2025年10月 2日 (木)

国内における多剤耐性ロドコッカス・エクイの出現

馬産地である日高管内ではあちこちで馬の親子を見かけるようになってきました。このような微笑ましい光景が見られる一方、この時期は生産者の皆様にとって頭を悩ます子馬の感染症であるロドコッカス・エクイ感染症が猛威を振るい始める時期でもあります。

ロドコッカス・エクイ感染症は、主に1〜3ヶ月齢の子馬が感染し、肺炎や腸炎などを引き起こす病気として知られています。馬の飼養環境中の土壌中には病気の原因となるロドコッカス・エクイ(図1)という菌が生息しており、空気中に巻き上げられた菌を子馬が肺の中に吸い込むことによって感染が起こります。ロドコッカス・エクイ感染症は、早く発見し、すぐに抗菌薬による適切な治療が行われれば、ほとんどが問題なく回復する病気です。しかし、米国では2000年ごろから治療の切り札となるアジスロマイシンなどのマクロライド系抗菌薬とリファンピシンの両方に対して抵抗性もった株、すなわち多剤耐性株が増加していることが明らかとなってきました(図2)。Giguèreら(2010)は、米国のある診療施設において多剤耐性株によって感染した子馬の生存率(25.0%)が、耐性を持たない株の生存率(69.6%)と比較して有意に低かったことを報告しました。このことから、多剤耐性株の存在は、ロドコッカス・エクイ感染症の治療の中で最も脅威となる要因として認識されるようになってきています。

この米国における多剤耐性株の増加は、特定のクローン(同じ遺伝的な特徴を持つ株同士の集まり)の増加が原因となっていました。このクローンは、最近まで米国内に限って検出されていましたが、2016年には大西洋を越えてアイルランドに広がり、2022年には太平洋を越えて日本国内でも検出されました。今後、馬の移動とともに世界中の馬産地に拡散してしまうことが大変危惧されています。幸いなことに、現在のところ国内ではこのクローンによる感染の広がりは限定的ですが、ワクチンなどの有効な予防方法が存在しない感染症であることから、米国で起きてしまったような多剤耐性株の増加は防がなければなりません。そのためには、①必要な場合のみ抗菌薬による治療を行う②薬剤感受性試験を行い有効な抗菌薬を使用する③多剤耐性株による感染状況を監視するといった基本的な対策が重要です。現在、日高管内では馬関係団体とJRA競走馬総合研究所が協力し、多剤耐性株の監視を続けています。

 日高育成牧場 生産育成研究室 丹羽 秀和

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2025年8月21日 (木)

未来の馬を守る獣医師を育てる - JRA日高育成牧場スプリングキャンプ -

 読者の皆さまもご存じのことと思いますが、近年、人口減による人材不足について世間で叫ばれるようになっており、馬産業においても深刻な問題となっています。今回は馬産業の未来を守るべく、馬獣医師を志す若者を増やすため、先日JRA日高育成牧場で実施しました「スプリングキャンプ」を紹介します。

 スプリングキャンプは獣医学生を対象とした研修プログラムで2014年から始まりました。2018年からは、家畜衛生や産業動物臨床分野における先導的かつ実践的な教育プログラムを構築し獣医学教育の高度化や国際水準化を推進するために始まった事業(VPcamp)の一つとして実施しております。

 サラブレッドの出産シーズンに併せて日高育成牧場で開催することで、研修参加者はサラブレッドの生産現場に身を置き、繁殖牝馬や子馬などに触れ、一般的な診療技術や健康管理、繁殖学について学びます。採血、直腸検査、レントゲン検査やエコー検査などの実践的な体験を通して、臨床獣医師としての業務を体験します。さらに、検査・治療だけでなく、引き馬や馬房掃除など実際に馬を飼養するために必要な作業についても経験してもらい、馬をより深く知ってもらう機会を提供しています。

 また、若手からベテランまで様々な年代の獣医師との交流を通じて、現場のリアルな声を聞くことができ、参加者は馬獣医師としての自身の将来を考える上で貴重な情報を得られます。

 過去のスプリングキャンプ参加者から、多くの馬獣医師が誕生しており、馬産業の将来を支える重要な役割を果たしていると言えます。

 本年のスプリングキャンプでは添付のカリキュラムを実施しました。多くの学生にとって初めての経験となるカリキュラムもたくさんありましたが、今回の研修での講義やこれまで大学で学んできた知識を活かしながら、実習に積極的に取り組んでいました。

 また、幸運にも当場の繁殖牝馬の分娩が重なり、サラブレッドの誕生に立ち会うことができました。生まれたばかりの子馬が起立しようとする賢明な姿や子馬に寄り添う母馬の姿を見ることができ、その現場に寄り添う喜びを感じてくれたのではないかと思います(写真2:出産への立会い)。本年の参加者がこのような体験を通して馬獣医師への道を歩んでくれることを願っております。

