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2021年1月25日 (月)

米国のブレーキング

今回は米国における1歳馬のブレーキングについて紹介します。わが国では主にヨーロッパ式のダブルレーンによるドライビングを取り入れている育成牧場が多いですが、米国ではいきなり騎乗する方法が行われていました。

 

ウインスターファームのブレーキング部門

かつて生産牧場だった土地を改修して作られました。二つの厩舎、ウォーキングマシン、角馬場のほか、パドックが25面、広い放牧地が3面あり、牡は0.5~1ヘクタールのパドックに2頭ずつ放牧され、めすは8ヘクタールの広い放牧地に8頭で放牧されていました。馬はほぼ24時間放牧され、騎乗時のみ集牧されていました。飼い付けもパドックで行われ、朝夕牧場オリジナルのスイートフィードを2kg給餌されていました。

 

ブレーキングの手順

1週目は全て馬房内で行われていました。まずは引き馬で馬房内回転を教えて、それからローラーを装着し胸部の圧迫に慣れさせて、初日からまたがります。その後、鞍を載せ、最後にハミ付きの頭絡を装着していました。

2~4週目はラウンドペン(円馬場)および角馬場で騎乗していました。馬装は無口頭絡の上からハミ付きの頭絡を装着し、落馬防止のためネックストラップを付けていました。まず引き綱(リード)のまま小さい円でランジングを行っており(図1)、この際馬場の壁は利用せず馬が内方を中心に自分でバランスを取って周回できることを意識していました。騎乗後は輪乗りおよび8の字乗りを繰り返し、口向きを作っていました。速歩だけでなく駈歩も行っていました。

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図1.引き綱(リード)のまま小さい円でランジング

 

5~6週目には普段放牧されている放牧地(パドック)で騎乗していました(図2)。輪乗りおよび8の字乗りを繰り返すこと、速歩および駈歩をすることは一緒です。この時期に不整地をあえて走らせることで、馬が足下に注意するようになり、故障しにくい走行フォームを身に付けさせるという考え方でした。この時期の1歳馬は人を乗せてバランスを取るだけで精一杯という感じですが、さらにバランスの取りにくい不整地を走らせることでより強い体幹の筋肉を養成していきます。

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図2.普段放牧されている放牧地(パドック)で騎乗

 

7~14週目には三つのコースで騎乗されていました。一つ目は大放牧地コースで広い放牧地を右回りで速歩および駈歩で周回します。全長3.7kmで、雨天時は芝が滑るので使われていませんでした。

二つ目はグラス坂路コースです(図3)。これは放牧地と隣の牧場との間の勾配のある草地を利用して、まず上り、下り、上り、下りと交互になるように使っていました。全長は2.9kmで、坂路の傾斜は4~6%でした。このコースも雨の日は芝が滑るので使われていませんでした。

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図3.グラス坂路コースでの調教

 

三つ目は周回コースおよび坂路コースです。ブレーキング部門の隣にあるトレーニング部門まで下りて行き、1周1,400mのオールウェザーの周回コースを左回りで走った後、ファイバーサンドの坂路コースを上ります。全長5.1kmで坂路の傾斜は3%でした。雨が降っても馬場が悪化しないので使われていました。そして、12月もしくは1月にこのコースを難なくこなせるようになってから、ブレーキング部門を卒業しトレーニング部門に移動していました。

 

まずは走行フォームを作る

ブレーキング後、まずはセルフキャリッジした走行フォームを徹底的に教え込んでいました。方法として、芝の上などの不整地で2ヶ月程度乗り込むことで馬が足下に注意するようになり、体幹の筋肉が鍛えられ、自然と起きた走行フォームを身に付けていきました。ヒトも子供の頃の方が早く自転車や一輪車の運転を覚えるように、走路に出て時計をつめていく前に理想的な走行フォームを身に付けさせるのが時期的に適していると考えられていました。さらに芝の上の不整地で乗る際には物見をしないように工夫されていました。例えば普段放牧されていてすでに環境に慣れているパドックで騎乗する、またグラス坂路に行く時には誘導馬として経験豊富でおとなしいリードポニーと一緒に行くなど、若馬が物見をして集中力を欠くことがないように配慮されていました。

JRA日高育成牧場 業務課 診療防疫係長 遠藤祥郎

米国における1歳馬のセールス・プレップ

今回は米国における1歳馬の飼養管理について紹介します。わが国では主に育成牧場でセリに向けての準備(セールス・プレップ)が行われていますが、ケンタッキーでは生産牧場でセールス・プレップが行われていました。

 

セリに上場する馬としない馬の違い

ケンタッキーにはライムストーンと呼ばれる石灰岩の層の上にアルカリ性の土壌が広がっており、ケンタッキーブルーグラスを中心とした青草から天然のミネラル分が補給される恵まれた環境にあります。また、新潟市と同じくらいの緯度にあり、夏は暑過ぎず冬は寒過ぎない快適な気候を有しています。ですので、セリに上場しない馬は悪天候時などの例外を除き、基本的には24時間放牧が行われており、馬体のチェックを兼ねて朝夕2回放牧地で飼付されます。一方、1歳セリは7~10月の夏季に開催されるため、24時間放牧しているとたてがみや体毛が日焼けしてしまいます(図1)。これは馬の成長には全く影響しませんが見栄えが悪くなるため、セリに上場する馬は昼間の日光の強い時間を馬房内で過ごして、夜間放牧(19時から翌朝7時まで)されています(図2)。

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図1.セリに上場しない馬は24時間放牧され日焼けしている

 

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図2.セリに上場する馬は日焼けを防ぐため夜間放牧に切り替えられる

 

