2019年5月19日 (日)

Dr. Sue Dysonによる「馬の跛行」講習会

No.74 (2013年3月15日号)

 昨年12月、馬の跛行診断の権威であるDr. Sue Dysonが来日され、計4回に渡り講習会が開催されました。獣医師向けの専門的な内容がほとんどでしたが、今回はその中から牧場関係者の皆様にも有益と思われる事柄について抜粋し、ご紹介いたします。

講師紹介(日本ウマ科学会HPより)
Dr. Sue Dyson:
(英国・アニマルヘルストラスト・馬科学センター・臨床整形外科学部門長)
跛行に関する画像診断やプアパフォーマンス診断のスペシャリスト。跛行のバイブルとされる教科書「馬の跛行(原題Lameness in the Horse)」の共著者としても世界的に著名。科学雑誌への論文投稿は200を超え、その功績から様々な賞を受賞されている。自身も非常に高い騎乗レベルを持つライダーでもある。

1 視診(馬の外見の検査)
 まず馬体(コンフォメーション)を見て、例えば直飛(まっすぐに立った飛節)だと繋靭帯炎になりやすいなどの情報を得る。左右の対称性からは、例えば後肢の跛行では跛行している方の臀部の筋肉が落ちていることが多い(不使用性萎縮)。腫脹では、皮下の腫脹なのか、腱や靱帯の腫脹なのか、関節の亜脱臼なのか、注意深く観察して鑑別する。蹄は、左右対称性を見る。蹄が高く、幅が狭いと跛行しやすい。

2 歩様検査(跛行のグレード分け)
 AAEP(米国馬臨床獣医師協会)では5段階のグレード分けを用いているが、Dr. Dysonは9段階のグレード分けを提唱している。5段階だとほとんどの馬がグレード3になってしまうので、意味がないためである。0=正常、2=軽度、4=中等度、6=重度、8=負重困難で、間の数字はその中間の程度。跛行をグレード分けし、記録しておくことで症例の経過(良化したか悪化したか)をきちんと評価できるようになる。
①後肢の跛行
 まず常歩で歩様検査する。肢の着き方の順番が見やすく、踏み込みの深さ、球節の沈下が観察しやすい。
②屈曲試験
 一般的には、跛行を疑う肢を1分間屈曲し、放してすぐに速歩させ、跛行が悪化すれば「陽性」だが、対側肢(跛行している肢と反対の肢)を挙上した後、患肢の跛行が悪化することもある。その場合、飛節が原因の跛行であることが多い。

3 診断麻酔
 全ての症例において適用なわけではない(禁忌症があること)を理解しなくてはならない。骨折している場合などは痛みがとれて歩き回ることで悪化する恐れがあるので禁忌である。局所麻酔薬が注射部位よりも近位(上方向)にも浸潤することを理解しておくべきである。また、局所麻酔薬の注射部位が近位であるほど、効果が出るまでに時間がかかる。注射後30分経ってようやく跛行が消失することもある。屈腱腱鞘炎が原因の跛行などでは、診断麻酔で跛行が消失しないこともある。腱鞘内に癒着がある場合である(機械的跛行)。癒着があると、手術しても良化せず予後が悪い。

4 画像診断
①X線検査
 発生してすぐ(急性期)は、重大な骨折を見逃すことがある(第3中手骨、第1指骨など)。骨折を疑う場合は、一度のX線検査で異常なしとして跛行が消失したらすぐに運動を再開するのではなく、再度X線検査するなど慎重な判断が悲劇的な結果を防ぐ。
②超音波検査
 浅屈腱の腫脹は、わずかですぐに消失するものであっても重要な損傷を意味するかもしれない。跛行していないから重要な損傷がないわけではない。負重しない状態で(肢を持ち上げて)触診する。また、発生してすぐ(急性期)には超音波検査で異常が認められない場合がある。1週間から10日後に再検査すべきである。近位繋靭帯炎では、副管骨の間の深い位置にあるので、腫脹や触診痛が不明瞭なことがある。腸骨骨折の評価では、亀裂が腹側面にのみしか通じていないことがあるので、注意が必要である。
③シンチグラフィ(※日本にはありません)
 X線検査と超音波検査では発見できない異常を検出できる。特に若い馬で、下肢部以外の(脛骨などの)疲労骨折が多く見つかる。

おもな質疑応答
Q)指動脈の拍動が亢進したら、蹄が原因と考えてよいか?
A)通常は蹄に原因がある(蹄底膿瘍や蹄葉炎など)。ただし、亢進していないからといって蹄が原因ではないと考えてはいけない。蹄鉗子で検査する必要がある。
Q)引き馬で歩様検査する際、引き手にはどのように指導しているか?
A)馬が自発的に歩くように、また頸の動きを見たいので馬から離れて歩くように、馬を見ずに進行方向を見るように指導している。馬が速く走り過ぎそうになる前に察知して抑えてもらいたい。チフニーを装着すると頭を上げてしまうので、(より作用の弱い)ノーマルビットを装着する。種牡馬は堂々とした特有の歩様のため跛行がわかりにくい場合がある。鎮静してから歩様検査することもある。

 以上、難しい内容もありましたが、英国の馬診療レベルの高さを再確認できたとともに、我が国における跛行診断のレベルアップに必要な技術を数多く紹介していただき、非常に有意義な講習会でした。

(日高育成牧場 業務課 診療防疫係長、現所属:宮崎育成牧場 業務課 診療防疫係長 遠藤 祥郎)

1 講習会は多数の獣医師が聴講した(静内ウエリントンホテル)

2 実馬を使った実習風景(JBBA軽種馬生産技術総合研修センター)

3 実習に参加した獣医師たちと

2019年5月 1日 (水)

反復トレーニング2

No.73 (2013年3月1日号)

 前回の記事で、反復運動を行なう場合には、1本目の運動強度が高いほど2本目の運動中のエネルギー供給がより有酸素的になるということを述べました。このことは、1本目の運動強度が違うと、2本目(主運動)の強度が同じであっても、そのトレーニング効果の質が多少なりとも異なることを意味しています。
 前回の内容を簡単にまとめると上述のようになりますが、実験条件について、いくつか付け加えておきたいことがあります。文中で示した実験条件、たとえば「1本目の強度を110%VO2maxの強度(平地調教で言えばハロンタイム12秒くらいのスピード)で60秒間走行する」というのは、あくまでもトレッドミルを用いた実験として設定したときの運度強度と時間であるということです。実際の調教で、同じ強度で60秒間走らなければならないということではありません。700~800m程度の実際の坂路コースで、そのようなスピードで60秒走ることは事実上できませんし、40秒くらいが最大だと思います。ただ、トレッドミルで実験を行なう場合は、妥当で分かりやすい実験条件を決める必要があるので、60秒間という運動時間を設定したということです。今回の連載の中での実験条件も、まったく同じ条件下でのトレーニングを推奨しているわけではないことには注意していただきたいと思います。

反復運動の間隔
 反復運動では、それぞれの運動の強度(スピード)はもちろん重要な要素ですが、もうひとつ大きな要素が考えられます。それは運動の間隔です。私たちがトレーニングする場合を考えてみても、走る間隔が短くなると息が苦しくなるような感覚を持ちます。これはなぜでしょうか。
 競走馬が、たとえば坂路コースで2本走る場合の運動間隔は、通常約10~15分程度になります。坂路を上った後の帰り道の約1000mを常歩で歩くとなれば、10分程度かかるのが普通なので、必然的に反復の間隔はある程度決まってきます。しかし、トレーニング場全体のコース配置などの関係から、この間隔を若干変えることの出来る場合もあると思います。そうした場合には、どのような変化が起こるのでしょうか。

