繁殖牝馬 Feed

2021年1月22日 (金)

若馬の昼夜放牧管理について:その1

はじめに
サラブレッドは約2世紀に渡る歴史の中で、速く走るための育種改良が行われてきました。したがって、血統的に優れた馬の子孫は走る確率は高く、競走馬の生産において交配理論が重要であるのは否めない事実です。一方、国内の生産現場においては、イギリスやアイルランド、フランス、アメリカ、カナダなどの競馬先進国から競走馬の生産・育成技術を導入し、飼養管理技術の向上を図ることで、競走馬の質が大きく向上してきました。この飼養管理技術の向上による競走馬の資質の向上とは、サラブレッドが本来持っている遺伝的な潜在能力を環境要因により上手く引き出した結果であると云っても過言ではありません。競走馬の生産において、誕生から競走馬としてデビューするまでの育成期における飼養管理や馴致、調教などの重要性が益々見直されるようになってきているのが現状です。
そこで今回は、育成期の若馬の健全な発育に最も重要である放牧管理の中で、最近、多くの牧場で行われるようになってきた昼夜放牧について検討して行きたいと思います。

放牧の重要性
競走馬の一生の中で、最も馬体の成長が著しい時期は、誕生からブレーキングの行われる1歳の秋までの初期から中期育成の時期となります。この時期の若馬にとって大事なことは、大きく分けて、ブレーキングや調教(後期育成)に繋がる「基本的な馴致」と「健康な体づくり」となります。ここでは「健康な体づくり」について話を進めていきたいと思います。
若馬の「健康な体づくり」とは、具体的に云うと、腱靭帯・骨・筋肉・心肺機能・神経、内分泌・免疫などの健全な発育を促すこととなります。この健全な発育に欠かすことのできない要因の1つが放牧となるのです。サラブレッドの子馬は、早ければ生まれた翌日から母親と伴に放牧が開始されます。放牧時に行う自発的な運動は筋肉や骨、心肺機能の発育にとって重要な役割を果たすことが知られています。また、放牧地に生えている牧草は発育に重要な栄養素を提供してくれる飼料であり、天気の良い日には寝たりリラックスしたりできる休息場所でもあるのです。さらに、同年代の若馬と同じ放牧地に放牧されることにより、競走馬として必要不可欠な群れへの順応性の確立にも役立つと思われます(写真1)。

 

1_2 写真1 放牧地は「運動」、「栄養補給」、「休息」、「社会性」を提供してくれる場所となる


放牧の馬体に及ぼす効果
骨の発育にはカルシウムを多く摂取するだけでは十分ではありません。適度な運動をすることにより骨芽細胞が活発化し、骨形成のための効率良いカルシウムの利用が行なわれます。若馬において放牧時間が長い程、骨密度が増加するとの報告もあります(図1)。さらに、実験的に当歳馬に毎日トレッドミルによる常歩運動を加えると、小パドックで1日4時間のみ放牧されている馬に比べて腱の発育が早かったことが報告されています(図2)。これらのことから、放牧による運動は若馬の骨や腱の健全な発育にとって不可欠だと考えられます。
 

2_2 図1 放牧が骨密度に及ぼす影響 (Bell R. A. et al. 2001 改変)

3 図2 子馬における浅屈腱横断面積の変化 (Kasashima et al. 2002 改変) 

昼夜放牧
国内の生産地では、生後3ヶ月齢を過ぎると、母馬と一緒に昼夜放牧を行う子馬の姿が認められるようになります。放牧中の移動距離をGPSで測定すると、2ヶ月齢までの昼放牧を行っている期間は1日平均8kmであるのに対して、3ヵ月齢以降に昼夜放牧を開始すると、その移動距離は2倍以上に増加している様子が観察されました(図3)。また、1歳馬の昼夜放牧中の食草行動に関する報告では、16時から0時までの食草行動比率は82.7%と高く、夕方から夜間にかけての食草が活発なことが窺えます。群れの中で草原の草を1日中食べながら生活しているのが馬という動物の本来の姿であるとすると、放牧地にいることは馬にとって健康的であると思われます。成長期の若馬にとっても、運動と栄養、精神面や社会性の獲得など様々な観点から昼夜放牧の有効性が注目されているのです。

4(図3)昼夜放牧時の移動距離 


JRA日高育成牧場 生産育成研究室

研究役 佐藤文夫

若馬の昼夜放牧管理について:その2

 前回は放牧の重要性や放牧が馬体に及ぼす影響について、簡単に解説し、現在広く普及してきた昼夜放牧の特性について解説しました。今回は、さらに昼夜放牧について解説することにします。

 

厳冬期の昼夜放牧管理

馬産地である日高地方の12月から4月の最低気温は氷点下となり、放牧地は氷と雪で覆われます(写真3)。この厳冬期に昼夜放牧を行った時の当歳子馬の放牧地における移動距離は、最低気温の低下とともに減少し、日長時間の増加と気温の上昇とともに増加する様子が確認されます(図3)。また、この時期の体重増加は停滞し、4月以降に急激に増加する(リバウンド)現象が認めらます(図5)。一般にサラブレッドは、1歳の春に起こる春季発動に合わせて、性ホルモンや成長ホルモンの分泌が盛んになり、増体量が増える現象が認められます。しかし、厳冬期に停滞した状態からの急激なリバウンドは発育期整形外科的疾患(DOD)の発症要因となるため、望ましいものではありません。厳冬期における昼夜放牧管理については、適切な運動量と栄養状態を確保しながら、緩やかな成長を促す放牧管理方法の検討が必要になるのです。

