繁殖 Feed

2019年11月27日 (水)

馬鼻肺炎の流産

No.117(2015年2月1日号)

 馬鼻肺炎ウイルスによる流産および生後直死は、1頭の子馬の被害に止まらず、複数頭に続発するケースが認められることから、生産牧場にとっては大きな被害を及ぼします。この原因ウイルスである「ウマヘルペスウイルス1型(以下EHV-1)」は、馬に一度感染すると、その体内に一生潜伏します。そして、何らかのタイミングで突然再活性化し、妊娠馬であれば流産を引き起こします。また、再活性化した馬は感染源となり、ウイルスを周囲の馬に拡散します。このことから、EHV-1は、撲滅が極めて困難なウイルスであると言われています。しかし、馬鼻肺炎に関する基礎知識を背景とした適切な飼養管理により、流産発生リスクを減らすことは可能だと考えられます。

 EHV-1とは?

 EHV-1は馬の流産原因の1割弱であることから、流産馬の10頭に1頭がこのウイルスの感染によるものと考えられます。その多くは、妊娠末期9ヶ月以降の流産、生後1~2日齢までの生後直死ですが、発症した母馬には発熱や鼻漏などの感染症状がない場合が多く、流産胎子は汚れや腐敗などがなく新鮮で、見た目が比較的きれいであることが特徴といえます。ただし、生後直死する子馬は、明らかに虚弱で元気がない様子が観察されます。

 これら以外の症状として、発熱や鼻漏、顎の下にあるリンパ節の腫脹などの風邪のような症状や、稀に起立不能や鼻曲がりといった神経症状を認めることがあります。しかし、EHV-1で注意が必要なのは、全く症状がないままウイルスを拡散させる馬がいることです。この場合には、飼養者の注意が行き届かないことが多く、感染拡大に繋がります。

 EHV-1の感染経路

 EHV-1の感染源となるのは「感染馬の鼻汁」および「流産時の羊水・後産・流産胎子」であり、これらに対して直接的および、間接的(人、鼻ねじなどを介して)に接触して馬が感染します(図1)。しかし、最も厄介なのは、馬自身の体内に潜伏しているEHV-1ウイルスの「再活性化」です。一度EHV-1に感染すると、生涯に亘って、その馬の体内(リンパ節や三叉神経節など)に潜伏すると言われており、体力低下、輸送、寒さなどのストレスが引きがねとなって、再活性化がおこります。これにより、潜伏部位から体内にEHV-1が拡散し、子宮内の胎子に到達した場合には流産を引き起こすことになります(図2)。EHV-1が再活性化した馬は、他の馬に対してもウイルスを拡散します。これらの馬からのEHV-1が若馬で初感染した場合、一度感染した経験をもつ馬よりも多くのウイルスを拡散させることが知られています。また、このような若馬はその後EHV-1を潜伏させて、再活性化のリスクを有した馬となります。このようなEHV-1のライフサイクル(図3)を考慮すると、冒頭でも述べたように、根絶が極めて困難なウイルスであることをご理解していただけるかと思います。

1_11 図1.EHV-1の感染経路

2_9 図2.EHV-1の潜伏場所および再活性化

3_9 図3.EHV-1のライフサイクル

EHV-1の予防法

 それでは、このような根絶困難なEHV-1に対して、我々はどのように感染リスクを減らすことができるのでしょうか?

「予防接種」

馬鼻肺炎のワクチン接種は極めて効果的な予防法です。もちろん、上記のようなウイルス特性から推察するに、接種による予防効果はパーフェクトではありませんが、妊娠末期の接種は、必要な予防措置と考えられます。また、妊娠馬のみならず、牧場で管理している他の同居馬(育成馬、空胎馬、乗馬、あて馬など)にも接種することで、牧場全体の馬のEHV-1の免疫を上昇させることは極めて有効です。

「妊娠馬の隔離」

 可能な限り妊娠馬は他の同居馬と隔離して飼養管理することが望ましいといえます。特に感染を経験していない若馬は、感染した場合に多くのウイルスを拡散させるため注意が必要です。このため、これらの馬は妊娠馬の近くでは管理しないこと、若馬を触った後は妊娠馬を触らないようにすること、触った場合の消毒・着替えが推奨されます。また、新たに入きゅうする上がり馬などは、輸送や環境変化のストレスにより再活性化しやすいため、妊娠馬の厩舎に入れることは推奨されません。しかし、やむを得ない場合は3週間程度の隔離を行い、感染徴候がないことを確認してから、同じ厩舎に入れる措置を取ったほうがよいでしょう。

「ストレスの軽減」

 再活性化を引き起こすストレスとしては、長距離輸送、手術、寒冷ストレス、放牧地や馬群の変更、過密放牧、低栄養などがあげられます。通常の飼養管理をするなかで、なるべくストレスを軽減するような管理方法を構築していく必要があるようです。

「消毒」

 妊娠馬の厩舎には踏み込み消毒槽の設置が重要です。消毒液としては、アンテックビルコンSやクレンテなどの塩素系消毒薬、パコマやクリアキルなどの逆性せっけんが有効です。しかし、いずれも低温では効果が低下するため、微温湯での希釈や屋内の温かい場所への設置など、水温低下を防ぐ措置が必要となります。また、消毒薬は、糞尿などの有機物の混入で効果が低下するため、頻繁な交換が推奨されます。また、野外や土間などには消石灰の散布が効果的ですが、塩素系消毒薬と混ざった場合、効果が減弱するため注意が必要です。

 発生時の対応

 それでは、実際にEHV-1による流産が発生した場合には、どのような対応が必要になるのでしょうか?

