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2021年1月22日 (金)

馬の創傷(キズ)治療

馬を放牧から上げてみたら、キズだらけ・・・。この様な馬のキズは、どのように処置するのが良いのでしょうか?今回は、馬のキズを治療する際のポイントについて考えてみたいと思います。

キズを観察する
まず、キズの周囲や中の汚れを水道水でしっかりと洗い流し、出血を布やガーゼで押さえて止血をしてから、キズを良く観てみましょう。どの様なキズか観察することがキズを治す最初のポイントとなります。
キズの種類には、擦りキズ、切りキズ、裂きキズ、刺しキズなどがあります。その大きさや深さ、部位によって対処の仕方は少し異なりますが、キズが治っていく共通の過程を理解することで、キズを早く治すことができます。

キズが治る過程を知る
キズが治っていく過程は、大きく分けて4段階に分けられます(表1)。①傷害された部位からの出血が、血液凝固によって止まる。②炎症反応により、キズの中に入り込んだ異物やバイ菌、死んだ組織が除去され、同時に、組織の修復を誘導する生体反応が起こる。③失われた組織を埋める肉芽(にくが)組織が増殖する。この肉芽組織には細胞増殖に必要な毛細血管や組織の構造となるコラーゲン線維が豊富に含まれています。④肉芽組織がコラーゲン繊維の収縮により次第に縮小し瘢痕化する。

1_16 (表1) 創傷治癒過程
① 血液凝固期 血を止める →かさぶた形成
② 炎症期 異物やバイ菌、壊死組織の除去 →キズ腫れ
③ 増殖期 肉芽の増殖 →ジュクジュク滲出液
④ 成熟期 肉芽の収縮 →キズあと

一次癒合と二次癒合
異物や感染などが無く、受傷後間もないキズは、縫合することで炎症期と増殖期を短縮させ早期に治癒することが可能になります(一次癒合)。一方、異物や汚れ、感染の可能性があるキズ、組織の大きな欠損や関節部などの可動部位で縫合ができないキズは、開放創として二次癒合させることになります。キズを治すには、一次癒合でも二次癒合でも創傷治癒過程が順調に進むようにすることが重要なポイントとなります(図1)。

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(図1) 球節部の裂きキズの治癒過程
1:受傷後3日目;縫合不可なため二次癒合を期待し治療を開始。 2:受傷後21日目;欠損部は良好な肉芽組織で埋り収縮、包帯終了。 3:受傷後24日目;肉芽の上部は「かさぶた」となり中の肉芽はさらに収縮し瘢痕化。

湿潤療法の応用
通常、キズは血液凝固期に「かさぶた」が作られ、その表面が覆われます。キズは、この「かさぶた」に守られ炎症期・増殖期を経て修復されます。しかし、大きなキズでは「かさぶた」が剥がれたり、出血や腫脹を繰り返したりして、良好な肉芽組織が増殖できず、キズの治りが遅れてしまうことがあります。そこで、新しいキズ治療の概念である「湿潤療法」の馬への応用を試みました。この湿潤療法とは、「かさぶた」の代わりに被覆材を用いてキズを覆ってしまうことで、キズの治癒環境を整え、より早い治癒を期待するものです。図2には、代表的な医療用の被覆材を示しました。人医療では、被覆材の種類はキズからの滲出液の量によって使い分けられます。しかし、馬ではキズからの滲出液の量が人とは比較にならないほど多く、また皮膚は毛で覆われているため、これらの被覆材をキズの上に直接貼り付ける方法は現実的ではありません。そこで、被覆材をコットンバンテージの方にスリット状に貼り間接的に巻き付ける方法を考案し(図3)、試したところ、滲出液のコントロールが上手くいき、適度な湿潤環境が保たれ、キズの治りも早くなることが確かめられました(図4)。

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(図3) 馬への湿潤療法の応用
A:コットンバンテージなどの包帯にポリウレタンフィルム被覆材(OPSITE FLEXIFIX 5cm)をスリット状に貼り、患部に巻き付ける。B:余分な滲出液は吸い取られ、適度な湿潤環境が保たれる。初期の頃は、毎日交換する必要があるが、状態をみながら交換期間を延ばすこともできる。ポリウレタンフィルム被覆材は安価なのも利点(3円/cm程度)。

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(図4) 管骨背面に作成した皮膚欠損創に対する湿潤療法の効果
A上段:メロリンガーゼ包帯使用。
B下段:ポリウレタンフィルム被覆材(OPSITE FLEXIFIX)貼り付け包帯使用。
左列:キズ作成3日目。右列:キズ作成14日目。
ポリウレタンフィルム被覆材をコットンバンテージにスリット状に貼り付けた包帯は、巻き替え時にキズを傷つけることもなく、良好な肉芽形成が期待でき、治癒も早いことが確かめられた。

最後に
馬の臨床現場では、感染や外部からの物理的刺激が多く、炎症期や増殖期がだらだらと持続し、不整肉芽が増殖する慢性創になってしまうキズがしばしば見受けられます。特に下肢部の皮下に筋組織の無い部位や関節部のキズは、治りが遅いキズと言えます。キズから飛び出した不整肉芽はキズの治りを遅らせてしまいます(図5)。キズの修復過程を見極めながら、上手く組織欠損部に肉芽を導いてあげることがキズを治す最大のコツと云えます。たかがキズと侮ると取り返しの付かないことにも成り兼ねません。信頼のおける獣医師に相談しながら、キズの早期治癒を目指しましょう。

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(図5) 飛節下部(1)および後肢の球節上部(2)の不整肉芽隆

