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2021年2月 1日 (月)

引退競走馬のリトレーニングについて

・始めに

近年、動物福祉への関心が高まり、引退競走馬のアフターケアに関する取り組みは様々な角度から注目されています。これまでも乗馬への再調教(リトレーニング)が行われてきましたが、サラブレッドを一人前の乗馬へと育て上げるには、熟練の技術者を以ってしてもかなりの労力と時間を要します。また、ある程度調教が進むまでは経験の浅い人には扱えないため、技術者の負担が増えます。“乗馬への転用促進”のためには、リトレーニング技術の効率や汎用性の向上が課題です。JRAでは2年前から馬事公苑と日高育成牧場を拠点として、新たな『リトレーニングプログラム』の作成と実践検証に取り組んできました。今回は「引退競走馬のリトレーニングプログラム」に関するお話です。

JRAで作成したプログラムの目的は、乗馬へ転用するための基礎作りで、3つの重点項目があります(表1)。

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①心身ともにリフレッシュさせる。(所要期間:2~4週間)

引退したばかりの競走馬は、心身ともに張り詰めた状態です。中には疲れ切った馬や、運動器疾患を抱えた馬も多いと思います。乗馬転用のため、新しいことを学ぶためには余裕が必要です。広大な放牧地を有する日高育成牧場がリトレーニングの拠点となっているのは、馬をリフレッシュさせるために最適な施設だからです。例えば、運動器疾患などの理由により長期間の休養が必要な馬であっても、日高育成牧場では放牧地で昼夜放牧を行いながら適切な治療と休養を与えることができます。放牧によって落ち着く馬は多く、その後の調教をスムーズに行うために休養は欠かせません。

②人馬の良好な関係を構築する。(所要期間:2~4週間)

野生馬は群れで行動し、群れには必ず1頭の『リーダー』が存在します。また、草食動物である馬は、『安全で快適な場所』を好みます。そして、『リーダー』は捕食獣に襲われない様、群れ全体のスピードと方向をコントロールし、安全な場所に導きます。これを人間と馬の関係に置き換えると、人が馬のスピードと方向をコントロールすることで、『リーダー』になることができるともいえます。

そのことを教えるため、グラウンドワークと呼ばれる手法を用います。グラウンドワークによって人が『リーダー』であることと、人の隣は『安全で、快適な場所』であることを教えます。これらのことを理解すると馬は人を信頼し、人の指示に対して従順になります。また、安心できる人のそばでは、突然の物音などにも動じなくなります(写真1、2)。

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写真1:傘をかざしています

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写真2:釣竿に付けたビニール袋を揺らしています

 

③競走馬としての特殊な調教を初期化する。(所要期間:4~8週間)

競走馬は、『勝つための特殊な調教』により、全力で走り、他の馬より前に出ることを教え込まれていますが、乗馬には、落ち着いてライダーの求めるペースとバランスを維持することを求められます。乗馬としての調教を円滑に進めるには、『勝つための特殊な調教』を初期化する必要があります。

グラウンドワークによって人馬の良好な関係を構築した後は、軽いコンタクトのみを求める速歩騎乗を開始します。ゆったりとした一定のペースで速歩を続けると、焦って突進することがなくなります。また、競走馬特有の、やや前のめりのバランスが、馬本来の『ナチュラルなバランス』に変ります。休養中に落ちた筋力の回復も期待できます。

 

・最後に

 乗馬転用には様々なアプローチ方法があると思います。この手法では、馬の習性や特性を十分に理解し、馬とのコミュニケーションを深めることをポイントとしています。馬にリフレッシュなどの準備期間を与え、人馬の良好な関係を構築できれば、不要の混乱や事故を減らすことができます。そして、それが、引退競走馬の転用促進に繋がると考えています。

JRAでは、これまで実施したリトレーニングプログラムの実践検証を基に『リトレーニングの指針』作りに着手しているところです。その詳細については完成次第、ご紹介させていただきます。

 

 

馬事公苑 診療所長 宮田 健二

米国の1歳セリ

今回から間隔を空けながら3回の予定で、米国のサラブレッドセリ市場について日本と比較しながらご紹介します。

まず国土の広い米国で馬を購買する手段については、購買者が牧場まで直接赴いて馬を購買する“庭先取引”が地理的に困難という理由から、人と馬が一堂に会するセリ、“市場取引”の方が一般的です。そのため、セリの上場頭数は膨大な頭数となります。昨年の数字では、米国最大の1歳セリであるキーンランド・セプテンバーセールのカタログ掲載頭数はなんと4,538頭、日本の生産頭数の3分の2にあたる頭数がたった1度のセリで取引されています。このように日本とはスケールが違う米国のセリですが、大きく分けると騎乗馴致前の1歳馬を扱う1歳セリ(Yearling Sale)、繁殖牝馬と離乳後の当歳馬を中心に扱う混合セリ(Mix Sale)、そして調教供覧を行う2歳トレーニングセール(2YO in Training Sale)に分類できます。第1回の今回は、まず1歳セリについてご紹介します。