「消毒」

 馬鼻肺炎の流産の継続発生を防ぐためには、流産胎子や羊水、およびその母馬からの感染拡大防止が重要です。流産によって排出されたEHV-1は冬場の低温環境では2週間経過しても全体の約1/4が生存しますので、流産発生した場合には徹底的な消毒をしなくてはなりません。このため、流産が発生し、馬鼻肺炎が疑われる場合には、すみやかに胎子、寝藁、母馬、馬房を消毒します。この場合には、塩素系消毒剤のように金属腐食性がなく、生体にも比較的安全とされるパコマなどの逆性せっけんの使用が推奨されます。この場合にも微温湯で希釈した消毒液を大量に用いて徹底的に消毒します。

「隔離」

 流産をおこした母馬は、ウイルスの感染源となるので、他の妊娠馬への継続発生を防止するために、牧場内の他の厩舎へ隔離する必要があります。この際、他の馬がいる厩舎に隔離した場合、それらに感染し、牧場全体の被害を拡大させる可能性がありますので、出来るだけ単独隔離が可能な厩舎への移動が推奨されます。

 また、流産発生に備えて、消毒薬やバケツ・じょうろなどの必要品の準備に加えて、事前に母馬の隔離場所などを決めるなどの行動計画を作成し、厩舎スタッフで共有することも重要な感染拡大防止策であるといえます。

 (日高育成牧場 専門役 冨成雅尚)

2019年8月12日 (月)

卵巣腫瘍の新しい検査方法

No.98(2014年4月1日号)

馬の卵巣腫瘍
 馬の卵巣腫瘍と言っても、多くの生産者は聞いたことが無いかもしれません。しかしながら、繁殖牝馬ではしばしば生じる疾病であり、発情サイクルが止まってしまう場合もあるため重要な疾病です。
簡単に腫瘍とは何かを説明いたします。腫瘍とは「組織が過剰に増殖した結果できた組織塊」であり、○○癌や○○肉腫と言われる悪性(転移する)のものと○○腫と言われる良性(転移しない)のものを総称した言葉です。また腫瘍ではないものの、卵巣が大きくなって腫瘍と区別がつけにくい卵巣血腫や卵巣嚢腫といったものもあります(図1)。直検でこのような大きな卵巣が分かった場合に重要なことは、発情や排卵がくるのかどうかということです。正確な診断には卵巣の組織を調べる必要がありますが、実際にはそこまでできませんので、大きさ、触感、超音波画像、反対側の卵巣の状態、発情の具合などから推定することになります(図2)。しかしながらこのような珍しい症例は、個々の獣医師が経験できる数も限られる上に、正確な診断ができないこともあり、獣医師によって診断が異なってしまう場合もあります。

1_7 図1 腫瘤の分類

2_7 図2 卵巣のエコー画像(左:正常な卵巣、右:顆粒膜細胞腫)

卵巣摘出後の発情は?
 卵巣腫瘍は直接死に至るわけではありませんが、発情が止まる場合もあるため、繁殖牝馬にとっては致命的な病気とも言えます。馬の卵巣腫瘍のうち最も頻度が高いものは顆粒膜細胞腫と言われる良性腫瘍です。良性ではありますが、顆粒膜細胞はホルモン産生を行う細胞であるため、これらのホルモンが異常産生され、卵巣静止や持続発情といった徴候を示し、交配不能となります。このような場合には手術で卵巣摘出しなくてはなりません。顆粒膜細胞腫は片側性であるため、その卵巣を摘出しても反対側の卵巣が正常に機能し、発情は問題なく行われますので心配ありません。しかしながら、ある報告によると、手術後に発情が戻るまで平均7ヶ月かかると言われており、1シーズンでも早く交配するためには早期の診断、そして早期に手術をすることが重要となります。

類似症例にご注意!
 そこで問題となるのが、「本当に卵巣を摘出しなければいけない顆粒膜細胞腫なのか、一時的に大きいだけの卵巣血腫や嚢腫ではないのか」という鑑別です。これらの鑑別には残念ながらエコー検査だけでは不十分です。さらに詳しい検査としてテストステロンやエストラジオール、インヒビンといったホルモン測定が行われることもありますが、このようなホルモンは特別な検査施設へ依頼する必要がありますし、個体差が大きいため正常と異常の境界が曖昧であるため、なかなか現実的な検査方法ではありません。

いつでもご相談を
 近年、日高育成牧場ではAMH(抗ミューラー管ホルモン)と言われるホルモンに着目し、1度の血液検査によって正確に顆粒膜細胞腫の診断を行えることをさまざまな学会で報告してきました。AMHは顆粒層細胞からのみ分泌されるため、正常な牝馬では低値であるのに対して、顆粒膜細胞腫では明らかに高い値を示します(図3)。また、比較的簡単な検査であるため、最も頻度の高い顆粒膜細胞腫に対する科学的な診断根拠として非常に有効な検査方法と言えます。
 日高育成牧場ではAMHの調査研究を実施していますので、疑わしい症例がありましたら担当獣医師を通してお声かけ下さい。

3_4 図3 繁殖牝馬における血中AMH濃度

(日高育成牧場 生産育成研究室 村瀬晴崇)

2019年8月 2日 (金)

ホルモン検査によるサラブレッドの流産・早産兆候の診断

No.94(2014年2月1日号)

はじめに
 日高地方の繁殖牝馬は、妊娠5週以降分娩までに8.7%で流産、早産が起こることが大規模調査で判明しています。流産の中には、細菌感染による胎盤の炎症や、胎盤の機能不全あるいは奇形などの理由により胎子のストレスが徐々に増した結果、流産に至るケースも少なくありません。このような場合、生産者や獣医師は、外陰部に悪露が付着する、あるいは分娩1ヶ月以上前から乳房が腫脹すること(図1)により異常に気が付きますが、外部に兆候が現れた頃には手遅れになっていることも少なくありません。妊娠後期における胎子の健康や胎盤状態は、海外では超音波検査が広く実施されています。本稿では、母体血中プロジェステロンおよびエストラジオール濃度の測定を実施することによって流産が起こりやい状態を見極める新しい診断の有用性について紹介いたします。