放牧地

セリに上場しない馬は20エーカー(約8ヘクタール)程度の大きな放牧地に集団で放牧します。一方、セリに上場する馬は、牝馬に関しては放牧時間が短縮(24時間から12時間)されるだけで、同じく大きな放牧地に集団で放牧されます。牡馬に関しては、ケンカして咬みつくなどして外傷を負う恐れがあるため、1頭ずつ小パドックに放牧します。放牧地の広さを決める際の目安に“1 acre, 1 horse(ワンエーカー、ワンホース)”という言葉が使われています。これは馬1頭当たり1エーカー(約0.4ヘクタール)以上の広さが必要という意味です。

 

飼料

 セリに上場する馬は、BCSの調整のため馬房内で個別に濃厚飼料が与えられます。私が研修したダービーダンファームでは、大粒のペレットが1日2回与えられていました。1回の量は太っている馬で1.5kg、痩せている馬で2.0kgでした。ダービーダンファームは“Honesty(正直、誠実)”をスローガンにしており、BCSが5.0前後の自然な馬体を目指していました。

 

ウォーキングマシンの使い方

セリに上場する1歳馬の管理は、ウォーキングマシンを使った運動および馬体洗浄をする日と、後述するグルーミングをする日に一日おきに分かれています。

ウォーキングマシンによる運動は、常歩のストライドを伸ばしてセリの下見時に活発な印象を与えることを目的として行われています。具体的には、常歩ではついて行けず半分程度は速歩になってしまう速度でウォーキングマシンを回して、徐々に馬が体の使い方を覚えて大きく常歩で歩けるようになったらさらに速度を上げる方法を繰り返します。理想を言えば人が引いて馬の常歩の速度をコントロールするのがベストでしょうが、少ない人手で活発に歩ける馬を作るのには有効な方法だと感じました。

 

グルーミング(手入れ)

ウォーキングマシンによる運動が行われない日は、念入りなグルーミング(手入れ)が行われます。中でも最も熱心に行われていたのが、ゴムブラシで全身を強く擦ることで、古い体毛をできるだけ抜き、皮膚の血行を促します。最初の1週間は変化に気づかないレベルでしたが、2~3週間続けていると明らかに新陳代謝が良くなり、自然な艶が出てきます。そのほか、セリの直前にはトリミングを行い、たてがみをきれいに整え、耳毛や距毛を短くカットします。

 

 

 

JRA日高育成牧場業務課診療防疫係長 遠藤祥郎

活性酸素と抗酸化物質(ビタミンE)

はじめに

健康のために適度な運動は欠かせませんが、いかなる運動も健康に有用かと問われると、そうではありません。例えば、トップクラスのアスリートが日々おこなうトレーニングにより、体は鍛えられますが、けっして彼らが健康な状態にあるとはいえません。世界の舞台で活躍するようなアスリートは、一般人に比べて短命であるという少しショッキングな調査報告もされています。アスリートのストイックな鍛錬は、生体にとって少なからず有害な影響をもたらします。

 

活性酸素とは?

 酸素分子は、2個の電子が隣り合った“電子対”という物質が原子の周りに付着した構造をしています(図1)。この電子対は電子がペア―になっている状態では安定していますが、1個の電子が離れてしまうと、酸素分子が非常に不安定な状態になり、活性酸素と呼ばれる異なる性質の物質に変わってしまいます。活性酸素は、例えば、生体内の細胞膜を構成する脂質の電子を奪い、安定な状態に戻ろうとします。その脂質は細胞膜の強度を保つ役割していますが、電子を奪われる(酸化される)ことにより本来の機能を失い、細胞膜は壊れやすくなります。

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図1 活性酸素

酸素分子は酸素原子が2個と、そこに電子が対になった電子対が7個付いた構造となっている。電子は対になった状態では安定しており、酸素分子自体も安定している。しかし、電子対から電子が一つ離れると不対電子となり、これによって酸素分子が不安定な活性酸素に変化する。

活性酸素により生体内の物質が酸化される様は、“活性酸素による体のサビ”と比喩することができます。このように活性酸素は生体内の組織を酸化させ、それらの健常な機能を奪ってしまいます。運動の負荷が大きいほど細胞は多くの酸素を必要とするため、体内に取り込まれる酸素の量も多くなります。活性酸素の源となる酸素が多く体内に入ってくれば、当然、活性酸素の発生量も多くなり、体もサビやすくなるわけです。過剰に活性酸素が生成され過ぎるのを防ぐため、活性酸素を無害化させる酵素も体内で作られますが、高強度の運動をおこなう場合、活性酸素の生成は酵素の作用を上回ってしまいます。

 

活性酸素から体の酸化を守ってくれる抗酸化物質

 生体内で分泌される酵素以外に、飼料やサプリメントから摂取できるビタミンE・ビタミンC・アスタキサンチン・コエンザイムQ10・リコピン・セレン・銅・亜鉛も活性酸素に対して抗酸化能力があります。

強い運動負荷時において、馬は体重100kg当たり200mgのビタミンEが必要とされています。競走馬や高強度の運動が負荷される後期育成馬にみられるタイイングアップ症候群(スクミ)は、筋細胞膜が活性酸素に酸化されることが発症の要因の一つになっています。ビタミンEの給与量が必要量を下回る場合、スクミ発症のリスクは高まると考えられますが、必要量以上のビタミンEの補給がその予防に効果があるのかはよく分かっていません。

 

