後期育成 Feed

2020年2月26日 (水)

育成後期に問題となる運動器疾患

No.137(2015年12月1日号)

 日照時間も短くなり、日高山脈も雪で覆われはじめ、日高育成牧場にも冬の足音が近づいています。多くの育成牧場で、来年の競馬デビューに向けての調教が徐々に進んでいるころでしょう。この時期の1歳馬の身体はまだまだ成長途中であり、運動強度が増していくことで様々な運動器疾患が発症します。そこで今号では、後期育成期(1歳の秋冬~2歳の春夏)に問題となる運動器疾患のうち、特に育成に携る方々が様々な場面で悩まされる「近位繋靭帯(きんいけいじんたい)付着部炎」、「種子骨炎」、「飛節後腫」について紹介します。

近位繋靭帯付着部炎
 近位繋靭帯付着部炎は、いわゆる深管骨瘤として知られています。手根関節の過伸展によって繋靭帯(中骨間筋)と第3中手骨の付着部位(図1、2)に炎症が起こることが原因と考えられています。肢を地面についた瞬間ではなく体重がかかりきった時に疼痛を示すことが多く、肩跛行のように見えることがあり、調馬索などの円運動で患肢が外側になったときに跛行が明瞭化するのが特徴です。症状は患部の腫脹や帯熱を伴い、軽度~中程度の跛行を示します。診断には局所麻酔による跛行の消失・減退の確認や、またレントゲン検査も有効です。なかにはレントゲン上異常所見が認められないこともありますが、図3に示したように逆U字状の骨折線(繋靭帯と第3中手骨の剥離像)や、微小骨片が認められることがあります。急性期における治療としては、冷水療法、抗炎症剤の全身投与が一般的です。リハビリ期間は症状の程度にもよりますが、1‐3ヶ月間で多くが完治します。

1_6 図1 近位繋靭帯付着部(腕節の裏側の直下)

2_6 図2 近位繋靭帯付着部(骨標本)

3_6 図3 近位繋靭帯付着部炎(内-外斜像)
逆U字状の骨折線が確認される

種子骨炎
 種子骨炎は球節の過伸展や捻転による近位種子骨と繋靭帯付着部における炎症が原因とされ、一般的には繋靭帯脚部の炎症のことを言います。症状は近位種子骨および繋靭帯付着部の熱感や腫脹および触診痛、また軽~中程度の跛行を示します。診断は臨床症状にあわせて、主にレントゲン検査によって種子骨辺縁の粗造や異常な血管陰影(図4:いわゆる“ス”が入る、という像)を確認することで判断されます。レポジトリーにおいても、本所見を気にされる購買者の方は多いのではないでしょうか。本会の実施した調査では前肢種子骨所見のグレードの高い馬(グレード0~3で評価されるうちの、グレード2以上)では、競走能力には影響を与えないものの、調教開始後に繋靭帯炎を発症するリスクが高まるとの結果が得られています。しかし、後肢についてはグレードが高くても調教やその後の競走能力に差はありませんでした。治療については、馬房休養の保存療法が一般的で、急性期は冷却および運動制限が有効です。

4_3 図4 種子骨炎
臨床症状と血管陰影異常によって診断される

飛節後腫
 飛節の下方後面の硬化腫脹を呈する疾患で、飛節の後面に走行する靭帯や腱もしくはそれらの周囲の炎症であり、若齢馬での発症が多く、飛節の発育の悪い馬や曲飛を伴う肢勢で発症しやすいと言われています(図5)。病因として運動時の靭帯や腱の過度な緊張が挙げられます。症状は軽度の跛行が通常で、診断には腫脹部位の圧迫による跛行の悪化や、腫脹部位への局所麻酔での跛行の改善を確認することで診断します。レントゲン検査で飛節に関する他の疼痛性疾患を除外することも重要です。治療としては、急性期には馬房内休養を主な方針として、冷水療法、非ステロイド系抗炎症剤の全身投与や、コルチコステロイドの局所投与を実施することもあります。早ければ1週間ほどの休養で歩様は改善する馬もいますが、1~2ヶ月程度の休養を要することもあります。

5_2 図5 飛節後腫(矢印の部分が腫脹している)

 3つの運動器疾患について紹介してきました。治療には冷水療法や非ステロイド系抗炎症剤の投与が一般的であり最も簡便です。治癒を促進するため経験的に焼烙療法や化学発疹療法(ブリスター)などの伝統的な手法に加え、最近の治療法ではショックウェーブ(衝撃波)療法や光生物学的刺激を利用した高出力レーザー療法などの物理療法や、自家多血小板血漿(PRP)の病巣内注射なども試みられていますが、これらの手法は治療効果を証明する科学的裏づけが乏しいため使用にはまだまだ賛否両論があるのが現状です。日高育成牧場でも高出力レーザーなど新たな治療法(図6)を試している段階ですので、またの機会に紹介したいと思います。

6_2 図6 高出力レーザー療法
非常に高いエネルギーをもった光の刺激によって、消炎、鎮痛、創傷治癒促進効果がある治療法のこと

最後に
 いずれにしても重要なのは症状を悪化させないための“早期発見・早期治療”です。そのためには、普段からのチェックおよびケアをしていくことが重要です。多くの運動器疾患では「歩様が硬い」、「騎乗した感じがいつもと違う」、などの前兆を認めることが多いと思います。それらを未然に防ぎ、よりよい育成調教を進められるよう、普段から愛馬をよく触り、よく観察しましょう。
 本号の内容について、もし不明なことなどありましたら、是非日高育成牧場までお問い合わせ頂ければ幸いです。

(日高育成牧場 業務課 山﨑洋祐)

2020年2月19日 (水)

育成馬の体力評価法

No.134(2015年10月15日号)

 サラブレッドが競走馬になるために最初に経験するトレーニングが“育成調教”です。多くの育成牧場では育成後期の若馬にその施設・環境に応じた調教を実施し、身体の状態を確認しながら調教メニューを決定していると思います。今回は、育成馬の調教メニューを決定するための一助となる体力検査法とその評価法をご紹介します。