1_2 図1:流産早産前の典型的な兆候として、外陰部の悪露付着(左)や分娩1ヶ月以上前からの乳房腫脹、漏乳(右)が知られている。

早期の診断が鍵
 分娩予定日よりも2週間以上前に分娩した母馬は、翌年以降も同様の経過をたどることがあり、健康で丈夫な子馬の生産を願うオーナーにとって非常に大きな不安材料となります。このような馬は、胎盤の感染や形成不全を伴うことが多く、できるだけ早期に異常を発見して流産予防のための投薬を実施する必要がありますが、これまでの生産管理では、妊娠経過をモニターして万全を図るというヒト医療のような十分な経過観察体制にないのが現状です。その理由のひとつに有効な検査方法が確立されていなかったことが挙げられます。

血液でわかる流産早産前の状態 
 平成22-24年にJRAと日高家畜衛生防疫推進協議会が協力して「繁殖牝馬の胎子診断および流産予知に関する研究」が実施されました。これまで日本のサラブレッド生産に導入されていなかった超音波検査やホルモン検査について検討し、妊娠異常の診断や流産の予知判定への有用性を明らかにして参りました。とくにホルモン検査は、世界に先駆けて研究されたオリジナリティの高い研究となり、ニュージーランドで行われる国際ウマ繁殖シンポジウムでの口頭発表演題として認められました。その研究の結果から、図2に示すように、流産、早産、虚弱などの理由により子馬が得られなかった損耗群では、妊娠後期(240日~)の血中のプロジェステロンおよびエストラジオール濃度が、正常(生存群)と比較してそれぞれ有意に高い値、低い値となることが明らかとなりました。このような値の違いは、外部の流産兆候よりも早く出現することから、早期治療が可能となります。

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図2:妊娠後期における生存群と損耗群の母体血中プロジェステロン値(左)とエストラジオール値(右)の動態(※は統計的な有意差を示すp<0.001)

 これら調査研究の成果の詳細は、第41回生産地における軽種馬の疾病に関するシンポジウム講演抄録http://keibokyo.com/wp-content/themes/keibokyo/images/learning/rally/symposium41.pdfをご覧下さい。

まずは獣医師に相談を!
 理想的には、大切な繁殖牝馬は妊娠240日以降1ヶ月に1度、流産早産の履歴のある馬は2週間に1度、血液検査を受けることをお薦めします。血中プロジェステロンおよびエストラジオール値による流産早産の予知に関する研究成果は、これまで流産により日の目を見なかった子馬たちの損耗を減少させ、生産性を向上させる有用なツールとなります。この成果を受けて、ホルモン検査は日高育成牧場生産育成研究室での調査研究から競走馬理化学研究所での検査業務に移行しました。競走馬理化学研究所ホームページ内の妊娠馬ホルモン検査http://www.lrc.or.jp/hormone1.phpから検査依頼様式をダウンロードして検体とともに送付すると到着後5日以内に測定結果が得られます(有料)ので、ぜひ掛かり付けの獣医さんにご相談ください。大切な愛馬が無事に分娩を迎えることができるよう、妊娠馬の血液ホルモン検査が推奨されます。

(日高育成牧場 生産育成研究室 室長 南保泰雄)

2019年7月31日 (水)

春季繁殖移行期について

No.93(2014年1月1・15日合併号)

春季繁殖移行期とは?

 春先の交配で、このような牝馬に悩むことはありませんか?「大きい卵胞はあるが、なかなか排卵しない」「発情が長期間持続する、もしくは、発情が不規則」。これらは「春季繁殖移行期」に認められる現象です。この耳慣れない言葉「春季繁殖移行期」とは何でしょうか?

 4つの繁殖ステージ

 サラブレッドを含む馬は、1年間をとおした4つの繁殖ステージ、すなわち『年間繁殖リズム』を有しています(図1)。

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図1 馬の年間繁殖リズム

 4月から9月の『繁殖期』では、メス馬は発情徴候を示し、排卵が認められます。このため、野生環境におかれた馬は、通常この時期に交配を行います。

 そして、9月を過ぎて日が短くなると、『秋季繁殖移行期』に入ります。この時期、発情徴候や排卵は徐々に認められなくなります。冬になり、さらに日が短くなると、『非繁殖期』に入ります。この時期、発情と卵胞発育は全く認められず、繁殖機能が完全に停止します。

 そして、年が明けて、日が長くなると、『春季繁殖移行期』に入ります。この時期、停止していた繁殖機能が徐々に回復していきますが、完全ではありません。発情徴候は認められますが、不規則なことが多く、また、卵胞はある程度まで大きく成長するものの、排卵が認められません。このため、通常であれば、この時期に交配・受胎することは極めて困難です。

 サラブレッド産業における交配時期は、北半球においてはどこの国においても、概ね2月中旬から6月までが一般的ですが、4月から9月にかけての『繁殖期』とのギャップ、すなわち、2月から4月にかけての『春季繁殖移行期』における交配が生産者を悩ましています(図2)。この時期においては、前述した不規則な発情以外に、「早期胚死滅」に陥るケースが増えるとも言われています。

 

2 図2 サラブレッド産業の交配時期

春季繁殖移行期に良好な交配をするために

 それでは、この『春季繁殖移行期』にあたる2月から4月に交配を行い、良好な結果を得るためには、どうすればよいのでしょうか?

