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2019年12月

2019年12月30日 (月)

引き馬‐子馬から競走馬まで

No.129(2015年8月1日号)

 さて、最大頭数が上場されるサマーセールを8月下旬に控え、セリシーズンも佳境を迎えます。生産地においても、子馬を馬主の皆様にお見せする機会も多いのではないでしょうか。展示やセリで馬をよく見せるためにも、また、セリ後にスムーズに騎乗馴致に移行するためにも『引き馬』は非常に重要な技術です。今回は、JRA日高育成牧場で実施している方法を参考に、子馬から競走馬までの『引き馬』の考え方についてご紹介します。

当歳
1) 出生翌日(当日)
 日高育成牧場では、生後から母子を1人で引く方法を採用しています(写真1)。左手で母馬を保持し、子馬の左側に立って右手で軽く肩を保持して歩きます。生後直後の子馬は自ら前進することを知らないため、もう1名の補助者が後方からサポートして前進を促します。人が母子の間に位置することで『信頼関係を構築』し、また、人が子馬の肩の左側に立つ『人馬の位置関係』を教えます。横にいる保持者の指示に反応しない場合、後方から押されるというプレッシャーを意識させます。2~3日で馬は理解しますので、後方からのサポートは不要となります。

1_3 写真1 四肢の関節はまだ弱い

2) 生後2ヶ月まで
 概ね生後2ヶ月までは、子馬の保持にはリード(引き綱)を使用せずに、『頚もしくは肩の外側に手をかける』方法を用います(写真2)。リードを使用しない理由は、前に歩かない子馬を無理に引っ張ったり、子馬が前進を拒んだりした場合、虚弱な子馬の頸部に対するダメージが危惧されるためです。

2_3 写真2 左手は母馬のスピードを調整

 この時期は、『子馬自身のバランスで歩くこと』および『人の指示に従って歩くこと』を教えます。最初は、子馬が自ら歩き出すように、音声による合図や右手で肋や腰を軽くパットして合図を送る等のプレッシャー、すなわち『オン』を与えて前進を促します(写真3)。前進を開始したら、その瞬間にプレッシャーの解除、すなわち『オフ』を与えることによって、子馬が自身のバランスで活発に歩く行動を促します(写真4)。

3_3 写真3 右手でパットし前進を促す

4_3 写真4 再び右手を軽く肩に添える

3) 生後2ヶ月~離乳まで
 子馬がある程度成長する2ヵ月齢を目安にリードを装着します(写真5)。リードは、緊急時に解除できるよう、1本のロープを鼻革の下部で折り返して使用します(写真6)。リードを用いる場合も、使用していないときと同様に子馬の肩の横に立ち、リードを引っ張らないよう、子馬を動かすことが大切です。

5 写真5 子馬のリードはゆとりを持って保持

4) 離乳後
 この時期から当歳の大きさに合わせたチフニーへの馴致も開始します。チフニーは作用が強いため、装着していてもリードはゆったりと保持します。また、日常の収・放牧時はもちろん、削蹄や治療などの保定の際はチフニーを装着します。併せて、馬房内で1本のタイロープを用いて、馬が落ち着くよう、壁に向かって後ろ向きに繋いで、手入れができるように教えます(写真7)。

6 写真6 リードの折り返し方

7 写真7 後ろ向きに繋がれることを教える

5) 展示
 展示の際の引き馬は、検査者からまっすぐに10mほど遠ざかり、右回転(写真8)して検査者に戻ります。右回転で実施する理由は、馬を制御しながら、検査者に回転時の運歩を見やすくするためです。馬の重心を後躯にのせ、頭を少し高く保持して後肢旋回の要領で行うと容易です。また、廊下などの狭い場所で回転する際は、人が馬との間に入ることにより、無用な受傷を防止します。

8 写真8 右回りでの回転

1歳~2歳(競走馬)
1) 洗い場での張り馬
 トレーニングセンターでは、馬を張って管理することが多いため、その馴致として、洗い場では張り馬での手入れを行っています。この際、馬を張る環には、あらかじめ切れてもいい紐から取った張り綱を装着しておきます(写真9)。このことにより、張り綱とリード(引き綱)を区別し、通常の引き馬は1本のリードで実施することができます。

9 写真9 1本リードで管理するための工夫

2) 1本リードでの引き馬
 チフニー(写真10)は、下部の環にリードを1本装着することで、ハミを下顎に対して均等に作用させる構造になっています。つまり、地上にいる者が馬を制御するためのハミです。

10 写真10 チフニーは1本リードで使用する構造

3) 二人引き
 競馬場のパドックで二人引きをしている姿をよくみかけます。引く者が一人から二人に増えたからといって、一馬力の馬を力で制御できるものではありません。馬が本気で暴れた場合、どちらかが手を離さなければいけない状態に陥るのは明らかです。元気のよい馬、力のある馬を制御するためには、チフニーやチェーンシャンクなどの道具を使用するほうが効果的です。また、馬に対してリーダーが誰であるかを明確に示すことも重要です。以上のことから、引き馬は一人で実施することが原則です(写真11)。

11 写真11 英ドンカスター競馬場で引き馬を行う筆者

 一方、パドックで左手前の引き馬を行う場合、引く者の反対側に観客などの物見の原因があり、しばしば馬が急に内側の切れ込んでくることがあります。このような状態を回避するためには、馬を安心させる必要があります。このことを目的として、補助者が頸部などに触れながら、馬の右側を歩くことは有効です。この際、必要に応じて右側の手綱部分を軽く保持することもあります。

最後に
 人馬の信頼関係を構築するための正しい引き馬は、基本的な躾の積み重ねによって成立します。したがって、競走馬がその持てる能力を発揮するためにも、子馬のときから競走期にいたるまで、一貫した考え方のもと、『引き馬』を実施したいものです。

