後期育成 Feed

2021年2月 1日 (月)

馬の跛行を見つけるポイント

跛行の定義とその原因

馬が歩様に異常をきたしている状態を「跛行」と言い、病名ではなく症状を指す言葉です。跛行している馬は、体のどこかに何らかの疼痛や機能障害を有しているため、正常な運歩ができない、あるいは運動を嫌っていると考えられ、様々なデメリットが生じることになります。例えば、跛行している馬が育成馬や競走馬であれば調教メニューの消化が困難に、繁殖牝馬であればストレスや運動不足から妊娠の維持や分娩に悪影響が出るほか、授乳中であれば母馬に連れられた子馬の運動量まで減少させてしまいます。また、骨格形成が未熟な子馬であれば、痛みのある肢をかばう不自然な姿勢が続くことにより肢勢異常などの発育障害につながる場合があります。その上、この肢勢異常が更なる跛行の原因になってしまいかねません。このように、馬のライフステージのほぼ全てに悪影響を与えてしまう跛行の原因として、骨折、関節炎、腱や靭帯の損傷、筋肉痛、蹄病、外傷および局所感染などが挙げられます(図1)。いずれの場合も早期に発見し、適切な治療を開始することが重要となります。

1_15

図1:跛行の原因となる怪我や病気

当然ながら、跛行の原因を診断し、骨折や感染症などの原因に対する治療は獣医師が行うものですし、若馬の肢勢異常などに対する装蹄療法は装蹄師の範疇です。とはいえ、跛行に対しては前述したように早期発見が重要ですから、飼養者の皆さんによる愛馬のチェックが最も重要だと言えます。そこで今回は、跛行発見のチェックポイントをご紹介します。

 

跛行の分類

一口に跛行と言っても、獣医学的にはその肢の運びによって数種類に分類されています。肢に体重を乗せた際に疼痛を示すものを支柱肢跛行(支跛=シハ)、肢を挙げるとか前に振り出す際に疼痛を示すものを懸垂肢跛行(懸跛=ケンパ)、これら両方が混ざったものを混合跛行(混跛=コンパ)と呼んでいますが、今回は骨折や蹄病等の運動器疾患の発見に重要な支跛について解説します。

 

跛行の検査

馬は一定のリズムを刻みながら歩行しています。跛行している馬ではこのリズムが乱れることになります。自分(検査者)以外のもう一人の協力者(ハンドラー)に平地で馬を真っ直ぐに引いてもらい、その際の運歩を前後左右から見る、あるいは検査者を中心とする円弧を描くように歩かせてもらい、内側から見るのが基本となります。歩様は、4拍子でゆっくりと進む「常歩」(図2)、次に2拍子で進む「速歩」(図3)で馬を引いてもらいます。特に速歩では一本の肢にかかる負荷が大きくなるため左右のどちらの肢の跛行なのか判別しやすくなります。

2_9

図2:常歩の特徴

3_7

図3:速歩の特徴

 

しかし、訓練されていない検査者が目で見て馬の跛行を判断することはなかなか困難なものです。そこで、視覚だけでなく聴覚も使って検査することで跛行の検査が容易になることがあります。馬の歩行には必ず足音が伴いますが、この足音のリズムは正常な歩様の馬であれば一定のはずです。したがってこのリズムに集中し、その乱れを感じ取ることができれば跛行の有無やどの肢の跛行かを発見できることになります。

 

前肢と後肢の支跛のチェックポイント

前肢の支跛は、頭部の上下動に注目します。跛行している側の肢に負重した際に疼痛を伴って頭部を上げる動作を見せます(図4)。動画も参考にしてください。参考YouTube動画『馬の跛行(支跛)を簡単に見つけるポイント【前肢編】』

4_3

図4:前肢の支跛

後肢の支跛は、腰部の上下動と球節の沈下具合に注目します。跛行している側の腰の上下動が大きくなるほか、負重している時間も短縮します。また、正常な側に負重する時間が延長するために正常な後肢の球節がより深く沈下します(図5)。動画も参考にしてください。参考YouTube動画『馬の跛行(支跛)を簡単に見つけるポイント【後肢編】』

5_2

図5:後肢の支跛

今回は、跛行を発見する際のチェックポイントをごく一部だけご紹介させていただきました。しかし、皆さんがどの肢が跛行しているのかなどと、いきなり正確に見極める必要はありません。常日頃から愛馬の動きや仕草に注目し、「何か変だぞ?」と普段と異なる些細な変化に気づくことが重要なのです。また、些細な変化を獣医師や装蹄師にご相談いただくことも重要です(診断、治療や対処は、獣医師や装蹄師にお任せください)。

 

グリーンチャンネルの動画

今回一部をご紹介した跛行診断について、症例動画などを交えての解説をグリーンチャンネルの「馬学講座ホースアカデミー」で行っています(2018年1月)。こちらは、YouTubeでも視聴可能です。

6

日高育成牧場 専門役 琴寄 泰光

飼養管理が馬の行動に及ぼす影響

いきなりですが、馬の飼養管理がその行動にまで影響を及ぼすということはご存知でしょうか? 馬は“不断食の動物”と呼ばれるように、1日24時間のうち14-16時間を採食に費やすのが生来の習性です。しかし、こうした馬の生来の生活リズムも家畜化されたことによって、管理する側であるヒトの影響を大きく受けることになります。このヒトの影響を受けた生活リズムと生来のものとのズレが大きいと、 “異常行動”が発現することになります。

 

さく癖について

さく癖とは馬が前歯を柵などの固定物に引っ掛けて頭頸部を屈曲させ、独特のうねり声を出しながら食道に空気を吸い込む悪癖(図)のことを言い、前述の異常行動の一つに分類されます。日本では一律にさく癖と表現されることが多い口に関する悪癖も、欧米ではさらに細かく“crib-bite(クリッブ・バイト)”、“wind- sucking(ウインド・サッキング)”および” wood-chewing(ウッド・チューイング)”と使い分けられ、それぞれ別の動作を表しています。簡単にその違いを紹介すると、クリッブ・バイトは物を支点に空気を嚥下する動作、ウインド・サッキングは支点とする物を必要としない空気の嚥下動作、ウッド・チューイングは空気の嚥下はしないで単に物を齧る動作を指すという違いだそうです。

