後期育成 Feed

2021年2月 1日 (月)

サラブレッドのハミ受け(後編)

公益財団法人 軽種馬育成調教センター(BTC)では関連団体と協力し、強い馬づくりの一環として全国各地の生産・育成地区で育成技術講演会を実施しています。今回は、過去に浦河で行われた講演会の内容から、育成馬に騎乗される方々にとって最も身近な問題である「サラブレッドのハミ受け」(後編)についてご紹介いたします。

 

ハミ受けと常歩

競走馬に携わる者であれば、1ハロンのタイムを25秒であるとか、2ハロンを15秒-15秒など、駈歩の速度を重要視されていると思います。では、常歩の速度についてはどうでしょうか?一般的に、競走馬の常歩での乗り運動における理想的な速度は1分間に110m(時速6.0~6.6km、人が早歩きする程度)といわれます。このくらいの速度の常歩は後躯の動きを活発にし、後躯を積極的に動かしてハミ方向に馬を押し出すことで“馬が丸くなる”形を作り、正しいハミ受けができるようになります。つまり、騎乗者が正確な速度感覚を身に付けてはじめて、頚と背中を大きく動かす、馬の全身を使った乗り運動が可能となるわけです。常歩は馬体の柔軟性を求めるにはとても良い運動ですが、ただダラダラ歩かせていては期待する効果は得られません。全身を使って活発に歩かせてはじめて馬体の緊張をほぐすことができ、そうすることで本当の意味でのハミ受け準備が整ったことになるのです。

 

頭頚の巻き込み

ハミが直接作用する部分は馬の口です。馬の口に刺激を与える直接的な扶助、例えば拳を左右、または上下に使うなど、馬の動きを無視した脚を使わない手だけの扶助でハミに刺激を与えると、馬は頚を巻き込むようになります。これとは逆に、頭頚が高くなるとキ甲が沈むことで頚や背中が反ってしまい、足先だけでしか歩けません。肩や後躯を使って大きく歩けていない状態ですが、特に後躯をダラダラと引きずった歩様となり、活発さがなくなってしまいます。

 

正しい馬具の使い方

馬が正しい姿勢をとり、頚や背中が丸くなって運動できていれば、走行に必要な筋肉を発達させることが期待できます。調教補助道具はこのような体勢作りのために有効ですが、使い方を誤るとかえって逆効果となってしまいます。道具だけに頼り過ぎることなく、最終的には道具を使用しなくても正しい姿勢を維持できるようにすることを念頭に、場面を限定して使用することが重要です。ここでは、一例として馬が頭を上げ過ぎることを防止するマルタンガール同様の効果が得られる折り返し手綱についてご紹介します。

折り返し手綱は、手綱とは別の手綱(布製または革製)の一端を腹帯に装着し、腹帯から前肢の間、ハミと通して手綱と一緒に拳で握って使用します。同時に2本の手綱を操作する必要があるため、その取扱いは難しくなります。また、馬の頭が上がり過ぎないように矯正するための道具ではあるものの、あまり短くし過ぎないように注意が必要です。短くし過ぎると頚を巻き込んでしまい、馬の推進力が頚から逃げてハミまで届かない状態になります。使用に際しては、頚と頭の角度を90度以上に曲げ過ぎないことが肝要です(図1・2)。

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図1 折り返し手綱の正しい例

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 図2 折り返し手綱の悪い例

不自然に頚が曲がりすぎると、推進力が逃げてしまって有効に作用しません。

正しい馬とのコンタクト

馬に正しいハミ受けを教えるきっかけとして、まずは常歩で1分間に110mの速度の円運動で活発に歩かせることから始めると良いかもしれません。この時、外手綱は壁を作り(外側の手綱をピンと張る)、内手綱は軽く開いておきます。馬の鼻先が上がったり、自分より遠い位置に出ていくなら(ハミに対して抵抗している)、両手綱を両手で強く握ります。馬がハミに対して譲ってくれたら(手綱が緩んだら)、それ以上手綱を強く握らない(引かない)ようにします。これを何度も繰り返しながら徐々に小さい円から大きな円に移行し、最終的には直線でも実施できるように調教します。さらに、速歩、駈歩でも同様に調教していきます。

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図3 ハミ受けのきっかけ作り

側方への屈撓時は、反転筋の一方が伸展します。

公益財団法人 軽種馬育成調教センター 業務部 次長 中込 治

馬の飲水について

 動物にとっての水は、その摂取が絶たれたときの生命に及ぼす影響が大きい、つまりより短期間で生命維持を脅かす要素であるといえます。また、栄養素は比較的余裕をもって体内に蓄えることができます(例えばエネルギーなら体脂肪として)が、体水分量はおおむね一定(体成分の62-70%)に保たれており、水を余分に貯蔵することはできません。ボクシング選手にとって、減量時の水分制限は食事制限よりはるかに辛いそうです。したがって、管理する我々は馬が新鮮な水を常時摂取できるよう意識する必要があります。 

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馬が飲みたくなった時、いつでも飲めるように新鮮な水を用意して おく必要がある。

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ウォーターカップによって、馬はいつでも新鮮な水を飲むことができる。

飲水量に影響を及ぼす要因

成馬の1日の飲水量はおおむね体重100㎏当たり5リットル(体重500㎏とすると25リットル)とされていますが、気候環境、飼料、運動、成長ステージおよび個体差などに影響されることが知られています(表)。

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表 様々な環境下における馬の飲水量(NRC 2007)

 具体的には、気温や湿度が高い時などは見かけ上の発汗がなくても皮膚や気道から蒸散する水分(不感蒸泄)量が増えるため、飲水量は増加します。また、飼料の摂取量が多くなるに従って飲水量が増加することも知られています。この明確な理由は分かっていませんが、おそらく血中の総タンパク質濃度や血液の浸透圧の上昇が関係していると考えらえています。さらに、運動時の飲水量も発汗量に伴って増加しますし、泌乳期の飲水量も産乳で水分を消費することから妊娠期の1.5~2倍以上に増えるとされています。