 

1_3 写真3 厳冬期の放牧風景

雪に覆われた放牧地では、風除けや餌場からあまり動かないことも多い。

2_3 図4 当歳子馬の昼夜(22時間)放牧における移動距離と気温、日長時間との関係

昼夜放牧により運動量の増加が認められる。

3_2 図5 昼夜放牧実施子馬の成長曲線(体重)

厳冬期に増体が停滞し、4月以降のリバウンドが認められる。

 

 

昼夜放牧のメリットとデメリット

昼夜放牧のメリットとデメリットについて、思い付くものを表1に挙げてみました。

メリットについては、前述の運動量の増加に伴う成長の促進の他に、馬房滞在時間の短縮による寝藁代や人件費の経費削減なども考えられます。実際に、寝藁の交換は1週に一度程度で良くなるため、その使用量は節約され、空いた時間を馬の馴致や放牧地の管理に充てることが可能となります。一方でデメリットも幾つか存在します。特に夜間は目が行き届かないため、事故やケガを起こす可能性が増加します。1日一度は馬房に収牧し、飼付を行い、個体のチェックをする必要がありますが、短い馬房の滞在時間では一度に栄養要求量を十分摂取させることができないため、放牧地で飼付けするなどの飼料管理方法の工夫が必要になります。さらに、初めて昼夜放牧を実施する場合には、広い放牧地(2ha以上)の確保や牧柵、ヒート式水飲み場、雨風を防げるシェルターなどの整備が必要となります。放牧地は疲弊し荒廃するため、草地管理も重要な課題となります。


4_2 表1 昼夜放牧のメリット・デメリット

最後に

競走馬を生産する上で、どのような馬づくりを目標とするかは牧場により様々です。例えば、オーナーブリーダーとして自分で競馬に走らせ、賞金を稼ぐような走る馬をつくるのか、マーケットブリーダーとしてリスクを少しでも回避する方法を取りながら、市場で高く売れる馬をつくるのか、その経営方針によって飼養管理方法は大きく異なってきます。しかし、何れにしても若馬の飼養管理においては、丈夫で健康な体づくりは重要な要素となります。丈夫な体を作る上で、放牧は欠かせない要素となりますが、日本の気候風土に特有の放牧管理については、まだまだ改良の余地がある部分です。若馬の飼養管理方法の改良が、サラブレッドの持つ優れた競走能力を益々引き出す要因であることは間違いありません。

 

JRA日高育成牧場 生産育成研究室

研究役 佐藤文夫

正常分娩と難産の見極め

出産シーズンの生産牧場において、子馬が無事に産まれてくることが何よりであることは言うまでもありません。しかし、人為的介助を必要としない正常分娩はおよそ9割と言われており、残りの1割は何らかの対応や処置が必要となります。

特に分娩時の胎子の異常に起因する難産に対しては、正確かつ迅速な判断が求められます。なかでも最も重要なジャッジは「病院への輸送」です。ここでいう病院とは、「二次診療施設」、すなわち全身麻酔下での整復および帝王切開が可能な病院を指します。

病院に連れていく判断、つまり「牧場現場での整復が不可能であると判断」するうえで重要なことは「正常分娩との違い」を見極めることです。

正常分娩では、①陣痛症状の発現→②破水→③足胞(羊膜に包まれた胎子の蹄)の出現→④娩出がスムーズに進みます(図1)。これに反して、①から④の進行がスムーズではなく、いずれかのポイントで停滞した場合には、何らかの異常が疑われるため、獣医師による整復や病院への輸送を考慮すべきです。

1_5 分娩に際しては、時間経過の把握も極めて重要です。

一般的には、②破水から③足胞の出現までは5分以内、②破水から④娩出までの時間は20~30分程度ですが、いずれも個体差がみられます。特に娩出までの時間は、経産馬では出産を重ねる毎に時間が短縮される傾向がみられ、5分間程度で終了する場合もある一方、初産馬は時間を要することが多いようです。

なお、破水から40分を経過しても胎子が娩出されない場合は、胎子の生死に関わる異常の可能性があります。獣医師の到着や病院への輸送時間を逆算して、できるだけ早い段階で異常兆候を把握して、正確な判断を下す必要があります。

以上のことから、正常分娩で認められる①陣痛→②破水→③足胞出現→④娩出までの進行にスムーズさを欠き、経過時間の著しい延長が認められた場合には、病院への輸送を決断するべきです。

正常分娩の進行

では、正常分娩の進行について具体的に説明します。

①陣痛症状の発現

陣痛は疼痛程度や持続時間に個体差があり、分娩の数日前から兆候が断続的に認められることや、数日間の間隔が空くことも珍しくありません。しかし、著しい疼痛や不穏な状態が、長時間にわたり持続するにも関わらず破水が認められない場合には、何らかの異常があると考えるべきです。

②破水

正常分娩と難産を見極めるうえでの重要なポイントは破水です。破水とは、胎子を包んでいる二重の膜の外側である尿膜絨毛膜の破裂にともなう尿膜水の排出です。

前述したように明瞭な陣痛症状が長時間継続しているにも関わらず破水が認められない場合、破水から5分を経過しても足胞が出現しない場合にも何らかの異常があると考えられます。なお、破水後には膣内の胎子の状態を確認します。正常であれば、触知によって蹄底を下向きに伸展した両前肢と鼻端を確認することができます(図2)。