さく癖が悪癖とされる理由の一つに、疝痛の原因になりやすいことが挙げられます。その理由は未だ明らかにされていませんが、消化器官に大量の空気が入り込むことが関連していると考えられています。

 

1_14

(図) 

さく癖とストレスとの関係

前述の通り、さく癖行動の発現は馬の家畜化と深く関係しています。欧米では繋養馬のうちさく癖のある馬は全体の4-6%とされていますが、野生馬での報告はほとんどありません(唯一、捕縛された野生馬にさく癖行動がみられたとの報告があります)。また、繋養馬のさく癖行動に関する報告を調べると、牧草の給与量が少ない場合にさく癖行動が発現しやすいとされています。一方で濃厚飼料の多給もさく癖の発現要因の一つと言われていますが、これも実は牧草の給与量が少ないことの裏返し(全体の飼料摂取量が同じとすると濃厚飼料摂取量の増加分だけ牧草摂取量が減ることになります)と考えられます。また、動物種による多少の差はありますが、全ての動物には空腹感を合図とする食欲以外に、摂食するという行為自体への欲求もあることが知られています。牧草は嚥下するのに時間を要しますが、その給与量が減ると採食時間も短縮されることとなり、食欲は満たされても摂食欲は満たされないという状態になります。分かりやすく例えると、生命維持に必要な栄養を点滴で投与しても、実際に食塊を歯で噛み潰したり嚥下で喉を通過させる刺激がないと、広義の食欲は満たされないということです。日中の大部分を採食に費やすことが馬にとっての“生来の習性”であることから、このような採食時間(摂食行為)が不十分であることへのストレスを解消する手段としてさく癖を覚えるのだとされています。

一方、子馬については離乳によるストレスがさく癖を始める契機の一つとなることが知られており、さらに離乳方法によってもその発現に差があることが分かっています。馬房から母馬を連れ出して子馬だけを残す離乳方法は、放牧地で親子を離す方法に比べて子馬がさく癖を発現する割合が多くなりますが、これは前者の子馬にとってのストレスがより大きいためと考えられています。また離乳直前に哺乳回数の多い子馬ほど離乳後にさく癖を発現する場合が多いことも報告されており、成馬の摂食行為とさく癖との関係同様、哺乳行為への欲求が満たされないストレスが子馬のさく癖の発現契機になっているものと考えられています。

もっとも、さく癖についてはご存知のように他の馬を真似て始めることもありますから、一概にストレスが発現契機であるとも言えないところです。

 

易消化性炭水化物が馬の行動に及ぼす影響

 一方、摂取する飼料の違いが馬の行動にどのような影響を及ぼすかについて調べられた研究も多くみられ、そのほとんどは濃厚飼料に多く含まれるデンプンなどの消化しやすい炭水化物(易消化性炭水化物)を大量に摂取すると馬が興奮しやすくなるというものです。こうした理由で興奮しやすい馬に対しては、給与カロリーの総量を減らさずに濃厚飼料の一部を植物油や牧草に置き換えることで、馬が穏やかになるなどの効果が得られます。易消化性炭水化物が興奮作用を有することに関連し、そのような興奮作用を持たない植物油(脂肪)などは“クール・エナジー”(穏やかなエネルギー源)と呼ばれることもありますが、もちろんご存知の通り油に馬を穏やかにするような効果はなく、易消化炭水化物の摂取量を減らすことで馬本来の穏やかな気性が維持されるだけということになります。易消化性炭水化物が馬を興奮させる理由については未だ解明されていませんが、いくつかの仮説が唱えられています。易消化性炭水化物の摂取により脳の唯一のエネルギー源である血中グルコースが過度に上昇し、脳が覚醒されて感情が過敏になるのではないかという説や、易消化性炭水化物の摂取により消化器官(特に大腸内)のpHが下がることの不快感が馬をイラつかせて興奮させるという説などがその代表的なものです。

 

さいごに

本来であれば、野生の馬が決して感じることのないストレスを感じることや、口にする機会が少ない栄養への過剰摂取がさく癖のような馬の異常行動を発現させる契機となることがあります。これら異常行動は馬の健康を害するだけでなく、ハンドリングを難しくさせることにも繋がるため、管理する我々は馬の心と体にストレスを与えない飼養管理を目指さなければなりません。

 

日高育成牧場 主任研究役 松井 朗

若馬の昼夜放牧時の放牧草採食量について

サラブレッドの主要な飼料である放牧草には様々な栄養がバランスよく含まれており、草量が豊富な時期であれば濃厚飼料は必要ありません。しかし、放牧草には銅や亜鉛など馬の健康な成長に必要な一部のミネラルが不足していることから、これらの補給は不可欠です。

 

なぜ放牧草の採食量を知る必要があるのか?

 適切な栄養供給のための“栄養計算”は、もはや常識になりつつあります。しかし、飼養者が馬が摂取する全ての飼料の給与量を管理している場合はこの計算は難しくありませんが、自由採食下での放牧草の採食量を加味した栄養計算は非常に困難となります。また、放牧草で不足する栄養素はバランサーおよびサプリメント等で補給する必要がありますが、闇雲に給与すると一部の栄養素を過剰に摂取してしまう恐れがあります。この過剰摂取による他の栄養素の吸収阻害などの悪影響を避けるため、各栄養素の不足量を把握した上で飼料の給与量を決定する必要があります。したがって、馬が自由に採食する放牧草の量を知ることは重要ですが、これを調べるにはどうすればよいのでしょうか。この点について北海道大学の研究チームが昼夜放牧のサラブレッド若馬の放牧草採食量を調査した報告がありますので、その概要についてご紹介します。

 

放牧草の採食量はどのように調べたの?

