後期育成 Feed

2019年12月13日 (金)

競走馬のウォームアップ

No.124(2015年5月15日号)

 ウォームアップ(ウォーミングアップ:W-up)とはいわゆる準備運動のことで、主に2つの目的で行われます。1つは筋や腱の柔軟性を高め障害を防止すること、もう1つは馬の運動機能を活性化し高い運動能力を発揮させることです。前者は軽めの運動で筋・腱の温度を徐々に上げていくことが重要ですが、後者はしっかりした運動でエネルギー代謝を活性化することが重要となります。

W-upがエネルギー代謝に与える影響
 少し難しい話になりますが、W-upがエネルギー代謝に与える主な4つの影響についてお話します。①温度が10℃上昇すると代謝にかかわる酵素活性が2.5倍になることが知られており、筋温上昇によりエネルギー代謝が亢進します。②神経系の反応性向上に伴い運動開始時の呼吸循環系や筋肉系の反応性が向上します。③乳酸産生によって起こる代謝性アシドーシス(体の中が酸性になった状態)と体温上昇により筋肉内への酸素の取り込み量が増加し、運動中の有酸素性エネルギー利用量が増大します。④交換神経活動の活性化により循環系が活性化されるとともに、分泌されたアドレナリンの刺激で脾臓血が放出されて循環血液中の赤血球数が増加し、解糖系の酵素活性が活性化されエネルギー代謝が亢進します。
 上記①~④は運動能力を発揮する上では全てプラスの影響であり、これらが大きく現れる高強度W-upが最適なようにも思えますが、実際にはどうでしょうか?

トレッドミルを用いたW-up試験
 一般に、多量の乳酸産生を伴う過度なW-upは好ましいとは考えられていません。過度なW-upは筋疲労と中枢性疲労(脳が疲れたと感じる状態)を起こし、脾臓血の過剰放出に伴う血液濃縮により循環機能が低下し、肺動脈圧が上昇して鼻出血発症リスクが高まります。つまり、主運動前に頭も体も疲れて血流が悪くなるということです。
 ここで、JRAで行ったW-upに関する研究をご紹介します。この研究では、サラブレッド実験馬に馬用トレッドミル(ランニングマシーン)上で3種類のW-up(低強度群:21秒/F×200m、中強度群:17秒/F×350mまたは高強度群:14秒/F×650m)の後、15分間の常歩運動をはさんで試験走行(14秒/F×100秒)を行わせ、その間の血中乳酸濃度の変化を調べました(図1)。その結果、試験走行前に乳酸値が下がりきっていなかった中-高強度群では、安静時レベルまで回復していた低強度群よりも試験走行後の乳酸値が低い値を示しました(図2)。これは、運動前に少量の乳酸が残っている状態は運動能力を発揮する上でプラスの効果があることを示しています。しかし、別の実験では運動直前の乳酸値が6mmol/L以上の場合は運動後の乳酸値も高くなることが報告されており、乳酸値が高ければいいというものではないようです。

1_5 図1 トレッドミル試験の概略図
トレーニングされたサラブレッド実験馬を用いて行った実験の概略図。縦軸はトレッドミルの速度を、横軸は時間経過を表し、▲で血中乳酸値を測定。

2_4 図2 W-up試験の血中乳酸値の変化
中または高強度W-upを実施した場合、低強度W-upを行った時より試験走行後の血中乳酸値は低い値を示した。

競走馬にとって理想的なW-upとは?
 今回ご紹介した研究成績から、W-up後4~6mmol/Lまで血中乳酸値が上昇し運動前に2mmol/Lまで低下しているW-up(17~14秒/F×400~600mに相当)が理想的だと考えられます。しかし、競馬のレースは毎回条件が異なり返し馬からレースまでの間隔が一定ではないので、実際にはそれらを考慮してW-up強度を調整する必要があります。また気象条件も大きな要素で、高温環境下で強いW-upを行うと体温が上がりすぎて中枢性疲労を起こしやすくなります。さらに、体力のない馬はW-upで乳酸が上がりやすく、興奮しやすい馬はW-upを行わなくてもアドレナリンが多く分泌され体温が上昇しやすいので、体力や性格など馬の個性にも配慮が必要です。したがって、『競馬』を考えた場合、レースや気象条件、馬の個性を考慮して基本パターンのW-upから調整して行うのが好ましいと言えるでしょう。
 一方、育成調教を行っている競走馬では、障害防止・運動機能活性化のためだけではなくトレーニングとしてのW-upを考える必要があります。育成馬の駈歩調教は長くても4000m程度なので、競走期の調教やレースに耐えられる丈夫な身体を作るためには、常歩でのW-upや主運動後のクールダウン(クーリングダウン:整理運動)によってトータルの運動量(距離)を増やすことも重要です。したがって、育成馬ではW-upとクールダウンをトレーニングの一部として調教メニューに組み入れることをお勧めします。

おわりに
 以前JRAの競馬場で行った調査では、レース前の返し馬は約400m行う馬が最も多く、その平均速度は17.5秒/Fでした(図3)。これは、今回紹介した研究の中強度W-upに相当し、ジョッキーは騎乗する馬に必要なW-up強度を自分の感覚で理解しているように感じます。育成調教を行われている方々も、これまで以上にW-upを工夫して馬の反応を感じてみてはいかがでしょうか。

(日高育成牧場 生産育成研究室長 羽田哲朗)

2019年12月11日 (水)

サラブレッドの骨格筋の運動特性とミオスタチン遺伝子型

No.123(2015年5月1日号)

