馬事通信 Feed

2019年8月14日 (水)

JRAブリーズアップセールで開示される個体情報

No.99(2014年4月15日号)

 JRAブリーズアップセール(BUセール)では、購買者の皆様が安心してセリに参加していただくために、病歴、体測値、飼養管理および調教内容等の個体情報を公開しています。今回はこれら個体情報のうち、病歴とレポジトリー検査所見について紹介いたします。なお、関連した内容の記事が本紙面(平成24年6月15日号No57、平成23年4月15日号No30)にも掲載されていますので、併せてご参考ください。

検査所見をもとにした上場馬選定
 JRA育成馬をBUセールに上場する過程では、怪我や運動器疾患の発症等、順調に行かないことも多いものです。また、調教中の異常呼吸音で悩まされることも少なくありません。私たちは、このような悩みを解決するため、抽選馬の時代から下肢部X線所見や上気道内視鏡所見と競走成績や疾病発症との関連について調査・研究を継続しています。これらの成績をもとに、JRAではセール前の3月に実施した上気道内視鏡検査や下肢部レントゲン検査等のレポジトリー検査所見を評価し、セール売却後の調教および出走に差し支えないと判断した馬を上場することとしています。

上気道内視鏡検査
 上気道内視鏡検査では喉頭片麻痺(LH)、軟口蓋背方変位(DDSP)、喉頭蓋の異常(AE)について、4~5段階のグレード分けをしています。特に、LHのグレード(Ⅰ~Ⅳの4段階)が高い馬では走能力に影響を及ぼす可能性があります。ⅠおよびⅡでは競走パフォーマンスとの関連はありませんが、Ⅲ~Ⅳの馬では競走能力に影響を及ぼすこともあり、手術が必要となる場合もあります(図1)。一方、ⅠおよびⅡについても喘鳴音を聴取することがあり、トレッドミル運動時の内視鏡による評価が必要な場合もあります。

1_8 図1 喉頭片麻痺(LH)のグレード分類(写真はグレードⅠ)

Ⅰ:左右の披裂軟骨の動きが常に同調かつ対称であり、完全外転が獲得・維持されうる

Ⅱ:披裂軟骨の動きが非同調でかつ喉頭が左右不対称な状態を示すこともあるが、披裂軟骨の完全外転は獲得・維持されうる

Ⅲ:披裂軟骨の動きが非同調で、喉頭が左右不対称である。披裂軟骨の完全外転は獲得・維持されない

Ⅳ:披裂軟骨と声帯ヒダは動かない

下肢部レントゲン検査
 レントゲン検査では、両前肢の近位種子骨の評価、腕節の骨端線、その他疾患の画像を提示しています。近位種子骨の画像検査では、骨の形状の不整や線状陰影の本数などからグレード0~3の4段階に分類し評価しています(図2)。これまでの調査結果から、グレードが高くなるにつれて繋靭帯炎の発症率が高くなることがわかっています。また、2歳春においては、腕節の骨端線の状態から化骨の状態がわかります。標準的なサラブレッドでは25ヶ月齢で骨端線が完全に閉鎖するとされており、これを基準に馬体の成長度合いを知ることができます。その他育成期に発見されたOCD(離断性骨軟骨症)や陳旧性骨折などの存在についても全て記載していますが、腫脹や跛行等の臨床症状がない場合、競走成績に影響を及ぼしません。

2_8 図2 種子骨(前肢)のグレード分け(図中の各数値はJRA育成馬310頭中の発症割合を示す)
G0:正常、G1:線状の陰影(赤矢印)が1~2本、G2:線状の陰影が3本以上、G3:線状陰影が多数あり骨の輪郭が不整(黒矢印)もしくは骨嚢胞がある

 BUセールでは、購買者の皆様が情報開示室(レポジトリールーム)においてこれら所見を閲覧することが可能です。また、情報開示室には獣医職員を配置していますので、画像の見方や獣医学的判断についてご相談いただくことができます(図3)。
 私たちは、購買者の皆様にとって「わかりやすく透明性のあるセリ」を目指して参りたいと考えています。
 4月29日(火)、中山競馬場で開催されるJRAブリーズアップセールは、今年で10周年を迎えます。皆様のご来場を心からお待ちしています。

3_5 図3 個体情報開示室で説明する獣医職員

(日高育成牧場 業務課 竹部直矢)

2019年8月12日 (月)

卵巣腫瘍の新しい検査方法

No.98(2014年4月1日号)

馬の卵巣腫瘍
 馬の卵巣腫瘍と言っても、多くの生産者は聞いたことが無いかもしれません。しかしながら、繁殖牝馬ではしばしば生じる疾病であり、発情サイクルが止まってしまう場合もあるため重要な疾病です。
簡単に腫瘍とは何かを説明いたします。腫瘍とは「組織が過剰に増殖した結果できた組織塊」であり、○○癌や○○肉腫と言われる悪性(転移する)のものと○○腫と言われる良性(転移しない)のものを総称した言葉です。また腫瘍ではないものの、卵巣が大きくなって腫瘍と区別がつけにくい卵巣血腫や卵巣嚢腫といったものもあります(図1)。直検でこのような大きな卵巣が分かった場合に重要なことは、発情や排卵がくるのかどうかということです。正確な診断には卵巣の組織を調べる必要がありますが、実際にはそこまでできませんので、大きさ、触感、超音波画像、反対側の卵巣の状態、発情の具合などから推定することになります(図2)。しかしながらこのような珍しい症例は、個々の獣医師が経験できる数も限られる上に、正確な診断ができないこともあり、獣医師によって診断が異なってしまう場合もあります。

