繁殖 Feed

2019年2月27日 (水)

お腹の中から健康管理! 発育のカギを握る胎生期の精巣・卵巣

No.47 (2012年1月1・15日合併号)

 お正月が終わり、そろそろ牝馬のお産準備が始まっている牧場さんも多いことと思います。妊娠期最後の3か月は胎子の大きさが急激に上昇している時期であり、サラブレッドとしての発育を考えると最も重要な時期といっても過言ではありません。本稿では、馬の胎子の成長に非常に重要な役割を担っている胎子の精巣・卵巣について知見を深めてみましょう。

馬の胎子の精巣・卵巣(性腺)は大きい
 精巣は精子を、卵巣は卵子をつくる器官です。胎生期にも精巣・卵巣(以下性腺といいます)があり、原始的な生殖細胞が存在します。まだホルモンの刺激を受けていないため、精子・卵子を作りだすには至っていません。多くの動物で胎子性腺は未発達であることが多いものです。ところが、馬の胎子性腺は非常に大きく、妊娠7か月頃、胎子がまだ中型犬ぐらいの大きさの頃に、鶏卵よりも大きな楕円形の性腺が左右一つずつおなかの中に備わっていることが知られています(写真1下部、あずき色)。その胎子を宿した600kgを超える母馬の卵巣(写真1上部、白色)よりも大きいことになります。胎子性腺は、新生子として娩出されるまでにはウズラの卵大まで退縮する、とても不思議な器官です。

1 写真1;妊娠195日の母馬の卵巣(上段)と胎子卵巣(下段)。白線は1cm。600kgを超える母馬の卵巣よりも大きいことになります。

紀元前400年にすでに発見されていた!
 プラトン、ソクラテスと並び紀元前の3大学者と呼ばれるアリストテレスは、文学、物理学、哲学、そして生物学と広い学識を持った天才科学者でした。アリストテレスは多くの動物の解剖を行い、イルカが哺乳類であることなどを肉眼所見から初めて明らかにしました。馬の解剖も実施し、「馬の胎子には腎臓が4つある」という記述を残しています。馬の胎子性腺の肥大化は生殖細胞の増殖によるものではなく、間質細胞という内分泌細胞の増数・増大によることから、卵巣にみられるような胞状構造はみられません。その記述が胎子性腺を表していたと考えられますが、2400年前に馬の胎子の特徴を正確にとられていたアリストテレスは、観察の必要性を後世に伝える偉大な学者であったことがうかがえます。

胎子性腺が妊娠に必要なエストロジェンの原料を生成する
 では、馬の胎子性腺はどのような役割を担っているのでしょうか?いまだに謎に包まれた不思議な現象です。これまでの研究でよく知られていることは、「エストロジェン」の分泌に関係しているということです(写真2)。馬の妊娠期には「エストロジェン」が非常に多く分泌されており、ヒト用の女性ホルモン内服薬など、多くは妊娠馬の尿や胎盤から分離されたエストロジェン類が使用されてきました。ヒトの医療に貢献している馬のエストロジェン、しかし妊娠馬自身にどのような意味を持っているか、いまだ不明な点が多く、専門学会でも論議の的となっています。本来発情を誘発するホルモンである「エストロジェン」が妊娠期に高いことは都合のよいこととは思えません。専門家の意見として最も有力な役割は、1)胎子の大きさに見合った子宮の拡張作用、2)子宮への血流促進作用、そして3)子宮の免疫力増強作用に役立っていることが考えられています。また、Pashen & Allenによる有名な実験として、胎子性腺摘出手術後の血中エストロジェン濃度が急激に低下することが知られており、その後妊娠は2か月以上維持されたものの、いずれの馬も虚弱か死産であったことを報告しています。これらの研究から、胎子性腺が妊娠馬の高濃度のエストロジェンの原料となるDHEA(デヒドロエピアンドロステロン)を合成し、胎子の健全な成長に役だっていることがわかってきました。

2 写真2;妊娠期のホルモン分泌。胎子は妊娠に必要なホルモンの原料(DHEA;デヒドロエピアンドロステロン)の産生・分泌を積極的に行い、臍帯を通じて胎盤に運ばれ、エストロジェンとして妊娠の維持を助けています。

健康で丈夫な子馬を生産するために
 最近の研究では、胎子の性腺がエストロジェンの原料を分泌するだけではなく、細胞の分化や増殖に非常に重要な成長因子を分泌していることが明らかになってきました。これらの因子は、胎盤と相互に作用し、健康な胎盤の形成や胎子自身の発育に働いていることが考えられています。これらの知見を踏まえ、日高育成牧場では母馬の腹壁から深さ30cmまで観察可能な超音波探触子を用いて、胎子性腺の大きさを測定する方法の確立を検討しています(写真3)。また、現在NOSAI、HBA、日高家保との共同研究により、一般的なポータブル超音波装置を使って子宮と胎盤の厚さを測定し、胎盤の炎症の度合いを診断するという方法の普及を進めています。「妊娠期は検査してもよくわからないし対処方法もない」、という今までの考えが変わりつつあります。これまで流産・早産などの経験のある牝馬、妊娠後半になると乳房が腫脹する馬、外陰部から悪露を排出する馬は、最寄りの獣医師に相談して、検査されることをお勧めいたします。また、たとえ流産してしまったとしても、流産の原因や感染源を特定することは次回の妊娠の可能性を高めることにつながります。

3 写真3;妊娠240日における馬胎子性腺の超音波画像。腹壁から形態観察や計測が可能です。

(日高育成牧場生産育成研究室 室長 南保泰雄)

2019年1月15日 (火)

子宮の回復と受胎率、流産率

No.31 (2011年5月1日号)

種付けの現状
 一般的に、哺乳動物は授乳期間中には発情しないものですが、馬は出産直前から卵胞が成長し始め、分娩から1週間で発情を示すという特異な動物です。これまでに行われた生産地疾病等調査によると日高管内では分娩した馬の79%が初回発情で交配されており、その受胎率は46.4%でした(2発情目以降も含めた1発情当たりの受胎率は約60%)。
 一方、欧米のサラブレッド生産に目を向けると、分娩後初回発情ではほとんど交配されないのが一般的です。種牡馬側の観点からすると、産駒数を増やすためには、受胎しにくい馬との交配を避け、受胎しやすい馬と交配するということは非常に納得いくものです。しかしサラブレッド以外の品種においては、欧米においても初回発情で交配することが一般的であり、繁殖効率を考える上で初回発情を避けるか否かということは世界的にも論争の的となっています。

