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2019年8月16日 (金)

日高育成牧場が実践する人材育成

No.100(2014年5月1日号)

 平成22年1月に始まった本連載も今回の記事でちょうど第100回を数えることとなりました。今後とも読者の「強い馬づくり」に役立つよう連載を続けて生きたいと考えていますので、ご支援よろしくお願いいたします。本稿では、日高育成牧場ならではの活動ともいえる教育支援や人材養成について紹介いたします。

 馬を学びたい学生のために

 今年最初の子馬が誕生した3月末、日高育成牧場では将来の獣医師の卵6名を対象に「スプリングキャンプ」なるものが開催されていました。これは全国の獣医学部の学生を対象に広く参加者を募り、馬の分娩や種付けを経験してもらいながら、サラブレッドの生産や飼養管理について学び、馬に対する興味と知識を深めてもらうための研修です。日本の大学は、欧米に比べて産業動物の臨床実習をするための環境や施設が整っていないのが現状です。特に馬に関しては教えることができる教員も多くはありません。しかし、全国には、馬に携わる仕事がしたい、実習などを通じて馬と触れ合ってみたいという学生は結構いるものです。日高育成牧場では数年前から、そのような獣医畜産系の大学生を対象に夏休み期間を利用して「日高サマースクール」と称した研修を実施しています。更に今年度は、「春休み期間を利用して分娩が見たい!」という多くの学生の声を反映して、この「スプリングキャンプ」を企画・実施しました。実習では、まず馬を引くことから始め、手入れや収放牧を通じて馬に触れ、寝藁上げ作業を手伝うことで現場の雰囲気を学び、馬の繁殖学、栄養学、画像診断などの専門知識についても講義と実習で学びます。さらに、昼は種馬場で種付けを見学し、夜は分娩が近い繁殖牝馬の監視をすることで、実際の交配や分娩を体験します(写真1)。研修終了後、学生たちは大学では学べないサラブレッドの生産について少なからず理解し、貴重な体験をして帰途に付きました。今までに多くの研修生が日高育成牧場での実習、研修をとおして学びましたが、すでに、日高育成牧場で研修を受けた研修生の中から馬関係の仕事に携わる獣医師が大勢、誕生してきています。今回のスプリングキャンプの受講生の中からも、また日高に戻って来てくる者がいるかもしれません。

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(写真1)日高育成牧場スプリングキャンプ

子馬の誕生に感動する獣医大学の学生

育成馬の騎乗から観光客向け展示まで

 日高育成牧場では、JRA育成馬を用いた調教技術・騎乗者養成に関する研修(写真2)や生産育成技術者研修などの専門的な研修も行っています。また、一時、凍結されていた本会新人職員の日高での研修も再開されました(写真3)。さらに、馬に触れたこともない小・中・高等学校生に対して「乗馬教室」、「職場体験学習」、「馬文化出前教室」や「日高の自然授業」などの馬に関する授業を担当したり(写真4)、幼稚園の見学を積極的に受け入れたりしています。また、一般の観光客向けの「場内バスツアー」を企画し、馬に親しんでもらう機会を設けています(写真5)。この様な研修を実施することで、日高育成牧場で実践している新しい飼養管理方法や調教技術の公開、調査研究成果の普及に努め、将来馬に携わる人材を育成しています(表1)。

 世界に通用する強い馬づくりを目指すには、広く馬に関心を持つ人を増やすこと、さらに馬に携わる人の意識と生産育成技術の向上が不可欠です。すなわち「強い馬づくりは人づくりから」と言えるのではないでしょうか。

 2 (写真2)育成調教技術者養成研修(BTC研修生)

JRA育成馬を用いて、ブレーキングから高度な騎乗技術まで習得する

 3 (写真3)新人一般職二次研修(JRA職員)

雑草抜きもしながらサラブレッドの生産について学ぶ

 4 (写真4)「馬文化出前教室」への講師派遣

日高振興局の要請により随時、小学校へ出向く(えりも町立笛舞小学校:2011年12月)

