繁殖牝馬 Feed

2019年11月18日 (月)

妊娠後期の超音波(エコー)検査

No.113(2014年11月15日号)

流産率と好発時期
 過去の日高地区の調査では、妊娠5週目に受胎確認された馬のうち約9%が流産、早産に到ると報告されています。また、日高家畜保健衛生所の報告によると、家保に搬入された流産胎子の93%が妊娠後期(6ヶ月齢以降)に発生したものでした。8月から9月に妊娠確認を行うことが多いと思われますが、実はその後も流産するリスクが高いと言えます。

早期診断としてのホルモン検査
 陰部からの滲出液や乳房の早期腫脹といった外見上の流産徴候が認められる頃には、子宮内の異常はすでに進行しており、治療しても手遅れとなるケースが多いようです。そこで、より早期に流産徴候を把握するためホルモン検査が推奨されています(詳細については、バックナンバーをご参照下さい。2014年2月1日号、No.94)。しかしながら、ホルモン検査では胎盤や胎子が実際にどのような状態なのか知ることはできません。

エコーで何が分かるのか
 エコーを用いることで、胎盤や胎子の状態を知ることができます。感染性胎盤炎の指標として子宮胎盤厚(CTUP)があります。胎盤炎に罹患すると胎盤が肥厚するためCTUPが上昇します(図1)。また、胎子の状態を把握する指標の一つに心拍数が挙げられます。胎子も成馬と同様、刺激やストレスによって心拍数が上がったり下がったりするのですが、特に心拍数の低下は胎子の危機的な状態を表していると言われています(図2)。また、流産に至る過程でさまざまな要因により子宮内発育遅延Intrauterine Growth Restriction(IUGR)を来たすことがありますが、エコーでは胎子の頭や眼球、腹部、大動脈といった指標を計測することで胎子の大きさを推定することができます(図3)。

1_6 図1 胎盤炎の指標であるCTUP。胎盤炎に罹患すると厚くなる。

2_5 図2 胎子心拍数。正常では10週齢ころをピークに漸減する。

3_5 図3 胎子の大きさを推定するための各種指標。

胎子検査の実際
 一般の直検で用いられるリニア型探触子は鮮明な画像を描出できる半面、描出領域は深さ10cm、幅数cmと限りがある上に、下側しか観察できません。一方、コンベックス型と言われる扇形の探触子は画像が粗くなるものの、深さ30cm、視野角60度と描出領域が広い上に、直腸内において下側だけでなく前方向も描出できるため、リニア型に比べて広い範囲を観察することができます(図4)。また妊娠後半には、妊婦検査と同様にお腹から検査することによって胎子を観察することができます(図5)。コンベックス型探触子は新しい機械ではありませんが、馬繁殖分野ではリニア型ほど普及していませんので、現在のところ往診している獣医師の誰でも検査できる状況にはありません。

4_3 図4 探触子の種類。リニア型では妊娠後期の胎子を十分に観察することは難しい。

5_2 図5 2通りのアプローチ。妊娠後期には妊婦と同様にお腹から観察する。

普及の可能性
 胎子のエコー検査については以前から報告されていましたが、単体での意義はそれほど大きくなく、臨床応用には至りませんでした。しかしながら、近年はホルモン検査との併用により、エコー検査の対象を絞ることができるようになったことに加えて、エコーの高画質化、低価格化により機械の普及がより一層進むことが期待されることから、ヒトの妊婦検診のように実用性が高まってくるかもしれません。

まとめ
 一口にエコー検査と言ってもさまざまな検査項目があることがお分かりいただけたでしょうか。全ての妊娠馬に対して全ての項目を定期的に検査することが理想ですが、当然コストや手間もかかりますので現実的ではありません。そのため、「ホルモン値が異常の馬」「流産しやすい馬」「高額な種馬と交配した馬」など、気になる妊娠馬がいた際に検査してみてはいかがでしょうか。
 残念ながら、ホルモン検査やエコー検査で全ての流産を早期診断できるわけではありません。特に馬鼻肺炎ウイルス感染症のように流産までの転機が早い疾病に対しては未だ有効な検査法は確立していません。
 流産率を少しでも下げるため、日高育成牧場では流産予防に関する調査研究を行っています。妊娠馬の検査についてご興味がありましたらお気軽にお問い合わせ下さい。

(日高育成牧場 生産育成研究室 主査 村瀬 晴崇)

2019年10月 2日 (水)

離乳

No.108(2014年9月1日号)

 9月に入り、多くの牧場では、本年生まれた子馬たちの離乳が行われている頃ではないでしょうか。離乳は、生まれてから母馬とともに過ごしてきた子馬たちにとって、「初期育成」から「中期育成」への区切りとなる大きなイベントになります。
 今回は、離乳に関する基本の確認と、JRA日高育成牧場で実施している方法についてご紹介します。

離乳とは
 そもそも、なぜ馬は離乳する必要があるのでしょうか?
その答えは、母馬が次の出産に備えるためです。次に生まれる子馬に十分量の母乳を与えるためには、出産前に少なくとも1ヶ月の「泌乳器の休養」が必要となります。このため、野生環境におかれた馬では、出産の1~2ヶ月前になると、子馬の方から自然に哺乳しなくなり、徐々に母子が離れていきます。
サラブレッド生産における離乳の実施時期は、概ね5~6ヶ月齢というのが一般的になっていますが、牧場によっては7~8ヶ月齢と遅い場合もあるようです。一方、急速な発育などに起因するDOD(成長期整形外科疾患)の予防として、重種馬を乳母として利用している際の母乳摂取抑制あるいは母馬の飼料盗食を回避することを目的とした早期離乳も実施されています。
 通常、離乳の実施時期を考慮するうえで、「栄養面の離乳」と「精神面の離乳」の2つを念頭に置く必要があります。

