2024年12月 9日 (月)

アブ

厳しい夏の暑さも去り、人も馬も過ごしやすい季節になってきました。さて、厳しい夏に馬関係者を悩ませるタネの1つとして「アブ」があるかと思います。放牧地などでアブが馬に集ることで馬のストレスは勿論、馬取扱者、装蹄師、獣医師にも二次被害的に危険が及びます。しかし、決定打となるようなアブ対策が確立されていないのが現状であり、日高育成牧場でもアブ対策を現在進行形で試行錯誤中です。今回はアブ対策を考えていくうえでそもそもアブってどんな虫なのかという点を私が勉強した内容からご紹介しようと思います。

 

分類

分類学的にはアブは昆虫綱、双翅(ハエ)目、短角亜目、アブ科に属しており、日本では約100種類弱のアブが生息しています。北海道ですとニッポンシロフアブ、キンイロアブ、アカウシアブといった種がよく見られます。

 

形態

アブの成虫は種によって大きさや色彩の変化に富んでいますが、総じて頭部が大きくその大半を複眼が占めています。両複眼の位置関係は雌雄判別に最適で、雄では両複眼がくっついており、雌では離れていています。

 

生活環

続いてアブの生活環ですが、多くの昆虫と同様にアブも卵、幼虫、蛹、成虫へと発育します。交尾を行った雌アブは100~800個ほどの卵を葉の裏側などに産卵します。卵は1~2週間ほどで幼虫となり、期間が長い種では2~3年幼虫のまま土の中で発育していきます。アブの幼虫の生息的地は種によって異なりますが、湿地帯、林床、草地など多岐にわたり、多種の土壌性昆虫・微生物を捕食します。また、卵寄生性蜂や捕食虫といった天敵の存在、同種の幼虫同士で共食いのため、腐食食性のハエなどの幼虫に比べアブの幼虫の生息密度は著しく低いです。その後1~2週間の蛹期間を経て羽化し、成虫として1か月程度生存します。

 

吸血

アブはどの個体も吸血していると思う方が多いと思いますが、アブで吸血するのは雌のみです。これは卵巣の発育に必要な栄養を得るため、つまり産卵の準備のために吸血が必要だからです。次世代を残すために吸血へのアブの執着は強く、吸血源の探索のために数kmもの距離を移動することが実験的に確認されています。一方で、一度吸血源となる個体を見つけると、たとえ吸血を中断させられても同一の個体もしくは近くに存在する同じ群の別個体に対して執拗に飛来し吸血を行うので、吸血を受けている個体は常にアブに襲撃され続け多大なストレスとなります。雌は吸血したのちに交尾をし、産卵しますが、一部のアブでは無吸血産卵という厄介な性質をもっており、吸血前に交尾、産卵をしてしまうため成虫の数を抑制しても次世代の抑制につながらない場合もあります。吸血の他は花蜜や樹液を摂取して生活しています。

吸血嗜好部位は一般的に皮膚の柔らかい部位ですが、種によって主な吸血部位が異なります。例えばニッポンシロフアブは腹部や四肢を、アカウシアブは背中を好んで狙います。吸血量はアカウシアブなどの大型種で500mg、ニッポンシロフアブなどの中型種で120mgと虫自身の体重の1~2倍もの量を吸血します。また一般的にアブは青や黒といった草の緑とのコントラストが大きい色に好んで集まる習性があるため毛色が暗い馬は集られやすい傾向があります。

 

対策

害虫の防除としてはその発生源をなくすことが基本ですが、アブの生息場所が多様で多岐にわたる点、幼虫の生息密度が低く幼虫に対する殺虫剤散布は効果が低い点、さらに数kmもの長距離移動が可能な点から発生源へのアプローチは現実的ではありません。そのため現状では、飛来するアブの成虫をトラップで捕獲していくのが確実な防除法となっており、日高育成牧場でも本年度からアブトラップの利用を始めました。8/6までのサンプリングの結果、13種類、5,100匹のアブが採集されました(図参照)。アブトラップの注意点としてはアブが種類ごとに吸血嗜好部位が異なる習性から、トラップの形状により捕獲しやすいアブとしにくいアブが存在することです。牧場内での優占種を見極めそのアブに適した形状のアブトラップを選択するのが大事なポイントであると考えています。(日高育成牧場の優占種はニッポンシロフアブ)

アブに対する忌避剤も流通はしていますが、長時間有効なものがないのが現状です。アブ忌避剤については現在進行形で帯広畜産大学の菅沼啓輔准教授が中心となり、馬用アブ忌避剤を開発中です。既存薬とは異なる形状のアブ忌避剤開発など、広い視点での開発を考えています。

 

最後に

アブの生態についてネットなどを調べてみてもなかなか情報が掲載されていないと感じ、今回文献などから得た情報を簡単にまとめてみました。皆様の来年以降のアブ対策の一助になれば幸いです。

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2024年9月25日 (水)