5 (写真5)日高育成牧場バスツアー

馬の親子とのふれあいの様子

6 表1. 日高育成牧場で実施している主な研修

(日高育成牧場 生産育成研究室 研究役 佐藤 文夫)

2019年6月24日 (月)

耐性寄生虫について –ターゲット・ワーミングの紹介-

No.89(2013年11月1日号)

 わが国のみならず世界中の馬の生産現場において、「耐性寄生虫」すなわち駆虫剤に効果を示さない寄生虫が大きな問題となっています。今回は、「耐性寄生虫」出現の背景や新しい駆虫の考え方について紹介いたします。

耐性寄生虫の発生原因
 耐性寄生虫の発生には、「すべての馬に対する駆虫」「定期的な駆虫」「同じ駆虫剤の継続投与」といったこれまで駆虫の常識と考えられ実践してきた習慣が背景にあると考えられています。では、耐性寄生虫はどのようなメカニズムで発生するのでしょうか?以下のようなモデルが紹介されています。
耐性寄生虫は突然出現するものではなく、もともと、寄生虫群のなかに存在しています(図1)。この寄生虫群に同じ駆虫剤を投与し続けると、耐性寄生虫だけが生き残ります(図2)。すると、耐性寄生虫同士の交配が増加し、耐性寄生虫が多数を占めるようになります(図3)。
 このように一度でも耐性寄生虫が多数を占めてしまった場合、耐性寄生虫は消失しません。それでは、どのような駆虫をすれば良いのでしょうか?

1_5 図1

2_5 図2

3_4 図3

ターゲット・ワーミング
 耐性寄生虫の出現を可能な限り抑制する方法として、欧米では「ターゲット・ワーミングTarget worming」と呼ばれる駆虫方法が提唱されています。ポイントは「①虫卵検査の実施」「②必要な馬に限定した駆虫」「③薬剤のローテーション」の3つです。すなわち、虫卵検査を実施して、必要な馬に対してのみ駆虫を実施する方法です。また、異なる薬剤を交互に使用することで、1つの薬剤に対する耐性寄生虫の出現を抑制します。
具体的な方法は以下のとおりです(図4、5)。

・2ヶ月間隔で繋養全馬に対する虫卵検査を実施する。
・各寄生虫につき、糞1gに250個以上の卵が認められた場合のみ駆虫する。
・イベルメクチン、ピランテル、フェンベンダゾールを交代で投与する。
・条虫駆除を目的としたプラジクアンテルは秋に1回(もしくは春との2回)投与する。
・駆虫2週間後に再検査をして、駆虫剤の効果を確認する。

 ただし、2歳未満の子馬に対しては、虫卵数に関わらず2ヶ月毎に駆虫を実施します。理由は、子馬にとっての脅威「アスカリド・インパクション(回虫便秘)」の防止です。アスカリド・インパクションは、子馬の腸管の中に回虫が充満し、最悪の場合には腸管破裂による死亡を引き起こします。成馬になると、回虫に対して抗体ができるため、若馬に対してのみ徹底的に駆虫するのです。この場合の駆虫は上記3つの薬剤を交代で使用することにより、耐性寄生虫の発生を抑えます。

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図4 虫卵検査により、大量寄生が認められた馬のみ駆虫する

