馬事通信 Feed

2019年5月27日 (月)

日高育成牧場からのメッセージ

No.78 (2013年5月15日号)

来場者を魅了するセリ市場に

 3月1日付けの定期人事異動で日高育成牧場の場長として、4年ぶりに日高に戻って来ました。今後ともどうぞよろしくお願いします。
 低迷していた日本経済は、自民党の安部政権が掲げるアベノミクス効果により、円安や株価上昇など少しずつですが回復の兆しが見えて来ました。一方、JRAブリーズアップセールはプライベートセールではありますが、年度初めの育成馬セールであり、当該年のセリ市場の動向を占うセールとして注目されています。
 本年度の成績は売却率こそ100%を達成しましたが、売却総額は6億7千万円(対前年比93%)、平均価格は880万円(対前年比93%)、来場購買者数は166名(対前年比95%)と、景気回復を肌で実感できるという結果までには至りませんでした。
 また、JRAはブリーズアップセールを新規馬主(登録後3年までを新規馬主と定義)の入門編のセールと位置付けており、新規馬主の来場者数は48名、実際に購買された者は24名で購買頭数は26頭といずれも過去最高を記録しました。新規馬主の方が本セールで購買を経験することや調教師との接点をもつことで、次のステップとして民間のセリ市場に参加してくれることを期待しています。
さて、セリ市場の成績の中で、購買登録者数は皆さんにとって馴染みが少ないのではないでしょうか。

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 図は、北海道市場主催の1歳市場の過去5年間における購買登録者数の推移です。特にサマーセールとオータムセールで顕著ですが、購買登録者数は3市場とも増加しており、市場主催者による振興策の成果といえます。セリ市場の振興で最も重要なことは、複数の方が上場馬にビッドするよう、一人でも多くのお客様を市場に誘導することです。そのためには購買したくなる資質の高い馬を上場すること、来場しやすい市場日程や開催場所および楽しめる雰囲気を目指した運営などがあげられます。JRAでは現在改築中の札幌競馬場のスタンド内でセリを開催できるよう工事を進めており、完成後はぜひ活用していただきたいと思います。このようにセリ市場の振興に向けて、市場主催者や上場者を始めとして競馬サークル全体で取組んでいければと考えています。


日高育成牧場 
場長 山野辺啓

『JRAホームブレッドの役割』

 3月1日付けで日高育成牧場の副場長を拝命しました横田貞夫です。栗東トレーニングセンター 競走馬診療所長から異動して参りました。東西のトレーニングセンター競走馬診療所やJRA本部馬事部の防疫課・獣医課での勤務経験はあるものの、生産現場での勤務は初めてとなりますので、生産地の皆様よろしくお願いいたします。
 さて、第9回目となりましたJRAブリーズアップセールも先日、無事に終了いたしました。関係各所の皆様方にはこの場をお借りして御礼申しあげます。私自身、今までも何度かブリーズアップセールは見てきましたが、今年は上場馬を送り出す日高育成牧場の立場から見ることとなりました。
 今年上場されたJRAホームブレッド8頭については、他の育成馬たちと同じ目で見守ってきましたが、日高育成牧場に着任してから続々と誕生してくるJRAホームブレッド達を見ていると、2年後のJRAブリーズアップセールにJRAホームブレッドが上場されるときには生産地の皆様方と同じ気持ちで送りだすことになるものと考えています。
 日高育成牧場で生産したホームブレッドは、一昨年の第7回よりブリーズアップセールに上場していますが、サラブレッドを生産する過程で、生産地で問題となっている不受胎や早期胚死滅、流産などの経済的損耗の高い疾病について、交配に関わる要因の調査、妊娠に関わる馬臨床繁殖学および生殖内分泌学の研究を実施し、その対応策について検討しています。
 また、生産地において初期育成段階に発現する発育期整形外科疾患(DOD)は、育成の様々な段階で問題となっていますが、DOD発生の実態を探るため、JRAホームブレッドが生れてから離乳に至るまでの肢勢調査を継続的に行い、実態の把握、病態改善のための管理方法について、周辺の獣医師団体と協力して調査しており、これら調査研究で得られた成果については、学術集会、生産地におけるシンポジウムや講習会での報告などを通じて、生産育成現場への還元、普及に努めています。
 現役競走馬を管理するトレーニングセンターにおいても、生産地で話題となっているOCD(離断性骨軟骨症)をはじめとするDODの評価について相談を受けることが多々あり、臨床症状と併せ診て判断をしているところですが、ホームブレッドを用いた生産からの調査研究の成果は競走馬における診断の一助にもなるものと考えております。
 今後もホームブレッドを含めた育成馬を用いて生産育成に関する研究を多角的に行い、生産育成技術の開発の成果を広く広めていきたいと考えておりますので、よろしくお願いいたします。

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 今年のJRAホームブレッド第1号は、3月11日に誕生したビューティコマンダの13(牡:父ヨハネスブルグ)でした。出生時の体重は64kgで、骨量豊富なしっかりした子馬です。本年は8頭の産駒誕生を予定していますが、2年後の「2015JRAブリーズアップセール」に、誕生した8頭すべてが無事に上場できることを願っています。

日高育成牧場  
副場長 横田貞夫

2019年5月24日 (金)

鎮静剤が育成馬の内視鏡所見に及ぼす影響

No.77 (2013年5月1日号)

 日本でも1歳市場や2歳トレーニングセールにおいてレポジトリー所見の提出は当たり前となりました(レポジトリーについては、本誌の平成24年6月15日号、本記事参照)。この時期は、これからのセリに上場する馬のレポジトリー検査を実施することも多いのではないのでしょうか。レポジトリーは、セリ主催者側と購買者側の双方にメリットがあるものです。セリ主催者側にとっては、セリ市場の信頼感や安心感を高め、上場者と購買者の双方が納得して購買することに役立ちます。また、購買者にとっては、馬体、血統、動きなどを踏まえた上での購買判断材料のひとつにすることができます。そのため、購買者がしっかりと判断できるようなレントゲン画像や内視鏡動画を提出する必要があります。
レポジトリー検査では、複数の箇所のレントゲンや慣れない内視鏡検査を実施するために、鎮静剤を投与したうえで検査を実施することも多いようです。実際に2011年のセレクションセールではレポジトリー所見提出馬のうち70%が、HBAトレーニングセールでも55%の馬が鎮静下での内視鏡動画を提出していました。しかし、喉の内視鏡動画は鎮静下では正確に判断ができない可能性があり、購買者が判断を迷うケースがあります。それは、喉の披裂軟骨(図1)の動きが悪く見えることがあるためです。そこで我々は、JRA育成馬を用いて、鎮静剤が喉の内視鏡所見にどのような影響があるのかを調べましたので、この場で紹介させていただきます。


 JRA育成馬60頭に対し、内視鏡検査を鎮静前後で2回実施しました。鎮静剤はメデトミジンを使用しました。得られた画像を、獣医師4名で「Havemeyerの基準」という披裂軟骨の動きを7段階のグレード(Ⅰ、Ⅱa、b、Ⅲa、b、c、Ⅳ)に分けて評価する方法を用いて、喉頭片麻痺のグレードについて評価しました。


 その結果、鎮静剤を使用することによって、全体の40%にあたる24頭で喉頭片麻痺のグレードが1つ以上悪化するという結果が得られました(図2、3)。また、購買者が判断を迷うグレードⅡb以上の馬は、鎮静前は6頭であったのに対し、鎮静後は16頭に増加しました。このことから、鎮静剤を利用するとグレードⅡb以上となるリスクが3.3倍高まるという結果となりました。この実験は1歳の冬と2歳の春の2回実施しましたが同様の結果が得られました。