調教時の心拍数を用いた評価法

 測定に使用する機器は腕時計型の心拍計で(写真1)、その装着には慣れやコツはありますが何度か行えば誰でもできるようになります(写真2)。また、本機器にはGPS機能が搭載されており、屋外で使用すれば心拍数と走行速度(ハロンタイム)を同時に測定することができます。

1_3 写真1 心拍数測定に用いる機器

①GPS付き心拍計と心拍センサー ②馬用電極 ③電極を装着した専用鞍下ゼッケン ④馬の胴体に巻いて使用するベルト型電極

2_3写真2 心拍計装着方法

①馬体の電極が当たる部位をお湯で濡らし、②専用鞍下ゼッケンを用いて装鞍、③最後に腹帯に電極を挟み込み固定する ④完成図(丸部分は電極の位置)

 その評価法には2種類あり、調教中または調教後の心拍数から解析します。まず、調教中の心拍数解析法ですが、馬の心拍数と走行速度には図1のような関係があり、この関係を利用して心拍数200拍/分の時の速度“V200”を算出します。V200は馬の有酸素運動能力を反映していると報告されており、一定期間のトレーニング前後で測定すれば馬の体力変化を知ることができます(図2)。

3_3 図1 運動中の走行速度と心拍数との関係

馬の心拍数と走行速度には図のような関係があり、これを利用して心拍数200拍/分の時の速度を計算した指標が“V200”

4_2図2 屋外トラック調教時のV200の変化

JRA育成馬で1歳12月から2歳4月まで屋外トラック調教時のV200を測定したデータ。調教が強くなるに従いV200が大きくなり、馬の体力がついていることがわかる

 次に、調教後の心拍数解析法ですが、調教終了後心拍数が100拍/分を切るまでの時間(THR100)を算出します(図3)。THR100はいわゆる“息の入り”を数値化したものだと考えることができ、THR100値により調教が心肺機能へ与える負荷を評価することができます(図4)。

5 図3 調教後の回復期心拍数を用いた評価法

調教終了(速度を落とし始めた時点)から心拍数が100拍/分を切るまでの時間を計算した指標が“THR100”

6図4 坂路調教時のTHR100の変化

JRA育成馬で2歳1~3月の坂路走行時にTHR100を測定したデータ。各時期とも、THR100が200秒以下の場合は心肺機能への負荷が比較的小さく、THR100が200秒以上の場合は心肺機能への負荷が大きいと評価する

調教後の血中乳酸濃度を用いた評価法

 乳酸値は採血が必要になりますが、評価が簡便で有効な指標です。方法は、坂路など一定距離の調教を行った後に採血し、乳酸測定器を用いて乳酸濃度を測定します(写真3)。

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写真3 調教後の血中乳酸濃度測定方法

①調教後採血を行い、②ポータブル乳酸測定器を用いて、③乳酸値を測定する

 その評価法には2種類あり、一つは乳酸値による評価法です。乳酸は無酸素エネルギーを利用する強運動時に産生されるため、乳酸値だけで馬の心肺機能や筋肉への負荷を評価することができます。その基準となるのが“4mmol/L”で、有酸素運動と無酸素運動の境界だと考えられています。したがって、この4mmol/Lを基準に、調教時の馬の運動負荷を評価することができます(図5)。

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図5 坂路調教後の血中乳酸濃度を用いた評価法

JRA育成馬で2歳3月に坂路調教後の血中乳酸濃度を測定したデータ。 “4mmol/L”を基準として、乳酸値が4よりも高い場合は無酸素運動、4よりも低い場合は有酸素運動と評価する

 もう一つの評価法が、乳酸値とハロンタイムとの関係を利用して標準曲線を引く方法です(図6)。標準曲線を基準として今回の測定値がどの位置にあるか判定することで、平均的な馬よりも体力があるか、トレーニングにより体力が変化したかを評価することができます。

9_2図6 標準曲線を利用した血中乳酸濃度の評価法

多くのデータが得られると標準曲線を引くことができ、その位置関係(曲線の下にあるか上にあるか)を見ることで馬の有酸素運動能力を評価することができる

どの体力評価法を利用すればいいの?

 今回紹介した評価法には、それぞれ長所・短所があります。屋外トラック馬場ではGPS機能を用いて走行速度を測定できるため、V200の利用が有効です。しかし、屋内馬場ではGPSを用いた測定が難しく、V200の算出は容易ではありません。THR100は坂路など一定距離の調教時に有効ですが、ウォームアップや上がり運動方法が変わると値がばらつきやすく評価に注意が必要です。血中乳酸濃度は評価が単純なため、採血可能であれば利用しやすい指標です。しかし、調教後時間が経過すると体内で乳酸が代謝され値が変化するため、時間が経ってから採血すると正しい評価はできません。このように各評価法ともメリット・デメリットがあるので、調教施設・調教内容、獣医の有無などの条件に合わせて評価法を選択する必要があります。

おわりに

 育成馬の体力評価は、一般の育成者にとっては少々ハードルが高いかもしれません。しかし、トライしてみることで育成馬管理の新たな情報が得られ、より良い馬づくりを実現する可能性が広がると思います。今回は簡単な紹介しかできませんでしたが、本年12月にグリーンチャンネルで放映されている『馬学講座 ホースアカデミー』で詳しい内容を紹介していますので、ご都合がつけばそちらもご覧ください。

 (日高育成牧場 生産育成研究室長 羽田哲朗)

2019年12月30日 (月)

引き馬‐子馬から競走馬まで

No.129(2015年8月1日号)

 さて、最大頭数が上場されるサマーセールを8月下旬に控え、セリシーズンも佳境を迎えます。生産地においても、子馬を馬主の皆様にお見せする機会も多いのではないでしょうか。展示やセリで馬をよく見せるためにも、また、セリ後にスムーズに騎乗馴致に移行するためにも『引き馬』は非常に重要な技術です。今回は、JRA日高育成牧場で実施している方法を参考に、子馬から競走馬までの『引き馬』の考え方についてご紹介します。