ビタミンEの補給とDNA酸化の予防

活性酸素は、細胞膜以外にDNAを酸化し、DNAの持つ情報を変化させてしますことがあります。変異されたDNA情報を持った細胞が増殖していくと生物の健康は損なわれてしまいます。ガン化細胞の増殖などはその顕著な例ですが、そのように間違った細胞の増殖を極力抑えるため、生命における防御システムとして変異した細胞が自殺する『アポ―トーシス』という現象がみられます。このアポトーシスの発生量で、活性酸素によってDNAがどの程度酸化されかを推測することができます。エンデュランス競技の3週前より、馬にビタミンEを体重100kg当たり約1,000mg給与したとき、ビタミンEを補給していない馬(対照群)に比べて、競技開始から定めたポイントで細胞中のアポトーシス発生割合は明らかに少なくなっていました(図2)。この結果は、活性酸素の有害性がビタミンEによって消されたことで、DNAの酸化が少なかったことによると考えられています。この量は必要量の5倍にもなりますが、これだけのビタミンEを運動中の馬に給与すべきなのかについては明言を避けたいと考えています。対照群の馬に給与されていたビタミンEが約30mg(体重100kg当たり)と必要量より大幅に少なかったこともありますが、アポトーシス発生に現れる運動中のDNAの酸化は、避けるべき現象なのか、それとも鍛えられる過程においては必要なプロセスなのかを一概に判断できないためです。今回は、ビタミンEという物質が、生体内の酸化ストレスに極めて大きな影響があることを紹介するに留めておきたいと思います。

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図2 ビタミンEの補給が運動時の細胞内アポトーシス発生に及ぼす影響

緑色で示したビタミンEを常時補給されている馬のエンデュランス競技中の白血球細胞内におけるDNA酸化の指標となるアポトーシスの発生割合は、緑色のビタミンE非投与馬(対照群)に比べて明らかに多かった。

 

おわりに

活性酸素が体をサビさせる有害な物質であることは間違いありません。運動などの外的な環境変化によって過剰に発生する活性酸素に対して、生体組織の防衛のため、生体は抗酸化酵素の活性を高めるなど生理的に適応していくとされています。もう一歩踏み込んで考えると、運動によって活性酸素が多量に発生することは避けられませんが、体内で生成する酵素で無害化できるように適応していくことも、トレーニングのひとつであるというとらえ方もできるのではないでしょうか。近年、ヒトの抗酸化作用のサプリメントの多用が、活性酸素に対する本来の無害化能力を弱め、将来的に健康を害する危険があるという報告がなされています。強い運動が負荷されるサラブレッドについても、適材適所での抗酸化物質を補給する有用性は否定できませんが、いたずらにサプリメントのみに頼らず、活性酸素に抗い適応させていくという観点も同時に必要なのかもしれないと私は考えています。

 

 Oxidative Medicine and Cellular Longevity Volume 2012

C.A. Williams et. al.

 

 日高育成牧場生産育成研究室 主任研究役 松井 朗

食道閉塞(のどつまり)

食道「閉塞(へいそく)」?「梗塞(こうそく)」?

食道閉塞は、食道が食塊や異物によりふさがってしまう病気で、よく「のどつまり」といわれています。古くから「食道梗塞」という病名が慣例的に使われていますが、本来「梗塞」とは脳梗塞など血液循環障害により生じる虚血性壊死のことをいいます。ですので、「のどつまり」のような病気に用いるのは本来ふさわしくありません。そのため、本稿では海外でも使用されている「食道閉塞(esophageal obstruction)」という病名を用いています。

 

診断と治療

流涎(よだれを垂れ流す)、水および摂食物の逆流、咳などが特徴的な症状です(図1)。診断はこれらの症状、経鼻食道(鼻から食道への)カテーテルの挿入、内視鏡検査により行われます。内視鏡検査では閉塞物、閉塞部位および食道内の異常を確認することができます(図2)。多くは内科療法により治癒可能で、経鼻食道カテーテルを用いて食道に適量の水を注入したり、頚をマッサージしたりして、閉塞物を外側から揉みほぐすことで閉塞の解除を促します。また、内視鏡専用の鉗子を用いて閉塞物をほぐすこともあります。これらの治療を行う際は、鎮静剤の投与により馬の頭を下げさせ、誤嚥を防ぐことが重要です。鎮静剤にはその他に食道の収縮を軽減させる効果もあります。外科療法としては食道切開術がありますが、様々な合併症(食道の裂開・狭窄、電解質平衡異常、頚動脈破裂など)を引き起こす可能性があり、対象は内科療法を繰り返しても良化しない症例に限られます。

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閉塞物除去後の管理

食道閉塞は閉塞物除去後の管理が非常に重要で、それが適切に行われないと再発を繰り返し、死に至る可能性もあります。管理手順について図3にまとめました。閉塞すると閉塞物により食道粘膜の損傷が生じ、狭窄を伴うことがあります(図2)。すぐに通常の給餌を行うと再発のリスクが高くなるため、粘膜の損傷が良化するまで流動食(水分を多く含んだ軟らかい飼料)を与えます。牧草(切り草やキューブを含む)は再発の原因となるため、食道粘膜の修復期間中は与えるべきではありません。また、敷料(麦稈やシェービング)を食したことにより再発するケースも多くありますので、注意が必要です。再発すると食道粘膜の状態を悪化させるため、再び絶食からやり直しとなります。再発を繰り返すと治療期間が長引くだけでなく、食道が正常に機能しなくなり予後不良と診断されることもあります。そうならないためにも内視鏡検査を定期的に行い、食道粘膜の修復(7~21日かかるとされる)を確認してから通常の給餌を再開します。

 

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重要な合併症:誤嚥性肺炎

誤嚥性肺炎は、食道閉塞時に食道から逆流した飼料や唾液が気管内に流入することで生じます(図4)。発症から解除後数時間以内では、多くの馬の気管内に中等度から重度の汚染が生じています。このような状態は誤嚥性肺炎を引き起こすリスクが高くなります。また、肺炎の発症と気管内の汚染度合いとは相関がないという報告もあるので、たとえ診察時に気管内の汚染が軽度であっても油断してはいけません。以上のことから軽種馬育成調教センター(BTC)では多くの場合、誤嚥性肺炎の予防的措置として抗菌薬を投与しています。