(日高育成牧場 副場長 石丸 睦樹)

2019年12月26日 (木)

開設50周年を迎えた日高育成牧場

No.128(2015年7月15日号)

 日高育成牧場は、本年、開設50周年を迎え、7月27日には記念式典を開催いたします。日本の主要馬産地である日高に位置するJRA事業所として、50周年という節目の年を迎えられたことは、生産育成者を始めとする多くの皆様の暖かい支援の賜物であり、当紙面をお借りして厚く御礼申し上げます。本稿では、改めて50年の歴史を振り返ってみたいと思います。

日高育成牧場の開設の頃
 昭和29年、日本中央競馬会創立時の組織図には宇都宮育成牧場に日高支所の記載がありますが、本会職員は配属されず、日高種畜牧場に委託して抽選馬の育成が行われました。その後、昭和32年に札幌競馬場日高分場となり、昭和36年10月に10名の職員が配属され、本格的に本会職員による抽選馬の育成業務が始まりました。そして、昭和40年1月に池本初代場長を迎え、11名の職員で日高育成牧場は開設されました。当時は十分な工作機械はなく、馬場整備や牧草収穫等は人力による手作業であり、さらに馴致、追い運動や昼夜放牧等の育成方法は試行錯誤の連続で、冬期の屋外での騎乗調教等、苦労が絶えなかったと聞いています。その後、昭和44年に800m馬場の新設、昭和45年に農水省から36.2haの土地の払下げを受け、事務所、厩舎、舎宅等の施設整備、昭和49年には念願だった覆馬場が完成しました。これによって、育成業務の基礎体制が整備されました。

日高育成総合施設軽種馬育成調教場の誕生
 農水省日高種畜牧場1,440haの払下げを受け、平成5年にイギリスのニューマーケットやフランスのシャンティに匹敵する大規模調教施設として、「日高育成総合施設軽種馬育成調教場」は誕生しました(図1)。施設内にある「屋内1000m直線馬場」や「屋内坂路馬場」(平成11年に700mで完成、平成18年に1000mに延長)(図2)は、北海道における冬期の降雪や凍結で屋外調教施設が使用できない時期に、若馬に本格的なスピードトレーニングが実施できる本邦初の屋内調教施設であり、その後の民間調教施設のモデルケースとなりました。

1_2 図1 日高育成総合施設軽種馬育成調教場(総面積約1500ha)の全景

2_2 図2 総延長1000mの屋内坂路馬場

生産育成に関する技術開発・調査研究および成果の普及
 昭和54年からは、本会職員を定期的に競馬先進国である欧米諸国へ派遣してきました。研修後は日高育成牧場を実践の場としても活用するとともに、経験の蓄積をもとに、「人馬ともに安全なブレーキング方法」等、馴致・育成技術の手順や考え方をまとめた「JRA育成牧場管理指針」を発刊し、以後改訂を重ねてきました(図3)。

3_2 図3 JRA育成牧場管理指針

 平成10年には生産育成研究室を設置するとともに、繁殖に関する研究にも着手し、平成20年からは「JRAホームブレッド」の生産を始め、生産から育成まで一貫した調査研究・技術開発を実施する体制が構築されました。「ライトコントロール法による卵巣機能の賦活化」や「乳汁pH値による分娩予知」等の研究成果は、広く生産牧場において活用され、それらをまとめた「JRA育成牧場管理指針(生産編)」を発刊しました(図3)。
 さらに、全国各地の講習会や当場における実践研修プログラムの開催(図4)およびグリーンチャンネル等のメディアやDVDの作成・配布等を通じて、生産育成技術の普及に取り組んでおります。
日高育成牧場は、この開設50周年の節目を新たな出発点とし、生産地の皆様とともに「強い馬づくり」を目指し、今まで以上に調査研究そして普及活動に取組んでいきますので、これまで同様のご支援、ご協力をお願いいたします。

4_2 図4 JRAホームブレッドを活用した実践研修風景

(日高育成牧場 場長 山野 辺啓)

2019年12月24日 (火)

日高育成牧場見学バスツアー

No.127(2015年7月1日号)

もうひとつの情報発信
 日高育成牧場の主たる業務は、皆様ご存知の通り、JRA育成馬、JRAホームブレッドを用いた競走馬に関する生産から後期育成にかかる調査研究とその成果の普及です。飼養管理や草地管理も含め、この連載を始めとし様々な媒体を用いて情報発信を行っています。一方で、そのような専門的な情報発信だけではなく、当場では競走馬の育成を行っている施設という特性を活かし、競馬ファンや競馬のことをあまりご存知でない方に対する情報発信の取組みも積極的に行っています。
今回はその中から、夏の恒例イベントとして定着してきた場内をバスで回って案内する日高育成牧場見学バスツアーをご紹介いたします。

見学バスツアーの歴史
 現在のような形での見学バスツアーが始まったのは平成16年からになります。その年は日本中央競馬会創立50周年にあたり、その記念イベントの一環として企画されました。7月~9月にかけての隔週水曜日、場内見学を軸に研究施設見学としてのトレッドミルの実演や体験乗馬、9月には初期馴致の様子などを組み込んでいました。初年度は7日間の実施に対し、81名の参加でした。
参加された方のアンケート結果も高評価であったため、翌年以降も継続実施することが決まり、平成17年には7月~9月の毎週水曜日に、平成18年からは7月~9月の毎週水・金曜日にと実施日も徐々に増えていきました。参加人数も順調に増え、おかげさまで昨年は35日間の実施に対し、448名もの方に参加いただきました。
今年度は7月~9月の毎週水・金曜日と10月の毎週水曜日に7月18日、8月15・29日、9月5日の特定土曜日を加えた35日間実施する予定となっています。

