2024年12月 9日 (月)

装蹄師の養成について その3

過去2回に渡って、装蹄師の養成についてお話してきましたが、今回はその最終回、

装蹄教育センターの数ある外部研修の中で最も研修期間の長い、北海道研修についてご紹介したいと思います。まずは前回までのお話、装蹄師になるにはどうしたら良いか?について振り返ってみましょう。

装蹄師になるためには、装蹄師の養成施設、公益社団法人 日本装削蹄協会 装蹄教育センター(※1)にて1年間、専門的な知識と技術を学び、装蹄師認定試験2級認定試験(※2)に合格して、装蹄師の資格を取得する必要があります。装蹄教育センターは、栃木県宇都宮市にあり、設立されてから30年、延べ448名の認定装蹄師を現場に輩出することになります。装蹄教育センター卒業後の就労先は、競走馬のトレーニングセンター・競馬場・乗馬クラブ・北海道などの生産地で装蹄師として働くこととなります。

では今回のお話に移ります。この北海道研修は毎年7月に行われます。4月に入講して3ヵ月、基本的なことを理解し始めた時期ですね。まずは本年の北海道実習の行程をご紹介いたしましょう。研修は空路にて、羽田空港から帯広に飛び立つところから始まります。

以下、本年度の研修行程です。

 

7月14日(日)研修場所/帯広競馬場

        【午後】施設見学・輓馬装蹄の見学および体験・ばんえい競馬観戦

15日(月)研修場所/ヒダカファーム・大北牧場

        日高地区の個人牧場での装削蹄見学と削蹄実習

16日(火)研修場所/JRA日高育成牧場・BTC

 JRA日高育成牧場・BTC施設見学・講義・削蹄実習

17日(水)研修場所/北海道市場・橋本ファーム・那須野ファーム・JBBA

        北海道市場セリ場見学・講話

        新冠地区の牧場での装削蹄見学と削蹄実習

18日(木)研修場所/株式会社ノースヒルズ・社台スタリオンステーション

        社台ホースクリニック

        【午前】株式会社ノースヒルズ業務見学・講話

        【午後】社台スタリオンステーション種馬見学・講話

            社台ホースクリニック施設見学・講義

19日(金)研修場所/ノーザンファーム・追分ファーム

        【午前】ノーザンファーム装蹄実演見学・講話・削蹄実習

        【午後】追分ファーム削蹄実演見学・削蹄実習

 

  20日(土)新千歳空港にて解散

この研修の目的は、北海道でしか学ぶことの出来ないことを学ぶことにあります。

生産地での装蹄師は、当歳馬の肢軸矯正、繁殖牝馬の削蹄、育成馬の装削蹄と、特に知識と技術が必要となります。肢の曲がってしまった状態で生まれた馬は、早い時期での矯正が必要です。繁殖牝馬も肢元に問題があると、元気に放牧地を走り回ることができません。すると一緒にいる子馬も行動範囲が狭くなりますので、筋力の低下など親子共々、様々な問題が発生します。調教の進んできた育成馬は蹄が摩滅し、蹄鉄の装着が必要となります。この北海道研修では、実際に日高地区の経験豊かな開業装蹄師さんに同行し、馬の扱いから肢上げや保定、削蹄方法を学びます。普段扱っている装蹄教育センターの大人しい馬とは違う馬を扱う事に目的があるのです。ですから北海道研修でのメインの実習、削蹄実習はここでしか出来ない、貴重な実習となっているのです。削蹄実習で実技を学んだあとには、各施設や牧場にて、再び貴重なお話や講義を受けます。この北海道研修が終わるころには、講習生が知識と経験によって、精神的に一回り大きくなっていくのを感じることができます。

北海道研修が終了すると、講習生は約一ヶ月の夏休みとなります。

この夏休み期間をどう過ごすかは講習生次第です。生産地での就職を希望する者は、研修後引き続き北海道に残ります。トレセンの開業装蹄師に弟子入りが決まった者は、親方を訪ねます。まだ就職の決まっていない者は、求人表を元に就職活動に励みます。講習生の夏休みの過ごし方は人それぞれです。

夏休み明け、講習生の目つきは変わります。残りの講習生生活、しっかりと装蹄師としてのスタートラインに着くべき準備をします。技術に頂点はありません。日々精進し、馬関係者から信頼され、頼られる装蹄師に育ってほしいものです。3回に渡って、装蹄師の養成についてお話させていただきましたが、いかがでしたでしょうか?これまでのお話で、装蹄師の仕事に興味を持っていただけたら幸いです。最後に今回お世話になりました各所関係者様、開業装蹄師の皆様へ、この場をお借りしましてお礼申し上げます。装蹄師の卵達のために、これからもご協力のほど、どうぞよろしくお願い致します。

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1727713395797 JRA日高育成牧場での削蹄実習風景

 

1727713378513 本年度の講習生30期生

 

