馬事通信 Feed

2021年12月24日 (金)

機能水の使用方法について

機能水とは

 日本機能水学会は機能水を次のように定義しています。「人為的な処理によって再現性のある有用な機能を付与された水溶液の中で、処理と機能に関して科学的根拠が明らかにされたもの、及び明らかにされようとしているもの」。難しいことを言っていますが、実際に現場でよく使用されているものとしては、皮膚炎に対する予防や治療を目的とするオゾン水や微酸性次亜塩素酸水(ビージア水)等があります。今回はこれら2つの機能水の使用方法および注意点について説明していきたいと思います。

オゾン水とは

 オゾンが水に溶けたものをオゾン水と呼びます。オゾンは酸素から作られますが、数秒から数分で酸素に戻るため、有害な残留物を残さず安全に使えます。オゾンの殺菌・消臭効果については、オゾンが化学的に不安定な物質であるため、安定した酸素に戻る際の酸化作用により発揮され、一般的な細菌・真菌・ウイルスに効果があるとされています。

オゾン水の使用方法および注意点

 オゾン水は馬体洗浄後に直接馬体にかけるのが理想です。そして菌やウイルスを死滅させるには90秒程度の接触が必要とされています。

 注意点としては、オゾン水を容器に汲んでから使用する場合や、タオルに浸して使用する場合は、それらが汚れていると殺菌効果が損なわれてしまいます。またオゾン水中のオゾン濃度は生成10分後には半減(1時間後には6分の1)してしまい効果が低くなるため、容器への保存は避けるべきです。特に冬季では温かい水で使用したくなりますが、温度が上がるにつれオゾン濃度は低くなるので、冷水のまま使用した方が効果は高いです。

微酸性次亜塩素酸水(ビージア水)とは

 ビージア水は次亜塩素酸ナトリウムと希塩酸を反応させ、pH5~6.5(微酸性)に調整したものです。人肌も微酸性で、ビージア水がこれに近いことから肌や粘膜への刺激が少なく殺菌や消臭の効果があります。

 ビージア水は次亜塩素酸の酸化力によって殺菌・消臭効果があります。次亜塩素酸という物質は化学的に不安定な物質であるため、別の物質と結合して安定しようとします。この際に菌と接触すると菌の構成する物質と反応して、殺菌作用を発揮します。 

ビージア水の使用方法および注意点

 オゾン水同様、馬体洗浄後に直接馬体にかけるのが理想で、汚れた容器やタオルを使用すると馬体にかけるまでに効果が失われます。ビージア水は30秒程度の接触で殺菌効果があり、温水での使用も可能です。また、容器での保管も可能ですが効果が損なわれないようには、冷暗所での保管が推奨されます。

 機器の設定によっては高濃度で生成することもできます。容器への保存やお湯で薄めて使う場合など便利ですが、そのまま使用してしまうと逆に皮膚に炎症を起こすことがありますので、適切な濃度でご使用ください。

まとめ

 馬体や容器・タオルなどが汚れていることで、機能水の効果が十分に発揮されなくなるので、効果が感じられない際は使用方法を見直してみてください。また、重度の皮膚炎や化膿している場合は抗生物質や抗真菌剤の投与などの治療が必要になってくるので、その際はお早めに獣医師へご相談ください。

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JRAで使用しているオゾン水生成機BT-01H       

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JRAで使用しているビージア水生成機BJS-720

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管部の皮膚炎に対してオゾン水を流している様子。短時間で終わらないことが重要

日高育成牧場 業務課 久米紘一

2021年12月13日 (月)

セレン過剰症について

セレンについて

 セレン(Se)というミネラルをご存じでしょうか。おそらく一度は配合飼料の成分表に書かれているのをご覧になったこともあるでしょう。このミネラルは馬には必須の微量ミネラルで、グルタチオンペルオキシダーゼの主要な構成成分としてビタミンEとともに細胞の抗酸化作用などに重要な役割を果たしています。その欠乏症は「白筋症」として知られ、栄養的な筋障害を引き起こすことが知られています。一方、過剰症の急性症状としては、視力低下、発汗、疝痛、下痢などがあり、「アルカリ病」として知られる慢性症状では、たてがみや尾の脱毛、蹄の変形や裂蹄などが認められ、いずれも重症の場合には死に至ることもあります。

国内で初めての過剰症の発生

 よく管理された競走馬においては中毒など起こりえないと考えがちですが、数年前に国内の競走馬おいて、セレン過剰症を原因とする蹄疾患(全周性の亀裂:写真1)が続発し、数十頭の馬が罹患したことがありました。ほとんどの症例で蹄葉炎に類似した症状が共通していましたが、消炎剤の投与や蹄の支持療法等の通常の蹄葉炎に対する治療への反応も乏しく、疼痛のコントロールができないまま多くの競走馬が予後不良となりました。これまで経験のない症状であったため診断に苦慮しましたが、発症馬の血液から正常値を上回るセレンと蹄の病変部やたてがみからも高濃度のセレンが検出されたことなどから、セレン過剰症と診断できました。しかしながら、通常獣医師が行う血液検査における一般的な測定項目ではないことから診断がつきにくいことに加え、その治療にも限界があることなどもあり、治療よりも発症させないことのほうが重要といえます。