ツアーの内容
 見学ツアーでは、場内の各調教施設の見学とそれを利用する馬たちの調教の様子を基本に、幾つかの特別プログラムを組み合わせて紹介しています。
1,600mダートトラック、広大なグラス馬場、1,000m屋内直線馬場といった個々の調教施設の大きさ、それを一望できる見晴台からの景色(写真1)、間近で見る競走馬の迫力は馬産地日高ならではの見所で、このツアーのハイライトです。

1 写真1 見晴台からの景色
左手奥に1000m屋内直線馬場が見える

 特別プログラムは、時期によって内容が変わるお楽しみ企画です。前半は当場生産馬であるJRAホームブレッドの子馬とのふれあいの場を設け(写真2)、それに体験乗馬(写真3)もしくはポニーショーを組み合わせています。後半に入ると、研究業務と手術室やトレッドミルなど現場の紹介、競走馬にとって大事な装蹄に関する説明と造鉄実演(写真4)、9月中旬以降の初期馴致(ブレーキング)見学などとなり、一年の間でも時期をずらしていただければ、異なった内容のプログラムが楽しめます。実際、同じ年に何度も来られるリピーターの方もいらっしゃいます。

2 写真2 ツアー参加者と子馬とのふれあい
多くの人に囲まれることは子馬にとってもよい馴致となる

3 写真3 体験乗馬

4 写真4 造鉄実演

参加者の反応
 競走馬の育成の様子を見るというのは、一般の観光の方は勿論、長年、競馬に親しんできたファンの方にとっても珍しい体験のようです。施設見学の際も、馬が調教している様子を皆さん食い入るように見つめていますし、特別プログラムでも初期馴致(ブレーキング)見学には興味津々の様子で、『こういう事をやっているとは今まで全く知らなかった』という感想もよく頂きます。
子馬とのふれあいや体験乗馬、ポニーショーなどはちょうど夏休みと重なっていることもあり、親子連れの方々に大変好評です。

最後に
 JRAの施設は土日の競馬開催と密接な繋がりのあるものがほとんどです。その中にあって日高育成牧場は独特の立ち位置にある施設といえます。
サラブレッドとして生を受けた子馬たちが競走馬として競馬場で走るまでの間にどのような過程を経ているのか、どれだけの人が関わっているのかについては、見学ツアーの中でも自然と熱が入った説明になります。『今後は今までとは違った視点で競馬を見ることができます』といった感想もよく頂きますが、これを理解してもらえるのは我々にとっても大変うれしいことです。
これからも、日高育成牧場ならではの取組みで競走馬や競馬の魅力を発信して行きたいと考えています。今年度の見学ツアーのご案内は、JRAホームページに日高育成牧場でのイベントとして掲載しております。皆様のお越しをお待ちしております。

(日高育成牧場 総務課長  工藤 栄治)

2019年12月20日 (金)

競走馬の歯のケアについて

No.126(2015年6月15日号)

はじめに
 競走馬、乗馬、繁殖馬を問わず、歯(口腔)の健康はそれぞれの馬が能力を発揮する上で非常に重要です。健康な歯は十分な咀嚼(顎をしっかり動かす)を可能にし、消化吸収を助けます。そのため、歯(口腔)が不健康であれば、十分な咀嚼ができず、消化吸収の低下、ひどい場合には食欲不振を招き馬体の成長・維持に大きな影響を及ぼします。さらに、競走馬や乗馬ではハミを銜えた際に嫌がる、騎乗中の人の指示に著しく反抗するなどの問題行動が起こることがあります。
 今回は育成期から競走期の馬の歯のケアについて紹介させていただきます(一昨年11月15日号の本誌にも「育成馬における歯の管理」と題した記事を掲載していますので、あわせて参照ください)。

ケアが必要な歯の状態とは?
 育成馬や競走馬にとって最も多く認められるのが、斜歯(エナメルポイント)です。馬は上顎が広く、下顎が狭いため、咀嚼によって臼歯が均等に磨耗せず、上(下)顎の外(内)顎の臼歯の一部が先鋭化していきます。ほうっておくと、口内粘膜にあたって傷をつくり、潰瘍化します(図1)。ひどい状態になると傷が刺激されることを嫌がり十分な咀嚼をせず、消化吸収の低下や食欲不振につながります。

1_7 (図1)斜歯と口内粘膜の潰瘍

 咀嚼にはあまり大きな影響を与えませんが、ハミ受けに影響し、運動時の問題行動につながる可能性があるのは狼歯です。狼歯は第2前臼歯の前に生える小さな歯で、牡馬ではほぼ全頭、牝馬でも一部の馬では存在します(図2)。その他にも、歯が波打っているような波状歯、階段状にずれている階状歯などがありますが、先天的な異常(カケスなど)がなく、適切な間隔でケアを行っている育成馬や競走馬であれば、ほとんど認めることはありません。

2_6 (図2)第2前臼歯の前の狼歯(矢印)

ケアについて
 斜歯の処置は歯鑢(しろ)によって先鋭化している部分を削り落とします。口内で周囲を傷つけないように、角がとれ少し丸みを帯びる程度まで削りますが、削りすぎてはいけません。ケアの目的は十分な咀嚼を行うことなので、削りすぎて歯の凹凸をなくしてしまっては食物をすり潰す役目が果たせず逆効果となってしまいます。育成馬や競走馬など比較的若い馬であれば、ひどい異常がなければ電動歯鑢(パワーツール)は必要ありません。電動歯鑢の使用は若馬の柔らかい歯を必要以上に削りすぎる、削る時に発生する熱によって神経を傷つける恐れもあり、十分な注意が必要です。
 狼歯はハミ受けに影響するので、騎乗馴致開始前に抜歯することが望ましいです。図2に示すような器具を用い、周囲の歯肉を切り取り、歯根から抜きます。丁寧に抜かないと歯の根本が折れて残ったり、または骨を傷つけることがあり注意が必要です。根本が残ったり、骨が傷つくと、石灰沈着や骨増生を起こして狼歯と同様にハミ受けに影響を及ぼすことがあります。

