2019年1月21日 (月)

BTCと軽種馬育成調教場-BTC20周年によせて-

No.34 (2011年6月15日号)

 日高育成牧場の敷地内にある軽種馬育成調教場(以下、調教場)の管理運営を行っている軽種馬育成調教センター(BTC)は、本年20周年を向かえました。この間BTCは、さまざまな観点から「強い馬づくり」を支援する事業を展開し発展してきました。今回は、調教場の概要とBTCの事業について紹介いたします。

多種多様な馬場とその特性
 バラエティに富んだ調教が行えるよう多種多様な馬場(表1)をそろえ、調教場を利用する育成者の創意工夫によりさまざまな調教を施すことが可能となっています。いずれの馬場も、定期的な硬度調査を実施し適切な管理によって硬度維持に努めるとともに、砂厚調整や整地転圧などの日常管理を入念に行っています。また、開場以来の利用頭数は年々増加傾向にあり(図1)、今では日高東部地区の競走馬の育成場として大きな地位を築くまでにいたっています。

表11_6

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図1 開場以来、調教場の利用頭数は年々増加している

育成調教技術者養成研修事業
 強い馬を育成するには、確かな技術を持った騎乗技術者が不可欠です。このためBTCでは、こうした騎乗技術者を養成するための研修事業も行っています。研修期間は4月からの1年間、全国各地から性別、乗馬経験を問わず30歳未満の人を募集、選抜し、浦河の日高事業所において全寮制で行っています。研修生は、馬への近づき方、引き方などの基本動作の教育からはじめ、やがて厩舎作業や馬取扱い全般にかかわることを学びます。また、馬という動物についての知識を学ぶ学科は、馬体の各名称などから病気の知識などの衛生管理、牧草や繁殖についての基礎知識にまでいたります。馬の騎乗に関しては一般的な基本馬術からはじめますが、走路騎乗が始まると、教官が併走しながら指示を与える方法で騎乗技術を指導しています(写真1)。また、研修の後半ではJRA育成馬のブレーキングや初期調教なども経験し、研修修了前にはハロン15秒程度のスピード調教が出来る騎乗技術を習得します。現在は女子3名を含む29期生21名が研修中ですが、育成牧場に就職してから即戦力として活躍することはもちろん、やがては生産地の牧場等で技術的中核として働く人材となることを期待しています。

3_2写真1 研修生の騎乗訓練

軽種馬の競走能力の向上等に関する調査研究
 BTCでは「強い馬づくり」の一環として、軽種馬診療所において「運動科学に関する調査研究」および「育成期のトレーニング障害に関する調査」等を中心に調査研究を行っています。「運動科学に関する調査研究」では、育成馬のトレーニングを科学的に管理するため、人のスポーツ医学を応用したトレーニングの効果判定やトレーニングによる馬体の生理機能の変化について調査を実施してきました。たとえば、馬の走行中の心拍数や運動後の血中乳酸値を調査することで馬の運動能力がどのように向上していくかを明らかにし、さらに様々な馬場(グラスvsウッドチップvs砂、平坦vs坂路)が馬に与える負担度を明らかにし、育成者の皆さんがトレーニングメニューを作成する上での参考にしていただいています。また、「育成期のトレーニング障害に関する調査」では、調教場利用馬の診療及び各種検査から、トレーニングに伴う疾病の発生状況や異常所見が将来の競走成績にどのような影響を与えるかについて調査を実施しています。その結果、育成馬に発生する骨疾患の多くは、筋腱付着部(腱や靭帯が骨と付着している部位)の障害が因子となって発生していること、さらに近年はトレーニング強度の増加により、四肢の骨折や屈腱炎が増加傾向にあること、などを報告しています。

牧草と草地土壌分析事業
 生産牧場等に対して良質な牧草生産の促進と飼養管理技術の指導や普及に役立てるため、牧草や草地土壌の成分分析を実施し、その結果をフィードバックする事業も行っています(写真2)。近年、昼夜放牧を実施する牧場も増加していることから、放牧地の改良や採食量が増加する牧草の栄養価を把握し飼料給与方法に反映させる必要性が増しています。こうした馬づくりの基本を点検するうえで、土壌や牧草の成分を定期的なチェックは欠くことができません。

4写真2
 
 今後ともBTCのさまざまな事業をご理解いただき活用いただければ幸いです。

(日高育成牧場 総務課  長澤 れんり)
(BTC日高事業所 次長  早川 聡)

2019年1月18日 (金)

当歳馬の昼夜放牧に向けて

No.33 (2011年6月1日号)

 1年で最も忙しい出産および交配シーズンも終盤にさしかかり、一息つく間もなく1番牧草の収穫時期を迎えようとしています。5月に入ると雨が降っても気温が極端に下がることもなく、この時期から昼夜放牧を開始する方々も多いのではないでしょうか?昼放牧から昼夜放牧へと飼養管理方法を変化させることは、馬の健康状態や成長に大きな影響を与えます。特に、成長期にある当歳馬にとって、この変化は大きな意味を持ちます。今号では当歳馬の放牧管理、特に昼夜放牧実施にあたってのポイントについて紹介します。

昼夜放牧実施のポイント
 放牧の目的としては、主に「体力の養成」「栄養供給」「群れへの順応」が挙げられます。

 「体力」といっても様々な指標がありますが、「骨」や「屈腱線維」に関しては、放牧群と非放牧群との比較による調査において、放牧群の方が強化されるという結果が示すように、放牧によって馬を鍛えること、つまり「体力を養成」させるという効果があります。当歳時の自由運動、つまり仲間と遊びながら、走り回り、飛び跳ねるなどの適度な運動負荷は、骨や腱・靭帯に刺激が加わり、それらの組織を成長させ、競走馬として不可欠な筋骨格系を発達させる効果が期待されます。
 「放牧地」と聞いて真っ先に想像されるのは、馬の主食である「青草」の摂取による「栄養供給の場所」ではないでしょうか?良質の放牧地には、適切な発育に欠くことのできない栄養およびミネラルバランスを満たしている牧草が生育しています。昼夜放牧開始後は1日の大半を放牧地で過ごすために、良質の青草を摂取することは、草食動物である馬にとって、何よりも重要であることはいうまでもありません。
 「群れへの順応」も競走馬として非常に重要な要素になります。高い走能力を有していても、レース中に馬群の中で受けるストレスによって十分にその能力を発揮できないことも少なくありません。この群れへの順応は、多頭数での放牧によって養成が期待されます。

