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2019年4月

2019年4月 5日 (金)

心電図からわかること1

No.62 (2012年9月1日号)

 今回と次回は、スポーツカーのエンジンに匹敵するサラブレッドの心臓とその検査に用いられる心電図について紹介します。

心筋の興奮
 心臓を構成する心筋は骨格筋と同様に横紋構造を持っていますが、内臓の平滑筋と同様に自分の意思では動かすことの出来ない不随意筋です。心筋細胞は刺激に反応して興奮し、収縮します。心臓には、興奮刺激を心臓各所に伝える刺激伝導系といわれる仕組みがあります。まず、右心房の洞房結節という部位が一定のリズムで自動的に興奮します。その電気的興奮は周囲の心房筋に伝わり、心房筋全体を興奮させるとともに、心房内の伝導路を伝わって房室結節に伝わります。興奮は次いでヒス束を通過し、右脚・左脚を経由して、心室筋に分布するプルキンエ線維に達します(図1)。つまり、心臓を収縮させる刺激は、洞房結節から房室結節を経て、最終的には心室筋全体にいきわたるわけです。

1_7 図1:右心房に位置する洞房結節と呼ばれる部位が一定のリズムで自動的に興奮する。その電気的興奮は周囲の心房筋に伝わって心房筋全体を興奮させるとともに、心房内を伝わって、房室結節に達する。興奮は次いでヒス束を通過し、右脚・左脚を経由して、心室筋に分布するプルキンエ線維に達する。


 ちなみに、心臓の刺激伝導系についての研究に関しては、日本人研究者の大きな貢献があったことが知られています。1900年代初頭、ドイツのマールブルグ大学で研究を行なった田原淳博士がその人です。今でも房室結節は「田原の結節」の名で呼ばれることがありますし、刺激伝導系という言葉も田原博士が最初に用いた用語でもあります。心臓の収縮メカニズムの解明に大きく貢献した業績であり、まさにノーベル賞に値する研究だったといえるでしょう。

心電図
 心臓は4つの部屋から構成されています。すなわち、左右の心房と左右の心室です。心房が収縮すると、血液は心房と心室の間にある房室弁を通り、心室に入ります。血液が心室に入ると血液が逆流しないように房室弁は閉じます。次いで、左右の心室が収縮すると、大動脈弁と肺動脈弁が開いて血液が心室から送り出されることになります。これらの機能は実にうまく調節されています。
 心筋の興奮は心房にはじまり、心室に伝播します。この心筋におこる興奮の伝播とそれに伴う心臓の収縮と弛緩を電気的にとらえたものが心電図です(図2)。心房がまず興奮・収縮するわけですが、これを心電図上でみるとP波として観察されます。この後に観察される一連のQRS波とT波が心室の活動をあらわしています。
 現在では、市販の心電計を使えば簡単に馬の心電図を記録することができますが、40年くらい前ではなかなか難しいことで、きれいな心電図が記録可能になるまでには大きな苦労があったといいます。

2_8図2:馬の心電図:心房の興奮・収縮は心電図上でみるとP波として観察される。この後に観察される一連のQRS波とT波が心室の活動をあらわしている。

サラブレッドの心拍数
 心拍数というのは、心臓が1分間に何回拍動するかをあらわしています。人間などのように1分間に70拍程度だと聴診器で聞いて数えることができますが、100拍を超えるようだと数えきれないので、心電図を記録して数える必要があります。
 安静時の心拍数は、体重が軽く小さい動物で多くなります。体重3グラム程度のトガリネズミの仲間の安静時心拍数は600~800拍/分にもなります。一方、大きな動物であるゾウは30拍/分程度であるといわれています。動物の体重と心臓重量の間に一定の関係があることが知られていますが、動物の体重と安静時心拍数との間にもある一定の関係があります。それは、「安静時心拍数=241×体重-0.25」というものです。体重のマイナス0.25乗などという数式をイメージすることは難しいですが、簡単にいうと、この式は体の大きな動物ほど安静時の心拍数が少なくなることを意味しています。この式から体重500kgの動物の安静時心拍数を計算すると、約50拍/分になります。ところが、サラブレッド競走馬の安静時心拍数は30~40拍/分程度であることが多く、体重から推定される動物の平均的な数値よりも明らかに少ないことが分かります。サラブレッドとほぼ同体重のウシは、60~90拍/分程度なので、こちらはサラブレッドよりは明らかに多いといえます。
 獣医師が聴診して数えた競走馬の安静時心拍数については、新聞紙上でたまにみかけることがありますが、心電図記録からきちんと数えた競走馬の心拍数のデータはあまり多くありません。テイエムオペラオーは長時間の心電図記録から安静時心拍数を計算できた稀な例で、3時間にわたる長時間記録中の平均心拍数でさえ、25拍/分でした。安静にしていると心拍数は一定になっているだろうと感じられますが、実は結構変動しています。テイエムオペラオーの場合でも、落ち着いて心拍数が下がっているときは、20拍/分前後のこともありました。

