2019年2月18日 (月)

サラブレッドのストレスを考える

No.44 (2011年11月15日号)

 レースで走る事を宿命として生まれるサラブレッド。今、牧場でのんびり暮らしている子馬にも、やがてレースで走る日がやってきます(図1)。その前には、馴致や調教、環境の変化などの慣れない生活なども待っており、そのようなイベントは一部の馬には大きなストレスになると考えられます。今回は、彼らが感じているストレスと、それをコントロールしていくための方法を探ってみたいと思います。

1_4 図1 離乳を終えた当歳馬たち
草を食べたり寝転がったり、群れで過ごすのは本来の馬の姿です。

「ストレス」の概念
 「ストレス」と言う言葉は、色々な人が色々な意味で使っていて、分かっているようで分からない言葉です。もとは物理学で使われていたことば専門用語ですが、カナダの生理学者であるセリエ博士が1936年に「ストレス学説」なるものを発表したことからこの言葉が一般的に使われ始めました。人間や動物は外部からの様々な刺激から身を守るために自律神経系、内分泌系、免疫系の働きによって体を調節し適応しようとしています。この様に体が刺激に対して適用しようと反応している状態が「ストレス」と呼ばれる状態なのです。生体をボールに例えると、「ストレス」状態とはボールに圧力がかかっている状態のことを指します。このとき「ストレス」状態を引き起こす要因は「ストレッサー」と呼ばれています(図2)。このストレッサーには、①物理的刺激(運動、痛み、暑熱や寒冷など)、②心理的刺激(新規環境、不安や情動など)、③生物学的刺激(細菌やウィルスなど)、④化学的刺激(薬物や紫外線など)などが挙げられます。ストレッサーは身の回りにたくさん存在します。生きている限りストレスは続きます。まったくストレスが無い状態は死を意味することになるのです。

2_4 図2 ストレスの概念
ストレスとは外部からの刺激(ストレッサー)による歪み(ストレス)から抵抗しようとしている状態に例えられる。

サラブレッドにとって「ストレッサー」とは何か?
 元来、馬は群れで暮らし、草地を自由に移動しながら、1日の大半は草を食べて生きている動物です。放牧地でのびのびと草を食んでいる姿は、馬の本来の姿に近いものです(図1)。しかし、この様な状態でも優劣関係や熱暑寒冷などのストレスは存在します。また、競走馬としていずれは競馬場のような特殊な環境下で生活しなければならない時がやってきます。1日の大半を馬房で過ごす厩舎での生活は仲間と隔離された状態にあり、飼葉の時間も規則正しく決められています(図3)。運動自体もストレッサーの一つに挙げられます。レースでは激しい運動により激しい生体反応が引き起こされることになります。

3_2 図3 トレセンでの競走馬の様子
新たな環境での生活にはストレスが付きもの。

過度なストレスが引き起こすもの
 適度なストレスは身体能力を向上させる一方で、ストレスが高じると馬体にどのような影響が現れるのでしょうか?
 過度なストレスは食欲不振や消化率の低下、免疫機能の低下を引き起す原因になると考えられています。特殊な飼養環境にいるサラブレッドは、胃が空になっている時間が長いため胃壁が胃酸にさらされている時間も長いことが知られています。そこに運動や環境からのストレッサーが複合的に作用することにより多くの競走馬に胃潰瘍の発症が認められています。また、長時間輸送の影響として「輸送熱」という病気があります。これは、長時間輸送のストレッサーで免疫力が低下したところに、車内に浮遊する細菌などにより感染が成立し発熱するものです。その他に「常同的異常行動」いわゆる「サク癖」や「ユウ癖」などのいわゆる悪癖もストレス反応であると考えられています。

ストレスの緩和方法
 疾病に陥る前にストレスを和らげるには、どのような方法や環境が求められるのでしょうか?
ストレス対策の一つは、ストレスに対する耐性を高めることです。それに関連して我々は次の様な実験を行ったことがあります。サラブレッドを通常の調教後、刺激群には「未知の場所につれて行き、未知の体験をさせる」という刺激を3ヶ月間繰り返しました。「未知の刺激」というのは、トレセン内にある発馬機や地下道などです。この間、刺激群の馬は、最初のうち、未知の刺激に遭遇すると心拍数が上がるなど、落ち着かない態度が観察されましたが、日を追うごとに、新しい刺激を与えても平常に近い心拍数へ落ち着いていく様子が確かめられました。既存の施設でも活用次第で十分メンタルトレーニングの場になります。常に適度な緊張を与え、刺激に対して耐性を作ることがストレスの緩和法になるのです。

ストレスをコントロールする
 自然界において馬が“走る”ということは、危険から逃げる事を意味します。馬は非常に感受性が強く臆病な動物です。この臆病な性質を利用して調教やレースを行うわけですから、サラブレッドは常にストレスに曝され、適応を求められていることになります。それゆえにサラブレッドを扱う人間は、馬の受けているストレスを理解し、それを上手にコントロールすることが重要です。馬は本来、仲間とともに生活し、仲間とふれあいを持ちたいという欲求を持っています。しかし、それが制限される環境下で飼育されているサラブレッドにとっては、人間が仲間になりリーダーになる必要があるのです。退屈させないよう、厩舎から出して運動をさせたり、世話をする際にも、話し掛けたり愛撫したりしながら愛情をもって世話をしてあげる事も大切です。
 競走馬を育てていく上で、肉体的に鍛えると同時に、精神的な面からも馬について考え、「心身ともに強い馬づくり」が求められているのです。

4_2 図4 グラスピッキング中の育成馬
様々な環境に連れて行くことでストレスへの耐性を獲得することができる。

(日高育成牧場 生産育成研究室 研究役 佐藤文夫)

2019年2月15日 (金)

子馬の発育と屈腱および繋靭帯の成長について

No.43 (2011年11月1日号)

 日高地方では晩夏から早秋の風物詩ともなっている「離乳」の時期も終わりを迎えています。離乳直後の子馬が母馬を呼ぶ「いななき」を耳にすると、胸を締め付けられる思いになりますが、数日後には子馬同士が楽しくじゃれあう姿を見ることができます。その一人前になった姿を見ていると、出生直後には弱々しく映った子馬の成長を実感することができるのではないでしょうか?それもそのはずで、健康な子馬の出生時の体重は50~60kgですが、6ヶ月齢頃には約250kgにまで増加します。このように、生まれてから一般的に離乳が行われる6ヶ月齢までの子馬の成長速度は、それ以降と比較すると著しく速いために、骨、腱、靭帯および筋肉の成長のバランスが崩れることによって、発育期整形外科的疾患(DOD:Developmental Orthopaedic Disease)に代表される疾患が誘発されることも珍しくありません。特に3ヶ月齢頃までの肢勢の変化は著しく、この時期にはクラブフットや球節部骨端炎など下肢部の疾患の発症が多く認められます。さらに、この時期には繋が起ちやすく、この「繋の起ち」が経験的にクラブフットをはじめとする下肢部疾患に先立つ症状とも考えられています。
 今回は、当歳馬に認められる「繋の起ち」に着目し、日高育成牧場で実施している調査データを基に屈腱および繋靭帯の成長について触れてみたいと思います。


子馬の体重と体高の成長
 本題に入る前に、子馬の成長について少し触れてみたいと思います。前述のように子馬の成長速度は速く、成馬の体重を500kgと仮定すると、出生時には成馬の体重の約10%でしかないのに、わずか半年間で成馬の体重の約50%にまで急成長します。一方、子馬の出生時の体高は約100cmで、6ヶ月齢頃には約135cmに達します。成馬の体高を160cmと仮定すると、出生時に既に63%に達しており、6ヶ月齢時には84%にまで達します。この体重と体高の成長速度の相違(図1)は、骨の発達は胎子期にあたる出生3ヶ月前から盛んであるのに対して、筋肉の発達は生後2ヶ月齢以降から盛んになるという報告(図2)に一致しているように思われます。この各組織における発達時期の相違が様々な運動器疾患を誘発する原因である可能性も否定できません。

