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2019年6月17日 (月)

アイルランドの人材養成

No.86 (2013年9月15日号)

 「馬づくりは人づくり」。JRA日高育成牧場は、この言葉どおり、BTCやJBBAの研修生、獣医畜産系大学の学生、周辺の小・中・高校生まで幅広く多くの方を対象として、馬に関する学習の機会を提供しています。
 欧米各国においても、様々な人材養成事業が実施されており、ダーレー・フライング・スタートやケンタッキー・イクワイン・マネージメント・インターンシップなどは世界的にもよく知られているところです。世界有数の馬産国アイルランドは、国の主要産業の振興を目的とした人材養成に対し、政府をあげた一大事業として力を注いでいます。
本稿では、アイルランドの人材養成の中心となっているアイリッシュ・ナショナル・スタッド(以下INS)のブリーディング・コースについて紹介します。

アイリッシュ・ナショナル・スタッド-ブリーディング・コース-
 INSは、半世紀以上前の1946年に「アイルランドの馬産業の促進」を目的として設立された歴史ある国営牧場で、往年の大種牡馬ブランドフォードを筆頭に、最近ではシーザスターズなど多くの名馬が生産されてきました。
 INSは生産牧場としての役割のみならず、ブリーディング・コースとよばれる競走馬産業への人材供給を目的とした事業を行っています。1971年に設立され、40年以上の歴史をもつこのコースは、これまで800人以上の卒業生を世界中に輩出しており、卒業生は各国の生産牧場、育成牧場、競走馬厩舎、競馬関係機関、セリ会社あるいはマスコミなどで活躍しています。
 INSの教育システムは、自国のみならず、他国の人材も養成していることで特徴的です。国営牧場という性質上、自国の若者のみを対象とするシステムの方が妥当と思われますが、世界中から生徒を集め、卒業後に彼らが母国において競馬産業の職に就くことにより、結果として世界各国にコネクションを拡大することを可能にしています。すなわち、卒業生に対してアイルランドの「競馬大使」としての役割を期待しているのです。

コース概要
 このコースは、繁殖シーズン(1~7月)の約半年間にわたって行われ、実習、講義および見学研修を通じ、スタッド・マネージャーに必要な生産に関する知識および技術の修得が中心になっています。実習は、繁殖シーズンにおける繁殖牝馬、子馬および種牡馬の管理、そして、種付け・出産などの実務を行います。1日1時間の講義は、獣医学、装蹄学、栄養学、土壌学などの馬産の基礎的な分野に加え、種牡馬事業やセリ市場など、競馬産業に関する内容も数多く含まれています。講師は、INSの場長およびスタッフのみならず、大学、研究所、飼料会社、エージェント、セリ主催者、調教師などアイルランドを代表する競馬関係者が担当しています。また、見学研修においては、セリ市場、馬診療所、競走馬厩舎、育成業者(コンサイナー)などを訪問します。これらの講義や見学は、知識修得だけではなく、アイルランドの競馬産業に携わる関係者と各国生徒との「顔合わせ」を兼ねており、競馬産業におけるネットワークの形成に寄与しています。

各国からの研修生
 年齢制限はありませんが、主に20代前半の研修生が多くを占めています。彼らの学歴は高卒、大卒、大学在籍中など様々ですが、ほぼ全員が生産牧場あるいは競走馬厩舎での勤務経験を有しています。また、すでに自国以外の牧場で就労経験している生徒も数多く在籍していました。このような世界各国の研修生が、半年間にわたる寮生活をとおして寝食をともにする、まさに「同じ釜の飯を食う」ことにより、世界中にネットワークを拡げることができるのです。

他国の教育システム
 INSと同様の人材養成機関は他国にも存在します。主なものとしては、ナショナル・スタッド(英国)、ケンタッキー・イクワイン・マネージメント・インターンシップ(米国)、ダーレー・フライング・スタート(愛国、豪州、米国、ドバイ)などがあげられます。INSの生徒の何名かは、これらのコースも受講することにより、世界各国の馬産を経験するとともに人脈の輪を広げています。

おわりに
 世界中の競馬産業にネットワークを形成しているINSの卒業生は、アイルランドの競馬産業にとって極めて貴重な財産であり、国をあげたこの事業を40年以上継続することによって、世界有数の馬産国としての地位を築いています。
 来年1月から始まるコースの募集締め切りは、本年10月12日です。募集人員は20名、応募資格は「18歳以上で健康」「一定の英語力(IELTS academic test 5以上)を有している」「牧場などでの勤務経験があり、馬の取扱いに慣れている」ことです。ご興味のある方は受講してみてはいかがでしょうか(アイリッシュ・ナショナル・スタッド・ブリーディング・コースhttp://irishnationalstud.ie/education/4/breeding-course/)。