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図5 薬剤のローテーション投与

寄生虫をゼロにする必要はない
 「ターゲット・ワーミング」は、薬剤感受性が高い寄生虫(薬が効く虫)を一定割合生存させておくことによって、耐性寄生虫の割合を減らすことができる方法です。これにより、駆虫が本当に必要な時に駆虫剤が効果を示すようになるのです。この方法の根底には「寄生虫をゼロにする必要がない」との考え方が存在します。
 「寄生虫=害虫=全滅させる必要がある」という概念は間違いだと考えられるようになってきました。「すべての寄生虫が馬に健康被害をもたらすか?」、この疑問は解決されていません。デンマークで行われたトロッター競走馬を対象とした調査によると、円虫卵が多く認められた馬のほうが、入着(1~3着)する可能性が高いとの結果が得られました。円虫寄生が競走パフォーマンスを高めるとは想像できませんが、少なくとも競走馬の場合には負の影響はないとも考えられます。もちろん、成馬であっても大量寄生による疝痛・栄養障害などの健康状態に与える影響は否定されていません。しかし、子馬のアスカリド・インパクションなど、本当に必要な時のために、現在有効な駆虫薬を残しておくことは極めて重要です(図6、7)。なぜなら、新たな駆虫薬の開発には長い年月を必要とするからです。

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図6 駆虫薬の効果

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図7 現在使用可能な駆虫剤は、必要な時のために温存!!

駆虫剤投与以外に実施すること
 生産現場においては、駆虫剤を投与する以外にも有効な寄生虫対策があります。

・放牧地のローテーション
・放牧地の糞塊除去
・放牧地のハローがけ(ハローがけ後は一定期間休牧)
・大量寄生馬の隔離
・過密放牧の回避
・牛・羊などとの混合放牧(異なる動物種が、馬寄生虫を食べることでその生活環を断つことができる)

 上述のターゲット・ワーミングと、これらを併用することで耐性寄生虫の発生を可能な限り抑制できると思われます(図8、9)。

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図8 「放牧地のローテーション」や「糞塊除去」は寄生虫駆除に有効な方法

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図9 アイルランドで実施されている牛との混合放牧


(日高育成牧場 専門役  冨成 雅尚)

2019年6月17日 (月)

アイルランドの人材養成

No.86 (2013年9月15日号)

 「馬づくりは人づくり」。JRA日高育成牧場は、この言葉どおり、BTCやJBBAの研修生、獣医畜産系大学の学生、周辺の小・中・高校生まで幅広く多くの方を対象として、馬に関する学習の機会を提供しています。
 欧米各国においても、様々な人材養成事業が実施されており、ダーレー・フライング・スタートやケンタッキー・イクワイン・マネージメント・インターンシップなどは世界的にもよく知られているところです。世界有数の馬産国アイルランドは、国の主要産業の振興を目的とした人材養成に対し、政府をあげた一大事業として力を注いでいます。
本稿では、アイルランドの人材養成の中心となっているアイリッシュ・ナショナル・スタッド(以下INS)のブリーディング・コースについて紹介します。

アイリッシュ・ナショナル・スタッド-ブリーディング・コース-
 INSは、半世紀以上前の1946年に「アイルランドの馬産業の促進」を目的として設立された歴史ある国営牧場で、往年の大種牡馬ブランドフォードを筆頭に、最近ではシーザスターズなど多くの名馬が生産されてきました。
 INSは生産牧場としての役割のみならず、ブリーディング・コースとよばれる競走馬産業への人材供給を目的とした事業を行っています。1971年に設立され、40年以上の歴史をもつこのコースは、これまで800人以上の卒業生を世界中に輩出しており、卒業生は各国の生産牧場、育成牧場、競走馬厩舎、競馬関係機関、セリ会社あるいはマスコミなどで活躍しています。
 INSの教育システムは、自国のみならず、他国の人材も養成していることで特徴的です。国営牧場という性質上、自国の若者のみを対象とするシステムの方が妥当と思われますが、世界中から生徒を集め、卒業後に彼らが母国において競馬産業の職に就くことにより、結果として世界各国にコネクションを拡大することを可能にしています。すなわち、卒業生に対してアイルランドの「競馬大使」としての役割を期待しているのです。