2_5 なお、陣痛発現から破水まで、子宮内の胎子は図Ⅰから図Ⅳのように母馬の背中に対して仰向けの状態から回転しながら膣外口に向かいます(図3)。多くの場合、図Ⅳの姿勢で破水を迎えますが、まれに図Ⅱや図Ⅲの状態で破水することがあります。これらの場合、蹄底が上向きもしくは横向きの状態で触知されることがありますが、心配いりません。母馬の起立と横臥の繰り替えしや、馬房内での常歩運動により自然に正常な姿勢に至ります。

3_4 ③足胞の出現

破水から5分以内に足胞が出現します。正常な羊膜は白っぽく、滑らかで光沢があり、羊膜中の羊水は透明です。

以下の場合は異常ですので注意してください。

・破水から5分以内に足胞が認められない。

・羊膜内に胎子の蹄が認められない。

・羊膜が肥厚している。

・羊水が緑~茶色に混濁している。

・羊膜ではなく尿膜絨毛膜の赤い胎盤(レッドバック)が認められる。

④娩出

娩出の際、頻繁に寝返りを打ったり、横臥と起立を繰り返したりすることも少なくありませんが、著しい場合は何らかの異常が発生している可能性があります。

日高育成牧場 業務課長

冨成雅尚

子馬を帯同しない種付け

出産後の母馬を交配のために種馬場につれて行く場合、日本では子馬も連れていくことが一般的です。しかし、欧米、特に米国の馬産地ケンタッキーでは、子馬を帯同させずに母馬のみを種馬場につれて行くことが一般的のようです。

子馬を帯同させずに母馬を種馬場につれて行くことの主なメリットとして、感染症に罹患しやすい子馬の感染症予防、そして馬運車内での事故防止が上げられます。また、牧場の繁忙期に1名のスタッフで輸送できるという業務効率化もその1つかもしれません。一方、一時的であっても母子を引き離すことによる母馬および子馬のストレス、そのストレスによる子馬の健康・成長への影響、そして、子馬の馬房内での事故なども懸念されます。

これらの問題点を検討するために、日高育成牧場で実験を行いました。供試馬は当場の母子8組で、子馬を連れて行った4組と、連れて行かなかった4組にわけました。後者は、当場からJBBA静内種馬場への往復で4時間、母子を離すことになりました。

1_7

結果ですが、馬房に残された子馬は、母馬から離れて1~2時間経過した時点で、種馬場に連れていった子馬と比較して「血中コルチゾル」というストレスの指標を示す数値が有意に高い、すなわちストレスを強く感じていることが確認されました(図2)。ただし、母馬の帰厩後は連れて行った子馬と差はありませんでした。また、母馬については子馬の有無でストレスに変化は認められませんでした。なお、馬体重の変化については、母子いずれも特筆すべき変化は認められませんでした。

2_6(図2)

それでは、実際に馬房に残された子馬の様子はどうだったのでしょうか?

多くの子馬は馬房内を歩き回ったり、いなないたりしながら、立ちつくしていて、横になることはありませんでした。一方、壁のよじ登りや転倒などの危険行動はなく、事故・怪我・疾患発症などは認められませんでした。

ただし、母馬の帰厩時には注意が必要です。多くの母馬は乳房が張っているため、最初の哺乳時に子馬が勢いよく吸い付きに行くと嫌がる場合があります。なかには、哺乳時の痛みからパニックを起こして、子馬に危害を加えそうになる母馬もいるため、気を付けて様子を観察する必要があります。もちろん、母馬の性格によっては、子馬を帯同するという選択肢もあって良いかもしれません。また、当場では初回発情での種付けを実施していませんが、もし、そのようなケースで子馬を残す際には、出産間もないことから母馬がナーバスになり易いかもしれませんので、ご注意ください。

なお、子馬を馬房に残す際には、馬房扉を完全に閉めること、馬栓棒は使用しないこと、馬房内の飼桶や水桶などの突起物を可能な限り撤去することをお忘れなく。

日高育成牧場 業務課長

冨成雅尚

2020年5月28日 (木)

胎盤炎

No.158(2016年11月1日号)

 

 繁殖シーズンからの牧草作業、セール、そして離乳も落ち着き、生産者の皆様はようやく一息つける時期かと推察します。この時期、毎日繁殖牝馬を管理していても胎子の発育を感じにくいものですが、お腹の中で着実に成長しています。しかし、妊娠中は常に流産のリスクがあり、実はおなかの中では流産に向けて異常が進行しているかもしれません。本稿では感染性流産の主な原因である「胎盤炎」についてご紹介いたします。

 

胎盤炎とは

 胎盤とは我々哺乳類のみがもつ組織です。母馬にとって異物である胎子を許容し、栄養供給、ガス交換、老廃物の除去、妊娠維持に必要なホルモンの分泌など多くの役割を担います。胎盤に感染・炎症が起こると、上述したさまざまな機能が阻害され、胎子の発育遅延や死亡に至ります。

 胎盤炎は、感染性胎盤炎あるいは上向性胎盤炎とも言われます。つまり、細菌や真菌(カビ)といった病原微生物が外陰部から頚管を通って(上向性に)子宮に侵入し、胎盤を侵します。主な原因菌は大腸菌や連鎖球菌、アスペルギルスといった一般環境中にいるものです。高温多湿な日本では海外よりカビの割合が多いのですが、カビは細菌よりも治りづらく、やっかいです。そのため、妊娠馬にはカビで汚染された寝藁や乾燥を与えないようにしましょう。

