2019年8月 2日 (金)

ホルモン検査によるサラブレッドの流産・早産兆候の診断

No.94(2014年2月1日号)

はじめに
 日高地方の繁殖牝馬は、妊娠5週以降分娩までに8.7%で流産、早産が起こることが大規模調査で判明しています。流産の中には、細菌感染による胎盤の炎症や、胎盤の機能不全あるいは奇形などの理由により胎子のストレスが徐々に増した結果、流産に至るケースも少なくありません。このような場合、生産者や獣医師は、外陰部に悪露が付着する、あるいは分娩1ヶ月以上前から乳房が腫脹すること(図1)により異常に気が付きますが、外部に兆候が現れた頃には手遅れになっていることも少なくありません。妊娠後期における胎子の健康や胎盤状態は、海外では超音波検査が広く実施されています。本稿では、母体血中プロジェステロンおよびエストラジオール濃度の測定を実施することによって流産が起こりやい状態を見極める新しい診断の有用性について紹介いたします。

1_2 図1:流産早産前の典型的な兆候として、外陰部の悪露付着(左)や分娩1ヶ月以上前からの乳房腫脹、漏乳(右)が知られている。

早期の診断が鍵
 分娩予定日よりも2週間以上前に分娩した母馬は、翌年以降も同様の経過をたどることがあり、健康で丈夫な子馬の生産を願うオーナーにとって非常に大きな不安材料となります。このような馬は、胎盤の感染や形成不全を伴うことが多く、できるだけ早期に異常を発見して流産予防のための投薬を実施する必要がありますが、これまでの生産管理では、妊娠経過をモニターして万全を図るというヒト医療のような十分な経過観察体制にないのが現状です。その理由のひとつに有効な検査方法が確立されていなかったことが挙げられます。

血液でわかる流産早産前の状態 
 平成22-24年にJRAと日高家畜衛生防疫推進協議会が協力して「繁殖牝馬の胎子診断および流産予知に関する研究」が実施されました。これまで日本のサラブレッド生産に導入されていなかった超音波検査やホルモン検査について検討し、妊娠異常の診断や流産の予知判定への有用性を明らかにして参りました。とくにホルモン検査は、世界に先駆けて研究されたオリジナリティの高い研究となり、ニュージーランドで行われる国際ウマ繁殖シンポジウムでの口頭発表演題として認められました。その研究の結果から、図2に示すように、流産、早産、虚弱などの理由により子馬が得られなかった損耗群では、妊娠後期(240日~)の血中のプロジェステロンおよびエストラジオール濃度が、正常(生存群)と比較してそれぞれ有意に高い値、低い値となることが明らかとなりました。このような値の違いは、外部の流産兆候よりも早く出現することから、早期治療が可能となります。

2_2  
図2:妊娠後期における生存群と損耗群の母体血中プロジェステロン値(左)とエストラジオール値(右)の動態(※は統計的な有意差を示すp<0.001)

 これら調査研究の成果の詳細は、第41回生産地における軽種馬の疾病に関するシンポジウム講演抄録http://keibokyo.com/wp-content/themes/keibokyo/images/learning/rally/symposium41.pdfをご覧下さい。

まずは獣医師に相談を!
 理想的には、大切な繁殖牝馬は妊娠240日以降1ヶ月に1度、流産早産の履歴のある馬は2週間に1度、血液検査を受けることをお薦めします。血中プロジェステロンおよびエストラジオール値による流産早産の予知に関する研究成果は、これまで流産により日の目を見なかった子馬たちの損耗を減少させ、生産性を向上させる有用なツールとなります。この成果を受けて、ホルモン検査は日高育成牧場生産育成研究室での調査研究から競走馬理化学研究所での検査業務に移行しました。競走馬理化学研究所ホームページ内の妊娠馬ホルモン検査http://www.lrc.or.jp/hormone1.phpから検査依頼様式をダウンロードして検体とともに送付すると到着後5日以内に測定結果が得られます(有料)ので、ぜひ掛かり付けの獣医さんにご相談ください。大切な愛馬が無事に分娩を迎えることができるよう、妊娠馬の血液ホルモン検査が推奨されます。

(日高育成牧場 生産育成研究室 室長 南保泰雄)

2019年7月31日 (水)

春季繁殖移行期について

No.93(2014年1月1・15日合併号)

春季繁殖移行期とは?

 春先の交配で、このような牝馬に悩むことはありませんか?「大きい卵胞はあるが、なかなか排卵しない」「発情が長期間持続する、もしくは、発情が不規則」。これらは「春季繁殖移行期」に認められる現象です。この耳慣れない言葉「春季繁殖移行期」とは何でしょうか?

 4つの繁殖ステージ

 サラブレッドを含む馬は、1年間をとおした4つの繁殖ステージ、すなわち『年間繁殖リズム』を有しています(図1)。

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図1 馬の年間繁殖リズム

 4月から9月の『繁殖期』では、メス馬は発情徴候を示し、排卵が認められます。このため、野生環境におかれた馬は、通常この時期に交配を行います。

 そして、9月を過ぎて日が短くなると、『秋季繁殖移行期』に入ります。この時期、発情徴候や排卵は徐々に認められなくなります。冬になり、さらに日が短くなると、『非繁殖期』に入ります。この時期、発情と卵胞発育は全く認められず、繁殖機能が完全に停止します。

 そして、年が明けて、日が長くなると、『春季繁殖移行期』に入ります。この時期、停止していた繁殖機能が徐々に回復していきますが、完全ではありません。発情徴候は認められますが、不規則なことが多く、また、卵胞はある程度まで大きく成長するものの、排卵が認められません。このため、通常であれば、この時期に交配・受胎することは極めて困難です。

 サラブレッド産業における交配時期は、北半球においてはどこの国においても、概ね2月中旬から6月までが一般的ですが、4月から9月にかけての『繁殖期』とのギャップ、すなわち、2月から4月にかけての『春季繁殖移行期』における交配が生産者を悩ましています(図2)。この時期においては、前述した不規則な発情以外に、「早期胚死滅」に陥るケースが増えるとも言われています。

 

2 図2 サラブレッド産業の交配時期

春季繁殖移行期に良好な交配をするために

 それでは、この『春季繁殖移行期』にあたる2月から4月に交配を行い、良好な結果を得るためには、どうすればよいのでしょうか?

