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2021年7月

2021年7月29日 (木)

筋タンパク質の合成促進のための運動後のタンパク質摂取   ~ヒトの研究からの知見~

はじめに

 「若い頃に比べて筋肉痛になるのが遅れてくる」と感じておられる方は、いらっしゃいませんか。強い強度の運動負荷により筋線維は傷つきますが、運動後に傷ついた筋線維は修復されます。筋肉痛には、筋線維が傷ついたときに感じるものと、傷ついた筋線維が修復される際に生じるものがあるそうです。実は高齢になると筋肉痛が遅れてくるという感覚は、若い頃ほど筋線維に大きなダメージを与える運動負荷ができていないため、初段の筋線維が傷つく際の痛みはなく、筋線維修復の際の痛みのみを感じるので、「筋肉痛が遅れている」と感じているそうです。

 筋線維はタンパク質からつくられていますが、運動と休養を繰り返すことで、筋タンパク質は分解と合成を繰り返すことになります。筋タンパク質の分解が合成を少しずつ上回っていくことで筋肉が肥大することになり、これを「超回復」といいます。アスリートがウエイトトレーニングを練習に取り入れるのは、より強く大きい筋肉を「超回復」により獲得するためです。

運動後のタンパク質摂取は筋タンパク質の合成を促進

 成長ホルモンなどのホルモンが筋細胞に作用することで、筋タンパク質が合成されますが、運動直後は運動の物理刺激によって、ホルモンに対する筋細胞の感度が上昇し、筋タンパク質がより合成されやすい状態になります。筋細胞のホルモンに対する感度を感受性といいますが、この感受性は運動終了から120分後まで持続するとされ、この時間帯は「ゴールデンタイム」と呼ばれます。タンパク質(アミノ酸)は筋タンパク質の材料であるのと同時に、BCAAとして知られているバリン、ロイシン、イソロイシンは、筋タンパク質の合成を促進する作用があり、「ゴールデンタイム」にタンパク質やBCAAを摂取することにより、筋タンパク質の合成がより促進されることが知られています。

 馬事通信168号の「運動後の栄養摂取のタイミング」において、馬においても運動後の「ゴールデンタイム」にタンパク質を摂取することで、筋タンパク質の合成速度が高まることを解説しましたが、近年、この情報はかなり普及しており、競走馬や育成馬のみならず乗馬にも、運動後のタンパク質給与が実践されているようです。ヒトの分野では、筋タンパク質合成をより促進するタンパク質の種類について研究されており、今回はその情報について紹介します。

大豆タンパクと乳タンパクの比較

 ヒトの試験において、レジスタンス運動(筋肉に抵抗負荷を繰り返しかける運動)後に大豆由来のタンパク質(大豆タンパク)と乳由来のタンパク質(乳タンパク)を摂取したときの、筋タンパク質の合成速度が比較されました(図1)。大豆タンパクと乳タンパクは、どちらも必須アミノ酸(必要量が体内で合成できないため必ず食事から摂取する必要のあるアミノ酸)と同じく必須アミノ酸のグループに属するBCAAが多く含まれており、この試験では両タンパクに含まれるアミノ酸に差はありませんでした。しかし、大豆タンパクに比べて乳タンパクを摂取したとき、筋タンパク質の合成速度は大きくなりました。この結果の理由は明確にはされていませんが、研究者らは、レジスタンス運動後に大豆タンパクおよび乳タンパク摂取は筋タンパク合成を促進にはどちらも効果があるが、その効果は乳タンパクのほうがより高いことは確かであると述べています。

乳中のタンパク質であるホエーとカゼインの比較

 乳中のタンパク質は、ホエー(乳清)とカゼインいう2種類に分けることができます。私たちの日常でホエーとカゼインを個別に目にすることはほとんどありませんが、乳からチーズがつくられる工程において、チーズの原料となる沈殿物に含まれるタンパク質がカゼインであり、沈殿物以外の上澄み液の部分に含まれるのがホエーです。身近なところでは、ヨーグルトに上澄み液が溜まることがありますが、この部分に含まれるのがホエーです。ヒトの試験において、運動後にホエーとカゼインを摂取したときの筋タンパク質の合成速度が比較されています(図2)。ホエーは摂取後の早いタイミングで筋タンパク質合成が増加した一方で、カゼインを摂取したときは、それより遅れて筋タンパク質の合成が増加しました。しかし、より長時間でみると、ホエーとカゼイン摂取による筋タンパク質合成の促進効果は同じでした。ホエー摂取後の血中必須アミノ酸濃度は、急激に上昇し、その後に急降下しましたが、カゼインの摂取後は緩やかに上昇し、他のグループに比べて高値を長時間維持しました(図3)。そのため、ホエーとカゼイン摂取で筋タンパク質の合成速度が増加するタイミングが異なったと考えられています。この試験において、カゼインとホエー摂取による筋タンパク質合成速度は、長時間みると変わりませんでしたが、私は「ゴールデンタイム」に血中アミノ酸濃度が高くなるホエーのほうがベターではないのかと考えています。

運動前のタンパク質摂取について

 馬の講習会等で運動後のタンパク質摂取の効果の話のときに、「運動前にタンパク質を摂取した方が効果的なのでは?」ということがよく質問されます。ヒトの方では、消化吸収の時間を考えて運動前にタンパク質を摂取することを推奨しているコーチもいらっしゃると聞いたことがあります。ヒトの方でも運動の前か後かで物議はあるようですが、現在のところ運動後のほうが筋タンパク質の合成速度の促進効果は高いという意見が優勢なようです(図4)。その理由についての考察も様々であり、運動前にタンパク質を摂取した場合、運動中の血中アミノ酸が潤沢になることで、アミノ酸がエネルギーの原料として積極的に利用されるため、運動後の筋タンパク質合成のために動員されるアミノ酸が希薄になるとの意見もあります。また、運動前後のどちらが筋タンパク質合成に有利かという議論の他に、一般的に運動前の食事にデメリットがあると考えられています。喫食すると生理的には血液を消化器官に集めようと働く一方で、運動時は血液を運動筋に積極的に送り込もうとするため、運動前の食事時間によっては、体に矛盾した血液循環を促すことになってしまいます。したがって、現時点では、筋タンパク質の合成を促進するためのタンパク質給与のタイミングとしては、運動後を推奨したいと考えています。