 

飼料の成分や栄養素が飲水量に及ぼす影響

馬の飲水量は、摂取する飼料が粗飼料か濃厚飼料かによっても変化します。一般に、同じ量の飼料を摂取していても、飼料中の濃厚飼料の割合が高くなるほど飲水量は少なくなるとされていますが、この理由については次のように考えられています。馬が飼料を食べて飲み込むためには、食塊が食道を通過しやすくするために咀嚼によって唾液と混合する必要がありますが、粗飼料を飲み込むためには、濃厚飼料よりも多くの咀嚼と唾液が必要となります。この際、脳から飲水を促す指令(口渇感)は、唾液の分泌量が多いほど強くなり、結果的に飲水量が増加することになります。

 一方、栄養素の一つであるナトリウムと水分には密接な関係があり、体水分の調整にはお互いを切り離して考えることはできません。例えば、ナトリウム源である食塩を、体重1㎏あたり50㎎から100㎎(体重500㎏とすると25gから50g)に増やすと、飲水量が約1.5倍増加したことが報告されています。この理由については、生体が浸透圧を調節しようとするメカニズムによって説明がつきます。生体内では体液(細胞外液)のナトリウム濃度が高まった時、ナトリウムの濃度を元に戻そうとする機序が働きます。排尿量を減らして水分をなるべく外に出さないようにしたり、脳から飲水を指令(いわゆる喉の渇き)して体内の水分量を増加させ、高すぎるナトリウム濃度を希釈しようとする働きがこの機序にあたります。また、体内の水分が不足することによっても体液のナトリウム濃度が高くなるため、脳から口渇感の信号が出されて飲水行動がおこります。一方、ナトリウムが不足した場合はナトリウム源である塩分に対する摂取要求が発現します。飼養馬が鉱塩によってナトリウムを補うことができるのは、この生理的要求によって自発的な摂取が期待できるためです。

 その他に飲水量を増加させる要因として、タンパク質の摂取量が多い場合が挙げられますます。タンパク質はアミノ酸に分解されますが、生体内で使い終わったアミノ酸は尿素として尿中に排出されます。尿素の排泄量が増えれば、同時に尿として排泄する水分量も増えるため、その損失を補うべく飲水量が増加します。

 

気温や水温が飲水量に及ぼす影響

 一般に、気温が下がると飲水量も低下するとされており、気温が9℃から-8℃に下がることで、飲水量が減少したとの報告があります。

 また、ある研究グループによる水温が飲水量に及ぼす影響について調べた報告がありますので、ご紹介します。気温が-20℃から5℃の環境下において、外気で冷えたバケツに水を入れて給与した群(冷水群:平均水温 1℃)と、バケツ用のヒータで温めた水を給与した群(温水群: 平均水温19℃)の飲水量を比較したところ(図 ①)、温水群は冷水群より飲水量が約1.4倍に増加しました。このことから、冷水群の馬は、本来必要であった量の水を飲んでいなかった可能性があることが分かります。つまり、冷水群は水温が低いのを嫌って飲水量が減ったものと考えられました。同様の試験を15℃から29℃の暖かい気温でも実施したところ、冷水群(人工的に冷却)と温水群の飲水量に差はみられませんでした(図 ②)。両方の試験の結果から、馬は外気温が低い時にさらに体を冷やしてしまうような冷水の摂取を避けたものと結論付けられました。

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図 気温ならびに水温が馬の飲水量に及ぼす影響

①気温 -20から5°Cの気温下で、冷水(平均水温0°C)と温水(平均水温19°C)の水の飲水量を比較した。

②気温15から29°Cの気温下で、冷水(平均水温0~1°C)と温水(平均水温23°C)の水の飲水量を比較した。 気温が低いときに水温の低い水の飲水量が少なくなった。

 

 よく、冬期間の放牧地での給水について、飲水量が少ないようだが冬場はあまり水を飲みたくないのでしょうかと相談されることがありますが、このように判断するのは早計かもしれません。前述した通り、水分の不足は脱水症の発症などの懸念に繋がりますが、馬の場合は脱水以前に便秘疝を発症しやすくなります。放牧地に冬期も水が凍らない水桶を整備するにはコストがかかりますが、最低でも馬房内では馬が十分に飲水できるよう、気を配ることが重要です。

 

日高育成牧場 生産育成研究室 主任研究役 松井 朗

サラブレッドのハミ受け(前編)

公益財団法人 軽種馬育成調教センター(BTC)では関連団体と協力し、強い馬づくりの一環として全国各地の生産・育成地区で育成技術講演会を実施しています。今回は、過去に浦河で行われた講演会の内容から、育成馬に騎乗される方々にとって最も身近な問題である「サラブレッドのハミ受け」(前編)についてご紹介いたします。

 

サラブレッドの調教とは何かを考える

サラブレッド競走馬や育成馬の騎乗者は、ハミ受け、バランス感覚およびペース判断などの習得、さらにそれらの技術向上が必要とされます。しかし、調教に対して無関心であれば馬に対して悪い影響を与えるだけでなく、自身の騎乗フォームをも悪化させることになります。したがって、騎乗者は向上心を忘れず、自分自身をチェックしながら日々の調教に取り組むことが大切です。

どのような調教にも明確な目的があるはずですが、騎乗者がこの目的を理解していなければ、いくら調教を行っても競馬で馬の能力を十分に発揮することはできません。正しい騎乗姿勢で馬体の筋肉を鍛錬すること、馬との信頼関係を確立して馬の精神力を強化することといった目的をしっかり意識して調教に臨むことが重要です。

また、馬の走行姿勢が悪ければ速く走ることができないのは当然ですが、そればかりか頚、背中や後躯の負担を増大させて馬体を痛めてしまう結果にもつながります。これでは必要な筋肉の鍛錬ができないばかりか馬の能力までも低下させてしまい、競馬で馬の全ての能力を引き出すことは到底できません。

