繁殖牝馬 Feed

2018年12月 7日 (金)

繁殖牝馬と子馬の蹄管理

No.13 (2010年7月15日号)

蹄なければ馬なし
 蹄は馬体を支える土台であり、蹄の良し悪しは競走能力にまで影響を及ぼします。放牧管理が主となる若馬の蹄が健全であれば、放牧地での運動量が豊富になり、基礎体力が向上します。また、繁殖牝馬の蹄に問題があると、運動不足による難産や分娩後の子馬の運動量低下の原因にもなります。そこで今回は、繁殖牝馬と子馬の蹄管理の基本について紹介いたします。

蹄の構造としくみ
 適切な蹄管理を施すために、蹄の構造としくみについて知っておく必要があります。なぜなら、蹄病は、蹄表面に発症する場合もありますが、歩様違和や跛行の多くは、蹄内部の異常に起因しているからです。蹄は、前方より蹄尖部(ていせんぶ)、蹄側部(ていそくぶ)、蹄踵部(ていしょうぶ)に分けられ、蹄尖部と蹄側部は蹄壁(ていへき)が厚く、内部も蹄骨が葉状層によって強固に蹄壁と結合しているため、比較的硬い構造をしています。一方、蹄踵部は蹄壁が薄く、内部は蹄軟骨や蹠枕(せきちん)などの軟らかい組織からなります(図1)。歩行、運動時には、これらの軟らかい組織が緩衝装置として重要な働きをするとともに、その収縮により、蹄内の血液循環を促進するポンプのような役割りも果たしています。蹄が「第2の心臓」と言われる由縁でもあります。

Fig1 図1)蹄の構造と各部位の名称

繁殖牝馬の蹄管理
 競走馬や育成馬のような激しい運動をしないからといって、繁殖牝馬の蹄管理を軽視することは、先に述べた理由のみならず、蹄病の進行によって生命の危機に陥ることもあるので危険です。分娩前には体重が通常時より80~100kg重くなることを繰り返しているうちに、繁殖牝馬の蹄は凹湾(しゃくれ状態)しやすくなり、二枚蹄や裂蹄(れってい)、蟻洞(ぎどう:蹄壁の深い部分が空洞化する状態で、蟻の巣に例えられる)へと進行します。これらを予防するためには、凹湾による蹄尖部の延長を防ぎ、歩行時の蹄の反回をよくする(蹄の先端部分へのストレスを軽減する)必要があり、こまめな端蹄廻し(はづめまわし:ヤスリで先端部分を修正する)が効果的です。これは、生産牧場の方でも少し習得すれば実践可能な技術ですので、是非挑戦してみてください。
 先に述べた「第2の心臓」が、歩行困難や負重困難などの理由により十分機能しなくなると、蹄への血液循環が悪化し、蹄壁と蹄骨が分離する蹄葉炎に至ることがあります。これは、穀類などの炭水化物を多く含む飼料を過剰に摂取することが引金になることもあります。蹄葉炎は、安楽死の原因ともなる重要な疾病であり、繁殖牝馬の発症例も少なくありません。蹄葉炎から競走馬生産の根源である繁殖牝馬を守るためにも、日常の蹄の裏掘りや馬房内の清潔さを保持することなど、適切なケアに心がける必要があります。

子馬の蹄管理
 子馬の蹄は、蹄質が軟らかく、肢勢や歩様などによる影響を受けやすくなっています。また、肢勢も急速な成長に伴い、大きく変化します。このため、日頃から蹄を注意深く観察し、不正摩滅や蹄形異常の早期発見に努める必要があります。子馬の最初の削蹄は、生後2~3週あたりに姿勢チェックを兼ねてバランスを整える程度とします。削蹄などの蹄管理は、馬が生きていく限り継続されるものであるため、子馬に恐怖心を与えないよう、かつ人馬の安全確保のためにおとなしく駐立できるよう慎重に行ないます。たとえば、前肢を処置する際には子馬の尻部を馬房のコーナーに向ける、逆に後肢を処置する際には子馬の頭部をコーナーに向けるようにすると、馴致効果も得られます。
 子馬の蹄に過度の摩滅を認めた場合には、軟らかい蹄角質への負担を軽減することを目的とした装削蹄療法が施される場合もあります。