今回の内容をまとめますと

① 運動後に、大豆由来のタンパク質より乳由来のものが筋タンパク質の合成にはより効果がある

② 試験では乳タンパク質であるカゼインとホエーを運動後に摂取したとき、筋タンパク質合成の効果は同等であったが、理論的には取り込みが早いホエーのほうがより効果的と考える

③ 筋タンパク質の合成促進のためのタンパク質の摂取タイミングとしては、現時点では運動前より運動後が推奨できる

 これらの内容はいずれもヒトのアスリートに関する話題ですが、馬においても同様の効果が得られる可能性はあります。今後、馬においてこれらの課題について、我々もしくは海外を含めた他の研究者が検証し結果が得られた際には、皆様にいち早くお伝えしたいと思います。

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日高育成牧場 上席調査役 松井 朗

さく癖について

 馬には好ましくない習慣、いわゆる「悪癖」があります。さく癖、ゆう癖、旋回癖および身食いといった「悪癖」は、一般的に馬の精神状態の悪さを反映している、あるいは馬の健康に悪影響を及ぼすとされて嫌われています。馬が売買されるセリの多くにおいても、これら「悪癖」の有無を開示することが求められており、落札後に開示事項にない「悪癖」が判明した場合には契約解除となる場合もあるなど、重要なものとして捉えられています。しかし、果たしてこれらの悪癖は本当に馬に悪影響を及ぼすものなのでしょうか。本稿では「悪癖」の中で最もポピュラーな「さく癖」について、最新の知見をまとめた海外の記事をベースとして簡単にご紹介することとします。

「さく癖」とは何か?馬はなぜ「さく癖」をするのか?

 「さく癖」とは、馬が壁の出っ張りや柵の縁などに上顎の前歯を引っかけて、「ぐう」という特徴的な音を出しながら空気を飲み込む動作のことを言います(写真1)。馬がさく癖をする原因については諸説ありますが、何らかのストレスが関係しているという説が一般的に言われています。この説では、馬房などの狭い空間に閉じ込められる、あるいは孤立しているような状況に対して馬がストレスを感じ、そのストレスを解消するためにさく癖行動を選択するのだと考えられています。この「ストレス関与説」を検証するため、ストレスの指標とされる血液中のコルチゾール値を測定した研究がされました。この研究によると、さく癖を有する馬はさく癖の前後で血液中のコルチゾール値が低下し、しかもさく癖後に下がったコルチゾール値はさく癖のない馬よりも低くなるらしいのです。しかし、同様にコルチゾールを指標とした実験を行った他の研究チームは、さく癖の有無による差はないと報告していることから、この「ストレス関与説」についてはいまだ議論の余地がありそうです。

  

なぜ「さく癖」は「悪癖」なのか?

 さく癖のデメリットには、疝痛の発症リスク増加、切歯の異常な磨耗(写真2)、胃潰瘍、および体重減少などがあげられます。さく癖を有する馬はない馬に比較して、再発性の疝痛を発症するリスクが12倍も高いとの報告もあります。

 しかしその一方で、さく癖による疝痛発症の仕組みについてはよく分かっていません。恐らく多くの方は、さく癖によって飲み込んだ空気が腸に溜まることで疝痛を発症するというイメージをお持ちかと思いますが、海外の研究によるとさく癖で飲み込んだ空気の大部分は食道の上部で留まり、胃まで到達するのはごく一部であることが分かっています。他にも、そもそも慢性的で軽い疝痛を発症している馬がさく癖行動を見せると考えている専門家もおり、さく癖から疝痛を発症するメカニズムについては明らかにされていないのが現状です。

馬の「さく癖」は止めさせるべきか?

 さく癖予防としては、頸に巻き付ける防止バンドの装着や切歯を引っ掛けそうな場所に予め馬が嫌う薬品を塗っておくなどの方法が一般的に用いられます。しかし、そもそもさく癖行動を妨害するべきかどうかについては、意見が分かれるようです。前段で申し上げた通り、馬はさく癖によってストレスを軽減している可能性があるため、これを妨害することがさらなるストレスの付与に繋がってしまうかもしれません。ある海外の調査では、さく癖を有する馬のさく癖行動に対する欲求は非常に強く、実に一日の15%もの時間をさく癖行動に費やしているというデータが示されています。したがって、さく癖を妨害することがストレスをより増強させ、そのストレスから疝痛を発症してしまう可能性もあり得ないことではないでしょう。我々が考えなくてはいけないことは、物理的にさく癖行動ができないように制限することより、まずはさく癖を行わないで済むような飼養環境の整備やストレスを排除してやることなのかもしれません。

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図1 さく癖を有する馬。柵の縁を噛みながら空気を吸い込みます。

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図2 長年さく癖が治らなかった馬の切歯は異常に磨耗してしまいます。

日高育成牧場 業務課 竹部直矢

2021年7月28日 (水)

卵管閉塞に対する新しい治療法

【卵管閉塞】 卵管閉塞という疾患をご存じでしょうか?卵管(子宮と卵巣を繋ぐ細い管)に卵胞由来のコラーゲンが蓄積、卵管腔が閉塞することで、精子が受精場所まで辿り着けなかったり、受精卵が子宮に降りなかったりするため不妊となります。卵管閉塞が不受胎の原因であることは古くから知られていましたが、馬は他動物種と比べて卵管子宮結合部(卵管乳頭)の平滑筋が発達していることから極めて狭く、子宮側から卵管にアプローチできないため、今日でも明確な診断方法が確立されていません。そのため、研究論文では「卵管閉塞の馬」ではなく「○年間原因不明の不受胎が続く馬」と表現されています。治療法として、これまで全身麻酔下で開腹して卵管内腔を生理食塩水でフラッシュする方法(Zent,1993)や立位鎮静下で腹腔鏡を用いて卵管の外側に平滑筋運動を促すPGE2ゲルを塗布する方法(Allen,2006)が報告されてきましたが、いずれも手術を要することから我が国では定着しませんでした。