(※1)装蹄教育センターが設立される以前は、東京世田谷の駒場学園高等学校装蹄畜産科 

     装蹄コース(3年間)、長期講習会(6ヶ月)、短期講習会(2週間)などがありました。

(※2)2級認定資格を取得後4年以上経過したら1級資格の試験を、さらに1級取得後9年以上経過したら指導級の試験を、それぞれ受験できます。その昇格試験に合格すると上級の資格に昇給します。

 

 

 

 

 

以下のQRコードにアクセスしてみてください。昨年グリーンチャンネルで放映されたホースアカデミー「装蹄師の養成について」と題して、装蹄師の仕事、またその必要性、装蹄師教育の歴史、装蹄師認定講習会について、女子アナウンサーとの対談形式で、詳しくご紹介しております。ぜひご覧ください。

ホースアカデミー「装蹄師の養成について」→

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                      JRA日高育成牧場   竹田 和正

 

地方競馬厩舎関係者向けの講習会

JRA日高育成牧場では、日頃行っているJRA育成馬の調教法および海外生産育成調教実践研修で学んできた海外の調教法について、各種講習会で講演を行っています。今回は、地方競馬厩舎関係者向けの講習会についてご紹介いたします。なお、今回ご紹介したテーマに限らず、このような講習会にご興味を持たれた地方競馬の厩舎関係者および主催者の皆様におかれましては、講習会の開催についてご検討されては如何でしょうか。JRAには調教法だけでなく運動科学など様々な分野のエキスパートがおりますので、ぜひお気軽にご相談いただけましたら幸いです。

 

・過去に開催された講習会

著者は2015年月6月から2017年2月まで米国ケンタッキー州およびフロリダ州に研修に行き、サラブレッド競走馬が生産牧場で生まれてから競馬場でレースに出走するまで一連の行程を実際にスタッフの一員として経験してきました。中でも、米国の競馬場での調教法は、①調教をする馬場とレースを行う馬場が同一であること、②ダートコースが中心であること、③(集団調教を行わず)単走ないし2頭併走で調教を行っていることなど地方競馬との共通点が多いことから、今までに4カ所の競馬場にお招きいただき、講演を行ってまいりました(写真)。

2020年11月9日園田競馬場および西脇馬事公苑

2022年12月7日浦和競馬場(会場はロイヤルパインズホテル浦和)

2023年11月10日高知競馬場

2023年12月7日川崎競馬場

Photo (写真)高知競馬場での講習会の様子(2023年11月)

 

・講習会の内容

米国のサラブレッド競走馬の調教については、過去に様々な媒体で発信してまいりましたが、要点を簡単にまとめると下記のとおりとなります。1つ目は、走路で本格的な調教を始める前に、不整地や勾配のあるコースで騎乗し、セルフキャリッジ(注1)した走行フォームが作ることです。2つ目は、坂路もしくは1ハロン全力疾走で追切を行い、無酸素運動能を鍛えることです。3つ目は、周回コースでの調教は、調教方法をパターン化して前進気勢を出すことです。4つ目は、精神的に自立したインディペンデント(注2)な馬を作ることで、これらを目標に調教が行われていました。2019年の馬学講座ホースアカデミーにて「ケンタッキーにおける育成調教」というタイトルで概要についてお話しています(動画)。講演ではこの内容に加え、例えば「トレッドミル調教についても教えて欲しい」等のリクエストがあれば、それに応じる形でお話しさせていただいております。

注1:馬が騎乗者の手綱(ハミ)に頼らず自身でバランスをとった状態のこと。

注2:周囲の馬に関係なく1頭でも走れる状態にすること。小回りコースが多く、先行馬有利な地方競馬ではこの状態に調教することが非常に有効に働くと大変好評です。

Photo_2(動画)馬学講座ホースアカデミー「ケンタッキーにおける育成調教」

 

・申し込み方法

1.各地方競馬場の主催者(事務局)に相談。

2.各地方競馬場の主催者(事務局)から地方競馬全国協会(NAR)を通じてJRA競走部 番組企画室 交流競走課に依頼。

3.JRAが地方競馬全国協会(NAR)からの依頼内容を踏まえ講習会の実施(講師の派遣等)について検討。

4.(講習会の実施が決定された場合は)地方競馬全国協会(NAR)を通じて当該地方競馬主催者(事務局)に通知。

JRA日高育成牧場 業務課長 遠藤祥郎

馬のMRI検査

下肢部の運動器疾患は、騎乗調教を開始する後期育成期以降に増加し、現役競走馬では常に発症のリスクを抱えています。まさに競走馬の職業病とも言える運動器疾患ですが、下肢部に対する検査としてどのようなものを思い浮かべるでしょうか。骨折の診断であればレントゲン検査、腱・靱帯炎の診断であればエコー検査というイメージが一般的かと思いますが、それら以外にも有用な検査法は存在します。今回は比較的新しい検査法であるMRI検査についてご紹介します。

 馬医療ではあまり馴染みのないMRIですが、人医療では一般的に使用されており、検査を受けたことがある方もいらっしゃるかもしれません。MRIとはMagnetic Resonance Imaging(磁気共鳴画像法)の略であり、原理の詳細は難しいため割愛しますが、強い磁気と電磁波を用いる検査法です。もちろん原理そのものは人用でも馬用でも変わりません。レントゲン検査の様なX線の被ばくもないため人馬にとって安全な検査法であることがメリットの一つですが、磁気を使用するため金属の取り扱いには注意が必要です。

