馬事通信 Feed

2019年4月19日 (金)

JRA育成馬を活用した人材養成

No.68 (2012年12月1日号)

 JRAでは「強い馬づくり」すなわち、内国産馬の資質向上や生産・育成牧場の飼養管理技術向上に貢献することを目的に、育成業務を行っています。
 われわれは購買したJRA育成馬および生産したJRAホームブレッドを活用して育成研究・技術開発を行なっています。また、そこで得られた成果はブリーズアップセール売却後の競走パフォーマンスにおいて検証した後、講習会やDVDなどの出版物を通して広く競馬サークルに普及・啓発することとしています。
 また、「強い馬づくりは人づくりから」とよく言われるように、「人材養成」も重要な育成業務のひとつです。
 われわれはJRA育成馬を活用して騎乗技術者、牧場従業員、獣医師等、広く生産・育成および競馬に携わる優秀な人材をサークル内に供給することができるよう、様々な取組みを行なっています。今回は、育成期のステージごとにJRA育成馬を活用して実施している内容について紹介いたします。

初期~中期育成のステージ
■JBBA生産育成技術者研修生
 JBBA日本軽種馬協会では、競走馬の生産・育成関連の仕事に就業するための基礎となる知識、技術の習得を目的として、静内種馬場内にある研修所で馬学全般、騎乗訓練や馴致調教などの研修を行っています。JRAでは、「繁殖牝馬の管理実習」、「分娩見学」、「当歳馬の管理実習および離乳実習」、「育成馬の騎乗馴致見学」等の実習や見学を支援しています。研修生は、馬を生産育成する上で重要な節目に合わせて来場し、JRA生産馬およびホームブレッドを活用して実習体験するとともに、子馬の発育やその時々の飼養管理法について専門的な知識を学びます。

■日高育成牧場サマースクール
 日本の大学は、欧米に比べて産業動物の臨床実習をするための環境や施設が整っていないのが現状です。しかしながら、全国の学生の中には、馬に関する実践的な教育を受講したいと考えている人や、実習などを通じて馬と触れ合ってみたいという学生は大勢います。日高育成牧場ではこのような獣医畜産系の大学生を対象に、10日間程度の研修期間を2クール設けています。繁殖牝馬および当歳馬の引き馬や手入れなどの実践技術の習得をはじめ、さまざまな検査や調査に立ち会うことにより、馬の繁殖学、栄養学、画像診断技術などを学びます。また、馬をさらによく知っていただく目的で、繋養乗馬を活用した体験乗馬も実施しています。

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(写真1)サマースクールでは引き馬も学ぶ

後期育成のステージ
■BTC育成調教技術者研修
 (財)軽種馬育成調教センター(BTC)が実施している育成調教技術者養成研修では、「軽種馬の生産・育成に関する体系的な実用技術および知識の習得を目的」に1年間の研修を行っています。前半の6カ月で基礎的な騎乗技術を身に付けた研修生は、JRA育成馬のブレーキングが始まる9月から、2班ずつにわけて3週間ずつ育成馬の馴致ロットごとに参加します。そこでは、JRA職員が指導する「JRA育成牧場管理指針」に沿った実際の育成馬の馴致を学びます。また、当場に繋養する若い乗馬も実習馬として活用し、ドライビングなどの騎乗馴致技術の基礎を習得しています。
 また、年が明けて1月から4月までは、JRA育成馬に騎乗し、実践的な育成場の騎乗技術を身につけていきます。JRA職員は生徒が騎乗することが出来る躾のできた馬を調教するとともに、生徒とともに騎乗し、就職先の牧場でしっかりと乗ることができるよう、厳しく指導を行ないます。最終的には4月初旬に行われる育成馬展示会においてスピード調教を行い、自身の研修成果のアピールを行います。生徒が騎乗した馬の中からはエイシンオスマン号やモンストール号などの重賞勝利馬も輩出しており、生徒達の自信と励みにもなっています。

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(写真2)ブレーキングを学ぶBTC生徒

■競馬学校騎手課程生徒
 育成調教が進んだ2月には、競馬学校騎手課程2年生が約1週間滞在し研修を行っています。昔のようにトレセンで若馬に乗る機会が減少している生徒にとって、JRA育成馬に騎乗することは馬の調教方法や騎乗を学ぶ貴重な機会となります。彼らは、若馬の柔らかさや反応の速さに驚きながらも、すばやく馬の状態に適応しながら騎乗することができます。
 また、4月中旬にはブリーズアップセールに向けて中山競馬場に滞在する1週間、セールに上場する馬の調教や管理を学ぶための研修を行います。JRAブリーズアップセールでは、各生徒がそれぞれ5鞍騎乗し、多くの馬主や調教師の見守る中、彼らの技術を披露しアピールする良いチャンスともなっています。同時に彼らの騎乗技術が馬の売却状況に影響をおよぼすので、プレッシャーを感じながら騎乗するトレーニングにもなっているようです。

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(写真3)ブリーズアップセールで騎乗する騎手課程生徒

 このように、生産、あるいは購買したJRA育成馬は、競走馬として売却されるまで、様々な人材を養成するために活用されています。JRA育成馬に携わった研修生たちが、生産・育成界そして競馬サークルで活躍されることを期待しています。

(日高育成牧場 業務課長 石丸 睦樹)

2019年4月15日 (月)

運動器疾患に対する装削蹄方針について

No.66 (2012年11月1日号)

はじめに
 蹄は、肢勢や歩様などの異常を変形することで表す受動的な器官であると同時に、その形態の善し悪しが様々な運動器疾患を引き起こす一要因にもなる器官とされています。そこで今回は、競走馬に見られる運動器疾患の中でも、比較的蹄管理との関係が深いとされているいくつかの疾患について紹介したいと思います。

屈腱炎
 多くの名馬たちが引退へと追い込まれた運動器疾患「屈腱炎」は、蹄の形態と強い関連性があると考えられています。特に、異常蹄形である「ロングトゥ・アンダーランヒール(図1)」は、屈腱炎発症肢に多い蹄形との報告があるように 屈腱炎発症の一要因として考えられています。過剰に長い蹄尖壁(ロングトゥ)は、蹄の反回時に生じる屈腱への負荷を増大させます。また前方へ移動した蹄踵(アンダーランヒール)は、蹄尖を浮き上がらせるような力を増大させると考えられます。そこで、前方へ張り出した蹄尖壁を定期的に削り取ることで反回負荷の軽減を図ったり、前方へ伸び過ぎた蹄踵を除去したりします。それでも直しきれない場合は、蹄角度を起こす厚尾蹄鉄(先端から末端にかけて厚みが増す蹄鉄)や、蹄尖が浮き上がる力を抑制するエッグバー蹄鉄(末端部が繋がったタマゴ状の蹄鉄)を装着し、蹄角度の改善や力学的ストレスの緩和を図ります(図2)。ただし、どちらの蹄鉄も蹄踵部にかかる負荷が増大することにより蹄踵壁が潰れてしまうため、長期間の使用は極力避けた方が良いでしょう。