米国の1歳セリは、日本で開催されているセレクトセール(1歳)、セレクションセール、サマーセールなどに相当します。米国では前述のセプテンバーセールのほか、かつて吉田照哉氏がノーザンテーストを購買したファシグティプトン・サラトガセールなどが有名です(表)。いくつか開催される1歳セリの中でも大規模なセリでは複数に分割して開催する必要があるため、セリ開設者による血統や馬体の評価に沿って評価の高い馬から順にBook1からBook6までといった具合に分割されています。このような状況もあり、米国ではセプテンバーセールのBook1およびサラトガセールが1歳セリの2大頂点として浸透しています。

Photo_2 表 米国の主な1歳セリ

まず大きく日本と異なる点は、米国では購買者の利便性を考慮してナイターセリが開催されていることです。表に示した主なセリの中ではサラトガセールがこれに該当し、夜7時から10時頃までかけてセリが開催されます。サラトガは米国有数の高級避暑地として知られていますが、日本に置き換えると軽井沢にサラブレッドのセリが開設されているイメージであり、随所で購買者目線の工夫が目に付きます。さらにこのセリのユニークなところは、セリに先立つ下見期間中に隣接するサラトガ競馬場で競馬開催が行われていることです。したがって、購買者は競馬とセリを同時に楽しむこともできます。

上場する馬たちはセリの2~3日前に輸送され、セリまでの間、購買者は下見をすることができます。下見の際、日本のように公式な比較展示は行われないため、購買者自らが会場内の厩舎地区を回って各コンサイナーに下見を申し込む必要があります。申し込みを受けたコンサイナーは依頼のあった馬を馬房から引き出してくれるため、購買者は希望の馬の立ち姿と歩様の確認ができます(図1)。上場頭数の多い大規模なセリでは、Book1のセリと同じ日に次に開催されるBook2の下見期間が設定されていることがあり、購買者はセリの合間に計画的に下見を行う必要があります。

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図1.厩舎地区での下見の様子(セプテンバーセール)

レポジトリーについいては概ね日本と同様ですが、上部気道内視鏡動画、いわゆるノドの動画についてはレポジトリーとして公開されていません。ノドの状態については、購買者が直接各コンサイナーに尋ねるか(コンサイナーは上場馬のノドの状態の検査結果を持っています)、獣医師に依頼して追加で内視鏡検査を行わなくてはなりません。しかしこの場合でも、米国の内視鏡検査装置はファイバースコープと呼ばれる、検査者本人しか映像を確認できないタイプが主流であるため、購買者が直接ノドの映像を見ることはできません。

セリは日本同様にステージ上で競られますが(図2)、落札後の流れについては日本と若干異なります。米国では、セリで落札した時点から管理責任が購買者(落札者)に移行するため、購買者はセリ翌日までに輸送業者を手配して馬を運び出す算段をつけなくてはなりません。

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図2.ステージ(サラトガセール)

次回は混合セリについてご紹介したいと思います(11月掲載予定)。

JRA日高育成牧場 専門役 遠藤祥郎

BTC育成調教技術者養成研修について

はじめに

公益財団法人 軽種馬育成調教センター (以下BTC)は、牧場に就労するために必要な知識と実践的な技術を備えた育成調教技術者の養成を目的に、育成調教技術者養成研修(以下BTC研修)を実施しております。平成4年の開講から500名以上の修了生が牧場へ就労し、軽種馬産業界を支える人材として活躍しています。今回はこのBTC研修について詳しくご紹介いたします。

 

前半の騎乗訓練と厩舎作業

BTC研修の前半は、敷地内の教育エリアで教育用馬を用いた基礎訓練に専念します。基礎訓練では、騎乗訓練と並行して正しい馬の触り方、引き馬、馬体の手入れなど馬の取扱いや、厩舎作業といった牧場に就労する上で欠かせない基本的な内容を学びます。

騎乗訓練は、騎乗経験別のグループに分け、個々の騎乗レベルに応じた訓練を行います。開講から2~3ヵ月間は、教育エリアの小さな角馬場で基本馬術、前傾姿勢等(写真1)を中心とした訓練を行います。その後、走路騎乗でのスピードコントロールに必要な競走姿勢を学び、駈歩で歩度の詰め伸ばしが自由にできるようになると、いよいよ走路騎乗へと進みます。

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写真1 覆馬場で前傾姿勢を学ぶ

BTC研修の最大の特徴は、騎乗訓練中に教官が併走騎乗(写真2)で研修生を指導することです。こうすることで、研修生に騎乗姿勢の見本を示すことができる、その場で的確な指導が行える、リードホースの役割を担える等の利点があるほか、安全面からも突発的な事象に迅速に対応することができます。

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写真2 グラス坂路馬場での教官(左)が併走した騎乗訓練

 

 後半の騎乗訓練と厩舎作業

研修後半は、JRA日高育成牧場の全面協力のもと、実際の育成馬である「JRA育成馬」を用いて「若馬の取扱い」、「若馬が競走馬になるための基礎トレーニング(馴致実習)」、「実践的な騎乗」等を学びます。また、これらに並行して教育用馬での騎乗訓練もレベルアップしていきます。BTC調教場の広大な施設をフル活用した訓練を行うほか、若馬への騎乗準備として、騎乗バランスを習得するための障害飛越訓練を行います。こうした訓練を積み重ね、12月からはJRA育成馬騎乗実習(写真3)を迎えます。この研修では、実際に育成調教中のJRA育成馬に騎乗し、ブリーズアップセールまでの実践的な騎乗訓練を行います。

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写真3 JRAブリーズアップセールに向けたJRA育成馬騎乗実習