 非繁殖期から春季繁殖移行期、そして繁殖期にいたる過程においては、『日長時間の延長』『気温の上昇』『栄養摂取量の増加』『オス馬の存在』が、メス馬の脳に刺激を与えることにより、ホルモン分泌が盛んになり、正常な発情周期に至ります(図3)。わが国を含めた世界中のサラブレッド生産現場においては、『早期発情誘起』とよばれるいくつかの手法を用いて、繁殖期の開始を早めることで、2月からの交配を可能にしています。

3 図3 非繁殖期から繁殖期への移行

 一般的に実施されている早期発情誘起の方法は『ライトコントロール』『馬体の保温』『飼料の増量』『試情(あて馬)』『ホルモン療法』などです。このうち、ライトコントロールは多くの方が実践されていることと思いますが、より効果的に実施するためには、それ以外の方法、例えば、馬服の着用や、フラッシングとよばれる飼料増量、あて馬との継続的な接触なども取り入れる必要があります(図4)。北海道という寒冷地においてサラブレッドに早期発情誘起を行うためには、ライトコントロール以外の要素も軽視できない可能性があります。日高育成牧場では、これらの効果的な方法について、今後も調査研究を継続していく予定です。

4 図4 アイルランドでは、継続的な「あて馬」による早期発情誘起が実施されている。

(日高育成牧場 専門役 冨成 雅尚)

2019年7月29日 (月)

最新の繁殖体系 ―妊娠鑑定のタイミング 欧米との違い―

No.92(2013年12月15日号)

日本では5週目妊娠鑑定が一般的
 サラブレッド生産では、繁殖シーズンに妊娠するまで複数回交配を実施し、最終的に85%程度の受胎を目指すことに力を注いています。しかしながら、日高地方では、最終的な不受胎の率(15%)と同じくらいの割合で、妊娠期の早期胚死滅や流産、死産が起こることが近年の調査研究で明らかとなりました。一度妊娠が確認された牝馬が分娩に至らないという状況は古くから知られており、馬の生産において妊娠鑑定は複数回実施されるのが一般的です。日高地方で最も定着した妊娠鑑定のスケジュールとしては、交配日を1日と数え、17日目に超音波検査を実施する第一回目の妊娠鑑定と、交配後30-35日目に実施する、いわゆる「5週目の妊娠鑑定」が広く取り入れられています。その後、妊娠診断書の発行を必要とする場合、9月末頃に触診で妊娠鑑定が実施されることがあります。

欧米では4週&7週目鑑定が推奨
 ところが、ケンタッキーやアイルランドにおけるサラブレッド生産では、5週目の妊娠鑑定を4週目に実施し、その後6-7週に再度行うというスケジュールが一般的になっています。現行の日本での「5週目の妊娠鑑定」は、子宮の膨らみがはっきりして胚の本体と位置が触診のみでも比較的容易に検出される時期であることや、もし双子が発見された場合でも簡単な堕胎処置を実施してすぐに発情を誘起し、再交配を実施することができるという利点があり、欧米の馬生産でも5週目での妊娠鑑定を実施する場面は多々あるものです。それでは、なぜ欧米のサラブレッド生産では4週目に検査を行うのでしょうか?

馬の胚死滅は、妊娠16―25日に集中
 馬の繁殖学では、一度受胎を確認したのち妊娠35日以内(40日と定義する場合あり)にそれらの胚が消失あるいは死亡が確認されるものを早期胚死滅と定義しています。早期胚死滅の多くは、妊娠16日を過ぎて、胚が子宮に固着した後の早い段階で起こることが考えられ、妊娠25日までに起こるとする報告もあります(Young YJ. J. Vet. Med. Sci. 2007) 。4週目の鑑定が欧米で定着した理由として、少しでも早く胚死滅が起こった、あるいは起こりそうな状況を見極め、再交配やホルモン治療などの時期を逃さないように1週間早く妊娠検査を実施しているものと考えられます。

超音波(エコー)検査の発達
 従来のポータブルエコーの解像度では、妊娠5週でようやく胚の心拍を確認することができましたが、最近では機器が軽量化され、かつ描出精度が上がり、4週胚の心拍が確認できるようになりました。また、正常妊娠像とともに、異常妊娠時や胚死滅が起こりやすそうな状態の画像診断研究が進み、1週間早い妊娠4週での検査で遜色ない妊娠鑑定が可能となりました。
 日本においても、飼養管理技術の高い生産牧場では、すでに4週での妊娠鑑定を実施していることと察します。早期胚死滅の予防や対策には、栄養管理や初回発情での交配の見送りなどに加えて、エコー検査で早期胚死滅を早く見つけて再度交配することが生産性の向上に有効であると考えられます。

(日高育成牧場 生産育成研究室 室長 南保 泰雄)

1_4 図 妊娠4週(28日)における胚のエコー像と同時期の発生過程 技術の進歩により、4週胚の心拍が確認できるまで解像度が向上している。

2_4 図 ポータブルエコーを用いて直腸壁から子宮の妊娠鑑定をしている様子。

2019年4月26日 (金)

分娩後初回発情における種付けの生産性

No.71 (2013年2月1日号)

サラブレッドの繁殖の特徴
 季節繁殖動物であり経済動物でもあるサラブレッドの繁殖シーズンは、北半球では概ね2月から6月となります。その間、排卵は21日間隔で起こります。妊娠期間は約340日で、11ヶ月以上にも及びます。そのため、1年1産を継続させるためには、分娩後、速やかに種付けを行い妊娠させる必要があるのです。一方、分娩後の子宮は驚異的なスピードで回復し、通常、健康な牝馬では分娩後10日前後で初回発情が回帰して、初回排卵が認められ、種付けが可能となります。そのため、国内のサラブレッドの生産においては、この「分娩後初回発情」における種付けが主に行われているのが現状です(図1)。