子宮の回復
 初回発情において受胎率が低い原因は、子宮が分娩の損傷から回復していないことに起因しています。損傷の程度、回復の早さは馬によって異なりますが、エコー検査で子宮の大きさ、貯留液の性状や量などをみることによって推察できます。初回発情時に貯留液が残っていると受胎率が低下するという報告もあることから、日本では交配前によく子宮洗浄が行われますが、貯留液=汚い=洗浄と考えるのは必ずしも適切ではありません。子宮内貯留液は子宮内膜組織の残留や感染を示唆するものではなく、修復過程において子宮壁から滲出するものであり、正常であっても分娩後6日頃までは存在すると言われています。このことは、正常に分娩した場合において、子宮洗浄を行っても受胎率を高める事ができないという報告からも裏づけられます。

初回発情v.s.2発情目以降
 初回発情と2発情目以降では生産性にどれほどの違いがあるのでしょうか。初回発情時の交配では受胎率が低いことを述べましたが(46.4%v.s.60%)、受胎した後の流産率が高いことも問題です。具体的には、受胎確認したものの5週目の再鑑定時に胚がいなくなる早期胚死滅率が11.1%v.s.3.8%、さらにそれ以後に流産する胎子喪失率が11.0%v.s.6.2%と、2群に大きな違いがあることが分かりました。初回発情で受胎するか否かの違いは決して運ではなく、さまざまな要因が関与しています。そのため、効率の良い繁殖管理を考える上で受胎する馬としない馬の要因を精査することは重要です。

分娩後初回発情に適した条件
 生産地疾病等調査によると、初回発情で交配した場合、年齢によって交配率、受胎率に差が認められました(図1)。また、交配頭数は分娩9日後にピークに達するものの、受胎率は9日以前は50%未満なのに対し、10日以後で50%を越え(図2)、「9日以前は見送った方が良い」という一つの指標を裏付ける結果となりました。

1 図1 分娩後初回発情における年齢毎の交配率および受胎率

2

図2 分娩後初回発情における交配日別受胎率


 その他、受胎率に影響を及ぼす因子を列挙しますと、分娩月日(遅<早)、前年の状況(分娩<非分娩)、胎盤排出時間(60分以内<以上)、胎盤重量(8kg以上<以下)、分娩後日数(短い<長い)が挙げられました。
 前年の状況や胎盤排出時間、胎盤重量は子宮損傷の程度を反映しており、年齢や分娩後日数については子宮の回復度に影響していると考えられます。獣医師はエコー検査で子宮の回復具合を判断しますが、牧場現場においては後産が排出されるまでの時間や後産重量を記録しておくことで、初回発情を見送るか否かの判断材料になると考えられます。

飼養管理の重要性
 牧場の管理によって受胎率を改善できる因子としては飼養管理が挙げられます。出産時のボディコンディションスコア(以下BCS)が5以下であると同シーズンの受胎率が低い事が報告されています。このような馬は分娩後に慌ててBCSを上昇させたとしても受胎率は改善しないため、出産前からBCSを5以上に保つよう管理することが重要です。
 また、BCSと早期胚死滅率との関係も報告されています。初回受胎確認時から5週目の再鑑定時におけるBCSの変化を上昇群、維持群、低下群と区分したところ、早期胚死滅率については上昇群1.9%、維持群5.6%、低下群7.0%と関連性が認められ、胎子喪失率(再鑑定時以降に流産)についても8.0%、7.0%、13%とBCSが低下する群で高い流産率を示しました。(全体の平均は早期胚死滅率5.8%、胎子喪失率8.7%)
 また、運動は子宮回復を促すことが知られているため、初回分娩後発情での受胎率を高めるためには早期に広い放牧地へ放すことも選択肢として考えられます。

 今回は分娩後初回発情における交配について焦点を置いて紹介させていただきました。これらの成績が、多忙な繁殖シーズンにおける効率の良い繁殖管理の一助になれば幸いです。

(日高育成牧場 生産育成研究室 村瀬晴崇)

2019年1月11日 (金)

交配・妊娠期の注意点

No.29 (2011年4月1日号)

本格的な繁殖シーズン
 馬の生産地は非常に忙しい季節に突入しています。分娩の監視や対応、新生子馬の管理などで十分な睡眠が取れない中、繁殖牝馬の検査や交配などが絶え間なく行われています。このような時こそ、できる事であれば一回の交配で効率的に受胎させたいものです。今回は、妊娠成立のメカニズムから見た交配前後の管理法について考えてみましょう。

養分要求量を満たす栄養補給
 一般の哺乳動物は、泌乳している時期には妊娠しないような生理機能が働きますが、馬は「お乳を出しながら妊娠することができる」という特徴があります。私たちがこの馬特有のメカニズムを利用して生産していることには、意外と気がつかないものです。繁殖牝馬も泌乳期は乳の合成分泌に養分を必要とし、1年1産を目指すためには分娩後2ヶ月間に1日当たり30メガカロリーの養分を摂取させる必要があります(図1)。繁殖牝馬の泌乳量が最大となる時期に、泌乳と妊娠のために必要な養分を外からしっかりと補給するように管理することが、サラブレッドの効率的な生産を実現する最大のポイントです。妊娠期にボディコンディションスコアを6.0-6.5に維持し、分娩後にも肋骨が見えるようなことがないように管理することが有効となります。

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図1 分娩後の繁殖牝馬の養分要求量は交配を行う時期に最大となる