 非繁殖期から春季繁殖移行期、そして繁殖期にいたる過程においては、『日長時間の延長』『気温の上昇』『栄養摂取量の増加』『オス馬の存在』が、メス馬の脳に刺激を与えることにより、ホルモン分泌が盛んになり、正常な発情周期に至ります(図3)。わが国を含めた世界中のサラブレッド生産現場においては、『早期発情誘起』とよばれるいくつかの手法を用いて、繁殖期の開始を早めることで、2月からの交配を可能にしています。

3 図3 非繁殖期から繁殖期への移行

 一般的に実施されている早期発情誘起の方法は『ライトコントロール』『馬体の保温』『飼料の増量』『試情(あて馬)』『ホルモン療法』などです。このうち、ライトコントロールは多くの方が実践されていることと思いますが、より効果的に実施するためには、それ以外の方法、例えば、馬服の着用や、フラッシングとよばれる飼料増量、あて馬との継続的な接触なども取り入れる必要があります(図4)。北海道という寒冷地においてサラブレッドに早期発情誘起を行うためには、ライトコントロール以外の要素も軽視できない可能性があります。日高育成牧場では、これらの効果的な方法について、今後も調査研究を継続していく予定です。

4 図4 アイルランドでは、継続的な「あて馬」による早期発情誘起が実施されている。

(日高育成牧場 専門役 冨成 雅尚)

2019年7月29日 (月)

最新の繁殖体系 ―妊娠鑑定のタイミング 欧米との違い―

No.92(2013年12月15日号)

日本では5週目妊娠鑑定が一般的
 サラブレッド生産では、繁殖シーズンに妊娠するまで複数回交配を実施し、最終的に85%程度の受胎を目指すことに力を注いています。しかしながら、日高地方では、最終的な不受胎の率(15%)と同じくらいの割合で、妊娠期の早期胚死滅や流産、死産が起こることが近年の調査研究で明らかとなりました。一度妊娠が確認された牝馬が分娩に至らないという状況は古くから知られており、馬の生産において妊娠鑑定は複数回実施されるのが一般的です。日高地方で最も定着した妊娠鑑定のスケジュールとしては、交配日を1日と数え、17日目に超音波検査を実施する第一回目の妊娠鑑定と、交配後30-35日目に実施する、いわゆる「5週目の妊娠鑑定」が広く取り入れられています。その後、妊娠診断書の発行を必要とする場合、9月末頃に触診で妊娠鑑定が実施されることがあります。

欧米では4週&7週目鑑定が推奨
 ところが、ケンタッキーやアイルランドにおけるサラブレッド生産では、5週目の妊娠鑑定を4週目に実施し、その後6-7週に再度行うというスケジュールが一般的になっています。現行の日本での「5週目の妊娠鑑定」は、子宮の膨らみがはっきりして胚の本体と位置が触診のみでも比較的容易に検出される時期であることや、もし双子が発見された場合でも簡単な堕胎処置を実施してすぐに発情を誘起し、再交配を実施することができるという利点があり、欧米の馬生産でも5週目での妊娠鑑定を実施する場面は多々あるものです。それでは、なぜ欧米のサラブレッド生産では4週目に検査を行うのでしょうか?

馬の胚死滅は、妊娠16―25日に集中
 馬の繁殖学では、一度受胎を確認したのち妊娠35日以内(40日と定義する場合あり)にそれらの胚が消失あるいは死亡が確認されるものを早期胚死滅と定義しています。早期胚死滅の多くは、妊娠16日を過ぎて、胚が子宮に固着した後の早い段階で起こることが考えられ、妊娠25日までに起こるとする報告もあります(Young YJ. J. Vet. Med. Sci. 2007) 。4週目の鑑定が欧米で定着した理由として、少しでも早く胚死滅が起こった、あるいは起こりそうな状況を見極め、再交配やホルモン治療などの時期を逃さないように1週間早く妊娠検査を実施しているものと考えられます。

超音波(エコー)検査の発達
 従来のポータブルエコーの解像度では、妊娠5週でようやく胚の心拍を確認することができましたが、最近では機器が軽量化され、かつ描出精度が上がり、4週胚の心拍が確認できるようになりました。また、正常妊娠像とともに、異常妊娠時や胚死滅が起こりやすそうな状態の画像診断研究が進み、1週間早い妊娠4週での検査で遜色ない妊娠鑑定が可能となりました。
 日本においても、飼養管理技術の高い生産牧場では、すでに4週での妊娠鑑定を実施していることと察します。早期胚死滅の予防や対策には、栄養管理や初回発情での交配の見送りなどに加えて、エコー検査で早期胚死滅を早く見つけて再度交配することが生産性の向上に有効であると考えられます。

(日高育成牧場 生産育成研究室 室長 南保 泰雄)

1_4 図 妊娠4週(28日)における胚のエコー像と同時期の発生過程 技術の進歩により、4週胚の心拍が確認できるまで解像度が向上している。

2_4 図 ポータブルエコーを用いて直腸壁から子宮の妊娠鑑定をしている様子。

2019年7月26日 (金)

競走馬の性格とパフォーマンス

No.91(2013年12月1日号)

 競馬は、勝利した馬のみが賞賛される非常に厳しいスポーツです。競馬では18頭中1頭しか勝利することが出来ず、当たり前ですが、その他の17頭が負けることになります。勝てない理由を考えてみると、単に、「相手が強かった」、「距離や馬場が合わなかった」、「体調や調整が不十分だった」のみならず、馬の精神的な要因もかなりの部分を占めていると考えられます。新聞紙面からレース後のジョッキーのコメントを抜粋してみると、『途中から走る気をなくしてしまい・・・』、『真面目すぎて一生懸命走ってしまう・・・』『馬込みを気にしてズブイところがあった・・・』『ゲートは五分に出たのだが、直後に怖がって内のほうに逃げてしまって・・・』等、性格や精神面の問題によって騎乗者の指示に従わず能力を十分に発揮できていないことが多いように感じられます。したがって、競走馬における育成調教の課題のひとつは、『もっている能力を発揮させるための精神面のトレーニング』といえるかもしれません。今回は、パフォーマンスに影響を与えると考えられる育成馬の性格について紹介します。

