中期育成 Feed

2021年1月22日 (金)

若馬の昼夜放牧管理について:その1

はじめに
サラブレッドは約2世紀に渡る歴史の中で、速く走るための育種改良が行われてきました。したがって、血統的に優れた馬の子孫は走る確率は高く、競走馬の生産において交配理論が重要であるのは否めない事実です。一方、国内の生産現場においては、イギリスやアイルランド、フランス、アメリカ、カナダなどの競馬先進国から競走馬の生産・育成技術を導入し、飼養管理技術の向上を図ることで、競走馬の質が大きく向上してきました。この飼養管理技術の向上による競走馬の資質の向上とは、サラブレッドが本来持っている遺伝的な潜在能力を環境要因により上手く引き出した結果であると云っても過言ではありません。競走馬の生産において、誕生から競走馬としてデビューするまでの育成期における飼養管理や馴致、調教などの重要性が益々見直されるようになってきているのが現状です。
そこで今回は、育成期の若馬の健全な発育に最も重要である放牧管理の中で、最近、多くの牧場で行われるようになってきた昼夜放牧について検討して行きたいと思います。

放牧の重要性
競走馬の一生の中で、最も馬体の成長が著しい時期は、誕生からブレーキングの行われる1歳の秋までの初期から中期育成の時期となります。この時期の若馬にとって大事なことは、大きく分けて、ブレーキングや調教(後期育成)に繋がる「基本的な馴致」と「健康な体づくり」となります。ここでは「健康な体づくり」について話を進めていきたいと思います。
若馬の「健康な体づくり」とは、具体的に云うと、腱靭帯・骨・筋肉・心肺機能・神経、内分泌・免疫などの健全な発育を促すこととなります。この健全な発育に欠かすことのできない要因の1つが放牧となるのです。サラブレッドの子馬は、早ければ生まれた翌日から母親と伴に放牧が開始されます。放牧時に行う自発的な運動は筋肉や骨、心肺機能の発育にとって重要な役割を果たすことが知られています。また、放牧地に生えている牧草は発育に重要な栄養素を提供してくれる飼料であり、天気の良い日には寝たりリラックスしたりできる休息場所でもあるのです。さらに、同年代の若馬と同じ放牧地に放牧されることにより、競走馬として必要不可欠な群れへの順応性の確立にも役立つと思われます(写真1)。

 

1_2 写真1 放牧地は「運動」、「栄養補給」、「休息」、「社会性」を提供してくれる場所となる


放牧の馬体に及ぼす効果
骨の発育にはカルシウムを多く摂取するだけでは十分ではありません。適度な運動をすることにより骨芽細胞が活発化し、骨形成のための効率良いカルシウムの利用が行なわれます。若馬において放牧時間が長い程、骨密度が増加するとの報告もあります(図1)。さらに、実験的に当歳馬に毎日トレッドミルによる常歩運動を加えると、小パドックで1日4時間のみ放牧されている馬に比べて腱の発育が早かったことが報告されています(図2)。これらのことから、放牧による運動は若馬の骨や腱の健全な発育にとって不可欠だと考えられます。
 

2_2 図1 放牧が骨密度に及ぼす影響 (Bell R. A. et al. 2001 改変)

3 図2 子馬における浅屈腱横断面積の変化 (Kasashima et al. 2002 改変) 

昼夜放牧
国内の生産地では、生後3ヶ月齢を過ぎると、母馬と一緒に昼夜放牧を行う子馬の姿が認められるようになります。放牧中の移動距離をGPSで測定すると、2ヶ月齢までの昼放牧を行っている期間は1日平均8kmであるのに対して、3ヵ月齢以降に昼夜放牧を開始すると、その移動距離は2倍以上に増加している様子が観察されました(図3)。また、1歳馬の昼夜放牧中の食草行動に関する報告では、16時から0時までの食草行動比率は82.7%と高く、夕方から夜間にかけての食草が活発なことが窺えます。群れの中で草原の草を1日中食べながら生活しているのが馬という動物の本来の姿であるとすると、放牧地にいることは馬にとって健康的であると思われます。成長期の若馬にとっても、運動と栄養、精神面や社会性の獲得など様々な観点から昼夜放牧の有効性が注目されているのです。

4(図3)昼夜放牧時の移動距離 


JRA日高育成牧場 生産育成研究室

研究役 佐藤文夫

若馬の昼夜放牧管理について:その2

 前回は放牧の重要性や放牧が馬体に及ぼす影響について、簡単に解説し、現在広く普及してきた昼夜放牧の特性について解説しました。今回は、さらに昼夜放牧について解説することにします。

 

厳冬期の昼夜放牧管理

馬産地である日高地方の12月から4月の最低気温は氷点下となり、放牧地は氷と雪で覆われます(写真3)。この厳冬期に昼夜放牧を行った時の当歳子馬の放牧地における移動距離は、最低気温の低下とともに減少し、日長時間の増加と気温の上昇とともに増加する様子が確認されます(図3)。また、この時期の体重増加は停滞し、4月以降に急激に増加する(リバウンド)現象が認めらます(図5)。一般にサラブレッドは、1歳の春に起こる春季発動に合わせて、性ホルモンや成長ホルモンの分泌が盛んになり、増体量が増える現象が認められます。しかし、厳冬期に停滞した状態からの急激なリバウンドは発育期整形外科的疾患(DOD)の発症要因となるため、望ましいものではありません。厳冬期における昼夜放牧管理については、適切な運動量と栄養状態を確保しながら、緩やかな成長を促す放牧管理方法の検討が必要になるのです。

 