分娩後初回発情の交配はできる限り見送る
 2004-2006年に実施された生産地疾病等調査研究によれば、日高地方では79%の馬が分娩後初回発情で交配され、その受胎率は46%であり、13歳以上に限れば受胎率37%とさらに低下します。一方、ケンタッキー州のサラブレッド生産の一回交配当たりの受胎率が約60%という高い数字となる背景には、分娩後初回発情での交配が20%以下に限られ、ほとんどが2回目以降の発情で交配されていることに関係しています。また、分娩後の子宮洗浄はわずか数%の実施率であり、日本のように分娩後8日目から検査、子宮洗浄、治療を数回繰り返し行うことはせず、交配を見送り、その間の自浄作用によって子宮を生理的に回復させることが費用対効果からみても有益であると考えられています。その他にも、分娩後初回発情での交配では、1)妊娠期の損耗率(胚死滅、流産など)が2倍以上高く、5頭に1頭は出産に至らないという結果が示されていること、2)出生後10日頃の体力の弱い子馬にウイルスや細菌が感染する温床となること、3)交配に関わる費用や労働力(3,4回の検査診療費、輸送費、人件費など)が大きいこと、4)種牡馬の交配回数が増加し、結果として受胎率の低下を招くこと、などの問題があります。分娩後初回発情での交配はできる限り見送り、削減された経費を馬の養分の補給に当てることがトータルで有効となります。また、2回目以降の発情の発見に力を注ぐことが重要となります。

排卵誘発剤の使用
 排卵誘発剤(促進剤)は適切な時期に交配を行う上で有効な薬剤であるといえます。馬の排卵誘発剤にはいくつか種類がありますが、hCGというヒト由来のホルモン剤は、安価で汎用性の高い薬剤であり、馬の排卵時期をコントロールする上で有用です。hCG投与により双子と診断される割合も増加しますが、適切な処置を行えばむしろ黄体機能が増強され受胎にプラスとなります。hCG投与群は、非投与群と比べて、統計的に有意に受胎率が向上するという研究結果が多数報告されており、排卵誘発剤の使用は馬の効率的な繁殖管理に有効です。1シーズンに3回以上使用すると、投与効果が減弱するといわれており、獣医師と相談しながら使用することが推奨されます。

エコー検査による5週目妊娠鑑定
 受精後16日までの胚は子宮の中を移動する不安定な状態にあり、馬の着床が始まるのは受精後38日頃です。2006-2009年の生産地疾病等調査研究成績では、日高地方で35日以内に早期胚死滅と診断される率は6%であることが報告されました。また、その後流産などの原因により出生まで至らなかった率は、約15%にも達することが報告されました。したがって、軽種馬生産では妊娠期の損耗を軽減することが生産性向上への近道であると考えられます。早期胚死滅を予防するためには、上述の3項目を実施することが非常に有効です。しかし、様々な要因による早期胚死滅を完全にゼロに抑えることは困難であると結論づけられており、再交配が可能な時期に胚死滅を見つけ出すことが重要であると考えられます。妊娠4週以降には、エコーを用いて胚の大きさ、形、心拍などを見ることにより、正確に胚の発育状態を判断することができます。胚死滅と診断されても、その後高い確率で再妊娠することが可能であることから、5週目のエコー再検査を実施することが強く推奨されます。

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(日高育成牧場 生産育成研究室 室長 南保泰雄)

2019年1月 9日 (水)

繁殖牝馬に対するウォーキング・マシンの効果とストレスについて

No.28 (2011年3月15日号)

 3月に入り分娩シーズン真っ只中となりましたが、読者の皆様におかれましては妊娠後期の繁殖牝馬管理をどのようにされてますでしょうか?いくら経験豊かなホースマンであっても、子馬の出産時期は非常にストレスがかかるものだと思います。特に難産などは、一年積み重ねてきた苦労が水の泡となるだけでなく、最悪の場合は繁殖牝馬を淘汰しなければいけない可能性も出てきます。そうならないためにも、繁殖牝馬の出産前管理は非常に重要となります。
 さて、今回はその難産を含めた繁殖疾病を予防するために有効となる“出産前の運動”、特にウォーキング・マシン(以下、WM)を利用した分娩前管理の有効性について紹介したいと思います。

1 〔図①〕WM中の繁殖牝馬:当場では分娩約1か月前より4~5kmの速度で20~30分程度実施

妊娠馬の運動の重要性
 妊娠後期の適度な運動は、心血管系の機能維持に効果的です。すなわち、子宮動脈の血流を増加させ、胎子への酸素供給量を増大させるために、低酸素脳症に起因する虚弱子の誕生リスクを軽減させられると考えられています。その他、ヒトでも述べられているような子宮内の胎子スペースを確保するための肥満(体重の過度な増加と脂肪の蓄積)予防、さらに分娩に耐えうる健康状態および体力維持にも効果的であり、これらが難産を予防すると考えられています。その他、ヒトでは妊娠末期の適度な運動によって生じる努力性の呼吸が、出産時の呼吸状態に類似していることからも、適度な運動が推奨されているようです。
 また、ウマでは胎子の出生時体重の60%程度が妊娠後期の3ヶ月間に増体していることからも、妊娠後期の運動は母体の難産予防のみならず、急激に成長する胎子の正常な発育のためにも不可欠と考えられます。

妊娠馬の運動不足のサイン
 妊娠後期、特に分娩1~2週間前に運動不足に陥ると、下肢部や下腹部(乳房前方から帯径にかけて)に浮腫を認めることがあります。このような浮腫を認めた馬を観察していると、放牧地や馬房でも一箇所に駐立している場合が多いように思われます。この場合には、WMや引き馬を行って循環状態を改善させる必要があります。
 一般的に、1~2haほどの青草が茂った放牧地で放牧を行っていれば、運動不足になることはないと考えられています。しかしながら、北海道の冬は雪で覆われ、青草どころか放牧地内での歩行すら困難となるために、強制的な運動が不可欠であると考えられています。理想を言えば馬の息づかいを感じながらの引き運動が最適なのでしょうが、効率を考えた場合にはWMの利用に勝るものはないのでしょう。
 実際、WMが普及し、妊娠後期の運動として使用されるようになってから、難産が減少したとの印象を持っている生産者も多いようです。

妊娠と運動の関連性
 ヒトでは妊娠後期の過剰な運動は、子宮血流量を過度に増加させ、それに伴う胎児の心拍数増加が胎児にストレスを与える可能性が示唆されています。一方、この胎児の心拍数の増加は一時的な変化であるために、胎児への影響は無いとも考えられています。
 ウマにおいても、妊娠後期の運動負荷に対する母馬および胎子のストレスに関する研究が行われています。6%の傾斜のトレッドミル上で、360m/分の速歩を3分間実施した実験では、胎子の心拍数は運動前後で有意な変化は無く、ストレスは受けていないものと結論づけられています。また、母馬の心拍数は安静時よりも上昇したものの、出産6ヶ月後に実施した同様の運動負荷試験と比較すると、その上昇程度は有意に低く、さらに、ストレスの指標となる血中コルチゾル濃度も出産後より低いことが示されています。これらのことから、妊娠馬は心血管系の機能が通常より高まっており、さらにストレスに対する閾値も通常より高まっていると示唆されます。これは、ヒトでも妊娠期には心血管系や呼吸器系、さらには全身の代謝活動が高まるという報告と類似しているようです。