3_5 (図3)狼歯を抜歯する器具

定期的なケア
 教書によると、歯のケアは2~3歳の馬では年3~4回(3~4ヶ月毎)、4~6歳であれば年2回(半年毎)行うことが推奨されています。2013年にJRA美浦トレーニング・センターの競走馬50頭に対して口腔内の検査を行ったところ48頭(96%)に何らかの所見があり、斜歯は48頭全てで認められました。また、これらの馬の中には3ヶ月前に歯のケアを行っていた馬も含まれており、教書同様に3ヶ月に1回のケアが必要であることを示唆していました。また、半数以上の馬が特に症状を示しておらず、人が気づかない内に歯の異常は進行していくことが示唆されました。

さいごに
 歯(口腔)に関するケアは経験的に行われていた部分が多く、科学的な研究や調査があまりありませんでした。しかし、近年、急速に研究や調査が進んでおり、今回お伝えした情報も数年後には新たな情報に置き換わるかもしれません。そのような状況ですので、今後発信される情報についても引き続きご注目ください。また、歯の異常には気づきにくいことを念頭に置き、定期的な処置をご検討ください。

(日高育成牧場 業務課 診療防疫係 大塚健史)

2019年12月16日 (月)

米国装蹄競技大会に参加して

No.125(2015年6月1日号)

装蹄競技大会とは
 皆様は装蹄師に技術の高さを競う大会があるのをご存知でしょうか?日本では昭和16年から年に1回のペースで全国装蹄競技大会(最優秀選手には農林水産大臣賞が授与される)が開催されており、全国各地での予選を勝ち抜いた30名程が装蹄の技術を競います。そこで優勝すると、翌年米国で行われる世界規模の装蹄競技大会に派遣されます。私は昨年度の67回大会で優勝し、今年の2月に行われた米国の装蹄競技大会に参加しましたので、そこで経験したことを紹介したいと思います。

米国の装蹄学校
 大会に先立ち、昨年度に来日され日本の装蹄師に米国流の造鉄方法を指導して頂いたChris Gregory氏が指導をしているハートランド装蹄学校(図1)という装蹄師の学校で、他の生徒達と一緒に練習をする時間をいただきました。この学校では、年齢・装蹄経験を問わずたくさんの生徒が在籍しており、1から装蹄の勉強をしたい人やこれまでも装蹄師として仕事をしていて、更なるレベルアップを希望している人など多くが指導を受けています。また、それぞれのレベルに合わせて授業のコースも分かれています。日本の装蹄業界の場合には、なかなか仕事を始めた後に学校に通って勉強をやり直すのは難しいですが、このような機会があることは非常に有益だと感じました。

1_6 図1 米国の装蹄学校 
様々な年齢の生徒が実習してスキルアップに励む

米国の装蹄競技大会
 ハートランド装蹄学校で練習をしたのち、いよいよ装蹄競技大会です。今回の大会には86名のエントリーがありました(図2)。競技内容は基本的な蹄鉄を作る競技や装蹄療法に使用する特殊な蹄鉄を作る競技、馬車馬用の大きな蹄鉄を作る競技など様々です。日本では、蹄鉄を作る競技は大体の大きさを合わせた左右対称の蹄鉄を作ります。鑢を掛けて蹄鉄の角を落とす作業は、蹄鉄を作る時点ではありません。しかし、米国では蹄鉄が出来た時には実際に馬に装着できる状態でなくてはいけません。そのため、鉄尾(テツビ)と呼ばれるヒールの部分を丸く作り、安全のために蹄鉄の角を落とします。また、鉄唇(テッシン)と呼ばれるズレ防止も作らなくてはなりません(図3)。米国の大会では蹄鉄作りの上位20位に入らなければ実際に装蹄することはできません。しかしながら、私は残念ながら予選で敗退となりました。反省点として蹄鉄の見た目ではなく、安全性や機能性にしっかりと重点を置いて競技に臨むべきであったと感じています。予選の翌日は上位20名による装蹄競技(図4)が行われました。残念ながら参加できなかった私ですが世界最高峰の技術をみて大いに勉強になりました。またいつの日かリベンジをしたいと思います。

2_5 図2 米国装蹄競技大会の様子 
選手各自が炉を持ち込み、広いフロアーで同時に競技する

3_4 図3 左が米国 右が日本の標準蹄鉄 
米国の蹄鉄はそのまま装着できるように鉄尾などが処理されている

4_3 図4 上位20名による装蹄競技
馬繋場などはなくゴムマットの上で装蹄する

最後に
 今回の米国研修を通して感じたことは、蹄鉄の形状や造鉄方法・装蹄方法など日本と米国では違いが多々ありますが、馬に対していかに安全で快適な装蹄が出来るのかが一番重要であるということを再確認しました。私が今回体験したような高度な技術が日本で普及して装蹄業界全体がレベルアップできれば嬉しく思います。

(日高育成牧場 業務課装蹄係  諫山太朗)

2019年12月13日 (金)

競走馬のウォームアップ

No.124(2015年5月15日号)

 ウォームアップ(ウォーミングアップ:W-up)とはいわゆる準備運動のことで、主に2つの目的で行われます。1つは筋や腱の柔軟性を高め障害を防止すること、もう1つは馬の運動機能を活性化し高い運動能力を発揮させることです。前者は軽めの運動で筋・腱の温度を徐々に上げていくことが重要ですが、後者はしっかりした運動でエネルギー代謝を活性化することが重要となります。

W-upがエネルギー代謝に与える影響
 少し難しい話になりますが、W-upがエネルギー代謝に与える主な4つの影響についてお話します。①温度が10℃上昇すると代謝にかかわる酵素活性が2.5倍になることが知られており、筋温上昇によりエネルギー代謝が亢進します。②神経系の反応性向上に伴い運動開始時の呼吸循環系や筋肉系の反応性が向上します。③乳酸産生によって起こる代謝性アシドーシス(体の中が酸性になった状態)と体温上昇により筋肉内への酸素の取り込み量が増加し、運動中の有酸素性エネルギー利用量が増大します。④交換神経活動の活性化により循環系が活性化されるとともに、分泌されたアドレナリンの刺激で脾臓血が放出されて循環血液中の赤血球数が増加し、解糖系の酵素活性が活性化されエネルギー代謝が亢進します。
 上記①~④は運動能力を発揮する上では全てプラスの影響であり、これらが大きく現れる高強度W-upが最適なようにも思えますが、実際にはどうでしょうか?

