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2021年1月25日 (月)

モンゴル在来馬の調教中心拍数について ②

 前回に引き続き、モンゴル在来馬についてご紹介いたします。今回は、その調教内容と測定した心拍数データについてです。

 

モンゴル競走馬の調教中心拍数

 前回紹介したように、モンゴル競馬はトラックではなく草原の中で行われるレースなので、調教も草原で行います。今回初めてモンゴル競走馬の調教を見学させていただきましたが、私からすれば何もない場所を闇雲に走っているように見えましたが、Davaakhoo調教師いわく草原内にいくつかの調教コースが存在し、レース日程に合わせて調教メニューを決めているそうです。図1はその調教データの1例で、この馬の場合、片道5kmのコースを往復して調教を実施し、前半の下り区間は遅めのキャンター、後半上り区間で速度を上げ最後の700mでスピード調教を実施していました。スピード区間の傾斜は約2%、最高時速は約50km/hでした。

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図1 モンゴル競走馬における調教中心拍数および走行速度変化の一例 

同じパターンで調教を行った4頭について、測定データを表2にまとめました。どの馬も約11km調教を行ったにもかかわらず、最後のスピード区間は50km/h前後で走っており、モンゴル在来馬は小さな体でもスピードとスタミナを両方持ち合わせていることがわかりました。また、最高心拍数は平均225bpm、走行中の心拍数と速度との関係から算出した指標V200とVHRmaxは10.1m/sおよび11.4m/sでした。

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表1 今回測定したモンゴル競走馬の調教データ一覧 

 

モンゴル競走馬とサラブレッド競走馬との比較

 モンゴル競走馬の心拍データについて、日本で測定したサラブレッド競走馬のデータと比較してみましょう。モンゴル競走馬の最高心拍数は、同世代のサラブレッドよりもやや高い値を示しました。一般的に小型の動物の方が心拍数が高いので、この差は体のサイズの違いが影響しているのかもしれません。次に、心肺機能の指標であるV200とVHRmaxですが、モンゴル馬では現役のサラブレッド競走馬よりも低値を示しました。5歳以上のサラブレッド競走馬は競馬という生存競争を勝ち残ってきた比較的優秀な馬たちなので当然の結果だとは思います。一方、日高・宮崎育成牧場で測定したデビュー前のサラブレッド育成馬と比較すると、モンゴル競走馬の方がやや低いものの大きな差は見られませんでした。これは、モンゴル競走馬はポニーのような小さい体であるにもかかわらず高い運動能力を有していることを示唆しています。また今回は示していませんが、運動後の回復期の心拍数を解析した結果、今回調査した全てのモンゴル馬において調教後2分から5分で心拍数が100bpmを切り、強調教を実施したにもかかわらず心拍数の回復が早いことがわかりました。これらのデータも、モンゴル競走馬が高い心肺能力を有していることを示しています。

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表2 モンゴル競走馬とサラブレッド競走馬との運動生理学的指標の比較 

 

再びモンゴルへ

 昨年に引き続き、本年度も国際協力機構(JICA)からの依頼でモンゴル競走馬の心拍数測定のためモンゴルへ行ってきました。今回は、ナーダムレースに向けて実施された約15kmの模擬レースで心拍数を測定することができました。まだデータを公表することはできないのですが、スタート直後からほぼ最高速度(約50km/h)で走行し、徐々に速度が落ちてゴール地点では30-35km/hまで低下していました。一方、心拍数はスタート直後から200bpmを超え、模擬レース中は常に高値で維持されていました。本番のナーダムでは毎年レース中に数頭突然死する馬がいるそうなので、モンゴル競馬は馬の心肺機能に大きな負荷をかける過酷なレースだと感じました。

 

最後に

 ナーダムに代表されるモンゴル競馬は世界的にも有名ですが、これまで運動生理学的報告はほとんどなく、心拍数を調査した研究はありませんでした。今回の調査で初めてモンゴル競走馬の調教中心拍数を調査することができ、非常に貴重な経験ができたと感じています。今後も調査を継続しモンゴル競走馬の運動能力の一端を明らかにすることで、モンゴル競馬の発展に寄与できれば幸いです。その際は、改めて本誌でご紹介させていただきますので、お楽しみに。

 

 

 

 

日高育成牧場生産育成研究室 室長 羽田哲朗(現・美浦トレーニングセンター 主任臨床獣医役)

モンゴル在来馬の調教中心拍数について ①

 日本でも海外馬券が買える時代になり外国の近代競馬が身近に感じられる時代になりましたが、他にも競馬が行われている国があります。その一つがモンゴルです。モンゴルは“チンギスハーン”に代表されるように歴史的な騎馬民族であり、在来馬を大自然の中で飼育しながら草競馬を実施しています。特に、毎年7月11日の独立記念日から3日間実施される“ナーダム”という国民的祭典では、モンゴル相撲・弓射競技とともに数百頭規模の草競馬が実施され、モンゴル3大スポーツの一つとして親しまれています。

 今回は、国際協力機構(JICA)のプロジェクトにおいてモンゴルを訪問し、競馬に出走するモンゴル在来馬の調教中心拍数を測定する機会を得たので紹介します。

 

モンゴル競馬について

 モンゴル競馬はトラックではなく草原の中を走る競馬で、レース距離は10kmから25km、7歳から12歳の子供たちが騎乗して行われます(写真1)。賞金は出るのですが名誉を得ることの方が重要で、馬も子供たちも着飾ってレースに挑みます。競馬に出走するモンゴル在来馬は絶滅危惧種の“モウコノウマ”ではないのですが、昔からモンゴルで飼育されている在来種で、体高的にはポニーに属する小さな馬です(写真2)。以前はハイブリッド(雑種)も出走可能だったそうですが現在は在来種のみが出走でき、それらは体高などで区別するそうです。また、レース距離は馬の年齢で分けられており、年齢は歯で判断します。