海外での報告例

 海外の報告をみると、馬のセレン過剰症はセレンを多量に含んだ植物の摂取やアメリカ中西部などの土壌中のセレン濃度が高い地域で栽培された飼料の摂取により起こることが一般的な原因とされています。また、サプリメントや注射により発生したケースも報告されており、2009年に米国で開催されたポロ競技大会では、不適切な調合のセレン入りのビタミン剤が投与され、投与を受けた21頭全頭が投与後3~24時間の間に急性中毒で死亡したという報告もあります。

 現在国内で利用されている牧草の多くが、セレン濃度が低い土壌の国内産やアメリカ北西部からの輸入牧草がほとんどですので、牧草由来のセレンについてはそれほど心配しなくてもよいかもしれません。しかしながら、近年では栄養の強化された様々な種類の配合飼料やサプリメントが利用されていますので、配合飼料の使用にあたっては、エネルギーや蛋白質量といった項目だけでなく、セレンをはじめとした微量元素についても確認をする必要があるといえるでしょう。

適切な摂取を

 セレンの詳細な体内動態や明確な要求量は明らかにされていません。一般的に成馬のセレンの最大許容量は20 mg/日(乾物飼料1kgあたり2mg)で、これを超えると中毒症状が起きる可能性があるとされています。通常、1~2mg/日の摂取が目安とされており、FDA(アメリカ食品医薬品局)でも「一般的な成馬」での摂取量が3mg/日を超えないようにと注意を促しています。運動強度の高い馬においては、抗酸化作用を期待してそれ以上の摂取が必要だという意見もあるようです。いずれにせよ、要求量と中毒量が近く安全域の狭いミネラルであるということも忘れずに、適正な摂取量となるよう心掛けていただければ幸いです。

pastedGraphic.png 写真1:国内で発生したセレン過剰症の馬の蹄

pastedGraphic_1.png  写真2:同じ馬の蹄X線画像

日高育成牧場業務課長  立野大樹

2021年11月22日 (月)

競走馬の長距離輸送について

 国内における馬の輸送は、周知のとおり主に馬運車というトラックで行われます。競馬開催のためや近隣の種馬場までの輸送なら数時間程度ですが、休養のために本州から北海道の牧場まで輸送するなど、長時間の輸送が必要な場合もあります。このような場合に、馬の健康を害さないように輸送するためにはどのようなことに気を付けるべきなのでしょうか。

輸送後に頻発する発熱(輸送熱)に注意

 輸送に際して最も問題となるのは輸送熱です。輸送熱は輸送のストレスなどが引き金となって起こる発熱で、細菌感染が重症化すると肺炎を起こす極めて注意が必要な疾患です。輸送熱の主な病原菌は、馬の気道に常在している(常にいる)細菌であることが知られており、輸送による疲労やストレスにより馬の免疫機能が低下することで、感染が成立して発症すると考えられています。また、誘因の一つとして、輸送中に排出された糞尿による空気の汚染も挙げられます。馬運車内の空気中に糞尿由来のアンモニアなどが充満すると、普段問題とならない細菌に感染しやすくなってしまうのです。

 過去の調査により、輸送が20時間以上かかると輸送熱の発症率が大幅に上昇することが分かっています。これを予防するために、輸送前の抗生剤投与などが行われ、大きな成果が出ています。一方で、抗生剤の副作用で腸内細菌が悪影響を受ける可能性があり、これが一因と疑われる腸炎の発生も確認されています。

 JRAの育成部門では、毎年北海道の1歳セリで購買した馬をJRA宮崎育成牧場まで、所要時間にしておよそ40時間以上かかる輸送を行っています。この環境を利用し、抗生剤投与以外の方法で、いかに輸送熱を予防するかを目的とした研究を行ってきました。そこから得られた知見をいくつかご紹介いたします。

※現在は中継地点で1泊休憩を入れるスケジュールで輸送しています

車内環境を整える

 馬運車内の空気中の細菌やアンモニアなどの有害物質を除去する目的で、次亜塩素酸水の噴霧を行う実験をしました。次亜塩素酸水は近年の新型コロナウイルス対策で手の消毒などにも用いられている消毒薬です。その結果、次亜塩素酸水を噴霧した馬運車では、空気中のアンモニア濃度と細菌数が減少することがわかりました(写真1)。また、輸送後の鼻腔スワブ(鼻の中の拭い液)にいる細菌の数も噴霧群のほうが少なかったことから、空気をきれいにすることは輸送熱の予防に有効であると考えられました。消毒薬を使用しなかったとしても、馬運車内の換気を十分にし、新鮮な空気に入れ替えることが重要だと思われます。

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 写真1:空気中の細菌数は次亜塩素酸水噴霧群の方が対照群よりも少なくなった

中継地点での休憩は効果あり

 輸送中の馬は、揺れるトラックの荷台に繋がれ、立ったまま過ごします(写真2)。そのため、肉体的な疲労や精神的ストレスにさらされ、非常に過酷な状況であるといえます。そこで、北海道から宮崎までの中間地点で馬を下ろし、馬房内で一晩休ませた時の反応を調べました。ストレスがかかると上昇する指標である、血中コルチゾール濃度を調べたところ、休憩の前後でコルチゾール濃度は明らかに下がり、ストレスが軽減していることがわかりました。また、血中の免疫細胞の数も休憩前後で増加したことから(図1)、輸送熱の原因菌への抵抗力が上がり、感染症にかかりにくくなる効果もあると考えられました。