10分間隔と5分間隔の比較実験
 110%VO2max強度(平地調教でいえばハロンタイム12秒くらいのスピード)で60秒間の運動を10分間隔と5分間隔で2本行なったときの呼吸循環機能を調べてみました。5分間隔でも10分間隔でも、酸素摂取量は1本目よりも2本目の方が値は高くなっているのに対し、二酸化炭排出量は逆に2本目は低くなっていました。このことは、2本目の方がより有酸素的なエネルギー供給のもとで運動していることを示しています。このときの運動中に供給された有酸素性のエネルギー量を実際に計算してみると、5分間隔で運動した場合の方が、2本目のエネルギー供給はより有酸素的になっていたことがわかりました(図1)。

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図1:激しい運動を5分間隔あるいは10分間隔で行なった場合の有酸素的なエネルギー供給割合の変化。5分間隔で走った場合の方が、2本目の運動時の有酸素エネルギー供給割合が高くなっていた。

15分間隔と5分間隔の比較実験
 この実験では、酸素摂取量は測定しておらず、心拍数と血中乳酸濃度のみを測定しました。1本目と2本目の運動強度は前実験とほぼ同様で、運動間隔を15分間隔と5分間隔に設定しました。このときの血中乳酸濃度の変化を示すと(図2)、1本目の運動により、運動中の血中乳酸濃度は約5mmol/Lとなり、1分後には8~9mmol/L程度となっていました。

2_4 図2:激しい運動を15分間隔あるいは5分間隔で行なった場合の血中乳酸濃度の変化。1本目の運動で血中乳酸濃度は5mmol/Lとなり、5分後に8~9mmol/Lとなった。15分間隔で走行した際には、2本目直前の値は約4mmol/Lで、2本目の運動後の変化は1本目とほぼ同様、これに対し、5分間隔の場合は、2本目開始直前の値が8~9mmol/Lのまま2本目を行なったところ、2本目直後の値は直前の値とほとんど変わらず、5分後には12mmol/Lまで上昇した。


 15分間隔で2本目を行なった場合は、5分後までは8~9mmol/Lの値を保ちましたが、2本目の運動直前には4mmol/L程度まで低下していました。そして、2本目の運動により、血中乳酸濃度は1本目とほぼ同様な値まで増加し、その後の濃度変化も1本目とほぼ同様な経過をたどりました。
 5分間隔の場合では、1本目直後から5分後までは15分間隔と同様の変化を示しましたが(8~9mmol/L)、この状態で2本目をスタートするため、2本目直前の血中乳酸濃度は15分間隔の直前より高い値となりました。2本目の運動では、運動直後の血中乳酸濃度は直前の値とほとんど変わらず、5分後には12mml/Lまで増加しました。
 血中乳酸濃度は筋中での乳酸生成と消費のバランスによって決まります。筋中における乳酸生成そのものが大きく変化しているとは考えにくいので、5分間隔の2本目の運動時にみられる血中乳酸濃度変化の推移は、血中乳酸を運動中のエネルギー源として利用している可能性を感じさせます。
 競走馬のトレーニングは基本的には走ることなので、多彩なバリエーションは求めづらいのが現実です。しかし、これらの研究結果をみると、反復運動の強度や反復間隔を変化させることでトレーニング効果の質を変化させる可能性があることがわかります。

JRA日高育成牧場での例
 JRA育成馬が調教するBTC(軽種馬育成調教センター)の施設には、さまざまなコースがあり、屋内坂路コースもそのひとつです。コースの全長は1000mで傾斜は2~5%、途中3ハロンのタイムを自動計測できます。以下に、JRA育成馬のトレーニング時の心拍数変化などを紹介したいと思います。
 図3の上段のグラフは、屋内坂路コースを反復間隔約10分で2本反復したときの心拍数変化を示します。1本目の3ハロンの平均タイムはハロンタイム18.9秒で、そのときの心拍数は210~220拍/分です。約10分の間隔をおいた2本目の3ハロン平均タイムはハロンタイム15.6秒でした。そのときの心拍数はおよそ230拍/分で、運動直後の血漿乳酸濃度は約12mmol/Lになっていました。
 一方、下段のグラフは、1本目を坂路コースで走行した後に、3分ほどの間隔をおいて1600mのダート周回コースで2本目を走ったときの心拍数変化を示します。BTCの調教コースの配置上、屋内坂路コースの終点近くからすぐに1600mダートコースに入ることができるようになっています。そのため、運動の間隔を短くすることが出来るわけです。坂路コースにおける1本目の3ハロンの平均タイムは19.0秒、そのときの心拍数は210~220拍/分で、上段のグラフの1本目とほぼ同じでした。2本目は1600mコースで7ハロンの走行を行ない、最後の3ハロンの平均タイムはハロン13.9秒でした。2本目の最後の3ハロンの心拍数は230拍/分、直後の血漿乳酸濃度は15.7mmol/Lになりました。2本目の運動後に心拍数が100拍/分まで下がる時間は坂路コース2本を10分間間隔で走行した場合よりも明らかに遅く、いわゆる息の入りは悪かったといえます。
 上段のグラフ(坂路コース2本)と下段のグラフ(坂路コース1本+1600mコース1本)では、2本目の運動強度が全く同じではないので、直接比較することはできませんが、坂路コースと1600mコースを用いて間隔を狭めて行なったトレーニングの負荷は明らかに高いといってよいといえます。

3_4 図3:上のグラフは屋内坂路コースで2本反復した時の心拍数変化で、10分間の間隔をおいて2本目の走行を行なった場合。下のグラフは、1本目を坂路で走行した後、3分ほどの間隔をおいて、1600mの周回コースで2本目走行を行なったときの心拍数変化。

反復トレーニングの可能性
 坂路コースが導入された当初、坂路コースにおける追い切りは高強度短時間運動なので、いわゆる無酸素性のエネルギー供給を鍛錬しているものと考えていました。これは基本的には間違っていませんが、上記のような研究結果からあらためて考えると、高強度運動の反復運動では、有酸素的なエネルギー供給能力を副次的に、しかし効果的に鍛錬しているように感じられます。
 サラブレッドは血中二酸化炭素分圧が高いことに対して耐性が高く、いわゆる筋の緩衝能も高いといわれているので、漠然と耐乳酸能力が高いのであろうと認識していました。最近では、それに加えて、乳酸利用能力も高いのではないかと考えています。
 血中乳酸濃度が高い状態で行なうトレーニングも、血中乳酸濃度が高くなった状態でそのまま運動を継続する場合と、運動の間隔を置いて反復する場合とで状況が異なるのであろうと思います。運動の間隔をおいた場合は、血中乳酸濃度は高いままですが、その他の生理機能はリセットされるので、結果としてむしろ乳酸利用能を高めるトレーニングになっているように感じられます。

(日高育成牧場 副場長 平賀 敦)

2019年4月29日 (月)

反復トレーニング1

No.72 (2013年2月15日号)

