馬事通信 Feed

2019年11月11日 (月)

馴致に使用する様々な馬具

No.110(2014年10月1日号)

 今回はJRAの両育成牧場で実施している騎乗馴致について紹介させていただきます。騎乗馴致は、それまで放牧地で伸び伸びと生活していた馬に鞍を乗せ、騎乗するまでの一連の作業です。大人しく人を騎乗させるために、馬は人の重さや馬具による締めつけなどの様々な刺激に慣れる必要があります。同時に、発進や停止など、人の指示も理解しなければなりません。JRA育成牧場では、一日ごとの馴致計画を作成し、段階的にステップを経て馬に教えることで、安全かつスムーズな騎乗馴致ができるように心掛けています。

騎乗馴致の流れ
 まず、馴致に先立ち、馬房内で後ろ向きに1本のタイチェーンでつないで、ブラッシングなどの手入れができるよう教えます。全身をくまなく撫でることで、馬具や人が馬体に触れることに慣らします。騎乗馴致の1週間前からは、プレ馴致として、タオルをリズムよく大きく振りながら背中やお尻などに触るタオルパッティングを実施します(写真1)。また、ローラー(腹帯)をスムーズに受け入れることを目的として、ストラップ(写真2・図1)を使用して胸部を締めることに慣らします。タオルパッティングやストラップ馴致は、馬房内を大きく回転しながら実施します。ここまでが事前の準備です。以降の騎乗馴致にいたる1週間ごとのスケジュールは以下のとおりです。

3_3 写真1 タオルパッティング

4 写真2 左からストラップ、サイドレーン、ローラー

1_3 図1 ストラップを用いて腹帯を締める時と同じ方向に圧迫します

 第1週目は、ラウンドペン(円形馬場)でランジング(調馬索運動)を行います。ランジングでは、最初1本のレーン(調馬索)を使用し、音声コマンド(声の合図)によって動くこと(常歩や止まれ)を教えます。次に、ローラー(写真2)を装着して鞍つけの馴致を行います。また、騎乗した際の頭頚の位置を教えるため、最初の口とのコンタクトとなるサイドレーン(写真2)を装着します。さらに、ダブルレーン(2本の調馬索)によるランジングも実施します。

 第2週目は、ドライビングを始めます。ドライビングは調馬索を2本使用し、人は馬の後ろから指示を出します。騎乗者が馬を後方から動かすことを教えると同時に、手綱操作を教えます。ドライビングはラウンドペンだけでなく屋外でも行い、騎乗する環境への馴致も兼ねています(写真3)。ドライビングが自由自在に出来るようになったら、騎乗する際の人の動きや背中に荷重することに慣らすため、馬房内で馬の横に立ってジャンプしたり、横乗りの形で馬に乗り、体重をかけます。
第3週目に騎乗します。最初は馬房で騎乗し、落ち着いたらラウンドペンで騎乗運動を行います。以上が騎乗馴致の大まかな流れです。

5 写真3 野外でのドライビング風景

馴致に使用する馬具
 馴致の流れに沿って使用する馬具をまとめます。
・ストラップ 
腹帯による圧迫に慣れさせることを目的として使用します。ストラップを締めたり緩めたりしながら馬房内をゆっくりと回転し、腹帯を締める時と同じ方向に圧迫します(図1)。
・キャブソン    
馬の口は敏感なので、いきなり調馬索をハミからとらず、最初はキャブソンの鼻革にある環に調馬索等を繋ぎます。ラウンドペン(丸馬場)内で調馬索による円運動を教え、ハミそのものを馬に受け入れさせるまでの期間使用します(写真4)。

6 写真4  キャブソン

・ハミ 
 騎乗馴致には枝と舌遊び(キー)の付いた「ブレーキングビット」を使用します。枝によってまっすぐ歩くことを教え、キーで遊ぶことで、舌の上でハミを受けることを教えます。キーには、唾液の分泌を促進する効果もあります。なお、馴致終了後から真っ直ぐに走ることを覚えるまでは「Dバミ」、それ以降は「ノーマルビット(ルーズリングビット)を用います(写真5)。

7 写真5 上からブレーキングビット、Dバミ、ノーマルビット

・ローラー 
 ランジングの際、停止・発進・常歩・速歩の各音声コマンドを理解したら、次のステップとしてローラーを装着します(写真6)。騎乗馴致において馬のリアクションが最も大きくなることから、特に慎重に進めるステップです。最初は必ずラウンドペンでローラーを装着します。装着後、馬がローラーの圧迫を感じて反抗する場合は、瞬時に追いムチや声によって馬を前進させます。馬は前方に動くことによりローラーの圧迫に慣れ、落ち着いたランジングが可能となります。このことにより、馬は何かあった時には、真っ直ぐ前方に出ることを学びます。

8 写真6  ローラー装着風景

・サイドレーン 
 ランジングやドライビングの際、頭頚の位置を安定させることを目的として使用します。装着の際、キ甲部でクロスさせるのがポイントです(図2)。この方法は、アンチグレイジングレーンと呼ばれています(グレイジングは「牧草を食べる」との意味)。屋外でドライビングを実施する際に、頭を下げて草を食べることなどのいたずら防止にも役立ちます。

最後に
 馴致とは「馴らして目標にいたらしめる」ことであり、馬を屈服させることではありません。馬に納得させ、人と一緒にいることで安心できる関係を作らなければなりません。一つ一つのステップを着実に消化し、馬と一緒に様々な経験を積み重ねれば、馬は人の指示・思いを十分に理解します。相互理解を深め、人馬の信頼関係を構築することが、安全かつ無事に馬を目標に導くために最も重要なことだと考えています。

(日高育成牧場 業務課 宮田健二)

2019年11月 9日 (土)

当歳馬の肢勢変化

No.109(2014年9月15日号)

 前々回の本記事において、下肢部のコンフォメーションについて紹介しましたが、関連記事として今回は、当歳馬の肢勢の変化について紹介します。

 日高育成牧場では、生産馬「JRAホームブレッド」を対象として毎月日高育成牧場の複数の獣医師と装蹄師により、発育状況、肢勢の変化や跛行の有無などを検査しています。その検査結果から、JRAホームブレッド15頭(2013年:7頭、2014年:8頭)の2年間に渡る検査結果を基にして、当歳馬の成長に伴う肢勢の変化について紹介します。コンフォメーション異常に関する説明や写真は、前々回の記事(8月15日号)を参考にしながらお読みいただければ幸いです。