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(図1) 国内における過去12年間(延98,203頭)の分娩後初回種付け日の分布
分娩後20日までに種付けした繁殖牝馬は71,387頭(73%)、分娩後21~40日に種付けした繁殖牝馬は20,899頭(21%)であった。さらに、分娩後8~11日に種付けを行った牝馬を初回発情(FH)群、分娩後27~33日に種付けを行った牝馬を初回発情スキップ(FH-skip)群として、生産率の違いを調べた。

分娩後初回発情における種付けのメリットとデメリット
 分娩後初回発情における種付けのメリットとしては、①種付け時期の早期化(1年1産が達成できる可能性)、②早生まれの子馬を生産できる(セリでの高額取引が見込んで)、③交配時期の特定が容易になる(交配計画、人気種牡馬の予約)、などが考えられます。一方、デメリットとしては、①子宮の回復が完全ではない状態での種付け(受胎率への影響)、②受胎確認後の早期胚死滅が起こる確率が高い、③生後僅かな子馬を種馬場へ連れて行かなくてはならない(ストレス増加、疾患罹患のリスク)(図2)、などが考えられますが、それらが実際の生産性に及ぼす影響については調べられていませんでした。

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(図2) 種馬場での発情検査の様子
生後間もない子馬も馬運車で輸送されて来る。

生産性に及ぼす影響
 そこで、分娩後の初回発情における種付けが生産性に及ぼす影響を調べるために、分娩後8~11日に種付けした牝馬を初回発情(FH)群、分娩後27~33日に種付けした牝馬を初回発情スキップ(FH-skip)群として、過去12年間の国内における全サラブレッド繁殖牝馬における生産率(産子数/交配牝馬数)と早期胚死滅発生率(初回交配後35日以降に再交配を行った牝馬の割合)について統計解析を行ってみました(図1)。
その結果、生産率は分娩後初回発情で種付けを行うと(FH群)38.2%となり、2回目の発情で種付けを行うと(FH-skip群)51.0%となることから、初回発情における種付けは生産性が悪いことが明らかになりました(図3)。また、早期胚死滅発生率は、FH群で11.7%とFH-skip群の7.1%と比較して有意に高くなることが明らかになりました(図4)。さらに、早期胚死滅発生率は年齢とともに上昇し、FH群ではその割合がより高くなることが明らかになりました。

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(図3)生産率の比較[分娩後初回発情交配(FH群)vs 2回目発情交配(FH-skip群)]
FH群の生産率は悪い。

4 (図4)早期胚死滅発生率の比較[分娩後初回発情交配(FH群)vs 2回目発情交配(FH-skip群)]
FH群の早期胚死滅発生率は高い(左)。また、年齢が高くなるほど早期胚死滅発生率はFH群で高くなる(右)。

最後に
 サラブレッドの生産の現場では、種牡馬の予約状況や残された繁殖シーズンの日程などから、分娩後の初回発情における種付けが選択されることも多いのが現状です。今回、統計学的な解析を行うことで、初回発情における種付けの生産性の悪さが明らかになりました。また、分娩による子宮の損傷や感染などから、子宮の回復は高齢馬になるほど悪くなることが推察されます。初回発情と2回目の発情のどちらで種付けを行うかは、繁殖牝馬の年齢と併せて子宮の回復具合をエコー検査により十分精査した上で判断した方が良さそうです。
 一方、FH-skip群の生産率を見ても、まだ51%しかないことから(図3)、生産性を向上させるためには分娩後初回発情における種付けを見送るだけでは十分ではありません。普段からの繁殖牝馬の飼養管理の重要性に加えて、分娩後の栄養状態の適切な維持方法、ライトコントロールによる人為的なホルモン分泌の促進、自然分娩を心掛けることによる子宮や外陰部の損傷防止、排卵促進剤や発情誘起法の有効活用、早期胚死滅や早流産の対策なども重要な項目となります。また、信頼できる獣医師に相談したり、講習会や勉強会に参加したり、新しい生産技術を取り入れていくことも生産性向上に繋がるものと思われます。

(日高育成牧場 生産育成研究室 研究役 佐藤文夫)

2019年4月24日 (水)

非分娩馬(空胎馬)を乳母として利用する方法

No.70 (2013年1月1・15日合併号)

はじめに
 軽種馬の生産をしていると分娩事故によって母馬が死亡したり、母馬が育子を放棄したりする場面に遭遇するかもしれません。10頭未満の生産規模である日高育成牧場でも育子拒否を経験しています。その際には人工哺乳か乳母の導入か判断しなくてはなりません。諸外国では大手牧場が輸血用の供血馬(ユニバーサルドナー)と乳母を兼ねて繋養し、自場での使用のみならず周辺牧場へレンタルしたりもします。一方、国内では、重種あるいは中半血種の乳母をレンタルすることが多いようです。乳母の導入は、子馬の健やかな発育のためには非常に利点が大きい反面、レンタル費用が高額であるというデメリットがあります。一方、乳母を導入せずに人工哺乳のみでも成長させることができます。この方法はコストを抑えられる反面、昼夜を問わない頻回授乳のための労働負担、またヒトに慣れ過ぎるといったデメリットが考えられます。このように、乳母と人工哺乳は一長一短であると言えます。今回は新たな選択肢として、その年に出産していない非分娩馬(空胎馬)を乳母として利用する画期的な方法をご紹介します。