 スプリングキャンプの実施に際し、業務見学などご協力をいただいたHBA、JBBA、BTCの皆様にこの場を借りてお礼申し上げます。

 JRA日高育成牧場では、毎年、春と夏に獣医学生を対象とした研修を実施しております。興味のある方はVPcampHP(図1:VPcampの二次元コード)をご確認ください。

日高育成牧場 調査役 大塚健史

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写真1.出産への立会い

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図1.VPcampの二次元コード

2025年7月28日 (月)

持続性交配誘発性子宮内膜炎(PBIE)に対する多血小板血漿(PRP)療法の可能性

北海道の厳寒期も過ぎ、馬繁殖シーズンも真っ盛りとなりました。皆様、出産に種付けと忙しい毎日を送られているかと思います。

今回はヒト医療やウマ医療で話題のPRP(Platelet Rich Plasma:多血小板血漿)療法について、持続性交配誘発性子宮内膜炎(Post Breeding Induced Endometritis, PBIE)への臨床応用の可能性についてお話ししようと思います。

持続性交配誘発性子宮内膜炎(PBIE)とは

牝馬は交配を行うと、子宮内の異物である精液に対する炎症反応が起こります。通常は免疫機構により速やかに解消されますが、一部の馬ではこの炎症が持続しPBIEとなってしまうのです。PBIEになると炎症産物が胚の着床を妨げるため、受胎率低下につながる大きな課題の一つとされています。現在、この問題を解決する一つの方策として、PRP療法が注目されています。

PRP療法のメカニズム

PRPとは、自身の血液から遠心分離により血小板を高濃度に含む血漿を抽出したものです。成長因子や抗炎症因子を豊富に含むため、組織修復や炎症抑制に役立つと考えられています。ヒト医療では関節炎や腱、靭帯損傷といった運動器疾患治療や、皮膚投与による美容治療に用いられています。ウマ医療でも浅屈腱炎などの腱・靱帯の損傷や、外傷への適用が報告されているところです。

PBIEに対するPRP療法の効果

近年の研究では、PRP療法がPBIEに有効であることがいくつか報告されています。ある研究では、PBIEに罹患しやすい牝馬に対して、人工授精前後にPRPを子宮内に注入することで、炎症誘発物質を優位に減少させ、子宮内貯留液も減少したとの報告があります(Segabinazziら, 2021)。また、他の報告では、交配2日後にPRPを子宮内注入することで、次の発情までの日数が優位に短くなり、交配後の子宮内膜肥厚および、妊娠率が優位に高くなったと報告されています(Dawodら, 2021)。これらの結果は、PRPが持つ成長因子、抗炎症因子に起因していると考えられます。

PBIEに対するPRP療法の応用

 これらのことから、種付け後の排卵確認の際に子宮内に貯留液が溜まっている場合、従来通り子宮洗浄やオキシトシン投与を行い、子宮内膜細胞診などによる細菌感染が否定的であれば、後日PRPの投与、細菌感染が疑われるのであれば抗生剤の投与を行うといった治療方法の選択ができれば、不妊リスクの低減、繁殖効率の向上に繋がると考えています。

Photo図. 交配誘発性子宮内膜炎(PBIE)による子宮内貯留液の超音波検査画像

 

生産育成研究室 浦田 賢一

2025年5月 2日 (金)

当歳馬の腸内細菌叢の形成について

はじめに

 私たちヒトの腸内には莫大な数と種類の細菌が生息し、この腸内の細菌の集合体は腸内細菌叢(腸内フローラ)と呼ばれます。近年、この腸内細菌叢のアンバランス(特定の腸内細菌の過度な増減)は、循環器系疾患、リウマチ、うつ病、癌など様々な疾患の発症と関連していることが報告され、腸内細菌叢の健康に及ぼす影響が非常に大きいことが分かっています。

一方、草食動物であるウマの主食となる植物繊維はウマの消化酵素で分解できず、大腸内に生息する腸内細菌が植物繊維を発酵させ、消化管から取り込める物質(揮発性脂肪酸)につくり変えてくれることで栄養として取り込むことが可能となっています。そのため、ウマにとっても腸内細菌叢の健康に及ぼす影響は大きく重要と考えられています。

また、当歳馬は免疫機能が十分に発達しておらず、成馬に比べて病原菌等への防御力は脆弱であるとされています。腸内細菌には、体外から消化器官に侵入した病原菌やウイルスを攻撃する免疫的な役割があることも知られています。このことから、当歳馬にとって免疫機能としての腸内細菌叢の役割は大きいと考えられます。