生産育成研究室 研究役・佐藤文夫

競走馬の初出走体重

中央競馬の北海道開催も始まり、2歳馬たちが競馬にデビューしています。国内で行われる競馬では、一般の競馬ファンの方々を対象として、出走時の体重が必ず公表されます。競走馬の体重の軽重そのものが、競走能力に優劣をつけるものではありませんが、ファンの方々は、以前の出走時体重との比較から、馬のコンディションを判定し、馬券推理の参考にされているのではないでしょうか。その意味において、比較する対象のない初出走時の体重には、その馬のコンディションを知るための情報は含まれていないといえます。
 サラブレッドの成長期間は、5歳秋頃までであるといわれています。したがって、競走馬がデビューする2歳もしくは3歳時は、まだ成長の途中にあります。つまり、初出走時の体重は成長途中の体重であるといえます。今回、この初出走時の体重を様々な角度から検証してみたいと思います。

初出走時の体重とそれ以降の出走時の体重
 1985年から2014年の間に生まれた中央競馬所属の競走馬126,183頭について調べると、初出走時の平均体重は、牡473kg・牝439kgでした。一方、年齢別に出走時体重の平均をみると、2歳から5歳時にかけては、年齢が増えるとともに出走時体重が増加していること、そして5歳以降はほぼ変化していないことがわかります(図1)。この2歳から5歳にかけての体重の増加は “成長分”といえるのではないでしょうか。

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図1:年齢ごとの平均出走時体重の変化
1985年から2014年に生まれた中央競馬所属の競走馬について、年齢ごとの出走時体重の平均値を性別に示した。5歳までは年齢が増えるごとに出走時体重の増加がみられたが、5歳以降は、牡・牝ともに変化はほとんどみられなかった

生年度別の初出走時体重の変化
 近年、“競走馬は大きくなっているだろうか?”という、話題をたまに聞きます。1985年から2014年生まれの初出走時体重の平均を、年度ごとにグラフで示しました(図2)。牡・牝ともに、1989年から2000年代前半にかけて、初出走時体重には増加の傾向がみられ、1989年頃に比較すると約10kgの増加が認められます。そして、その後はほぼ同じ程度の体重で推移しているのがわかります。一方、育成後期のトレーニング量増加や競馬番組の変化などもあり、初出走時の月齢は年々低下していることがわかります。(図3)。この傾向は特に2000年代になって顕著になっているようです。これらのことは、初出走時の年齢は若年齢化しているのにもかかわらず、初出走時体重は増加していることを示しており、競走馬は近年大型化しているのではないかといえそうです。

2_12図2 出生年度における初出走体重の変化
 牡(上図)と牝(下図)の両者において、1989年から2000年代前半にかけて、その年の産駒の初出走時体重は右肩上がりに上昇する傾向がみられた。1989年生まれと1999年生まれの初出走時体重の平均を比較すると、牡・牝ともに約10kgの増加がみられた。

3_9 図3 出生年度における初出走時の月齢の変化

出生時体重が初出走体重に与える影響
 “三つ子の魂百まで”とは、幼い頃の性質は、大人になっても変わらないことを意味する故事ですが、馬の体重についても同じことがいえるでしょうか。日高育成牧場で生産されたホームブレッドの出生時体重と初出走時の体重との関係を調べました(図4)。両者の関係は科学的には “相関関係がある”といえますが、出生時の体重が将来の競走馬時期の体重を決定してしまうといえるほど、その関連性が強いともいえません。出生時の体重には、両親からの遺伝だけでなく、母馬の産次や出産時期の気候などの環境要因、あるいは妊娠期間なども影響すると考えられます。さらに、出生してから競走馬になるまでの期間の飼養環境ならびに飼養管理も競走馬時期の体重にもたらす影響は少なくないともいえるでしょう。

4_6 図4 出生時体重と初出走体重の関係
 出生時体重と初出走体重の相関関係を調べたところ、両者には有意な相関がみられた(p < 0.01)。

最後に
まだまだ、今回の解析だけでは、初出走時の体重についていえることは多くありません。育成期の発育をグラフで描くことでイメージすると、到達点が初出走時といってもよいかもしれません。初出走体重というものを理解することは、育成期の若馬の理想的な発育を知る一助になるのではないかと考えています。

日高育成牧場生産育成研究室 主任研究役 松井 朗

若馬の昼夜放牧管理について:その1

はじめに
サラブレッドは約2世紀に渡る歴史の中で、速く走るための育種改良が行われてきました。したがって、血統的に優れた馬の子孫は走る確率は高く、競走馬の生産において交配理論が重要であるのは否めない事実です。一方、国内の生産現場においては、イギリスやアイルランド、フランス、アメリカ、カナダなどの競馬先進国から競走馬の生産・育成技術を導入し、飼養管理技術の向上を図ることで、競走馬の質が大きく向上してきました。この飼養管理技術の向上による競走馬の資質の向上とは、サラブレッドが本来持っている遺伝的な潜在能力を環境要因により上手く引き出した結果であると云っても過言ではありません。競走馬の生産において、誕生から競走馬としてデビューするまでの育成期における飼養管理や馴致、調教などの重要性が益々見直されるようになってきているのが現状です。
そこで今回は、育成期の若馬の健全な発育に最も重要である放牧管理の中で、最近、多くの牧場で行われるようになってきた昼夜放牧について検討して行きたいと思います。

放牧の重要性
競走馬の一生の中で、最も馬体の成長が著しい時期は、誕生からブレーキングの行われる1歳の秋までの初期から中期育成の時期となります。この時期の若馬にとって大事なことは、大きく分けて、ブレーキングや調教(後期育成)に繋がる「基本的な馴致」と「健康な体づくり」となります。ここでは「健康な体づくり」について話を進めていきたいと思います。
若馬の「健康な体づくり」とは、具体的に云うと、腱靭帯・骨・筋肉・心肺機能・神経、内分泌・免疫などの健全な発育を促すこととなります。この健全な発育に欠かすことのできない要因の1つが放牧となるのです。サラブレッドの子馬は、早ければ生まれた翌日から母親と伴に放牧が開始されます。放牧時に行う自発的な運動は筋肉や骨、心肺機能の発育にとって重要な役割を果たすことが知られています。また、放牧地に生えている牧草は発育に重要な栄養素を提供してくれる飼料であり、天気の良い日には寝たりリラックスしたりできる休息場所でもあるのです。さらに、同年代の若馬と同じ放牧地に放牧されることにより、競走馬として必要不可欠な群れへの順応性の確立にも役立つと思われます(写真1)。