子馬の趾軸矯正
 子馬には先天性、後天性を含め、さまざまな趾軸異常が認められます。これらは、成長とともに改善するものもありますが、放置すると進行し、市場価値を低め運動機能の低下や運動器疾患の発症要因となる症例もあります。子馬の肢勢や趾軸の特徴とその変化をよく観察し、異常があれば手遅れになる前に、装蹄師や獣医師に相談することが重要です。適切な器具を利用した装蹄療法、薬物投与や外科的な治療などさまざまな療法がありますが、最大限の効果を得るためには治療を始めるタイミングが決め手となるので、早めに相談しましょう。

(日高育成牧場 専門役 粠田 洋平)

Fig2 図2)適切な装蹄療法によって改善が認められた子馬のX(エックス)脚

2018年11月17日 (土)

哺乳期子馬への栄養補給

No.8 (2010年5月1日号)

子馬はどのくらい母乳を飲んでいるか
 雪も消え、放牧地の緑も少しずつ濃さを増し、春先に生まれた子馬たちが元気に放牧地を駆け回る姿を目にするようになりました。子馬は、母馬から母乳を飲み、気持ちよさそうに放牧地に横たわったかと思うと、また起きて他の子馬と遊び、思い出したかのように母乳を飲みます。そこで、気になるのが、「果たして子馬に必要な栄養素は母乳だけで満たされているのだろうか?」という疑問です。子馬は、1週齢ころまでは1日あたり平均で19kgもの母乳を飲みますが、10週齢では13kg、17週齢では11kgと週齢を重ねるにしたがい、その摂取量はなだらかに減少していきます(図)。ちなみに、母乳を摂取する1日あたりの回数は、1週齢ころでは90回近くにもなりますが、10週齢、17週齢では約40回程度にまで低下します。
 この間、子馬は約100kg近くも体重が増加し、それにともなってあらゆる栄養素の要求量は増加しますが、母乳摂取量の低下に加え、母乳に含まれる栄養素の濃度は低下していくため、発育が進むにつれて養分要求量と摂取量との差は開いていくのです。

子馬には子馬用の飼料を給与する
 子馬は、発育するにつれて放牧草の摂取量も増えてきますが、乾物(水分を差し引いた固形物)で1kgに達するのは、生後2ヵ月を過ぎたころからです。したがって、哺乳期の子馬にとって放牧草は、栄養源にはなるが依存度はさほど大きくはない、といえます。これは、子馬の消化管がまだ多量の繊維質を消化できる能力を備えていないことによるものです。では、母乳だけでは不足する養分を子馬はどのように摂取しようとするのでしょうか?母馬の飼槽に頭を突っ込んでいる子馬をよく見かけますが、あの行動こそ、母乳とわずかしか食べられない牧草だけでは不足する養分を補おうとしている生命維持本能ともいえる姿なのです。そこで、「あとは母馬の飼料を子馬の分だけ増やせばよし、これで万事解決!」ではないのです。母馬が分娩後に必要とする栄養素は、エネルギーや産乳に必要なタンパク質、カルシウムなどで、子馬にもそれらの栄養素は必要なのですが、そのバランスは大きく異なります。子馬が母馬の飼料を好きなだけ食べると、アンバランスな栄養摂取になってしまうのです。とくに、丈夫な骨づくりに重要な役割りを果たすミネラルに不足が生じます。