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予防

不十分な咀嚼は食道閉塞の発症リスクを高めます。定期的に歯科検診を実施し、馬がしっかりと咀嚼できる状態をキープしてあげましょう。早食いの馬も発症しやすいと考えられるので、そのような馬に対しては一度に多量の飼料を与えるのではなく、なるべく小分けにして与えるようにしましょう。飼葉桶に障害物(大きな石など)を入れておいたり、乾草ネットを使用したりすることも有効です。

 

最後に

先にも述べましたが、食道閉塞は重篤化すると命にかかわる疾患です。しかし、その認識は薄く軽視されがちなのか何度か再発を繰り返してから、診療を依頼されることがあります。今回の記事により一人でも多くの方が食道閉塞の理解を深めるとともに、治療や管理の一助にしていただければ幸いです。

軽種馬育成調教センター軽種馬診療所 日高修平

馬の飼料中のオメガ3脂肪酸について

私たちの身の回りでは、肥満のイメージから脂肪という栄養にあまり良い印象が無いかもしれません。いかなる栄養も、過ぎたるは何とかでありますが、脂肪は三大栄養素にも数えられるほど(後の二つは炭水化物とタンパク質)、動物にとって不可欠な栄養素です。脂肪は様々な種類の脂肪酸から構成されていますが、体内に蓄積しすぎると良くないとされている飽和脂肪酸と、体が正常に機能するために重要な不飽和脂肪酸に分けることができます(図1)。さらに、その不飽和脂肪酸の中でも、食べ物に含まれる量が少ないωおめが3(オメガスリー)についての話題が今回のテーマとなります。

 

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図1

脂肪酸は炭素原子が連結した骨格から構成されているが、炭素原子間に二重結合が全くなく単結合のみのものは飽和脂肪酸、一つ以上二重結合があるものは不飽和脂肪酸と呼ばれる。

オメガ3とは?

“オメガ3”は、元々ヒトの栄養分野では注目されており、最近、馬の飼養管理の現場でも注目されるようになってきました。正式な名称はオメガ3脂肪酸ですが、以下は略してオメガ3と呼ぶことにします。オメガ3は特定の脂肪酸ではなく、似通った構造や機能についてグループ化した総称です(図2)。オメガ6やオメガ9と呼ばれる脂肪酸のグループも存在し、これらも同様の規則により名づけられています。

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図2

脂肪酸のグループ名称は、炭素原子の鎖の端から数えて最初の二重結合が何番目にあるかでつけられている。オメガ3であれば、二重結合が3番目にあるということであり、この構造が同じであればその機能も似ていることになる。

 

生体内でのオメガ3の機能

オメガ3は脂肪酸グループの総称であることが分かりましたが、このグループにはα-リノレン酸、エイコサペンタエン酸(EPA)およびドコサヘキサエン酸(DHA)などが含まれます。ヒトの分野では、オメガ3をしっかり摂取することにより、血中の中性脂肪や悪玉コレステロールが減少し、血液がサラサラになることが知られています。そのほかに、抗炎症作用を高める効果も知られています。また、DHAは脳を構成する神経細胞に多く存在し、脳の機能を高めると考えられています。

オメガ3は生体内の細胞膜の構成に関与しており、その存在により膜の透過能力が適切に維持されます。オメガ3の摂取により、中性脂肪の取り込みが良くなる、脳の情報伝達能力を高まる、炎症を早期に修復させるなどの効果は、細胞膜の透過性の向上によるものです。

 

オメガ3とオメガ6の関係

オメガ6はオメガ3同様に、細胞膜の構成に必要な脂肪酸です。しかし、オメガ3と6の細胞膜に及ぼす効果は真逆であり、細胞膜にオメガ6が多すぎると細胞膜は固くなります。細胞膜の透過性が高いことも重要ですが、適度に細胞の内容物を保持し壊れにくくするには適度な硬度も必要です。オメガ3とオメガ6は生体内で作ることができず、必ず食事(飼料)から採る必要のある必須脂肪酸です。このことから、オメガ3とオメガ6はバランス良く摂取する必要があります。しかし、オメガ6も必要なのに、どうしてオメガ3ばかりが注目されているのでしょうか? オメガ6は肉類に、オメガ3(EPAやDHA)は、魚類に多く含まれるため、現代人の食事の傾向をみると脂肪酸の摂取がオメガ3に比べてオメガ6に偏り勝ちになります。オメガ3とオメガ6の理想的な摂取バランスは、オメガ3:オメガ6=1:4とされていますが、このバランスをとるためにオメガ3の摂取がより推奨されています。

 

馬の飼料中のオメガ3

馬の飼料でみると、燕麦などの穀類にオメガ6は多く含まれ、放牧草などの青草や乾草にオメガ3は多く含まれます(図3)。したがって、放牧草が豊富な時期は、オメガ3の摂取不足を心配する必要は無いでしょう。しかし、十分な牧草が摂取できていない場合や、濃厚飼料の給与量が多いときはオメガ3の不足やオメガ6の摂取量に対するアンバランスが懸念されます。

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図3

不飽和脂肪酸の中で、生体内で作ることができない脂肪酸(必須脂肪酸)はオメガ3とオメガ6である。オメガ3であるα‐リノレン酸は、牧草やアマニに多く含まれ、EPAやDHAは青魚などに多く含まれる。オメガ6(リノール酸)は、燕麦やトウモロコシなどの穀類に多く含まれる。