WMによる運動負荷の程度は?
 前述の研究でのトレッドミルによる運動負荷での最大心拍数は160回/分であったために、この程度の運動負荷であれば母体および胎子に対してストレスはないと考えられています。当場で実施しているWMによる運動は、4~5km/hの速度で、20~30分間実施しています。この時の最大心拍数は50~60回/分程度であるために、WMによる常歩運動は、ストレスをかけることなく、適度の運動であると考えています。
 しかしながら、繁殖牝馬にストレスをかけることは避けなければならないので、WMに入れる前の歩様等のチェックは不可欠です。

2 〔図②〕心拍計を装着した繁殖牝馬(フジティアス 父 フジキセキ)

3[図③]WM中の繁殖牝馬の心拍数データ
WM中の心拍数は安静時(約40回/分)より15~20拍程度上昇(55~60回/分)している(時速5km×30分実施のデータ)。


 ヒトでは、妊娠中に運動を行うことによって、出生後の新生児は周囲の変化に対してより敏感でありながらも、刺激に対して穏やかで落ち着いているとも報告されています。ウマにおいても、急激に胎子が成長する妊娠後期の3ヶ月間からすでに馴致は始まっているのかもしれませんね。

(日高育成牧場 業務課 土屋 武)

2018年12月 8日 (土)

早期胚死滅とは?その原因と管理上の注意点

No.14 (2010年8月1日号)

早期胚死滅とは
 馬の生産をしている方々は、妊娠再鑑定の時に、胎子が消えてしまったという出来事に遭遇したことがあるかと思います。消えるという表現は、胚(胎子)が子宮内で死滅して吸収されることを示しており、これを専門用語として「早期胚死滅」(以下胚死滅)といいます。胚とは、馬では妊娠40日前までの着床前の胎子をさす用語として使われています。
 競走馬の生産では、限られた期間に効率よく交配・受胎させることが望まれます。交配から15日ほどで丸い胚が超音波診断装置の画面に映れば妊娠、映らなければ不受胎となるわけですが、一度妊娠しても、その後の再鑑定によって胚死滅がしばしば起こり、軽種馬生産上の問題となっています。

なぜ胚死滅が起こりやすいか?
 馬は受精後最短で12日に初回妊娠鑑定が可能な動物であり、馬よりも妊娠期間が短い牛においては、受精後30日を過ぎてようやく妊娠鑑定が可能となります。馬の生産現場で行われている妊娠鑑定は、双子の妊娠に対処するための早期診断としての意義が大きく、初回の鑑定だけでは妊娠が成立したとは言えません。
 妊娠成立に必要な現象である「着床」という現象は、馬では受精後40日と遅いため、着床前の時期における胚の状態が不安定です。子宮を生理食塩水で洗浄すると、カプセルという硬い蛋白成分で囲まれた丸い透明な胚嚢が簡単に回収できます(写真1)。これに対して牛などの反芻類では、受精後17日頃にはすでに着床を開始し、胎盤が形成されることから、より安定な状態となります。馬で胚死滅が多いのは、初回妊娠鑑定の時期が早いにもかかわらず、まだ着床していないことが根本的な原因となります。

Fig1

写真1)馬の子宮から回収された受精後13日の胚。透明な硬いカプセルによって囲まれており、子宮内を右へ左へと移動しやすい形状をしている

胚死滅は不受胎よりも厄介なことがある
 交配後15日で妊娠鑑定を正確に実施できることは、限られた繁殖季節内に効率的に交配が繰り返しできることに結びつく馬繁殖管理の利点となっています。したがって不受胎であった場合は、発情の検査に切り替えて、適切な時期に再交配をするように努力します。
 一方、一度受胎してその後胚死滅になった場合、繁殖牝馬は偽妊娠という状態が継続し、発情がその後6週間近く回帰しないことが報告されています。妊娠再鑑定を実施せずにいると、胚死滅に気がつくことができず、ひとシーズンを棒に振ってしまうこととなります。優れた飼養管理をしていても、胚死滅の発生はゼロにはならない事象であることから、超音波エコーを用いて最低3回の妊娠鑑定を行い、胚・胎子の状態を診断し、胚死滅が発見された際に速やかに対応することが重要と考えられます。

日高地方における胚死滅・流産の発生率
 健康で丈夫な子馬を安定して生産することは、生産牧場にとって最大の願いですが、たとえ無事に受胎したとしても、子馬が健康に出生するまでに様々な問題が起こります。胚死滅に陥ることもあり、また何らかの理由により流産・死産となることもあります。このたび、生産地の関係団体(日高軽種馬農協、日高家畜保健衛生所、NOSAI日高)およびJRAが協力して行った、日高地方における繁殖牝馬の早期胚死滅や流産に関する調査研究の成果が、平成22年7月15日に静内で行われた「生産地における軽種馬の疾病に関するシンポジウム」で発表されました。約1500頭を調べた結果によれば、交配後5週以内で胚死滅と診断された馬は5.8%、さらに5週の妊娠鑑定で妊娠と診断された馬が分娩に至らなかった率(胎子喪失率)は8.7%であり、これらを算出すると初回妊娠鑑定で妊娠と診断された1000頭の繁殖馬のうち、147頭は分娩に至らないという驚くべき数字が明らかとなりました。軽種馬を生産する上で、妊娠期の損耗がいかに高率で起こるかが明確となりました。

Fig2

胚死滅をどのように予防したらよいか?
 上述の研究では、胚死滅の原因として1)高齢、2)妊娠初回鑑定から再鑑定までのボディコンディションスコアの低下、3)分娩後初回発情での交配、の3つの点が胚死滅率を上昇させる原因であることを明らかにしました。年齢の要因はやむを得ないものとして、養分要求量に見合った適切な飼い葉を与えるとともに、分娩後初回発情での交配をできるだけ見送ることが推奨されます。また、予防だけではなく、胚死滅を早く見つけて対処するために、超音波エコーを用いた交配後5週での妊娠鑑定を行うことが有効となります。