 今回は、サラブレッドの走能力に大きく関わる筋肉について、組織学的、運動学的、遺伝子学的な観点からJRA育成馬を使って調査した成績を交えながら紹介いたします。

●サラブレッドの骨格筋の特性
 競走馬の骨格筋の重量は、体重の50%以上にもおよぶことが知られています。細い四肢と低い体脂肪率で究極までに軽量化された馬体から、いかに筋肉の割合が大きい動物であるかが想像できます。もちろん筋量が多いだけでなく、その筋線維の組成にも速く走るための特徴があります。筋線維は、特殊な免疫組織学的方法を使うことで、収縮速度が遅いが疲労耐性が高い(持久力の発揮に向いている)遅筋(TypeⅠ)線維、収縮速度が速いが疲労耐性が低い(瞬発力の発揮に向いている)速筋(TypeⅡx)線維、これらの中間的な特徴を持つ中間型(TypeⅡa)線維の3つに染め分けることができます(図1)。走行時に推進力をもたらす後躯の主要な筋肉である中殿筋においては、90%近くを速筋線維が占めることから、サラブレッドがいかにスピード特性を兼ね備えた動物であるかが分かります。

1_4 図1 サラブレッドの筋線維の種類と特性

●ミオスタチンによる筋量の調節
 ミオスタチンとは、成長因子の1つで、筋細胞の増殖肥大を「抑制」する物質です。したがって、このミオスタチンが働かなくなると筋肉隆々の個体になることが知られています。しかし、通常はミオスタチンを介して適切な筋量の調節が行われるため、筋量は一定に保たれています。
 近年、このミオスタチン遺伝子に認められる一塩基多型(遺伝子の一部分が個体によって異なる)が競走距離適性に関わることが報告されました。すなわち、「C/C」型は短距離、「T/T」型は長距離、「C/T」型はその中間(中距離)に適した傾向を示すことが明らかにされたのです(図2)。では、この様な距離適性を持つサラブレッドの筋量にはどのような特徴があるのでしょうか?JRA育成馬を用いて、調教開始から6ヶ月後の測尺結果とミオスタチン遺伝子型との関連を解析した調査では、筋量を反映する「体重/体高(kg/cm)」は、C/C型で最も高いことが分かりました(図3)。さらに、中殿筋に針を刺して筋肉を少量採取して、組織学的に筋肉組成を分析した結果では、C/C型の馬のTypeⅡx線維面積が最も増加する傾向が認められました。これらのことから、C/C型の馬の筋肉はトレーニングにより肥大しやすく、スピード適性が高いと考えられました。

2_3 図2 日本のサラブレッド(雄1,023 頭)におけるミオスタチン遺伝子型の違いによる勝利度数分布
(T. Tozaki et. al., Animal Genetics, 2011から引用・改変)

3_3 図3 ミオスタチン遺伝子型と筋量との関係
※筋量の割合が高いサラブレッドでは「体重/体高」が筋量の指標となる

●ミオスタチン遺伝子型と持久力との関係
 馬の有酸素運動能力指標の1つとしてV200というものがあります。このV200とは、心拍数が毎分200回に達したときの馬の走行スピードを表した値です。馬は速く走れば走るほど、心拍数が上がっていくことが分かっているので、バテやすく早く心拍数が上がってしまう馬のV200の値は低く、バテにくい馬のV200の値は高くなります。JRA育成馬で測定したV200とミオスタチン遺伝子型との関係を見ると、T/T型の馬では他の遺伝子型の馬に比べてV200が高くなっていることが分かりました。また、中殿筋の血管新生因子や有酸素運動能力に関わる筋細胞中のミトコンドリア量に関連している遺伝子の発現量を解析したところ、T/T型で有意に高いという結果が得られました(図4)。これらのことから、T/T型の馬では、血管新生が促進され酸素供給が効率的に行われることで有酸素能の発達につながり、持久力が高い筋特性を持ち合わす傾向があると考えられました。

4_2図4 ミオスタチン遺伝子型とV200値(m/s)との関係

●最後に
 ブラッドスポーツと呼ばれるサラブレッドの世界では、約2世紀に渡る歴史の中で、レースで勝利を収めた馬が種牡馬や繁殖牝馬となり、子孫を残すことで、速く走るための育種改良がおこなわれてきました。競走体系は時代とともに変化しつつある中、近年、ますますスピードが求められるようになってきているのは確かです。しかし、レース中の馬の筋肉へのエネルギー供給の70~90%は有酸素的になされているため、運動能力を高めるには有酸素能力の向上が必須であり、それを鍛えることが重要となります。サラブレッドをトレーニングする際に、今回ご紹介したような遺伝子からみた筋特性も考慮することで、スピードと持久力を兼ね備えたサラブレッド本来の走能力を最大限に引き出すことができるのかも知れません。引き続き日高育成牧場では、育成馬を用いて新しい調教技術や科学的手法を取り入れながら、その成果を普及していきたいと考えています。

(日高育成牧場 生産育成研究室 研究役 佐藤文夫)

2019年12月 9日 (月)

2015 JRAブリーズアップセールについて

No.122(2015年4月15日号)

 JRAは 4月28日(火)、今年で11年目を迎えた「2015JRAブリーズアップセール」(第11回 JRA育成馬調教セール)を中山競馬場で開催します。今回の記事では、JRAブリーズアップセールについて、今年の新たな取り組みも交えてご紹介させていただきます。
 JRAブリーズアップセールは中央競馬に登録のある馬主を対象としてJRA育成馬のみが上場されるプライベートセールです。これまで同様、“購買者の視点に立った運営”を心掛け、新規で馬主になられた方やセリでの購買に不慣れな方にもわかりやすく参加しやすい「入門編としてのセール運営」を目指しています。