 

1_2 写真1 放牧地は「運動」、「栄養補給」、「休息」、「社会性」を提供してくれる場所となる


放牧の馬体に及ぼす効果
骨の発育にはカルシウムを多く摂取するだけでは十分ではありません。適度な運動をすることにより骨芽細胞が活発化し、骨形成のための効率良いカルシウムの利用が行なわれます。若馬において放牧時間が長い程、骨密度が増加するとの報告もあります(図1)。さらに、実験的に当歳馬に毎日トレッドミルによる常歩運動を加えると、小パドックで1日4時間のみ放牧されている馬に比べて腱の発育が早かったことが報告されています(図2)。これらのことから、放牧による運動は若馬の骨や腱の健全な発育にとって不可欠だと考えられます。
 

2_2 図1 放牧が骨密度に及ぼす影響 (Bell R. A. et al. 2001 改変)

3 図2 子馬における浅屈腱横断面積の変化 (Kasashima et al. 2002 改変) 

昼夜放牧
国内の生産地では、生後3ヶ月齢を過ぎると、母馬と一緒に昼夜放牧を行う子馬の姿が認められるようになります。放牧中の移動距離をGPSで測定すると、2ヶ月齢までの昼放牧を行っている期間は1日平均8kmであるのに対して、3ヵ月齢以降に昼夜放牧を開始すると、その移動距離は2倍以上に増加している様子が観察されました(図3)。また、1歳馬の昼夜放牧中の食草行動に関する報告では、16時から0時までの食草行動比率は82.7%と高く、夕方から夜間にかけての食草が活発なことが窺えます。群れの中で草原の草を1日中食べながら生活しているのが馬という動物の本来の姿であるとすると、放牧地にいることは馬にとって健康的であると思われます。成長期の若馬にとっても、運動と栄養、精神面や社会性の獲得など様々な観点から昼夜放牧の有効性が注目されているのです。

4(図3)昼夜放牧時の移動距離 


JRA日高育成牧場 生産育成研究室

研究役 佐藤文夫

若馬の昼夜放牧管理について:その2

 前回は放牧の重要性や放牧が馬体に及ぼす影響について、簡単に解説し、現在広く普及してきた昼夜放牧の特性について解説しました。今回は、さらに昼夜放牧について解説することにします。

 

厳冬期の昼夜放牧管理

馬産地である日高地方の12月から4月の最低気温は氷点下となり、放牧地は氷と雪で覆われます(写真3)。この厳冬期に昼夜放牧を行った時の当歳子馬の放牧地における移動距離は、最低気温の低下とともに減少し、日長時間の増加と気温の上昇とともに増加する様子が確認されます(図3)。また、この時期の体重増加は停滞し、4月以降に急激に増加する(リバウンド)現象が認めらます(図5)。一般にサラブレッドは、1歳の春に起こる春季発動に合わせて、性ホルモンや成長ホルモンの分泌が盛んになり、増体量が増える現象が認められます。しかし、厳冬期に停滞した状態からの急激なリバウンドは発育期整形外科的疾患(DOD)の発症要因となるため、望ましいものではありません。厳冬期における昼夜放牧管理については、適切な運動量と栄養状態を確保しながら、緩やかな成長を促す放牧管理方法の検討が必要になるのです。

 

1_3 写真3 厳冬期の放牧風景

雪に覆われた放牧地では、風除けや餌場からあまり動かないことも多い。

2_3 図4 当歳子馬の昼夜(22時間)放牧における移動距離と気温、日長時間との関係

昼夜放牧により運動量の増加が認められる。

3_2 図5 昼夜放牧実施子馬の成長曲線(体重)

厳冬期に増体が停滞し、4月以降のリバウンドが認められる。

 

 

昼夜放牧のメリットとデメリット

昼夜放牧のメリットとデメリットについて、思い付くものを表1に挙げてみました。

メリットについては、前述の運動量の増加に伴う成長の促進の他に、馬房滞在時間の短縮による寝藁代や人件費の経費削減なども考えられます。実際に、寝藁の交換は1週に一度程度で良くなるため、その使用量は節約され、空いた時間を馬の馴致や放牧地の管理に充てることが可能となります。一方でデメリットも幾つか存在します。特に夜間は目が行き届かないため、事故やケガを起こす可能性が増加します。1日一度は馬房に収牧し、飼付を行い、個体のチェックをする必要がありますが、短い馬房の滞在時間では一度に栄養要求量を十分摂取させることができないため、放牧地で飼付けするなどの飼料管理方法の工夫が必要になります。さらに、初めて昼夜放牧を実施する場合には、広い放牧地(2ha以上)の確保や牧柵、ヒート式水飲み場、雨風を防げるシェルターなどの整備が必要となります。放牧地は疲弊し荒廃するため、草地管理も重要な課題となります。