1ヶ月齢まで
 出生直後から1ヶ月齢までのコンフォメーション検査結果から、前肢については外向肢勢が6頭、X状肢勢が3頭、内向肢勢が2頭、弯膝が3頭に認められました(重複あり)。また、後肢については球節以下の内反が4頭、浮尖(写真1)が4頭、川流れ(飛節以下が左右同方向に反ったもの)が1頭に認められました。さらに四肢もしくは前後肢どちらかの起繋が10頭に認められました。これらのコンフォメーション異常の多くは、先天的あるいは母体内の体勢が影響したものと考えられます。頭数を列記するとずいぶん多く感じますが、これらはいずれも症状が軽かったので、外科的治療や装蹄療法を必要とした馬はいませんでした。産まれて間もないこの時期の子馬は、体のバランスが悪く歩様も安定しないため、正確に肢勢を判断することは難しいのですが、日々の肢勢の変化には注意を払う必要があります。

1 写真1 矢印が示す3肢が浮尖の症状を示している。蹄尖が浮き、蹄球が地面についてしまっている。

2~3ヶ月齢
 その後、2~3ヶ月齢になると放牧地での運動量が増えることで筋肉や腱が成長し、歩様もしっかりしてきます。この時期の骨や腱の発達は旺盛であり、放牧地からの物理的な過度の刺激や痛みに対する反応などの影響によっては、クラブフット(写真2)の発症が認められる時期でもあります。今回の調査では2頭がクラブフットの症状を示しました。この2頭は早期に発見できたため速やかに対処したところ、1頭は削蹄のみで、もう1頭は装蹄寮法(ヒールアップによる疼痛緩和)と運動制限を施すことで良化しました。また、先に述べた誕生から1ヶ月齢の肢勢異常について、川流れ(1頭)と浮尖(4頭)は成長とともに自然に治癒し、消失していました。また、その他の肢勢異常はこの時期に大きく変化することはありませんでした。

2 写真2 蹄冠部(矢印部分)が前方に破折し、蹄尖で立つような姿勢となっており、クラブフットの典型的な症状を示している。

4~6ヶ月齢
 この時期、各馬の肢勢に大きな変化はないものの、球節部の骨端炎を発症する馬が散見されるようになりました。これらの馬の中で、内反や外反(写真3)を起こした馬に対しては成長板にかかる圧力を均等化するなどの適切な削蹄を施したことにより、骨端炎を原因とした極度の支軸破折を起こすことはありませんでした。

3 写真3 右前の球節以下内反、左前の球節以下外反の症状を示している。

7ヶ月齢以降
 7~10ヶ月齢の検査では、軽度の後肢球節の沈下不良などはみられたものの、肢勢は殆ど変化しませんでした。

 以上の調査結果から、当歳馬の肢勢が大きく変化する時期は出生直後から3ヶ月齢までの早い段階であるように感じられます。また、発見してすぐに処置を行った多くの馬が重症化せずに改善したことから、肢勢矯正を行う時期はできるだけ早いほうがよいと言えそうです。
 肢勢異常の中には子馬が成長するにつれて自然に良化する場合があり、矯正を行う必要性を判断するのは非常に難しいと思います。この判断を行うのは生産者と獣医師、装蹄師であり、3者の経験に委ねられます。その馬の競走馬としての未来を切り拓くためには、3者の相互理解と協力が必要不可欠だと言えるのではないでしょうか。

                     (日高育成牧場 業務課 福藤 豪)

2019年10月 2日 (水)

離乳

No.108(2014年9月1日号)

 9月に入り、多くの牧場では、本年生まれた子馬たちの離乳が行われている頃ではないでしょうか。離乳は、生まれてから母馬とともに過ごしてきた子馬たちにとって、「初期育成」から「中期育成」への区切りとなる大きなイベントになります。
 今回は、離乳に関する基本の確認と、JRA日高育成牧場で実施している方法についてご紹介します。

離乳とは
 そもそも、なぜ馬は離乳する必要があるのでしょうか?
その答えは、母馬が次の出産に備えるためです。次に生まれる子馬に十分量の母乳を与えるためには、出産前に少なくとも1ヶ月の「泌乳器の休養」が必要となります。このため、野生環境におかれた馬では、出産の1~2ヶ月前になると、子馬の方から自然に哺乳しなくなり、徐々に母子が離れていきます。
サラブレッド生産における離乳の実施時期は、概ね5~6ヶ月齢というのが一般的になっていますが、牧場によっては7~8ヶ月齢と遅い場合もあるようです。一方、急速な発育などに起因するDOD(成長期整形外科疾患)の予防として、重種馬を乳母として利用している際の母乳摂取抑制あるいは母馬の飼料盗食を回避することを目的とした早期離乳も実施されています。
 通常、離乳の実施時期を考慮するうえで、「栄養面の離乳」と「精神面の離乳」の2つを念頭に置く必要があります。

栄養面の離乳、精神面の離乳
 母馬がいなくなった場合に、それまで母乳から摂取していた栄養を牧草や固形飼料で代替することができるようになっていること、すなわち、1~1.5kgの固形飼料を食べられることが、ポイントになります。
 クリープフィードの給餌を離乳直前に開始しても、食べ慣れるまでに時間がかかるうえ、離乳ストレスによる食欲低下も念頭に置かなくてはなりません。このため、クリープフィードの開始時期は、一般的には、母乳の量が低下し始める2ヶ月齢が目安になります。もちろん、過剰摂取による過肥、骨端炎および胃潰瘍には十分注意する必要がありますので、子馬の体重、増体量、ボディコンディションスコア、放牧地の草の状態などの観察が重要になります。
 精神面からも、離乳の実施時期を考慮するポイントを得ることができます。放牧地で母馬と一定の距離があること、また、他の子馬との距離が近づいていることが、離乳後のストレス軽減を判断する指標になります(図1)。
 これら「栄養面」および「精神面」の両者が概ね達成される時期が、概ね生後3~4ヶ月ですので、必然的にこれ以降が適切な離乳時期といえるのかもしれません。
 1_3 (図1)3ヶ月齢を過ぎると、母子間距離が長くなり、子馬間距離が短くなる。