1_3図1.当歳馬の体高と体重の推移

2_3 図2.骨と筋肉の発達の盛んな時期の相違に関するグラフ

当歳馬の屈腱および繋靭帯の成長
 日高育成牧場ではJRAホームブレッド(生産馬)を用いて、生後翌日から屈腱部エコー検査を定期的に実施し、屈腱および繋靭帯の成長に関する調査を行っています。成馬では浅屈腱と繋靭帯の横断面積はほぼ同程度なのですが、当場での調査の結果、5ヶ月齢までは繋靭帯の方が浅屈腱より横断面積が大きく、特に2ヶ月齢までは1.3倍程度も大きいこと、一方、7ヶ月以降は浅屈腱の方が繋靭帯より横断面積が大きくなることが明らかとなりました(図3)。このように腱や靭帯の成長速度は異なっており、子馬と成馬の腱および靭帯の横断面積の比率は同じではないことが分かりました(図4)。

3 図3.当歳馬の屈腱および繋靭帯横断面積の変化

4図4.生後1日齢(左)と成馬(右)の屈腱部エコー検査画像の比較。生後1日齢では成馬と比較して繋靭帯(赤の破線)が浅屈腱(黒の破線)より大きいのが特徴です。

球節の機能
 「繋の起ち」に関係する球節の機能について触れてみます。「形態は機能に従う」という言葉があります。つまり形をよく観察すれば、その働きが解るという意味ですが、馬の体にもその言葉が当てはまる構造が少なくありません。馬の肢を横から見ると球節から蹄までが地面に対して45°程度の角度がついていること、また球節の後ろにある種子骨が2個存在していることは、まさに「形態は機能に従う」という言葉が当てはまります。馬は肉食動物から逃げることで生き残ってきた進化の歴史が示すとおり、ストライドを伸ばすために中指だけを長くし、一本指で走るという特異な骨格を獲得してきました。そのなかで、全力疾走した際に1本の肢にかかる1トンともいわれている衝撃を吸収するクッションの役割を担うために球節には角度がついていると考えられています。また、球節の後方にある種子骨は、球節の過度な沈下を防ぐ役割を果たしている腱や靭帯が球節後方を通過する際に生じる摩擦を緩和する働き、および種子骨が圧力の低い方向に僅かに移動することによって、球節の沈下時に生じる衝撃を直接腱や靭帯に伝えることなく、その衝撃を軽減する働きがあります。また、球節の形状が示すように、馬は速く走るために関節の内外への自由度を犠牲にして、前後方向の屈伸動作による衝撃を吸収させるように進化してきました。しかし、予期せぬ左右方向の衝撃を少しでも緩和するために種子骨は内外に2個並んで存在しています。このように球節の形状および種子骨の数には進化のための理由が存在しています。
 球節の角度を保ち、さらに過伸展を防ぐ構造は「懸垂器官(Suspensory Apparatus)」と呼ばれており、主に繋靭帯、近位種子骨(球節の後方にある種子骨)および種子骨靭帯により構成され、浅屈腱と深屈腱もその働きの一端を担っています。これらの腱や靭帯が「ハンモック」のように球節の角度を維持しています。

当歳馬の「繋の起ち」
 前述の調査において、特に2ヶ月齢までは成馬と異なり、繋靭帯の方が浅屈腱より横断面積が1.3倍程度も大きいという結果は、成馬と異なり球節後面をサポートする懸垂器官としての繋靭帯の役割が成馬のそれよりも大きいことを意味しているように推測されます。また、出生時には成馬の体重の約10%であること、および筋肉の発達は生後2ヶ月齢以降から盛んになるという報告(図2)からも、新生子は体重を軽量化するために筋肉を発達させず、さらに未発達な筋肉を補うために、強靭な結合組織で構成され、体重負荷という張力によって伸展および収縮するエネルギー効率の良い靭帯が担う役割を成馬よりも高めていることが推察されます。これらのことから、新生子は球節の動きを機能させるために、エネルギー効率に優れている繋靭帯が担う役割を成馬よりも高めているように思われます。3ヶ月齢までの子馬に種子骨々折が多く認められるという報告があるのも、繋靭帯と結合している種子骨にもストレスがかかりやすいためであると考えられます。
 それではなぜ「繋の起ち」が起こるのでしょうか?新生子が初めて起立した時には、初めて重力という負荷を支えるために、ほとんどが球節の過伸展した「繋がゆるい(ねている)」状態ですが、体重の負荷が繋靭帯にかかることによって、球節を牽引するように機能し始め、球節の過伸展を防ぎます。その後、繋靭帯は子馬の体重を支えるには十分すぎるほどの牽引力を獲得するために、「繋が起つ」状態へとなっていくのでしょう。「繋が起つ」状態に先立って、軽度の腕膝(腕節がカブッた状態)が認められることも少なくありませんが、おそらくこの状態は体重を支える負荷によって腱や靭帯の緊張が増加している状態であり、その後に「繋が起つ」状態へと向かっていくことが多いように思われます。自然界では「繋が臥している」状態では疾走することはできないので、球節を機能させるために繋靭帯が担う役割を高め、効率的に体重を支え、外敵から身を守るために疾走できるように進化してきた結果、4ヶ月齢頃までは「繋が起つ」状態になりやすいのではないかと推察されます。一方、体重が200kgを超える頃から「繋の起ち」が徐々に治まるようにも見受けられますが、これは体重の増加によって、重力と繋靭帯の強度とのバランスが適切な状態に近づいているためだと考えられます。また、「繋が起ち」やすい4ヶ月齢頃までは、ちょうど管骨遠位(球節部)の骨端板が成長する時期、すなわち球節部の骨端炎が起こりやすい時期と一致しているという点に着目し、「形態は機能に従う」という言葉を当てはめてみると、子馬は自ら成長するために、生理的に「繋を起てて」、骨端板にストレスがかからないようにしているのではないかとさえ考えられます(図5)。一方、「繋を起てる」ことによって蹄尖への体重を支える負荷が高まってしまい、蹄尖部が虚血状態に陥りやすくなる結果、この時期にはクラブフットも発症しやすいのではないかとも考えられます。これらの推測は、「自然現象には必ず理由が存在する」という前提にたったものです。筋肉の発達が盛んになる前の2~3ヶ月齢までの子馬は、体重こそ軽いものの骨や靭帯にかかる負担は成馬以上であると考えられるので、この時期の子馬の肢勢の変化や歩様の違和には注意を払わなければなりません。

5 図5.1ヶ月齢と6ヶ月齢時のX線画像による繋ぎの角度の比較。骨端板が成長している1ヶ月齢では「繋ぎが起ち」、骨端板が閉鎖した6ヶ月齢では「繋の起ち」が治まっています。

(日高育成牧場 専門役  頃末 憲治)








2019年2月13日 (水)

運動機能の発達様式(2):呼吸循環機能と有酸素運動能力の発達

No.42 (2011年10月15日号)

 前回の記事で、育成期のサラブレッドの持久力の変化について、最大酸素摂取量(VO2max)を物差しにして紹介しました。トレーニングすることで持久力がつくのは当然ですが、この時期はサラブレッドの成長期にもあたるため、成長それ自体の影響も無視できません。JRA日高育成牧場では、この時期の成長の影響を調べる実験をしてみました。

成長による酸素運搬系機能の変化
 1歳秋のブレーキングの後、普通のトレーニングを翌年の2歳4月まで行なった馬たち(トレーニング群)と、同期間を放牧のみで過ごしたトレーニングなしの馬たち(非トレーニング群)を比較してみました。すると、トレーニングを続けた馬たちの体重は、ブレーキング前の平均441kgから446kgにわずかに増加したのみでしたが、非トレーニング群の馬では同期間で454kgから491kgまで大きく増加しました。同期間のVO2maxの変化をみてみると、当然のことながら、トレーニングの状況を反映したものとなっています。ブレーキング前のVO2maxはおよそ130ミリリットル(ml/kg/min)でした。そして、その後2歳の春頃までトレーニングすると、VO2maxは160ミリリットル以上にまで増加していました。また、この期間を放牧のみで過ごした馬達でも、VO2maxの値はトレーニング群にはおよばないまでも140~150ミリリットルにまで増加していました。詳しいメカニズムはわかっていませんが、冬季間の放牧は(図1)、VO2max に何らかの影響をおよぼすものと考えられています。
 VO2maxは酸素運搬系機能の総合的な能力を示すものなので、VO2maxが増加するということは、酸素運搬系を構成する肺・心臓・骨格筋それぞれの段階でなんらかの変化がおこっていることを示しています。なかでも、実際に推進力の源となっている骨格筋におこる変化は重要と考えられています。