騎乗馴致時のリアクションに注目
 馬の性格を人間のように表現するのは難しいですが、馬を観察していると、『積極的で前向きな馬』、『消極的で慎重な馬』、『怖がりで緊張しやすい馬』等、様々な性格があると感じています。また、性格とは少し異なりますが、草食動物である馬は、基本的に捕獲者からの逃避反応としてのすばやいリアクションをもっています。これは速く走る上で大切な資質ともいえます。しかし、リアクションにおいて「走る」のではなく「逃げる」が強い場合は、「反抗」として競走馬としての能力発揮を阻害すると考えられます。
 JRAが1歳市場で購買した育成馬は、おもに夏(7~8月)に入厩します。最初は昼夜放牧を行いながら馬体の成長を待ち、秋(9~11月)に騎乗馴致、そして冬から翌年の春(12~4月)にかけて計画的なトレーニングを行い、4月にブリーズアップセールを経て、やがて競走馬としてデビューします。この課程は、1歳馬にとって初めての経験の連続であり、新しい経験の都度、様々な反応を見せます。特に、ハミや鞍などの馬具を装着し人が騎乗することを教える騎乗馴致においては、様々なリアクションが見られます。最初は大きなリアクションを示した馬も、危害を加えられることではないことを理解すると、徐々に人の指示を受け入れます。その受け入れ方には馬ごとに個体差があるようです。そこで、このような『リアクションとその後の理解』を指標にした馬の性格について調査を実施しました。

馴致難易度の調査
 2011~2012年に日高育成牧場で育成した育成馬121頭(牡60頭、牝61頭)について、騎乗馴致等、初めて経験する時の反応を調査しました。入厩してブリーズアップセールで売却されるまでの間に、1.入厩時(3項目)、2.騎乗馴致時(8項目)、3.騎乗馴致後セールまでの期間(3項目)における反応を、「おとなしく従順である(1点)」、「ややリアクションが大きいが早期に受け入れる(2点)」、「リアクションが大きく慣らすのに時間がかかり難しい(3点)」の3段階とし、スコアをつけました。また、4.育成期間を通した馴致の総合印象(繊細さ、自立度、反抗度)について評価しました。これら1.~3.の項目と4.の総合印象を合計したポイントを5.馴致難易度とし、馬のリアクションの大きさを基にした個性を数値で評価しました【表1】。ポイントが高いほど騎乗馴致や調教が難しい馬ということになります。

【表1】調査項目

H1
 そこで、この馴致難易度と先天的要因(血統や性別等)、後天的要因(入厩時に実施しているアンケート調査から得られた繋養牧場におけるセリ馴致や飼養管理の方法)との関連を調査しました。

メスはオスより馴致が難しい?!
 馴致難易度と先天的要因・後天的要因との関連についてそれぞれ調べましたが、性別のみ差が認められました。
 馴致難易度を性別で比較すると、オス22.7点、メス25.1点で、メスはオスよりも高い値を示しました。時期別にみると、入厩時は難易度に差がありませんでした(オス4.2点、メス4.3点)が、騎乗馴致時ならびに騎乗馴致後では差が見られました。しかし、総合印象では、メスはオスよりも高い値を示し(オス3.7、メス5.1)【図1】、これを構成する「繊細さ」「自立度」「反抗度」のいずれにも性差が認められました【図2】。

1_3 【図1】入厩後の時期別にみた項目別ポイント(※は差あり)

2_2 【図2】総合印象の項目別ポイント(※は差あり)

 騎乗馴致時においてメスのポイントが高かった項目は、ダブルレーン(オス1.3、メス1.7)とドライビング(オス1.3、メス1.6)でした【写真1、図3】。なお、競走成績との関連については、現在データ集積中であり、興味深い成績が得られれば、本紙面等で紹介したいと思います。

3_2 図3】騎乗馴致時の項目別ポイント(※は差あり)

4_2 写真1 ドライビング風景

馴致をうまく行うには?
 今回の調査では、メスはオスよりも騎乗馴致が難しいという結果が得られました。特に、「ダブルレーン」と「ドライビング」において、メスはオスよりも難しいといえます。その理由として、総合印象における「繊細さ」や「反抗度」のポイントの高さと関連があると推察しています。私たちの経験からも、メスはダブルレーンが後肢に触れると、「蹴る」、「突進する」などの行動が見られやすいと感じています。したがって、騎乗馴致においてダブルレーンをスムーズに教えるためには、後躯等の体に触ることに慣らし鈍化させること(desensitization)が有効と考えられます。具体的には、馴致前にタオルなどでリズミカルに身体に触るパッティングや、ダブルレーンを行う前にローラーからヒップロープを装着して事前に後肢にロープが飛節に触ることに慣らすことによって、馴致をスムーズに行うことが可能になります。
 馴致後の調査項目においては、性差がみられませんでした。この理由として、ダブルレーンやドライビングで拒否反応を示したメスも、人の指示を受け入れることを覚えた結果、騎乗者の指示に対して従順になったことが考えられます。なお、性差はありませんでした(オス1.2、メス1.3)が、ゲート馴致においては、メスの方が繊細な傾向がありますので、慎重にゲートに慣らす必要があると考えています。また、メスは自立度が低い特性もあるので、初期の騎乗調教において馬を安心させて実施するためには、集団での調教は有効と思います。
 今回、馴致難易度と入厩前の飼養管理(当歳時昼夜放牧、1歳時昼夜放牧、コンサイナー預託、検温、洗い場馴致、引き運動、ウォーキングマシン、ランジング等の実施の有無)との間に関連が見られませんでしたが、その理由は明らかではありません。セリに上場される馬の躾のレベルは、一昔前に比べると明らかに向上しており、入厩後の取り扱いや馴致が容易になっていると感じています。しかし、騎乗馴致ではじめて経験する一連の過程は、馬の本能の部分である新規刺激に対する反応、つまり性格がより抽出された結果になっているものであるからと考えています。

遺伝子にも注目
 近年、馬の性格や行動に対する遺伝子の影響も報告されています。例えば、好奇心や警戒心と関連のある「ドパミン受容体D4遺伝子」、子馬に対する養育行動や社会行動と関連する「オキシトシン受容体遺伝子」、攻撃性と関連がある「アンドロゲン受容体遺伝子」などが性格と関連のある遺伝子として知られています。今後は、今回実施した行動調査と行動遺伝子との関係についても調査を進め、また、競走成績との関連も調査していく予定です。これからも皆様のお役に立てるデータを提供して参りたいと考えています。