一方、騎乗者が扶助によって馬に働きかけて正しい走行姿勢を理解させることができれば、馬と騎乗者の信頼関係が確立され、能力向上にもつながります。このように扶助を通じて正しく理解させるべき項目の一つにハミ受けがありますが、競馬で馬の能力を十分に発揮させるためには、この正しいハミ受けが重要とされます。正しいハミ受けは自由な馬のコントロールだけではなく、正しい姿勢を作って能力を最大限に発揮することにも不可欠なことなのです。

 

ハミ受け

ハミ受けでは、馬が丸くなる形が理想形となります。馬が丸いといっても太っているわけではなく、頚から背中、さらに腰へとつながるトップライン(馬体を横から見た時)が丸みを帯びている姿勢のことを指します(図1・2)。実は、強引にハミを引きつけて頚を曲げても、馬の後躯を積極的に動かして前方に推進力を送っても、外見上だけなら馬を丸くすることができます。しかし、正しいハミ受けに必要な丸い姿勢は、前者ではなく後躯を積極的に動かしてハミ方向に馬を押し出して作る姿勢なのです。ハミ受けの最終目標は、上から見た時に馬体が真っ直ぐの状態でハミ受けをしていることですが、最初のきっかけ作りとして、上から見た時に馬体が弧を描いた状態で扶助を与えると、正しい姿勢を理解させやすくなります。具体的な進め方として、初めは直径10mの小さな円に沿って馬体が弧を描いた状態から開始し、30m、50mと徐々に円を広げます。円が広がるのに伴って描く弧も直線に近づきますが、この際に徐々に馬体が真っ直ぐに近い状態でハミ受けできることをイメージすると良いでしょう。正しいハミ受け姿勢により馬の力を蓄積させることが可能となり、競馬の最後の直線での爆発的な力の解放につながります。(後編に続く)

 

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図1 正しいハミ受け

トップラインの丸さは後躯の進出を容易にします。

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図2 悪いハミ受け

頚の反転は後躯の進出を拒みます。

 

 

 

公益財団法人 軽種馬育成調教センター 業務部 次長 中込 治

 

 

馬の放牧地における電気牧柵の利活用

はじめに

昨今、ハンターの減少や高齢化に伴ってシカの個体数の増加を実感できるようになりましたが、シカによる放牧地や採草地の食害に悩まされている方々も少なくないのではないかと思います。放牧地へのシカの侵入は放牧草の食害だけでなく、放牧中の馬がシカに驚いて狂奔したり雄シカの角に突かれたりした際に負傷する原因になることも珍しくはありません。また、シカによって持ち込まれた病原菌やダニなどが馬の感染ルートになることもあるため、シカの侵入に対して何らかの対抗措置をとる必要があります。

シカの放牧地への侵入防除には、ワイヤーメッシュ等の物理的な柵の設置が最も有効です。一定以上の面積を有する放牧地や採草地を整備する場合には、必要経費の一部についての助成事業「軽種馬生産基盤整備対策事業(放牧地整備事業)」を利用する方法もありますが、もう少し手軽に電気牧柵を利用するという方法もあります。今回は、JRA日高育成牧場における電気牧柵の利活用についてご紹介します。

 

シカ対策

一般的な電気牧柵は、物理的に動物の侵入・脱柵を防除できるような堅牢な構造ではなく、電気ショックを与えて対象動物を心理的バリアによってコントロールすることを目的としています。この電気牧柵装置には様々な種類がありますが、一般的なの動物防除用としては9,000Vのものが選択されます。電源はバッテリーから供給されますが、昼間のうちにソーラーパネルから充電されるため、電池切れの心配はありません。JRA日高育成牧場では、通常の牧柵の下方の間隙に電気牧柵を設置することで、シカの侵入防除効果を上げています(図1)

また、この電気牧柵は放牧地をぐるりと一周にわたって囲む必要は無く、一部のみの敷設(開始端と終止端を繋いで輪にする必要がない)でも有効です。シカなどの害獣が電気牧柵に触れることで、電流が高圧線から生体を伝って地中のアースに向かって流れる仕組みですが、高電圧でも電流は一瞬だけ微量が流れる仕組みなので、パチンと軽い痛みを感じるだけで感電することはありません。シカは、放牧地に侵入する際に(通常、牧柵の下の隙間を潜って侵入します)この電気牧柵に触れて痛みを覚えますが、何度か繰り返すうちに「柵に触れると痛い」ということを学習し、遂には放牧地に侵入しないようになるという訳です。

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(図1)シカ対策として設置している電気牧柵

 

生後間もない子馬の放牧地順化

広い放牧地で生後間もない子馬が勢いよく走る母馬の後を一生懸命追いかける姿は、生産地ではよく見かける微笑ましい光景です(図2)。しかし、最近の研究では、生後間もない子馬の骨軟骨は幼弱で激しい運動には耐えることができず、症状に表れないような軽微な軟骨損傷を発症している例もあることが明らかとなりました。(図3)。このような子馬の軟骨損傷を予防するためには、子馬が過度に走れないように小さな放牧地から徐々に大きな放牧地へと慣らしていくことが有効と考えられますが、JRA日高育成牧場では放牧地内の「間仕切り」に電気牧柵を利用することで、実際に子馬の種子骨損傷を予防できるかについて検証しました(図3)。

その結果、生後直ぐに広い放牧地へ放牧した子馬に比較し、電気牧柵を利用して段階的に放牧地の広さを制限した子馬では、この軟骨損傷の発症頻度が大幅に減少することが確認できました(表1)。

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(図2)広い放牧地で一生懸命母馬の後を追う生後間もない子馬

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(図3)生後1か月齢の子馬に認められた種子骨の離断骨片

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(図4)電気牧柵で仕切られた放牧地

乾電池式の電源装置と視認性が高い幅4cmの帯状の柵を使用

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(表1)治癒までに10週間以上を要した軟骨損傷の発生状況

 