 このような結果となった理由には、鎮静剤の作用によって咽喉頭周囲の筋肉が弛緩したことや呼吸抑制が働いたことによって披裂軟骨の動きが悪くなってしまったことが原因と考えられました。しかし、なぜグレードが悪化する馬としない馬が存在するのかということについては原因の究明にいたっていません。過去に同様の実験をした論文では、逆に鎮静剤を使用することで将来喉頭片麻痺になる馬を予見することができるかもしれないという仮説をたてているものがありますが、それも証拠があるわけではありません。我々も今後、鎮静剤によってグレードが悪化した馬については追跡調査を行いたいと思っておりますが、少なくとも育成期の段階でこれらの馬に特別な呼吸器症状がでたり、安静時の喉頭片麻痺グレードが悪化した馬はいませんでした。


 セリにおけるレポジトリーでは、上場馬の現状を正確に判断できるものを提出するということが大切です。レポジトリー所見を提出することで、購買者が判断を迷い上場馬の評価をさげてしまうことは好ましいことではありません。もちろん人馬の安全確保上、検査実施時に鎮静剤を投与する必要がある場合もあります。しかしながら、鎮静剤にこのような作用があることも上場者の方には頭にいれておいていただきたいと思います。不必要に上場馬の評価を下げないためにも、レポジトリー検査を行うにあたって、前もって馬が人に触れられることに慣れさせておくことや、枠馬、鼻ネジに対する馴致を行い、安全に検査が行えるようにしておくのも重要なことだと思われます。

1_3 図1 披裂軟骨の位置

2_3 図2 鎮静処置前後のポイント変化の分布図

1ポイント以上のグレードの悪化を認める馬が全体の40%に及んだ。

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図3 鎮静処置下の咽喉頭部内視鏡像

鎮静処置により喉頭片麻痺グレードがⅡaからⅢaへと変化した症例。左側の披裂軟骨(向かって右側)の開きが悪化した。

 (日高育成牧場 業務課、 現所属栗東トレーニングセンター 検査課  大村昂也)

2019年5月22日 (水)

ブリーズアップセールで取組む「新規馬主のセリ市場参入促進策」

No.76 (2013年4月15日号)

 4月23日(火)、中山競馬場で2013 JRAブリーズアップセール(第9回JRA育成馬調教セール)を開催いたします(写真1)。前日の4月22日(月)には、事前に実馬をじっくり吟味いただけるよう、前日展示会も開催いたします。今年も、皆様のご来場を心からお待ち申し上げております。
 JRAでは、ブリーズアップセール(以下BUセール)を、育成研究に用いたJRA育成馬を売却する場としてだけでなく、新規に馬主免許を取得された方やセリでの購買に慣れていない方が、本セールをきっかけに、他の多くの市場へ興味を拡げていただけるような“入門編のセール”と位置づけています。したがって、参加される皆様がBUセールを通して「セリに参加する楽しさ」を味わっていただき、市場の活性化につなげたいと願っています。本稿では、2013 JRAブリーズアップセールを通して実施する“新規馬主のセリ市場参入促進への取組み”についてご紹介します。

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(写真1) 昨年のBUセールの様子

1)「セリと育成馬を知ろう会」の開催
 新規に馬主免許を取得された方には、「セリで馬を購買したいが参加の仕方がわからない」、「馬を選定する際のポイントを知りたい」、「調教師との接点がほしい」などの要望があります。これらニーズの解決の糸口になればと、昨年10月17日(水)および18日(木)にHBA北海道市場および馬事部生産育成対策室が中心となり日高育成牧場のJRA育成馬を活用して“セリと育成馬を知ろう会inひだか”を実施しました。当日は、新規馬主3名およびその同伴者1名が来場しました。日高育成牧場では、「馬の見方」、「馬の生産そして育成から競走馬までのライフサイクルの説明」等、実際にJRA育成馬を展示しながら解説しました(写真2)。また、懇談をかねた夕食会では、一般社団法人 日本調教師会(以下日本調教師会)の協力により、オータムセールに参加していた調教師2名が参加し、新規馬主が調教師とのコンタクトをとる方法を説明していただく等、有意義な時間をすごすことができました。翌日は、オータムセールを実際に見学し、セリの流れやレポジトリーの見方等、購買までの流れを体験していただきました。

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(写真2)実馬を用いて馬の見方を解説しました(JRA日高育成牧場)

 先月3月15日(金)および16日(土)には“セリと育成馬を知ろう会in宮崎”を開催しました。気候が温暖で交通の便が良い宮崎は、3月中旬にイベントを開催するのに適しています。新規馬主7組が宮崎育成牧場に来場され、さわやかな気候の下、イベントをお楽しみいただきました。まず、「馬の見方」を講義した後、BUセールに上場する馬を全頭展示 (写真3)するほか、調教も見ていただきました。日本調教師会の協力を得て6名の調教師にも参加いただき、夕方の懇親会では馬主・調教師および馬主の方同士の交流が和やかに行なわれ、調教師と接点が少なかった参加馬主の皆様には大変好評でした。

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(写真3)上場馬全頭の展示を行ないました(JRA宮崎育成牧場)

2)新規馬主オリエンテーションの開催
 馬主の皆様がセリ市場に参加しやすい環境づくりを目的として、新規に馬主登録をされた方を対象に、「新規馬主オリエンテーション」を1月26日に実施しました。JRA競走関連室馬主登録課が中心となり馬事部生産育成対策室がサポートする形で、馬主協会、調教師会の協力を得て東京競馬場で開催しました。昨年馬主登録をされた馬主16名およびその同伴者11名、また、6名の調教師が参加しました。当日は実際に競馬観戦を楽しみながら、「馬主活動について」、「馬主協会の概要」「全国セリ市場やBUセールの案内」や「馬の見方等、セリに活かせる馬の基礎知識」などの説明を行ないました。次回は6月に実施する予定です。

3)馬主・調教師懇談会の開催
 日本調教師会では、BUセール前日の展示会当日(4月22日11:30~12:30)に、購買登録をされた馬主の方を対象に、中山競馬場事務所2F会議室において調教師との懇談会を予定しています。これは、調教師との面識の有無に関わらず、調教師にとって大切な顧客である馬主の方に対して、BUセールでの購買のみならず預託を希望される調教師への橋渡し等、馬主活動のさまざまなサポートをしていくことを目的としています。懇談会後は前日展示会(13時から装鞍所において)に参加していただく予定となっています。


4)新規馬主限定セッションの開催
 昨年同様、JRAホームブレッドの売却を新規馬主の方(2010年1月以降に馬主登録された方)に限定して実施します。今年は、まず、新規馬主の方にセリに参加していただこうという趣向の元、限定セッションをセリの最初に準備いたしました。今年は、ファーストクロップサイヤーランキング2位のアルデバラン産駒8頭(牡3頭、牝5頭)を上場することとしています。なお、限定セッションでは、多くの新規馬主の皆様に馬を所有していただくチャンスを広げるため、お一人1頭のみの購買制限を行わせていただきます(限定セッション上場馬が「調教進度遅れとして上場された場合」および「限定セッションで売却されず再上場された場合」は、全馬主が参加可能となり、購買頭数の制限はございません。詳しくは名簿をご覧ください)。

BUセールは今年の市場を占うバロメーター
 BUセールはトレーニングセール第1弾として、今年の市場全体を占うバロメーターとなることから、活気あるスタートを切る大きな責任があると考えています(写真4)。BUセールでは、5月から行われる民間の2歳トレーニングセールや夏の1歳市場の主催者ブースを設ける予定としておりますので、来場いただいた皆さまに是非活用いただきたく願っています。BUセールをきっかけに、新規馬主をはじめ多くの来場された皆様が“セリで馬を買おう!”という雰囲気になってくれることを願っています。
本年も、来場された皆様がセリを楽しんでいただけるよう、また、これまでどおり、皆様の信頼を失わないよう、セリ運営に取組んで参ります。どうぞ、よろしくお願いいたします。