【新しい治療法】 そのような状況の中、2013年に井上獣医師(イノウエホースクリニック)が卵管通水法を発表しました。これは不可能と思われていた子宮側から卵管にアプローチする方法で、子宮内視鏡を用いて卵管乳頭に特殊なカテーテルを接着させて卵管腔に生理食塩水を通します。この手法は手術を要さないことから世界的に大きな注目を集めました。さらに2018年にはブラジルのグループがユニークな治療法を発表しました(Alvarenga,2018)。これは深部人工授精の技術を応用し、PGE1溶液3mlを子宮角深部に入れる(卵管乳頭にかける)というもので、22頭の原因不明不受胎馬のうち15頭が受胎したと報告されています(図1,2)。我が国でもすでにHBAの獣医師らが取り組んでおり、原因不明の不受胎馬6頭のうち5頭が受胎したというとても良い成績を報告しています(水口,2020)。この手技は、手術はおろか内視鏡も不要であるため、臨床現場での応用性が大きく高まったと言えます。一方、本手法では卵管の通過性を確認できません。井上獣医師の方法は卵管乳頭を視認し、ポンプを推す手の感触で卵管の通過性を確認できますので、各検査法に一長一短があると言えます。

【治療対象馬】 手軽で新しい治療法が発表されたとは言え、不受胎牝馬に対して気軽に実施することは推奨されません。なぜなら、卵管閉塞は不受胎原因としては決してメジャーではないからです。仮に子宮内膜炎の馬に本治療を行った場合、効果がないばかりか、本手法の治療効果を低く見積もることになりますし、何より本当の不妊原因の診断・治療を遅らせてしまいます。まずは頸管や陰部の解剖学的異常、子宮内膜炎をはじめとする子宮疾患、排卵障害をはじめとする卵巣疾患など一般的な不妊原因を確認することが先決であり、基本的にはこれらの異常が否定された「原因不明の不受胎馬」が治療対象となります。

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図1 卵管乳頭への投与の模式図

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図2 深部授精用の柔軟で長いカテーテル

日高育成牧場 生産育成研究室 村瀬晴崇

後肢跛行診断と治療(膝関節領域)に関する講習会について

 2019年11月27日および28日、静内エクリプスホテルおよび日本軽種馬協会軽種馬生産技術総合研修センターにおいて、カタール国Eqine Veterinary Medical CenterのFlorent David氏とTatiana Vinaedell氏を講師に招き、馬の後肢跛行診断と膝関節領域の超音波検査に関する講習会が開催されました。今回はTatiana氏の後肢跛行に関する講習会の内容の一部をご紹介します。

後肢跛行について

・アプローチ

 馬の後肢跛行を診断するにはまずその馬の履歴を正確に把握する必要があります。履歴とは、年齢、品種、調教の状況、過去の跛行歴等を含みます。また馬を観察する際には厩舎のように馬が慣れている環境で行う必要があります。観察する際には、姿勢、筋肉の緊張、触診への反応、熱感や腫れがある部位はないか等をチェックします。歩様の評価は常歩、速歩、駆歩で実施しますが、特に速歩での評価が重要です。この際、引き手をフリーにして馬をコントロールしながらも自由に走らせることがポイントになります。

・後肢の跛行診断

 歩様検査は診断に不可欠ですがこの際は、跛行の有無だけでなく、患肢は一肢に限局されるのか複数なのか、また跛行の重症度等についてもチェックする必要があります。一般的に、後肢の跛行診断は前肢のそれよりも難しいとされています。また後肢の跛行は「ハミの後ろ側」「後肢の衝突」「後肢の弾み」といった漠然とした用語で表現されることがあるため、関節の曲がり、歩幅、前方への展出、骨盤の回転運動といった明らかな客観的指標を見つけることが正しい跛行診断の第一歩となります。

 以下に獣医師が後肢の跛行診断を行う2通りの方法を紹介します。

〇上下運動の評価:

 これは骨盤の背側正中に大きなボールや目印を設置し、その上下運動を一定時間観察する方法です(図1)。跛行している馬では、骨盤の患肢側における下向きの動きが小さくなる、あるいは患肢から離れる上向きの動きが小さくなるという2つの変化が確認されます。

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図1(骨盤背側正中にボールを設置、Tatiana氏のスライドより引用)

◯骨盤の回転運動の評価:これは、診断者が馬の真後ろに立ち、馬の歩行に伴う寛結節(矢印)の動きについて上下の振幅を左右で比較する方法です(図2)。

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図2(赤丸が寛結節)

おわりに

 本講習会には300人を超える牧場関係者や獣医師が詰めかけ、大きな関心を集めました。後肢跛行の原因は様々ですが、いずれの場合も早期発見と適切な治療が必要となります。本講演会の開催により参加者はこれまで以上に後肢跛行に対する高い意識を持つようになったのではないでしょうか。

JRA日高育成牧場 業務課 診療防疫係  長島 剛史

『第48回生産地における軽種馬の疾病に関するシンポジウム』について

 2020年10月15日(木)静内エクリプスホテルにおいて、JRA主催の「第48回生産地における軽種馬の疾病に関するシンポジウム」が開催されました。このシンポジウムは、生産地で問題となる疾病に関する最新の知見や、保健衛生管理に関する問題点や対応策に関する情報を共有するため、講師の先生方をお招きして毎年開催されています。例年は夏季に開催されていますが、本年は新型コロナウイルス感染症の流行のため、延期されたこの時期での開催となりました。本年の講演内容は「最近の米国の獣医療」、「微生物学」、「遺伝学」、「免疫学」、「外科学」と多岐にわたる分野に精通された講師の皆様に、大変貴重なご講演をしていただきました。本稿では、その中でも馬を飼養する上で問題となる感染症について興味深いご講演がありましたので、その概要をご紹介いたします。