 この研究チームは馬の糞中に排泄されるある物質に着目して、放牧草の採食量を算出しました。みなさんもよくご存知の通り、馬が摂取した牧草の繊維は大腸内の微生物によって分解されて吸収されます。しかし、“リグニン”と呼ばれる繊維については微生物が分解できず、そのまま糞中に排泄されています。したがって、放牧草から摂取するリグニン量と糞中に排泄されるリグニン量は全く同じということになります。このことから、馬が一日に排泄した全ての糞に含まれるリグニン量を調べることで、一日の放牧草の採食量を計算することができるというわけです。しかしこの方法では、馬が排泄する糞を漏れなく回収(写真1)する必要があるため、研究者が馬に24時間張り付いていなければなりません。

1_10(写真1)


 

若馬の成長に伴う放牧草採食量の変化

 調査には日高育成牧場のホームブレッドを用い、クリープフィード開始期(2ヵ月齢)、離乳直前(4ヵ月齢)、離乳直後(5ヵ月齢)、放牧地が雪で覆われる積雪期(10ヵ月齢)、騎乗調教開始前(15ヵ月齢)の各期における放牧草の採食量が調べられました。全ての試験期間を通じて昼夜放牧と濃厚飼料の給与(表)を実施し、積雪期のみ放牧地でルーサン乾草を自由に採食できるようにしています。

Photo_3

 この調査で明らかとなった各試験期の放牧草の採食量(乾物量)をグラフに示しました(図)。図の下段は体重100㎏当たりの採食量(kg)です。哺乳中であるクリープフィード開始期および離乳直前の体重当たりの採食量は、それぞれ1.3%と1.4%でした。離乳直後の体重当たりの採食量は2.6%と離乳直前の約2倍となりましたが、これは離乳により絶たれた母乳を補うための増加と考えられました。また、騎乗調教開始前は2.7%であることとあわせ、草量が豊富な時期である離乳直後の採食量は、おおむね体重の2.6-2.7%程度と見積もってよいのではないかと考えています。一方で、積雪期の採食量はルーサン乾草を自由に採食できていたにもかかわらず1.3%と非常に少ない結果となりました。これはどういうことでしょう?

2_8

(図)

なぜ積雪期の牧草採食量が少なかったか

積雪期の放牧地は冠雪によって放牧草が覆い隠されていましたが、実は馬は雪を掘り返して雪下の放牧草を食べていました(写真2)。この時期の放牧草は茶色く、栄養価が低いだけでなく美味しそうにも見えませんが、馬の食指は容易に食べられるルーサン乾草より雪下の放牧草に向いたようです。このようなルーサン乾草の嗜好性の低さ(ルーサン自体は一般的に嗜好性が高い草種とされています)が体重当たりの採食量の減少理由とも考えられますが、雪下の放牧草を食べるために時間を費やしていたであろうことも影響したかもしれません。この時期の放牧草は短くて一度に噛みちぎれる量が少ないこと、雪を掘り返す作業に時間を要することを考慮すると、単位時間当たりの採食量は極めて少なかったのではないでしょうか。生来、馬は一日のほとんどの時間を採食に費やすという行動特性から採食時間を増やす余地はないため、この単位時間当たりの採食量が極めて少なかったことが採食量の減少に大きく影響した可能性があります。したがって、積雪期にはボディーコンディションの極端な低下を防止するため、採食量の減少分を考慮して飼葉をより多く与える必要があると考えられます。

3_6

(写真2)
 

 ご紹介した調査成績は日高育成牧場での成績であるため、どの牧場でも同じ成績になるとは言えません。また当然ながら馬の一日あたりの放牧草の採食量は、濃厚飼料の給与量や放牧時間にも影響されます。しかし少なくとも、この成績は若馬の一日当たりの放牧草の採食量を明らかにしたものであり、適切な栄養管理を行う上で一つの目安になるのではないでしょうか。

 

日高育成牧場 主任研究役 松井 朗

サラブレッドのハミ受け(後編)

公益財団法人 軽種馬育成調教センター(BTC)では関連団体と協力し、強い馬づくりの一環として全国各地の生産・育成地区で育成技術講演会を実施しています。今回は、過去に浦河で行われた講演会の内容から、育成馬に騎乗される方々にとって最も身近な問題である「サラブレッドのハミ受け」(後編)についてご紹介いたします。

 

ハミ受けと常歩

競走馬に携わる者であれば、1ハロンのタイムを25秒であるとか、2ハロンを15秒-15秒など、駈歩の速度を重要視されていると思います。では、常歩の速度についてはどうでしょうか?一般的に、競走馬の常歩での乗り運動における理想的な速度は1分間に110m(時速6.0~6.6km、人が早歩きする程度)といわれます。このくらいの速度の常歩は後躯の動きを活発にし、後躯を積極的に動かしてハミ方向に馬を押し出すことで“馬が丸くなる”形を作り、正しいハミ受けができるようになります。つまり、騎乗者が正確な速度感覚を身に付けてはじめて、頚と背中を大きく動かす、馬の全身を使った乗り運動が可能となるわけです。常歩は馬体の柔軟性を求めるにはとても良い運動ですが、ただダラダラ歩かせていては期待する効果は得られません。全身を使って活発に歩かせてはじめて馬体の緊張をほぐすことができ、そうすることで本当の意味でのハミ受け準備が整ったことになるのです。

 

頭頚の巻き込み

ハミが直接作用する部分は馬の口です。馬の口に刺激を与える直接的な扶助、例えば拳を左右、または上下に使うなど、馬の動きを無視した脚を使わない手だけの扶助でハミに刺激を与えると、馬は頚を巻き込むようになります。これとは逆に、頭頚が高くなるとキ甲が沈むことで頚や背中が反ってしまい、足先だけでしか歩けません。肩や後躯を使って大きく歩けていない状態ですが、特に後躯をダラダラと引きずった歩様となり、活発さがなくなってしまいます。

 

正しい馬具の使い方

馬が正しい姿勢をとり、頚や背中が丸くなって運動できていれば、走行に必要な筋肉を発達させることが期待できます。調教補助道具はこのような体勢作りのために有効ですが、使い方を誤るとかえって逆効果となってしまいます。道具だけに頼り過ぎることなく、最終的には道具を使用しなくても正しい姿勢を維持できるようにすることを念頭に、場面を限定して使用することが重要です。ここでは、一例として馬が頭を上げ過ぎることを防止するマルタンガール同様の効果が得られる折り返し手綱についてご紹介します。