 胎盤炎は時間をかけて進行します。陰部滲出液、乳房腫脹といった異常が認められる時点では、すでにお腹の中の病態は進行しています。そのため、流産を防ぐためにはこのような症状を示す前に異常を診断し、治療を始めることが重要となります。

 

早期の診断が重要

 胎盤も炎症が起きると腫れるため、超音波検査で胎盤の厚みを計測することで診断できます。この指標はCTUP(Combined Thickness of Uterus and Placenta:子宮胎盤厚)と呼ばれ、エコーを用いた直検で簡単に計れます。また、ホルモン検査も有効です。胎盤や胎子の異常はホルモン代謝異常を来たすことが多いため、母馬の血液中ホルモンを測定することで早期に異常を診断できます。しかし、ホルモンは個体差が大きいため、1回の測定では微妙な判定はできません。そのため、妊娠7ヶ月以降において継続的に測定(モニタリング)することにより、より正確な診断が可能となります。妊娠馬全頭にホルモン検査を行うのは現実的ではないかもしれませんが、過去に流産歴のある馬だけでも検討してみてはいかがでしょうか。

 

胎盤炎の治療

 胎盤炎には治療が必要です。感染に対して抗菌剤(主にST合剤)、炎症に対して抗炎症剤(主にバナミン)、陣痛抑制剤として子宮収縮抑制剤(リトドリン製剤)や黄体ホルモン剤(プロゲストンやレギュメイト)、海外では抹消血管拡張剤(ペントキシフィリン)が用いられます。ただ残念ながら、現状では確実に流産を防げるわけではありません。十分な治療成果が得られない理由としては、発見の遅れ、注射剤を含めて十分な投薬が難しいこと、真菌に対しては抗菌剤が効かないこと、ヒトのように絶対安静ができないことなどが挙げられます。

 

 さまざまある流産原因の中で、胎盤炎は感染実験を含め、比較的研究が進んでいると言えます。まだまだ十分ではありませんが、流産を予防するためには、新しい知見を積極的に利用してみることが必要です。生産者の皆様には新しい検査法・治療法についてのご理解よろしくお願いします。

 
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写真1 感染胎盤。破膜部(上方)が変性して白くなっている。右の胎盤は底側(写真左側)に広く膿が付着している。

 
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写真2 正常なCTUP像。妊娠後期には胎盤が発達し、子宮と胎盤の2層構造が確認できる。異常時には胎盤の肥厚や剥離が認められる。

 

 

(日高育成牧場 生産育成研究室 村瀬晴崇)

2020年5月13日 (水)

交配誘発性子宮内膜炎

No.147 (2016年5月15日号)

 

   

 日中は暖かく、放牧地の緑も鮮やかになり、放牧地で横たわる当歳馬の姿に心安らぐ季節になってまいりました。交配シーズンもピークを過ぎ、若干タイミングが遅れてしまいましたが、本稿では「交配誘発性子宮内膜炎」についてご紹介いたします。

 

子宮内膜炎

 子宮は粘膜、筋層、漿膜からなる3層構造をしています(写真1)。この粘膜は内膜とも呼ばれ、発情期に浮腫を起こし、エコー検査で特徴的な所見を示す部位です。また、内視鏡検査時には直接観察できる部位ですので、生産者にとってはイメージしやすいことかと思います。子宮内膜炎とは、主に外陰部から病原微生物が進入し、感染することによって、子宮内膜に炎症が生じることを指します。

1_10 写真1

 

交配誘発性とは

 受胎に必須の交配が受胎を阻害しうる子宮内膜炎を起こすということについては、違和感を抱く方がいるかもしれません。その主な理由は交配時に異物が混入してしまうことです。種馬の陰茎は清潔に管理されていますが、交配時に多少混入することは避けられません。しかし、それ以上に注目されているのは精液自体の影響です。交配の際、子宮内には約80mlの精液が射精されます。この精液自身が牝馬にとっては異物であるため、子宮内から排除しようという生理反応が起きます。これが交配誘発性子宮内膜炎の正体です。従って、これは病気ではなく正常な自浄作用と言えます。通常は交配10-12時間後をピークに、24時間後までには炎症が収まるため、受胎性に影響はありません。

  

問題になるケース

 しかしながら、サラブレッドの中には炎症が持続することで受胎に影響を及ぼす例が10-15%あると報告されています。交配後の炎症が3日4日と続くと、子宮体からPGF2αの分泌が惹起され、妊娠維持に重要な黄体を退行させる、つまり受胎を阻害する要因となります。このように炎症が持続する馬の条件として、子宮平滑筋の収縮が乏しかったり、子宮が落ち込んでいたり(産歴の多い馬)といったことが知られていますが、臨床現場においてこれを明確に診断することは難しく、あまり一般的ではありません。簡単な診断は交配翌日のエコー検査で貯留液を確認することです。貯留液が認められる場合には、本疾病が生じていると考えられます。発情期には若干の粘液が認められるため、教科書的には深さ2cm以上の貯留液が炎症の指標とされます。

  

対処法

 対処法の一つは交配翌日の子宮洗浄です。受精に必要な精液は交配2-4時間後には卵管に移動するとされており、実際交配4時間後に子宮洗浄を行っても受胎性は低下しないという研究報告があります。そのため、子宮洗浄を実施するタイミングは交配4-18時間後が推奨されます。もう1つの対処法はオキシトシンの投与です(写真2)。オキシトシンは子宮平滑筋を収縮させることで、貯留液の排出を促します。やはり交配4-6時間以降に投与することが推奨されます。子宮洗浄よりも簡便に行えますが、半減期(血液中で濃度が半減する時間)が7分と短く、子宮収縮作用は短時間に限られます。そのため、特に注意すべき馬に対しては4-6時間おきに複数回投与することが推奨されます。PGF2α製剤(いわゆるPG)はオキシトシンよりも子宮収縮作用が長く続くため、同様に用いられていますが、排卵後の黄体形成を阻害するという報告もありますので、注意が必要です。

