« 2020年1月 | メイン | 2020年5月 »

2020年2月

2020年2月28日 (金)

育成馬のライトコントロール

No.138(2015年12月15日号)

 気温も氷点を下回る日が増え、浦河町にあるJRA日高育成牧場でも初雪が降り、いよいよ本格的な冬がやって来ました。寒さが厳しくなるこの時期は、1歳馬にとっては来年の競馬デビューに向けての準備の時期でもあります。寒い冬にじっくりと力を蓄え、春にその力を発揮できるよう万全の体制を整えたいものです。1歳馬は騎乗馴致も概ね終了し、徐々にトレーニング強度が上がっている時期とは思いますが、今回は後期育成馬に対するライトコントロール法の応用について紹介いたします。

ライトコントロール法
 ライトコントロール法(以下LC法)について読者の皆様には良くご存知の方も多いかと思います。LC法は、長日繁殖動物である馬が日の出から日の入りまでの時間(日長時間)が長くなる春に光の刺激を受けて発情を開始し繁殖時期を迎えるという特性を活用した方法です。すなわち、日長時間の短い冬に馬房内を明るくすることで馬に春が来たと脳内に認識させ、繁殖牝馬の発情開始時期を早める飼養技術です。具体的には、冬至の時期に昼14.5時間、夜9.5時間となるようにタイマーをセットして馬房内のライトを点灯させます。JRA日高育成牧場で掲揚繋養している繁殖牝馬と育成馬は全てLC法を実施しています。

なぜ育成馬に?
 なぜ育成馬にLC法を実施するようになったのか。JRAでは日高と宮崎の両育成牧場で育成した馬を4月にJRAブリーズアップセールで売却します。その際、日高と宮崎の馬を比べると宮崎で育成した馬では発育が良く、毛も抜け変わって見栄えも良い傾向がありました。
 そこで宮崎と日高で育成した馬の成長率や血中ホルモン濃度を測定してみました(図1)。

1_7 図1 宮崎と日高の育成馬の違い

左図:成長率、右図:血中エストラジオール濃度

実験期間:1歳9月~2歳4月

 すると、宮崎で育成した馬は成長率が大きい傾向が見られたとともに、2ヶ月ほど早く性ホルモン分泌が増加していることが分かりました。グラフに示したのはエストラジオールという女性ホルモンの一種ですが、これは多くが牝の卵胞から分泌され、発情期に特に多く分泌されます。また、牝のエストラジオール分泌は、性成熟後から始まります。このデータを裏付ける結果として、宮崎では年が明けてしばらくすると発情している馬が多くなります。  エストラジオールには、卵巣での排卵の制御に関する本来の作用のほかに、「骨を丈夫にする」という重要な作用があります。ヒトの女性では閉経後にこのエストラジオールの分泌量が大きく低下し、骨粗しょう症の原因になることが知られています。骨の強度はエストラジオールのみによって調整されるわけではありませんが、トレーニング強度が増す1月から4月にこのホルモン濃度に差があることは大きな問題であると考えられました。これらの違いを克服するために、既に繁殖牝馬で確立されていたLC法を育成馬に応用することとしました。

LC法が育成馬に及ぼす影響
 日高育成牧場で繋養する育成馬を、LC法を実施するLC群と実施しない無処置群に分けLC法が育成馬に及ぼす影響を調べました。最初に、牝のエストラジオールの血中濃度を比較しました(図2)。


2_7

図2 血中エストラジオール濃度の変化

*牝のテストステロンはエストラジオールから合成されます。

 エストラジオールは、1月から2月にあたる4週目以降からLC群で高い傾向がありました。これは、繁殖牝馬にLC法を実施した場合と同様に発情開始時期が早まったことによるものです。LC法により暖かい地方で育成する馬との差を少し縮められることができました。
 続いて、筋肉の増強や骨格の成長作用があるテストステロンの血中濃度を牡で比較しました(図3)。

3_8 図3 血中テストステロン濃度の変化

 テストステロンは、LC群で4週目から高い傾向がありました。この結果も、繁殖牝馬にLC法を実施した場合と良く似ています。
 ホルモン分泌には確かな差がありました。次に馬体の成長に及ぼす影響を調べるため、体重から体脂肪を引いた値、つまりは筋肉と骨の成長量を比較しました(図4)。

4_4図4 LC法が除脂肪体重に及ぼす影響

*網掛けはLC法実施期間(2歳1月~4月)

 牡ではLC群が明らかに高い値を示しています。一方牝では両群に大きな差はありませんが、2月以降LC群が高い傾向にありました。ライトコントロールにより、特に牡では筋肉や骨の成長が促されていることが推測されます。