前日展示会の開催
 セール前日の4月27日(月)、13時から装鞍所において前日展示会を実施します。当日は全馬の比較展示とあわせて個体情報冊子の配布や台付価格の公表等を行います。また、調教師会主催の「馬主・調教師懇談会」も開催される予定です。
 また、入厩期間内の4月23日(木)から26日(日)の10時~17時には厩舎地区での事前下見が可能です。加えて朝の調教【6時~9時】もご覧いただけます。ご希望のお客様は事前にブリーズアップセール特設電話(※4月20日~5月8日のみ)までご連絡ください。

セール当日の流れ
 セール当日は騎乗供覧からはじまり、上場番号順に単走で供覧します。走行タイムの目安はラスト2ハロンを13.0-13.0(秒/ハロン)程度としていますが、“走行タイムよりも馬の走法フォームや出来栄え”を見ていただくことに主眼を置き、無理に追うことはせずにありのままの走りを披露します。

1_3 (写真1)昨年の騎乗供覧の様子。JRA騎手課程生徒も騎乗します。

 騎乗供覧後には比較展示を行い、各馬の状態を間近で確認していただきます。会場には個体情報開示室(レポジトリールーム)も設置してあり、全馬の医療情報から飼養管理までの広範な情報を提供しています。実馬と個体情報をあわせて確認していただき、購買馬の選定に役立てていただきたいと考えています。

2_2 (写真2)昨年の比較展示の様子。会場には育成馬を熱心にみられる購買関係者が多数来られました。

 その後、セリ方式での売却を行います。冒頭には新規で馬主になられた方がセリ市場へ参加しやすい環境づくりの一環として、「新規馬主限定セッション」が組まれています。2012年1月以降に馬主登録をされ、予め事前購買登録を済ませた方のみが参加でき(当日登録不可)、多くの新規馬主の方に馬を所有していただきたいという考えから「おひとり1頭のみ」という購買制限を設けています。ただし、このセッションの上場馬が主取りとなり再上場された場合や、順調に調教ができず「調教進度遅れ等」として上場される場合にはすべての馬主の方がセリ上げに参加できます。セール前日に公表される「台付価格」がセールのスタート価格であり、リザーブ価格となります。多くの馬主の方に購買馬選定をお楽しみいただくため、声をかけやすいリーズナブルな価格設定となっています。

未売却馬について
 セールで未売却となった馬は、翌29日(水)の「ファイナルステージ」での売却、もしくは5月26日(火)札幌競馬場で開催される北海道トレーニングセールへの上場を目指します。ファイナルステージはセリ当日までに購買登録を済ませた上でセールに参加された馬主の方本人のみが参加可能で、代理人参加はできません。詳細はセール事務局までお問い合わせください。

今年から行う新たな取り組みについて
 ブリーズアップセールの新たな取り組みとして、個体情報の一部を事前に確認していただく「個体情報早期開示」を開始します。これまでセリ前日にお知らせしてきた医療情報の一部を、4月6日(月)からインターネット上で開示するというものです。事前に開示する情報は、特別な開示事項(悪癖や手術歴、去勢など)の有無と、全馬の3月末現在の主な病歴やノドの内視鏡検査を含む各種検査結果などです。特に注意していただきたい項目であるノドの検査結果については、喉頭片麻痺グレードがⅢ以上の馬の内視鏡動画も開示します。
 ここで注意していただきたいのは、開示される情報が3月末までに取りまとめた情報であるため、追加病歴や過去の詳細な病歴などが反映されていない点です。購買前にはセリ前日から配布する個体情報冊子や台付価格表を必ず確認していただきたいと考えています。

 JRAではこれまで同様、ブリーズアップセールに来場された皆様がセリを楽しんでいただけるよう、また、皆様の信頼を失わないように適切な運営に取り組みます。また、セール当日には民間のトレーニングセールや1歳市場の主催者ブースも設ける予定です。当日ご来場いただいたお客様に、 “またセリに参加しよう”と考えていただくきっかけとなることを願っています。

3_2 (写真3)昨年のセリ会場の様子。多くのお客様にお越しいただき、白熱したセールとなりました。今年も多くのお客様のご来場をお待ちしております。

(日高育成牧場 業務課長 秋山健太郎)

2019年11月22日 (金)

坂路調教が心肺機能に与える影響について

No.115(2014年12月15日号)

 ヨーロッパでは以前より自然の地形を利用した競走馬の坂路調教が一般的に行われていますが(写真1)、日本では1980年代に栗東トレーニングセンターに坂路コースが導入されてから、本格的な坂路調教が行われるようになりました。平成4年の2冠馬・ミホノブルボン号が、当時の栗東坂路コースでハードトレーニングされていたことをご記憶の方も多いと思います。『競走馬の坂路調教』という冊子(日本中央競馬会・事故防止委員会刊 http://www.equinst.go.jp/JP/arakaruto/siryou/j16.pdf)ではさまざまな坂路調教の効果が示されていますが、これまでの知見からその最も大きな効果は心肺機能への負荷が大きくなることだと考えられます。