食用油給与の効果

近年、馬への食用油給与は珍しいことではなくなりました。その効果を最大限に発揮させるため、馬への適切な食用油給与についてご紹介いたします。

馬のエネルギーの元となる栄養素は、五大栄養素(図1)のうち、炭水化物、脂質、タンパク質の3つです。タンパク質は血液や筋肉の元となるため、炭水化物と脂質が大きなエネルギー源となります。馬が摂取するエネルギーの大半は、牧草等の粗飼料に含まれる植物繊維と濃厚飼料に含まれるデンプンから得る炭水化物です。一方で、食用油は成分のほとんどが脂質であり、そのままエネルギー源となることが最大の特徴です。食用油給与の効果として、第一に効率的にエネルギーを給与できる点、第二に濃厚飼料と置き換えることでデンプンの給与量を減らすことができる点が期待されています。

1 図1. 五大栄養素

 

効率的なエネルギー給与

脂質のエネルギーは炭水化物やタンパク質の2~3倍です。同じ量の飼葉を食べても太りにくい馬や、食が細く食べる量が少ない馬に効率良くエネルギーを給与する方法として、食用油が利用されます。また厳冬期には寒冷ストレスにより体温が奪われ、エネルギー要求量が増加する場合があります。このようなときのエネルギー補給にも食用油の給与は有効です。

 

デンプンとの置き換え

濃厚飼料の多給は疝痛や蹄葉炎などの食餌性疾患を引き起こすことは広く知られており、その原因は濃厚飼料に含まれるデンプンと言われています。デンプンは本来小腸にて消化吸収されるべき栄養素です。しかしながら濃厚飼料の多給によって消化吸収されなかったデンプンは盲腸に流入します。盲腸へデンプンが多量に流入すると、後腸アシドーシスや腸内細菌叢の乱れ、疝痛など様々な疾患を引きおこす原因となります。

妊娠末期や泌乳期、運動量の多いときなど、エネルギー要求量が多いときには、どうしても濃厚飼料の給与量が増えてしまいます。そのような場合に穀物などのデンプンを食用油に置き換えることで、デンプンの給与量を抑えることが可能です。例えば、エン麦のエネルギーは3Mcal/kgに対し、食用油は9Mcal/kgとエン麦の3倍にもなります。したがってエン麦1.5kgは食用油0.5kgに置き換えが可能です(図2)。

Photo_23 図2. エン麦1.5㎏と食用油0.5kg(エネルギーは同量)

 

食用油給与時の注意点

食用油給与時の注意点についていくつかご紹介いたします。食用油は植物性油と動物性油のふたつがあります。馬は草食動物ですので植物油を好み、動物油は嫌います。また馬の基本的な飼料中の脂質は全体の2~5%と少ないため、飼葉の嗜好性低下には注意が必要です。成馬であれば1日あたり1L程度は給与しても構わないとされていますが、過剰給与は嗜好性やパフォーマンスの低下につながりますので、馬の状態を適宜確認しながらの給与を推奨いたします。

 

最後に

食用油は脂質以外の栄養素を含まず、消化管への負担も軽減するなど、エネルギーの補給源として大変有用です。また、毛艶や皮膚の調子が良くなるなどの効果も認められています。太りづらい馬や妊娠後期のエネルギー要求量が増加しはじめる繁殖牝馬、また市場上場予定馬のコンディション調整のために食用油の利用も選択肢のひとつとして検討してみてはいかがでしょうか。

 

JRA日高育成牧場 生産育成研究室 根岸菜都子

裂蹄について

蹄の一部に亀裂が発生したものを裂蹄と言います。蹄壁に多発し、亀裂の多くは縦方向に発生します。また、亀裂が深部に達すると、知覚部に炎症が波及する場合があり、軽症例から重症例まで様々です。(知覚部とは皮膚の真皮に相当し、神経と血管に富む)

 

★発生部位による分類を紹介します。

①蹄尖裂:蹄尖部の蹄壁に発生した裂蹄

②蹄側裂:蹄側部の蹄壁に発生した裂蹄

③蹄踵裂:蹄踵部の蹄壁に発生した裂蹄

④蹄底裂:蹄底に発生した裂蹄

⑤蹄支裂:蹄支に発生した裂蹄

⑥蹄叉裂:蹄叉に発生した裂蹄

Photo_20 ※特に蹄壁に多く発生します。

発生部位・分類

 

裂蹄の長さ

①    蹄冠裂:蹄冠から発生し、亀裂が負縁に向かう裂蹄

②    負縁裂:負縁から発生し、亀裂が蹄冠に向かう裂蹄

③    全裂:蹄壁の蹄冠から負縁まで亀裂が達している裂蹄

裂蹄の深さ

①    表層裂:亀裂が蹄鞘の表層に留まり、知覚部まで達しない

②    深層裂:亀裂が知覚まで達し、亀裂から出血することあり

裂蹄の方向

①    縦裂蹄:角細管の流れに沿って亀裂が生じた裂蹄

②    横裂蹄:角細管の流れにほぼ直角に亀裂が生じた裂蹄

 