1_3 写真3 厳冬期の放牧風景

雪に覆われた放牧地では、風除けや餌場からあまり動かないことも多い。

2_3 図4 当歳子馬の昼夜(22時間)放牧における移動距離と気温、日長時間との関係

昼夜放牧により運動量の増加が認められる。

3_2 図5 昼夜放牧実施子馬の成長曲線(体重)

厳冬期に増体が停滞し、4月以降のリバウンドが認められる。

 

 

昼夜放牧のメリットとデメリット

昼夜放牧のメリットとデメリットについて、思い付くものを表1に挙げてみました。

メリットについては、前述の運動量の増加に伴う成長の促進の他に、馬房滞在時間の短縮による寝藁代や人件費の経費削減なども考えられます。実際に、寝藁の交換は1週に一度程度で良くなるため、その使用量は節約され、空いた時間を馬の馴致や放牧地の管理に充てることが可能となります。一方でデメリットも幾つか存在します。特に夜間は目が行き届かないため、事故やケガを起こす可能性が増加します。1日一度は馬房に収牧し、飼付を行い、個体のチェックをする必要がありますが、短い馬房の滞在時間では一度に栄養要求量を十分摂取させることができないため、放牧地で飼付けするなどの飼料管理方法の工夫が必要になります。さらに、初めて昼夜放牧を実施する場合には、広い放牧地(2ha以上)の確保や牧柵、ヒート式水飲み場、雨風を防げるシェルターなどの整備が必要となります。放牧地は疲弊し荒廃するため、草地管理も重要な課題となります。


4_2 表1 昼夜放牧のメリット・デメリット

最後に

競走馬を生産する上で、どのような馬づくりを目標とするかは牧場により様々です。例えば、オーナーブリーダーとして自分で競馬に走らせ、賞金を稼ぐような走る馬をつくるのか、マーケットブリーダーとしてリスクを少しでも回避する方法を取りながら、市場で高く売れる馬をつくるのか、その経営方針によって飼養管理方法は大きく異なってきます。しかし、何れにしても若馬の飼養管理においては、丈夫で健康な体づくりは重要な要素となります。丈夫な体を作る上で、放牧は欠かせない要素となりますが、日本の気候風土に特有の放牧管理については、まだまだ改良の余地がある部分です。若馬の飼養管理方法の改良が、サラブレッドの持つ優れた競走能力を益々引き出す要因であることは間違いありません。

 

JRA日高育成牧場 生産育成研究室

研究役 佐藤文夫

運動後の栄養摂取のタイミング

皆さんは、『アスリートの栄養』という言葉から何を連想されますか? 運動能力が高まるような特別な栄養を連想される方もいらっしゃるかもしれません。昔のアニメーションで、主人公であるポパイという名のひ弱な青年が、ほうれん草の缶詰を食べると、たちまち筋肉隆々になり、悪党をやっつけるという痛快活劇がありました。もし、そのような夢の食べ物があれば、一度は口にしてみたいものです。

ミサイル・ニュートリション(栄養)
もちろん、現実の世界に”ポパイのほうれん草”は存在しません。アスリートといえども、必要となる栄養の種類は、基本的に私たちと変わりありません。ただし、ある栄養の摂取方法がアスリートのパフォーマンス向上に有効であり、実際に取り入れられています。この栄養処方は、日本の著名な運動生理学者であるS先生により、『ミサイル・ニュートリション(栄養)』と名付けられています(図1)。運動後のあるタイミングで食事することで、運動によってもたらされる機能向上の効果を、栄養が相乗的にさらに高めてくれるというものです。理想のタイミングで、摂取した栄養をピンポイントで組織に送り届けるイメージから、”ミサイル”という言葉が選ばれたそうです。

1_8(図1)

筋肉の超回復
運動を負荷することによって、筋肉のタンパク質(筋タンパク質)は壊されます。壊れた筋タンパク質は、その後、時間をかけて修復(合成)されていきます。筋タンパク質が壊れた量より合成される量が多ければ、運動前に比べて筋肉が肥大することになります。このような一連の筋肥大の事を、『超回復』といいます(図2)。筋力の維持のためは、日々トレーニングを継続するべきですが、筋肉の修復が十分済んでいないうちに次の運動が負荷されると、筋肉量は減少していき、パフォーマンスにとってはマイナスになります。『超回復』を期待するうえでも、運動後の筋タンパク質の修復は速やかであることが望まれます。

2_7(図2)

筋タンパク質合成のゴールデンタイム
運動の直後は、運動の物理的刺激により、筋肉のホルモンに対する感受性が非常に高まります。成長ホルモンは、筋タンパク質の合成を高めてくれるホルモンです。運動中からその直後にかけて、成長ホルモンの分泌が活発になります。筋肉にとって、ホルモンに対する感受性が高まり、筋タンパク質の合成を亢進するホルモン分泌が高まる運動直後は、壊れた組織の修復に格好の時間帯となります。この時間帯は、筋タンパク質の修復にとって”ゴールデンタイム”であり、これは運動の直後から約2時間後まで続くとされています(図3)。

3_5(図3)

運動後の栄養摂取による筋タンパク質合成促進の効果
ゴールデンタイムに栄養を摂取することで、壊れた筋タンパク質の修復が促進されることが知られています。その栄養の一つは、筋タンパク質の材料となる分岐鎖アミノ酸(バリン、ロイシン、イソロイシン)です。分岐鎖アミノ酸の略称はBCAAであり、こちらの名前の方が馴染みがあるかもしれません。もう一つの栄養は炭水化物です。私たちの食生活では、砂糖やご飯であり、馬の飼料では、燕麦などの穀類がこれにあたります。穀類に含まれる炭水化物は、主にデンプンと呼ばれるものです。馬の小腸内で、デンプンは糖に分解され吸収されるため、急速に血糖値が上昇します。血糖値が上がると、すい臓からインスリンと呼ばれるホルモンが分泌されます。このインスリンは、血液中の糖を組織に取り込ませ、血糖値を下げる役割をします。それ以外に、インスリンは成長ホルモンと同様に、筋タンパク質の合成を促進する働きがあります。このように、ゴールデンタイムに、筋タンパク質の材料であるBCAAと合成促進効果のあるインスリンの分泌量を高めることで、速やかな筋タンパク質の修復が期待できます。
 