当歳
1) 出生翌日(当日)
 日高育成牧場では、生後から母子を1人で引く方法を採用しています(写真1)。左手で母馬を保持し、子馬の左側に立って右手で軽く肩を保持して歩きます。生後直後の子馬は自ら前進することを知らないため、もう1名の補助者が後方からサポートして前進を促します。人が母子の間に位置することで『信頼関係を構築』し、また、人が子馬の肩の左側に立つ『人馬の位置関係』を教えます。横にいる保持者の指示に反応しない場合、後方から押されるというプレッシャーを意識させます。2~3日で馬は理解しますので、後方からのサポートは不要となります。

1_3 写真1 四肢の関節はまだ弱い

2) 生後2ヶ月まで
 概ね生後2ヶ月までは、子馬の保持にはリード(引き綱)を使用せずに、『頚もしくは肩の外側に手をかける』方法を用います(写真2)。リードを使用しない理由は、前に歩かない子馬を無理に引っ張ったり、子馬が前進を拒んだりした場合、虚弱な子馬の頸部に対するダメージが危惧されるためです。

2_3 写真2 左手は母馬のスピードを調整

 この時期は、『子馬自身のバランスで歩くこと』および『人の指示に従って歩くこと』を教えます。最初は、子馬が自ら歩き出すように、音声による合図や右手で肋や腰を軽くパットして合図を送る等のプレッシャー、すなわち『オン』を与えて前進を促します(写真3)。前進を開始したら、その瞬間にプレッシャーの解除、すなわち『オフ』を与えることによって、子馬が自身のバランスで活発に歩く行動を促します(写真4)。

3_3 写真3 右手でパットし前進を促す

4_3 写真4 再び右手を軽く肩に添える

3) 生後2ヶ月~離乳まで
 子馬がある程度成長する2ヵ月齢を目安にリードを装着します(写真5)。リードは、緊急時に解除できるよう、1本のロープを鼻革の下部で折り返して使用します(写真6)。リードを用いる場合も、使用していないときと同様に子馬の肩の横に立ち、リードを引っ張らないよう、子馬を動かすことが大切です。

5 写真5 子馬のリードはゆとりを持って保持

4) 離乳後
 この時期から当歳の大きさに合わせたチフニーへの馴致も開始します。チフニーは作用が強いため、装着していてもリードはゆったりと保持します。また、日常の収・放牧時はもちろん、削蹄や治療などの保定の際はチフニーを装着します。併せて、馬房内で1本のタイロープを用いて、馬が落ち着くよう、壁に向かって後ろ向きに繋いで、手入れができるように教えます(写真7)。

6 写真6 リードの折り返し方

7 写真7 後ろ向きに繋がれることを教える

5) 展示
 展示の際の引き馬は、検査者からまっすぐに10mほど遠ざかり、右回転(写真8)して検査者に戻ります。右回転で実施する理由は、馬を制御しながら、検査者に回転時の運歩を見やすくするためです。馬の重心を後躯にのせ、頭を少し高く保持して後肢旋回の要領で行うと容易です。また、廊下などの狭い場所で回転する際は、人が馬との間に入ることにより、無用な受傷を防止します。

8 写真8 右回りでの回転

1歳~2歳(競走馬)
1) 洗い場での張り馬
 トレーニングセンターでは、馬を張って管理することが多いため、その馴致として、洗い場では張り馬での手入れを行っています。この際、馬を張る環には、あらかじめ切れてもいい紐から取った張り綱を装着しておきます(写真9)。このことにより、張り綱とリード(引き綱)を区別し、通常の引き馬は1本のリードで実施することができます。

9 写真9 1本リードで管理するための工夫

2) 1本リードでの引き馬
 チフニー(写真10)は、下部の環にリードを1本装着することで、ハミを下顎に対して均等に作用させる構造になっています。つまり、地上にいる者が馬を制御するためのハミです。

10 写真10 チフニーは1本リードで使用する構造

3) 二人引き
 競馬場のパドックで二人引きをしている姿をよくみかけます。引く者が一人から二人に増えたからといって、一馬力の馬を力で制御できるものではありません。馬が本気で暴れた場合、どちらかが手を離さなければいけない状態に陥るのは明らかです。元気のよい馬、力のある馬を制御するためには、チフニーやチェーンシャンクなどの道具を使用するほうが効果的です。また、馬に対してリーダーが誰であるかを明確に示すことも重要です。以上のことから、引き馬は一人で実施することが原則です(写真11)。

11 写真11 英ドンカスター競馬場で引き馬を行う筆者

 一方、パドックで左手前の引き馬を行う場合、引く者の反対側に観客などの物見の原因があり、しばしば馬が急に内側の切れ込んでくることがあります。このような状態を回避するためには、馬を安心させる必要があります。このことを目的として、補助者が頸部などに触れながら、馬の右側を歩くことは有効です。この際、必要に応じて右側の手綱部分を軽く保持することもあります。

最後に
 人馬の信頼関係を構築するための正しい引き馬は、基本的な躾の積み重ねによって成立します。したがって、競走馬がその持てる能力を発揮するためにも、子馬のときから競走期にいたるまで、一貫した考え方のもと、『引き馬』を実施したいものです。

(日高育成牧場 副場長 石丸 睦樹)

2019年12月20日 (金)

競走馬の歯のケアについて

No.126(2015年6月15日号)

はじめに
 競走馬、乗馬、繁殖馬を問わず、歯(口腔)の健康はそれぞれの馬が能力を発揮する上で非常に重要です。健康な歯は十分な咀嚼(顎をしっかり動かす)を可能にし、消化吸収を助けます。そのため、歯(口腔)が不健康であれば、十分な咀嚼ができず、消化吸収の低下、ひどい場合には食欲不振を招き馬体の成長・維持に大きな影響を及ぼします。さらに、競走馬や乗馬ではハミを銜えた際に嫌がる、騎乗中の人の指示に著しく反抗するなどの問題行動が起こることがあります。
 今回は育成期から競走期の馬の歯のケアについて紹介させていただきます(一昨年11月15日号の本誌にも「育成馬における歯の管理」と題した記事を掲載していますので、あわせて参照ください)。