栄養面の離乳、精神面の離乳
 母馬がいなくなった場合に、それまで母乳から摂取していた栄養を牧草や固形飼料で代替することができるようになっていること、すなわち、1~1.5kgの固形飼料を食べられることが、ポイントになります。
 クリープフィードの給餌を離乳直前に開始しても、食べ慣れるまでに時間がかかるうえ、離乳ストレスによる食欲低下も念頭に置かなくてはなりません。このため、クリープフィードの開始時期は、一般的には、母乳の量が低下し始める2ヶ月齢が目安になります。もちろん、過剰摂取による過肥、骨端炎および胃潰瘍には十分注意する必要がありますので、子馬の体重、増体量、ボディコンディションスコア、放牧地の草の状態などの観察が重要になります。
 精神面からも、離乳の実施時期を考慮するポイントを得ることができます。放牧地で母馬と一定の距離があること、また、他の子馬との距離が近づいていることが、離乳後のストレス軽減を判断する指標になります(図1)。
 これら「栄養面」および「精神面」の両者が概ね達成される時期が、概ね生後3~4ヶ月ですので、必然的にこれ以降が適切な離乳時期といえるのかもしれません。
 1_3 (図1)3ヶ月齢を過ぎると、母子間距離が長くなり、子馬間距離が短くなる。

リスク回避の方法
 離乳を実施するうえで、考慮しなくてはならないリスクには「成長停滞」「悪癖の発現」「疾患発症(ローソニア感染症など)」「事故」などがあげられます。これらのリスクをゼロにすることはできませんが、予防策として、「離乳前に固形飼料を一定量食べさせておくこと」「ストレスを可能な限り抑制すること」を念頭におくことにより、リスクを最小限に抑制できます。
 このため、時期や環境に注意を払う必要があります。著しい暑さ、激しい降雨、アブなどの吸血昆虫などのストレス要因を回避することに加え、栄養豊富な青草が生い茂っている時期に実施することも重要です。また、隣接する放牧地に他の馬がいる場合には、母馬を探し求める子馬が柵を飛越するリスクがあるため、牧柵および周辺環境を含めた放牧地の選択や、離乳後における数時間程度の監視も重要です。
 昨年、日高育成牧場で実施した離乳方法は以下のとおりです。
 最初に、同じ放牧地で管理している7組の母子のうち2頭を離乳するとともに、穏やかな性格の牝馬(当該年の出産なし)をコンパニオンとして導入し(図2)、その後、2~3週間かけて段階的に2、3頭ずつ離乳していき、最終的に子馬7頭とコンパニオンの計8頭の群で管理しました(図3)。

2_3 (図2)最初の離乳時に、穏やかな性格の牝馬(子無し)をコンパニオンとして導入

3_3 (図3)子馬7頭とコンパニオンの8頭の群で管理

 この方法の利点は、同じ群の多くの馬が落ち着いていることです。離乳直後は、放牧地を走り回りますが、周りの馬が落ちついているため、われに帰って、群の中に溶け込みます。離乳後、数時間の監視をしていますが、大きな事故につながるような行動はありませんでした。どのような方法であっても、母馬がいなくなった子馬のストレスを完全に回避することは困難ですが、このような段階的な離乳により、可能な限りストレスを緩和することができると思います。

4_3 (図4)コンパニオンとして導入した繁殖牝馬を中心に落ち着いた様子をみせる離乳直後の当歳馬たち

(日高育成牧場 専門役 冨成雅尚)

2019年8月19日 (月)

繁殖牝馬の肥満と予防

No.101(2014年5月15日号)

繁殖牝馬の肥満

 繁殖牝馬の適切な栄養管理は、受胎率の向上、長期間にわたる繁殖生活、そして何より健康な子馬を産み育てるためには欠かすことができません。草食動物の馬にとって、良質な草地での放牧管理を中心とした飼養管理が最適であることに異論はないと思いますが、その場合であっても、問題となるのが「繁殖牝馬の肥満」です。アスリートではない繁殖牝馬の身体を極端にフィットさせる必要はありませんが、一方で極度に脂肪が蓄積する肥満症になった場合、蹄葉炎や発情周期異常などのリスクが高まることが知られています。このようなリスクを有する肥満症は、内分泌異常が原因の1つと考えられており、「馬メタボリック・シンドローム」と呼ばれています。

 馬メタボリック・シンドローム

 馬メタボリック・シンドローム(Equine Metabolic Syndrome以下EMS)は「遺伝」と「飼養環境」の2つの要因が複合することにより発症すると考えられています。すなわち、特定の遺伝子を持った馬が、青草が豊富に生い茂った放牧地で飼われている、もしくは濃厚飼料を多給されているなど、栄養過多の管理が施された場合に発症しやすくなります。欧米では、このような素因を有した馬のことを「イージー・キーパー」(少量もしくは栄養価が低い牧草や飼料でも体重維持が容易な馬)と呼んでいます。野生環境の痩せた土地においても、生存してきた特定の馬の遺伝子が、今も一部の馬に残っているものと考えられています。EMSの発症年齢は5~15 歳であり、高齢馬にはあまり認められず、外見上は肥満体型、もしくは頸などにおける部分的な脂肪蓄積(図1)などを認める場合が多いようです。なお、過肥の馬のすべてがEMSというわけではありません。

1_3 図1 頸部の脂肪蓄積はクレスティ・ネックと呼ばれる

EMSの危険性

 ヒトのいわゆる「メタボリック・シンドローム」は、心臓病、脳卒中もしくは糖尿病のリスクを高めますが、EMSは蹄葉炎のリスクを高めることで知られています。EMSを発症した馬は、「インスリン抵抗性」と呼ばれる血糖を筋肉などに取り込むインスリンの働きが弱い、すなわちインスリンが効きにくい体質になっているといえます。このような状態に陥った場合、「蹄の角化細胞への糖の取り込み不足」や「蹄内部の血流阻害」が生じて、蹄葉炎が引き起こされると考えられています。

 また、繁殖牝馬にとって問題となるのは、発情周期の異常です。ある研究によると、インスリン抵抗性を有した牝馬は、正常な牝馬と比較して、黄体期が長く、発情から次の発情までの周期が長いことが確認されており、正常な交配にも影響を及ぼすおそれがあります。

予防法と治療法

 予防法は、飼養管理法の改善が中心になります。穀類や糖蜜などを含んだ濃厚飼料の不必要な多給を避けることはもちろん、ミネラルバランス、特に細胞内におけるインスリンの機能を低下させるマグネシウム欠乏に留意することなどが提唱されています。