(日高育成牧場 生産育成研究室長 南保 泰雄)

2018年12月 6日 (木)

胎子の発育と発達

No.12 (2010年7月1日号)

初回妊娠鑑定のあと・・・
 獣医師から「とまってますね。」の言葉を聞けたときの喜びはひとしおです。しかし、その後の妊娠馬の検査は獣医師によって様々で、検診の時期や回数といった要素まで加えると、繁殖牝馬と腹の中の胎子の検査体制は千差万別です。そのうえ、全ての胎子の発育や発達が当たり前の順序で進んでいくとは限りません。双胎、奇形、臍帯や胎盤の異常、感染症など様々な要因で流産してしまったり、生まれても競走馬になれなかったり悔しい思いをすることもあります。今回は、そのような事態を予防したり早期に診断するために知っておきたい、胎子の発育過程について紹介します。

胎子への発達過程
 図1のとおり、受精卵から胎子へと短期間に大きく変化しながら発達していきます。この発達過程では、子宮内環境やホルモンの影響を受けやすく、早期の胚死滅はこの時期に発生します。また、遺伝的な奇形はこの時期から認められることがあります。

双胎(双子)の予防
 ほとんどの場合、馬の双子は二卵性です。これは卵巣で二つの卵胞がほぼ同時期に排卵した際に種付けをすると起こります。排卵後12日くらいから超音波画像診断(エコー)で観察できる胎胞と呼ばれる卵が2つあることで診断します(図2)。この後2つの卵は別々に子宮の中を移動しながら成長し、排卵後16日に子宮内で育つ場所を見つけて動かなくなります。このまま成長してしまうと、流産や何かと不利な双子が生まれてしまうことになります。
 これを予防するために、排卵後14日前後にエコー検査で双胎が見つかったら「減胎処置」を行います。この処置は、片方の胎胞を子宮の端に誘導して、圧力をかけて破砕します。「減胎処置をすると流産しやすい」なんて話を聞いたことがあるかもしれませんが、適切な時期に減退処置を行い、子宮の炎症を防ぐフルニキシンメグルミンを投与すれば、その確率は低くなります。

奇形の診断
 奇形の原因には、遺伝的因子の他、子宮の狭さや子宮内での胎勢といった環境因子があります。後者については妊娠期間に繁殖牝馬を太らせすぎないとか、適度な運動を課すといった予防方法が知られているものの、肝心な奇形の有無は出産してから分かるのが現状です。それでは、定期的なエコー検査で早期診断ができるかというと、今までのエコーでは非常に難しいものでした。
 JRAでは、ヒト医療で実用化されている3Dエコーを導入し、妊娠6カ月までの胎子を観察することに成功しています(図3:成績の一部は、今夏にケンタッキー州で開催される国際馬繁殖学学会で報告予定)。3Dエコーのメリットは、これまでのエコーで困難とされていた胎子表面の細部にわたる観察が、理解しやすい画像で簡単にできることであり、周辺牧場や近隣獣医師にご協力いただき、精力的に研究をすすめているところです。今後3Dエコーの普及が進むと、奇形胎子の早期発見が容易になってくると考えられます。

早期胚死滅の予防と予測
 排卵から50日前後までに胎子が消えてしまう早期胚死滅に関する研究から、繁殖牝馬のボディ・コンディション・スコアを適切に保ち、子宮の回復を待つために初回発情での種付けを見送る、などは、ある程度の予防効果があると考えられています。早期診断には、客観的かつ正確に子宮内部の観察ができるエコー検査が役立ちます。例えば、排卵後21日の胎胞の直径が平均より小さいとか、カラードプラー機能で確認できる胎子心拍数の急激な増加といったエコー検査で得られる様々な情報から、胚の死滅や胎子の死を予知するという研究も進みつつあります。

臍帯の異常
 臍帯にも様々な異常が観察されます。主として胎子が位置方向を変えることができる妊娠中期に起こり、臍帯捻転による胎子の酸欠や、臍帯が四肢に絡んで関節など骨格・肢勢異常の原因となることもあるようです。こういった臍帯や四肢に起こる変化も、研究段階ではありますが、前述した3Dエコーによって早期に発見できるようになると考えられます。

胎盤炎の早期診断
 妊娠後期に発生する流死産の原因の3割強を占めるとされるのが、胎盤炎です。主な原因は、細菌や真菌の感染であり、その結果、胎子と母馬の間の酸素や栄養の受け渡しを行う胎盤が機能しなくなります。外見的な診断では乳房の早期の腫れや漏乳があり、血液検査ではホルモンの異常な増減がみられます。エコー検査では、このような状態の胎盤の厚さは正常時の1.5倍になっていることが確認されているようです。こういった診断を組み合わせることで、迅速な治療を施せるようになってきています。

強い生産者・強い馬づくり
 妊娠中の繁殖牝馬へのエコー検査は不可欠な診断法として、世界でもその重要性が認識され、研究が続けられています。これからも、生産者と獣医師が一丸となって双胎や早期胚死滅を防ぎ、「強い馬づくり」、「安定した生産」のための研究が必要であると考えています。

(日高育成牧場 生産育成研究室 琴寄 泰光)

Fig1

Fig2

Fig3

2018年11月19日 (月)

育児放棄 ~ ホルモン剤投与によって空胎馬は乳母となれるか? ~

No.10 (2010年6月1日号)

育児放棄について
 ♪お馬の親子は・・・♪というように、生後数週間は母馬と子馬は常に寄り添っています。しかし、なかには育児放棄に陥る母馬もいるのが現実です。育児放棄は初産に認められることがほとんどで、1)「子馬を怖がる」 2)「子馬自体は容認するが授乳を嫌う」 3)「授乳時のみならず常に子馬を容認しない」、 以上の3つのタイプに分類されており、その発生率は1%未満といわれています。アラブ種は他種よりも発生率が高く、また、人工授精での発生率が高くなるともいわれています。