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図1 ロングトゥ・アンダーランヒール

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図2 厚尾状エッグバー蹄鉄

球節炎
 球節部に腫脹、帯熱、屈曲痛などが生じる球節炎と蹄の形態にも関連性があると考えられています。不同蹄(左右の蹄の大きさや角度が異なる蹄)に発症する各運動器疾患について調査したところ、蹄が大きい肢において球節炎が多く発症することが分かりました。蹄が大きいということは蹄の横幅(横径)が長いため、横幅が短い小さな蹄に比べて地面の凹凸をより多く拾うことになります(図3)。球関節はその構造上、可動範囲が前後2方向に限られているため、凹凸を踏んだ際に生じる蹄が傾くような横方向の動きは、球関節へのイレギュラーなストレスになるでしょう。そのことは、球節炎のみならず球節軟腫や繋靭帯の捻挫(過伸展)などを引き起こす要因になってしまうかもしれません。蹄側壁が凹湾し、横幅が長くなっているような蹄は、しっかりと鑢削して適度な横幅を維持しましょう。もし跣蹄において横幅が長い場合は、4ポイントトリム(内外側の蹄尖・蹄踵負面4点のみに負重を促す削蹄技法)を行うことにより横幅の短縮が図れます。

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図3 横幅が長いと凹凸を拾いやすい

内側管骨瘤
 第2中手骨と第3中手骨の間に異常な骨増生が起こる運動器疾患で、成長期にある競走馬や若馬に多く見られます。軽度なものであれば骨増生がある程度納まった時点で跛行は消失しますが、腕関節に近い部位にできる骨瘤は靭帯や腱を傷つける恐れもあります。発症の原因としては、骨格が不成熟な時期に行う強い調教、交突(蹄が対側の肢蹄に衝突すること)や硬い地表による衝撃、蹄の変形による内外バランスの欠如、極端な外向肢勢や広踏肢勢、またオフセットニー(図4)などの異常肢勢が挙げられます。装蹄視点からの対処法としては、蹄鉄と蹄の間に空隙を設けたりパッドを挿入したりすることで、衝撃の緩和を図るといった装蹄療法がありますが、蹄に直接伝わる衝撃は緩和出来ても、関節や骨に加わる負重は変化しませんので、ほとんど効果は期待できません。肢軸の状態を十分に考慮した上で、蹄内外バランスの調整を定期的に行うことのほうが大切と言えるでしょう。

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図4 オフセットニー

おわりに
 ここまで紹介した運動器疾患の発症すべてに共通する要因として「蹄の変形」が挙げられます。蹄の形態は、遺伝、肢勢、飼料、運動、敷料、年齢、気候など様々な影響により日々変化することから、日常の蹄管理を怠った状態で蹄のバランスを保つことは不可能と言えるでしょう。特に、骨や靭帯あるいは腱などが柔軟で、蹄角質の成長が活発な若馬は、わずかな期間で蹄が変形してしまいます。しかし、成馬に比べればバランスの矯正も比較的容易に行え、各部位の骨端板(骨細胞の増殖により骨が伸びる軟骨部)が閉じる前では、ある程度の肢勢矯正も期待できることから、蹄が変形しやすい異常肢勢にならないよう早い時期から対処し、将来的な運動器疾患の予防へと繋げていきましょう。

(日高育成牧場業務課 工藤有馬・大塚尚人)

2019年4月12日 (金)

蹄血管造影について

No.65 (2012年10月15日号)

 今回は、蹄病の詳細な診断や治療方針を決定するうえで有用な診断技術である蹄血管造影法について紹介します。

蹄血管造影とは
 挫跖(ざせき:蹄底におこる打撲のようなもの)や裂蹄(れってい:蹄壁にひびが生じること)、蟻洞(ぎどう:蹄壁に空洞が生じること、本紙7月1日号記事参照)など蹄の病気は競走馬のみならず、繁殖牝馬や育成馬において比較的よく起こりますが、強固な蹄壁に囲まれていることから蹄内部の病状を正確に把握することは困難です。蹄血管造影法とは、蹄内部の血管に造影剤を注入してX線検査を行うことで、蹄内部の血流状態を検査する方法です。近年、蹄血管造影法は臨床の現場で応用されるようになり、得られた結果を参考に獣医師と装蹄師が協力して治療にあたるケースが多く見られるようになりました。

どのような時に使用するか
 蹄血管造影法は、①蹄葉炎における血流障害の状態を調べる、②角壁腫や膿瘍など血管を圧迫する物質の確認、③蟻洞などで蹄壁が欠損した際の血管損傷程度の確認と診断、等に用いられますが、最も一般的なのは①の蹄葉炎の場合です。従来の蹄葉炎のX線検査では、蹄骨の変位(ローテーション)を調べることしかできません。そのため、初期症状の発見や予後の判断が難しいという問題があります。しかし、蹄血管造影法では、蹄骨のローテーションが起こっていない段階での血流障害を発見できる可能性があります。また、蹄骨がローテーションした場合でも、蹄内部の血流状態を知ることで、より正確な予後診断ができるようになります。

造影画像
 図1は蹄内の血管の走行を示したもので、図2は正常な馬の蹄血管造影画像です。大小多数の血管が蹄全体を網目状に分布している様子がわかります。一方、循環障害がある場合は、造影剤を注入しても血管が見えなくなります。また、蹄葉炎の馬では、蹄骨背面の血管(蹄壁真皮層)が造影されないことがあります。この領域での循環障害は葉状層(ようじょうそう:蹄壁の内側にあり、蹄骨の位置を保つのに重要な役割を果たしている)の血流不足を引き起こすため、蹄骨のローテーションの原因になると考えられています。さらに重度の症例になると、蹄壁真皮層だけでなく、蹄冠部や蹄底領域の血流にも障害を認めることがあります(図3)。そのような場合は蹄骨のローテーションが進行し続ける可能性が高く、予後は悪くなります。

