (2010年3月15日号)

 馬の分娩対応をするにあたって念頭に置くべきことは、分娩が子馬を娩出させるためだけの作業ではなく、子馬を丈夫な馬として成長させるとともに、母馬が分娩後に順調に種付け準備ができるよう、安全な出産を目指すことが重要と考えられます。不必要な分娩介助はときとして難産の原因となることもあります。今回は、日高育成牧場で実践している分娩管理の方法を紹介します。


分娩前からの難産対策
 分娩前の適度な運動は難産を予防すると言われています。分娩前1ヶ月というと、2月あるいは3月分娩予定の馬では厳冬期にあたり、放牧地での運動量が低下します。これを補うのが引き運動やウォーキングマシンによる運動で、繁殖馬の負担とならない程度(だいたい時速4㎞で20分)で実施します。この際、高齢馬や蹄の異常を含む運動器疾患をもつ馬に対しては時間や速度を調整してください。


必要に応じた助産を心がける
 破水を認めたらまず、包帯などで母馬の尾を巻き束ねて介助の邪魔にならないように、可能な限り衛生的な分娩となるようにします。
 破水後、産道から半透明の膜に包まれた子馬の肢が見えてきます。このとき膜の色を確認してください。もし、膜内の羊水が濁っていたり血液が混じっているようであれば、助産による早目の娩出が必要となります。次に手や腕を消毒液で十分に洗浄し(あれば直腸検査用ビニール手袋を使用)、産道の中の子馬の体勢を確認してください。正常であれば蹄底が下向きの前肢2本と頭部が確認できるはずです。このような正常な分娩であった場合、余程のことがない限り助産は必要ありません。


助産が必要な状況とは
①子馬の命が危ないとき
 子馬の肢がでてきた際、赤い膜に包まれていれば緊急事態です。この現象は子宮と胎盤の早期剥離により臍の緒から子馬に酸素や栄養が送られなくなってしまう、つまり子馬は早く自分で呼吸をしなければならない状況です。ハサミで赤い膜の表面の白い星形部分を切り開き、羊膜を破り子馬の体勢を確認し、牽引します。
②難産の徴候があるとき
 子馬の産道内での体勢が前述した正常例と違う場合、子宮内に戻してやる必要があります。軽度であれば、母馬が寝起きや運動(引き馬でも可)を繰り返すことによって自然に直りますが、簡単に戻らない場合、人間が押し戻すことも必要です。それでも直らない場合は、獣医師に連絡し指示をあおいでください。手術が必要になることもあるので、いざというときの輸送手段を分娩シーズン前に確保しておくと良いでしょう。
③分娩時間の目安
 体勢に異常がなくても破水から40~50分経過しても子馬が娩出されない場合は、注意深く陣痛に合わせてゆっくりと子馬の前肢を牽引します。したがって、破水時刻を記録しておくことが重要です。


早すぎる不要な助産は難産の原因
 子馬を牽引する場合、牽引しすぎないよう注意します。強すぎる牽引、不要な牽引はときに体勢異常を悪化させたり後産停滞や子宮へのダメージの原因となり、産後の受胎の障害となりうるので、気をつけましょう。


子馬が産道から完全に出る前に
 母馬が横臥していよいよ産道から子馬が娩出されます。このとき、頭や前半身の膜を除去し後肢が臍の緒とともに産道内に残るようにするとよいでしょう。これは臍帯や胎盤内の血液が臍を通じて子馬の中に戻ることが子馬の出生直後の活性(元気、健康)につながるからであり、少なくとも5分程度はこの状態を維持するのが理想です(図参照)。自力分娩で疲労した母馬はすぐには起立しませんが、起立して臍の緒が切れてしまうのはやむをえません。


子馬が出てきたら
 まず、子馬の自力呼吸を確認してください。臍の緒が切れたら子馬の臍の消毒を数回します。臍の緒が切れてから全身をタオルで必要に応じて拭きます。厳冬期には急いでください。声をかけながら耳の中、腹部、股間、肛門、下肢部まで馴致を意識して行います。この間、母馬にも子馬を舐め愛撫させて生んだことを自覚させると良いでしょう。


母馬が起立したら
 母馬の起立後は、後産停滞を防ぐため、産道から垂れ下がる後産(羊膜・臍の緒・胎盤の塊)を紐などで束ねて地面をひきずったり踏んだりしないよう、まとめて縛ります。胎盤が排出されたらまず広げて、すべて出てきているか形状を確認し、重さを測定します。通常は5~10kgと幅があります。分娩後6時間以内に胎盤が排出されない場合は獣医師に相談してください。疝痛症状が認められることがありますが、腸の捻転や変位を起こしている可能性もあるので注意深く観察して、痛みが激しい場合は獣医師を呼んでください。また分娩直後に限らず何日間かはエンドトキシン・ショックの他、子宮動脈破裂や子宮穿孔を原因として循環障害を起こす可能性もあるので母馬の結膜や蹄の温度の変化に注意してください。


子馬が起立したら
 自然分娩では、子馬の起立時間が早まることが判明しています。初乳の吸引、胎便の排泄を確認し、自力吸乳から30分経過しても胎便排泄が確認できなければ浣腸をします。子馬の便が黄色くなってからも硬い胎便が混ざっているようでしたら、再度浣腸をかけてください。


おわりに
 日高育成牧場では、数年前から今回書いたことを実践し可能な限り自然分娩となるよう心がけています。みなさんも子馬を丈夫な馬として成長させる、自然で安全な分娩を実践しみてはいかがでしょうか。

(日高育成牧場 生産育成研究室 琴寄 泰光)

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