 いずれにしても交配翌日にエコー検査を受けることが肝要です。近年、排卵促進剤が普及したことで、排卵確認を省略するケースが散見されますが、本疾病の確認のためにも交配翌日のエコー検査を推奨いたします。交配自体が子宮内膜炎を誘発するという現象については近年広く認識されつつあります。全ての馬に対して処置が必要というわけではありませんが、該当する馬に対しては適切な処置が必要です。本稿が皆様の受胎率向上の一助になれば幸いです。2_7 写真2

 

 

(JRA日高育成牧場 生産育成研究室 村瀬晴崇)

馬の胎盤停滞の新しい対処法について

No.143 (2016年3月15日号)

   

はじめに

 分娩後の繁殖牝馬は、新たに誕生した子馬の起立を促したり、授乳したりと気が休む暇がありません。そんな中、繁殖牝馬には、分娩後のもう1つの大きなイベントである「後産」が待っています。この後産とは、妊娠中の胎子を包んでいた羊膜や胎盤などを子宮から排出させることです。分娩の時と同じ様に、後産でも周期的な陣痛が起こることで、胎盤の排出が促されます。通常、胎盤は分娩後30分程度で自然に子宮から剥離し、排出されます。この胎盤が剥離するメカニズムについてはまだ良く分かっていませんが、後産陣痛が弱かったり、異常分娩(早産や流産)だったりすると胎盤の剥離が上手く起こらずに「胎盤停滞」となってしまうことがあります。今回は、この胎盤停滞の対処方法について、昨年末にアメリカ・ラスベガスで行われたAAEP(アメリカ馬臨床獣医師会)の年次大会において、興味ある講演があったので紹介したいと思います。

 

「馬の胎盤停滞に対する臍帯注水処置について」(Mark Meijer, DVM) AAEP PROCEEDINGS/2015/Vol.61/p478-484.

 オランダからの発表。馬の胎盤停滞の発症率は2-10%であり、特に異常分娩では高率に発症することが知られている。子宮内に固着した胎盤は剥がれるときに子宮粘膜を損傷したり、残骸が腐敗したりすることで、子宮内膜炎や蹄葉炎を引き起こし、不受胎の原因となる。通常、分娩後3時間を超えても胎盤が剥離し、娩出されない場合を胎盤停滞と呼び、オキシトシンの頻回投与による排出が試みられる。分娩後6時間を経過しても排出されない場合、用手での胎盤剥離が推奨されているが、無理に剥がすことのデメリットが大きい。

 演者らは、オキシトシン処置を実施しながらも6時間超過した胎盤停滞の147症例について、臍動脈あるいは臍静脈から水道ホースに弁を装着した自作の注水装置(写真1-A)を使用して、胎盤に水を注入することで(写真1-B,C)、停滞した胎盤に浮腫を起こさせ、剥離を促し排出させることを試みた。その結果、91%(135/147頭)の症例で、注水5-10分後に胎盤が娩出された(写真1-D)。排出されなかった12頭中8頭は、その後30分以内に排出され、残りの4頭は胎盤の一部が裂けてしまっていたため排出されない症例であった。症例馬たちに副作用は認められず、追跡可能であった12頭の馬はすべて妊娠も可能であった。

 

実際に試してみると

 帰国後、知り合いの獣医師に紹介したところ、さっそく流産で胎盤停滞を起こした症例に試していただく機会がありました。1例は、重種の双胎の流産例でした。流産後、片方の胎盤が24時間経過しても排出されなかったとのことでしたが、注水処置を実施し、10分後に軽く引っ張ったところ難なく排出されたとのことで成功した例でした。もう1例は、体位異常のため死産となった症例でした。胎子を整復して摘出後すぐに注水処置を実施したとのことでしたが、臍帯血が凝固していたため注水できず、胎盤を排出することができなかったとのことでした。このような症例には、本法は適さないこと考えられ、今後の検討が必要です。

 本法を実際に実施するにあたっては、予め道具を準備しておくことが何よりも重要と思われます。北海道の寒い分娩シーズンで実施するには、お湯を使用する必要があります。現場では、お湯を入れたバケツから小さなポンプを利用して注水するのが実用的かも知れません。また、サラブレッドの繁殖牝馬は神経質なため、無理な注水はパニックを引き起こす可能性も考えられます。臨床現場での応用には、どの程度の注水が必要なのか、安全性を確かめながら更なる検討が必要と思われます。とはいえ、従来の用手剥離による胎盤停滞の処置よりもはるかに母体に優しく生産性の向上にとても役立つことは確かです。今後の発展が期待されるところです。

 胎盤停滞への注水実演の様子は、インターネット動画サイトで閲覧することが可能です(Nageboorte behandeling paard methode Zeddam: https://www.youtube.com/watch?v=mfjR-MTg6ng&feature=share)。是非、一度ご覧ください。1_5 写真12 注水用の道具(A)と注水による胎盤剥離の様子(B-D)(AAEPプロシーディングから引用)

 

(JRA日高育成牧場 生産育成研究室 研究役 佐藤文夫)