(日高育成牧場 業務課長 石丸 睦樹)

2019年7月24日 (水)

育成馬における歯の管理

No.90(2013年11月15日号)

 秋が深まってきた今日この頃ですが、皆さんいかがお過ごしでしょうか。多くの育成牧場同様、日高育成牧場では騎乗馴致が始まっており、早い組では隊列を組んで集団で駈歩調教を行っています。さて、JRA日高育成牧場では騎乗馴致を始める前に歯の処置を行っています。歯の状態によってハミ受けや飼い食いへ影響することがあるため、近年馬の歯に対する注目が集まってきております。そこで今回は育成馬における歯の処置についてご紹介したいと思います。

斜歯と狼歯の処置
 育成馬における歯の処置は主に斜歯の整形と狼歯(ろうし、やせば)の抜歯です。斜歯というのは上の歯の外側と下の歯の内側にできる尖った部分のことで、草食動物特有の上顎と下顎の幅が違うことが原因です(図1)。その尖った部分を鑢で削って整形します(図2)。多くの馬において、奥の頬の内側の粘膜には斜歯による傷が認められますので、上顎の外側の奥の部分は確実に削ることが重要です。馬の歯列は上から見ると、奥側が少し内側に入っているものもあり、真っ直ぐな歯鑢(しろ)では届かない場合があります(図3)。このような場合には先の少し曲がった歯鑢を用いることで、内側に入った部分を削ることができます(図4)。また、臼歯列の一番手前に位置する第2前臼歯はハミの収まりを良くするために先端を丸くしてやります。これをビットシート(図5)と呼びます。

1_2 図1 口の中を正面から見た模式図(赤丸で示す斜歯を整形する必要がある)

2 図2 開口器と歯鑢を用いて歯を削る

3 図3 先端が真っ直ぐな歯鑢(奥の歯の表面にヤスリ部分が届かない)

4 図4 先端が曲がった歯鑢(奥の歯の表面にヤスリ部分が届く)

5 図5 ビットシート(臼歯の最前列を丸く整形する)

 狼歯は進化の過程で退化した歯で、ちょうどハミが収まるところに生えてきます(図6)。痛みを伴い、口向きが悪くなる原因になることがあるので抜く必要があります。抜歯をする際は鎮静剤を用います。狼歯には根の太いものや曲がったもの、横に向いて生えているもの、先端が出てきていないものなど様々なバリエーションがありますが、先端が半円形や円形の道具(図7)を用いて、比較的容易に抜歯することができます。先端が出てきておらず、粘膜が盛り上がって見える埋没狼歯(blind wolf teeth)(図8)と呼ばれるものは、見落としがちである上にハミへの影響が大きいとされているため、注意深く触ってチェックする必要があります。狼歯を抜歯した直後は、馬が痛みや違和を感じることがあるため、基本的には休馬の前日に抜歯をするようにしています。

6 図6 上顎の臼歯最前列に認められる狼歯

7 図7 狼歯を抜く道具

8 図8 埋没狼歯(ハミがあたると痛い)

日常の歯の管理
 若い馬の歯はある程度年齢を重ねた馬の歯に比べると非常にやわらかく、その分擦り減るスピードも速いため、尖りも出てきやすいと言えます。また、生え変わりが起こる2歳の夏~5歳もトラブルが発生しやすい時期ですので、育成期~競走期にかけては最低でも6ヶ月毎の処置が必要です。
 歯は外からは見えないので、蹄の管理や跛行や疝痛等の疾病などはっきりと見た目にわかるものに比べると、普段の管理では意識することが少なく、処置が後回しにされがちです。しかし、歯が悪いことで、ハミ受けや飼い食いが悪くなるだけではなく、二次的に跛行や疝痛等を引き起こすこともあるので、馬本来のパフォーマンスを発揮し、価値を損なわないようにするためにはしっかりと処置をする必要があります。本記事が少しでもみなさんの歯に対する意識を高めることができれば幸いです。

(日高育成牧場 業務課 中井 健司)

2019年6月24日 (月)

耐性寄生虫について –ターゲット・ワーミングの紹介-

No.89(2013年11月1日号)

 わが国のみならず世界中の馬の生産現場において、「耐性寄生虫」すなわち駆虫剤に効果を示さない寄生虫が大きな問題となっています。今回は、「耐性寄生虫」出現の背景や新しい駆虫の考え方について紹介いたします。

耐性寄生虫の発生原因
 耐性寄生虫の発生には、「すべての馬に対する駆虫」「定期的な駆虫」「同じ駆虫剤の継続投与」といったこれまで駆虫の常識と考えられ実践してきた習慣が背景にあると考えられています。では、耐性寄生虫はどのようなメカニズムで発生するのでしょうか?以下のようなモデルが紹介されています。
耐性寄生虫は突然出現するものではなく、もともと、寄生虫群のなかに存在しています(図1)。この寄生虫群に同じ駆虫剤を投与し続けると、耐性寄生虫だけが生き残ります(図2)。すると、耐性寄生虫同士の交配が増加し、耐性寄生虫が多数を占めるようになります(図3)。
 このように一度でも耐性寄生虫が多数を占めてしまった場合、耐性寄生虫は消失しません。それでは、どのような駆虫をすれば良いのでしょうか?

1_5 図1

2_5 図2

3_4 図3

ターゲット・ワーミング
 耐性寄生虫の出現を可能な限り抑制する方法として、欧米では「ターゲット・ワーミングTarget worming」と呼ばれる駆虫方法が提唱されています。ポイントは「①虫卵検査の実施」「②必要な馬に限定した駆虫」「③薬剤のローテーション」の3つです。すなわち、虫卵検査を実施して、必要な馬に対してのみ駆虫を実施する方法です。また、異なる薬剤を交互に使用することで、1つの薬剤に対する耐性寄生虫の出現を抑制します。
具体的な方法は以下のとおりです(図4、5)。

・2ヶ月間隔で繋養全馬に対する虫卵検査を実施する。
・各寄生虫につき、糞1gに250個以上の卵が認められた場合のみ駆虫する。
・イベルメクチン、ピランテル、フェンベンダゾールを交代で投与する。
・条虫駆除を目的としたプラジクアンテルは秋に1回(もしくは春との2回)投与する。
・駆虫2週間後に再検査をして、駆虫剤の効果を確認する。