1_11 図1 蹄内の血管走行

2_11 図2 正常馬の蹄血管造影画像
多数の血管が蹄全体に網目状に分布している。

3_8 図3 蹄葉炎馬の蹄血管造影画像
蹄壁真皮層だけでなく、蹄冠部や蹄底領域の血流にも障害が認められる。 

最後に
 このように、蹄血管造影法では通常のX線画像ではわからない蹄内部の循環障害部位を特定することができます。その結果、より正確な蹄病の診断が可能となり、また、特定された障害部位に対する積極的な処置や装蹄療法の実施も可能となります。現在、蹄血管造影は主に蹄葉炎のウマに対して行われていますが、蹄が原因と考えられる慢性的な跛行についても、有用な情報が得られる可能性があります。

(日高育成牧場 業務課 中井健司)

2019年4月10日 (水)

マダニ媒介性感染症

No.64 (2012年10月1日号)

 日高地方の放牧地では、シカを始めとするキツネやウサギなどの野生動物が放牧中のサラブレッドと共存!?している姿をよく見かけます(写真1)。実は、これら野生動物の体には、様々な種類のマダニが多数寄生していることをご存知でしょうか?(写真2)。こうした「共存」は、本来、クマ笹や草むらの中に潜んでいるマダニが野生動物とともに放牧地に侵入し、サラブレッドと接触する機会を増やす可能性があります。特にマダニの活動が活発になる春と秋には、ウマの頚や胸に吸血して丸々と太ったマダニを発見することが多くなります(写真3)。

1_9 (写真1)夕暮れとともに放牧地に侵入するエゾシカの群れ

2_10 (写真2)シカの耳に寄生しているマダニ

3_7 (写真3)馬に寄生しているマダニ。
胸から頚部、頭部に寄生していることが多い(左)。当歳馬1頭から採取したダニ(右)。

病原体
 マダニの消化管には「ライム病」の原因となるボレリア(Borrelia burgdorferi)と呼ばれるらせん状の細菌や「アナプラズマ症」の原因となるアナプラズマ属(Anaplasma)のグラム陰性細菌が感染していることが疑われています(写真4)。帯広畜産大学の調査によれば、十勝地方の牛放牧地で採取されたマダニから「エールリヒア症」の原因となるリケッチア属(Ehrlichia)が高確率に検出されています。これらの病原菌は感染野生動物の血液を吸血することによりマダニの腸管内で増殖することが知られています。そのため、マダニを駆除する際にはマダニの腸管液を馬の体内に押し込まないように、注意しなければなりません。そこで、役に立つのがマダニ取り専用のピンセットです(写真5)。このマダニ取り用ピンセットの先はスプーン状になっていて、マダニの頭部だけを挟んで引っ張り抜くことができる優れ物です。これにより、マダニの腹部を押して消化管内容物がウマの体に逆流することも、頭部が皮膚の中に残ってしまうことも予防できます。

4_5 (写真4)ボレリア菌の顕微鏡像 (Microbe libraryより)

5 (写真5)ダニ取り専用のピンセット

症状と治療法
 大抵のウマは、これらの病原菌に感染しても顕著な症状を示すことは少ないようですが、ライム病の流行地域として知られる北アメリカの中部大西洋地域からニューイングランドまでの東部諸州、中西部の五大湖地域およびカリフォルニア州では、罹患すると歩様の変化が見られることが報告されています。さらに一般的な臨床症状としては、項部硬直、慢性的な四肢の中軽度の跛行、筋や神経の疼痛、緩慢な動作などの行動の変化、体重の減少、肌の知覚過敏、ブドウ膜炎、関節の腫脹などが知られています。アナプラズマ症との類症鑑別は、発熱や貧血、血小板の減少、筋肉の削痩、または運動障害といった違いがあります。血清学的診断やPCR診断により検査可能ですが、確定診断は難しく、他の疑われる疾患が否定されて始めて診断されます。治療にはテトラサイクリン系抗生物質を5-7.5mg/kgを1日1回で28日間静脈内投与が推奨されています。

日高管内における感染状況の調査
 日本のウマにおける節足動物が媒介する疾病に関しては、まだあまり調べられていないのが現状です。しかし、日高地方のウマの放牧地ではエゾシカを始めとする多くの野生動物が混在していることから、マダニを代表とする節足動物が野生動物とウマとの間で少なからず病原体を伝播していることが容易に推測されます。JRA日高育成牧場に繋養されていたサラブレッド繁殖牝馬13頭(2~20歳)、子馬9頭(当歳)、育成馬65頭(1歳)から末梢血を採取し、アナプラズマ、ボレリア、リケッチアに対する抗体陽性率を調べた結果、それぞれ3.4%、92.0%、98.9%の陽性率となり、これらの病原菌に高率に感染が起こっていることが確認されました。育成馬は日高管内で生産され1歳の夏に日高育成牧場に入厩してきたウマ達であることから、感染は生産牧場ですでに成立していたものと考えられました。また、高齢の繁殖牝馬ほど抗体価が高い傾向が認められ、病原体への暴露は毎年、繰返し起っている可能性が考えられました。

マダニ刺咬性中毒
 オーストラリアの東沿岸では、マダニの刺咬性中毒によるウマの死亡例が報告されています。マダニは吸着後、神経毒を含む唾液を刺咬部に注入します。この神経毒を含む唾液により麻痺症状を発生させたり、起立不能を呈したりする疾患です。マダニの寄生数が多い程、さらに体重100kg以下の子馬での死亡率が高いと報告されていることから、新生子馬のマダニの寄生には注意を払う必要があるかもしれません。

最後に
 アナプラズマ、ボレリア、リケッチアはヒトへも感染する「人獣共通感染症」という代物です。たかが「ダニ」と侮ってはいけません。予防にはこまめなマダニの除去が推奨されています。日頃の手入れの時にはマダニの寄生にも注意を払ってみてはいかがでしょうか。

(日高育成牧場 生産育成研究室 研究役 佐藤文夫)

2019年4月 8日 (月)

心電図からわかること2

No.63 (2012年9月15日号)

 動物の心臓は、刺激伝導系の働きによって自動的に収縮・弛緩を繰り返し、全身に血液を送り出すポンプとして働いていますが、外部からも実に巧妙な調節も受けていて、そのひとつが自律神経による調節です。

心拍数と自律神経
 心臓は、交感神経と副交感神経という2系統の自律神経により、2重の支配を受けています。この2種類の自律神経は互いに拮抗的に働いていています。大まかにいうと、交感神経は心臓機能に対して促進的に、副交感神経は逆に抑制的に働いています。心拍数に関していえば、交感神経は心拍数を増やす方向に、副交感神経は心拍数を減らす方向に働くというわけです。心拍のリズムは、交感神経と副交感神経の影響を2重に受けながら、およそ一定のリズムで刻まれるわけです。
 心電図で各心拍の間隔を測定したいときには、通常はQRS波の中のR波(下に出ている一番大きな波)の間隔を測定します。この間隔が2秒であれば、1分間あたりの心拍数は30拍/分になるわけです(図1)。