1_7 図1 腫瘤の分類

2_7 図2 卵巣のエコー画像(左:正常な卵巣、右:顆粒膜細胞腫)

卵巣摘出後の発情は?
 卵巣腫瘍は直接死に至るわけではありませんが、発情が止まる場合もあるため、繁殖牝馬にとっては致命的な病気とも言えます。馬の卵巣腫瘍のうち最も頻度が高いものは顆粒膜細胞腫と言われる良性腫瘍です。良性ではありますが、顆粒膜細胞はホルモン産生を行う細胞であるため、これらのホルモンが異常産生され、卵巣静止や持続発情といった徴候を示し、交配不能となります。このような場合には手術で卵巣摘出しなくてはなりません。顆粒膜細胞腫は片側性であるため、その卵巣を摘出しても反対側の卵巣が正常に機能し、発情は問題なく行われますので心配ありません。しかしながら、ある報告によると、手術後に発情が戻るまで平均7ヶ月かかると言われており、1シーズンでも早く交配するためには早期の診断、そして早期に手術をすることが重要となります。

類似症例にご注意!
 そこで問題となるのが、「本当に卵巣を摘出しなければいけない顆粒膜細胞腫なのか、一時的に大きいだけの卵巣血腫や嚢腫ではないのか」という鑑別です。これらの鑑別には残念ながらエコー検査だけでは不十分です。さらに詳しい検査としてテストステロンやエストラジオール、インヒビンといったホルモン測定が行われることもありますが、このようなホルモンは特別な検査施設へ依頼する必要がありますし、個体差が大きいため正常と異常の境界が曖昧であるため、なかなか現実的な検査方法ではありません。

いつでもご相談を
 近年、日高育成牧場ではAMH(抗ミューラー管ホルモン)と言われるホルモンに着目し、1度の血液検査によって正確に顆粒膜細胞腫の診断を行えることをさまざまな学会で報告してきました。AMHは顆粒層細胞からのみ分泌されるため、正常な牝馬では低値であるのに対して、顆粒膜細胞腫では明らかに高い値を示します(図3)。また、比較的簡単な検査であるため、最も頻度の高い顆粒膜細胞腫に対する科学的な診断根拠として非常に有効な検査方法と言えます。
 日高育成牧場ではAMHの調査研究を実施していますので、疑わしい症例がありましたら担当獣医師を通してお声かけ下さい。

3_4 図3 繁殖牝馬における血中AMH濃度

(日高育成牧場 生産育成研究室 村瀬晴崇)

2019年8月 9日 (金)

繁殖牝馬の護蹄管理

No.97(2014年3月15日号)

 馬の跛行の70%以上は蹄が原因であるといわれています。繁殖牝馬においても蹄の管理は健康維持と子馬の正常な発育確保の観点から非常に重要となります。本稿では、繁殖牝馬の護蹄に関する基本について紹介します。

蹄管理の重要性
 蹄の伸びは1ヶ月で約1cmであり、健全な成馬であれば約1年で蹄全体が更新されます。しかし、蹄は体重を支えるために地面と接したり、歩行や運動するために地面を蹴ったりすることで常に磨耗します。そのため、蹄の伸びが磨耗より大きければ蹄が伸びた分をそのまま削切することで健常な状態にできますが、磨耗が激しければ蹄鉄を装着して保護しなければなりません。削蹄を行わずに放っておくと蹄が伸びすぎて歩きにくくなるため、繁殖牝馬では放牧地での運動量が阻害され、それにともなって子馬の運動量も不足します。したがって、健康状態維持と子馬の正常な発育ためには、繁殖牝馬においても定期的な削蹄は必要です。また、蹄は水分やアルカリに弱い性質があるため、過剰な水分や糞尿は蹄角質を脆くしてしまいます。脆くなった蹄は、細菌などに侵食されやすく、蹄の変形を招く原因となります。

繁殖牝馬と競走馬、乗用馬の削蹄の違い
 繁殖牝馬は競走馬や乗用馬のように人が乗ることはありませんし、速く走ることや障害飛越等を行うこともありません。従って、蹄の磨耗に関しては競走馬や乗用馬よりも少なくなります。一方で、繁殖牝馬は体重が競走馬より重く放牧地での運動により磨耗が進むことに加え、出産を繰り返すことによる蹄への荷重変化が大きいため蹄の変形(しゃくれ状態となる凹湾(おうわん)や二枚蹄、裂蹄(れってい)など)が発生しやすいので、削蹄についての考え方も少し違ってきます。競走馬や乗用馬では運動による蹄の磨耗対策として蹄鉄を装着しますが、繁殖牝馬では放牧地の状態や放牧時間に左右される磨耗の程度を判断しながら変形を矯正する削蹄が必要となります。

繁殖牝馬への装蹄-メリットとデメリット-
 一般に蹄鉄を装着するメリットとしては、大きく3つの理由があります。
① 過剰な摩滅から蹄を保護する
② グリップ力を高める
③ 装蹄療法に用いる
 これらのうち、繁殖牝馬においては蹄の変形やそれに起因する蹄葉炎に対処するための「③装蹄療法」が最も大きな目的となります。
 一方、蹄鉄を装着することで考えられるデメリットとしては、
① 放牧地での他馬への影響
② 落鉄時の対応困難(放牧地での蹄鉄の捜索や再装着の対応等)
③ 蹄鉄の装着状況の確認や対処に技術が必要
④ 蹄底に雪が詰まり「下駄を履いた」状態となることがある(捻挫等の心配)
⑤ 経済的負担
などがあげられます。このように蹄鉄を装着するメリットとデメリットをトータルで考えあわせると、一般的には跣蹄(はだし)のほうが管理しやすいといえます。