4_2 表1 昼夜放牧のメリット・デメリット

最後に

競走馬を生産する上で、どのような馬づくりを目標とするかは牧場により様々です。例えば、オーナーブリーダーとして自分で競馬に走らせ、賞金を稼ぐような走る馬をつくるのか、マーケットブリーダーとしてリスクを少しでも回避する方法を取りながら、市場で高く売れる馬をつくるのか、その経営方針によって飼養管理方法は大きく異なってきます。しかし、何れにしても若馬の飼養管理においては、丈夫で健康な体づくりは重要な要素となります。丈夫な体を作る上で、放牧は欠かせない要素となりますが、日本の気候風土に特有の放牧管理については、まだまだ改良の余地がある部分です。若馬の飼養管理方法の改良が、サラブレッドの持つ優れた競走能力を益々引き出す要因であることは間違いありません。

 

JRA日高育成牧場 生産育成研究室

研究役 佐藤文夫

運動後の栄養摂取のタイミング

皆さんは、『アスリートの栄養』という言葉から何を連想されますか? 運動能力が高まるような特別な栄養を連想される方もいらっしゃるかもしれません。昔のアニメーションで、主人公であるポパイという名のひ弱な青年が、ほうれん草の缶詰を食べると、たちまち筋肉隆々になり、悪党をやっつけるという痛快活劇がありました。もし、そのような夢の食べ物があれば、一度は口にしてみたいものです。

ミサイル・ニュートリション(栄養)
もちろん、現実の世界に”ポパイのほうれん草”は存在しません。アスリートといえども、必要となる栄養の種類は、基本的に私たちと変わりありません。ただし、ある栄養の摂取方法がアスリートのパフォーマンス向上に有効であり、実際に取り入れられています。この栄養処方は、日本の著名な運動生理学者であるS先生により、『ミサイル・ニュートリション(栄養)』と名付けられています(図1)。運動後のあるタイミングで食事することで、運動によってもたらされる機能向上の効果を、栄養が相乗的にさらに高めてくれるというものです。理想のタイミングで、摂取した栄養をピンポイントで組織に送り届けるイメージから、”ミサイル”という言葉が選ばれたそうです。

1_8(図1)

筋肉の超回復
運動を負荷することによって、筋肉のタンパク質(筋タンパク質)は壊されます。壊れた筋タンパク質は、その後、時間をかけて修復(合成)されていきます。筋タンパク質が壊れた量より合成される量が多ければ、運動前に比べて筋肉が肥大することになります。このような一連の筋肥大の事を、『超回復』といいます(図2)。筋力の維持のためは、日々トレーニングを継続するべきですが、筋肉の修復が十分済んでいないうちに次の運動が負荷されると、筋肉量は減少していき、パフォーマンスにとってはマイナスになります。『超回復』を期待するうえでも、運動後の筋タンパク質の修復は速やかであることが望まれます。

2_7(図2)

筋タンパク質合成のゴールデンタイム
運動の直後は、運動の物理的刺激により、筋肉のホルモンに対する感受性が非常に高まります。成長ホルモンは、筋タンパク質の合成を高めてくれるホルモンです。運動中からその直後にかけて、成長ホルモンの分泌が活発になります。筋肉にとって、ホルモンに対する感受性が高まり、筋タンパク質の合成を亢進するホルモン分泌が高まる運動直後は、壊れた組織の修復に格好の時間帯となります。この時間帯は、筋タンパク質の修復にとって”ゴールデンタイム”であり、これは運動の直後から約2時間後まで続くとされています(図3)。

3_5(図3)

運動後の栄養摂取による筋タンパク質合成促進の効果
ゴールデンタイムに栄養を摂取することで、壊れた筋タンパク質の修復が促進されることが知られています。その栄養の一つは、筋タンパク質の材料となる分岐鎖アミノ酸(バリン、ロイシン、イソロイシン)です。分岐鎖アミノ酸の略称はBCAAであり、こちらの名前の方が馴染みがあるかもしれません。もう一つの栄養は炭水化物です。私たちの食生活では、砂糖やご飯であり、馬の飼料では、燕麦などの穀類がこれにあたります。穀類に含まれる炭水化物は、主にデンプンと呼ばれるものです。馬の小腸内で、デンプンは糖に分解され吸収されるため、急速に血糖値が上昇します。血糖値が上がると、すい臓からインスリンと呼ばれるホルモンが分泌されます。このインスリンは、血液中の糖を組織に取り込ませ、血糖値を下げる役割をします。それ以外に、インスリンは成長ホルモンと同様に、筋タンパク質の合成を促進する働きがあります。このように、ゴールデンタイムに、筋タンパク質の材料であるBCAAと合成促進効果のあるインスリンの分泌量を高めることで、速やかな筋タンパク質の修復が期待できます。
 
競走馬へのミサイル・ニュートリションの効果
このような栄養処方は競走馬にも効果があるのでしょうか? サラブレッド成馬を馬用トレッドミル上で追切りに近い強度で運動させた後、4種類の栄養溶剤を投与し、大腿部の筋タンパク質の合成速度を調べました。用いた栄養溶剤は、①生理食塩水(対照)、②10%アミノ酸(BCAAを主体としたもの)、③10%グルコース、④10%のアミノ酸と10%グルコースの混合液の4種類いでり、それぞれ頸静脈から補液しました。その結果、10%のアミノ酸と10%グルコースの混合液を投与した時、最も筋タンパク質の合成速度が高くなりました(図4)。このことから、サラブレッドの場合も、運動後にアミノ酸(BCAA)とグルコース(血糖値が上昇する炭水化物)を摂取させることで、筋タンパク質の修復が早まることが期待できることが分かりました。

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(図4)

試験では栄養溶剤を用いましたが、この実験で投与されたアミノ酸およびグルコースの量は、脱脂大豆0.5kgと燕麦0.5kgに含まれる量と同等となります。これらの飼料でなくても、市販のスィートフィードなどの配合飼料1kgで、この量のアミノ酸とグルコースの給与は可能でしょう。調教後、あわてて飼料を食べさせなくても、クーリングダウンを十分おこなって、厩舎に戻ってから与えてもゴールデンタイムには間に合うと思われます。