ケアが必要な歯の状態とは?
 育成馬や競走馬にとって最も多く認められるのが、斜歯(エナメルポイント)です。馬は上顎が広く、下顎が狭いため、咀嚼によって臼歯が均等に磨耗せず、上(下)顎の外(内)顎の臼歯の一部が先鋭化していきます。ほうっておくと、口内粘膜にあたって傷をつくり、潰瘍化します(図1)。ひどい状態になると傷が刺激されることを嫌がり十分な咀嚼をせず、消化吸収の低下や食欲不振につながります。

1_7 (図1)斜歯と口内粘膜の潰瘍

 咀嚼にはあまり大きな影響を与えませんが、ハミ受けに影響し、運動時の問題行動につながる可能性があるのは狼歯です。狼歯は第2前臼歯の前に生える小さな歯で、牡馬ではほぼ全頭、牝馬でも一部の馬では存在します(図2)。その他にも、歯が波打っているような波状歯、階段状にずれている階状歯などがありますが、先天的な異常(カケスなど)がなく、適切な間隔でケアを行っている育成馬や競走馬であれば、ほとんど認めることはありません。

2_6 (図2)第2前臼歯の前の狼歯(矢印)

ケアについて
 斜歯の処置は歯鑢(しろ)によって先鋭化している部分を削り落とします。口内で周囲を傷つけないように、角がとれ少し丸みを帯びる程度まで削りますが、削りすぎてはいけません。ケアの目的は十分な咀嚼を行うことなので、削りすぎて歯の凹凸をなくしてしまっては食物をすり潰す役目が果たせず逆効果となってしまいます。育成馬や競走馬など比較的若い馬であれば、ひどい異常がなければ電動歯鑢(パワーツール)は必要ありません。電動歯鑢の使用は若馬の柔らかい歯を必要以上に削りすぎる、削る時に発生する熱によって神経を傷つける恐れもあり、十分な注意が必要です。
 狼歯はハミ受けに影響するので、騎乗馴致開始前に抜歯することが望ましいです。図2に示すような器具を用い、周囲の歯肉を切り取り、歯根から抜きます。丁寧に抜かないと歯の根本が折れて残ったり、または骨を傷つけることがあり注意が必要です。根本が残ったり、骨が傷つくと、石灰沈着や骨増生を起こして狼歯と同様にハミ受けに影響を及ぼすことがあります。

3_5 (図3)狼歯を抜歯する器具

定期的なケア
 教書によると、歯のケアは2~3歳の馬では年3~4回(3~4ヶ月毎)、4~6歳であれば年2回(半年毎)行うことが推奨されています。2013年にJRA美浦トレーニング・センターの競走馬50頭に対して口腔内の検査を行ったところ48頭(96%)に何らかの所見があり、斜歯は48頭全てで認められました。また、これらの馬の中には3ヶ月前に歯のケアを行っていた馬も含まれており、教書同様に3ヶ月に1回のケアが必要であることを示唆していました。また、半数以上の馬が特に症状を示しておらず、人が気づかない内に歯の異常は進行していくことが示唆されました。

さいごに
 歯(口腔)に関するケアは経験的に行われていた部分が多く、科学的な研究や調査があまりありませんでした。しかし、近年、急速に研究や調査が進んでおり、今回お伝えした情報も数年後には新たな情報に置き換わるかもしれません。そのような状況ですので、今後発信される情報についても引き続きご注目ください。また、歯の異常には気づきにくいことを念頭に置き、定期的な処置をご検討ください。

(日高育成牧場 業務課 診療防疫係 大塚健史)

2019年12月13日 (金)

競走馬のウォームアップ

No.124(2015年5月15日号)

 ウォームアップ(ウォーミングアップ:W-up)とはいわゆる準備運動のことで、主に2つの目的で行われます。1つは筋や腱の柔軟性を高め障害を防止すること、もう1つは馬の運動機能を活性化し高い運動能力を発揮させることです。前者は軽めの運動で筋・腱の温度を徐々に上げていくことが重要ですが、後者はしっかりした運動でエネルギー代謝を活性化することが重要となります。

W-upがエネルギー代謝に与える影響
 少し難しい話になりますが、W-upがエネルギー代謝に与える主な4つの影響についてお話します。①温度が10℃上昇すると代謝にかかわる酵素活性が2.5倍になることが知られており、筋温上昇によりエネルギー代謝が亢進します。②神経系の反応性向上に伴い運動開始時の呼吸循環系や筋肉系の反応性が向上します。③乳酸産生によって起こる代謝性アシドーシス(体の中が酸性になった状態)と体温上昇により筋肉内への酸素の取り込み量が増加し、運動中の有酸素性エネルギー利用量が増大します。④交換神経活動の活性化により循環系が活性化されるとともに、分泌されたアドレナリンの刺激で脾臓血が放出されて循環血液中の赤血球数が増加し、解糖系の酵素活性が活性化されエネルギー代謝が亢進します。
 上記①~④は運動能力を発揮する上では全てプラスの影響であり、これらが大きく現れる高強度W-upが最適なようにも思えますが、実際にはどうでしょうか?

トレッドミルを用いたW-up試験
 一般に、多量の乳酸産生を伴う過度なW-upは好ましいとは考えられていません。過度なW-upは筋疲労と中枢性疲労(脳が疲れたと感じる状態)を起こし、脾臓血の過剰放出に伴う血液濃縮により循環機能が低下し、肺動脈圧が上昇して鼻出血発症リスクが高まります。つまり、主運動前に頭も体も疲れて血流が悪くなるということです。
 ここで、JRAで行ったW-upに関する研究をご紹介します。この研究では、サラブレッド実験馬に馬用トレッドミル(ランニングマシーン)上で3種類のW-up(低強度群:21秒/F×200m、中強度群:17秒/F×350mまたは高強度群:14秒/F×650m)の後、15分間の常歩運動をはさんで試験走行(14秒/F×100秒)を行わせ、その間の血中乳酸濃度の変化を調べました(図1)。その結果、試験走行前に乳酸値が下がりきっていなかった中-高強度群では、安静時レベルまで回復していた低強度群よりも試験走行後の乳酸値が低い値を示しました(図2)。これは、運動前に少量の乳酸が残っている状態は運動能力を発揮する上でプラスの効果があることを示しています。しかし、別の実験では運動直前の乳酸値が6mmol/L以上の場合は運動後の乳酸値も高くなることが報告されており、乳酸値が高ければいいというものではないようです。