コース概要
 このコースは、繁殖シーズン(1~7月)の約半年間にわたって行われ、実習、講義および見学研修を通じ、スタッド・マネージャーに必要な生産に関する知識および技術の修得が中心になっています。実習は、繁殖シーズンにおける繁殖牝馬、子馬および種牡馬の管理、そして、種付け・出産などの実務を行います。1日1時間の講義は、獣医学、装蹄学、栄養学、土壌学などの馬産の基礎的な分野に加え、種牡馬事業やセリ市場など、競馬産業に関する内容も数多く含まれています。講師は、INSの場長およびスタッフのみならず、大学、研究所、飼料会社、エージェント、セリ主催者、調教師などアイルランドを代表する競馬関係者が担当しています。また、見学研修においては、セリ市場、馬診療所、競走馬厩舎、育成業者(コンサイナー)などを訪問します。これらの講義や見学は、知識修得だけではなく、アイルランドの競馬産業に携わる関係者と各国生徒との「顔合わせ」を兼ねており、競馬産業におけるネットワークの形成に寄与しています。

各国からの研修生
 年齢制限はありませんが、主に20代前半の研修生が多くを占めています。彼らの学歴は高卒、大卒、大学在籍中など様々ですが、ほぼ全員が生産牧場あるいは競走馬厩舎での勤務経験を有しています。また、すでに自国以外の牧場で就労経験している生徒も数多く在籍していました。このような世界各国の研修生が、半年間にわたる寮生活をとおして寝食をともにする、まさに「同じ釜の飯を食う」ことにより、世界中にネットワークを拡げることができるのです。

他国の教育システム
 INSと同様の人材養成機関は他国にも存在します。主なものとしては、ナショナル・スタッド(英国)、ケンタッキー・イクワイン・マネージメント・インターンシップ(米国)、ダーレー・フライング・スタート(愛国、豪州、米国、ドバイ)などがあげられます。INSの生徒の何名かは、これらのコースも受講することにより、世界各国の馬産を経験するとともに人脈の輪を広げています。

おわりに
 世界中の競馬産業にネットワークを形成しているINSの卒業生は、アイルランドの競馬産業にとって極めて貴重な財産であり、国をあげたこの事業を40年以上継続することによって、世界有数の馬産国としての地位を築いています。
 来年1月から始まるコースの募集締め切りは、本年10月12日です。募集人員は20名、応募資格は「18歳以上で健康」「一定の英語力(IELTS academic test 5以上)を有している」「牧場などでの勤務経験があり、馬の取扱いに慣れている」ことです。ご興味のある方は受講してみてはいかがでしょうか(アイリッシュ・ナショナル・スタッド・ブリーディング・コースhttp://irishnationalstud.ie/education/4/breeding-course/)。

(日高育成牧場 専門役 冨成 雅尚)

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大手コンサイナーによる馬の見方に聞き入る研修生

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INSの担当装蹄師による装蹄学の講義

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多くの見学先では、愛国のホースマンとの懇談の場が設けられている。
研修生と話すジム・ボルジャー調教師(左写真)、バリーリンチ・スタッドのジョン・オコーナー場長(右写真)

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INSの卒業式。世界各国の生徒が半年間寝食をともにすることで、世界中にネットワークを拡げることができる(筆者は最後列左端)

アイリッシュ・ナショナル・スタッド(愛国)
Irish National Stud
http://irishnationalstud.ie/

ケンタッキー・イクワイン・マネージメント・インターンシップ(米国)
Kentucky Equine Management Internship
http://www.kemi.org/

ナショナル・スタッド(英国)
The National Stud
http://www.nationalstud.co.uk/

ダーレー・フライング・スタート
Darley Flying Start
http://www.darleyflyingstart.com/

2019年5月31日 (金)

サラブレッドの距離適性に関わるミオスタチン遺伝子について

No.80 (2013年6月15日号)

 生き物の容姿や機能・能力の設計図とも言える遺伝子は、サラブレッドの場合、64本の染色体(31対の常染色体と1対の性染色体)の中にあります。近年、第18番目の染色体上に存在するミオスタチンという物質の遺伝子のDNA塩基配列(A/T/C/Gの4つの塩基の組み合わせからなる)の中にある一塩基多型が競走距離適性と関連していることが、複数の研究機関から報告されました。今回は、このミオスタチン遺伝子型に関する最新事情について紹介したいと思います。

