後期育成 Feed

2021年1月25日 (月)

食道閉塞(のどつまり)

食道「閉塞(へいそく)」?「梗塞(こうそく)」?

食道閉塞は、食道が食塊や異物によりふさがってしまう病気で、よく「のどつまり」といわれています。古くから「食道梗塞」という病名が慣例的に使われていますが、本来「梗塞」とは脳梗塞など血液循環障害により生じる虚血性壊死のことをいいます。ですので、「のどつまり」のような病気に用いるのは本来ふさわしくありません。そのため、本稿では海外でも使用されている「食道閉塞(esophageal obstruction)」という病名を用いています。

 

診断と治療

流涎(よだれを垂れ流す)、水および摂食物の逆流、咳などが特徴的な症状です(図1)。診断はこれらの症状、経鼻食道(鼻から食道への)カテーテルの挿入、内視鏡検査により行われます。内視鏡検査では閉塞物、閉塞部位および食道内の異常を確認することができます(図2)。多くは内科療法により治癒可能で、経鼻食道カテーテルを用いて食道に適量の水を注入したり、頚をマッサージしたりして、閉塞物を外側から揉みほぐすことで閉塞の解除を促します。また、内視鏡専用の鉗子を用いて閉塞物をほぐすこともあります。これらの治療を行う際は、鎮静剤の投与により馬の頭を下げさせ、誤嚥を防ぐことが重要です。鎮静剤にはその他に食道の収縮を軽減させる効果もあります。外科療法としては食道切開術がありますが、様々な合併症(食道の裂開・狭窄、電解質平衡異常、頚動脈破裂など)を引き起こす可能性があり、対象は内科療法を繰り返しても良化しない症例に限られます。

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閉塞物除去後の管理

食道閉塞は閉塞物除去後の管理が非常に重要で、それが適切に行われないと再発を繰り返し、死に至る可能性もあります。管理手順について図3にまとめました。閉塞すると閉塞物により食道粘膜の損傷が生じ、狭窄を伴うことがあります(図2)。すぐに通常の給餌を行うと再発のリスクが高くなるため、粘膜の損傷が良化するまで流動食(水分を多く含んだ軟らかい飼料)を与えます。牧草(切り草やキューブを含む)は再発の原因となるため、食道粘膜の修復期間中は与えるべきではありません。また、敷料(麦稈やシェービング)を食したことにより再発するケースも多くありますので、注意が必要です。再発すると食道粘膜の状態を悪化させるため、再び絶食からやり直しとなります。再発を繰り返すと治療期間が長引くだけでなく、食道が正常に機能しなくなり予後不良と診断されることもあります。そうならないためにも内視鏡検査を定期的に行い、食道粘膜の修復(7~21日かかるとされる)を確認してから通常の給餌を再開します。

 

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重要な合併症:誤嚥性肺炎

誤嚥性肺炎は、食道閉塞時に食道から逆流した飼料や唾液が気管内に流入することで生じます(図4)。発症から解除後数時間以内では、多くの馬の気管内に中等度から重度の汚染が生じています。このような状態は誤嚥性肺炎を引き起こすリスクが高くなります。また、肺炎の発症と気管内の汚染度合いとは相関がないという報告もあるので、たとえ診察時に気管内の汚染が軽度であっても油断してはいけません。以上のことから軽種馬育成調教センター(BTC)では多くの場合、誤嚥性肺炎の予防的措置として抗菌薬を投与しています。

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予防

不十分な咀嚼は食道閉塞の発症リスクを高めます。定期的に歯科検診を実施し、馬がしっかりと咀嚼できる状態をキープしてあげましょう。早食いの馬も発症しやすいと考えられるので、そのような馬に対しては一度に多量の飼料を与えるのではなく、なるべく小分けにして与えるようにしましょう。飼葉桶に障害物(大きな石など)を入れておいたり、乾草ネットを使用したりすることも有効です。

 

最後に

先にも述べましたが、食道閉塞は重篤化すると命にかかわる疾患です。しかし、その認識は薄く軽視されがちなのか何度か再発を繰り返してから、診療を依頼されることがあります。今回の記事により一人でも多くの方が食道閉塞の理解を深めるとともに、治療や管理の一助にしていただければ幸いです。

軽種馬育成調教センター軽種馬診療所 日高修平

後期育成馬における深管骨瘤

【はじめに】

深管骨瘤は、様々な用途の馬で跛行を引き起こす原因として古くから知られており、競走前の後期育成馬においても発生の多い疾患の一つです。その病態は名前の通り、管近位後面の深部(図1)に骨瘤を形成する疾患とされています。この部位は周囲を副管骨、浅屈腱、深屈腱、深屈腱の支持靭帯および繋靭帯といった構造物に囲まれた深い場所に位置します。そのことから、患部の熱感、腫脹、触診痛といった症状が表在化しづらい傾向があります。それゆえ、最初に観察される症状が跛行であることがほとんどで、跛行以外の症状が認められないことも珍しくありません。跛行の程度は速歩でしか認められない軽度なものから、常歩ではっきりと観察されるような重度のものまで様々です。

1_9 図1.深管骨瘤が発生する管近位後面


 

