育成期の運動器疾患(軟骨下骨嚢胞)
例年より降雪が遅いものの日々の最低気温が氷点下に届きはじめ、日高育成牧場にも冬が到来しつつあります。騎乗馴致も終わり、1歳馬たちの調教も来年の競走馬デビューに向けて徐々に本格化する時期でもあります。とはいえ、この時期の1歳馬たちは未だ成長途上にあり、運動強度が増すにつれさまざまな運動器疾患が認められるようになります。今回は、それらの疾患のうち「軟骨下骨嚢胞」について紹介します。
馬の大腿骨内側顆軟骨下骨嚢胞
ボーンシストとも呼ばれ、栄養摂取や成長速度のアンバランスなどの素因や関節内の骨の一部に過度のストレスがかかることが一因となって関節の軟骨の下にある骨の発育不良がおこることにより発生するとされています。X線検査でのドーム状の透過像(黒っぽくみえる領域)が特徴で(図1)、大腿骨の内側顆が好発部位です(図2)。発生時期も1歳春から秋まで様々で、調教が始まるまで殆ど跛行しないため、セリのレポジトリー(上場馬の医療情報)用のX線検査で初めて発見されることもあります。
図1
図2
嚢胞があったら長期休養または手術?
この嚢胞には炎症産物が含まれており、運動を継続すると病巣が広がってしまうため、一度跛行が認められたら運動や放牧を中止し休養させなければいけません。調教への復帰を早めるため手術(嚢胞部分の掻爬や螺子挿入)されることもありますが100%改善するとは限りません(図3)。しかし、この病気の発症馬43頭とその「きょうだい」207頭を比較した調査では、①発症・発見が早いほど出走率は高く、②平均出走回数は「きょうだい」と発症馬との間に差がなく、③手術した14頭の出走率は71%、しなかった29頭は52頭であったことが報告されており、早期診断・適切な治療・管理をすれば競走馬としての可能性が十分に期待できることがわかっています。
※出展:馬大腿骨遠位内側顆軟骨下骨嚢胞罹患馬の追跡調査(NOSAI加藤ら)
図3
また、掻爬による手術を実施した150頭の軟骨下骨嚢胞発症馬に関する調査では、①損傷していた関節表面の大きさが15mm以下であれば出走率が70%、②対して損傷部が15mm以上であれば出走率が30%、③たとえ症状を示していない1歳馬でも嚢胞の直径が15mm以上のものは高い確率で後々跛行することが報告されています。従って、関節表面損傷部の大きさを指標に発症馬の予後判定ができます。
※出展:馬獣医のよもやま話46「後膝におけるボーンシストについて」(HBA柴田ら)
一方、まだ跛行していない1歳馬1,203頭が大腿骨内側顆軟骨下嚢胞を持っていた確率と、それらの馬のうちどの程度が跛行したのかに関する調査では、①10mm未満の嚢胞を持っていたのは84頭(7%)、②10mm以上の嚢胞を持っていたのは33頭(2.7%)、③後に跛行したのは嚢胞を持っていなかった馬のうちの1頭と10mm以上の嚢胞を認めた馬のうちの6頭だったことが報告されています。このことから、比較的大きな嚢胞が認められた馬の殆どが後に症状無く出走することが可能だということがわかります。
※出展:サラブレッド1歳馬の大腿骨遠位内側顆X線スクリーニング検査における有所見率とその後の跛行発症との相関(ノーザンF妙中ら)
最後に
いずれにしても重要なのは症状を悪化させないための早期発見・早期治療です。そのためには、普段からのチェックやケアの徹底により愛馬の状態を確認しておくことはもちろん、「歩様(騎乗した感じ)がいつもと違う」などの前兆を見逃さないことが重要となります。今回の内容について不明なことなどありましたら、是非日高育成牧場までお問い合わせいただければ幸いです。
日高育成牧場 専門役 琴寄泰光