 

学科・実技&課外研修

また学科では、教官、BTC獣医師のほか、外部講師を招いて、馬に関する基本的な知識から専門的な知識までを幅広く学習します。学科の多くは、1時限目の座学で受けた講習内容について2時限目に実習を行い、3時限目の試験で学習状況を確認します。実技講習では、バンテージの巻き方からセリ市場での馬の展示方法等、日常の取扱いに必要な技術はもちろん、草刈り機実習、厩舎内外の維持管理、用具の取扱い等、環境整備や牧場管理の重要性についても学びます。

課外研修では、種馬場、民間牧場、セリ市場および競馬場(写真4)などの軽種馬関連施設の見学だけでなく、 レクリエーション的に楽しめる研修や、防災訓練、普通救命講習といった研修も行います。このほか、BTCの研修だからこそ実現できる課外研修を数多く実施しています。

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写真4 JRA札幌競馬場開催見学

 

おわりに

  BTCでは、ホースマンとしての技術はもちろん、社会性や協調性についても養えるような研修の実施に取り組んでおります。また、今後の研修がより良いものとなるよう、修了生や研修生の就労先へのアンケート調査を行い、結果やご意見を次回の研修内容にフィードバックするよう努めています。今後とも皆様からのご協力をお願いいたします。

 

🏇育成調教技術者養成研修 体験入学会 & 第38期生募集のお知らせ🏇

〇BTC研修体験入学会を令和元年7月26日(金)・8月27日(火)に北海道・浦河で開催します。

   ※8月の体験会はBOKUJOB事務局で受付を行います。

〇令和2年4月からの研修生(第38期生)を募集しています。応募条件は以下のとおりです。

・研修修了後、必ず軽種馬の生産・育成に3年以上携わることのできる者       

・入講時、中学校卒業以上の学歴を有する者

・厩舎作業および騎乗訓練を行うのに支障がない者   

※乗馬経験は問いません。   

第38期生受講願書等の受付は「9月6日(金)必着」です。

 

<お問い合わせ>  詳しくは下記にお問い合わせいただくかHP(「BTC 研修」で検索)をご覧ください。

教育課 教育係 TEL 0146-28-1001  9:00~17:00(土日祝休)

メールでのお問い合わせは kyoiku@b-t-c.or.jpまでお願いします。

 

軽種馬育成調教センター 業務部 教育課 小守智志

米国の競走馬の調教

これまで繁殖、セールスプレップと米国事情をご紹介してきましたが、今回のテーマは競走馬の調教についてです。今回のお話の大前提として、米国では馬場などの施設の相違から育成牧場と競馬場では調教の方法も全く異なりますのでご承知おきください。

 

育成牧場での調教

我が国同様、米国においてもブレーキング(騎乗馴致)は育成牧場が担っています。私の研修先であるウインスターファームでは9月頃からブレーキングを開始していましたが、最初の1週間、馬房内で騎乗してひたすら回転を繰り返すことで、背中に人が乗って負重した状態に馴らすことに専念していました。次の1週間はラウンドペン(円馬場)、続く2週間は角馬場で騎乗し、脚の扶助や開き手綱によるコーナリングを教えることで最初の1ヶ月間を終えます。次の1ヶ月間は、普段の放牧で使用されているパドックで騎乗しますが、これは整地された調教コースでなくあえて不整地で騎乗することで捻挫などの疾患を発症しないようなバランス感覚および筋肉の鍛錬を期待しているとのことでした(図1)。さらに次の1ヶ月間は、放牧地間の傾斜地を天然の芝坂路コースとして利用し、馬に後躯の踏み込みを教えてセルフキャリッジした(起きた)状態での走行フォームを教えることに専念します。ここまでブレーキング開始から3ヶ月間、基礎的な部分に重点を置いた調教を行い、12月になって初めて周回コースでの騎乗に移行します。

米国の一般的な育成牧場は、競馬場と同じ1周1,600mもしくは一回り小さい1周1,200mのダートコース(所有もしくは共有)を調教に利用しています。私の次の研修先であるマーゴーファームも1周1,500mのオールウェザー馬場の勾配付き周回コースで通常調教を行い、全長1,700mのオールウェザー馬場の直線坂路コースで追切りを行っていました。マーゴーファームには、この他により大きな1周2,000mの芝コースもありました。米国の育成牧場は、調教コースの他に広い放牧地を所有していて放牧を行いながら調教を進めることも特徴の一つですが、マーゴーファームでも馬の状況に応じて放牧時間が調整されており、2歳の新馬や休養馬でも肢下に問題がない馬は17時間の昼夜放牧、脚部不安で運動量と採食量を制限したい馬は12時間の夜間放牧、骨折手術後などリハビリ中や競馬場入厩が間近な馬は3時間の昼放牧というように細かな放牧メニューが組まれていました。

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図1.あえて不整地で騎乗することでバランス感覚および筋肉を鍛える

 

競馬場での調教

内厩制を採用している米国では、競走馬は基本的に競馬場で調教されています(一部には主催者から認定された外厩で調教されているものもあります)。競馬場の調教馬場や本馬場は、多数の調教師が一斉に利用するため、常歩・速歩は外埒沿いに右回り、駈歩は内側を左回りと厳格なルールが決められています。ゴール板はコース正面の直線の終わりに設置されているので、調教する馬は入場してまずは外埒沿いを右回りに速歩でスタート位置(走りたい距離をゴール板から逆算した地点)に向かいます。スタート位置に到達したら内側に反転し、左回りにゴール板まで駈歩調教を行います。この調教を毎日繰り返すことにより、馬に「内側に反転したらスタート」「ゴール板までしっかりと駈歩する」ことを教えることができるとのことでした。