折り返し手綱は、手綱とは別の手綱(布製または革製)の一端を腹帯に装着し、腹帯から前肢の間、ハミと通して手綱と一緒に拳で握って使用します。同時に2本の手綱を操作する必要があるため、その取扱いは難しくなります。また、馬の頭が上がり過ぎないように矯正するための道具ではあるものの、あまり短くし過ぎないように注意が必要です。短くし過ぎると頚を巻き込んでしまい、馬の推進力が頚から逃げてハミまで届かない状態になります。使用に際しては、頚と頭の角度を90度以上に曲げ過ぎないことが肝要です(図1・2)。

1_8

図1 折り返し手綱の正しい例

2_7

 図2 折り返し手綱の悪い例

不自然に頚が曲がりすぎると、推進力が逃げてしまって有効に作用しません。

正しい馬とのコンタクト

馬に正しいハミ受けを教えるきっかけとして、まずは常歩で1分間に110mの速度の円運動で活発に歩かせることから始めると良いかもしれません。この時、外手綱は壁を作り(外側の手綱をピンと張る)、内手綱は軽く開いておきます。馬の鼻先が上がったり、自分より遠い位置に出ていくなら(ハミに対して抵抗している)、両手綱を両手で強く握ります。馬がハミに対して譲ってくれたら(手綱が緩んだら)、それ以上手綱を強く握らない(引かない)ようにします。これを何度も繰り返しながら徐々に小さい円から大きな円に移行し、最終的には直線でも実施できるように調教します。さらに、速歩、駈歩でも同様に調教していきます。

3_5

図3 ハミ受けのきっかけ作り

側方への屈撓時は、反転筋の一方が伸展します。

公益財団法人 軽種馬育成調教センター 業務部 次長 中込 治

馬の飲水について

 動物にとっての水は、その摂取が絶たれたときの生命に及ぼす影響が大きい、つまりより短期間で生命維持を脅かす要素であるといえます。また、栄養素は比較的余裕をもって体内に蓄えることができます(例えばエネルギーなら体脂肪として)が、体水分量はおおむね一定(体成分の62-70%)に保たれており、水を余分に貯蔵することはできません。ボクシング選手にとって、減量時の水分制限は食事制限よりはるかに辛いそうです。したがって、管理する我々は馬が新鮮な水を常時摂取できるよう意識する必要があります。 

1_7

馬が飲みたくなった時、いつでも飲めるように新鮮な水を用意して おく必要がある。

2_6

ウォーターカップによって、馬はいつでも新鮮な水を飲むことができる。

飲水量に影響を及ぼす要因

成馬の1日の飲水量はおおむね体重100㎏当たり5リットル(体重500㎏とすると25リットル)とされていますが、気候環境、飼料、運動、成長ステージおよび個体差などに影響されることが知られています(表)。

1_6

表 様々な環境下における馬の飲水量(NRC 2007)

 具体的には、気温や湿度が高い時などは見かけ上の発汗がなくても皮膚や気道から蒸散する水分(不感蒸泄)量が増えるため、飲水量は増加します。また、飼料の摂取量が多くなるに従って飲水量が増加することも知られています。この明確な理由は分かっていませんが、おそらく血中の総タンパク質濃度や血液の浸透圧の上昇が関係していると考えらえています。さらに、運動時の飲水量も発汗量に伴って増加しますし、泌乳期の飲水量も産乳で水分を消費することから妊娠期の1.5~2倍以上に増えるとされています。

 

飼料の成分や栄養素が飲水量に及ぼす影響

馬の飲水量は、摂取する飼料が粗飼料か濃厚飼料かによっても変化します。一般に、同じ量の飼料を摂取していても、飼料中の濃厚飼料の割合が高くなるほど飲水量は少なくなるとされていますが、この理由については次のように考えられています。馬が飼料を食べて飲み込むためには、食塊が食道を通過しやすくするために咀嚼によって唾液と混合する必要がありますが、粗飼料を飲み込むためには、濃厚飼料よりも多くの咀嚼と唾液が必要となります。この際、脳から飲水を促す指令(口渇感)は、唾液の分泌量が多いほど強くなり、結果的に飲水量が増加することになります。

 一方、栄養素の一つであるナトリウムと水分には密接な関係があり、体水分の調整にはお互いを切り離して考えることはできません。例えば、ナトリウム源である食塩を、体重1㎏あたり50㎎から100㎎(体重500㎏とすると25gから50g)に増やすと、飲水量が約1.5倍増加したことが報告されています。この理由については、生体が浸透圧を調節しようとするメカニズムによって説明がつきます。生体内では体液(細胞外液)のナトリウム濃度が高まった時、ナトリウムの濃度を元に戻そうとする機序が働きます。排尿量を減らして水分をなるべく外に出さないようにしたり、脳から飲水を指令(いわゆる喉の渇き)して体内の水分量を増加させ、高すぎるナトリウム濃度を希釈しようとする働きがこの機序にあたります。また、体内の水分が不足することによっても体液のナトリウム濃度が高くなるため、脳から口渇感の信号が出されて飲水行動がおこります。一方、ナトリウムが不足した場合はナトリウム源である塩分に対する摂取要求が発現します。飼養馬が鉱塩によってナトリウムを補うことができるのは、この生理的要求によって自発的な摂取が期待できるためです。

 その他に飲水量を増加させる要因として、タンパク質の摂取量が多い場合が挙げられますます。タンパク質はアミノ酸に分解されますが、生体内で使い終わったアミノ酸は尿素として尿中に排出されます。尿素の排泄量が増えれば、同時に尿として排泄する水分量も増えるため、その損失を補うべく飲水量が増加します。

 

気温や水温が飲水量に及ぼす影響

 一般に、気温が下がると飲水量も低下するとされており、気温が9℃から-8℃に下がることで、飲水量が減少したとの報告があります。

 また、ある研究グループによる水温が飲水量に及ぼす影響について調べた報告がありますので、ご紹介します。気温が-20℃から5℃の環境下において、外気で冷えたバケツに水を入れて給与した群(冷水群:平均水温 1℃)と、バケツ用のヒータで温めた水を給与した群(温水群: 平均水温19℃)の飲水量を比較したところ(図 ①)、温水群は冷水群より飲水量が約1.4倍に増加しました。このことから、冷水群の馬は、本来必要であった量の水を飲んでいなかった可能性があることが分かります。つまり、冷水群は水温が低いのを嫌って飲水量が減ったものと考えられました。同様の試験を15℃から29℃の暖かい気温でも実施したところ、冷水群(人工的に冷却)と温水群の飲水量に差はみられませんでした(図 ②)。両方の試験の結果から、馬は外気温が低い時にさらに体を冷やしてしまうような冷水の摂取を避けたものと結論付けられました。