どんな飼料をどのくらい与えるか
 子馬の正常な骨発育に重要なミネラルとして、骨を形成するカルシウムとリンに加え、軟骨形成やさまざまな重要な酵素の原料となる銅と亜鉛があります。銅や亜鉛などの微量元素は、生れ落ちたばかりの子馬の肝臓に蓄えられていますが、通常は生後2ヵ月もするとそれらは消費され尽くしてしまいます(新生子馬の肝臓にできるだけ多くのミネラルを蓄えるため、妊娠末期の母馬の飼料内容も重要となります)。したがって、子馬への栄養補給も生後2ヵ月を目処に開始する必要があります。この時期の子馬が食べられる量はあまり多くありません。1日あたり、2ヵ月齢で0-1kg、3ヵ月齢で0.5-1.5kg、4ヵ月齢で1-2kg、5ヵ月齢で1.5-2.5kg、離乳前後で2-3kg程度です。ミネラルやタンパク質の含有率が高い子馬専用の飼料(サプリメント型、バランサー型)をエンバクと併用するのであれば、これを少量から与え始め、離乳までに1日あたり500gから1kgとなるよう少しずつ増加させ、一方エンバクは、3-4ヵ月齢ころからエネルギー補給のために少量ずつ子馬専用飼料に追加していきます。サプリメント型に比べ、タンパク質やミネラル含有率が若干低い飼料(コンプリート型、オールインワン型)であれば、それのみを規定量給与し、エンバクの併給は必要ありません。

どのようにして与えるか
 原則は、「子馬には母馬の飼料を食べさせない」「母馬には子馬の飼料を食べさせない」すなわち、「子馬には子馬の飼料をきちんと食べさせる」ことです。これを達成することは意外に工夫が必要です。各牧場の厩舎構造が異なるので、定まった方法はありませんが、母馬の飼い槽を高く吊るす、子馬が落ち着いて食べられるように子馬が食べているときは母馬を繋いでおく、子馬だけが廊下や隣の空き馬房に出られるようにしてそこで食べさせる(クリープフィーディング)、などです。放牧地内にも、子馬だけが出入りできるスペースを作れば昼夜放牧の際にも利用できます。「強い馬づくり」のために、皆さんも工夫してみてはいかがですか。

(日高育成牧場 場長 朝井 洋)

Fig 図) 子馬の母乳摂取量(1日あたりkg)は発育が進むにしたがって低下する

2018年11月16日 (金)

安全な出産のために

No.5 (2010年3月15日号)

 馬の分娩対応をするにあたって念頭に置くべきことは、分娩が子馬を娩出させるためだけの作業ではなく、子馬を丈夫な馬として成長させるとともに、母馬が分娩後に順調に種付け準備ができるよう、安全な出産を目指すことが重要と考えられます。不必要な分娩介助はときとして難産の原因となることもあります。今回は、日高育成牧場で実践している分娩管理の方法を紹介します。


分娩前からの難産対策
 分娩前の適度な運動は難産を予防すると言われています。分娩前1ヶ月というと、2月あるいは3月分娩予定の馬では厳冬期にあたり、放牧地での運動量が低下します。これを補うのが引き運動やウォーキングマシンによる運動で、繁殖馬の負担とならない程度(だいたい時速4㎞で20分)で実施します。この際、高齢馬や蹄の異常を含む運動器疾患をもつ馬に対しては時間や速度を調整してください。


必要に応じた助産を心がける
 破水を認めたらまず、包帯などで母馬の尾を巻き束ねて介助の邪魔にならないように、可能な限り衛生的な分娩となるようにします。
 破水後、産道から半透明の膜に包まれた子馬の肢が見えてきます。このとき膜の色を確認してください。もし、膜内の羊水が濁っていたり血液が混じっているようであれば、助産による早目の娩出が必要となります。次に手や腕を消毒液で十分に洗浄し(あれば直腸検査用ビニール手袋を使用)、産道の中の子馬の体勢を確認してください。正常であれば蹄底が下向きの前肢2本と頭部が確認できるはずです。このような正常な分娩であった場合、余程のことがない限り助産は必要ありません。


助産が必要な状況とは
①子馬の命が危ないとき
 子馬の肢がでてきた際、赤い膜に包まれていれば緊急事態です。この現象は子宮と胎盤の早期剥離により臍の緒から子馬に酸素や栄養が送られなくなってしまう、つまり子馬は早く自分で呼吸をしなければならない状況です。ハサミで赤い膜の表面の白い星形部分を切り開き、羊膜を破り子馬の体勢を確認し、牽引します。
②難産の徴候があるとき
 子馬の産道内での体勢が前述した正常例と違う場合、子宮内に戻してやる必要があります。軽度であれば、母馬が寝起きや運動(引き馬でも可)を繰り返すことによって自然に直りますが、簡単に戻らない場合、人間が押し戻すことも必要です。それでも直らない場合は、獣医師に連絡し指示をあおいでください。手術が必要になることもあるので、いざというときの輸送手段を分娩シーズン前に確保しておくと良いでしょう。
③分娩時間の目安
 体勢に異常がなくても破水から40~50分経過しても子馬が娩出されない場合は、注意深く陣痛に合わせてゆっくりと子馬の前肢を牽引します。したがって、破水時刻を記録しておくことが重要です。