【深管骨瘤の病態】

深管骨瘤は大きく二つの病態に分けられます。一つは繋靭帯と管骨の付着部で起こる靭帯付着部症で、もう一つは繋靭帯と関係なく骨単独で起こるストレス骨折です。

靭帯付着部症は、繰り返しの運動負荷により管骨が繋靭帯に引っ張られることで、その付着部である管骨近位後面で傷害が起こります。損傷の程度や発症年齢により骨膜炎、剥離骨折、繋靭帯炎などを発症します。後期育成馬のような若い馬では、骨膜炎や剥離骨折が多くみられます(図2)。その一方、競走馬や乗用馬などのより高齢の馬において発生が多いとされる付着部近くでの繋靭帯炎はあまりみられません。これには年齢の若い育成馬特有の理由があります。腱や靭帯といった組織は年齢とともに強度や弾力性が低下しますが、年齢の若い育成期では柔軟性に富み、高い強度を持っています。それに対して、成長期の骨は軟骨部分が多く未熟であり、腱や靭帯と比較して強度が低いことから、強い負荷がかかった際には物理的な強度の低い靭帯付着部の骨に傷害が起こりやすいのです。そのため、繋靭帯炎は少なく、骨膜炎や剥離骨折の発症が多いと考えられています。

2_8 図2.管骨近位後面のレントゲン画像(左:骨膜炎、右:剥離骨折)

ストレス骨折についても、繰り返しの運動負荷が原因で起こります。管骨の近位後面に圧縮力がかかることで発症するとされており、重度の症例では同部の皮質骨(骨の表面にある硬い部分)に骨折線が観察され、その周囲では骨硬化像(骨が硬くなりレントゲン検査でより白く映る)が認められます(図3)。

3_8 図3.ストレス骨折を発生した管骨近位後面のレントゲン画像
 

【難しい診断】

深管骨瘤は周囲を様々な構造物に囲まれていることから症状が表在化しづらく、診断することが難しい疾患です。触診では異常が確認されないケースでも、診断的麻酔法(患部に分布する神経やその患部へ直接局所麻酔薬を注入することで、跛行の原因箇所を特定する診断方法)を実施することで本疾患が判明することも珍しくありません。触診で問題がなかったとしても、跛行の原因の一つとして除外せずに考えておく必要があります。

 

【予後】

後期育成馬における深管骨瘤の予後は、その症状に応じてしっかりとした休養、リハビリ期間を設けられれば、運動を再開して競走馬デビューすることは難しくありません。しかし、休養やリハビリが適正でなかった場合、運動により再発を繰り返し難治化する恐れもあるため、発症後の管理には十分な注意が必要です。

軽種馬育成調教センター軽種馬診療所 安藤邦英

乳酸を利用した育成トレーニングの評価 ②

 今回は、育成馬における血中乳酸値の応用方法を紹介します。

 

乳酸値の測定方法

 筋肉内で産生された乳酸は“モノカルボン酸輸送担体”の作用により血流に入るので、血液中の乳酸値を測定すれば筋肉でどれぐらい乳酸が産生されたかを評価することができます。測定には専用の機器が必要で、以前は100万円以上する高価なものでしたが、近年は比較的安価でポータブルな機器が利用されています(写真1)。この機器は、毎回センサーチップを交換する必要がありますが、先端にわずかな血液を付着すれば10数秒で乳酸値を測定できるので、調教現場でも利用できる便利なものです。このような乳酸測定器は、現在多くのスポーツ現場や競走馬調教で利用されています。

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写真1 乳酸測定器と測定方法

 A:ポータブル乳酸測定器(アークレイ社製・ラクテートプロ2)とセンサーチップ、B:走行直後の採血、C:チップの先端にわずかな血液を付着するだけで測定可能(Aの機器では0.01ml)。

血中乳酸値の評価法-運動負荷

 前回紹介したように糖質のエネルギー代謝には解糖系と酸化系があり、運動強度が弱いと両者がバランスよく働き、乳酸はほとんど産生されません。しかし、運動強度が強くなると解糖系の方が多く働いて乳酸が産生され、血中乳酸値が上昇します(図1)。この上昇は運動強度に応じて大きくなるため、乳酸値を見れば馬にどれくらい負荷をかけることができたかを評価することができます。ここで一つの基準となるのが“乳酸蓄積開始点(OBLA)”です。OBLAは血中乳酸値が4mmol/Lになる運動強度を表しており、この辺りから血中乳酸値が上昇し始めることから、人や馬で無酸素性運動の基準強度として利用されています。

 

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図1 調教時の運動強度と必要なエネルギー量・血中乳酸値との関係

 運動強度に比例して必要なエネルギー量が増加し、ある強度以上になると血中乳酸値が上昇する。OBLAは乳酸が上昇し始める運動強度を表している。血中乳酸値の評価法-運動能力

 次に、JRA育成馬で測定したデータから運動能力の評価法を考えてみましょう。図2は、屋内1000m坂路調教後に測定した血中乳酸値と3ハロンの平均速度との関係を示しています。この図を見ると、概ね速度に比例して乳酸値が上昇していることがわかります。この関係を利用して標準直線(回帰直線)を引き、それを基準に評価することで乳酸が産生されやすいかどうか、つまり馬の有酸素性運動能力が高いか低いかを評価することができます。図2を見ると、Horse Aはほとんどの点が直線より下、Horse Bは逆に直線より上にあり、Horse Cは多少ばらつきがあるものの直線近くにあることが分かります。これらのデータから、Horse Aは有酸素性運動能力が高いため乳酸の産生が少なく、Horse C-Horse Bの順に能力が低いと評価できます。このように、乳酸値と速度との関係から得られた標準直線を利用することで、育成馬の有酸素性運動能力を評価することができます。

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図2 屋内1000m坂路走行後の血中乳酸値と走行速度との関係

 JRA育成馬で坂路走行1~2分後に採血を行い、ラクテートプロ2で乳酸値を測定。

 

血中乳酸値で競走能力を評価できるのか?