原因は、外部環境、蹄質、蹄形、蹄病、装蹄に大別されます。それらが単一に、あるいは複合的に働いて裂蹄が発生すると考えられています。

蹄冠部、知覚部までに到達している裂蹄には注意する必要があります。

 

 

★蹄質に起因する裂蹄

栄養不良などの馬は、蹄鞘が脆弱化し、裂蹄が発生しやすくなります。また、生後間もない仔馬では、胎内で形成された胎生角質が次第に新生角質に置き換わりますが、胎生角質が蹄尖部にのみ残存している状態のときに、蹄尖部に過剰な外力が加わると、胎生角質と新生角質のつなぎ目に横方向の亀裂が入ることがあります。これは硬い胎生角質と軟らかい新生角質の硬度の違いによる破断現象です。

生産地では跣蹄の馬が多く、繁殖牝馬では馬体重もあり蹄への負担が大きいです。他にも放牧地の環境が悪く、慢性的に湿った状態では蹄の水分が多くなり発生しやすくなります。

 

★蹄病に起因する裂蹄

蟻洞や白帯病では、蹄壁の一部が剥離して内部に空洞が形成されるため、蹄壁としての堅牢性が低下して、蹄壁表面に負縁裂が発生することがあります。慢性蹄葉炎に伴う蟻洞によっても、浮き上がった蹄壁には負縁裂が生じます。クラブフットでは、深屈腱の牽引力が強くなるので、蹄尖負面に荷重が集中し、その部分の負縁裂や全裂、さらに蹄底裂が発生する場合があります。

 

★裂蹄に対する処置

アルミプレートや革片、グラスファイバーなどを用いて蹄壁の亀裂の拡大を防ぐ処置が施されます。昨年から3Dプリンターで作成した3Dプリントプレート(3DPP)を裂蹄の亀裂拡大防止に応用しています。

Photo_213DPPでの処置

日高育成牧場においては重症例に対してプレートやグラスファイバーでの処置を施しますが、発生予防のためにはフォーポイント削蹄を施します。

Photo_22この部分を斜めに切り落とす。

 

日高育成牧場 業務課 小林弘暉

 

当歳馬の近位種子骨々折について

JRA日高育成牧場では、生産馬(JRAホームブレッド)を用いて様々な疾病の調査・研究を行ってきました。離断性骨軟骨症(OCD)や骨軟骨下嚢胞(SBC)などの発育期整形外科疾患(DOD)や喉頭片麻痺(LH:ノド鳴り)などの上気道疾患の発症状況と競走期への影響については、各種講習会を通じて競馬関係者の皆様にご紹介してきたところです。これらの疾病の発症状況を調べる中で、症状を示さない近位種子骨々折が離乳前の当歳馬に高頻度に発生していることが明らかになりました。今回は当歳馬に発生する近位種子骨々折についてご紹介していきたいと思います。

 

当歳馬の近位種子骨々折

 近位種子骨は球節の掌側(後側)に位置する骨であり、繋靭帯や種子骨靭帯と繋がることで球節を支える保定機能の構成要素として重要な役割を担っています。調教を実施する育成期や競走期のサラブレッドでは、球節が地面すれすれまで沈み込むこんだ際に、繋靭帯によって強く引っ張られることによって近位種子骨に大きな力がかかり、骨折を発症することがあります。育成期や競走期の馬に骨折が発生すると、球節の支持機能が損なわれるため、重度の跛行となるだけでなく、場合によっては競走能力を喪失することもあります。

 当歳馬の球節を生後直後から定期的にレントゲンを用いて検査したところ、生後1~3ヶ月齢の時期に近位種子骨々折が発生していました。しかしながら、これらの骨折は先ほど述べた育成期や競走期の馬に発生するものとは異なり、跛行などの症状を示さず定期検査によって偶然発見されたものでした。そのため、これらの当歳馬たちに対しては特に治療や休養を行わなくても、概ね1ヶ月程度で骨折線が消失して治癒することを確認しています(図1)。当歳馬において生後1~3ヶ月齢に多く発生しているのは、広い放牧地に放牧されて、母馬と一緒に放牧地を駈け回る時期であることと関係していると考えられます。また、跛行などの症状を示さない点については、当歳馬の体重が軽いため、骨折を発症しても球節の機能に大きな影響を与えないためであると思われます。

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図1 当歳馬に発生する種子骨々折

 

 それでは、当歳馬における近位種子骨々折はどの程度の頻度で発生しているのでしょうか。2014~2020年に生まれたJRAホームブレッド54頭(牡:25頭、牝:29頭)に対して調査を行ったところ、生後1~3ヶ月齢の間に四肢の中で1か所でも近位種子骨々折を発症していたのは25頭(46.3%)でした。性別ごとの発症率を比較したところ、牡(60%)は牝(34.5%)に比べて発症率が高いことが明らかになりました(図2)。この結果は、牡の方が活発に放牧地を駈け回っていることを示しているのかもしれません。このように、当歳馬においては症状を示さない近位種子骨々折が高頻度で発生していることがお分かりいただけたと思います。