早すぎる不要な助産は難産の原因
 子馬を牽引する場合、牽引しすぎないよう注意します。強すぎる牽引、不要な牽引はときに体勢異常を悪化させたり後産停滞や子宮へのダメージの原因となり、産後の受胎の障害となりうるので、気をつけましょう。


子馬が産道から完全に出る前に
 母馬が横臥していよいよ産道から子馬が娩出されます。このとき、頭や前半身の膜を除去し後肢が臍の緒とともに産道内に残るようにするとよいでしょう。これは臍帯や胎盤内の血液が臍を通じて子馬の中に戻ることが子馬の出生直後の活性(元気、健康)につながるからであり、少なくとも5分程度はこの状態を維持するのが理想です(図参照)。自力分娩で疲労した母馬はすぐには起立しませんが、起立して臍の緒が切れてしまうのはやむをえません。


子馬が出てきたら
 まず、子馬の自力呼吸を確認してください。臍の緒が切れたら子馬の臍の消毒を数回します。臍の緒が切れてから全身をタオルで必要に応じて拭きます。厳冬期には急いでください。声をかけながら耳の中、腹部、股間、肛門、下肢部まで馴致を意識して行います。この間、母馬にも子馬を舐め愛撫させて生んだことを自覚させると良いでしょう。


母馬が起立したら
 母馬の起立後は、後産停滞を防ぐため、産道から垂れ下がる後産(羊膜・臍の緒・胎盤の塊)を紐などで束ねて地面をひきずったり踏んだりしないよう、まとめて縛ります。胎盤が排出されたらまず広げて、すべて出てきているか形状を確認し、重さを測定します。通常は5~10kgと幅があります。分娩後6時間以内に胎盤が排出されない場合は獣医師に相談してください。疝痛症状が認められることがありますが、腸の捻転や変位を起こしている可能性もあるので注意深く観察して、痛みが激しい場合は獣医師を呼んでください。また分娩直後に限らず何日間かはエンドトキシン・ショックの他、子宮動脈破裂や子宮穿孔を原因として循環障害を起こす可能性もあるので母馬の結膜や蹄の温度の変化に注意してください。


子馬が起立したら
 自然分娩では、子馬の起立時間が早まることが判明しています。初乳の吸引、胎便の排泄を確認し、自力吸乳から30分経過しても胎便排泄が確認できなければ浣腸をします。子馬の便が黄色くなってからも硬い胎便が混ざっているようでしたら、再度浣腸をかけてください。


おわりに
 日高育成牧場では、数年前から今回書いたことを実践し可能な限り自然分娩となるよう心がけています。みなさんも子馬を丈夫な馬として成長させる、自然で安全な分娩を実践しみてはいかがでしょうか。

(日高育成牧場 生産育成研究室 琴寄 泰光)

Fig

分娩時期の予測と初乳の質の推定方法

No.4 (2010年3月1日号)

 昨年末からの世界的な異常気象の影響により、英国では競馬開催の中止が相次いでいますが、日高育成牧場のある浦河町西舎でも、今冬は例年と比較して多くの積雪を認めています。そのような中、当場でも2月の中旬に、本年最初の子馬が誕生しています。


 さて、生産地では出産と交配が重なる1年で最も忙しい時期を迎えています。サラブレッドの出産は、交配から受胎を経て、適切な栄養管理など細心の注意を払ってきた1年間の集大成であり、さらに、生まれてくる子馬は“高額な商品”であるために、ほとんどの牧場では人的な分娩介助を行っています。そのために、分娩が近づくと、徹夜での監視が一般的となっていますが、1頭の出産に対して1週間以上もの夜間監視が必要となることも珍しくなく、その労力とストレスは多大なものとなっています。