 陸上競技の長距離走のトレーニング法を書いた本を読むと、「持続走トレーニング」あるいは「インターバルトレーニング」という単語がよく出てきます。持続走トレーニングというのは文字どおり、比較的遅いスピードで長い距離を走るトレーニングであり、一定の距離を決めて走る距離走や一定の時間を決めて走る時間走などがあります。一方、インターバルトレーニングというのは、急走期(速いスピードでの走行)と緩走期(ゆっくりとしたスピードでの走行)を交互に組み合わせて行なうトレーニングのことをいいます。
 インターバルトレーニングという言葉を有名にしたのは、チェコスロバキア(当時)の陸上長距離選手、エミール・ザトペックです。1948年のロンドンオリンピックでは10000mで金メダルを取り、1952年のヘルシンキオリンピックでは5000m・10000m・マラソンの長距離種目三冠に輝いた伝説のランナーです。この成績はまったく文句の付けようのない素晴らしいもので、当時の世界陸上界が、ザトペックが取り入れたこの新しいトレーニング法をすぐさま導入しようとしたのは当然のことといえます。しかし一方で、インターバルトレーニングを行なう際には、急走期の強さや回数あるいはその間隔などをうまく調整しなければならないため、故障なくトレーニングを行なうことはそれほど簡単ではありません。ザトペックが行なった実際のトレーニング計画をみると、400m走を何10本も繰り返すなど、相当きついものだったようです。このような厳しいトレーニング法は、そのインターバルの本数だけを模倣することでさえ、大変であったことと思います。インターバルトレーニングの黎明期は試行錯誤の連続であったことでしょう。

反復トレーニング
 インターバルトレーニングは、緩走期をインターバルに挟んで急走を繰り返します。この緩走期は弱い運動を行なっているわけで、いわば不完全な休息といえます。完全な休息をはさんで急走を繰り返す場合は、レペティショントレーニング(反復トレーニング)といって、インターバルトレーニングと区別することがあります。しかしながら、両者は基本的には緩走(休息)をはさんで急走を繰り返す(反復する)トレーニングであり、広い意味では両者とも反復トレーニングということができます。今回、競走馬で行なわれている急走を繰り返すトレーニングについては、「反復トレーニング」として、話を進めることにします。その理由は、競走馬のトレーニングで緩走期の運動として普通に用いられているのは常歩であり、その運動強度は、いわゆるインターバルトレーニングの緩走期の運動強度に比較するとかなり弱いからです。とはいえ、常歩はもちろん完全な休息ではないので、インターバルトレーニングと言っても、差し支えありません。

反復トレーニングの構成
 急走期を反復するというと一見簡単そうですが、実は多くのパターンがあることがわかります。トレーニングを反復形式で行なう場合に、トレーニングを構成する要素としては、①急走期の運動の強さ(スピード)、②急走期の持続時間(走行距離)、③緩走期の持続時間(反復間隔)、④緩走期の運動強度(スピード)、⑤反復の回数、などがあげられます。これらの要素は複雑にからみあうので、単純そうにみえる反復運動であっても、これらの要素を少しずつ変えること、つまり急走期の運動強度を変えたり、反復間隔を変えたりすることで、トレーニングパターンを何通りも作ることができることになります。
 一方、持続的なトレーニングでは、関与する要素は、①運動の強度(スピード)と②その持続時間(走行距離)の二つに大きくしぼられてきます。もちろん、この場合も、実際のトレーニング計画を作るのはそれほど簡単ではありませんが、トレーニングを構成する要素の影響の複雑さは反復トレーニングのほうが多いのは当然といえます。ただし、影響する要素が多いからといって、そのことがトレーニングの有効性に直結するものではないことはいうまでもありません。
反復トレーニングの要素の中で、反復回数に関しては、たとえば坂路コースのみを利用する場合は、2~3本の反復を行なっている例が多いようです。持続時間(走行距離)については、坂路コースを利用する場合は、コースの長さによって規定されるので、おのずと距離は600~800mの範囲になり、時間は数10秒になります。いうまでもないのですが、坂路コースの大きな特徴のひとつは長さが決まっていることです。そのため、走行スピードが速い場合でも、そのスピードのまま長い距離を結果として走ってしまうというようなことは物理的に起こらないことになります。
 
反復運動の1本目の強さの影響
 トレッドミル運動負荷試験で、酸素摂取量(VO2)・二酸化炭素排泄量・心拍数・心拍出量・動静脈血液ガス・血漿乳酸濃度などを測定することにより、反復運動時の呼吸循環機能を観察しました。この実験では、走行を2本行なった場合を想定しています(坂路を2本走った場合、あるいは坂路と周回コースを組み合わせて2本走った場合など)。
 実験では、1本目の強さを、①高強度(110%VO2max強度で60秒:実際の調教で言えばハロン12秒くらいの全力疾走)、②中強度(70%VO2max強度で60秒:実際の調教で言えばハロン20秒くらいのスピードでの走行)の2種類を設定しました(図1)。そして、1本目の運動を終えた後、10分間の常歩をはさんで、2本目の運動を負荷し(110%VO2max:ハロン12秒くらいの全力疾走)、運動開始から30秒ごとに、VO2などを測定しました(図1)。

1_3 図1:トレッドミルを用いた反復運動実験の模式図。1本目の強度を、①高強度:110%VO2max(走路で調教しているときのスピードに換算するとF12くらいの全力走)、②中強度:70%VO2max(走路でいうとF20くらいのスピード)の2種類を設定した。

1本目が強いほど2本目は有酸素的になる
 結果をみると、まず1本目の運動を行なうことにより、血漿乳酸濃度は①の高強度の運動後で約8mmol/lであり、10分間の常歩を行なった後の2本目の運動直前でもほぼその値を保っていました。②の中強度の場合は1本目の運動によっても2mmol/l程度にしか増加せず、2本目の直前ではほぼ安静レベルまで戻っていました(図2)。

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図2:血漿乳酸濃度の変化。1本目の強度が強い場合(高強度)は1本目直後の乳酸濃度は高く、10分間の常歩を行なった後(2本目のスタート時:走行時間0の時点)でも高い値を保っていた。これに対し、2本目が中強度の場合は、2本目のスタート時点の濃度は安静時の数値とほぼ同じであった。

 2本目の主運動時のVO2の増加のスピードは、高強度の方が中強度よりも速くなりました(図3)。逆に二酸化炭素排泄量の増加のスピードは、高強度の方が中強度よりも遅くなりました。つまり、2本目の運動強度が同じであっても、1本目に強度の高い運動をした場合の方が、2本目の運動は有酸素的なエネルギー供給のもとで行なわれていることになるわけです。

3_3 図3:酸素摂取量(VO2)の変化。2本目における酸素摂取量の増加は、高強度のほうが中強度よりも速いことが分かる。

 このような結果が得られた原因として、さまざまなことが考えられますが、そのひとつとして乳酸の影響も考慮する必要があるかもしれません。近年の研究によって、乳酸が運動時のエネルギー源として重要な役割を演じていることが分かっており、1本目が高強度の場合に認められた2本目直前の高い乳酸濃度が、2本目の運動中のエネルギー供給に影響を及ぼしたのかもしれません。
 今回の実験で分かったことは、1本目の運動強度が高いほど、2本目の運動中のエネルギー供給がより有酸素的になるということです。つまり、1本目の運動強度が違うと、2本目(主運動)の強度が同じであっても、運動中のエネルギー供給形態が多少なりとも変わるということです。これは、多少なりともトレーニング効果が異なることを意味しています。
 実際の調教において、1本目をゆっくりと走る場合と、1本目から比較的速いスピードで“サッ”といく場合とでは、2本目の追い切り時のエネルギー供給の状況も多少違っているものと考えています。