ミオスタチン遺伝子多型と距離適性
 ミオスタチン遺伝子に認められた一塩基多型とは、「C(シトシン)」または「T(チミン)」のどちらかで構成される塩基配列の一部が個体によって異なっている、というものです。染色体は、父方の精子と母方の卵子から1本ずつ引き継ぐため、その組み合わせによって「C/C」、「C/T」および「T/T」の3 種類の遺伝子型が生じることになります。ちなみに、このような遺伝子型は人のABO血液型が親から子供に遺伝しているのと同じ原理になります。このミオスタチン遺伝子型により、「C/C」型では短距離に適した傾向を、「T/T」型では長距離に適した傾向を示し、「C/T」型ではその中間(中距離)に適した傾向を示すことが明らかになってきました。
 図1は、JRA において出走した雄のサラブレッド集団(1,023 頭)の距離適性傾向を示しています。この調査では,調査対象としたJRA における競走体系(新馬戦からG1 まで)が、1,200 m や1,800 m での頻度が高いため、解釈する上ではこの点に留意すべきとしていますが、「C/C」型では1,000~1,800 m で、「C/T」型では1,200~2,000 m で勝利度数が高く、「T/T」型は「C/T」型よりやや長距離で勝利度数が高いことが示されています。

1_6 (図1) 日本のサラブレッド(雄1,023 頭)におけるミオスタチン遺伝子型の違いによる勝利度数分布(T. Tozaki et. al., Animal Genetics, 2011から引用・改変)

筋量とミオスタチン遺伝子型との関連
 ミオスタチンは多種様々ある成長因子の1つで、筋細胞の増殖分化を抑制する物質であることが知られています。ミオスタチンの機能不全を起こしたウシでは、筋肉隆々の個体になることが知られていて、通常の個体では過大に筋肉が肥大化しないように、ミオスタチンを介した適度な筋量の調節が行われていることが推察されます。
 18ヶ月齢(調教前)のJRA育成馬(91 頭:雄49 頭,雌42 頭)を用いて、調教開始後6ヶ月間の測尺結果とミオスタチン遺伝子型との関連を解析した調査では、筋量を反映する「体重/ 体高(kg/cm)」は、雌雄とも「C/C」型で最も高く、「T/T」型で最も低く、「C/T」型ではそれらの中間傾向を示すことが明らかになりました(図2)。この遺伝子型の違いによる傾向は、18月齢から認められ、統計的に有意な違いは、本格的なトレーニングを開始した20月齢(1歳の11月時点)から観察されました。

2_6 (図2) 1歳育成馬における体重/体高の経時変化とミオスタチン遺伝子型との関係
 黒枠付きの四角は雄を、丸は雌を示す。筋量の指標となる体重/ 体高は、11月~3月の測定期間において、遺伝子型による統計的有意な差(*印:p <0.05)を認めた。(T. Tozaki et. al., J. Vet. Med. Sci., 2011から引用・改変)