1_2 図1:1歳から2歳にかけての冬季間の放牧は、呼吸循環機能に対して何らかの影響を及ぼすようである。

北海道における育成期トレーニングの変化
 北海道においては、育成期に当たる冬季間は馬場の凍結により強度の高いトレーニングを負荷することは困難でした。しかし、近年では民間のトレーニング施設にも多くの屋内コースが整備されたため、以前に比べるとトレーニングの質・量ともに充実したものとなっています。さらに、2歳春のトレーニングセールの普及に伴い、2歳の早い時期からハロン13秒程度で2ハロンほど走ることが求められるようになったため、トレーニングの進展度合いは以前と比較すると格段に進んでいるのが現状です。北海道の冬季期間における育成期のトレーニングは、前回紹介したエバンスの期分けでいうと既に第2段階(有酸素的なエネルギー供給能力と無酸素的なエネルギー供給能力の調和した向上を図ることを目的とした段階)に達しているといってよいでしょう。特に屋内坂路コースが導入されてからは、無酸素性のエネルギー供給を刺激できる強度の強いトレーニングも比較的容易にできるようになりました。

坂路の利用と反復トレーニング
 JRA育成馬が調教するBTC(軽種馬育成調教センター)の施設には、さまざまなコースがあり、屋内坂路コースもそのひとつです。コースの全長は1000mで主要な走路部分の傾斜は2~4%、途中3ハロンのタイムを自動計測できるようになっています。おおまかにいって、傾斜が1%増えると、同じスピードで走っているときの心拍数は4~5拍程度増えます。傾斜2~4%の坂路コースであれば、平地よりもハロンタイムで2~4秒ほど遅いスピードで同じ負荷をかけることができます。
 図2のグラフは、屋内坂路コースを反復間隔約10分で2本反復したときの心拍数変化を示します。1本目の3ハロンの平均タイムはハロン19秒で、そのときの心拍数は約200拍/分です。約10分の間隔をおいて同じように2本目もハロン19秒で走っています。心拍数は1本目とほぼ同じです。運動直後の血中乳酸濃度は約6ミリモルでした。この調教は、速いスピードを負荷することなく、十分な強度のトレーニングとなっています。

2_2図2:屋内坂路コースにおける反復トレーニング時の心拍数変化。反復の間隔は約10分で、心拍数はいずれも200拍/分程度。血中乳酸濃度は6ミリモルで、無酸素性のエネルギー供給を刺激する内容となっている。


 坂路コースを使った運動は1本の走行距離が決まっているため、過剰な負荷を避けることができるという利点があります。反復運動では、それぞれの走行の強度を変えたり、反復間隔を変えたりすることで、トレーニングに多様性を与えることができます。先の例で言えば、2本目を16秒くらいにすると、血中乳酸濃度は10ミリモルを超え、無酸素性のエネルギー供給を効率よく刺激することができます。現在のようなトレーニングメニューでトレーニングされた馬では、VO2maxは楽に160ミリリットルを越えるようになっています。 

(日高育成牧場 副場長  平賀 敦)

2019年2月11日 (月)

運動機能の発達様式(1):呼吸循環機能と有酸素運動能力の発達

No.41 (2011年10月1日号)

 サラブレッドは有酸素運動能力すなわち持久力が高い動物と考えられています。この有酸素運動能力のもっとも良い指標は最大酸素摂取量(VO2max)です。文字どおり、体内に摂取できる酸素(O2)の量つまり体内で消費できる酸素の量の最大値を示しています。通常は1分間あたり・体重1kgあたりに体内に酸素をどれだけ 取り入れることができるかで表され、数値が高いほど持久力が高いとみなされます。一般人は1分間あたり・体重1kgあたりでおよそ30ミリリットル(30ml/kg/min)であり、スタミナがあると考えられるマラソン選手は80ミリリットルくらいになります。これに対し、サラブレッドでは未調教の2歳馬でも130~140ミリリットル、よくトレーニングされた成馬では180ミリリットルを超えます。おそらく、現役の一流競走馬では200ミリリットルを超えるのではないかと考えられています。今回はサラブレッドの有酸素運動能力が育成期を通してどのように発達していくのか簡単にご紹介したいと思います。

放牧の影響
 1歳馬の放牧中の移動距離について調べた成績によると、7時間程度の昼間放牧では、移動距離は約5~7km、その内訳は常歩4~5km、速歩0.4~1km、駈歩1~2km程度でした。常歩で移動中(採食中)の心拍数は50~60 拍/分で、駈歩中には瞬間的に170~200 拍/分まで上昇します。また、17時間程度の昼夜放牧での移動距離は13~15kmで、そのうち約80%は採食しながらの移動であったことがわかっています。放牧中の移動の平均スピードは時速1km弱です。
 1歳馬の6月から9月にかけての放牧の前後で、VO2maxをトレッドミル運動負荷試験によって評価した成績によると、この時期には体重の増加、つまり成長に見合ったVO2maxの増加がおこることがわかっています。VO2maxは120~140ミリリットルであり、成長により急激に体重が増えると、見かけ上体重あたりのVO2maxが減少することもあるようです。

ブレーキングの影響
 ブレーキング期間中に行なわれる調馬索運動は速歩やスピードの遅い駈歩なので(図1)、心拍数は100拍/分~170拍/分程度で、運動強度は高いものではありません。また人が騎乗するようになっても運動自体は弱い運動といえます。ブレーキングの主目的は、あくまでも人が騎乗して運動できるようにすることですが、馬にとっては初めての強制運動、つまりトレーニングになっているのも事実です。持久力の指標であるVO2maxをブレーキングの前後で比較すると、ブレーキングによりVO2maxはブレーキング前の135から150ミリリットルにまで増加していました。VO2maxは、成馬においてもトレーニングの初期には強度の低い運動によっても増加するので、若馬の場合も最初のトレーニングとなるブレーキングは、強度は低くてもある程度のトレーニング効果を持つものと考えられます。

1 図1:円形の小馬場の中で、常歩・速歩・駈歩運動を行なう。左回り・右回りと入念に運動させる(調馬索運動)。

トレーニングの期分け
 シドニー大学のエバンスは競走馬のトレーニングを3段階に分けた考え方を提唱しました。彼は第1段階のトレーニングを耐久トレーニングと呼び、主目的を持久力の向上におきました。スピードは分速600m(ハロン20秒)以下とし、走行距離はできるだけ長距離としました。第2段階では、無酸素的なエネルギー供給を刺激するのを主目的に、有酸素的なエネルギー供給能力と無酸素的なエネルギー供給能力の調和した向上を図ることを目的においています。第3段階では、さらにトレーニングのスピードを上げ、加速も強化します。この段階は、いわば仕上げ期から競走期にあたります。育成期のトレーニングは、エバンスの期分けによると、概ね第1段階から第2段階の初期から中期にあたると考えられます。エバンスの考え方は基本的には正しいといえますが、耐久トレーニングを行なう際の走行距離や持続時間あるいはその期間については、トレーナーによっても相違があり、国や地域によっても異なっているようです。

耐久トレーニング
 育成期の初期に行なわれるトレーニングは必然的にスピードの遅い耐久トレーニングになっているのが普通です(図2)。運動強度としては、運動中の心拍数は170~180 拍/分程度で、高くても200 拍/分前後です。この程度の運動であれば、血中乳酸濃度は高くても2~3ミリモルで、少なくとも有酸素性のエネルギー供給主体のトレーニングになっています。

2 図2:JRA日高育成牧場の屋内坂路コース。以前は、屋内コースはなかったので、冬季間に強度の高いトレーニングを行なうことは難しかったが、最近では北海道には多くの屋内コースがある。

 2歳の1月下旬から4月にかけて、駈歩を含む一般的なトレーニングを行なった馬のVO2maxは150から165ミリリットルにまで増加しました。一方、同期間を速歩のみでトレーニングした馬ではVO2maxの増加は見られなかったものの、少なくとも減少することはありませんでした。また、同時期にスピードの遅い駈歩を長距離行なったグループと短距離行なったグループで比較すると、VO2maxには大きな差は認められませんでした。これらの結果から考えると、騎乗馴致中に行なわれる運動でいったん増加したVO2maxは、その後は弱い運動によっても維持されるようです。

次回続編をご紹介します。

(日高育成牧場 副場長  平賀 敦)

2019年2月 8日 (金)

OCDって何?