(日高育成牧場 副場長 平賀 敦)

2019年4月26日 (金)

分娩後初回発情における種付けの生産性

No.71 (2013年2月1日号)

サラブレッドの繁殖の特徴
 季節繁殖動物であり経済動物でもあるサラブレッドの繁殖シーズンは、北半球では概ね2月から6月となります。その間、排卵は21日間隔で起こります。妊娠期間は約340日で、11ヶ月以上にも及びます。そのため、1年1産を継続させるためには、分娩後、速やかに種付けを行い妊娠させる必要があるのです。一方、分娩後の子宮は驚異的なスピードで回復し、通常、健康な牝馬では分娩後10日前後で初回発情が回帰して、初回排卵が認められ、種付けが可能となります。そのため、国内のサラブレッドの生産においては、この「分娩後初回発情」における種付けが主に行われているのが現状です(図1)。

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(図1) 国内における過去12年間(延98,203頭)の分娩後初回種付け日の分布
分娩後20日までに種付けした繁殖牝馬は71,387頭(73%)、分娩後21~40日に種付けした繁殖牝馬は20,899頭(21%)であった。さらに、分娩後8~11日に種付けを行った牝馬を初回発情(FH)群、分娩後27~33日に種付けを行った牝馬を初回発情スキップ(FH-skip)群として、生産率の違いを調べた。

分娩後初回発情における種付けのメリットとデメリット
 分娩後初回発情における種付けのメリットとしては、①種付け時期の早期化(1年1産が達成できる可能性)、②早生まれの子馬を生産できる(セリでの高額取引が見込んで)、③交配時期の特定が容易になる(交配計画、人気種牡馬の予約)、などが考えられます。一方、デメリットとしては、①子宮の回復が完全ではない状態での種付け(受胎率への影響)、②受胎確認後の早期胚死滅が起こる確率が高い、③生後僅かな子馬を種馬場へ連れて行かなくてはならない(ストレス増加、疾患罹患のリスク)(図2)、などが考えられますが、それらが実際の生産性に及ぼす影響については調べられていませんでした。

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(図2) 種馬場での発情検査の様子
生後間もない子馬も馬運車で輸送されて来る。

生産性に及ぼす影響
 そこで、分娩後の初回発情における種付けが生産性に及ぼす影響を調べるために、分娩後8~11日に種付けした牝馬を初回発情(FH)群、分娩後27~33日に種付けした牝馬を初回発情スキップ(FH-skip)群として、過去12年間の国内における全サラブレッド繁殖牝馬における生産率(産子数/交配牝馬数)と早期胚死滅発生率(初回交配後35日以降に再交配を行った牝馬の割合)について統計解析を行ってみました(図1)。
その結果、生産率は分娩後初回発情で種付けを行うと(FH群)38.2%となり、2回目の発情で種付けを行うと(FH-skip群)51.0%となることから、初回発情における種付けは生産性が悪いことが明らかになりました(図3)。また、早期胚死滅発生率は、FH群で11.7%とFH-skip群の7.1%と比較して有意に高くなることが明らかになりました(図4)。さらに、早期胚死滅発生率は年齢とともに上昇し、FH群ではその割合がより高くなることが明らかになりました。

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(図3)生産率の比較[分娩後初回発情交配(FH群)vs 2回目発情交配(FH-skip群)]
FH群の生産率は悪い。

4 (図4)早期胚死滅発生率の比較[分娩後初回発情交配(FH群)vs 2回目発情交配(FH-skip群)]
FH群の早期胚死滅発生率は高い(左)。また、年齢が高くなるほど早期胚死滅発生率はFH群で高くなる(右)。

最後に
 サラブレッドの生産の現場では、種牡馬の予約状況や残された繁殖シーズンの日程などから、分娩後の初回発情における種付けが選択されることも多いのが現状です。今回、統計学的な解析を行うことで、初回発情における種付けの生産性の悪さが明らかになりました。また、分娩による子宮の損傷や感染などから、子宮の回復は高齢馬になるほど悪くなることが推察されます。初回発情と2回目の発情のどちらで種付けを行うかは、繁殖牝馬の年齢と併せて子宮の回復具合をエコー検査により十分精査した上で判断した方が良さそうです。
 一方、FH-skip群の生産率を見ても、まだ51%しかないことから(図3)、生産性を向上させるためには分娩後初回発情における種付けを見送るだけでは十分ではありません。普段からの繁殖牝馬の飼養管理の重要性に加えて、分娩後の栄養状態の適切な維持方法、ライトコントロールによる人為的なホルモン分泌の促進、自然分娩を心掛けることによる子宮や外陰部の損傷防止、排卵促進剤や発情誘起法の有効活用、早期胚死滅や早流産の対策なども重要な項目となります。また、信頼できる獣医師に相談したり、講習会や勉強会に参加したり、新しい生産技術を取り入れていくことも生産性向上に繋がるものと思われます。

(日高育成牧場 生産育成研究室 研究役 佐藤文夫)

2019年4月24日 (水)

非分娩馬(空胎馬)を乳母として利用する方法

No.70 (2013年1月1・15日合併号)

はじめに
 軽種馬の生産をしていると分娩事故によって母馬が死亡したり、母馬が育子を放棄したりする場面に遭遇するかもしれません。10頭未満の生産規模である日高育成牧場でも育子拒否を経験しています。その際には人工哺乳か乳母の導入か判断しなくてはなりません。諸外国では大手牧場が輸血用の供血馬(ユニバーサルドナー)と乳母を兼ねて繋養し、自場での使用のみならず周辺牧場へレンタルしたりもします。一方、国内では、重種あるいは中半血種の乳母をレンタルすることが多いようです。乳母の導入は、子馬の健やかな発育のためには非常に利点が大きい反面、レンタル費用が高額であるというデメリットがあります。一方、乳母を導入せずに人工哺乳のみでも成長させることができます。この方法はコストを抑えられる反面、昼夜を問わない頻回授乳のための労働負担、またヒトに慣れ過ぎるといったデメリットが考えられます。このように、乳母と人工哺乳は一長一短であると言えます。今回は新たな選択肢として、その年に出産していない非分娩馬(空胎馬)を乳母として利用する画期的な方法をご紹介します。

育子拒否
 サラブレッド種の育子拒否率は1%未満と言われていますが、海外の教科書にはfoal rejectionという項目が設けられているように、決して珍しい問題ではないようです。
犬では経膣分娩に比べ、帝王切開で育子拒否率が高いことが知られています。出産の際に産道は時間をかけて徐々に広がりますが、この「産みの痛み」に伴って分泌されるオキシトシンというホルモンが母性の惹起に重要と言われています。実際、軽種馬において前肢の牽引による介助分娩を控えることにより、育子拒否率が低下したという報告もあります。このような点からも、盲目的に子馬の肢を牽引せず、問題がなければ「自然分娩」を見守ることが推奨されます。
育子拒否は大きく以下の3つに大別されます。①子馬を容認しない、②授乳を拒絶する、③子馬を攻撃する。また、育子拒否は初産で多いことが知られています。日高育成牧場で経験した例も初産でした。当場の例では、出産直後には特に問題なく授乳を許容していましたが、徐々に授乳を拒むようになりました。これは初産のために乳量が不足しているにも関わらず子馬が執拗に吸飲することが、苦痛あるいは疼痛の原因になったものと考えられました。この育子拒否に際し、空胎馬に泌乳を誘発して乳母として導入するという新たな手法を試み、成功しました。その手法は以下のとおりです。