蹄鉄を装着した方がよい場合
 一方、蹄病ならびに蹄の極端な磨耗や変形(削蹄だけでは改善できない場合や極端な鑢削をした場合)がある場合には蹄鉄を装着して改善を図ったほうがよい場合があります。とくに、蹄底が薄く挫跖(肉底に発症する内出血)を繰り返しやすい蹄や、白線裂や裂蹄などの蹄病を発症している蹄においては、蹄鉄を装着することが非常に有効であると考えられます。また、凹湾した蹄を矯正するために蹄壁を極端に鑢削してしまったことで負重に耐えられなくなった場合では、キャスト(ギプス)による装蹄(図1)も有効となります。これは、鑢削によって薄くなった蹄壁の代わりにキャストに釘付けを行う方法です。

1_6 図1 キャストによる装蹄            
蹄壁の代わりにキャストに釘付けする方法

最後に
 削蹄は蹄の角質を削切するためだけのものではありません。蹄の健康診断も兼ねており、蹄病や変形を早期に発見し対応することで悪化を防ぐことができます。従って、月に1度は装蹄師に削蹄を依頼し、蹄の状況を把握しておくことはとても大切なことであると言えます。また、軽度な蹄壁の欠損などは早期に発見すればご自分で処置することもでき、悪化を防ぐことができます。
 JBBA主催の生産者向けの削蹄講習会が年に1回開催されています(図2)ので、牧場の皆様も実際に削蹄を体験してみてはいかがですか?

2_6 図2 JBBA削蹄講習会
今年は1月15日にJRA日高育成牧場で開催され、
生産牧場から11名の参加者が受講した。

(日高育成牧場 専門役 下村英次)

2019年8月 7日 (水)

Dr.Whiteによる生産者向け講習会

No.96(2014年3月1日号)

 昨年11月29日金曜日、静内エクリプスホテルにおいて疝痛の講演会が行われました。講師であるホワイト先生(写真1)は馬の疝痛の権威であり、40年前に出版された著著「馬の急性腹症」は今でも世界中の馬獣医師にとってバイブルとされています。当日は予想をはるかに上回る376名もの参加者が来場し、駐車場は大混雑、用意していた席が足りず、追加で用意するほどの大盛況でした(写真2)。この講習会は日本軽種馬協会が主催、日本ウマ科学会馬臨床獣医師ワーキンググループの共催として毎年同時期に開催されているもので、一昨年はダイソン先生による跛行診断、その前年はレブランク先生による繁殖管理と、海外の著名な方々を招聘し、生産者向けに講演いただいています。今回はこの講習会の内容について簡単にご紹介させていただきます。

1_5 写真1 講演に招いたホワイト先生

2_4 写真2 予想をはるかに上回る参加者が来場した講演会

疝痛に関する疫学情報
 まずは疝痛に関するさまざまな統計情報が紹介されました。そもそも、疝痛とは身近な疾病でありながら、死亡原因の28%も占める重要な疾患です(バージニア大学による報告)。現場ではひとくくりに「疝痛」でまとめられがちですが、実際にはさまざまなタイプに分けることが出来ます。これらの実態について膨大なデータを元に解説されました。発症率は1年間で100頭あたり4~10頭であり、発症が10頭以上の牧場は飼養管理に問題があることが示唆されます。疝痛の85%が一過性の単純疝痛であり、手術が必要な馬は2%程度です。疝痛の危険因子として「濃厚飼料の多給や不適切な給与」「厩舎飼育(非放牧環境)」「乾草や飼料の急激な変化」などが挙げられます(図1)。このことから、放牧せずに濃厚飼料が給与されている厩舎飼養は馬にとって不自然な状況であるということを改めて認識させられました。また、馬にとって給餌内容を変化させることが思いのほか消化管ストレスを与えており、疝痛に至らなくても採食量の低下、吸収率の低下といった気づきにくい影響も及ぼしているかもしれないということでした。

3_3図1

牧場現場における適切な管理
 牧場現場において対処できる予防策として「飼料の変更には10~14日以上かける」「気候の変わる時期は管理方法を変えない」「出来るだけ放牧する」「寄生虫を抑えるため、定期的な糞便検査をする」「リスクの高い馬には特に気をつける」などが提案されました。いずれも一手間かかることで、現場では「分かっているけど・・・」という基本的なことです。しかしながら、疝痛の発症を抑えるためには馬という動物を理解し、その消化生理に基づいた飼養管理が重要だと再認識させられました。
もちろん、「競走馬」「経済動物」であるため100%自然な飼養管理はできませんが、そのことに甘んじて「競走馬だから仕方ない」と思わずにより良い飼養管理を工夫したいものです。

獣医師向けの講習会
 翌日には日本軽種馬協会の研修センターにて、獣医師を対象とした講義、意見交換がなされました。疝痛、開腹手術についてはなかなか科学的な研究がされにくい分野ではあり、そのため獣医師によって解釈が異なる場合もあります。しかしながら、膨大な経験を踏まえたホワイト先生の言葉には重みがあり、これは獣医師個々人の理解を深めただけではなく、組織を越えて生産地の獣医師の間で共通認識を得ることができたことは大きな収穫だと思われました。