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写真1 モンゴル競馬の様子

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写真2 モンゴル在来馬と騎乗者

 モンゴル在来馬の体高はおそらく130~140cm。

 

モンゴル在来馬の調教中心拍数測定

 今回の訪問は、ナーダム直後の昨年7月後半。ちょうど夏休みの時期で、ウランバートル市街はお祭り気分覚めやらぬ感じでした。JICAはモンゴル生命科学大学と共同で獣医・畜産分野の能力強化プロジェクトを行っており、今回はその一環として獣医学部の教授・准教授とともにモンゴル在来馬の調査を行いました。伺ったのはウランバートル南約80kmの草原地帯で遊牧生活をしているDavaakhoo氏のところです(写真3)。Davaakhoo氏はモンゴルで一番有名な調教師で、牛・羊・山羊とともに約600頭の馬を所有しており、ゲルと呼ばれる大型テントで遊牧しながら所有馬の調教を行っています。今回は、草競馬出走予定の在来馬において調教中心拍数を測定しました。

 心拍数の測定は日本のサラブレッドでも使用しているPolar社製心拍計(M400)と馬用電極を用いて行いました。ポニーのような小さな馬で測定した経験がなかったのでうまくできるか分からなかったのですが、実際にやってみるとサラブレッドと同じように電極を装着し心拍数を測定することができました(写真4)。調教は自然の地形を活かしたコースを往復する形式で実施され、車またはバイクでチェイスしながら監視していました(写真5)。興味深かったのは、子供たちの騎乗技術の高さです。調教は裸馬でも実施されたのですが、彼らは鞍の有無に関わらず見事な技術で調教を行っており、この子供たちが将来サラブレッド競馬の世界に入ったとしたらとんでもないジョッキーになるかもしれないと感じました。

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写真3 左からNyam-Osor教授、私、Davaakhoo調教師、Khorolmaa准教授

 

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写真4 モンゴル在来馬への心拍数測定用電極の装着

 装鞍する場合(左)は専用の鞍下ゼッケンとPolar Equine Electrodeを、裸馬(右)の場合はPolar Equine Beltを使用。

 

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写真5 調教は車またはバイクでチェイスしながら実施

今回は、モンゴル在来馬の調教と心拍数測定の様子を紹介しました。次回は、測定したデータを解説いたします。

日高育成牧場生産育成研究室 室長 羽田哲朗(現・美浦トレーニングセンター 主任臨床獣医役)

米国における1歳馬のセールス・プレップ

今回は米国における1歳馬の飼養管理について紹介します。わが国では主に育成牧場でセリに向けての準備(セールス・プレップ)が行われていますが、ケンタッキーでは生産牧場でセールス・プレップが行われていました。

 

セリに上場する馬としない馬の違い

ケンタッキーにはライムストーンと呼ばれる石灰岩の層の上にアルカリ性の土壌が広がっており、ケンタッキーブルーグラスを中心とした青草から天然のミネラル分が補給される恵まれた環境にあります。また、新潟市と同じくらいの緯度にあり、夏は暑過ぎず冬は寒過ぎない快適な気候を有しています。ですので、セリに上場しない馬は悪天候時などの例外を除き、基本的には24時間放牧が行われており、馬体のチェックを兼ねて朝夕2回放牧地で飼付されます。一方、1歳セリは7~10月の夏季に開催されるため、24時間放牧しているとたてがみや体毛が日焼けしてしまいます(図1)。これは馬の成長には全く影響しませんが見栄えが悪くなるため、セリに上場する馬は昼間の日光の強い時間を馬房内で過ごして、夜間放牧(19時から翌朝7時まで)されています(図2)。

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図1.セリに上場しない馬は24時間放牧され日焼けしている

 

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図2.セリに上場する馬は日焼けを防ぐため夜間放牧に切り替えられる

 

放牧地

セリに上場しない馬は20エーカー(約8ヘクタール)程度の大きな放牧地に集団で放牧します。一方、セリに上場する馬は、牝馬に関しては放牧時間が短縮(24時間から12時間)されるだけで、同じく大きな放牧地に集団で放牧されます。牡馬に関しては、ケンカして咬みつくなどして外傷を負う恐れがあるため、1頭ずつ小パドックに放牧します。放牧地の広さを決める際の目安に“1 acre, 1 horse(ワンエーカー、ワンホース)”という言葉が使われています。これは馬1頭当たり1エーカー(約0.4ヘクタール)以上の広さが必要という意味です。

 

飼料

 セリに上場する馬は、BCSの調整のため馬房内で個別に濃厚飼料が与えられます。私が研修したダービーダンファームでは、大粒のペレットが1日2回与えられていました。1回の量は太っている馬で1.5kg、痩せている馬で2.0kgでした。ダービーダンファームは“Honesty(正直、誠実)”をスローガンにしており、BCSが5.0前後の自然な馬体を目指していました。

 