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写真2:輸送中の馬は立ったまま馬運車に揺られている

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図1:休憩前後で免疫細胞数は増加した

 以上のように、輸送中の車内環境を改善すること、そして馬の疲労やストレスを軽減することは健康な状態で馬を輸送するために重要なことであると言えます。先ほどの例のように、日本を縦断するほどの長時間輸送をする機会は少ないかもしれませんが、長い時間輸送する場合にはできるだけ疾病リスクを下げられるよう心がけましょう。

日高育成牧場 業務課 竹部直矢

2021年10月29日 (金)

これからの寄生虫対策

 馬を管理する上で、消化管寄生虫対策は必要不可欠なもののひとつです。古くから寄生虫対策といえば駆虫薬を投与すればよい、くらいにしか考えられてきませんでしたが、近年、駆虫薬耐性虫の出現が世界的に報告されるようになり、従来の寄生虫対策が見直されるようになってきました。今回は、最新の対策法として海外の獣医師団体(米国馬臨床獣医師協会:AAEP)により提言されている寄生虫対策の概要を紹介します。

駆虫薬耐性虫とは

 駆虫薬耐性虫とは、駆虫薬が効かない虫、ということになりますが、最近話題のウイルスの変異と同じ理屈で遺伝子の変化が起き、実は昔からときどき出現していた可能性があるのですが、少数すぎて寄生虫同士の生き残り競争に敗れ、増えることができない状況にありました。ところが、この寄生虫群に同じ駆虫薬を繰り返し投与し続けると耐性虫だけが生き残るようになり、耐性虫同士の交配が増加し、結果的に耐性虫が多数を占めるようになったと言われています(図1)。

 同じ駆虫薬が繰り返し使われてきた理由としては、使用できる駆虫薬が数種類しかないうえ、新しい駆虫薬の開発がうまくいっていない、という事情があります。その理由として、ウイルスや細菌に比べて寄生虫は高等な生き物であるため、その分対応が難しいというのがまずありますが、開発にかかるコストと需要のバランスなど、製薬会社側の都合も複雑に絡むのでなんとも説明ができません。

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図1:耐性虫の出現

寄生虫対策

 このような状況を受けて、従来の駆虫薬を使用しつつ耐性虫を増やさないための対策が進んできています。その最終的な目標は、①栄養失調や消化管の閉塞など寄生虫感染によるリスクを最小限にする、②虫卵排出を減少させる、③駆虫薬耐性虫の出現を抑えて有効な駆虫薬を後世に残すこととされており、耐性虫を全滅させることは諦めた、ということになります。①と②は、従来の寄生虫対策とほとんど同じで常識となりつつあるので詳しい説明は省きますが、寄生虫感染の影響が大きい若馬を中心に計画的に駆虫を実施して馬の体から寄生虫を減らしつつ、ボロ拾いや拾ったボロの確実な堆肥化・放牧地のローテーションやハローがけといった寄生虫にとって生きにくい環境の維持に努めることを提言しています。そして③の部分が、近年特に変わってきた部分です。

耐性虫出現を最小限に

 耐性虫をできるだけ出現させないために提言されているのが、計画的な駆虫プログラムにおいて「使用する駆虫薬に同じものばかり使用しないこと」と、「耐性虫の出現をいち早く検知すること」です。前者は、図1で説明した通りです。一方、耐性虫の出現をいち早く検知するには、これまでの寄生虫卵検査を応用することで可能となります。簡単にいうと、これまでは感染している寄生虫の「種類」と糞便中に排出される虫卵が「多いか少ないか」ということが分かる程度でしたが、駆虫薬投与前後に虫卵数をカウントする「糞便虫卵数減少試験」により、虫卵の減少率を調べることで耐性虫の存在を確認することができます(図2)。また、ある駆虫薬を投与してから毎週虫卵検査を実施する「虫卵再出現期間」により当該駆虫薬の有効期間を確認することで、耐性虫の出現をいち早く把握できると言われています(図3)。

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図2:糞便虫卵数減少試験

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図3:虫卵再出現期間

 わが国においても、今回ご紹介したような寄生虫対策を進める必要があるのですが、解説したように現状を把握していなければ、最適な対抗手段をとることができません。今後、JRAも参加している「生産地疾病等調査研究」において牧場それぞれの寄生虫対策や駆虫状況を調査・分析し、結果およびそれに適した対策をフィードバックしたいと考えておりますので、その際は調査にご協力くださいますようお願いします。

日高育成牧場 生産育成研究室  琴寄泰光

2021年10月 5日 (火)

JRAホームブレッドの馴致

 今回は、日高育成牧場でJRAホームブレッドに対して行っている馴致について、中でも特に1歳秋にブレーキングを行う前までの当歳から1歳夏にかけての馴致の内容についてご紹介したいと思います。

母子の引き馬

 引き馬の躾は生後翌日から開始します。日高育成牧場では一人で母子を保持するやり方を行っています。将来的に「子馬を左側から引く」ことを教えるため、位置関係は「人の左に母馬、右に子馬」としています(図1)。左手で母馬のリード(引き綱)を保持し、右手で子馬の左側から頚をかかえるようにします。このようにして子馬の左肩の位置に人がいる「引き馬の位置関係」を教えます。特に生後2ヶ月までの間は、頚部へのダメージを防止するため、子馬にはリードを使用しません。