育児放棄時の対応
 育児放棄が起きた場合には、唯一の栄養源である母乳に代わるもの、すなわち「乳母」を導入するか、「人工哺乳」を行うかのどちらかを選択しなければなりません。また、子馬が母馬からの攻撃によって大事に至る危険性があるために、虐待の程度が激しい場合には、早急に母子を分ける必要があります。
 乳母を導入する場合には、高額な費用が必要となり、また、乳母と子馬との相性も問題となります。一方、人工哺乳を行う場合には、哺乳瓶での給与を継続していると、しつけの面でトラブルが発生しやすいため、可及的速やかにバケツでの給与が推奨されています。当場では、泌乳量が少なく、子馬への授乳を嫌い、育児放棄に陥った場合には、吸乳時に子馬の反対側から経口投薬器を使用して哺乳を行っています。この方法は、子馬がヒトから乳を与えられているのではなく、母馬の乳首から乳を得ているという意識を持ち続けさせることができ、さらには、子馬の吸乳刺激によって母馬に母性が促がされ、さらには泌乳量を増加させる効果も期待できます。人工哺乳もある程度の費用がかかり、また夜間の哺乳など労働力も多大であり、さらには母馬がいないことによる子馬の精神面を考えると、ヒトが育てる人工哺乳よりも乳母が推奨されるのかもしれません。


空胎馬へのホルモン剤投与による泌乳の誘発
 近年、フランスの研究者が、経産空胎馬に対してホルモン剤投与を行うことによって泌乳を誘発し、乳母として導入する方法を報告しています。この方法は、ホルモン剤投与を開始してから4~7日で泌乳が可能となり、その後、1日当たり7回の搾乳を3~4日継続することによって、1日あたり5~10リットルの泌乳が誘発できるようになれば、乳母としての導入が可能になるというものです。
 当場でも育児放棄の事例に対して、この方法による空胎馬の乳母の導入を実施しました。ホルモン処置を開始してから経時的に乳房が膨らみ始め(写真)、搾乳を開始した3日目には、1回の搾乳で1リットルもの乳を得られるまでに至り、泌乳の誘発は成功しました。そして、ホルモン処置開始から2週間後に乳母としての導入を試みました。前述の研究者が、乳母を導入する場合に、出産時に産道を胎子が通過するのと類似の刺激を子宮頸管に与えることによって、母性を誘発させられると報告しているので、この方法に従って、乳母を枠馬に保定し、用手にて子宮頸管の刺激を実施すると、子馬の顔を舐める仕草を数回ではあったものの認めることができました。しかし、その後は子馬が吸乳を試みると、蹴ろうとするために、後肢を縛り付け、なんとか授乳が可能となりました。それ以降も容易には子馬の吸乳を許容せず、導入後6日目に、初めて他の親子と一緒に放牧を行った時にようやく吸乳を許容するようになりました。他の母馬が子馬を威嚇してきた時に、子馬を守ろうとの想いからか、乳母に完全な母性が覚醒したようでした《育児放棄から乳母導入までの詳細につきましてはJRA育成馬日誌の3月分を参照下さい。【https://blog.jra.jp/ikusei】『JRA育成馬日誌』で検索》。


今後の課題
 今回、ホルモン処置によって得られた泌乳量が十分であるという確信が持てず、子馬を適正に発育させるために、乳母導入後3週間(生後6週齢まで)は1日5リットルの代用乳を補助的に給与し続け、その後クリープフィードに移行しました。乳母導入後の子馬の体重は、標準の増体量を満たしています。乳母導入以前はスタッフが馬房に入るとミルクがもらえると嘶き、跳び付くこともありましたが、導入後は体を揺すらないと起きないようになり、子馬の精神面を考えた場合には非常に効果的であったと感じています。
 今回の空胎馬へのホルモン処置による乳母としての利用は、泌乳量について若干の課題が残りましたが、ホルモン処置に関わる費用は、乳母を借りたり、人工哺乳のみで飼育するよりも非常に安価で済み、経済的効果および子馬の精神面への効果を実感することができました。また、乳母として導入してから30日後には排卵も確認しており、今後は正常に受胎できるのかについても検証する予定です。

(日高育成牧場 専門役 頃末 憲治)

Fig ホルモン処置前の乳房(左)とホルモン処置13日後の乳房(右)

2018年11月16日 (金)

安全な出産のために

No.5 (2010年3月15日号)

 馬の分娩対応をするにあたって念頭に置くべきことは、分娩が子馬を娩出させるためだけの作業ではなく、子馬を丈夫な馬として成長させるとともに、母馬が分娩後に順調に種付け準備ができるよう、安全な出産を目指すことが重要と考えられます。不必要な分娩介助はときとして難産の原因となることもあります。今回は、日高育成牧場で実践している分娩管理の方法を紹介します。


分娩前からの難産対策
 分娩前の適度な運動は難産を予防すると言われています。分娩前1ヶ月というと、2月あるいは3月分娩予定の馬では厳冬期にあたり、放牧地での運動量が低下します。これを補うのが引き運動やウォーキングマシンによる運動で、繁殖馬の負担とならない程度(だいたい時速4㎞で20分)で実施します。この際、高齢馬や蹄の異常を含む運動器疾患をもつ馬に対しては時間や速度を調整してください。


必要に応じた助産を心がける
 破水を認めたらまず、包帯などで母馬の尾を巻き束ねて介助の邪魔にならないように、可能な限り衛生的な分娩となるようにします。
 破水後、産道から半透明の膜に包まれた子馬の肢が見えてきます。このとき膜の色を確認してください。もし、膜内の羊水が濁っていたり血液が混じっているようであれば、助産による早目の娩出が必要となります。次に手や腕を消毒液で十分に洗浄し(あれば直腸検査用ビニール手袋を使用)、産道の中の子馬の体勢を確認してください。正常であれば蹄底が下向きの前肢2本と頭部が確認できるはずです。このような正常な分娩であった場合、余程のことがない限り助産は必要ありません。