育子拒否
 サラブレッド種の育子拒否率は1%未満と言われていますが、海外の教科書にはfoal rejectionという項目が設けられているように、決して珍しい問題ではないようです。
犬では経膣分娩に比べ、帝王切開で育子拒否率が高いことが知られています。出産の際に産道は時間をかけて徐々に広がりますが、この「産みの痛み」に伴って分泌されるオキシトシンというホルモンが母性の惹起に重要と言われています。実際、軽種馬において前肢の牽引による介助分娩を控えることにより、育子拒否率が低下したという報告もあります。このような点からも、盲目的に子馬の肢を牽引せず、問題がなければ「自然分娩」を見守ることが推奨されます。
育子拒否は大きく以下の3つに大別されます。①子馬を容認しない、②授乳を拒絶する、③子馬を攻撃する。また、育子拒否は初産で多いことが知られています。日高育成牧場で経験した例も初産でした。当場の例では、出産直後には特に問題なく授乳を許容していましたが、徐々に授乳を拒むようになりました。これは初産のために乳量が不足しているにも関わらず子馬が執拗に吸飲することが、苦痛あるいは疼痛の原因になったものと考えられました。この育子拒否に際し、空胎馬に泌乳を誘発して乳母として導入するという新たな手法を試み、成功しました。その手法は以下のとおりです。

泌乳誘発の方法
 黄体ホルモン製剤、エストラジオール製剤、PGF2α製剤、プロラクチン分泌を促進するドパミン作動薬を継続投与し、翌日から搾乳刺激を与えます。図1に示すとおり、乳量は経時的に増加しました。馬によって異なりますが、早ければ投与開始から概ね1週間で乳母として導入できるだけの乳量が得られます。また、この手法にはその馬自身の卵巣が活動している必要があるため、1月や2月といった時期に泌乳誘発処置を実施するためには、ライトコントロールによって卵巣活動を促す必要があります。

1 図1 泌乳誘発の投薬方法と搾乳量

乳母付け
 乳母付けとは実際子馬と乳母を対面させ、実子として容認させることです。一般的には乳母の臭いをつけたり実子の臭いをつけたりする、メントールのような軟膏を乳母馬の鼻に塗って嗅覚を麻痺させる、数日間馬房に張り続ける、子馬を空腹にする、分娩時の刺激を擬似的に与える子宮頚管刺激法などが提案されています。しかし、乳母付けの成功を左右する最大の要因は乳母の性格です。温厚で母性に満ちており、さらに乳量が期待できる馬を選択することが重要です。我々は6日間を要しましたが、放牧地において他の繁殖牝馬から子馬を守ったことが決め手となり、以後完全な母性が芽生えました(図2)。非分娩馬の場合は、実際に出産を経験していないため、一般の乳母よりも導入が困難であり、馬の選択がより重要です。

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図2 放牧地で他馬から守ることで、完全に母性が定着

ホルモン処置後の受胎
 ホルモン処置終了後から卵胞が成長し、概ね1週間で排卵しました。さらに排卵前の交配によって受胎することも確認できました。非分娩馬を乳母として活用しながら、その馬自身もそのシーズンに受胎することが可能であることから、実際の牧場現場においても、十分応用可能であると考えられます。また、導入された子馬はその後順調に発育しました。ホルモン処置と聞くと、生体に悪影響があるのではないかと想像する方もいるかもしれませんが、この処置は分娩前後の母馬のホルモン動態を模倣しているだけであり、不自然な状態ではありません。

まとめ
 今回ご紹介した非分娩馬に泌乳を誘発して乳母として利用する方法は、高額な乳母のレンタルに対して安価である点、自分の牧場の空胎馬を利用できる点、乳母として利用しながら交配できる点などのメリットがあります(図3)。育子放棄を受けた子馬を育てる際の新たな選択肢として検討してみてはいかがでしょうか。興味がある方は、直接日高育成牧場もしくは担当の獣医師に相談してください。

3 図3 各手法の長所と短所

(日高育成牧場 生産育成研究室  村瀬晴崇)

2019年3月23日 (土)

最近の妊娠超音波(エコー)検査

No.56 (2012年6月1日号)

 診療でしばしば利用される超音波(エコー)検査。この診断装置は、動物の診療の中で「馬」にはじめて使用されました。1980年代から、馬の妊娠鑑定に利用され始め、とくに双子の診断に威力を発揮し、現在に至っています。本稿では、馬の生産で利用されるエコーによる診断技術や機能の進化について紹介します。

 

胎子の心拍数をエコー診断する

 妊娠5週の妊娠鑑定で、実際は胚死滅となっているにも関わらず、胚胞や胚がエコー画面に映る場合があります。このような状況は、数回の検査の結果、ようやく判明するものですが、一度の検査で胚が死滅しているかどうかを血流を診ることにより確実に診断することができます。ヒトの産科医療では、卵巣や子宮、胎児の血液の流れをカラー表示することができるカラードプラエコーによる検査が広く普及しています。馬の生産においても、直腸検査用探触子を胎子にあてると、血液の流れがある部位を赤と青のカラー画像で描出することができます。また、胎子の心臓付近にカーソルを当てると、心拍数が計測されます。1cmにも満たない5週齢胎子の心臓の心拍数が安定して測定できます。胎子の心拍数は5週齢頃には165回と高く、その後胎齢とともに減少し、出生する頃には70回前後に低下します(図1)。標準値よりも心拍が亢進するとストレスを受けている状態であること、低下していると低酸素や中枢神経に障害がある状態であると報告されていることから、胎子の健康状態を客観的に知る簡便な診断法として利用できます。

1 図1 妊娠5週目のカラードプラエコー検査。胚の心拍数の計測が容易であり、胚の健康状態を客観的に知ることができる。 

胎子の性別をエコー診断する

 海外では妊娠9週(60日頃)に胎子の性別をエコーで診断する獣医療が確立されています。妊娠9週での胎子診断は、Ginther(1989)によって初めて報告され、以後応用方法が紹介されてきました(図2)。しかし、エコーによるウマ胎子の性別診断は、解剖学的構造の詳細な観察を行うために熟練の技術と経験を必要とし、また病気を診断する獣医療ではないことから、我が国の馬の診療には現在のところ取り入れられていません。一方、米国では、教育の現場でも胎子の性別判定が紹介されており、サラブレッド繁殖牝馬セールの情報公開に使用されています。日本においても今後実りある技術の有効利用が望まれています。