Photo

図 気温ならびに水温が馬の飲水量に及ぼす影響

①気温 -20から5°Cの気温下で、冷水(平均水温0°C)と温水(平均水温19°C)の水の飲水量を比較した。

②気温15から29°Cの気温下で、冷水(平均水温0~1°C)と温水(平均水温23°C)の水の飲水量を比較した。 気温が低いときに水温の低い水の飲水量が少なくなった。

 

 よく、冬期間の放牧地での給水について、飲水量が少ないようだが冬場はあまり水を飲みたくないのでしょうかと相談されることがありますが、このように判断するのは早計かもしれません。前述した通り、水分の不足は脱水症の発症などの懸念に繋がりますが、馬の場合は脱水以前に便秘疝を発症しやすくなります。放牧地に冬期も水が凍らない水桶を整備するにはコストがかかりますが、最低でも馬房内では馬が十分に飲水できるよう、気を配ることが重要です。

 

日高育成牧場 生産育成研究室 主任研究役 松井 朗

サラブレッドのハミ受け(前編)

公益財団法人 軽種馬育成調教センター(BTC)では関連団体と協力し、強い馬づくりの一環として全国各地の生産・育成地区で育成技術講演会を実施しています。今回は、過去に浦河で行われた講演会の内容から、育成馬に騎乗される方々にとって最も身近な問題である「サラブレッドのハミ受け」(前編)についてご紹介いたします。

 

サラブレッドの調教とは何かを考える

サラブレッド競走馬や育成馬の騎乗者は、ハミ受け、バランス感覚およびペース判断などの習得、さらにそれらの技術向上が必要とされます。しかし、調教に対して無関心であれば馬に対して悪い影響を与えるだけでなく、自身の騎乗フォームをも悪化させることになります。したがって、騎乗者は向上心を忘れず、自分自身をチェックしながら日々の調教に取り組むことが大切です。

どのような調教にも明確な目的があるはずですが、騎乗者がこの目的を理解していなければ、いくら調教を行っても競馬で馬の能力を十分に発揮することはできません。正しい騎乗姿勢で馬体の筋肉を鍛錬すること、馬との信頼関係を確立して馬の精神力を強化することといった目的をしっかり意識して調教に臨むことが重要です。

また、馬の走行姿勢が悪ければ速く走ることができないのは当然ですが、そればかりか頚、背中や後躯の負担を増大させて馬体を痛めてしまう結果にもつながります。これでは必要な筋肉の鍛錬ができないばかりか馬の能力までも低下させてしまい、競馬で馬の全ての能力を引き出すことは到底できません。

一方、騎乗者が扶助によって馬に働きかけて正しい走行姿勢を理解させることができれば、馬と騎乗者の信頼関係が確立され、能力向上にもつながります。このように扶助を通じて正しく理解させるべき項目の一つにハミ受けがありますが、競馬で馬の能力を十分に発揮させるためには、この正しいハミ受けが重要とされます。正しいハミ受けは自由な馬のコントロールだけではなく、正しい姿勢を作って能力を最大限に発揮することにも不可欠なことなのです。

 

ハミ受け

ハミ受けでは、馬が丸くなる形が理想形となります。馬が丸いといっても太っているわけではなく、頚から背中、さらに腰へとつながるトップライン(馬体を横から見た時)が丸みを帯びている姿勢のことを指します(図1・2)。実は、強引にハミを引きつけて頚を曲げても、馬の後躯を積極的に動かして前方に推進力を送っても、外見上だけなら馬を丸くすることができます。しかし、正しいハミ受けに必要な丸い姿勢は、前者ではなく後躯を積極的に動かしてハミ方向に馬を押し出して作る姿勢なのです。ハミ受けの最終目標は、上から見た時に馬体が真っ直ぐの状態でハミ受けをしていることですが、最初のきっかけ作りとして、上から見た時に馬体が弧を描いた状態で扶助を与えると、正しい姿勢を理解させやすくなります。具体的な進め方として、初めは直径10mの小さな円に沿って馬体が弧を描いた状態から開始し、30m、50mと徐々に円を広げます。円が広がるのに伴って描く弧も直線に近づきますが、この際に徐々に馬体が真っ直ぐに近い状態でハミ受けできることをイメージすると良いでしょう。正しいハミ受け姿勢により馬の力を蓄積させることが可能となり、競馬の最後の直線での爆発的な力の解放につながります。(後編に続く)

 

1_5

図1 正しいハミ受け

トップラインの丸さは後躯の進出を容易にします。

2_5
図2 悪いハミ受け

頚の反転は後躯の進出を拒みます。

 

 

 

公益財団法人 軽種馬育成調教センター 業務部 次長 中込 治

 

 

馬の放牧地における電気牧柵の利活用

はじめに

昨今、ハンターの減少や高齢化に伴ってシカの個体数の増加を実感できるようになりましたが、シカによる放牧地や採草地の食害に悩まされている方々も少なくないのではないかと思います。放牧地へのシカの侵入は放牧草の食害だけでなく、放牧中の馬がシカに驚いて狂奔したり雄シカの角に突かれたりした際に負傷する原因になることも珍しくはありません。また、シカによって持ち込まれた病原菌やダニなどが馬の感染ルートになることもあるため、シカの侵入に対して何らかの対抗措置をとる必要があります。

シカの放牧地への侵入防除には、ワイヤーメッシュ等の物理的な柵の設置が最も有効です。一定以上の面積を有する放牧地や採草地を整備する場合には、必要経費の一部についての助成事業「軽種馬生産基盤整備対策事業(放牧地整備事業)」を利用する方法もありますが、もう少し手軽に電気牧柵を利用するという方法もあります。今回は、JRA日高育成牧場における電気牧柵の利活用についてご紹介します。