 放牧地管理としては、放牧草に含まれる「フラクタン」と呼ばれる糖の摂取をいかに減らすかが鍵になります。フラクタンは、インスリン抵抗性に関連性が深く、秋から冬、そして春先にかけて放牧草の中に多く蓄積するなどの季節性変化がある一方で、夏の午後や夜間冷え込んだ秋の早朝にも多く蓄積するなどの日内変動もあるようです。このため、放牧時間の設定が重要となりそうです。また、窒素欠乏にある草地で生育した牧草はフラクタン濃度が高いことがわかっています。したがって、窒素を含む適切な施肥は牧草中のフラクタン濃度の上昇を抑制する効果があると考えられています。

 もちろん、可能であればウォーキングマシンやランジングを利用した運動負荷も適切な体重を維持するうえで効果的です。また、体重やボディコンディショニングスコアの計測などの定期的な馬体のモニタリングを行うことは、大きな手助けになると思います(図2)。

2_2

図2 定期的な体重とBCSの測定は肥満予防の第一歩

(日高育成牧場では繁殖牝馬の体重は週1回、BCSは月1回測定しています)

 すでにEMSになってしまった場合の治療法として、蹄葉炎を発症している場合には、装蹄療法や消炎鎮痛剤の投与による疼痛管理、そして、砂パドックなどを利用した放牧制限や粗飼料による低カロリー給餌が中心となります。乾草を与える場合には、糖分(のうちの水溶性成分)を除去するために一定時間、水に浸漬することも良いかもしれません(図3)。

3_2  図3 浸漬による乾草からの糖分除去

さいごに

 放牧草の栄養状態の季節的な変化、さらには遺伝による個体差など種々の要因により、繁殖牝馬の馬体を年間を通して適切に推移させることは容易ではありませんが、今回お伝えしたことが少しでも多くの繁殖牝馬の健康にお役に立てば幸いです。

 (日高育成牧場 専門役 冨成 雅尚)

2019年8月 9日 (金)

繁殖牝馬の護蹄管理

No.97(2014年3月15日号)

 馬の跛行の70%以上は蹄が原因であるといわれています。繁殖牝馬においても蹄の管理は健康維持と子馬の正常な発育確保の観点から非常に重要となります。本稿では、繁殖牝馬の護蹄に関する基本について紹介します。

蹄管理の重要性
 蹄の伸びは1ヶ月で約1cmであり、健全な成馬であれば約1年で蹄全体が更新されます。しかし、蹄は体重を支えるために地面と接したり、歩行や運動するために地面を蹴ったりすることで常に磨耗します。そのため、蹄の伸びが磨耗より大きければ蹄が伸びた分をそのまま削切することで健常な状態にできますが、磨耗が激しければ蹄鉄を装着して保護しなければなりません。削蹄を行わずに放っておくと蹄が伸びすぎて歩きにくくなるため、繁殖牝馬では放牧地での運動量が阻害され、それにともなって子馬の運動量も不足します。したがって、健康状態維持と子馬の正常な発育ためには、繁殖牝馬においても定期的な削蹄は必要です。また、蹄は水分やアルカリに弱い性質があるため、過剰な水分や糞尿は蹄角質を脆くしてしまいます。脆くなった蹄は、細菌などに侵食されやすく、蹄の変形を招く原因となります。

繁殖牝馬と競走馬、乗用馬の削蹄の違い
 繁殖牝馬は競走馬や乗用馬のように人が乗ることはありませんし、速く走ることや障害飛越等を行うこともありません。従って、蹄の磨耗に関しては競走馬や乗用馬よりも少なくなります。一方で、繁殖牝馬は体重が競走馬より重く放牧地での運動により磨耗が進むことに加え、出産を繰り返すことによる蹄への荷重変化が大きいため蹄の変形(しゃくれ状態となる凹湾(おうわん)や二枚蹄、裂蹄(れってい)など)が発生しやすいので、削蹄についての考え方も少し違ってきます。競走馬や乗用馬では運動による蹄の磨耗対策として蹄鉄を装着しますが、繁殖牝馬では放牧地の状態や放牧時間に左右される磨耗の程度を判断しながら変形を矯正する削蹄が必要となります。

繁殖牝馬への装蹄-メリットとデメリット-
 一般に蹄鉄を装着するメリットとしては、大きく3つの理由があります。
① 過剰な摩滅から蹄を保護する
② グリップ力を高める
③ 装蹄療法に用いる
 これらのうち、繁殖牝馬においては蹄の変形やそれに起因する蹄葉炎に対処するための「③装蹄療法」が最も大きな目的となります。
 一方、蹄鉄を装着することで考えられるデメリットとしては、
① 放牧地での他馬への影響
② 落鉄時の対応困難(放牧地での蹄鉄の捜索や再装着の対応等)
③ 蹄鉄の装着状況の確認や対処に技術が必要
④ 蹄底に雪が詰まり「下駄を履いた」状態となることがある(捻挫等の心配)
⑤ 経済的負担
などがあげられます。このように蹄鉄を装着するメリットとデメリットをトータルで考えあわせると、一般的には跣蹄(はだし)のほうが管理しやすいといえます。

蹄鉄を装着した方がよい場合
 一方、蹄病ならびに蹄の極端な磨耗や変形(削蹄だけでは改善できない場合や極端な鑢削をした場合)がある場合には蹄鉄を装着して改善を図ったほうがよい場合があります。とくに、蹄底が薄く挫跖(肉底に発症する内出血)を繰り返しやすい蹄や、白線裂や裂蹄などの蹄病を発症している蹄においては、蹄鉄を装着することが非常に有効であると考えられます。また、凹湾した蹄を矯正するために蹄壁を極端に鑢削してしまったことで負重に耐えられなくなった場合では、キャスト(ギプス)による装蹄(図1)も有効となります。これは、鑢削によって薄くなった蹄壁の代わりにキャストに釘付けを行う方法です。

1_6 図1 キャストによる装蹄            
蹄壁の代わりにキャストに釘付けする方法

最後に
 削蹄は蹄の角質を削切するためだけのものではありません。蹄の健康診断も兼ねており、蹄病や変形を早期に発見し対応することで悪化を防ぐことができます。従って、月に1度は装蹄師に削蹄を依頼し、蹄の状況を把握しておくことはとても大切なことであると言えます。また、軽度な蹄壁の欠損などは早期に発見すればご自分で処置することもでき、悪化を防ぐことができます。
 JBBA主催の生産者向けの削蹄講習会が年に1回開催されています(図2)ので、牧場の皆様も実際に削蹄を体験してみてはいかがですか?