競走馬へのミサイル・ニュートリションの効果
このような栄養処方は競走馬にも効果があるのでしょうか? サラブレッド成馬を馬用トレッドミル上で追切りに近い強度で運動させた後、4種類の栄養溶剤を投与し、大腿部の筋タンパク質の合成速度を調べました。用いた栄養溶剤は、①生理食塩水(対照)、②10%アミノ酸(BCAAを主体としたもの)、③10%グルコース、④10%のアミノ酸と10%グルコースの混合液の4種類いでり、それぞれ頸静脈から補液しました。その結果、10%のアミノ酸と10%グルコースの混合液を投与した時、最も筋タンパク質の合成速度が高くなりました(図4)。このことから、サラブレッドの場合も、運動後にアミノ酸(BCAA)とグルコース(血糖値が上昇する炭水化物)を摂取させることで、筋タンパク質の修復が早まることが期待できることが分かりました。

4_3

(図4)

試験では栄養溶剤を用いましたが、この実験で投与されたアミノ酸およびグルコースの量は、脱脂大豆0.5kgと燕麦0.5kgに含まれる量と同等となります。これらの飼料でなくても、市販のスィートフィードなどの配合飼料1kgで、この量のアミノ酸とグルコースの給与は可能でしょう。調教後、あわてて飼料を食べさせなくても、クーリングダウンを十分おこなって、厩舎に戻ってから与えてもゴールデンタイムには間に合うと思われます。

日高育成牧場 生産育成研究室
主任研究役 松井 朗

JRA育成馬のゲート馴致について

JRA育成馬は、日高・宮崎の両育成牧場で競走馬を目指したトレーニングを受けた後、JRAブリーズアップセールで売却されます。これらの馬が日々のトレーニングと並行して必ず行うのがゲート練習で、育成馬は毎日ルーティンとしてゲート通過を実施します。競走馬として能力を発揮するために「ゲート」と上手につきあうことは必須です。高い走能力をもっていても、ゲート難があると十分なパフォーマンスを発揮できなくなってしまいます。今回は、JRA育成馬が育成牧場に在厩している間に行うゲート練習について紹介させていただきます。

 

練習用ゲート

日高・宮崎育成牧場にはそれぞれ練習用ゲートがあります。ご存知の方も多いと思いますが、練習用ゲートは枠幅が異なります。1枠と2枠は競走用ゲートと同じ幅ですが、3枠と4枠はこれより幅が広く、4枠の幅は1枠の約2倍あります(写真1)。通過する際に馬体が触れない枠幅がある4枠から慣らし、徐々に狭い枠に入れるように工夫・設計されています。

1_15 写真1

 

この練習用ゲートは毎日の運動で利用する身近な場所(日高:屋内角馬場、宮崎:500mトラック馬場内)に設置しています。普段使う場所に設置することで、若馬にゲートが「特別な場所」ではないことを刷り込む目的です。通過することを日課にしている育成馬にとって、ゲート通過は外を歩くのと同じくらい当たり前のことになっています。

 

ゲート馴致の開始時期

JRA育成馬は騎乗馴致より早くゲート馴致を開始します。最初は引き馬でゲートを見せ、慣れたら大人しい馬の後について通過します。騎乗馴致の過程では、ドライビングでのゲート通過に十分な時間を割きます。狭いゲートのドライビング通過は一見難しそうですが、人馬の信頼関係が構築されていればさほど難しくありません(写真2)。ゲートに限った事ではありませんが、馴致は馬にあわせて納得させながら進めていくことが大切です。

2_13写真2

 

騎乗前の段階でゲート馴致をはじめる理由は多くの時間をかけたいから、というだけではありません。騎乗後のゲート練習開始は騎乗者の微妙な心理状況(心配・恐怖)が馬に余計な不安感を与えるため、適切ではないと考えます。経験豊かな騎乗者が行うときでも、ドライビングでのゲート馴致ができていればより安心・安全に進める事ができます。

 

育成期のゲート目標

JRA育成馬には牧場在籍中の達成目標があります。レース用のゲート(写真1の1枠)で、①前扉の閉まったゲートに常歩で入り、②後扉を閉め、大人しく10秒程駐立し、③前扉を開け、騎乗者の扶助により常歩で発進する、というものです(写真3)。ここで重要視しているのは、「騎乗者の扶助」による発進です。騎乗者の指示を待たずに馬が勝手に出た場合や、指示を出しても発進できない場合には目標達成と認めていません。

3_7 写真3

 

目標の達成状況は年2回(1歳の12月と2歳の3月)確認します。この時に限らず、騎乗者は鐙を短く詰めて履いて必ずネックストラップをもちます。若馬の場合、普段は問題ない馬でも一瞬の油断でゲートを怖がってしまう場合があるため、常に細心の注意を払い実施することが必要です。

 

「ジャンプアウト」の実施

JRAでは育成段階にゲートが開いたら駆歩で発進する、いわゆる「ジャンプアウト」を実施しません。これは育成場にいる期間はゲートを「落ち着いて通過する場所」と理解させたいことと、ジャンプアウトで悪癖がつくと修正に時間がかかることが理由です。ジャンプアウトは競馬が近くなってから騎手に教えてもらいたい、と考えています。