泌乳誘発の方法
 黄体ホルモン製剤、エストラジオール製剤、PGF2α製剤、プロラクチン分泌を促進するドパミン作動薬を継続投与し、翌日から搾乳刺激を与えます。図1に示すとおり、乳量は経時的に増加しました。馬によって異なりますが、早ければ投与開始から概ね1週間で乳母として導入できるだけの乳量が得られます。また、この手法にはその馬自身の卵巣が活動している必要があるため、1月や2月といった時期に泌乳誘発処置を実施するためには、ライトコントロールによって卵巣活動を促す必要があります。

1 図1 泌乳誘発の投薬方法と搾乳量

乳母付け
 乳母付けとは実際子馬と乳母を対面させ、実子として容認させることです。一般的には乳母の臭いをつけたり実子の臭いをつけたりする、メントールのような軟膏を乳母馬の鼻に塗って嗅覚を麻痺させる、数日間馬房に張り続ける、子馬を空腹にする、分娩時の刺激を擬似的に与える子宮頚管刺激法などが提案されています。しかし、乳母付けの成功を左右する最大の要因は乳母の性格です。温厚で母性に満ちており、さらに乳量が期待できる馬を選択することが重要です。我々は6日間を要しましたが、放牧地において他の繁殖牝馬から子馬を守ったことが決め手となり、以後完全な母性が芽生えました(図2)。非分娩馬の場合は、実際に出産を経験していないため、一般の乳母よりも導入が困難であり、馬の選択がより重要です。

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図2 放牧地で他馬から守ることで、完全に母性が定着

ホルモン処置後の受胎
 ホルモン処置終了後から卵胞が成長し、概ね1週間で排卵しました。さらに排卵前の交配によって受胎することも確認できました。非分娩馬を乳母として活用しながら、その馬自身もそのシーズンに受胎することが可能であることから、実際の牧場現場においても、十分応用可能であると考えられます。また、導入された子馬はその後順調に発育しました。ホルモン処置と聞くと、生体に悪影響があるのではないかと想像する方もいるかもしれませんが、この処置は分娩前後の母馬のホルモン動態を模倣しているだけであり、不自然な状態ではありません。

まとめ
 今回ご紹介した非分娩馬に泌乳を誘発して乳母として利用する方法は、高額な乳母のレンタルに対して安価である点、自分の牧場の空胎馬を利用できる点、乳母として利用しながら交配できる点などのメリットがあります(図3)。育子放棄を受けた子馬を育てる際の新たな選択肢として検討してみてはいかがでしょうか。興味がある方は、直接日高育成牧場もしくは担当の獣医師に相談してください。

3 図3 各手法の長所と短所

(日高育成牧場 生産育成研究室  村瀬晴崇)

2019年4月22日 (月)

育成馬のV200の変化

No.69 (2012年12月15日号)

 日高育成牧場では、トレーニング効果の指標である“V200”を毎年2月と4月に測定しています。そもそも“V200”とは1980年代にスウェーデンのパーソン教授によって提唱された馬の持久力(有酸素能力)の指標であり、“心拍数が200 拍/分に達した時のスピード”を意味します。これはスピードが上がれば心拍数も上昇するという生理学的な関係を利用したものです。ヒトの持久力の評価には、トレッドミルや自転車アルゴメーターで大型のマスクを装着して測定する最大酸素摂取量を指標としていますが、この測定には特殊機器を必要とするので、馬での測定は大きな研究施設でなければ困難です。そのために競走馬では、 “V200”や“VHRmax(最大心拍数に達した時のスピード)”を測定することによって持久力の評価が行われています。
 このような馬の運動生理の研究に関して、日本のみならず世界の中心となっているのがJRA競走馬総合研究所であり、ここでの研究成果を育成調教に応用しているのがJRA育成牧場であります。

競走能力との関係
 馬が運動する際には、酸素を利用し多くのエネルギーを得る方法(有酸素的運動)と、短時間に限定されるものの酸素を利用せずにエネルギーを得る方法(無酸素的運動)があります。競走中のサラブレッドは1,000mのレースでさえエネルギーの70%が有酸素的に供給される(図1)ということからも、“持久力(有酸素能力)が高い馬”≒“競馬を有利に運ぶことができる”と考えられています。

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図1:競走馬が距離別に必要とするエネルギーの割合(Eatonら)。短距離レースでもエネルギーの70%が、長距離レースではエネルギーの86%が有酸素的に供給されています。

 そのために、育成馬や競走馬に対しては、調教中の心拍数とその時のスピードから持久力が推定できる“VHRmax”や“V200”の測定による方法が応用されています。“VHRmax”や“V200”も基本的には同じ考えに基づく指標ですが、“V200”は“追切り”のような最大強度を負荷する必要がないので育成馬に応用しやすいという利点があります。一方、出走に向けて“追い切り”を行っているような競走馬であれば“VHRmax”の方が応用しやすくなります。
 このように述べると “VHRmax”や“V200”の測定値によって、その馬の走能力を予測できるのではないかとも考えられます。実際、現役競走馬での測定データでは、オープン馬は条件馬よりも高い傾向が認められたという試験結果(図2)もあります。

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図2:現役競走馬における競走条件別のVHRmaxおよびV200の測定値(塩瀬ら)。両測定値ともに競走条件が上がるにつれて上昇しているのが分かります。

V200の評価方法
 しかしながら、“VHRmax”や“V200”は異なる個体間での能力を比較するよりは、同じ馬のトレーニング効果を検証するのにより適した指標と考えられています。その理由は、馬の最大心拍数には個体差があるためであり、特に“V200”に関しては、最大心拍数が210拍/分の馬と230拍/分の馬では、同じ心拍数200 拍/分で走行した場合の相対的な負担度は若干異なる状態での比較となってしまうためです。また、競馬の勝敗は持久力以外の要因も左右するために、“V200”の測定値のみによって競走成績を予測できる訳ではないことはいうまでもありません。
 これらの理由のために、育成期における“V200”の測定値を評価する時には、以下の点について注意する必要があります。

1)“V200”測定時において騎手のコントロール下でのスピード規定が難しいこと。
2)“V200”測定値は馬の情動や騎乗者の体重あるいは技術の影響を受けること。
3)出走前の競走馬に対するトレーニング強度と異なり、育成期に行われているトレーニング強度では、“V200”は調教が順調に進みさえすれば、ほとんどの馬がある程度の測定値にまで達すること(図3)。

このように“V200”の個々の測定値のみを評価することはあまり意味がありません。

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図3:トレーニングと運動中の心拍数の関係:“V200”はトレーニング強度が上がればある程度の測定値にまで上昇します。鍛えれば当然、同じスピードでも低い心拍数で走れるようになります。

育成馬への応用
 それでは、どのように“V200”の測定値をJRA育成牧場において利用しているかといいますと、日高育成牧場では、過去12年間に渡って毎年2月と4月のほぼ同時期に“V200”を測定しています。同時期に、同じ馬場で“V200”を測定するということは、年度毎の調教効果を比較検討する手段のひとつとなり得ることを意味しています。個体毎に適切な調教方法というのは当然異なりますが、“調教群”として捕らえた場合には、「2月の時点までにある程度の調教負荷をかけて“V200”測定値を上昇させておいた方が良いのか」、それとも「2月から4月の“V200”測定値の上昇率が高い方が良いのか」、あるいは「こうした効果は牡と牝で異なるのか」などについての調査研究を実施しています。つまり、その年の“V200”測定値と調教時の運動器疾患の発生率や、その世代の競走成績との関連性を調査することによって、“More than Best”となる調教を目指して次年度の調教計画立案に役立てています。