また、日本と比較して米国の調教師は調教での走行タイムを重視しますが、その理由を尋ねると「実際にレースで走る馬場、すなわち競馬場で調教を行っているから」というシンプルな返答が返ってきました。一般的な米国の追切りは、4~5ハロンといった長めの距離を本番のレースに近いタイム(50-51秒/4Fもしくは61-62秒/5F)で走らせますが、調教師は「実際のレースで想定される勝ち時計に近いタイムで走れるようになったら仕上がった」という考え方を基準に出走を決めているようです。

他にもレース経験の少ない2歳馬は前進気勢を促すために2頭併せ、古馬は単走で調教されるという点も特徴的です(図2)。これは先行抜け出しという展開が多い米国の競馬で、最後の直線で1頭になっても“ソラ”を使わないでゴールまで走り切れるようにというのが目的なのだそうです。

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図2.直線で“ソラ”を使わないでゴールまで走り切れるように単走で追切られる

 

 以上、今回は米国の調教についてご紹介しました。少しでも日頃の調教の参考になれば幸いです。

 

JRA日高育成牧場 専門役 遠藤祥郎

2021年1月27日 (水)

新たな試みを進めるBTC調教場

 公益財団法人 軽種馬育成調教センター(BTC)が管理運営するBTC調教場(図1)は、皆様の強い馬づくりをサポートする施設として平成5年の開場より今年で26年目を迎えます。これまでに数多くの活躍馬が輩出され、また昨年は、開場からの利用延べ頭数が300万頭に達するなど、多くの皆さまに支えられてまいりました。

令和という新たな時代を迎え、BTC調教場では、さらなる強い馬づくり、そして利用者の皆様の利便性向上を図るため、馬場管理や利用方法について、新たな試みに取り組んでおりますので、その一部についてご紹介します。

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図1.JRA日高育成牧場およびBTC調教場全景

 

1. 馬場管理

 BTC調教場は、夏季には11の調教施設がご利用いただけます。そのうち、屋内1,000m直線ウッドチップ馬場および屋内1,000m坂路ウッドチップ馬場(図2)につきましては、一昨年からウッドチップの管理方法を根本から見直し、従来のものより負荷をかけられる馬場へと改修しております。改修後2年が経過しておりますが、ご利用いただいている皆様からは好評価をいただいています。

 

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図2.より運動負荷がかけられる馬場へ改修された屋内1,000m坂路ウッドチップ馬場。一年を通じ、天候にかかわらずご利用いただけるうえ、馬の前肢の負担を軽減しながら、後躯の鍛錬に有効です。

 

 また、その他の屋内施設として、屋内600mトラック砂馬場もご利用いただけます。一般的に砂場馬は砂粒の細粒化等によって除々にクッション性が失われるとされていますが、BTCでは、2年周期で砂の全面入替えを行い、良好な馬場の維持管理に努めています。

 

 さらに、屋外馬場は、早期からの除雪作業等により3月下旬には1,600mトラック砂馬場(図3)をいち早く開場しております。続いて、4月上旬までに1,200m・1,600m直線砂馬場(図4)、800mトラック砂馬場を順次開場しております。

これらは適時レベルハローで砂厚を測定し、適正な砂厚調整や砂の補充等の馬場管理に努めています。

 

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図3.1,600mトラック砂馬場は、競馬場に匹敵する大きさの馬場で、より実践的なトレーニングが行えます。

 

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図4. 1,200m・1,600m直線砂馬場は、馬の直進走行性を養い、インターバルトレーニングに適した馬場です。また、発馬機も設置していますので、ゲート練習も可能です。

 

 

グラス馬場(図5)は、芝が凍上により隆起するため、馬場全面にローラーによる転圧作業を行うなど安全面に考慮し、開場時期を5月中旬からとさせていただいております。

なお、競馬場に準じた整備を行っております直線2,000m芝馬場は、今年も無料開放しております(馬場利用料以外の追加料は不要です)。ぜひ一度ご利用ください。

 

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図5.グラス馬場は、広々とした平坦な草原馬場です。柵に頼らず走らせることで、馬本来の自然な走りを助長します。また、2,000mの直線芝馬場は、 実際の競馬場に準じた整備を行っており、入厩前の最終調整や芝適性の判断にご活用いただけます。

 

 

2. 1歳馬の利用時期の変更

 近年、2歳戦の開始時期の早期化に伴い1歳馬の馴致時期も早まり、7月セリ終了後から育成牧場へ移動する馬が増加しています。このことに対応するため、BTCでは1歳馬の利用開始時期を1歳9月から1歳7月へと早めることとしました。さらに一昨年には、滞在馬房利用馬用にラウンドペン(丸馬場)を竣工し、初期馴致にも対応できるようになりました。加えてウォーキングマシーン(図6)も設置し、ウォーミングアップやクーリングダウン、休日の馬体調整等、ご利用の皆さまからは好評をいただいております。

 