1_5 図1 トレッドミル試験の概略図
トレーニングされたサラブレッド実験馬を用いて行った実験の概略図。縦軸はトレッドミルの速度を、横軸は時間経過を表し、▲で血中乳酸値を測定。

2_4 図2 W-up試験の血中乳酸値の変化
中または高強度W-upを実施した場合、低強度W-upを行った時より試験走行後の血中乳酸値は低い値を示した。

競走馬にとって理想的なW-upとは?
 今回ご紹介した研究成績から、W-up後4~6mmol/Lまで血中乳酸値が上昇し運動前に2mmol/Lまで低下しているW-up(17~14秒/F×400~600mに相当)が理想的だと考えられます。しかし、競馬のレースは毎回条件が異なり返し馬からレースまでの間隔が一定ではないので、実際にはそれらを考慮してW-up強度を調整する必要があります。また気象条件も大きな要素で、高温環境下で強いW-upを行うと体温が上がりすぎて中枢性疲労を起こしやすくなります。さらに、体力のない馬はW-upで乳酸が上がりやすく、興奮しやすい馬はW-upを行わなくてもアドレナリンが多く分泌され体温が上昇しやすいので、体力や性格など馬の個性にも配慮が必要です。したがって、『競馬』を考えた場合、レースや気象条件、馬の個性を考慮して基本パターンのW-upから調整して行うのが好ましいと言えるでしょう。
 一方、育成調教を行っている競走馬では、障害防止・運動機能活性化のためだけではなくトレーニングとしてのW-upを考える必要があります。育成馬の駈歩調教は長くても4000m程度なので、競走期の調教やレースに耐えられる丈夫な身体を作るためには、常歩でのW-upや主運動後のクールダウン(クーリングダウン:整理運動)によってトータルの運動量(距離)を増やすことも重要です。したがって、育成馬ではW-upとクールダウンをトレーニングの一部として調教メニューに組み入れることをお勧めします。

おわりに
 以前JRAの競馬場で行った調査では、レース前の返し馬は約400m行う馬が最も多く、その平均速度は17.5秒/Fでした(図3)。これは、今回紹介した研究の中強度W-upに相当し、ジョッキーは騎乗する馬に必要なW-up強度を自分の感覚で理解しているように感じます。育成調教を行われている方々も、これまで以上にW-upを工夫して馬の反応を感じてみてはいかがでしょうか。

(日高育成牧場 生産育成研究室長 羽田哲朗)

2019年12月11日 (水)

サラブレッドの骨格筋の運動特性とミオスタチン遺伝子型

No.123(2015年5月1日号)

 今回は、サラブレッドの走能力に大きく関わる筋肉について、組織学的、運動学的、遺伝子学的な観点からJRA育成馬を使って調査した成績を交えながら紹介いたします。

●サラブレッドの骨格筋の特性
 競走馬の骨格筋の重量は、体重の50%以上にもおよぶことが知られています。細い四肢と低い体脂肪率で究極までに軽量化された馬体から、いかに筋肉の割合が大きい動物であるかが想像できます。もちろん筋量が多いだけでなく、その筋線維の組成にも速く走るための特徴があります。筋線維は、特殊な免疫組織学的方法を使うことで、収縮速度が遅いが疲労耐性が高い(持久力の発揮に向いている)遅筋(TypeⅠ)線維、収縮速度が速いが疲労耐性が低い(瞬発力の発揮に向いている)速筋(TypeⅡx)線維、これらの中間的な特徴を持つ中間型(TypeⅡa)線維の3つに染め分けることができます(図1)。走行時に推進力をもたらす後躯の主要な筋肉である中殿筋においては、90%近くを速筋線維が占めることから、サラブレッドがいかにスピード特性を兼ね備えた動物であるかが分かります。

1_4 図1 サラブレッドの筋線維の種類と特性

●ミオスタチンによる筋量の調節
 ミオスタチンとは、成長因子の1つで、筋細胞の増殖肥大を「抑制」する物質です。したがって、このミオスタチンが働かなくなると筋肉隆々の個体になることが知られています。しかし、通常はミオスタチンを介して適切な筋量の調節が行われるため、筋量は一定に保たれています。
 近年、このミオスタチン遺伝子に認められる一塩基多型(遺伝子の一部分が個体によって異なる)が競走距離適性に関わることが報告されました。すなわち、「C/C」型は短距離、「T/T」型は長距離、「C/T」型はその中間(中距離)に適した傾向を示すことが明らかにされたのです(図2)。では、この様な距離適性を持つサラブレッドの筋量にはどのような特徴があるのでしょうか?JRA育成馬を用いて、調教開始から6ヶ月後の測尺結果とミオスタチン遺伝子型との関連を解析した調査では、筋量を反映する「体重/体高(kg/cm)」は、C/C型で最も高いことが分かりました(図3)。さらに、中殿筋に針を刺して筋肉を少量採取して、組織学的に筋肉組成を分析した結果では、C/C型の馬のTypeⅡx線維面積が最も増加する傾向が認められました。これらのことから、C/C型の馬の筋肉はトレーニングにより肥大しやすく、スピード適性が高いと考えられました。

2_3 図2 日本のサラブレッド(雄1,023 頭)におけるミオスタチン遺伝子型の違いによる勝利度数分布
(T. Tozaki et. al., Animal Genetics, 2011から引用・改変)

3_3 図3 ミオスタチン遺伝子型と筋量との関係
※筋量の割合が高いサラブレッドでは「体重/体高」が筋量の指標となる

●ミオスタチン遺伝子型と持久力との関係
 馬の有酸素運動能力指標の1つとしてV200というものがあります。このV200とは、心拍数が毎分200回に達したときの馬の走行スピードを表した値です。馬は速く走れば走るほど、心拍数が上がっていくことが分かっているので、バテやすく早く心拍数が上がってしまう馬のV200の値は低く、バテにくい馬のV200の値は高くなります。JRA育成馬で測定したV200とミオスタチン遺伝子型との関係を見ると、T/T型の馬では他の遺伝子型の馬に比べてV200が高くなっていることが分かりました。また、中殿筋の血管新生因子や有酸素運動能力に関わる筋細胞中のミトコンドリア量に関連している遺伝子の発現量を解析したところ、T/T型で有意に高いという結果が得られました(図4)。これらのことから、T/T型の馬では、血管新生が促進され酸素供給が効率的に行われることで有酸素能の発達につながり、持久力が高い筋特性を持ち合わす傾向があると考えられました。