リスク回避の方法
 離乳を実施するうえで、考慮しなくてはならないリスクには「成長停滞」「悪癖の発現」「疾患発症(ローソニア感染症など)」「事故」などがあげられます。これらのリスクをゼロにすることはできませんが、予防策として、「離乳前に固形飼料を一定量食べさせておくこと」「ストレスを可能な限り抑制すること」を念頭におくことにより、リスクを最小限に抑制できます。
 このため、時期や環境に注意を払う必要があります。著しい暑さ、激しい降雨、アブなどの吸血昆虫などのストレス要因を回避することに加え、栄養豊富な青草が生い茂っている時期に実施することも重要です。また、隣接する放牧地に他の馬がいる場合には、母馬を探し求める子馬が柵を飛越するリスクがあるため、牧柵および周辺環境を含めた放牧地の選択や、離乳後における数時間程度の監視も重要です。
 昨年、日高育成牧場で実施した離乳方法は以下のとおりです。
 最初に、同じ放牧地で管理している7組の母子のうち2頭を離乳するとともに、穏やかな性格の牝馬(当該年の出産なし)をコンパニオンとして導入し(図2)、その後、2~3週間かけて段階的に2、3頭ずつ離乳していき、最終的に子馬7頭とコンパニオンの計8頭の群で管理しました(図3)。

2_3 (図2)最初の離乳時に、穏やかな性格の牝馬(子無し)をコンパニオンとして導入

3_3 (図3)子馬7頭とコンパニオンの8頭の群で管理

 この方法の利点は、同じ群の多くの馬が落ち着いていることです。離乳直後は、放牧地を走り回りますが、周りの馬が落ちついているため、われに帰って、群の中に溶け込みます。離乳後、数時間の監視をしていますが、大きな事故につながるような行動はありませんでした。どのような方法であっても、母馬がいなくなった子馬のストレスを完全に回避することは困難ですが、このような段階的な離乳により、可能な限りストレスを緩和することができると思います。

4_3 (図4)コンパニオンとして導入した繁殖牝馬を中心に落ち着いた様子をみせる離乳直後の当歳馬たち

(日高育成牧場 専門役 冨成雅尚)

2019年9月30日 (月)

下肢部のコンフォメーション

No.107(2014年8月15日号)

はじめに

 8月25日から4日間にわたり、上場頭数では国内最大規模のサマーセールが開催されます。今回は、セリで馬を検査する際に注目される下肢部のコンフォメーションについて紹介いたします。

 コンフォメーションとは、馬の外貌から判別することができる骨格構造、身体パーツの長さ、大きさ、形状やバランスのことをいいます。コンフォメーションがよい、すなわち力学的に無駄がない骨格構造をしている馬は、効率よくスムーズに走ることが可能です。したがって、強い運動時における関節等への負担や筋肉疲労も少ないものと考えられます。

 前肢

 馬は体重の約65%を前肢で負重するとされることから、前肢のコンフォメーションはとりわけ重要です。

 筋肉が発達し十分な長さがある前腕と、比較的短い管は、大きなストライドを得るうえで大切です。腕節や球節は十分な巾と大きさが必要で、また、腱や靭帯が外貌から明瞭に見える管は丈夫で健康です。

 凹膝(おうしつ)と呼ばれる反った腕節は、屈腱や腕節に対する負担が大きく、屈腱炎や剥離骨折を発症しやすいといわれます。腕節が前方に屈曲した弯膝(わんしつ)は繋靭帯や屈腱に負担がかかりますが、軽度の弯膝は凹膝ほど問題になりません。腕節の直下がしぼれて狭くなっているものは、窄膝(さくしつ)と呼ばれ、腱の発育が不良で好まれません。

1_2

 標準的な繋の角度は概ね45~50度とされています。繋が標準よりも長くて緩い臥繋(ねつなぎ)は腱に対する負担が大きく、逆に、短く立った起繋(たちつなぎ)は骨に対する衝撃が大きくなります。また、側面から見た蹄の角度(背側および掌側)は繋の角度と平行であることが標準です。

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 正面から見て、肩端、腕節、球節および蹄が直線状にあることが標準です。両方の腕節が内側に寄ったX脚は、腕節の内側に負担がかかるとともに外側の靭帯にも負荷がかかります。また、前腕と管骨のラインがずれたオフセットニーは内管骨瘤や腕節の剥離骨折などの問題を起こしやすいといわれています。

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 繋と蹄が外に向くものを外向、内に向くものを内向とよびます。外向は腕節や球節の内側に負荷がかかり、球節の剥離骨折などを発症しやすいといわれています。通常、外向は外弧歩様(がいこほよう)になりますので、交突にも注意が必要です。一方、内向は内弧歩様(ないこほよう)となり、内向は腕節や球節の外側に負荷がかかります。内弧歩様は動きに無駄が多く、疲労しやすくなります。

4_2 

後肢

 後肢からの力強い推進を得るためには、良好なコンフォメーションが必要です。側望では、臀端から地面におろした垂線が管の後面に接するのが標準とされます。また、繋の角度は前肢よりも大きく、50~55度が標準です。

 飛節は十分な幅と大きさが必要です。十分な幅のない飛節や、飛節から管に移る部位が急にしぼれて細くなっている窄飛(さくひ)は弱いので好ましくありません。標準とされるものよりも飛節の角度が小さい曲飛(きょくひ)は、飛節後面に負荷がかかり飛節後腫を発症しやすいといわれています。また、脛骨が長く、臀端から下ろした垂線よりも後踏み肢勢をとる折れの深い飛節は曲飛ほど弱くありませんが、動きに無駄が多いので疲労しやすいといわれています。直飛は飛節の角度の大きいもので、飛節構成骨に負荷がかかりやすく、膝蓋骨の上方固定を発症しやすいといわれています。