(日高育成牧場 生産育成研究室 村瀬晴崇)


2019年8月 5日 (月)

子馬の感染症予防

No.95(2014年2月15日号)

子馬は感染症にかかりやすい
 生まれたばかりの子馬は、成馬と比較して感染症にかかる可能性が高く、生後30日以内の子馬の8%、すなわち12頭に1頭が何らかの感染症にかかるといわれています。また、出産後10日以内に死亡した子馬のうち4頭に1頭は、感染症によるものといわれています(図1)。

1_4 図1 生後間もない子馬は感染症にかかりやすい

 子馬が感染症にかかりやすい理由は、免疫機能すなわち、体内に侵入してきた病原体に対する防御機能が未発達であるためです。子馬の防御機能において、大きな役割を担っているのは抗体です(図2)。しかし、生まれてきたばかりの子馬が抗体を自らの体内で作る能力は極めて低く、その多くが体内で作られるようになるまでには、早くても生後2ヶ月、種類によっては1歳になるまで待たなくてはなりません。

2_3 図2 抗体の役割

初乳の重要性
 このため、子馬は母馬からの抗体を受け取ることにより、病原体から身を守ります。人間の場合、抗体の受け渡しは、赤ちゃんがお腹の中にいるときに胎盤を通して行われます。しかし、馬の場合、胎盤を通した抗体の受け渡しができないため、母馬は初乳の中に抗体を多く含ませることによって、子馬への受け渡しをしているのです(図3)。つまり、出産直後に初乳を飲ませることは、極めて重要なのです。なお、子馬が腸から抗体を吸収する能力は、出産後に徐々に低下していき、22時間後には50分の1になります。このため、遅くても12時間以内の摂取が推奨されています。

3_2 図3 初乳による抗体の受渡し

良質な初乳の準備
 以上のことから、子馬に対して確実に初乳を飲ませることが、子馬の感染症予防の第一歩といえます。しかし、子馬に与える初乳は抗体を豊富に含んだ良質なものでなくてはいけません。このため、分娩前の母馬に対しては、馬ロタウイルス、インフルエンザ、破傷風などのワクチン接種に加え、子馬が生まれ育つ環境である馬房や放牧地などへの早めの導入により、様々な細菌やウィルスなどの病原体に対する抗体を母馬の体内に準備しておくことも重要です。

移行免疫不全症
 移行免疫不全症とは、母馬からの抗体の受取り不足、すなわち、子馬の体内における抗体の量が不十分な状態を表しており、子馬の感染リスクが高まることが知られています。移行免疫不全症の原因の1つは、初乳内における抗体の不足にあります。分娩前の漏乳や母馬の加齢により、分娩直後であっても初乳中の抗体濃度が低い場合があります。この場合、確実に哺乳した場合であっても、子馬の血中の抗体濃度は低い値となります。このため、子馬が哺乳する前に初乳の抗体濃度を計測することが重要となります。この時点で濃度が低い場合には、母馬の初乳を飲む前に、子馬に良質な保存初乳を投与します。
 また、NMS(Neonatal maladjustment syndrome子馬の適応障害症候群)と呼ばれる出産後の低酸素脳症などの様々な原因により、分娩から時間が経過しても子馬が十分量の初乳を飲んでいない場合もあります。
 移行免疫不全症は、子馬の血液に含まれる抗体の1つであるIgGの濃度により診断します。初乳を正常に飲んだ子馬の血中IgG濃度は、通常は800mg/dl以上ですが、移行免疫不全症の場合、400mg/dl以下となります。この診断は生後8時間以降から実施可能であり、IgG濃度が400mg/dl以下の場合には、保存初乳の経口投与、もしくは血漿輸液による治療を実施します。
 出産シーズンはすでに始まっていますが、感染症を可能な限り予防し、元気で健康な子馬を育てましょう!

4_2 図4 子馬の感染症予防のまとめ

(日高育成牧場 専門役 冨成雅尚)

2019年8月 2日 (金)

ホルモン検査によるサラブレッドの流産・早産兆候の診断

No.94(2014年2月1日号)

はじめに
 日高地方の繁殖牝馬は、妊娠5週以降分娩までに8.7%で流産、早産が起こることが大規模調査で判明しています。流産の中には、細菌感染による胎盤の炎症や、胎盤の機能不全あるいは奇形などの理由により胎子のストレスが徐々に増した結果、流産に至るケースも少なくありません。このような場合、生産者や獣医師は、外陰部に悪露が付着する、あるいは分娩1ヶ月以上前から乳房が腫脹すること(図1)により異常に気が付きますが、外部に兆候が現れた頃には手遅れになっていることも少なくありません。妊娠後期における胎子の健康や胎盤状態は、海外では超音波検査が広く実施されています。本稿では、母体血中プロジェステロンおよびエストラジオール濃度の測定を実施することによって流産が起こりやい状態を見極める新しい診断の有用性について紹介いたします。