馬の房室ブロック
 サラブレッドは運動選手であるため、その能力を発揮するためには、優秀な心肺機能が必要です。そのため、心臓に先天的な奇形や重篤な弁膜疾患などの病気を持っている馬が競走馬としてデビューすることはまずありません。
 競走馬でみられる心臓の病気の一つに不整脈があります。不整脈というのは、簡単にいうと、心拍のリズムが不整になることをいいます。もちろん、命にかかわる重篤な不整脈もありますが、競走馬に観察される不整脈には命にかかわるようなものはそれほど多くありません。頻繁に観察される不整脈として、房室ブロックといわれる不整脈があります。
 冒頭でも説明したとおり、心筋の興奮は心房から始まり、その興奮刺激が心室に伝わり、1サイクルの心臓の収縮が完了します。房室ブロックでは、心房から心室への興奮の伝導がブロックされます。そのため、心電図でみると、心房の興奮をあらわすP波は認められますが、それに連なる心室の興奮・収縮を示すQRS波とT波が出現しません(図3)。聴診すると、心臓が1回休んだように聞こえ、結滞脈という言い方がされる場合もあります。房室ブロックは、安静時に認められても、運動を始めるとすぐに消失します。トレーニングを積んだ競走馬によく観察されることから、トレーニングに関連する副交感神経機能活動の変化にも関係があるのではないかと考えられています。少なくとも、心筋細胞や刺激伝導系細胞そのものに障害はなく、機能的な変化によって起こるのではないかと考えられています。

3_6図3:房室ブロックの心電図:P波のみが観察され、それに引き続くQRS波とT波が出現していないのがわかる。


(日高育成牧場 副場長  平賀 敦)

2019年4月 3日 (水)

育成馬における飛節の検査所見と競走期パフォーマンス

No.61 (2012年8月15日号)

 馬の成長期には様々な問題が発生することがあります。その中でも運動器に発生するものをDOD(Developmental Orthopedic Disease:発育期整形外科的疾患)と呼ばれており、流通を妨げる可能性があるとともに、競走馬としての将来を懸念させる要因になっています。その中でも今回は飛節に発生するものについて紹介したいと思います。

飛節に発生する異常所見
 最も一般的に見られるのはOCDと呼ばれるもので、「離断性骨軟骨症」ともいいます。生産者の方なら獣医師などから聞いたことがあるかもしれません。骨の先端の近くには、成長板(骨端線)というところに沿って存在する軟骨の層があり、骨が成長する際には、その軟骨が骨に置き換わっていきます。これが正常に発達せず軟骨として骨の外に残ってしまう状態のことをOCDといいます。OCD以外にも様々な所見が見られ、いずれもセリ前のレポジトリー検査などで発見されることが多いようです。これらは生産者の方の頭を悩ませるひとつになっているばかりではなく、購買者にとっても競走馬としての将来をどう判断したらよいのか悩むところではないでしょうか。

発生部位
 飛節の異常所見はレントゲン検査によって見つけることができます。発生部位に関する報告(Kaneら.2003)によると、最も多くの発生が認められるのは脛骨中間稜のOCDで検査対象馬の4.4%に認め、距骨内側滑車のOCDが4.2%、距骨内側滑車遠位のOCDが1.7%、距骨外側滑車のOCDが1.4%、足根骨の虚脱が1.2%、脛骨内顆のOCDが0.5%と続きます(写真1,2)。