しかしながら、ウマの腸内細菌に関する研究の歴史は浅く、未だに多くのことが解明されていいないのが現状ですが、今回は、出生直後の当歳馬(新生子馬)の腸内細菌叢の形成に関する情報をまとめてみることとしました。

 

新生子馬の腸内細菌叢

新生子馬の腸内には腸内細菌が存在しているのでしょうか? 出生から10~20分以内に肛門から直接採取した胎便(胎児期に蓄積した糞)中には、細菌がいることが報告されています。子宮内の胎子は無菌状態(感染などがない場合)にあり、羊水や羊膜には細菌が存在しないと考えられています。そのため胎便中の腸内細菌は、産道や馬房内から経口で取り込んだ細菌に由来すると考えられています。しかし、近年の研究においてウマの羊水中には細菌が存在し、胎便の腸内細菌叢と羊水内の細菌叢が類似していることから、腸内細菌の一部は胎子期に獲得された可能性があると考察されています。ちなみに細菌叢の類似は、細菌叢内の細菌の種類や全体に対するそれぞれの細菌の存在割合などから統計的に解析されます。ヒトでも胎児は子宮内で無菌状態であるとされていましたが、最近の研究で羊水や羊膜に細菌が生息していたとの報告もあり、子宮内が無菌であるか否かは意見が分かれているようです。このように細菌の獲得経路は不明なものの、出生の早い段階で子馬の腸内において細菌叢が形成されていることは確かなようです。

 

腸内細菌叢と母乳の関係

新生子馬の腸内細菌叢は、非常に短期間で変化することが知られています。母乳および乳房には様々な細菌が存在しており、それらを母乳と共に摂取することで新たな腸内細菌叢が形成されていくと考えられています。特に生後24時間の腸内細菌叢の変化が大きく、初乳は子馬に免疫グロブリンや多量の栄養を供給するだけではなく、含まれる細菌により新たな腸内細菌叢形成に貢献していると考えられています。その後も徐々に腸内細菌叢は変化していき、1~2週齢の子馬の腸内細菌叢は、母乳中の細菌叢と類似していることから、この時期の腸内細菌叢は母乳中の細菌の影響が大きいと考えられています。また、母乳に由来した栄養分を腸内細菌が利用することも、腸内細菌叢が変化する要因のひとつであるとされています。

 

食糞行動

生産者の皆様は、子馬が母馬の糞を食べる場面を何度か目にしたことはあると思いますが、食糞行動は当歳馬が腸内細菌を獲得する方法の一つであるとされています。食糞行動はおおよそ3日齢から開始され、徐々に回数が増加していき14日齢で最も多くなることが報告されています。食糞行動の開始時期や回数などは個体により異なり、全ての個体が必ず食糞行動をしているのかは分かっていません。しかし、食糞行動を観察した試験では対象となる全ての子馬が、食糞行動をしていたことが報告されおり、ほとんどの子馬は食糞行動をすると考えられます。母馬の糞中には繊維分解する機能を有する細菌が含まれており、それを摂取することで腸内に繊維分解細菌を定着させるとされています。海外の研究において生後12時間、3日齢、7日齢、14日齢、21日齢における糞中の繊維分解細菌数を調べたとき、7日齢から急激に繊維分解細菌数が増加し、21日齢にはさらに増加したことが報告されています(図1)。図2には、同じ研究における成長に伴う糞中の繊維(NDF:中性デタージェント繊維)含量の変化を示しましたが、糞中の繊維含量は牧草に由来するものであり、繊維含量が高いほど牧草の採食量が多いことが分かっています。糞中の細菌は腸内細菌を反映するとされており、7日齢以降に腸内の繊維分解細菌数が増加したことが示されました。この研究では、同時に食糞行動も観察されており、全ての子馬で食糞行動が2から5日齢から開始されていたことから、7日齢から腸内の繊維分解細菌の増加は食糞行動によるものであると考察されています。そして腸内の繊維分解細菌が増加することに伴い牧草採食量、すなわち植物繊維の摂取量も増加し、その後さらに腸内の繊維分解細菌が増加したと考えられています。このように当歳時の食糞行動は、牧草を主食として摂取するウマにとって重要な行動であると考えられます。

 