1_8 写真1:アイルランドのバリードイル調教場

傾斜が競走馬の心肺機能に与える影響
 最初に、トレッドミルを用いて傾斜の影響を検討した研究を紹介します。この研究はサラブレッド5頭を用いて傾斜の異なるトレッドミル上(0, 3, 6, 10%)で運動させた時の反応を調べたもので(写真2)、心肺機能に関するさまざまな項目が報告(平賀ら、1995年「馬の科学」)されています。その中のいくつかを紹介すると、まず心拍数HR(図1)について、どの傾斜で走行した場合でも速度に比例して上昇しました。傾斜と心拍数との間にも比例関係が見られ、その増加はキャンター以上の速度で傾斜1%に付き4~6拍/分でした。また、これらのデータからV200値(心拍数200拍/分のときの速度、有酸素運動能力の指標、ハロンタイム換算)を算出し比較すると、傾斜1%に付きハロンタイムが0.9~1.4秒遅くなる、つまり傾斜3%の坂路では平坦な馬場と比較してハロンタイムで3~4秒遅い速度で心肺機能に同程度の負荷がかかることがわかりました。

2_7 写真2:トレッドミル走行試験の風景

3_7 図1:心拍数(HR)の変化

 次に酸素摂取量VO2(図2)について、これは運動中に身体に取り込んだ酸素の量を表しており、有酸素運動能力の指標として利用されています。酸素摂取量も心拍数と同様に、速度および傾斜に比例して増加しました。また、これらのデータから酸素使用量Oxygen Cost(図3:1m移動するために必要となる酸素の量、酸素摂取量÷走行速度)を計算してみると、こちらも傾斜の増大とともに大きくなり、その傾向は速度が遅いほど顕著でした。つまり、坂路では速歩や軽いキャンターでもある程度心肺機能に負荷がかけられることを示唆しています。

4_6 図2:酸素使用量(Oxygen Cost)の変化

5_6 図3:酸素摂取量(VO2)の変化

門別競馬場・調教用屋内坂路コースのデータ
 しかし、実際の競走馬の坂路調教は、傾斜の影響だけではなく馬場側(馬場形状・距離・素材・深さなど)の影響も受けます。したがって、傾斜がきつくても軽い馬場だと心肺機能への負荷はそれほど大きくなりません。今回は、昨年開設された門別競馬場・調教用屋内坂路コース(全長800m・ウッドチップ)のデータをご紹介します。道営所属競走馬4頭について、ダートまたは坂路で調教した際の調教中心拍数を測定し、前述のV200値を算出して比較しました。その結果、4頭の平均V200値はダートでF17.4秒、坂路でF20.2秒となり、ハロンタイムとして2.8秒の差がありました(図4)。この差は各馬場で調教する際に心肺機能にかかる負荷の差を表しており、つまり、坂路で調教を行う場合はダートよりハロン約3秒遅く走行して心肺機能への負荷が同じになると言えます。

6_2 図4:ダートと坂路のV200値の比較(ハロンタイム換算)

おわりに
 今回ご紹介した調教馬場の負担度の差は、調教中の心拍数や調教後の血中乳酸濃度などの運動生理学データにより調べることができます。これらのデータを測定する機会がありましたら、皆さんがお使いの調教馬場について心肺機能への負担度を調べてみてはいかがでしょうか?


(日高育成牧場 生産育成研究室 室長 羽田哲朗)

2019年11月15日 (金)

育成馬のウォーミングアップとウォーキングマシンの活用

No.112(2014年11月1日号)

 育成馬の調教に運動器疾患はつきものですが、これらを少しでも減らし、効果的な調教を行うためにウォーミングアップは大切です。ウォーミングアップには「体温を上げる」、「関節や筋肉の柔軟性を高める」、「心肺機能の準備をする」、「集中力を高める」、「コンディションを把握する」などの効果があります。一方で、必要以上のウォーミングアップを行うことは疲労の蓄積につながります。また精神的なフレッシュさが失われ、調教の十分な効果が得られません。ウォーミングアップには引き運動、調馬索運動、騎乗運動などさまざまな方法がありますが、JRA日高育成牧場ではウォーキングマシンを活用したウォーミングアップを実施しています。今回は当場で実施しているウォーミングアップについて紹介します。

ウォーミングアップ
 当場では、最初にウォーキングマシンで約20分間の常歩、そして騎乗しての速歩を角馬場(約40m×70m)で両手前2周ずつ行っています。ウォーキングマシンを用いて、ヴァイタルウォークを行うことで、体温を上げ、柔軟性を高め、心肺機能の準備をしています。角馬場では、速歩を実施することで若馬の緊張を緩和し、また、両手前の運動を実施することで若馬の左右均等な筋肉の発育を促します。また、監督者が馬体のコンディションを把握するだけでなく、獣医職員による歩様チェックを常に行うことで、重篤な運動器疾患の発症を未然に防止するようにしています(写真1)。
 また、調教が進んで坂路調教を行う際には、上記に加え800mトラックでF22秒程度のキャンターを1.5週程度行います。若馬にとって坂路調教は肉体的に負荷の大きいトレーニングですが、ウォーミングアップのキャンターを行うことによって、本調教時の乳酸上昇を抑え、筋肉のダメージを抑えることが可能となります。

1_5 写真1 角馬場運動での獣医職員による歩様チェック
 
ウォーキングマシンの活用
 ウォーキングマシンはウォーミングアップだけでなく、クーリングダウン、リハビリテーションなどさまざまな利用方法があります。労働力を節約でき、スピードと時間の調整により、規定運動を負荷できることがメリットです。一方、単調な運動になるため馬が飽きやすい、馬を強制的に動かす機械であるためアクシデントにより怪我をするといったデメリットがあります。アクシデントによる怪我を防ぐため、ウォーキングマシンの利用にも馴致が必要です。マシン内の環境に慣らすために、数日間は引き馬でマシン内を歩き、初めて馬を単独で歩かせる際には、引き馬で1周回ってから放します。マシン内で立ち止まってしまうような馬は経験馬と一緒に実施することも有効です。慣れないうちはアクシデントが起こることが多いため、必ず監視下で実施します(写真2)。これらの馴致を行っても過度に敏感な馬についてはさらに時間をかけて慣らします。
 運動時間は利用の目的により異なりますが、ウォーミングアップ、クーリングダウンでは15~30分程度が目安です。また、1~2歳馬であれば速度は時速5.5km~6.5km程度であり、日により手前を変えて実施します。