(日高育成牧場 専門役 冨成 雅尚)

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大手コンサイナーによる馬の見方に聞き入る研修生

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INSの担当装蹄師による装蹄学の講義

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多くの見学先では、愛国のホースマンとの懇談の場が設けられている。
研修生と話すジム・ボルジャー調教師(左写真)、バリーリンチ・スタッドのジョン・オコーナー場長(右写真)

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INSの卒業式。世界各国の生徒が半年間寝食をともにすることで、世界中にネットワークを拡げることができる(筆者は最後列左端)

アイリッシュ・ナショナル・スタッド(愛国)
Irish National Stud
http://irishnationalstud.ie/

ケンタッキー・イクワイン・マネージメント・インターンシップ(米国)
Kentucky Equine Management Internship
http://www.kemi.org/

ナショナル・スタッド(英国)
The National Stud
http://www.nationalstud.co.uk/

ダーレー・フライング・スタート
Darley Flying Start
http://www.darleyflyingstart.com/

2019年5月31日 (金)

サラブレッドの距離適性に関わるミオスタチン遺伝子について

No.80 (2013年6月15日号)

 生き物の容姿や機能・能力の設計図とも言える遺伝子は、サラブレッドの場合、64本の染色体(31対の常染色体と1対の性染色体)の中にあります。近年、第18番目の染色体上に存在するミオスタチンという物質の遺伝子のDNA塩基配列(A/T/C/Gの4つの塩基の組み合わせからなる)の中にある一塩基多型が競走距離適性と関連していることが、複数の研究機関から報告されました。今回は、このミオスタチン遺伝子型に関する最新事情について紹介したいと思います。

ミオスタチン遺伝子多型と距離適性
 ミオスタチン遺伝子に認められた一塩基多型とは、「C(シトシン)」または「T(チミン)」のどちらかで構成される塩基配列の一部が個体によって異なっている、というものです。染色体は、父方の精子と母方の卵子から1本ずつ引き継ぐため、その組み合わせによって「C/C」、「C/T」および「T/T」の3 種類の遺伝子型が生じることになります。ちなみに、このような遺伝子型は人のABO血液型が親から子供に遺伝しているのと同じ原理になります。このミオスタチン遺伝子型により、「C/C」型では短距離に適した傾向を、「T/T」型では長距離に適した傾向を示し、「C/T」型ではその中間(中距離)に適した傾向を示すことが明らかになってきました。
 図1は、JRA において出走した雄のサラブレッド集団(1,023 頭)の距離適性傾向を示しています。この調査では,調査対象としたJRA における競走体系(新馬戦からG1 まで)が、1,200 m や1,800 m での頻度が高いため、解釈する上ではこの点に留意すべきとしていますが、「C/C」型では1,000~1,800 m で、「C/T」型では1,200~2,000 m で勝利度数が高く、「T/T」型は「C/T」型よりやや長距離で勝利度数が高いことが示されています。

1_6 (図1) 日本のサラブレッド(雄1,023 頭)におけるミオスタチン遺伝子型の違いによる勝利度数分布(T. Tozaki et. al., Animal Genetics, 2011から引用・改変)

筋量とミオスタチン遺伝子型との関連
 ミオスタチンは多種様々ある成長因子の1つで、筋細胞の増殖分化を抑制する物質であることが知られています。ミオスタチンの機能不全を起こしたウシでは、筋肉隆々の個体になることが知られていて、通常の個体では過大に筋肉が肥大化しないように、ミオスタチンを介した適度な筋量の調節が行われていることが推察されます。
 18ヶ月齢(調教前)のJRA育成馬(91 頭:雄49 頭,雌42 頭)を用いて、調教開始後6ヶ月間の測尺結果とミオスタチン遺伝子型との関連を解析した調査では、筋量を反映する「体重/ 体高(kg/cm)」は、雌雄とも「C/C」型で最も高く、「T/T」型で最も低く、「C/T」型ではそれらの中間傾向を示すことが明らかになりました(図2)。この遺伝子型の違いによる傾向は、18月齢から認められ、統計的に有意な違いは、本格的なトレーニングを開始した20月齢(1歳の11月時点)から観察されました。