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図6.ウォーキングマシーンは1基で同時に6頭の運動が可能です。BTCでは、南地区に3基、北地区に2基の計5基を設置しています。また、ラウンドペンは南地区に2基、北地区に1基を設置しています。

 

 

3. 滞在期間の延長

 ご利用される方々の利便性向上のため、滞在馬房の利用期間を従来の4ヵ月から6ヵ月に延長しました。また、遠方(静内およびえりも以遠)からご来場される場合は、上記に限らず長期利用が可能ですのでご相談ください。

 

4. お試し期間の導入

 BTC調教場のご利用をご検討中の方を対象に、お試し期間も設けております(ご利用歴のない方限定、ご利用される際の調教責任者申請は不要です)。馬運車による日帰り利用はもちろん、滞在馬房・宿舎(1週間程度)もご利用いただけますので、ぜひ一度、バラエティーに富んだBTC調教場をご体感いただければ幸いです。

 

詳細(施設使用料等)についてのお問い合わせは、下記までご連絡ください。

 公益財団法人 軽種馬育成調教センター

 業務部業務第1係 南詰所 0146-28-1788  

公益財団法人 軽種馬育成調教センター 業務部 業務課長 小山 広

2021年1月25日 (月)

ファームコンサルタント養成研修

「コンサルタント」と聞いて皆さんが最初に思い浮かべるのは、いわゆる「企業コンサルタント」ではないでしょうか。その業務内容は多岐に亘るようですが、一般的にはクライアント企業の経営的な課題を抽出し、それを改善するための助言を与えて業績を向上させる職業というイメージをお持ちかと思います。

本稿で紹介する「ファームコンサルタント」は、「クライアント企業=軽種馬の生産もしくは育成牧場」であり、主に馬の栄養管理に関する課題の抽出およびそれらを改善するためにアドバイスをする「馬の栄養管理技術者」を指しています。

 

ファームコンサルタントの役割

馬の栄養管理技術者であるファームコンサルタントは、その名から想像できるように、個々の馬に対する給餌を中心とした飼養管理に関するアドバイスの提供が主な役割になります。そのためには、馬の栄養学や草地学はもちろんのこと、外科学や繁殖学など馬の栄養状態と関連する幅広い分野に造詣が深いことが求められます。

具体的には、与えている飼料の種類や量、放牧時間、繁殖成績や疾病発症などの課題をクライアントから直接聞き取ったうえで、BCS(ボディコンディションスコア)や馬体重の測定、栄養が関連する子馬のDOD(成長期外科的疾患)の有無などを確認することで個々の馬の栄養状態を把握するとともに、放牧地の状態なども観察します。これらによって牧場全体を俯瞰的かつ客観的に評価したうえで、クライアントと相談しながら課題の解決に導いていきます。

 

ファームコンサルタント養成研修(栄養管理技術指導者養成研修)

JBBA日本軽種馬協会はファームコンサルタントの更なる普及を目的として、平成27年から「ファームコンサルタント養成研修(栄養管理技術指導者養成研修)」を立ち上げました。2年間に亘ってJRA日高育成牧場で行われた「第1期ファームコンサルタント養成研修」では、総合農協、軽種馬農協、飼料会社等の職員が参加しました。

毎月1回、計24回行われた本研修は「実技・講義・ディスカッション」の3本柱で構成されており、実技では「BCSの測定や疾病の有無の確認を目的とした子馬や繁殖牝馬の馬体検査」、講義では「栄養学、各ステージの馬の飼養管理、草地学など幅広い知識の付与」、ディスカッションでは「毎回参加者に与えられた英語の論文要約や馬体検査レポート作成などの提出課題について参加者全員での意見交換」が行われました。第1期ファームコンサルタント研修では9名が修了し、修了者はそれぞれの立場から研修での「学び」を活かして個々の業務に役立てているようです。

本年9月からは、新たなメンバーによる第2期ファームコンサルタント養成研修が開始されており、前回の参加団体・企業に加えて、牧場関係者も参加者に名を連ねています。このように様々な立場から軽種馬生産育成に携わるホースマンが、2年間の長期間に及ぶ研修を通して栄養管理技術者としての能力を身に着けることで、馬産地全体における飼養管理技術の底上げに繋がるのではないかと感じています。

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日高育成牧場業務課長 冨成雅尚

サラブレッド市場におけるレポジトリー

はじめに

サラブレッドの生産において、セリは重要なイベントです。生産者(販売者)は、交配から分娩・初期・中期育成と約2年半もの歳月を掛けて育ててきた馬を売却し、ようやく利益を得ることができるのです。一方、購買者にとっても、セリは良質な馬を納得できる価格で手に入れることができる貴重な機会となります。しかし、過去には落札後に何らかの欠陥に気づき、購買者が販売者に不服を唱えることもありました。落札馬をキャンセルしたりされたりすることは、販売者にとっても購買者にとっても、さらには市場の主催者にとっても不利益になることばかりです。

一方で欧米のサラブレッド市場では、以前から上場馬を事前に確認する獣医検査が頻繁に行われていました。この情報をより多くの人が共有できる方法としてレポジトリーが考案され発展してきたのです。今回は、このレポジトリーについて触れてみたいと思います。

 