おわりに

電気牧柵の利点は、通常の牧柵より安価で移設も容易という点です。したがって、子馬の成長に応じて放牧地のサイズを何度でも仕切り直すことが可能です。また、設置によるメリットはシカによる食害を防止して施肥効果を高めるだけに留まらず、シカが持ち込んでいたと思われるダニの寄生も減少させることもできました。 生後間もない子馬の種子骨損傷の予防は電気牧柵の活用法の一例ですが、その他の関節に発生する離断性骨軟骨症の原因となる過度の運動刺激についても同様に防ぐこともできそうです。実際に電気牧柵を運用するには、出産前の母馬を予め電気牧柵を敷設した放牧地に馴致しておくなどの工夫も必要ですが、電気牧柵自体には通常の柵のように物理的に馬の突進に耐える強度がないため、狂奔状態に陥った馬が電気牧柵を突破することは十分に考えられます。したがって、電気牧柵は、あくまでも放牧地内の「間仕切り」としての使用に限定すべきです。

 電気牧柵が有効に、安全に機能するには、適切に資材や機器を設置することだけでなく、漏電を予防するための下草の定期的な刈り取りなど、設置後の環境整備も必要となります。電気牧柵の詳細については、取り扱い販売店にお問い合わせの上、適切にご使用していただきますようお願いします。

 

日高育成牧場 生産育成研究室 室長 佐藤文夫

米国の競走馬の調教

これまで繁殖、セールスプレップと米国事情をご紹介してきましたが、今回のテーマは競走馬の調教についてです。今回のお話の大前提として、米国では馬場などの施設の相違から育成牧場と競馬場では調教の方法も全く異なりますのでご承知おきください。

 

育成牧場での調教

我が国同様、米国においてもブレーキング(騎乗馴致)は育成牧場が担っています。私の研修先であるウインスターファームでは9月頃からブレーキングを開始していましたが、最初の1週間、馬房内で騎乗してひたすら回転を繰り返すことで、背中に人が乗って負重した状態に馴らすことに専念していました。次の1週間はラウンドペン(円馬場)、続く2週間は角馬場で騎乗し、脚の扶助や開き手綱によるコーナリングを教えることで最初の1ヶ月間を終えます。次の1ヶ月間は、普段の放牧で使用されているパドックで騎乗しますが、これは整地された調教コースでなくあえて不整地で騎乗することで捻挫などの疾患を発症しないようなバランス感覚および筋肉の鍛錬を期待しているとのことでした(図1)。さらに次の1ヶ月間は、放牧地間の傾斜地を天然の芝坂路コースとして利用し、馬に後躯の踏み込みを教えてセルフキャリッジした(起きた)状態での走行フォームを教えることに専念します。ここまでブレーキング開始から3ヶ月間、基礎的な部分に重点を置いた調教を行い、12月になって初めて周回コースでの騎乗に移行します。

米国の一般的な育成牧場は、競馬場と同じ1周1,600mもしくは一回り小さい1周1,200mのダートコース(所有もしくは共有)を調教に利用しています。私の次の研修先であるマーゴーファームも1周1,500mのオールウェザー馬場の勾配付き周回コースで通常調教を行い、全長1,700mのオールウェザー馬場の直線坂路コースで追切りを行っていました。マーゴーファームには、この他により大きな1周2,000mの芝コースもありました。米国の育成牧場は、調教コースの他に広い放牧地を所有していて放牧を行いながら調教を進めることも特徴の一つですが、マーゴーファームでも馬の状況に応じて放牧時間が調整されており、2歳の新馬や休養馬でも肢下に問題がない馬は17時間の昼夜放牧、脚部不安で運動量と採食量を制限したい馬は12時間の夜間放牧、骨折手術後などリハビリ中や競馬場入厩が間近な馬は3時間の昼放牧というように細かな放牧メニューが組まれていました。

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図1.あえて不整地で騎乗することでバランス感覚および筋肉を鍛える

 

競馬場での調教

内厩制を採用している米国では、競走馬は基本的に競馬場で調教されています(一部には主催者から認定された外厩で調教されているものもあります)。競馬場の調教馬場や本馬場は、多数の調教師が一斉に利用するため、常歩・速歩は外埒沿いに右回り、駈歩は内側を左回りと厳格なルールが決められています。ゴール板はコース正面の直線の終わりに設置されているので、調教する馬は入場してまずは外埒沿いを右回りに速歩でスタート位置(走りたい距離をゴール板から逆算した地点)に向かいます。スタート位置に到達したら内側に反転し、左回りにゴール板まで駈歩調教を行います。この調教を毎日繰り返すことにより、馬に「内側に反転したらスタート」「ゴール板までしっかりと駈歩する」ことを教えることができるとのことでした。

また、日本と比較して米国の調教師は調教での走行タイムを重視しますが、その理由を尋ねると「実際にレースで走る馬場、すなわち競馬場で調教を行っているから」というシンプルな返答が返ってきました。一般的な米国の追切りは、4~5ハロンといった長めの距離を本番のレースに近いタイム(50-51秒/4Fもしくは61-62秒/5F)で走らせますが、調教師は「実際のレースで想定される勝ち時計に近いタイムで走れるようになったら仕上がった」という考え方を基準に出走を決めているようです。

他にもレース経験の少ない2歳馬は前進気勢を促すために2頭併せ、古馬は単走で調教されるという点も特徴的です(図2)。これは先行抜け出しという展開が多い米国の競馬で、最後の直線で1頭になっても“ソラ”を使わないでゴールまで走り切れるようにというのが目的なのだそうです。

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図2.直線で“ソラ”を使わないでゴールまで走り切れるように単走で追切られる

 

 以上、今回は米国の調教についてご紹介しました。少しでも日頃の調教の参考になれば幸いです。

 