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図1. 人の左に母馬、右に子馬の位置で母子を引く

駐立の練習

 将来的に検査者の前で馬の左側を向けた左表(ひだりおもて)で四肢が重ならないように立たせることができるように、写真撮影などの機会を通して駐立の練習を行っています(図2)。最初は前後に人が立ち、プレッシャーとその解除により前進後退を行いながら、馬を人に集中させます。まず軸肢(左前肢と右後肢)の位置を決めます。左前管部を地面に対して垂直にし、軸を動かさないまま馬を前後に動かして右前肢と左後肢の位置を決めます。馬の立ち位置が決まったら保持者は後退し、リードを緩めます。馬の接近および前傾姿勢を回避するため、後退する前に人馬の距離を保持するためのプレッシャーをかけます。周囲に人がいない状況できちんと駐立できるようになったら、場内見学バスツアーなどの機会を通して人に囲まれている場面でも同じことができるように慣らしていきます。

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図2 写真撮影を通して駐立の練習をする

離乳後の馴致

 離乳後は母馬の存在がなくなるため、子馬が精神的に不安定になります。人間が子馬のリーダーであることを再認識させるとともに、人馬の1対1の関係を強化する上で大切な時期となります。集放牧の際に前の馬と一定の距離をとって歩かせることで、周囲に他の馬の姿が見えなくなっても鳴かない馬を作ることができます。また、ビニールシートを通過させるなどの機会を設け、人が課題(ビニールシートの通過)を与えてプレッシャー・オンの状態にし(リードを引く)、それに従えばプレッシャーはオフになる(リードは緩められる)ということを繰り返すことで人の指示に従うことを教え(図3)、人馬の1対1の関係を強化することができます。

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図3 ビニールシートを通過させることで人の指示に従うことを教える

“インディペンデント”な馬を作る

 馴致を通して、騎乗せずに「人が馬のリーダーとなること」や「人馬の信頼関係」を教えることが可能です。このため、集放牧を躾の機会と捉えて、普段からこれらを意識した引き馬を繰り返し実施することが重要です。子馬の引き馬で重要なことは、「人の指示に従って歩くこと」と「子馬自身のバランスで歩くこと」の2点です。「自身のバランス」とは、子馬が歩く際に「引っ張られたり、押されたりしない」状態であり、人間の指示に従った上で馬自らが意思を持って歩くということです。言わば“インディペンデント(独立した、他に頼らない)”な馬を作るということで、このことができていればブレーキングが始まった後、非常にスムーズに調教を進めることができます。

 日高育成牧場では、以上のような点を心掛けて日々ホームブレッドの馴致を行っています。今回の記事が、皆さんの愛馬の管理に少しでも参考になりましたら幸いです。

JRA日高育成牧場 専門役 遠藤祥郎

2021年9月22日 (水)

当歳馬へのローソニアワクチン投与について

 本年も当歳馬を離乳する時期となりましたが、離乳は子馬にとって非常に大きなストレスのかかる出来事です。生産者のみなさまは、いかに離乳によるストレスを軽減して、子馬を無事に育てていけるかを考えていることかと思います。離乳後の当歳馬に頻発して成長を阻害してしまう病気として、ローソニア感染症をご存じの方も多いと思います。今回は、ローソニア感染症を予防するためのワクチン投与方法について、最近の知見を交えながらご紹介していきたいと思います。

経済的損実を伴う当歳馬のローソニア感染症

 ローソニア感染症は、Lawsonia intracellularisという細菌の感染によって引き起こされる病気です。小腸の粘膜細胞内で増殖して下痢などの腸炎症状を起こすことから、馬増殖性腸症とも呼ばれています。腸管粘膜の細胞が異常に増殖して栄養の吸収に障害が生じることから、短期間で体重が減少して削痩してしまうことが大きな問題となります。下痢が主な症状の一つですが、症状として示さない場合もあり、そのような場合は発見が遅れてしまい、回復までに時間がかかってしまう場合もあります。したがって、本病が最も頻発する離乳後の当歳馬に、元気消沈や体重減少、低たんぱく血症に由来する浮腫(むくみ)などの臨床症状を認めた場合には、すぐさま獣医師に相談して早期発見・早期治療をすることが重要になります。

 発症が認められた場合であっても、テトラサイクリン系やマクロライド系の抗生剤を用いて適切に治療を行えば、予後は良いと言われています。しかしながら、重篤な症例においては、長期間(数週間)の投薬により多大な治療費がかかることがあります。また、治療に成功したとしても、減少した体重が元に戻るまでには数か月を要することもあり、感染した当歳馬が1歳馬になった時点でも影響が残ることが考えられます。アメリカで行われた調査では、同じ種牡馬の産駒をローソニアに感染した馬と感染していない馬に分け、1歳セリでの売却価格を比較したところ、感染した馬の価格が有意に低かったことが報告されています。このように、ローソニア感染症に当歳馬がかかると、多くの点で経済的な損失を被ることになります。