1_4 放牧の目的は「体力養成」「栄養供給」「群れへの順応」である。


昼夜放牧の利点
 昼放牧のみでは、朝から夕方まで長くても10~12時間程度の放牧時間にとどまります。一方、昼夜放牧を実施することによって、放牧時間を22時間にまで延長することが可能となります。シェルターのような避難小屋のある放牧地では、24時間放牧も可能になります。また、大きな木は雨を避けることができ、さらに日陰を生みだすために、シェルターの代わりになります。昼夜放牧は馬にとって自然に近い状態でもあり、昼放牧よりも青草を十分に摂取することができ、さらに移動距離を約2倍に増加させることができるため(図1)、非常に有用です。
 このように、昼夜放牧は前述の放牧の目的を最大限に満たすことができます。昼夜放牧された馬は、十分な運動と栄養価の高い青草を摂取することによって、競走馬として不可欠な基礎体力が養成されます。

2_3 図1.昼放牧と昼夜放牧における当歳馬の移動距離の比較


昼夜放牧の実施に際しての注意点
 放牧前の子馬の検温は体調を把握する上で重要であり、体調によっては放牧を控える必要があります。体調に異常を認めない場合には、夏期の多少の雨は気にすることなく、昼夜放牧が可能です。夜間放牧に慣れていない馬だけで放牧すると、野生動物や、車などの人工的な音によって馬が驚き、ケガの原因となることも少なくありません。そのようなトラブルを避けるためにも、親子の昼夜放牧を実施する場合には、母馬はそれ以前に夜間放牧を経験し、十分に落ち着いている必要があります。昼夜放牧に必要な放牧地の広さは、親子1組に対して1ヘクタールとされています。気候に関しては、雨よりも夏期の炎天下での放牧に気を付けなければなりません。特に、日陰のない放牧地では、日中の炎天下の放牧は控えたほうが良いでしょう。また、アブなどの吸血昆虫の発生時にも馬へのストレスは大きいので注意が必要です。
 日高地方においては、1年間のうち7~8ヶ月間は、効果的な昼夜放牧が可能であると考えられます。放牧地が雪で覆われる厳冬期には、放牧地での移動距離は大幅に減少するために、「体力の養成」という意味での放牧はあまり意味がないものとなってしまいます。そのために、冬期に十分量の常歩を課すには、ウォーキングマシンの利用が有効な方法となります。


当歳馬はいつから昼夜放牧を開始するべきか?
 心身ともに充実した競走馬をつくるために、肉体的および精神的に「鍛える」という言葉をよく耳にします。昼夜放牧を行う目的も「労力および経費の削減」と同じくらい「馬を鍛える」ためと考えられています。一方、出生直後は非常に虚弱な当歳馬をいつから昼夜放牧を開始し、鍛えるべきかという疑問も残っています。
 子馬は2~3ヶ月齢までは、十分量の免疫を産生することはできないために、成馬と比べて十分な抵抗力を有していません。また、2ヶ月齢未満では、大きな放牧地での長時間放牧によってDOD発症の可能性が高くなるという報告もあります。これは、骨の発達は胎子期にあたる出生3ヶ月前から盛んであるのに対して、筋肉の発達は生後2ヶ月齢以降から盛んになるという報告(図2)に裏付けられます。また、我々の調査でも、成馬では屈腱よりも小さな繋靭帯が、6ヶ月齢ごろまでは屈腱が未発達なため繋靭帯の方が大きく、特に3ヶ月齢までの子馬にこの傾向が顕著であるという結果が得られたことから、筋肉の発達が盛んになる前の2~3ヶ月齢までの子馬は、体重こそ軽いものの骨や靭帯にかかる負担は成馬以上であることも一因と考えられます。つまり、この時期は肉体的に未成熟と捉えるべきなのかもしれません。また、1~3ヶ月齢時には繋が起ちやすく、さらにクラブフットが発症しやすいということも、これらの骨、筋肉、腱および靭帯の発達のバランスと関連があるのかもしれません。

3図2.骨と筋肉の発達の盛んな時期は異なる

 一方、放牧地での移動距離という観点から見ると、図1に示すように昼放牧と昼夜放牧との違いはあるものの、3ヶ月齢以降に移動距離が増加していることが分かります。
以上のことから2~3ヶ月齢までの子馬は、成馬と比べて十分な抵抗力および体力を有していないために、早くても1.5ヶ月齢が過ぎた頃から、子馬の状態によっては3ヶ月齢以降に昼夜放牧を開始した方が良い場合もあります。

 今後も、「強い馬づくり」に役立つように、さらなる調査・研究を行っていきたいと思っています。

(日高育成牧場 専門役 頃末憲治)

2019年1月15日 (火)

ロドコッカス・エクイ感染症対策

No.32 (2011年5月15日号)

 繁殖シーズンも後半に突入し、子馬の疾患に悩む時期になってきました。今回は1~3ヶ月齢の子馬に肺炎を起こすロドコッカス・エクイ感染症という病気について紹介いたします。この病気の原因菌であるRhodococcus. equiは広く土壌中に生息し、昔から世界各地で発生しています。北海道では1960年頃から発生が認められるようになり、今日ではごく一般的な疾病となっています。
 過去に行われた生産地を対象にした大規模な調査において、呼吸器感染症を疑われた子馬314頭を検査したところ、61.1%もの陽性率を示しました。このことから、子馬の呼吸器感染症の場合は、まずはロドコッカス・エクイ感染症を疑うべきと言えます。

発症する馬、しない馬
 子馬が感染すると、多量の菌が気管分泌液中に排出されます。この菌が気管分泌液とともに嚥下され、消化管を通って糞便中に排出されることで土壌の汚染や、感染が拡大します。ケンタッキーの牧場調査によると非発生牧場が1ha当り0.89頭の飼育密度であるのに対し、発生牧場は1.63頭と高く、飼育密度が高いと土壌汚染が進み、子馬が感染しやすくなるということが推察されています。発症には免疫状態、牧場環境など様々な因子が関与していると考えられていますが、子馬の血液中IgG濃度(飲んだ初乳量を示す指標)や母馬の糞中菌数は発症率とは明らかな相関がないという報告もあり、どのような子馬が発症するのかという点についてはまだ明らかになっていません。