1_8図1:馬の心電図で各心拍の間隔を測定したいときには、通常は QRS波の中のR波(下に出ている一番大きな波)の間隔を測定します。この間隔が2秒であれば、1分間あたりの心拍数は30拍/分になるわけです。上の図では、約2.1秒なので、28.5拍/分くらいになります。

 安静にしているときに自分で脈を取ってみると、心臓は一定の間隔で拍動しているように感じられます。しかし、実際には、心拍間隔は1拍ごとに微妙に変動しています。聴診器で数えた心拍数が30拍/分である場合は、心拍の間隔は2秒になるわけですが、メトロノームみたいにいつも正確に2秒間隔で拍動しているわけではありません。実は、2.01秒、1.97秒、2.02秒といった具合に、わずかではありますが、変動しています。このわずかな心拍間隔の変動を解析することで、自律神経機能を評価する試みが行なわれるようになりました。心拍変動解析というのがそれで、JRA競走馬研究所と東京大学との共同研究により、馬における解析の手法が確立されています。
 この方法では、馬の心電図記録から1拍ごとの時間を読み取り、それを周波数解析します。その結果、高周波数の成分の数値(HFパワー)と低周波の成分の数値(LFパワー)が得られます。このHFパワーが副交感神経活動を示していると考えられています。

トレーニングと自律神経機能
 トレーニングすると、安静時の心拍数が減少していくことはよく知られています。JRA日高育成牧場おいて、2歳の10月まで普通にトレーニングを行なった馬と、同期間を放牧のみでトレーニングしていない馬の心臓機能を比較する調査が行なわれました。すると、トレーニングした馬では安静時心拍数が低下していましたが、トレーニングしていない馬では安静時心拍数はほとんど低下していないことがわかりました。また、副交感神経活動を示すHFパワーという数値は、トレーニングした馬たちでは650程度であったのに対し、トレーニングしていない馬たちでは300を超える程度で、トレーニングしていた馬に比べて明らかに低い値を示しました。
 JRA育成馬を用いた調査でも興味深い研究成績が得られています。1歳の12月から2歳の4月にかけて、V200(心拍数が200拍/分になる走行スピード)が向上した馬たち、つまりトレーニング効果があった馬たちでは、安静時心拍数は明らかに少なくなっていました。一方、V200があまり変わらなかった馬たち、つまりトレーニング効果があまりみられなかった馬たちでは、安静時心拍数はほとんど減っていませんでした。さらに、安静時心拍数が減っていた馬たちでは、副交感神経活動を示すHFパワーが増加していたことがわかりました。
 サラブレッド競走馬の安静時心拍数が少なくなるのは、トレーニングによって副交感神経活動が亢進するからだろうということは古くからいわれていて、いろいろなところで紹介されていました。しかし、具体的にそれを示すような研究成績はみあたらず、詳細は不明のままでしたが、私たちの調査研究により初めて証明されたことになります。

スポーツ心臓
 前回の連載で、テイエムオペラオーの安静時心拍数は3時間にわたる長時間記録中の平均でさえ25拍/分であったことを紹介しましたが、この馬のHFパワーの値は6000近い値でした。この値は、2歳4月時のJRA育成馬の値(577)と比較すると、非常に高い値です(図2)。また、心臓エコー検査によると、安静時の1回拍出量は約1.5リットルで、平均的な2歳馬の値である0.8リットルと比較すると大きな値を示しました。また、左心室壁の厚さも平均的な馬よりはかなり厚かったことがわかっています。これらの心臓エコー検査で得られた各種の測定値から心臓の重さを推定すると、テイエムオペラオーの心臓は約7kgであったと考えられています。当時の体重から考えると、体重の1.5%を超えるような大きな心臓だったと思われます。

2_9 図2:トレーニングと副交感神経活動(HFパワー)の関係。JRA育成馬のHFパワーは、1歳秋から2歳春までの育成調教によって有意に高くなっていたが、テイエムオペラオーの値ははるかに高い値であった。

 普通の動物の心臓重量は体重の約0.6%ですが、サラブレッドは少なくても体重の1%くらいあるのが普通ですので、体重500kgのサラブレッドでは、心臓の重さは最低でも5kgくらいあります。以前、JRA競走馬総合研究所が調べた成績によると、トレーニングしていない馬たちの心臓の平均重量は4.1kgで、体重の約0.94%であったのに対し、トレーニングした馬たちでは平均4.8kgで、体重の約1.1%であったことが報告されています。このことは、他の動物に比較してそもそも大きいサラブレッドの心臓が、トレーニングによってさらに大きくなっていったことを物語っています。このような現象は、一般にはスポーツ心臓などと呼ばれますが、テイエムオペラオーの心臓はスポーツ心臓の典型といえるでしょう。
 有名競走馬の心臓重量の実測値が報告されることは稀で、古くはエクリプスの心臓が6.4kgであったことが成書に記載されています。また、2008年に発刊された馬の運動生理学の教科書(Equine Exercise Physiology: The Science of Exercise in the Athletic Horse)によれば、イージーゴアーの心臓は6.8kgであったといいます。やはり一流馬の心臓は大きいといえそうです。

(日高育成牧場 副場長 平賀 敦)

2019年4月 5日 (金)

心電図からわかること1

No.62 (2012年9月1日号)

 今回と次回は、スポーツカーのエンジンに匹敵するサラブレッドの心臓とその検査に用いられる心電図について紹介します。

心筋の興奮
 心臓を構成する心筋は骨格筋と同様に横紋構造を持っていますが、内臓の平滑筋と同様に自分の意思では動かすことの出来ない不随意筋です。心筋細胞は刺激に反応して興奮し、収縮します。心臓には、興奮刺激を心臓各所に伝える刺激伝導系といわれる仕組みがあります。まず、右心房の洞房結節という部位が一定のリズムで自動的に興奮します。その電気的興奮は周囲の心房筋に伝わり、心房筋全体を興奮させるとともに、心房内の伝導路を伝わって房室結節に伝わります。興奮は次いでヒス束を通過し、右脚・左脚を経由して、心室筋に分布するプルキンエ線維に達します(図1)。つまり、心臓を収縮させる刺激は、洞房結節から房室結節を経て、最終的には心室筋全体にいきわたるわけです。