5_2

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 側望からみた後肢の肢軸は、臀端から地面にまっすぐ垂線をおろして評価をします。垂線が飛端から管の後面を通過するものを標準肢勢としています。後肢のX状肢勢は、飛節の内側に負荷がかかり、外向肢勢を伴うことが多いので交突にも注意が必要です。一方、O状肢勢は飛節の外側に負荷がかかるとともに疲れやすく、狭踏肢勢をともなうと十分に踏み込むことができません。両者ともに飛節内腫、軟腫および後腫等の発症に注意が必要です。 

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歩様

歩様は、肢勢と立ち方に規定されます。

胸が狭く肢を広く踏む広踏または外向蹄では外弧歩様、胸が広く肢を狭く踏む狭踏または内向蹄では内弧歩様を示します。立ち馬では肢軸を評価しづらい場合もありますが、実際に歩かせてみると肢軸のコンフォメーションは比較的容易に判別できます。 

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最後に

コンフォメーションは馬の個性の一つと考えるとよいと思います。これからの馬体成長を見込んで評価することも大切です。また、欠点よりも長所を探すことを忘れてはなりません。

 (日高育成牧場 副場長 石丸 睦樹)

2019年9月29日 (日)

セリに向けた馴致

No.106(2014年8月1日号)

 8月5日に八戸市場、8月25日にサマーセールを控え、コンサイナーをはじめ生産牧場の皆様は忙しい日々を過ごしていることと思います。今回は、セリに向けた馴致に関する話題をいくつか紹介いたします。

1歳馬品評会
 まず、三石・平取両地区で実施された1歳馬品評会の取組みを紹介します。
 三石地区(6月11日実施)では「ベストターンドアウト賞」が新設されました。審査基準として「最も美しく管理・手入れされていると同時に、人馬の信頼関係が感じ取れ、躾が行き届いている馬を総合的に判断する」とし、事前に審査のポイント(本誌7月1日号参照)が各牧場に周知されました。
平取地区(6月20日実施)では、品評会の3週間前に当場職員が講師として「セリ馬の手入れの仕方と飼養管理について」というテーマで講義と実習を行いました。実習は同地区会員の牧場の1歳馬3頭を用いて、参加者が積極的に手入れやたてがみ等のトリミングを行いました。
 これらの取組みの結果、両品評会においては、これまで以上に各牧場の1歳馬の飼養管理技術の向上を感じました。また、上場馬自身が多くの方に見られる経験をしたことによって精神的にも成長し、セリ会場においても堂々とした展示を見せてくれることでしょう。また、このことが販売成績にも結びつくと期待されます。

セリ馴致
 こうしたセリ馴致の実態は年々変化しているものと考えられます。そこで、JRAでは購買した育成馬に対し、毎年「セリに向けた飼養管理」についてアンケート調査を実施しています。ここでは、2012年に購買した74頭(内訳は、コンサイナー預託48頭(65%)、コンサイナー以外26頭(35%))から得られた回答のうち、セリ馴致に関する項目について紹介します。


1. 引き運動
セリ馴致で最も重要と考えられるのが『引き運動』です。多くの牧場が引き運動を実施していましたが、その実施期間は、「30日以上~60日未満」が最も多く、74牧場中32牧場(43.2%、平均36.8日)でした(図1)。また、その時間は「30分以上45分未満」が最も多く、35牧場(47.3%、平均27.7分)でした(図2)。

1図1

2 図2

2. ウォーキングマシン
 効率的に馬の運動量を確保するうえで『ウォーキングマシン』は有効です。ウォーキングマシンを活用しているのは、52牧場(70.3%)でした。その実施期間は、「30日以上~60日未満」が最も多く、27牧場(36.5%、平均36.7日)でした(図3)。また、その時間は「30分以上45分未満」が最も多く、29牧場(39.2%、平均38.6分)でした(図4)。

3 図3

4 図4


3. ランジング(調馬索運動)
馬体の太い馬をフィットさせる目的で『ランジング』を行うこともあります。ランジングを実施していたのは31牧場(41.9%)でした(図5)。また、その平均時間は14.7分でした。

5 図5


4. 放牧時間の変更
 セリ前の放牧管理については、悩まれている牧場も多いと思います。最も多いのが「放牧時間を短縮しパドックに変更」で、37牧場(50%)でした(図6)。また、パドック放牧時間の平均は4.1時間でした。一方、「昼夜放牧を継続」も6牧場(8.1%)ありました。

6 図6


5. 飼料内容や量の変更
 最も多かったのが「変更しない」で、32牧場(43.2%)でした(図7)。一方で、コンサイナーに預託し、セリ馴致開始とともに飼料内容や量を変更する牧場も多いと考えられます。なお、燕麦やスイートフィード等の濃厚飼料の日量については、20牧場(27%)が「6kg以上給与」していました(平均5.1kg)(図8)。

7 図7

8 図8

 上記結果から、セリ馴致の大まかな実態が把握できたものと思います。セリにむけて馬を仕上げるためには2ヶ月以上かかるという意見もあることから、全体的に、やや馴致期間が短いようにも感じられます。また、6kg以上の濃厚飼料を給与する牧場も散見されることから、全体としてセリに向けて急仕上げ(飼料給与量増加によるボディコンディションスコアの調整)の馬が多いのかもしれません。1歳春から夏にかけての気候のいい時期に昼夜放牧ができないことも、馬の将来を考えると、改善の余地があるかもしれません。そのように考えると、セリ馴致は、三石・平取の品評会の例のように適切な放牧管理を行いながら生産牧場でも取組める可能性があります。

札幌競馬グランドオープン
 最後に札幌競馬場の話題です。札幌競馬場がリニューアルされて7月26日(土)にグランドオープンしました。競馬の盛り上がりに期待したいと思います。さて、この札幌競馬場のもうひとつの特色は、スタンド内にセリを開催できる施設を新設したことです(図9)。セリを成功させるためには、良質の馬を集め、多数の購買者を集めることが不可欠です。札幌の地の利を活かし、今後の市場としての活用も期待したいところです。

9 図9

(日高育成牧場 副場長 石丸睦樹)