乏しい症状
 症状は一般的な呼吸器疾患と同じく咳や粘液膿性(濃く緑がかった)鼻漏、発熱、体重減少、呼吸速拍などが挙げられますが、発熱以外に症状を示さないまま進行することもあります。また、感染から発症まで2週間程度の潜伏期があると言われています。そのため、早期発見には毎日の検温や注意深い観察(元気がない、横臥時間が長い、乳を吸う回数が少ないなど)が重要です。

積極的な検査を
 ロドコッカス・エクイ感染症の治療期間は約1ヶ月と長期に渡り、薬も高価なことから治療費が高額となります。しかし、発見が早いほど治療は短くすむため、症状が乏しくても早期に積極的に検査することが重要と言えます。
 発症した子馬は血液検査、胸部エコーやレントゲンなどで異常所見を認めます。しかしロドコッカス・エクイ以外の感染症でも同様の所見を示すため、ロドコッカス・エクイであるかどうかを確定するためにはさらなる検査が必要となります。血液中の抗体の有無を調べるエライザ法は採材が簡単なため広く利用されています。しかし、厳密には抗体の上昇は「これまでに感染したことがある」ことを示すもので、その時に菌がいるかどうかを診断するためには気管洗浄液による細菌培養が最も確実です(図1)。気管洗浄液は、径5mmほどのチューブを気管に通し、気管を少量の生理食塩水で洗い回収します。気管洗浄液の採取は採血ほど簡便ではないものの、鼻捻子だけで採材することができます。検査方法の選択については牧場の汚染度や治療方法、費用などとの兼ね合いもありますので、獣医師にご相談下さい。

1_2 図1 シリコンカテーテルを用いた気管洗浄液の採取

隔離パドックの注意点
 子馬が感染した場合、一般的には小パドックなどを使用して隔離しますが、ロドコッカス・エクイ感染馬を狭いパドックに放つと土壌を高濃度に汚染します。翌年、そのパドックに生まれたばかりの子馬を放すことで感染するため、非常に危険です。感染馬を放すパドックは健康な子馬と共用しない、共用する場合にはパドックに対して以下のような積極的な対策が必要となります。

汚染土壌への対策
 予防と言えばワクチンが思い浮かびますが、細胞内寄生性という特徴をもつロドコッカス・エクイにはワクチンで増強される液性免疫(抗体の作用)よりも細胞性免疫(白血球の作用)が重要であるため、ワクチンは効きにくいと考えられています。海外では市販ワクチンや高免疫血漿が有効だという報告もありますが、否定的な報告もあり、やはり広く普及されるには至っていません。
 一旦、汚染された牧場を完全に清浄化する事は困難です。日高育成牧場では、ロドコッカス・エクイに殺菌作用を示す消石灰の撒布を試みたところ(図2)、一時的に検出されなくなりましたが、2ヵ月ほどで再び検出されてしまいました。しかし、本菌は深さ0-20cmの表層に生息すると言われているため、表土を取り除いて客土を実施し、一時的にでも汚染度を下げることで子馬の感染リスクが下がると言われています。

2_2図2 パドック消毒の試み

 また、増殖源である糞便を除去する事は非常に重要です。除去した糞便中のロドコッカス・エクイは堆肥化する過程の発酵熱で十分に殺滅されます。堆肥熟成度が不十分だと放牧地にロドコッカス・エクイを撒き散らすことになるため、適切な堆肥化(水分調整と撹拌による空気混合)を行うことが重要です。

 近年はロドコッカス・エクイ感染症による死亡例は減少しているものの、治療期間が長い、治療費がかかる、環境の清浄化が困難といった点で依然注意すべき疾患であり、特に過去に発生した事のある牧場においては早期発見のための注意深い観察、そして積極的な検査、初期治療が重要です。

(日高育成牧場 生産育成研究室 村瀬晴崇)

子宮の回復と受胎率、流産率

No.31 (2011年5月1日号)

種付けの現状
 一般的に、哺乳動物は授乳期間中には発情しないものですが、馬は出産直前から卵胞が成長し始め、分娩から1週間で発情を示すという特異な動物です。これまでに行われた生産地疾病等調査によると日高管内では分娩した馬の79%が初回発情で交配されており、その受胎率は46.4%でした(2発情目以降も含めた1発情当たりの受胎率は約60%)。
 一方、欧米のサラブレッド生産に目を向けると、分娩後初回発情ではほとんど交配されないのが一般的です。種牡馬側の観点からすると、産駒数を増やすためには、受胎しにくい馬との交配を避け、受胎しやすい馬と交配するということは非常に納得いくものです。しかしサラブレッド以外の品種においては、欧米においても初回発情で交配することが一般的であり、繁殖効率を考える上で初回発情を避けるか否かということは世界的にも論争の的となっています。

子宮の回復
 初回発情において受胎率が低い原因は、子宮が分娩の損傷から回復していないことに起因しています。損傷の程度、回復の早さは馬によって異なりますが、エコー検査で子宮の大きさ、貯留液の性状や量などをみることによって推察できます。初回発情時に貯留液が残っていると受胎率が低下するという報告もあることから、日本では交配前によく子宮洗浄が行われますが、貯留液=汚い=洗浄と考えるのは必ずしも適切ではありません。子宮内貯留液は子宮内膜組織の残留や感染を示唆するものではなく、修復過程において子宮壁から滲出するものであり、正常であっても分娩後6日頃までは存在すると言われています。このことは、正常に分娩した場合において、子宮洗浄を行っても受胎率を高める事ができないという報告からも裏づけられます。

初回発情v.s.2発情目以降
 初回発情と2発情目以降では生産性にどれほどの違いがあるのでしょうか。初回発情時の交配では受胎率が低いことを述べましたが(46.4%v.s.60%)、受胎した後の流産率が高いことも問題です。具体的には、受胎確認したものの5週目の再鑑定時に胚がいなくなる早期胚死滅率が11.1%v.s.3.8%、さらにそれ以後に流産する胎子喪失率が11.0%v.s.6.2%と、2群に大きな違いがあることが分かりました。初回発情で受胎するか否かの違いは決して運ではなく、さまざまな要因が関与しています。そのため、効率の良い繁殖管理を考える上で受胎する馬としない馬の要因を精査することは重要です。