 有酸素性運動能力は競走馬にとって重要な能力の一つであるため、血中乳酸値は競走能力の一部を反映していると言えます。一方、図2のHorse A-CはすべてJRA2歳戦の勝馬で、Horse Aのような乳酸値が低い馬が勝ち上がるのは理解できますが、Horse Bのような乳酸値が高い馬が勝つことができたのはなぜでしょうか?それには、馬の体質が関係していると考えられます。Horse Aはスマートな馬でしたが、Horse Bはがっちりした体格をしていました。筋肉量が多いと瞬発力には優れているものの、多くの乳酸が産生されやすいため、長距離よりは短距離向きだと考えられます。実際、Horse Aは1800m戦、Horse Bは1000m戦で勝利しており、Horse Cがその中間1400m戦の勝ち馬であることもこの考えを証明しています。これらのことから、血中乳酸値は馬の有酸素性運動能力だけではなく、距離適性とも関連があるのかもしれません。また、育成馬の場合はその後の成長が競走能力に影響を与えるので、その点も考慮する必要があるでしょう。

 

乳酸値の測定で注意すべきこと

 乳酸値は便利な運動指標ですが、測定時に注意すべき点がいくつかあります。その一つが調教メニューです。調教馬場や距離が変われば筋肉への負荷が変わるので血中乳酸値が変わり、ウォームアップもエネルギー代謝に影響を与えるため値が変動する可能性があります。したがって、乳酸値を利用する場合は基本的に同じ馬場・同じパターンで調教することが重要です。もう一つは採血のタイミングです。図3はトレッドミル上で1000m走を行ったときの血中乳酸値の変化を表しています。乳酸値が10mmol/Lを超える運動を行った場合は5分後まで高値で維持されますが、3~6mmol/Lの場合は1分以内に最大値になり10分後には最大値の1/2以下まで低下します。したがって、この影響を小さくするためには、調教終了後できるだけ早く毎回同じタイミングで採血することが重要です。また、採血管を利用する場合は、採血管内での糖質代謝を防ぐためフッ化ナトリウム入り採血管の使用をお勧めします。

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図3 調教後の血中乳酸値の変化

 サラブレッド実験馬を用い、傾斜7%のトレッドミルにおいて3段階の速度で1000m走(網掛け部)を実施し、その後の15分間常歩運動を行った。

 

最後に

 乳酸は、採血が必要で注意事項が多いことから難しそうに感じますが、坂路調教など一定距離の調教時に利用すれば非常に便利な指標です。興味がある育成関係者は、一度乳酸測定にチャレンジしてはいかがでしょうか?乳酸のことをより詳しく知りたい方は、東京大学・八田秀雄教授の著書で勉強されることをお勧めします。

 

 

日高育成牧場・生産育成研究室 室長 羽田哲朗(現・美浦トレーニングセンター 主任臨床獣医役)

乳酸を利用した育成トレーニングの評価 ①

 馬関係者であれば一度は“乳酸”という言葉を耳にしたことがあると思います。『運動すると体の中で溜まるもの』とか『疲労物質?』などとお考えの方が多いのではないでしょうか。今回は、乳酸とは何か?どのように作られるのか?を解説し、日高育成牧場で測定したデータを見ながら育成調教への応用方法を紹介します。

 

筋肉のエネルギー源

 筋肉のエネルギー源は?と考えると“炭水化物”や“脂肪”をイメージするかと思いますが、実際には“アデノシン3リン酸(ATP)”という分子です。ATPは、遺伝子の元となるアデノシンにリン酸基が3つ繋がった構造をしています(図1)。筋肉収縮のメカニズムは、3つのリン酸基のうち一番外側にある1つが外れたときに大きなエネルギーが発生し、それを利用して筋肉が収縮します。このATPのエネルギーは全ての真核生物で利用されており、“筋肉を動かすこと”は“ATPを作り出すこと”と言い換えることができます。

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図1 アデノシン三リン酸(ATP)のエネルギー利用

 ATPがADP(アデノシン二リン酸)とリン酸基に分解されると、7.3kcal/molのエネルギーが発生する。動物はこのエネルギーを利用して筋肉を収縮し、心臓を動かし、脳を活動させている。

 

解糖系と酸化系

 エネルギー分子である“ATP”を作り出す過程のことを“エネルギー代謝”と言います。その経路はいくつかありますが、運動時に最も重要なのが“解糖系”と“酸化系”です(図2)。解糖系とはその名の通り糖質(炭水化物)を分解する経路で、酸化系は分解した糖質を酸化(酸素をつけること)して二酸化炭素と水に分解する経路です。糖質の代表格であるブドウ糖を例に説明すると、ブドウ糖は筋細胞内でいくつかの酵素の力で2つの“ピルビン酸”に分解されATPが2分子産生されます。この過程が解糖系で、酸素を使わないでATPを産生するので別名“無酸素性エネルギー代謝”と呼ばれます。次に、解糖系で産生されたピルビン酸は筋細胞内のミトコンドリアという器官に入り、酸素を使いながら“TCA回路”と“電子伝達系”で分解され36分子のATPが産生されます。この過程が酸化系で、必ず酸素が利用されるので別名“有酸素性エネルギー代謝”と呼ばれます。解糖系と酸化系がバランスよく機能すれば1つのブドウ糖から多くのATPが産生されるので、効率的に筋肉を動かすことができます。

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図2 解糖系と酸化系

 解糖系は糖質を2分子のピルビン酸に分解する過程を、酸化系はミトコンドリア内で酸素を利用しながらピルビン酸を二酸化炭素と水に分解する過程を表している。

 

乳酸って何?