馬用のMRI装置は1997年に英国で開発されました。当時の装置では、高磁場を使用することにより高解像度で質の良い画像を撮影できる一方で、検査を行うためには全身麻酔が必要でした。下肢部の跛行原因が特定されていない馬では、全身麻酔の倒馬・覚醒によって原疾患が悪化してしまうリスクが考えられます。そのようなリスクを軽減するため、2002年に英国で馬用立位MRI装置が開発されました(写真1)。この装置の大きな特徴は、鎮静下で馬を立たせたまま検査可能であるという点です(検査時間:約1時間/1か所)。低い磁場のため画像の解像度がやや劣る、体動により画像がブレやすい、撮影可能部位が下肢部に限定される(腕節以下)という制限はありますが、全身麻酔のリスク、コスト等を考慮すると、非常に簡便で利便性に優れる検査と言えます。馬用立位MRI装置は、2014年に栗東トレーニング・センターにて国内で初めて導入され、2019年には美浦トレーニング・センターにも導入されました。

立位MRI装置で撮影した馬の蹄部がこちらです(写真2)。蹄は硬い蹄壁で覆われているため、エコー検査による精査は難しく、レントゲン検査でも診断に悩むことが多いです。MRIでは、蹄内部の骨、関節、腱・靱帯や蹄壁、蹄底の構造を明瞭に描出することができ、前後・内外・上下のあらゆる断面を観察することで限局した病変を見つけることができます。次に、球節の検査画像を示します(写真3)。球節を構成する第3中手骨と近位種子骨を下側から見た断面で、矢印は第3中手骨に描出された骨折線です。大きな骨折であればレントゲン検査ですぐに診断できますが、このような微妙な骨折線の場合、一般的なレントゲン検査で見つからないことが多々あります。骨折を見逃してしまうとさらなる重症化や休養期間の長期化を招きかねません。一部の国では、大レース出走前の馬に下肢部のMRI検査を課し、出走可否を判断しています。馬におけるMRI検査は、正確な診断に加え、事故防止の観点でも有用な検査として重要な役割を担っています。

 

JRA日高育成牧場 業務課主査 原田大地

Mri 写真1 馬用立位MRI装置と検査の様子

Mri2 写真2 蹄部MRI検査画像の一例

Mri3 写真3 球節部MRI検査画像の一例

 

 

アブ

厳しい夏の暑さも去り、人も馬も過ごしやすい季節になってきました。さて、厳しい夏に馬関係者を悩ませるタネの1つとして「アブ」があるかと思います。放牧地などでアブが馬に集ることで馬のストレスは勿論、馬取扱者、装蹄師、獣医師にも二次被害的に危険が及びます。しかし、決定打となるようなアブ対策が確立されていないのが現状であり、日高育成牧場でもアブ対策を現在進行形で試行錯誤中です。今回はアブ対策を考えていくうえでそもそもアブってどんな虫なのかという点を私が勉強した内容からご紹介しようと思います。

 

分類

分類学的にはアブは昆虫綱、双翅(ハエ)目、短角亜目、アブ科に属しており、日本では約100種類弱のアブが生息しています。北海道ですとニッポンシロフアブ、キンイロアブ、アカウシアブといった種がよく見られます。

 

形態

アブの成虫は種によって大きさや色彩の変化に富んでいますが、総じて頭部が大きくその大半を複眼が占めています。両複眼の位置関係は雌雄判別に最適で、雄では両複眼がくっついており、雌では離れていています。

 

生活環

続いてアブの生活環ですが、多くの昆虫と同様にアブも卵、幼虫、蛹、成虫へと発育します。交尾を行った雌アブは100~800個ほどの卵を葉の裏側などに産卵します。卵は1~2週間ほどで幼虫となり、期間が長い種では2~3年幼虫のまま土の中で発育していきます。アブの幼虫の生息的地は種によって異なりますが、湿地帯、林床、草地など多岐にわたり、多種の土壌性昆虫・微生物を捕食します。また、卵寄生性蜂や捕食虫といった天敵の存在、同種の幼虫同士で共食いのため、腐食食性のハエなどの幼虫に比べアブの幼虫の生息密度は著しく低いです。その後1~2週間の蛹期間を経て羽化し、成虫として1か月程度生存します。

 

吸血

アブはどの個体も吸血していると思う方が多いと思いますが、アブで吸血するのは雌のみです。これは卵巣の発育に必要な栄養を得るため、つまり産卵の準備のために吸血が必要だからです。次世代を残すために吸血へのアブの執着は強く、吸血源の探索のために数kmもの距離を移動することが実験的に確認されています。一方で、一度吸血源となる個体を見つけると、たとえ吸血を中断させられても同一の個体もしくは近くに存在する同じ群の別個体に対して執拗に飛来し吸血を行うので、吸血を受けている個体は常にアブに襲撃され続け多大なストレスとなります。雌は吸血したのちに交尾をし、産卵しますが、一部のアブでは無吸血産卵という厄介な性質をもっており、吸血前に交尾、産卵をしてしまうため成虫の数を抑制しても次世代の抑制につながらない場合もあります。吸血の他は花蜜や樹液を摂取して生活しています。