No.40 (2011年9月15日号)

 OCD(※1)とは、発育の過程で関節軟骨に壊死が起こり、骨軟骨片が剥離した状態です。クラブフットやボーンシストなどと同じくDOD(Developmental Orthopedic Disease:発育期整形外科的疾患)の一種です。若馬でしばしば跛行の原因となり、関節鏡を用いた骨軟骨片の摘出手術が必要となることがあります。


OCDの病態は下記の3つの段階に分類できます。
1)レントゲンで所見があるが、臨床症状はない
2)腫脹や跛行など臨床症状があるが、レントゲンでそれに見合う所見がない(関節鏡を入れれば所見がある)
3)腫脹や跛行など臨床症状があり、かつレントゲンでそれに見合う所見がある
 

 JRA育成馬を用いた調査成績から、「上記1に該当する場合は手術の必要はない、3に該当する場合は関節鏡を用いた摘出手術を実施する必要がある」と考えています。2に該当する場合が最も判断が難しい状態で、診断麻酔といって局所麻酔薬を跛行の原因と考えられる関節に注射し跛行が消失したら関節鏡を入れてみて、病変が確認されればその場で手術に移行するという方法もあるようです。ヒアルロン酸ナトリウム(商品名ハイオネート)や多硫酸グリコサミノグリカン(商品名アデクァン)の関節内あるいは全身投与など内科的治療で改善する場合もあります。

飛節に多く認められる
 OCDは飛節、球節、膝関節(いわゆる後膝)、肩関節などに発生しますが、最も一般的に見られるのは飛節のOCDです。飛節の中でも脛骨中間稜(写真1)が最も多く77%(244/318)、続いて距骨外側滑車(写真2)が12%(37/318)、脛骨の内側顆が4%(12/318)、距骨内側滑車が1%(3/318)、他の複数の組み合わせが6%(22/318)であったとの報告もあります。最も良く認められる症状は関節液の増量(いわゆる飛節軟腫)ですが、跛行を呈することはまれです。また、近年ではせり前のレポジトリーのレントゲン検査で偶然見つかることが多いようです。また、関節鏡手術後の予後が非常に良いため、跛行せず関節液の増量が認められるのみの症例でも関節鏡手術が実施されることが多いようです。JRAでは現在、飛節OCDが認められた育成馬について、手術適用を含めて追跡調査を行っています。結果がわかり次第報告させていただきます。

1_2 写真1.脛骨中間稜のOCD(○印)

2_2 写真2.距骨外側滑車のOCD(○印)

球節にも発症する
 球節のOCDは、第3中手骨(後肢であれば中足骨)遠位背側、第1指骨の近位掌側(後肢であれば蹠側)辺縁および第1指骨近位背側に発生します。臨床症状は、球節の腫脹(関節液の増量)で跛行が認められない場合もあります。第3中手骨(後肢であれば中足骨)遠位背側のOCDは病変により下記の3つに分類されており、Ⅱ型およびⅢ型は関節鏡手術の適応とされています(写真3・4・5)。


 Ⅰ型:欠損や扁平化がレントゲンのみで認められる
 Ⅱ型:欠損に骨片を伴う
 Ⅲ型:骨片や遊離物(ないこともある)を伴う1つあるいはそれ以上の欠損や扁平化がある

 JRA育成馬を用いた調査成績から、後肢の場合は腫脹や跛行などの臨床症状がなければ、多くが手術の必要なく競走馬として能力を発揮することが可能と考えています。

3_2 写真3.第3中手骨遠位背側のOCD(Ⅰ型)

4 写真4.第3中手骨遠位背側のOCD(Ⅱ型)

5 写真5.第3中手骨遠位背側のOCD(Ⅲ型)

その他の部位のOCD
 膝関節(いわゆる後膝)のOCDは、大腿骨外側滑車稜(写真6)に最も多く発生し64%(161/252)、他に大腿骨内側滑車稜7%(17/252)、膝蓋骨1%(3/252)、他の複数の組み合わせが28%(71/252)であったという報告があります。臨床症状は、他の関節のOCDと同様跛行あるいは関節液の増量で、ほとんどの症例では保存的療法(60日間の馬房内またはパドック休養)で治癒するとされますが、レントゲン上で欠損の長さが2cm以上または深さが5mm以上の病変が確認される場合は関節鏡手術が推奨されています。

6 写真6.大腿骨外側滑車稜のOCD

 肩関節のOCDは、上腕骨や肩甲骨関節窩に発生します。周囲の筋肉が厚く、レントゲン検査には多くの線量が必要で2歳以上の馬ではポータブル撮影装置では撮影できない場合もあります。一般的にレポジトリーで撮影される関節ではないため、跛行している馬を検査した場合に発見されます。保存的療法では予後が良くないとされていますが、関節鏡手術は手技が難しいので、部位によっては手術が困難です。

 以上、OCDについて説明してきましたが、生産牧場のみなさんにとっては、「レポジトリー検査を受けた際に偶然見つかる」というのが最も多いパターンではないでしょうか。前述したように、「レントゲンで所見があるが、臨床症状はない」というものであれば手術する必要はないと考えるのが一般的な見方ですので、必要以上に心配することはありません。ただし、市場で高く売却するためには、臨床症状がない場合でもOCDの除去を実施した方が良い場合もありますので、馬の価値と手術経費等をオーナーや獣医師と良く相談することが大切です。現在、セリにおけるレポジトリーが普及し、レントゲンでOCDなどの所見を目にする機会が増えましたが、重要なことは、購買者側と上場者側の両方が納得して売買契約に至るということではないでしょうか。そのためには、両者がレポジトリーの活用方法について正しい知識を持つことが大切です。

※ 1 Osteochondritis Dissecans:離断性骨軟骨炎もしくはOsteochondrosis Dissecans:離断性骨軟骨症

(日高育成牧場 業務課 診療防疫係長 遠藤 祥郎)

2019年2月 5日 (火)

馬の感染症と消毒について

No.39 (2011年9月1日号)

 感染症の原因である「ばい菌」は大きく細菌、真菌、ウイルスに分けられます。それぞれ抗生物質、抗真菌薬、対症療法と治療法はそれぞれ異なりますが、予防対策としての消毒薬は、これら微生物に対してどのように使い分ければよいのでしょうか?

 消毒薬には様々な種類があり、それぞれ一長一短特長があります。つまり、これさえ使っていれば大丈夫という消毒薬はなく、状況に応じて使い分ける必要があります。牛や豚、鶏などの家畜は飼養頭数が多いことに加え、近年消毒の重要性が広く認識されるようになり、動物種や状況に応じた消毒方法が普及しつつあります。しかし、残念ながら馬に的を絞って消毒薬を説明した資料は多くありません。そこで、今回は一般的な消毒薬(図1)の説明に馬感染症についてのコメントを添えて紹介したいと思います。

1

図1

逆性石鹸:陽性石鹸、陽イオン性界面活性剤とも呼ばれています。一般の石鹸が水に溶けると陰イオンになるのに対して、陽イオンになるためこう呼ばれています。パコマ、アストップ、クリアキルなどが市販されています。生産地で消毒薬と言うとパコマが主流ですが、トレセンや競馬場の消毒でも同じくパコマが使われています。多くの細菌やウイルスに効果があり、安全性が高く、金属腐食性も少ないなど使い勝手が良いことからも畜産業界では広く使われています。生産地で特に問題となる馬鼻肺炎ウイルスによる流産予防にも有効です。ただ、芽胞菌(悪条件下でも芽胞という殻を形成し、生存しうる細菌。例:破傷風、ボツリヌスなどのクロストリジウム属)、抗酸菌(細胞壁に多量の脂質を有するため消毒薬に耐性を示す細菌。例:結核菌。仲間にロドコッカス・エクイ)などには効果がないと言われており、子馬に下痢を起こすロタウイルス、肺炎を起こすロドコッカスには効きません。