ウマコロナウイルス感染症

 現在、ヒトの世界で新型コロナウイルス(COVID-19)が猛威を振るっていますが、ウマにもコロナウイルス感染症が存在します。本講演では、ウマコロナウイルス(ECoV)について研究をされている、競走馬総合研究所の根本学先生と上林義範先生よりお話しいただきました。

 ECoVはウマ固有のウイルスで、2000年に米国で感染馬が初めて確認されて以降、日本と米国で流行が報告されています。日本では2004年、2009年、2012年の3回、ばんえい帯広競馬場の重種馬群で流行が発生し、本年春に初めてサラブレッドを含む馬群での流行が確認されました。

 ECoVに感染した馬の主な症状は、発熱、食欲不振、元気消失、下痢などの消化器症状です。発症馬の多くは軽症で、数日のうちに回復しますが、米国では一部の発症馬で神経症状を呈し予後の悪い馬も確認されており(日本では確認されていません)、注意が必要な疾患であると言えます。ヒトのCOVID-19感染では主に肺炎などの呼吸器症状があらわれるのに対し、ECoVでは下痢などの消化器症状が主症状となり、過去の重種馬群での流行の際にも発症馬の1~3割で下痢が認められています。

 ECoVは糞便を介して伝染しますが、競走馬総合研究所が行った研究では9日間以上の長期間にわたって感染馬の糞便から大量のウイルスRNAが検出されることが確認されています。このウイルスを大量に含んだ糞便を、他の馬が経口摂取することにより感染が広がっていくと考えられています。また、ECoVに感染しても症状を示さなかった「不顕性感染馬」からも、症状を示した馬と同程度の量および期間のウイルス排出が確認されており、症状がない馬も感染源となってしまいます。

 診断には、COVID-19の検査でよく聞くPCR法という遺伝子検査法が用いられます。さらに競走馬総合研究所でさまざまな種類のPCR法を比較したところ、リアルタイムPCR法という検査法が最も検出感度が高いことも分かりました。

 一方、本年春のサラブレッドでの流行は、JRA施設内の41頭の馬群で起こりました。サラブレッド16頭とアンダルシアンやミニチュアホースなど様々な品種の馬で構成されていた馬群のうち15頭で症状がみられましたが、そのうち発熱は11頭、下痢は3頭でした。いずれも軽症で症状が現れてから1~3日で治まりましたが、注目すべき点はその感染力の強さでした。症状のない馬も含めて同一馬群の全頭に対して、ECoVに対する抗体を持っているかどうかを調べる中和試験を行った結果、全頭が抗体を持っていたことが分かり、馬群の全頭にECoVが感染していたことがわかりました。このことから、ECoVの感染力が非常に強力であることがうかがえます。

 さらにこの流行の調査から品種間のECoV感染率には差がなかったものの、糞便中へのウイルス排泄期間に差があることも明らかとなっています。サラブレッド感染馬では、糞便からウイルスが検出された期間が最長19日であったのに対し、非サラブレッド感染馬の5頭で19日以上ウイルスが検出され、最長で感染から98日間もウイルスを排出し続けました。このことは、品種によって感染源となるリスクの高さに違いがあることを表しています。

 今回のご講演では、ヒトで大変な問題となっているコロナウイルス感染症が、特徴や重篤度は違いますがウマでも起きているという興味深いお話をしていただけました。ご紹介したのはシンポジウムの演題のごく一部ですが、疾病の情報を知っておくことで、発生した際の適切な対応につなげられる可能性がありますので、常に最新の情報にアンテナを張ることが重要といえそうです。

 

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若馬の昼夜放牧時の放牧草採食量(その2) ~放牧草からの栄養摂取〜

はじめに

 放牧は優れた飼養管理方法であり、成長中の若馬にとって様々な恩恵があります。放牧中の自発的運動により、基礎体力の向上が期待できるとともに、運動による物理的刺激が、骨、筋肉および腱の発達を促進します。また、同世代の若馬やその母親との集団放牧の中で、他個体との戯れや時には威嚇されるなどの交流は、精神的な成長にとって必要な刺激であると考えられます。さらに、放牧地に生える放牧草は、若馬の成長のための重要な栄養源となります。

 放牧草には若馬の成長に必要な栄養が豊富に含まれる一方で、一部の栄養の含量が少ないことが知られています。そのため、放牧草を十分採食していても、これらの栄養は他の飼料により補う必要があります。また、逆に放牧草に多く含まれているため、飼料からさらに多く摂取させることが好ましくない栄養もあります。馬にとって適切に施肥管理された放牧地の放牧草は、母乳に次いで栄養バランスのとれた天然の飼料ですが、決して完全無欠な飼料ではありません。

 馬事通信226号 「強い馬づくり最前線」“若馬の昼夜放牧時の放牧草採食量”の記事において、離乳前から騎乗調教開始前までの、放牧草採食量について解説しました。今回は、この成績を応用し、放牧草から摂取する栄養の過不足や、それに伴う飼料給与の必要性を、栄養計算をしながら検証していきたいと思います。

放牧草に豊富に含まれる栄養

 放牧草中の栄養含量(専門的には養分含量)は、草種、施肥、土壌、放牧密度、季節など様々な要因によって変化するため、今回は、栄養計算ソフト『SUKOYAKA』から、多くのサンプルの平均である「放牧草(日高平均10年)JBBA」の成分値を引用しました。放牧草中のタンパク質、リジン、マンガンおよびビタミンEの含量を燕麦と比較したとき、放牧草にはこれらの栄養が多く含まれていることが分かります(図1)。配合飼料は、栄養の過不足が無いよう人為的に設計されていますが、放牧草の栄養含量はその配合飼料にも劣りません。その他、カルシウム、リンおよびマグネシウムなど主要なミネラルやビタミンA(ビタミンAの前身であるβカロチンとして)も放牧草には多く含まれています。