助産が必要な状況とは
①子馬の命が危ないとき
 子馬の肢がでてきた際、赤い膜に包まれていれば緊急事態です。この現象は子宮と胎盤の早期剥離により臍の緒から子馬に酸素や栄養が送られなくなってしまう、つまり子馬は早く自分で呼吸をしなければならない状況です。ハサミで赤い膜の表面の白い星形部分を切り開き、羊膜を破り子馬の体勢を確認し、牽引します。
②難産の徴候があるとき
 子馬の産道内での体勢が前述した正常例と違う場合、子宮内に戻してやる必要があります。軽度であれば、母馬が寝起きや運動(引き馬でも可)を繰り返すことによって自然に直りますが、簡単に戻らない場合、人間が押し戻すことも必要です。それでも直らない場合は、獣医師に連絡し指示をあおいでください。手術が必要になることもあるので、いざというときの輸送手段を分娩シーズン前に確保しておくと良いでしょう。
③分娩時間の目安
 体勢に異常がなくても破水から40~50分経過しても子馬が娩出されない場合は、注意深く陣痛に合わせてゆっくりと子馬の前肢を牽引します。したがって、破水時刻を記録しておくことが重要です。


早すぎる不要な助産は難産の原因
 子馬を牽引する場合、牽引しすぎないよう注意します。強すぎる牽引、不要な牽引はときに体勢異常を悪化させたり後産停滞や子宮へのダメージの原因となり、産後の受胎の障害となりうるので、気をつけましょう。


子馬が産道から完全に出る前に
 母馬が横臥していよいよ産道から子馬が娩出されます。このとき、頭や前半身の膜を除去し後肢が臍の緒とともに産道内に残るようにするとよいでしょう。これは臍帯や胎盤内の血液が臍を通じて子馬の中に戻ることが子馬の出生直後の活性(元気、健康)につながるからであり、少なくとも5分程度はこの状態を維持するのが理想です(図参照)。自力分娩で疲労した母馬はすぐには起立しませんが、起立して臍の緒が切れてしまうのはやむをえません。


子馬が出てきたら
 まず、子馬の自力呼吸を確認してください。臍の緒が切れたら子馬の臍の消毒を数回します。臍の緒が切れてから全身をタオルで必要に応じて拭きます。厳冬期には急いでください。声をかけながら耳の中、腹部、股間、肛門、下肢部まで馴致を意識して行います。この間、母馬にも子馬を舐め愛撫させて生んだことを自覚させると良いでしょう。


母馬が起立したら
 母馬の起立後は、後産停滞を防ぐため、産道から垂れ下がる後産(羊膜・臍の緒・胎盤の塊)を紐などで束ねて地面をひきずったり踏んだりしないよう、まとめて縛ります。胎盤が排出されたらまず広げて、すべて出てきているか形状を確認し、重さを測定します。通常は5~10kgと幅があります。分娩後6時間以内に胎盤が排出されない場合は獣医師に相談してください。疝痛症状が認められることがありますが、腸の捻転や変位を起こしている可能性もあるので注意深く観察して、痛みが激しい場合は獣医師を呼んでください。また分娩直後に限らず何日間かはエンドトキシン・ショックの他、子宮動脈破裂や子宮穿孔を原因として循環障害を起こす可能性もあるので母馬の結膜や蹄の温度の変化に注意してください。


子馬が起立したら
 自然分娩では、子馬の起立時間が早まることが判明しています。初乳の吸引、胎便の排泄を確認し、自力吸乳から30分経過しても胎便排泄が確認できなければ浣腸をします。子馬の便が黄色くなってからも硬い胎便が混ざっているようでしたら、再度浣腸をかけてください。


おわりに
 日高育成牧場では、数年前から今回書いたことを実践し可能な限り自然分娩となるよう心がけています。みなさんも子馬を丈夫な馬として成長させる、自然で安全な分娩を実践しみてはいかがでしょうか。

(日高育成牧場 生産育成研究室 琴寄 泰光)

Fig

分娩時期の予測と初乳の質の推定方法

No.4 (2010年3月1日号)

 昨年末からの世界的な異常気象の影響により、英国では競馬開催の中止が相次いでいますが、日高育成牧場のある浦河町西舎でも、今冬は例年と比較して多くの積雪を認めています。そのような中、当場でも2月の中旬に、本年最初の子馬が誕生しています。


 さて、生産地では出産と交配が重なる1年で最も忙しい時期を迎えています。サラブレッドの出産は、交配から受胎を経て、適切な栄養管理など細心の注意を払ってきた1年間の集大成であり、さらに、生まれてくる子馬は“高額な商品”であるために、ほとんどの牧場では人的な分娩介助を行っています。そのために、分娩が近づくと、徹夜での監視が一般的となっていますが、1頭の出産に対して1週間以上もの夜間監視が必要となることも珍しくなく、その労力とストレスは多大なものとなっています。


 馬の妊娠期間は平均335日といわれていますが、個体差が大きく、320~360日が正常範囲と考えられているために、交配日から算定した分娩予定日はあくまでも目安としかなりません。また、胎子の成熟は分娩の2~3日前になってはじめて完了するといわれており、胎子が成熟するこの2~3日前に起こる兆候を把握することが、精度の高い分娩予知につながると考えられています。


 牧場では繁殖牝馬ごとの過去の分娩前兆候の履歴を参考としながら、分娩予定日の2週間前から注意深く観察し、分娩時期を推定するのが一般的です。主な分娩前兆候を以下に記します。①乳房の成熟(腫脹)、②漏乳(分娩に先立っての泌乳)、③臀部の平坦化、④外陰門部の弛緩、⑤体温の低下(通常は朝よりも夕方の体温の方が高い)。その他、機器等を必要とし、獣医師によって行われる分娩時期を推定する検査には、血清中プロジェステロン濃度の測定、乳汁カルシウム濃度の測定、子宮頸管の軟化の確認などがあります。これらの分娩時期の推定方法のなかでも客観的かつ比較的信頼度が高いといわれている方法は、乳汁カルシウム濃度の測定です。この方法は、海外では一般的に普及しており、複数の簡易キットも市販されています。しかし、日本ではこの簡易キットは販売されていません。


 現在、日高育成牧場では、これらの方法以外による分娩時期の推定方法について検討しています。その中でも牧場現場での応用が期待できるものは、市販のpH試験紙(6.2~7.6の範囲の測定が可能なpH-BTB試験紙)による乳汁のpH値、および糖度計による乳汁のBrix値を指標とする方法です。乳汁pH値は出産前10日以前には7.6以上を示していましたが、出産が近づくにつれ低下し、6.4に達してからは24~36時間で出産する確率が80%となりました。一方、乳汁Brix値は出産前10日以前には10%以下を示していましたが、出産が近づくにつれ上昇し、20%に達してからは36~48時間で出産する確率が87%となりました。いずれの方法も乳汁カルシウム濃度による推定方法と同等の精度という結果になりました。さらに両測定法とも約30秒で測定が可能であり、経費も非常に安価であるために、牧場現場での応用が期待できる方法であることが示唆されました。