塩素系:逆性石鹸が効かない芽胞菌や抗酸菌にも効果があり、真菌にも効果的です。欠点としては有機物に弱く、土や馬糞で消毒槽が汚れてしまうと消毒効果がなくなる点です。ロタウイルスやロドコッカスが発症した場合には、パコマではなく、塩素系消毒薬であるクレンテやアンテックビルコンSが推奨されます。欠点は腐食性、刺激性が強いため、用途が限られることです。

オルソ系:白く、独特のクレゾール臭がするのが特徴です。芽胞菌、抗酸菌には無効です。養豚関係では古くから踏込み消毒槽に使われてきましたが、馬では一般的ではありません。

 その他にヨード系(バイオシッド、クリナップなど)、アルデヒド系(グルタクリーン、グルターZ)などがあり、これらは芽胞菌、抗酸菌、真菌にも効果がありますが、馬では一般的ではありません。

 

踏込み消毒のポイント

 消毒薬は、土や有機物が混入して汚れると消毒効果が落ちてしまいます。そこで、有機物に強く、広範囲な病原体に効果的な消毒薬が推奨されます。馬ではパコマに代表される逆性石鹸で大きな問題はないと思われますが、先に述べたようにパコマが効かない病原体もありますので、その際には別の消毒薬を用いるべきです。踏込み槽は1日に1回以上の交換が必要です。見た目に汚れていたら効果がないと考えましょう。予め履物の汚れを落とす目的で、消毒槽の前にもう1つの消毒槽(もしくは水槽)を置くことも有効です(図2)。塩素系は特に有機物に弱いため、より頻繁な交換が必要です。

3 図2

馬房消毒のポイント

 馬の入替え時や流産発生時など水平感染を遮断するためには重要なポイントです。単に消毒薬を噴霧するのではなく、「除糞→水洗→乾燥→消毒→乾燥」という流れを守ることが重要です。ポイントは、①除糞をしっかりする、②小さな凹面にも消毒薬を浸透させる、③十分乾燥させる、ことです。土や馬糞が残っていると、消毒薬が床面に浸透しません。また、微生物は非常に小さいため、小さな窪みにも大量の微生物が残っていると考えられます(図3)。また、細菌は水分がないと生存できないため、しっかり乾燥させることも重要です。馬の世界では一般に逆性石鹸が用いられていますが、塩素系やアルデヒド系の方がより適していると言えます。

2 図3

 また、消毒効果を減じる要因として、衛生害虫の存在が挙げられます。ネズミやゴキブリ、蚊、ハエなどは多くの病原体を保持しています。トレセンではネズミ捕りに加え、レナトップ、ザーテル、ビルコンといった薬剤を用いて、定期的に厩舎周辺の害虫駆除作業を行っています。

ローソニア感染症

 最後に、最近話題の感染症として、ローソニア感染症をご紹介いたします。これはLawsonia intracellularisと呼ばれる細菌による感染症で、今年7月に静内で行われた「生産地における軽種馬の疾病に関するシンポジウム」でも大きく取り扱われました。

 豚増殖性腸炎の原因細菌として古くから知られており、致死率は低いものの、吸収不全による発育不良を起こすことで肥育上大きな問題となっています。近年、世界的に馬でも報告され始めており、北海道内でも感染が報告されるようになりました。豚と同様に小腸の粘膜が肥厚することで吸収能が低下し、慢性体重減少や間欠的な疝痛、下痢、腹部浮腫を呈します。当歳の離乳期に好発し、外見上はおなかがぽっこりし、成長が停滞します。中には発熱、元気消失、食欲不振を呈するものもいます。血液検査で低蛋白、白血球数の増加、またエコー検査で肥厚した小腸をみることで診断できます。死に至る危険性は少ないものの、アスリートである競走馬の成長期に好発するため、非常に重要な疾患であると考えられます。まだ病態の詳細が明らかではないため、生産牧場の方々においては、馬獣医学の発展のためにも、積極的な検査、治療に対するご理解、ご協力をお願いいたします。

(日高育成牧場 生産育成研究室 村瀬 晴崇)

2019年2月 1日 (金)

草地土壌と牧草分析のすすめ

No.38 (2011年8月15日号)

 1番牧草の収穫も終わり、2番牧草や草地更新の準備、暑さや放牧圧により疲弊した放牧地の維持管理などが気になる季節になりました。前回の記事では、アメリカの草地コンサルタントであるロジャー・アルマン先生の講演内容を紹介しましたが、今回はBTCで行なっている牧草と草地土壌の分析事業における成績をもとに、適切な草地管理を施すために必要な土と草の成分に関する話題を紹介いたします。

土壌の性質を知る
 日高山脈の西側に位置する日高地区には、海洋下で堆積した土壌が隆起した洪積土、河川により浸食・堆積した沖積土、過去に堆積した火山灰に由来する火山性土、湿地帯由来の泥炭土など多種多様な土壌が分布しています。なかでも、火山性土は日高管内草地面積の70%、黒ボク土は同じく58%を占めています。しかし、同じ火山性土に属する土壌であっても、日高中~東部地区に多く分布する黒ボク土と日高西部~胆振地区に多く分布する粗粒火山性土ではその性質も異なります(表1)。馬に適した牧草を生産するための施肥管理を行う前に、まず草地の土台となっている土壌の性質を知る必要があります。

1_3

優先すべき土壌改良のポイント
 前回の記事でも紹介したとおり、馬に適した草地は「バランスのとれた栄養の供給地」であって、単に「効率的な体重増加を可能にする」ところであってはなりません。このことを突きつめると、ミネラルバランスがとれた嗜好性の良い牧草を供給する草地こそ馬に適した草地といえます。こうした牧草生産を目的とした草地土壌の改良において、根による土壌中ミネラルの活発な吸収を実現するために、土壌酸度(pH)を6.5前後(先週紹介したアルマン先生は6.2~6.8を奨めている)とすることがまず重要です。酸性土壌を適正なpHに矯正するためには石灰資材を施用しますが、土壌の種類や成分によって施用量が異なることがあるので、定期的な土壌成分検査とそれに基づいた施肥診断が奨められます。これによって、土壌改良の効果も確認することができます。
 日高の草地土壌pHは、図1に示すとおり、5未満から7程度まで広く分布しています。ミネラルバランスが良好な牧草生産のために、まずは土壌pHを適正に維持することが重要です。

2_3 図1 放牧地土壌pHの度数分布(1996年~2010年に分析された4318点の土壌サンプル分析成績より:縦軸はサンプル度数)

放牧草のミネラルバランス
 運動量とともに、放牧草採食量が増加する昼夜放牧の実施率が近年増加しているようです。放牧草のミネラルバランスがアンバランスなものであればあるほど、昼夜放牧によって摂取するミネラルが不適切なものとなってしまいます。ミネラルバランスの重要な指標のひとつに、カルシウム・リン比(牧草中にカルシウムがリンの何倍含まれているかを示す値:イネ科牧草の目標値は1.3程度だが、馬の飼料全体ではカルシウムはリンの1.5~2倍程度必要)があります。この値は、草種や草地管理方法にも影響を受けますが、季節によっても大きく変動することが示されています。1998年から2009年に分析された1200点以上の放牧草のカルシウム・リン比を採材月ごとに平均して比較すると、5月から6月にかけて大きく上昇しますが、最大値でようやく1.5に達している程度です(図2)。こうした変動の様子は、個々の放牧地で異なるので、それぞれの放牧地の特性を把握し、厩舎内でカルシウムの補給に心がけるなど飼養管理に反映させる必要があります。

3_3 図2 放牧草のカルシウム・リン比(Ca/P)の季節変動

ケンタッキーブルーグラス主体の放牧地
 ケンタッキーブルーグラスは地下茎で増殖し地表にマット層を形成するため、蹄傷にもよく耐え馬の肢蹄にも優しい放牧地向きの草種です。一方、初期生育が緩慢で、根が定着し放牧利用できるまで掃除刈りの回数を多く必要とするなど造成には手間のかかる草種でもあります。また、施肥管理においては、日高地区で一般的なチモシーに比べ施肥量を多く必要とします。とくに窒素は植生を決定する重要な成分で、チモシー主体の放牧地で推奨される肥料中の窒素:リン酸:カリの標準年間施用量(kg/10a)が6:5:5であるのに対し、ケンタッキーブルーグラスでは10:8:8となります。これらを、年間3~4回に分けて、春は少な目に、暑さや放牧圧で疲弊する夏以降には重点的に施すことがよいとされています。より適切な施肥とするためには、土壌分析に基づいた施肥設計が望まれます。