2_6 図2 JBBA削蹄講習会
今年は1月15日にJRA日高育成牧場で開催され、
生産牧場から11名の参加者が受講した。

(日高育成牧場 専門役 下村英次)

2019年4月26日 (金)

分娩後初回発情における種付けの生産性

No.71 (2013年2月1日号)

サラブレッドの繁殖の特徴
 季節繁殖動物であり経済動物でもあるサラブレッドの繁殖シーズンは、北半球では概ね2月から6月となります。その間、排卵は21日間隔で起こります。妊娠期間は約340日で、11ヶ月以上にも及びます。そのため、1年1産を継続させるためには、分娩後、速やかに種付けを行い妊娠させる必要があるのです。一方、分娩後の子宮は驚異的なスピードで回復し、通常、健康な牝馬では分娩後10日前後で初回発情が回帰して、初回排卵が認められ、種付けが可能となります。そのため、国内のサラブレッドの生産においては、この「分娩後初回発情」における種付けが主に行われているのが現状です(図1)。

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(図1) 国内における過去12年間(延98,203頭)の分娩後初回種付け日の分布
分娩後20日までに種付けした繁殖牝馬は71,387頭(73%)、分娩後21~40日に種付けした繁殖牝馬は20,899頭(21%)であった。さらに、分娩後8~11日に種付けを行った牝馬を初回発情(FH)群、分娩後27~33日に種付けを行った牝馬を初回発情スキップ(FH-skip)群として、生産率の違いを調べた。

分娩後初回発情における種付けのメリットとデメリット
 分娩後初回発情における種付けのメリットとしては、①種付け時期の早期化(1年1産が達成できる可能性)、②早生まれの子馬を生産できる(セリでの高額取引が見込んで)、③交配時期の特定が容易になる(交配計画、人気種牡馬の予約)、などが考えられます。一方、デメリットとしては、①子宮の回復が完全ではない状態での種付け(受胎率への影響)、②受胎確認後の早期胚死滅が起こる確率が高い、③生後僅かな子馬を種馬場へ連れて行かなくてはならない(ストレス増加、疾患罹患のリスク)(図2)、などが考えられますが、それらが実際の生産性に及ぼす影響については調べられていませんでした。

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(図2) 種馬場での発情検査の様子
生後間もない子馬も馬運車で輸送されて来る。

生産性に及ぼす影響
 そこで、分娩後の初回発情における種付けが生産性に及ぼす影響を調べるために、分娩後8~11日に種付けした牝馬を初回発情(FH)群、分娩後27~33日に種付けした牝馬を初回発情スキップ(FH-skip)群として、過去12年間の国内における全サラブレッド繁殖牝馬における生産率(産子数/交配牝馬数)と早期胚死滅発生率(初回交配後35日以降に再交配を行った牝馬の割合)について統計解析を行ってみました(図1)。
その結果、生産率は分娩後初回発情で種付けを行うと(FH群)38.2%となり、2回目の発情で種付けを行うと(FH-skip群)51.0%となることから、初回発情における種付けは生産性が悪いことが明らかになりました(図3)。また、早期胚死滅発生率は、FH群で11.7%とFH-skip群の7.1%と比較して有意に高くなることが明らかになりました(図4)。さらに、早期胚死滅発生率は年齢とともに上昇し、FH群ではその割合がより高くなることが明らかになりました。

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(図3)生産率の比較[分娩後初回発情交配(FH群)vs 2回目発情交配(FH-skip群)]
FH群の生産率は悪い。

4 (図4)早期胚死滅発生率の比較[分娩後初回発情交配(FH群)vs 2回目発情交配(FH-skip群)]
FH群の早期胚死滅発生率は高い(左)。また、年齢が高くなるほど早期胚死滅発生率はFH群で高くなる(右)。

最後に
 サラブレッドの生産の現場では、種牡馬の予約状況や残された繁殖シーズンの日程などから、分娩後の初回発情における種付けが選択されることも多いのが現状です。今回、統計学的な解析を行うことで、初回発情における種付けの生産性の悪さが明らかになりました。また、分娩による子宮の損傷や感染などから、子宮の回復は高齢馬になるほど悪くなることが推察されます。初回発情と2回目の発情のどちらで種付けを行うかは、繁殖牝馬の年齢と併せて子宮の回復具合をエコー検査により十分精査した上で判断した方が良さそうです。
 一方、FH-skip群の生産率を見ても、まだ51%しかないことから(図3)、生産性を向上させるためには分娩後初回発情における種付けを見送るだけでは十分ではありません。普段からの繁殖牝馬の飼養管理の重要性に加えて、分娩後の栄養状態の適切な維持方法、ライトコントロールによる人為的なホルモン分泌の促進、自然分娩を心掛けることによる子宮や外陰部の損傷防止、排卵促進剤や発情誘起法の有効活用、早期胚死滅や早流産の対策なども重要な項目となります。また、信頼できる獣医師に相談したり、講習会や勉強会に参加したり、新しい生産技術を取り入れていくことも生産性向上に繋がるものと思われます。

(日高育成牧場 生産育成研究室 研究役 佐藤文夫)

2019年4月10日 (水)

マダニ媒介性感染症

No.64 (2012年10月1日号)

 日高地方の放牧地では、シカを始めとするキツネやウサギなどの野生動物が放牧中のサラブレッドと共存!?している姿をよく見かけます(写真1)。実は、これら野生動物の体には、様々な種類のマダニが多数寄生していることをご存知でしょうか?(写真2)。こうした「共存」は、本来、クマ笹や草むらの中に潜んでいるマダニが野生動物とともに放牧地に侵入し、サラブレッドと接触する機会を増やす可能性があります。特にマダニの活動が活発になる春と秋には、ウマの頚や胸に吸血して丸々と太ったマダニを発見することが多くなります(写真3)。