馬が飼料から摂取するオメガ3は、ほとんどα-リノレン酸です。牧草以外には、アマニ(またはアマニ油)にも多く含まれます。生体内の機能向上に効果的に働くのは、オメガ3のなかでもEPAやDHAであり、これらは生体内でα-リノレン酸から作り変えられることにより供給されます。しかし、必ずしも、摂取したα-リノレン酸が全てEPAやDHAに変わるわけではないため、EPAやDHAを直接摂取したほうが効率的かもしれません。EPAやDHAは魚類油に多く含まれますが、草食動物は基本的に動物性の栄養を好まないことから、飼料に魚類油を加えることは嗜好性の面からみて推奨できません。魚類油が配合飼料に加えられていたり、馬用のサプリメントとして市販されていたりする場合は、嗜好性を落とさないよう、メーカーが香りづけをするなどの工夫をしているはずです。

 

馬にオメガ3を給与したときの効果を調べた研究

オメガ3をサプリメントとして馬に与えたとき、どのような効果がみられたかを調べた研究がいくつかあります。競走馬は強い運動を負荷した後、肺の毛細血管からの出血がみられ、その量が多いと鼻腔から出てきて“鼻出血”と診断されます。馬にDHAとEPAを給与したとき、運動後の肺出血量が少なかったことが報告されています。その他に、これらの脂肪酸を与えた時、種牡馬では精子の活性が高まったことや、繁殖牝馬では乳中のEPAおよびDHA濃度が上昇したことが報告されています。

 

馬がどのようなバランスでオメガ3とオメガ6を摂取するのが良いのかは、分かっていません。また、オメガ3を通常の飼料以外に給与すべきなのかは、紹介した研究結果のみでは結論できません。しかし、栄養価の高い牧草が適切な量で馬に給与されていれば、あえてオメガ3を補給しなくても良いのではないかと私は考えています。

 

 

日高育成牧場 主任研究役 松井 朗

事通信186:BCS(ボディコンディションスコア)

BCSとは?

「今現在、妊娠馬に与えている飼葉の量は適切か?」「調教中の育成馬に対して、今の飼料の量は足りているのだろうか?」このような疑問は、馬の飼養管理者にとっては常日頃から頭を悩ませるものです。

飼料の給与量について考える際には、その馬にとって適切なエネルギー量(カロリー)を与えているか否かが重要ポイントの一つになります。人間と同様に消費量を上回るエネルギーを与えた場合には太りますし、不足する場合には痩せていくことになります。もちろん、単なる見た目の問題だけではなく、エネルギーの過不足はその馬自身の健康状態、妊娠馬であれば胎子の成長、競走馬や調教中の育成馬であればパフォーマンスなどにも影響を及ぼします。

このため、個々の馬に応じて適切なエネルギー量を与える必要があり、それを見極めるために重要な指標の一つがボディコンディションスコア(BCS)なのです。

BCSは脂肪の付き具合を数値化したもので、「脂肪がほとんど無く、削痩している状態」の1点から、「極度の肥満」の9点までの数値を用います。例えば、馬の脂肪の付き具合を評価する場合に「太っている」「やせている」という言葉ではなく、「BCS8」「BCS3」などという数値で表します。

馬の飼養管理をするうえで、BCSを用いて馬体の状態を数値化することには有用性があります。なぜなら、同じ1頭の馬を見た場合であっても、人によって「太っている」「やせている」の判断基準が異なるためです。馬を管理する複数のスタッフ間で判断基準が異なる場合、馬の管理に統一性がなくなり、牧場内での馬体のつくりにバラつきが生じやすくなります。このため、同一の基準で脂肪の付き具合を数値化するBCSを用いることで、馬体のつくりに統一性がでてきます。また、簡単に記録に残すことができるため、振り返りのための材料としても利用できます。例えば、牧場での受胎率があまりよくなかった場合、春先のBCSなどの記録をつけておかないと、振り返るための具体的な材料がなく、改善策が立てづらくなります。毎月、継続的にBCSの記録をつけておくことで、具体的な数値を用いて振り返ることができ、その後の飼養管理を考える上での重要なヒントを得ることができます。

 

BCSの見方

馬のBCSは、馬体の6つの部位「頸(くび)」「き甲」「肩後方」「肋部」「背~腰の脊椎」「尾根」を対象としており、これらの部位を観察し、実際に触ることにより、脂肪の付き具合を確認します。あくまで、これら6部位の脂肪の蓄積のみを観察するため、人間のメタボリックシンドロームのための検査のような、腹囲の計測や腹腔内脂肪については考慮しません。

BCSを測定するためのポイントは、これら6部位の骨の構造を理解することです。やせている馬、すなわちBCSが低い馬は骨が見える、もしくは骨を容易に触ることができます。一方、太っている馬、すなわちBCSが高い馬は、骨が見えない、もしくは触ることができません。背中の場合には背骨、肋部の場合には肋骨が「見えるかどうか」を確認し、もし見えない場合であれば「触れるかどうか」を確認します。例えば、「肋骨が見えないが、容易に触ることができる」のであれば、BCS5になります(図1)。さらに、骨の周囲の脂肪の厚さや量を感触で判断します。例えば、脂肪がある程度ついているものの、厚みがそれほどない場合には弾力感をイメージする「スポンジ状」という言葉で表現されます。一方、それよりも脂肪量が多く、触ると沈み込むような感触を持つ場合には「柔軟」と表現されており、「スポンジ状」よりも高いスコアとして評価します。

なお、実際のスコアのうち、一般的なサラブレッドの生産・育成牧場で管理されている馬の多くが該当するBCS4~6の詳細については図2から図4に示しました。

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図1:肋部のBCS5(普通)。肋骨は見分けられないが触ると簡単にわかる。

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図2:BCS4(少しやせている)

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3BCS5(普通)

 

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4BCS6(少し肉付きが良い)

BCSの注意点

BCSを利用するうえで注意しなくてはいけないポイントの一つは、背中から腰にかけての脊椎周辺の観察に関するものです。この部位は馬によっては肉付きが悪く、たとえ他の部位に脂肪がついていたとしても、脊椎が見える、もしくは容易に触ることができることがあります。特に高齢馬や、馬体が薄い長距離タイプの馬に多く見られます。このような馬に対しては、背中周辺の肉付きは考慮せずに、肋部などを中心に評価した方が良いかもしれません。