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(写真4)BUセールでの騎乗供覧[サウンドリアーナ号:ファンタジーS(GⅢ)]

(日高育成牧場 業務課長 石丸 睦樹)

2019年5月20日 (月)

育成馬の輸送管理

No.75 (2013年4月1日号)

 本年も4月23日(火)にJRA中山競馬場でJRAブリーズアップセールが開催されます。昨年の各1歳セールでの購買後、日高および宮崎育成牧場に分かれて入厩し、騎乗馴致を経て後期育成を終えたJRA育成馬は、セールに備えて1週間前に中山競馬場に輸送されます。馬運車10台が一団となって浦河国道を走行する、このJRA育成馬の輸送をご覧になられたことがある方もいらっしゃるのではないでしょうか。今回は育成馬の「輸送管理」について触れてみたいと思います。


「輸送熱」および「馬運車内での怪我」の予防
 「輸送熱」という言葉を聞いたことがあると思いますが、これは輸送によって発熱する病気の総称です。発熱の他にも、呼吸器の炎症に起因した咳や鼻汁を認めることも少なくありません。この「輸送熱」という病気は、重篤化すると肺炎へと進行し、治療の甲斐なく生涯を終えてしまう場合もあります。つまり「輸送管理」とは、この「輸送熱」の発症を予防することといっても過言ではありません。
また、「輸送熱」とともに「輸送管理」のポイントとなるのが、輸送中における「馬運車内での怪我」の予防です。近年の馬運車は改良が進み、特に換気に関しての工夫が施されています。さらに、輸送経路の整備に伴う輸送時間の短縮により、「輸送熱」や「馬運車内での怪我」も以前と比較すると格段に減少しています。しかし、依然として、強調教などによるストレスを受けている育成馬の輸送では、大事に至ることも皆無ではありません。


まずは馬運車に慣らす!
 馬の立場になって考えてみると、ある日突然、暗くて狭い箱の中に鞭で追われて無理やり押し込まれ、24時間以上もその中で過ごさなければならないという状況では、輸送自体によるストレス以上の精神的な不安に起因するストレスが生じるに違いありません。馬は環境に慣れる動物とはいえ、ストレスを軽減させることは「輸送管理」には極めて重要です。2歳になる育成馬にとって馬運車で輸送されることは、初めてではなく、生まれた直後の母馬の種付け、1歳セール時あるいは育成牧場に入厩する際に馬運車での輸送を経験しています。これらの経験によって馬運車内での駐立に慣れている場合もあれば、一方でこれらの経験が「トラウマ」となって馬運車に入ることを恐れている場合もあります。JRA育成牧場では、すべての育成馬に対して輸送の2~3週間前に「馬運車馴致」を実施します(図1)。これは、輸送当日に馬を積載する場所で実際に馬運車に積み、落ち着いた状態で駐立できることを目標としています。スムーズな積み込み、あるいは落ち着いた状態での駐立が困難であった場合には、日を改めて再度実施します。また、馬房が隣同士である馬を馬運車内でも隣にするなど、輸送中の馬の精神面を安定させる工夫を心掛けています。しかし、入念に馴致をしても、輸送中の突発的な事故は避けられないのが馬の輸送であります。そのために四肢の保護用のプロテクターの装着は不可欠です(図2)。

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図1.日高育成牧場での「馬運車馴致」の様子。馬運車内で落ち着いた状態で駐立できることを目標としています。

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図2.輸送中の突発的な事故は避けられないため、四肢の保護用のプロテクターの装着は不可欠です。


「輸送熱」のメカニズム
 図3のグラフは、日高育成牧場から中山競馬場までの26時間の長時間輸送を実施された32頭の輸送時間経過に伴う体温変化を示しています。輸送開始から18時間後には10%、24時間後には20%、そして中山競馬場到着時の26時間後には25%の馬が38.6℃以上の発熱を発症しました。さらに、39.0℃以上の高熱を認めた症例は、18時間後以降に増加することが分かりました。これらは「輸送開始から20時間後ごろから発熱する馬の割合が急激に増加する」という約20年前にJRA競走馬総合研究所で実施された研究と同様の結果でした。また、このJRA競走馬総合研究所での研究では、図2のように輸送中の馬の心拍数や呼吸数は、馬運車の走行と連動して増加していることも明らかとなっています。心拍数の増加は馬の不安定な精神状態を、そして呼吸数の増加は呼吸が浅く、速くなるために気道を乾燥させ、細菌などに対する抵抗性を低下させることを意味します。つまり、この研究結果から、「輸送熱」は「輸送にともなう種々の刺激が直接的あるいは間接的に馬体を冒すことにより、細菌感染に対する抵抗力が低下する結果、普段は害を及ぼさない気道中の常在菌(馬が健康な状態で持っている細菌)が日和見感染(ひよりみかんせん:免疫力が低下しているために、通常なら感染症を起こさないような感染力の弱い病原菌が原因で起こる感染のこと)し、肺に炎症を起こす」ことが主な原因であると考えられています。そして、輸送熱の予防には、馬運車内を清潔に維持すること(換気状況の改善、糞尿の処理、ホコリを少なくする工夫など)、輸送中の休憩はできるだけ長く、そして多くすること(換気回数の増加、ストレス因子の減少)などが重要であることも明らかとなっています。

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図3.日高育成牧場から中山競馬場までの26時間の長時間輸送を実施された32頭の輸送時間経過に伴う体温変化。輸送開始から20時間後ごろから発熱する馬の割合が急激に増加します。

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図4.輸送中の馬の心拍数や呼吸数の変化。馬運車の走行と連動して心拍数および呼吸数は増加します。

輸送前の抗生物質の投与による「輸送熱」予防
 近年、扁桃(へんとう)や気管内に存在する日和見感染菌に対して有効な抗菌薬を輸送開始から到着までの間、肺内(気管支肺胞領域内)に存在させることにより、長時間輸送に起因する「輸送熱」を予防することが可能かどうかについての研究を日高育成牧場から中山競馬場へのJRA育成馬の輸送時に実施しました。抗菌薬は、長時間作用型抗菌薬であるニューキノロン系のマルボフロキサシン製剤(体重1kg あたり2mgの投与量)を使用しました。馬運車への積み込み直前に抗菌薬を投薬した馬(抗菌薬投薬群)と投与しなかった馬(非投薬群)との中山競馬場到着後(輸送から26時間後)の輸送熱を発症した頭数の割合を比較した結果、図5に示すように、非投薬群では31%の馬が輸送熱を発症したのとは対照的に、投薬群では6%の馬にしか輸送熱の発症を認めませんでした。さらに、非投薬群では13%の馬が39.0℃以上の高熱を認め、中山競馬場到着後に抗生物質投与による治療が必要でしたが、投薬群では39.0℃以上の高熱馬は認められず、中山競馬場到着後に治療が必要であった馬もいませんでした。このように、ニューキノロン系のマルボフロキサシン製剤は、輸送熱予防に効果があることが確認できました。また、副作用などに関する安全性も確認されています。耐性菌の出現の問題などについて慎重に調査を継続する課題は残っていますが、輸送熱予防に効果が期待されます。

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図5.抗菌薬を投薬した馬(抗菌薬投薬群)と投与しなかった馬(非投薬群)との中山競馬場到着後(輸送から26時間後)の輸送熱を発症した頭数の割合の比較。

最後に
 わが国では、競走馬の馬運車といえば前向きに積むのが一般的ですが、世界各国では横積み、斜積みあるいは後向き積みタイプの馬運車などがあり、馬にとってどの向きで輸送するのが理想であるかについては明らかにはなっていません。今後、わが国でも横積みあるいは斜積みが一般的になるかもしれません。また、輸送熱予防にさらに有効な長時間作用型抗菌薬が新たに開発され、「輸送管理」の一助となるかもしれません。しかし、馬を輸送する際に最も重要なことは、精神的な不安に起因するストレスを減少させることです。このためにも、日常の取り扱いが極めて重要であることはいうまでもありません。つまり、人の扶助に対して従順であり、馬が人をリスペクトするように馴致することが重要であると考えられます。