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図2 性別ごとの近位種子骨々折の発症率

 

競走期への影響

 これまでご紹介してきたように、放牧を開始した当歳馬には近位種子骨々折が発生していますが、これらの骨折は競走期に何らかの影響を与えるのでしょうか。先ほど調査したJRAホームブレッドを対象に、競馬への出走率を比較したところ、当歳時に近位種子骨々折を発症した群(80%)と発症していない群(82.8%)との間に大きな出走率の違いは認められませんでした(図3)。また、競走期の出走回数や獲得賞金についても比較を行いましたが、これらについても大きな差は認められませんでした。これらの結果から、当歳馬に発生する症状を示さない近位種子骨々折は、競走期に大きな影響を与えることはないと言えそうです。

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図3 近位種子骨々折の有無による出走率

 

近位種子骨々折の予防

 当歳期の近位種子骨々折は競走期への影響は大きくないことを示しましたが、発症しないのであればそれに越したことはありません。骨折を予防するためにはどのようなことを実施する必要があるのでしょうか。骨折を発症する要因の1つとして、広い放牧地を駈け回ることが考えられます。特に、母馬が広い放牧地に放たれて全速力で走り回った際に、子馬が必死に付いていくことによって種子骨に大きな力がかかることで骨折が発症していると思われます。実際に、初めて広い放牧地に放す際に母馬に鎮静処置を実施した年は、当歳馬の近位種子骨々折の発症率が低い結果となりました(図4)。この結果から、当歳馬の近位種子骨々折を防ぐためには、放牧地を走り回らない対策を講じることが重要であると思われます。しかしながら、生産牧場においては、母馬に気軽に鎮静処置を実施することは難しいと考えられます。そこで、広い放牧地を使う際には段階的に広い放牧地に移していくことや同じ管理をしてきた母馬同士を一緒に広い放牧地に移すといった対策を実施するのが良いと考えられます。

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図4 年ごとの近位種子骨々折の発症率

JRA育成馬の輸送と輸送熱

JRAでは冬期の寒さが厳しい日高育成牧場と冬期は穏やかな気候の宮崎育成牧場の南北2か所で育成調教および後期育成に関する研究を行っています。宮崎育成牧場で管理している育成馬は九州1歳市場で購買した馬の他、大半は北海道のセリで購買し、宮崎へと輸送している馬たちです。

北海道から宮崎への長距離の輸送で問題となるのは輸送熱です。輸送熱は、長距離輸送後におこる発熱のことで、多くは呼吸器の炎症を伴います。特定の病原菌が引き起こすのではなく、馬運車内環境の悪化や輸送ストレスの増加により馬の免疫力が低下すると、常在菌が活発に活動するようになり、結果、輸送熱を発症すると考えられています。通常、数日の加療で回復しますが、一部は肺炎などの重篤な病気になることから、軽んじられない病気です。輸送熱は輸送時間が延長すると増加しますが、20時間以上の輸送では発症率が急上昇することから長時間輸送では特に注意が必要です。

 例年では7月にJRAホームブレッドと八戸市場購買馬、9月にサマーセル購買馬とセプテンバーセール購買馬を合計4台の馬運車で輸送しています。日高育成牧場と宮崎育成牧場間の馬運車での輸送距離は2,600kmです。以前は、北海道出発後、直接宮崎まで輸送していましたが、その時の輸送時間は馬運車内での休憩も含めて約45時間でした。近年、動物福祉の観点から24時間以上の連続輸送は推奨されないことから、日高育成牧場と宮崎育成牧場の中間地点であるJRA新潟競馬場で育成馬たちを馬運車から一旦降ろして、厩舎の馬房内で1日休憩をとる行程に変更しました。ストレスの指標である血中コルチゾール濃度を調べたところ、休憩の前後でコルチゾール濃度は下がり、馬にかかるストレスが減少していることが分かりました。

2020年から2023年までの4年間で、新潟競馬場において休憩をとる新しい輸送行程で81頭の1歳馬を輸送しました。輸送前に抗生剤の投与等の輸送熱予防処置は行っていませんでしたが、輸送熱を発症した馬は2頭(2.4%)でした。この2頭は新潟到着時点ですでに発熱を認めていましたが、抗生剤による治療により早期に回復しました。輸送した1歳馬は調教を行う前のストレスに曝されていない状態でしたが、新潟競馬場の馬房内において十分な休憩を取ることで長距離輸送の負担が低減したものと考えられました。

 過去の研究では、インターフェロン・アルファという人や動物の免疫機能活性化作用を持つ薬剤の経口投与や、馬運車内の環境改善のため微酸性次亜塩素酸水という消毒薬の空間噴霧等を検証し、輸送熱予防に対して一定の効果があることを確認しています。輸送熱予防に関わる研究はこれからも続けていきますので、新たな知見が得られれば報告していきたと思います。

 