輸入牧草の栄養価
 放牧地面積を拡大するために採草地を放牧地として利用する場合や採草地を持たない育成場では輸入牧草等に頼らざるを得ないケースも見受けられます。しかし、色合いや嗜好性が良いからといって、ミネラルバランスも良好であるとは限りません。輸入牧草の栄養価について調査した成績(表2)によると、チモシー乾草では、日高地区生産のものに比べタンパク質で低く、カルシウムなどのミネラル含有率は同程度であり、必ずしも輸入チモシー乾草のミネラルバランスなどの栄養価は高くないといえます。一方、輸入アルファルファ乾草は、タンパク質やカルシウムが高いマメ科牧草の特質をよく示し、銅や亜鉛もチモシー乾草より明らかに高いことが確認されています。したがって、牧草を含めた飼料中のミネラルバランスの改善には輸入アルファルファ乾草の利用は有効であると考えられます。なお、輸入牧草には様々な等級が設定されていますが、これらと栄養価との関連は明確ではありませんでした。

4_3
 皆さんも、良い土、良い草から丈夫で強い馬をつくるために、土壌と牧草の成分分析を活用されてはいかがでしょう。BTCで実施している分析事業については、BTC日高事業所あるいは農業改良普及センターにお問い合わせください。

(日高育成牧場 専門役  頃末憲治)
(現馬事部 生産育成対策室 主査  土屋 武)

2019年1月30日 (水)

良い馬は良い放牧地から

No.37 (2011年8月1日号)

 当歳から1歳にかけての適切な発育と基礎体力の養成、あるいは繁殖牝馬の年間をとおしての機能維持において、放牧の重要性は誰もが認識するところです。しかし、その基礎となる放牧地の管理方法については、残念ながら十分理解され実践されているとは言い難い状況にあるといえます。その背景には、労力と経費がかかる割には効果の確認が困難であることのほかに、草地土壌種が複雑であり、それらに基づいた馬をベースとした管理体系がわが国に存在しない、放牧地よりも採草地の管理に重点が置かれていた、ことなどが考えられます。
 こうしたなか、少し前になりますが、一昨年の11月にJBBAとJRAの共催によって実現したロジャー・アルマン先生の講演「良い馬は良い放牧地から」を振り返り、放牧地の管理を確認したいと思います。

ロジャー・アルマン先生
 ロジャー・アルマン先生は、全米26の州に加え、ドイツ、フランス、アイルランド、イギリス、日本に所在する合計400以上の牧場と草地コンサルタント契約を結ぶバイタリティあふれる先生です(写真)。JBBAが2006、07年に実施したカウンターパート養成研修においてもケンタッキーでお世話になりました。馬の放牧地にとって重要な条件は、「栄養のバランス」「嗜好性」「生産性」「安全性」であり、他の動物で重視される「効率的な体重増加」とは異なると力説されています。今回の講演では、講演の3か月前に来日した折に日高管内4牧場の簡易調査を実施し、講演時にはそれらの土壌分析結果を含む調査成績をもとに問題点や改善方法について紹介していただきました。

1_2 写真 調査時のアルマン先生

放牧地のpH改善
 アルマン先生の調査方法は、放牧地をくまなく歩きながら各所で土壌をサンプリングし、作成した放牧地マップに記録し手早く特徴を把握していきます(図1)。その後、土壌の成分分析を自分のラボで終えたのち、現状と改善方法について報告書が届けられます。アルマン先生がもっとも指導に力を注ぐのは土壌pH改善のための石灰施用です。今回調査した4牧場、4放牧地から採取した32点の土壌のpHは4.7から6.2まで分布しそれぞれに対するpH矯正に必要な石灰施用量が提示されました(図2)。

2_2 図1 左は推奨される石灰施用量(中央斜線部分がもっとも多い地区)、右図は土壌中のリン酸含量(緑部分がもっとも高く、赤部分がもっとも低い地区)を示す

3_2 図2 各牧場(A~D)の放牧地土壌pHと改善に必要な石灰施用量

以下に、アルマン先生による「石灰の有用性」を引用します。
「石灰を散布すると、土に含まれるカルシウムとマグネシウムを増やすことができます。カルシウムは草に吸収され、馬が摂取する栄養素となる。適正な量のカルシウムを摂取することは、馬に必要な丈夫な骨の発育のために重要である。また、石灰は土のpHを上昇させ、土の酸性度を下げる効果がある。馬用の放牧地については6.2から6.8の間のpHが望ましいと考えている。その範囲内のpHであれば、十分な量のカルシウムとマグネシウムが草に、そして結局は馬に供給される。土の酸性度が下がることで、微生物が有機物を消費してミネラルを分解し、窒素を固定する活動が活発になる。石灰は過剰に存在しているアルミニウムや鉄と結合し、その結果、草に供給されるリンの量が増えることになる。さらに、石灰の化学的および力学的作用、またその作用による有機物の大幅な増加は、土の物理的性質をゆっくりと着実に改善する効果がある。しかし、石灰を過剰に散布しないことも非常に重要である。土壌検査を行い、石灰が必要という結果が出ている場所においてのみ、石灰を散布するべきである。土のpHが高くなりすぎると、銅や亜鉛といった微量ミネラルが草に供給されなくなり、馬もその恩恵を受けることができなくなる。石灰は容易に土から消えないので、一度pHを上げすぎてしまうと、適正なpHに戻るまで何年もかかってしまうかもしれない。」

放牧地管理の要点
 アルマン先生による放牧地管理の要点は以下のとおりです。

1)掃除刈り:定期的に放牧地の草を刈り、適正な高さに保つことは非常に重要で、6~8インチ(約15~20cm)くらいの高さが好ましいと考えている。頻繁に刈っている草は、高く伸びることや、種を作ることよりも、密に生えて横に広がることに多くのエネルギーを使うようになるので、結果的に馬が食べられる牧草の量を増やすことにもつながる。また、短い草は柔らかく、繊維質も少なく、馬も短い草の方を好んで食べる。ただし、短く刈り過ぎると、気温が高い時には土がすぐに乾燥し、また草の成長が止まる冬には牧草の量が限られてしまう。掃除刈りは、最も効果的に雑草を抑制する方法でもある。定期的に掃除刈りを行って、成長する前に雑草の種子形成を防げば、翌年新しい雑草が生えてくるのを抑制することができる。

2)石灰散布と施肥:適正な量の石灰と肥料を散布することは草の健全な成長を促進する。また、土の養分の補正に必要な正しい量を使用することによって、馬はよりバランスのとれた栄養を牧草から摂取することができるようになる。

3)播種:使用頻度が高く、嗜好性の高い草が少ない放牧地には、適切な播種が特に重要である。実際、使用頻度の高い放牧地では、ブルーグラスやライグラスなど馬が好む草は、なくなるまで食べ尽くされてしまうかもしれない。また、馬が集まりやすく、馬が歩くことによるダメージで草が失われがちな放牧地の出入り口付近やコーナー部分に播種を行うことも重要である。そのような場所は、草が生えていないと土の浸食が一層進んでしまう。

4)放牧地の回転(ローテーション):草が良く伸びている時期に、2週間ほどの短い期間でも放牧地を休ませると、草を密に保ち、雑草を防ぐうえで大変効果がある。放牧地をローテーションで使うことができない場合は、特に草が良く食べられている場所に堆肥を薄く撒くことで、より均一に草が食べられるようにすることができる。馬は短い草を好むので、他の場所に誘導されない限り、既に短く食べている場所の草をさらに食べてしまう。

5)堆肥の散布:堆肥を放牧地に撒くことは、土に含まれる有機物の量を増やすうえで非常に効果的である。有機物は乾燥している条件でも土の水分を保持する効果がある。放牧地で寄生虫が増えるのを嫌がって、堆肥を撒きたくないと考えるホースマンは昔から多いが、適正に駆虫を行っている牧場であれば、そのような心配はないはずである。