さて、育成段階にジャンプアウトを教えないと競走馬デビューが遅れるのでは?と聞かれることもあるので、JRA育成馬のゲート試験合格状況(過去5年)を調査しました。調査対象は2歳JRA育成馬のうち、メイクデビュー競走開幕直前(6月1週目)の金曜日に両トレセンに在厩していた馬です。この馬たちのゲート試験受験頭数と合格頭数の調査結果が表1です(表1)。これを見ると、受験馬の概ね9割が競馬開幕週までに合格していることがわかります。2016年売却馬の成績を掘り下げてみると、1回目のゲート試験で合格した馬は49頭中37頭、2回以上の受験で合格した馬は8頭、未合格の馬が4頭です(この4頭もその後間もなく合格しています)。不合格となった理由で多かったのは「出遅れ」で、次が「ダッシュ不足」でした。全馬合格ではないため何とも言えませんが、育成段階のジャンプアウトが絶対条件ではないという考え方はご理解いただけると思います。

4_5 表1

 

おわりに

ここまでJRA育成馬のゲート馴致について紹介させていただきました。ゲート馴致に限らず、若馬の馴致・調教のプロセスは人によって考え方が違い、やり方も様々です。私が大切だと思うことは、①時間をかけて馬に納得させながら進めること、②焦らず段階的に教えること、③常に細心の注意を払い実施すること、の3点です。今回ご紹介した内容が少しでもお役に立てば幸いです。

 

馬事部生産育成対策室 専門役  秋山健太郎

育成後期のV200と競走成績との関連性について

競走馬を育成している牧場では、自分たちが管理している育成馬について「トレーニングが順調に進んでいるのか」「将来この馬たちは活躍するのか」など気になる点が少なくないと思います。それは日高育成牧場でも同じで、JRA育成馬に1つでも多く勝って欲しいと願いながら、さまざまな調査を行っています。今回は、2007~2015年の9年間にブリーズアップセールに上場した日高育成馬のうちJRAレースへの出走暦がある236頭について、育成後期に測定したV200とその後の競走成績との関連性を調査したので紹介します。

V200とは?
以前も紹介したので簡単に記述しますが、V200とは調教中の心拍数と走行速度との関係から心拍数が200拍/分となる時の速度を計算したものです(図1)。V200は有酸素性運動能力の指標である最大酸素摂取量(VO2max)と相関関係があることが報告されており、競走馬の運動能力指標の1つとして知られています。

競走成績がいい育成馬はV200が高いのか?
V200が競走馬の運動能力指標と聞くと「競走成績がいい育成馬はV200が高いんじゃないの?」と考えられますが、実際にはどうなのでしょうか?JRA育成馬236頭を競走成績で4群(A:2勝以上、B:1勝、C:未勝利・入着あり、D:未勝利・入着なし)に分けて、群ごとにV200を調査しました(図2)。すると、2勝以上したA群では他の群よりもV200が高いという結果が得られました。ここで興味深いのが、A群以外の3群でV200に大きな差が見られなかったことです。平均すると1勝馬のB群で未勝利馬のC・D群より若干高い値を示したのですが、統計的な差はありませんでした。

V200が高い育成馬は競走成績がいいのか?
先ほどとは逆に「V200が高い馬は走るんじゃないの?」と考えられますが、実際はどうなのでしょうか?調査した9年間で各年度V200の値が上位20%の馬と下位20%の馬を各47頭抽出し、その競走成績を調査しました(図3)。すると、V200が上位20%だった馬は下位20%の馬に比べて2勝以上したA群の頭数が多く、入着なしのD群の頭数が少ないという結果が得られました。一方、B群(1勝馬)とC群(入着あり)の頭数はともにV200上位馬の方が多いものの、群間に大きな差はありませんでした。

これらの成績から考えられること
これらの成績から考えられることとして、2勝以上した馬は育成後期のV200が高く、V200が高い馬は2勝以上する割合が大きかったことから、トレーニング途上である育成後期にV200が高い馬は競走期に勝ち上がって2勝以上する可能性が高いと言えるでしょう。しかし、1勝馬と未勝利馬には大きな差が見られなかったことから、育成馬が勝ち上がるかどうかは育成後期のV200だけで決まるものではなく、馬の性格や競走期までの成長などさまざまな要因に影響されると考えられます。また、V200が下位20%だったとしても11頭(23%)が勝ち上がりその内1頭は2勝以上していることから、育成後期にV200が低く運動能力が目立っていなくてもその後の経過はしっかり見守っていく必要がありそうです。ちなみに、今回の成績は牡馬よりも牝馬で顕著に見られたことから、育成後期の運動能力の成長には雌雄差があると考えられます。

おわりに
調教時の心拍数を解析すれば、V200だけではなく調教後の“息の入り”や常歩中の精神状態などさまざまな情報を知ることができます。それらについてはいずれ本誌にて紹介させていただきますので、乞うご期待ください。

1_13 図1 V200の計算方法
走行速度と心拍数の関係から算出した回帰直線において心拍数が200拍/分となる速度を計算。

2_11 図2 競走成績ごとのV200の比較
A:2勝以上、B:1勝、C:未勝利・入着(3着以内)あり、D:未勝利・入着なし
(※ 2歳新馬戦開始時から3歳未勝利戦終了時までのJRAおよび地方交流競走成績から集計)