 馬の妊娠期間は平均335日といわれていますが、個体差が大きく、320~360日が正常範囲と考えられているために、交配日から算定した分娩予定日はあくまでも目安としかなりません。また、胎子の成熟は分娩の2~3日前になってはじめて完了するといわれており、胎子が成熟するこの2~3日前に起こる兆候を把握することが、精度の高い分娩予知につながると考えられています。


 牧場では繁殖牝馬ごとの過去の分娩前兆候の履歴を参考としながら、分娩予定日の2週間前から注意深く観察し、分娩時期を推定するのが一般的です。主な分娩前兆候を以下に記します。①乳房の成熟(腫脹)、②漏乳(分娩に先立っての泌乳)、③臀部の平坦化、④外陰門部の弛緩、⑤体温の低下(通常は朝よりも夕方の体温の方が高い)。その他、機器等を必要とし、獣医師によって行われる分娩時期を推定する検査には、血清中プロジェステロン濃度の測定、乳汁カルシウム濃度の測定、子宮頸管の軟化の確認などがあります。これらの分娩時期の推定方法のなかでも客観的かつ比較的信頼度が高いといわれている方法は、乳汁カルシウム濃度の測定です。この方法は、海外では一般的に普及しており、複数の簡易キットも市販されています。しかし、日本ではこの簡易キットは販売されていません。


 現在、日高育成牧場では、これらの方法以外による分娩時期の推定方法について検討しています。その中でも牧場現場での応用が期待できるものは、市販のpH試験紙(6.2~7.6の範囲の測定が可能なpH-BTB試験紙)による乳汁のpH値、および糖度計による乳汁のBrix値を指標とする方法です。乳汁pH値は出産前10日以前には7.6以上を示していましたが、出産が近づくにつれ低下し、6.4に達してからは24~36時間で出産する確率が80%となりました。一方、乳汁Brix値は出産前10日以前には10%以下を示していましたが、出産が近づくにつれ上昇し、20%に達してからは36~48時間で出産する確率が87%となりました。いずれの方法も乳汁カルシウム濃度による推定方法と同等の精度という結果になりました。さらに両測定法とも約30秒で測定が可能であり、経費も非常に安価であるために、牧場現場での応用が期待できる方法であることが示唆されました。


 また、糖度計によるBrix値は初乳中の移行免疫(IgG)濃度を推定する指標としても使用されています。この場合には、Brix値が25%を超えていると良質の初乳、20%を超えていると概ね良質の初乳、そして15%未満の場合には不良初乳と推定されます。出産直後の初乳を測定するだけではなく、出産前から乳汁を測定することによって、前述のように分娩時期の推定以外に、初乳の質もある程度予測することが可能となります。胎盤を介して移行免疫を取り入れ、出生前から免疫を獲得しているヒトと異なり、馬は母乳を介して移行免疫を取り入れるため、初乳の質が低ければ、感染症を発症する可能性が高くなります。特に分娩2~3日前から漏乳を認めるような場合には、出産直後のBrix値が低下し、初乳の質が低いことが多いので、出産前に初乳の質を把握することによって、冷凍初乳の準備など早めの対応が可能となります。最後に、このように色々な情報を提供してくれる母乳ですが、採乳を嫌う馬もいるので、採乳時には細心の注意が必要であることを付け加えておきます。


(日高育成牧場 専門役  頃末 憲治)

Photo_2 初乳、分娩3日前、分娩10日前の乳汁の色調とpH試験紙の色調の変化

2018年11月15日 (木)

繁殖牝馬の分娩前の栄養管理

No.2 (2010年2月1日号) 

はじめに
 新年を迎え、そろそろ生産牧場関係者にとって、気をもむ季節がやってきたのではないでしょうか?「欠点が無く、すばらしい」子馬が誕生することを誰もが夢見つつ、一方では不安を抱えながら、繋養馬の管理をされていることと思います。ちょうど繁殖牝馬の多くが妊娠後期(分娩予定日までの3ヶ月間)を迎えている頃でもありますので、今回は繁殖牝馬の妊娠後期の栄養管理上注意すべきことについて紹介したいと思います。