(日高育成牧場 専門役 頃末 憲治)

2019年5月19日 (日)

Dr. Sue Dysonによる「馬の跛行」講習会

No.74 (2013年3月15日号)

 昨年12月、馬の跛行診断の権威であるDr. Sue Dysonが来日され、計4回に渡り講習会が開催されました。獣医師向けの専門的な内容がほとんどでしたが、今回はその中から牧場関係者の皆様にも有益と思われる事柄について抜粋し、ご紹介いたします。

講師紹介(日本ウマ科学会HPより)
Dr. Sue Dyson:
(英国・アニマルヘルストラスト・馬科学センター・臨床整形外科学部門長)
跛行に関する画像診断やプアパフォーマンス診断のスペシャリスト。跛行のバイブルとされる教科書「馬の跛行(原題Lameness in the Horse)」の共著者としても世界的に著名。科学雑誌への論文投稿は200を超え、その功績から様々な賞を受賞されている。自身も非常に高い騎乗レベルを持つライダーでもある。

1 視診(馬の外見の検査)
 まず馬体(コンフォメーション)を見て、例えば直飛(まっすぐに立った飛節)だと繋靭帯炎になりやすいなどの情報を得る。左右の対称性からは、例えば後肢の跛行では跛行している方の臀部の筋肉が落ちていることが多い(不使用性萎縮)。腫脹では、皮下の腫脹なのか、腱や靱帯の腫脹なのか、関節の亜脱臼なのか、注意深く観察して鑑別する。蹄は、左右対称性を見る。蹄が高く、幅が狭いと跛行しやすい。

2 歩様検査(跛行のグレード分け)
 AAEP(米国馬臨床獣医師協会)では5段階のグレード分けを用いているが、Dr. Dysonは9段階のグレード分けを提唱している。5段階だとほとんどの馬がグレード3になってしまうので、意味がないためである。0=正常、2=軽度、4=中等度、6=重度、8=負重困難で、間の数字はその中間の程度。跛行をグレード分けし、記録しておくことで症例の経過(良化したか悪化したか)をきちんと評価できるようになる。
①後肢の跛行
 まず常歩で歩様検査する。肢の着き方の順番が見やすく、踏み込みの深さ、球節の沈下が観察しやすい。
②屈曲試験
 一般的には、跛行を疑う肢を1分間屈曲し、放してすぐに速歩させ、跛行が悪化すれば「陽性」だが、対側肢(跛行している肢と反対の肢)を挙上した後、患肢の跛行が悪化することもある。その場合、飛節が原因の跛行であることが多い。

3 診断麻酔
 全ての症例において適用なわけではない(禁忌症があること)を理解しなくてはならない。骨折している場合などは痛みがとれて歩き回ることで悪化する恐れがあるので禁忌である。局所麻酔薬が注射部位よりも近位(上方向)にも浸潤することを理解しておくべきである。また、局所麻酔薬の注射部位が近位であるほど、効果が出るまでに時間がかかる。注射後30分経ってようやく跛行が消失することもある。屈腱腱鞘炎が原因の跛行などでは、診断麻酔で跛行が消失しないこともある。腱鞘内に癒着がある場合である(機械的跛行)。癒着があると、手術しても良化せず予後が悪い。

4 画像診断
①X線検査
 発生してすぐ(急性期)は、重大な骨折を見逃すことがある(第3中手骨、第1指骨など)。骨折を疑う場合は、一度のX線検査で異常なしとして跛行が消失したらすぐに運動を再開するのではなく、再度X線検査するなど慎重な判断が悲劇的な結果を防ぐ。
②超音波検査
 浅屈腱の腫脹は、わずかですぐに消失するものであっても重要な損傷を意味するかもしれない。跛行していないから重要な損傷がないわけではない。負重しない状態で(肢を持ち上げて)触診する。また、発生してすぐ(急性期)には超音波検査で異常が認められない場合がある。1週間から10日後に再検査すべきである。近位繋靭帯炎では、副管骨の間の深い位置にあるので、腫脹や触診痛が不明瞭なことがある。腸骨骨折の評価では、亀裂が腹側面にのみしか通じていないことがあるので、注意が必要である。
③シンチグラフィ(※日本にはありません)
 X線検査と超音波検査では発見できない異常を検出できる。特に若い馬で、下肢部以外の(脛骨などの)疲労骨折が多く見つかる。

おもな質疑応答
Q)指動脈の拍動が亢進したら、蹄が原因と考えてよいか?
A)通常は蹄に原因がある(蹄底膿瘍や蹄葉炎など)。ただし、亢進していないからといって蹄が原因ではないと考えてはいけない。蹄鉗子で検査する必要がある。
Q)引き馬で歩様検査する際、引き手にはどのように指導しているか?
A)馬が自発的に歩くように、また頸の動きを見たいので馬から離れて歩くように、馬を見ずに進行方向を見るように指導している。馬が速く走り過ぎそうになる前に察知して抑えてもらいたい。チフニーを装着すると頭を上げてしまうので、(より作用の弱い)ノーマルビットを装着する。種牡馬は堂々とした特有の歩様のため跛行がわかりにくい場合がある。鎮静してから歩様検査することもある。

 以上、難しい内容もありましたが、英国の馬診療レベルの高さを再確認できたとともに、我が国における跛行診断のレベルアップに必要な技術を数多く紹介していただき、非常に有意義な講習会でした。

(日高育成牧場 業務課 診療防疫係長、現所属:宮崎育成牧場 業務課 診療防疫係長 遠藤 祥郎)

1 講習会は多数の獣医師が聴講した(静内ウエリントンホテル)

2 実馬を使った実習風景(JBBA軽種馬生産技術総合研修センター)

3 実習に参加した獣医師たちと

2019年5月 1日 (水)

反復トレーニング2

No.73 (2013年3月1日号)

 前回の記事で、反復運動を行なう場合には、1本目の運動強度が高いほど2本目の運動中のエネルギー供給がより有酸素的になるということを述べました。このことは、1本目の運動強度が違うと、2本目(主運動)の強度が同じであっても、そのトレーニング効果の質が多少なりとも異なることを意味しています。
 前回の内容を簡単にまとめると上述のようになりますが、実験条件について、いくつか付け加えておきたいことがあります。文中で示した実験条件、たとえば「1本目の強度を110%VO2maxの強度(平地調教で言えばハロンタイム12秒くらいのスピード)で60秒間走行する」というのは、あくまでもトレッドミルを用いた実験として設定したときの運度強度と時間であるということです。実際の調教で、同じ強度で60秒間走らなければならないということではありません。700~800m程度の実際の坂路コースで、そのようなスピードで60秒走ることは事実上できませんし、40秒くらいが最大だと思います。ただ、トレッドミルで実験を行なう場合は、妥当で分かりやすい実験条件を決める必要があるので、60秒間という運動時間を設定したということです。今回の連載の中での実験条件も、まったく同じ条件下でのトレーニングを推奨しているわけではないことには注意していただきたいと思います。

反復運動の間隔
 反復運動では、それぞれの運動の強度(スピード)はもちろん重要な要素ですが、もうひとつ大きな要素が考えられます。それは運動の間隔です。私たちがトレーニングする場合を考えてみても、走る間隔が短くなると息が苦しくなるような感覚を持ちます。これはなぜでしょうか。
 競走馬が、たとえば坂路コースで2本走る場合の運動間隔は、通常約10~15分程度になります。坂路を上った後の帰り道の約1000mを常歩で歩くとなれば、10分程度かかるのが普通なので、必然的に反復の間隔はある程度決まってきます。しかし、トレーニング場全体のコース配置などの関係から、この間隔を若干変えることの出来る場合もあると思います。そうした場合には、どのような変化が起こるのでしょうか。