レポジトリーとは

レポジトリーとは、本来、英語で「収納場所」や「倉庫」という意味の言葉になります。サラブレッド市場におけるレポジトリーは、セリの主催者が開設した市場内の情報開示室やインターネット上のオンラインレポジトリーにおいて、上場馬の四肢X線検査画像と上気道内視鏡検査動画を購買者に向けて販売申込者が任意で公開するシステムのことです。

北海道市場の業務規定では、落札馬に①関節部の骨片、②関節面の軟骨下骨嚢胞、③喉頭片麻痺、④頸椎狭窄による腰痿がある場合、当該市場終了の翌日より3日以内に「売買契約の解除」を申し出ることができることになっています。但し、すでにレポジトリー資料にこれらの所見が認められている場合には、「売買契約の解除」の届け出をすることができない仕組みとなっています。

そのためレポジトリーは、販売申込者の瑕疵担保責任(外部から容易に発見できない欠陥に対して責任を負うこと)を免れることができる資料になるとともに、購買者の重要な購買判断材料の一つとなっているのです。

 

四肢X線検査画像

現在、国内のサラブレッド1歳市場におけるレポジトリーの四肢X線検査画像の提出部位は、球節、手根関節、飛節と後膝で、合計22~36枚となっています(後膝はセレクトセールでは屈曲位が無いため1枚少ない)(図1)。

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育成期の若馬の関節部には、様々な成長期に特有な疾患(発育期整形外科的疾患:DOD)の発生が見られます。その病態は、骨の成長点である骨端版や関節面で骨組織を造成している軟骨組織にダメージが加わることで生じる骨軟骨病変です。主な病変には、離断性骨軟骨症や軟骨下骨嚢胞などで(図2)、関節内の力の加わる部位に認められる疾患です。殆どの所見は、競走期に影響を及ぼすことが無いことが分かっていますが、その程度によっては跛行を発症する可能性もある疾患となります。

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上気道内視鏡動画

馬は鼻からしか呼吸ができない動物です。空気の通り道である鼻道や上気道部の異常は肺におけるガス交換を阻害するため、運動能力に直結する問題となる注意が必要な所見です。レポジトリーに提出される上気道内視鏡動画は、馬を静止した状態で検査する「静時内視鏡検査」になります。そこで見られる所見の中で、最も注目されるのは披裂軟骨の動きになります。披裂軟骨は走行時には、空気を取り込むために全開の状態になります。この動きが弱い場合、走行時に空気の流れを阻害してヒューヒューと音の鳴る「喘鳴症」を発症することになります。披裂軟骨は主に左側の動きが悪くなることが多く(図3)、喉頭片麻痺グレードとして1から4まで細分化されています(表1)。臨床的に問題になることが多いのは、グレード3以上であることが知られています。

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最後に

レポジトリーは、上場馬の四肢関節および咽頭部の状態を予め公開することで購買判断材料となるとともに、上場馬の品質保障やセリの公正確保に貢献しています。近年のセリの売り上げ上昇にも、レポジトリーの普及がその一端を担っていると思われます。

レポジトリーで認められる所見に関しては、様々な知見や情報がありますが、生産育成研究室では、「軽種馬におけるレポジトリーのためのX線ガイド」(軽種馬防疫推進協議会:http://keibokyo.com/learning/rally/)や「若馬における咽喉頭部内視鏡検査所見について」(北海道獣医師会雑誌:http://www.hokkaido-juishikai.jp/wp/wp-content/uploads/2014/05/1309-01.pdf)などに、レポジトリーで見られる所見について情報を公開してきました。参考にしていただけると幸いです。

また、実際に生産馬や購買希望馬の所見に関しては、十分な知識を持った信頼のおける獣医師に相談することも重要です。しかしながら、獣医師はリスクの提示を行うことはできても、はっきりと断定することはできないものがレポジトリーで認められる所見にまだ多いのも現状です。生産育成研究室では、レポジトリーで見られる所見について調査を行い、その診断や予後、発症予防方法などについて報告していきたいと思っています。

日高育成牧場生産育成研究室 室長 佐藤文夫

モンゴル在来馬の調教中心拍数について ②

 前回に引き続き、モンゴル在来馬についてご紹介いたします。今回は、その調教内容と測定した心拍数データについてです。

 

モンゴル競走馬の調教中心拍数

 前回紹介したように、モンゴル競馬はトラックではなく草原の中で行われるレースなので、調教も草原で行います。今回初めてモンゴル競走馬の調教を見学させていただきましたが、私からすれば何もない場所を闇雲に走っているように見えましたが、Davaakhoo調教師いわく草原内にいくつかの調教コースが存在し、レース日程に合わせて調教メニューを決めているそうです。図1はその調教データの1例で、この馬の場合、片道5kmのコースを往復して調教を実施し、前半の下り区間は遅めのキャンター、後半上り区間で速度を上げ最後の700mでスピード調教を実施していました。スピード区間の傾斜は約2%、最高時速は約50km/hでした。

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図1 モンゴル競走馬における調教中心拍数および走行速度変化の一例 

同じパターンで調教を行った4頭について、測定データを表2にまとめました。どの馬も約11km調教を行ったにもかかわらず、最後のスピード区間は50km/h前後で走っており、モンゴル在来馬は小さな体でもスピードとスタミナを両方持ち合わせていることがわかりました。また、最高心拍数は平均225bpm、走行中の心拍数と速度との関係から算出した指標V200とVHRmaxは10.1m/sおよび11.4m/sでした。