吸血嗜好部位は一般的に皮膚の柔らかい部位ですが、種によって主な吸血部位が異なります。例えばニッポンシロフアブは腹部や四肢を、アカウシアブは背中を好んで狙います。吸血量はアカウシアブなどの大型種で500mg、ニッポンシロフアブなどの中型種で120mgと虫自身の体重の1~2倍もの量を吸血します。また一般的にアブは青や黒といった草の緑とのコントラストが大きい色に好んで集まる習性があるため毛色が暗い馬は集られやすい傾向があります。

 

対策

害虫の防除としてはその発生源をなくすことが基本ですが、アブの生息場所が多様で多岐にわたる点、幼虫の生息密度が低く幼虫に対する殺虫剤散布は効果が低い点、さらに数kmもの長距離移動が可能な点から発生源へのアプローチは現実的ではありません。そのため現状では、飛来するアブの成虫をトラップで捕獲していくのが確実な防除法となっており、日高育成牧場でも本年度からアブトラップの利用を始めました。8/6までのサンプリングの結果、13種類、5,100匹のアブが採集されました(図参照)。アブトラップの注意点としてはアブが種類ごとに吸血嗜好部位が異なる習性から、トラップの形状により捕獲しやすいアブとしにくいアブが存在することです。牧場内での優占種を見極めそのアブに適した形状のアブトラップを選択するのが大事なポイントであると考えています。(日高育成牧場の優占種はニッポンシロフアブ)

アブに対する忌避剤も流通はしていますが、長時間有効なものがないのが現状です。アブ忌避剤については現在進行形で帯広畜産大学の菅沼啓輔准教授が中心となり、馬用アブ忌避剤を開発中です。既存薬とは異なる形状のアブ忌避剤開発など、広い視点での開発を考えています。

 

最後に

アブの生態についてネットなどを調べてみてもなかなか情報が掲載されていないと感じ、今回文献などから得た情報を簡単にまとめてみました。皆様の来年以降のアブ対策の一助になれば幸いです。

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2024年9月25日 (水)

食用油給与の効果

近年、馬への食用油給与は珍しいことではなくなりました。その効果を最大限に発揮させるため、馬への適切な食用油給与についてご紹介いたします。

馬のエネルギーの元となる栄養素は、五大栄養素(図1)のうち、炭水化物、脂質、タンパク質の3つです。タンパク質は血液や筋肉の元となるため、炭水化物と脂質が大きなエネルギー源となります。馬が摂取するエネルギーの大半は、牧草等の粗飼料に含まれる植物繊維と濃厚飼料に含まれるデンプンから得る炭水化物です。一方で、食用油は成分のほとんどが脂質であり、そのままエネルギー源となることが最大の特徴です。食用油給与の効果として、第一に効率的にエネルギーを給与できる点、第二に濃厚飼料と置き換えることでデンプンの給与量を減らすことができる点が期待されています。

1 図1. 五大栄養素

 

効率的なエネルギー給与

脂質のエネルギーは炭水化物やタンパク質の2~3倍です。同じ量の飼葉を食べても太りにくい馬や、食が細く食べる量が少ない馬に効率良くエネルギーを給与する方法として、食用油が利用されます。また厳冬期には寒冷ストレスにより体温が奪われ、エネルギー要求量が増加する場合があります。このようなときのエネルギー補給にも食用油の給与は有効です。

 

デンプンとの置き換え

濃厚飼料の多給は疝痛や蹄葉炎などの食餌性疾患を引き起こすことは広く知られており、その原因は濃厚飼料に含まれるデンプンと言われています。デンプンは本来小腸にて消化吸収されるべき栄養素です。しかしながら濃厚飼料の多給によって消化吸収されなかったデンプンは盲腸に流入します。盲腸へデンプンが多量に流入すると、後腸アシドーシスや腸内細菌叢の乱れ、疝痛など様々な疾患を引きおこす原因となります。

妊娠末期や泌乳期、運動量の多いときなど、エネルギー要求量が多いときには、どうしても濃厚飼料の給与量が増えてしまいます。そのような場合に穀物などのデンプンを食用油に置き換えることで、デンプンの給与量を抑えることが可能です。例えば、エン麦のエネルギーは3Mcal/kgに対し、食用油は9Mcal/kgとエン麦の3倍にもなります。したがってエン麦1.5kgは食用油0.5kgに置き換えが可能です(図2)。

Photo_23 図2. エン麦1.5㎏と食用油0.5kg(エネルギーは同量)

 

食用油給与時の注意点

食用油給与時の注意点についていくつかご紹介いたします。食用油は植物性油と動物性油のふたつがあります。馬は草食動物ですので植物油を好み、動物油は嫌います。また馬の基本的な飼料中の脂質は全体の2~5%と少ないため、飼葉の嗜好性低下には注意が必要です。成馬であれば1日あたり1L程度は給与しても構わないとされていますが、過剰給与は嗜好性やパフォーマンスの低下につながりますので、馬の状態を適宜確認しながらの給与を推奨いたします。