なお、慣れない方がBCSを評価する場合には、複数人での実施を推奨します。一人で実施した場合、主観が入ることで正確な評価が困難になります。ファームコンサルタントや他の牧場の方など、BCSの利用経験が豊富な第三者を交えることで、より客観的で正確な評価が可能になります。

 

 

日高育成牧場 業務課長 冨成雅尚

頸椎圧迫性脊髄症(CVCM)

はじめに

頸椎圧迫性脊髄症(CVCM)とは、いわゆる「腰フラ」や「腰痿(ようい)」と呼ばれる後躯を主とした運動失調あるいは不全麻痺などの神経症状を呈する病態のことです。一般的には「ウォブラー症候群」と呼ばれている病気になります。発症馬の競走馬としての予後は悪く、生産地においては経済的にも大きな問題となっている病気の一つです(図1)。


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病態

サラブレッドの発症率は1.3~2.0%との報告があります。現在、国内でのサラブレッド生産頭数が約7,000頭余りであることから、年間100頭近くの発症馬がいると推測されます。

NOSAI日高(現NOSAIみなみ)でCVCMと診断されたサラブレッド245頭の内訳を解析すると、生後4~8ヶ月齢と14~18ヶ月齢の牡の若馬に好発していることが分かります(図2)。

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原因

原因は、頸椎の亜脱臼による「配列の不整」あるいは頚椎関節面の離断骨片・骨棘・肥大などの「関節面の不整」による脊柱管の狭小化が起こることで、脊髄神経が静的あるいは動的に圧迫され変性するためです。頸椎の「配列の不整」は頭側の第3-4頸椎に見られ、離乳前後の当歳馬に発症するものの主な原因となります(TypeⅠ型)。一方、頸椎の「関節面の不整」は比較的尾側の第5-7頸椎に見られ、1歳の秋ごろから発症するものの主な原因になります(TypeⅡ型)(図3)。

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馬の頸椎は、他の哺乳類と同じく7個の椎体から構成されています(図4)。構造上、可動範囲は狭く、横方向や上下方向への大きな動作は第5-7頸椎を支点とした動きとなります。そのため、セリで購買した正常な1歳馬の頸椎X線検査を実施した結果、約30%近くの馬に頸椎の配列不整や関節面の骨片・肥大などのX線所見が認められることが明らかになってきました。さらに、このような所見がいつ発生するのかを調べるために、誕生から1ヶ月間隔で生産馬の頸椎X線検査を行った結果、生後2~6ヵ月齢の子馬に頸椎関節面の骨片所見の発生が認められ、それらの所見は治癒過程で関節面の肥大として残存することも明らかになってきました(図5)。これらの馬は神経症状を発症することはありませんでしたが、離乳前後のまだ幼弱な子馬の頸椎に突発的な横方向や上下方向への負担が加わることで、亜脱臼や関節面の損傷を引き起こし、脊髄圧迫の原因となる可能性が考えられました。

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治療

サラブレッドのCVCMに対する有効な治療方法は、今のところありません。脊髄の狭窄部位に対する外科的手術は、競走馬を目指すサラブレッドにとっては現実的ではなく、痛みや狭窄の進行を抑えるための対症療法を実施し様子を見るだけなのが現状です。CVCM原因部位を確実に診断すること、その程度や臨床症状から予後を判定するが重要になります。

 

最後に

サラブレッドのCVCMの発生には、様々な要因が関わっていますが、その中で大きな要因を占めているのが、栄養や放牧(運動)といった日常の飼養管理です。特に、離乳までの幼駒の飼養管理は、非常に重要となります。子馬の正常な発育パターン、必要な栄養要求量、様々な関節に発生する骨軟骨症の病理学的解明、診断と治療処置方法に関する詳細は、まだよく分かっていなことが多いのが現状です。サラブレッドの生産性の向上、世界に通用する強い馬作りを目指して、今後も我が国の気候風土に適した飼養管理方法や疾病に関する調査研究を実施していく必要があります。

日高育成牧場 生産育成研究室

研究役 佐藤 文夫

2021年1月22日 (金)

離乳後の当歳馬のしつけ 「3つの方法」 

離乳直後の当歳馬は、「母馬」という絶大な安心感を喪失するため、少なからず精神的に不安定な状態に陥ります。このため、馬によっては離乳後に取扱いが困難になる場合もあり、これまで以上に人に対する信頼感や安心感を育む努力が必要になります。
一方、放牧地で十分な青草を食べながら、他の馬たちと一緒に自発的な運動をすることが、この時期の子馬の健康な成長にとって必要不可欠であるため、必然的に人間と接する時間は限られます。このため、短時間で効果的な躾を実施することが求められます。
そこで今回は、離乳後の当歳に対して日高育成牧場で実施している「集放牧の時間を利用したしつけ」について、3つの方法をご紹介します。これらを毎日継続して実施することで、人馬の信頼関係を築く一助になるはずです。

間隔を離した引き馬
集放牧時、群のままで前の馬との間隔をつめる引き馬では、馬は落ち着いて歩きます。しかし、場合によっては、引いている人ではなく、前の馬をリーダーとして認識しています。このため、前の馬との間隔を空けることで、引いている人がリーダーとなり、人馬の関係を構築することができます(写真1)。前に歩かない馬や、逆に前に行きたがる馬の場合、引いている人が馬のスピードをコントロールしましょう。また、通路にビニールシートや横木などの障害物を設置し、そこを通過させることも人間の指示に従って歩くことを覚える有効な方法です(写真2)。