JRA日高育成牧場 専門役 遠藤祥郎

V200から見るJRA育成馬の調教状況についての考察

はじめに

V200とはVelocity at heart rate of 200 beats/minの略称であり、”1分間あたりの心拍数が200拍に達した時点の馬の走行速度”を意味します。V200は、持久力に関係するとされる「有酸素運動能力」の指標として用いられており、日々トレーニングを重ねることで上昇する、言い換えると、同じ心拍数でより速く走れるようになることが分かっています。裏を返せば、同じスピードで走行した時の心拍数が低くなる、つまり馬体の負担が少なくなるともいえます。また、V200は比較的簡単に測定することができるため、定期的に測定することで容易にトレーニング効果を判定することが可能となります。既に一部の競走馬の体力評価にも利用されていますが、JRA日高育成牧場では2歳時の2月と4月に測定し、JRA育成馬の有酸素運動能力の評価に活用しています。

※ 本稿では、昨年2018年度のJRA育成馬(現3歳世代)の調教状況についてV200を中心に考察しています。

V200の測定結果

2009年以降の10年間のJRA育成馬について、各年の2月と4月に測定したV200の平均値を比較してみると、2018年のJRA育成馬のV200平均値において、2月は623.5±7.3 m/min(19.2秒/F)で過去10年において4番目に高い値、4月は675.0±8.9 m/min(17.8秒/F)で最高値となり(図1)、2月から4月にかけてのV200の増加量の平均値も、過去10年で最高値(64.6 m/min)となりました(図2)。

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図1.JRA育成馬各世代におけるV200の平均値

※グラフ内○数字は過去10年間における当該年の順位

※対象は2月および4月のどちらもV200を測定した馬

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図2.JRA育成馬各世代におけるV200増加量の平均値

 

2018年のV200平均値が高水準であったことの考察1:馬場管理方法の変更

2018年のV200が過去10年間で高水準であった要因の1つとして、JRA育成馬が利用していたBTC屋内坂路馬場の管理方法が変更されたことが考えられます。2017年までの屋内坂路馬場は、経年劣化によるウッドチップの細粒化に加えて、頻繁な散水と転圧によって比較的「走り易い」馬場に管理されていました。しかし、2018年以降はウッドチップが更新されるとともに散水と転圧の頻度も減少され、より運動負荷がかかる馬場管理方法に変更されています。実際にこの馬場管理方法の変更によってより運動負荷がかかるようになったかどうかについては、2017年前後にBTC屋内坂路馬場を利用したJRA育成馬の血中乳酸濃度の変化を調査することである程度の推測が可能です。JRA日高育成牧場では、調教時の運動負荷を確認する指標として坂路調教直後の血中乳酸濃度の定期測定も行っていますが、2016年から2018年の3年間の2月における坂路調教2本目の走行速度と直後の血中乳酸濃度の関係性を調査した結果、2018年群の血中乳酸濃度は2016年群および2017年群より全体的に高値を示していました(図3)。2016年から2018年のJRA育成馬における1日あたりの坂路調教メニューに大幅な相違がなかったことから、BTC屋内坂路馬場の管理方法が変更されたことによって2018年群の運動負荷が増加した可能性が考えられます。

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図3.2016-18年のBTC屋内坂路調教時の走行速度と血中乳酸濃度の関係性

 

2018年のV200平均値が高水準であったことの考察2:シーズン中坂路調教本数の増加

2つ目の要因としては、調教内容について坂路調教の本数を増加した影響が考えられます。2017年春までの調教は800m砂馬場を中心とし、坂路調教の頻度は週に2本程度でした。一方、2017年秋からは週に3本の坂路調教を行っています。その結果、1シーズン(前年11月から4月まで)の期間において、牡の坂路調教本数は2017年群が50本であったのに対し、2018年群は84本、同様に牝は2017年群が45本であったのに対し、2018年群は64本へと増加しています。このことから、平地より運動負荷が高い坂路調教の本数を増加させたことにより、2018年群のV200平均値が高水準となった可能性が考えられます。

※ 牝の坂路調教本数が牡より少ないのは、牝の調教開始時期が牡より1ヵ月程度遅いためです。

 

まとめ

考察1に記したとおり、2018年のBTC屋内坂路馬場は同じ走行速度でもそれまでより血中乳酸濃度が上昇する、運動負荷の高い馬場であった可能性があります。2018年のV200平均値が高水準であったことと併せ、血中乳酸濃度が大きく上昇する坂路調教を高頻度に行うことは、競走馬の有酸素運動能力の向上に効果的であることが示唆されました。JRA日高育成牧場では、今後もより効果的な運動負荷のかけ方(調教強度や強調教の頻度など)について、様々な調教方法を検討しながらデータを分析し、研究成果を皆さまにご披露できるよう努めていきたいと考えています。

日高育成牧場 業務課 胡田 悠作

2021年1月27日 (水)

新たな試みを進めるBTC調教場

 公益財団法人 軽種馬育成調教センター(BTC)が管理運営するBTC調教場(図1)は、皆様の強い馬づくりをサポートする施設として平成5年の開場より今年で26年目を迎えます。これまでに数多くの活躍馬が輩出され、また昨年は、開場からの利用延べ頭数が300万頭に達するなど、多くの皆さまに支えられてまいりました。

令和という新たな時代を迎え、BTC調教場では、さらなる強い馬づくり、そして利用者の皆様の利便性向上を図るため、馬場管理や利用方法について、新たな試みに取り組んでおりますので、その一部についてご紹介します。

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図1.JRA日高育成牧場およびBTC調教場全景

 

1. 馬場管理

 BTC調教場は、夏季には11の調教施設がご利用いただけます。そのうち、屋内1,000m直線ウッドチップ馬場および屋内1,000m坂路ウッドチップ馬場(図2)につきましては、一昨年からウッドチップの管理方法を根本から見直し、従来のものより負荷をかけられる馬場へと改修しております。改修後2年が経過しておりますが、ご利用いただいている皆様からは好評価をいただいています。

 

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図2.より運動負荷がかけられる馬場へ改修された屋内1,000m坂路ウッドチップ馬場。一年を通じ、天候にかかわらずご利用いただけるうえ、馬の前肢の負担を軽減しながら、後躯の鍛錬に有効です。

 

 また、その他の屋内施設として、屋内600mトラック砂馬場もご利用いただけます。一般的に砂場馬は砂粒の細粒化等によって除々にクッション性が失われるとされていますが、BTCでは、2年周期で砂の全面入替えを行い、良好な馬場の維持管理に努めています。