1_7 図1:右心房に位置する洞房結節と呼ばれる部位が一定のリズムで自動的に興奮する。その電気的興奮は周囲の心房筋に伝わって心房筋全体を興奮させるとともに、心房内を伝わって、房室結節に達する。興奮は次いでヒス束を通過し、右脚・左脚を経由して、心室筋に分布するプルキンエ線維に達する。


 ちなみに、心臓の刺激伝導系についての研究に関しては、日本人研究者の大きな貢献があったことが知られています。1900年代初頭、ドイツのマールブルグ大学で研究を行なった田原淳博士がその人です。今でも房室結節は「田原の結節」の名で呼ばれることがありますし、刺激伝導系という言葉も田原博士が最初に用いた用語でもあります。心臓の収縮メカニズムの解明に大きく貢献した業績であり、まさにノーベル賞に値する研究だったといえるでしょう。

心電図
 心臓は4つの部屋から構成されています。すなわち、左右の心房と左右の心室です。心房が収縮すると、血液は心房と心室の間にある房室弁を通り、心室に入ります。血液が心室に入ると血液が逆流しないように房室弁は閉じます。次いで、左右の心室が収縮すると、大動脈弁と肺動脈弁が開いて血液が心室から送り出されることになります。これらの機能は実にうまく調節されています。
 心筋の興奮は心房にはじまり、心室に伝播します。この心筋におこる興奮の伝播とそれに伴う心臓の収縮と弛緩を電気的にとらえたものが心電図です(図2)。心房がまず興奮・収縮するわけですが、これを心電図上でみるとP波として観察されます。この後に観察される一連のQRS波とT波が心室の活動をあらわしています。
 現在では、市販の心電計を使えば簡単に馬の心電図を記録することができますが、40年くらい前ではなかなか難しいことで、きれいな心電図が記録可能になるまでには大きな苦労があったといいます。

2_8図2:馬の心電図:心房の興奮・収縮は心電図上でみるとP波として観察される。この後に観察される一連のQRS波とT波が心室の活動をあらわしている。

サラブレッドの心拍数
 心拍数というのは、心臓が1分間に何回拍動するかをあらわしています。人間などのように1分間に70拍程度だと聴診器で聞いて数えることができますが、100拍を超えるようだと数えきれないので、心電図を記録して数える必要があります。
 安静時の心拍数は、体重が軽く小さい動物で多くなります。体重3グラム程度のトガリネズミの仲間の安静時心拍数は600~800拍/分にもなります。一方、大きな動物であるゾウは30拍/分程度であるといわれています。動物の体重と心臓重量の間に一定の関係があることが知られていますが、動物の体重と安静時心拍数との間にもある一定の関係があります。それは、「安静時心拍数=241×体重-0.25」というものです。体重のマイナス0.25乗などという数式をイメージすることは難しいですが、簡単にいうと、この式は体の大きな動物ほど安静時の心拍数が少なくなることを意味しています。この式から体重500kgの動物の安静時心拍数を計算すると、約50拍/分になります。ところが、サラブレッド競走馬の安静時心拍数は30~40拍/分程度であることが多く、体重から推定される動物の平均的な数値よりも明らかに少ないことが分かります。サラブレッドとほぼ同体重のウシは、60~90拍/分程度なので、こちらはサラブレッドよりは明らかに多いといえます。
 獣医師が聴診して数えた競走馬の安静時心拍数については、新聞紙上でたまにみかけることがありますが、心電図記録からきちんと数えた競走馬の心拍数のデータはあまり多くありません。テイエムオペラオーは長時間の心電図記録から安静時心拍数を計算できた稀な例で、3時間にわたる長時間記録中の平均心拍数でさえ、25拍/分でした。安静にしていると心拍数は一定になっているだろうと感じられますが、実は結構変動しています。テイエムオペラオーの場合でも、落ち着いて心拍数が下がっているときは、20拍/分前後のこともありました。

馬の房室ブロック
 サラブレッドは運動選手であるため、その能力を発揮するためには、優秀な心肺機能が必要です。そのため、心臓に先天的な奇形や重篤な弁膜疾患などの病気を持っている馬が競走馬としてデビューすることはまずありません。
 競走馬でみられる心臓の病気の一つに不整脈があります。不整脈というのは、簡単にいうと、心拍のリズムが不整になることをいいます。もちろん、命にかかわる重篤な不整脈もありますが、競走馬に観察される不整脈には命にかかわるようなものはそれほど多くありません。頻繁に観察される不整脈として、房室ブロックといわれる不整脈があります。
 冒頭でも説明したとおり、心筋の興奮は心房から始まり、その興奮刺激が心室に伝わり、1サイクルの心臓の収縮が完了します。房室ブロックでは、心房から心室への興奮の伝導がブロックされます。そのため、心電図でみると、心房の興奮をあらわすP波は認められますが、それに連なる心室の興奮・収縮を示すQRS波とT波が出現しません(図3)。聴診すると、心臓が1回休んだように聞こえ、結滞脈という言い方がされる場合もあります。房室ブロックは、安静時に認められても、運動を始めるとすぐに消失します。トレーニングを積んだ競走馬によく観察されることから、トレーニングに関連する副交感神経機能活動の変化にも関係があるのではないかと考えられています。少なくとも、心筋細胞や刺激伝導系細胞そのものに障害はなく、機能的な変化によって起こるのではないかと考えられています。

3_6図3:房室ブロックの心電図:P波のみが観察され、それに引き続くQRS波とT波が出現していないのがわかる。


(日高育成牧場 副場長  平賀 敦)

2019年4月 3日 (水)

育成馬における飛節の検査所見と競走期パフォーマンス

No.61 (2012年8月15日号)

 馬の成長期には様々な問題が発生することがあります。その中でも運動器に発生するものをDOD(Developmental Orthopedic Disease:発育期整形外科的疾患)と呼ばれており、流通を妨げる可能性があるとともに、競走馬としての将来を懸念させる要因になっています。その中でも今回は飛節に発生するものについて紹介したいと思います。

飛節に発生する異常所見
 最も一般的に見られるのはOCDと呼ばれるもので、「離断性骨軟骨症」ともいいます。生産者の方なら獣医師などから聞いたことがあるかもしれません。骨の先端の近くには、成長板(骨端線)というところに沿って存在する軟骨の層があり、骨が成長する際には、その軟骨が骨に置き換わっていきます。これが正常に発達せず軟骨として骨の外に残ってしまう状態のことをOCDといいます。OCD以外にも様々な所見が見られ、いずれもセリ前のレポジトリー検査などで発見されることが多いようです。これらは生産者の方の頭を悩ませるひとつになっているばかりではなく、購買者にとっても競走馬としての将来をどう判断したらよいのか悩むところではないでしょうか。