 軽運動時には、ブドウ糖が完全に分解されるので筋細胞内にピルビン酸が溜まることはありません(図3-A)。しかし、常に解糖系と酸化系のバランスよく働くとは限らず、強運動時には解糖系の方が多く働き産生されたピルビン酸を酸化系で分解しきれないことがあります。この時、余ったピルビン酸をLDHという酵素の力で変換し産生されるものが“乳酸”です(図3-B)。

 ここまでの説明からすると乳酸はブドウ糖の燃えカスのように思えますが、実際には糖質の一種です。分子式を見ると乳酸(C3H6O3)はブドウ糖(C6H12O6)が半分になったような構造をしており、運動が終了すればピルビン酸に戻り酸化系でATP産生に利用されます。(図3-C)。したがって、乳酸はブドウ糖の燃えカスや疲労物質ではなく、エネルギー源の一つであると言えます。

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図3 筋細胞における乳酸の産生と利用

 軽い運動では解糖系と酸化系のバランスが取れているので乳酸はほとんど産生されない(A)。しかし、激しい運動を行うと解糖系で多くのピルビン酸が産生され、酸化系で処理できなくなるため乳酸に変換され筋肉内に蓄積する(B)。運動が終了すると乳酸は再びピルビン酸に戻り、解糖系でATP産生に利用される(C)。

 

なぜ乳酸が溜まると疲労するの?

 乳酸がエネルギー源だとすれば、なぜ乳酸が蓄積したときに筋肉は疲労するのでしょうか?以前は乳酸産生時に筋肉内が酸性になること(乳酸性アシドーシス)が筋疲労の原因だと考えられていましたが、近年は別の要因が報告されています。その一つが無機リン酸の影響で、強運動時に筋肉内に蓄積する無機リン酸が筋収縮に必要なカルシウムと結合して沈殿するため、収縮できなくなることが明らかにされています。現在、競馬のような数分間の運動では無機リン酸の影響が筋疲労の主要因だと考えられていますが、このような現象は乳酸が溜まる強運動時にしか起こらないので、乳酸を筋疲労の指標として考えることは問題ありません。

 今回は内容が少々難しかったかもしれませんが、乳酸に関して知っていただきたい基礎知識を紹介しました。次回はその応用方法を紹介します。

 

日高育成牧場・生産育成研究室 室長 羽田哲朗(現・美浦トレーニングセンター 主任臨床獣医役)

馬の飼料中のオメガ3脂肪酸について

私たちの身の回りでは、肥満のイメージから脂肪という栄養にあまり良い印象が無いかもしれません。いかなる栄養も、過ぎたるは何とかでありますが、脂肪は三大栄養素にも数えられるほど(後の二つは炭水化物とタンパク質)、動物にとって不可欠な栄養素です。脂肪は様々な種類の脂肪酸から構成されていますが、体内に蓄積しすぎると良くないとされている飽和脂肪酸と、体が正常に機能するために重要な不飽和脂肪酸に分けることができます(図1)。さらに、その不飽和脂肪酸の中でも、食べ物に含まれる量が少ないωおめが3(オメガスリー)についての話題が今回のテーマとなります。

 

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図1

脂肪酸は炭素原子が連結した骨格から構成されているが、炭素原子間に二重結合が全くなく単結合のみのものは飽和脂肪酸、一つ以上二重結合があるものは不飽和脂肪酸と呼ばれる。

オメガ3とは?

“オメガ3”は、元々ヒトの栄養分野では注目されており、最近、馬の飼養管理の現場でも注目されるようになってきました。正式な名称はオメガ3脂肪酸ですが、以下は略してオメガ3と呼ぶことにします。オメガ3は特定の脂肪酸ではなく、似通った構造や機能についてグループ化した総称です(図2)。オメガ6やオメガ9と呼ばれる脂肪酸のグループも存在し、これらも同様の規則により名づけられています。

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図2

脂肪酸のグループ名称は、炭素原子の鎖の端から数えて最初の二重結合が何番目にあるかでつけられている。オメガ3であれば、二重結合が3番目にあるということであり、この構造が同じであればその機能も似ていることになる。

 

生体内でのオメガ3の機能

オメガ3は脂肪酸グループの総称であることが分かりましたが、このグループにはα-リノレン酸、エイコサペンタエン酸(EPA)およびドコサヘキサエン酸(DHA)などが含まれます。ヒトの分野では、オメガ3をしっかり摂取することにより、血中の中性脂肪や悪玉コレステロールが減少し、血液がサラサラになることが知られています。そのほかに、抗炎症作用を高める効果も知られています。また、DHAは脳を構成する神経細胞に多く存在し、脳の機能を高めると考えられています。

オメガ3は生体内の細胞膜の構成に関与しており、その存在により膜の透過能力が適切に維持されます。オメガ3の摂取により、中性脂肪の取り込みが良くなる、脳の情報伝達能力を高まる、炎症を早期に修復させるなどの効果は、細胞膜の透過性の向上によるものです。

 

オメガ3とオメガ6の関係

オメガ6はオメガ3同様に、細胞膜の構成に必要な脂肪酸です。しかし、オメガ3と6の細胞膜に及ぼす効果は真逆であり、細胞膜にオメガ6が多すぎると細胞膜は固くなります。細胞膜の透過性が高いことも重要ですが、適度に細胞の内容物を保持し壊れにくくするには適度な硬度も必要です。オメガ3とオメガ6は生体内で作ることができず、必ず食事(飼料)から採る必要のある必須脂肪酸です。このことから、オメガ3とオメガ6はバランス良く摂取する必要があります。しかし、オメガ6も必要なのに、どうしてオメガ3ばかりが注目されているのでしょうか? オメガ6は肉類に、オメガ3(EPAやDHA)は、魚類に多く含まれるため、現代人の食事の傾向をみると脂肪酸の摂取がオメガ3に比べてオメガ6に偏り勝ちになります。オメガ3とオメガ6の理想的な摂取バランスは、オメガ3:オメガ6=1:4とされていますが、このバランスをとるためにオメガ3の摂取がより推奨されています。