日高育成牧場 生産育成研究室
主任研究役 松井 朗

運動前の栄養給与のタイミング

“腹が減っては戦ができぬ”ということわざがあります。前回の連載では、運動後の栄養給与のタイミングについて解説しましたので、今回は運動前の給与タイミングについて考えてみたいと思います。

デンプンと植物繊維の消化吸収
本題に入る前に、飼料の消化について簡単に説明します。ウマの飼料は、乾草や放牧草などの粗飼料と燕麦やフスマなどの濃厚飼料の2種類に大きく分けることができます。どちらの飼料も、ウマにとってはエネルギーの供給源ですが、その基となる物質が違います。粗飼料のエネルギーの基となる主な物質は植物繊維であるのに対し、濃厚飼料の場合は主なエネルギー源となる物質はデンプンです。
食餌が通過する消化管の順序を大雑把に並べると、胃→小腸→大腸となります(図1)。胃は、胃酸によって食塊を物理的に細かく砕き、後に続く消化器官で消化しやすくするのが主な役割です。胃から小腸に入った植物繊維は、小腸では消化吸収されず、そのまま大腸に入っていきます。1_9(図1)



ウマの大腸(盲腸と結腸)には、植物繊維を分解するバクテリアが多数存在し、バクテリアによる分解後に生成された脂肪酸が、大腸において吸収されます。一方、デンプンの場合、小腸においてアミラーゼと呼ばれる酵素で分解され、糖(グルコース)として小腸で吸収されます。大腸で脂肪酸が吸収されても血中のグルコース濃度はあまり変化しませんが、小腸で糖が吸収されると血中のグルコース濃度が高くなります。血中のグルコース濃度は一般には血糖値と言われています。

運動前の血中インスリン濃度が上昇することの影響
飼料を摂取し、血中グルコース濃度が上昇すると、それを抑えるために、すい臓からインスリンと呼ばれるホルモンが分泌されます。インスリンは筋肉や肝臓などの組織に、“糖を取り込みなさい”と指示し、組織がそれに答えて糖を取り込むため、血中グルコース濃度は減少します。組織に取り込まれたグルコースはグリコーゲンとして貯蔵されます。すなわち、インスリンはグルコースを使うよりも蓄えようとする方向に作用します。本来、運動の最中は、グルコースはエネルギー源として積極的に使いたいのですが、分泌されたインスリンがそれと真逆の作用をするため、エネルギー源として効果的に利用できません。特に、脳の唯一のエネルギー源は血液中のグルコースなので、運動中に血中グルコース濃度が低下すると、中枢性の疲労(疲労感)になりやすくなります。このような理由により、かつて(・・・)は、私たちが運動する直前に血中グルコース濃度が上昇するような食事は避けるべきとされてきました。
ウマにおいても、運動直前に血中グルコース濃度が上昇する飼料を摂取すべきでないという意見もあります。海外の研究で、運動の3時間前に濃厚飼料を摂取したときに、運動中に血中グルコース濃度が著しく低下したことが報告されています(図2)。2_8(図2)



『闘争と逃走』を司るホルモンと血中グルコースの関係
私たちが、運動前に燕麦を給与し、追切りや競馬と同じくらいの強度の運動を負荷する実験を行った時、海外の報告(図2)にあるような血中グルコース濃度の極端な低下はみられませんでした(図3)。その理由は以下のように考えられます。高強度運動を負荷した時、カテコールアミンと呼ばれるホルモンが分泌されます。カテコールアミンとは総称であり、その中でもアドレナリンおよびノルアドレナリンが運動に関連して分泌量が増加します。アドレナリンおよびノルアドレナリンは、『闘争と逃走』を司る物質とも呼ばれています(図4)。アドレナリンおよびノルアドレナリンは、恐怖、緊張や怒りの状況で分泌され、神経に作用します。この作用により心臓の働きや呼吸が活性化され、運動(戦うか逃げるかどちらの行動をとるにしても)の継続が可能となります。これらのホルモンには、心肺機能の活性化以外に、グルコースの集合体であるグリコーゲンを元の形態(グルコース)に分解して、エネルギーとして使えるようにする働きもあります。インスリンはグリコーゲンを合成し、血中のグルコースを減少させますが、アドレナリンおよびノルアドレナリンは、これと相反する作用があるわけです。競馬程度の高強度運動において分泌されるアドレナリンおよびノルアドレナリンは、インスリンの作用をいくらか相殺すると考えられます。図3の試験結果程度の、運動中の血中グルコース濃度の低下は、パフォーマンスへの影響は無いであろうと考えています。
ヒトの運動生理学分野でも、”運動前にインスリンの分泌を促進するような食事を摂取すべきではない”という考えは、過去のものになりつつあります。むしろ、絶食して運動することのほうが、問題であるとされているようです。

3_6(図3)

4_4(図4)

おわりに
競馬の前に飼料を摂取するということは、消化管内容物を増やすことにもなり、競走馬にとって本当に利益があるかどうかはよくわかりません。しかし、普段の調教であれば、運動の3~4時間前に飼料を摂取することに大きな不利益はなく、筋肉や肝臓のグリコーゲンを温存しやすいことから、コンディション維持には良いかもしれません。

日高育成牧場 生産育成研究室
主任研究役 松井朗

JRA育成馬のゲート馴致について

JRA育成馬は、日高・宮崎の両育成牧場で競走馬を目指したトレーニングを受けた後、JRAブリーズアップセールで売却されます。これらの馬が日々のトレーニングと並行して必ず行うのがゲート練習で、育成馬は毎日ルーティンとしてゲート通過を実施します。競走馬として能力を発揮するために「ゲート」と上手につきあうことは必須です。高い走能力をもっていても、ゲート難があると十分なパフォーマンスを発揮できなくなってしまいます。今回は、JRA育成馬が育成牧場に在厩している間に行うゲート練習について紹介させていただきます。