発生部位
 飛節の異常所見はレントゲン検査によって見つけることができます。発生部位に関する報告(Kaneら.2003)によると、最も多くの発生が認められるのは脛骨中間稜のOCDで検査対象馬の4.4%に認め、距骨内側滑車のOCDが4.2%、距骨内側滑車遠位のOCDが1.7%、距骨外側滑車のOCDが1.4%、足根骨の虚脱が1.2%、脛骨内顆のOCDが0.5%と続きます(写真1,2)。

1_6 図1 飛節を構成する骨(骨標本の正面より)

2_7 図2 右脛骨中間稜のOCD

臨床症状
 レントゲンで飛節に異常所見を認めた馬によく認められる臨床症状は、飛節の腫脹(いわゆる飛節軟腫、写真3)で、腫脹の程度により歩様の違和が認められることがあります。発生部位によって違いはありますが、跛行を呈することはまれなようです。

3_5 図3 飛節軟腫の外貌

OCDが見つかったら?
 特に臨床症状がないなら、ほとんどの場合無処置でも問題ないと考えられています。飛節軟腫などの症状が現れた場合は関節鏡を用いた摘出手術を行う場合もありますし、内科療法で改善することもあります。Beardら.1994の報告では、摘出手術を行っても出走率には影響ないとされていますが、症状の程度や発見された時期、セリに出す馬か否かなどさまざまな要因があるため、どちらを選択するかは判断が難しいところかもしれません。

競走パフォーマンスとの関係
 飛節に異常所見を認めた馬(所見保有馬)の競走馬としての成績はどうなのかは気になるところです。Kaneら.2003の報告では、飛節に異常所見を認めた馬(所見保有馬)の出走率、入着率、獲得賞金は、異常所見がない馬と比べて差がなかったとされています。
 JRAでは、レポジトリーに関する知識を販売者・購買者・主催者の3者が共有し、市場における取引を活性化するために、ホームブレッドやJRA育成馬を活用して、これまで1歳馬の四肢X線所見、上気道内視鏡所見と競走パフォーマンスの関連を調査してきました。その一環として、飛節の所見保有馬についても調査を行っております。現在のところ5世代のデータを蓄積している段階で、412頭中、所見保有馬が36頭いました。36頭のうち、OCD摘出手術を受けていたものや、飛節軟腫の症状を示したものはいましたが、跛行を示したものはなく、調教に支障をきたすことはありませんでした。トレーニングセンター入厩後の追跡調査においても、問題になっている馬はいませんでした。5世代の内、4世代について、3歳5月までの獲得賞金を調査したところ、所見保有馬と所見を認めなかった馬とでは差は見られませんでした。
 この研究に関しては、まだ調査を継続しているところです。新しい知見が得られましたら、また皆さんにお知らせしたいと思います。

(日高育成牧場 業務課 中井健司)

2019年4月 1日 (月)

コンフォメーションとパフォーマンス

No.60 (2012年8月1日号)

 「コンフォメーション(conformation)」とは、馬の外貌から判別することができる骨格構造、身体パーツの長さ、大きさ、形状やバランスのことをいい、「相馬」とほぼ同義語といえます。コンフォメーションがよい、すなわち力学的に無駄がない骨格構造をしている馬は、理論上、速く走ることが可能です。コンフォメーションの良い馬は、人が騎乗した場合も無理な緊張がかからず、馬自身がバランスを保ちやすいことから、コンフォメーションが悪い馬よりも乗りやすいといわれています。また、コンフォメーションが良い馬は、運動器疾患の発症も少ないと考えられます。したがって、せり市場では誰もがコンフォメーションの良い馬を理想として求めています。一方、コンフォメーションに欠点のない馬が競走成績も素晴らしいか?というと必ずしもそうとはいえません。サラブレッドは、血統、気性、敏捷性など、コンフォメーションのみでは判断しにくい要素も競馬での能力発揮に大きく関わっています。極端な言い方をすると、肢がまっすぐで凡庸な馬がいいのか、欠点があっても走る馬がいいのかというと、後者が正しいといわざるを得ないのが、結果がすべてである競走馬です。
 しかし、馬を評価するためにはコンフォメーションの知識は必要です。また、コンフォメーションの異常は、特定の疾病の発症しやすさと関連もあるといわれていますが、その詳細については明らかではありません。今回はJRAがこれまで1歳市場購買検査時に実施してきた四肢のコンフォメーション調査の成績(現在も継続して調査中)を中心に基礎知識を紹介いたします。

コンフォメーション調査
 2009~10年に開催されたサラブレッド1歳市場(セレクトセール、セレクションセール、サマーセール)の上場馬のうち、1,984頭を対象として18項目にわたるコンフォメーションについて、グレードの高さ(グレードが高いほうが正常から逸脱している)を調査しました。調査項目を表1に示します。なお、軽度のグレードについては、多くが競走馬として問題ないことがわかっているため抽出せず、グレードの高いもののみを抽出しました。なお、グレードの高い項目が複数認められた馬については、よりグレードの高い項目を採用しました。1項目以上のグレードが高い馬については、市場取引成績、2歳時の競走パフォーマンス(成績および運動器疾患の発生状況)との関連を調べました。
 調査の結果を表2に示します。検査頭数の7.5%にあたる149頭(抽出馬)が、コンフォメーショングレードが高い馬として抽出されました。なかでも、オフセットニー(図1、43頭 2.17%)および凹膝(図2、29頭 1.46% )などの前肢に関する異常が多く観察されました。

1_5 図1 オフセットニー

2_6 図2 凹膝        

イギリスとアイルランドにおける1歳市場の上場馬を対象とした調査においては、外向、内向および起繋が高い発生率(30.1%,19.4 %および18.7%)を示し、アメリカの調査では、前肢の腕節および球節に限定すると、オフセットニー(66~68%)や腕節の外向(46~56%)の発生率が高いことが報告されています。今回の調査と比較して、他国の報告は高い値を示していますが、これは、我々が実施した調査においては、コンフォメーショングレードが高い馬のみを抽出する手法を採用していることが要因です。たとえば、クラブフットの発症率は当歳馬の実態調査で報告されている16%と比較すると、1歳馬を対象とした本調査での0.2%は著しく低い値になっていますが、調査方法の相違に加え、発症後の装蹄療法の効果が背景にあるものと考えられます。