2019年9月16日 (月)

立ち馬展示の基本

No.104(2014年7月1日号)

 セリで馬を購買する場合、購買者はセリ名簿をみて購買馬を絞り込んだあと「立ち馬展示」で立ち姿を確認します。立ち馬展示では馬の気品や性格、体型やコンフォメーションの問題点などが確認されたあと、常歩での歩様検査が行われます。血統的に魅力がある馬でも、「立ち馬展示」で駐立ができないと印象が悪くなるばかりではなく、十分な検査ができないために購買を諦められてしまうこともあります。今回は立ち馬展示の基本についてご紹介します。

 展示に向けた準備

 たち馬展示に限った話ではありませんが、馬を人に「魅せる」前に必ず実施するべき準備の1つにトリミングがあります。トリミングとは自然の状態で伸びている毛を抜いたりカットしたりして身だしなみを整えることで、トリミングの有無で馬の印象、特に素軽さが大きく変わります。まず、タテガミは必ず右側に寝かせて適切な長さに揃えます。これは頚のラインが馬の第一印象に大きな影響を与えるため、馬をみるときに「表」となる左側をタテガミが隠さないようにするためです。続いて展示用頭絡の項革が通る部分(ブライドルパース)のタテガミや耳の毛、距毛(四肢球節部の毛)、アゴヒゲなどをカットします。きちんとした手入れができていることは、馬の第一印象をよくするための基本です。すっきり素軽く見せることで馬の印象は改善できます。

 外見を美しく「魅せる」準備に続いて、馬を展示するためのしつけ(馴致)を行います。立ち馬展示の馴致では、①人馬の信頼関係を確立すること、②人が馬のリーダーになること、③人の指示で駐立でき、また大人しく引き馬を行えること、の3点が大きな目標となります。何か事が起こった際に人の指示が尊重される人馬の関係が大切です。リーダー(人)の指示で落ち着いて行動できるように、プレッシャーのオン・オフを用いて馬にわかりやすい指示を与えます。立ち馬展示では10分以上の駐立を求められることが多いので、馬が人の指示を受け入れて飽きずに我慢できるようにじっくりと練習する必要があります。

展示で使用する馬具

 立ち馬展示では展示頭絡や無口頭絡にチフニービットを装着するのが一般的です。引き手(リード)は革製の引き手1本を使用します。セリにおいて馬は大切な「高額商品」ですから、展示者もスタイリッシュで動きやすい服装を心がけるべきです。だらしのない服装や長靴を履いての立ち馬展示では、折角の馬の評価に悪影響を及ぼしかねません。

 立ち馬展示の方法

 馬を展示するときには、購買者に馬の左側を向けた左表(ひだりおもて)で、左側の肢が広踏で右側の肢が狭踏になるようにして四肢が重ならないように立たせます。このときに注意するのは馬の姿勢です。展示者は後肢が休んだり(蹄が浮いてしまう立ち方)、馬体が伸びきったり(左前肢と左後肢の間隔が広すぎる)、逆に集合姿勢になったり(四肢の間隔が詰まりすぎる)していないか常に注意を払い、必要に応じて馬の立ち方を直します。立たせる場所はなるべく水平かつ逆光にならない場所を選び、展示者は購買者が効率よく見られるように以下のとおり動きます。

①購買者が馬の左側を見ている場合

 展示者は馬と向き合うように立ち、引き手は左手にもちます。

②購買者が馬の正面を見る場合

 馬の前望を遮らないよう正面から少しずれ、馬の両前肢を揃えて立たせます。

③購買者が馬の右側を見ている場合

 馬を右表(みぎおもて)に立たせ、引き手は右手にもちかえます

④購買者が後方を見る場合

 馬の両後肢が揃うように立たせ、引き手は左手にもちかえます。

1_3

2_2 常に購買者の「見やすさ」に配慮し、安全なポジションで検査ができるように立たせることが大切です。

 歩様検査の方法

 購買時の歩様検査では跛行の有無のみならず、きびきびとした闊達な動きができるか、人の指示に従って歩くことができるかも判断されます。引き馬は一見簡単そうに見えますが、前向きな歩きを魅せようと慌てて練習しても付け焼刃では成功しません。闊達に歩く練習を毎日行うことで馬はハミ受けを覚え、後肢の踏み込みが改善し、全身の筋肉も発達しますので、普段から馬の歩き方を意識した管理を行うことが大切です。

 歩様検査では購買者から直線的に遠ざかり、その後右回りにUターンして真っ直ぐに購買者のところに戻ります。購買者は馬が遠ざかるときに後望を、戻ってくるときに前望を検査しますので、引く人は常に馬の左に立ち購買者の視界を邪魔しないように注意します。また、引き手は少し長めに余裕を持って持つのが美しく魅せるコツです。

 3_2

さいごに

 セリで購買者は馬の血統や体型、価格等を総合的に判断して購買馬を決定しますので、立ち馬展示は購買馬決定の大きなカギを握っています。綺麗にトリミングされた馬がきびきびと歩く姿は、多くの人の目に留まるに違いありません。立ち馬展示の基本を理解し、購買者の目線に立って馬を作ることこそが、今後のセリ上場者に求められる「役割」だと思います。

   (日高育成牧場 業務課長  秋山健太郎)

2019年9月12日 (木)

離乳までの子馬の栄養管理

No.103(2014年6月15日号)

 「母乳の出が悪く、子馬に人工乳を与えたいが、どのくらいの量を与えればよいのだろうか?」「子馬に母馬と同じエサを食べさせてもよいのだろうか?」生後間もない子馬を育てるなかで、このような疑問をお持ちになる方は少なくないのではないでしょうか?出生後の子馬を元気で健康に育てるための「適切」な栄養管理は欠かせませんが、持って生まれた馬体に加え、栄養摂取能、血統的資質、そして母乳の産生量などの様々な要因が成長に関与するため、「適切」を見極めることは容易ではありません。そこで、今回は出生直後から離乳までの子馬の栄養管理についての基礎的な話題について紹介しますので、子馬を健康に育てるための参考にしていただければ幸いです。