1_2 図1:流産早産前の典型的な兆候として、外陰部の悪露付着(左)や分娩1ヶ月以上前からの乳房腫脹、漏乳(右)が知られている。

早期の診断が鍵
 分娩予定日よりも2週間以上前に分娩した母馬は、翌年以降も同様の経過をたどることがあり、健康で丈夫な子馬の生産を願うオーナーにとって非常に大きな不安材料となります。このような馬は、胎盤の感染や形成不全を伴うことが多く、できるだけ早期に異常を発見して流産予防のための投薬を実施する必要がありますが、これまでの生産管理では、妊娠経過をモニターして万全を図るというヒト医療のような十分な経過観察体制にないのが現状です。その理由のひとつに有効な検査方法が確立されていなかったことが挙げられます。

血液でわかる流産早産前の状態 
 平成22-24年にJRAと日高家畜衛生防疫推進協議会が協力して「繁殖牝馬の胎子診断および流産予知に関する研究」が実施されました。これまで日本のサラブレッド生産に導入されていなかった超音波検査やホルモン検査について検討し、妊娠異常の診断や流産の予知判定への有用性を明らかにして参りました。とくにホルモン検査は、世界に先駆けて研究されたオリジナリティの高い研究となり、ニュージーランドで行われる国際ウマ繁殖シンポジウムでの口頭発表演題として認められました。その研究の結果から、図2に示すように、流産、早産、虚弱などの理由により子馬が得られなかった損耗群では、妊娠後期(240日~)の血中のプロジェステロンおよびエストラジオール濃度が、正常(生存群)と比較してそれぞれ有意に高い値、低い値となることが明らかとなりました。このような値の違いは、外部の流産兆候よりも早く出現することから、早期治療が可能となります。

2_2  
図2:妊娠後期における生存群と損耗群の母体血中プロジェステロン値(左)とエストラジオール値(右)の動態(※は統計的な有意差を示すp<0.001)

 これら調査研究の成果の詳細は、第41回生産地における軽種馬の疾病に関するシンポジウム講演抄録http://keibokyo.com/wp-content/themes/keibokyo/images/learning/rally/symposium41.pdfをご覧下さい。

まずは獣医師に相談を!
 理想的には、大切な繁殖牝馬は妊娠240日以降1ヶ月に1度、流産早産の履歴のある馬は2週間に1度、血液検査を受けることをお薦めします。血中プロジェステロンおよびエストラジオール値による流産早産の予知に関する研究成果は、これまで流産により日の目を見なかった子馬たちの損耗を減少させ、生産性を向上させる有用なツールとなります。この成果を受けて、ホルモン検査は日高育成牧場生産育成研究室での調査研究から競走馬理化学研究所での検査業務に移行しました。競走馬理化学研究所ホームページ内の妊娠馬ホルモン検査http://www.lrc.or.jp/hormone1.phpから検査依頼様式をダウンロードして検体とともに送付すると到着後5日以内に測定結果が得られます(有料)ので、ぜひ掛かり付けの獣医さんにご相談ください。大切な愛馬が無事に分娩を迎えることができるよう、妊娠馬の血液ホルモン検査が推奨されます。

(日高育成牧場 生産育成研究室 室長 南保泰雄)

2019年7月31日 (水)

春季繁殖移行期について

No.93(2014年1月1・15日合併号)

春季繁殖移行期とは?

 春先の交配で、このような牝馬に悩むことはありませんか?「大きい卵胞はあるが、なかなか排卵しない」「発情が長期間持続する、もしくは、発情が不規則」。これらは「春季繁殖移行期」に認められる現象です。この耳慣れない言葉「春季繁殖移行期」とは何でしょうか?

 4つの繁殖ステージ

 サラブレッドを含む馬は、1年間をとおした4つの繁殖ステージ、すなわち『年間繁殖リズム』を有しています(図1)。

1

図1 馬の年間繁殖リズム

 4月から9月の『繁殖期』では、メス馬は発情徴候を示し、排卵が認められます。このため、野生環境におかれた馬は、通常この時期に交配を行います。

 そして、9月を過ぎて日が短くなると、『秋季繁殖移行期』に入ります。この時期、発情徴候や排卵は徐々に認められなくなります。冬になり、さらに日が短くなると、『非繁殖期』に入ります。この時期、発情と卵胞発育は全く認められず、繁殖機能が完全に停止します。

 そして、年が明けて、日が長くなると、『春季繁殖移行期』に入ります。この時期、停止していた繁殖機能が徐々に回復していきますが、完全ではありません。発情徴候は認められますが、不規則なことが多く、また、卵胞はある程度まで大きく成長するものの、排卵が認められません。このため、通常であれば、この時期に交配・受胎することは極めて困難です。

 サラブレッド産業における交配時期は、北半球においてはどこの国においても、概ね2月中旬から6月までが一般的ですが、4月から9月にかけての『繁殖期』とのギャップ、すなわち、2月から4月にかけての『春季繁殖移行期』における交配が生産者を悩ましています(図2)。この時期においては、前述した不規則な発情以外に、「早期胚死滅」に陥るケースが増えるとも言われています。

 

2 図2 サラブレッド産業の交配時期

春季繁殖移行期に良好な交配をするために

 それでは、この『春季繁殖移行期』にあたる2月から4月に交配を行い、良好な結果を得るためには、どうすればよいのでしょうか?