2図2 胎齢60日のエコー像。雄生殖結節が左右大腿骨の間に描出されている。エコーの角度や判定には熟練の技術を必要とする。

 日高育成牧場では、数年前から、ヒト医療において臨床応用されている3Dエコーの馬への応用について研究を進めてまいりました。その結果、これまで性別診断の適期と言われていた妊娠60日頃ばかりでなく、妊娠120-150日頃に胎子が尾位(お尻が子宮頸管近くにある状態)である場合、性別判定が容易であることがわかりました(図3)。現在のところ、ポータブルエコーではこの機能は使用できませんが、将来的には生産牧場のきゅう舎で3D胎子診断が可能になるものと思われます。

3図3 妊娠5ヵ月での3Dエコーによる胎子尾部の描出。雌の外部生殖器(矢印)が3D映像としてよくわかる。 

胎盤の炎症をエコー診断する

 流産にはいくつかの原因が知られています。その中で細菌や真菌(カビ)などが膣から子宮頸管を通じて感染した場合、胎盤炎となることが知られています。胎盤炎は妊娠後期に起こる流産の原因の20%を占めていると報告されており、主要な原因となります。以前は流産が起こりそうな状態をエコー検査で知ることができませんでしたが、最近ではエコーで胎盤と子宮の混合厚を測定すると胎盤の炎症状態を診断することができることが明らかとなりました(図4)。この検査は、生産牧場のきゅう舎でポータブルエコーを使って簡単に実施することができます。今シーズン受胎した大切な繁殖牝馬や、これまで流産経験のある牝馬の妊娠中の管理に、超音波診断技術を利用してみてはいかがでしょうか?

4_3図4 胎盤炎の馬の胎盤厚のエコー像。胎盤厚が10mmを超えてくると胎盤炎である可能性が高い。

 (日高育成牧場 生産育成研究室 室長 南保泰雄)

2019年3月15日 (金)

双子の減胎処置について

No.54 (2012年5月1日号)

双子が維持されると87%が流産・死産・虚弱子となる!
 サラブレッド生産で双子妊娠が継続することは大きな損失となります。Pascoeら(1987)によれば、結果的に双子であった130頭の妊娠馬から、たった17頭(13%)しか生子を得ることができなかった、と報告しています。さらに、翌年の生産状況を加味しても、2年間で年23%という低い生産率となり、妊娠中に双子が継続することが馬の生産性の損耗に大きく影響することを示唆しています。

妊娠馬6頭に1頭は双子になる!
 最近は交配の前に排卵誘発剤を使用することが多くなってきました。排卵誘発剤は、正しく使用すれば適期に一回の交配で高率に受胎させることが証明されている優れた薬剤ですが、唯一の問題は、双子妊娠率が高まることにあります。英国のNewcombeら(2005)の調査では、排卵誘発剤の使用が常在化しているサラブレッドの生産現場において2排卵率は30%を超え、妊娠馬6頭に1頭(16%)は初回の検査で双子と診断されています。日高地方での調査でも、初回の妊娠鑑定の際に10%を超える双子が確認されることが報告されています。もちろん、これら双子と診断された妊娠馬は、用手法により一方の胚をつぶして正しく減胎処置が執り行われていますが、双子による損耗の大きさを考えるといかに初回妊娠鑑定による双子の診断が重要かわかります。

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適切な減胎処置は、「排卵日」から14-16日、その後28-35日に妊娠再確認を
 生産地の馬診療所での妊娠鑑定の際に、「17日目」、「18日目」という言葉が聞こえてきます。新馬戦がかつて「明け3歳馬」のレースであった頃と同じく、物事の初めを0ではなく1と数える習慣から、交配日を1日と数えたときの「17日目」「18日目」を示し、生産地で広く理解されている数え方です。したがって日本の「17日目」は、海外の標準的な数えではDay 16 (交配後16日)を表しています。
 多くの研究結果から、減胎処置を適切に実施するためには、交配日ではなく、排卵日(=受精日)を0日として排卵後16日以内に実施することが推奨されています。これは、排卵後17日を過ぎると子宮の緊縮力が高まり、2つの胚が重なったまま子宮に強く接着するという、馬特有の妊娠生理現象に起因しています。したがって、排卵日が確認できたときは、それを基に妊娠鑑定の日を決定することが推奨されます。胚の大きさを見た際に、「排卵後13日=胚直径13mm」「1日あたり直径3mm増加」と覚えると便利な指標になります。排卵日が分からないときは、当該馬の卵巣や子宮内シストの状態を診た獣医師に相談して妊娠鑑定日を決めるとよいでしょう。妊娠鑑定の際には、胚の有無だけではなく、卵巣内の黄体の数を調べてもらうと、双子の可能性を側面的に推察することができます。また、馬は超音波エコーによる妊娠鑑定が早くから可能な動物で、排卵後12日には検査が可能です。「17日目(交配後16日)」よりも前に初回の妊娠鑑定を実施することが双子の減胎処置に有効に働き、生産性の向上につながります。

用手法以外の新しい減胎法
 軽種馬の双子を適切に処置するには、何よりも妊娠16日よりも前に片方の胚を破砕することが最も成功率の高い方法となっています。その後は以下の表に示すように、減胎処置による成功率が低下します。妊娠25日以内では用手法によりまずますの成功率を示しているようですが、それを超えると成功率が急激に低下します。破砕した尿水がもう一方の胚に触れることや、処置を行う刺激が子宮からの炎症物質の分泌を促進するなど悪影響によるものと考えられています。妊娠37日を過ぎると、たとえ人工流産処置を施したとしても良好な発情が回帰せず、そのシーズンに受胎させることが難しくなります。したがって、超音波エコーを用いた28-35日の妊娠再鑑定(いわゆる5週目の鑑定)は、双子や胚死滅を確認するうえでとても重要ですので必ず受診してください。その後、やむを得ず双子妊娠が継続している状況に出くわした場合は、以下の表に紹介されている方法が検討されています。いずれも決して満足のいく成果とは言えませんが、この中で、米国のWorfsdorfらが報告している、マウス大に成長した胎子(60-90日齢)の頸椎を脱臼させる方法が紹介されています。この方法は特別な施設や機械が必要ない方法として有用性が期待されています。