ウォーキングマシンの使い方

セリに上場する1歳馬の管理は、ウォーキングマシンを使った運動および馬体洗浄をする日と、後述するグルーミングをする日に一日おきに分かれています。

ウォーキングマシンによる運動は、常歩のストライドを伸ばしてセリの下見時に活発な印象を与えることを目的として行われています。具体的には、常歩ではついて行けず半分程度は速歩になってしまう速度でウォーキングマシンを回して、徐々に馬が体の使い方を覚えて大きく常歩で歩けるようになったらさらに速度を上げる方法を繰り返します。理想を言えば人が引いて馬の常歩の速度をコントロールするのがベストでしょうが、少ない人手で活発に歩ける馬を作るのには有効な方法だと感じました。

 

グルーミング(手入れ)

ウォーキングマシンによる運動が行われない日は、念入りなグルーミング(手入れ)が行われます。中でも最も熱心に行われていたのが、ゴムブラシで全身を強く擦ることで、古い体毛をできるだけ抜き、皮膚の血行を促します。最初の1週間は変化に気づかないレベルでしたが、2~3週間続けていると明らかに新陳代謝が良くなり、自然な艶が出てきます。そのほか、セリの直前にはトリミングを行い、たてがみをきれいに整え、耳毛や距毛を短くカットします。

 

 

 

JRA日高育成牧場業務課診療防疫係長 遠藤祥郎

妊娠のメカニズム(後半)

 前稿では、交配から受精、卵割、妊娠鑑定、妊娠認識といったイベントを解説しました。本稿ではその後のイベントを順に解説していきます。

 

固着と着床、胚と胎子

 「固着fixation」は排卵16日目頃に起こるウマ特有現象で、胚胞が子宮と接着することを指します。双子が隣接して固着した場合には一方のみを処置することが難しいため、固着する前に双胎の確認をしなくてはなりません。一般の哺乳類では、胚胞と子宮が接着するとすぐに着床implantationが起こります。着床とは胎子側の組織と母体側の組織(子宮)が互いに反応して胎盤形成を開始することを意味しますが、ウマでは着床に先駆けて固着が起こるため、着床は排卵後40日頃と遅いのが特徴です。この母子の組織的な交わりを境に、胚embryoは胎子fetusと呼ばれるようになります。つまり、40日齢までが胚であり、それまでに消失するものが胚死滅と言われます。

 

子宮内膜杯・二次黄体

 着床が起こると、胎子組織の一部が子宮組織に入り込み子宮内膜杯endometrium cupを形成します。この子宮内膜杯がeCGというホルモンを分泌し、卵巣に二次黄体の形成を促します。この頃には一次黄体が退行しかかっていますので、二次黄体の形成は黄体ホルモンのブースト作用として妊娠に必須な現象です。胚死滅予防のため黄体ホルモン剤を投与する場合には、この二次黄体が形成されるタイミング(6-7週目)が投与終了の一つの目安となります(図1)。子宮内膜杯はもう一つ臨床上重要な意味があります。一旦子宮内膜杯が形成されると、仮に胎子が死亡してしまった場合にも子宮内膜杯が遺残し、eCGを分泌し続けるため発情が回帰しません。同シーズン中に再交配できないことから、通常の妊娠確認は6週目の胚死滅が起こらなかったことをもって検査終了されます。7週目移行は安定期だから検査しないわけではないことにご留意下さい。

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図1 妊娠馬の血中プロゲステロン濃度の推移

 

胎盤形成

 胎盤placentaはあらゆる胎生哺乳類において形成され、基本的な機能は共通するものの、その形態は動物種によってかなり異なります。例えば、ヒトの胎盤は文字通り盤状をしていますが、イヌ・ネコでは帯状、ウシでは丘阜状、そしてウマは散在性と言われています(図2)。散在性胎盤の組織構造は母子血管の距離が離れているためガス・栄養交換の効率が悪いのですが、子宮全体に広く広がることで効率の悪さを補っています。また、子宮上皮細胞層が残っていることは分娩時子宮の損傷が小さいことを意味し、分娩後わずか10日で迎える初回発情での受胎性に貢献しています。

 ウマの胎盤は妊娠維持自体にも大きく寄与しています。前述の通り、黄体ホルモンは一次黄体から二次黄体に引き継がれますが、その後分泌源はさらに胎盤に移行します(図1)。胎盤由来の黄体ホルモン類(厳密には黄体ホルモンそのものではない)が子宮平滑筋を弛緩させる一方頸管をギュッと閉じ、妊娠維持に寄与します。

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図2 動物種による胎盤の違い

 

前置胎盤?早期胎盤剥離?

 これまで述べてきたように、ウマとヒトでは妊娠メカニズムが異なります。これを踏まえない誤解の例を一つお示しします。分娩時のレッドバックは前置胎盤や早期胎盤剥離と呼ばれてきました。しかし、これらはいずれもヒト産科で用いられている用語であり、必ずしも適当な訳語ではありません。前置胎盤とは厚い盤状胎盤が子宮口に形成されたため、正常な破水・娩出が起こらず問題となります。しかし、そもそもウマ胎盤は子宮口を含む子宮全体に裏打ちされていますので、同一の病態でないことは明らかです(図3)。ヒトの胎盤早期剥離は分娩予定日よりも早期に胎盤が剥がれることを指しますが、レッドバックの起こる時期は基本的に予定日前後です。英語でpremature placental separationと言うこともあるため必ずしも誤訳とは言えませんが、ヒト医療で言われているソウハクとは明らかに異なる病態です。レッドバックの実態は、胎盤炎によって肥厚した胎盤が破れずに娩出されることと言われており、残念ながらこれに合致するヒト医療用語はありません。筆者個人の考えですが、無理にヒト用語を当てはめるとかえって混乱を招きかねませんので、この例では「レッドバック」と言うのが適当ではないでしょうか。

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図3 ヒトとウマの胎盤の違い

   