6)チェーンハロー:放牧地にチェーンハローをかけると、枯れた草や糞の塊をほぐして散らすことができる。チェーンハローをかける望ましい頻度は、放牧地における馬の密度と糞の量によって異なる。それほど利用頻度が高くない放牧地であれば、年に1度か2度のハローがけで十分なはずである。種を播く前と後にチェーンハローをかけると、種と土の間の接触が良くなる。しかし、乾燥した条件でチェーンハローをかけると、土が乾きやすくなってしまうこともある。雑草のコネズミガヤ(Nimblewill)が多く生えている放牧地は、9月と10月頃にチェーンハローをかけると種が広がってしまうので、その時期のハローがけは避けるべきである。

7)エアレーター:スパイクが付いたタイプのエアレーターは、草の根の成長を促進し、土の圧縮を防ぐ効果がある。石灰や肥料を撒く前にエアレーターをかけると、特に斜面における成分の流出を防ぎ、根に直接成分が届くようにする効果がある。

 以上が放牧地管理の基本的なポイントとなるが、どの放牧地もそれぞれ性質が異なり、必要な処置が異なることを認識しておくことが重要である。植生の種類、単位面積当たりの馬の頭数、土の質といったさまざまな要素によって、必要な管理の度合いが大きく変わってくる。参考までにアルマン先生が奨める放牧地管理の年間スケジュールを図3に示しました。

4_2 図3 各種放牧地管理の年間スケジュール

 近年、昼夜放牧の普及にともない放牧地の重要性はさらに増しています。地元の農業改良普及センターとも相談しながら、「良い馬は良い放牧地から」を実践しましょう。

(日高育成牧場 専門役  頃末憲治)
(前場長  朝井 洋)

2019年1月28日 (月)

JRA育成馬の購買方法

No.36 (2011年7月15日号)

 JRAでは「強い馬づくり」すなわち、内国産馬の資質向上や生産・育成牧場の飼養管理技術向上に貢献することを目的に、育成研究業務を行っています。ここで得られた成果は、ブリーズアップセールで売却後の競走パフォーマンスにおいて検証された後、広く競馬サークルに普及・啓発することとしています。今回は、育成研究業務のアウトラインとJRA育成馬の購買について紹介いたします。

JRAの育成研究
1)初期・中期育成
 生産から初期、中期育成期においては、いまだに多くの課題が残され、国際競争力を持つ資質の高い馬づくりのためには、さらなる生産育成技術の向上が求められています。例えば、「繁殖牝馬の不受胎」や「受胎後の胚死滅」および「流死産等の予防」による生産率の向上、「競走成績に影響を及ぼすDOD(発育期整形外科疾患)の予防」、「寒冷地における効果的な冬季の放牧管理やウォーキングマシンを含めた運動方法の確立」等です。これらの課題に取組むため、10頭の繁殖牝馬とJRAホームブレッド(生産馬)を活用しています。

1 冬季に昼夜放牧を行う1歳馬。わが国の気候に適した初期育成管理方法の開発が求められている。

2)後期育成
 JRAはこれまで、各種講習会の開催、『JRA育成牧場管理指針』の配布、BTCおよびJBBAの人材養成をはじめとした各種外部研修生の受け入れ等の活動によって、「昼夜放牧の普及」、「安全なブレーキング技術の導入」、「市場上場馬の展示方法の改善」、「若馬に対する坂路調教の応用」等、生産育成技術の向上に努めてきました。その結果、わが国の後期育成技術は飛躍的に向上し、レベルアップした競走馬の血統的資質や能力を十分に引き出すことができるようになっています。
 最近は、繁殖牝馬の受胎率向上に関する研究を応用した「若馬に対するライトコントロール法の応用」や効率的な栄養摂取を目的とした「オールインワン飼料の開発」さらには、1歳市場で購買した馬の「四肢X線所見や内視鏡検査と競走成績との関連」に関して抽せん馬時代から積み重ねてきた研究をとりまとめ、購買者がセリでレポジトリー情報を活用するための参考となる研究にも取組んでいます。後期育成に関する研究は1歳市場で購買した80頭程度の育成馬と生産した10頭以内のJRAホームブレッドを活用しています。

育成馬購買にいたるまで
 JRAが1歳市場で購買する馬は、育成研究、技術開発や人材養成を行ううえで、育成期間に順調に調教を行うことができることが必要です。購買に際しては、発育の状態が良好で、大きな損徴や疾病がなく、アスリートとして適切な動きをする馬を選別するようにしています。

1) 購買検査
 JRA育成馬の購買は複数名のチームで実施しています。チームには、競走馬の臨床経験が豊富な獣医・装蹄職員が含まれており、お互いに意見交換を行いながら候補馬を選定します。購買検査では、まず外貌を観察します。その際、蹄の状態を観察することができるよう、砂や芝生の上ではなく、平坦な場所で実施します。その後、馬の動きを観察するため、前望や後望から常歩で歩様を確認します。

2 せり会場での歩様検査

 一般的なセリに上場される1歳馬は、約2ヶ月間、十分な常歩運動を行うことで体を作ります。人手をかけずに体力をつけるためには、ウォーキングマシンでの運動は効果的です。しかし、セリで馬をよく見せるためには、引き馬での運動が不可欠です。つまり、行儀よく躾けられており、また、人の指示によってキビキビと歩く馬は、購買者から好感を持たれるとともに、購買後も騎乗馴致へとスムーズに移行することができます。「セリ馴致」と呼ばれるこのようなコンサイニング技術は、年々向上しています。
 HBAサマーセールは5日間で1200頭以上が上場されます。一日あたり250頭程度上場されるので、セリ当日は検査をする時間が十分ありません。したがって、JRAでは、事前に5頭以上繋養しているコンサイナーに預けられた馬を事前に牧場で検査しています。半分以上にあたる約600~700頭の事前検査を行っているので、セリ当日はコンサイナーで見ていない馬を中心に、十分に時間をかけて検査しています。

2) レポジトリー検査結果の確認
 セリ会場においてすべての馬を検査した後、候補馬のレポジトリーを確認し最終的な合格馬を選定します。ここでは、JRAで行っているレポジトリーのチェックポイントについてご説明します。
X線所見は、球節、腕節、飛節などの関節内に骨片やOCDによる軟骨片が遊離していないか、また、骨膜炎などの像がないか、を確認します。これまでの調査では約10%の馬にこのような所見が見られますが、これらは新しい所見ではなく、また、ほとんどが競走能力に影響を及ぼしません。しかし、このような所見がレポジトリーで見られた場合、再度、実馬を確認し、関節の腫脹、発熱、疼痛および跛行など、症状の有無を確認します。もし、このような臨床症状が見られる場合、慎重に購買を判断する必要があります。
 前肢の近位種子骨の状態も観察します。JRAでは、線状陰影の本数やその幅、形状によって種子骨をグレード分けして判定しています。種子骨の状態と競走能力との関連はありませんが、グレードの高い馬は靭帯炎を発症するリスクが高いことも分かっているので、このような馬を購買した場合、飼養管理や調教で注意をする必要があります。

3 種子骨のグレード評価とその保有率を示す。

 安静時の上気道(ノド)内視鏡所見では、若馬は喉頭蓋が薄く小さな形状をしているのが普通です。中には、調教中、ゴロゴロという呼吸音が特徴的なDDSPを発症する馬も見られますが、ほとんどが成長に伴い良化します。もっとも注意が必要なのは、ヒーヒーという吸気時に音を発する喘鳴症と関連がある喉頭片麻痺(LH:披裂軟骨が下垂)の所見です。JRAの調査によると、健康な1歳馬のうち16%の馬がG(グレード)1以上の所見を有することがわかっており、G2までは競走成績との関連はありません。披裂軟骨がまったく動かないG3では手術が必要です。なお、G0やG1でも喘鳴症の症状を呈する馬がまれにみられますが、咽頭虚脱など特別な疾病でなければ競走能力に影響はありません。

4 左が正常な内視鏡像。右は喉頭片麻痺(LH)G1以上の所見。

5 左がG1、右がG2の所見およびその保有率を示す。吸気時に左披裂軟骨がどの程度動くかによってグレード分けを行うが、いずれも競走能力に影響はない。

6 手術が必要なG3の症例、保有率は1%未満

 完璧な体型の馬はいないのと同様、レポジトリー所見をみるとなんらかの異常がみられるものです。現在、JRAでは生まれてから成馬になるまでの経時的な種子骨やノドの発育過程を観察することにより、より詳細な調査を行っているところです。これらの成績についてはまとまり次第、さまざまな場面を活用して紹介いたします。