2020年5月 8日 (金)

ERVの予防

No.139(2016年1月15日号)

 年が明け、いよいよ繁殖シーズンが迫ってきました。本稿では今一度馬鼻肺炎ウイルス(ERV)による流産について解説いたします。ERVは妊娠後期(妊娠9ヶ月齢以降)に流産を起こすヘルペスウイルスの一種です。現在のところ、馬鼻肺炎に対する特別な治療法はなく、妊娠馬は無症状のまま突然流産することが多いため予防が重要となります。ERVは我々人間の口唇ヘルペスと同じく体内に潜伏し、ストレスなどで免疫が低下した際に発症するというやっかいな特性をもっています。そのため、妊娠馬には馬群の入れ替えや放牧地変更といったストレスを与えないよう注意が必要です。当然、体内に潜伏していたウイルスが再活性化するだけでなく、外部から新たにウイルスに感染することも大きな原因となります。

 

踏み込み消毒槽

ERVには逆性石鹸(パコマやアストップ)、塩素系消毒薬(クレンテやビルコンS)など一般に用いられる市販消毒薬が有効です。冬期の踏み込み消毒槽には、低温でも効果が比較的維持される塩素系消毒薬の使用が推奨されますが、北海道では消毒液が容易に凍結してしまうことが大きな問題となります。凍結防止のため市販のウインドウウォッシャー液で消毒薬を希釈することが、牛の分野ではしばしば推奨されています。この件について、JRA競走馬総合研究所で検証したところ、ビルコンSでは-10℃まで有効でしたが、常温に比べて大きく効果が低下しており、牧場現場の踏み込み槽としては必ずしも推奨できないと考えています。低温下では消毒薬の効果が低下してしまうため、凍結しなければ良いというわけではなさそうです。水槽用のヒーターを用いることが理想ですが、残念ながら踏み込み消毒槽用の製品は市販されておらず、確実な消毒効果を期待するのであればその都度微温湯で消毒液を作成するのがベストです。こまめな微温湯の作成が困難な状況においては、ウインドウウォッシャー液や自作ヒーターを検討してみてはいかがでしょうか。また、消毒薬の効果は薬液を攪拌することで向上しますので、踏込槽に軽く踏み込むだけではなく数回足踏みをするように心がけて下さい。

 

洗剤による消毒効果

 JRA競走馬総合研究所では洗剤の主成分である直鎖アルキルベンゼンスルホン酸(LAS)による消毒効果も検証しています。その結果、通常の使用濃度(台所用洗剤であれば500倍希釈程度)でERVに対する消毒効果があることが分かりました。そのため、こまめに馬具を洗浄や衣服の洗濯も予防に有効であると考えられます。

 

繁殖厩舎専用の長靴と衣服

多くの生産牧場は繁殖牝馬と明け1歳馬を同じスタッフが管理していると思われます。ERVは若馬の呼吸器症状の原因でもあり、手入れや引き馬の際に腕に付着する若馬の鼻汁は感染源として注意する必要があります。日高育成牧場では、この鼻水が妊娠馬に付かないよう、妊娠馬を扱う際にはアームカバーを着けています(写真1)。

1(写真1

牧場によっては繁殖厩舎専用の長靴を用意しています。小規模牧場ではなかなか実施しにくいと思われますが、リスクの高さを考えれば、繁殖厩舎に専用の長靴と上着を用意することは決して大げさではありません。

 

ERV生ワクチン

ERVに対するワクチンは、従来の不活化ワクチンに加え新たに生ワクチンが開発され、平成27年から流通しています。一般に、不活化ワクチンより生ワクチンの方が免疫増強作用が高いとされているため、生産界でもより有効な流産予防として注目されていました。しかし、生ワクチンの効能として現在認められているのは呼吸器疾病の症状軽減のみであり、流産予防としての妊娠馬への使用は禁止されています。一方で、従来からの不活化ワクチンは、流産と呼吸器疾病の予防が効能として認められています(写真2)。ワクチンの効能として記載されていない以上、生ワクチンの流産予防効果を獣医師が担保することはできません。また、生ワクチンは軽種馬防疫協議会による費用補助の適用外となっていることをご承知おきください。

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(写真2)
 

本コラムではこれまでにも「馬の感染症と消毒薬について(2011年39号)」、「馬鼻肺炎(ERV)の予防(2011年24号)」、「馬鼻肺炎の流産(2015年117号)」と、度々ERVについて触れております。競走馬総合研究所のサイトでバックナンバーをお読みいただけますので是非ご覧下さい。

(日高育成牧場 生産育成研究室 村瀬晴崇)

2020年2月21日 (金)

妊娠馬の栄養管理

No.135(2015年11月1日号)

 妊娠馬の栄養管理において考慮すべきこととして、胎子の健全な成長はもちろんのこと、子馬を無事出産するための母体の健康維持、また、次年度も交配する場合には、受胎に適した馬体管理などがあげられます。このため、飼養者には総合的かつ長期的な視野に基づいたきめ細やかな馬体管理が求められます。