トレッドミルを用いたW-up試験
 一般に、多量の乳酸産生を伴う過度なW-upは好ましいとは考えられていません。過度なW-upは筋疲労と中枢性疲労(脳が疲れたと感じる状態)を起こし、脾臓血の過剰放出に伴う血液濃縮により循環機能が低下し、肺動脈圧が上昇して鼻出血発症リスクが高まります。つまり、主運動前に頭も体も疲れて血流が悪くなるということです。
 ここで、JRAで行ったW-upに関する研究をご紹介します。この研究では、サラブレッド実験馬に馬用トレッドミル(ランニングマシーン)上で3種類のW-up(低強度群:21秒/F×200m、中強度群:17秒/F×350mまたは高強度群:14秒/F×650m)の後、15分間の常歩運動をはさんで試験走行(14秒/F×100秒)を行わせ、その間の血中乳酸濃度の変化を調べました(図1)。その結果、試験走行前に乳酸値が下がりきっていなかった中-高強度群では、安静時レベルまで回復していた低強度群よりも試験走行後の乳酸値が低い値を示しました(図2)。これは、運動前に少量の乳酸が残っている状態は運動能力を発揮する上でプラスの効果があることを示しています。しかし、別の実験では運動直前の乳酸値が6mmol/L以上の場合は運動後の乳酸値も高くなることが報告されており、乳酸値が高ければいいというものではないようです。

1_5 図1 トレッドミル試験の概略図
トレーニングされたサラブレッド実験馬を用いて行った実験の概略図。縦軸はトレッドミルの速度を、横軸は時間経過を表し、▲で血中乳酸値を測定。

2_4 図2 W-up試験の血中乳酸値の変化
中または高強度W-upを実施した場合、低強度W-upを行った時より試験走行後の血中乳酸値は低い値を示した。

競走馬にとって理想的なW-upとは?
 今回ご紹介した研究成績から、W-up後4~6mmol/Lまで血中乳酸値が上昇し運動前に2mmol/Lまで低下しているW-up(17~14秒/F×400~600mに相当)が理想的だと考えられます。しかし、競馬のレースは毎回条件が異なり返し馬からレースまでの間隔が一定ではないので、実際にはそれらを考慮してW-up強度を調整する必要があります。また気象条件も大きな要素で、高温環境下で強いW-upを行うと体温が上がりすぎて中枢性疲労を起こしやすくなります。さらに、体力のない馬はW-upで乳酸が上がりやすく、興奮しやすい馬はW-upを行わなくてもアドレナリンが多く分泌され体温が上昇しやすいので、体力や性格など馬の個性にも配慮が必要です。したがって、『競馬』を考えた場合、レースや気象条件、馬の個性を考慮して基本パターンのW-upから調整して行うのが好ましいと言えるでしょう。
 一方、育成調教を行っている競走馬では、障害防止・運動機能活性化のためだけではなくトレーニングとしてのW-upを考える必要があります。育成馬の駈歩調教は長くても4000m程度なので、競走期の調教やレースに耐えられる丈夫な身体を作るためには、常歩でのW-upや主運動後のクールダウン(クーリングダウン:整理運動)によってトータルの運動量(距離)を増やすことも重要です。したがって、育成馬ではW-upとクールダウンをトレーニングの一部として調教メニューに組み入れることをお勧めします。

おわりに
 以前JRAの競馬場で行った調査では、レース前の返し馬は約400m行う馬が最も多く、その平均速度は17.5秒/Fでした(図3)。これは、今回紹介した研究の中強度W-upに相当し、ジョッキーは騎乗する馬に必要なW-up強度を自分の感覚で理解しているように感じます。育成調教を行われている方々も、これまで以上にW-upを工夫して馬の反応を感じてみてはいかがでしょうか。

(日高育成牧場 生産育成研究室長 羽田哲朗)

2019年12月11日 (水)

サラブレッドの骨格筋の運動特性とミオスタチン遺伝子型

No.123(2015年5月1日号)

 今回は、サラブレッドの走能力に大きく関わる筋肉について、組織学的、運動学的、遺伝子学的な観点からJRA育成馬を使って調査した成績を交えながら紹介いたします。

●サラブレッドの骨格筋の特性
 競走馬の骨格筋の重量は、体重の50%以上にもおよぶことが知られています。細い四肢と低い体脂肪率で究極までに軽量化された馬体から、いかに筋肉の割合が大きい動物であるかが想像できます。もちろん筋量が多いだけでなく、その筋線維の組成にも速く走るための特徴があります。筋線維は、特殊な免疫組織学的方法を使うことで、収縮速度が遅いが疲労耐性が高い(持久力の発揮に向いている)遅筋(TypeⅠ)線維、収縮速度が速いが疲労耐性が低い(瞬発力の発揮に向いている)速筋(TypeⅡx)線維、これらの中間的な特徴を持つ中間型(TypeⅡa)線維の3つに染め分けることができます(図1)。走行時に推進力をもたらす後躯の主要な筋肉である中殿筋においては、90%近くを速筋線維が占めることから、サラブレッドがいかにスピード特性を兼ね備えた動物であるかが分かります。