発情下痢

多くの子馬において5~15日齢頃に見られる一過性の下痢は、発情下痢として知られています。発情下痢は、母馬の分娩後の初回発情と時期が被ることが多く、かつては母馬の発情と関連して母乳成分が変化することによる下痢ではないかと考えられていたそうです。しかし、この下痢は母馬の発情とは無関係であり、母乳以外の飼料などが原因であると考えられています。早い個体であれば1日齢くらいから母馬の真似をして、牧草や敷料などを口に入れるなどの行動を開始します。この時期の子馬は、飼料として牧草などを口に入れているわけではありませんが、一部は飲み込んでしまい腸内に達した結果、細菌叢に影響を及ぼし下痢を発症するのではないかと考えられています。感染性の下痢でなければ、発情下痢は数日で治まることから、下痢止めなどの処置は不要とされています。発情下痢は成熟した腸内細菌叢が形成される一つの過程であるという見解から、発情下痢を緩和させるために生菌を含むサプリメントなどを処方することは、適正な腸内細菌叢形成の妨げになるのでは?という意見もあるようです。

 

おわりに

子馬は出生直後から体の成長だけでなく、接する様々な新しい環境に適応できるように腸内細菌叢も変化していきます。腸内細菌は消化器官の発達にも関与しており、腸内細菌が健常に活動することが健康な発育につながると考えています。腸内細菌は難しい分野であり不足している情報も多いですが、腸内細菌を理解することが「つよい馬づくり」の一助になることを期待しております。

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日高育成牧場 首席調査役 松井朗

2025年4月 1日 (火)

馬胃潰瘍症候群

今回は消化器官の疾患としてしばしばみられる馬胃潰瘍症候群についてご紹介いたします。

馬胃潰瘍症候群(EGUS)とは、馬の胃の潰瘍の総称です。馬においては扁平上皮性胃疾患がよくみられます。EGUSは野生馬、人の管理下にある馬の両方で一般的な疾患です。なかでも競走馬の有病率はとても高く、80~90%と報告されており、競走馬の職業病とも言えます。臨床症状は軽度の疝痛や食欲不振、体重減少、毛艶の悪化などが挙げられます。またEGUS発症馬は有酸素運動能力が低下するとの報告(Nieto et al., 2009)もあり、食欲不振に伴うパフォーマンスの低下が顕著にみられます。EGUS発症の直接的な原因は胃酸の胃粘膜への曝露ですが、それには飼養管理やストレス、電解質や抗炎症薬の投与などいくつかの要因が関連しています。

野生馬と比較して管理下にある馬は有病率が高いことから、飼養管理が大きく関連していると考えられます。野生馬は1日のうち12~20時間を採食に費やし、胃酸を中和するはたらきをもつ唾液を多量に分泌します。しかしながら舎飼されている馬は採食時間が短く、唾液の分泌量は1/3程度まで低下してしまいます。それによって胃内が空の時間が長くなること、また胃酸が中和されにくいことからEGUSを発症すると考えられています。さらに、競走馬は激しい運動(走行)によって内臓が圧迫されることによって胃粘膜への胃酸曝露が増加し、EGUSを発症しやすいと考えられています。

上記のような飼養管理方法の違いに加え、食餌内容もEGUSの発症に大きく関係しています。2013~2018年にベルギーで実施された調査によると、EGUS発症馬は非発症馬と比較して体重あたりの糖とデンプンの摂取量が有意に多かった(P<0.001)ことが報告されています(図1、Galineli et al. 2019)。また2022年には、高デンプン飼料(デンプン含有率50%)を与えられた馬は高繊維飼料(デンプン含有率20%)を与えられた馬と比較して胃粘膜病変の重症度が高いことが報告されています(Colombino et al., 2022)。燕麦などの濃厚飼料の給餌量の多さは胃内での揮発性脂肪酸発生量を増加させ、胃粘膜を傷つけることでEGUSのリスクとなると考えられています。そのほかに、非ステロイド系抗炎症薬(NSAIDs)の投与もEGUSと関連しており、抗炎症薬の投与時には胃潰瘍予防に留意することが必要です。当牧場においても抗炎症薬を連続で投与する場合には、オメプラゾールを同時に投与し、予防に努めています。

EGUSは馬の職業病とも言われてしまう疾患ですが、飼養管理方法を少し留意するだけでも予防効果を期待することができます。予防のためのポイントとしては、①採食時間の延長、②高繊維飼料割合の増加、③抗炎症薬連用時にはオメプラゾールも投与の3点が挙げられます。健康で強い馬づくりのための参考としていただけましたら幸いです。

1図1. 体重kgに対する糖とデンプンの摂取量g(%)

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日高育成牧場 生産育成研究室 根岸菜都子

2025年3月31日 (月)

ウォブラー症候群に対する頸椎固定術について

 頸椎固定術は、頸椎圧迫性脊髄症(いわゆるウォブラー症候群、腰痿)に対する外科的治療法です。様々な術式(図1)があり、海外では複数の報告がありますが、国内での実例は非常に少なく、応用が困難な現状があります。JRAでは、毎年、ジャパンカップの翌日に「競走馬に関する調査研究発表会」が行われており、今号では昨年の同発表会にて報告した頸椎固定術実施症例について概要をご紹介します。