菌の侵入防止が困難

 発症を防ぐためには、原因菌の侵入を防ぐことが求められます。パコマやビルコンといった軽種馬産業で一般的に用いられている消毒薬は有効ですので、発症馬が認められて厩舎を消毒する際には、積極的に使用することが勧められます。しかしながら、発症が認められた場合には、すでに同居馬の多くが症状を示さない状態で感染(不顕性感染)していることが知られており、厩舎内に菌が蔓延しているものと考えられます。保菌している馬は、最大で半年以上も菌を排出することが知られており、さらに排出された菌が糞中で2週間にわたって生存することも知られています。つまり、一度汚染されてしまった厩舎を清浄化するには多大な労力が必要となります。

 Lawsonia intracellularisは豚に感染することが良く知られているほか、ネズミ、ウサギ、シカといった野生動物にも感染することが知られています。最新の遺伝子解析の結果からは、馬に感染する菌は豚に感染する菌とは遺伝的に遠い系統である一方で、野生動物に由来する菌とは近い系統であることが判明しています。そのほか、ローソニア感染症の発生した農場において、捕まえたネズミの70%以上が保菌していたという調査結果もあります。以上のことから、馬のローソニア感染症においては、ネズミや野生動物が原因菌を媒介している可能性が考えられ、厩舎内への菌の侵入を防ぐことは非常に困難であると思われます。

ワクチン投与方法

 原因菌の侵入防止が困難であるローソニア感染症の予防のために、豚用弱毒生ワクチンが開発されており(写真1)、世界各国で使用されています。馬での使用方法は、当歳馬1頭に対して30mlを30日間隔で2回にわたり、経直腸(肛門から)で投与します(写真2)。投与時期は、離乳前に投与することが理想的ですが、寒くなった時期の寒冷ストレスでも発症することが知られていることから、当歳の秋までに投与を完了することが求められます。もしも発症馬が出た場合には、その厩舎全体が菌により汚染されることになりますので、厩舎内にいるすべての当歳馬に投与することが重要です。

 豚でのワクチン投与方法は経口(口から)による方法が承認されており、簡便さを考えると馬でも経口で投与を行いたいところです。しかし、海外での当歳馬を用いた経直腸と経口を比較した投与方法の検討結果によると、経直腸の免疫付与効果の方が高かったことが報告されています。さらに、JRAが1歳馬を用いた投与方法を比較した調査においても、同様に経直腸の免疫付与効果の方が高いという結果が得られています。

終わりに

 2009年に国内で初めて確認された馬のローソニア感染症は、現在でも多くの牧場で感染が続いています。発症馬に対する経済的損失が大きいことや汚染された厩舎を清浄化することが困難なことから、当歳馬に対するワクチン投与は非常に有効な対処法となります。現時点では、市販されているワクチンは馬では承認されていませんが、現在馬での承認を目指して研究が続けられています。今回の記事を参考にしてワクチン投与を行い、ローソニア感染症にかかる当歳馬が1頭でも少なくなることを願っています。

日高育成牧場 業務課 岩本洋平

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写真1 豚用弱毒生ワクチン

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写真2 当歳馬への経直腸投与の様子

2021年8月31日 (火)

蹄壁異常の症例紹介

 暑さが厳しいなか、皆様も忙しい毎日を過ごされていることと思います。さて今回の「強い馬づくり最前線」では近年、美浦トレーニングセンターにおいて確認された、複数肢同時期に発症する全周性の蹄壁異常を示す蹄疾患と、それに対して行われた装蹄療法についてご紹介したいと思います。

 

~症状~

 まず、この蹄疾患の症状として蹄の熱感、疼痛、指動脈の拍動強勢、強拘歩様を呈し、そして最大の特徴は複数蹄の同じ高さに異常が起こる点です(写真1)。歪(ゆが)みや横裂が顕著になった蹄では激しい疼痛と、蹄骨の変位、排膿も確認されました。当初は蹄葉炎が疑われましたが、蹄壁に異常な歪みと横裂を有する特異的な症状を示しており、病変部分の蹄角質やたてがみからセレンの高度沈着が確認されたことから、セレン過剰症が原因だったのではないかと考えられました。

1_2写真1

~蹄の歪みとセレンの関係~

 セレンとは自然界の水や土壌などに含まれる元素で、人や馬にとってごく少量ながら必要とされる栄養素であることから必須微量ミネラルと言われています。適量を摂取することは必要なのですが、過剰に摂取すると人では脱毛や爪の変形、嘔吐や下痢、神経過敏などの症状が出ることがあると言われています。

 馬での報告は少なく、よくわからないところが多いのですが、セレン過剰により広範囲に横裂が生じる原因として、セレンが過剰に摂取された期間に生成された角質部がセレンの高度沈着により脆弱化し、その部分が力学的ストレスに耐えられなくなり、歪みや横裂などの異常が起こるのではないかと考えられています。

 

~装蹄療法~

 昨年11月に行われた「第62回競走馬に関する調査研究発表会」において、美浦トレーニングセンターの大西らがこの症状を呈した競走馬3頭に対して新しい装蹄療法を行い、良好な成績が得られたとの報告がありました。

 この装蹄療法では物理的疼痛や力学的ストレスの緩和、失われた蹄壁堅牢性の補強を目的として次のように実施されました。

  • 横裂部周囲の脆弱な角質を可能な限り除去(写真2左上)
  • 深屈腱への緊張の緩和を目的とした極端な短削(写真2左上)
  • 地面の凹凸からの影響を軽減するため、遠位角質を可能な限り鑢削(写真2左上)
  • アルミプレート(写真2左下)とエクイロックスにて上下の蹄壁に橋を渡すように接着補強(写真2右)
  • 蹄壁の堅牢性を確保するのと同時に蹄機作用を抑制するため、プレート下端が蹄鉄に乗るように接着装蹄(写真2右)
  • 横裂の一部を排膿口として利用