1_4 図1 サラブレッドの筋線維の種類と特性

●ミオスタチンによる筋量の調節
 ミオスタチンとは、成長因子の1つで、筋細胞の増殖肥大を「抑制」する物質です。したがって、このミオスタチンが働かなくなると筋肉隆々の個体になることが知られています。しかし、通常はミオスタチンを介して適切な筋量の調節が行われるため、筋量は一定に保たれています。
 近年、このミオスタチン遺伝子に認められる一塩基多型(遺伝子の一部分が個体によって異なる)が競走距離適性に関わることが報告されました。すなわち、「C/C」型は短距離、「T/T」型は長距離、「C/T」型はその中間(中距離)に適した傾向を示すことが明らかにされたのです(図2)。では、この様な距離適性を持つサラブレッドの筋量にはどのような特徴があるのでしょうか?JRA育成馬を用いて、調教開始から6ヶ月後の測尺結果とミオスタチン遺伝子型との関連を解析した調査では、筋量を反映する「体重/体高(kg/cm)」は、C/C型で最も高いことが分かりました(図3)。さらに、中殿筋に針を刺して筋肉を少量採取して、組織学的に筋肉組成を分析した結果では、C/C型の馬のTypeⅡx線維面積が最も増加する傾向が認められました。これらのことから、C/C型の馬の筋肉はトレーニングにより肥大しやすく、スピード適性が高いと考えられました。

2_3 図2 日本のサラブレッド(雄1,023 頭)におけるミオスタチン遺伝子型の違いによる勝利度数分布
(T. Tozaki et. al., Animal Genetics, 2011から引用・改変)

3_3 図3 ミオスタチン遺伝子型と筋量との関係
※筋量の割合が高いサラブレッドでは「体重/体高」が筋量の指標となる

●ミオスタチン遺伝子型と持久力との関係
 馬の有酸素運動能力指標の1つとしてV200というものがあります。このV200とは、心拍数が毎分200回に達したときの馬の走行スピードを表した値です。馬は速く走れば走るほど、心拍数が上がっていくことが分かっているので、バテやすく早く心拍数が上がってしまう馬のV200の値は低く、バテにくい馬のV200の値は高くなります。JRA育成馬で測定したV200とミオスタチン遺伝子型との関係を見ると、T/T型の馬では他の遺伝子型の馬に比べてV200が高くなっていることが分かりました。また、中殿筋の血管新生因子や有酸素運動能力に関わる筋細胞中のミトコンドリア量に関連している遺伝子の発現量を解析したところ、T/T型で有意に高いという結果が得られました(図4)。これらのことから、T/T型の馬では、血管新生が促進され酸素供給が効率的に行われることで有酸素能の発達につながり、持久力が高い筋特性を持ち合わす傾向があると考えられました。

4_2図4 ミオスタチン遺伝子型とV200値(m/s)との関係

●最後に
 ブラッドスポーツと呼ばれるサラブレッドの世界では、約2世紀に渡る歴史の中で、レースで勝利を収めた馬が種牡馬や繁殖牝馬となり、子孫を残すことで、速く走るための育種改良がおこなわれてきました。競走体系は時代とともに変化しつつある中、近年、ますますスピードが求められるようになってきているのは確かです。しかし、レース中の馬の筋肉へのエネルギー供給の70~90%は有酸素的になされているため、運動能力を高めるには有酸素能力の向上が必須であり、それを鍛えることが重要となります。サラブレッドをトレーニングする際に、今回ご紹介したような遺伝子からみた筋特性も考慮することで、スピードと持久力を兼ね備えたサラブレッド本来の走能力を最大限に引き出すことができるのかも知れません。引き続き日高育成牧場では、育成馬を用いて新しい調教技術や科学的手法を取り入れながら、その成果を普及していきたいと考えています。

(日高育成牧場 生産育成研究室 研究役 佐藤文夫)

2019年12月 9日 (月)

2015 JRAブリーズアップセールについて

No.122(2015年4月15日号)

 JRAは 4月28日(火)、今年で11年目を迎えた「2015JRAブリーズアップセール」(第11回 JRA育成馬調教セール)を中山競馬場で開催します。今回の記事では、JRAブリーズアップセールについて、今年の新たな取り組みも交えてご紹介させていただきます。
 JRAブリーズアップセールは中央競馬に登録のある馬主を対象としてJRA育成馬のみが上場されるプライベートセールです。これまで同様、“購買者の視点に立った運営”を心掛け、新規で馬主になられた方やセリでの購買に不慣れな方にもわかりやすく参加しやすい「入門編としてのセール運営」を目指しています。

前日展示会の開催
 セール前日の4月27日(月)、13時から装鞍所において前日展示会を実施します。当日は全馬の比較展示とあわせて個体情報冊子の配布や台付価格の公表等を行います。また、調教師会主催の「馬主・調教師懇談会」も開催される予定です。
 また、入厩期間内の4月23日(木)から26日(日)の10時~17時には厩舎地区での事前下見が可能です。加えて朝の調教【6時~9時】もご覧いただけます。ご希望のお客様は事前にブリーズアップセール特設電話(※4月20日~5月8日のみ)までご連絡ください。

セール当日の流れ
 セール当日は騎乗供覧からはじまり、上場番号順に単走で供覧します。走行タイムの目安はラスト2ハロンを13.0-13.0(秒/ハロン)程度としていますが、“走行タイムよりも馬の走法フォームや出来栄え”を見ていただくことに主眼を置き、無理に追うことはせずにありのままの走りを披露します。

1_3 (写真1)昨年の騎乗供覧の様子。JRA騎手課程生徒も騎乗します。

 騎乗供覧後には比較展示を行い、各馬の状態を間近で確認していただきます。会場には個体情報開示室(レポジトリールーム)も設置してあり、全馬の医療情報から飼養管理までの広範な情報を提供しています。実馬と個体情報をあわせて確認していただき、購買馬の選定に役立てていただきたいと考えています。