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図1放牧草、燕麦および配合飼料(市販の既製品)の栄養含有量

放牧草に含まれる量が少ない栄養

 銅や亜鉛は、若馬の成長や骨の発達に重要な役割をするミネラルであり、特に銅の不足は、離断性骨軟骨症(OCD)発症の原因となることがよく知られています。放牧草はこの銅および亜鉛の含量が、他の飼料に比べて少ないことが知られています。過去に報告された哺乳量と、前述の放牧草の採食量から、クリープフィード開始期(以下 CF開始期)(2ヵ月齢)、離乳直前(4ヵ月齢)、離乳直後(5ヵ月齢)および騎乗調教開始前(15ヵ月齢)におけるエネルギー摂取量を算出し、各成長ステージにおける必要量に対する充足率を調べました(図2)。

2図2 放牧草ならびに母乳からのエネルギー摂取量の各成長ステージにおける充足率

 

 充足率とは、必要量に対する摂取量のパーセント割合であり、充足率が100%を超えると、摂取量が必要量を満たしていることになります。各期のエネルギー充足率は、いずれも100%を超えており、必要なエネルギーは、放牧草と母乳から摂取できていたことが分かります。しかし、放牧草と母乳からの銅の充足率は、いずれの成長ステージも50%以下であり、明らかに銅が不足することが分かります(図3)。3図3 放牧草並びに母乳からの銅摂取量の各成長ステージにおける充足率

 この不足を補うためには、サプリメントや配合飼料の給与が必要となります。日高育成牧場で利用しているバランサータイプの配合飼料(以下の配合飼料の表記はこれを指します)を、図4の左表に示した量で給与したとき、CF開始期以外の成長ステージの銅の充足率は100%以上になりました(図4)。

4 図4 配合飼料を給与したときの銅摂取量の各成長ステージにおける充足率

 

 ここでは、銅の充足率だけを確認しましたが、実際は、他の栄養も充足できているのかを調べる必要があります。そこで次に、他の栄養の充足率も確認しながら、放牧草由来で不足する栄養を補えるよう飼料の給与量を決定してみましょう。

クリープフィードの給与量の算出

 他の時期同様にCF開始期においても、銅の摂取量は不足しているため、飼料により銅を補う必要があります。詳細は省略しますが、計算の結果、先の配合飼料を350g以上給与すると、銅の充足率が100%以上になることが分かりました。さらに、配合飼料を350g給与することにより、他のミネラルについても充足率は100%を超えることが確認できました(図5)。

5図5 配合飼料を350g給与したときのCF※開始期におけるミネラルの充足率

 しかし、これで全ての栄養が充足できたとするのは間違いであり、実は、配合飼料を350g給与しても、タンパク質の充足率は100%を僅かに下回ってしまいました(図6)。計算の結果、タンパク質の必要量を充足させるためには、配合飼料を440g以上給与する必要があることが分かりました。計算で導かれたため、配合飼料の給与量が440gと細かい数字になりましたが、実務的には、クリープフィードを開始するときの配合飼料の給与量は、500g弱でよいというのが結論となります。この給与量は、あくまでも日高育成牧場が利用している配合飼料について算出したもので、全ての飼料に当てはまるものでないことを付け加えておきます。6図6 配合飼料を350g給与したときの各成長ステージにおけるタンパク質の充足率

放牧草由来のタンパク質

 放牧草には、タンパク質が非常に多く含まれており、離乳直後や騎乗調教開始前のタンパク質の充足率は、放牧草のみで200%以上になりました(図6)。馬において、タンパク質の過剰摂取による健康への影響は明らかにはなっていませんが、放牧草の採食量が多い時期に高タンパク質の飼料により、さらに余剰のタンパク質を給与することは推奨できません。バランサータイプの飼料は、放牧草で不足する栄養を補って“バランス”をとることを目的として設計されています。したがって、離乳前など放牧草の採食量が少ない時期は、高タンパク質のバランサーでもよいですが、放牧草の採食量が多い時期は、タンパク質含量を控えたバランサーを選択することが理想であると考えています。

おわりに

 今回解説したCF開始期、離乳直前、離乳直後および騎乗調教開始前は、おおむね6月から9月の期間にあたり、放牧密度が高くなく、適正な草地管理がされていれば、放牧草から(離乳前であれば母乳からも)必要なエネルギーが摂取できるため、馬体を見ただけで栄養の不足に気づくことはできません。しかし、将来、競走馬となる若馬にとって、放牧草だけで必要な栄養を全て満たすことができないということは、理解しておいていただきたいと思います。

日高育成牧場 上席調査役 松井 朗

人馬の信頼関係の強化:駐立編 ~リトレーニングプログラムの応用~

はじめに

 今回は馬と人との距離感(パーソナルスペース:支配領域)を利用した『駐立』の調教についてお話します。

パーソナルスペースとは?

 人におけるパーソナルスペースとは、他人に近づかれる(侵入される)と不快に感じる空間のことで、『対人距離』、『パーソナルエリア』とも呼ばれます。馬は、自分が主張する『支配領域』である球状のパーソナルスペースを持つといわれています。馬の群れは、リーダーを頂点とする階層社会ですので、パーソナルスペースは順位付けに利用されます。集団放牧の際、不用意に近づいた馬を威嚇して追い払う『強い馬:群れでの階級が高い馬』や、『弱い馬』が『強い馬』の侵入を許容し、場合によってはスペースを譲る光景を見たことがある方も多いと思います。この習性を利用して、馬に『駐立』を教えます。