 

2写真2

 急性期では、蹄葉炎予防と、蹄壁にかかる力を蹄底に分散させるため、蹄底充填剤を使用し(写真3左)、また、蹄全体をキャスト固定(写真3右)することで蹄機の抑制や蹄壁の補強を高めることもありました。その後、蹄の状況に合わせて改装を行い、今回装蹄療法を実施した馬では、約4~7ヵ月ほどで、蹄釘での装蹄ができるようになって装蹄療法は終了となりました(写真4)

3写真3

4_2写真4

~最後に~

 深い全周性の歪みや横裂が生じる症例は、単肢に起こるだけならばそこまで難しいことにはならなかったと思われます。しかし、今回は、複数肢同時期に蹄壁異常が発生し、負重の偏りが起こることで、蹄葉炎のリスクと装蹄療法の難易度が非常に高くなったそうです。今回、これまで経験のない症状に遭遇したわけですが、状態を精査し的確な方法を考え出すことで装蹄療法が成功し、健常な蹄に更新することができたのだと思います。

 今回ご紹介した症例を通して、少しでも皆様の参考になることができましたら嬉しく思います。

日高育成牧場 装蹄師 荻島靖史

人馬の信頼関係の強化:鈍化編 ~リトレーニングプログラムの応用~

はじめに

 昨年10月の馬事通信「強い馬づくり最前線第249回」では、馬の『パーソナルスペース』を活用した『駐立』調教についてご紹介させていただきました。今回は、様々な『刺激』に慣らすと同時に『刺激』を区別することを教える『鈍化:Desensitization』についてご紹介します。

 

鈍化(Desensitization)とは?

 『鈍化:Desensitization』とは、馬が怖がるような不快な『刺激』を受けても、恐怖心を克服して常に平静を装うことを教えるトレーニングです。しかし、『鈍化』は馴化(じゅんかHabituation:刺激に馴らす作業)とは異なります。『馴化』だけを実施すると、人がどんなに働きかけても動かない、鈍感なだけの馬になってしまいます。『鈍化』は、突然の物音等の『感じてほしくない刺激』には動じず、扶助や合図などの『感じてほしい刺激』には敏感な馬を育てるための調教です。

『馴化』の調教法

 馬は、不審(不快)な『刺激』を察知したら即座に逃げる生き物です。逃げることで身を守りますが、いつまでも逃げ続けるわけではありません。危険から逃げ続け、疲れ果ててしまっては新たな危機に対応できません。しばらく逃げたら立ち止まって安全を確認します。『馴化』は、馬が『逃げた後に立ち止まる』習性を利用します。『馴化』に際して、我々は釣り竿に括り付けたビニール袋(写真①)を利用します。釣り竿を振ってビニール袋を揺らすと馬は逃げます。逃げるのは身を守るための当然の行動であり、悪いことではありません。無理に抑えずに馬と一緒に動きながらビニール袋を揺らし続けます。立ち止まったら即座に止めて『刺激』を“Off”にし、馬を誉めます。もう一度同じ様に揺らしても、馬は最初ほど驚かず、逃げてもより短い時間で立ち止まります。同じことを繰り返すうちに、『刺激』を受けても我慢(駐立)を選択するようになります。このような刺激に馴らすためのコツは、一定のリズムで動かし続けることです。また、小さな刺激から徐々に馴らしていくとよいでしょう。最初はビニール袋のみを手で保持して馬体を触ることから馴らすと容易かもしれません。

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写真①釣り竿に括り付けたビニール袋による馴化

 ビニール袋を用いた馴化で大切なことは、『刺激』を“Off”にすることで馬を止めるのではなく、馬が止まったら “Off”にすることです。“Off”のタイミングを間違えると、馬は『逃げれば刺激から解放される』と誤解してしまい、リアクションは変わらないか、より大きくなります。怖がる『刺激』や嫌がるポイントは、馬によって異なります。ビニール袋は我慢できても、ビニール傘やブルーシートを怖がる馬もいます。また、馬体の左から受ける『刺激』は我慢できても、馬体の右側や顔の周り、下肢周辺、後方からの『刺激』を我慢できない馬はたくさんいます。『刺激』の種類や敏感な部位に違いがあっても、トレーニングの要領は変わりません。『リーダー』である人から不快な『刺激』を受けても、立ち止まって我慢すれば “Off”にしてもらえることを理解させます。このようにして『刺激』と『反応』を結びつける(条件づける)手法を、心理学では『負の強化』と呼びます。

『鈍化』への発展

 先ほどもお話しした通り、『馴化:負の強化』のみでは鈍感なだけの馬ができてしまいます。動じない、しかし『リーダー』の合図には敏感に反応する馬を作るためには、『刺激』を区別することを理解させなければなりません。文章にすると難しく感じますが、調教方法は単純です。『馴化』のトレーニングの合間に、グラウンドワークによる停止・発進、パーソナルスペースを利用した働きかけを織り交ぜます。『感じてほしくない刺激』を与えて我慢させたい時には『ホー』などの馬を落ち着かせる音声扶助を、発進の合図などの『感じてほしい刺激』を与える際は舌鼓などを併用するのも効果的です。