 

 頸椎圧迫性脊髄症は運動失調の程度によってグレード0から5に分類されます(表1)。症例は2022年に日高育成牧場で生産したサラブレッド種・牡馬で、14か月齢からグレード2の運動失調を呈し、投薬による内科療法では改善を認めませんでした。帯広畜産大学にてCT検査を実施したところ、第2~第4頸椎(C2-C4)領域で腹側からの脊髄の圧迫が確認(図2)され、症状の改善を目指し15か月齢でNOSAI北海道家畜高度医療センターにて頸椎固定術を実施しました(図3)(手術時間:約4時間30分)。術後48日まで馬房内休養とした後にパドック放牧を開始し、この時点で歩様はグレード1に改善していました。78日後からウォーキングマシンによる運動を開始、105日後から騎乗馴致、さらに調教を行う間にグレード0に改善しました。順調に調教を重ね、術後227日時点で15秒/ハロン、331日時点で12秒/ハロンにて走行可能なまでに回復しました。スピード調教を遂行する程に運動失調が改善した一方、手術による合併症も複数認められ、漿液腫・術創感染、インプラントの変位・脱落、および右側の喉頭片麻痺が確認されました。海外の報告において、これらは頸椎固定術の一般的な術後合併症と記載されていますが、合併症の起こりにくい術式を検討することが今後の課題です。

 

 JRA日高育成牧場では2020年に初めての頸椎固定術実施症例を経験しており、今回の症例は2例目でした。前回の症例では運動失調が残存(グレード4がグレード2に改善)しましたが、本症例では術後にグレード0まで改善しました。2症例を比較した考察として、臨床症状の発現からより早期に確定診断を行い、グレードが低い段階で手術を実施したことが良好な予後に繋がったと考えられました。我々は今後も適応症例を見つけた場合は積極的に外科的治療法を検討したいと思います。現状、国内では試験段階ですが、将来的には頸椎固定術が頸椎圧迫性脊髄症の治療として選択肢の一つになるかもしれません。同様の症例に遭遇した際は、まずはかかりつけの獣医師にご相談ください。

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図1. 頸椎固定術の術式

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表1. 頸椎圧迫性脊髄症のグレード

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図2. 造影CT検査にてC2-C4領域で圧迫を確認

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図3. 本症例の術後レントゲン画像

日高育成牧場 業務課主査 原田大地

2025年2月13日 (木)

歯折について

歯折の発生状況

 若馬は馬房内の飼い桶や扉を噛んで遊ぶことがあり、何かの拍子に歯(切歯)をひっかけて折ってしまうことがあります(図1)。このような状態を歯折と呼んでおり、牧場や厩舎関係者のみなさまの中にも遭遇したことのある方もいらっしゃるかもしれません。海外の文献や教科書では、1~2歳の若馬で、特に物を噛む行動を頻繁にする傾向のある牡馬に多いとの報告があります。今回は歯折についてご紹介していきたいと思います。

 図2はJRA日高育成牧場で過去10年間に発生した歯折についてまとめた結果になります。先ほどから歯折という名称で呼んでおりますが、正確には図1のように歯だけでなく上下顎骨の骨折を伴うものを含みます。また、JRA育成馬として繋養する1歳夏ころからJRAブリーズアップセールで売却する2歳4月までに発生したものだけでなく、過去に歯折を発生したことが推定されるもの(歯列異常や歯欠損など)も含んでいます。この期間に歯折または歯折痕を確認した頭数は10頭であり、すべての繋養頭数から算出したJRA育成馬の発生率は1.7%でした。前述のように若馬に多いという報告があるものの、発生率に関する報告はないため比較はできませんが、同期間にJRA日高育成牧場で繋養している繁殖牝馬や乗馬において歯折が発生していないことを考えると、やはり若馬に多いと言って問題ないのかもしれません。牡に多いと教科書には記載があり、今回の調査においても牡の方がやや多い(60%)という結果となりました。歯折を含む上下顎骨々折89頭についての報告においても牡40%、騙24%、牝36%という結果が報告されており(Henninger, 1999)、行動と発生率には関係があると言えそうです。上顎(40%)に比べると下顎(60%)において発生が多く、先ほど紹介した文献においても、上顎31%、下顎62%、両方7%と報告されています(Henninger, 1999)。これまで見てきたように、歯折は若馬に多い疾患でありますので、育成牧場をはじめとした若馬を取り扱う方々は、その対処法についても知っておくべきと言えます。

 