競走距離の変移とミオスタチン遺伝子型との関連
 サラブレッドの近代競馬は、今から約300年前のイギリスで発祥しました。当時の競馬は3~6kmの長距離戦が主なものであったとされています。レースで勝利を治めた馬が種牡馬や繁殖牝馬となり、その子孫を残すことで、速く走るための遺伝子が選抜され、サラブレッドの育種改良は行われてきました。昨年は、我が国でも近代競馬が行われてから150周年を迎え、世界で互角に戦える競走馬を輩出し、血統的にも世界に負けない優れた種牡馬や繁殖牝馬が揃うようになってきました。平成24年度の中央競馬(JRA)における平地競走は芝1,000~3,600m、ダート競走は1,000~2,500mの各競馬場コースにおいて、合計3,321競走の競馬番組が施行されました。一般に、平地競走の距離区分は、1,200mを中心としたスプリント(Sprint; <1300m)、1,600mを中心としたマイル(Mile; ~1900m)、2,000mを中心とした中距離(Intermediate; ~2,112m)、2,400mを中心とした中長距離(Long; ~2716m)、3,000mを超える長距離(Extend; >2717m)に分類され、それぞれの英語の頭文字を取ってSMILEとして区分されています。この距離別区分によるJRAの競走数の分布は図3の様になり、近年は、マイルやスプリントの競走が主流になってきていることが分かります。
このような競馬距離体系の移り変わりから、サラブレッドの求められる距離適性能力も変移してきています。かつての歴史上の有名種牡馬や競走馬13頭のミオスタチン遺伝子型を調査した報告では、19世紀以前は「T/T」型の種牡馬が多くを占めていた可能性が高く、1954年生まれの1頭の種牡馬以降に「C/C」型のミオスタチン遺伝子型を持つ種牡馬が登場し、この「C」型のミオスタチン遺伝子が普及していることが明らかになっています。

ミオスタチン遺伝子型に関する動向
 サラブレッドの競走能力に関わる遺伝子は、ミオスタチン遺伝子だけではありません。様々な複数の遺伝子が関与しているとともに、その発現には飼養管理や調教、馬場状態やレース展開など様々な環境要因も関与しています。したがって、1つの遺伝子だけを取り上げてその馬の能力を判定するのは危険な考えだと言えます。ミオスタチン遺伝子型と競走距離適性との関連は、サラブレッドの血統理論を裏付ける科学的な指標の1つとして、長期的な交配計画の策定や、その個体に適した飼養管理や調教方法などの環境要因の策定に活用されるべきと思われます。
 なお、ミオスタチン遺伝子型のDNA検査は、アイルランドのエクイノム社および米国のジャネティクス社により特許が取得され、「Equinome Speed Geen Test」として、正式な遺伝子診断サービスが実施されています。ライセンス許諾を受けていない試験機関等による検査は同特許の侵害に当たり、大学や研究機関における研究目的であっても,得られた個々の診断結果を馬主等の関係者に報告する場合にあっては、潜在市場を侵食する観点から違法となる場合があります。日本国内においては、共同研究を実施してきた競走馬理化学研究所がライセンス許諾を受け、最近本検査業務を開始したところです。

日高育成牧場 生産育成研究室
研究役 佐藤文夫

2019年4月19日 (金)

JRA育成馬を活用した人材養成

No.68 (2012年12月1日号)

 JRAでは「強い馬づくり」すなわち、内国産馬の資質向上や生産・育成牧場の飼養管理技術向上に貢献することを目的に、育成業務を行っています。
 われわれは購買したJRA育成馬および生産したJRAホームブレッドを活用して育成研究・技術開発を行なっています。また、そこで得られた成果はブリーズアップセール売却後の競走パフォーマンスにおいて検証した後、講習会やDVDなどの出版物を通して広く競馬サークルに普及・啓発することとしています。
 また、「強い馬づくりは人づくりから」とよく言われるように、「人材養成」も重要な育成業務のひとつです。
 われわれはJRA育成馬を活用して騎乗技術者、牧場従業員、獣医師等、広く生産・育成および競馬に携わる優秀な人材をサークル内に供給することができるよう、様々な取組みを行なっています。今回は、育成期のステージごとにJRA育成馬を活用して実施している内容について紹介いたします。

初期~中期育成のステージ
■JBBA生産育成技術者研修生
 JBBA日本軽種馬協会では、競走馬の生産・育成関連の仕事に就業するための基礎となる知識、技術の習得を目的として、静内種馬場内にある研修所で馬学全般、騎乗訓練や馴致調教などの研修を行っています。JRAでは、「繁殖牝馬の管理実習」、「分娩見学」、「当歳馬の管理実習および離乳実習」、「育成馬の騎乗馴致見学」等の実習や見学を支援しています。研修生は、馬を生産育成する上で重要な節目に合わせて来場し、JRA生産馬およびホームブレッドを活用して実習体験するとともに、子馬の発育やその時々の飼養管理法について専門的な知識を学びます。