分娩後初回発情に適した条件
 生産地疾病等調査によると、初回発情で交配した場合、年齢によって交配率、受胎率に差が認められました(図1)。また、交配頭数は分娩9日後にピークに達するものの、受胎率は9日以前は50%未満なのに対し、10日以後で50%を越え(図2)、「9日以前は見送った方が良い」という一つの指標を裏付ける結果となりました。

1 図1 分娩後初回発情における年齢毎の交配率および受胎率

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図2 分娩後初回発情における交配日別受胎率


 その他、受胎率に影響を及ぼす因子を列挙しますと、分娩月日(遅<早)、前年の状況(分娩<非分娩)、胎盤排出時間(60分以内<以上)、胎盤重量(8kg以上<以下)、分娩後日数(短い<長い)が挙げられました。
 前年の状況や胎盤排出時間、胎盤重量は子宮損傷の程度を反映しており、年齢や分娩後日数については子宮の回復度に影響していると考えられます。獣医師はエコー検査で子宮の回復具合を判断しますが、牧場現場においては後産が排出されるまでの時間や後産重量を記録しておくことで、初回発情を見送るか否かの判断材料になると考えられます。

飼養管理の重要性
 牧場の管理によって受胎率を改善できる因子としては飼養管理が挙げられます。出産時のボディコンディションスコア(以下BCS)が5以下であると同シーズンの受胎率が低い事が報告されています。このような馬は分娩後に慌ててBCSを上昇させたとしても受胎率は改善しないため、出産前からBCSを5以上に保つよう管理することが重要です。
 また、BCSと早期胚死滅率との関係も報告されています。初回受胎確認時から5週目の再鑑定時におけるBCSの変化を上昇群、維持群、低下群と区分したところ、早期胚死滅率については上昇群1.9%、維持群5.6%、低下群7.0%と関連性が認められ、胎子喪失率(再鑑定時以降に流産)についても8.0%、7.0%、13%とBCSが低下する群で高い流産率を示しました。(全体の平均は早期胚死滅率5.8%、胎子喪失率8.7%)
 また、運動は子宮回復を促すことが知られているため、初回分娩後発情での受胎率を高めるためには早期に広い放牧地へ放すことも選択肢として考えられます。

 今回は分娩後初回発情における交配について焦点を置いて紹介させていただきました。これらの成績が、多忙な繁殖シーズンにおける効率の良い繁殖管理の一助になれば幸いです。

(日高育成牧場 生産育成研究室 村瀬晴崇)

2019年1月11日 (金)

交配・妊娠期の注意点

No.29 (2011年4月1日号)

本格的な繁殖シーズン
 馬の生産地は非常に忙しい季節に突入しています。分娩の監視や対応、新生子馬の管理などで十分な睡眠が取れない中、繁殖牝馬の検査や交配などが絶え間なく行われています。このような時こそ、できる事であれば一回の交配で効率的に受胎させたいものです。今回は、妊娠成立のメカニズムから見た交配前後の管理法について考えてみましょう。

養分要求量を満たす栄養補給
 一般の哺乳動物は、泌乳している時期には妊娠しないような生理機能が働きますが、馬は「お乳を出しながら妊娠することができる」という特徴があります。私たちがこの馬特有のメカニズムを利用して生産していることには、意外と気がつかないものです。繁殖牝馬も泌乳期は乳の合成分泌に養分を必要とし、1年1産を目指すためには分娩後2ヶ月間に1日当たり30メガカロリーの養分を摂取させる必要があります(図1)。繁殖牝馬の泌乳量が最大となる時期に、泌乳と妊娠のために必要な養分を外からしっかりと補給するように管理することが、サラブレッドの効率的な生産を実現する最大のポイントです。妊娠期にボディコンディションスコアを6.0-6.5に維持し、分娩後にも肋骨が見えるようなことがないように管理することが有効となります。

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図1 分娩後の繁殖牝馬の養分要求量は交配を行う時期に最大となる


分娩後初回発情の交配はできる限り見送る
 2004-2006年に実施された生産地疾病等調査研究によれば、日高地方では79%の馬が分娩後初回発情で交配され、その受胎率は46%であり、13歳以上に限れば受胎率37%とさらに低下します。一方、ケンタッキー州のサラブレッド生産の一回交配当たりの受胎率が約60%という高い数字となる背景には、分娩後初回発情での交配が20%以下に限られ、ほとんどが2回目以降の発情で交配されていることに関係しています。また、分娩後の子宮洗浄はわずか数%の実施率であり、日本のように分娩後8日目から検査、子宮洗浄、治療を数回繰り返し行うことはせず、交配を見送り、その間の自浄作用によって子宮を生理的に回復させることが費用対効果からみても有益であると考えられています。その他にも、分娩後初回発情での交配では、1)妊娠期の損耗率(胚死滅、流産など)が2倍以上高く、5頭に1頭は出産に至らないという結果が示されていること、2)出生後10日頃の体力の弱い子馬にウイルスや細菌が感染する温床となること、3)交配に関わる費用や労働力(3,4回の検査診療費、輸送費、人件費など)が大きいこと、4)種牡馬の交配回数が増加し、結果として受胎率の低下を招くこと、などの問題があります。分娩後初回発情での交配はできる限り見送り、削減された経費を馬の養分の補給に当てることがトータルで有効となります。また、2回目以降の発情の発見に力を注ぐことが重要となります。

排卵誘発剤の使用
 排卵誘発剤(促進剤)は適切な時期に交配を行う上で有効な薬剤であるといえます。馬の排卵誘発剤にはいくつか種類がありますが、hCGというヒト由来のホルモン剤は、安価で汎用性の高い薬剤であり、馬の排卵時期をコントロールする上で有用です。hCG投与により双子と診断される割合も増加しますが、適切な処置を行えばむしろ黄体機能が増強され受胎にプラスとなります。hCG投与群は、非投与群と比べて、統計的に有意に受胎率が向上するという研究結果が多数報告されており、排卵誘発剤の使用は馬の効率的な繁殖管理に有効です。1シーズンに3回以上使用すると、投与効果が減弱するといわれており、獣医師と相談しながら使用することが推奨されます。