2_4 写真2 ウォーキングマシンに慣れるまでは監視下で実施

最後に
 今回はウォーミングアップとウォーキングマシンの活用の1例として、当場で実施している方法を紹介させていただきましたが、皆様が普段利用されている調教施設とは異なると思います。それぞれの調教施設に適した方法を考える際の参考にしていただければよいと考えています。適切なウォーミングアップにより、育成馬の運動器疾患を予防し、効果的に調教を進めましょう。

(日高育成牧場 業務課 大塚 健史)

2019年11月13日 (水)

ローソニア感染症

No.111(2014年10月15日号)

国内での広がり
 もはや生産地の馬関係者でローソニア感染症を知らない人はいないのではないでしょうか。国内では2009年から発症が報告されており、特にここ4,5年の間に生産界に広く発症が認められるようになりました。まだ経験したことがない方にとっては対岸の火事のように思われるかもしれませんが、他人事ではなく身近な疾病という認識をもってお読みいただければ幸いです。

秋から冬の当歳に注意
 ローソニア感染症は当歳馬で離乳や寒冷といったストレスがきっかけとなって発症すると考えられているため、特にこれからの時期に警戒しなければなりません。感染しても発症しない馬もいますが、疫学調査の結果から発症馬のいる馬群ではみるみる感染が広がることが分かっています。
 日高育成牧場で発症した当歳馬は食欲廃絶、下痢を呈し、330kgあった体重が1ヶ月で290kgまで低下してしました(図1)。何頭もの子馬がみるみる削痩する様子を目の当たりにすると本疾病の恐ろしさを痛感します。一般には下痢の病気として知られていますが、発症しても下痢を示さない馬も少なくなく、初診時に感冒と間違われることもあります。微熱を呈したり元気がなかったりした際には、是非本疾病を頭の片隅に置きながら対処して下さい。

1_4 図1 当歳の発症馬。元気消失し、3週間にわたって体重が減少し続けた。

ローソニアの問題点
 原因細菌のローソニアイントラセルラリスは馬の腸粘膜細胞の中に寄生するという特徴をもつため、血液検査や糞便検査での確定診断が難しく、薬が届きにくいという点がやっかいです。また、実験室での細菌培養が難しいことから有効な抗生物質を確かめることができないため、獣医師はさまざまな治療経験を蓄積、共有して対応しています。

育成馬でも発症!
 ローソニア感染症は基本的には当歳馬の疾病ですが、1歳馬や成馬が発症することもあり、育成牧場の関係者にとっても他人事ではありません。当歳馬に比べて発症率は低いものの、発症した際には当歳馬よりも重篤化することが多いようです。当場で重篤化した1歳馬は食欲が廃絶し、2週間もの長期に渡り一日の大半を横臥した状態で過ごし、体重が100kgも落ちてしまいました(図2、3)。幸いその後は順調に調教に復帰できましたが、廃用となる例もありますので注意が必要です。

2_3 図2 1歳の発症馬。食欲は著しく低下し、横臥時間が延長した。

3_4 図3 1歳の発症馬。著しい削痩を呈した。

どこから来たの?
 ローソニア細菌の由来については、昔からブタが原因ではないかと言われていました。しかしながら、最近の国内の研究でウマから分離された細菌遺伝子がブタ由来のものとは異なることから、ブタ由来説は否定的のようです。野生動物が媒介している可能性もありますが、当然我々人間が媒介している可能性もありますので、他所の牧場へお邪魔する際にはそのような点に注意を払う必要があるでしょう。

予防に向けて
 近年、ブタ用ワクチンの有用性についてわが国を含め世界中で調査が行われており、既に有効性を示す結果も報告されています(図4)。しかしながら、使用書には「ブタ以外には投与しないこと」と明記されているとおり、副作用を含む安全性の懸念もあり、現時点ではまだ積極的に推奨できる段階ではありませんのでご注意下さい。

4_2 図4 ブタ用ワクチンの有効性が期待される。

 近年は冬期も昼夜放牧を継続する牧場が増えてきました。昼夜放牧は心身の鍛錬が期待できる一方で、馬の観察が疎かになってしまいます。特に冬期にはその寒冷ストレスによって体力や免疫力が低下すると考えられますので、健康状態の把握がより一層重要となります。言うまでもないことですが、細やかな観察と治療に対する早期判断はローソニア感染症に限らずどの病気についても重要です。感染してしまうのはある程度仕方がないとしても、せめて発見が遅れるということはないようにしたいものです。

(日高育成牧場 生産育成研究室 主査 村瀬晴崇)

2019年11月11日 (月)

馴致に使用する様々な馬具

No.110(2014年10月1日号)

 今回はJRAの両育成牧場で実施している騎乗馴致について紹介させていただきます。騎乗馴致は、それまで放牧地で伸び伸びと生活していた馬に鞍を乗せ、騎乗するまでの一連の作業です。大人しく人を騎乗させるために、馬は人の重さや馬具による締めつけなどの様々な刺激に慣れる必要があります。同時に、発進や停止など、人の指示も理解しなければなりません。JRA育成牧場では、一日ごとの馴致計画を作成し、段階的にステップを経て馬に教えることで、安全かつスムーズな騎乗馴致ができるように心掛けています。