ワイヤー固定による治療

 歯折の治療は、その程度によって変わってきますが、金属製ワイヤーによる歯折部分の固定による治療が一般的です。何も治療を行わない場合でも問題ない場合もありますが、歯折部分が歯列異常となったり(図3)、欠損したりする可能性もあるため、治療をすることが推奨されます。ワイヤーによる固定方法は様々な方法が報告されていますが、JRA日高育成牧場では折れた部分の両側を跨ぐように電動ドリルで歯肉に穴を空けて、その中にワイヤーを通して固定する方法を行っています(図4)。この方法を用いることで、歯列異常の発生や歯の欠損を防ぎ、外貌上でも良好な結果が得られます。JRA日高育成牧場で発生した症例についても、6症例においてワイヤー固定を実施しています。

ワイヤー固定の実施においては、いくつかの押さえるべきポイントがあります。まず1つ目として、良好な結果を得るためには、固定後の歯折部分の洗浄が重要となります。図1のように、歯折部分には餌が詰まることが多く、そのような状態だと歯折部分の癒合が上手くいきません。固定後であっても、傷が塞がり始めるまでの期間(少なくとも数日)は洗浄を行うことが推奨されます。

2つ目として、ワイヤーの緩みの確認があります。ワイヤー固定を実施した日はしっかりと固定されていたものが、餌が歯折部分に詰まることや咀嚼による動きによってワイヤーが緩んでしまうことがあります。海外の文献においても、ワイヤー固定を実施した症例の中で22%においてワイヤーの緩みが認められたと報告されています(Henninger, 1999)。JRA日高育成牧場においても、ワイヤー固定を実施した6症例の中で、4症例においてワイヤーの緩みが確認され、ワイヤーの締め直しや再設置などの対応を行っていました。このように、固定後であっても、歯折部分の洗浄やワイヤーの確認といった日々の観察が重要ということになります。

ワイヤーは歯折部分の治り具合を見ながら、4~8週間で抜去することが推奨されています。JRA日高育成牧場の症例では、平均31日で抜去していました。教科書に記載されている症例は、広範囲にわたって折れているものもあり、長期間にわたってワイヤー固定しているものも含まれていると推察されますが、頻繁に発生する3本程度の切歯を伴う歯折においては、4週間程度の固定で十分ではないかと考えています。

 

歯折発症馬の予後

 歯折を発症した馬の予後は良いと言われており、海外の文献においても発症馬の多くが本来の用途に使用できていると報告されています。JRA日高育成牧場で発生した10頭においても、すべての馬が競走馬となっており、何らかの機能障害(咀嚼異常など)が発生することもありませんでした。また、発生馬の1頭はJRA重賞勝馬になっており、競走能力についても影響がないと言っても問題ないと思われます。

 予後については良好ではありますが、発生を防ぐための予防も重要であると考えられます。前述のように好奇心旺盛な若馬が物を噛むことが発生要因と考えられるため、馬房内の突起物をなくすことは大事です。特にさく癖を行う馬については、さく癖を予防することも重要であると考えられます。

 

日高育成牧場 調査役 岩本洋平

 

Photo 図1 発生直後の歯折(左第2および第3切歯)

 

Photo_2 図2 JRA日高育成牧場における歯折発生状況

 

Photo_3 図3 歯列異常となった歯折痕

 

 

Photo_4 図4 歯折のワイヤー固定(図1の症例)

2025年1月16日 (木)

下肢部の皮膚炎について

馬を管理する者にとって、冬季は下肢部の皮膚炎に悩まされることが多いのではないでしょうか。ご存じの方も多いですが下肢部皮膚炎は主に繋皸(けいくん)と呼ばれており、重症化すると腫脹や疼痛のため跛行を呈し調教できなくなる場合もあり、適切な処置が必要となってきます。

繋皸は主に四肢の繋~球節の掌側面に生じる疾患で、特に白斑部分に起こりやすいと言われています。原因としては調教後の手入れ不足や手入れ方法の悪さが考えられます。繋皸を発症する機序として、まずは冬季で空気中の湿度低下や手入れ時にジェットヒーター等を使用することで馬体の過度な乾燥が進むと皮膚バリアの脆弱化が起こります。そして調教を行った際、馬場に蹄が沈み込むことで繋や球節の掌側面が路盤や路面へ接触して、脆弱な皮膚に小さな創ができます。その創が炎症を起こし発赤や滲出、痂疲形成などを認めるようになり、そこに皮膚常在菌である黄色ブドウ球菌という細菌が感染し、繋皸が発症します。適切な処置を行わないまま調教を継続していくことで創の治癒が進まず、ストレスによる免疫力の低下等も加わると炎症が拡大し、重症化していきます。