 LC法は馬の毛艶にも変化を及ぼしました。

5_3図5 LC法が毛艶に及ぼす影響

 図5は4月にLC群と無処置群を撮影した写真です。LC群では毛が短く、毛艶も明らかに違うのが分かります。これだけの違いがあるとトレーニングの際、余計な汗をかきません。皮膚を薄い状態で維持でき、手入れの手間も減ります。

 最後にLC法が及ぼす悪影響についても比較しましたが、育成期間中の事故発生率や、初出走時期に違いはなく、安全に実施できる方法と考えられました。これらのことから、LC法は北海道における冬季の育成馬の飼養管理方法として有用であると考えております。

(日高育成牧場 業務課 宮田健二)

2020年2月26日 (水)

育成後期に問題となる運動器疾患

No.137(2015年12月1日号)

 日照時間も短くなり、日高山脈も雪で覆われはじめ、日高育成牧場にも冬の足音が近づいています。多くの育成牧場で、来年の競馬デビューに向けての調教が徐々に進んでいるころでしょう。この時期の1歳馬の身体はまだまだ成長途中であり、運動強度が増していくことで様々な運動器疾患が発症します。そこで今号では、後期育成期(1歳の秋冬~2歳の春夏)に問題となる運動器疾患のうち、特に育成に携る方々が様々な場面で悩まされる「近位繋靭帯(きんいけいじんたい)付着部炎」、「種子骨炎」、「飛節後腫」について紹介します。

近位繋靭帯付着部炎
 近位繋靭帯付着部炎は、いわゆる深管骨瘤として知られています。手根関節の過伸展によって繋靭帯(中骨間筋)と第3中手骨の付着部位(図1、2)に炎症が起こることが原因と考えられています。肢を地面についた瞬間ではなく体重がかかりきった時に疼痛を示すことが多く、肩跛行のように見えることがあり、調馬索などの円運動で患肢が外側になったときに跛行が明瞭化するのが特徴です。症状は患部の腫脹や帯熱を伴い、軽度~中程度の跛行を示します。診断には局所麻酔による跛行の消失・減退の確認や、またレントゲン検査も有効です。なかにはレントゲン上異常所見が認められないこともありますが、図3に示したように逆U字状の骨折線(繋靭帯と第3中手骨の剥離像)や、微小骨片が認められることがあります。急性期における治療としては、冷水療法、抗炎症剤の全身投与が一般的です。リハビリ期間は症状の程度にもよりますが、1‐3ヶ月間で多くが完治します。

1_6 図1 近位繋靭帯付着部(腕節の裏側の直下)

2_6 図2 近位繋靭帯付着部(骨標本)

3_6 図3 近位繋靭帯付着部炎(内-外斜像)
逆U字状の骨折線が確認される

種子骨炎
 種子骨炎は球節の過伸展や捻転による近位種子骨と繋靭帯付着部における炎症が原因とされ、一般的には繋靭帯脚部の炎症のことを言います。症状は近位種子骨および繋靭帯付着部の熱感や腫脹および触診痛、また軽~中程度の跛行を示します。診断は臨床症状にあわせて、主にレントゲン検査によって種子骨辺縁の粗造や異常な血管陰影(図4:いわゆる“ス”が入る、という像)を確認することで判断されます。レポジトリーにおいても、本所見を気にされる購買者の方は多いのではないでしょうか。本会の実施した調査では前肢種子骨所見のグレードの高い馬(グレード0~3で評価されるうちの、グレード2以上)では、競走能力には影響を与えないものの、調教開始後に繋靭帯炎を発症するリスクが高まるとの結果が得られています。しかし、後肢についてはグレードが高くても調教やその後の競走能力に差はありませんでした。治療については、馬房休養の保存療法が一般的で、急性期は冷却および運動制限が有効です。

4_3 図4 種子骨炎
臨床症状と血管陰影異常によって診断される

飛節後腫
 飛節の下方後面の硬化腫脹を呈する疾患で、飛節の後面に走行する靭帯や腱もしくはそれらの周囲の炎症であり、若齢馬での発症が多く、飛節の発育の悪い馬や曲飛を伴う肢勢で発症しやすいと言われています(図5)。病因として運動時の靭帯や腱の過度な緊張が挙げられます。症状は軽度の跛行が通常で、診断には腫脹部位の圧迫による跛行の悪化や、腫脹部位への局所麻酔での跛行の改善を確認することで診断します。レントゲン検査で飛節に関する他の疼痛性疾患を除外することも重要です。治療としては、急性期には馬房内休養を主な方針として、冷水療法、非ステロイド系抗炎症剤の全身投与や、コルチコステロイドの局所投与を実施することもあります。早ければ1週間ほどの休養で歩様は改善する馬もいますが、1~2ヶ月程度の休養を要することもあります。