騎乗馴致の流れ
 まず、馴致に先立ち、馬房内で後ろ向きに1本のタイチェーンでつないで、ブラッシングなどの手入れができるよう教えます。全身をくまなく撫でることで、馬具や人が馬体に触れることに慣らします。騎乗馴致の1週間前からは、プレ馴致として、タオルをリズムよく大きく振りながら背中やお尻などに触るタオルパッティングを実施します(写真1)。また、ローラー(腹帯)をスムーズに受け入れることを目的として、ストラップ(写真2・図1)を使用して胸部を締めることに慣らします。タオルパッティングやストラップ馴致は、馬房内を大きく回転しながら実施します。ここまでが事前の準備です。以降の騎乗馴致にいたる1週間ごとのスケジュールは以下のとおりです。

3_3 写真1 タオルパッティング

4 写真2 左からストラップ、サイドレーン、ローラー

1_3 図1 ストラップを用いて腹帯を締める時と同じ方向に圧迫します

 第1週目は、ラウンドペン(円形馬場)でランジング(調馬索運動)を行います。ランジングでは、最初1本のレーン(調馬索)を使用し、音声コマンド(声の合図)によって動くこと(常歩や止まれ)を教えます。次に、ローラー(写真2)を装着して鞍つけの馴致を行います。また、騎乗した際の頭頚の位置を教えるため、最初の口とのコンタクトとなるサイドレーン(写真2)を装着します。さらに、ダブルレーン(2本の調馬索)によるランジングも実施します。

 第2週目は、ドライビングを始めます。ドライビングは調馬索を2本使用し、人は馬の後ろから指示を出します。騎乗者が馬を後方から動かすことを教えると同時に、手綱操作を教えます。ドライビングはラウンドペンだけでなく屋外でも行い、騎乗する環境への馴致も兼ねています(写真3)。ドライビングが自由自在に出来るようになったら、騎乗する際の人の動きや背中に荷重することに慣らすため、馬房内で馬の横に立ってジャンプしたり、横乗りの形で馬に乗り、体重をかけます。
第3週目に騎乗します。最初は馬房で騎乗し、落ち着いたらラウンドペンで騎乗運動を行います。以上が騎乗馴致の大まかな流れです。

5 写真3 野外でのドライビング風景

馴致に使用する馬具
 馴致の流れに沿って使用する馬具をまとめます。
・ストラップ 
腹帯による圧迫に慣れさせることを目的として使用します。ストラップを締めたり緩めたりしながら馬房内をゆっくりと回転し、腹帯を締める時と同じ方向に圧迫します(図1)。
・キャブソン    
馬の口は敏感なので、いきなり調馬索をハミからとらず、最初はキャブソンの鼻革にある環に調馬索等を繋ぎます。ラウンドペン(丸馬場)内で調馬索による円運動を教え、ハミそのものを馬に受け入れさせるまでの期間使用します(写真4)。

6 写真4  キャブソン

・ハミ 
 騎乗馴致には枝と舌遊び(キー)の付いた「ブレーキングビット」を使用します。枝によってまっすぐ歩くことを教え、キーで遊ぶことで、舌の上でハミを受けることを教えます。キーには、唾液の分泌を促進する効果もあります。なお、馴致終了後から真っ直ぐに走ることを覚えるまでは「Dバミ」、それ以降は「ノーマルビット(ルーズリングビット)を用います(写真5)。

7 写真5 上からブレーキングビット、Dバミ、ノーマルビット

・ローラー 
 ランジングの際、停止・発進・常歩・速歩の各音声コマンドを理解したら、次のステップとしてローラーを装着します(写真6)。騎乗馴致において馬のリアクションが最も大きくなることから、特に慎重に進めるステップです。最初は必ずラウンドペンでローラーを装着します。装着後、馬がローラーの圧迫を感じて反抗する場合は、瞬時に追いムチや声によって馬を前進させます。馬は前方に動くことによりローラーの圧迫に慣れ、落ち着いたランジングが可能となります。このことにより、馬は何かあった時には、真っ直ぐ前方に出ることを学びます。

8 写真6  ローラー装着風景

・サイドレーン 
 ランジングやドライビングの際、頭頚の位置を安定させることを目的として使用します。装着の際、キ甲部でクロスさせるのがポイントです(図2)。この方法は、アンチグレイジングレーンと呼ばれています(グレイジングは「牧草を食べる」との意味)。屋外でドライビングを実施する際に、頭を下げて草を食べることなどのいたずら防止にも役立ちます。

最後に
 馴致とは「馴らして目標にいたらしめる」ことであり、馬を屈服させることではありません。馬に納得させ、人と一緒にいることで安心できる関係を作らなければなりません。一つ一つのステップを着実に消化し、馬と一緒に様々な経験を積み重ねれば、馬は人の指示・思いを十分に理解します。相互理解を深め、人馬の信頼関係を構築することが、安全かつ無事に馬を目標に導くために最も重要なことだと考えています。

(日高育成牧場 業務課 宮田健二)

2019年9月30日 (月)

下肢部のコンフォメーション

No.107(2014年8月15日号)

はじめに

 8月25日から4日間にわたり、上場頭数では国内最大規模のサマーセールが開催されます。今回は、セリで馬を検査する際に注目される下肢部のコンフォメーションについて紹介いたします。