 下のグラフは、過去10年間の日高育成牧場で調教された育成馬(牡牝混合)のV200の平均値です。大きな変化は認められませんが、近5年は4月のV200値が高い傾向があります。これは、ブリーズアップセールが始まったことや、新馬戦の時期が早まるなど2歳の早期からの活躍が望まれていることから、育成馬においても以前より2月以降の調教負荷が上がっているということをデータは裏付けています。ただし、2歳終了時(12年は11月末時点)の勝ち上がり頭数とV200の関連は特にみられず、V200が高いからその世代から多数勝ち上がっているかというとそういうわけではないようです。また、先ほど述べたように個々の馬の値に関しても同様です。表1は、日高育成牧場で調教した最近の活躍馬のV200の値です。彼らは特に世代の中で飛び抜けていたわけではなく、平均程度の値です。ただし、4頭とも2月から4月にかけて数値が順調に上昇していたので、調教がしっかりと身になっていたということはいえるかもしれません。今後もJRA育成馬での測定データを蓄積し、競走成績と照らし合わせることで検証し、皆様方に還元できればと考えています。

(グラフ1)

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(表1)

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(日高育成牧場 業務課 大村昂也)

2019年4月19日 (金)

JRA育成馬を活用した人材養成

No.68 (2012年12月1日号)

 JRAでは「強い馬づくり」すなわち、内国産馬の資質向上や生産・育成牧場の飼養管理技術向上に貢献することを目的に、育成業務を行っています。
 われわれは購買したJRA育成馬および生産したJRAホームブレッドを活用して育成研究・技術開発を行なっています。また、そこで得られた成果はブリーズアップセール売却後の競走パフォーマンスにおいて検証した後、講習会やDVDなどの出版物を通して広く競馬サークルに普及・啓発することとしています。
 また、「強い馬づくりは人づくりから」とよく言われるように、「人材養成」も重要な育成業務のひとつです。
 われわれはJRA育成馬を活用して騎乗技術者、牧場従業員、獣医師等、広く生産・育成および競馬に携わる優秀な人材をサークル内に供給することができるよう、様々な取組みを行なっています。今回は、育成期のステージごとにJRA育成馬を活用して実施している内容について紹介いたします。

初期~中期育成のステージ
■JBBA生産育成技術者研修生
 JBBA日本軽種馬協会では、競走馬の生産・育成関連の仕事に就業するための基礎となる知識、技術の習得を目的として、静内種馬場内にある研修所で馬学全般、騎乗訓練や馴致調教などの研修を行っています。JRAでは、「繁殖牝馬の管理実習」、「分娩見学」、「当歳馬の管理実習および離乳実習」、「育成馬の騎乗馴致見学」等の実習や見学を支援しています。研修生は、馬を生産育成する上で重要な節目に合わせて来場し、JRA生産馬およびホームブレッドを活用して実習体験するとともに、子馬の発育やその時々の飼養管理法について専門的な知識を学びます。

■日高育成牧場サマースクール
 日本の大学は、欧米に比べて産業動物の臨床実習をするための環境や施設が整っていないのが現状です。しかしながら、全国の学生の中には、馬に関する実践的な教育を受講したいと考えている人や、実習などを通じて馬と触れ合ってみたいという学生は大勢います。日高育成牧場ではこのような獣医畜産系の大学生を対象に、10日間程度の研修期間を2クール設けています。繁殖牝馬および当歳馬の引き馬や手入れなどの実践技術の習得をはじめ、さまざまな検査や調査に立ち会うことにより、馬の繁殖学、栄養学、画像診断技術などを学びます。また、馬をさらによく知っていただく目的で、繋養乗馬を活用した体験乗馬も実施しています。

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(写真1)サマースクールでは引き馬も学ぶ

後期育成のステージ
■BTC育成調教技術者研修
 (財)軽種馬育成調教センター(BTC)が実施している育成調教技術者養成研修では、「軽種馬の生産・育成に関する体系的な実用技術および知識の習得を目的」に1年間の研修を行っています。前半の6カ月で基礎的な騎乗技術を身に付けた研修生は、JRA育成馬のブレーキングが始まる9月から、2班ずつにわけて3週間ずつ育成馬の馴致ロットごとに参加します。そこでは、JRA職員が指導する「JRA育成牧場管理指針」に沿った実際の育成馬の馴致を学びます。また、当場に繋養する若い乗馬も実習馬として活用し、ドライビングなどの騎乗馴致技術の基礎を習得しています。
 また、年が明けて1月から4月までは、JRA育成馬に騎乗し、実践的な育成場の騎乗技術を身につけていきます。JRA職員は生徒が騎乗することが出来る躾のできた馬を調教するとともに、生徒とともに騎乗し、就職先の牧場でしっかりと乗ることができるよう、厳しく指導を行ないます。最終的には4月初旬に行われる育成馬展示会においてスピード調教を行い、自身の研修成果のアピールを行います。生徒が騎乗した馬の中からはエイシンオスマン号やモンストール号などの重賞勝利馬も輩出しており、生徒達の自信と励みにもなっています。

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(写真2)ブレーキングを学ぶBTC生徒

■競馬学校騎手課程生徒
 育成調教が進んだ2月には、競馬学校騎手課程2年生が約1週間滞在し研修を行っています。昔のようにトレセンで若馬に乗る機会が減少している生徒にとって、JRA育成馬に騎乗することは馬の調教方法や騎乗を学ぶ貴重な機会となります。彼らは、若馬の柔らかさや反応の速さに驚きながらも、すばやく馬の状態に適応しながら騎乗することができます。
 また、4月中旬にはブリーズアップセールに向けて中山競馬場に滞在する1週間、セールに上場する馬の調教や管理を学ぶための研修を行います。JRAブリーズアップセールでは、各生徒がそれぞれ5鞍騎乗し、多くの馬主や調教師の見守る中、彼らの技術を披露しアピールする良いチャンスともなっています。同時に彼らの騎乗技術が馬の売却状況に影響をおよぼすので、プレッシャーを感じながら騎乗するトレーニングにもなっているようです。

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(写真3)ブリーズアップセールで騎乗する騎手課程生徒

 このように、生産、あるいは購買したJRA育成馬は、競走馬として売却されるまで、様々な人材を養成するために活用されています。JRA育成馬に携わった研修生たちが、生産・育成界そして競馬サークルで活躍されることを期待しています。

(日高育成牧場 業務課長 石丸 睦樹)

2019年4月17日 (水)

競走馬の休養

No.67 (2012年11月15日号)

 競馬サークル内で、「競走馬の休養」というときは、大きく2つのタイプの休養に分けられます。すなわち、1)骨折などの疾病による休養、そして2)いわゆる馬体調整のための休養です。