 非繁殖期から春季繁殖移行期、そして繁殖期にいたる過程においては、『日長時間の延長』『気温の上昇』『栄養摂取量の増加』『オス馬の存在』が、メス馬の脳に刺激を与えることにより、ホルモン分泌が盛んになり、正常な発情周期に至ります(図3)。わが国を含めた世界中のサラブレッド生産現場においては、『早期発情誘起』とよばれるいくつかの手法を用いて、繁殖期の開始を早めることで、2月からの交配を可能にしています。

3 図3 非繁殖期から繁殖期への移行

 一般的に実施されている早期発情誘起の方法は『ライトコントロール』『馬体の保温』『飼料の増量』『試情(あて馬)』『ホルモン療法』などです。このうち、ライトコントロールは多くの方が実践されていることと思いますが、より効果的に実施するためには、それ以外の方法、例えば、馬服の着用や、フラッシングとよばれる飼料増量、あて馬との継続的な接触なども取り入れる必要があります(図4)。北海道という寒冷地においてサラブレッドに早期発情誘起を行うためには、ライトコントロール以外の要素も軽視できない可能性があります。日高育成牧場では、これらの効果的な方法について、今後も調査研究を継続していく予定です。

4 図4 アイルランドでは、継続的な「あて馬」による早期発情誘起が実施されている。

(日高育成牧場 専門役 冨成 雅尚)

2019年7月29日 (月)

最新の繁殖体系 ―妊娠鑑定のタイミング 欧米との違い―

No.92(2013年12月15日号)

日本では5週目妊娠鑑定が一般的
 サラブレッド生産では、繁殖シーズンに妊娠するまで複数回交配を実施し、最終的に85%程度の受胎を目指すことに力を注いています。しかしながら、日高地方では、最終的な不受胎の率(15%)と同じくらいの割合で、妊娠期の早期胚死滅や流産、死産が起こることが近年の調査研究で明らかとなりました。一度妊娠が確認された牝馬が分娩に至らないという状況は古くから知られており、馬の生産において妊娠鑑定は複数回実施されるのが一般的です。日高地方で最も定着した妊娠鑑定のスケジュールとしては、交配日を1日と数え、17日目に超音波検査を実施する第一回目の妊娠鑑定と、交配後30-35日目に実施する、いわゆる「5週目の妊娠鑑定」が広く取り入れられています。その後、妊娠診断書の発行を必要とする場合、9月末頃に触診で妊娠鑑定が実施されることがあります。

欧米では4週&7週目鑑定が推奨
 ところが、ケンタッキーやアイルランドにおけるサラブレッド生産では、5週目の妊娠鑑定を4週目に実施し、その後6-7週に再度行うというスケジュールが一般的になっています。現行の日本での「5週目の妊娠鑑定」は、子宮の膨らみがはっきりして胚の本体と位置が触診のみでも比較的容易に検出される時期であることや、もし双子が発見された場合でも簡単な堕胎処置を実施してすぐに発情を誘起し、再交配を実施することができるという利点があり、欧米の馬生産でも5週目での妊娠鑑定を実施する場面は多々あるものです。それでは、なぜ欧米のサラブレッド生産では4週目に検査を行うのでしょうか?

馬の胚死滅は、妊娠16―25日に集中
 馬の繁殖学では、一度受胎を確認したのち妊娠35日以内(40日と定義する場合あり)にそれらの胚が消失あるいは死亡が確認されるものを早期胚死滅と定義しています。早期胚死滅の多くは、妊娠16日を過ぎて、胚が子宮に固着した後の早い段階で起こることが考えられ、妊娠25日までに起こるとする報告もあります(Young YJ. J. Vet. Med. Sci. 2007) 。4週目の鑑定が欧米で定着した理由として、少しでも早く胚死滅が起こった、あるいは起こりそうな状況を見極め、再交配やホルモン治療などの時期を逃さないように1週間早く妊娠検査を実施しているものと考えられます。

超音波(エコー)検査の発達
 従来のポータブルエコーの解像度では、妊娠5週でようやく胚の心拍を確認することができましたが、最近では機器が軽量化され、かつ描出精度が上がり、4週胚の心拍が確認できるようになりました。また、正常妊娠像とともに、異常妊娠時や胚死滅が起こりやすそうな状態の画像診断研究が進み、1週間早い妊娠4週での検査で遜色ない妊娠鑑定が可能となりました。
 日本においても、飼養管理技術の高い生産牧場では、すでに4週での妊娠鑑定を実施していることと察します。早期胚死滅の予防や対策には、栄養管理や初回発情での交配の見送りなどに加えて、エコー検査で早期胚死滅を早く見つけて再度交配することが生産性の向上に有効であると考えられます。

(日高育成牧場 生産育成研究室 室長 南保 泰雄)

1_4 図 妊娠4週(28日)における胚のエコー像と同時期の発生過程 技術の進歩により、4週胚の心拍が確認できるまで解像度が向上している。

2_4 図 ポータブルエコーを用いて直腸壁から子宮の妊娠鑑定をしている様子。

2019年7月26日 (金)

競走馬の性格とパフォーマンス

No.91(2013年12月1日号)

 競馬は、勝利した馬のみが賞賛される非常に厳しいスポーツです。競馬では18頭中1頭しか勝利することが出来ず、当たり前ですが、その他の17頭が負けることになります。勝てない理由を考えてみると、単に、「相手が強かった」、「距離や馬場が合わなかった」、「体調や調整が不十分だった」のみならず、馬の精神的な要因もかなりの部分を占めていると考えられます。新聞紙面からレース後のジョッキーのコメントを抜粋してみると、『途中から走る気をなくしてしまい・・・』、『真面目すぎて一生懸命走ってしまう・・・』『馬込みを気にしてズブイところがあった・・・』『ゲートは五分に出たのだが、直後に怖がって内のほうに逃げてしまって・・・』等、性格や精神面の問題によって騎乗者の指示に従わず能力を十分に発揮できていないことが多いように感じられます。したがって、競走馬における育成調教の課題のひとつは、『もっている能力を発揮させるための精神面のトレーニング』といえるかもしれません。今回は、パフォーマンスに影響を与えると考えられる育成馬の性格について紹介します。