 ただし、2歳未満の子馬に対しては、虫卵数に関わらず2ヶ月毎に駆虫を実施します。理由は、子馬にとっての脅威「アスカリド・インパクション(回虫便秘)」の防止です。アスカリド・インパクションは、子馬の腸管の中に回虫が充満し、最悪の場合には腸管破裂による死亡を引き起こします。成馬になると、回虫に対して抗体ができるため、若馬に対してのみ徹底的に駆虫するのです。この場合の駆虫は上記3つの薬剤を交代で使用することにより、耐性寄生虫の発生を抑えます。

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図4 虫卵検査により、大量寄生が認められた馬のみ駆虫する

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図5 薬剤のローテーション投与

寄生虫をゼロにする必要はない
 「ターゲット・ワーミング」は、薬剤感受性が高い寄生虫(薬が効く虫)を一定割合生存させておくことによって、耐性寄生虫の割合を減らすことができる方法です。これにより、駆虫が本当に必要な時に駆虫剤が効果を示すようになるのです。この方法の根底には「寄生虫をゼロにする必要がない」との考え方が存在します。
 「寄生虫=害虫=全滅させる必要がある」という概念は間違いだと考えられるようになってきました。「すべての寄生虫が馬に健康被害をもたらすか?」、この疑問は解決されていません。デンマークで行われたトロッター競走馬を対象とした調査によると、円虫卵が多く認められた馬のほうが、入着(1~3着)する可能性が高いとの結果が得られました。円虫寄生が競走パフォーマンスを高めるとは想像できませんが、少なくとも競走馬の場合には負の影響はないとも考えられます。もちろん、成馬であっても大量寄生による疝痛・栄養障害などの健康状態に与える影響は否定されていません。しかし、子馬のアスカリド・インパクションなど、本当に必要な時のために、現在有効な駆虫薬を残しておくことは極めて重要です(図6、7)。なぜなら、新たな駆虫薬の開発には長い年月を必要とするからです。

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図6 駆虫薬の効果

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図7 現在使用可能な駆虫剤は、必要な時のために温存!!

駆虫剤投与以外に実施すること
 生産現場においては、駆虫剤を投与する以外にも有効な寄生虫対策があります。

・放牧地のローテーション
・放牧地の糞塊除去
・放牧地のハローがけ(ハローがけ後は一定期間休牧)
・大量寄生馬の隔離
・過密放牧の回避
・牛・羊などとの混合放牧(異なる動物種が、馬寄生虫を食べることでその生活環を断つことができる)

 上述のターゲット・ワーミングと、これらを併用することで耐性寄生虫の発生を可能な限り抑制できると思われます(図8、9)。

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図8 「放牧地のローテーション」や「糞塊除去」は寄生虫駆除に有効な方法

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図9 アイルランドで実施されている牛との混合放牧


(日高育成牧場 専門役  冨成 雅尚)

2019年6月21日 (金)

競走馬の引き馬と展示

No.88(2013年10月15日号)

 競馬場では秋のG1シーズンを迎えています。皆様が生産、育成に携わった馬が晴れの舞台で活躍する姿を見ることは、このうえない喜びだと思われます。また、パドックで手入れされ、従順に引き馬されている姿を見ると、当歳時の面影が残りつつも立派に成長した愛馬の姿に感慨深いものを感じるのではないでしょうか。

 近年、日本馬の海外での活躍に伴い、海外競馬の映像を見る機会が増えています。特に欧州のパドックでは、馬をきれいに手入れし、また、その馬を引く厩務員も盛装しています。さらに、「馬主の大切な馬を競馬ファンや馬主に対して披露」するよう、従順にしつけられた馬を1本のリード(引き綱)でキビキビと歩かせる姿が印象的です。わが国でもパドックで馬を見せる意識は高くなってきており、本年のダービーでは、パドックで最も美しく手入れされた馬を担当する厩務員に贈られる「ベストターンドアウト賞」の審査が実施されたことも記憶に新しいところです。この「ベストターンドアウト賞」の審査基準は「馬がよく躾けられ、美しく手入れされ、かつ人馬の一体感を感じさせる引き馬(リード)が行われているか」となっています。今回は、競走馬の引き馬と展示について、欧州で行われている方法に焦点を当てながら解説したいと思います。

パドックにおける引き馬

1本リードでの引き馬

 1本リードでの引き馬を行う際に、欧州でもっともよく使用されているのがチフニービット(ハートバミ)です。このハミは下顎に均等に作用させて馬を制御することが可能であり、地上にいる御者から下顎や舌に強く作用することができるため、引き馬での制御に効果的です。欧州のパドックでは、ハミ頭絡の上から装着して、御者が1本リードで馬を制御している光景をよく見かけます。チフニーの特性として以下の4点があげられます。①構造上、1本のリードでの使用により制御効果が発揮される。②ハミが細く棒状であるため、作用が強い(乱暴に使用してはなりません)。③力学的な作用は後下方向からの操作により高まるため、引き馬に適している。④着脱が容易である。

 近年、わが国のパドックでも、チフニーを装着している競走馬を見かけるようになりました。しかし、ハミの特性が理解されていないためか、1本のリードを下顎部分に装着するのではなく、頬革に連結するハミの横のリングに2本のリードを装着している場合が多いようです。チフニーは下部のリングから1本リードで使用しなければ、効果的に作用させることができません(写真1)。

 また、日常の引き馬や治療時の取扱いにおいても、チフニーの使用は有効です。通常、チフニーは無口頭絡の上から装着します。その際に、1本リードをチフニーと無口の下部のリングを連結して使用することにより、チフニーの直接的作用をやわらげ、無口頭絡の鼻革部分にも作用させることが可能となります(写真2)。また、この連結方法は、チフニーの反転防止にも役立ちます。

引き馬の御者(リーダー)は一人

 草食動物である馬は、群れのリーダーに従う性質を持ちます。したがって、引き馬を行う際のリーダーも一人でなければなりません。欧州のパドックでは、馬の右側を人が一緒に歩くことがありますが、「二人引き」を行うことはありません。右側の人の役割は、混雑する人ごみの中を歩く際に「馬をエスコートすること」や「右側の壁」として必要に応じて手綱を保持し、馬を落ち着かせることです(写真3)。競馬ではアシスタントトレーナーやトラベリングヘッドラッドが、その役割を担います。