 

最後に

食用油は脂質以外の栄養素を含まず、消化管への負担も軽減するなど、エネルギーの補給源として大変有用です。また、毛艶や皮膚の調子が良くなるなどの効果も認められています。太りづらい馬や妊娠後期のエネルギー要求量が増加しはじめる繁殖牝馬、また市場上場予定馬のコンディション調整のために食用油の利用も選択肢のひとつとして検討してみてはいかがでしょうか。

 

JRA日高育成牧場 生産育成研究室 根岸菜都子

裂蹄について

蹄の一部に亀裂が発生したものを裂蹄と言います。蹄壁に多発し、亀裂の多くは縦方向に発生します。また、亀裂が深部に達すると、知覚部に炎症が波及する場合があり、軽症例から重症例まで様々です。(知覚部とは皮膚の真皮に相当し、神経と血管に富む)

 

★発生部位による分類を紹介します。

①蹄尖裂:蹄尖部の蹄壁に発生した裂蹄

②蹄側裂:蹄側部の蹄壁に発生した裂蹄

③蹄踵裂:蹄踵部の蹄壁に発生した裂蹄

④蹄底裂:蹄底に発生した裂蹄

⑤蹄支裂:蹄支に発生した裂蹄

⑥蹄叉裂:蹄叉に発生した裂蹄

Photo_20 ※特に蹄壁に多く発生します。

発生部位・分類

 

裂蹄の長さ

①    蹄冠裂:蹄冠から発生し、亀裂が負縁に向かう裂蹄

②    負縁裂:負縁から発生し、亀裂が蹄冠に向かう裂蹄

③    全裂:蹄壁の蹄冠から負縁まで亀裂が達している裂蹄

裂蹄の深さ

①    表層裂:亀裂が蹄鞘の表層に留まり、知覚部まで達しない

②    深層裂:亀裂が知覚まで達し、亀裂から出血することあり

裂蹄の方向

①    縦裂蹄:角細管の流れに沿って亀裂が生じた裂蹄

②    横裂蹄:角細管の流れにほぼ直角に亀裂が生じた裂蹄

 

原因は、外部環境、蹄質、蹄形、蹄病、装蹄に大別されます。それらが単一に、あるいは複合的に働いて裂蹄が発生すると考えられています。

蹄冠部、知覚部までに到達している裂蹄には注意する必要があります。

 

 

★蹄質に起因する裂蹄

栄養不良などの馬は、蹄鞘が脆弱化し、裂蹄が発生しやすくなります。また、生後間もない仔馬では、胎内で形成された胎生角質が次第に新生角質に置き換わりますが、胎生角質が蹄尖部にのみ残存している状態のときに、蹄尖部に過剰な外力が加わると、胎生角質と新生角質のつなぎ目に横方向の亀裂が入ることがあります。これは硬い胎生角質と軟らかい新生角質の硬度の違いによる破断現象です。

生産地では跣蹄の馬が多く、繁殖牝馬では馬体重もあり蹄への負担が大きいです。他にも放牧地の環境が悪く、慢性的に湿った状態では蹄の水分が多くなり発生しやすくなります。

 

★蹄病に起因する裂蹄

蟻洞や白帯病では、蹄壁の一部が剥離して内部に空洞が形成されるため、蹄壁としての堅牢性が低下して、蹄壁表面に負縁裂が発生することがあります。慢性蹄葉炎に伴う蟻洞によっても、浮き上がった蹄壁には負縁裂が生じます。クラブフットでは、深屈腱の牽引力が強くなるので、蹄尖負面に荷重が集中し、その部分の負縁裂や全裂、さらに蹄底裂が発生する場合があります。

 

★裂蹄に対する処置

アルミプレートや革片、グラスファイバーなどを用いて蹄壁の亀裂の拡大を防ぐ処置が施されます。昨年から3Dプリンターで作成した3Dプリントプレート(3DPP)を裂蹄の亀裂拡大防止に応用しています。

Photo_213DPPでの処置

日高育成牧場においては重症例に対してプレートやグラスファイバーでの処置を施しますが、発生予防のためにはフォーポイント削蹄を施します。

Photo_22この部分を斜めに切り落とす。

 

日高育成牧場 業務課 小林弘暉

 

当歳馬の近位種子骨々折について

JRA日高育成牧場では、生産馬(JRAホームブレッド)を用いて様々な疾病の調査・研究を行ってきました。離断性骨軟骨症(OCD)や骨軟骨下嚢胞(SBC)などの発育期整形外科疾患(DOD)や喉頭片麻痺(LH:ノド鳴り)などの上気道疾患の発症状況と競走期への影響については、各種講習会を通じて競馬関係者の皆様にご紹介してきたところです。これらの疾病の発症状況を調べる中で、症状を示さない近位種子骨々折が離乳前の当歳馬に高頻度に発生していることが明らかになりました。今回は当歳馬に発生する近位種子骨々折についてご紹介していきたいと思います。