騎乗馴致時のリアクションに注目
 馬の性格を人間のように表現するのは難しいですが、馬を観察していると、『積極的で前向きな馬』、『消極的で慎重な馬』、『怖がりで緊張しやすい馬』等、様々な性格があると感じています。また、性格とは少し異なりますが、草食動物である馬は、基本的に捕獲者からの逃避反応としてのすばやいリアクションをもっています。これは速く走る上で大切な資質ともいえます。しかし、リアクションにおいて「走る」のではなく「逃げる」が強い場合は、「反抗」として競走馬としての能力発揮を阻害すると考えられます。
 JRAが1歳市場で購買した育成馬は、おもに夏(7~8月)に入厩します。最初は昼夜放牧を行いながら馬体の成長を待ち、秋(9~11月)に騎乗馴致、そして冬から翌年の春(12~4月)にかけて計画的なトレーニングを行い、4月にブリーズアップセールを経て、やがて競走馬としてデビューします。この課程は、1歳馬にとって初めての経験の連続であり、新しい経験の都度、様々な反応を見せます。特に、ハミや鞍などの馬具を装着し人が騎乗することを教える騎乗馴致においては、様々なリアクションが見られます。最初は大きなリアクションを示した馬も、危害を加えられることではないことを理解すると、徐々に人の指示を受け入れます。その受け入れ方には馬ごとに個体差があるようです。そこで、このような『リアクションとその後の理解』を指標にした馬の性格について調査を実施しました。

馴致難易度の調査
 2011~2012年に日高育成牧場で育成した育成馬121頭(牡60頭、牝61頭)について、騎乗馴致等、初めて経験する時の反応を調査しました。入厩してブリーズアップセールで売却されるまでの間に、1.入厩時(3項目)、2.騎乗馴致時(8項目)、3.騎乗馴致後セールまでの期間(3項目)における反応を、「おとなしく従順である(1点)」、「ややリアクションが大きいが早期に受け入れる(2点)」、「リアクションが大きく慣らすのに時間がかかり難しい(3点)」の3段階とし、スコアをつけました。また、4.育成期間を通した馴致の総合印象(繊細さ、自立度、反抗度)について評価しました。これら1.~3.の項目と4.の総合印象を合計したポイントを5.馴致難易度とし、馬のリアクションの大きさを基にした個性を数値で評価しました【表1】。ポイントが高いほど騎乗馴致や調教が難しい馬ということになります。

【表1】調査項目

H1
 そこで、この馴致難易度と先天的要因(血統や性別等)、後天的要因(入厩時に実施しているアンケート調査から得られた繋養牧場におけるセリ馴致や飼養管理の方法)との関連を調査しました。

メスはオスより馴致が難しい?!
 馴致難易度と先天的要因・後天的要因との関連についてそれぞれ調べましたが、性別のみ差が認められました。
 馴致難易度を性別で比較すると、オス22.7点、メス25.1点で、メスはオスよりも高い値を示しました。時期別にみると、入厩時は難易度に差がありませんでした(オス4.2点、メス4.3点)が、騎乗馴致時ならびに騎乗馴致後では差が見られました。しかし、総合印象では、メスはオスよりも高い値を示し(オス3.7、メス5.1)【図1】、これを構成する「繊細さ」「自立度」「反抗度」のいずれにも性差が認められました【図2】。

1_3 【図1】入厩後の時期別にみた項目別ポイント(※は差あり)

2_2 【図2】総合印象の項目別ポイント(※は差あり)

 騎乗馴致時においてメスのポイントが高かった項目は、ダブルレーン(オス1.3、メス1.7)とドライビング(オス1.3、メス1.6)でした【写真1、図3】。なお、競走成績との関連については、現在データ集積中であり、興味深い成績が得られれば、本紙面等で紹介したいと思います。

3_2 図3】騎乗馴致時の項目別ポイント(※は差あり)

4_2 写真1 ドライビング風景

馴致をうまく行うには?
 今回の調査では、メスはオスよりも騎乗馴致が難しいという結果が得られました。特に、「ダブルレーン」と「ドライビング」において、メスはオスよりも難しいといえます。その理由として、総合印象における「繊細さ」や「反抗度」のポイントの高さと関連があると推察しています。私たちの経験からも、メスはダブルレーンが後肢に触れると、「蹴る」、「突進する」などの行動が見られやすいと感じています。したがって、騎乗馴致においてダブルレーンをスムーズに教えるためには、後躯等の体に触ることに慣らし鈍化させること(desensitization)が有効と考えられます。具体的には、馴致前にタオルなどでリズミカルに身体に触るパッティングや、ダブルレーンを行う前にローラーからヒップロープを装着して事前に後肢にロープが飛節に触ることに慣らすことによって、馴致をスムーズに行うことが可能になります。
 馴致後の調査項目においては、性差がみられませんでした。この理由として、ダブルレーンやドライビングで拒否反応を示したメスも、人の指示を受け入れることを覚えた結果、騎乗者の指示に対して従順になったことが考えられます。なお、性差はありませんでした(オス1.2、メス1.3)が、ゲート馴致においては、メスの方が繊細な傾向がありますので、慎重にゲートに慣らす必要があると考えています。また、メスは自立度が低い特性もあるので、初期の騎乗調教において馬を安心させて実施するためには、集団での調教は有効と思います。
 今回、馴致難易度と入厩前の飼養管理(当歳時昼夜放牧、1歳時昼夜放牧、コンサイナー預託、検温、洗い場馴致、引き運動、ウォーキングマシン、ランジング等の実施の有無)との間に関連が見られませんでしたが、その理由は明らかではありません。セリに上場される馬の躾のレベルは、一昔前に比べると明らかに向上しており、入厩後の取り扱いや馴致が容易になっていると感じています。しかし、騎乗馴致ではじめて経験する一連の過程は、馬の本能の部分である新規刺激に対する反応、つまり性格がより抽出された結果になっているものであるからと考えています。