 欧州で「二人引き」が行われない理由は、両側から別々の指示を出されると、馬はどちらが自分のリーダーかわからず混乱するためです。さらに、馬が暴れた際には、御者の安全確保のため、両者ともにリードを離すことができず危険な状態になることもあります。馬が人の指示に従わない場合には、二人の力で抑えこもうとしても、「一馬力」に勝つことができません。それよりも、馬が人の指示に従うような躾を行うことの方が重要であるということを欧州のホースマンは認識しているのです。

ファンや馬主を意識した「馬を披露する」姿勢

 欧州では競馬そのものが馬主の社交の場であり、パドックに入るお客様にもドレスコードが課せられています。したがって、馬を引く厩舎関係者も社交の場にふさわしい身だしなみに気を配らなければなりません。また、パドックでは馬主に馬を「見ていただき」、馬主の大切な馬を競馬ファンに「披露する」姿勢が求められます。そのためには、馬がアスリートとして最大限引き立つよう手入れに気を配り、また、ブラシによるクォーターマーク(写真4)、たてがみの水ブラシおよび蹄油などのプレゼンテーションも一般的に行われています。さらに、パドックでは落ち着きがあり、キビキビとした常歩を見せなければなりません。これを実行するには、普段からの馬の躾が不可欠であることは言うまでもありません。

競走馬の展示

 欧州では現役競走馬の売買も少なくなくありません。そのため競走馬厩舎では、馬主や購買者が馬を見に来た際には、きれいに手入れされているとともに、躾の行き届いた姿をお見せしなければなりません。

 駐立展示は、光の向きや傾斜、背景にまで配慮したうえで展示場所を選ぶことから始まります。馬を見せる際には、たてがみは水に濡らしたブラシを使用して必ず右に寝かせます。これは馬の左側が「表」とされているからであり、このようにすることにより、頚のラインがきれいに見えます。また、それぞれの肢を見せるために、四肢は重ならないように右側を狭く踏ませて駐立させます。さらに、蹄の検査ができるような地面の安定した場所に立たせることも大切です。

 馬装は無口頭絡とチフニーを用いた展示が一般的ですが、そのほかにチェーンシャンクやレーシングブライドル(写真5)を使用することもあります。チェーンシャンクは米国の競走馬や種牡馬の展示で多く見られますが、装着だけでプレッシャーになる強い道具であるため、使用時には注意が必要です。また、レーシングブライドルは競走馬であるということをアピールする効果があるため、欧州では2歳トレーニングセールでの展示や競走馬の撮影の際に使用されています。

 馬主や購買者への常歩での歩様検査時には、引き馬で検査者からまっすぐ10mほど離れます。また、回転する際は右回りに回転します(写真6)。右回転時には、頭を高く保持し、後肢旋回の要領で小さく回すのがコツです。右回りで回転する理由は、①検査者の視界を御者が遮らない。②回転時に後肢がふくらまない。③狭い場所では、回転時に人が馬の外側に位置することにより、馬の無用な受傷を防止するためです。なお、回転後は再び検査者に向かってまっすぐ戻ります。

最後に

 近年、わが国の生産地における1歳せり市場の下見や展示では、「1本リードによる引き馬」や「右回りの回転」など、合理的で優れた技術や考え方を模範とした方法が一般的となっています。これらの生産地での「馬を見せる」から「見ていただく」という取り組みは、競馬場での取り扱いにも大きく影響しています。これまでの生産地の皆様方のたゆまない努力に敬意を払うとともに、これらの取り組みが今後も継続されることを期待しています。

(日高育成牧場 専門役 頃末 憲治)

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写真1:チフニーを下顎に均等に作用させるには1本リード(左)が2本リード(右)より効果的である。

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写真2:1本リードをチフニーと無口の下部のリングを連結して使用することが推奨される。

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写真3:欧州のパドックで馬の右側(写真左側)の人は「エスコートすること」や「右側の壁」としての役割を果たしている。

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写真4:欧州のパドックではブラシによるクォーターマークなどのプレゼンテーションも一般的に行われている。

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写真5:米国の競走馬や種牡馬の展示ではチェーンシャンク(左)、欧州でのトレーニングセールや競走馬の展示ではレーシングブライドル(右)が使用されることが多い。

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写真6:歩様検査の回転時には右回りに回転する。

2019年6月19日 (水)

バランサー?それともコンプリート?

No.87(2013年10月1日号)

 一昔前まで、馬のエサと言えば「エンバクとフスマにカルシウムの粉末」という構成が一般的でしたが、近年は研究開発が進み、多様な馬用配合飼料が市販されています。あまりに多くの飼料が流通しているため、それぞれの違いが分からなくなってしまっていないでしょうか?細かい違いや宣伝文句に振り回されていないでしょうか?複数の飼料会社との付き合いを大切にするあまり、無意味に配合飼料を併給していませんか?今回は配合飼料の基本的なタイプとその使い方についてご紹介します。

配合飼料のコンセプト
 まず、念頭においていただきたいのが、それぞれの配合飼料には飼料会社が設計したコンセプトがあるということです。それは給与対象馬が、繁殖牝馬、子馬、競走馬という分類のみならず、放牧環境か厩舎環境か、配合飼料を多く与えたいのか、抑えたいのかといった要因も関連します。
 本日紹介するタイプとは、大きく「バランサー」と「コンプリート」の2つです。日本語に翻訳すると「バランスが良い」「完全」という言葉はいずれも耳触りの良い言葉ですので、一見すると「どういう飼料か分からない」のも無理はありません。しかしながら、これらは前述の設計コンセプトが異なるため、当然給餌の仕方が異なります(図)。この2タイプの違いは「エネルギー」「タンパク質・ミネラル」に対する給与方法の違いによるものです。エネルギーは勿論ですが、タンパク質・ミネラルも馬の飼料成分としてとても重要です。特に成長期・競走期・妊娠期の馬には不足しないよう注意が必要です。