『駐立』の調教

 『駐立』に問題のある馬の多くは、必要以上に保持者(駐立させている人)に接近してじゃれたり、周囲の刺激を気にして落ち着かなかったり、動きまわります。前者は『リーダー』である人のパーソナルスペースに侵入することを、保持者が許容してしまうことが問題であり、後者は保持者にフォーカス(意識を向ける)せず、勝手に動いてしまうことが問題です。これらの問題を解決するために、以下2種類のグラウンドワークによる働きかけを活用します。

  1. 横方向の働きかけ

 適度の距離を置いて馬の正面に立ち、プレッシャーによって前肢を軸に後躯を回転させることを目的とします(図1)。最初に『リーダー』となるべき人(自分)と馬のパーソナルスペースをイメージします。次に、馬の斜め前方のパーソナルスペースに侵入し、腰角付近にプレッシャーを与えます。腰角に向けてリードを振り回す、あるいは長鞭を使って腰角を刺激します。初期は一歩でも動いたら、直ちにプレッシャーを解除し、停止したら馬を褒めます。プレッシャーに反応しない場合は、徐々にプレッシャーのフェーズ(強さ:段階)を上げ、馬が反応したら解除します。反対に、馬が人の要求以上に動き過ぎてしまう場合にはプレッシャーのフェーズを下げ、馬が反応した瞬間に解除します。馬が勝手に動くのではなく、人の指示に従って要求されただけ後躯を動かすことが大切です。なお、後躯を回転させた際に馬が前進して人のパーソナルスペースに侵入してしまう場合には注意が必要です。馬の前進に対して、人がスペースを譲って(後退して)しまったら、馬に主導権が渡ってしまいます。馬に人のパーソナルスペースを強く意識させる必要があります。

  1. 前後方向の働きかけ

 正面からのプレッシャーコントロールによって馬を前後方向に動かすことを目的とします。最初は馬の正面に立ち、頭部や胸前にプレッシャーを与えて後退させます(図2)。後退を促すプレッシャーとしては、リードを振り回すことや、目線などのボディーランゲージを使用します。なお、反応しない馬には無口が動くほどリードを揺らしたり、余ったリードを鼻先に触れさせたりすることによって段階的にフェーズをコントロールします。後退したらプレッシャーを解除し、停止したら褒めます。次に、人が後退しながら馬から離れ馬を呼びます(図3)。最初は軽くリードで引っ張る、あるいは人が前かがみになって伏し目がちになることで馬は前進しやすくなります。人のパーソナルスペースに侵入しない位置で馬を停止させて褒めます。停止の際に馬を褒める行為によって、馬に考える時間を与えることができます。考えて理解する時間を与えれば、調教はよりスムーズに進むと思います。

 『駐立』できない馬の問題は、この二つの働きかけで改善できると思います。馬の動くスピードと方向は、人がコントロールしなければなりません。馬が勝手に動いて(スピード有り)も、止まって(スピード無し)も『駐立』はできません。人が明確な目的を持って分かり易く働きかけることで、馬は人にフォーカスします。馬と適切な距離を保ち、動いてしまう馬にはプレッシャーを上手に使って人が馬を動かし、プレッシャー解除によって馬に自ら停止することを選択させられれば、自然と『駐立』できるようになると思います。

図1 横方向の働きかけ

馬の腰角にプレッシャーを与えて後躯を動かします。

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図2 前後方向の働きかけ①

頭部や胸前にプレッシャーを与えて後退させます。

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図3 前後方向の働きかけ②

馬が前進しやすい態勢で馬を呼び込みます。

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JRA馬事公苑 診療所長 宮田健二

離乳時のコンパニオンホース導入の効果

 当歳馬の離乳についてJRA日高育成牧場では、伝統的な“母子の群れから子馬だけを引き離す”方法ではなく、“母馬の方を数頭ずつ順に群れから引き離していく”「間引き法」と呼ばれる方法を行ってきました。近年では、間引き法と併用して「コンパニオンホース」の導入による離乳後のストレス緩和を試みています。今回は、当場における過去数年間の離乳期の当歳馬の体重データから、コンパニオンホースの効果を検証してみたいと思います。

・コンパニオンホースと間引き法

 現在、当場で行っている離乳の方法を簡単にご紹介します。まず準備として、子育て経験豊富かつ当年は子付きではない牝馬(コンパニオンホース)を予め離乳の前から母子の群に混ぜて馴らしておくことが必要です。離乳は計画的に数頭ずつ数回に分けて、群れにストレスを与え過ぎないように注意しながら行います。具体的には、離乳させたい子馬を2~3頭選択し、放牧中の母子の群れからその子馬の母馬だけ静かに引き出し、視覚的にも聴覚的にも隔離された別の放牧地に移動させるという作業を1週間毎、最終的に群に母馬がいなくなって子馬とコンパニオンホース1頭だけが残っている状態になるまで繰り返します(図1)。コンパニオンホースは乳汁こそ出せませんが、不安で嘶く子馬たちの中でも悠然と構えているため、この方法であれば子馬たちの不安を軽減してくれるのではないかと期待しています。

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図1. 離乳後の子馬とコンパニオンホース(矢印)

・コンパニオンホース導入の効果検証~当歳馬の体重データから~

 当場では、2013年より離乳時のコンパニオンホースの導入を開始しましたが、2009年以降に誕生したJRAホームブレッド計82頭の体重を比較したところ、コンパニオンホース導入前は離乳後に平均4.54kgも体重が減少していたのですが、導入以降は平均2.72kgの減少に留まっています(図2)。この差は統計学的にも有意な差であり、コンパニオンホースの導入により離乳後の当歳馬の体重減少を抑えられることがわかりました。

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図2 コンパニオンホース導入前後の離乳時の子馬の体重減少