疾病などによる休養
 骨折などの重篤な運動器疾病を発症した場合は、その病気を完全に治癒させることが必要であるため、必然的に馬房内の完全休養となります。この際に、馬房内休養が長期間におよべば(5~6週間以上)、トレーニングによってせっかく高まった呼吸循環機能は、トレーニング開始前のレベル近くまで低下してしまいます。これに対し、少なくとも常歩による運動を行なうことが出来る場合には、呼吸循環系機能への影響は完全休養ほどには大きくはないものと考えられます。
 一方、一過性の発熱や蕁麻疹などの内科的疾患で1~数日間のトレーニングの休止が必要とされる場合では、トレーニング休止そのものが呼吸循環機能におよぼす影響はそれほど大きくはないと考えられます。しかしながら、トレーニング休止の影響は、その馬がトレーニングのどのステージにあるかによって大きく異なります。騎乗馴致後のトレーニング初期やその後のトレーニングの中期にある育成馬では、それほど大きな影響はないかもしれませんが、すでに競走馬として競馬への臨戦態勢にある場合には、ある程度の影響が考えられます。これは、トレーニング効果におよぼす影響というよりは、むしろコンディショニングに大きくかかわってくる問題でもあります。

馬体調整のための休養
 レースの直後にレースからの疲労回復を目的として、何日かを休養に当てることはあっても、競走馬が疾病以外の理由でトレーニング自体を休止することは稀です。競馬サークル内では、春の競馬シーズンを終了してから秋競馬まで調整することなどを休養と称することがありますが、この場合の休養は現実的にはトレーニングの休止とはいえません。
 トレーニングセンターに在厩している競走馬の放牧期間と在厩期間を調査した結果によると、近年では、放牧期間は30~90日間の馬の割合が高かったことがわかっています。また、厩舎事情もあってか、トレセン在厩期間の短い馬は放牧期間も短く、在厩期間の長い馬は放牧期間も長い傾向にありました。トレーニングセンター周辺の牧場においては、短期間の放牧が多い傾向にあり、これらの施設でトレーニングする馬のトレーニング強度は高い傾向がありあました。
 近年、育成トレーニング施設が充実してきたこともあり、いわゆる放牧休養という場合でも、実質的には強度の低い運動(速歩や駈歩)を継続していることが多いようです。ウォーキングマシーンを利用することで十分な常歩を負荷することができれば、サラブレッドのフィットネスを維持することに大きく役立つものと思われます。ウォーキングマシーンは近年普及が進み、育成トレーニング施設では必須の施設のひとつとなっており、日常的なトレーニングにおいて、ウォーミングアップあるいはクーリングダウンの補助手段として頻繁に用いられています(図1)。また、いわゆる馬体調整の一環で休養に入った競走馬でも、ウォーキングマシーンを利用して、時速7kmほどのいわゆるバイタルウォークの範疇となるスピードの速い常歩を十分に負荷している例が多いようです。

1_13 図1:近年普及の目立つウォーキングマシーン。ウォーミングアップやクーリングダウンにも用いられるほか、休養中の基礎運動の一環としても利用されている。

休養と呼吸循環機能に関する研究
 JRA競走馬総合研究所では、休養中の運動強度の違いが呼吸循環機能におよぼす影響を調べるために、3種類の休養形態を設定して、その影響を調べました。休養の方法は、1)駈歩休養群(トレッドミル上での70%VO2max強度の駈歩3分:ハロン18~20秒くらいの駈歩と考えてよい)、2)常歩休養群(ウォーキングマシーンでの時速6~7kmの常歩1時間)、3)完全休養群(馬房内で休養し、運動は行なわない)、の3群です。
 実験には21頭のサラブレッドを用いました。トレッドミル上で18週間にわたってトレーニングを負荷し、トレーニング終了時にトレッドミル運動負荷試験により最大酸素摂取量(VO2max)をはじめとする呼吸循環機能の指標を測定しました。その後、7頭ずつ上記の3群に分け、それぞれの条件下で12週間の休養を行ない、休養により呼吸循環機能がどのように変化するかを観察しました。18週間のトレーニングを行なうことで、持久力の最もよい指標であるVO2maxはトレーニング前と比較して大きく増加しました。また、パフォーマンスを表すと考えられる疲労困憊に要する走行時間は長くなりました。
トレーニング終了時のVO2maxを100%として、12週間の休養によりどれだけ変化しているかをみてみると、馬房内休養群では平均14.1%の減少が認められたのに対し、常歩休養群では平均12.7%、駈歩休養群では平均9.7%の減少が観察されました。また、疲労困憊に要する走行時間も休養によってすべての群で減少していましたが、その減少率は駈歩休養群が最も少なかったことがわかりました(図2)。

2_13図2:トレーニング終了時の数値を100%としたときの休養12週間後の割合。Aの最大酸素摂取量は、3種類の休養群でいずれも減少しており、その程度は、完全休養群>常歩休養群>駈歩休養群であった。一方、Bの疲労困憊に要する走行時間は、3群とも減少しているが、駈歩休養群では比較的維持されているのがわかる。


 当たり前のようですが、完全休養群に比べ、何らかの運動を継続していた方が、VO2maxの減少率が少ないことが分かります。VO2maxは酸素運搬系機能の総合的な指標です。そこで、VO2maxに影響をおよぼす因子の変化を少し詳しくみてみると、心臓の1回の拍動で送り出される血液量(1回拍出量)は、完全休養群で約20%減少していたのに対し、常歩休養群では約10%の減少にとどまり、この減少の程度は駈歩休養群とほぼ同じくらいでした。その他の呼吸循環系機能の指標についても、変化の様相は各群で必ずしも同じではなく、各休養群間で少しずつ違っていました。
 骨格筋のエネルギー代謝において重要な乳酸代謝に関する指標をみてみると、乳酸利用に関連するタンパク質であるMCT1は、駈歩休養群では比較的よく維持されていました。一方、激しい運動により筋細胞内に大量に産生された乳酸を細胞外に放出するタンパク質であるMCT4は駈歩休養群でも低下していました。MCT4は言ってみれば、無酸素性のエネルギー供給に関係するタンパク質であるので、これに関する機能を維持するには強い運動が必要であるということだと思われます。一方、MCT1は有酸素性のエネルギー供給に関係するタンパク質ですので、この機能が維持されていることは、重要な所見と思われます。
 休養により呼吸循環系機能は低下しますが、当然のことながら、その低下の程度は、完全休養群がもっとも高く、次いで常歩休養群、駈歩休養群の順でした。これは、もちろん予想どおりのことですが、体力の指標の中には常歩休養によってもかなり維持されているものもあったことは注目できる現象でした。これらの知見は、休養後の再トレーニングを考える上で重要な知見であると考えられます。

(日高育成牧場 副場長 平賀 敦)

2019年4月15日 (月)

運動器疾患に対する装削蹄方針について

No.66 (2012年11月1日号)

はじめに
 蹄は、肢勢や歩様などの異常を変形することで表す受動的な器官であると同時に、その形態の善し悪しが様々な運動器疾患を引き起こす一要因にもなる器官とされています。そこで今回は、競走馬に見られる運動器疾患の中でも、比較的蹄管理との関係が深いとされているいくつかの疾患について紹介したいと思います。