 

馬の飼料中のオメガ3

馬の飼料でみると、燕麦などの穀類にオメガ6は多く含まれ、放牧草などの青草や乾草にオメガ3は多く含まれます(図3)。したがって、放牧草が豊富な時期は、オメガ3の摂取不足を心配する必要は無いでしょう。しかし、十分な牧草が摂取できていない場合や、濃厚飼料の給与量が多いときはオメガ3の不足やオメガ6の摂取量に対するアンバランスが懸念されます。

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図3

不飽和脂肪酸の中で、生体内で作ることができない脂肪酸(必須脂肪酸)はオメガ3とオメガ6である。オメガ3であるα‐リノレン酸は、牧草やアマニに多く含まれ、EPAやDHAは青魚などに多く含まれる。オメガ6(リノール酸)は、燕麦やトウモロコシなどの穀類に多く含まれる。

馬が飼料から摂取するオメガ3は、ほとんどα-リノレン酸です。牧草以外には、アマニ(またはアマニ油)にも多く含まれます。生体内の機能向上に効果的に働くのは、オメガ3のなかでもEPAやDHAであり、これらは生体内でα-リノレン酸から作り変えられることにより供給されます。しかし、必ずしも、摂取したα-リノレン酸が全てEPAやDHAに変わるわけではないため、EPAやDHAを直接摂取したほうが効率的かもしれません。EPAやDHAは魚類油に多く含まれますが、草食動物は基本的に動物性の栄養を好まないことから、飼料に魚類油を加えることは嗜好性の面からみて推奨できません。魚類油が配合飼料に加えられていたり、馬用のサプリメントとして市販されていたりする場合は、嗜好性を落とさないよう、メーカーが香りづけをするなどの工夫をしているはずです。

 

馬にオメガ3を給与したときの効果を調べた研究

オメガ3をサプリメントとして馬に与えたとき、どのような効果がみられたかを調べた研究がいくつかあります。競走馬は強い運動を負荷した後、肺の毛細血管からの出血がみられ、その量が多いと鼻腔から出てきて“鼻出血”と診断されます。馬にDHAとEPAを給与したとき、運動後の肺出血量が少なかったことが報告されています。その他に、これらの脂肪酸を与えた時、種牡馬では精子の活性が高まったことや、繁殖牝馬では乳中のEPAおよびDHA濃度が上昇したことが報告されています。

 

馬がどのようなバランスでオメガ3とオメガ6を摂取するのが良いのかは、分かっていません。また、オメガ3を通常の飼料以外に給与すべきなのかは、紹介した研究結果のみでは結論できません。しかし、栄養価の高い牧草が適切な量で馬に給与されていれば、あえてオメガ3を補給しなくても良いのではないかと私は考えています。

 

 

日高育成牧場 主任研究役 松井 朗

事通信186:BCS(ボディコンディションスコア)

BCSとは?

「今現在、妊娠馬に与えている飼葉の量は適切か?」「調教中の育成馬に対して、今の飼料の量は足りているのだろうか?」このような疑問は、馬の飼養管理者にとっては常日頃から頭を悩ませるものです。

飼料の給与量について考える際には、その馬にとって適切なエネルギー量(カロリー)を与えているか否かが重要ポイントの一つになります。人間と同様に消費量を上回るエネルギーを与えた場合には太りますし、不足する場合には痩せていくことになります。もちろん、単なる見た目の問題だけではなく、エネルギーの過不足はその馬自身の健康状態、妊娠馬であれば胎子の成長、競走馬や調教中の育成馬であればパフォーマンスなどにも影響を及ぼします。

このため、個々の馬に応じて適切なエネルギー量を与える必要があり、それを見極めるために重要な指標の一つがボディコンディションスコア(BCS)なのです。

BCSは脂肪の付き具合を数値化したもので、「脂肪がほとんど無く、削痩している状態」の1点から、「極度の肥満」の9点までの数値を用います。例えば、馬の脂肪の付き具合を評価する場合に「太っている」「やせている」という言葉ではなく、「BCS8」「BCS3」などという数値で表します。

馬の飼養管理をするうえで、BCSを用いて馬体の状態を数値化することには有用性があります。なぜなら、同じ1頭の馬を見た場合であっても、人によって「太っている」「やせている」の判断基準が異なるためです。馬を管理する複数のスタッフ間で判断基準が異なる場合、馬の管理に統一性がなくなり、牧場内での馬体のつくりにバラつきが生じやすくなります。このため、同一の基準で脂肪の付き具合を数値化するBCSを用いることで、馬体のつくりに統一性がでてきます。また、簡単に記録に残すことができるため、振り返りのための材料としても利用できます。例えば、牧場での受胎率があまりよくなかった場合、春先のBCSなどの記録をつけておかないと、振り返るための具体的な材料がなく、改善策が立てづらくなります。毎月、継続的にBCSの記録をつけておくことで、具体的な数値を用いて振り返ることができ、その後の飼養管理を考える上での重要なヒントを得ることができます。

 

BCSの見方

馬のBCSは、馬体の6つの部位「頸(くび)」「き甲」「肩後方」「肋部」「背~腰の脊椎」「尾根」を対象としており、これらの部位を観察し、実際に触ることにより、脂肪の付き具合を確認します。あくまで、これら6部位の脂肪の蓄積のみを観察するため、人間のメタボリックシンドロームのための検査のような、腹囲の計測や腹腔内脂肪については考慮しません。