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表1 今回測定したモンゴル競走馬の調教データ一覧 

 

モンゴル競走馬とサラブレッド競走馬との比較

 モンゴル競走馬の心拍データについて、日本で測定したサラブレッド競走馬のデータと比較してみましょう。モンゴル競走馬の最高心拍数は、同世代のサラブレッドよりもやや高い値を示しました。一般的に小型の動物の方が心拍数が高いので、この差は体のサイズの違いが影響しているのかもしれません。次に、心肺機能の指標であるV200とVHRmaxですが、モンゴル馬では現役のサラブレッド競走馬よりも低値を示しました。5歳以上のサラブレッド競走馬は競馬という生存競争を勝ち残ってきた比較的優秀な馬たちなので当然の結果だとは思います。一方、日高・宮崎育成牧場で測定したデビュー前のサラブレッド育成馬と比較すると、モンゴル競走馬の方がやや低いものの大きな差は見られませんでした。これは、モンゴル競走馬はポニーのような小さい体であるにもかかわらず高い運動能力を有していることを示唆しています。また今回は示していませんが、運動後の回復期の心拍数を解析した結果、今回調査した全てのモンゴル馬において調教後2分から5分で心拍数が100bpmを切り、強調教を実施したにもかかわらず心拍数の回復が早いことがわかりました。これらのデータも、モンゴル競走馬が高い心肺能力を有していることを示しています。

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表2 モンゴル競走馬とサラブレッド競走馬との運動生理学的指標の比較 

 

再びモンゴルへ

 昨年に引き続き、本年度も国際協力機構(JICA)からの依頼でモンゴル競走馬の心拍数測定のためモンゴルへ行ってきました。今回は、ナーダムレースに向けて実施された約15kmの模擬レースで心拍数を測定することができました。まだデータを公表することはできないのですが、スタート直後からほぼ最高速度(約50km/h)で走行し、徐々に速度が落ちてゴール地点では30-35km/hまで低下していました。一方、心拍数はスタート直後から200bpmを超え、模擬レース中は常に高値で維持されていました。本番のナーダムでは毎年レース中に数頭突然死する馬がいるそうなので、モンゴル競馬は馬の心肺機能に大きな負荷をかける過酷なレースだと感じました。

 

最後に

 ナーダムに代表されるモンゴル競馬は世界的にも有名ですが、これまで運動生理学的報告はほとんどなく、心拍数を調査した研究はありませんでした。今回の調査で初めてモンゴル競走馬の調教中心拍数を調査することができ、非常に貴重な経験ができたと感じています。今後も調査を継続しモンゴル競走馬の運動能力の一端を明らかにすることで、モンゴル競馬の発展に寄与できれば幸いです。その際は、改めて本誌でご紹介させていただきますので、お楽しみに。

 

 

 

 

日高育成牧場生産育成研究室 室長 羽田哲朗(現・美浦トレーニングセンター 主任臨床獣医役)

モンゴル在来馬の調教中心拍数について ①

 日本でも海外馬券が買える時代になり外国の近代競馬が身近に感じられる時代になりましたが、他にも競馬が行われている国があります。その一つがモンゴルです。モンゴルは“チンギスハーン”に代表されるように歴史的な騎馬民族であり、在来馬を大自然の中で飼育しながら草競馬を実施しています。特に、毎年7月11日の独立記念日から3日間実施される“ナーダム”という国民的祭典では、モンゴル相撲・弓射競技とともに数百頭規模の草競馬が実施され、モンゴル3大スポーツの一つとして親しまれています。

 今回は、国際協力機構(JICA)のプロジェクトにおいてモンゴルを訪問し、競馬に出走するモンゴル在来馬の調教中心拍数を測定する機会を得たので紹介します。

 

モンゴル競馬について

 モンゴル競馬はトラックではなく草原の中を走る競馬で、レース距離は10kmから25km、7歳から12歳の子供たちが騎乗して行われます(写真1)。賞金は出るのですが名誉を得ることの方が重要で、馬も子供たちも着飾ってレースに挑みます。競馬に出走するモンゴル在来馬は絶滅危惧種の“モウコノウマ”ではないのですが、昔からモンゴルで飼育されている在来種で、体高的にはポニーに属する小さな馬です(写真2)。以前はハイブリッド(雑種)も出走可能だったそうですが現在は在来種のみが出走でき、それらは体高などで区別するそうです。また、レース距離は馬の年齢で分けられており、年齢は歯で判断します。

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写真1 モンゴル競馬の様子

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写真2 モンゴル在来馬と騎乗者

 モンゴル在来馬の体高はおそらく130~140cm。

 

モンゴル在来馬の調教中心拍数測定

 今回の訪問は、ナーダム直後の昨年7月後半。ちょうど夏休みの時期で、ウランバートル市街はお祭り気分覚めやらぬ感じでした。JICAはモンゴル生命科学大学と共同で獣医・畜産分野の能力強化プロジェクトを行っており、今回はその一環として獣医学部の教授・准教授とともにモンゴル在来馬の調査を行いました。伺ったのはウランバートル南約80kmの草原地帯で遊牧生活をしているDavaakhoo氏のところです(写真3)。Davaakhoo氏はモンゴルで一番有名な調教師で、牛・羊・山羊とともに約600頭の馬を所有しており、ゲルと呼ばれる大型テントで遊牧しながら所有馬の調教を行っています。今回は、草競馬出走予定の在来馬において調教中心拍数を測定しました。