日高育成牧場生産育成研究室 村瀬晴崇

妊娠のメカニズム(前半)

「交配翌日に子宮洗浄して大丈夫なの?」「ウマの妊娠の安定期は?」といった疑問を抱いたことはないでしょうか?本稿、次稿と2回に分けてウマの妊娠メカニズムを簡単に解説いたします。哺乳類は全て妊娠、出産、哺乳しますが、種によって異なる点も多くあります。獣医師の処置を理解したり、より良い繁殖管理について考察したりするためには、ウマ特有の妊娠メカニズムを十分理解する必要があります。

 

交配・射精

1回の発情に1回しか交配機会のないサラブレッド種において、交配は排卵に先駆けて行われます。一般に卵の寿命は12時間と精子の48時間より短いため、あらかじめ精子が卵管内(受精の場)で卵の到着を待つタイミングを狙います。また、ウマの交配では、陰茎が子宮頚管を通り、子宮内に直接射精されます。1回の精液量は30~100mlほどで、その中に1~10億ほどの精子が含まれています。射出された精液は子宮平滑筋の運動により子宮内で攪拌され、4時間後には受精するために十分な精子が卵管内に入ります。そのため交配6時間後以降に子宮洗浄やオキシトシン投与をしても受胎性に問題はありません。

 

受精

卵管内に入った精子は自らの遊泳運動によって卵管内を上って行きます。一方、排卵された卵は卵管を下っていき、両者は卵管膨大部で受精します。受精卵は2細胞、4細胞、8細胞、桑実胚、胚盤胞と順に細胞分裂(卵割と言います)しながら、約1週間かけて卵管を下ります(図1)。ここで、しばしば卵管閉塞が問題となります。卵管腔は垢や細胞屑、炎症の影響などで塞がる場合があり、このような場合には極小さな精子は通過できるものの、直径0.5mmほどにもなる胚盤胞は通過できないことが起こりえます。このような卵管閉塞には卵管疎通試験が有用です。これは子宮内視鏡で卵管口にカテーテルをあて、水を通すことで通過障害があるか確認すると同時に塞栓している場合には治療にもなります。もし該当しそうな繋養馬がいましたら、獣医師にご相談下さい。

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図1 卵管内における卵割の様子

 

妊娠鑑定

胚盤胞は受精後10日目前後に卵管から子宮腔に入ります。この頃にはエコー検査で確認できますが、直径わずか2~4mm程度ととても小さく見落としやすいこと、正確な受精時間は分からないことなどから通常は十分余裕をもって交配14日以降に鑑定されます。この時期、エコーで描出されるものは「胚胞embryonic vesicle」と言い、鶏卵に例えると黄身の部分になります(白身に該当する部分はありません)。3週目になるとエコー上でも「胚embryo」が識別できるようになり、その後も週齢に応じた典型的なエコー像を示します(図2)。もし、胚胞のエコー像が週齢より遅れている場合には、すでに死滅しているかもしれません。胚胞を確認するだけでなく、心拍を確認することが重要です。

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図2 妊娠初期の胚胞エコー像

 

妊娠認識

通常、排卵からおよそ14日後に子宮体からPGF2αというホルモンが分泌され、その作用により黄体が退行します。一方、子宮が妊娠したと判断した場合(妊娠認識と言います)には、PGF2αが分泌されないため、黄体退行が起こらず、妊娠が継続されます。興味深いことに、この妊娠認識シグナルは動物種によって異なります。ウマのシグナル物質は未だに分かっていませんが、胚胞が子宮内を遊走することが関与していると言われています。この胚胞の遊走は胚胞が蛋白質の殻で覆われているからこそできるウマ特有の現象です。子宮内膜シストが問題となるのはこの場面で、この胚胞の遊走がシストによって阻害されると妊娠認識が起こらず、不受胎になると考えられています。

  

日高育成牧場生産育成研究室 村瀬晴崇

馬の歯牙疾患に関する講習会について

はじめに

2017年12月、日本軽種馬協会軽種馬生産技術総合研修センターにおいて、American School of Equine DentistryのDr. Raymond Q. Hydeを講師に招き、馬の歯牙疾患に関する講習会が開催されました。今回はその内容の一部をご紹介します。

 

歯周病について

歯周病はウマの歯を失う原因の第1位です。歯周病は歯垢・食渣が蓄積することで、その部分に細菌感染が起こり、歯肉炎や歯周組織へのダメージがある状態です。歯周病のグレードは以下に記述する通り、0~4までの5段階に分類することができます。

ステージ0は健康な状態であり、ステージ1は歯肉炎が起こっている状態です。ステージ2では歯肉の炎症が拡大して歯周靭帯の25%までが消失し、歯が1~3mm程度動揺してしまう状態です。ステージ3になると25~50%の歯周靭帯が消失し、歯の動揺が3mm以上になり、歯周ポケットの形成などが認められます。さらにステージ4では、歯周靭帯の50%以上が消失し、歯周ポケットの拡大と歯根膜の破壊や膿瘍形成が起こっている状態です(写真1・2)。Hyde講師によると、歯の動揺が3mm以上である場合、治療を行っても完全に回復することは期待できないため、抜歯を実施するとのことでした(写真3)。

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写真1 歯周病のステージ分類

赤い点線が歯周靭帯、黄色が歯周ポケットや膿瘍を示している

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写真2 歯周病のステージと歯の動揺の関係

3mm以上の動揺があると、抜歯すべき状態である

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写真3 重度の歯肉炎・歯周病発症馬

ステージ4で、抜歯が必要な状態

 