2_2 (写真2)昨年の比較展示の様子。会場には育成馬を熱心にみられる購買関係者が多数来られました。

 その後、セリ方式での売却を行います。冒頭には新規で馬主になられた方がセリ市場へ参加しやすい環境づくりの一環として、「新規馬主限定セッション」が組まれています。2012年1月以降に馬主登録をされ、予め事前購買登録を済ませた方のみが参加でき(当日登録不可)、多くの新規馬主の方に馬を所有していただきたいという考えから「おひとり1頭のみ」という購買制限を設けています。ただし、このセッションの上場馬が主取りとなり再上場された場合や、順調に調教ができず「調教進度遅れ等」として上場される場合にはすべての馬主の方がセリ上げに参加できます。セール前日に公表される「台付価格」がセールのスタート価格であり、リザーブ価格となります。多くの馬主の方に購買馬選定をお楽しみいただくため、声をかけやすいリーズナブルな価格設定となっています。

未売却馬について
 セールで未売却となった馬は、翌29日(水)の「ファイナルステージ」での売却、もしくは5月26日(火)札幌競馬場で開催される北海道トレーニングセールへの上場を目指します。ファイナルステージはセリ当日までに購買登録を済ませた上でセールに参加された馬主の方本人のみが参加可能で、代理人参加はできません。詳細はセール事務局までお問い合わせください。

今年から行う新たな取り組みについて
 ブリーズアップセールの新たな取り組みとして、個体情報の一部を事前に確認していただく「個体情報早期開示」を開始します。これまでセリ前日にお知らせしてきた医療情報の一部を、4月6日(月)からインターネット上で開示するというものです。事前に開示する情報は、特別な開示事項(悪癖や手術歴、去勢など)の有無と、全馬の3月末現在の主な病歴やノドの内視鏡検査を含む各種検査結果などです。特に注意していただきたい項目であるノドの検査結果については、喉頭片麻痺グレードがⅢ以上の馬の内視鏡動画も開示します。
 ここで注意していただきたいのは、開示される情報が3月末までに取りまとめた情報であるため、追加病歴や過去の詳細な病歴などが反映されていない点です。購買前にはセリ前日から配布する個体情報冊子や台付価格表を必ず確認していただきたいと考えています。

 JRAではこれまで同様、ブリーズアップセールに来場された皆様がセリを楽しんでいただけるよう、また、皆様の信頼を失わないように適切な運営に取り組みます。また、セール当日には民間のトレーニングセールや1歳市場の主催者ブースも設ける予定です。当日ご来場いただいたお客様に、 “またセリに参加しよう”と考えていただくきっかけとなることを願っています。

3_2 (写真3)昨年のセリ会場の様子。多くのお客様にお越しいただき、白熱したセールとなりました。今年も多くのお客様のご来場をお待ちしております。

(日高育成牧場 業務課長 秋山健太郎)

2019年12月 6日 (金)

競走馬の装蹄について

No.121(2015年4月1日号)

 競走馬の護蹄や装蹄の重要性は、馬に携わる人であれば誰でもご存知のことだと思います。一方、近年は育成後期の運動量も強くなり、現役競走馬に近い蹄管理が求められるようになってきました。そこで今回は競走馬の装蹄や蹄疾患について解説したいと思います。

蹄の管理について
 一般に成馬の蹄は1ヶ月で約1cm伸び、約1年で全体が更新されます。しかし、蹄は体重を支えたり、地面を蹴ったりすることで常に磨耗するため、走行スピードが速く運動量も多い競走馬では蹄の磨耗が著しく、装蹄により保護する必要があります。また、蹄鉄を装着することでグリップ力を高めたり、蹄を治療(装蹄療法)することも可能となります。

装蹄の歴史について
 装蹄には約2000年の歴史があり、蹄鉄もそれぞれの時代において進化してきました。始めは、蹄を保護する目的で藁沓(わらぐつ)を履かせて管理していましたが、耐久性不足の問題からその後鉄製のサンダル状の物へ移行し、その後鉄製の蹄鉄を釘付けによって固定する方法へ進化していきます。それから競馬だけで使用する競走蹄鉄への打ち替えを行うようになりますが、人馬の安全確保や蹄壁欠損と言われる釘付けによる蹄壁の損傷が問題となり調教も競馬でも使用可能な兼用蹄鉄の開発が急がれました。そして昭和56年から、アルミニウム合金製で3週間の耐久性があり重さ約100グラムの兼用蹄鉄が使用されるようになっています。
 一方、乗用馬での装蹄は競走馬とは異なる歴史を歩んできました。なぜなら、装蹄に求められる目的が異なり、乗用馬では耐久性に加え滑らないことが最も重要なポイントとなるからです。乗用馬では蹄鉄に特に規制はないので、多くは鉄製の蹄鉄を装着し競技によってはクランポンと呼ばれるスパイク(図1)を使用することもあります。

1_2 図1 クランポン付き蹄鉄

競走馬に多く認められる蹄疾患
 競走馬はスピードが増すことによって骨折や屈腱炎などの運動器疾患や挫跖や裂蹄などの蹄疾患を発症する確率が増加します。その中で競走馬に特に多く見られる蹄疾患として弱踵蹄と呼ばれるものがあります。蹄踵部と言われる蹄の後半部が健常な蹄踵部(図2)に比べて酷く潰れたものです(図3)。側望でも健常蹄と弱踵蹄では明らかな違いが見られます(図4、5)。蹄尖壁が長くなり蹄踵壁の角度が低くなっています。走行時、1トンとも言われる衝撃を受ける蹄踵が潰れると蹄内の柔らかい組織が損傷を受けて慢性的な疼痛にさらされ、跛行することが多く見受けられます。弱踵蹄の原因として考えられるのは運動量の増加、坂路調教のような蹄後半部に多く負重が掛かることや改装遅延による過長蹄と言われる蹄が伸びすぎた状態になることなどです。さらに、左右で蹄の角度や大きさが異なる不同蹄は、蹄が大きく蹄角度が低い蹄で発症が多く認められます。弱踵蹄には多くのリスクがあり、屈腱炎は最も重要なリスクのひとつです。弱踵蹄の低い蹄踵が蹄の反回に悪影響を及ぼすことが屈腱炎の発症率を増加させると考えられます。