1_6 図1 飛節を構成する骨(骨標本の正面より)

2_7 図2 右脛骨中間稜のOCD

臨床症状
 レントゲンで飛節に異常所見を認めた馬によく認められる臨床症状は、飛節の腫脹(いわゆる飛節軟腫、写真3)で、腫脹の程度により歩様の違和が認められることがあります。発生部位によって違いはありますが、跛行を呈することはまれなようです。

3_5 図3 飛節軟腫の外貌

OCDが見つかったら?
 特に臨床症状がないなら、ほとんどの場合無処置でも問題ないと考えられています。飛節軟腫などの症状が現れた場合は関節鏡を用いた摘出手術を行う場合もありますし、内科療法で改善することもあります。Beardら.1994の報告では、摘出手術を行っても出走率には影響ないとされていますが、症状の程度や発見された時期、セリに出す馬か否かなどさまざまな要因があるため、どちらを選択するかは判断が難しいところかもしれません。

競走パフォーマンスとの関係
 飛節に異常所見を認めた馬(所見保有馬)の競走馬としての成績はどうなのかは気になるところです。Kaneら.2003の報告では、飛節に異常所見を認めた馬(所見保有馬)の出走率、入着率、獲得賞金は、異常所見がない馬と比べて差がなかったとされています。
 JRAでは、レポジトリーに関する知識を販売者・購買者・主催者の3者が共有し、市場における取引を活性化するために、ホームブレッドやJRA育成馬を活用して、これまで1歳馬の四肢X線所見、上気道内視鏡所見と競走パフォーマンスの関連を調査してきました。その一環として、飛節の所見保有馬についても調査を行っております。現在のところ5世代のデータを蓄積している段階で、412頭中、所見保有馬が36頭いました。36頭のうち、OCD摘出手術を受けていたものや、飛節軟腫の症状を示したものはいましたが、跛行を示したものはなく、調教に支障をきたすことはありませんでした。トレーニングセンター入厩後の追跡調査においても、問題になっている馬はいませんでした。5世代の内、4世代について、3歳5月までの獲得賞金を調査したところ、所見保有馬と所見を認めなかった馬とでは差は見られませんでした。
 この研究に関しては、まだ調査を継続しているところです。新しい知見が得られましたら、また皆さんにお知らせしたいと思います。

(日高育成牧場 業務課 中井健司)

2019年4月 1日 (月)

コンフォメーションとパフォーマンス

No.60 (2012年8月1日号)

 「コンフォメーション(conformation)」とは、馬の外貌から判別することができる骨格構造、身体パーツの長さ、大きさ、形状やバランスのことをいい、「相馬」とほぼ同義語といえます。コンフォメーションがよい、すなわち力学的に無駄がない骨格構造をしている馬は、理論上、速く走ることが可能です。コンフォメーションの良い馬は、人が騎乗した場合も無理な緊張がかからず、馬自身がバランスを保ちやすいことから、コンフォメーションが悪い馬よりも乗りやすいといわれています。また、コンフォメーションが良い馬は、運動器疾患の発症も少ないと考えられます。したがって、せり市場では誰もがコンフォメーションの良い馬を理想として求めています。一方、コンフォメーションに欠点のない馬が競走成績も素晴らしいか?というと必ずしもそうとはいえません。サラブレッドは、血統、気性、敏捷性など、コンフォメーションのみでは判断しにくい要素も競馬での能力発揮に大きく関わっています。極端な言い方をすると、肢がまっすぐで凡庸な馬がいいのか、欠点があっても走る馬がいいのかというと、後者が正しいといわざるを得ないのが、結果がすべてである競走馬です。
 しかし、馬を評価するためにはコンフォメーションの知識は必要です。また、コンフォメーションの異常は、特定の疾病の発症しやすさと関連もあるといわれていますが、その詳細については明らかではありません。今回はJRAがこれまで1歳市場購買検査時に実施してきた四肢のコンフォメーション調査の成績(現在も継続して調査中)を中心に基礎知識を紹介いたします。