2ヶ月齢までの栄養
 生後2ヶ月齢までは、基本的には母乳からの栄養が中心となります。出産直後の子馬が必要とする母乳の量は体重の約10%(50kgの子馬であればおよそ5リットル)ですが、生後10日には体重の25~30%(70kgの子馬であればおよそ17~21リットル)にまで達します。そして、5週間を過ぎると体重の17~20%になります(100kgの子馬であればおよそ17~20リットル)。
 子馬が十分量の母乳を摂取しているかどうか確認することは、適切な成長のために重要です。このため、子馬の哺乳行動や乳房の腫脹(図1)の確認はもちろんのこと、定期的に計測する体重および体高の値は極めて有用な指標になります(図2)。この時期の子馬が十分量の母乳を摂取している場合、1日あたりの体重増は1~2kg、体高の伸びは0.3~0.4cmになります。
 母馬の死亡や母乳不足など、何らかの理由で人工乳を与えなくてはならない場合、上記の摂取量や増体量が参考になります。この時期の子馬の哺乳回数は、1時間あたり約3回であり、比較的頻繁ですが、人間が与える場合は、生後1週間であれば1~2時間に1回、2週齢以降は4~6時間に1回で良いと思われます。なお、バケツからの摂取が可能になったら、馬房にミルク用の飼桶を設置して自由摂取させることもできます(図3)。また、体重の増加量など子馬の状態に応じて、早めに少量のクリープフィードを与えても良いでしょう。

1_2 図1.哺乳されないため、腫脹した乳房

2 図2.体重や体高の測定は、適切な成長を見極める重要な指標となる

3 図3.ミルクの摂取は、馬房に設置した飼桶からも可能

2ヶ月齢以降の栄養「クリープフィード」
 2ヶ月齢以降になると、泌乳量は徐々に減少していき、子馬の栄養要求量を満たすことができなくなります(図4)。このため、不足する栄養を補うための固形飼料、すなわちクリープフィードの給餌を開始します。クリープフィードに必要な栄養成分としては、タンパク質含量が少なくとも16%以上で、必要なアミノ酸やカルシウム、リン、銅、亜鉛およびマンガンなどのミネラルがバランス良く含まれている飼料が理想的といえます。
 クリープフィードを与えることにより、「当歳に食べさせることを覚えさせる」ことは、極めて重要です。特に北海道においては、秋の離乳時に増体が停滞した場合には、つづく冬季にも成長が期待できないため、翌春まで成長不良の状態が継続することになります。このため、初夏に開催される1歳市場への上場を視野に入れている場合には、厳冬期の成長停滞を可能な限り抑制するためにも、十分量のクリープフィードを与えることは重要といえます。

母馬の飼料摂取の是非
 母馬の飼料を子馬に与えることの是非が問題になることがあります。もちろん、上記の栄養成分を満たすような飼料であれば、子馬に与えても問題ありません。しかし、与える量については、考慮する必要があります。一般的には、体重の0.5~0.75%、もしくは月齢×0.5kgなどと言われていますが、個々の子馬の馬体や栄養摂取能、さらには哺乳量や放牧地の草の状態など様々な要因があるため、馬体重や月齢により一律の給餌量を決めることは現実的ではありません。このため、やはり定期的な体重測定や馬体観察に基づいた、増体日量やボディコンディションスコア(BCS)を参考とした給餌量の決定が推奨されます。増体日量は生後3ヶ月までは1.1~1.3kg、その後は月齢とともに減少していき、離乳期の6ヶ月齢ではおよそ0.8kgが標準値と考えられています。また、BCSは9段階の5、すなわち「背中央が平らで、肋骨は見分けられないが触れるとわかる。尾根周囲の脂肪はスポンジ状。き甲は丸みを帯びるように見える。肩はなめらかに馬体へ移行する」が目安になります。
 成長期の子馬に濃厚飼料を過剰に与えることのリスクは小さくありません。子馬に対する濃厚飼料、特にエンバクなどのデンプンの多給が、骨端炎やOCDに代表される成長期外科疾患や胃潰瘍の発症に影響を及ぼす可能性があるからです。このため、たとえ母馬に与えている飼料が適切な栄養成分を含んでいる場合であっても、摂取量のコントロールを考慮した場合、やはり母馬と子馬に与える飼料は、それぞれ個別に用意した方が良いと思われます。
J RA日高育成牧場では、生後2ヶ月を目安にクリープフィードを子馬用のホースフィーダーで与えており、盗食できないように母親の飼い桶にフェンスを設置しています(図5)。クリープフィードは、離乳前にはしっかり食べられるように時間をかけてゆっくり増やしていきます。

4 図4.子馬のエネルギー要求量の推移

5 図5.子馬用のクリープフィーダーと母馬の飼料を食べさせないためのフェンス

さいごに
 子馬の成長度合いや疾患発生は、放牧環境や血統を含めた個体差などによる影響も無視できないため、子馬に適切な栄養を与えた場合であっても、リスクをゼロにすることはできません。一方で、デンプンの過剰給餌をした場合であっても、健康に育つ子馬がいることもまた事実です。馬づくりにおいては、絶対的な正解は存在しませんが、可能なかぎり最適な飼養管理法を選択するとともに、繋養馬に対する詳細かつ継続的な観察を行うことで、つねにベストの方法を模索していきたいと思います。

(日高育成牧場 専門役 冨成雅尚)

2019年8月21日 (水)

ブリーズアップセール生誕10年

No.102(2014年6月1日号)

JRAブリーズアップセール(BUセール)は、お蔭様で今年節目の10年目を迎えることができました。これは皆様が当セールを支援してくださった賜物であり、当紙面をお借りして厚く御礼申し上げます。本稿では、改めて10年の歴史を振り返ってみたいと思います。

BUセールの誕生
 BUセールは、生産育成研究業務の一環として、JRAが1歳市場で購買した馬および生産馬(JRAホームブレッド)であるJRA育成馬を、競走裡で生産育成方法を検証するために売却するプライベートセールです。売却方法をセリ方式に変更するに当たっては、市場振興に寄与することを念頭に、二つの基本理念を設定しました。
 一つは「安心して参加できるセール」です。上場馬は今後の調教や出走に耐えうると判断した馬に厳選し、個体毎にセールまでの病歴や調教状況等の履歴を記載(図1)するとともに、関節部のX線画像やノドの内視鏡動画等の医療情報を開示しました(レポジトリー)。また、レポジトリーの活用方法を冊子や講習会等で普及したことにより、多くの民間セリ市場でレポジトリー情報は開示されるようになりました。