妊娠初期~中期
 妊娠期の栄養要求量を考慮する際に重要なことは、胎子の成長度合いの把握です。ただし、胎子がお腹の中にいたとしても、妊娠初期から、母馬の維持要求量を上回る飼料を与える必要はありません。図1を見ると分かるように、胎子は妊娠期間中に直線的に成長するのではありません。5ヶ月齢までの胎子は極めて小さく、7ヶ月齢であっても出生時体重の20%程度、母馬の体重の2%にも満たないほどです。すなわち、少なくとも妊娠5ヶ月齢までは、非妊娠馬に対するものと同量・同内容の飼料を与えるだけでエネルギーとタンパク質の必要量を満たすことができます(授乳中の場合にはエネルギーおよびタンパク質の要求量がいずれも大きく増加します)。米国のNRC(全米研究評議会)による飼養標準では、妊娠5ヶ月齢からのカロリーおよびタンパク質要求量の増加が示されていますが、7ヶ月齢であっても、維持量に1.2Mcalのエネルギーと100gのタンパク質が増加されるだけです(大豆粕300g程度の増加)。このため、放牧草の状態、体重やBCS(ボディコンディションスコア)を観察しながら、濃厚飼料給餌を検討する必要があります。良質な牧草が十分量生えている放牧地で管理されている場合、必要以上の濃厚飼料の給餌は、過肥や蹄疾患のリスクを高めることにも繋がります。一方、カルシウムやリンなどのミネラル、銅などの微量元素については、妊娠期間を通して必要となるため、放牧草の状態次第では要求量を考慮したうえで、サプリメントを与えて不足を補う必要があります。

1_4図1 胎子の成長曲線(Pagan 2005を引用、一部改編)
胎子は妊娠期を通して直線的に成長するのではなく(左)、妊娠後期に急激に成長する(右)。


妊娠後期
 胎子は妊娠期間の最後の3カ月間で著しく成長し、発育量は全体の60~65%に達するため、この時期はエネルギー摂取量を増加させる必要があります。妊娠後期のエネルギーおよびタンパク質の要求量(体重500~600kg)の増加率は、一般的には維持量の115%にあたる20~25Mcalおよび900~1,100gになります。しかし、分娩に備えるためのウォーキングマシンや引き馬などによる運動、出産後の授乳や交配、また、北海道の生産地においては厳しい寒さや放牧地を覆う降雪など、様々なことを考慮して給与量を決めなくてはなりません。もちろん、必要以上のエネルギー給与は過肥や蹄疾患を引き起こすため、十分な注意が必要です。このため、繁殖牝馬のBCSや馬体重、そして放牧草の状態について年間をとおして継続的に把握しながらその時期に必要な給与量を設定する必要があります(図2)。また、エネルギー要求量の増加から、濃厚飼料の給餌割合を増加させる傾向がみられますが、疝痛や胃潰瘍などの消化器疾患を予防するためには、少なくとも総飼料の半分以上の粗飼料を給餌する必要があります。このため、エネルギー源として植物油やビートパルプの併用、線維質が高い配合飼料の効果的な給餌が推奨されます。

2_4 図2 妊娠後期の給与量の決定には、様々な要素を考慮する必要がある。

 なお、生まれてくる子馬の正常な骨格形成のためには、繁殖牝馬に対する十分かつ適切なバランスのミネラルの供給が不可欠です。胎子は自身の肝臓に、銅、亜鉛、マンガン、鉄など軟骨あるいは骨代謝に関わる微量元素を蓄積し、正常な骨形成に利用しています(図3)。母乳にはこれらの微量元素が十分含まれておらず、牧草や飼料を十分に摂取・消化できない新生子馬は、体内に蓄積された微量元素を利用する他ありません。このため、これらを妊娠後期の母馬に投与することが重要となります。なお、一般的な飼料であるエンバクや乾草のみでは、ミネラルが不足するため、ミネラル含有量を増加させた配合飼料やサプリメントの供給が不可欠です。

3_4 図3 胎子へのミネラル補給
胎子は肝臓に微量元素を蓄積するため、妊娠後期の母馬へのこれらの投与が重要となる。

 以上をまとめると、妊娠馬の栄養管理においては、「妊娠ステージに合わせたエネルギーおよびタンパク質」「妊娠期間を通した適切なミネラル」の2点が要諦になります。本稿が皆様の愛馬の飼養管理に役立てば幸いです。

(日高育成牧場 専門役 冨成雅尚)

2019年11月27日 (水)

馬鼻肺炎の流産

No.117(2015年2月1日号)

 馬鼻肺炎ウイルスによる流産および生後直死は、1頭の子馬の被害に止まらず、複数頭に続発するケースが認められることから、生産牧場にとっては大きな被害を及ぼします。この原因ウイルスである「ウマヘルペスウイルス1型(以下EHV-1)」は、馬に一度感染すると、その体内に一生潜伏します。そして、何らかのタイミングで突然再活性化し、妊娠馬であれば流産を引き起こします。また、再活性化した馬は感染源となり、ウイルスを周囲の馬に拡散します。このことから、EHV-1は、撲滅が極めて困難なウイルスであると言われています。しかし、馬鼻肺炎に関する基礎知識を背景とした適切な飼養管理により、流産発生リスクを減らすことは可能だと考えられます。

 EHV-1とは?