診察するポイント

まずは口や鼻からの臭いはないか、噛んでいた餌を落とすか等の症状をチェックします。馬の様子や口腔内の状態は、目と指でしっかり確認することが大事です。歯間への食渣は歯周病のサインなので決して見逃さず、周囲の歯が動揺しないかも手で確認します。また、診断にはレントゲン検査も有用であり、気付かなかった歯周の隙間などを見つけることができます。さらに口腔内の見えにくい部分には、内視鏡などを使用して隅々まで観察します。

 

歯周病の治療

 咬合不整(噛み合わせが悪い)の馬は、咀嚼不足や歯周の隙間を作りやすいため、歯周病の原因となる歯垢・食渣が蓄積しやすい状態にあります。歯周病の発症や進行を防ぐため、フローティング(整歯処置)を実施します。また、歯周病と副鼻腔炎は関連があると言われています。上顎臼歯が歯周病により蓄膿している場合、その炎症が上顎洞に波及し歯源性上顎洞炎になることがあります。副鼻腔炎が疑われる場合には、上顎臼歯の歯根部のレントゲン写真も確認することが大事です。

前述の通り、歯周病の多くは歯周に蓄積した食渣などに細菌感染が起こるのが原因です。その細菌感染にはトレポネーマなど主にグラム陰性菌や嫌気性細菌が原因となるため、治療薬としてはメトロニダゾールが有効です。それ以外の抗生剤については、ST合剤(スルファメトキサゾール/トリメトプリム)、テトラサイクリン系(ドキシサイクリンなど)、セファロスポリン、ペニシリン系(アモキシリンなど)を使用します。さらに、歯肉炎のコントロールには希釈した消毒薬のクロルヘキシジンによる歯磨きや口腔内洗浄が非常に有効です。時には飼料や飲み水への添加も実施します。

 ステージ3以上の歯周病の治療では、抜歯を実施します。ほとんどの場合は抜歯後の歯肉は肉芽組織で塞がります。しかし長期間穴が開いている状態の場合には、あえて傷つけることで炎症を起こし肉芽増生を促します。また、食渣が蓄積しないよう、充填剤を使用し隙間を埋めることも合わせて行います。(写真4)

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写真4 抜歯後の充填剤(矢印)

 

おわりに

 馬の歯牙疾患についての本講習会では、非常に多くの獣医師が集まりました(写真5)。これは歯牙疾患や処置について、非常に関心が高いことを表しています。歯の健康は馬体の健康につながるので、日常の管理から飼養者や獣医師が歯の状態を把握し、適切な処置を行っていくことが重要だと、改めて考えるきっかけになりました。

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写真5 内視鏡を用いたフローティング(整歯処置)の解説風景

日高育成牧場業務課(現・馬事部生産育成対策室) 水上寛健

食道閉塞(のどつまり)

食道「閉塞(へいそく)」?「梗塞(こうそく)」?

食道閉塞は、食道が食塊や異物によりふさがってしまう病気で、よく「のどつまり」といわれています。古くから「食道梗塞」という病名が慣例的に使われていますが、本来「梗塞」とは脳梗塞など血液循環障害により生じる虚血性壊死のことをいいます。ですので、「のどつまり」のような病気に用いるのは本来ふさわしくありません。そのため、本稿では海外でも使用されている「食道閉塞(esophageal obstruction)」という病名を用いています。

 

診断と治療

流涎(よだれを垂れ流す)、水および摂食物の逆流、咳などが特徴的な症状です(図1)。診断はこれらの症状、経鼻食道(鼻から食道への)カテーテルの挿入、内視鏡検査により行われます。内視鏡検査では閉塞物、閉塞部位および食道内の異常を確認することができます(図2)。多くは内科療法により治癒可能で、経鼻食道カテーテルを用いて食道に適量の水を注入したり、頚をマッサージしたりして、閉塞物を外側から揉みほぐすことで閉塞の解除を促します。また、内視鏡専用の鉗子を用いて閉塞物をほぐすこともあります。これらの治療を行う際は、鎮静剤の投与により馬の頭を下げさせ、誤嚥を防ぐことが重要です。鎮静剤にはその他に食道の収縮を軽減させる効果もあります。外科療法としては食道切開術がありますが、様々な合併症(食道の裂開・狭窄、電解質平衡異常、頚動脈破裂など)を引き起こす可能性があり、対象は内科療法を繰り返しても良化しない症例に限られます。

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閉塞物除去後の管理

食道閉塞は閉塞物除去後の管理が非常に重要で、それが適切に行われないと再発を繰り返し、死に至る可能性もあります。管理手順について図3にまとめました。閉塞すると閉塞物により食道粘膜の損傷が生じ、狭窄を伴うことがあります(図2)。すぐに通常の給餌を行うと再発のリスクが高くなるため、粘膜の損傷が良化するまで流動食(水分を多く含んだ軟らかい飼料)を与えます。牧草(切り草やキューブを含む)は再発の原因となるため、食道粘膜の修復期間中は与えるべきではありません。また、敷料(麦稈やシェービング)を食したことにより再発するケースも多くありますので、注意が必要です。再発すると食道粘膜の状態を悪化させるため、再び絶食からやり直しとなります。再発を繰り返すと治療期間が長引くだけでなく、食道が正常に機能しなくなり予後不良と診断されることもあります。そうならないためにも内視鏡検査を定期的に行い、食道粘膜の修復(7~21日かかるとされる)を確認してから通常の給餌を再開します。

 