1_9 (写真1)夕暮れとともに放牧地に侵入するエゾシカの群れ

2_10 (写真2)シカの耳に寄生しているマダニ

3_7 (写真3)馬に寄生しているマダニ。
胸から頚部、頭部に寄生していることが多い(左)。当歳馬1頭から採取したダニ(右)。

病原体
 マダニの消化管には「ライム病」の原因となるボレリア(Borrelia burgdorferi)と呼ばれるらせん状の細菌や「アナプラズマ症」の原因となるアナプラズマ属(Anaplasma)のグラム陰性細菌が感染していることが疑われています(写真4)。帯広畜産大学の調査によれば、十勝地方の牛放牧地で採取されたマダニから「エールリヒア症」の原因となるリケッチア属(Ehrlichia)が高確率に検出されています。これらの病原菌は感染野生動物の血液を吸血することによりマダニの腸管内で増殖することが知られています。そのため、マダニを駆除する際にはマダニの腸管液を馬の体内に押し込まないように、注意しなければなりません。そこで、役に立つのがマダニ取り専用のピンセットです(写真5)。このマダニ取り用ピンセットの先はスプーン状になっていて、マダニの頭部だけを挟んで引っ張り抜くことができる優れ物です。これにより、マダニの腹部を押して消化管内容物がウマの体に逆流することも、頭部が皮膚の中に残ってしまうことも予防できます。

4_5 (写真4)ボレリア菌の顕微鏡像 (Microbe libraryより)

5 (写真5)ダニ取り専用のピンセット

症状と治療法
 大抵のウマは、これらの病原菌に感染しても顕著な症状を示すことは少ないようですが、ライム病の流行地域として知られる北アメリカの中部大西洋地域からニューイングランドまでの東部諸州、中西部の五大湖地域およびカリフォルニア州では、罹患すると歩様の変化が見られることが報告されています。さらに一般的な臨床症状としては、項部硬直、慢性的な四肢の中軽度の跛行、筋や神経の疼痛、緩慢な動作などの行動の変化、体重の減少、肌の知覚過敏、ブドウ膜炎、関節の腫脹などが知られています。アナプラズマ症との類症鑑別は、発熱や貧血、血小板の減少、筋肉の削痩、または運動障害といった違いがあります。血清学的診断やPCR診断により検査可能ですが、確定診断は難しく、他の疑われる疾患が否定されて始めて診断されます。治療にはテトラサイクリン系抗生物質を5-7.5mg/kgを1日1回で28日間静脈内投与が推奨されています。

日高管内における感染状況の調査
 日本のウマにおける節足動物が媒介する疾病に関しては、まだあまり調べられていないのが現状です。しかし、日高地方のウマの放牧地ではエゾシカを始めとする多くの野生動物が混在していることから、マダニを代表とする節足動物が野生動物とウマとの間で少なからず病原体を伝播していることが容易に推測されます。JRA日高育成牧場に繋養されていたサラブレッド繁殖牝馬13頭(2~20歳)、子馬9頭(当歳)、育成馬65頭(1歳)から末梢血を採取し、アナプラズマ、ボレリア、リケッチアに対する抗体陽性率を調べた結果、それぞれ3.4%、92.0%、98.9%の陽性率となり、これらの病原菌に高率に感染が起こっていることが確認されました。育成馬は日高管内で生産され1歳の夏に日高育成牧場に入厩してきたウマ達であることから、感染は生産牧場ですでに成立していたものと考えられました。また、高齢の繁殖牝馬ほど抗体価が高い傾向が認められ、病原体への暴露は毎年、繰返し起っている可能性が考えられました。

マダニ刺咬性中毒
 オーストラリアの東沿岸では、マダニの刺咬性中毒によるウマの死亡例が報告されています。マダニは吸着後、神経毒を含む唾液を刺咬部に注入します。この神経毒を含む唾液により麻痺症状を発生させたり、起立不能を呈したりする疾患です。マダニの寄生数が多い程、さらに体重100kg以下の子馬での死亡率が高いと報告されていることから、新生子馬のマダニの寄生には注意を払う必要があるかもしれません。

最後に
 アナプラズマ、ボレリア、リケッチアはヒトへも感染する「人獣共通感染症」という代物です。たかが「ダニ」と侮ってはいけません。予防にはこまめなマダニの除去が推奨されています。日頃の手入れの時にはマダニの寄生にも注意を払ってみてはいかがでしょうか。

(日高育成牧場 生産育成研究室 研究役 佐藤文夫)

2019年1月15日 (火)

子宮の回復と受胎率、流産率

No.31 (2011年5月1日号)

種付けの現状
 一般的に、哺乳動物は授乳期間中には発情しないものですが、馬は出産直前から卵胞が成長し始め、分娩から1週間で発情を示すという特異な動物です。これまでに行われた生産地疾病等調査によると日高管内では分娩した馬の79%が初回発情で交配されており、その受胎率は46.4%でした(2発情目以降も含めた1発情当たりの受胎率は約60%)。
 一方、欧米のサラブレッド生産に目を向けると、分娩後初回発情ではほとんど交配されないのが一般的です。種牡馬側の観点からすると、産駒数を増やすためには、受胎しにくい馬との交配を避け、受胎しやすい馬と交配するということは非常に納得いくものです。しかしサラブレッド以外の品種においては、欧米においても初回発情で交配することが一般的であり、繁殖効率を考える上で初回発情を避けるか否かということは世界的にも論争の的となっています。

子宮の回復
 初回発情において受胎率が低い原因は、子宮が分娩の損傷から回復していないことに起因しています。損傷の程度、回復の早さは馬によって異なりますが、エコー検査で子宮の大きさ、貯留液の性状や量などをみることによって推察できます。初回発情時に貯留液が残っていると受胎率が低下するという報告もあることから、日本では交配前によく子宮洗浄が行われますが、貯留液=汚い=洗浄と考えるのは必ずしも適切ではありません。子宮内貯留液は子宮内膜組織の残留や感染を示唆するものではなく、修復過程において子宮壁から滲出するものであり、正常であっても分娩後6日頃までは存在すると言われています。このことは、正常に分娩した場合において、子宮洗浄を行っても受胎率を高める事ができないという報告からも裏づけられます。