エコー検査による5週目妊娠鑑定
 受精後16日までの胚は子宮の中を移動する不安定な状態にあり、馬の着床が始まるのは受精後38日頃です。2006-2009年の生産地疾病等調査研究成績では、日高地方で35日以内に早期胚死滅と診断される率は6%であることが報告されました。また、その後流産などの原因により出生まで至らなかった率は、約15%にも達することが報告されました。したがって、軽種馬生産では妊娠期の損耗を軽減することが生産性向上への近道であると考えられます。早期胚死滅を予防するためには、上述の3項目を実施することが非常に有効です。しかし、様々な要因による早期胚死滅を完全にゼロに抑えることは困難であると結論づけられており、再交配が可能な時期に胚死滅を見つけ出すことが重要であると考えられます。妊娠4週以降には、エコーを用いて胚の大きさ、形、心拍などを見ることにより、正確に胚の発育状態を判断することができます。胚死滅と診断されても、その後高い確率で再妊娠することが可能であることから、5週目のエコー再検査を実施することが強く推奨されます。

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(日高育成牧場 生産育成研究室 室長 南保泰雄)

2019年1月 9日 (水)

繁殖牝馬に対するウォーキング・マシンの効果とストレスについて

No.28 (2011年3月15日号)

 3月に入り分娩シーズン真っ只中となりましたが、読者の皆様におかれましては妊娠後期の繁殖牝馬管理をどのようにされてますでしょうか?いくら経験豊かなホースマンであっても、子馬の出産時期は非常にストレスがかかるものだと思います。特に難産などは、一年積み重ねてきた苦労が水の泡となるだけでなく、最悪の場合は繁殖牝馬を淘汰しなければいけない可能性も出てきます。そうならないためにも、繁殖牝馬の出産前管理は非常に重要となります。
 さて、今回はその難産を含めた繁殖疾病を予防するために有効となる“出産前の運動”、特にウォーキング・マシン(以下、WM)を利用した分娩前管理の有効性について紹介したいと思います。

1 〔図①〕WM中の繁殖牝馬:当場では分娩約1か月前より4~5kmの速度で20~30分程度実施

妊娠馬の運動の重要性
 妊娠後期の適度な運動は、心血管系の機能維持に効果的です。すなわち、子宮動脈の血流を増加させ、胎子への酸素供給量を増大させるために、低酸素脳症に起因する虚弱子の誕生リスクを軽減させられると考えられています。その他、ヒトでも述べられているような子宮内の胎子スペースを確保するための肥満(体重の過度な増加と脂肪の蓄積)予防、さらに分娩に耐えうる健康状態および体力維持にも効果的であり、これらが難産を予防すると考えられています。その他、ヒトでは妊娠末期の適度な運動によって生じる努力性の呼吸が、出産時の呼吸状態に類似していることからも、適度な運動が推奨されているようです。
 また、ウマでは胎子の出生時体重の60%程度が妊娠後期の3ヶ月間に増体していることからも、妊娠後期の運動は母体の難産予防のみならず、急激に成長する胎子の正常な発育のためにも不可欠と考えられます。

妊娠馬の運動不足のサイン
 妊娠後期、特に分娩1~2週間前に運動不足に陥ると、下肢部や下腹部(乳房前方から帯径にかけて)に浮腫を認めることがあります。このような浮腫を認めた馬を観察していると、放牧地や馬房でも一箇所に駐立している場合が多いように思われます。この場合には、WMや引き馬を行って循環状態を改善させる必要があります。
 一般的に、1~2haほどの青草が茂った放牧地で放牧を行っていれば、運動不足になることはないと考えられています。しかしながら、北海道の冬は雪で覆われ、青草どころか放牧地内での歩行すら困難となるために、強制的な運動が不可欠であると考えられています。理想を言えば馬の息づかいを感じながらの引き運動が最適なのでしょうが、効率を考えた場合にはWMの利用に勝るものはないのでしょう。
 実際、WMが普及し、妊娠後期の運動として使用されるようになってから、難産が減少したとの印象を持っている生産者も多いようです。

妊娠と運動の関連性
 ヒトでは妊娠後期の過剰な運動は、子宮血流量を過度に増加させ、それに伴う胎児の心拍数増加が胎児にストレスを与える可能性が示唆されています。一方、この胎児の心拍数の増加は一時的な変化であるために、胎児への影響は無いとも考えられています。
 ウマにおいても、妊娠後期の運動負荷に対する母馬および胎子のストレスに関する研究が行われています。6%の傾斜のトレッドミル上で、360m/分の速歩を3分間実施した実験では、胎子の心拍数は運動前後で有意な変化は無く、ストレスは受けていないものと結論づけられています。また、母馬の心拍数は安静時よりも上昇したものの、出産6ヶ月後に実施した同様の運動負荷試験と比較すると、その上昇程度は有意に低く、さらに、ストレスの指標となる血中コルチゾル濃度も出産後より低いことが示されています。これらのことから、妊娠馬は心血管系の機能が通常より高まっており、さらにストレスに対する閾値も通常より高まっていると示唆されます。これは、ヒトでも妊娠期には心血管系や呼吸器系、さらには全身の代謝活動が高まるという報告と類似しているようです。

WMによる運動負荷の程度は?
 前述の研究でのトレッドミルによる運動負荷での最大心拍数は160回/分であったために、この程度の運動負荷であれば母体および胎子に対してストレスはないと考えられています。当場で実施しているWMによる運動は、4~5km/hの速度で、20~30分間実施しています。この時の最大心拍数は50~60回/分程度であるために、WMによる常歩運動は、ストレスをかけることなく、適度の運動であると考えています。
 しかしながら、繁殖牝馬にストレスをかけることは避けなければならないので、WMに入れる前の歩様等のチェックは不可欠です。

2 〔図②〕心拍計を装着した繁殖牝馬(フジティアス 父 フジキセキ)

3[図③]WM中の繁殖牝馬の心拍数データ
WM中の心拍数は安静時(約40回/分)より15~20拍程度上昇(55~60回/分)している(時速5km×30分実施のデータ)。


 ヒトでは、妊娠中に運動を行うことによって、出生後の新生児は周囲の変化に対してより敏感でありながらも、刺激に対して穏やかで落ち着いているとも報告されています。ウマにおいても、急激に胎子が成長する妊娠後期の3ヶ月間からすでに馴致は始まっているのかもしれませんね。

(日高育成牧場 業務課 土屋 武)

2019年1月 7日 (月)

育成馬用オリジナル飼料の導入

No.27 (2011年3月1日号)