5_2 図5 飛節後腫(矢印の部分が腫脹している)

 3つの運動器疾患について紹介してきました。治療には冷水療法や非ステロイド系抗炎症剤の投与が一般的であり最も簡便です。治癒を促進するため経験的に焼烙療法や化学発疹療法(ブリスター)などの伝統的な手法に加え、最近の治療法ではショックウェーブ(衝撃波)療法や光生物学的刺激を利用した高出力レーザー療法などの物理療法や、自家多血小板血漿(PRP)の病巣内注射なども試みられていますが、これらの手法は治療効果を証明する科学的裏づけが乏しいため使用にはまだまだ賛否両論があるのが現状です。日高育成牧場でも高出力レーザーなど新たな治療法(図6)を試している段階ですので、またの機会に紹介したいと思います。

6_2 図6 高出力レーザー療法
非常に高いエネルギーをもった光の刺激によって、消炎、鎮痛、創傷治癒促進効果がある治療法のこと

最後に
 いずれにしても重要なのは症状を悪化させないための“早期発見・早期治療”です。そのためには、普段からのチェックおよびケアをしていくことが重要です。多くの運動器疾患では「歩様が硬い」、「騎乗した感じがいつもと違う」、などの前兆を認めることが多いと思います。それらを未然に防ぎ、よりよい育成調教を進められるよう、普段から愛馬をよく触り、よく観察しましょう。
 本号の内容について、もし不明なことなどありましたら、是非日高育成牧場までお問い合わせ頂ければ幸いです。

(日高育成牧場 業務課 山﨑洋祐)

2020年2月24日 (月)

GPSを活用した放牧管理

No.136(2015年11月15日号)

放牧地における馬の行動
 放牧地にいる馬たちがどのような行動しているのか、特に夜間放牧下ではいつ寝ていつ動いているのか、どれほど動いているのか、どのような時に走るのかなど疑問は尽きません。このような馬の行動について仲間内で議論するのも楽しいものです。最近、リハビリとして半日放牧するのは昼が良いのか夜が良いのか牧場の方とお話する機会がありましたが、長く生産地で働いている方同士でも感覚が違っていて興味深いものでした。

GPSデータから分かること
 改めて説明するまでもなく、GPS(Global Positioning System、全地球測位システム)は広く一般的な言葉として浸透しています。本稿では、このGPSを用いた馬の行動調査法についてご紹介します。GPSは本来位置情報を計測するものですが、一定間隔毎に(5秒とか1分とか)記録することで、その間の移動距離や速度を計算することができます。JRA日高育成牧場ではGPS装置を用いて放牧地における馬の運動調査に取り組んできました。近年、冬期の夜間放牧に関するデータをご紹介したことがあるので、ご存知の方もいるのではないでしょうか(図1)。

1_5 図1 冬期の昼夜放牧下における運動量の推移
運動量はGPSによって計測した

 当場の研究報告などでは、放牧地内移動距離として1日○kmといったデータをお示ししていますが、実は移動距離以外にもさまざまな情報が得られます。図2は我々が使っている解析ソフトの画面です。左側のGoogleマップ上には馬が動いた軌跡が表示され、馬が放牧地のどこで過ごしているのか分かります。また、右側には走速度のグラフが表示され、走った時間帯や回数、逆に休息している時間を把握することができます。これらの情報は馬の行動を把握するために、非常に有用なツールであると思います。

2_5 図2 GPSロガーで記録された放牧地データ
Googleマップと連動して軌跡が示される(左)。また速度グラフが表示され、どの時間帯に運動・休息していたのか、またその場所も知ることができる(右)。

GPSの装着
 図3は子馬にGPSロガーを装着した様子です。機械自体は防水ではないので、小型のチャック付ビニル袋に入れ、無口の下側にビニルテープで巻き付けます。下側に装着することで、無口がズレず、生後直後の新生子馬であってもそれほど負担になっているとは感じていません。

3_5 図3 GPSロガーを装着した1歳馬

GPSデータの活用
 GPSを用いると、移動距離以外にもさまざまな情報が得られることがお分かりいただけたかと思います。このような情報は日によって違ってきますので、興味深い反面なかなか研究データとして取りまとめるのに苦心しています。一般の牧場においては、運動量をウォーキングマシンや引き馬といった運動負荷設定の目安にしたり、離乳時のストレス判定に用いたり、水槽に近づいた回数(飲水回数)をカウントしたり、また放牧地の利用域を知ることで部分的な荒廃を防ぎ均一な使用を促す工夫や部分的な草地管理(施肥や除草)に活かせるかもしれません。中規模以上の牧場においては、上述したようにスタッフ間の議論のエビデンスとして、認識を共有するための一助になるのではないかと思われます。