調査結果
 抽出馬と対照馬について、セリ市場における売却率および平均売却価格を比較検討したところ、抽出馬の売却率(43.6%)および平均売却価格(8,939,538円)は、対照群の売却率(54.3%)および平均売却価格(10,467,220円)に比べて統計的に有意に低いことがわかりました。つまり、市場において、コンフォメーショングレードの高さは売却率や売却価格に影響を及ぼしているものといえます。
 競走年齢に達した検査対象馬937頭(抽出馬149頭、対照馬788頭)のうち、604頭(抽出馬51頭、対照馬553頭)が競走馬として中央競馬に登録され、466頭が中央競馬の競走に出走しました。中央競馬に競走馬登録された604頭について、2歳時の競走成績(出走率、初出走までの日数、勝ち上がり率、入着率、平均勝利回数、平均出走回数、平均獲得賞金)を調査したところ、抽出馬と対照馬との間に統計的な差は認められませんでした。なお、3歳以降についての成績については現在調査中です。
 中央競馬への登録率を比較した場合、対照馬(553/788、70.2%)に対し、抽出馬は(51/149、34.2%)は低値を示しました。この要因として、購買関係者による低評価、もしくは中央競馬への出走が困難となる疾患の発症などが考えられますが、本調査においては、その原因を特定することができていません。
 中央競馬に在籍した604頭の馬について、運動器疾患の発症歴を調査したところ、抽出馬においては、35.3%にあたる18頭に、対照馬においては、29.8%にあたる165頭に、骨折、骨膜炎および屈腱炎等の運動器疾患の発症が確認されました。しかし、今回の調査においては、各項目と発症した運動器疾患との間に統計的な差は認められませんでした。
 今後も継続して調査しデータ数を増やすとともに、コンフォメーション異常と疾病発症の関連について調査をしていく予定です。その関連を明らかにすることによって、疾病発症のリスクを軽減した飼養・調教管理技術の向上に寄与できるのではと期待しています。

表 1 おもなコンフォメーション

表2 各コンフォメーションと2歳時の競走パフォーマンス table12.xlsxをダウンロード

(日高育成牧場 業務課長 石丸 睦樹)

2019年3月29日 (金)

当歳馬の種子骨骨折について

No.59 (2012年7月15日号)

 出産から種付けにいたる繁殖に関わる仕事もひと段落したかと思えば、乾草収穫や1歳馬のせりが始まり、あわただしいイベントが続く時期となりました。今回は、日高育成牧場の生産馬(以下ホームブレッド)を使って調査している「当歳馬の近位種子骨骨折の発症に関する調査」の概要について紹介いたします。

当歳馬の近位種子骨発症状況
 日高育成牧場では、生産馬を活用して、発育に伴う各所見の変化が競走期でのパフォーマンスに及ぼす影響等について調査しています。そのなかで、クラブフット等のDOD(発育期整形外科的疾患)の原因を調査するため、X線による肢軸の定期検査を行っていたところ(写真1)、生後4週齢前後の子馬に、しばしば臨床症状を伴わずに前肢の近位種子骨の骨折が発症していることを発見しました。そこで、子馬におけるこのような近位種子骨々折の発症状況について明らかにするため、飼養環境の異なる複数の生産牧場における本疾患の発症率およびその治癒経過について調査しました。また、ホームブレッドについては、発症時期を特定するため、X線検査の結果を詳細に分析しました。
 まず、日高育成牧場および日高管内の4件の生産牧場の当歳馬42頭を対象として、両前肢の近位種子骨のX線検査を実施し、骨折の発症率、発症部位および発症時期について解析しました。骨折を発症していた馬については、治癒を確認するまで追跡調査を実施しました。次に、ホームブレッド8頭については、両前肢のX線肢軸検査を生後1日目から4週齢までは毎週、その後は隔週実施し、近位種子骨々折の発症時期について検討しました。

1_4 写真1 当歳馬のレントゲン撮影風景

種子骨骨折の発症率と特徴
 調査の結果、近位種子骨々折の発症は35.7%の当歳馬(15/42)に認められました。全てApical型と呼ばれる尖端部の骨折でした(写真2)。骨折の発症部位については、左右差は認められませんでした。また、近位種子骨は内側と外側に2つありますが、外側の種子骨に発症が多い傾向がありました。しかし、統計学的な有意差は認められませんでした。
/ 世界的に見ても、当歳馬の近位種子骨々折に関する過去の報告は非常に少なく、5週齢までの子馬に臨床症状を伴わない近位種子骨々折が高率に発症していることが今回の調査で初めて明らかとなりました。また、今回の調査では、全てApical型と呼ばれる尖端部の骨折でした。成馬においてもApical型の骨折が最も多く、繋靱帯脚から過剰な負荷を受けることによって骨の上部に障害が生じることが原因とされています。我々は別の調査で、生後5ヶ月までの子馬の腱および靱帯は成馬とは異なるバランスであることを見出しました。現在のところ、この子馬特有の腱および靱帯のバランスが種子骨尖端部のみに力がかかりやすい状態なのではないかと考えています。

2_5 写真2 5週齢の子馬に認められた近位種子骨骨折(左:正面から、右:横から、丸印が骨折部位)

発症と放牧地との関連
 牧場別の発症率は、0%(0/6)から71.4%(5/7)と大きく異なっていました(表1)。興味深いことに、放牧地が「傾斜地」の牧場では発症がありませんでした。また、発症時期については、発症馬の約8割は5週齢までに骨折が確認されました。ホームブレッドの骨折発症馬3頭についてX線検査の結果の詳細な解析を行ったところ、骨折は3~4週齢で発症していました。
 牧場ごとに発症率が大きく異なっており、特に放牧地が「傾斜地」の牧場では発症がなかったこと、また、ホームブレッド3頭の骨折発症時期は、広い放牧地への放牧を開始した時期と重なっており、この時期、母馬に追随して走り回っている様子が観察されたことから、子馬の近位種子骨々折の発症には、子馬の走り回る行動が要因となっていると考えられました。今後は、特に3ヶ月齢未満の新生子馬の放牧管理をどのようにするのがベストかを検討していきたいと思います。

3_4表1 牧場別の発症率

予後
 ほとんどの症例は骨折の発症を確認してから4週間後の追跡調査で骨折線の消失を確認できました。しかし、運動制限を実施していない場合は治癒が遅れる傾向があり、種子骨辺縁の粗造感が残存する例や、別の部位で骨折を発症する例も認められました。
 今回の調査では、全ての症例で骨折の癒合が確認でき予後は良かったと言えますが、疼痛による負重の変化も考えられるため、今後は、クラブフットなど他のDODとの関連について検討したいと思います。