10分間隔と5分間隔の比較実験
 110%VO2max強度(平地調教でいえばハロンタイム12秒くらいのスピード)で60秒間の運動を10分間隔と5分間隔で2本行なったときの呼吸循環機能を調べてみました。5分間隔でも10分間隔でも、酸素摂取量は1本目よりも2本目の方が値は高くなっているのに対し、二酸化炭排出量は逆に2本目は低くなっていました。このことは、2本目の方がより有酸素的なエネルギー供給のもとで運動していることを示しています。このときの運動中に供給された有酸素性のエネルギー量を実際に計算してみると、5分間隔で運動した場合の方が、2本目のエネルギー供給はより有酸素的になっていたことがわかりました(図1)。

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図1:激しい運動を5分間隔あるいは10分間隔で行なった場合の有酸素的なエネルギー供給割合の変化。5分間隔で走った場合の方が、2本目の運動時の有酸素エネルギー供給割合が高くなっていた。

15分間隔と5分間隔の比較実験
 この実験では、酸素摂取量は測定しておらず、心拍数と血中乳酸濃度のみを測定しました。1本目と2本目の運動強度は前実験とほぼ同様で、運動間隔を15分間隔と5分間隔に設定しました。このときの血中乳酸濃度の変化を示すと(図2)、1本目の運動により、運動中の血中乳酸濃度は約5mmol/Lとなり、1分後には8~9mmol/L程度となっていました。

2_4 図2:激しい運動を15分間隔あるいは5分間隔で行なった場合の血中乳酸濃度の変化。1本目の運動で血中乳酸濃度は5mmol/Lとなり、5分後に8~9mmol/Lとなった。15分間隔で走行した際には、2本目直前の値は約4mmol/Lで、2本目の運動後の変化は1本目とほぼ同様、これに対し、5分間隔の場合は、2本目開始直前の値が8~9mmol/Lのまま2本目を行なったところ、2本目直後の値は直前の値とほとんど変わらず、5分後には12mmol/Lまで上昇した。


 15分間隔で2本目を行なった場合は、5分後までは8~9mmol/Lの値を保ちましたが、2本目の運動直前には4mmol/L程度まで低下していました。そして、2本目の運動により、血中乳酸濃度は1本目とほぼ同様な値まで増加し、その後の濃度変化も1本目とほぼ同様な経過をたどりました。
 5分間隔の場合では、1本目直後から5分後までは15分間隔と同様の変化を示しましたが(8~9mmol/L)、この状態で2本目をスタートするため、2本目直前の血中乳酸濃度は15分間隔の直前より高い値となりました。2本目の運動では、運動直後の血中乳酸濃度は直前の値とほとんど変わらず、5分後には12mml/Lまで増加しました。
 血中乳酸濃度は筋中での乳酸生成と消費のバランスによって決まります。筋中における乳酸生成そのものが大きく変化しているとは考えにくいので、5分間隔の2本目の運動時にみられる血中乳酸濃度変化の推移は、血中乳酸を運動中のエネルギー源として利用している可能性を感じさせます。
 競走馬のトレーニングは基本的には走ることなので、多彩なバリエーションは求めづらいのが現実です。しかし、これらの研究結果をみると、反復運動の強度や反復間隔を変化させることでトレーニング効果の質を変化させる可能性があることがわかります。

JRA日高育成牧場での例
 JRA育成馬が調教するBTC(軽種馬育成調教センター)の施設には、さまざまなコースがあり、屋内坂路コースもそのひとつです。コースの全長は1000mで傾斜は2~5%、途中3ハロンのタイムを自動計測できます。以下に、JRA育成馬のトレーニング時の心拍数変化などを紹介したいと思います。
 図3の上段のグラフは、屋内坂路コースを反復間隔約10分で2本反復したときの心拍数変化を示します。1本目の3ハロンの平均タイムはハロンタイム18.9秒で、そのときの心拍数は210~220拍/分です。約10分の間隔をおいた2本目の3ハロン平均タイムはハロンタイム15.6秒でした。そのときの心拍数はおよそ230拍/分で、運動直後の血漿乳酸濃度は約12mmol/Lになっていました。
 一方、下段のグラフは、1本目を坂路コースで走行した後に、3分ほどの間隔をおいて1600mのダート周回コースで2本目を走ったときの心拍数変化を示します。BTCの調教コースの配置上、屋内坂路コースの終点近くからすぐに1600mダートコースに入ることができるようになっています。そのため、運動の間隔を短くすることが出来るわけです。坂路コースにおける1本目の3ハロンの平均タイムは19.0秒、そのときの心拍数は210~220拍/分で、上段のグラフの1本目とほぼ同じでした。2本目は1600mコースで7ハロンの走行を行ない、最後の3ハロンの平均タイムはハロン13.9秒でした。2本目の最後の3ハロンの心拍数は230拍/分、直後の血漿乳酸濃度は15.7mmol/Lになりました。2本目の運動後に心拍数が100拍/分まで下がる時間は坂路コース2本を10分間間隔で走行した場合よりも明らかに遅く、いわゆる息の入りは悪かったといえます。
 上段のグラフ(坂路コース2本)と下段のグラフ(坂路コース1本+1600mコース1本)では、2本目の運動強度が全く同じではないので、直接比較することはできませんが、坂路コースと1600mコースを用いて間隔を狭めて行なったトレーニングの負荷は明らかに高いといってよいといえます。

3_4 図3:上のグラフは屋内坂路コースで2本反復した時の心拍数変化で、10分間の間隔をおいて2本目の走行を行なった場合。下のグラフは、1本目を坂路で走行した後、3分ほどの間隔をおいて、1600mの周回コースで2本目走行を行なったときの心拍数変化。

反復トレーニングの可能性
 坂路コースが導入された当初、坂路コースにおける追い切りは高強度短時間運動なので、いわゆる無酸素性のエネルギー供給を鍛錬しているものと考えていました。これは基本的には間違っていませんが、上記のような研究結果からあらためて考えると、高強度運動の反復運動では、有酸素的なエネルギー供給能力を副次的に、しかし効果的に鍛錬しているように感じられます。
 サラブレッドは血中二酸化炭素分圧が高いことに対して耐性が高く、いわゆる筋の緩衝能も高いといわれているので、漠然と耐乳酸能力が高いのであろうと認識していました。最近では、それに加えて、乳酸利用能力も高いのではないかと考えています。
 血中乳酸濃度が高い状態で行なうトレーニングも、血中乳酸濃度が高くなった状態でそのまま運動を継続する場合と、運動の間隔を置いて反復する場合とで状況が異なるのであろうと思います。運動の間隔をおいた場合は、血中乳酸濃度は高いままですが、その他の生理機能はリセットされるので、結果としてむしろ乳酸利用能を高めるトレーニングになっているように感じられます。

(日高育成牧場 副場長 平賀 敦)

2019年4月29日 (月)

反復トレーニング1

No.72 (2013年2月15日号)