日高育成牧場 業務課 水上寛健

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図:日高育成牧場から宮崎育成牧場までの輸送経路

Photo_13 表:2020年からの輸送熱発症馬と非発症馬の頭数

 

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写真:新潟競馬場での滞在の様子

レポジトリーに関する調査

先日、本年最初の1歳せりである九州1歳市場が開催されました。道内でも、今月のセレクトセール、セレクションセールを皮切りに本格的なせりシーズンが始まります。そこで今回は、市場で公開されるレポジトリーの所見に関する調査について、昨年末開催された講習会「レポジトリーに関する異常所見や調査研究」(主催:静内軽種馬生産振興会、講師:JRA久米紘一 獣医師)の内容から抜粋してご紹介します。

 調査は、2017~2023年に行われた北海道市場(セレクション、サマー、セプテンバー)に上場された12977頭のうち、レポジトリーを確認した4815頭を対象としました。気になるレポジトリー所見として喉頭片麻痺(LH)グレードⅢa以上、大腿骨軟骨下骨嚢胞(SBC)グレード3以上、球節部以下SBCを取り上げ、それら有所見馬の売却率、売却金額、出走率、初出走日、獲得賞金を調査しました。

 

喉頭片麻痺(LH)

 LHは、披裂軟骨(左側90%以上)の開きが悪くなることにより気道が狭くなり、状態次第では異常呼吸音(ヒューヒュー音)や運動不耐性(プアパフォーマンス)を呈します。披裂軟骨の外転の程度によりグレードⅠ(正常)~Ⅳに分類され(図1)、グレードⅢ以上でプアパフォーマンスの可能性が高くなることが知られています。

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図1 喉頭片麻痺グレード

 

軟骨下骨嚢胞(SBC)

 SBCでは、関節に面した骨に体重負荷がかかることで軟骨が損傷し、骨内部の空洞化が認められます。無症状のままレポジトリーで初めて見つかることも多いかと思います。ほとんどの関節で発生することが報告されていますが、レポジトリーでは後膝(大腿骨)(図2)や球節以下(第3中手骨、第1~2指/趾骨)(図3)で見られることが一般的です。大腿骨SBCはグレード1~4に分類され、過去の調査ではグレード3以上で跛行のリスクが高いことが報告されています。

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図2 大腿骨軟骨下骨嚢胞およびグレード

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図3 第3中手骨SBC(左・中)第2指骨SBC(右)

 

 調査結果を表1に示します。いずれの所見を認めた場合でも、売却率は8割近くであり、売却金額とともにせり全体の結果との差は認めませんでした。また、中央および地方競馬の出走率はいずれの所見も9割以上と高く、初出走日、獲得賞金の結果(2017~2021年上場馬を対象)においても、所見を認めない対照群と比較して差はありませんでした。これらの結果より、一般的にリスクが高いとされている上記レポジトリー所見ですが、市場成績、競走成績への影響は限定的と言えます。ただし、本調査では症状(跛行や喘鳴音)の有無や、手術を含む治療の有無について個別には言及していないため、中には後期育成期以降にスムーズさを欠いた症例もいたかと思います。

 

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表1(中央値)

 

レポジトリーは購買時の重要な指標の一つですが、全く所見を認めない場合でも疾患のリスクがゼロになることはありません。最も大切なことはコンフォメーションや血統、予算、その他公表事項などを含めて総合的に判断することであり、購買者本人が納得した状態で取引に参加することです。JRAはブリーズアップセールでは運営・販売者側、1歳市場では購買者側であり、両方の経験を持つ私たちだからこそ、今後も新しい知見を発信していきたいと思います。

 

JRA日高育成牧場 業務課主査 原田大地

 

馬の暑熱対策

馬の熱中症

 北海道でも、愛馬が熱中症にかかってしまった、という声を聴くようになりました。熱中症は馬自身が作り出す熱をうまく排出できないため体温が上昇し、身体に異常をきたす症候群です。運動後にふらふらする、横臥して立てなくなるなどの症状を示すことが多く、夕方になっても呼吸が早く、体温が高い場合も熱中症の可能性があります。

 

暑さ指数(WBGT)と競走馬の熱中症

人では暑さ指数(WBGT:℃表示されますが気温とは異なります)が高値になるほど熱中症発症リスクが上昇します。WBGTは、気温に湿度や風、日光等の輻射熱の要素を加えたもので、指数は温度1、湿度7、輻射熱2の割合で計算されます。湿度の要素が大きいのは、湿度が上がると汗が蒸発しにくくなり体温が低下しにくくなるためです。中央競馬における熱中症とWBGTとの関係についての調査では、WBGTの上昇に伴って熱中症は増加することがわかりました(図1)。特にWBGTが28℃を超えるあたりから発症率は急上昇しており、人と同様にWBGTが28℃を超える日や、急に暑さが増す日には危険性が増加します。

 