 

 さらに、屋外馬場は、早期からの除雪作業等により3月下旬には1,600mトラック砂馬場(図3)をいち早く開場しております。続いて、4月上旬までに1,200m・1,600m直線砂馬場(図4)、800mトラック砂馬場を順次開場しております。

これらは適時レベルハローで砂厚を測定し、適正な砂厚調整や砂の補充等の馬場管理に努めています。

 

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図3.1,600mトラック砂馬場は、競馬場に匹敵する大きさの馬場で、より実践的なトレーニングが行えます。

 

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図4. 1,200m・1,600m直線砂馬場は、馬の直進走行性を養い、インターバルトレーニングに適した馬場です。また、発馬機も設置していますので、ゲート練習も可能です。

 

 

グラス馬場(図5)は、芝が凍上により隆起するため、馬場全面にローラーによる転圧作業を行うなど安全面に考慮し、開場時期を5月中旬からとさせていただいております。

なお、競馬場に準じた整備を行っております直線2,000m芝馬場は、今年も無料開放しております(馬場利用料以外の追加料は不要です)。ぜひ一度ご利用ください。

 

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図5.グラス馬場は、広々とした平坦な草原馬場です。柵に頼らず走らせることで、馬本来の自然な走りを助長します。また、2,000mの直線芝馬場は、 実際の競馬場に準じた整備を行っており、入厩前の最終調整や芝適性の判断にご活用いただけます。

 

 

2. 1歳馬の利用時期の変更

 近年、2歳戦の開始時期の早期化に伴い1歳馬の馴致時期も早まり、7月セリ終了後から育成牧場へ移動する馬が増加しています。このことに対応するため、BTCでは1歳馬の利用開始時期を1歳9月から1歳7月へと早めることとしました。さらに一昨年には、滞在馬房利用馬用にラウンドペン(丸馬場)を竣工し、初期馴致にも対応できるようになりました。加えてウォーキングマシーン(図6)も設置し、ウォーミングアップやクーリングダウン、休日の馬体調整等、ご利用の皆さまからは好評をいただいております。

 

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図6.ウォーキングマシーンは1基で同時に6頭の運動が可能です。BTCでは、南地区に3基、北地区に2基の計5基を設置しています。また、ラウンドペンは南地区に2基、北地区に1基を設置しています。

 

 

3. 滞在期間の延長

 ご利用される方々の利便性向上のため、滞在馬房の利用期間を従来の4ヵ月から6ヵ月に延長しました。また、遠方(静内およびえりも以遠)からご来場される場合は、上記に限らず長期利用が可能ですのでご相談ください。

 

4. お試し期間の導入

 BTC調教場のご利用をご検討中の方を対象に、お試し期間も設けております(ご利用歴のない方限定、ご利用される際の調教責任者申請は不要です)。馬運車による日帰り利用はもちろん、滞在馬房・宿舎(1週間程度)もご利用いただけますので、ぜひ一度、バラエティーに富んだBTC調教場をご体感いただければ幸いです。

 

詳細(施設使用料等)についてのお問い合わせは、下記までご連絡ください。

 公益財団法人 軽種馬育成調教センター

 業務部業務第1係 南詰所 0146-28-1788  

公益財団法人 軽種馬育成調教センター 業務部 業務課長 小山 広

若馬における骨軟骨症の発生

はじめに

近年、国内サラブレッド市場における医療情報開示が一般的となったことにより、四肢関節のX線画像でよく認められる離断性骨軟骨症(OCD)や軟骨下骨嚢胞(SBC)が注目されるようになってきました。このOCDやSBCと呼ばれる病変には、骨の成長過程における軟骨下骨の損傷(骨軟骨症)が深く関わっていることが知られています。今回はこのOCDやSBCの発生原因となる骨軟骨症についてご紹介したいと思います。

 

骨の成長

四肢を構成する長管骨は、骨端部と骨幹部の間にある骨端線の軟骨細胞が増殖して骨化することで長軸方向に伸張すると同時に、骨端部の関節軟骨の軟骨細胞と骨幹部の骨膜の骨芽細胞も同様に骨化することで直径も増していきます(図1-A)。

これら骨端線や関節軟骨で軟骨細胞が増殖して次第に骨小柱を形成していく過程は、「軟骨内骨化」と呼ばれています(図1-B)。サラブレッドでは、離乳時期にあたる6ヶ月齢ぐらいまでの時期がこの軟骨内骨化が最も盛んに行われている時期になります。その後、中手骨(管骨)遠位の骨端線は7ヵ月齢ごろ、橈骨および脛骨遠位(腕節および飛節の上部)の骨端線は25ヶ月齢ごろまでに閉鎖し、その役割を終えます。このことから、四肢の骨は出生直後から2歳頃まで成長を続けていることが分かります。

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(図1)若馬の骨の成長

A:長管骨における骨の成長の模式図、B:関節軟骨における軟骨内骨化の様子

若馬の骨の成長は、骨端線だけでなく関節軟骨の軟骨細胞の増殖による軟骨内化骨によって起こる。

 

骨軟骨症

成長期の子馬の骨の成長に重要な役割を果たしている骨端軟骨や関節軟骨の軟骨組織は骨組織に比べて柔らかいため、物理的な外力の影響を受けやすく容易に障害を発症します。特に、軟骨組織が骨組織へと移行する境目の部位は弱いため、突発的な大きな外力や小さくても継続的に外力が加わることで損傷しやすい部位となります。特に損傷が起こり易い部位として、種子骨の先端や指節関節の関節面などが挙げられます。これらの部位は体重を支えるために負荷が加わるため、頻繁に骨軟骨症が発生します(図2)。こうして発生した骨軟骨症は、臨床症状を示すことなく自然に治癒してしまうものが大半であるため、実際にはそう問題になることはありません。しかし、中には治癒に至らず、OCDやSBCへと発展して跛行などの臨床症状を呈する例もあるのです(図3)。