 陸上競技の長距離走のトレーニング法を書いた本を読むと、「持続走トレーニング」あるいは「インターバルトレーニング」という単語がよく出てきます。持続走トレーニングというのは文字どおり、比較的遅いスピードで長い距離を走るトレーニングであり、一定の距離を決めて走る距離走や一定の時間を決めて走る時間走などがあります。一方、インターバルトレーニングというのは、急走期(速いスピードでの走行)と緩走期(ゆっくりとしたスピードでの走行)を交互に組み合わせて行なうトレーニングのことをいいます。
 インターバルトレーニングという言葉を有名にしたのは、チェコスロバキア(当時)の陸上長距離選手、エミール・ザトペックです。1948年のロンドンオリンピックでは10000mで金メダルを取り、1952年のヘルシンキオリンピックでは5000m・10000m・マラソンの長距離種目三冠に輝いた伝説のランナーです。この成績はまったく文句の付けようのない素晴らしいもので、当時の世界陸上界が、ザトペックが取り入れたこの新しいトレーニング法をすぐさま導入しようとしたのは当然のことといえます。しかし一方で、インターバルトレーニングを行なう際には、急走期の強さや回数あるいはその間隔などをうまく調整しなければならないため、故障なくトレーニングを行なうことはそれほど簡単ではありません。ザトペックが行なった実際のトレーニング計画をみると、400m走を何10本も繰り返すなど、相当きついものだったようです。このような厳しいトレーニング法は、そのインターバルの本数だけを模倣することでさえ、大変であったことと思います。インターバルトレーニングの黎明期は試行錯誤の連続であったことでしょう。

反復トレーニング
 インターバルトレーニングは、緩走期をインターバルに挟んで急走を繰り返します。この緩走期は弱い運動を行なっているわけで、いわば不完全な休息といえます。完全な休息をはさんで急走を繰り返す場合は、レペティショントレーニング(反復トレーニング)といって、インターバルトレーニングと区別することがあります。しかしながら、両者は基本的には緩走(休息)をはさんで急走を繰り返す(反復する)トレーニングであり、広い意味では両者とも反復トレーニングということができます。今回、競走馬で行なわれている急走を繰り返すトレーニングについては、「反復トレーニング」として、話を進めることにします。その理由は、競走馬のトレーニングで緩走期の運動として普通に用いられているのは常歩であり、その運動強度は、いわゆるインターバルトレーニングの緩走期の運動強度に比較するとかなり弱いからです。とはいえ、常歩はもちろん完全な休息ではないので、インターバルトレーニングと言っても、差し支えありません。

反復トレーニングの構成
 急走期を反復するというと一見簡単そうですが、実は多くのパターンがあることがわかります。トレーニングを反復形式で行なう場合に、トレーニングを構成する要素としては、①急走期の運動の強さ(スピード)、②急走期の持続時間(走行距離)、③緩走期の持続時間(反復間隔)、④緩走期の運動強度(スピード)、⑤反復の回数、などがあげられます。これらの要素は複雑にからみあうので、単純そうにみえる反復運動であっても、これらの要素を少しずつ変えること、つまり急走期の運動強度を変えたり、反復間隔を変えたりすることで、トレーニングパターンを何通りも作ることができることになります。
 一方、持続的なトレーニングでは、関与する要素は、①運動の強度(スピード)と②その持続時間(走行距離)の二つに大きくしぼられてきます。もちろん、この場合も、実際のトレーニング計画を作るのはそれほど簡単ではありませんが、トレーニングを構成する要素の影響の複雑さは反復トレーニングのほうが多いのは当然といえます。ただし、影響する要素が多いからといって、そのことがトレーニングの有効性に直結するものではないことはいうまでもありません。
反復トレーニングの要素の中で、反復回数に関しては、たとえば坂路コースのみを利用する場合は、2~3本の反復を行なっている例が多いようです。持続時間(走行距離)については、坂路コースを利用する場合は、コースの長さによって規定されるので、おのずと距離は600~800mの範囲になり、時間は数10秒になります。いうまでもないのですが、坂路コースの大きな特徴のひとつは長さが決まっていることです。そのため、走行スピードが速い場合でも、そのスピードのまま長い距離を結果として走ってしまうというようなことは物理的に起こらないことになります。
 
反復運動の1本目の強さの影響
 トレッドミル運動負荷試験で、酸素摂取量(VO2)・二酸化炭素排泄量・心拍数・心拍出量・動静脈血液ガス・血漿乳酸濃度などを測定することにより、反復運動時の呼吸循環機能を観察しました。この実験では、走行を2本行なった場合を想定しています(坂路を2本走った場合、あるいは坂路と周回コースを組み合わせて2本走った場合など)。
 実験では、1本目の強さを、①高強度(110%VO2max強度で60秒:実際の調教で言えばハロン12秒くらいの全力疾走)、②中強度(70%VO2max強度で60秒:実際の調教で言えばハロン20秒くらいのスピードでの走行)の2種類を設定しました(図1)。そして、1本目の運動を終えた後、10分間の常歩をはさんで、2本目の運動を負荷し(110%VO2max:ハロン12秒くらいの全力疾走)、運動開始から30秒ごとに、VO2などを測定しました(図1)。

1_3 図1:トレッドミルを用いた反復運動実験の模式図。1本目の強度を、①高強度:110%VO2max(走路で調教しているときのスピードに換算するとF12くらいの全力走)、②中強度:70%VO2max(走路でいうとF20くらいのスピード)の2種類を設定した。

1本目が強いほど2本目は有酸素的になる
 結果をみると、まず1本目の運動を行なうことにより、血漿乳酸濃度は①の高強度の運動後で約8mmol/lであり、10分間の常歩を行なった後の2本目の運動直前でもほぼその値を保っていました。②の中強度の場合は1本目の運動によっても2mmol/l程度にしか増加せず、2本目の直前ではほぼ安静レベルまで戻っていました(図2)。

2_3

図2:血漿乳酸濃度の変化。1本目の強度が強い場合(高強度)は1本目直後の乳酸濃度は高く、10分間の常歩を行なった後(2本目のスタート時:走行時間0の時点)でも高い値を保っていた。これに対し、2本目が中強度の場合は、2本目のスタート時点の濃度は安静時の数値とほぼ同じであった。

 2本目の主運動時のVO2の増加のスピードは、高強度の方が中強度よりも速くなりました(図3)。逆に二酸化炭素排泄量の増加のスピードは、高強度の方が中強度よりも遅くなりました。つまり、2本目の運動強度が同じであっても、1本目に強度の高い運動をした場合の方が、2本目の運動は有酸素的なエネルギー供給のもとで行なわれていることになるわけです。

3_3 図3:酸素摂取量(VO2)の変化。2本目における酸素摂取量の増加は、高強度のほうが中強度よりも速いことが分かる。

 このような結果が得られた原因として、さまざまなことが考えられますが、そのひとつとして乳酸の影響も考慮する必要があるかもしれません。近年の研究によって、乳酸が運動時のエネルギー源として重要な役割を演じていることが分かっており、1本目が高強度の場合に認められた2本目直前の高い乳酸濃度が、2本目の運動中のエネルギー供給に影響を及ぼしたのかもしれません。
 今回の実験で分かったことは、1本目の運動強度が高いほど、2本目の運動中のエネルギー供給がより有酸素的になるということです。つまり、1本目の運動強度が違うと、2本目(主運動)の強度が同じであっても、運動中のエネルギー供給形態が多少なりとも変わるということです。これは、多少なりともトレーニング効果が異なることを意味しています。
 実際の調教において、1本目をゆっくりと走る場合と、1本目から比較的速いスピードで“サッ”といく場合とでは、2本目の追い切り時のエネルギー供給の状況も多少違っているものと考えています。

(日高育成牧場 副場長 平賀 敦)

2019年4月26日 (金)

分娩後初回発情における種付けの生産性

No.71 (2013年2月1日号)

サラブレッドの繁殖の特徴
 季節繁殖動物であり経済動物でもあるサラブレッドの繁殖シーズンは、北半球では概ね2月から6月となります。その間、排卵は21日間隔で起こります。妊娠期間は約340日で、11ヶ月以上にも及びます。そのため、1年1産を継続させるためには、分娩後、速やかに種付けを行い妊娠させる必要があるのです。一方、分娩後の子宮は驚異的なスピードで回復し、通常、健康な牝馬では分娩後10日前後で初回発情が回帰して、初回排卵が認められ、種付けが可能となります。そのため、国内のサラブレッドの生産においては、この「分娩後初回発情」における種付けが主に行われているのが現状です(図1)。