3_8 図3 V200が上位20%と下位20%の馬の競走成績の比較
2007年から2015年にブリーズアップセールに上場した育成馬において各年度V200が上位20%と下位20%の馬を抽出し、それぞれの競走成績を比較(各47頭)。
(※ 競走成績の群分けは図2の説明を参照)

(日高育成牧場 生産育成研究室長 羽田哲朗)

2020年5月28日 (木)

当歳馬の放牧草の採食量

No.157(2016年10月15日号)

  

 発育中の若馬は、放牧により様々な恩恵を得ることができます。放牧地での自発的な運動は、基礎体力の向上、心肺機能および骨や腱の発達に有用です。また、集団で放牧することにより、母馬以外の他個体に接し、社会の一員となることは、将来、競走馬として競っていくためには重要な役割を果たしていると考えられます。

  

放牧草はウマ本来の飼料

 放牧地の牧草は、栄養がバランスよく含まれており、若馬にとって非常に優れた飼料であるといえます。馬が24時間放牧されているとき、平均で12.5時間採食することが報告されており、季節によっては、放牧草を16-17時間採食している場合もあります。このように、日中のほとんどの時間を採食に費やしていることから、ウマは”不断食の動物”と呼ばれます。ウマの胃は体のわりに非常に小さく、一度にたくさん食べることができません。したがって、少しずつの量を、途切れなく食べるのが、ウマ本来の食べ方であるといえます。

  

子馬にとっての放牧草

 生まれた直後に、子馬が栄養として摂取するのは母乳のみです。生後すぐから母馬の真似をして牧草を食べだす場合もありますが、ほとんどは栄養としては利用できていないようです。ウマが牧草の繊維成分を栄養として利用するには、盲腸および結腸内の繊維分解性の微生物が必要となります。生まれたての子馬の消化器官には、この微生物がほとんど存在しておらず、成長の過程において経口で取り込んでいくとされています。

 微生物を取り込むための顕著な行動が、母馬の糞を食べることです。食糞行動は、生後1週間くらいにみられますが、全ての子馬が実際に食糞をしているのかよく分かっていません。仮に食糞していなくても、子馬が口をつける可能性のある、牧草や敷料に糞由来の微生物が付着しているため、いずれは消化管内に繊維分解性の微生物を獲得することが可能です。

  

子馬の哺乳量

 子馬の乳の摂取量は、約2ヵ月齢から減少していきます(図1)。生後すぐの時期は、15~20分おきに哺乳しますが、この時期になると、哺乳回数は1時間に1回もしくは2回程度になっています。成長に伴う哺乳量の減少は、哺乳回数が減ることによります。子馬の成長に伴い必要となるエネルギー量は、増加していきます。2ヵ月齢以降、哺乳量が減る一方で、放牧草の採食量は増加していきます。子馬はいったいどれくらいの量の放牧草を採食しているのでしょうか?1_4図1

 

放牧草の採食量を調べる方法

 『放牧草の採食量はどうしたら分かるの?』という疑問に、少し触れておきましょう。牧草には、ウマがほとんど消化することのできないリグニンと呼ばれる繊維が含まれています。放牧草から摂取したリグニンは、消化できないため全て糞とともに排泄されます。糞中にどれだけリグニンが含まれているのかを調べると、リグニンの摂取量が分かります。

 ウマが食べている個所の牧草を中心にサンプリングし、牧草中のリグニン濃度を調べます。そして、(リグニン摂取量)÷(牧草中のリグニン濃度)を計算することで、放牧草の摂取量が推定できます(図2)。ただし、1日の放牧草の採食量を知るためには、1日に排泄する全糞を採取することが必要となります。2_3図2

 

子馬の放牧草の採食量

 図3に、放牧草の採食量を示しました。5週齢(約1ヵ月齢)までは、放牧草の乾物摂取量は0.5kg以下であり、ほとんど採食していないと言えます。乾物とは、水分を除いた固形成分のことです。例えば、放牧草の場合、季節や草種により変化はありますが、水分含量が4分の3、固形分含量が4分の1程度であり、原物の放牧草を1kg摂取したとき、乾物としては0.25kg摂取したことになります。7から10週齢までの放牧草の乾物摂取量は1kgであり、10週齢以降から採食量は増加していきます。17週齢(約3.5ヵ月齢)で放牧草の乾物摂取量は、2kgに達します。

 図3は10時間放牧したときの採食量ですが、この時期の子馬は、成馬に比べて睡眠時間が長く、昼夜放牧の場合でも採食量はあまり増えないことが予想されます。この時期の乳と放牧草から摂取するカロリー量は、必要量を満たしていますが、銅や亜鉛などの微量ミネラルは必要量を満たしていません。したがって、この時期より以前(理想としては2ヵ月齢)から、クリープフィードにより、これらのミネラルを補給する必要があります。3_3図3


 

(日高育成牧場 生産育成研究室 研究役 松井朗)

2020年5月14日 (木)

大腿骨遠位内側顆ボーンシストに対する治療法について

No.154 (2016年9月1日号)

 

 

 

 2016年度の各種セリが開催され、売却成績は過去最高となるなど市場取引が盛況に行われています。第153回では大腿骨内側顆のボーンシストの概論について説明がありました。国内の一部のセリでは、レポジトリで膝蓋部X線画像の提出が任意で可能となり、生産者や購買者の皆様も、大腿骨遠位内側顆にできるボーンシストには注目されていることかと思います。今回はその治療方法について説明いたします。

 ボーンシストの治療法には大きく分けて3つの種類があります。まず初めに内科的保存療法である病変部位内へのステロイド投薬、2つ目は外科的治療法である関節鏡手術による病変部位の掻爬術、そして3つ目に比較的新しい治療法である螺子でシストを固定する方法です。

 