初回発情v.s.2発情目以降
 初回発情と2発情目以降では生産性にどれほどの違いがあるのでしょうか。初回発情時の交配では受胎率が低いことを述べましたが(46.4%v.s.60%)、受胎した後の流産率が高いことも問題です。具体的には、受胎確認したものの5週目の再鑑定時に胚がいなくなる早期胚死滅率が11.1%v.s.3.8%、さらにそれ以後に流産する胎子喪失率が11.0%v.s.6.2%と、2群に大きな違いがあることが分かりました。初回発情で受胎するか否かの違いは決して運ではなく、さまざまな要因が関与しています。そのため、効率の良い繁殖管理を考える上で受胎する馬としない馬の要因を精査することは重要です。

分娩後初回発情に適した条件
 生産地疾病等調査によると、初回発情で交配した場合、年齢によって交配率、受胎率に差が認められました(図1)。また、交配頭数は分娩9日後にピークに達するものの、受胎率は9日以前は50%未満なのに対し、10日以後で50%を越え(図2)、「9日以前は見送った方が良い」という一つの指標を裏付ける結果となりました。

1 図1 分娩後初回発情における年齢毎の交配率および受胎率

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図2 分娩後初回発情における交配日別受胎率


 その他、受胎率に影響を及ぼす因子を列挙しますと、分娩月日(遅<早)、前年の状況(分娩<非分娩)、胎盤排出時間(60分以内<以上)、胎盤重量(8kg以上<以下)、分娩後日数(短い<長い)が挙げられました。
 前年の状況や胎盤排出時間、胎盤重量は子宮損傷の程度を反映しており、年齢や分娩後日数については子宮の回復度に影響していると考えられます。獣医師はエコー検査で子宮の回復具合を判断しますが、牧場現場においては後産が排出されるまでの時間や後産重量を記録しておくことで、初回発情を見送るか否かの判断材料になると考えられます。

飼養管理の重要性
 牧場の管理によって受胎率を改善できる因子としては飼養管理が挙げられます。出産時のボディコンディションスコア(以下BCS)が5以下であると同シーズンの受胎率が低い事が報告されています。このような馬は分娩後に慌ててBCSを上昇させたとしても受胎率は改善しないため、出産前からBCSを5以上に保つよう管理することが重要です。
 また、BCSと早期胚死滅率との関係も報告されています。初回受胎確認時から5週目の再鑑定時におけるBCSの変化を上昇群、維持群、低下群と区分したところ、早期胚死滅率については上昇群1.9%、維持群5.6%、低下群7.0%と関連性が認められ、胎子喪失率(再鑑定時以降に流産)についても8.0%、7.0%、13%とBCSが低下する群で高い流産率を示しました。(全体の平均は早期胚死滅率5.8%、胎子喪失率8.7%)
 また、運動は子宮回復を促すことが知られているため、初回分娩後発情での受胎率を高めるためには早期に広い放牧地へ放すことも選択肢として考えられます。

 今回は分娩後初回発情における交配について焦点を置いて紹介させていただきました。これらの成績が、多忙な繁殖シーズンにおける効率の良い繁殖管理の一助になれば幸いです。

(日高育成牧場 生産育成研究室 村瀬晴崇)

2019年1月 9日 (水)

繁殖牝馬に対するウォーキング・マシンの効果とストレスについて

No.28 (2011年3月15日号)

 3月に入り分娩シーズン真っ只中となりましたが、読者の皆様におかれましては妊娠後期の繁殖牝馬管理をどのようにされてますでしょうか?いくら経験豊かなホースマンであっても、子馬の出産時期は非常にストレスがかかるものだと思います。特に難産などは、一年積み重ねてきた苦労が水の泡となるだけでなく、最悪の場合は繁殖牝馬を淘汰しなければいけない可能性も出てきます。そうならないためにも、繁殖牝馬の出産前管理は非常に重要となります。
 さて、今回はその難産を含めた繁殖疾病を予防するために有効となる“出産前の運動”、特にウォーキング・マシン(以下、WM)を利用した分娩前管理の有効性について紹介したいと思います。

1 〔図①〕WM中の繁殖牝馬:当場では分娩約1か月前より4~5kmの速度で20~30分程度実施

妊娠馬の運動の重要性
 妊娠後期の適度な運動は、心血管系の機能維持に効果的です。すなわち、子宮動脈の血流を増加させ、胎子への酸素供給量を増大させるために、低酸素脳症に起因する虚弱子の誕生リスクを軽減させられると考えられています。その他、ヒトでも述べられているような子宮内の胎子スペースを確保するための肥満(体重の過度な増加と脂肪の蓄積)予防、さらに分娩に耐えうる健康状態および体力維持にも効果的であり、これらが難産を予防すると考えられています。その他、ヒトでは妊娠末期の適度な運動によって生じる努力性の呼吸が、出産時の呼吸状態に類似していることからも、適度な運動が推奨されているようです。
 また、ウマでは胎子の出生時体重の60%程度が妊娠後期の3ヶ月間に増体していることからも、妊娠後期の運動は母体の難産予防のみならず、急激に成長する胎子の正常な発育のためにも不可欠と考えられます。

妊娠馬の運動不足のサイン
 妊娠後期、特に分娩1~2週間前に運動不足に陥ると、下肢部や下腹部(乳房前方から帯径にかけて)に浮腫を認めることがあります。このような浮腫を認めた馬を観察していると、放牧地や馬房でも一箇所に駐立している場合が多いように思われます。この場合には、WMや引き馬を行って循環状態を改善させる必要があります。
 一般的に、1~2haほどの青草が茂った放牧地で放牧を行っていれば、運動不足になることはないと考えられています。しかしながら、北海道の冬は雪で覆われ、青草どころか放牧地内での歩行すら困難となるために、強制的な運動が不可欠であると考えられています。理想を言えば馬の息づかいを感じながらの引き運動が最適なのでしょうが、効率を考えた場合にはWMの利用に勝るものはないのでしょう。
 実際、WMが普及し、妊娠後期の運動として使用されるようになってから、難産が減少したとの印象を持っている生産者も多いようです。