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重要な合併症:誤嚥性肺炎

誤嚥性肺炎は、食道閉塞時に食道から逆流した飼料や唾液が気管内に流入することで生じます(図4)。発症から解除後数時間以内では、多くの馬の気管内に中等度から重度の汚染が生じています。このような状態は誤嚥性肺炎を引き起こすリスクが高くなります。また、肺炎の発症と気管内の汚染度合いとは相関がないという報告もあるので、たとえ診察時に気管内の汚染が軽度であっても油断してはいけません。以上のことから軽種馬育成調教センター(BTC)では多くの場合、誤嚥性肺炎の予防的措置として抗菌薬を投与しています。

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予防

不十分な咀嚼は食道閉塞の発症リスクを高めます。定期的に歯科検診を実施し、馬がしっかりと咀嚼できる状態をキープしてあげましょう。早食いの馬も発症しやすいと考えられるので、そのような馬に対しては一度に多量の飼料を与えるのではなく、なるべく小分けにして与えるようにしましょう。飼葉桶に障害物(大きな石など)を入れておいたり、乾草ネットを使用したりすることも有効です。

 

最後に

先にも述べましたが、食道閉塞は重篤化すると命にかかわる疾患です。しかし、その認識は薄く軽視されがちなのか何度か再発を繰り返してから、診療を依頼されることがあります。今回の記事により一人でも多くの方が食道閉塞の理解を深めるとともに、治療や管理の一助にしていただければ幸いです。

軽種馬育成調教センター軽種馬診療所 日高修平

乳酸を利用した育成トレーニングの評価 ②

 今回は、育成馬における血中乳酸値の応用方法を紹介します。

 

乳酸値の測定方法

 筋肉内で産生された乳酸は“モノカルボン酸輸送担体”の作用により血流に入るので、血液中の乳酸値を測定すれば筋肉でどれぐらい乳酸が産生されたかを評価することができます。測定には専用の機器が必要で、以前は100万円以上する高価なものでしたが、近年は比較的安価でポータブルな機器が利用されています(写真1)。この機器は、毎回センサーチップを交換する必要がありますが、先端にわずかな血液を付着すれば10数秒で乳酸値を測定できるので、調教現場でも利用できる便利なものです。このような乳酸測定器は、現在多くのスポーツ現場や競走馬調教で利用されています。

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写真1 乳酸測定器と測定方法

 A:ポータブル乳酸測定器(アークレイ社製・ラクテートプロ2)とセンサーチップ、B:走行直後の採血、C:チップの先端にわずかな血液を付着するだけで測定可能(Aの機器では0.01ml)。

血中乳酸値の評価法-運動負荷

 前回紹介したように糖質のエネルギー代謝には解糖系と酸化系があり、運動強度が弱いと両者がバランスよく働き、乳酸はほとんど産生されません。しかし、運動強度が強くなると解糖系の方が多く働いて乳酸が産生され、血中乳酸値が上昇します(図1)。この上昇は運動強度に応じて大きくなるため、乳酸値を見れば馬にどれくらい負荷をかけることができたかを評価することができます。ここで一つの基準となるのが“乳酸蓄積開始点(OBLA)”です。OBLAは血中乳酸値が4mmol/Lになる運動強度を表しており、この辺りから血中乳酸値が上昇し始めることから、人や馬で無酸素性運動の基準強度として利用されています。

 

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図1 調教時の運動強度と必要なエネルギー量・血中乳酸値との関係

 運動強度に比例して必要なエネルギー量が増加し、ある強度以上になると血中乳酸値が上昇する。OBLAは乳酸が上昇し始める運動強度を表している。血中乳酸値の評価法-運動能力

 次に、JRA育成馬で測定したデータから運動能力の評価法を考えてみましょう。図2は、屋内1000m坂路調教後に測定した血中乳酸値と3ハロンの平均速度との関係を示しています。この図を見ると、概ね速度に比例して乳酸値が上昇していることがわかります。この関係を利用して標準直線(回帰直線)を引き、それを基準に評価することで乳酸が産生されやすいかどうか、つまり馬の有酸素性運動能力が高いか低いかを評価することができます。図2を見ると、Horse Aはほとんどの点が直線より下、Horse Bは逆に直線より上にあり、Horse Cは多少ばらつきがあるものの直線近くにあることが分かります。これらのデータから、Horse Aは有酸素性運動能力が高いため乳酸の産生が少なく、Horse C-Horse Bの順に能力が低いと評価できます。このように、乳酸値と速度との関係から得られた標準直線を利用することで、育成馬の有酸素性運動能力を評価することができます。

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図2 屋内1000m坂路走行後の血中乳酸値と走行速度との関係

 JRA育成馬で坂路走行1~2分後に採血を行い、ラクテートプロ2で乳酸値を測定。

 

血中乳酸値で競走能力を評価できるのか?

 有酸素性運動能力は競走馬にとって重要な能力の一つであるため、血中乳酸値は競走能力の一部を反映していると言えます。一方、図2のHorse A-CはすべてJRA2歳戦の勝馬で、Horse Aのような乳酸値が低い馬が勝ち上がるのは理解できますが、Horse Bのような乳酸値が高い馬が勝つことができたのはなぜでしょうか?それには、馬の体質が関係していると考えられます。Horse Aはスマートな馬でしたが、Horse Bはがっちりした体格をしていました。筋肉量が多いと瞬発力には優れているものの、多くの乳酸が産生されやすいため、長距離よりは短距離向きだと考えられます。実際、Horse Aは1800m戦、Horse Bは1000m戦で勝利しており、Horse Cがその中間1400m戦の勝ち馬であることもこの考えを証明しています。これらのことから、血中乳酸値は馬の有酸素性運動能力だけではなく、距離適性とも関連があるのかもしれません。また、育成馬の場合はその後の成長が競走能力に影響を与えるので、その点も考慮する必要があるでしょう。