①内科的治療

 跛行が認められず大腿骨ボーンシストの直径が小さいものに関しては、そのまま陳旧化することもあり、無症状の場合は様子を見るのが一般的です。跛行を呈するものでは、休養期間中に過剰なエネルギー摂取をやめ、ミネラルの給与を適切に行うことで、より早い回復が期待できると言われています。跛行が顕著な場合には、運動や放牧を中止し、半年程の長期休養で跛行が改善すると言われていますが、調教再開と共に再び跛行を呈することがあります。そこでより積極的な内科的治療法として、コルチコステロイド製剤をシスト内に直接注入する治療法も行われています(図1)。この方法では、エコー機器やX線画像を用いて、もしくは関節鏡下で針の挿入部位を確認しながら薬剤を正確に注入することが求められます。1_7 図1 関節鏡下でのステロイドの注入(Diagnostic and surgical arthroscopy in the horseより抜粋)
  

②外科的治療

 重度の跛行が認められ、ボーンシストの直径が大きく深い症例では関節鏡手術による病巣部位の掻爬という方法も行われています(図2)。シスト内の変性した軟骨は自然には除去されないため、取り除くことで健常な軟骨下骨および関節軟骨の再生を促します。この方法は、予後は非常に良好ですが、関節面への侵襲も大きいため術後、半年程の長期の休養を要します。その後のリハビリにも関節疾患の併発を考慮する必要があり、ヒアルロン酸などを関節内に投与することもあります。

2_7図2 関節鏡下での掻爬術

 

③新しい治療法

 ボーンシストは、内科的、外科的治療によっても完治までに時間が掛かる疾患です。完治までの時間を短縮することを念頭に新たな治療法として提唱されているのが、シストに貫通するように螺子を挿入して、固定・補強するという治療法があります(図3)。この方法であれば、体重を支える関節面への侵襲がなく、関節炎への続発を予防出来ると考えられています。この螺子での固定によって、8割以上の馬で歩様の改善が報告されて手術から4ヶ月ほどで調教に復帰できると言われています。日高育成牧場でも、騎乗馴致の時期に跛行を呈する大腿骨ボーンシストの症例に遭遇し、螺子による内固定術を行いました。術後3ヶ月から、トレッドミルを用いてのリハビリを行うことができ、約半年後にはトレーニングセールに上場することができ、その後、同馬は中央競馬でデビューすることができています。3_4 図3 螺子固定挿入前、挿入後

 

最後に

 ボーンシストの発症率は海外の報告で1~3%と低く、調教を実施する前の若齢馬では、シストを保有していても跛行がみられないなど、頻繁に目にする病気ではありません。しかし、内科的および外科的治療でも難治性を示す場合も多く、約半年にもわたる休養を要するなど、経済的損失が大きい疾患のひとつに挙げられます。今後、これらの治療法を積極的に臨床応用し、効果を検討していくことが重要です。現在、日本国内における、大腿骨ボーンシストの発症率を生産地疾病のテーマとして調査中です。今回お伝えした情報も数年後には新たな情報に置き換わるかもしれません。そのような状況ですので、今後発信される情報についても引き続きご注目ください。

 

 

(日高育成牧場 業務課 診療防疫係 山﨑 洋祐)

大腿骨内側顆のボーンシストについて

No.153 (2016年8月15日号)

 

 

サラブレッドのボーンシストとは?

 ボーンシストとは、関節の軟骨の下にある骨が発育不良を起こし発生する骨病変です。レントゲン検査では関節面に接したドーム状のX線透過像として認めることができます(図1)。病変は、栄養摂取や成長速度のアンバランスなどの素因がある子馬において、関節内の骨の一部に過度の物理的ストレスが加わることで発生すると考えられています。そのため好発部位は、前肢の球節や繋の指骨間関節、肩関節、後肢の膝関節といった走行時に大きな力がかかる関節面の骨となります。特に、膝関節を構成する大腿骨の内側顆(図2)はボーンシストの好発部位となりますが、この部位に大きなボーンシストが認められる馬は、調教開始とともに難治性の跛行を呈することが多いことが知られています。1_6【図1】球節(中手骨遠位)のボーンシスト X線透過像(破線)と関節面への開口部(矢印)

2_6 【図2】左後枝の膝関節を斜め後方から見たCT像 丸囲み部分が大腿骨内側顆。ボーンシストの多発部位となる。
   

大腿骨内側顆のボーンシスト

 現在、北海道の全てのサラブレッド市場では、レポジトリーに後膝のレントゲン資料が、上場者の任意で提出できる様になりました。大腿骨内側顆のボーンシストが発生するのは、1歳の春から秋にかけてです。この時期の、まだ調教が始まっていない若馬では、跛行が認められることは少なく、セリに向けたレントゲン検査で初めて所見が発見されることになります。

 レポジトリーに提出される後膝のレントゲン写真は、図3に示した4方向になります。この中で、内側顆のボーンシストを発見し易いのは、図3-Dの屈曲 外-内側像です(図4)。その他の方向から撮影したレントゲン像では、シストの大きさや関節面の状態を確認することが出来ます。3_3【図3】レポジトリーにおける後膝のレントゲン資料(4方向)

A:尾-頭側像、B:尾外-頭内側像、

C:外-内側像、D:屈曲 外-内側像

4_2【図4】大腿骨内側顆のボーンシスト所見

左:大きなボーンシスト所見

右:小さな軟骨下骨の欠損(ディフェクト)所見

 