・コンパニオンホースと引き離す際の当歳馬の体重減少

 一方、離乳後のコンパニオンホースはどうするのか?という問題が残ります。海外の文献の中には、「コンパニオンホースと離乳した子馬を引き離す際に、離乳時と同等のストレスがかかる」と書かれているものもあります。そこで、“第二の離乳”とでも呼ぶべき離乳後の子馬からコンパニオンホースを引き離す際の影響について、同様に体重減少を比較してみました。2013年以降に当場で生まれたJRAホームブレッドのうち、データが残っていた31頭について、コンパニオンホースを引き離す前後の体重を比較した結果、体重は平均0.35kg増加していました!。図2でお示しした通り、離乳時は体重が減少するのが通常であり、減少した体重の平均値は前述のとおりコンパニオンホース導入前で4.54kg、導入後で2.72kgでした。統計学的に解析したところ、第二の離乳による体重の増減幅は、これら離乳前後の体重の減少幅と比較しても有意に少ない、つまり第二の離乳は子馬の体重に影響を及ぼすほどストレスを与えない可能性があることがわかりました(図3)

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図3 子馬の体重減少の比較

・“第二の離乳”で体重が減少した当歳馬もいる

 前述の通り、第二の離乳前後の体重の増減は平均するとプラスとなりましたが、中には体重が減少した馬もいました。図4にその内訳を示しますが、最大で4kgも体重が減少した子馬がいました。

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図4 “第二の離乳”での子馬の体重減少の内訳

 以上のことから総合的に判断すると、離乳した子馬からコンパニオンホースを引き離す“第二の離乳”について、多くの場合は問題ないが中には注意しなくてはならない馬もいる、という結論が導けそうです。結局のところ、特に当歳の子馬については日頃からよく観察し、離乳時には個体の状況を勘案して個別にケアしてあげることが大切だと言えます。

 毎年、離乳後の子馬のコンディションが悪くなってしまうことにお悩みのようであれば、当場で成果を挙げているコンパニオンホースの導入も一つの方法としてご検討いただけましたら幸いです。

JRA日高育成牧場 専門役 遠藤祥郎

蹄充填剤と接着装蹄法について

 今回は装蹄に使われる蹄充填剤と蹄充填剤を用いた装蹄法についてご紹介させていただきます。

・蹄充填剤とは・・・

 馬の蹄は1か月に約10mm程度の生長をしますが、運動をすることで蹄は擦り減ります。もし、蹄の伸びる量よりも減る量のほうが多くなると、知覚部が露呈してしまい、疼痛を伴うようになってしまいます。蹄鉄を装着することは、このような過剰な蹄の擦り減りを防止して保護することを目的としています。

 一般的に、蹄鉄は蹄釘(ていちょう)と呼ばれるれる釘を蹄壁に打ち込んで装着します。しかし、蹄壁欠損などの理由によって蹄釘を打ち込む場所が確保できず、蹄鉄の装着が困難になるケースもよくあります。一昔前であれば、このようなケースの馬は蹄壁が伸びるまでの期間の休養を余儀なくされていたのですが、蹄壁の欠損部を補える充填剤が開発されたことでこのような問題が解消されるようになりました。

 皆さんもよく耳にするエクイロックス(Equilox社製)はこのような充填剤の一つです。充填剤は2種類の薬剤が混ざり合うことで硬化する、蹄専用の樹脂素材のものが一般的で、蹄壁(蹄の外側)に塗布するものと蹄底(蹄の裏側)に充填するものの2種類に大別されます。

  1. 主に蹄壁に使用する充填剤

 ・エクイロックス

 蹄壁の欠損によって、蹄釘での装蹄が困難な場合に使用します。薬剤混合時の化学反応の際に熱を発します(約60℃)が、この熱が硬化を促進します。したがって硬化時間は外気の影響を受けやすく、製品にも夏用(エクイロックスNO.Ⅰ)と、冬用(エクイロックスNO.Ⅱ)がラインナップされています。それぞれの硬化時間は夏場に夏用を使用したときは5~10分程度、冬場に冬用の時では少し延長して10~15分程度が必要となります。使用する際の注意点として、水分・油分や汚れが付着していると上手に蹄壁に接着できないことがあるため、事前にアルコール、金ブラシや紙ヤスリを使用し除去するなどの下準備が必要です。正常に硬化すると、蹄壁と同等の硬度が得られます。

【使用例】

 写真1の左は、蹄壁の欠損によって蹄の強度が保たれなくなった症例です。右の通り欠損部にエクイロックスを充填し、仮の蹄壁を作成したことで蹄自体の強度が保たれました。

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 またエクイロックスは、度重なる釘打ちなどで蹄下部が崩壊して釘打ちが困難な症例に対して蹄釘を使用しない接着装蹄法を選択する場合などに用いることもあります。(写真2)

 接着装蹄法での使い方も蹄壁に充填する時と同様に、蹄の接着予定部分を綺麗にすることから始めます。綺麗にした部分は水分や汚れが付かないように蹄ごとラップなどで巻いて保護してから肢を降ろします。ここまで準備ができたら、蹄鉄の蹄負面側(蹄と接着する面)にエクイロックスの薬剤を塗布して蹄鉄を蹄に合わせて接着します。蹄鉄の接着をより強固なものとするため、さらに蹄踵部(蹄の後半部分)の隙間にエクイロックスを充填して埋めます。仕上げにヤスリを掛けて完成です。

写真2

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・スーパーファスト(Vettec社製)

 プラスチック樹脂であることからエクイロックスに比べて硬く、蹄の輪郭に盛り付けることで歩様や肢向きの改善など、主に肢軸異常の矯正に使用します

【使用例】

 写真3は当歳馬の左前肢で、蹄の内向を矯正するために、スーパーファストを蹄外側に張り出すように盛り付けています。張り出しを作ることにより、内側に掛かる力を外側に分散させる効果が期待できます。また、歩様の際も蹄の外側が先に地面に接地するようになり、内側に傾く歩様を矯正することができます。

写真3

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  1. 蹄底に使用する充填剤

・エクイパック

 シリコン樹脂で硬化してもある程度柔さを保っているのが特徴です。挫跖や裂蹄など、蹄底への負重時に疼痛がみられる際の蹄底保護に使用します。

・エクイパックCS(写真4左)