  (日高育成牧場 業務課長 石丸 睦樹)

2019年1月23日 (水)

子馬の発育期整形外科疾患(DOD)

No.35 (2011年7月1日号)

成長期の骨や腱などにみられる病気
 サラブレッドが最も成長する時期は、誕生してから離乳するまでの期間です。健康な子馬の誕生時の体重は50~60kgですが、離乳が行われる6ヶ月齢頃には約250kgにまで増加します。成馬になったときの体重を仮に500kgとすると、出生時には成馬の体重の10%程度でしかないのに、わずか半年間で成馬の体重の50%にまで急成長することになるのです。このような急激な成長をみせるサラブレッドの子馬の骨や腱などに、この時期に特有の疾患を引き起こすことがあり、このような疾患を総じて発育期整形外科的疾患(DOD:Developmental Orthopaedic Disease)と呼んでいます。

DODには、どんな疾患があるの?
 DODの代表的な疾患には、離断性骨軟骨症(OCD)、骨軟骨症(骨嚢胞)、骨端炎、肢軸異常、ウォブラー症候群などがあります。これらの疾病の発症要因は、まだ十分に特定されていない部分も多いが、一般的に考えられているものとして遺伝的要因、急速な成長やバランスの悪い給餌(栄養)、解剖学的な構造特性、運動の過不足、放牧地の硬さなどが挙げられます。一方、近年の研究では、遺伝との関連が強く、競走能力向上のための遺伝的選抜はDOD発症率の低下と相反するものであるため、DOD発症率は増加傾向にあるばかりでなく、撲滅することは不可能であるとさえ考えられています。したがって、飼養管理方法を適切なものとし、発症した場合は軽度のうちに適切な処置を施すことが重要と考えられています。ここでは、DODの代表的な疾患である「骨端炎」と「離断性骨軟骨症」、さらに生産者を悩ますことの多い肢軸異常の中から「クラブフット」について、その病態と発生要因、対策などについて紹介します。

骨端炎
 子馬の骨のレントゲン写真をみると、骨の両端部分には隙間が写っているのが分かります(図1)。この隙間が骨端板と呼ばれる部分で、まさに骨が成長している場所になります。この骨端板は軟骨からできているため、ストレスに弱く、過度の負荷がかかると炎症が起きてしまいます。骨端板は馬の成長に伴い、肢の下の部分から閉鎖していきますが、生後2~4ヵ月齢の子馬が最も影響を受けやすいのが管骨遠位(球節の上)の骨端板になります。この部分の骨端板に炎症が生じると、球節はスクエア(四角)状になり、歩様も硬くなり、繋が起ってきてしまいます。次第に腱の拘縮が起こると、後述するクラブフット発症の要因になるとも考えられています。有効な治療法としては抗炎症剤の投与がありますが、根本的には痛みの原因となる要因を考え、取り除くことが重要になります。また、体重増加が大きい子馬に発症しやすいことが認められているため、母馬の飼料を食べていないかどうか、あるいは放牧地の硬さや放牧時間などをもう一度、見直してみる必要があります(図2)。

1_7 図1 球節の骨端板の位置(左写真:矢印)と骨端炎発症馬のスクエア状の球節(右写真)。
レントゲンで透けて見える骨端板は骨が盛んに成長している大事な部分であり、ストレスに弱い部分でもある。

2_5 図2 母馬について走り回る子馬
活発な母馬について走り回る子馬の運動量は母馬以上になり、骨端板に炎症を起こすこともある。

離断性骨軟骨症(OCD:Osteochondrosis Dissecans)
 OCDは関節軟骨の発育過程の異常で壊死した骨軟骨片が剥離するために生じる病変です。飛節や膝関節や肩甲関節、球節はこの疾患の好発部位となります(図3)。飛節部のOCDは軟腫や跛行の原因となることもあります。しかし、臨床症状がない場合は手術の必要はなく、大きな骨片は関節鏡手術により除去することで予後は良好です。大抵の馬は、その成長過程のある時期に、一つあるいは複数のOCDを持っている可能性があり、多くの場合は競走能力には影響がないといわれています。飼養者はOCDの存在部位や大きさ、調教や競走において問題につながる可能性があるのかどうかなどの情報を予め知っておくことが重要であると思われます。

3_3 図3 飛節関節内の脛骨中間稜に認めたOCD症例

12カ月齢の定期レントゲン検査で発見したOCD病変をCTスキャン検査で3次元解析すると、小さな骨片が関節内に遊離しかけている様子が確認できる。

クラブフット
 クラブフットとは、後天的に深屈腱が拘縮することによって蹄関節が屈曲した状態で、外見上ゴルフクラブのように見えることから、このような名称で呼ばれている肢軸異常の1つです。生後3ヶ月齢ころの子馬に多く発症し、特徴的な肢軸の前方破折、蹄冠部の膨隆、蹄尖部の凹湾、蹄輪幅の増大や正常蹄との蹄角度の差などの症状により4段階にグレード分けされています(図4)。

4_2 図4 クラブフットのグレード(Dr. Reddenの分類から)
グレード1…蹄角度は、正常な対側肢よりも3~5度高い。蹄冠部の特徴的な膨隆は冠骨と蹄骨の間の部分的な脱臼に起因する。
グレード2…蹄角度は、正常な対側肢よりも5~8度高い。蹄踵部に幅の広い蹄輪幅を認める。通常の削蹄により蹄踵が接地しなくなる。
グレード3…蹄尖部の凹湾。蹄輪幅は蹄踵部で2倍。レントゲン画像上、蹄骨辺縁のリッピングが認められる。
グレード4…蹄壁は重度に凹湾し、蹄角度は80度以上となる。蹄冠の位置は踵や蹄尖と同じとなり、蹄底の膨隆を認められる。レントゲン画像上、蹄骨は石灰化の進行により円形に変形し、ローテーションも起こる。


 原因としては「疼痛」が挙げられています。子馬は骨や筋肉が未発達なため、上腕、肩部、球節あるいは蹄などに痛みがあると、これを和らげるために筋肉を緊張させます。特に球節の骨端炎や蹄内部に疼痛がある場合、負重を避けるために関節を屈曲させ、その結果、深屈腱支持靭帯が弛緩します。この状態が一定期間続くと、深屈腱支持靭帯の伸展する機能が低下し、廃用萎縮の状態となり、疼痛が消失しても深屈腱支持靭帯の拘縮が残り、クラブフットを発症すると考えられています。
 一方で、必ずしも疼痛を伴わずにクラブフットを発症することもあることから、疼痛以外の原因もいくつか考えられます。たとえば、採食姿勢もそのひとつです。子馬の四肢は首の長さに比較して長いため、放牧地で牧草を食べる時には、極端に大きく前肢を前後に開く姿勢をとる様子が頻繁に認められます(図5)。この時、後ろに引いた蹄の重心は前方に移動することから、蹄尖部は加重により蹄がつぶれ、蹄踵部は加重が軽減することにより蹄が伸びやすくなり、これが蹄壁角度の増加を助長すると考えられます。どちらの肢を前に出すかは子馬ごとに癖があることが調査の結果分かってきました。1日の大半を放牧地で過ごす子馬の採草姿勢とクラブフット発症との関連性が解明されつつあります。

5 図5 子馬の採食姿勢
子馬の四肢は首の長さに比較して長いため、前後に大きく開いて採食する。どちらの肢を前に出すかは馬によって癖があり、常に後ろに引かれている蹄の重心は前方に移動し、蹄角度が増加する一要因になると考えられる。

軽種馬生産・育成技術の向上を目指して
 現在、JRA 日高育成牧場では、軽種馬生産や育成管理技術の向上を目指して、軽種馬生産者、獣医師、装蹄師、栄養管理者が情報交換しながらDODや肢勢異常に関する調査研究に取り組んでいます。これらから得られる成績は研修会などの場で紹介していきたいと思います。


(日高育成牧場 生産育成研究室 研究役 佐藤文夫)