治療と予後

 シストには炎症産物が含まれており、物理的な刺激が加わり続けることにより病巣が広がってしまいます。跛行が認められない場合は、そのまま陳旧化する場合も多いのですが、跛行が認められる場合は、運動や放牧を中止し、しっかり症状が消えるまで休養させることが重要です。跛行の程度が重い場合には、全身麻酔下でシスト内にステロイド剤(抗炎症剤)の患部への直接投与やシストの掻披術を実施し、治癒を促します。いずれにしても、休養期間は3ヶ月から6ヵ月以上要することが多く、競走馬としてのデビューは遅れてしまうことになります。近年、新たな治療方法としてシストを跨ぐ様にスクリューを1本挿入する治療法が試みられるようになり(図5)、調教への復帰も早くなることが期待されています(詳細については次号で紹介する予定です)。5

【図5】内側顆のボーンシストへのスクリュー挿入術 ラグスクリューによりシストの安定化を図り、疼痛や炎症を緩和する試みが行われている。

 

最後に

 大腿骨内側顆のボーンシストは、発症すると予後が悪く、経済的な負担も大きな疾患です。現在、日高地区の獣医師で総力を挙げて、ボーンシストの発症要因や治療法の改良に取り組んでいるところです。生産者の皆様には調査へのご協力への理解と今後の調査結果にご期待いただければ幸いです。

 

 

(日高育成牧場生産育成研究室 研究役 佐藤 文夫)

2020年5月13日 (水)

育成期の屈腱腫脹

No.145 (2016年4月15日号)

 

 

 

 育成調教期の若馬で「ウラがもやっ・・・として、すっきりしない」「触わって腱が太く感じる」と表現するような、屈腱部のわずかな腫脹や帯熱を認めることはありませんか?我々、JRA日高育成牧場の育成馬においても、このような症状は珍しくなく、いずれも一過性の現象であることを経験しています。このような若馬に対して超音波検査を行った場合、浅屈腱が成馬と比較して太い、もしくは反対の正常肢と比較して太い所見が認められます。しかし、腱損傷を示す所見は認められません(図1)。

 成馬においては、このような屈腱部の腫脹や帯熱は、浅屈腱炎すなわち「エビ」の症状もしくは前兆と理解されています。このため、若馬でこのような所見を認めた場合、育成調教の妨げとなるばかりではなく、市場価値の低下を招くことが懸念されます。では、このような若馬の屈腱の腫脹や帯熱は、本当に屈腱炎の前兆なのでしょうか?競走期のパフォーマンスや屈腱炎発症に影響を及ぼすのでしょうか?

1_7 図1.育成馬では浅屈腱が成馬より太い、もしくは反対肢と比較して太い所見が認められる。

  

育成期の屈腱に関する調査

 JRA日高育成牧場では、3年間に亘ってJRA育成馬165頭の屈腱部の超音波検査を実施し、若馬の屈腱部に関する調査を行いました。調査は「育成調教開始前の1歳9月」および「ブリーズアップセール前の2歳4月」の2回、屈腱部を6つの部位に分けて、浅屈腱の断面積を測定し、左右で比較しました(図2)。

 結果を見ると、いずれの部位でも浅屈腱の断面積は、1歳9月の方が大きく、2歳4月にかけて小さくなる傾向にありました。また、いずれの時期も、以前にトレセンで調査した成馬の値を上回っていました。すなわち、育成期の若馬の浅屈腱は成馬より太く、育成調教を行う過程において、徐々に成馬の値に近づくことがわかりました。

2_5 図2.育成馬と成馬との浅屈腱断面積の比較

  

育成期の屈腱の左右差

 また、屈腱を3つの部位に分けて、左右の太さ、すなわち断面積を比較してみました。すると、左右で断面積の差が20%以上あった馬は、1歳9月および2歳4月のいずれの時期においても、育成馬全体の20%近くに達しました(図3)。成馬においては、浅屈腱断面積に左右差が20%以上認められた場合、浅屈腱炎の前兆と考えられていますが、育成馬では、5頭中1頭にそのような所見を認めたのですなお、このような所見を有した育成馬であっても、超音波検査で腱損傷所見が認められない場合には、通常どおりの調教が実施されました。それでは、このような左右差が認められた馬は、他の馬と比較して、競走成績は劣っていたのでしょうか?競走期に屈腱炎を発症したのでしょうか?

 調査馬のうち、中央競馬に登録した143頭について調査したところ、出走回数、入着回数、および浅屈腱炎の発症率に有意差はありませんでした(図4)。すなわち、育成期に通常より太い、もしくは太さが左右で異なる屈腱であっても、競走期のパフォーマンスに及ぼすような病的な状態ではなく、調教運動を通して改善されていく所見であることが分かりました。

 ではなぜ、若馬の腱は一時的に太くなるのでしょうか?今回の調査で解明することはできませんでしたが、運動や骨成長などにより、未成熟な腱が負荷を受けた際に認められる生理的反応の1つと考えられました。この調査は、我々が育成馬を調教していく過程で遭遇した「若馬の屈腱腫脹」について、それが病的なものか否かを解明する目的で実施したものです。

 JRA日高育成牧場では、生産者、育成関係者、そして市場購買者の皆様が日頃から疑問に思っていることについて、今後とも育成馬を用いた科学的な調査を行っていきます。3_5 図3.育成馬の5頭に1頭は浅屈腱断面積の左右差が20%以上であった。

4_3 図4.左右差20%以上の馬と他の馬の出走回数・入着回数に有意差は認められなかった。

 

 

(日高育成牧場 専門役 冨成 雅尚)

馬体管理ソフト「SUKOYAKA」の紹介

No.142 (2016年3月1日号)

    