 エクイパックに硫酸銅を混合した充填剤です。硫酸銅の混合により、蹄底への充填剤挿入が長期間に及ぶ際に起こりやすい蹄叉腐爛や、蹄底の脆弱化が予防できます。

・アドバンスクッションサポート(ACS)(写真4右)

 主に蹄葉炎の予防、治療に用います。粘土状の2種類の薬剤を混ぜることで硬化が開始し、スーパーボールと同程度まで硬化するクッション材です。

 全身疾患、栄養過多や負重性など様々な原因から発症する蹄葉炎では、蹄内部の血液循環が阻害されて蹄骨を吊り下げている葉状層が剥がれ、蹄骨が回転あるいは沈下するなどの症状が知られています。この疾患に対しては、蹄全体で均等に負重させることを目的に蹄底にACSを充填する治療法が一般的です。ACSにはある程度の硬さがあるので、下から沈下する蹄骨を支え、これ以上蹄骨が沈下しないようにする効果が期待できます。しかし、ACS自身には接着力はないため、蹄鉄を装着して挟み込むかベトラップなどで固定する必要があります。

写真4

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まとめ

 馬の装蹄で用いられる充填剤には、それぞれの用途に応じた硬度や接着力が異なる様々な製品が開発されています。蹄の状態に応じて適切な充填剤を正しく使用することで、様々な蹄病や肢勢の矯正に対応することが可能です。しかし、使用に際してはこれら充填剤の特徴や性質を十分に理解しておくことが必要であり、使い方によっては病態や肢勢のさらなる悪化を招くこともあるということを忘れてはなりません。今後、新たな充填剤が開発されることで、今よりさらに多くの症例に対応することが可能となるかもしれません。

日高育成牧場 業務課 装蹄師 津田佳典 

2021年7月27日 (火)

調教後の乳酸値データの活用

乳酸値=疲労物質?

 「乳酸値」という言葉を聞くと、「疲労物質」というイメージを持たれる方も少なくないのではないでしょうか。確かにほんの10年ほど前までは「昨日、久しぶりに運動したら、体中に乳酸が溜まって筋肉痛が・・・」などという会話が良く聞かれたもので、「乳酸の蓄積が疲労の原因」という考え方が一般的でした。ところが、最近の運動生理学では、ヒトのアスリートや競走馬の世界を例にしても、乳酸は「エネルギー源」であり、かつ乳酸を多く出すようなトレーニングをすることで持久力が向上する効果も確認されています。

 すなわち、乳酸はアスリートにとって悪者ではなく、運動する過程で必要なエネルギー物質の1つであり、効率的にトレーニング効果を高めるための指標になり得るということです。

日高育成牧場における乳酸値データの活用

 日高育成牧場ではこれまで、運動後の乳酸値データを定期的に採っており、実際の調教現場で活用しています。過去の本稿でも触れましたが、当場の育成馬を使った調査では、乳酸値を高めるような強調教を行ったことで、V200などの有酸素運動能の指標が高まることなどが確認されています。これ以外にも、乳酸値が運動強度の指標に利用できるという観点から、様々な手法を用いて現場で応用しています。

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坂路調教直後における乳酸値測定のための採血

乳酸値を活用した併走調教の組み分け

 育成馬に対する強調教は、概ね週1もしくは2回実施していますが、その際に頭を悩ませるのが併走馬の組み合わせです。従来は、走行スピード、騎乗者の感覚(手応え)、馬の動きなどを総合的に判断してきましたが、現在ではこれらの目安に調教後の乳酸値を加えて組み合わせを考えています。

 わかりやすいように図に一例を示します。12月20日の調教で、2組のグループが屋内坂路1,000mを1ハロン約18秒平均(上がり3ハロン54秒)で走ってきました。この際の各馬の調教後の乳酸値(単位は全てmmol/L)は、1組目のA馬は9.3、B馬は9.9、C馬は5.7、そして2組目のD馬は5.9、E馬は9.4でした。

 そこで、1週間後の12月27日の調教では各グループを1組目「A馬、B馬、E馬」と2組目「C馬、D馬」に変更し、1組目には1週前と同タイムの指示を、2組目には前回よりも速いタイムを指示しました。その結果、1組目は1ハロン約18秒平均で走り、この際の乳酸値はA馬は12.3、B馬は10.8、E馬は11.3という結果でした。一方、2組目は1ハロン15.5秒平均(上がり3ハロン46.5秒)で走り、C馬の乳酸値は15.1、D馬は14.7でした。2組目については、結果的に調教強度が想定よりも上がってしまいましたが、いずれのグループも1週前と比較するとグループ内の乳酸値に大きな差異を認めなくなりました。

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 我々は、このように乳酸値を活用してグループ分けを行うことで個々の馬に応じた運動負荷を適切にかけることができるのではないかと考えています。

騎乗スタッフとの乳酸値データの共有

 騎乗調教において乳酸値を活用するうえでの欠点の1つは「調教後にしか測定できないこと」で、あくまで前回の調教時のデータを活用せざるを得ないのが現状です。このため当場では、騎乗スタッフが自身の騎乗馬の動きとスピードから乳酸値を推定できるように、毎回の測定データを騎乗スタッフと共有しています。これによって、騎乗者自身がターゲットとなる乳酸値が出るような運動負荷を課すような騎乗をすることを目指しています。

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 近年、人間のアスリートの世界では、乳酸値を活用して運動強度を設定するトレーニング方法が注目されています。競走馬の世界でも同様に注目されており、「どの程度の乳酸値を上げるトレーニング強度が必要なのか」、「乳酸値を上げるトレーニングは何日間隔で行うのが効果的か」など検討課題は山積しています。

 日高育成牧場では、引き続き乳酸値を用いた調教法のデータを蓄積し、これを活用した効果的なトレーニング方法を模索したいと考えています。

※1分間の心拍数が200回に達した時の走行スピードのことで、この数値が高いほど有酸素運動能に優れていると考えられている。

日高育成牧場 業務課 冨成雅尚