 EHV-1は馬の流産原因の1割弱であることから、流産馬の10頭に1頭がこのウイルスの感染によるものと考えられます。その多くは、妊娠末期9ヶ月以降の流産、生後1~2日齢までの生後直死ですが、発症した母馬には発熱や鼻漏などの感染症状がない場合が多く、流産胎子は汚れや腐敗などがなく新鮮で、見た目が比較的きれいであることが特徴といえます。ただし、生後直死する子馬は、明らかに虚弱で元気がない様子が観察されます。

 これら以外の症状として、発熱や鼻漏、顎の下にあるリンパ節の腫脹などの風邪のような症状や、稀に起立不能や鼻曲がりといった神経症状を認めることがあります。しかし、EHV-1で注意が必要なのは、全く症状がないままウイルスを拡散させる馬がいることです。この場合には、飼養者の注意が行き届かないことが多く、感染拡大に繋がります。

 EHV-1の感染経路

 EHV-1の感染源となるのは「感染馬の鼻汁」および「流産時の羊水・後産・流産胎子」であり、これらに対して直接的および、間接的(人、鼻ねじなどを介して)に接触して馬が感染します(図1)。しかし、最も厄介なのは、馬自身の体内に潜伏しているEHV-1ウイルスの「再活性化」です。一度EHV-1に感染すると、生涯に亘って、その馬の体内(リンパ節や三叉神経節など)に潜伏すると言われており、体力低下、輸送、寒さなどのストレスが引きがねとなって、再活性化がおこります。これにより、潜伏部位から体内にEHV-1が拡散し、子宮内の胎子に到達した場合には流産を引き起こすことになります(図2)。EHV-1が再活性化した馬は、他の馬に対してもウイルスを拡散します。これらの馬からのEHV-1が若馬で初感染した場合、一度感染した経験をもつ馬よりも多くのウイルスを拡散させることが知られています。また、このような若馬はその後EHV-1を潜伏させて、再活性化のリスクを有した馬となります。このようなEHV-1のライフサイクル(図3)を考慮すると、冒頭でも述べたように、根絶が極めて困難なウイルスであることをご理解していただけるかと思います。

1_11 図1.EHV-1の感染経路

2_9 図2.EHV-1の潜伏場所および再活性化

3_9 図3.EHV-1のライフサイクル

EHV-1の予防法

 それでは、このような根絶困難なEHV-1に対して、我々はどのように感染リスクを減らすことができるのでしょうか?

「予防接種」

馬鼻肺炎のワクチン接種は極めて効果的な予防法です。もちろん、上記のようなウイルス特性から推察するに、接種による予防効果はパーフェクトではありませんが、妊娠末期の接種は、必要な予防措置と考えられます。また、妊娠馬のみならず、牧場で管理している他の同居馬(育成馬、空胎馬、乗馬、あて馬など)にも接種することで、牧場全体の馬のEHV-1の免疫を上昇させることは極めて有効です。

「妊娠馬の隔離」

 可能な限り妊娠馬は他の同居馬と隔離して飼養管理することが望ましいといえます。特に感染を経験していない若馬は、感染した場合に多くのウイルスを拡散させるため注意が必要です。このため、これらの馬は妊娠馬の近くでは管理しないこと、若馬を触った後は妊娠馬を触らないようにすること、触った場合の消毒・着替えが推奨されます。また、新たに入きゅうする上がり馬などは、輸送や環境変化のストレスにより再活性化しやすいため、妊娠馬の厩舎に入れることは推奨されません。しかし、やむを得ない場合は3週間程度の隔離を行い、感染徴候がないことを確認してから、同じ厩舎に入れる措置を取ったほうがよいでしょう。

「ストレスの軽減」

 再活性化を引き起こすストレスとしては、長距離輸送、手術、寒冷ストレス、放牧地や馬群の変更、過密放牧、低栄養などがあげられます。通常の飼養管理をするなかで、なるべくストレスを軽減するような管理方法を構築していく必要があるようです。

「消毒」

 妊娠馬の厩舎には踏み込み消毒槽の設置が重要です。消毒液としては、アンテックビルコンSやクレンテなどの塩素系消毒薬、パコマやクリアキルなどの逆性せっけんが有効です。しかし、いずれも低温では効果が低下するため、微温湯での希釈や屋内の温かい場所への設置など、水温低下を防ぐ措置が必要となります。また、消毒薬は、糞尿などの有機物の混入で効果が低下するため、頻繁な交換が推奨されます。また、野外や土間などには消石灰の散布が効果的ですが、塩素系消毒薬と混ざった場合、効果が減弱するため注意が必要です。

 発生時の対応

 それでは、実際にEHV-1による流産が発生した場合には、どのような対応が必要になるのでしょうか?

「消毒」

 馬鼻肺炎の流産の継続発生を防ぐためには、流産胎子や羊水、およびその母馬からの感染拡大防止が重要です。流産によって排出されたEHV-1は冬場の低温環境では2週間経過しても全体の約1/4が生存しますので、流産発生した場合には徹底的な消毒をしなくてはなりません。このため、流産が発生し、馬鼻肺炎が疑われる場合には、すみやかに胎子、寝藁、母馬、馬房を消毒します。この場合には、塩素系消毒剤のように金属腐食性がなく、生体にも比較的安全とされるパコマなどの逆性せっけんの使用が推奨されます。この場合にも微温湯で希釈した消毒液を大量に用いて徹底的に消毒します。

「隔離」

 流産をおこした母馬は、ウイルスの感染源となるので、他の妊娠馬への継続発生を防止するために、牧場内の他の厩舎へ隔離する必要があります。この際、他の馬がいる厩舎に隔離した場合、それらに感染し、牧場全体の被害を拡大させる可能性がありますので、出来るだけ単独隔離が可能な厩舎への移動が推奨されます。

 また、流産発生に備えて、消毒薬やバケツ・じょうろなどの必要品の準備に加えて、事前に母馬の隔離場所などを決めるなどの行動計画を作成し、厩舎スタッフで共有することも重要な感染拡大防止策であるといえます。

 (日高育成牧場 専門役 冨成雅尚)