 

シカ対策

一般的な電気牧柵は、物理的に動物の侵入・脱柵を防除できるような堅牢な構造ではなく、電気ショックを与えて対象動物を心理的バリアによってコントロールすることを目的としています。この電気牧柵装置には様々な種類がありますが、一般的なの動物防除用としては9,000Vのものが選択されます。電源はバッテリーから供給されますが、昼間のうちにソーラーパネルから充電されるため、電池切れの心配はありません。JRA日高育成牧場では、通常の牧柵の下方の間隙に電気牧柵を設置することで、シカの侵入防除効果を上げています(図1)

また、この電気牧柵は放牧地をぐるりと一周にわたって囲む必要は無く、一部のみの敷設(開始端と終止端を繋いで輪にする必要がない)でも有効です。シカなどの害獣が電気牧柵に触れることで、電流が高圧線から生体を伝って地中のアースに向かって流れる仕組みですが、高電圧でも電流は一瞬だけ微量が流れる仕組みなので、パチンと軽い痛みを感じるだけで感電することはありません。シカは、放牧地に侵入する際に(通常、牧柵の下の隙間を潜って侵入します)この電気牧柵に触れて痛みを覚えますが、何度か繰り返すうちに「柵に触れると痛い」ということを学習し、遂には放牧地に侵入しないようになるという訳です。

1_4

(図1)シカ対策として設置している電気牧柵

 

生後間もない子馬の放牧地順化

広い放牧地で生後間もない子馬が勢いよく走る母馬の後を一生懸命追いかける姿は、生産地ではよく見かける微笑ましい光景です(図2)。しかし、最近の研究では、生後間もない子馬の骨軟骨は幼弱で激しい運動には耐えることができず、症状に表れないような軽微な軟骨損傷を発症している例もあることが明らかとなりました。(図3)。このような子馬の軟骨損傷を予防するためには、子馬が過度に走れないように小さな放牧地から徐々に大きな放牧地へと慣らしていくことが有効と考えられますが、JRA日高育成牧場では放牧地内の「間仕切り」に電気牧柵を利用することで、実際に子馬の種子骨損傷を予防できるかについて検証しました(図3)。

その結果、生後直ぐに広い放牧地へ放牧した子馬に比較し、電気牧柵を利用して段階的に放牧地の広さを制限した子馬では、この軟骨損傷の発症頻度が大幅に減少することが確認できました(表1)。

2_4

(図2)広い放牧地で一生懸命母馬の後を追う生後間もない子馬

3_3

(図3)生後1か月齢の子馬に認められた種子骨の離断骨片

4_2

(図4)電気牧柵で仕切られた放牧地

乾電池式の電源装置と視認性が高い幅4cmの帯状の柵を使用

5

(表1)治癒までに10週間以上を要した軟骨損傷の発生状況

 

おわりに

電気牧柵の利点は、通常の牧柵より安価で移設も容易という点です。したがって、子馬の成長に応じて放牧地のサイズを何度でも仕切り直すことが可能です。また、設置によるメリットはシカによる食害を防止して施肥効果を高めるだけに留まらず、シカが持ち込んでいたと思われるダニの寄生も減少させることもできました。 生後間もない子馬の種子骨損傷の予防は電気牧柵の活用法の一例ですが、その他の関節に発生する離断性骨軟骨症の原因となる過度の運動刺激についても同様に防ぐこともできそうです。実際に電気牧柵を運用するには、出産前の母馬を予め電気牧柵を敷設した放牧地に馴致しておくなどの工夫も必要ですが、電気牧柵自体には通常の柵のように物理的に馬の突進に耐える強度がないため、狂奔状態に陥った馬が電気牧柵を突破することは十分に考えられます。したがって、電気牧柵は、あくまでも放牧地内の「間仕切り」としての使用に限定すべきです。

 電気牧柵が有効に、安全に機能するには、適切に資材や機器を設置することだけでなく、漏電を予防するための下草の定期的な刈り取りなど、設置後の環境整備も必要となります。電気牧柵の詳細については、取り扱い販売店にお問い合わせの上、適切にご使用していただきますようお願いします。

 

日高育成牧場 生産育成研究室 室長 佐藤文夫

米国の競走馬の調教

これまで繁殖、セールスプレップと米国事情をご紹介してきましたが、今回のテーマは競走馬の調教についてです。今回のお話の大前提として、米国では馬場などの施設の相違から育成牧場と競馬場では調教の方法も全く異なりますのでご承知おきください。

 

育成牧場での調教

我が国同様、米国においてもブレーキング(騎乗馴致)は育成牧場が担っています。私の研修先であるウインスターファームでは9月頃からブレーキングを開始していましたが、最初の1週間、馬房内で騎乗してひたすら回転を繰り返すことで、背中に人が乗って負重した状態に馴らすことに専念していました。次の1週間はラウンドペン(円馬場)、続く2週間は角馬場で騎乗し、脚の扶助や開き手綱によるコーナリングを教えることで最初の1ヶ月間を終えます。次の1ヶ月間は、普段の放牧で使用されているパドックで騎乗しますが、これは整地された調教コースでなくあえて不整地で騎乗することで捻挫などの疾患を発症しないようなバランス感覚および筋肉の鍛錬を期待しているとのことでした(図1)。さらに次の1ヶ月間は、放牧地間の傾斜地を天然の芝坂路コースとして利用し、馬に後躯の踏み込みを教えてセルフキャリッジした(起きた)状態での走行フォームを教えることに専念します。ここまでブレーキング開始から3ヶ月間、基礎的な部分に重点を置いた調教を行い、12月になって初めて周回コースでの騎乗に移行します。