BCSを測定するためのポイントは、これら6部位の骨の構造を理解することです。やせている馬、すなわちBCSが低い馬は骨が見える、もしくは骨を容易に触ることができます。一方、太っている馬、すなわちBCSが高い馬は、骨が見えない、もしくは触ることができません。背中の場合には背骨、肋部の場合には肋骨が「見えるかどうか」を確認し、もし見えない場合であれば「触れるかどうか」を確認します。例えば、「肋骨が見えないが、容易に触ることができる」のであれば、BCS5になります(図1)。さらに、骨の周囲の脂肪の厚さや量を感触で判断します。例えば、脂肪がある程度ついているものの、厚みがそれほどない場合には弾力感をイメージする「スポンジ状」という言葉で表現されます。一方、それよりも脂肪量が多く、触ると沈み込むような感触を持つ場合には「柔軟」と表現されており、「スポンジ状」よりも高いスコアとして評価します。

なお、実際のスコアのうち、一般的なサラブレッドの生産・育成牧場で管理されている馬の多くが該当するBCS4~6の詳細については図2から図4に示しました。

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図1:肋部のBCS5(普通)。肋骨は見分けられないが触ると簡単にわかる。

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図2:BCS4(少しやせている)

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3BCS5(普通)

 

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4BCS6(少し肉付きが良い)

BCSの注意点

BCSを利用するうえで注意しなくてはいけないポイントの一つは、背中から腰にかけての脊椎周辺の観察に関するものです。この部位は馬によっては肉付きが悪く、たとえ他の部位に脂肪がついていたとしても、脊椎が見える、もしくは容易に触ることができることがあります。特に高齢馬や、馬体が薄い長距離タイプの馬に多く見られます。このような馬に対しては、背中周辺の肉付きは考慮せずに、肋部などを中心に評価した方が良いかもしれません。

なお、慣れない方がBCSを評価する場合には、複数人での実施を推奨します。一人で実施した場合、主観が入ることで正確な評価が困難になります。ファームコンサルタントや他の牧場の方など、BCSの利用経験が豊富な第三者を交えることで、より客観的で正確な評価が可能になります。

 

 

日高育成牧場 業務課長 冨成雅尚

頸椎圧迫性脊髄症(CVCM)

はじめに

頸椎圧迫性脊髄症(CVCM)とは、いわゆる「腰フラ」や「腰痿(ようい)」と呼ばれる後躯を主とした運動失調あるいは不全麻痺などの神経症状を呈する病態のことです。一般的には「ウォブラー症候群」と呼ばれている病気になります。発症馬の競走馬としての予後は悪く、生産地においては経済的にも大きな問題となっている病気の一つです(図1)。


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病態

サラブレッドの発症率は1.3~2.0%との報告があります。現在、国内でのサラブレッド生産頭数が約7,000頭余りであることから、年間100頭近くの発症馬がいると推測されます。

NOSAI日高(現NOSAIみなみ)でCVCMと診断されたサラブレッド245頭の内訳を解析すると、生後4~8ヶ月齢と14~18ヶ月齢の牡の若馬に好発していることが分かります(図2)。

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原因

原因は、頸椎の亜脱臼による「配列の不整」あるいは頚椎関節面の離断骨片・骨棘・肥大などの「関節面の不整」による脊柱管の狭小化が起こることで、脊髄神経が静的あるいは動的に圧迫され変性するためです。頸椎の「配列の不整」は頭側の第3-4頸椎に見られ、離乳前後の当歳馬に発症するものの主な原因となります(TypeⅠ型)。一方、頸椎の「関節面の不整」は比較的尾側の第5-7頸椎に見られ、1歳の秋ごろから発症するものの主な原因になります(TypeⅡ型)(図3)。

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馬の頸椎は、他の哺乳類と同じく7個の椎体から構成されています(図4)。構造上、可動範囲は狭く、横方向や上下方向への大きな動作は第5-7頸椎を支点とした動きとなります。そのため、セリで購買した正常な1歳馬の頸椎X線検査を実施した結果、約30%近くの馬に頸椎の配列不整や関節面の骨片・肥大などのX線所見が認められることが明らかになってきました。さらに、このような所見がいつ発生するのかを調べるために、誕生から1ヶ月間隔で生産馬の頸椎X線検査を行った結果、生後2~6ヵ月齢の子馬に頸椎関節面の骨片所見の発生が認められ、それらの所見は治癒過程で関節面の肥大として残存することも明らかになってきました(図5)。これらの馬は神経症状を発症することはありませんでしたが、離乳前後のまだ幼弱な子馬の頸椎に突発的な横方向や上下方向への負担が加わることで、亜脱臼や関節面の損傷を引き起こし、脊髄圧迫の原因となる可能性が考えられました。

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治療

サラブレッドのCVCMに対する有効な治療方法は、今のところありません。脊髄の狭窄部位に対する外科的手術は、競走馬を目指すサラブレッドにとっては現実的ではなく、痛みや狭窄の進行を抑えるための対症療法を実施し様子を見るだけなのが現状です。CVCM原因部位を確実に診断すること、その程度や臨床症状から予後を判定するが重要になります。

 

最後に

サラブレッドのCVCMの発生には、様々な要因が関わっていますが、その中で大きな要因を占めているのが、栄養や放牧(運動)といった日常の飼養管理です。特に、離乳までの幼駒の飼養管理は、非常に重要となります。子馬の正常な発育パターン、必要な栄養要求量、様々な関節に発生する骨軟骨症の病理学的解明、診断と治療処置方法に関する詳細は、まだよく分かっていなことが多いのが現状です。サラブレッドの生産性の向上、世界に通用する強い馬作りを目指して、今後も我が国の気候風土に適した飼養管理方法や疾病に関する調査研究を実施していく必要があります。

日高育成牧場 生産育成研究室

研究役 佐藤 文夫

2021年1月22日 (金)