効果的な馬体冷却方法の検討

運動後の馬の体温は42℃を超えることがしばしばあり、暑熱環境下において、運動後に体温を速やかに下げることは重要です。国際的な総合馬術では以前より馬体の冷却方法として、間欠的に冷水をかけ汗こきを行う事が推奨されてきました。しかし、根拠となる科学的な証拠がなかったことから、以下のような実験を行いました。方法は、WBGT31-32℃の暑熱環境下で運動を行い、体温が42℃に達した時点から、馬体の冷却を行います。冷却方法は①常歩、②常歩を行いながら冷水(10℃)を3分おきに掛け、汗こきをする、③常歩を行いながら冷水(10℃)を3分おきに掛け、汗こきをしない、④水道水(25-28℃)を馬体に掛け続ける、の4条件により行い、運動終了後30分まで観察しました。馬体の冷却効果としては条件④水道水(25-28℃)を馬体に掛け続けるが最も効果的であり、10分程度で安静時の体温に戻りました(図2)。夏場の水道水はそれほど低い水温ではありませんが、25℃以上の水道水でも掛け続けることで十分な冷却効果が得られることが明らかとなりました。次に効果の高かったのは3分おきに冷水(10℃)をかける方法ですが、条件②汗こきをするよりも、条件③汗こきをしない、の方が体温の低下は速いことか示されました。汗こきをせず、毛の間に水分があった方が気化熱による体温の低下が大きいためと考えられます。常歩のみでは30分後でも体温は40℃をやっと下回る程度であり、暑熱環境下でのクーリングダウンは最も推奨されない方法となりました。これらの結果は、国際馬術連盟にも周知され、東京オリンピックでは、馬に水をどんどんかけて冷却する参加国が多くなり熱中症を防ぐことができました。中央競馬においても、レース後すぐに馬体を冷却できるよう各競馬場に水冷装置を新設しました(図3)。

 

運動後の水分・塩分補給

競走馬の暑熱環境下における運動後の体重減少は約10kgと非常に多いですが、そのほとんどは発汗によるものと考えられます。馬の場合、人と比較し汗中のナトリウムを回収する能力が低く、発汗量の約1%の食塩が身体から排出されるため、体重10kg減では食塩約100gが失われることになります。そのため、馬においては普段以上に夏場の食塩の給与が非常に重要です。加えて、食塩の摂取は飲水量の増加にもつながることから、運動後の体重リカバリーのカギは食塩の給与といえます。

 

おわりに

熱中症を予防するため、暑熱環境下においては運動を控えることも選択肢となりますが、夏場にも競馬を行う上では避けては通れない部分でもあります。人もそうですが、熱中症は体調が悪い時ほど起こりやすくなることから、体調管理も重要となります。今回の記事を参考に、少し暑くなった時期から積極的に馬体冷却を行うこと、塩分の給与に留意することで北海道の暑い夏を乗り切りましょう。

 

日高育成牧場 副場長 大村 一

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図1 競走馬のWBGTと熱中症発症率

28℃を超えると発症率は急増する

 

 

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図2 冷却方法の違いによる運動後の体温の変化

水道水による冷却が一番効果的であり、汗こきはむしろない方が良い

 

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図3 競馬場における水道水による冷却装置

レース直後に走路近くで馬体冷却を行う事が可能となった

 

寄生虫対策の現状

馬の管理上、内部寄生虫対策は非常に重要であることは言うまでもありませんが、「決まった駆虫薬を投与する」という方法以外に明確な対処法を実施できていないのが現状です。しかし、その駆虫薬ですら万能ではなく、近年駆虫薬が効かない「駆虫薬耐性虫」の増加が世界的な問題となっており、日本国内でも同様の事例は起こっています。今回は、駆虫薬耐性虫が増加してしまった要因とその対策法について改めてまとめてみたいと思います。

複数の牧場に協力していただいたアンケートによると、ほぼ全ての牧場で何らかの駆虫薬を定期的に投与しているという回答が得られました。では、これで万事解決かと言うとそう簡単ではなく、駆虫薬投与にも関わらず十分な効果が得られていない牧場が散見されています。つまり、駆虫薬の効かない駆虫薬耐性虫がすぐそばにいるかもしれない、ということになります。なぜこのような駆虫薬耐性虫が増えてきたのでしょうか?

いわゆる駆虫薬の効かない、もしくは効きにくい虫というのは一定の割合で出現していると考えられています。多くの場合は突然変異などによって発生した少数派であるため、同種間の生存競争を生き残ることができていませんでした。しかし、駆虫薬によって耐性を持っている虫以外が駆虫されると生き残った駆虫薬耐性虫には増加するチャンスが生まれます。生き残った上でうまく馬の体内に入り込んだ駆虫薬耐性虫がそこで多くの虫卵を産生し、次世代が数を増やして耐性虫群を作ることに成功するとその馬の飼育されている牧場では駆虫薬が効かない、という事態が発生してしまうのです。

また、駆虫薬を投与する時期も重要です。寄生虫には発育や生存に適した条件、適していない条件があり、真夏や真冬などの生存環境の厳しい時期には寄生虫の総数が少なくなっています。その時期に駆虫薬を投与して耐性虫が残ってしまうとその数自体が少なくても群の中での相対的な割合が高くなってしまい、より駆虫薬耐性虫が数を増やして耐性虫群を形成する可能性が強まってしまうことになります。