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 コンプリート型とは、穀類にタンパク質・ミネラル分のペレットを加えて構成されているものが一般的です(写真1)。この飼料を規定量与えることで、必要なエネルギーとタンパク質・ミネラル(ビタミンを含む)を同時に満たします。基本的にはこの飼料だけ与えていれば良いということからオールインワンとも言われています。推奨される量は製品によってさまざまですが、4~6kgが一般的です。エネルギー量が多くなるため、牧草を自由採食できない厩舎飼育環境に適していると言えます。

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 一方、バランサー型とは、近年生産地で広く普及している飼料で、タンパク質・ミネラル(ビタミンを含む)含有率が高いペレットで構成されており、少量の給餌(概ね1kg)でこれらの要求量を満たせるというものです(写真2)。サプリメント型と呼ばれる飼料も同様のタイプの飼料です。しかし、これだけではエネルギー量が不足するためエンバクを追加して調整します。エネルギー量を抑えられるため、牧草から多くのエネルギーを摂取している放牧環境に適していると言えます。

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 また、これらの中間的な特性の飼料も市販されていますので、自分の牧場で扱っている飼料がどのようなものか分からない方は、今一度確認してみて下さい。

誤った給餌方法
 よくある誤った給餌例をご紹介します。「コンプリート型を与えているが、コスト削減のため推奨量の半分しか与えず、その分エンバクを足す」とタンパク質・ミネラル分が不足してしまいます。また、「バランサーを給餌しながら、以前から慣例的に与えていたミネラル添加剤も与える」のは無駄なコストをかけていることになります。

配合飼料の適切な選択
 日本人は勤勉な性格からか、飼料を複雑にしたがり、それを美徳とする傾向があるのかもしれません。しかし、飼料はシンプルな方が作業や在庫管理が楽ですし、誤りも少なく、修正も楽であることは間違いありません。
 これらの飼料はどちらが良い悪いという問題ではなく、飼養環境に応じた「選択」と「与え方」が重要になります。特に放牧飼養下では牧草の種類や草高、密度の違いに起因する成分バランスを考慮する必要があります。エネルギー量については、馬の体型(ボディコンディションスコア)をみて調整することができますが、タンパク質やミネラルに関しては一見して判断することはできません。しかしながら、このような目に見えない要素が胎子期、成長期に重要です。自牧場の牧草成分が知りたいという方は牧草成分分析事業をご活用下さい。本事業は今年から窓口がBTCからJBBAに移りましたが、事業内容はこれまでとほぼ同様です。詳細についてはお近くの窓口へお尋ね下さい。
 最後になりますが、飼料は規定量を与えていれば良いというものではありません。信頼できる栄養の専門家の意見を参考に、現場においては日々の観察から馬ごとの特徴、変化を把握し、細やかな修正ができるよう、経験・スキルを身につけることが重要です。

日高育成牧場 生産育成研究室 村瀬 晴崇

2019年6月17日 (月)

アイルランドの人材養成

No.86 (2013年9月15日号)

 「馬づくりは人づくり」。JRA日高育成牧場は、この言葉どおり、BTCやJBBAの研修生、獣医畜産系大学の学生、周辺の小・中・高校生まで幅広く多くの方を対象として、馬に関する学習の機会を提供しています。
 欧米各国においても、様々な人材養成事業が実施されており、ダーレー・フライング・スタートやケンタッキー・イクワイン・マネージメント・インターンシップなどは世界的にもよく知られているところです。世界有数の馬産国アイルランドは、国の主要産業の振興を目的とした人材養成に対し、政府をあげた一大事業として力を注いでいます。
本稿では、アイルランドの人材養成の中心となっているアイリッシュ・ナショナル・スタッド(以下INS)のブリーディング・コースについて紹介します。

アイリッシュ・ナショナル・スタッド-ブリーディング・コース-
 INSは、半世紀以上前の1946年に「アイルランドの馬産業の促進」を目的として設立された歴史ある国営牧場で、往年の大種牡馬ブランドフォードを筆頭に、最近ではシーザスターズなど多くの名馬が生産されてきました。
 INSは生産牧場としての役割のみならず、ブリーディング・コースとよばれる競走馬産業への人材供給を目的とした事業を行っています。1971年に設立され、40年以上の歴史をもつこのコースは、これまで800人以上の卒業生を世界中に輩出しており、卒業生は各国の生産牧場、育成牧場、競走馬厩舎、競馬関係機関、セリ会社あるいはマスコミなどで活躍しています。
 INSの教育システムは、自国のみならず、他国の人材も養成していることで特徴的です。国営牧場という性質上、自国の若者のみを対象とするシステムの方が妥当と思われますが、世界中から生徒を集め、卒業後に彼らが母国において競馬産業の職に就くことにより、結果として世界各国にコネクションを拡大することを可能にしています。すなわち、卒業生に対してアイルランドの「競馬大使」としての役割を期待しているのです。

コース概要
 このコースは、繁殖シーズン(1~7月)の約半年間にわたって行われ、実習、講義および見学研修を通じ、スタッド・マネージャーに必要な生産に関する知識および技術の修得が中心になっています。実習は、繁殖シーズンにおける繁殖牝馬、子馬および種牡馬の管理、そして、種付け・出産などの実務を行います。1日1時間の講義は、獣医学、装蹄学、栄養学、土壌学などの馬産の基礎的な分野に加え、種牡馬事業やセリ市場など、競馬産業に関する内容も数多く含まれています。講師は、INSの場長およびスタッフのみならず、大学、研究所、飼料会社、エージェント、セリ主催者、調教師などアイルランドを代表する競馬関係者が担当しています。また、見学研修においては、セリ市場、馬診療所、競走馬厩舎、育成業者(コンサイナー)などを訪問します。これらの講義や見学は、知識修得だけではなく、アイルランドの競馬産業に携わる関係者と各国生徒との「顔合わせ」を兼ねており、競馬産業におけるネットワークの形成に寄与しています。

各国からの研修生
 年齢制限はありませんが、主に20代前半の研修生が多くを占めています。彼らの学歴は高卒、大卒、大学在籍中など様々ですが、ほぼ全員が生産牧場あるいは競走馬厩舎での勤務経験を有しています。また、すでに自国以外の牧場で就労経験している生徒も数多く在籍していました。このような世界各国の研修生が、半年間にわたる寮生活をとおして寝食をともにする、まさに「同じ釜の飯を食う」ことにより、世界中にネットワークを拡げることができるのです。