2_6 (図2) 1歳育成馬における体重/体高の経時変化とミオスタチン遺伝子型との関係
 黒枠付きの四角は雄を、丸は雌を示す。筋量の指標となる体重/ 体高は、11月~3月の測定期間において、遺伝子型による統計的有意な差(*印:p <0.05)を認めた。(T. Tozaki et. al., J. Vet. Med. Sci., 2011から引用・改変)

競走距離の変移とミオスタチン遺伝子型との関連
 サラブレッドの近代競馬は、今から約300年前のイギリスで発祥しました。当時の競馬は3~6kmの長距離戦が主なものであったとされています。レースで勝利を治めた馬が種牡馬や繁殖牝馬となり、その子孫を残すことで、速く走るための遺伝子が選抜され、サラブレッドの育種改良は行われてきました。昨年は、我が国でも近代競馬が行われてから150周年を迎え、世界で互角に戦える競走馬を輩出し、血統的にも世界に負けない優れた種牡馬や繁殖牝馬が揃うようになってきました。平成24年度の中央競馬(JRA)における平地競走は芝1,000~3,600m、ダート競走は1,000~2,500mの各競馬場コースにおいて、合計3,321競走の競馬番組が施行されました。一般に、平地競走の距離区分は、1,200mを中心としたスプリント(Sprint; <1300m)、1,600mを中心としたマイル(Mile; ~1900m)、2,000mを中心とした中距離(Intermediate; ~2,112m)、2,400mを中心とした中長距離(Long; ~2716m)、3,000mを超える長距離(Extend; >2717m)に分類され、それぞれの英語の頭文字を取ってSMILEとして区分されています。この距離別区分によるJRAの競走数の分布は図3の様になり、近年は、マイルやスプリントの競走が主流になってきていることが分かります。
このような競馬距離体系の移り変わりから、サラブレッドの求められる距離適性能力も変移してきています。かつての歴史上の有名種牡馬や競走馬13頭のミオスタチン遺伝子型を調査した報告では、19世紀以前は「T/T」型の種牡馬が多くを占めていた可能性が高く、1954年生まれの1頭の種牡馬以降に「C/C」型のミオスタチン遺伝子型を持つ種牡馬が登場し、この「C」型のミオスタチン遺伝子が普及していることが明らかになっています。

ミオスタチン遺伝子型に関する動向
 サラブレッドの競走能力に関わる遺伝子は、ミオスタチン遺伝子だけではありません。様々な複数の遺伝子が関与しているとともに、その発現には飼養管理や調教、馬場状態やレース展開など様々な環境要因も関与しています。したがって、1つの遺伝子だけを取り上げてその馬の能力を判定するのは危険な考えだと言えます。ミオスタチン遺伝子型と競走距離適性との関連は、サラブレッドの血統理論を裏付ける科学的な指標の1つとして、長期的な交配計画の策定や、その個体に適した飼養管理や調教方法などの環境要因の策定に活用されるべきと思われます。
 なお、ミオスタチン遺伝子型のDNA検査は、アイルランドのエクイノム社および米国のジャネティクス社により特許が取得され、「Equinome Speed Geen Test」として、正式な遺伝子診断サービスが実施されています。ライセンス許諾を受けていない試験機関等による検査は同特許の侵害に当たり、大学や研究機関における研究目的であっても,得られた個々の診断結果を馬主等の関係者に報告する場合にあっては、潜在市場を侵食する観点から違法となる場合があります。日本国内においては、共同研究を実施してきた競走馬理化学研究所がライセンス許諾を受け、最近本検査業務を開始したところです。

日高育成牧場 生産育成研究室
研究役 佐藤文夫

2019年4月19日 (金)

JRA育成馬を活用した人材養成

No.68 (2012年12月1日号)

 JRAでは「強い馬づくり」すなわち、内国産馬の資質向上や生産・育成牧場の飼養管理技術向上に貢献することを目的に、育成業務を行っています。
 われわれは購買したJRA育成馬および生産したJRAホームブレッドを活用して育成研究・技術開発を行なっています。また、そこで得られた成果はブリーズアップセール売却後の競走パフォーマンスにおいて検証した後、講習会やDVDなどの出版物を通して広く競馬サークルに普及・啓発することとしています。
 また、「強い馬づくりは人づくりから」とよく言われるように、「人材養成」も重要な育成業務のひとつです。
 われわれはJRA育成馬を活用して騎乗技術者、牧場従業員、獣医師等、広く生産・育成および競馬に携わる優秀な人材をサークル内に供給することができるよう、様々な取組みを行なっています。今回は、育成期のステージごとにJRA育成馬を活用して実施している内容について紹介いたします。