遺伝子にも注目
 近年、馬の性格や行動に対する遺伝子の影響も報告されています。例えば、好奇心や警戒心と関連のある「ドパミン受容体D4遺伝子」、子馬に対する養育行動や社会行動と関連する「オキシトシン受容体遺伝子」、攻撃性と関連がある「アンドロゲン受容体遺伝子」などが性格と関連のある遺伝子として知られています。今後は、今回実施した行動調査と行動遺伝子との関係についても調査を進め、また、競走成績との関連も調査していく予定です。これからも皆様のお役に立てるデータを提供して参りたいと考えています。

(日高育成牧場 業務課長 石丸 睦樹)

2019年7月24日 (水)

育成馬における歯の管理

No.90(2013年11月15日号)

 秋が深まってきた今日この頃ですが、皆さんいかがお過ごしでしょうか。多くの育成牧場同様、日高育成牧場では騎乗馴致が始まっており、早い組では隊列を組んで集団で駈歩調教を行っています。さて、JRA日高育成牧場では騎乗馴致を始める前に歯の処置を行っています。歯の状態によってハミ受けや飼い食いへ影響することがあるため、近年馬の歯に対する注目が集まってきております。そこで今回は育成馬における歯の処置についてご紹介したいと思います。

斜歯と狼歯の処置
 育成馬における歯の処置は主に斜歯の整形と狼歯(ろうし、やせば)の抜歯です。斜歯というのは上の歯の外側と下の歯の内側にできる尖った部分のことで、草食動物特有の上顎と下顎の幅が違うことが原因です(図1)。その尖った部分を鑢で削って整形します(図2)。多くの馬において、奥の頬の内側の粘膜には斜歯による傷が認められますので、上顎の外側の奥の部分は確実に削ることが重要です。馬の歯列は上から見ると、奥側が少し内側に入っているものもあり、真っ直ぐな歯鑢(しろ)では届かない場合があります(図3)。このような場合には先の少し曲がった歯鑢を用いることで、内側に入った部分を削ることができます(図4)。また、臼歯列の一番手前に位置する第2前臼歯はハミの収まりを良くするために先端を丸くしてやります。これをビットシート(図5)と呼びます。

1_2 図1 口の中を正面から見た模式図(赤丸で示す斜歯を整形する必要がある)

2 図2 開口器と歯鑢を用いて歯を削る

3 図3 先端が真っ直ぐな歯鑢(奥の歯の表面にヤスリ部分が届かない)

4 図4 先端が曲がった歯鑢(奥の歯の表面にヤスリ部分が届く)

5 図5 ビットシート(臼歯の最前列を丸く整形する)

 狼歯は進化の過程で退化した歯で、ちょうどハミが収まるところに生えてきます(図6)。痛みを伴い、口向きが悪くなる原因になることがあるので抜く必要があります。抜歯をする際は鎮静剤を用います。狼歯には根の太いものや曲がったもの、横に向いて生えているもの、先端が出てきていないものなど様々なバリエーションがありますが、先端が半円形や円形の道具(図7)を用いて、比較的容易に抜歯することができます。先端が出てきておらず、粘膜が盛り上がって見える埋没狼歯(blind wolf teeth)(図8)と呼ばれるものは、見落としがちである上にハミへの影響が大きいとされているため、注意深く触ってチェックする必要があります。狼歯を抜歯した直後は、馬が痛みや違和を感じることがあるため、基本的には休馬の前日に抜歯をするようにしています。

6 図6 上顎の臼歯最前列に認められる狼歯

7 図7 狼歯を抜く道具

8 図8 埋没狼歯(ハミがあたると痛い)

日常の歯の管理
 若い馬の歯はある程度年齢を重ねた馬の歯に比べると非常にやわらかく、その分擦り減るスピードも速いため、尖りも出てきやすいと言えます。また、生え変わりが起こる2歳の夏~5歳もトラブルが発生しやすい時期ですので、育成期~競走期にかけては最低でも6ヶ月毎の処置が必要です。
 歯は外からは見えないので、蹄の管理や跛行や疝痛等の疾病などはっきりと見た目にわかるものに比べると、普段の管理では意識することが少なく、処置が後回しにされがちです。しかし、歯が悪いことで、ハミ受けや飼い食いが悪くなるだけではなく、二次的に跛行や疝痛等を引き起こすこともあるので、馬本来のパフォーマンスを発揮し、価値を損なわないようにするためにはしっかりと処置をする必要があります。本記事が少しでもみなさんの歯に対する意識を高めることができれば幸いです。

(日高育成牧場 業務課 中井 健司)