 

乳酸値の測定で注意すべきこと

 乳酸値は便利な運動指標ですが、測定時に注意すべき点がいくつかあります。その一つが調教メニューです。調教馬場や距離が変われば筋肉への負荷が変わるので血中乳酸値が変わり、ウォームアップもエネルギー代謝に影響を与えるため値が変動する可能性があります。したがって、乳酸値を利用する場合は基本的に同じ馬場・同じパターンで調教することが重要です。もう一つは採血のタイミングです。図3はトレッドミル上で1000m走を行ったときの血中乳酸値の変化を表しています。乳酸値が10mmol/Lを超える運動を行った場合は5分後まで高値で維持されますが、3~6mmol/Lの場合は1分以内に最大値になり10分後には最大値の1/2以下まで低下します。したがって、この影響を小さくするためには、調教終了後できるだけ早く毎回同じタイミングで採血することが重要です。また、採血管を利用する場合は、採血管内での糖質代謝を防ぐためフッ化ナトリウム入り採血管の使用をお勧めします。

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図3 調教後の血中乳酸値の変化

 サラブレッド実験馬を用い、傾斜7%のトレッドミルにおいて3段階の速度で1000m走(網掛け部)を実施し、その後の15分間常歩運動を行った。

 

最後に

 乳酸は、採血が必要で注意事項が多いことから難しそうに感じますが、坂路調教など一定距離の調教時に利用すれば非常に便利な指標です。興味がある育成関係者は、一度乳酸測定にチャレンジしてはいかがでしょうか?乳酸のことをより詳しく知りたい方は、東京大学・八田秀雄教授の著書で勉強されることをお勧めします。

 

 

日高育成牧場・生産育成研究室 室長 羽田哲朗(現・美浦トレーニングセンター 主任臨床獣医役)

【海外学術情報】 第63回アメリカ馬臨床獣医師学会(AAEP)

はじめ

AAEPは、馬に関する調査研究や臨床教育、最新の医療機器や飼料などの展示も行われる世界で最も大きな学会です。2017年はテキサス州サンアントニオで開催されました(図1)。日本からは、私の他に数名の日高で顔なじみの獣医師達も参加しました。今回は、この学会の中から興味を引いた「子馬のロドコッカス感染症の免疫療法」に関する演題について紹介したいと思います。

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(図1)テキサス州サンアントニオで行われた学会会場内の運河で遊覧する人達

 

ロドコッカス感染症とは

ロドコッカス感染症は、土壌菌であるロドコッカス・エクイ(R. equi)の中で、病原性強毒株の感染によって起こる子馬の疾患です。病原菌のR. equiは、雪解けが進んだ4月下旬頃に土壌中で大増殖します。そのため、丁度その時期に移行免疫が低下する1~3ヵ月齢の子馬に好発することになるのです。罹患した子馬は、まず40℃近い発熱のあと、発咳などの呼吸器症状を示すようになります。診断方法は、気管洗浄液の細菌培養(図2)やPCR検査、胸部のエコー検査やX線検査が主なものとなります。治療は、高価な抗生剤(クラリスロマイシンとリファンピシンの併用)の継続投与となります。発見と治療が遅れ、重度な化膿性肺炎を発症した子馬は、死亡する場合も多く、難治性で経済的損失の大きな疾患といえます。

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(図2)シリコンチューブによるロドコッカス罹患馬の気管洗浄液の回収と選択培地(NANAT培地)による菌分離

 

ロドコッカス菌の特徴

病原菌のR. equiは、好気性・非運動性のグラム陽性球桿菌で、細胞壁の外側に莢膜を持つ細菌です。本菌は、白血球に貪食された後も死滅せず、小胞体内で生存し、増殖することができる細胞内寄生性細菌です。そのため、ワクチン抗体による免疫効果は、あまり期待できないとされ、免疫血清や死菌ワクチンの開発も実用化されていないのが現状でした。

 

新たな免疫療法に関する報告

子馬は、誕生後すぐに母馬の初乳を飲むことで移行免疫を獲得します。子馬の抗体産生能は低く、生後3ヵ月齢ごろまでは、自分で抗体を作ることが出来ません。そのため初乳から移行免疫を獲得することがとても重要です。

ハーバード大学医学部のコレット博士らは、細菌の細胞壁の構成因子であるPNAG(β-1-6-linked polymer of N-acetyl glucosamine)に注目し、これを抗原になり易いように加工し、妊娠繁殖牝馬に分娩6週前と3週前にワクチン接種を行うことで、子馬へ初乳を通したPNAG抗体を移行させることが出来ること、PNAGの移行抗体を獲得した子馬はR. equiに感染しないことを実験的に証明しました(図3)。また、PNAGに対する母馬の高免疫血漿を子馬に輸血することでもR. equiへの感染防御効果があることも実験的に示めされました。これらの報告は、これまでR. equi感染に対して免疫療法が効を奏さないとされていた定説を覆す、画期的なものです。

また、このPNAGはR. equiだけでなく、その他多くの細菌や真菌などの細胞壁の主要な構成要素であるため、様々な感染症への免疫療法に応用できる可能性もあり、今後も注目していきたいと思っています。

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(図3PNAG移行抗体による子馬のロドコッカス感染予防

 分娩6週前および3週前の2回、繁殖牝馬にPNAGをワクチン接種することで、子馬へ初乳を通した移行抗体が期待できる。このPNAGの抗体を得た子馬は、ロドコッカス感染実験による肺膿瘍形成が起こりづらくなることが報告された。