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(図2)生後2週齢の子馬の種子骨尖端部に発生した骨軟骨症

X線検査で認められた骨透亮像(左図矢印)の組織学的観察により、軟骨基質と骨基質の間で離開損傷していることが確認された(右図矢印・破線部)。成長中の軟骨と石灰化した骨基質との間の軟骨基質の部分は、物理的な外力に最も弱い部分である。

 

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(図3)骨軟骨症病変の軟骨下骨嚢胞への変化

生後1ヶ月齢の子馬の近位指節間関節に認められた骨透亮像(左図矢印)は、4ヵ月後に軟骨下骨嚢胞になり跛行を呈した。

 

最後に

これまでOCDやSBCの発生原因は、軟骨下骨の剥離や栄養血管の壊死、あるいは軟骨の隙間から関節液が浸潤することによるものと考えられていました。しかし最近の研究から、原因は成長過程の幼弱な軟骨基質の物理的な外力による損傷であることが明らかになってきています。我々の調査結果もこのことを裏付けるものであり、生後4ヶ月齢未満の子馬の時期から初期病変が認められる例が多く存在することが明らかになっています。前述したように、骨軟骨症の大半は気付かないうちに自然に治癒してしまいますが、中にはOCDやSBCに発展して跛行の原因となるもの、さらに重症化することで競走馬への道が閉ざされてしまうこともあり、侮れない疾患です。予防には、幼駒の飼養管理や取り扱い方法について、改めて再確認することが重要です。

 

日高育成牧場 生産育成研究室 室長 佐藤 文夫

コンフォメーション~馬の見方のヒント~ 「馬のサイズ」

コンフォメーション

コンフォメーション(conformation)という単語は、直訳すると「構造」、馬について言えば「馬体の構造」ということになります。大雑把かつ乱暴な物言いになるかもしれませんが、「コンフォメーションが良い馬は故障が少なく、効率的に走ることができる」と言えます。例えば下肢部のコンフォメーションに関して例をあげると、起繋たちつなぎ(横から見た時の地面との角度が大きい繋)の馬は下肢部の衝撃緩和能が低いために球節炎などの発症リスクが高まり、反対に臥繋ねつなぎ(地面との角度が小さい繋)のものは、特に繋が長い場合で屈腱や靭帯に関連する疾患発症リスクが高まると教科書に記載されています。

 

コンフォメーションの科学的根拠

しかし、実際に馬を取り扱っていると、上記のような「下肢部のコンフォメーション異常=疾患発症リスクが高い」との考え方を実感できる時がある一方で、コンフォメーションに問題があるにもかかわらず、何事もなく競走馬を続けている馬に遭遇することも少なくありません。

実は、このようなコンフォメーションに関連する教科書的な記載の中には、科学的な根拠がないまま経験則のみで記載されているものも散見されます。古くは紀元前の哲学者クセノフォンが著書の中でコンフォメーションの見方について言及しており、若干の違いはあるかもしれませんが、長きに亘って古今東西のホースマンが同じ考え方で馬を見ているとも言えます。

もちろん2,000年以上の時を経ても廃れずに受け継がれた経験則を否定するわけではありませんが、科学的な根拠も併せて参考にすることで、より客観的に馬を見ることができ、評価精度の向上が見込めるようになるかもしれません。

 

馬は大きい方が良いか?

では、具体的な話をしていきましょう。コンフォメーションと言うと、体型バランスや下肢部などの各パーツごとの構造が注目されがちですが、より単純な論点である「馬のサイズ」、すなわち馬体の大きさについてはどのように考えればよいのでしょうか?

前々回(2019年3月1日発行)の当欄「強い馬づくり最前線~競走馬の体重に影響をおよぼす潜在的な要因」では、競走馬は馬体が大きいほど競走成績も良いことが統計的に明らかとなり、その理由を大きい馬ほど相対的に軽い荷物(斤量)を背負って走るためではないかと推察しています。この結論からすると、競走馬を購入する側も生産育成する側も馬体は大きければ大きいほど良しと考え、前者はなるべく大きな馬を選択する、後者は馬をなるべく大きく育てるような飼養管理を目指すことになります。しかし、一方で若馬への過剰な栄養供給が成長期における骨疾患リスクを高めるという指摘もあり、必ずしも馬体を大きく育てることが良いこととは言えなさそうです。もちろん、馬体の大きさには母馬の産次や出産年齢、遺伝などの要因も複雑に関与するため、単に「食べさせる」だけで馬体の大きさをコントロールすることは困難であることは言うまでもありませんが。

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馬は大きい方が良いのか?

 

大きい馬のリスク

では、競走成績が良いとされる「大きい馬」にはリスクはないのでしょうか?

過去にJRA競走馬総合研究所で行われた調査では、出走時の馬体重が重い馬は、軽い馬に比較して浅屈腱炎の発症リスクが高いことが確認されています。発症馬の馬体重が重かった理由として、いわゆる「太目の馬体」で出走したことも要因の1つであったかもしれませんが、馬体そのものが大きい大型馬であったことも否定できません。

また、昨年アイルランドの研究者から発表された研究によると、喉頭片麻痺(いわゆる喉なりの原因となる疾病)のリスクファクターとして性別、体高、年齢、体重、頸の長さと太さ、顎の幅などとの関連性を調べたところ、体高が喉頭片麻痺と関連する主要因であったという興味深い結果が報告されています。

このような科学的根拠に基づいて考えると、大きい馬は小さい馬に比較して競走成績が良い傾向にある一方で、浅屈腱炎や喉頭片麻痺の発症リスクが高いとも言えそうです。読者の皆さんの中には、既に経験則で同様の傾向を感じている方もおられるかもしれませんね。

 

馬の体高の推定法

最後に馬の体高を目視で推定する方法についてご紹介します。馬の体高は、正式には体高測定器を用いて地面からき甲までの高さを測りますが、測定器がない場合には自身の体で代替することができます。例えば身長178cmの筆者の場合、予め首のつけ根が150cm、顎が160cm、目が170cmと知っておくことで、対象とする馬のおおよその体高を測定することができます。しかし、あくまで推定値しか測定できませんので、セリ上場のために測定する場合には必ず測定器を用いてください。