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(図1) 国内における過去12年間(延98,203頭)の分娩後初回種付け日の分布
分娩後20日までに種付けした繁殖牝馬は71,387頭(73%)、分娩後21~40日に種付けした繁殖牝馬は20,899頭(21%)であった。さらに、分娩後8~11日に種付けを行った牝馬を初回発情(FH)群、分娩後27~33日に種付けを行った牝馬を初回発情スキップ(FH-skip)群として、生産率の違いを調べた。

分娩後初回発情における種付けのメリットとデメリット
 分娩後初回発情における種付けのメリットとしては、①種付け時期の早期化(1年1産が達成できる可能性)、②早生まれの子馬を生産できる(セリでの高額取引が見込んで)、③交配時期の特定が容易になる(交配計画、人気種牡馬の予約)、などが考えられます。一方、デメリットとしては、①子宮の回復が完全ではない状態での種付け(受胎率への影響)、②受胎確認後の早期胚死滅が起こる確率が高い、③生後僅かな子馬を種馬場へ連れて行かなくてはならない(ストレス増加、疾患罹患のリスク)(図2)、などが考えられますが、それらが実際の生産性に及ぼす影響については調べられていませんでした。

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(図2) 種馬場での発情検査の様子
生後間もない子馬も馬運車で輸送されて来る。

生産性に及ぼす影響
 そこで、分娩後の初回発情における種付けが生産性に及ぼす影響を調べるために、分娩後8~11日に種付けした牝馬を初回発情(FH)群、分娩後27~33日に種付けした牝馬を初回発情スキップ(FH-skip)群として、過去12年間の国内における全サラブレッド繁殖牝馬における生産率(産子数/交配牝馬数)と早期胚死滅発生率(初回交配後35日以降に再交配を行った牝馬の割合)について統計解析を行ってみました(図1)。
その結果、生産率は分娩後初回発情で種付けを行うと(FH群)38.2%となり、2回目の発情で種付けを行うと(FH-skip群)51.0%となることから、初回発情における種付けは生産性が悪いことが明らかになりました(図3)。また、早期胚死滅発生率は、FH群で11.7%とFH-skip群の7.1%と比較して有意に高くなることが明らかになりました(図4)。さらに、早期胚死滅発生率は年齢とともに上昇し、FH群ではその割合がより高くなることが明らかになりました。

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(図3)生産率の比較[分娩後初回発情交配(FH群)vs 2回目発情交配(FH-skip群)]
FH群の生産率は悪い。

4 (図4)早期胚死滅発生率の比較[分娩後初回発情交配(FH群)vs 2回目発情交配(FH-skip群)]
FH群の早期胚死滅発生率は高い(左)。また、年齢が高くなるほど早期胚死滅発生率はFH群で高くなる(右)。

最後に
 サラブレッドの生産の現場では、種牡馬の予約状況や残された繁殖シーズンの日程などから、分娩後の初回発情における種付けが選択されることも多いのが現状です。今回、統計学的な解析を行うことで、初回発情における種付けの生産性の悪さが明らかになりました。また、分娩による子宮の損傷や感染などから、子宮の回復は高齢馬になるほど悪くなることが推察されます。初回発情と2回目の発情のどちらで種付けを行うかは、繁殖牝馬の年齢と併せて子宮の回復具合をエコー検査により十分精査した上で判断した方が良さそうです。
 一方、FH-skip群の生産率を見ても、まだ51%しかないことから(図3)、生産性を向上させるためには分娩後初回発情における種付けを見送るだけでは十分ではありません。普段からの繁殖牝馬の飼養管理の重要性に加えて、分娩後の栄養状態の適切な維持方法、ライトコントロールによる人為的なホルモン分泌の促進、自然分娩を心掛けることによる子宮や外陰部の損傷防止、排卵促進剤や発情誘起法の有効活用、早期胚死滅や早流産の対策なども重要な項目となります。また、信頼できる獣医師に相談したり、講習会や勉強会に参加したり、新しい生産技術を取り入れていくことも生産性向上に繋がるものと思われます。

(日高育成牧場 生産育成研究室 研究役 佐藤文夫)

2019年4月24日 (水)

非分娩馬(空胎馬)を乳母として利用する方法

No.70 (2013年1月1・15日合併号)

はじめに
 軽種馬の生産をしていると分娩事故によって母馬が死亡したり、母馬が育子を放棄したりする場面に遭遇するかもしれません。10頭未満の生産規模である日高育成牧場でも育子拒否を経験しています。その際には人工哺乳か乳母の導入か判断しなくてはなりません。諸外国では大手牧場が輸血用の供血馬(ユニバーサルドナー)と乳母を兼ねて繋養し、自場での使用のみならず周辺牧場へレンタルしたりもします。一方、国内では、重種あるいは中半血種の乳母をレンタルすることが多いようです。乳母の導入は、子馬の健やかな発育のためには非常に利点が大きい反面、レンタル費用が高額であるというデメリットがあります。一方、乳母を導入せずに人工哺乳のみでも成長させることができます。この方法はコストを抑えられる反面、昼夜を問わない頻回授乳のための労働負担、またヒトに慣れ過ぎるといったデメリットが考えられます。このように、乳母と人工哺乳は一長一短であると言えます。今回は新たな選択肢として、その年に出産していない非分娩馬(空胎馬)を乳母として利用する画期的な方法をご紹介します。

育子拒否
 サラブレッド種の育子拒否率は1%未満と言われていますが、海外の教科書にはfoal rejectionという項目が設けられているように、決して珍しい問題ではないようです。
犬では経膣分娩に比べ、帝王切開で育子拒否率が高いことが知られています。出産の際に産道は時間をかけて徐々に広がりますが、この「産みの痛み」に伴って分泌されるオキシトシンというホルモンが母性の惹起に重要と言われています。実際、軽種馬において前肢の牽引による介助分娩を控えることにより、育子拒否率が低下したという報告もあります。このような点からも、盲目的に子馬の肢を牽引せず、問題がなければ「自然分娩」を見守ることが推奨されます。
育子拒否は大きく以下の3つに大別されます。①子馬を容認しない、②授乳を拒絶する、③子馬を攻撃する。また、育子拒否は初産で多いことが知られています。日高育成牧場で経験した例も初産でした。当場の例では、出産直後には特に問題なく授乳を許容していましたが、徐々に授乳を拒むようになりました。これは初産のために乳量が不足しているにも関わらず子馬が執拗に吸飲することが、苦痛あるいは疼痛の原因になったものと考えられました。この育子拒否に際し、空胎馬に泌乳を誘発して乳母として導入するという新たな手法を試み、成功しました。その手法は以下のとおりです。

泌乳誘発の方法
 黄体ホルモン製剤、エストラジオール製剤、PGF2α製剤、プロラクチン分泌を促進するドパミン作動薬を継続投与し、翌日から搾乳刺激を与えます。図1に示すとおり、乳量は経時的に増加しました。馬によって異なりますが、早ければ投与開始から概ね1週間で乳母として導入できるだけの乳量が得られます。また、この手法にはその馬自身の卵巣が活動している必要があるため、1月や2月といった時期に泌乳誘発処置を実施するためには、ライトコントロールによって卵巣活動を促す必要があります。