 

当歳馬の近位種子骨々折

 近位種子骨は球節の掌側(後側)に位置する骨であり、繋靭帯や種子骨靭帯と繋がることで球節を支える保定機能の構成要素として重要な役割を担っています。調教を実施する育成期や競走期のサラブレッドでは、球節が地面すれすれまで沈み込むこんだ際に、繋靭帯によって強く引っ張られることによって近位種子骨に大きな力がかかり、骨折を発症することがあります。育成期や競走期の馬に骨折が発生すると、球節の支持機能が損なわれるため、重度の跛行となるだけでなく、場合によっては競走能力を喪失することもあります。

 当歳馬の球節を生後直後から定期的にレントゲンを用いて検査したところ、生後1~3ヶ月齢の時期に近位種子骨々折が発生していました。しかしながら、これらの骨折は先ほど述べた育成期や競走期の馬に発生するものとは異なり、跛行などの症状を示さず定期検査によって偶然発見されたものでした。そのため、これらの当歳馬たちに対しては特に治療や休養を行わなくても、概ね1ヶ月程度で骨折線が消失して治癒することを確認しています(図1)。当歳馬において生後1~3ヶ月齢に多く発生しているのは、広い放牧地に放牧されて、母馬と一緒に放牧地を駈け回る時期であることと関係していると考えられます。また、跛行などの症状を示さない点については、当歳馬の体重が軽いため、骨折を発症しても球節の機能に大きな影響を与えないためであると思われます。

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図1 当歳馬に発生する種子骨々折

 

 それでは、当歳馬における近位種子骨々折はどの程度の頻度で発生しているのでしょうか。2014~2020年に生まれたJRAホームブレッド54頭(牡:25頭、牝:29頭)に対して調査を行ったところ、生後1~3ヶ月齢の間に四肢の中で1か所でも近位種子骨々折を発症していたのは25頭(46.3%)でした。性別ごとの発症率を比較したところ、牡(60%)は牝(34.5%)に比べて発症率が高いことが明らかになりました(図2)。この結果は、牡の方が活発に放牧地を駈け回っていることを示しているのかもしれません。このように、当歳馬においては症状を示さない近位種子骨々折が高頻度で発生していることがお分かりいただけたと思います。

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図2 性別ごとの近位種子骨々折の発症率

 

競走期への影響

 これまでご紹介してきたように、放牧を開始した当歳馬には近位種子骨々折が発生していますが、これらの骨折は競走期に何らかの影響を与えるのでしょうか。先ほど調査したJRAホームブレッドを対象に、競馬への出走率を比較したところ、当歳時に近位種子骨々折を発症した群(80%)と発症していない群(82.8%)との間に大きな出走率の違いは認められませんでした(図3)。また、競走期の出走回数や獲得賞金についても比較を行いましたが、これらについても大きな差は認められませんでした。これらの結果から、当歳馬に発生する症状を示さない近位種子骨々折は、競走期に大きな影響を与えることはないと言えそうです。

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図3 近位種子骨々折の有無による出走率

 

近位種子骨々折の予防

 当歳期の近位種子骨々折は競走期への影響は大きくないことを示しましたが、発症しないのであればそれに越したことはありません。骨折を予防するためにはどのようなことを実施する必要があるのでしょうか。骨折を発症する要因の1つとして、広い放牧地を駈け回ることが考えられます。特に、母馬が広い放牧地に放たれて全速力で走り回った際に、子馬が必死に付いていくことによって種子骨に大きな力がかかることで骨折が発症していると思われます。実際に、初めて広い放牧地に放す際に母馬に鎮静処置を実施した年は、当歳馬の近位種子骨々折の発症率が低い結果となりました(図4)。この結果から、当歳馬の近位種子骨々折を防ぐためには、放牧地を走り回らない対策を講じることが重要であると思われます。しかしながら、生産牧場においては、母馬に気軽に鎮静処置を実施することは難しいと考えられます。そこで、広い放牧地を使う際には段階的に広い放牧地に移していくことや同じ管理をしてきた母馬同士を一緒に広い放牧地に移すといった対策を実施するのが良いと考えられます。

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図4 年ごとの近位種子骨々折の発症率

JRA育成馬の輸送と輸送熱

JRAでは冬期の寒さが厳しい日高育成牧場と冬期は穏やかな気候の宮崎育成牧場の南北2か所で育成調教および後期育成に関する研究を行っています。宮崎育成牧場で管理している育成馬は九州1歳市場で購買した馬の他、大半は北海道のセリで購買し、宮崎へと輸送している馬たちです。

北海道から宮崎への長距離の輸送で問題となるのは輸送熱です。輸送熱は、長距離輸送後におこる発熱のことで、多くは呼吸器の炎症を伴います。特定の病原菌が引き起こすのではなく、馬運車内環境の悪化や輸送ストレスの増加により馬の免疫力が低下すると、常在菌が活発に活動するようになり、結果、輸送熱を発症すると考えられています。通常、数日の加療で回復しますが、一部は肺炎などの重篤な病気になることから、軽んじられない病気です。輸送熱は輸送時間が延長すると増加しますが、20時間以上の輸送では発症率が急上昇することから長時間輸送では特に注意が必要です。