4_2図4 ミオスタチン遺伝子型とV200値(m/s)との関係

●最後に
 ブラッドスポーツと呼ばれるサラブレッドの世界では、約2世紀に渡る歴史の中で、レースで勝利を収めた馬が種牡馬や繁殖牝馬となり、子孫を残すことで、速く走るための育種改良がおこなわれてきました。競走体系は時代とともに変化しつつある中、近年、ますますスピードが求められるようになってきているのは確かです。しかし、レース中の馬の筋肉へのエネルギー供給の70~90%は有酸素的になされているため、運動能力を高めるには有酸素能力の向上が必須であり、それを鍛えることが重要となります。サラブレッドをトレーニングする際に、今回ご紹介したような遺伝子からみた筋特性も考慮することで、スピードと持久力を兼ね備えたサラブレッド本来の走能力を最大限に引き出すことができるのかも知れません。引き続き日高育成牧場では、育成馬を用いて新しい調教技術や科学的手法を取り入れながら、その成果を普及していきたいと考えています。

(日高育成牧場 生産育成研究室 研究役 佐藤文夫)

2019年12月 9日 (月)

2015 JRAブリーズアップセールについて

No.122(2015年4月15日号)

 JRAは 4月28日(火)、今年で11年目を迎えた「2015JRAブリーズアップセール」(第11回 JRA育成馬調教セール)を中山競馬場で開催します。今回の記事では、JRAブリーズアップセールについて、今年の新たな取り組みも交えてご紹介させていただきます。
 JRAブリーズアップセールは中央競馬に登録のある馬主を対象としてJRA育成馬のみが上場されるプライベートセールです。これまで同様、“購買者の視点に立った運営”を心掛け、新規で馬主になられた方やセリでの購買に不慣れな方にもわかりやすく参加しやすい「入門編としてのセール運営」を目指しています。

前日展示会の開催
 セール前日の4月27日(月)、13時から装鞍所において前日展示会を実施します。当日は全馬の比較展示とあわせて個体情報冊子の配布や台付価格の公表等を行います。また、調教師会主催の「馬主・調教師懇談会」も開催される予定です。
 また、入厩期間内の4月23日(木)から26日(日)の10時~17時には厩舎地区での事前下見が可能です。加えて朝の調教【6時~9時】もご覧いただけます。ご希望のお客様は事前にブリーズアップセール特設電話(※4月20日~5月8日のみ)までご連絡ください。

セール当日の流れ
 セール当日は騎乗供覧からはじまり、上場番号順に単走で供覧します。走行タイムの目安はラスト2ハロンを13.0-13.0(秒/ハロン)程度としていますが、“走行タイムよりも馬の走法フォームや出来栄え”を見ていただくことに主眼を置き、無理に追うことはせずにありのままの走りを披露します。

1_3 (写真1)昨年の騎乗供覧の様子。JRA騎手課程生徒も騎乗します。

 騎乗供覧後には比較展示を行い、各馬の状態を間近で確認していただきます。会場には個体情報開示室(レポジトリールーム)も設置してあり、全馬の医療情報から飼養管理までの広範な情報を提供しています。実馬と個体情報をあわせて確認していただき、購買馬の選定に役立てていただきたいと考えています。

2_2 (写真2)昨年の比較展示の様子。会場には育成馬を熱心にみられる購買関係者が多数来られました。

 その後、セリ方式での売却を行います。冒頭には新規で馬主になられた方がセリ市場へ参加しやすい環境づくりの一環として、「新規馬主限定セッション」が組まれています。2012年1月以降に馬主登録をされ、予め事前購買登録を済ませた方のみが参加でき(当日登録不可)、多くの新規馬主の方に馬を所有していただきたいという考えから「おひとり1頭のみ」という購買制限を設けています。ただし、このセッションの上場馬が主取りとなり再上場された場合や、順調に調教ができず「調教進度遅れ等」として上場される場合にはすべての馬主の方がセリ上げに参加できます。セール前日に公表される「台付価格」がセールのスタート価格であり、リザーブ価格となります。多くの馬主の方に購買馬選定をお楽しみいただくため、声をかけやすいリーズナブルな価格設定となっています。

未売却馬について
 セールで未売却となった馬は、翌29日(水)の「ファイナルステージ」での売却、もしくは5月26日(火)札幌競馬場で開催される北海道トレーニングセールへの上場を目指します。ファイナルステージはセリ当日までに購買登録を済ませた上でセールに参加された馬主の方本人のみが参加可能で、代理人参加はできません。詳細はセール事務局までお問い合わせください。

今年から行う新たな取り組みについて
 ブリーズアップセールの新たな取り組みとして、個体情報の一部を事前に確認していただく「個体情報早期開示」を開始します。これまでセリ前日にお知らせしてきた医療情報の一部を、4月6日(月)からインターネット上で開示するというものです。事前に開示する情報は、特別な開示事項(悪癖や手術歴、去勢など)の有無と、全馬の3月末現在の主な病歴やノドの内視鏡検査を含む各種検査結果などです。特に注意していただきたい項目であるノドの検査結果については、喉頭片麻痺グレードがⅢ以上の馬の内視鏡動画も開示します。
 ここで注意していただきたいのは、開示される情報が3月末までに取りまとめた情報であるため、追加病歴や過去の詳細な病歴などが反映されていない点です。購買前にはセリ前日から配布する個体情報冊子や台付価格表を必ず確認していただきたいと考えています。