まとめと今後の展開
 5週齢までの幼駒に臨床症状を伴わない尖端型の近位種子骨々折が高率に発症していることが今回初めて明らかになりました。広い放牧地で母馬に追随して走ることが発症要因のひとつとして考えられました。今後は、今回の調査で認められた骨折がなぜこのように高率に発症しているのか、成馬の病態と異なっているのかどうか、などを調べるため、さらに詳細な検査を実施するとともに、今回調査しなかった後肢についてもデータを集めていく予定です。

(日高育成牧場業務課 診療防疫係長 遠藤祥郎)

2019年3月27日 (水)

蹄疾患「蹄壁剥離症」について

No.58 (2012年7月1日号)

蹄壁剥離症とは
 蹄壁内部に空洞が生じる蹄疾患を、生産地においては「砂のぼり」と呼び、トレセンなどでは「蟻洞」(ぎどう)と呼びます。どちらも同じ蹄疾患に思われがちですが、空洞が発生する部位に違いがあります。前者の砂のぼりは、蹄壁中層と呼ばれる、蹄の外側に位置した角質のみに発生する空洞で、蹄壁は脆弱化するものの跛行には至りません。一方、後者の蟻洞は、蹄壁中層と葉状層または蹄壁中層と白線の結合が分離する疾患です。空洞が蹄壁中層と白線の分離程度で止まっている場合は跛行しませんが、葉状層まで空洞が達すると跛行を呈することがあります(図1、2)。この2種類の蹄疾患を、実際の定義に則って区別することは困難と言えるでしょう。そこで近年は、この両疾患をまとめて「蹄壁剥離症」と呼ぶようになってきました。

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蟻洞の分類
 跛行の原因にもなる蹄壁剥離症のひとつである蟻洞は、その治療に長い時間を要することから、重要な蹄疾患と位置づけて、様々な調査・研究が行われてきました。そして最近では、蟻洞の病態から3タイプに分類できることが分かっています。

① 単純型蟻洞
 比較的長い亀裂のような空洞が、蹄壁中層と白線ならび葉状層の間に生じる蟻洞です。蹄負面を見ると、蹄壁中層と白線の結合部に亀裂を観察することができますが、蹄鉄を装着していると発見が遅れてしまう蟻洞です。

② 白線裂型蟻洞
 白線裂と蟻洞、混同しやすい疾患ですが、厳密な定義は異なります。白線裂とは、蹄壁中層と蹄底の間が分離した疾患であるため、葉状層に達しない白線のみの欠損は、蟻洞ではありません。つまり白線裂型蟻洞とは、白線裂を中心とした空洞が、蹄壁中層と葉状層の間にまで拡大したものを指します。跣蹄(せんてい:蹄鉄を装着していないハダシの蹄)馬などに多く見られるタイプの蟻洞です。

③ 蹄葉炎型蟻洞
 名前の通り、慢性蹄葉炎などに続発する蟻洞です。蹄骨と葉状層の隙間を埋めるように発生する「ラメラーウェッジ(贅生角質:ぜいせいかくしつ)」と蹄壁中層の間に空洞が生じます。ラメラーウェッジは、蹄負面の肥厚した白線のように確認できますが、慢性蹄葉炎特有の凹湾した蹄尖壁を鑢削することにより、その存在を確認することもできます。また、最近の調査により、蟻洞の発生には角質分解細菌が関与していることが解っていますが、蹄葉炎型蟻洞には特定の真菌が強く関与していることも、この蟻洞の特徴です。

予防と治療
 蹄負面から進行する蟻洞は、蹄鉄の装着により初期病変の発見が難しく、気付いた時には重症化している例も少なくありません。したがって、蟻洞を発症しないように予防することが大切です。競走馬における蟻洞の発生部位を調べてみると、70%以上が蹄尖部に発生することが解っています。蹄が反回する時、蹄尖部には蹄壁を引き剥がすような力が加わるため、少しでも反回負荷を軽減するような装蹄、例えば一文字鉄頭蹄鉄(蹄鉄先端部を直線状に成形した蹄鉄)やセットバック装蹄法(蹄鉄を後方に下げて装着する装蹄)の適用、上湾(蹄鉄先端を反回方向へ反り上げるもの)の設置などが発症の予防に有効です。また、蹄負面の加熱焼烙処置が白線部の病変に有効との報告もあるため、冷装法時には、蹄負面を簡易ガスバーナーなどで加熱すると良いでしょう。跣蹄馬では、削蹄時に白線の状態を確認し、深度が深い白線裂がある場合には、装鉄することで病変の進行を抑制します。ただし、蹄鉄が蹄より前方へ飛び出るような装蹄を行うと、状態が悪化することもあるので注意が必要です。
 もしも蟻洞を発症してしまったら、分離した角質を除去して病変部を外気に露出させることが重要です(図3)。蹄葉炎型蟻洞に対しては、病変部に抗真菌薬を塗布することで進行を抑えます。それ以外のタイプ、すなわち角質分解細菌が関わる蟻洞には、パコマなどの消毒薬が有効となりますが、知覚部まで達するような症例に高濃度の消毒薬を使用する場合、強い刺激により痛みを伴う可能性があるため、獣医師や装蹄師による判断が必要です。

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蟻洞の発症は予測できる?
 先にも記したように、蟻洞の発生は蹄尖部に集中していますが、特に蹄尖中央部にある「縫際点」と呼ばれる部位に、深度が深い蟻洞が発生します。この縫際点の形成に関係があると考えられているのが、蹄骨先端の窪み「床縁切痕」です(図4)。この床縁切痕の大きさと縫際点における白線裂型蟻洞の関連性について、当場の育成馬を対象に調査したところ、床縁切痕が深くえぐれている蹄は、蟻洞になりやすいことが解りました。つまり、レントゲン撮影により床縁切痕の大きさを確認することが、発症のリスクを予測するのに有効と言えるでしょう。

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終わりに
 蹄負面にある白線や縫際点の状態を、普段の管理の中で正確に確認することは難しく、ましてや蹄鉄を装着した蹄に至っては、ほぼ不可能と言っても過言ではありません。よって、蟻洞の予防対策は装蹄師任せになりがちですが、清潔な馬房環境を維持することや、こまめなウラホリ・洗蹄により日頃から蹄を清潔に保つことも、発症を予防するために必要と言えるでしょう。

(日高育成牧場業務課 大塚尚人)