米国の一般的な育成牧場は、競馬場と同じ1周1,600mもしくは一回り小さい1周1,200mのダートコース(所有もしくは共有)を調教に利用しています。私の次の研修先であるマーゴーファームも1周1,500mのオールウェザー馬場の勾配付き周回コースで通常調教を行い、全長1,700mのオールウェザー馬場の直線坂路コースで追切りを行っていました。マーゴーファームには、この他により大きな1周2,000mの芝コースもありました。米国の育成牧場は、調教コースの他に広い放牧地を所有していて放牧を行いながら調教を進めることも特徴の一つですが、マーゴーファームでも馬の状況に応じて放牧時間が調整されており、2歳の新馬や休養馬でも肢下に問題がない馬は17時間の昼夜放牧、脚部不安で運動量と採食量を制限したい馬は12時間の夜間放牧、骨折手術後などリハビリ中や競馬場入厩が間近な馬は3時間の昼放牧というように細かな放牧メニューが組まれていました。

1_2

図1.あえて不整地で騎乗することでバランス感覚および筋肉を鍛える

 

競馬場での調教

内厩制を採用している米国では、競走馬は基本的に競馬場で調教されています(一部には主催者から認定された外厩で調教されているものもあります)。競馬場の調教馬場や本馬場は、多数の調教師が一斉に利用するため、常歩・速歩は外埒沿いに右回り、駈歩は内側を左回りと厳格なルールが決められています。ゴール板はコース正面の直線の終わりに設置されているので、調教する馬は入場してまずは外埒沿いを右回りに速歩でスタート位置(走りたい距離をゴール板から逆算した地点)に向かいます。スタート位置に到達したら内側に反転し、左回りにゴール板まで駈歩調教を行います。この調教を毎日繰り返すことにより、馬に「内側に反転したらスタート」「ゴール板までしっかりと駈歩する」ことを教えることができるとのことでした。

また、日本と比較して米国の調教師は調教での走行タイムを重視しますが、その理由を尋ねると「実際にレースで走る馬場、すなわち競馬場で調教を行っているから」というシンプルな返答が返ってきました。一般的な米国の追切りは、4~5ハロンといった長めの距離を本番のレースに近いタイム(50-51秒/4Fもしくは61-62秒/5F)で走らせますが、調教師は「実際のレースで想定される勝ち時計に近いタイムで走れるようになったら仕上がった」という考え方を基準に出走を決めているようです。

他にもレース経験の少ない2歳馬は前進気勢を促すために2頭併せ、古馬は単走で調教されるという点も特徴的です(図2)。これは先行抜け出しという展開が多い米国の競馬で、最後の直線で1頭になっても“ソラ”を使わないでゴールまで走り切れるようにというのが目的なのだそうです。

2_2

図2.直線で“ソラ”を使わないでゴールまで走り切れるように単走で追切られる

 

 以上、今回は米国の調教についてご紹介しました。少しでも日頃の調教の参考になれば幸いです。

 

JRA日高育成牧場 専門役 遠藤祥郎

V200から見るJRA育成馬の調教状況についての考察

はじめに

V200とはVelocity at heart rate of 200 beats/minの略称であり、”1分間あたりの心拍数が200拍に達した時点の馬の走行速度”を意味します。V200は、持久力に関係するとされる「有酸素運動能力」の指標として用いられており、日々トレーニングを重ねることで上昇する、言い換えると、同じ心拍数でより速く走れるようになることが分かっています。裏を返せば、同じスピードで走行した時の心拍数が低くなる、つまり馬体の負担が少なくなるともいえます。また、V200は比較的簡単に測定することができるため、定期的に測定することで容易にトレーニング効果を判定することが可能となります。既に一部の競走馬の体力評価にも利用されていますが、JRA日高育成牧場では2歳時の2月と4月に測定し、JRA育成馬の有酸素運動能力の評価に活用しています。

※ 本稿では、昨年2018年度のJRA育成馬(現3歳世代)の調教状況についてV200を中心に考察しています。

V200の測定結果

2009年以降の10年間のJRA育成馬について、各年の2月と4月に測定したV200の平均値を比較してみると、2018年のJRA育成馬のV200平均値において、2月は623.5±7.3 m/min(19.2秒/F)で過去10年において4番目に高い値、4月は675.0±8.9 m/min(17.8秒/F)で最高値となり(図1)、2月から4月にかけてのV200の増加量の平均値も、過去10年で最高値(64.6 m/min)となりました(図2)。

1

図1.JRA育成馬各世代におけるV200の平均値

※グラフ内○数字は過去10年間における当該年の順位

※対象は2月および4月のどちらもV200を測定した馬

2

図2.JRA育成馬各世代におけるV200増加量の平均値

 

2018年のV200平均値が高水準であったことの考察1:馬場管理方法の変更

2018年のV200が過去10年間で高水準であった要因の1つとして、JRA育成馬が利用していたBTC屋内坂路馬場の管理方法が変更されたことが考えられます。2017年までの屋内坂路馬場は、経年劣化によるウッドチップの細粒化に加えて、頻繁な散水と転圧によって比較的「走り易い」馬場に管理されていました。しかし、2018年以降はウッドチップが更新されるとともに散水と転圧の頻度も減少され、より運動負荷がかかる馬場管理方法に変更されています。実際にこの馬場管理方法の変更によってより運動負荷がかかるようになったかどうかについては、2017年前後にBTC屋内坂路馬場を利用したJRA育成馬の血中乳酸濃度の変化を調査することである程度の推測が可能です。JRA日高育成牧場では、調教時の運動負荷を確認する指標として坂路調教直後の血中乳酸濃度の定期測定も行っていますが、2016年から2018年の3年間の2月における坂路調教2本目の走行速度と直後の血中乳酸濃度の関係性を調査した結果、2018年群の血中乳酸濃度は2016年群および2017年群より全体的に高値を示していました(図3)。2016年から2018年のJRA育成馬における1日あたりの坂路調教メニューに大幅な相違がなかったことから、BTC屋内坂路馬場の管理方法が変更されたことによって2018年群の運動負荷が増加した可能性が考えられます。

3

図3.2016-18年のBTC屋内坂路調教時の走行速度と血中乳酸濃度の関係性

 

2018年のV200平均値が高水準であったことの考察2:シーズン中坂路調教本数の増加

2つ目の要因としては、調教内容について坂路調教の本数を増加した影響が考えられます。2017年春までの調教は800m砂馬場を中心とし、坂路調教の頻度は週に2本程度でした。一方、2017年秋からは週に3本の坂路調教を行っています。その結果、1シーズン(前年11月から4月まで)の期間において、牡の坂路調教本数は2017年群が50本であったのに対し、2018年群は84本、同様に牝は2017年群が45本であったのに対し、2018年群は64本へと増加しています。このことから、平地より運動負荷が高い坂路調教の本数を増加させたことにより、2018年群のV200平均値が高水準となった可能性が考えられます。