コンフォメーション調査
 2009~10年に開催されたサラブレッド1歳市場(セレクトセール、セレクションセール、サマーセール)の上場馬のうち、1,984頭を対象として18項目にわたるコンフォメーションについて、グレードの高さ(グレードが高いほうが正常から逸脱している)を調査しました。調査項目を表1に示します。なお、軽度のグレードについては、多くが競走馬として問題ないことがわかっているため抽出せず、グレードの高いもののみを抽出しました。なお、グレードの高い項目が複数認められた馬については、よりグレードの高い項目を採用しました。1項目以上のグレードが高い馬については、市場取引成績、2歳時の競走パフォーマンス(成績および運動器疾患の発生状況)との関連を調べました。
 調査の結果を表2に示します。検査頭数の7.5%にあたる149頭(抽出馬)が、コンフォメーショングレードが高い馬として抽出されました。なかでも、オフセットニー(図1、43頭 2.17%)および凹膝(図2、29頭 1.46% )などの前肢に関する異常が多く観察されました。

1_5 図1 オフセットニー

2_6 図2 凹膝        

イギリスとアイルランドにおける1歳市場の上場馬を対象とした調査においては、外向、内向および起繋が高い発生率(30.1%,19.4 %および18.7%)を示し、アメリカの調査では、前肢の腕節および球節に限定すると、オフセットニー(66~68%)や腕節の外向(46~56%)の発生率が高いことが報告されています。今回の調査と比較して、他国の報告は高い値を示していますが、これは、我々が実施した調査においては、コンフォメーショングレードが高い馬のみを抽出する手法を採用していることが要因です。たとえば、クラブフットの発症率は当歳馬の実態調査で報告されている16%と比較すると、1歳馬を対象とした本調査での0.2%は著しく低い値になっていますが、調査方法の相違に加え、発症後の装蹄療法の効果が背景にあるものと考えられます。

調査結果
 抽出馬と対照馬について、セリ市場における売却率および平均売却価格を比較検討したところ、抽出馬の売却率(43.6%)および平均売却価格(8,939,538円)は、対照群の売却率(54.3%)および平均売却価格(10,467,220円)に比べて統計的に有意に低いことがわかりました。つまり、市場において、コンフォメーショングレードの高さは売却率や売却価格に影響を及ぼしているものといえます。
 競走年齢に達した検査対象馬937頭(抽出馬149頭、対照馬788頭)のうち、604頭(抽出馬51頭、対照馬553頭)が競走馬として中央競馬に登録され、466頭が中央競馬の競走に出走しました。中央競馬に競走馬登録された604頭について、2歳時の競走成績(出走率、初出走までの日数、勝ち上がり率、入着率、平均勝利回数、平均出走回数、平均獲得賞金)を調査したところ、抽出馬と対照馬との間に統計的な差は認められませんでした。なお、3歳以降についての成績については現在調査中です。
 中央競馬への登録率を比較した場合、対照馬(553/788、70.2%)に対し、抽出馬は(51/149、34.2%)は低値を示しました。この要因として、購買関係者による低評価、もしくは中央競馬への出走が困難となる疾患の発症などが考えられますが、本調査においては、その原因を特定することができていません。
 中央競馬に在籍した604頭の馬について、運動器疾患の発症歴を調査したところ、抽出馬においては、35.3%にあたる18頭に、対照馬においては、29.8%にあたる165頭に、骨折、骨膜炎および屈腱炎等の運動器疾患の発症が確認されました。しかし、今回の調査においては、各項目と発症した運動器疾患との間に統計的な差は認められませんでした。
 今後も継続して調査しデータ数を増やすとともに、コンフォメーション異常と疾病発症の関連について調査をしていく予定です。その関連を明らかにすることによって、疾病発症のリスクを軽減した飼養・調教管理技術の向上に寄与できるのではと期待しています。

表 1 おもなコンフォメーション

表2 各コンフォメーションと2歳時の競走パフォーマンス table12.xlsxをダウンロード

(日高育成牧場 業務課長 石丸 睦樹)