屈腱炎
 多くの名馬たちが引退へと追い込まれた運動器疾患「屈腱炎」は、蹄の形態と強い関連性があると考えられています。特に、異常蹄形である「ロングトゥ・アンダーランヒール(図1)」は、屈腱炎発症肢に多い蹄形との報告があるように 屈腱炎発症の一要因として考えられています。過剰に長い蹄尖壁(ロングトゥ)は、蹄の反回時に生じる屈腱への負荷を増大させます。また前方へ移動した蹄踵(アンダーランヒール)は、蹄尖を浮き上がらせるような力を増大させると考えられます。そこで、前方へ張り出した蹄尖壁を定期的に削り取ることで反回負荷の軽減を図ったり、前方へ伸び過ぎた蹄踵を除去したりします。それでも直しきれない場合は、蹄角度を起こす厚尾蹄鉄(先端から末端にかけて厚みが増す蹄鉄)や、蹄尖が浮き上がる力を抑制するエッグバー蹄鉄(末端部が繋がったタマゴ状の蹄鉄)を装着し、蹄角度の改善や力学的ストレスの緩和を図ります(図2)。ただし、どちらの蹄鉄も蹄踵部にかかる負荷が増大することにより蹄踵壁が潰れてしまうため、長期間の使用は極力避けた方が良いでしょう。

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図1 ロングトゥ・アンダーランヒール

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図2 厚尾状エッグバー蹄鉄

球節炎
 球節部に腫脹、帯熱、屈曲痛などが生じる球節炎と蹄の形態にも関連性があると考えられています。不同蹄(左右の蹄の大きさや角度が異なる蹄)に発症する各運動器疾患について調査したところ、蹄が大きい肢において球節炎が多く発症することが分かりました。蹄が大きいということは蹄の横幅(横径)が長いため、横幅が短い小さな蹄に比べて地面の凹凸をより多く拾うことになります(図3)。球関節はその構造上、可動範囲が前後2方向に限られているため、凹凸を踏んだ際に生じる蹄が傾くような横方向の動きは、球関節へのイレギュラーなストレスになるでしょう。そのことは、球節炎のみならず球節軟腫や繋靭帯の捻挫(過伸展)などを引き起こす要因になってしまうかもしれません。蹄側壁が凹湾し、横幅が長くなっているような蹄は、しっかりと鑢削して適度な横幅を維持しましょう。もし跣蹄において横幅が長い場合は、4ポイントトリム(内外側の蹄尖・蹄踵負面4点のみに負重を促す削蹄技法)を行うことにより横幅の短縮が図れます。

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図3 横幅が長いと凹凸を拾いやすい

内側管骨瘤
 第2中手骨と第3中手骨の間に異常な骨増生が起こる運動器疾患で、成長期にある競走馬や若馬に多く見られます。軽度なものであれば骨増生がある程度納まった時点で跛行は消失しますが、腕関節に近い部位にできる骨瘤は靭帯や腱を傷つける恐れもあります。発症の原因としては、骨格が不成熟な時期に行う強い調教、交突(蹄が対側の肢蹄に衝突すること)や硬い地表による衝撃、蹄の変形による内外バランスの欠如、極端な外向肢勢や広踏肢勢、またオフセットニー(図4)などの異常肢勢が挙げられます。装蹄視点からの対処法としては、蹄鉄と蹄の間に空隙を設けたりパッドを挿入したりすることで、衝撃の緩和を図るといった装蹄療法がありますが、蹄に直接伝わる衝撃は緩和出来ても、関節や骨に加わる負重は変化しませんので、ほとんど効果は期待できません。肢軸の状態を十分に考慮した上で、蹄内外バランスの調整を定期的に行うことのほうが大切と言えるでしょう。

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図4 オフセットニー

おわりに
 ここまで紹介した運動器疾患の発症すべてに共通する要因として「蹄の変形」が挙げられます。蹄の形態は、遺伝、肢勢、飼料、運動、敷料、年齢、気候など様々な影響により日々変化することから、日常の蹄管理を怠った状態で蹄のバランスを保つことは不可能と言えるでしょう。特に、骨や靭帯あるいは腱などが柔軟で、蹄角質の成長が活発な若馬は、わずかな期間で蹄が変形してしまいます。しかし、成馬に比べればバランスの矯正も比較的容易に行え、各部位の骨端板(骨細胞の増殖により骨が伸びる軟骨部)が閉じる前では、ある程度の肢勢矯正も期待できることから、蹄が変形しやすい異常肢勢にならないよう早い時期から対処し、将来的な運動器疾患の予防へと繋げていきましょう。

(日高育成牧場業務課 工藤有馬・大塚尚人)

2019年4月12日 (金)

蹄血管造影について

No.65 (2012年10月15日号)

 今回は、蹄病の詳細な診断や治療方針を決定するうえで有用な診断技術である蹄血管造影法について紹介します。

蹄血管造影とは
 挫跖(ざせき:蹄底におこる打撲のようなもの)や裂蹄(れってい:蹄壁にひびが生じること)、蟻洞(ぎどう:蹄壁に空洞が生じること、本紙7月1日号記事参照)など蹄の病気は競走馬のみならず、繁殖牝馬や育成馬において比較的よく起こりますが、強固な蹄壁に囲まれていることから蹄内部の病状を正確に把握することは困難です。蹄血管造影法とは、蹄内部の血管に造影剤を注入してX線検査を行うことで、蹄内部の血流状態を検査する方法です。近年、蹄血管造影法は臨床の現場で応用されるようになり、得られた結果を参考に獣医師と装蹄師が協力して治療にあたるケースが多く見られるようになりました。

どのような時に使用するか
 蹄血管造影法は、①蹄葉炎における血流障害の状態を調べる、②角壁腫や膿瘍など血管を圧迫する物質の確認、③蟻洞などで蹄壁が欠損した際の血管損傷程度の確認と診断、等に用いられますが、最も一般的なのは①の蹄葉炎の場合です。従来の蹄葉炎のX線検査では、蹄骨の変位(ローテーション)を調べることしかできません。そのため、初期症状の発見や予後の判断が難しいという問題があります。しかし、蹄血管造影法では、蹄骨のローテーションが起こっていない段階での血流障害を発見できる可能性があります。また、蹄骨がローテーションした場合でも、蹄内部の血流状態を知ることで、より正確な予後診断ができるようになります。

造影画像
 図1は蹄内の血管の走行を示したもので、図2は正常な馬の蹄血管造影画像です。大小多数の血管が蹄全体を網目状に分布している様子がわかります。一方、循環障害がある場合は、造影剤を注入しても血管が見えなくなります。また、蹄葉炎の馬では、蹄骨背面の血管(蹄壁真皮層)が造影されないことがあります。この領域での循環障害は葉状層(ようじょうそう:蹄壁の内側にあり、蹄骨の位置を保つのに重要な役割を果たしている)の血流不足を引き起こすため、蹄骨のローテーションの原因になると考えられています。さらに重度の症例になると、蹄壁真皮層だけでなく、蹄冠部や蹄底領域の血流にも障害を認めることがあります(図3)。そのような場合は蹄骨のローテーションが進行し続ける可能性が高く、予後は悪くなります。

1_11 図1 蹄内の血管走行

2_11 図2 正常馬の蹄血管造影画像
多数の血管が蹄全体に網目状に分布している。

3_8 図3 蹄葉炎馬の蹄血管造影画像
蹄壁真皮層だけでなく、蹄冠部や蹄底領域の血流にも障害が認められる。 

最後に
 このように、蹄血管造影法では通常のX線画像ではわからない蹄内部の循環障害部位を特定することができます。その結果、より正確な蹄病の診断が可能となり、また、特定された障害部位に対する積極的な処置や装蹄療法の実施も可能となります。現在、蹄血管造影は主に蹄葉炎のウマに対して行われていますが、蹄が原因と考えられる慢性的な跛行についても、有用な情報が得られる可能性があります。

(日高育成牧場 業務課 中井健司)