 近年、養分要求量を充足させた飼料給与の重要性が認識されるようになり、軽種馬の生産・育成の各牧場、東西トレーニング・センターにおいては各厩舎が独自に配合したプライベートブランド飼料を導入するケースがみられるようになってきました。日高育成牧場においても、こうした飼料の有効性を実際に検証するため、育成馬に対し後期育成用のオールインワン飼料として独自に開発した「JRAオリジナル10」を給与しています。


 自家製配合飼料の利点として、
① 飼料給与計画に基づいた適正な栄養管理を実施しやすく、また全体の栄養バランスを損なうことなく運動量の違いによる調整が可能である。
② 飼料配合のシンプル化により作業効率を高め、給餌者間での給与量や各飼料の給与配分のバラつきをなくすことができる。
③ シーズン毎の継続的な栄養管理の実施が可能となる
などがあげられます。

オリジナル飼料の試作
 JRA育成馬の濃厚飼料はこれまで、軽種馬飼養標準に基づき、エネルギーやタンパク質、ビタミンやミネラル等の栄養素に過不足が生じないように、エンバク、エースレーションN0.2、脱脂大豆等を飼付け時に配合し給与してきました。しかしながら、後期育成調教における運動強度が従来に比べ増加するとともに、よりきめ細やかな馬体コンディションを維持するための飼料給与管理が要求されるようになってきました。そこで、必要栄要素が過不足なくバランスよく配合されているJRAオリジナル飼料を作成することとしました。作成の際のポイントは、「運動強度が強くなった際に見られる食欲不振や濃厚飼料多給による諸問題に対応した、嗜好性がよく繊維質を十分含んだ飼料であること」でした。
試作品の嗜好性試験を重ね、出来上がったのが「JRAオリジナル08」でした。その特色は、原材料として既存の配合飼料では使われていないビートパルプを使用したことで繊維質を十分に含んでいること、ヒマワリの種子などを入れることで脂肪含量を上げ、米油等の添加が不要となることなど必要栄要素が過不足なくバランスよく配合されていることです。
 この「JRAオリジナル08」を08年と09年購買馬の2世代の育成馬全頭に給与しました。それまでの濃厚飼料内容と比較して、総量は概ね同量でしたが「JRAオリジナル08」およびエンバクの2種類とシンプルになり、配合ムラがなく馬の状態にあわせた給与が可能となりました。しかし、調教強度が上がってくる2~3月になると、特に牝馬において精神的あるいは肉体的ストレス増によると思われる食不振が高率でみられるようになりました。

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JRAオリジナル10

嗜好性の改善
 そこで、さらに嗜好性について検討し改良することとしました。「JRAオリジナル08」の残し方は3つのタイプがあり、JRAオリジナルそのものを残す、ペレットのみを残す、ペレットを粉々にして残す、といったものでした。その中で特に後者の2つのペレットを残すタイプが多く見られました。嗜好性が低下した原因は、ペレットに栄養素(特にミネラル)を詰め込みすぎたことによって、味付けが濃くなり、苦味がでてしまったのではないかと考えられました。そこで、ペレットに含まれる主な苦味成分であるマグネシウムと亜鉛の量を問題ない範囲で減少させ、さらに成分はそのままでペレット比率を増すことによって全体の味を薄くするといった改良を加えました。それが、現在の「JRAオリジナル10」です。10年購買馬全頭に対し昨夏の入厩時より給与していますが、現在のところ非常に嗜好性が良く、ほとんど残す馬は見当たりません。調教強度が上がってくる2月以降も注意深く見守っていきたいと思います。

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4_3 JRAオリジナル10の成分表


 JRA日高育成牧場として今後は、繁殖牝馬や前期、中期育成馬用のオールインワン飼料を作成し、生産・育成界に栄養バランスの優れたオールインワン飼料を提示することで、育成技術のレベルアップに寄与することができればと考えています。


(日高育成牧場 業務課 大村 昂也)

2019年1月 4日 (金)

早生まれ子馬の管理

No.26 (2011年2月15日号)

サラブレッド出生月日の推移
 北半球にいる野生の馬は、早くても3月以降に出産するように4月まで排卵が起こらないような季節繁殖性を持っています。北海道でも、つい10数年前までは、桜の咲く頃にあがり馬の種付けを行っていました。過去10-15年の間に日本のサラブレッド生産はどのように変わってきているでしょうか?北海道のある牧場で生産されたサラブレッドの出生月日をグラフに示しました(下グラフ参照)。生まれ月が全体的に2月にシフトしていることがわかります。競走馬生産になぜこのようなシフトが起こったのかを考えると、1)セリに上場されるときに見栄えがよく、市場価格が有利に働く、2)種牡馬との交配予約が混む前に早めに希望の種牡馬と交配する、などの理由が考えられます。また、ライトコントロール法の普及により、安価で簡便に早期の交配が行えるようになったことも大きな要因であると考えられます。

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意外と少ない1,2月産まれのGⅠ馬?
 人間の世界では、同じ学年の中でも4月生まれの子供のほうがスポーツ選手として活躍する割合が高いことが知られており、Jリーグ所属選手や甲子園出場校の選手割合を棒グラフにすると一目瞭然の結果が得られます。この法則に沿うとすれば、馬でも数ヶ月産まれが早いことが有利に働くものと考えらます。
 しかし、その思いとは裏腹に、クラッシックレースの第一戦となる桜花賞、皐月賞では「早生まれ」の成績が極端に悪く、過去10年間の勝ち馬の生まれ月をまとめてみますと1月から順に(0-0-5-10-4-1)と3~5月が多く、1、2月生まれの勝ち馬はいませんでした。同様にダービー、オークスでも(2-0-7-6-5-1)と、決して早生まれが競走成績も良いとは言い難い結果が出ています。

子馬にとっての冬場とは?
 繰り返しになりますが、北海道の自然環境下では、1、2月に出産するということは子馬にとって自然な環境ではないと言えます。では、子馬にとって具体的にどのような違いが考えられるでしょうか。利点としては土壌菌であるロドコッカス肺炎感染やロタウイルスをはじめとする下痢の発症率が低いことなどが挙げられます。
 しかし、生後1,2週齢の子馬は体温調節を司る自律神経系が十分発達していないとも言われており、寒さは成馬以上にストレスとなっていると考えられます。ストレスの指標である血中コルチゾール値を調べてみると、早生まれは遅生まれよりも明らかに高い値を示しており、何らかのストレスがかかっていることが分かります(下図参照)。また寒さのみならず、放牧地が積雪や凍結によって十分な運動や休養が制限されてしまいます。