2 図2 健常蹄

3 図3 蹄踵が潰れた弱踵蹄

4 図4 健常蹄(側望)

5 図5 弱踵蹄(側望)

  次に注意を要するのはナビキュラー病です。この病気は、弱踵蹄の状態で馬を運動させ続けることにより不自然で過剰な力が「とう骨」の屈腱面とそれに相対している深屈腱の表面を損傷させることにより発症する病気です(図6)。一度弱踵蹄になると特殊な装蹄機材であるバーウェッジ(図7)やヒールリフト(図8)などを使用して蹄角度を起こして正常な肢軸に修整しなくてはなりません。しかし蹄形や肢軸を正常に戻すにはかなりの時間を要するため、とても厄介な蹄疾患であると言えます。

6 図6 ナビキュラー病の発症部位(線で囲んだ骨が「とう骨」)

7 図7 ㇻバーウェッジ

8 図8 ヒールリフト

最後に
 装削蹄は蹄の角質を削切し、蹄鉄を取り替えるだけではありません。蹄の健康診断も兼ねており、蹄病や変形を早期に発見し対応することで悪化を防ぎ、早期の回復が可能となります。従って、月に1度は装蹄師に削蹄を依頼し、蹄の状況を把握しておくことはとても大切なことであると言えます。

(日高育成牧場 専門役 下村英次)

2019年12月 4日 (水)

子馬に認められる近位種子骨のX線所見について

No.120(2015年3月15日号)

近位種子骨とは
 馬の近位種子骨(以下、種子骨)は、四肢球節の後ろに2個ずつ存在する小さな骨です。関節の一部を構成することで、球節の滑らかな動きに重要な役割を果たしています(図1)。馬は走行時、球節を自身の体重で大きく沈下させ、屈腱の伸縮力を利用することで推進力を得ています。種子骨は、この球節の沈下に耐えるため、繋靭帯をはじめとする周囲の腱靭帯と強固に結び付き、運動時に大きなストレスを受けている組織といえます。

1_14 図1 馬の前肢骨格標本
種子骨は、四肢球節の後ろ側にそれぞれ内外1対存在する。

子馬の種子骨における骨折様所見
 生後1~2ヶ月齢の子馬の種子骨をX線検査で確認すると、しばしば骨折様の陰影が認められることが判ってきました(図2)。これまでに、4牧場で生後8週齢までの幼駒42頭の種子骨についてX線検査を実施した結果、前肢は45.2%(19頭)、後肢は9.5%(4頭)の子馬に種子骨の骨折様所見が認められました。これらの骨折様所見は、種子骨の先端部に見られる小さなものから、中位の大きな離解を伴うものまで様々でしたが、有所見馬には、跛行や腫脹などの臨床症状は見られず、発見から1ヶ月以内に消失する所見が殆どでした。

2_12 図2 子馬における種子骨の骨折様X線検査所見
臨床症状は見られず、X線検査で初めて所見に気づくことが多い。

レポジトリーで認められる種子骨の異常所見の原因!?
 1歳サラブレッド市場で公開される四肢X線医療情報(レポジトリー)で認められる異常所見の中に、種子骨の陳旧性骨片や伸張などがあります(図3)。種子骨に骨片が認められた馬は、認められなかった馬に比較して初出走時期が遅れるとの報告もあり、調教開始後に何らかの影響を及ぼす可能性がある所見として知られています。このような種子骨の異常所見の原因の1つが、子馬の時期に発生する種子骨の骨折様所見であると考えられます。子馬の骨折様所見の中には、陳旧性の骨片として遺残する例や、所見の消失後に内外種子骨の大きさが異なってしまう例もあるからです。

3_11 図3 市場レポジトリー資料における球節部X線画像
左:正常な種子骨の例 
中:種子骨先端部に陳旧性の骨折片が認められる症例
右:内外の種子骨の大きさが異なる症例

予防法はあるか?
 子馬の種子骨に見られる骨折様所見の発生原因は、広い放牧地で母馬に付いて激走することにあると考えられています。生後間もない子馬の種子骨は、まだ激しい運動に耐えられません。馬の種子骨は、妊娠最後の1ヶ月頃に形成され始め、誕生後も大きく成長していきます。そのため、子馬の種子骨は、上下方向の大きなストレスに弱く、骨折様所見が発生したり、時には完全に破綻してしまうことがあります(図4)。この時期の子馬にとって襲歩のような激しい運動は必要ではありません。予防には、放牧地を段階的に大きな場所に変更するなど、母馬の息抜きをしながら放牧管理を行う工夫が必要であると思われます。

4_8 最後に
 子馬に認められた種子骨の骨折様所見の多くは、無症状でX線検査をしない限り判りませんでした。所見が確認された子馬のほとんどは、無処置で放牧を継続しながらでも最終的に所見が消失することから、気にする必要のない成長過程の現象の1つと言われることもあります。しかし、重篤化してしまう例が稀にもあること、レポジトリーにおける種子骨の異常所見の原因となることが調査を進める中で分かってきています。大事な生産馬を無事に競走馬にする過程のリスクの1つとして、生後間もない子馬の放牧管理について、もう一度考えてみる必要があります。

(日高育成牧場 生産育成研究室 研究役 佐藤文夫)