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写真1:前後の馬との間隔を空ける引き馬

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写真2:ビニールシート馴致

駐立・常歩展示の練習
集放牧時に放牧地と厩舎の途中で駐立・常歩展示の練習をします。重要なことは必ず1頭で実施することです。落ち着くからといって他の馬を近くに残しておくことは「全く意味がありません」。馬が寂しがったとしても、人間がリーダーとなって安心感を与えましょう。駐立および引き馬、いずれの場合であっても重要なことは「人と馬の距離感」です。特にリード(引き綱)はゆったりと保持し、決して短く保持して無理矢理抑え付けることがないように気を付けましょう(写真3)。

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写真3:駐立では「人と馬の距離感」が重要。引き綱はゆったりと保持する。

後膝のレントゲンの馴致
市場レポジトリーでは購買者から後膝のレントゲンが求められるようになりました。また、上場しない場合であっても、この部位の撮影を実施する機会は少なくありません。一方、後膝や股間にレントゲンのカセットが触れて馬が蹴り上げて、撮影者や撮影補助者が大怪我をするケースも少なくありません。このため、まだ体が小さく、力が弱い当歳のこの時期に後膝のレントゲンの馴致を実施することをおすすめします。敏感な馬については、最初はタオルパッティングから実施し、徐々にカセットに慣れさせていきましょう(写真4)。

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写真4:当歳時から後膝のレントゲン撮影に慣れさせておく

当歳馬のしつけの基本的な考え方
以上のしつけの基本的な考え方は、「人間が馬に求めていることは、危険なものでも痛みを伴うものでもないと、馬に納得させること」です。
例えば、レントゲンのカセットが股間に触れたところで、痛みを感じる馬はいません。これまで触られたことが無い部位であり、本能的に「何か痛い目に遭うのではないか」と、恐怖を感じているだけです。他の馬と離れて不安を感じるのは、自分だけ群と離れて、守ってくれる馬がおらず、痛い目に遭わされるのではないかと、恐怖を感じているだけです。このため、人間が馬に対して「カセットが股間に触れても痛くないこと」「1頭だけで残されても人間が安心感を与えてくれること」を納得させることが、人馬の信頼関係の構築に繋がります。紀元前の哲学者クセノフォンは、「馬を群衆に慣れさせるためには、群衆のいるところに連れていき、騒音や目に見えるものすべてが怖いものではないと教えることだ」と言っています。2000年以上、連綿と世界中のホースマンに受け継がれてきた馬のしつけの基本方針ですね。

日高育成牧場業務課長 冨成雅尚

馬の創傷(キズ)治療

馬を放牧から上げてみたら、キズだらけ・・・。この様な馬のキズは、どのように処置するのが良いのでしょうか?今回は、馬のキズを治療する際のポイントについて考えてみたいと思います。

キズを観察する
まず、キズの周囲や中の汚れを水道水でしっかりと洗い流し、出血を布やガーゼで押さえて止血をしてから、キズを良く観てみましょう。どの様なキズか観察することがキズを治す最初のポイントとなります。
キズの種類には、擦りキズ、切りキズ、裂きキズ、刺しキズなどがあります。その大きさや深さ、部位によって対処の仕方は少し異なりますが、キズが治っていく共通の過程を理解することで、キズを早く治すことができます。

キズが治る過程を知る
キズが治っていく過程は、大きく分けて4段階に分けられます(表1)。①傷害された部位からの出血が、血液凝固によって止まる。②炎症反応により、キズの中に入り込んだ異物やバイ菌、死んだ組織が除去され、同時に、組織の修復を誘導する生体反応が起こる。③失われた組織を埋める肉芽(にくが)組織が増殖する。この肉芽組織には細胞増殖に必要な毛細血管や組織の構造となるコラーゲン線維が豊富に含まれています。④肉芽組織がコラーゲン繊維の収縮により次第に縮小し瘢痕化する。

1_16 (表1) 創傷治癒過程
① 血液凝固期 血を止める →かさぶた形成
② 炎症期 異物やバイ菌、壊死組織の除去 →キズ腫れ
③ 増殖期 肉芽の増殖 →ジュクジュク滲出液
④ 成熟期 肉芽の収縮 →キズあと

一次癒合と二次癒合
異物や感染などが無く、受傷後間もないキズは、縫合することで炎症期と増殖期を短縮させ早期に治癒することが可能になります(一次癒合)。一方、異物や汚れ、感染の可能性があるキズ、組織の大きな欠損や関節部などの可動部位で縫合ができないキズは、開放創として二次癒合させることになります。キズを治すには、一次癒合でも二次癒合でも創傷治癒過程が順調に進むようにすることが重要なポイントとなります(図1)。

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(図1) 球節部の裂きキズの治癒過程
1:受傷後3日目;縫合不可なため二次癒合を期待し治療を開始。 2:受傷後21日目;欠損部は良好な肉芽組織で埋り収縮、包帯終了。 3:受傷後24日目;肉芽の上部は「かさぶた」となり中の肉芽はさらに収縮し瘢痕化。

湿潤療法の応用
通常、キズは血液凝固期に「かさぶた」が作られ、その表面が覆われます。キズは、この「かさぶた」に守られ炎症期・増殖期を経て修復されます。しかし、大きなキズでは「かさぶた」が剥がれたり、出血や腫脹を繰り返したりして、良好な肉芽組織が増殖できず、キズの治りが遅れてしまうことがあります。そこで、新しいキズ治療の概念である「湿潤療法」の馬への応用を試みました。この湿潤療法とは、「かさぶた」の代わりに被覆材を用いてキズを覆ってしまうことで、キズの治癒環境を整え、より早い治癒を期待するものです。図2には、代表的な医療用の被覆材を示しました。人医療では、被覆材の種類はキズからの滲出液の量によって使い分けられます。しかし、馬ではキズからの滲出液の量が人とは比較にならないほど多く、また皮膚は毛で覆われているため、これらの被覆材をキズの上に直接貼り付ける方法は現実的ではありません。そこで、被覆材をコットンバンテージの方にスリット状に貼り間接的に巻き付ける方法を考案し(図3)、試したところ、滲出液のコントロールが上手くいき、適度な湿潤環境が保たれ、キズの治りも早くなることが確かめられました(図4)。