 

練習用ゲート

日高・宮崎育成牧場にはそれぞれ練習用ゲートがあります。ご存知の方も多いと思いますが、練習用ゲートは枠幅が異なります。1枠と2枠は競走用ゲートと同じ幅ですが、3枠と4枠はこれより幅が広く、4枠の幅は1枠の約2倍あります(写真1)。通過する際に馬体が触れない枠幅がある4枠から慣らし、徐々に狭い枠に入れるように工夫・設計されています。

1_15 写真1

 

この練習用ゲートは毎日の運動で利用する身近な場所(日高:屋内角馬場、宮崎:500mトラック馬場内)に設置しています。普段使う場所に設置することで、若馬にゲートが「特別な場所」ではないことを刷り込む目的です。通過することを日課にしている育成馬にとって、ゲート通過は外を歩くのと同じくらい当たり前のことになっています。

 

ゲート馴致の開始時期

JRA育成馬は騎乗馴致より早くゲート馴致を開始します。最初は引き馬でゲートを見せ、慣れたら大人しい馬の後について通過します。騎乗馴致の過程では、ドライビングでのゲート通過に十分な時間を割きます。狭いゲートのドライビング通過は一見難しそうですが、人馬の信頼関係が構築されていればさほど難しくありません(写真2)。ゲートに限った事ではありませんが、馴致は馬にあわせて納得させながら進めていくことが大切です。

2_13写真2

 

騎乗前の段階でゲート馴致をはじめる理由は多くの時間をかけたいから、というだけではありません。騎乗後のゲート練習開始は騎乗者の微妙な心理状況(心配・恐怖)が馬に余計な不安感を与えるため、適切ではないと考えます。経験豊かな騎乗者が行うときでも、ドライビングでのゲート馴致ができていればより安心・安全に進める事ができます。

 

育成期のゲート目標

JRA育成馬には牧場在籍中の達成目標があります。レース用のゲート(写真1の1枠)で、①前扉の閉まったゲートに常歩で入り、②後扉を閉め、大人しく10秒程駐立し、③前扉を開け、騎乗者の扶助により常歩で発進する、というものです(写真3)。ここで重要視しているのは、「騎乗者の扶助」による発進です。騎乗者の指示を待たずに馬が勝手に出た場合や、指示を出しても発進できない場合には目標達成と認めていません。

3_7 写真3

 

目標の達成状況は年2回(1歳の12月と2歳の3月)確認します。この時に限らず、騎乗者は鐙を短く詰めて履いて必ずネックストラップをもちます。若馬の場合、普段は問題ない馬でも一瞬の油断でゲートを怖がってしまう場合があるため、常に細心の注意を払い実施することが必要です。

 

「ジャンプアウト」の実施

JRAでは育成段階にゲートが開いたら駆歩で発進する、いわゆる「ジャンプアウト」を実施しません。これは育成場にいる期間はゲートを「落ち着いて通過する場所」と理解させたいことと、ジャンプアウトで悪癖がつくと修正に時間がかかることが理由です。ジャンプアウトは競馬が近くなってから騎手に教えてもらいたい、と考えています。

さて、育成段階にジャンプアウトを教えないと競走馬デビューが遅れるのでは?と聞かれることもあるので、JRA育成馬のゲート試験合格状況(過去5年)を調査しました。調査対象は2歳JRA育成馬のうち、メイクデビュー競走開幕直前(6月1週目)の金曜日に両トレセンに在厩していた馬です。この馬たちのゲート試験受験頭数と合格頭数の調査結果が表1です(表1)。これを見ると、受験馬の概ね9割が競馬開幕週までに合格していることがわかります。2016年売却馬の成績を掘り下げてみると、1回目のゲート試験で合格した馬は49頭中37頭、2回以上の受験で合格した馬は8頭、未合格の馬が4頭です(この4頭もその後間もなく合格しています)。不合格となった理由で多かったのは「出遅れ」で、次が「ダッシュ不足」でした。全馬合格ではないため何とも言えませんが、育成段階のジャンプアウトが絶対条件ではないという考え方はご理解いただけると思います。

4_5 表1

 

おわりに

ここまでJRA育成馬のゲート馴致について紹介させていただきました。ゲート馴致に限らず、若馬の馴致・調教のプロセスは人によって考え方が違い、やり方も様々です。私が大切だと思うことは、①時間をかけて馬に納得させながら進めること、②焦らず段階的に教えること、③常に細心の注意を払い実施すること、の3点です。今回ご紹介した内容が少しでもお役に立てば幸いです。

 

馬事部生産育成対策室 専門役  秋山健太郎

育成後期のV200と競走成績との関連性について

競走馬を育成している牧場では、自分たちが管理している育成馬について「トレーニングが順調に進んでいるのか」「将来この馬たちは活躍するのか」など気になる点が少なくないと思います。それは日高育成牧場でも同じで、JRA育成馬に1つでも多く勝って欲しいと願いながら、さまざまな調査を行っています。今回は、2007~2015年の9年間にブリーズアップセールに上場した日高育成馬のうちJRAレースへの出走暦がある236頭について、育成後期に測定したV200とその後の競走成績との関連性を調査したので紹介します。

V200とは?
以前も紹介したので簡単に記述しますが、V200とは調教中の心拍数と走行速度との関係から心拍数が200拍/分となる時の速度を計算したものです(図1)。V200は有酸素性運動能力の指標である最大酸素摂取量(VO2max)と相関関係があることが報告されており、競走馬の運動能力指標の1つとして知られています。