 例年では7月にJRAホームブレッドと八戸市場購買馬、9月にサマーセル購買馬とセプテンバーセール購買馬を合計4台の馬運車で輸送しています。日高育成牧場と宮崎育成牧場間の馬運車での輸送距離は2,600kmです。以前は、北海道出発後、直接宮崎まで輸送していましたが、その時の輸送時間は馬運車内での休憩も含めて約45時間でした。近年、動物福祉の観点から24時間以上の連続輸送は推奨されないことから、日高育成牧場と宮崎育成牧場の中間地点であるJRA新潟競馬場で育成馬たちを馬運車から一旦降ろして、厩舎の馬房内で1日休憩をとる行程に変更しました。ストレスの指標である血中コルチゾール濃度を調べたところ、休憩の前後でコルチゾール濃度は下がり、馬にかかるストレスが減少していることが分かりました。

2020年から2023年までの4年間で、新潟競馬場において休憩をとる新しい輸送行程で81頭の1歳馬を輸送しました。輸送前に抗生剤の投与等の輸送熱予防処置は行っていませんでしたが、輸送熱を発症した馬は2頭(2.4%)でした。この2頭は新潟到着時点ですでに発熱を認めていましたが、抗生剤による治療により早期に回復しました。輸送した1歳馬は調教を行う前のストレスに曝されていない状態でしたが、新潟競馬場の馬房内において十分な休憩を取ることで長距離輸送の負担が低減したものと考えられました。

 過去の研究では、インターフェロン・アルファという人や動物の免疫機能活性化作用を持つ薬剤の経口投与や、馬運車内の環境改善のため微酸性次亜塩素酸水という消毒薬の空間噴霧等を検証し、輸送熱予防に対して一定の効果があることを確認しています。輸送熱予防に関わる研究はこれからも続けていきますので、新たな知見が得られれば報告していきたと思います。

 

日高育成牧場 業務課 水上寛健

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図:日高育成牧場から宮崎育成牧場までの輸送経路

Photo_13 表:2020年からの輸送熱発症馬と非発症馬の頭数

 

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写真:新潟競馬場での滞在の様子

レポジトリーに関する調査

先日、本年最初の1歳せりである九州1歳市場が開催されました。道内でも、今月のセレクトセール、セレクションセールを皮切りに本格的なせりシーズンが始まります。そこで今回は、市場で公開されるレポジトリーの所見に関する調査について、昨年末開催された講習会「レポジトリーに関する異常所見や調査研究」(主催:静内軽種馬生産振興会、講師:JRA久米紘一 獣医師)の内容から抜粋してご紹介します。

 調査は、2017~2023年に行われた北海道市場(セレクション、サマー、セプテンバー)に上場された12977頭のうち、レポジトリーを確認した4815頭を対象としました。気になるレポジトリー所見として喉頭片麻痺(LH)グレードⅢa以上、大腿骨軟骨下骨嚢胞(SBC)グレード3以上、球節部以下SBCを取り上げ、それら有所見馬の売却率、売却金額、出走率、初出走日、獲得賞金を調査しました。

 

喉頭片麻痺(LH)

 LHは、披裂軟骨(左側90%以上)の開きが悪くなることにより気道が狭くなり、状態次第では異常呼吸音(ヒューヒュー音)や運動不耐性(プアパフォーマンス)を呈します。披裂軟骨の外転の程度によりグレードⅠ(正常)~Ⅳに分類され(図1)、グレードⅢ以上でプアパフォーマンスの可能性が高くなることが知られています。

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図1 喉頭片麻痺グレード

 

軟骨下骨嚢胞(SBC)

 SBCでは、関節に面した骨に体重負荷がかかることで軟骨が損傷し、骨内部の空洞化が認められます。無症状のままレポジトリーで初めて見つかることも多いかと思います。ほとんどの関節で発生することが報告されていますが、レポジトリーでは後膝(大腿骨)(図2)や球節以下(第3中手骨、第1~2指/趾骨)(図3)で見られることが一般的です。大腿骨SBCはグレード1~4に分類され、過去の調査ではグレード3以上で跛行のリスクが高いことが報告されています。

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図2 大腿骨軟骨下骨嚢胞およびグレード

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図3 第3中手骨SBC(左・中)第2指骨SBC(右)

 

 調査結果を表1に示します。いずれの所見を認めた場合でも、売却率は8割近くであり、売却金額とともにせり全体の結果との差は認めませんでした。また、中央および地方競馬の出走率はいずれの所見も9割以上と高く、初出走日、獲得賞金の結果(2017~2021年上場馬を対象)においても、所見を認めない対照群と比較して差はありませんでした。これらの結果より、一般的にリスクが高いとされている上記レポジトリー所見ですが、市場成績、競走成績への影響は限定的と言えます。ただし、本調査では症状(跛行や喘鳴音)の有無や、手術を含む治療の有無について個別には言及していないため、中には後期育成期以降にスムーズさを欠いた症例もいたかと思います。