 コンフォメーションとは、馬の外貌から判別することができる骨格構造、身体パーツの長さ、大きさ、形状やバランスのことをいいます。コンフォメーションがよい、すなわち力学的に無駄がない骨格構造をしている馬は、効率よくスムーズに走ることが可能です。したがって、強い運動時における関節等への負担や筋肉疲労も少ないものと考えられます。

 前肢

 馬は体重の約65%を前肢で負重するとされることから、前肢のコンフォメーションはとりわけ重要です。

 筋肉が発達し十分な長さがある前腕と、比較的短い管は、大きなストライドを得るうえで大切です。腕節や球節は十分な巾と大きさが必要で、また、腱や靭帯が外貌から明瞭に見える管は丈夫で健康です。

 凹膝(おうしつ)と呼ばれる反った腕節は、屈腱や腕節に対する負担が大きく、屈腱炎や剥離骨折を発症しやすいといわれます。腕節が前方に屈曲した弯膝(わんしつ)は繋靭帯や屈腱に負担がかかりますが、軽度の弯膝は凹膝ほど問題になりません。腕節の直下がしぼれて狭くなっているものは、窄膝(さくしつ)と呼ばれ、腱の発育が不良で好まれません。

1_2

 標準的な繋の角度は概ね45~50度とされています。繋が標準よりも長くて緩い臥繋(ねつなぎ)は腱に対する負担が大きく、逆に、短く立った起繋(たちつなぎ)は骨に対する衝撃が大きくなります。また、側面から見た蹄の角度(背側および掌側)は繋の角度と平行であることが標準です。

2_2

 正面から見て、肩端、腕節、球節および蹄が直線状にあることが標準です。両方の腕節が内側に寄ったX脚は、腕節の内側に負担がかかるとともに外側の靭帯にも負荷がかかります。また、前腕と管骨のラインがずれたオフセットニーは内管骨瘤や腕節の剥離骨折などの問題を起こしやすいといわれています。

3_2

 繋と蹄が外に向くものを外向、内に向くものを内向とよびます。外向は腕節や球節の内側に負荷がかかり、球節の剥離骨折などを発症しやすいといわれています。通常、外向は外弧歩様(がいこほよう)になりますので、交突にも注意が必要です。一方、内向は内弧歩様(ないこほよう)となり、内向は腕節や球節の外側に負荷がかかります。内弧歩様は動きに無駄が多く、疲労しやすくなります。

4_2 

後肢

 後肢からの力強い推進を得るためには、良好なコンフォメーションが必要です。側望では、臀端から地面におろした垂線が管の後面に接するのが標準とされます。また、繋の角度は前肢よりも大きく、50~55度が標準です。

 飛節は十分な幅と大きさが必要です。十分な幅のない飛節や、飛節から管に移る部位が急にしぼれて細くなっている窄飛(さくひ)は弱いので好ましくありません。標準とされるものよりも飛節の角度が小さい曲飛(きょくひ)は、飛節後面に負荷がかかり飛節後腫を発症しやすいといわれています。また、脛骨が長く、臀端から下ろした垂線よりも後踏み肢勢をとる折れの深い飛節は曲飛ほど弱くありませんが、動きに無駄が多いので疲労しやすいといわれています。直飛は飛節の角度の大きいもので、飛節構成骨に負荷がかかりやすく、膝蓋骨の上方固定を発症しやすいといわれています。

5_2

6_2

 側望からみた後肢の肢軸は、臀端から地面にまっすぐ垂線をおろして評価をします。垂線が飛端から管の後面を通過するものを標準肢勢としています。後肢のX状肢勢は、飛節の内側に負荷がかかり、外向肢勢を伴うことが多いので交突にも注意が必要です。一方、O状肢勢は飛節の外側に負荷がかかるとともに疲れやすく、狭踏肢勢をともなうと十分に踏み込むことができません。両者ともに飛節内腫、軟腫および後腫等の発症に注意が必要です。 

7_3

歩様

歩様は、肢勢と立ち方に規定されます。

胸が狭く肢を広く踏む広踏または外向蹄では外弧歩様、胸が広く肢を狭く踏む狭踏または内向蹄では内弧歩様を示します。立ち馬では肢軸を評価しづらい場合もありますが、実際に歩かせてみると肢軸のコンフォメーションは比較的容易に判別できます。 

8_2

最後に

コンフォメーションは馬の個性の一つと考えるとよいと思います。これからの馬体成長を見込んで評価することも大切です。また、欠点よりも長所を探すことを忘れてはなりません。

 (日高育成牧場 副場長 石丸 睦樹)

2019年9月16日 (月)

立ち馬展示の基本

No.104(2014年7月1日号)

 セリで馬を購買する場合、購買者はセリ名簿をみて購買馬を絞り込んだあと「立ち馬展示」で立ち姿を確認します。立ち馬展示では馬の気品や性格、体型やコンフォメーションの問題点などが確認されたあと、常歩での歩様検査が行われます。血統的に魅力がある馬でも、「立ち馬展示」で駐立ができないと印象が悪くなるばかりではなく、十分な検査ができないために購買を諦められてしまうこともあります。今回は立ち馬展示の基本についてご紹介します。

 展示に向けた準備

 たち馬展示に限った話ではありませんが、馬を人に「魅せる」前に必ず実施するべき準備の1つにトリミングがあります。トリミングとは自然の状態で伸びている毛を抜いたりカットしたりして身だしなみを整えることで、トリミングの有無で馬の印象、特に素軽さが大きく変わります。まず、タテガミは必ず右側に寝かせて適切な長さに揃えます。これは頚のラインが馬の第一印象に大きな影響を与えるため、馬をみるときに「表」となる左側をタテガミが隠さないようにするためです。続いて展示用頭絡の項革が通る部分(ブライドルパース)のタテガミや耳の毛、距毛(四肢球節部の毛)、アゴヒゲなどをカットします。きちんとした手入れができていることは、馬の第一印象をよくするための基本です。すっきり素軽く見せることで馬の印象は改善できます。