GPSロガーの条件
 以前のGPS装置は大きく、重かったため、子馬に装着すると無口で擦れたり、放牧地で紛失したりと気軽に装着をすすめにくいものでした。しかし最近ではデータロガーといって、画面のない、ただデータを記録するだけのごく小さい装置が安価で入手できるようになりました。ネットで調べると、主にトレッキング用やドライブ用、ツーリング用にさまざまなGPSロガーが流通しており、どれを選べば良いか悩むことになります。我々が今まで試行錯誤してきた結果、馬の行動調査に必要な条件としては①バッテリーが長持ちすること(できたら24時間程度)。②小型、軽量であること。③USBで簡単にPCに取り込めることです。(実際には24時間以上駆動するという条件だけでかなり絞られます。)また、防水性や操作画面などが付帯していると良いのですが、このような性能を求めるとどうしても大型化してしまうため、小型(そして安価)であることを優先して使用しています。

 さまざまな講習会においては、当場生産馬のデータをご紹介していますが、実際には牧場によって放牧地の行動は結構違うのではないかと考えています。そもそも、放牧地でどういう行動をしていれば強い馬ができるのかについては、簡単に答えの出せない問題であり、このようなデータを不毛と感じる方もいるかもしれません。しかし、馬が放牧地でどのように過ごしているのか把握することは、ホースマンとして非常に重要なことだと思います。自分の牧場における放牧地ごとの特性、さらには他場との違いなど皆さんの経験的な感覚に科学的な視点を加えて考察するのも面白いのではないでしょうか。

(日高育成牧場 生産育成研究室 主査 村瀬晴崇)

2020年2月21日 (金)

妊娠馬の栄養管理

No.135(2015年11月1日号)

 妊娠馬の栄養管理において考慮すべきこととして、胎子の健全な成長はもちろんのこと、子馬を無事出産するための母体の健康維持、また、次年度も交配する場合には、受胎に適した馬体管理などがあげられます。このため、飼養者には総合的かつ長期的な視野に基づいたきめ細やかな馬体管理が求められます。

妊娠初期~中期
 妊娠期の栄養要求量を考慮する際に重要なことは、胎子の成長度合いの把握です。ただし、胎子がお腹の中にいたとしても、妊娠初期から、母馬の維持要求量を上回る飼料を与える必要はありません。図1を見ると分かるように、胎子は妊娠期間中に直線的に成長するのではありません。5ヶ月齢までの胎子は極めて小さく、7ヶ月齢であっても出生時体重の20%程度、母馬の体重の2%にも満たないほどです。すなわち、少なくとも妊娠5ヶ月齢までは、非妊娠馬に対するものと同量・同内容の飼料を与えるだけでエネルギーとタンパク質の必要量を満たすことができます(授乳中の場合にはエネルギーおよびタンパク質の要求量がいずれも大きく増加します)。米国のNRC(全米研究評議会)による飼養標準では、妊娠5ヶ月齢からのカロリーおよびタンパク質要求量の増加が示されていますが、7ヶ月齢であっても、維持量に1.2Mcalのエネルギーと100gのタンパク質が増加されるだけです(大豆粕300g程度の増加)。このため、放牧草の状態、体重やBCS(ボディコンディションスコア)を観察しながら、濃厚飼料給餌を検討する必要があります。良質な牧草が十分量生えている放牧地で管理されている場合、必要以上の濃厚飼料の給餌は、過肥や蹄疾患のリスクを高めることにも繋がります。一方、カルシウムやリンなどのミネラル、銅などの微量元素については、妊娠期間を通して必要となるため、放牧草の状態次第では要求量を考慮したうえで、サプリメントを与えて不足を補う必要があります。

1_4図1 胎子の成長曲線(Pagan 2005を引用、一部改編)
胎子は妊娠期を通して直線的に成長するのではなく(左)、妊娠後期に急激に成長する(右)。


妊娠後期
 胎子は妊娠期間の最後の3カ月間で著しく成長し、発育量は全体の60~65%に達するため、この時期はエネルギー摂取量を増加させる必要があります。妊娠後期のエネルギーおよびタンパク質の要求量(体重500~600kg)の増加率は、一般的には維持量の115%にあたる20~25Mcalおよび900~1,100gになります。しかし、分娩に備えるためのウォーキングマシンや引き馬などによる運動、出産後の授乳や交配、また、北海道の生産地においては厳しい寒さや放牧地を覆う降雪など、様々なことを考慮して給与量を決めなくてはなりません。もちろん、必要以上のエネルギー給与は過肥や蹄疾患を引き起こすため、十分な注意が必要です。このため、繁殖牝馬のBCSや馬体重、そして放牧草の状態について年間をとおして継続的に把握しながらその時期に必要な給与量を設定する必要があります(図2)。また、エネルギー要求量の増加から、濃厚飼料の給餌割合を増加させる傾向がみられますが、疝痛や胃潰瘍などの消化器疾患を予防するためには、少なくとも総飼料の半分以上の粗飼料を給餌する必要があります。このため、エネルギー源として植物油やビートパルプの併用、線維質が高い配合飼料の効果的な給餌が推奨されます。