※ 牝の坂路調教本数が牡より少ないのは、牝の調教開始時期が牡より1ヵ月程度遅いためです。

 

まとめ

考察1に記したとおり、2018年のBTC屋内坂路馬場は同じ走行速度でもそれまでより血中乳酸濃度が上昇する、運動負荷の高い馬場であった可能性があります。2018年のV200平均値が高水準であったことと併せ、血中乳酸濃度が大きく上昇する坂路調教を高頻度に行うことは、競走馬の有酸素運動能力の向上に効果的であることが示唆されました。JRA日高育成牧場では、今後もより効果的な運動負荷のかけ方(調教強度や強調教の頻度など)について、様々な調教方法を検討しながらデータを分析し、研究成果を皆さまにご披露できるよう努めていきたいと考えています。

日高育成牧場 業務課 胡田 悠作

2021年1月27日 (水)

新たな試みを進めるBTC調教場

 公益財団法人 軽種馬育成調教センター(BTC)が管理運営するBTC調教場(図1)は、皆様の強い馬づくりをサポートする施設として平成5年の開場より今年で26年目を迎えます。これまでに数多くの活躍馬が輩出され、また昨年は、開場からの利用延べ頭数が300万頭に達するなど、多くの皆さまに支えられてまいりました。

令和という新たな時代を迎え、BTC調教場では、さらなる強い馬づくり、そして利用者の皆様の利便性向上を図るため、馬場管理や利用方法について、新たな試みに取り組んでおりますので、その一部についてご紹介します。

1_10

図1.JRA日高育成牧場およびBTC調教場全景

 

1. 馬場管理

 BTC調教場は、夏季には11の調教施設がご利用いただけます。そのうち、屋内1,000m直線ウッドチップ馬場および屋内1,000m坂路ウッドチップ馬場(図2)につきましては、一昨年からウッドチップの管理方法を根本から見直し、従来のものより負荷をかけられる馬場へと改修しております。改修後2年が経過しておりますが、ご利用いただいている皆様からは好評価をいただいています。

 

2_9

図2.より運動負荷がかけられる馬場へ改修された屋内1,000m坂路ウッドチップ馬場。一年を通じ、天候にかかわらずご利用いただけるうえ、馬の前肢の負担を軽減しながら、後躯の鍛錬に有効です。

 

 また、その他の屋内施設として、屋内600mトラック砂馬場もご利用いただけます。一般的に砂場馬は砂粒の細粒化等によって除々にクッション性が失われるとされていますが、BTCでは、2年周期で砂の全面入替えを行い、良好な馬場の維持管理に努めています。

 

 さらに、屋外馬場は、早期からの除雪作業等により3月下旬には1,600mトラック砂馬場(図3)をいち早く開場しております。続いて、4月上旬までに1,200m・1,600m直線砂馬場(図4)、800mトラック砂馬場を順次開場しております。

これらは適時レベルハローで砂厚を測定し、適正な砂厚調整や砂の補充等の馬場管理に努めています。

 

3_7

図3.1,600mトラック砂馬場は、競馬場に匹敵する大きさの馬場で、より実践的なトレーニングが行えます。

 

4_5


図4. 1,200m・1,600m直線砂馬場は、馬の直進走行性を養い、インターバルトレーニングに適した馬場です。また、発馬機も設置していますので、ゲート練習も可能です。

 

 

グラス馬場(図5)は、芝が凍上により隆起するため、馬場全面にローラーによる転圧作業を行うなど安全面に考慮し、開場時期を5月中旬からとさせていただいております。

なお、競馬場に準じた整備を行っております直線2,000m芝馬場は、今年も無料開放しております(馬場利用料以外の追加料は不要です)。ぜひ一度ご利用ください。

 

5_5

図5.グラス馬場は、広々とした平坦な草原馬場です。柵に頼らず走らせることで、馬本来の自然な走りを助長します。また、2,000mの直線芝馬場は、 実際の競馬場に準じた整備を行っており、入厩前の最終調整や芝適性の判断にご活用いただけます。

 

 

2. 1歳馬の利用時期の変更

 近年、2歳戦の開始時期の早期化に伴い1歳馬の馴致時期も早まり、7月セリ終了後から育成牧場へ移動する馬が増加しています。このことに対応するため、BTCでは1歳馬の利用開始時期を1歳9月から1歳7月へと早めることとしました。さらに一昨年には、滞在馬房利用馬用にラウンドペン(丸馬場)を竣工し、初期馴致にも対応できるようになりました。加えてウォーキングマシーン(図6)も設置し、ウォーミングアップやクーリングダウン、休日の馬体調整等、ご利用の皆さまからは好評をいただいております。

 

6

図6.ウォーキングマシーンは1基で同時に6頭の運動が可能です。BTCでは、南地区に3基、北地区に2基の計5基を設置しています。また、ラウンドペンは南地区に2基、北地区に1基を設置しています。

 

 

3. 滞在期間の延長

 ご利用される方々の利便性向上のため、滞在馬房の利用期間を従来の4ヵ月から6ヵ月に延長しました。また、遠方(静内およびえりも以遠)からご来場される場合は、上記に限らず長期利用が可能ですのでご相談ください。

 

4. お試し期間の導入

 BTC調教場のご利用をご検討中の方を対象に、お試し期間も設けております(ご利用歴のない方限定、ご利用される際の調教責任者申請は不要です)。馬運車による日帰り利用はもちろん、滞在馬房・宿舎(1週間程度)もご利用いただけますので、ぜひ一度、バラエティーに富んだBTC調教場をご体感いただければ幸いです。

 

詳細(施設使用料等)についてのお問い合わせは、下記までご連絡ください。

 公益財団法人 軽種馬育成調教センター

 業務部業務第1係 南詰所 0146-28-1788  

公益財団法人 軽種馬育成調教センター 業務部 業務課長 小山 広