 心拍数の測定は日本のサラブレッドでも使用しているPolar社製心拍計(M400)と馬用電極を用いて行いました。ポニーのような小さな馬で測定した経験がなかったのでうまくできるか分からなかったのですが、実際にやってみるとサラブレッドと同じように電極を装着し心拍数を測定することができました(写真4)。調教は自然の地形を活かしたコースを往復する形式で実施され、車またはバイクでチェイスしながら監視していました(写真5)。興味深かったのは、子供たちの騎乗技術の高さです。調教は裸馬でも実施されたのですが、彼らは鞍の有無に関わらず見事な技術で調教を行っており、この子供たちが将来サラブレッド競馬の世界に入ったとしたらとんでもないジョッキーになるかもしれないと感じました。

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写真3 左からNyam-Osor教授、私、Davaakhoo調教師、Khorolmaa准教授

 

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写真4 モンゴル在来馬への心拍数測定用電極の装着

 装鞍する場合(左)は専用の鞍下ゼッケンとPolar Equine Electrodeを、裸馬(右)の場合はPolar Equine Beltを使用。

 

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写真5 調教は車またはバイクでチェイスしながら実施

今回は、モンゴル在来馬の調教と心拍数測定の様子を紹介しました。次回は、測定したデータを解説いたします。

日高育成牧場生産育成研究室 室長 羽田哲朗(現・美浦トレーニングセンター 主任臨床獣医役)

米国における1歳馬のセールス・プレップ

今回は米国における1歳馬の飼養管理について紹介します。わが国では主に育成牧場でセリに向けての準備(セールス・プレップ)が行われていますが、ケンタッキーでは生産牧場でセールス・プレップが行われていました。

 

セリに上場する馬としない馬の違い

ケンタッキーにはライムストーンと呼ばれる石灰岩の層の上にアルカリ性の土壌が広がっており、ケンタッキーブルーグラスを中心とした青草から天然のミネラル分が補給される恵まれた環境にあります。また、新潟市と同じくらいの緯度にあり、夏は暑過ぎず冬は寒過ぎない快適な気候を有しています。ですので、セリに上場しない馬は悪天候時などの例外を除き、基本的には24時間放牧が行われており、馬体のチェックを兼ねて朝夕2回放牧地で飼付されます。一方、1歳セリは7~10月の夏季に開催されるため、24時間放牧しているとたてがみや体毛が日焼けしてしまいます(図1)。これは馬の成長には全く影響しませんが見栄えが悪くなるため、セリに上場する馬は昼間の日光の強い時間を馬房内で過ごして、夜間放牧(19時から翌朝7時まで)されています(図2)。

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図1.セリに上場しない馬は24時間放牧され日焼けしている

 

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図2.セリに上場する馬は日焼けを防ぐため夜間放牧に切り替えられる

 

放牧地

セリに上場しない馬は20エーカー(約8ヘクタール)程度の大きな放牧地に集団で放牧します。一方、セリに上場する馬は、牝馬に関しては放牧時間が短縮(24時間から12時間)されるだけで、同じく大きな放牧地に集団で放牧されます。牡馬に関しては、ケンカして咬みつくなどして外傷を負う恐れがあるため、1頭ずつ小パドックに放牧します。放牧地の広さを決める際の目安に“1 acre, 1 horse(ワンエーカー、ワンホース)”という言葉が使われています。これは馬1頭当たり1エーカー(約0.4ヘクタール)以上の広さが必要という意味です。

 

飼料

 セリに上場する馬は、BCSの調整のため馬房内で個別に濃厚飼料が与えられます。私が研修したダービーダンファームでは、大粒のペレットが1日2回与えられていました。1回の量は太っている馬で1.5kg、痩せている馬で2.0kgでした。ダービーダンファームは“Honesty(正直、誠実)”をスローガンにしており、BCSが5.0前後の自然な馬体を目指していました。

 

ウォーキングマシンの使い方

セリに上場する1歳馬の管理は、ウォーキングマシンを使った運動および馬体洗浄をする日と、後述するグルーミングをする日に一日おきに分かれています。

ウォーキングマシンによる運動は、常歩のストライドを伸ばしてセリの下見時に活発な印象を与えることを目的として行われています。具体的には、常歩ではついて行けず半分程度は速歩になってしまう速度でウォーキングマシンを回して、徐々に馬が体の使い方を覚えて大きく常歩で歩けるようになったらさらに速度を上げる方法を繰り返します。理想を言えば人が引いて馬の常歩の速度をコントロールするのがベストでしょうが、少ない人手で活発に歩ける馬を作るのには有効な方法だと感じました。

 

グルーミング(手入れ)

ウォーキングマシンによる運動が行われない日は、念入りなグルーミング(手入れ)が行われます。中でも最も熱心に行われていたのが、ゴムブラシで全身を強く擦ることで、古い体毛をできるだけ抜き、皮膚の血行を促します。最初の1週間は変化に気づかないレベルでしたが、2~3週間続けていると明らかに新陳代謝が良くなり、自然な艶が出てきます。そのほか、セリの直前にはトリミングを行い、たてがみをきれいに整え、耳毛や距毛を短くカットします。

 

 

 

JRA日高育成牧場業務課診療防疫係長 遠藤祥郎