2_4 図2 妊娠後期の給与量の決定には、様々な要素を考慮する必要がある。

 なお、生まれてくる子馬の正常な骨格形成のためには、繁殖牝馬に対する十分かつ適切なバランスのミネラルの供給が不可欠です。胎子は自身の肝臓に、銅、亜鉛、マンガン、鉄など軟骨あるいは骨代謝に関わる微量元素を蓄積し、正常な骨形成に利用しています(図3)。母乳にはこれらの微量元素が十分含まれておらず、牧草や飼料を十分に摂取・消化できない新生子馬は、体内に蓄積された微量元素を利用する他ありません。このため、これらを妊娠後期の母馬に投与することが重要となります。なお、一般的な飼料であるエンバクや乾草のみでは、ミネラルが不足するため、ミネラル含有量を増加させた配合飼料やサプリメントの供給が不可欠です。

3_4 図3 胎子へのミネラル補給
胎子は肝臓に微量元素を蓄積するため、妊娠後期の母馬へのこれらの投与が重要となる。

 以上をまとめると、妊娠馬の栄養管理においては、「妊娠ステージに合わせたエネルギーおよびタンパク質」「妊娠期間を通した適切なミネラル」の2点が要諦になります。本稿が皆様の愛馬の飼養管理に役立てば幸いです。

(日高育成牧場 専門役 冨成雅尚)

2020年2月19日 (水)

育成馬の体力評価法

No.134(2015年10月15日号)

 サラブレッドが競走馬になるために最初に経験するトレーニングが“育成調教”です。多くの育成牧場では育成後期の若馬にその施設・環境に応じた調教を実施し、身体の状態を確認しながら調教メニューを決定していると思います。今回は、育成馬の調教メニューを決定するための一助となる体力検査法とその評価法をご紹介します。

調教時の心拍数を用いた評価法

 測定に使用する機器は腕時計型の心拍計で(写真1)、その装着には慣れやコツはありますが何度か行えば誰でもできるようになります(写真2)。また、本機器にはGPS機能が搭載されており、屋外で使用すれば心拍数と走行速度(ハロンタイム)を同時に測定することができます。

1_3 写真1 心拍数測定に用いる機器

①GPS付き心拍計と心拍センサー ②馬用電極 ③電極を装着した専用鞍下ゼッケン ④馬の胴体に巻いて使用するベルト型電極

2_3写真2 心拍計装着方法

①馬体の電極が当たる部位をお湯で濡らし、②専用鞍下ゼッケンを用いて装鞍、③最後に腹帯に電極を挟み込み固定する ④完成図(丸部分は電極の位置)

 その評価法には2種類あり、調教中または調教後の心拍数から解析します。まず、調教中の心拍数解析法ですが、馬の心拍数と走行速度には図1のような関係があり、この関係を利用して心拍数200拍/分の時の速度“V200”を算出します。V200は馬の有酸素運動能力を反映していると報告されており、一定期間のトレーニング前後で測定すれば馬の体力変化を知ることができます(図2)。

3_3 図1 運動中の走行速度と心拍数との関係

馬の心拍数と走行速度には図のような関係があり、これを利用して心拍数200拍/分の時の速度を計算した指標が“V200”

4_2図2 屋外トラック調教時のV200の変化

JRA育成馬で1歳12月から2歳4月まで屋外トラック調教時のV200を測定したデータ。調教が強くなるに従いV200が大きくなり、馬の体力がついていることがわかる

 次に、調教後の心拍数解析法ですが、調教終了後心拍数が100拍/分を切るまでの時間(THR100)を算出します(図3)。THR100はいわゆる“息の入り”を数値化したものだと考えることができ、THR100値により調教が心肺機能へ与える負荷を評価することができます(図4)。

5 図3 調教後の回復期心拍数を用いた評価法

調教終了(速度を落とし始めた時点)から心拍数が100拍/分を切るまでの時間を計算した指標が“THR100”