上気道疾患その2:検査法について

 前回は、競走馬のパフォーマンスに大きな影響をおよぼす上気道疾患である喉頭片麻痺やDDSPなどを紹介しました。今回は、安静時に行われる通常の内視鏡検査以外の上気道疾患検査法について簡単に紹介します。

トレッドミル内視鏡検査
 安静時内視鏡検査では、運動時におこる障害の全てを正確に診断することは出来ません。そこで、運動時の上気道の状態を調べるためにトレッドミルを用いた運動時の内視鏡検査が行われるようになりました。このトレッドミル内視鏡検査は、走行速度や距離などの検査条件を統一して行うことができるのが利点ですが、騎乗者の負担や手綱による操作などがないため、野外における全力疾走中におこる障害が反映されていないことがあります。また、トレッドミルに対する馴致が必要でもあり、トレッドミル内視鏡検査の実施にあたっては細心の注意を払う必要があります。

野外運動時内視鏡検査(オーバーグラウンド内視鏡検査)
 オーバーグラウンド内視鏡検査は、近年用いられるようになってきた検査方法です。内視鏡のバッテリーやポンプ部分などを専用の鞍下ゼッケンに収納し、スコープ部分を頭絡に固定するポータブルタイプの内視鏡を使用します(写真1)。内視鏡の映像だけではなく、マイクを頭絡に装着することで呼吸音も同時に録音できることが特徴です。異常が発生する時の状況を再現して検査を行うことが出来るため(写真2)、安静時では喉頭片麻痺の異常所見が認められなかった競走馬も、オーバーグラウンド内視鏡検査を実施することで、披裂軟骨の内転や不完全外転などの所見を認めることがあります。さらにDDSPや声帯虚脱、咽頭虚脱などの所見が複合的に起こってくることも分かってきました。
 このように、オーバーグラウンド内視鏡検査は野外運動時の上気道の病態把握に非常に有用であり、検査は思ったよりも簡単に行うことができますが、検査実施にあたっては、人馬の安全のために細心の注意が必要なことは言うまでもありません。

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写真1 オーバーグラウンド内視鏡(DRS:Optomed社製運動時内視鏡)

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写真2 オーバーグラウンド内視鏡を装着して運動する馬

咽喉頭部超音波検査
 近年、喉頭片麻痺には喉頭筋の外側輪状披裂筋(CAL)と背側輪状披裂筋(CAD)の変性が起こることが明らかとなり、超音波検査を用いた喉頭筋の評価が喉頭片麻痺の診断指標となることが報告されました。特に安静時で喉頭片麻痺グレードⅢ以上の競走馬の90%では外側輪状披裂筋(CAL)に筋肉の変性・萎縮などの異常が認められたとのデータもあります。筋肉の変性や萎縮が起こっている場合、写真3で示す上記2つの筋肉の厚さや輝度が変化してきます。

おわりに
 オーバーグラウンド内視鏡検査の普及で、競走馬の上気道疾患について様々な所見が分かってきました。運動時内視鏡検査を行わなければ診断できない上気道異常は前回ご紹介した疾患以外にも多く存在しています。咽喉頭部の超音波検査よって診断された外側輪状披裂筋(CAL)の異常所見と運動時の喉頭片麻痺の程度には関連性があることがわかってきましたが、このことは超音波検査によって運動時の披裂軟骨の動きがある程度推測できることを示唆しています。現在、JRAでも競走馬や育成馬における運動時の喉頭機能と喉頭筋の超音波検査所見の関連性についての研究を行っているところです。

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写真3 咽喉頭部のエコー画像
(背側輪状披裂筋:CAL)
(外側輪状披裂筋:CAD)

日高育成牧場業務課 水上寛健

上気道疾患その1

はじめに
 ご存知の方も多いと思いますが、ウマは口で呼吸することが出来ません。それはヒトと咽喉頭部の構造が異なっているからです。ヒトでは軟口蓋が短く喉頭蓋と接していないため、口腔と鼻腔のどちらからでも空気を取り込める形になっています。一方、ウマは軟口蓋の後縁が喉頭蓋に接しているため、物を飲み込むとき以外は常に鼻腔と口腔が隔てられています(図1)。そのため、通常は鼻からしか呼吸が出来ないことになります。

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図1 咽喉頭部の解剖図


ヒトでは、安静時の1分間の呼吸数は12~18回、1回あたりの換気量(1回換気量)は0.45~0.5リットルです。ウマでは安静時の呼吸数はヒトとほぼ同じかやや少ない10~12回程度で、1回換気量は5~6リットルです。そのため、安静時でも1分間に50~60リットルの空気が肺に出入りしています。さらに全力疾走時には呼吸数はストライドと同じ1分間に120~150回になり、1回換気量も12~15リットルとなるため、1分間あたりでは、1,500~2,000リットルもの空気が肺に出入りしていることになります。
 ヒトでもウマでも筋肉を動かすときには、エネルギーを必要とします。そのエネルギーを作り出すときには呼吸によって取り込まれた酸素を使うため、競走馬が全力疾走するときには非常に多くの酸素を取り込む必要があります。上気道に様々な疾患があった場合、十分な換気が行えず競走のパフォーマンスに悪影響を与えます。今回はその上気道の疾患についてご紹介します。

喉頭片麻痺(喘鳴症、のど鳴り)
反回神経の異常が原因で、披裂軟骨の外転に必要な背側輪状披裂筋(CAD)と内転に必要な外側輪状披裂筋(CAL)に萎縮・変性が起こることで発症します(図2)。運動時に喘鳴音(ヒューヒューという高い音)が聞こえ、パフォーマンスが非常に低下するのが特徴です。さらに病状は進行性で、披裂軟骨の外転不全による部分的な上気道の閉塞が起こり、吸気性の呼吸困難に陥ることがあります。確定診断は安静時での内視鏡検査で行います。さらに最近では運動時内視鏡検査を実施し、より詳細な検査が行われています。治療として、喉頭形成術(Tie-back)と呼ばれる披裂軟骨を外転させ固定する外科手術を行います。さらに声帯切除術も合わせて実施することもあります。