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図1)個体冊子の例 

 もう一つは「早期の競馬デビューにつながる調教供覧」です。トレーングセールはタイムが速い馬が高くなる傾向にありますが、若馬の時期に過度の負荷をかけ過ぎることで、本来、即戦力と期待されているトレーニングセール取引馬のデビューが遅れてしまう危険性が指摘されていました。そこで、2歳早期に出走できることを目標として、スピードを求めるのではなく、馬の自然な動きをみていただくことをポリシーとしました(図2)。BUセールという名称には、極端に速いスピードを求めない英国のブリーズアップセールを範とする、JRAの決意が込められています。

2_3 図2)2歳競馬開幕から8週までのJRA育成馬出走状況:30~40頭の
JRA育成馬が出走し、全出走馬の6~7%を占める。

JRAホームブレッド上場
 JRAでは生産から初期・中期育成期の課題解決を目的として、2008年から繁殖牝馬に交配し、生産から育成までの一貫した研究業務を開始しました。そして、2011年第7回BUセールにJRAホームブレッドの第1期生5頭を初めて上場し、4頭が売却されました、その中の1頭であるマロンクンは、JRAホームブレッドの中央競馬勝利第1号となりました。

ファイナルステージ創設
 欧米の多くのセリ市場では、市場外取引を規制し、売却率を向上させるため、セリ市場前後の一定期間において売買された場合、市場取引とみなすアウトサイドセールが導入されています。2011年第7回BUセールから、わが国におけるアウトサイドセールのニーズを検証するため、主取馬を翌日にFAXでビッドできる「ファイナルステージ」を創設し、主取馬3頭のうち2頭が売却されました。翌年以降は全頭がセール当日に売却されたため、ファイナスルテージは実施されていませんが、今後も検討していきたいと考えています。

新規馬主限定セッション創設 
 新規馬主の方がセリ市場へ参加しやすい環境づくりの一環として、2012年第8回BUセールから、JRAホームブレッドを中心に「新規馬主限定セッション」を創設しました。また、それに併せて、日高・宮崎両育成牧場では「育成馬を知ろう会」を開始しました。本取組みが、新規馬主の方がセリ市場に足を運び、馬選びから始まる競走馬を持つことを楽しんでいただく入口になればと期待しています(図3)。

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図3)新規馬主の来場・購買状況

近年、新規馬主の方の来場や購買が増加している。

 さらに、BUセール前日の「前日展示会」の開催や民間セリ主催者ブースの設置等、市場振興に寄与するため、様々な企画を実施しています。今後ともBUセールの取組みに対して、皆様のご理解ご支援をよろしくお願いします。 

(日高育成牧場 場長 山野辺 啓)

2019年8月19日 (月)

繁殖牝馬の肥満と予防

No.101(2014年5月15日号)

繁殖牝馬の肥満

 繁殖牝馬の適切な栄養管理は、受胎率の向上、長期間にわたる繁殖生活、そして何より健康な子馬を産み育てるためには欠かすことができません。草食動物の馬にとって、良質な草地での放牧管理を中心とした飼養管理が最適であることに異論はないと思いますが、その場合であっても、問題となるのが「繁殖牝馬の肥満」です。アスリートではない繁殖牝馬の身体を極端にフィットさせる必要はありませんが、一方で極度に脂肪が蓄積する肥満症になった場合、蹄葉炎や発情周期異常などのリスクが高まることが知られています。このようなリスクを有する肥満症は、内分泌異常が原因の1つと考えられており、「馬メタボリック・シンドローム」と呼ばれています。

 馬メタボリック・シンドローム

 馬メタボリック・シンドローム(Equine Metabolic Syndrome以下EMS)は「遺伝」と「飼養環境」の2つの要因が複合することにより発症すると考えられています。すなわち、特定の遺伝子を持った馬が、青草が豊富に生い茂った放牧地で飼われている、もしくは濃厚飼料を多給されているなど、栄養過多の管理が施された場合に発症しやすくなります。欧米では、このような素因を有した馬のことを「イージー・キーパー」(少量もしくは栄養価が低い牧草や飼料でも体重維持が容易な馬)と呼んでいます。野生環境の痩せた土地においても、生存してきた特定の馬の遺伝子が、今も一部の馬に残っているものと考えられています。EMSの発症年齢は5~15 歳であり、高齢馬にはあまり認められず、外見上は肥満体型、もしくは頸などにおける部分的な脂肪蓄積(図1)などを認める場合が多いようです。なお、過肥の馬のすべてがEMSというわけではありません。

1_3 図1 頸部の脂肪蓄積はクレスティ・ネックと呼ばれる

EMSの危険性

 ヒトのいわゆる「メタボリック・シンドローム」は、心臓病、脳卒中もしくは糖尿病のリスクを高めますが、EMSは蹄葉炎のリスクを高めることで知られています。EMSを発症した馬は、「インスリン抵抗性」と呼ばれる血糖を筋肉などに取り込むインスリンの働きが弱い、すなわちインスリンが効きにくい体質になっているといえます。このような状態に陥った場合、「蹄の角化細胞への糖の取り込み不足」や「蹄内部の血流阻害」が生じて、蹄葉炎が引き起こされると考えられています。

 また、繁殖牝馬にとって問題となるのは、発情周期の異常です。ある研究によると、インスリン抵抗性を有した牝馬は、正常な牝馬と比較して、黄体期が長く、発情から次の発情までの周期が長いことが確認されており、正常な交配にも影響を及ぼすおそれがあります。

予防法と治療法

 予防法は、飼養管理法の改善が中心になります。穀類や糖蜜などを含んだ濃厚飼料の不必要な多給を避けることはもちろん、ミネラルバランス、特に細胞内におけるインスリンの機能を低下させるマグネシウム欠乏に留意することなどが提唱されています。