繋皸の原因菌となる黄色ブドウ球菌に対しては、抗菌薬であるセファロチンが非常に有効です。オロナイン軟膏を基材としてセファロチンを約1~2%の濃度で添加した軟膏を我々は日々のケアの際に患部に塗布しています。オロナイン軟膏による適度な保湿と抗菌薬による細菌増殖抑制によって治癒が進むと考えています。また、軟膏を直接患部に塗布するために、患部周囲の毛刈りを行うこともあります。消毒薬としてヒビテン(クロルヘキシジングルコン酸塩)も有効です。使用する濃度は40万倍希釈(バケツ1杯に対して数ml)で十分であり、濃度が高いからといって効果が強く出る訳ではありません。逆に濃度が高いと洗浄が不十分だった場合に消毒薬成分が残り皮膚を刺激してしまう可能性があるので注意が必要です。その他、創周囲の殺菌にはオゾン水による洗浄も非常に有効です。しかし、四肢に汚れ(有機物)が残っていると殺菌効果が極端に低くなってしまうので、まずは汚れをきれいに洗い流した後にオゾン水を使用すべきかと思います。しかし疼痛による跛行を呈するほど重症化してしまった場合には、患部への軟膏塗布だけでは治癒は困難なので、抗生剤の全身投与も合わせて行うこともあります。

 繋皸の発症を予防するために、球節や繋を保護するバンテージやプロテクター等の馬装具の使用、また軽度な症状の早期発見や創への適切な処置が大事だと考えますので、日々の手入れの際によく足元を観察してみてください。

 

 

日高育成牧場 業務課 水上寛健

 
1 写真:繋皸

2 写真:セファロチン添加軟膏

3 写真:オゾン水による手入れの様子

2024年12月24日 (火)

本年の日高育成牧場での学生研修について

日高育成牧場では毎年3月中旬(本年は3月18~22日)にスプリングキャンプ、8月末(8月26~30日)にサマーキャンプと題して獣医大学生の研修を実施しています(募集は家畜衛生・公衆衛生獣医師インターンシップVPcampが窓口となっています)。ともに5日間の日程で、スプリングキャンプではちょうど繁殖・出産シーズンにあたるため夜間の分娩監視を含めた生産地獣医師の仕事を中心に体験していただき、本年は運よく出産に立ち会うこともできました(写真①)。サマーキャンプでは馬の取り扱いから臨床検査実習まで幅広く行っており、当歳馬のX線検査等を体験していただきました(写真②)。

1 写真① 夜間の出産立ち合い(春)    

2 写真② X線検査撮影の体験(夏)

 

対象は3~5年生で定員は6名ですが、毎回定員を大きく超える応募をいただいております。本年の応募者はスプリングキャンプが21名、サマーキャンプが20名でした。どのような学生が応募したのか、志望動機を読んでいくと一番多かったのは「馬の獣医師に興味があるから」でした。また、「大学では馬に触れる、学ぶ機会がないから」という動機も多く、現在の獣医学教育が将来の進路として馬の獣医師を考えている学生にとっては不十分であることが垣間見えました。

日高育成牧場の研修ではこのような状況を考えて、馬に触れたことがない学生でもスムーズに参加できるように、基本的な馬の取り扱いの講義・実習から始まり、繁殖学や外科疾患、内科疾患の講義、各種臨床検査の実習等、馬の獣医師の基礎的な内容となるように意識してカリキュラムを組んでいます。実際に研修を終えた学生からは「馬に実際に触れて基本的な内容から学ぶことができ、馬の獣医師の具体的なイメージができた」、「馬の獣医師になりたいという気持ちが強くなった」という感想が多く、日高育成牧場での研修が馬の獣医師という将来像を明確にする一助になっていることは間違いありません。また、これまでにも多くの参加者が大学卒業後に馬の獣医師の道に進んでいます。

近年の人材確保の問題は馬の獣医師に関しても他人事ではなく、自身の将来像を明確にしていない学生に実際の仕事を体験していただく機会の重要性は増しています。JRAでは獣医学生向けの研修として、馬の様々な研究のエキスパートが集う競走馬総合研究所でのサマーセミナーや競走馬診療の最前線である美浦・栗東トレーニング・センター競走馬診療所での研修も行っております。一言で馬の獣医師と言っても対象となる馬の用途により求められる働き方は様々です。百聞は一見に如かずとの言葉通り、様々な場所で馬の獣医師の仕事を体験し、やりがいの持てる職場を見つけてほしいと思います。

 

日高育成牧場 生産育成研究室 国井博和

2024年12月 9日 (月)