JBBAから軽種馬牧場管理ソフト「SUKOYAKA」がリリースされました。

 SUKOYAKAは、軽種馬の栄養管理と馬体情報管理をサポートするソフトで、JBBA日本軽種馬協会のウエブサイトからダウンロード(無料)できます。(こちらからダウンロードできますhttp://jbba.jp/assist/sukoyaka/index.html)当ソフトは、「SUKOYAKA栄養」と「SUKOYAKA馬体」の二つで構成されています。

  

SUKOYAKA栄養

 SUKOYAKA栄養は、各馬のステージにあった養分要求量を計算し、現在与えている飼料の充足率を確認することができるソフトです。簡単に言うと、子馬であれば「今与えているエサもしくは新たに導入しようとしているエサを与えることによって、病気にならずに適切な成長ができるか」。妊娠馬であれば、「母体も健康で、健康な子馬を出産することができるかどうか」「それらのエサをどのくらい与えればよいのか」これらを判断するうえでの目安を提示してくれるものです。では、具体的な飼料設計の例を見ていきましょう。

  

例)1月の1歳馬の飼料設計

 ここでは22時間放牧の昼夜放牧をしている1歳馬(9ヶ月齢 馬体重350kg)の飼料を考えてみます。この時期、北海道では積雪があるため、放牧草からの栄養摂取は考慮しないこととします。まず、エンバクとルーサン乾草で設計してみます。この場合、SUKOYAKA栄養で計算すると、エネルギーとタンパク質は充足していることが確認できます(図1)。一方、銅や亜鉛など、子馬の健康な骨成長に影響を及ぼすミネラル類については、充足率が14~15%であり、明らかに不足していることが分かります。1_3

図1.エンバク3kgとルーサン5kgの飼料設計

  

 そこで、エンバク3kgを2kgに減らし、バランサータイプ飼料1kgに置き換えてみましょう。これにより、濃厚飼料を増やすことなく、銅や亜鉛などのミネラルも充足することができます(図2)。ただし、全項目の充足率が100%以上であれば適切かといえば、決してそうではなく、あくまで計算上の目安でしかありません。子馬の馬体成長や疾病発症に影響を及ぼす要因としては、飼料から摂取する栄養以外に、遺伝や環境(気候など)なども無視できません。あくまで算出された値を目安として、個体ごとの健康状態や発育の程度、疾病の有無などを把握しながらの飼料調整が必要となります。このため、定期的な馬体重や体高などの測定、BCS(ボディコンディショニングスコア)や疾患の有無を確認するための馬体検査などの実施が推奨されます。これらの体重測定や馬体検査で得られたデータは、その都度の飼料設計に利用できるだけではなく、継続的に複数年(複数世代)のデータを蓄積していくことで、飼養管理方法の改善にもつなげることができます。これをサポートするツールが「SUKOYAKA馬体」です。

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図2.エンバク2kg、バランサー1kg、ルーサン5kgの飼料設計

  

SUKOYAKA馬体

 SUKOYAKA馬体は、子馬や繁殖牝馬の個体情報を記録し、管理するためのソフトです。定期的に測定した馬体重を入力すると、自動的にグラフ化してくれます。また、子馬については、標準曲線と比較することもできます(図3)。標準曲線は、日高管内の30牧場の約2,400頭の子馬の馬体重データ4万点を性別・生まれ月ごとに分けた平均値をもとに作成したものです。この標準曲線と登録馬のデータを比較することで、子馬の成長度合いの確認ができます。ただし、「標準曲線はあくまで目安である」ということを念頭に置いて利用して下さい。すなわち、標準曲線を「上回ったら、飼料を減らす」「下回ったら、飼料を増やす」など機械的に利用するのではなく、あくまで、実馬を観察したうえで、BCS、体高、胸囲、管囲、疾病の有無、放牧草の状態などの情報と併せて飼養管理に活用することが合理的です。また、子馬および繁殖牝馬の様々なデータ蓄積は、生産牧場における適切な飼養管理、もしくは管理方法の改善に大きく寄与します。ビジネスの世界で使われている「PDCAサイクル」、つまりPlan(計画)、Do(実行)、Check(評価)、Act(改善)の4段階を繰り返すことにより業務を継続的に改善する手法は、生産牧場でも活用することができます(図4)。この場合、正しくCheck(評価)するためには、「事実の正しい認識」が重要です。つまり、「曖昧な主観的感覚」ではなく、「客観的なデータ」の検証が必要になります。SUKOYAKA馬体は、馬体重だけではなく、体高などの測尺値やBCS、出産、病気、離乳などの様々なイベント、給与飼料や病名などの必要に応じたコメントを入力し、データとして蓄積することができます。これらの蓄積データを活用することにより、過去に実施した飼養管理方法の評価「振り返り」が可能となり、適切な改善へとつながります。

 「振り返り」の具体例としては、「昨年の世代と比較して、今年の1歳馬は骨疾患が多い。昨年と今年の馬体成長やBCSに違いはあるだろうか?」「今年の1歳馬は冬期のBCS保持が困難だった。離乳期の馬体重やBCSは問題なかっただろうか?」「今年は繁殖牝馬の受胎成績が良くなかった。成績が良かった昨年の馬体重やBCSと比較してみよう」などがあげられます。

 このようなデータを活用した評価をすることで、具体的な改善策が浮かび易くなります。また、栄養指導者などの第三者に相談する場合でも、過去の蓄積データを示すことで、より適切な解決策の発見につながります。是非、軽種馬牧場管理ソフト「SUKOYAKA」をご活用ください!!

3_3 図3.SUKOYAKA馬体 馬体重グラフ

  

4_2 図4.SUKOYAKAを活用した牧場におけるPDCAサイクル

 

(日高育成牧場・専門役 冨成雅尚)