 JRAではこれまで同様、ブリーズアップセールに来場された皆様がセリを楽しんでいただけるよう、また、皆様の信頼を失わないように適切な運営に取り組みます。また、セール当日には民間のトレーニングセールや1歳市場の主催者ブースも設ける予定です。当日ご来場いただいたお客様に、 “またセリに参加しよう”と考えていただくきっかけとなることを願っています。

3_2 (写真3)昨年のセリ会場の様子。多くのお客様にお越しいただき、白熱したセールとなりました。今年も多くのお客様のご来場をお待ちしております。

(日高育成牧場 業務課長 秋山健太郎)

2019年11月22日 (金)

坂路調教が心肺機能に与える影響について

No.115(2014年12月15日号)

 ヨーロッパでは以前より自然の地形を利用した競走馬の坂路調教が一般的に行われていますが(写真1)、日本では1980年代に栗東トレーニングセンターに坂路コースが導入されてから、本格的な坂路調教が行われるようになりました。平成4年の2冠馬・ミホノブルボン号が、当時の栗東坂路コースでハードトレーニングされていたことをご記憶の方も多いと思います。『競走馬の坂路調教』という冊子(日本中央競馬会・事故防止委員会刊 http://www.equinst.go.jp/JP/arakaruto/siryou/j16.pdf)ではさまざまな坂路調教の効果が示されていますが、これまでの知見からその最も大きな効果は心肺機能への負荷が大きくなることだと考えられます。

1_8 写真1:アイルランドのバリードイル調教場

傾斜が競走馬の心肺機能に与える影響
 最初に、トレッドミルを用いて傾斜の影響を検討した研究を紹介します。この研究はサラブレッド5頭を用いて傾斜の異なるトレッドミル上(0, 3, 6, 10%)で運動させた時の反応を調べたもので(写真2)、心肺機能に関するさまざまな項目が報告(平賀ら、1995年「馬の科学」)されています。その中のいくつかを紹介すると、まず心拍数HR(図1)について、どの傾斜で走行した場合でも速度に比例して上昇しました。傾斜と心拍数との間にも比例関係が見られ、その増加はキャンター以上の速度で傾斜1%に付き4~6拍/分でした。また、これらのデータからV200値(心拍数200拍/分のときの速度、有酸素運動能力の指標、ハロンタイム換算)を算出し比較すると、傾斜1%に付きハロンタイムが0.9~1.4秒遅くなる、つまり傾斜3%の坂路では平坦な馬場と比較してハロンタイムで3~4秒遅い速度で心肺機能に同程度の負荷がかかることがわかりました。

2_7 写真2:トレッドミル走行試験の風景

3_7 図1:心拍数(HR)の変化

 次に酸素摂取量VO2(図2)について、これは運動中に身体に取り込んだ酸素の量を表しており、有酸素運動能力の指標として利用されています。酸素摂取量も心拍数と同様に、速度および傾斜に比例して増加しました。また、これらのデータから酸素使用量Oxygen Cost(図3:1m移動するために必要となる酸素の量、酸素摂取量÷走行速度)を計算してみると、こちらも傾斜の増大とともに大きくなり、その傾向は速度が遅いほど顕著でした。つまり、坂路では速歩や軽いキャンターでもある程度心肺機能に負荷がかけられることを示唆しています。

4_6 図2:酸素使用量(Oxygen Cost)の変化

5_6 図3:酸素摂取量(VO2)の変化

門別競馬場・調教用屋内坂路コースのデータ
 しかし、実際の競走馬の坂路調教は、傾斜の影響だけではなく馬場側(馬場形状・距離・素材・深さなど)の影響も受けます。したがって、傾斜がきつくても軽い馬場だと心肺機能への負荷はそれほど大きくなりません。今回は、昨年開設された門別競馬場・調教用屋内坂路コース(全長800m・ウッドチップ)のデータをご紹介します。道営所属競走馬4頭について、ダートまたは坂路で調教した際の調教中心拍数を測定し、前述のV200値を算出して比較しました。その結果、4頭の平均V200値はダートでF17.4秒、坂路でF20.2秒となり、ハロンタイムとして2.8秒の差がありました(図4)。この差は各馬場で調教する際に心肺機能にかかる負荷の差を表しており、つまり、坂路で調教を行う場合はダートよりハロン約3秒遅く走行して心肺機能への負荷が同じになると言えます。

6_2 図4:ダートと坂路のV200値の比較(ハロンタイム換算)

おわりに
 今回ご紹介した調教馬場の負担度の差は、調教中の心拍数や調教後の血中乳酸濃度などの運動生理学データにより調べることができます。これらのデータを測定する機会がありましたら、皆さんがお使いの調教馬場について心肺機能への負担度を調べてみてはいかがでしょうか?


(日高育成牧場 生産育成研究室 室長 羽田哲朗)

2019年11月15日 (金)

育成馬のウォーミングアップとウォーキングマシンの活用

No.112(2014年11月1日号)

 育成馬の調教に運動器疾患はつきものですが、これらを少しでも減らし、効果的な調教を行うためにウォーミングアップは大切です。ウォーミングアップには「体温を上げる」、「関節や筋肉の柔軟性を高める」、「心肺機能の準備をする」、「集中力を高める」、「コンディションを把握する」などの効果があります。一方で、必要以上のウォーミングアップを行うことは疲労の蓄積につながります。また精神的なフレッシュさが失われ、調教の十分な効果が得られません。ウォーミングアップには引き運動、調馬索運動、騎乗運動などさまざまな方法がありますが、JRA日高育成牧場ではウォーキングマシンを活用したウォーミングアップを実施しています。今回は当場で実施しているウォーミングアップについて紹介します。

ウォーミングアップ
 当場では、最初にウォーキングマシンで約20分間の常歩、そして騎乗しての速歩を角馬場(約40m×70m)で両手前2周ずつ行っています。ウォーキングマシンを用いて、ヴァイタルウォークを行うことで、体温を上げ、柔軟性を高め、心肺機能の準備をしています。角馬場では、速歩を実施することで若馬の緊張を緩和し、また、両手前の運動を実施することで若馬の左右均等な筋肉の発育を促します。また、監督者が馬体のコンディションを把握するだけでなく、獣医職員による歩様チェックを常に行うことで、重篤な運動器疾患の発症を未然に防止するようにしています(写真1)。
 また、調教が進んで坂路調教を行う際には、上記に加え800mトラックでF22秒程度のキャンターを1.5週程度行います。若馬にとって坂路調教は肉体的に負荷の大きいトレーニングですが、ウォーミングアップのキャンターを行うことによって、本調教時の乳酸上昇を抑え、筋肉のダメージを抑えることが可能となります。