初期~中期育成のステージ
■JBBA生産育成技術者研修生
 JBBA日本軽種馬協会では、競走馬の生産・育成関連の仕事に就業するための基礎となる知識、技術の習得を目的として、静内種馬場内にある研修所で馬学全般、騎乗訓練や馴致調教などの研修を行っています。JRAでは、「繁殖牝馬の管理実習」、「分娩見学」、「当歳馬の管理実習および離乳実習」、「育成馬の騎乗馴致見学」等の実習や見学を支援しています。研修生は、馬を生産育成する上で重要な節目に合わせて来場し、JRA生産馬およびホームブレッドを活用して実習体験するとともに、子馬の発育やその時々の飼養管理法について専門的な知識を学びます。

■日高育成牧場サマースクール
 日本の大学は、欧米に比べて産業動物の臨床実習をするための環境や施設が整っていないのが現状です。しかしながら、全国の学生の中には、馬に関する実践的な教育を受講したいと考えている人や、実習などを通じて馬と触れ合ってみたいという学生は大勢います。日高育成牧場ではこのような獣医畜産系の大学生を対象に、10日間程度の研修期間を2クール設けています。繁殖牝馬および当歳馬の引き馬や手入れなどの実践技術の習得をはじめ、さまざまな検査や調査に立ち会うことにより、馬の繁殖学、栄養学、画像診断技術などを学びます。また、馬をさらによく知っていただく目的で、繋養乗馬を活用した体験乗馬も実施しています。

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(写真1)サマースクールでは引き馬も学ぶ

後期育成のステージ
■BTC育成調教技術者研修
 (財)軽種馬育成調教センター(BTC)が実施している育成調教技術者養成研修では、「軽種馬の生産・育成に関する体系的な実用技術および知識の習得を目的」に1年間の研修を行っています。前半の6カ月で基礎的な騎乗技術を身に付けた研修生は、JRA育成馬のブレーキングが始まる9月から、2班ずつにわけて3週間ずつ育成馬の馴致ロットごとに参加します。そこでは、JRA職員が指導する「JRA育成牧場管理指針」に沿った実際の育成馬の馴致を学びます。また、当場に繋養する若い乗馬も実習馬として活用し、ドライビングなどの騎乗馴致技術の基礎を習得しています。
 また、年が明けて1月から4月までは、JRA育成馬に騎乗し、実践的な育成場の騎乗技術を身につけていきます。JRA職員は生徒が騎乗することが出来る躾のできた馬を調教するとともに、生徒とともに騎乗し、就職先の牧場でしっかりと乗ることができるよう、厳しく指導を行ないます。最終的には4月初旬に行われる育成馬展示会においてスピード調教を行い、自身の研修成果のアピールを行います。生徒が騎乗した馬の中からはエイシンオスマン号やモンストール号などの重賞勝利馬も輩出しており、生徒達の自信と励みにもなっています。

Btc

(写真2)ブレーキングを学ぶBTC生徒

■競馬学校騎手課程生徒
 育成調教が進んだ2月には、競馬学校騎手課程2年生が約1週間滞在し研修を行っています。昔のようにトレセンで若馬に乗る機会が減少している生徒にとって、JRA育成馬に騎乗することは馬の調教方法や騎乗を学ぶ貴重な機会となります。彼らは、若馬の柔らかさや反応の速さに驚きながらも、すばやく馬の状態に適応しながら騎乗することができます。
 また、4月中旬にはブリーズアップセールに向けて中山競馬場に滞在する1週間、セールに上場する馬の調教や管理を学ぶための研修を行います。JRAブリーズアップセールでは、各生徒がそれぞれ5鞍騎乗し、多くの馬主や調教師の見守る中、彼らの技術を披露しアピールする良いチャンスともなっています。同時に彼らの騎乗技術が馬の売却状況に影響をおよぼすので、プレッシャーを感じながら騎乗するトレーニングにもなっているようです。

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(写真3)ブリーズアップセールで騎乗する騎手課程生徒

 このように、生産、あるいは購買したJRA育成馬は、競走馬として売却されるまで、様々な人材を養成するために活用されています。JRA育成馬に携わった研修生たちが、生産・育成界そして競馬サークルで活躍されることを期待しています。

(日高育成牧場 業務課長 石丸 睦樹)