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 成長ホルモンの一種であるプロラクチンというホルモンの分泌量をみますと、冬は春に比べて少ないことが知られています。すべての子馬に言えることではないかもませんが、青い草が生えるころに産まれた馬のほうが骨や靭帯が丈夫に発育する周辺要素も持っていることが容易に想像されます。しがたって、国際的に強い日本産の馬を作るには、ほとんどが馬房内で過ごす冬場の子馬の管理に様々な工夫が必要ではないかと考えられます。
 

インドアパドックと外パドックにおける子馬の行動の違い
 これまでに日高育成牧場で行っている研究のひとつに、積雪や風雪を避けることができるロール倉庫内にパドックを作成し、カメラで一定時間監視する子馬の行動比較があります。この研究から判ったことは、厳冬期の野外放牧では母乳を飲む時間に違いはないものの、横臥および伏臥時間が短く、子馬の休息行動が妨げられている可能性が考えられました(下グラフ)。また、早生まれと遅生まれの行動を比較すると、早生まれではほぼ静止状態の時間が長いのに対し、遅生まれでは速い速度の(活発な)移動距離が長く、横臥する時間も圧倒的に多い結果となりました。また、いずれにおいてもパドックでは放牧時間中均等に動いているわけではなく、活発に動いているのは最初の1時間もしくはそれ以内ということが分かりました。
 幼齢期の動物にとって横臥休息行動は成長ホルモンを分泌するために重要であるため、健全な馬の発育には「活発に運動し、よく寝ること」が重要です。残念ながら、北海道における厳冬期の環境は、子馬にとって運動も休息も制限していると考えられました。

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まとめ
 以上のことから1,2月に生まれる子馬のためにしてやれることとして
・ 体温を保つ(馬服の着用、特に寒い日は放牧を控えるなど)
・ パドックで休息できる(横になれる)環境を作る(寝藁や風除けを設置するなど)
・ 日中ずっと放牧するのではなく、運動しない時間帯は馬房に戻して休ませる(十分な休息後、再び放すとなお良いと考えられます)
などが考えられます。
 早生まれの子馬の潜在能力を発揮させてやるためには厳冬期における管理上の工夫が必要と言えそうです。子馬を健やかに成長させる生産技術を調査研究することは、世界に通用する日本産の強い馬づくりにつながるものと考えられます。

(日高育成牧場 生産育成研究室 村瀬晴崇)

2019年1月 2日 (水)

育成馬の胃潰瘍

No.25 (2011年2月1日号)

 今回は、日高および宮崎育成牧場で育成し昨年売却したJRA育成馬に対して行った胃潰瘍に関する調査について紹介したいと思います。

馬の胃潰瘍について
 馬の胃はヒトとは異なり、ヒトの食道と胃が一緒になった構造をしています。ヒトの食道にあたる部位が「無腺部」、ヒトの胃にあたる部位が「腺部」で、その間にのこぎりの歯のような形をした「ヒダ状縁」という境目があります。「腺部」で作られた胃酸が「無線部」や「ヒダ状縁」の粘膜に傷害を与えることで潰瘍になると言われており、ヒトの「逆流性食道炎」に近い病態と言えます。馬は本来放牧地でほぼ一日中草を食べているのが自然な状態ですが、競走馬として狭い馬房内に閉じ込められ濃厚飼料を与えられていると、胃酸分泌が増加し潰瘍ができるとされています。胃潰瘍の症状は多様で、炎症のみで上皮は正常な状態から、壊死を伴う深部潰瘍まで認められます。穿孔(せんこう:あなが開くこと)すると死に至ることもあります。
 競走馬の70~90%が胃潰瘍にかかっていることが知られていますが、育成馬についての研究はあまり進んでいませんでした。近年、施設の改良や技術の向上により、育成期においても競走期に近い運動が負荷されるようになり、育成期でもある程度の馬は胃潰瘍を発症している可能性が疑われるため、今回調査を行うことにしました。
 一方、競走馬の胃潰瘍の治療や予防に使われる薬剤には、胃酸を中和する制酸剤、粘膜を保護するスクラルファート、人体薬の「ガスター10」で有名なH2ブロッカーなどがありますが、海外では主にオメプラゾールという薬剤(商品名ガストロガード®、図1)が使用され効果が高いことが知られています。
 そこで、我々は2008年に生まれ、2009年7月から2010年の4月までJRA日高および宮崎育成牧場で育成された育成馬および研究馬85頭(雄42頭・雌43頭)を使って3つの調査を実施しました。

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育成馬の胃潰瘍発症状況
 2010年2月に内視鏡で胃の中を検査した結果、27.1%(85頭中23頭)の馬が胃潰瘍を発症していました。胃潰瘍の程度(0~3で数字が大きいほど程度が悪い:図2)は、スコア2が13%(23頭中3頭)、スコア1が87%(23頭中20頭)で、胃潰瘍の発生に雌雄差はありませんでした。
 競走馬について行われた同様の調査では、76.9%の馬が胃潰瘍を発症しており、程度はスコア3が44%、スコア2が32%、スコア1が24%であったと報告されています。
 今回の調査から、競走馬ほどではないが、育成馬も3割程度が胃潰瘍を発症していることが明らかとなりました。また、競走馬と比較して、胃潰瘍の程度は軽いことがわかりました(図3)。

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オメプラゾールの胃潰瘍予防効果
 2月の内視鏡検査で胃潰瘍を発症していなかった馬を投薬群および対照群の2群に分け、投薬群にはオメプラゾール製剤のガストロガード®1/4本を28日間投与しました。これらの馬に対して通常どおり調教を実施し(F16まで)、3月~4月に再度内視鏡検査を実施したところ、胃潰瘍発症率が投薬群では3.6%(28頭中1頭)であったのに対し、対照群では38.7%(31頭中12頭)と胃潰瘍の発症を10分の1に抑えることができました。
 競走馬について行われた同様の調査では、胃潰瘍発症率が投薬群では21%であったのに対し、対照群では84%であり胃潰瘍の発症を4分の1に抑えることができたと報告されています。
 今回の調査から、競走馬と同等かそれ以上に、オメプラゾールの投与は育成馬の胃潰瘍の予防に効果があることが明らかとなりました(図4)。