 

最後に

海外の学会に参加することで、最新の様々な情報を得ることができます。一方で、近年は日高発の調査研究や獣医診療技術が紹介される機会も増えて来ています。ちなみに、今回のAAEPでは、イノウエ・ホースクリニックの井上裕二先生とJRA競走馬総合研究所の黒田泰輔先生の2人が日本から発表しました。海外の研究成果や飼養管理技術を学び、応用可能なものを導入していくことと同時に、日高発の研究成果を海外の国際学会の場で積極的に発信していくことも日本の馬産業が世界で同等に関わり続けていく上でとても大切なことと思います。今後も日高育成牧場で行う調査研究へのご理解とご協力を宜しくお願い申し上げます。

 

日高育成牧場生産育成研究室 研究役 佐藤文夫

2021年1月22日 (金)

日高育成牧場が取り組んでいる馬獣医学支援について

加計学園問題が国会でも取りざたされておりご存知の方も多いと思いますが、全国的に獣医師が不足している状況です。それは皆さんの身近にいる競走馬の獣医さんも例外ではなく、われわれ馬獣医師が頭を悩ましている問題の一つとなっています。JRAでは、現役の獣医学生たちが馬の臨床獣医師に興味を持ってもらえるように、様々な取り組みを行っています。今回は、日高育成牧場が取り組んでいる馬獣医学支援について紹介します。

日高育成牧場スプリングキャンプ&サマーセミナー
日高育成牧場が参加学生を募集して実施している研修が、スプリングキャンプとサマーセミナーです。どちらも、日高育成牧場に1週間ほど滞在して様々な経験をしてもらう研修スタイルを取っています。まず春休みに実施しているスプリングキャンプですが、春は競走馬の生産育成にとってはオンシーズン。育成ではJRA育成馬の調教から心拍数・乳酸値を使った体力測定などを見学し、生産では繁殖牝馬のエコー検査を体験したり、JBBAで種付けの様子を見学してもらったりします(写真1)。またタイミングが合えば、ホームブレッド誕生の瞬間に立ち会うこともできます。そのため、スプリングキャンプは北海道で馬獣医師が関わる生産育成の仕事の多くを体験することができる研修です。

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写真1:繁殖牝馬のエコー検査を体験する獣医学生たち


次に夏休みに実施しているサマーセミナーですが、夏は競走馬の生産育成にとってはどちらかと言えばオフシーズン。そのため、スプリングキャンプとは趣向を変えて獣医学的研修に主眼を置き、馬の採血やエコー検査、レントゲン撮影などを体験してもらいます。また、他の時期には経験できないサマーセール(1歳馬のせり)や札幌競馬場におけるJRA獣医師の業務見学も行っています。スプリング・サマーともに座学(授業)と厩舎作業がセットになっており、馬に関する獣医学的知識や技術だけではなく、馬の取り扱いまで幅広く学べる研修を目指しています。近年JRAで働く獣医師の中でスプリングキャンプやサマーセミナーに参加した者は少なくなく、少し手前味噌になるかもしれませんが競走馬の獣医師を目指す学生にとっては良い研修ではないかと考えています(写真2)。

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写真2:2011年にサマースクールに参加した水上獣医師(中央の赤い帽子)。現在は、日高育成牧場の臨床獣医師として活躍しています。

獣医学生見学研修
スプリングキャンプとサマーセミナー以外に、日高育成牧場では大学からの依頼を受けて獣医学生向けの見学研修を実施しています。いずれも半日から1日単位の研修で、内容は大学の希望に応じて決めています。今年9月に行った帯広畜産大4年生の研修では、日高育成牧場で育成調教(馴致)を見学した後、BTCで施設・調教・競走馬診療所を見学し、昼休みにサラブレッドの育成に関するランチョンセミナーを行って、最後に今年生まれたホームブレッド当歳馬と触れ合いながら馬の生産について説明しました(写真3)。また、時期によっては妊娠馬を用いた胎子のエコー検査や離乳(親子別れの儀式)を見学してもらうこともあります。いずれにしても、個人単位ではなく学校・学年単位で申し込んでいただくことになります。ご興味のある教職員の方は、ぜひ日高育成牧場にお問い合わせください。

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写真3:当歳馬と触れ合いながら馬の生産について説明を受ける学生たち

獣医大学での特別講義
私の学生時代とは違い、近年は各獣医大学とも馬獣医学教育に積極的に取り組んでいます。しかし、欧米とは違い日本の大学内で馬獣医学を教えられる教員の数は少なく、日本全国からJRAに特別講義の講師依頼が届きます。日高育成牧場にも年数件の講師派遣依頼があり、獣医師が大学に赴いて馬の繁殖学や生産・育成に関する特別講義を行っています。

おわりに
研修に参加した獣医学生にはしばしばお話しするのですが、獣医師にとって学生時代は将来の人生(仕事)を選択する大事な時期になります。したがって、大学に在籍している時にさまざまな研修に参加して獣医師が行う仕事を多く体験することは重要で、将来の選択肢が増え自分に合った仕事を見つけやすくなると思います。少しでも馬獣医師に興味がある方は積極的にスプリングキャンプやサマーセミナーなどの研修に参加し、最終的に将来の仕事として馬獣医師を目指してもらえるようになれば幸いです。いつの日か競走馬の臨床現場でお会いできることを楽しみにしています。

日高育成牧場生産育成研究室 室長 羽田哲朗