1_5 写真1 角馬場運動での獣医職員による歩様チェック
 
ウォーキングマシンの活用
 ウォーキングマシンはウォーミングアップだけでなく、クーリングダウン、リハビリテーションなどさまざまな利用方法があります。労働力を節約でき、スピードと時間の調整により、規定運動を負荷できることがメリットです。一方、単調な運動になるため馬が飽きやすい、馬を強制的に動かす機械であるためアクシデントにより怪我をするといったデメリットがあります。アクシデントによる怪我を防ぐため、ウォーキングマシンの利用にも馴致が必要です。マシン内の環境に慣らすために、数日間は引き馬でマシン内を歩き、初めて馬を単独で歩かせる際には、引き馬で1周回ってから放します。マシン内で立ち止まってしまうような馬は経験馬と一緒に実施することも有効です。慣れないうちはアクシデントが起こることが多いため、必ず監視下で実施します(写真2)。これらの馴致を行っても過度に敏感な馬についてはさらに時間をかけて慣らします。
 運動時間は利用の目的により異なりますが、ウォーミングアップ、クーリングダウンでは15~30分程度が目安です。また、1~2歳馬であれば速度は時速5.5km~6.5km程度であり、日により手前を変えて実施します。

2_4 写真2 ウォーキングマシンに慣れるまでは監視下で実施

最後に
 今回はウォーミングアップとウォーキングマシンの活用の1例として、当場で実施している方法を紹介させていただきましたが、皆様が普段利用されている調教施設とは異なると思います。それぞれの調教施設に適した方法を考える際の参考にしていただければよいと考えています。適切なウォーミングアップにより、育成馬の運動器疾患を予防し、効果的に調教を進めましょう。

(日高育成牧場 業務課 大塚 健史)

2019年11月13日 (水)

ローソニア感染症

No.111(2014年10月15日号)

国内での広がり
 もはや生産地の馬関係者でローソニア感染症を知らない人はいないのではないでしょうか。国内では2009年から発症が報告されており、特にここ4,5年の間に生産界に広く発症が認められるようになりました。まだ経験したことがない方にとっては対岸の火事のように思われるかもしれませんが、他人事ではなく身近な疾病という認識をもってお読みいただければ幸いです。

秋から冬の当歳に注意
 ローソニア感染症は当歳馬で離乳や寒冷といったストレスがきっかけとなって発症すると考えられているため、特にこれからの時期に警戒しなければなりません。感染しても発症しない馬もいますが、疫学調査の結果から発症馬のいる馬群ではみるみる感染が広がることが分かっています。
 日高育成牧場で発症した当歳馬は食欲廃絶、下痢を呈し、330kgあった体重が1ヶ月で290kgまで低下してしました(図1)。何頭もの子馬がみるみる削痩する様子を目の当たりにすると本疾病の恐ろしさを痛感します。一般には下痢の病気として知られていますが、発症しても下痢を示さない馬も少なくなく、初診時に感冒と間違われることもあります。微熱を呈したり元気がなかったりした際には、是非本疾病を頭の片隅に置きながら対処して下さい。

1_4 図1 当歳の発症馬。元気消失し、3週間にわたって体重が減少し続けた。

ローソニアの問題点
 原因細菌のローソニアイントラセルラリスは馬の腸粘膜細胞の中に寄生するという特徴をもつため、血液検査や糞便検査での確定診断が難しく、薬が届きにくいという点がやっかいです。また、実験室での細菌培養が難しいことから有効な抗生物質を確かめることができないため、獣医師はさまざまな治療経験を蓄積、共有して対応しています。

育成馬でも発症!
 ローソニア感染症は基本的には当歳馬の疾病ですが、1歳馬や成馬が発症することもあり、育成牧場の関係者にとっても他人事ではありません。当歳馬に比べて発症率は低いものの、発症した際には当歳馬よりも重篤化することが多いようです。当場で重篤化した1歳馬は食欲が廃絶し、2週間もの長期に渡り一日の大半を横臥した状態で過ごし、体重が100kgも落ちてしまいました(図2、3)。幸いその後は順調に調教に復帰できましたが、廃用となる例もありますので注意が必要です。

2_3 図2 1歳の発症馬。食欲は著しく低下し、横臥時間が延長した。

3_4 図3 1歳の発症馬。著しい削痩を呈した。

どこから来たの?
 ローソニア細菌の由来については、昔からブタが原因ではないかと言われていました。しかしながら、最近の国内の研究でウマから分離された細菌遺伝子がブタ由来のものとは異なることから、ブタ由来説は否定的のようです。野生動物が媒介している可能性もありますが、当然我々人間が媒介している可能性もありますので、他所の牧場へお邪魔する際にはそのような点に注意を払う必要があるでしょう。

予防に向けて
 近年、ブタ用ワクチンの有用性についてわが国を含め世界中で調査が行われており、既に有効性を示す結果も報告されています(図4)。しかしながら、使用書には「ブタ以外には投与しないこと」と明記されているとおり、副作用を含む安全性の懸念もあり、現時点ではまだ積極的に推奨できる段階ではありませんのでご注意下さい。

4_2 図4 ブタ用ワクチンの有効性が期待される。

 近年は冬期も昼夜放牧を継続する牧場が増えてきました。昼夜放牧は心身の鍛錬が期待できる一方で、馬の観察が疎かになってしまいます。特に冬期にはその寒冷ストレスによって体力や免疫力が低下すると考えられますので、健康状態の把握がより一層重要となります。言うまでもないことですが、細やかな観察と治療に対する早期判断はローソニア感染症に限らずどの病気についても重要です。感染してしまうのはある程度仕方がないとしても、せめて発見が遅れるということはないようにしたいものです。

(日高育成牧場 生産育成研究室 主査 村瀬晴崇)