 放牧地管理としては、放牧草に含まれる「フラクタン」と呼ばれる糖の摂取をいかに減らすかが鍵になります。フラクタンは、インスリン抵抗性に関連性が深く、秋から冬、そして春先にかけて放牧草の中に多く蓄積するなどの季節性変化がある一方で、夏の午後や夜間冷え込んだ秋の早朝にも多く蓄積するなどの日内変動もあるようです。このため、放牧時間の設定が重要となりそうです。また、窒素欠乏にある草地で生育した牧草はフラクタン濃度が高いことがわかっています。したがって、窒素を含む適切な施肥は牧草中のフラクタン濃度の上昇を抑制する効果があると考えられています。

 もちろん、可能であればウォーキングマシンやランジングを利用した運動負荷も適切な体重を維持するうえで効果的です。また、体重やボディコンディショニングスコアの計測などの定期的な馬体のモニタリングを行うことは、大きな手助けになると思います(図2)。

2_2

図2 定期的な体重とBCSの測定は肥満予防の第一歩

(日高育成牧場では繁殖牝馬の体重は週1回、BCSは月1回測定しています)

 すでにEMSになってしまった場合の治療法として、蹄葉炎を発症している場合には、装蹄療法や消炎鎮痛剤の投与による疼痛管理、そして、砂パドックなどを利用した放牧制限や粗飼料による低カロリー給餌が中心となります。乾草を与える場合には、糖分(のうちの水溶性成分)を除去するために一定時間、水に浸漬することも良いかもしれません(図3)。

3_2  図3 浸漬による乾草からの糖分除去

さいごに

 放牧草の栄養状態の季節的な変化、さらには遺伝による個体差など種々の要因により、繁殖牝馬の馬体を年間を通して適切に推移させることは容易ではありませんが、今回お伝えしたことが少しでも多くの繁殖牝馬の健康にお役に立てば幸いです。

 (日高育成牧場 専門役 冨成 雅尚)

2019年8月16日 (金)

日高育成牧場が実践する人材育成

No.100(2014年5月1日号)

 平成22年1月に始まった本連載も今回の記事でちょうど第100回を数えることとなりました。今後とも読者の「強い馬づくり」に役立つよう連載を続けて生きたいと考えていますので、ご支援よろしくお願いいたします。本稿では、日高育成牧場ならではの活動ともいえる教育支援や人材養成について紹介いたします。

 馬を学びたい学生のために

 今年最初の子馬が誕生した3月末、日高育成牧場では将来の獣医師の卵6名を対象に「スプリングキャンプ」なるものが開催されていました。これは全国の獣医学部の学生を対象に広く参加者を募り、馬の分娩や種付けを経験してもらいながら、サラブレッドの生産や飼養管理について学び、馬に対する興味と知識を深めてもらうための研修です。日本の大学は、欧米に比べて産業動物の臨床実習をするための環境や施設が整っていないのが現状です。特に馬に関しては教えることができる教員も多くはありません。しかし、全国には、馬に携わる仕事がしたい、実習などを通じて馬と触れ合ってみたいという学生は結構いるものです。日高育成牧場では数年前から、そのような獣医畜産系の大学生を対象に夏休み期間を利用して「日高サマースクール」と称した研修を実施しています。更に今年度は、「春休み期間を利用して分娩が見たい!」という多くの学生の声を反映して、この「スプリングキャンプ」を企画・実施しました。実習では、まず馬を引くことから始め、手入れや収放牧を通じて馬に触れ、寝藁上げ作業を手伝うことで現場の雰囲気を学び、馬の繁殖学、栄養学、画像診断などの専門知識についても講義と実習で学びます。さらに、昼は種馬場で種付けを見学し、夜は分娩が近い繁殖牝馬の監視をすることで、実際の交配や分娩を体験します(写真1)。研修終了後、学生たちは大学では学べないサラブレッドの生産について少なからず理解し、貴重な体験をして帰途に付きました。今までに多くの研修生が日高育成牧場での実習、研修をとおして学びましたが、すでに、日高育成牧場で研修を受けた研修生の中から馬関係の仕事に携わる獣医師が大勢、誕生してきています。今回のスプリングキャンプの受講生の中からも、また日高に戻って来てくる者がいるかもしれません。

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(写真1)日高育成牧場スプリングキャンプ

子馬の誕生に感動する獣医大学の学生

育成馬の騎乗から観光客向け展示まで

 日高育成牧場では、JRA育成馬を用いた調教技術・騎乗者養成に関する研修(写真2)や生産育成技術者研修などの専門的な研修も行っています。また、一時、凍結されていた本会新人職員の日高での研修も再開されました(写真3)。さらに、馬に触れたこともない小・中・高等学校生に対して「乗馬教室」、「職場体験学習」、「馬文化出前教室」や「日高の自然授業」などの馬に関する授業を担当したり(写真4)、幼稚園の見学を積極的に受け入れたりしています。また、一般の観光客向けの「場内バスツアー」を企画し、馬に親しんでもらう機会を設けています(写真5)。この様な研修を実施することで、日高育成牧場で実践している新しい飼養管理方法や調教技術の公開、調査研究成果の普及に努め、将来馬に携わる人材を育成しています(表1)。

 世界に通用する強い馬づくりを目指すには、広く馬に関心を持つ人を増やすこと、さらに馬に携わる人の意識と生産育成技術の向上が不可欠です。すなわち「強い馬づくりは人づくりから」と言えるのではないでしょうか。

 2 (写真2)育成調教技術者養成研修(BTC研修生)

JRA育成馬を用いて、ブレーキングから高度な騎乗技術まで習得する

 3 (写真3)新人一般職二次研修(JRA職員)

雑草抜きもしながらサラブレッドの生産について学ぶ

 4 (写真4)「馬文化出前教室」への講師派遣

日高振興局の要請により随時、小学校へ出向く(えりも町立笛舞小学校:2011年12月)

5 (写真5)日高育成牧場バスツアー

馬の親子とのふれあいの様子

6 表1. 日高育成牧場で実施している主な研修

(日高育成牧場 生産育成研究室 研究役 佐藤 文夫)