 

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表1(中央値)

 

レポジトリーは購買時の重要な指標の一つですが、全く所見を認めない場合でも疾患のリスクがゼロになることはありません。最も大切なことはコンフォメーションや血統、予算、その他公表事項などを含めて総合的に判断することであり、購買者本人が納得した状態で取引に参加することです。JRAはブリーズアップセールでは運営・販売者側、1歳市場では購買者側であり、両方の経験を持つ私たちだからこそ、今後も新しい知見を発信していきたいと思います。

 

JRA日高育成牧場 業務課主査 原田大地

 

馬の暑熱対策

馬の熱中症

 北海道でも、愛馬が熱中症にかかってしまった、という声を聴くようになりました。熱中症は馬自身が作り出す熱をうまく排出できないため体温が上昇し、身体に異常をきたす症候群です。運動後にふらふらする、横臥して立てなくなるなどの症状を示すことが多く、夕方になっても呼吸が早く、体温が高い場合も熱中症の可能性があります。

 

暑さ指数(WBGT)と競走馬の熱中症

人では暑さ指数(WBGT:℃表示されますが気温とは異なります)が高値になるほど熱中症発症リスクが上昇します。WBGTは、気温に湿度や風、日光等の輻射熱の要素を加えたもので、指数は温度1、湿度7、輻射熱2の割合で計算されます。湿度の要素が大きいのは、湿度が上がると汗が蒸発しにくくなり体温が低下しにくくなるためです。中央競馬における熱中症とWBGTとの関係についての調査では、WBGTの上昇に伴って熱中症は増加することがわかりました(図1)。特にWBGTが28℃を超えるあたりから発症率は急上昇しており、人と同様にWBGTが28℃を超える日や、急に暑さが増す日には危険性が増加します。

 

効果的な馬体冷却方法の検討

運動後の馬の体温は42℃を超えることがしばしばあり、暑熱環境下において、運動後に体温を速やかに下げることは重要です。国際的な総合馬術では以前より馬体の冷却方法として、間欠的に冷水をかけ汗こきを行う事が推奨されてきました。しかし、根拠となる科学的な証拠がなかったことから、以下のような実験を行いました。方法は、WBGT31-32℃の暑熱環境下で運動を行い、体温が42℃に達した時点から、馬体の冷却を行います。冷却方法は①常歩、②常歩を行いながら冷水(10℃)を3分おきに掛け、汗こきをする、③常歩を行いながら冷水(10℃)を3分おきに掛け、汗こきをしない、④水道水(25-28℃)を馬体に掛け続ける、の4条件により行い、運動終了後30分まで観察しました。馬体の冷却効果としては条件④水道水(25-28℃)を馬体に掛け続けるが最も効果的であり、10分程度で安静時の体温に戻りました(図2)。夏場の水道水はそれほど低い水温ではありませんが、25℃以上の水道水でも掛け続けることで十分な冷却効果が得られることが明らかとなりました。次に効果の高かったのは3分おきに冷水(10℃)をかける方法ですが、条件②汗こきをするよりも、条件③汗こきをしない、の方が体温の低下は速いことか示されました。汗こきをせず、毛の間に水分があった方が気化熱による体温の低下が大きいためと考えられます。常歩のみでは30分後でも体温は40℃をやっと下回る程度であり、暑熱環境下でのクーリングダウンは最も推奨されない方法となりました。これらの結果は、国際馬術連盟にも周知され、東京オリンピックでは、馬に水をどんどんかけて冷却する参加国が多くなり熱中症を防ぐことができました。中央競馬においても、レース後すぐに馬体を冷却できるよう各競馬場に水冷装置を新設しました(図3)。

 

運動後の水分・塩分補給

競走馬の暑熱環境下における運動後の体重減少は約10kgと非常に多いですが、そのほとんどは発汗によるものと考えられます。馬の場合、人と比較し汗中のナトリウムを回収する能力が低く、発汗量の約1%の食塩が身体から排出されるため、体重10kg減では食塩約100gが失われることになります。そのため、馬においては普段以上に夏場の食塩の給与が非常に重要です。加えて、食塩の摂取は飲水量の増加にもつながることから、運動後の体重リカバリーのカギは食塩の給与といえます。

 

おわりに

熱中症を予防するため、暑熱環境下においては運動を控えることも選択肢となりますが、夏場にも競馬を行う上では避けては通れない部分でもあります。人もそうですが、熱中症は体調が悪い時ほど起こりやすくなることから、体調管理も重要となります。今回の記事を参考に、少し暑くなった時期から積極的に馬体冷却を行うこと、塩分の給与に留意することで北海道の暑い夏を乗り切りましょう。

 

日高育成牧場 副場長 大村 一

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図1 競走馬のWBGTと熱中症発症率

28℃を超えると発症率は急増する

 

 

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図2 冷却方法の違いによる運動後の体温の変化

水道水による冷却が一番効果的であり、汗こきはむしろない方が良い

 

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図3 競馬場における水道水による冷却装置

レース直後に走路近くで馬体冷却を行う事が可能となった