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オメプラゾールの胃潰瘍治療効果
 2月の内視鏡検査で胃潰瘍を発症していた馬18頭を治療群として、オメプラゾール製剤のガストロガード®1本を28日間投与しました。通常どおり調教を実施し(F16まで)、3月に再度内視鏡検査を実施したところ、18頭の馬の胃潰瘍はすべて治癒していました。
競走馬について行われた同様の調査では、胃潰瘍を発症している75頭について治療を行ったところ、治療後の内視鏡検査において58頭が治癒し、残りの17頭もスコアが改善されたと報告されています。
 今回の調査から、競走馬と同等かそれ以上に、オメプラゾールの投与は育成馬の胃潰瘍の治療に効果があることが確認されました(図5)。

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 最近の研究では、胃潰瘍を発症していない馬と発症している馬をトレッドミル上で運動させた場合、発症していない馬の方が最大酸素摂取量が有意に高かったという報告もあります。あくまでもトレッドミル上の運動でのデータですが、実際のトレーニングでも胃潰瘍が発症していない状態で調教を行った方が効果が上がる可能性が示されています。今後、競走馬だけでなく、育成馬についても胃潰瘍対策を考えていかなくてはならないのかもしれません。

®ガストロガードはアストラゼネカ社の所有登録商標

(日高育成牧場 業務係長 遠藤 祥郎)

2018年12月30日 (日)

馬鼻肺炎(ERV)の予防

No.24 (2011年1月1・15日号)

 今回は妊娠後期の流産の代表である馬鼻肺炎について、お話させていただきます。
馬鼻肺炎ウイルスは非妊娠馬では免疫のない(過去に感染した事がない)馬に軽い発熱を引き起こします。一方、妊娠後期(9ヶ月以降)の馬に感染すると流産を起こす場合があり、日高管内においては毎年10~20頭が報告されています。馬鼻肺炎による流産は悪露や乳房の腫脹といった前駆症状もなく突然起こるため、予知や治療は非常に困難です。

感染・発症様式
 感染・発症様式は大きく2つに分けられます。1つはウイルスを含む感染馬の鼻汁や流産胎子・悪露・羊水に直接、あるいは間接的(人間の衣服や靴、鼻捻子などを介して)に接触して感染・発症するケース。もう1つは、過去に感染したウイルスが体内に潜んでいて、ストレスで免疫力が下がったときに再活性化して発症するパターンです。これはヘルペスウイルスの特徴でもあります。

続発と育成馬の関係
 馬鼻肺炎ウイルスによる流産で恐ろしいのは、牧場内で流産が続発することです。グラフをご覧下さい。同居の育成馬にウイルスが感染しなかった牧場で流産が続発した割合が35.7%であったのに対し、育成馬に感染が起きた牧場で流産が続発した割合は85.7%と高い割合を示すことが知られています。このことから流産を予防するためには、繁殖馬だけではなく育成馬の予防も重要であることが分かります。また、最初に発生した流産馬を隔離した場合には続発率33.3%であるのに対し、隔離しなかった場合には53.3%、そして育成厩舎に隔離した場合は80.0%でした(グラフ2参照)。これは感染馬を他の繁殖馬から離そうとするあまり、育成厩舎に移すと、免疫のない育成馬の間でウイルスが増幅し、結果として高い確率で流産が続発してしまうことを示しています。

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もし流産が起きたら
 流産が発生したら、まずは獣医師を呼びましょう。獣医師が家畜保健衛生所に連絡を取り、検査を依頼します。検査結果が出るまでの間は、馬鼻肺炎だと仮定して対応する事が重要です。胎子は外見上大きな異常はありませんが、胎子、胎盤、羊水には大量のウイルスが含まれています。ウイルスは野外環境で2週間以上も生存する事が報告されています。消毒は母体、胎子や胎盤はもちろんのこと、それらが付着した寝藁、馬房の壁、またスタッフの衣服、タオル、靴などにも行います。流産馬はなるべく他の繁殖牝馬と隔離した方がよいですが、前述の通り育成厩舎へ入れないようにしましょう。

予防法

 育成馬との隔離:過去に感染したことのない育成馬は容易に感染し、ウイルスを増幅します。そのため厩舎を分けるだけではなく、育成厩舎と繁殖厩舎間の移動の際には踏込み槽による消毒、上着や手袋の交換を心がけましょう。

ワクチン:ワクチンでは流産を完全に予防する事はできませんが、表を見ると接種後45日以内では続発発生が大きく抑えられていることが分かります。現行の不活化ワクチンは抗体持続時間が短いため、妊娠9ヶ月をむかえるまでに基礎接種(約4週間隔で2回)を完了し、その後も1~2か月間隔で補強接種を行う事が推奨されています。JRAでは不活化ワクチンよりも強い免疫力の付与を期待するべく、現在新たに生ワクチンの開発を行っています。

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消毒:パコマやクリアキルといった逆性石鹸、クレンテやアンテックビルコンSといった塩素系消毒薬が有効です。野外であれば消石灰も有効です。

ストレス軽減:繁殖馬の多くにウイルスが潜伏しており、ストレスがかかると再活性化し、発症する恐れがあります。そのため、妊娠後期には群の入れ替えや放牧地の移動などストレスを与えることは避けましょう。

神経疾患
 馬鼻肺炎の症状として発熱と流産がよく知られていますが、その他に神経疾患が認められる場合があります。近年、欧米では神経病原性の強いウイルス株による馬鼻肺炎の流行が増加傾向で、大きな問題となっています。この株の流行では、比較的多くの罹患馬が起立不能といった重度の神経症状を示し、致死率が高くなることが報告されています。すでに、道内においてもこの株の発生例が報告されており、十分な警戒が必要と考えられます。

まとめ
 BSE、口蹄疫、鳥インフルエンザなど、畜産における伝染病の怖さは皆さん十分にご存知かと思います。馬鼻肺炎ウイルスはこれらに比べると病原性あるいは感染力が低いウイルスですが、体内に潜伏する性質を持つため、現時点では撲滅することはほぼ不可能と考えられています。この対策としてはストレスを与えない管理やワクチン接種、また普段のこまめな消毒などが大切です。伝染病の予防は自分の牧場のためだけでなく、周辺の牧場を含めた生産地全体の問題と捉え、牧場、獣医師が一致団結して予防するという防疫意識を持っていただけたらと思います。

(日高育成牧場 生産育成研究室  村瀬 晴崇)