他国の教育システム
 INSと同様の人材養成機関は他国にも存在します。主なものとしては、ナショナル・スタッド(英国)、ケンタッキー・イクワイン・マネージメント・インターンシップ(米国)、ダーレー・フライング・スタート(愛国、豪州、米国、ドバイ)などがあげられます。INSの生徒の何名かは、これらのコースも受講することにより、世界各国の馬産を経験するとともに人脈の輪を広げています。

おわりに
 世界中の競馬産業にネットワークを形成しているINSの卒業生は、アイルランドの競馬産業にとって極めて貴重な財産であり、国をあげたこの事業を40年以上継続することによって、世界有数の馬産国としての地位を築いています。
 来年1月から始まるコースの募集締め切りは、本年10月12日です。募集人員は20名、応募資格は「18歳以上で健康」「一定の英語力(IELTS academic test 5以上)を有している」「牧場などでの勤務経験があり、馬の取扱いに慣れている」ことです。ご興味のある方は受講してみてはいかがでしょうか(アイリッシュ・ナショナル・スタッド・ブリーディング・コースhttp://irishnationalstud.ie/education/4/breeding-course/)。

(日高育成牧場 専門役 冨成 雅尚)

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大手コンサイナーによる馬の見方に聞き入る研修生

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INSの担当装蹄師による装蹄学の講義

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多くの見学先では、愛国のホースマンとの懇談の場が設けられている。
研修生と話すジム・ボルジャー調教師(左写真)、バリーリンチ・スタッドのジョン・オコーナー場長(右写真)

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INSの卒業式。世界各国の生徒が半年間寝食をともにすることで、世界中にネットワークを拡げることができる(筆者は最後列左端)

アイリッシュ・ナショナル・スタッド(愛国)
Irish National Stud
http://irishnationalstud.ie/

ケンタッキー・イクワイン・マネージメント・インターンシップ(米国)
Kentucky Equine Management Internship
http://www.kemi.org/

ナショナル・スタッド(英国)
The National Stud
http://www.nationalstud.co.uk/

ダーレー・フライング・スタート
Darley Flying Start
http://www.darleyflyingstart.com/

2019年6月14日 (金)

栄養管理コンサルタントの実際

No.85 (2013年9月1日号)

軽種馬生産界におけるコンサルタント
 「コンサルタント」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。「コンサルタント」とは企業経営や管理技術などについて指導、助言をすることにより、顧客が抱える問題を解決する方策を示してくれる専門家のことを指します。「経営コンサルタント」「ビジネスコンサルタント」「ITコンサルタント」などさまざまな業種で広く認知されています。軽種馬生産においても「栄養管理コンサルタント」が存在しますが、日本においてはまだそれほど一般的にはなってはいません。
 コンサルタントの内容はその専門家によって、また契約によってさまざまですが、最も重要なのは「発育状況と栄養状態(BCS・体重・体高・歩様・蹄や肢軸など)」「栄養補給(飼料の選択と栄養バランス、放牧地の評価)」についての指導です。コンサルタントに馴染みのない方にとっては、一生懸命育てた馬を気安く他人に評価されることを快く思わないかもしれません。しかし、自己流の解釈と方法に陥りがちな軽種馬生産において、深い知識と広い視野を持つ専門家の意見を得ることは非常に重要です。またコンサルタントに馬を見せること自体が日常業務における目標になるといったメリットもあります。その他の指導項目として「放牧地の土壌、牧草成分分析と管理方法」「繁殖成績(受胎率・種付け回数)向上のための対策」「問題点に対するディスカッション」などが挙げられます。
 実際にコンサルタントを受けている牧場の声を聞くと「客観的な評価を得ること」や「コンディションの安定化」「飼養管理に対する理解」さらには「スタッフのスキル向上」「スタッフ間の認識の統一」といった点に大きなメリットを感じているようです。

国内のコンサルタント活動
 牧場コンサルタントというと、外国人をイメージされる方もいると思いますが、平成17年から21年にかけてJBBAによる軽種馬経営高度化指導研修で日本人コンサルタントを養成する事業が行われました。これはKER(Kentucky Equine Research)の代表者Pagan博士とそのスタッフを定期的に日高に招聘し、実際に生産牧場の巡回指導を通じて、海外飼養管理技術を習得し、国内の技術指導者(カウンターパート)を養成するものです。KERはアメリカの飼料会社であり、研究所であり、コンサルタント業務も行っている有名な企業です。この事業によって獣医師や飼料会社関係者など7名のカウンターパートと3名のカウンターパート補佐が養成されました。
 この時のモデル牧場における主な改善点は、サプリメントの利用や栄養バランスの改善を伴う「飼料配合のシンプル化」、コンプリート型飼料とサプリメント型飼料の混同を適正とすることによる「飼料特性に基づく給与」、「昼夜放牧の励行」、「分娩前後の繁殖牝馬のBCSの適正化」、「適切な蹄管理」、「セール上場予定馬の準備」、「当歳馬へのクリープフィーディング」など多岐に渡ります。そして彼らが常に口にしていたのは「More exercise, more feeds!(もっと運動を、もっと飼料(栄養)を!)」でした。
 実際に指導を受けた牧場からは「受胎率や産駒の発育が向上した」という目に見える結果の他に、「客観的な評価を知ることができた」「牧場スタッフの意識が変わった」「普段抱いていた飼養管理上の疑問が解決できた」「蹄管理の重要性が認識できた」「独自の方法を見直すことができた」といった前向きなコメントが寄せられました。
 この事業で直接指導を受けた牧場は限られたものではありますが、養成されたカウンターパートらの活動が、わが国における「ボディコンディションスコア」「分娩前後の繁殖牝馬の栄養補給」「運動の重要性」「昼夜放牧」などの普及に一役かったと考えられます。
 養成されたカウンターパートらは、現在ファームコンサルタントとして、飼料会社のサービスの一環として、また診療業務の傍らとしてコンサルタントを継続しています。
 コンサルタントに興味はあるけど、誰に頼めば良いのか分からないという牧場は多いと思われます。JBBAでは国内でのコンサルタントをさらに普及させるべく、事業を継続することになりました。現在、効果的な普及方法について検討を重ねているところではありますが、今後も事業を活用いただければ幸いです。詳細な事業案内につきましてはJBBAニュース8月号を参照下さい。

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(日高育成牧場 生産育成研究室 村瀬 晴崇)