 セリ会場のような、初めて訪れる場所で馬を落ち着かせるのは大変です。しかし、『鈍化』がマスターできるような信頼関係が構築できていれば、グラウンドワークの手法で馬の注意を『リーダー:人』に集中させることも、馬が怖がる『刺激』に短時間で慣らすことも可能だと思います。

終わりに

 JRAでは、人馬が理解し易い『簡易なリトレーニング手法の普及』を目的として、昨年6月に“引退競走馬のリトレーニング指針(サラブレッドの理解とグラウンドワーク)”という冊子を作成しました。これまで4回にわたって紹介した内容は、全てこの冊子に基づいています。リトレーニング指針の基本理念は、馬の生活や思考様式を理解し、人が要求することを馬に“問いかけ”、馬自身に“回答を導き出させる”、つまりは『馬の視点』で問題の解決方法を考えることです。このようなアプローチは、馬の品種や年齢、性別に関係なく有効だと考えています。冊子に興味をお持ちの方は、下記までご連絡下さい。

 馬事公苑 宇都宮事業所 ☎028-647-0650(月・火曜定休)

馬事公苑 診療所長 宮田健二

 

母乳中の栄養成分について

はじめに

 生後まもない子馬にとって母乳は唯一の餌であり、そこに含まれる栄養が健康な成長にとって不可欠であることは言うまでもありません。母乳が子供にとって重要な栄養源であることは全ての哺乳動物において共通ですが、動物種により母乳に含まれる栄養成分は少し異なります。今回は、馬の母乳中の栄養についてお話しします。

 

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馬の母乳中の炭水化物・脂質・タンパク質

 馬の乳中の炭水化物、脂質およびタンパク質含量について、牛およびヒトの乳と比較します(表1)。乳中に含まれる炭水化物のほとんどは乳糖ですが、馬の母乳中の乳糖含量は5~6%であり、牛より多くヒトより少なく、一方で、脂質含量は2~3%であり、牛やヒトに比べて低いことが知られています。馬の母乳中のタンパク質含量は、1.7~2.2%であり、ヒトより多く牛より少なくなっています。母乳中のタンパク質含量は、生まれてからの成長速度が早い哺乳動物ほど多いことが知られています(図1)。タンパク質はエネルギーの基質であると同時に、筋肉や骨などの基となる物質ですから、成長が早いほどタンパク質の需要が高まることからこの関係は当然であるといえます。馬の成長速度は早い印象がありますが、実際は他の哺乳動物に比べると早くはありません。肉食動物に捕食されやすい動物ほど早く成長するよう進化してきた一方で、出生時すでに体が大きく、速く走ることのできる馬や、危険から逃げる知恵のあるヒトは、進化の過程において早い成長は必要なかったのかもしれません。

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 海外の指導書等において、馬が母乳を飲めなくなったときに、通常の牛乳でなく市販の低脂肪乳にグラニュー糖などを加えて給与することで牛乳を代用乳として利用することは可能であるように記載されていることがあります。しかし、牛乳と馬の母乳ではタンパク質含量が異なると同時に、タンパク質の種類にも違いがみられます。乳中のタンパク質は、ホエー(乳清)タンパク(以下 ホエー)とカゼインタンパク(以下 カゼイン)の2種類に分けることができ、乳からチーズがつくられる過程において、チーズの原料である沈殿物に含まれるタンパク質がカゼインで、上澄み液に含まれるのがホエーです。ホエーは、カゼインに比べ消化吸収されやすいのですが、牛乳中のホエーはタンパク質全体の20%以下であるのに対して、馬の乳中のホエーはタンパク質の約40%を占めます。すなわち、子馬は、牛乳に比べ母乳のタンパク質を速やかに消化吸収できることになります。このことから、牛乳の糖や脂質の含量を馬の乳と同様に調整しても、牛乳を代用乳として子馬に給与することは好ましくないと考えられます。

 

初乳の栄養

 ヒトとは異なり馬は、胎子期に胎盤を介して免疫を獲得できないため、子馬は初乳から免疫グロブリン(IgG)などの抗体を獲得する必要があります。そのため、初乳は抗体を獲得するための媒体として注目されがちですが、栄養の供給源としても非常に重要です。子馬は胎子期に胎盤から供給された糖(グルコース)により、出生後もしばらくは血糖値を維持することができます。しかし、哺乳を未経験の子馬が、口をすぼめて空中で乳を吸う仕草をすることがありますが、この行動は血糖値の低下による空腹感に起因するものとされています。すなわち、子馬は出生後の早い時間より栄養を欲しており、初乳こそがその供給源となります。