妊娠と運動の関連性
 ヒトでは妊娠後期の過剰な運動は、子宮血流量を過度に増加させ、それに伴う胎児の心拍数増加が胎児にストレスを与える可能性が示唆されています。一方、この胎児の心拍数の増加は一時的な変化であるために、胎児への影響は無いとも考えられています。
 ウマにおいても、妊娠後期の運動負荷に対する母馬および胎子のストレスに関する研究が行われています。6%の傾斜のトレッドミル上で、360m/分の速歩を3分間実施した実験では、胎子の心拍数は運動前後で有意な変化は無く、ストレスは受けていないものと結論づけられています。また、母馬の心拍数は安静時よりも上昇したものの、出産6ヶ月後に実施した同様の運動負荷試験と比較すると、その上昇程度は有意に低く、さらに、ストレスの指標となる血中コルチゾル濃度も出産後より低いことが示されています。これらのことから、妊娠馬は心血管系の機能が通常より高まっており、さらにストレスに対する閾値も通常より高まっていると示唆されます。これは、ヒトでも妊娠期には心血管系や呼吸器系、さらには全身の代謝活動が高まるという報告と類似しているようです。

WMによる運動負荷の程度は?
 前述の研究でのトレッドミルによる運動負荷での最大心拍数は160回/分であったために、この程度の運動負荷であれば母体および胎子に対してストレスはないと考えられています。当場で実施しているWMによる運動は、4~5km/hの速度で、20~30分間実施しています。この時の最大心拍数は50~60回/分程度であるために、WMによる常歩運動は、ストレスをかけることなく、適度の運動であると考えています。
 しかしながら、繁殖牝馬にストレスをかけることは避けなければならないので、WMに入れる前の歩様等のチェックは不可欠です。

2 〔図②〕心拍計を装着した繁殖牝馬(フジティアス 父 フジキセキ)

3[図③]WM中の繁殖牝馬の心拍数データ
WM中の心拍数は安静時(約40回/分)より15~20拍程度上昇(55~60回/分)している(時速5km×30分実施のデータ)。


 ヒトでは、妊娠中に運動を行うことによって、出生後の新生児は周囲の変化に対してより敏感でありながらも、刺激に対して穏やかで落ち着いているとも報告されています。ウマにおいても、急激に胎子が成長する妊娠後期の3ヶ月間からすでに馴致は始まっているのかもしれませんね。

(日高育成牧場 業務課 土屋 武)

2018年12月30日 (日)

馬鼻肺炎(ERV)の予防

No.24 (2011年1月1・15日号)

 今回は妊娠後期の流産の代表である馬鼻肺炎について、お話させていただきます。
馬鼻肺炎ウイルスは非妊娠馬では免疫のない(過去に感染した事がない)馬に軽い発熱を引き起こします。一方、妊娠後期(9ヶ月以降)の馬に感染すると流産を起こす場合があり、日高管内においては毎年10~20頭が報告されています。馬鼻肺炎による流産は悪露や乳房の腫脹といった前駆症状もなく突然起こるため、予知や治療は非常に困難です。

感染・発症様式
 感染・発症様式は大きく2つに分けられます。1つはウイルスを含む感染馬の鼻汁や流産胎子・悪露・羊水に直接、あるいは間接的(人間の衣服や靴、鼻捻子などを介して)に接触して感染・発症するケース。もう1つは、過去に感染したウイルスが体内に潜んでいて、ストレスで免疫力が下がったときに再活性化して発症するパターンです。これはヘルペスウイルスの特徴でもあります。

続発と育成馬の関係
 馬鼻肺炎ウイルスによる流産で恐ろしいのは、牧場内で流産が続発することです。グラフをご覧下さい。同居の育成馬にウイルスが感染しなかった牧場で流産が続発した割合が35.7%であったのに対し、育成馬に感染が起きた牧場で流産が続発した割合は85.7%と高い割合を示すことが知られています。このことから流産を予防するためには、繁殖馬だけではなく育成馬の予防も重要であることが分かります。また、最初に発生した流産馬を隔離した場合には続発率33.3%であるのに対し、隔離しなかった場合には53.3%、そして育成厩舎に隔離した場合は80.0%でした(グラフ2参照)。これは感染馬を他の繁殖馬から離そうとするあまり、育成厩舎に移すと、免疫のない育成馬の間でウイルスが増幅し、結果として高い確率で流産が続発してしまうことを示しています。

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もし流産が起きたら
 流産が発生したら、まずは獣医師を呼びましょう。獣医師が家畜保健衛生所に連絡を取り、検査を依頼します。検査結果が出るまでの間は、馬鼻肺炎だと仮定して対応する事が重要です。胎子は外見上大きな異常はありませんが、胎子、胎盤、羊水には大量のウイルスが含まれています。ウイルスは野外環境で2週間以上も生存する事が報告されています。消毒は母体、胎子や胎盤はもちろんのこと、それらが付着した寝藁、馬房の壁、またスタッフの衣服、タオル、靴などにも行います。流産馬はなるべく他の繁殖牝馬と隔離した方がよいですが、前述の通り育成厩舎へ入れないようにしましょう。

予防法

 育成馬との隔離:過去に感染したことのない育成馬は容易に感染し、ウイルスを増幅します。そのため厩舎を分けるだけではなく、育成厩舎と繁殖厩舎間の移動の際には踏込み槽による消毒、上着や手袋の交換を心がけましょう。

ワクチン:ワクチンでは流産を完全に予防する事はできませんが、表を見ると接種後45日以内では続発発生が大きく抑えられていることが分かります。現行の不活化ワクチンは抗体持続時間が短いため、妊娠9ヶ月をむかえるまでに基礎接種(約4週間隔で2回)を完了し、その後も1~2か月間隔で補強接種を行う事が推奨されています。JRAでは不活化ワクチンよりも強い免疫力の付与を期待するべく、現在新たに生ワクチンの開発を行っています。

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消毒:パコマやクリアキルといった逆性石鹸、クレンテやアンテックビルコンSといった塩素系消毒薬が有効です。野外であれば消石灰も有効です。