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(図3) 馬への湿潤療法の応用
A:コットンバンテージなどの包帯にポリウレタンフィルム被覆材(OPSITE FLEXIFIX 5cm)をスリット状に貼り、患部に巻き付ける。B:余分な滲出液は吸い取られ、適度な湿潤環境が保たれる。初期の頃は、毎日交換する必要があるが、状態をみながら交換期間を延ばすこともできる。ポリウレタンフィルム被覆材は安価なのも利点(3円/cm程度)。

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(図4) 管骨背面に作成した皮膚欠損創に対する湿潤療法の効果
A上段:メロリンガーゼ包帯使用。
B下段:ポリウレタンフィルム被覆材(OPSITE FLEXIFIX)貼り付け包帯使用。
左列:キズ作成3日目。右列:キズ作成14日目。
ポリウレタンフィルム被覆材をコットンバンテージにスリット状に貼り付けた包帯は、巻き替え時にキズを傷つけることもなく、良好な肉芽形成が期待でき、治癒も早いことが確かめられた。

最後に
馬の臨床現場では、感染や外部からの物理的刺激が多く、炎症期や増殖期がだらだらと持続し、不整肉芽が増殖する慢性創になってしまうキズがしばしば見受けられます。特に下肢部の皮下に筋組織の無い部位や関節部のキズは、治りが遅いキズと言えます。キズから飛び出した不整肉芽はキズの治りを遅らせてしまいます(図5)。キズの修復過程を見極めながら、上手く組織欠損部に肉芽を導いてあげることがキズを治す最大のコツと云えます。たかがキズと侮ると取り返しの付かないことにも成り兼ねません。信頼のおける獣医師に相談しながら、キズの早期治癒を目指しましょう。

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(図5) 飛節下部(1)および後肢の球節上部(2)の不整肉芽隆

生産育成研究室 研究役・佐藤文夫

ローソニア感染症(馬増殖性腸症)について

 今回は2009年に国内で初めて発症馬が確認されて以来、すさまじい速さで生産地に広がっているローソニア感染症の原因・症状・診断と治療・予防対策についてご紹介させていただきます。

原因
 ローソニア感染症は、Lawsonia intracellularis (Li)が腸の粘膜細胞に寄生し、粘膜を著しく肥厚(増殖)させることから、増殖性腸症と呼ばれています。Liに感染した馬の多くは症状を示さない不顕性感染ですが、発症しない場合でも大量の菌が糞中に排出されます。Liは、糞と一緒に排出されてから2週間程度は生き続けます。その間に他の馬が口から菌を摂取してしまうと、新たな感染馬となってしまいます。感染馬が糞中に菌を排出する期間は非常に長く、半年以上に亘ることもあります。症状を全く示さない馬が長く菌を排出し、また発症馬の潜伏期間も2~3週間と長いため、Liの侵入を防ぐのは容易なことではありません。

症状
 ローソニア感染症は、当歳馬の離乳時期や寒さが厳しくなる冬など、ストレスにより免疫力が低下する時期に多く発症します。症状は、下痢や疝痛、発熱など様々ですが、最も特徴的且つ厄介なのは、低タンパク血症です。低タンパク血症は、Liに寄生された腸の粘膜細胞が病的に増殖するため、タンパク質などの栄養を腸で吸収できなくなることにより引き起こされます。食物を摂取しても栄養が吸収できないため発症馬の体重は著しく減少し(図1)、重篤なものでは死亡することもあります。

診断と治療
診断には、低タンパク血症がカギとなります。発熱や下痢、疝痛等の症状がある馬で、血液中のタンパク質量が極端に減少している馬はローソニア感染症が強く疑われます。重篤化してしまったものでは、腹部超音波検査で通常の倍近くまで肥厚した小腸が観察されることもありますが、そこまで症状が進行してしまった場合は治療が長びくことが予想されます。治療は、抗生物質(オキシテトラサイクリンやドキシサイクリン)が効果的ですが、治療が遅れると回復に長い時間を要するため、早期診断と早期治療が非常に重要です。

予防対策
Liは、パコマ(250倍希釈液)や、ビルコン(100倍希釈液)などの消毒薬を使用することで消毒できます。しかし、最近実施された疫学調査では、発症馬と同居していた馬の60%以上、多い所では100%の馬が感染していました。不顕性感染が多いことを考慮すると、発症馬が確認された時には既にLiが畜舎に蔓延している可能性が高いと言えます。そのため、発症馬を一時的に隔離しても効果は期待できません。そこで最近注目されているのは、豚用ワクチン(図2)の投与です。ワクチン30mlを口もしくは肛門から、30日間隔で2回投与します。あくまでも豚用のワクチンではありますが、一定の効果は期待できるようです。しかし、感染が確認されてから慌ててワクチンを投与しても効果はありません。ストレスが増える時期を予測して、予め投与しておく必要があります。
最後に、どんな病気に対しても言えることですが、予防対策は日々の健康観察を確実に行ことが大切です。体温や飼食い、便の状態などに異常を認めたら、できるだけ早く獣医師に相談することをお勧めします。感染してしまうのはある程度仕方がありませんが、早期に発見して適切な治療をすれば、重症化することは少ないようです。一年で最も気温が下がるこれからの時期には特に注意してください。

1 図1:1歳の発症馬。2週間程で体重が100kg減少し、回復に3ヶ月を要した。

2 図2:市販されている豚用ワクチン。

(文責 日高育成牧場 業務課 宮田健二)