6図4 坂路調教時のTHR100の変化

JRA育成馬で2歳1~3月の坂路走行時にTHR100を測定したデータ。各時期とも、THR100が200秒以下の場合は心肺機能への負荷が比較的小さく、THR100が200秒以上の場合は心肺機能への負荷が大きいと評価する

調教後の血中乳酸濃度を用いた評価法

 乳酸値は採血が必要になりますが、評価が簡便で有効な指標です。方法は、坂路など一定距離の調教を行った後に採血し、乳酸測定器を用いて乳酸濃度を測定します(写真3)。

7

写真3 調教後の血中乳酸濃度測定方法

①調教後採血を行い、②ポータブル乳酸測定器を用いて、③乳酸値を測定する

 その評価法には2種類あり、一つは乳酸値による評価法です。乳酸は無酸素エネルギーを利用する強運動時に産生されるため、乳酸値だけで馬の心肺機能や筋肉への負荷を評価することができます。その基準となるのが“4mmol/L”で、有酸素運動と無酸素運動の境界だと考えられています。したがって、この4mmol/Lを基準に、調教時の馬の運動負荷を評価することができます(図5)。

8

図5 坂路調教後の血中乳酸濃度を用いた評価法

JRA育成馬で2歳3月に坂路調教後の血中乳酸濃度を測定したデータ。 “4mmol/L”を基準として、乳酸値が4よりも高い場合は無酸素運動、4よりも低い場合は有酸素運動と評価する

 もう一つの評価法が、乳酸値とハロンタイムとの関係を利用して標準曲線を引く方法です(図6)。標準曲線を基準として今回の測定値がどの位置にあるか判定することで、平均的な馬よりも体力があるか、トレーニングにより体力が変化したかを評価することができます。

9_2図6 標準曲線を利用した血中乳酸濃度の評価法

多くのデータが得られると標準曲線を引くことができ、その位置関係(曲線の下にあるか上にあるか)を見ることで馬の有酸素運動能力を評価することができる

どの体力評価法を利用すればいいの?

 今回紹介した評価法には、それぞれ長所・短所があります。屋外トラック馬場ではGPS機能を用いて走行速度を測定できるため、V200の利用が有効です。しかし、屋内馬場ではGPSを用いた測定が難しく、V200の算出は容易ではありません。THR100は坂路など一定距離の調教時に有効ですが、ウォームアップや上がり運動方法が変わると値がばらつきやすく評価に注意が必要です。血中乳酸濃度は評価が単純なため、採血可能であれば利用しやすい指標です。しかし、調教後時間が経過すると体内で乳酸が代謝され値が変化するため、時間が経ってから採血すると正しい評価はできません。このように各評価法ともメリット・デメリットがあるので、調教施設・調教内容、獣医の有無などの条件に合わせて評価法を選択する必要があります。

おわりに

 育成馬の体力評価は、一般の育成者にとっては少々ハードルが高いかもしれません。しかし、トライしてみることで育成馬管理の新たな情報が得られ、より良い馬づくりを実現する可能性が広がると思います。今回は簡単な紹介しかできませんでしたが、本年12月にグリーンチャンネルで放映されている『馬学講座 ホースアカデミー』で詳しい内容を紹介していますので、ご都合がつけばそちらもご覧ください。

 (日高育成牧場 生産育成研究室長 羽田哲朗)

2020年2月17日 (月)

日高における流産原因の内訳

No.133(2015年10月1日号)

 軽種馬生産の現場では交配4-6週後に早期胚死滅の有無の確認を終えると、多くの場合次の妊娠検査は8-9月に行われます。過去に行われた生産地疾病等調査研究によると、2週目の受胎確認から5、6週の妊娠鑑定までの間にはおよそ6%が早期胚死滅し、その後出産までに7%が胎子喪失すると報告されています。では、そのような流産にいたる原因とはどのようなものがあるのでしょうか。

●流産の実態
 静内にある日高家畜保健衛生所(日高家保)には、日高管内から毎年約200頭もの流産胎子が搬入されており、流産の原因調査が行われています。これまで、平成8年から5年間における流産原因について報告されていますが、本年新たに、平成16-25年における10年間、2,002頭の流産胎子における分析結果が発表されました。
 平成16-25年におけるサラブレッド生産延頭数73,338頭に対し、前年受胎延頭数は81,800頭であり、その間には8,462頭(受胎頭数に対し10.3%)もの早期胚死滅、胎子喪失もしくは死産や生後直死が生じていることになります。H25年の国内における日高地区の生産頭数割合は79.4%ですから、日高管内における上記流死産頭数(早期胚死滅+胎子喪失+死産+生後直死)は8,462×0.794=6,719頭と推定されます。早期胚死滅や初期の胎子喪失は気が付かないうちに生じている場合がほとんどですので、家保に搬入される流産胎子は必然的に妊娠中期以降のものとなります。そのため、2,002頭という搬入率(29.8%)は極めて高いと言え、このような流産胎子のデータは獣医学的にも非常に重要です。以下にこのデータの一部をご紹介いたします。