ストレス軽減:繁殖馬の多くにウイルスが潜伏しており、ストレスがかかると再活性化し、発症する恐れがあります。そのため、妊娠後期には群の入れ替えや放牧地の移動などストレスを与えることは避けましょう。

神経疾患
 馬鼻肺炎の症状として発熱と流産がよく知られていますが、その他に神経疾患が認められる場合があります。近年、欧米では神経病原性の強いウイルス株による馬鼻肺炎の流行が増加傾向で、大きな問題となっています。この株の流行では、比較的多くの罹患馬が起立不能といった重度の神経症状を示し、致死率が高くなることが報告されています。すでに、道内においてもこの株の発生例が報告されており、十分な警戒が必要と考えられます。

まとめ
 BSE、口蹄疫、鳥インフルエンザなど、畜産における伝染病の怖さは皆さん十分にご存知かと思います。馬鼻肺炎ウイルスはこれらに比べると病原性あるいは感染力が低いウイルスですが、体内に潜伏する性質を持つため、現時点では撲滅することはほぼ不可能と考えられています。この対策としてはストレスを与えない管理やワクチン接種、また普段のこまめな消毒などが大切です。伝染病の予防は自分の牧場のためだけでなく、周辺の牧場を含めた生産地全体の問題と捉え、牧場、獣医師が一致団結して予防するという防疫意識を持っていただけたらと思います。

(日高育成牧場 生産育成研究室  村瀬 晴崇)

2018年12月 8日 (土)

早期胚死滅とは?その原因と管理上の注意点

No.14 (2010年8月1日号)

早期胚死滅とは
 馬の生産をしている方々は、妊娠再鑑定の時に、胎子が消えてしまったという出来事に遭遇したことがあるかと思います。消えるという表現は、胚(胎子)が子宮内で死滅して吸収されることを示しており、これを専門用語として「早期胚死滅」(以下胚死滅)といいます。胚とは、馬では妊娠40日前までの着床前の胎子をさす用語として使われています。
 競走馬の生産では、限られた期間に効率よく交配・受胎させることが望まれます。交配から15日ほどで丸い胚が超音波診断装置の画面に映れば妊娠、映らなければ不受胎となるわけですが、一度妊娠しても、その後の再鑑定によって胚死滅がしばしば起こり、軽種馬生産上の問題となっています。

なぜ胚死滅が起こりやすいか?
 馬は受精後最短で12日に初回妊娠鑑定が可能な動物であり、馬よりも妊娠期間が短い牛においては、受精後30日を過ぎてようやく妊娠鑑定が可能となります。馬の生産現場で行われている妊娠鑑定は、双子の妊娠に対処するための早期診断としての意義が大きく、初回の鑑定だけでは妊娠が成立したとは言えません。
 妊娠成立に必要な現象である「着床」という現象は、馬では受精後40日と遅いため、着床前の時期における胚の状態が不安定です。子宮を生理食塩水で洗浄すると、カプセルという硬い蛋白成分で囲まれた丸い透明な胚嚢が簡単に回収できます(写真1)。これに対して牛などの反芻類では、受精後17日頃にはすでに着床を開始し、胎盤が形成されることから、より安定な状態となります。馬で胚死滅が多いのは、初回妊娠鑑定の時期が早いにもかかわらず、まだ着床していないことが根本的な原因となります。

Fig1

写真1)馬の子宮から回収された受精後13日の胚。透明な硬いカプセルによって囲まれており、子宮内を右へ左へと移動しやすい形状をしている

胚死滅は不受胎よりも厄介なことがある
 交配後15日で妊娠鑑定を正確に実施できることは、限られた繁殖季節内に効率的に交配が繰り返しできることに結びつく馬繁殖管理の利点となっています。したがって不受胎であった場合は、発情の検査に切り替えて、適切な時期に再交配をするように努力します。
 一方、一度受胎してその後胚死滅になった場合、繁殖牝馬は偽妊娠という状態が継続し、発情がその後6週間近く回帰しないことが報告されています。妊娠再鑑定を実施せずにいると、胚死滅に気がつくことができず、ひとシーズンを棒に振ってしまうこととなります。優れた飼養管理をしていても、胚死滅の発生はゼロにはならない事象であることから、超音波エコーを用いて最低3回の妊娠鑑定を行い、胚・胎子の状態を診断し、胚死滅が発見された際に速やかに対応することが重要と考えられます。

日高地方における胚死滅・流産の発生率
 健康で丈夫な子馬を安定して生産することは、生産牧場にとって最大の願いですが、たとえ無事に受胎したとしても、子馬が健康に出生するまでに様々な問題が起こります。胚死滅に陥ることもあり、また何らかの理由により流産・死産となることもあります。このたび、生産地の関係団体(日高軽種馬農協、日高家畜保健衛生所、NOSAI日高)およびJRAが協力して行った、日高地方における繁殖牝馬の早期胚死滅や流産に関する調査研究の成果が、平成22年7月15日に静内で行われた「生産地における軽種馬の疾病に関するシンポジウム」で発表されました。約1500頭を調べた結果によれば、交配後5週以内で胚死滅と診断された馬は5.8%、さらに5週の妊娠鑑定で妊娠と診断された馬が分娩に至らなかった率(胎子喪失率)は8.7%であり、これらを算出すると初回妊娠鑑定で妊娠と診断された1000頭の繁殖馬のうち、147頭は分娩に至らないという驚くべき数字が明らかとなりました。軽種馬を生産する上で、妊娠期の損耗がいかに高率で起こるかが明確となりました。

Fig2

胚死滅をどのように予防したらよいか?
 上述の研究では、胚死滅の原因として1)高齢、2)妊娠初回鑑定から再鑑定までのボディコンディションスコアの低下、3)分娩後初回発情での交配、の3つの点が胚死滅率を上昇させる原因であることを明らかにしました。年齢の要因はやむを得ないものとして、養分要求量に見合った適切な飼い葉を与えるとともに、分娩後初回発情での交配をできるだけ見送ることが推奨されます。また、予防だけではなく、胚死滅を早く見つけて対処するために、超音波エコーを用いた交配後5週での妊娠鑑定を行うことが有効となります。

(日高育成牧場 生産育成研究室長 南保 泰雄)