競走成績がいい育成馬はV200が高いのか?
V200が競走馬の運動能力指標と聞くと「競走成績がいい育成馬はV200が高いんじゃないの?」と考えられますが、実際にはどうなのでしょうか?JRA育成馬236頭を競走成績で4群(A:2勝以上、B:1勝、C:未勝利・入着あり、D:未勝利・入着なし)に分けて、群ごとにV200を調査しました(図2)。すると、2勝以上したA群では他の群よりもV200が高いという結果が得られました。ここで興味深いのが、A群以外の3群でV200に大きな差が見られなかったことです。平均すると1勝馬のB群で未勝利馬のC・D群より若干高い値を示したのですが、統計的な差はありませんでした。

V200が高い育成馬は競走成績がいいのか?
先ほどとは逆に「V200が高い馬は走るんじゃないの?」と考えられますが、実際はどうなのでしょうか?調査した9年間で各年度V200の値が上位20%の馬と下位20%の馬を各47頭抽出し、その競走成績を調査しました(図3)。すると、V200が上位20%だった馬は下位20%の馬に比べて2勝以上したA群の頭数が多く、入着なしのD群の頭数が少ないという結果が得られました。一方、B群(1勝馬)とC群(入着あり)の頭数はともにV200上位馬の方が多いものの、群間に大きな差はありませんでした。

これらの成績から考えられること
これらの成績から考えられることとして、2勝以上した馬は育成後期のV200が高く、V200が高い馬は2勝以上する割合が大きかったことから、トレーニング途上である育成後期にV200が高い馬は競走期に勝ち上がって2勝以上する可能性が高いと言えるでしょう。しかし、1勝馬と未勝利馬には大きな差が見られなかったことから、育成馬が勝ち上がるかどうかは育成後期のV200だけで決まるものではなく、馬の性格や競走期までの成長などさまざまな要因に影響されると考えられます。また、V200が下位20%だったとしても11頭(23%)が勝ち上がりその内1頭は2勝以上していることから、育成後期にV200が低く運動能力が目立っていなくてもその後の経過はしっかり見守っていく必要がありそうです。ちなみに、今回の成績は牡馬よりも牝馬で顕著に見られたことから、育成後期の運動能力の成長には雌雄差があると考えられます。

おわりに
調教時の心拍数を解析すれば、V200だけではなく調教後の“息の入り”や常歩中の精神状態などさまざまな情報を知ることができます。それらについてはいずれ本誌にて紹介させていただきますので、乞うご期待ください。

1_13 図1 V200の計算方法
走行速度と心拍数の関係から算出した回帰直線において心拍数が200拍/分となる速度を計算。

2_11 図2 競走成績ごとのV200の比較
A:2勝以上、B:1勝、C:未勝利・入着(3着以内)あり、D:未勝利・入着なし
(※ 2歳新馬戦開始時から3歳未勝利戦終了時までのJRAおよび地方交流競走成績から集計)

3_8 図3 V200が上位20%と下位20%の馬の競走成績の比較
2007年から2015年にブリーズアップセールに上場した育成馬において各年度V200が上位20%と下位20%の馬を抽出し、それぞれの競走成績を比較(各47頭)。
(※ 競走成績の群分けは図2の説明を参照)

(日高育成牧場 生産育成研究室長 羽田哲朗)

2020年5月28日 (木)

競走馬で利用できる最新の心拍計について

No.155(2016年9月15日号)

これまで、講演会や『強い馬づくり最前線』において調教中の心拍数を利用した競走馬の体力検査法について紹介してきました。そこで今回は、調教時の心拍測定に必須となる最新の心拍計を紹介します。

 

キーワードは『GPS』と『クラウド化』

 JRAで馬の心拍測定に腕時計型心拍計を利用し始めたのは20数年前のことです。当時、人用の心拍計を馬で利用するために、心拍センサーに電極をハンダ付けしていたことを懐かしく思い出します。

 現在、運動中の心拍数を測定できる心拍計は多くのメーカーから販売されています。どれも基本的な構成は20年前と変わっておらず、体に装着する心拍センサーと腕時計型心拍計で構成されています(写真1)。一方、大きく変わったのは『GPS』と『クラウド化』です。GPSは、皆さんご存知の通り衛生電波から位置情報を受信する装置で、同時に走行軌跡や距離、速度などを記録することができます。この機能により、以前は走行速度をストップウォッチで計測していたのですが、屋外ではその必要がなくなりました。もう一つの特徴が、『クラウド化』です。クラウドとは“cloud=雲”から派生した“クラウドコンピューティング”の略で、データをインターネット上に保存する方法を意味しています。つまり、これまでは測定したデータを自分のパソコンにダウンロードしていたものが、クラウドではUSB経由で接続したパソコンからインターネット上のホストコンピュータに保存し、インターネット経由でデータを利用することになります。クラウドには、インターネットに接続できる環境があればどこでも利用できるという利点がある反面、接続できなければ全く利用できないという弱点もあります。1_2 写真1 腕時計型心拍計(右:Polar RC3-GPS)と心拍センサー(左)

Polar M400

 現在多くの心拍計が販売されていますが、その中で日高育成牧場ではPolar社製“M400”という製品を利用しています(写真2)。その理由として、Polar社は心拍測定時に使用する馬用の電極を販売しており、センサーを加工することなく馬に装着できることが大きなポイントです(写真3)。また、Microsoft Excelなどでデータ解析する場合には心拍数や速度の生データ(数値のデータ)が必要になるのですが、私が知る限りクラウド化された心拍計の中で生データをダウンロードできるのはPolarだけで、十分な性能を有し比較的安価なのがM400です。

 使用方法はこれまでの心拍計と変わらず、測定終了後はUSBケーブルでパソコンに繋ぐだけで自動的にホストコンピュータにデータを保存され、インターネット上で測定結果を確認することができます(写真5)。実際に使用した感想としては、データ保存に少し時間がかかり、改めて解析用の生データをダウンロードするのは面倒な感じがしますが、それ以外は非常に簡便で使いやすくなったと感じています。