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終わりに
 最近は交配前に排卵誘発剤を使用することが普及し、適期に排卵するようになった反面、2排卵率も上昇しています。2排卵は馬生産の中では、受胎率を2倍にするよい機会になりますし、現代ではむしろ推奨される方法です。それゆえ、妊娠鑑定の時期には今まで以上に注意を払い、適切に減胎処置を実施する必要があります。

(日高育成牧場 生産育成研究室 室長 南保泰雄)

2019年3月 6日 (水)

夫婦円満の秘訣は分娩予知にあり?

No.50 (2012年3月1日号)

 春のG1 シリーズに先立ってフェブラリーSが行われ、中央競馬は3歳クラッシック戦線へと盛り上がりを見せ、関係者のみならず競馬ファンもスターホースの誕生を今か今かと心待ちにしています。全ての競馬の物語の最初の1ページは、その主人公となる馬の誕生から始まることはいうまでもありません。本年も3年後のクラシックを目指す若駒達の誕生が始まっており、生産地は出産と交配が重なる1年で最も忙しい時期を迎えています。

出産シーズンには「夫婦ゲンカ」が多くなる?
 サラブレッドの出産は、交配から受胎を経て、適切な栄養管理など細心の注意を払ってきた1年間の集大成であり、さらに、生まれてくる子馬は“高額な商品”であるために、多くの牧場では出産時には人的な分娩介助が行われます。一方、自然分娩を尊重する牧場においても、出産時の不慮の事故を未然に防ぐべく、いつでも介助できるように母馬を見守っているのが一般的です。そのために、分娩が近づくと徹夜での監視が不可欠となり、1頭の出産に対して1週間以上もの夜間監視が必要となることも珍しくありません。大きな牧場では夜間のみ勤務を行う専門のスタッフが分娩監視を行うことも少なくありません。しかしながら、ほとんどの牧場では、夜間は分娩監視、早朝からきゅう舎作業、その後種付けのための馬運車の運転、そして帰ってきてから再び分娩監視となってしまう場合もあり、この時期にはその労力とストレスによって「お父さん」の機嫌が悪くなるために、1年で最も「夫婦ゲンカ」が多くなる季節ともいわれています。今回は出産シーズンの「夫婦ゲンカ」を減らすかもしれない分娩日の予測方法を紹介します。

分娩日はどのように決定されるのか?
 馬の妊娠期間は平均335日といわれていますが、ご存じのように個体差が大きく、320~360日が正常範囲と考えられているために、交配日から算定した分娩予定日はあくまでも目安にしかなりません。ヒトの場合は保育器でも発育が可能なために誘発剤などによって分娩時期のコントロールが可能ですが、馬はヒトとは異なり、出産時における胎子の成熟が不可欠となります。つまり、新生子は自力で起立し、母乳を吸飲できなければなりません。この胎子の成熟は母馬の乳汁の組成の変化と関連があると考えられており、これを利用したのが海外で普及している乳汁のカルシウム濃度の測定による分娩予知方法です。

乳汁中のpH値の測定による新しい分娩日の予測方法
 JRA日高育成牧場では、分娩が近づくにつれて乳汁のpH値が低下する点に着目し、市販のpH試験紙(6.2~7.8の範囲の測定が可能なpH-BTB試験紙)を用いた分娩時期の推定方法の開発に成功しました。この方法はすでに講習会や各種紙面を通じて普及に努めていますが、改めてご紹介させていただきます。乳汁のpH値は分娩10日前頃には7.6とアルカリ性ですが、分娩が近づくにつれて低下し、分娩時には6.4と酸性に変化することが分かりました(図1)。さらにpH値が6.4に達してから24、48、72時間以内に分娩する確率は、それぞれ54%、85%、98%となり、一方、乳汁のpH値が6.4に達していなければ24時間以内に分娩する確率は1%未満ということが分かりました。つまり、pH値の基準値を6.4に設定し、pH値が6.4にまで低下していなければ24時間以内に分娩が起こらないという予測の正解率が非常に高いことが明らかとなりました。これは牧場現場において夕方の乳汁のpH値が6.4に達していなければ、夜間分娩監視が不要であることを意味します。

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毎年の個体ごとの記録が分娩予知の精度を上げる?
 前述のようにこの分娩予知方法の精度は非常に高いのですが、その精度をさらに上げる方法があります。その方法とは分娩前のpH値の変化を馬ごとに毎年記録することです。つまり、個体によって分娩前のpH値の変化に傾向があるために、その個体ごとの変化を把握することによって、分娩日の予測の確率がさらに高くなります。これらの理由から、馬ごとのpH値の変化を毎年記録しておくことをお勧めします。

最後に
 この方法はシリンジやピペットなどの器材が不要で、少量の乳汁(約0.5ml)での測定、および約5秒で客観的な評価が可能という測定手技の簡便性、さらに非常に安価であるという点において、海外で分娩予知方法として一般的に普及しているカルシウム濃度の測定よりも利点が大きいため、牧場現場での応用に非常に優れています。ただし、初産などの場合には採乳を嫌う馬もいるので、採乳時には細心の注意が必要であることを付け加えておきます。すでにこの方法を導入していただいた牧場からは「夫婦ゲンカ」が減ったとの声もいただいていますので、皆様も是非お試しいただきたいと思います。

(日高育成牧場業務課 専門役 頃末 健治)