つまり、闇雲に駆虫薬を投与し続けることは駆虫薬耐性虫を選抜し、増加の手助けをしてしまっているとも言えます(図参照)。

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このような状況は問題視されており、従来の駆虫薬を使用しつつ駆虫薬耐性虫を増やさないための対策が考えられてきています。その最終的な目標は①栄養失調や消化管の閉塞など寄生虫感染によるリスクを最小限にする、②虫卵排出を減少させる、③駆虫薬耐性虫の出現を抑えて駆虫薬の有効性を保つこととされており、駆虫薬耐性虫を全滅させることではありません。なぜなら馬体外に存在している寄生虫を根絶することは不可能かつ少数の寄生で馬に重篤な症状を引き起こすことは稀だからです。①と②については従来の寄生虫対策とほぼ同様で、寄生虫感染の影響の大きい若馬を中心に計画的に駆虫薬を投与して馬体内の寄生虫を減らしつつ、馬糞拾いや拾った馬糞の確実な堆肥化、放牧地のローテーションやハロー掛けといった牧草地の寄生虫にとって生存しにくい環境の維持に努めることが大切です。そして③が近年重要視されています。

駆虫薬耐性虫をできるだけ出現させないためには計画的な駆虫プログラムにおいて「一年の適切な時期に効果的な駆虫薬を投与すること」と、「駆虫薬耐性虫の出現をいち早く検知すること」が大切になります。前者は先ほど述べた通り、駆虫薬投与の時期次第では駆虫薬耐性虫の増加を助けてしまうためです。一方、後者に関しては、これまでの糞便虫卵検査を応用することで可能となります。これまでは感染している寄生虫の種類及び排出される虫卵の量を調べるために実施していましたが、駆虫薬投与前後の虫卵数を調べる「糞便虫卵数減少試験」により虫卵の減少率を調べることで駆虫薬耐性虫の有無が確認できます。

日本においてもすでに駆虫薬耐性虫の存在が確認されています。これからの寄生虫対策には駆虫薬耐性虫を念頭に置いた対策が不可欠であり、その存在を明らかにするためには糞便虫卵検査の有効活用が現状では最も効果的であると考えられています。まだまだ細かい対策法の策定には調査、分析が必要ですが、今後も新たな対策につながる結果が得られましたら報告していきたいと考えています。

 

日高育成牧場 生産育成研究室 国井博和

2024年5月27日 (月)

国際馬繁殖シンポジウムについて

昨年7月10-15日にブラジルにおいて第13回国際馬繁殖シンポジウム(International Symposium on Equine Reproduction, ISER)が開催され、日本から私を含む3名が参加してまいりました。本シンポジウムは4年毎に開催されており、世界中のウマ繁殖研究者が一同に会す場となっています。今回は計246題もの研究が発表されました。日本獣医学会における馬繁殖の演題は片手で数えるほどですので、いかに世界のウマ繁殖研究が進んでいるかお分かりいただけるのではないでしょうか。このシンポジウムは発表者と限られたメンバーしか参加できないクローズドな学会ではあるものの、それでも世界中から約400人が参集しました。本稿ではなかなか接する機会のない馬繁殖獣医学研究の最前線について簡単に紹介いたします。

 馬繁殖の学会では一般的に「非妊娠馬」「妊娠馬」「牡馬」「生殖補助医療技術(ART)」「出産・子馬」に分けられます。日本では「馬は人工授精できない」と思われている方も多いかもしれえませんが、近年の馬繁殖研究においては、人工授精どころか受精卵移植は当然のこと顕微授精、体外受精、クローン、性選別精液といったART分野が急速に発展しています。特に馬では不可能と言われていた体外受精や性選別精液といった技術に関して実用化が近づいていることに驚きました。当然、これらは競走馬ではなく馬術競技馬やポロ競技馬を対象としたものです。一方、サラブレッド種の研究は本交配を前提とした臨床データが多く、特に米国ケンタッキーのウマ病院が大学と提携して取り組んでいる調査が多く見受けられました。

発表内容のご紹介

 本稿では比較的身近なキーワードとなってきたバイオフィルムとPRPに関する報告を紹介いたします。

ハグヤード馬病院のDr. Luがバイオフィルムに関する診断的治療法を報告しました。バイオフィルムは細菌が分泌する粘液であり、これによって抗菌薬が細菌に届きにくくなるため、難治性子宮内膜炎の原因となります。治療法として粘液を溶解させるNアセチルシステイン(NAC)や過酸化水素水、DMSO、Tris-EDTAなどが有効とされていますが、厄介なのは診断方法が確立していないことです。そこでDr. Luらは診断的治療法を実施した成果を発表しました。59頭の牝馬に対してNアセチルシステイン(NAC)を子宮内投与し、翌日に検査することで検出率が飛躍的に向上しました(細胞診による炎症評価19%→73%、培養による細菌検出37%→69%)。NAC投与前の検査では59頭中48頭(81%)が正常と診断されましたが、このうち17頭(35%)がNAC処置後の検査で陽性となりました。このことはNAC処置により子宮内のバイオフィルムが溶解し、細菌検出率が向上したことを示唆しています。この結果からバイオフィルムが特別な存在ではなく、非常に身近な存在であると言えそうです。