 通常の母乳中の固形分含量は11-12%であるのに対し、初乳には25%以上の固形分が含まれます。また、初乳中にはタンパク質が約20%も含まれており、その量は分娩後1週間で5分の1以下に減少します。初乳の脂肪含量は約1.5~3%ですが、泌乳期の経過に伴い約1~2%に減少します。一方、初乳中の乳糖は約1.5~4%程度ですが、分娩後1週間で約6-7%に上昇します。 子馬が2~15日齢頃によくみられる下痢症状は、母馬の初回発情時期と重なることから俗に“発情下痢”と呼ばれることがありますが、実際は子馬の下痢と母馬の発情に因果関係はありません。かつては、発情下痢は母乳中の乳糖の増加によるものではないかと考えられていましたが、馬の乳糖分解酵素の活性は出生直後がピークであり、ヒトの乳糖不耐症のような乳糖の分解が不十分なことによる下痢ではないようです。近年では、食糞や口から乳以外の飼料や雑菌を取り込むことで腸内細菌層が変化したことにより下痢を発症するのではないかと考えられています。さらに、初乳中にはミネラルやビタミンについても、通常の母乳に比べ多く含まれることが知られています(表2)。このように、初乳に含まれる栄養の濃度が高いことにより、母乳を吸う力が弱い生まれたての子馬が、効率よく栄養を摂取できるようになっています。

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母乳の成分改善のための研究

 泌乳中や妊娠中の母馬への給与栄養により、母乳中の成分を改善する試みがいくつかの研究で行われています。母馬に濃厚飼料もしくは粗飼料を多給したときの乳中の脂肪酸を比較したとき、粗飼料多給の母馬の乳中リノレン酸濃度が高くなったことが報告されています。子馬では濃厚飼料の摂取により胃潰瘍が発症する可能性が指摘されていますが、ヒトではリノレン酸には胃粘膜を保護し胃潰瘍発症の予防効予防効果があることが知られています。そのため、研究者らは母馬への粗飼料の給与量を増やすことで、母乳中のリノレン酸含量を増加させることは、子馬の胃潰瘍予防に有効かもしれないと考察しています。

 母馬へのビタミンEの補給により乳中のビタミンE濃度が増加し、さらには母乳を介して子馬の血中ビタミンE濃度が上昇したことが報告されています。さらには、ビタミンEが細胞の抗体産生を刺激することで、乳中のIgGが増加したことが報告されています(図2)。

 

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おわりに

 母乳により子馬に適切に栄養が供給されることを期待するためには、まずは妊娠中から泌乳期間の母馬に適切な栄養の給与を心掛ける必要があります。そのためには、母馬のボディコンディションスコアをつけながら飼料の給与量を調整することが有効ではないかと考えています。

日高育成牧場 上席調査役 松井 朗

喉の病気と内視鏡検査

競走馬の喉の病気

 競走馬の喉の病気の中には、喉の披裂軟骨の一方(主に左側)が十分に開かない【喉頭片麻痺(LH)】や、強い運動時にヒダや声帯が気道の中心側に倒れてしまう【披裂喉頭蓋ヒダ軸側偏位(ADAF)】、【声帯虚脱(VCC)】などがあります(図1)。原因はさまざまですが、呼吸の際に鼻孔から吸い込んだ空気の通り道が喉で狭くなってしまい、結果的に競走能力を発揮することができないこと(プアパフォーマンス)が問題となります。これまでの競走馬に関する研究により、走行距離が伸びるほど有酸素エネルギーの負担割合が増加すること、また、短距離のレースでさえ走行エネルギーのおよそ70%を有酸素エネルギーに頼っていることが明らかとなっていることから(長距離レースでは86%)、競走馬にとって気道の確保がいかに大切かご理解いただけるかと思います。今回は、そんな喉の病気の検査方法についてご紹介します。

Photo_3図1:喉の疾患の内視鏡像

Photo_4図2:安静時内視鏡検査

診断方法(内視鏡検査)

 基本的には、気道内を観察するためのビデオスコープを馬の鼻孔から挿入し咽喉頭部を観察する安静時内視鏡検査により喉の疾病を診断しています(図2)。「ノドナリ」と呼ばれることもあるLHの診断方法としてご存じの方が多いかと思われます。一方、そのLHの症状がプアパフォーマンスの原因となるほど重症かどうかは、馬に運動負荷をかけないと正確に診断しにくいことや、ADAFおよびVCCなど運動時にのみ症状を表す疾病の存在が注目されるようになったことで、馬をトレッドミル上で走らせながら内視鏡検査を実施する運動時内視鏡検査が盛んに行われるようになりました(図3)。近年では、人が騎乗してより強い運動負荷をかけた状態の喉を観察できるオーバーグラウンド内視鏡(OGE)が開発され(図4)、実際の調教で高速走行中の状態を観察することで、安静時の内視鏡で発見できなかった病気が発見できるようになっています。しかし、どちらの運動時内視鏡検査もトレッドミルやOGEなどの特殊な器材が必要になること(JRAでは、美浦・栗東の両トレセン競走馬診療所、日高育成牧場にトレッドミルとOGEが設置されています)、特にOGEは熟練した獣医師による器材装着が必要となることから、検査を受けるチャンスが限定されているのが現状です。

Photo_5 図3:運動時内視鏡検査(トレッドミル)

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 図4:運動時内視鏡検査(OGE)

詳細情報

 競走馬の様々な喉の病気の症状や治療法、詳しい運動時内視鏡検査の応用方法についてはユーチューブ動画「ホースアカデミー 馬の上気道疾患 ~咽喉頭部の内視鏡検査~」(URL、QRコード参照)にて解説していますので、是非ご視聴ください。今回ご紹介した運動時内視鏡検査が皆様の愛馬の喉の病気を診断する一助としていただければ幸いです。

https://www.youtube.com/watch?v=QQb62hFdRPQ&t=629s

 

日高育成牧場 生産育成研究室 琴寄泰光