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図2 喉頭片麻痺

DDSP(軟口蓋背方変位)
軟口蓋が喉頭蓋の背方(上方)へ変位する疾病です(図3)。変位によって、一時的な閉塞が起こったり咽喉頭部での乱気流が作り出されたりするため、パフォーマンスが大きく低下します。調教時に「ゴロゴロ」という呼吸音が聞こえるのが特徴です。安静時の内視鏡検査では、喉頭蓋が薄い以外ではほとんど異常所見がみられないことが多いようです。多くは運動時に症状が出るため、運動時内視鏡検査によって診断を行います。また、舌縛りや8の字鼻革の使用により、症状が解消することがあります。さらに喉頭蓋が非常に薄い場合もDDSPを発症しやすくなりますが、年齢とともに喉頭蓋が成長して症状を見せなくなります。治療は軟口蓋をレーザーで焼絡する方法や、Tie-forwardと呼ばれる甲状軟骨を底舌骨へ縫合する方法があります。

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図3 DDSP(軟口蓋背方変位)

EE(喉頭蓋エントラップメント) 
 披裂喉頭蓋ヒダが喉頭蓋の背側(上方)を包み込む疾患です(図4)。この疾患は、軽症例ではほとんど問題を生じません。原因は先天的な喉頭蓋の形成不全と考えられています。治療は内視鏡下で先端の曲がったメスやレーザーを使用した切開術を実施します。

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図4 EE(喉頭蓋エントラップメント)

おわりに
 競走馬にとって喉頭片麻痺をはじめとした呼吸器の疾患は、最高のパフォーマンスを出すのに非常に密接に関わってきます。次回はこれら上部気道疾患に対する最近の検査方法についてご紹介します。

日高育成牧場業務課 水上寛健

前肢における著しいコンフォメーション異常が市場および競走成績等に及ぼす影響

はじめに
コンフォメーションとは、馬の外貌から判断できる骨格構造、パーツの形状や大きさ、バランス、角度等のことをいいます。コンフォメーションに異常のない馬はスムーズに走行できると考えられます。一方、オフセットニーやクラブフットなどのコンフォメーション異常(Abnormal Conformation:以下AC)は競走成績に悪影響を及ぼすと考えられており、市場では敬遠される場合があります。しかし、わが国のサラブレッドにおけるACに関する報告はなく、市場成績や競走成績に及ぼすACの影響は明らかにされていません。
今回は、サラブレッド1歳市場における馬体検査で著しいACを認めた馬について、市場成績や競走成績、競走期の運動器疾患発症率に関する調査を実施しましたのでご紹介させていただきます。


調査方法
調査対象馬は2009~2013年に開催されたサラブレッド1歳市場(セレクトセール・セレクションセール・サマーセール)の上場馬6,768頭としました。2名以上のJRA獣医師およびJRA装蹄師が馬の外貌や歩様を確認して、一般的な購買者が忌避するような、程度の著しいACを認めた馬(AC群)のみを抽出し、それ以外を対照群としました。ACの抽出項目は全て前肢におけるもので、オフセットニー、凹膝、起繋、X脚、外向、クラブフットの6項目(図1)としました。各群における市場成績(売却率および中間価格)と競走成績(3歳末までの出走率および初出走までに要した日数)を調査しました。また、最初の競走馬登録が中央競馬であった4,574頭を対象として、ACを認めた肢の競走期における浅屈腱炎、繋靭帯炎、前肢骨折、腕節構成骨々折の発症率を調査しました。

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(図1)

結果
調査の結果、200頭がAC群として抽出されました。その内訳は、オフセットニー102頭(1.49%)、凹膝40頭(0.58%)、起繋16頭(0.23%)、X脚16頭(0.23%)、外向15頭(0.22%)、クラブフット11頭(0.16%)でした。市場成績に関して、サマーセールでは対照群と比較してAC群の売却率が有意に低く(グラフ1)、項目別ではオフセットニーの売却率が有意に低くなりました(グラフ2)。競走成績に関して、対照群と比較してAC群の出走率、初出走までに要した日数(グラフ3)および運動器疾患発症率(グラフ4)には有意差を認めませんでした。項目別では、クラブフットの出走率が対照群と比較して有意に低かったものの、初出走までに要した日数および運動器疾患発症率について有意な差はありませんでした。その他のAC項目については、出走率、初出走までに要した日数および運動器疾患発症率について有意な差はありませんでした。

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(グラフ1)

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(グラフ2)

4_8(グラフ3)

5_2(グラフ4)

最後に
本調査では、ACの影響をより明確にするために著しい異常のみを抽出したため、軽度の異常まで抽出した過去の報告(オフセットニー:12.9%、凹膝:4.2%、〔Love 2006〕)と比較してACの出現率が低かったものと思われます。市場成績調査の結果から、ACは馬の市場評価に負の影響を及ぼすことが示されました。しかし競走成績調査の結果をみると、対照群と比較して有意な差を認めた項目はクラブフットの出走率のみであり、他にはACの影響は認められませんでした。
これらのことから、ACが競走期の下肢部に及ぼす影響は、我々関係者が認識しているほど重大ではなく限定的であると考えられました。ただし、本調査においては抽出頭数が少なく統計学的結論が得られなかった項目も複数認められており、更なるデータ蓄積が必要であると考えられました。

馬事公苑・専門役 宮田健二(前・日高育成牧場業務課)