 また、糖度計によるBrix値は初乳中の移行免疫(IgG)濃度を推定する指標としても使用されています。この場合には、Brix値が25%を超えていると良質の初乳、20%を超えていると概ね良質の初乳、そして15%未満の場合には不良初乳と推定されます。出産直後の初乳を測定するだけではなく、出産前から乳汁を測定することによって、前述のように分娩時期の推定以外に、初乳の質もある程度予測することが可能となります。胎盤を介して移行免疫を取り入れ、出生前から免疫を獲得しているヒトと異なり、馬は母乳を介して移行免疫を取り入れるため、初乳の質が低ければ、感染症を発症する可能性が高くなります。特に分娩2~3日前から漏乳を認めるような場合には、出産直後のBrix値が低下し、初乳の質が低いことが多いので、出産前に初乳の質を把握することによって、冷凍初乳の準備など早めの対応が可能となります。最後に、このように色々な情報を提供してくれる母乳ですが、採乳を嫌う馬もいるので、採乳時には細心の注意が必要であることを付け加えておきます。


(日高育成牧場 専門役  頃末 憲治)

Photo_2 初乳、分娩3日前、分娩10日前の乳汁の色調とpH試験紙の色調の変化

2018年11月15日 (木)

サラブレッドと光の話

No.3(2010年2月15日号)

明るい時間と繁殖生理
 馬の生産地ではお産のピークを迎えようとしています。もともと馬を含め自然界の野生動物、野鳥は、十分に餌を食すことができる温暖な季節である春に子供を生むと、もっとも安全に子孫を残すことができることを知っています。近年の競走馬生産では、市場価格や早期育成に有利と考えられる1,2月の早生まれ生産を行う傾向にありますが、自然状態で飼育すると、多くの馬は5月以降に分娩します。それではなぜ、馬は春に子供を産むような仕組みになっているのでしょうか?そのヒントが光にあります。
 馬は「長日性季節繁殖動物」に属し、春になると発情する動物です。これと反対に、エゾシカやヒツジ、ヤギは「短日性季節繁殖動物」であり、秋になると発情します。妊娠期間が約半年の動物は、短日性の動物であることが多いものです。いずれの動物に共通することは、春に分娩するように発情する季節を調節している点にあります。北海道では、冬至のころの明るい時間が9時間、夏至のころのそれが15時間近くありますので、春先に起こる昼間時間の急激な延長を、目からの光刺激として受け入れ、「視床下部」という神経器官からのホルモン分泌を促進することにより、雌も雄も繁殖や免疫機能に重要な役割りを果たすホルモンを「下垂体」から分泌することが知られています。北半球では、馬の生殖機能がもっとも活発になるのは、夏至を中心とする5-7月ごろであるといわれます。したがって、約11ヶ月の妊娠期間を持つ馬は、翌年の4-6月に子馬を産む確率が高くなるわけです。

繁殖管理に使用するライトコントロール
 競走馬生産では、「ライトコントロール」という方法を用いて、人工的に早生まれ生産を行っています。専門用語では、長日処理、光線処理と呼ばれています。北海道のような極端な寒冷地においても、非妊娠の繁殖雌馬に対してライトコントロールを行なうと、2月下旬までに70%、3月下旬までに90%が初回排卵を開始し、その後の発情周期に大きな乱れは認められず、受胎率も高いことが判明しています。一般に繁殖シーズンの早期には、持続性発情、いわゆる「だらブケ」という状態に陥り、あて馬による判断が難しくなり、獣医師サイドの排卵予知診断にも狂いが生じやすいものです。ライトコントロールを実施して繁殖シーズン初回の排卵を早め、1回目の発情を見送り、2回目、3回目の安定した発情において計画的に交配することにより、持続性発情に惑わされることなく、効率的な繁殖管理が可能となります。それゆえに、大規模経営者ばかりでなく、中小の生産牧場にも、安価で効果的なライトコントロール法の導入をお勧めいたします。以下にライトコントロールの方法を示します。

 12月20日(冬至付近)から、昼14.5時間、夜9.5時間の環境を作成。一般的な飼養環境においては、たとえば朝5時半から朝7時30分頃まで馬房内で点灯し、昼間は扉を開けるなど適当な明るさが確保できるように管理し、続いて収牧後夜20時まで点灯する。照明は60-100ワットの白色電球を馬房の中央天井付近、または高さ2.5-3.0m付近に設置。蛍光灯でも全く問題ない。点灯、消灯はタイマーで作動させ開始終了時間を正確にする(時間がずれると効果がない)。24時間照明すると逆効果となり、一定時間の「夜」が必要である。ボディコンディションスコアとして6.0前後に維持されていると効果的である。早期に受胎したとしても、ライトコントロールにより黄体機能が賦活化されるため、妊娠維持に効果がある。3月下旬まで継続すべきである。

馬鹿にできない日々の光
 JRA日高育成牧場では、2歳育成馬に対するライトコントロールを実施しています。これにより、精巣や卵巣から分泌されるステロイドホルモンの血中濃度が有意に上昇し、臀部脂肪厚から計算式によって得られる総筋肉量の値や骨形成マーカーの値が対象群と比較して上昇しました。また、「プロラクチン」というホルモンも上昇し、これが冬から春への換毛を促進し、免疫機能を高めることも知られています。繁殖期は、子孫を繁栄させるための大切な期間ですので、光という季節変化を目からキャッチして、代謝量や運動量を変化させる作用が備わっていることが示唆されています。ライトコントロールによる最近の研究結果から、昼間時間の長さは、馬の繁殖機能ばかりでなく、脂肪代謝や被毛量、さらには運動量にも影響を与えることが示唆されてきました。馬が厳しい冬を無理なく過ごすための知恵が、昼間時間の長さの中に隠されていることに驚きを感じています。

(日高育成牧場 研究役 南保泰雄)

Photo_7 ライトコントロールによるホルモンの分泌と作用