また、多血小板血漿PRPに関する報告が幾つかありました。PRPは再生医療分野ではすでに臨床応用されている技術ですが、近年は繁殖分野への応用性について研究されています。今回、交配誘発性子宮内膜炎やバイオフィルムに対して有用であったという結果が報告されました。また、子宮内投与する場合には再生医療に比べて大量のPRPを作成する必要があるため、その作成方法や保存方法に関する研究もありました。ただ、これらはあくまでも無処置と比べて有効であったというものであり、従来の治療法である子宮洗浄や抗生物質と比較してどうかというのは明らかになっていませんので、従来の治療法を改善させるものかどうかについては引き続き調査研究が必要と思われました。

ISERの今後

閉会の場において、ISERは今後国際馬繁殖協会International Society of Equine Reproductionとして、研究のみならず教育、交流を先導していきたいということが述べられました。その第一歩としてISER Global Educationというサイトを開設し、専門家による講義動画を100本以上アップロードしています。今後も動画は増えていく予定となっており、世界的な馬繁殖獣医療の底上げに貢献するものと思われます。このウェビナーは日本中央競馬会もスポンサーを務めていますので、ご興味ある獣医師は是非ご視聴ください(有料です)。

日高育成牧場 生産育成研究室長(現馬事部) 村瀬晴崇

28歳の繁殖を引退した高齢牝馬への泌乳処置と乳母付け

昨年度、門別と浦河で開催された強い馬づくり講習会にて、空胎繁殖牝馬への泌乳処置とPGF2α製剤を用いた新しい乳母付け法を紹介させていただきました。その際のアンケートの中で「何歳までなら泌乳処置が可能なのか?」という質問が多数あり、私自身も答えを持てていない部分でありました。今回は民間牧場にて28歳の繁殖を引退した高齢牝馬への泌乳処置と乳母付けを実施しましたので所感とともに内容をお伝えいたします。

子馬は分娩後4日で母馬が急性心不全で亡くなったため乳母が必要となり、その候補として牧場内で繋養中の2頭が挙がりました。

まずは15歳の空胎馬で約2週間の泌乳処置後、2回の乳母付けを実施しましたが、性格の問題か、子馬を許容せず失敗に終わりました。

2頭目は今回の子馬の祖母にあたる28歳の繁殖を引退した高齢牝馬で、最後の分娩は7年前でした。泌乳処置プロトコルは図1に従って行いましたが、高齢が大きく影響しているためか、搾乳量は泌乳処置12日目でも1日当たり600ml程度で、頭打ちとなってしまいました。教科書的には泌乳処置した空胎馬を乳母付けするタイミングとして、1日当たりの泌乳量が3L以上と記載されています。圧倒的な泌乳量不足から乳母付けの実施自体も悩みました。しかし、子馬の馬社会性形成の観点からパートナーになるだけでも、という生産者の希望から乳母付けを実施してみました。乳母付けは図2に従い、PGF2α製剤のみを用いた方法で実施しました。乳母の子馬への攻撃性は全くなく、吸乳も許容していましたが、乳母側の母性行動の発現(子馬を嗅ぐ、舐める)が弱い点、そして子馬の意識がどうしても近くにいる人間に向かってしまう点が気になりました。そこで、馬房よりも少し広い外パドックに2頭を入れ、私達は2頭から距離をとることにしました。人が見えるとまずは人に近寄ってきていた子馬も、乳母と2頭だけの空間になったことで乳母に興味を示すようになり、徐々に2頭の距離感が近くなりました。そして半日後には本当の親子のような関係となり乳母付け自体は成功となりました。

乳母付け翌日以降は、やはり懸念点であった乳量不足が影響し、子馬の体重が減少しました。そのため、バケツで人工乳を給与することと早めのクリープフィードの開始で対応したところ、子馬は満足に吸乳できるようになったことで精神面が落ち着きました。また、興味深いことに28歳の乳母も子育ての使命に燃え始めたのか、以前より目の輝きが増したそうです。後は、子馬の吸乳刺激で多少なりとも泌乳量が増えることを願うばかりです。

今回の経験から、28歳という高齢な牝馬への泌乳処置は効果が乏しいことが分かりました。また乳母の適性としてその馬の性格がとても大事なのだなと改めて学ばせていただきました。そして子馬の栄養源が母乳だけに依存しない時期であれば、乳量の少ない乳母であってもパートナーとしての意義は十分にあり、繁殖を引退した牝馬の活用法の1つとなりうるのではないかと感じました。

Urata1_2 図1
Urata2_2図2

日高育成牧場 生産育成研究室 浦田 賢一