1 図1 泌乳誘発の投薬方法と搾乳量

乳母付け
 乳母付けとは実際子馬と乳母を対面させ、実子として容認させることです。一般的には乳母の臭いをつけたり実子の臭いをつけたりする、メントールのような軟膏を乳母馬の鼻に塗って嗅覚を麻痺させる、数日間馬房に張り続ける、子馬を空腹にする、分娩時の刺激を擬似的に与える子宮頚管刺激法などが提案されています。しかし、乳母付けの成功を左右する最大の要因は乳母の性格です。温厚で母性に満ちており、さらに乳量が期待できる馬を選択することが重要です。我々は6日間を要しましたが、放牧地において他の繁殖牝馬から子馬を守ったことが決め手となり、以後完全な母性が芽生えました(図2)。非分娩馬の場合は、実際に出産を経験していないため、一般の乳母よりも導入が困難であり、馬の選択がより重要です。

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図2 放牧地で他馬から守ることで、完全に母性が定着

ホルモン処置後の受胎
 ホルモン処置終了後から卵胞が成長し、概ね1週間で排卵しました。さらに排卵前の交配によって受胎することも確認できました。非分娩馬を乳母として活用しながら、その馬自身もそのシーズンに受胎することが可能であることから、実際の牧場現場においても、十分応用可能であると考えられます。また、導入された子馬はその後順調に発育しました。ホルモン処置と聞くと、生体に悪影響があるのではないかと想像する方もいるかもしれませんが、この処置は分娩前後の母馬のホルモン動態を模倣しているだけであり、不自然な状態ではありません。

まとめ
 今回ご紹介した非分娩馬に泌乳を誘発して乳母として利用する方法は、高額な乳母のレンタルに対して安価である点、自分の牧場の空胎馬を利用できる点、乳母として利用しながら交配できる点などのメリットがあります(図3)。育子放棄を受けた子馬を育てる際の新たな選択肢として検討してみてはいかがでしょうか。興味がある方は、直接日高育成牧場もしくは担当の獣医師に相談してください。

3 図3 各手法の長所と短所

(日高育成牧場 生産育成研究室  村瀬晴崇)

2019年4月22日 (月)

育成馬のV200の変化

No.69 (2012年12月15日号)

 日高育成牧場では、トレーニング効果の指標である“V200”を毎年2月と4月に測定しています。そもそも“V200”とは1980年代にスウェーデンのパーソン教授によって提唱された馬の持久力(有酸素能力)の指標であり、“心拍数が200 拍/分に達した時のスピード”を意味します。これはスピードが上がれば心拍数も上昇するという生理学的な関係を利用したものです。ヒトの持久力の評価には、トレッドミルや自転車アルゴメーターで大型のマスクを装着して測定する最大酸素摂取量を指標としていますが、この測定には特殊機器を必要とするので、馬での測定は大きな研究施設でなければ困難です。そのために競走馬では、 “V200”や“VHRmax(最大心拍数に達した時のスピード)”を測定することによって持久力の評価が行われています。
 このような馬の運動生理の研究に関して、日本のみならず世界の中心となっているのがJRA競走馬総合研究所であり、ここでの研究成果を育成調教に応用しているのがJRA育成牧場であります。

競走能力との関係
 馬が運動する際には、酸素を利用し多くのエネルギーを得る方法(有酸素的運動)と、短時間に限定されるものの酸素を利用せずにエネルギーを得る方法(無酸素的運動)があります。競走中のサラブレッドは1,000mのレースでさえエネルギーの70%が有酸素的に供給される(図1)ということからも、“持久力(有酸素能力)が高い馬”≒“競馬を有利に運ぶことができる”と考えられています。

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図1:競走馬が距離別に必要とするエネルギーの割合(Eatonら)。短距離レースでもエネルギーの70%が、長距離レースではエネルギーの86%が有酸素的に供給されています。

 そのために、育成馬や競走馬に対しては、調教中の心拍数とその時のスピードから持久力が推定できる“VHRmax”や“V200”の測定による方法が応用されています。“VHRmax”や“V200”も基本的には同じ考えに基づく指標ですが、“V200”は“追切り”のような最大強度を負荷する必要がないので育成馬に応用しやすいという利点があります。一方、出走に向けて“追い切り”を行っているような競走馬であれば“VHRmax”の方が応用しやすくなります。
 このように述べると “VHRmax”や“V200”の測定値によって、その馬の走能力を予測できるのではないかとも考えられます。実際、現役競走馬での測定データでは、オープン馬は条件馬よりも高い傾向が認められたという試験結果(図2)もあります。

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図2:現役競走馬における競走条件別のVHRmaxおよびV200の測定値(塩瀬ら)。両測定値ともに競走条件が上がるにつれて上昇しているのが分かります。

V200の評価方法
 しかしながら、“VHRmax”や“V200”は異なる個体間での能力を比較するよりは、同じ馬のトレーニング効果を検証するのにより適した指標と考えられています。その理由は、馬の最大心拍数には個体差があるためであり、特に“V200”に関しては、最大心拍数が210拍/分の馬と230拍/分の馬では、同じ心拍数200 拍/分で走行した場合の相対的な負担度は若干異なる状態での比較となってしまうためです。また、競馬の勝敗は持久力以外の要因も左右するために、“V200”の測定値のみによって競走成績を予測できる訳ではないことはいうまでもありません。
 これらの理由のために、育成期における“V200”の測定値を評価する時には、以下の点について注意する必要があります。

1)“V200”測定時において騎手のコントロール下でのスピード規定が難しいこと。
2)“V200”測定値は馬の情動や騎乗者の体重あるいは技術の影響を受けること。
3)出走前の競走馬に対するトレーニング強度と異なり、育成期に行われているトレーニング強度では、“V200”は調教が順調に進みさえすれば、ほとんどの馬がある程度の測定値にまで達すること(図3)。

このように“V200”の個々の測定値のみを評価することはあまり意味がありません。

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図3:トレーニングと運動中の心拍数の関係:“V200”はトレーニング強度が上がればある程度の測定値にまで上昇します。鍛えれば当然、同じスピードでも低い心拍数で走れるようになります。

育成馬への応用
 それでは、どのように“V200”の測定値をJRA育成牧場において利用しているかといいますと、日高育成牧場では、過去12年間に渡って毎年2月と4月のほぼ同時期に“V200”を測定しています。同時期に、同じ馬場で“V200”を測定するということは、年度毎の調教効果を比較検討する手段のひとつとなり得ることを意味しています。個体毎に適切な調教方法というのは当然異なりますが、“調教群”として捕らえた場合には、「2月の時点までにある程度の調教負荷をかけて“V200”測定値を上昇させておいた方が良いのか」、それとも「2月から4月の“V200”測定値の上昇率が高い方が良いのか」、あるいは「こうした効果は牡と牝で異なるのか」などについての調査研究を実施しています。つまり、その年の“V200”測定値と調教時の運動器疾患の発生率や、その世代の競走成績との関連性を調査することによって、“More than Best”となる調教を目指して次年度の調教計画立案に役立てています。

 下のグラフは、過去10年間の日高育成牧場で調教された育成馬(牡牝混合)のV200の平均値です。大きな変化は認められませんが、近5年は4月のV200値が高い傾向があります。これは、ブリーズアップセールが始まったことや、新馬戦の時期が早まるなど2歳の早期からの活躍が望まれていることから、育成馬においても以前より2月以降の調教負荷が上がっているということをデータは裏付けています。ただし、2歳終了時(12年は11月末時点)の勝ち上がり頭数とV200の関連は特にみられず、V200が高いからその世代から多数勝ち上がっているかというとそういうわけではないようです。また、先ほど述べたように個々の馬の値に関しても同様です。表1は、日高育成牧場で調教した最近の活躍馬のV200の値です。彼らは特に世代の中で飛び抜けていたわけではなく、平均程度の値です。ただし、4頭とも2月から4月にかけて数値が順調に上昇していたので、調教がしっかりと身になっていたということはいえるかもしれません。今後もJRA育成馬での測定データを蓄積し、競走成績と照らし合わせることで検証し、皆様方に還元できればと考えています。

(グラフ1)

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(表1)

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(日高育成牧場 業務課 大村昂也)