適正なボディコンディション維持
 ボディコンディションスコア(BCS)は馬のコンディション(脂肪のつき具合)を指数化したもので、9段階のスコアがあります。近年の報告からBCSと繁殖機能(あるいは成績)とは密接な関係があることが明らかとなっています。すなわち、良好なBCSにある繁殖牝馬は、性ホルモンのサイクルも良好で受胎率も良いが、BCSが低い繁殖牝馬では芳しくない繁殖成績しか得ることはできません。授乳前期(分娩後3ヶ月間)にBCSが5.0(普通)以下となってしまった場合、適正なBCSに上昇させるのは、なかなか困難です。分娩後は、分娩前と比べてBCSは0.5程度低下するので、妊娠後期の時期から繁殖牝馬のBCSは最低でも5.5以上、理想的には6.0(少し肉付きが良い)程度になるよう馬体をコントロールすることが望まれます。

エネルギー摂取
 胎子は妊娠後期3カ月で急激に成長します。このため、時を同じくして、繁殖牝馬の栄養要求量は増えることになります。このとき可消化エネルギー(DE)の要求量は25Mcal(体重640kgの繁殖牝馬の場合)となり、この時期の1歳馬のDE要求量より40~50%増加します。DE要求量の増大から、濃厚飼料給与割合が高くなりがちですが、消化器疾患(疝痛や胃潰瘍等)発症リスク軽減のためには、少なくとも粗飼料給与量は総飼料給与量の半分以上となることを心がける必要があります。また、近年の研究から、易消化性炭水化物を多く含む穀類(エンバク等)の多給による弊害(インスリン感受性の低下等)が指摘されているため、エネルギー源としてその他の飼料原料(植物油やビートパルプ)を併用したり、繊維質が高い配合飼料を効果的に使用したりすることが推奨されます。加えて、植物油や繊維質(粗飼料やビートパルプ等)主体の飼料を給与した場合、穀類主体と比較し、乳中のリノール酸が高まることが報告されています。リノール酸は子馬の胃潰瘍発症リスクの低減や受動免疫を高めると考えられています。

ミネラルの補給
 妊娠後期はエネルギー給与ばかりに意識を捉われるのではなく、胎子の正常な骨格形成を主眼とした繁殖牝馬の飼養管理を心がける必要があります。この時期は骨を形成するカルシウムばかりでなく、銅、亜鉛、マンガンなど軟骨・骨代謝に関わる微量元素の重要性が高まります。銅の摂取不足は高齢馬の分娩時子宮動脈破裂の一因になりうるとの報告もあります。また、セレンはビタミンEとともに、筋肉の正常性維持や免疫に関わる微量元素であり、子馬の白筋症予防のためにも補給は必要です。さらに、近年の研究からセレンの摂取不足は、初乳中免疫グロブリン量や胎盤機能の低下を引き起こすことが明らかとなりました。すなわち、妊娠後期の繁殖牝馬のセレン不足は、結果として、虚弱な体質の子馬の誕生につながるといえます。一般的な飼料原料(エンバク、粗飼料等)だけではミネラルは不足してしまいますので、ミネラルが強化された配合飼料あるいはサプリメントの給与が必要です。

日高育成牧場における実践例
 日高育成牧場では毎週の体重ならびにBCS測定をして、ボディコンディションのチェックを行ったうえ、個体に合わせた飼料給与表をもとに栄養管理を行っています(群管理ではなく個体管理)。良質な粗飼料給与を主体として、ミネラル・ビタミンが適正に調整されている配合飼料を用いながら、シンプルな飼料給与設計をしています。分娩前は胎子が大きくなるにつれて、腸管が圧迫され、飼料摂取量が低下することがあります。この場合、植物油をうまく使いながら、トータルのDE摂取量は維持しつつ、穀類給与量を減らすことで対応しています。また、適正なBCSの維持、運動不足解消のために、ウォーキングマシーンを使ってストレスとならない程度の保護運動(時速4km、20分間)を実施しています。

(文責 井上喜信)

Bcs6図1)繁殖牝馬の理想的なBCS(=6.0)

Fig2_4 図2)胎子は分娩前3か月で急速に成長する