日本と欧州の競馬場の馬場について

初めて日本調教馬が海外のG1を制したのは、1998年のシーキングザパールで、フランスのモーリス・ド・ゲスト賞を制しました。それから26年たち、近年では日本の競走馬が海外競馬に積極的に参戦し、目覚ましい活躍をするようになってきています。これまでに実に55個の海外G1競走での勝利を挙げており、その中には、アメリカのブリーダーズカップやドバイワールドカップなど、世界でも最高峰のレースも含まれており、日本競馬のレベルが非常に高いところにあることが実感できます。

 一方、欧州競馬での日本馬の成績に絞ると、それほど伸びていないというのが現状です。イギリスで2勝、フランスで5勝していますが、2014年以降の直近10年では、それぞれ1勝ずつしかできていません。欧州以外の国では計33勝もしています。この最も大きな理由は、地理的な遠さにあります。日本から欧州各国に遠征するには、飛行機を乗り継いで長い時間輸送する必要がありリスクがあるため、そもそも遠征する馬が少ないということが大きいと思われます。

しかし、日本競馬の悲願ともいえる凱旋門賞には、毎年のように日本のトップクラスの馬たちが参戦していますが、なかなか勝つことができないでいます。今年もシンエンペラーが参戦しましたが、前哨戦は素晴らしい走りで善戦しましたが、本番の凱旋門賞では残念な結果となってしまいました。凱旋門賞後に語られる日本馬の敗因の一つに、「馬場の違い」があることを聞いたことがある方も多いかと思います。本稿では、日本と欧州の馬場の違いについて簡単にご紹介したいと思います。

 

激しいアップダウンのあるコースが多い欧州競馬

 まず一つ目は、コース形態の違いです。昨年の英国ダービーに関する記事(第244回 「英国ダービーを観戦して」)でも少し触れましたが、日本の競馬場と比べて急な上り坂や下り坂がある競馬場が多くなっています。英国ダービーが行われるエプソム競馬場は最たる例で、ダービーのコースでは、スタート後高低差42mの長く急な坂を上った後に高低差30mの下りを走り、最後には再び上ってゴールします(QR参照)。日本の競馬場では考えられないほどタフなコースです。これは欧州の競馬場が自然の地形をそのまま利用しているところが多いためで、日本のように馬が走りやすいように整備されたコースと大きく異なるのは当然といえます。ある程度急な上り坂については、日本の馬も普段「坂路コース」で調教をしているので慣れていると思いますが、特に下り坂での走行は、日本の馬はあまり経験したことがないと思います。上り坂と下り坂で走っている馬では、使う筋肉が違うと言われているので、日本からの遠征馬が慣れない環境で走るとうまく走れなかったりバテてしまうのかもしれません。

 

日本と欧州の芝の違い

 もう一つは、芝の品種の違いです。日本の競馬場の芝コースでは「野芝」という品種が主体で使われています。この品種の特徴は、地表のあたりに「匍匐茎(ほふくけい)」という茎をもっていることです(画像①)。この「匍匐茎」があるおかげで、走行している馬の肢が踏み込んだ際に耐久性が高く、グリップの効きやすい馬場となるため、走りやすく速いタイムの出る馬場となっています。

 それに比べて欧州の馬場では異なる品種が用いられています。いわゆる「洋芝」と呼ばれるペレニアルライグラスやケンタッキーブルーグラスなどが多いのですが、これらは「匍匐茎」を持たない品種です(画像②)。「匍匐茎」を持たないため、野芝に比べて耐久性がやや低くグリップが効きづらいため、速いタイムが出にくい馬場となります(写真)。また、これらの品種は細い根が密集した「マット層」という層を形成するのが特徴で、この層には水分が保持されやすい(含水率が高い)ことも相まって、特に雨が降った際には深くえぐれるような馬場となってしまいます(写真)。2022年の凱旋門賞ではレース直前に激しい雨が降りました。この時には記載したような馬場の変化が起こったことが考えられ、日本馬が慣れていない条件になってしまったと予想されます。

 

 

 以上のように、日本と欧州の馬場には大きな違いがあります。こうした違いを克服して、日本馬が凱旋門賞や英国ダービーなどで勝つには何が必要なのでしょうか。一つは現地の環境に長期間滞在して心身を慣れさせる、ということがあるでしょう。過去10年で唯一、英国のG1ナッソーSを制したディアドラは、この方法で成功した例と言えるのかもしれません。もちろん、馬場の問題以外にも多くの要因があると思いますので、今後も色々な角度から検討していきたいと思います。

JRA日高育成牧場 調査役 竹部直矢

 

Qr
QR.3D Bird’s-eye Viewによる英国ダービーのコース

 

1画像①

2_2 画像②

3画像③ イギリスの競馬場のえぐれた芝の様子