■日高育成牧場サマースクール
 日本の大学は、欧米に比べて産業動物の臨床実習をするための環境や施設が整っていないのが現状です。しかしながら、全国の学生の中には、馬に関する実践的な教育を受講したいと考えている人や、実習などを通じて馬と触れ合ってみたいという学生は大勢います。日高育成牧場ではこのような獣医畜産系の大学生を対象に、10日間程度の研修期間を2クール設けています。繁殖牝馬および当歳馬の引き馬や手入れなどの実践技術の習得をはじめ、さまざまな検査や調査に立ち会うことにより、馬の繁殖学、栄養学、画像診断技術などを学びます。また、馬をさらによく知っていただく目的で、繋養乗馬を活用した体験乗馬も実施しています。

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(写真1)サマースクールでは引き馬も学ぶ

後期育成のステージ
■BTC育成調教技術者研修
 (財)軽種馬育成調教センター(BTC)が実施している育成調教技術者養成研修では、「軽種馬の生産・育成に関する体系的な実用技術および知識の習得を目的」に1年間の研修を行っています。前半の6カ月で基礎的な騎乗技術を身に付けた研修生は、JRA育成馬のブレーキングが始まる9月から、2班ずつにわけて3週間ずつ育成馬の馴致ロットごとに参加します。そこでは、JRA職員が指導する「JRA育成牧場管理指針」に沿った実際の育成馬の馴致を学びます。また、当場に繋養する若い乗馬も実習馬として活用し、ドライビングなどの騎乗馴致技術の基礎を習得しています。
 また、年が明けて1月から4月までは、JRA育成馬に騎乗し、実践的な育成場の騎乗技術を身につけていきます。JRA職員は生徒が騎乗することが出来る躾のできた馬を調教するとともに、生徒とともに騎乗し、就職先の牧場でしっかりと乗ることができるよう、厳しく指導を行ないます。最終的には4月初旬に行われる育成馬展示会においてスピード調教を行い、自身の研修成果のアピールを行います。生徒が騎乗した馬の中からはエイシンオスマン号やモンストール号などの重賞勝利馬も輩出しており、生徒達の自信と励みにもなっています。

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(写真2)ブレーキングを学ぶBTC生徒

■競馬学校騎手課程生徒
 育成調教が進んだ2月には、競馬学校騎手課程2年生が約1週間滞在し研修を行っています。昔のようにトレセンで若馬に乗る機会が減少している生徒にとって、JRA育成馬に騎乗することは馬の調教方法や騎乗を学ぶ貴重な機会となります。彼らは、若馬の柔らかさや反応の速さに驚きながらも、すばやく馬の状態に適応しながら騎乗することができます。
 また、4月中旬にはブリーズアップセールに向けて中山競馬場に滞在する1週間、セールに上場する馬の調教や管理を学ぶための研修を行います。JRAブリーズアップセールでは、各生徒がそれぞれ5鞍騎乗し、多くの馬主や調教師の見守る中、彼らの技術を披露しアピールする良いチャンスともなっています。同時に彼らの騎乗技術が馬の売却状況に影響をおよぼすので、プレッシャーを感じながら騎乗するトレーニングにもなっているようです。

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(写真3)ブリーズアップセールで騎乗する騎手課程生徒

 このように、生産、あるいは購買したJRA育成馬は、競走馬として売却されるまで、様々な人材を養成するために活用されています。JRA育成馬に携わった研修生たちが、生産・育成界そして競馬サークルで活躍されることを期待しています。

(日高育成牧場 業務課長 石丸 睦樹)