●流産原因の大別
 流産原因は大きく感染性と非感染性に大別されます。調査の結果から、感染性よりも非感染性が多いことが分かります(図1)。これは欧米における同様の報告と同じ傾向です。

1_2図1 流産原因の内訳

●感染性
 感染性原因としては細菌・真菌による胎盤炎や伝染力の強い馬鼻肺炎ウイルスなどが挙げられます(図2)。ここで言うウイルスとは全て馬鼻肺炎ウイルス(ERV)です。伝播力が強いことから、生産地では特に注意して予防接種や防疫措置を講じられていますが、残念ながら未だに毎年発生が認められます。一方、細菌・真菌にはさまざまな病原体が含まれますが、いずれも珍しいものではなく一般の牧場環境中に存在するものです。このような環境中に存在する微生物が特定の馬だけに流産を引き起こす理由は、飼育環境と母体側の免疫力の低下(気膣・尿膣、子宮頚管裂傷、陰部の形態といった解剖学的な要因や体調、ストレスなど)が考えられます。実際、真菌性流産における原因真菌がその馬房の寝藁からも検出されることが報告されています。細菌・真菌による感染のほとんどは外陰部から侵入し、膣、子宮頚管を介して胎盤そして胎子を侵します。これらは感染性胎盤炎として近年注目されており、さまざまな検査法や治療法が報告されつつあります。伝播力はそれほど強くないので、胎盤炎が同一牧場で続発することはマレです。

2_2 図2 感染性原因の内訳

●非感染性
 非感染性の原因としては循環障害や双胎、奇形、胎盤異常などが挙げられます。最も多い循環障害については、未だその原因がはっきりしておらず有効な予防法、検査法がありません。しかし、双胎についてはご存知の通り対応可能です。今日では多くの生産者が双胎は胚死滅や流産に至りやすいことを認識し、妊娠鑑定を2回受けることが一般的となっていると思いますが、それでもこれほどの割合を占めているのです。改めて、交配18日後までに妊娠鑑定を2回行うことの重要性がお分かりいただけると思います。

3_2 図3 非感染性原因の内訳

●流産の予防
 残念ながら流産原因の最も多くを占める循環障害については今のところ有効な手立てはありません。現時点で予防策を講じうる対象は感染性原因と双胎になります。特に双胎については、確実に防げるものですので避けたいものです。鼻肺炎ウイルスに対してはワクチンや消毒薬といった防疫対応に加え、ストレスのない飼養管理がポイントとなります。また感染性胎盤炎に対しては厩舎の衛生管理に加えて、妊娠馬のモニタリングが有効です。胎盤炎は別の馬に伝播するケースは少ない一方で、上述のように馬の解剖学的な要因による場合流産を繰り返してしまう場合があります。このような馬はハイリスクメアと呼ばれ、定期的なモニタリング(ホルモン測定やエコー検査)で異常を早期発見、治療することが推奨されます。

 欧米の同様の調査では原因特定率が60%以上であるのに対し、今回の報告では残念ながら57%もの症例が原因不明となっています。この主な原因は、家保に搬入された際に時間が経過していたり、検体が損傷していたり、胎盤が搬入されないことにより、十分な検査ができなかったためのようです。多くの牧場にとって流産はマレなことであり、流産原因検査は馬鼻肺炎であるか否かを知ることが最も大きなポイントかと思いますが、家保では馬鼻肺炎以外にもさまざまな検査が行われています。細菌性の場合にはどのような菌種が多いのか、臍帯捻転を起こす胎子の臍帯の長さはどうなのか等、今後の予防・治療に関する研究発展のためにこのような情報は非常に有益です。各生産者におかれましては、万が一流産が起きてしまった際には、馬産界全体のためにも、迅速かつ適切な搬入にご協力くださるようお願いいたします。

(日高育成牧場 生産育成研究室 主査 村瀬晴崇)

2020年2月15日 (土)

離乳期の子馬の管理

No.132(2015年9月15日号)

 9月に入ると多くの牧場で「離乳」、すなわち母馬と子馬の離別が行われます。JRA日高育成牧場では、本年生まれた8頭の子馬たちの離乳を8~9月にかけて段階的に行っています。当場では「母馬の間引き」および「コンパニオンホースの導入」の2つの方法を用いることで、大きな事故もなく比較的スムーズに離乳を行うことができています。これらの具体的な方法については、昨年の9月1日号本誌で紹介しましたので省略させていただきますが、今回は離乳期の子馬の飼養管理について「栄養」と「しつけ」の2つの注意点に絞ってご説明したいと思います。