2 写真2 Polar M400

 3 写真3 馬用の電極(上:電極型、下:ベルト型)

 4 写真4 ベルト型電極装着方法

ベルト装着時に電極部分2箇所(矢印)をお湯で濡らし、この上に通常の装鞍を行います。

 5 写真5 インターネット上に表示される測定結果

心拍数と速度だけではなく、走行軌跡や総距離が表示されます。

 

次世代の心拍計

 ここで、Polar Team Proという製品を紹介します(写真6)。これは人のプロスポーツ選手用に開発された製品で、Jリーグなどのプロチームで利用されています。最大の特徴は、心拍センサー内にGPSとデータ記録装置が組み込まれており、腕時計を持つことなく心拍数と走行速度を測定できることです。先日メーカーの方にご協力いただき競走馬でデモンストレーションを行ったのですが、腕時計が不要な分M400よりさらに利用しやすくになっていると感じました。現在は競走馬用のソフトウエアが無く馬での応用はまだ先な感じはしますが、開発が進みハロンタイムや体力指標を簡単に解析できるようになれば、競走馬の体力や体調を知るための便利なツールになるのではないかと期待しているところです。6

写真6 Polar Team Pro

Team Pro本体(上・中)およびデータ転送・充電用ドック(下)

  

おわりに

 心拍数を用いた競走馬の体力検査は最初は難しいかもしれませんが、『虎穴に入らずんば虎子を得ず』という言葉にもあるように、愛馬の状態をより詳しく知るために心拍測定にトライしてみてはいかがでしょうか?

  

(日高育成牧場 生産育成研究室長 羽田哲朗)

2020年5月14日 (木)

大腿骨遠位内側顆ボーンシストに対する治療法について

No.154 (2016年9月1日号)

 

 

 

 2016年度の各種セリが開催され、売却成績は過去最高となるなど市場取引が盛況に行われています。第153回では大腿骨内側顆のボーンシストの概論について説明がありました。国内の一部のセリでは、レポジトリで膝蓋部X線画像の提出が任意で可能となり、生産者や購買者の皆様も、大腿骨遠位内側顆にできるボーンシストには注目されていることかと思います。今回はその治療方法について説明いたします。

 ボーンシストの治療法には大きく分けて3つの種類があります。まず初めに内科的保存療法である病変部位内へのステロイド投薬、2つ目は外科的治療法である関節鏡手術による病変部位の掻爬術、そして3つ目に比較的新しい治療法である螺子でシストを固定する方法です。

 

①内科的治療

 跛行が認められず大腿骨ボーンシストの直径が小さいものに関しては、そのまま陳旧化することもあり、無症状の場合は様子を見るのが一般的です。跛行を呈するものでは、休養期間中に過剰なエネルギー摂取をやめ、ミネラルの給与を適切に行うことで、より早い回復が期待できると言われています。跛行が顕著な場合には、運動や放牧を中止し、半年程の長期休養で跛行が改善すると言われていますが、調教再開と共に再び跛行を呈することがあります。そこでより積極的な内科的治療法として、コルチコステロイド製剤をシスト内に直接注入する治療法も行われています(図1)。この方法では、エコー機器やX線画像を用いて、もしくは関節鏡下で針の挿入部位を確認しながら薬剤を正確に注入することが求められます。1_7 図1 関節鏡下でのステロイドの注入(Diagnostic and surgical arthroscopy in the horseより抜粋)
  

②外科的治療

 重度の跛行が認められ、ボーンシストの直径が大きく深い症例では関節鏡手術による病巣部位の掻爬という方法も行われています(図2)。シスト内の変性した軟骨は自然には除去されないため、取り除くことで健常な軟骨下骨および関節軟骨の再生を促します。この方法は、予後は非常に良好ですが、関節面への侵襲も大きいため術後、半年程の長期の休養を要します。その後のリハビリにも関節疾患の併発を考慮する必要があり、ヒアルロン酸などを関節内に投与することもあります。

2_7図2 関節鏡下での掻爬術

 

③新しい治療法

 ボーンシストは、内科的、外科的治療によっても完治までに時間が掛かる疾患です。完治までの時間を短縮することを念頭に新たな治療法として提唱されているのが、シストに貫通するように螺子を挿入して、固定・補強するという治療法があります(図3)。この方法であれば、体重を支える関節面への侵襲がなく、関節炎への続発を予防出来ると考えられています。この螺子での固定によって、8割以上の馬で歩様の改善が報告されて手術から4ヶ月ほどで調教に復帰できると言われています。日高育成牧場でも、騎乗馴致の時期に跛行を呈する大腿骨ボーンシストの症例に遭遇し、螺子による内固定術を行いました。術後3ヶ月から、トレッドミルを用いてのリハビリを行うことができ、約半年後にはトレーニングセールに上場することができ、その後、同馬は中央競馬でデビューすることができています。3_4 図3 螺子固定挿入前、挿入後

 

最後に

 ボーンシストの発症率は海外の報告で1~3%と低く、調教を実施する前の若齢馬では、シストを保有していても跛行がみられないなど、頻繁に目にする病気ではありません。しかし、内科的および外科的治療でも難治性を示す場合も多く、約半年にもわたる休養を要するなど、経済的損失が大きい疾患のひとつに挙げられます。今後、これらの治療法を積極的に臨床応用し、効果を検討していくことが重要です。現在、日本国内における、大腿骨ボーンシストの発症率を生産地疾病のテーマとして調査中です。今回お伝えした情報も数年後には新たな情報に置き換わるかもしれません。そのような状況ですので、今後発信される情報についても引き続きご注目ください。

 

 

(日高育成牧場 業務課 診療防疫係 山﨑 洋祐)