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体高を目視で推定する方法。自身の体の部位を測定器で代替する。

JRA日高育成牧場 業務課 冨成 雅尚 

競走馬の体重に影響を及ぼす潜在的な要因 ~親馬からの影響~

現在に比べて数十年前の競走馬市場では、洋の東西を問わず、大きい馬がより好まれる傾向がありました。馬を大きく育てるため、若馬に過剰に飼料を給与する生産牧場もあったようです。しかし、過剰な栄養摂取は馬を過肥にするだけであり、骨発育と不均衡な増体重は、成長期特有の骨疾患(DOD)発症のリスクを高めます。 現在は、技術普及の成果もあり、ほとんどの生産馬牧場で、若馬の馬格や成長に合わせた栄養管理がおこなわれていると感じています。

 

馬の大きさは競走成績に影響するの?

 ところで、馬の大きさは競走成績に全く関係がないのでしょうか? 一般的に競走馬は、ほとんど余分な脂肪が体についていない状態に調整されて競馬に出走します。したがって、競馬の出走時体重は、馬の大きさとおおむね比例していると考えて良いでしょう。

1983年から2014年生まれの中央競馬所属馬約13万頭を、性別に出走時体重(生涯平均)が大きい順に5グループに分割し、各グループの獲得総賞金を比較しました。牡牝とも出走時体重が上位20%のグループの獲得賞金が最も大きく、このように多くの頭数の平均でみたとき、競走馬は大きいほど競走成績はよいといえます。

例えば、歴史的な名馬であるディープインパクトやアメリカのシービスケットなどはご存知のように小さな競走馬でした。彼らは、小さな馬体にパワーのある筋肉、心肺機能を持ち、大袈裟に言い換えれば、軽自動車の車体にF1のエンジンを積んだような馬だったのかもしれません。しかし、全ての競走馬を平均してみれば、筋肉、心臓および肺の大きさも馬格に応じたサイズであると考えることができます。 性別にみれば競走馬が背負う斤量の生涯平均はほとんど同じであり、馬格の大きい馬ほど、エンジンの馬力に対して相対的に軽い荷物を運ぶことになります。このことが大きい馬(出走時体重が大きい馬)の獲得賞金が、小さい馬を上回った理由であろうと推察できます。

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図1 出走時体重を大きい順に5グループに分割したときの総獲得賞金

1983年から2014年の期間に生まれた競走馬を、性別に出走時体重が大きい順から5つの均等数のグループになるよう分けて、それぞれのグループの獲得総賞金を比較した。

グループは以下のように分けた。

group ①・・・体重が大きい順の上位20%

group ②・・・上位20%より体重が下回り上位40%まで

group ③・・・上位40%より体重が下回り上位60%まで

group ④・・・上位60%より体重が下回り上位80%まで

group ⑤・・・体重が小さい順の下位20%

 

馬の大きさ(出走時体重)に影響する様々な要因

 繁殖牝馬の要因や種牡馬が、産駒の初出走時体重に及ぼす影響について調べました。サラブレッドの2から3歳の初出走時期は成長の過程にあるため、初出走時の月齢が体重に影響しないような統計的な処理をおこない解析しました。

 1990年から2012年の期間において出産履歴があるサラブレッド繁殖牝馬の全産駒の初出走時の体重に及ぼす、繁殖牝馬の産次、出産年齢、現役時の出走時体重、種牡馬の影響について調べました(図2)。統計解析の結果、初出走時体重には、繁殖牝馬の産次、出産年齢、現役時の出走時体重、種牡馬の全てが影響していることが分かりました。

 

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図2 繁殖牝馬の産次、出産年齢、現役時の出走時体重、種牡馬が産駒の初出走時体重に及ぼす要因を統計にて解析した

繁殖牝馬の産次が初出走体重に及ぼす影響

初出走時体重に影響があった親の様々な潜在的素因のうち、繁殖牝馬の産次の影響について詳しくみてみます。初産から7産目までと8産目以上の8つのグループに分け初出走体重を比較したとき、牡牝とも初産の産駒が最も小さいことが分かりました(図3)。牛など他の家畜において、出生時の体重が、成時の体重に影響することが知られており、サラブレッドにおいても出走時の体重が小さい馬は、出生時の体重も小さかったことが予想されます。初産の場合、子宮の拡張がしにくいことや、初産の馬は胎盤の重量が小さいことが知られており、胎子期の胎盤からの栄養補給が少ないことが、出生体重からその後の出走時体重にまで影響したのかもしれません。

 初産から5産目にかけて産駒の初出走時体重が増加していき、牡は5産目の産駒の初出走時体重が、7産目の産駒以外に比べて有意に大きく、牝は5産目産駒が初産、2産目、3産目、7産目、8産目以上の産駒に比べて大きいことがわかりました。

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図3 繁殖牝馬の産次とその産駒の初出走体重の関係

初産から7産目までと8産目以上の8つのグループに分け初出走体重を比較したとき、牡牝とも初産の産駒が最も小さかった。牡は5産目の産駒の初出走時体重が、7産目の産駒以外に比べて有意に大きく、牝は5産目産駒が初産、2産目、3産目、7産目、8産目以上の産駒に比べて大きかった。

 

おわりに

 出走時体重をすなわち馬の大きさとすると、馬の大きさには、繁殖牝馬の産次など様々な潜在的な要因に影響されることが分かります。その馬が本来の成長をするためには、適正な栄養供給は不可欠ですが、過度の栄養を与えても馬は大きくなりません。馬の大きさが競走成績に影響する可能性を前述しましたが、これは長期間の莫大な頭数を平均してみたときの傾向でしかありません。1頭のサラブレッドが持つ可能性は、体重計やメジャーで測ることはできないことを付け加えておきます。

 

 

   

日高育成牧場 主任研究役 松井 朗