離乳期の管理 ~栄養~
 離乳期の栄養管理については、母馬がいなくなった場合でも、それまで母乳から摂取していた栄養を牧草や固形飼料で代替することができるようになっていること、すなわち、一定量(1~1.5kg)のクリープフィード(子馬に与える固形飼料)を食べられるようになっていることがポイントになります。
クリープフィードを与える目的は大きく2つあります。1つ目は母乳から得られる栄養の補填です。母馬の泌乳量は出産後から徐々に低下していき、そこから摂取できるカロリーや栄養成分も同様に低下します。特にカルシウムや銅などのミネラル摂取量は、生後1ヵ月を待たずして子馬の栄養要求量を充たさなくなります(図1)。ある程度のミネラルは体内に蓄積して子馬は生まれてきますが、それらが枯渇する前にクリープフィードで補う必要があります。

1 図1.子馬が母乳から摂取するミネラルの要求量に対する割合(7週齢)

 クリープフィード給与の2つ目の目的は、離乳後の「成長停滞」を防止もしくは最小限度に抑制することです。離乳後の子馬を観察すると、少なからず体重増加が滞ります。極端な体重減少でなければ、健康への重大な影響はまずありません。しかし、体重増加が停滞した後に起こる「急成長」は、OCD(離断性骨軟骨症)などの骨疾患を発症させる要因になるとの調査報告もあるため看過できません。そこで、離乳前に一定量のクリープフィードを食べることに慣らしておき、「成長停滞」とそれに引き続いて起こる「急成長」を予防し、スムーズに成長させる工夫が必要になるのです(図2)。

2

図2 離乳後の成長曲線

スムーズな成長曲線(左)と「成長停滞」後に「急成長」が認められる成長曲線(右)。後者はOCDなどの骨疾患を発症しやすい成長と考えられています。

 なお、クリープフィードの給餌を離乳直前に開始しても、食べ慣れるまでに時間がかかるうえ、離乳ストレスによる食欲低下も念頭に置かなくてはなりません。このため、クリープフィードの開始時期は、母乳量が低下し始める2ヵ月齢が目安になります。もちろん、過剰摂取による過肥、骨端炎および胃潰瘍には十分注意する必要がありますので、給餌量を決定する際には、子馬の体重、増体量、ボディコンディションスコア、放牧地の草の状態を考慮しなければなりません。

離乳期の管理 ~しつけ~

 たとえ離乳が成功に終わったとしても、「母馬」という絶大な安心感を喪失した子馬は、少なからず精神的に不安定な状態に陥ります。このため、馬によっては離乳後に取扱いが困難になる場合もあり、これまで以上に人に対する信頼感や安心感を育む努力が必要になります。
 離乳後の子馬に対して、牧場業務のなかで実施可能なことは、集牧および放牧時の引き馬や馬房内での手入れを通して、「人間が馬のリーダーである」ということを再認識させることです。
 引き馬では、可能な限り人と馬が向き合う機会を増やす工夫が求められます。つまり、子馬の歩くスピードを人間がコントロールすることが重要になります。馬にとっては、自身のスピードをコントロールする相手がリーダーとなります。このため、集牧時や放牧時の引き馬の際には、人間が常に馬のスピードをコントロールすることを念頭に入れなくてはなりません。馬の思うままに引っ張られたり、歩かない馬を無理やり引っ張ったりするのではなく、人間の合図で前進、停止、加速、減速ができるように引き馬をします。
 例えば、複数頭で引き馬をする際に、群のままで前の馬との間隔をつめる引き馬では、馬は落ち着いて歩きます。しかし、場合によっては、引いている人ではなく、前の馬をリーダーとして認識しています。このため、当場では前の馬と「5馬身以上の間隔」を空けた引き馬をしています(図3)。前に歩かない馬や、逆に前に行きたがる馬の場合、引いている人がリーダーとなって、馬のスピードをコントロールします(図4)。これにより、人馬の関係を再構築していくのです。

3 図3 前後の馬との間隔を空けた引き馬

4 図4 馬自身のスピードをコントロールする相手がリーダー

おわりに
 離乳前後の時期は、成長やストレスに伴う様々な疾患や悪癖が我々の頭を悩ませることが少なくありません。今回ご紹介した方法で全て解決できるわけではありませんが、1つのヒントとしてご活用いただければと思います。皆様の愛馬の健康な成長のために、今回の拙稿がお役に立てば幸いです。

(日高育成牧場 専門役 冨成雅尚)