 外見を美しく「魅せる」準備に続いて、馬を展示するためのしつけ(馴致)を行います。立ち馬展示の馴致では、①人馬の信頼関係を確立すること、②人が馬のリーダーになること、③人の指示で駐立でき、また大人しく引き馬を行えること、の3点が大きな目標となります。何か事が起こった際に人の指示が尊重される人馬の関係が大切です。リーダー(人)の指示で落ち着いて行動できるように、プレッシャーのオン・オフを用いて馬にわかりやすい指示を与えます。立ち馬展示では10分以上の駐立を求められることが多いので、馬が人の指示を受け入れて飽きずに我慢できるようにじっくりと練習する必要があります。

展示で使用する馬具

 立ち馬展示では展示頭絡や無口頭絡にチフニービットを装着するのが一般的です。引き手(リード)は革製の引き手1本を使用します。セリにおいて馬は大切な「高額商品」ですから、展示者もスタイリッシュで動きやすい服装を心がけるべきです。だらしのない服装や長靴を履いての立ち馬展示では、折角の馬の評価に悪影響を及ぼしかねません。

 立ち馬展示の方法

 馬を展示するときには、購買者に馬の左側を向けた左表(ひだりおもて)で、左側の肢が広踏で右側の肢が狭踏になるようにして四肢が重ならないように立たせます。このときに注意するのは馬の姿勢です。展示者は後肢が休んだり(蹄が浮いてしまう立ち方)、馬体が伸びきったり(左前肢と左後肢の間隔が広すぎる)、逆に集合姿勢になったり(四肢の間隔が詰まりすぎる)していないか常に注意を払い、必要に応じて馬の立ち方を直します。立たせる場所はなるべく水平かつ逆光にならない場所を選び、展示者は購買者が効率よく見られるように以下のとおり動きます。

①購買者が馬の左側を見ている場合

 展示者は馬と向き合うように立ち、引き手は左手にもちます。

②購買者が馬の正面を見る場合

 馬の前望を遮らないよう正面から少しずれ、馬の両前肢を揃えて立たせます。

③購買者が馬の右側を見ている場合

 馬を右表(みぎおもて)に立たせ、引き手は右手にもちかえます

④購買者が後方を見る場合

 馬の両後肢が揃うように立たせ、引き手は左手にもちかえます。

1_3

2_2 常に購買者の「見やすさ」に配慮し、安全なポジションで検査ができるように立たせることが大切です。

 歩様検査の方法

 購買時の歩様検査では跛行の有無のみならず、きびきびとした闊達な動きができるか、人の指示に従って歩くことができるかも判断されます。引き馬は一見簡単そうに見えますが、前向きな歩きを魅せようと慌てて練習しても付け焼刃では成功しません。闊達に歩く練習を毎日行うことで馬はハミ受けを覚え、後肢の踏み込みが改善し、全身の筋肉も発達しますので、普段から馬の歩き方を意識した管理を行うことが大切です。

 歩様検査では購買者から直線的に遠ざかり、その後右回りにUターンして真っ直ぐに購買者のところに戻ります。購買者は馬が遠ざかるときに後望を、戻ってくるときに前望を検査しますので、引く人は常に馬の左に立ち購買者の視界を邪魔しないように注意します。また、引き手は少し長めに余裕を持って持つのが美しく魅せるコツです。

 3_2

さいごに

 セリで購買者は馬の血統や体型、価格等を総合的に判断して購買馬を決定しますので、立ち馬展示は購買馬決定の大きなカギを握っています。綺麗にトリミングされた馬がきびきびと歩く姿は、多くの人の目に留まるに違いありません。立ち馬展示の基本を理解し、購買者の目線に立って馬を作ることこそが、今後のセリ上場者に求められる「役割」だと思います。

   (日高育成牧場 業務課長  秋山健太郎)

2019年8月21日 (水)

ブリーズアップセール生誕10年

No.102(2014年6月1日号)

JRAブリーズアップセール(BUセール)は、お蔭様で今年節目の10年目を迎えることができました。これは皆様が当セールを支援してくださった賜物であり、当紙面をお借りして厚く御礼申し上げます。本稿では、改めて10年の歴史を振り返ってみたいと思います。

BUセールの誕生
 BUセールは、生産育成研究業務の一環として、JRAが1歳市場で購買した馬および生産馬(JRAホームブレッド)であるJRA育成馬を、競走裡で生産育成方法を検証するために売却するプライベートセールです。売却方法をセリ方式に変更するに当たっては、市場振興に寄与することを念頭に、二つの基本理念を設定しました。
 一つは「安心して参加できるセール」です。上場馬は今後の調教や出走に耐えうると判断した馬に厳選し、個体毎にセールまでの病歴や調教状況等の履歴を記載(図1)するとともに、関節部のX線画像やノドの内視鏡動画等の医療情報を開示しました(レポジトリー)。また、レポジトリーの活用方法を冊子や講習会等で普及したことにより、多くの民間セリ市場でレポジトリー情報は開示されるようになりました。

1_4

図1)個体冊子の例 

 もう一つは「早期の競馬デビューにつながる調教供覧」です。トレーングセールはタイムが速い馬が高くなる傾向にありますが、若馬の時期に過度の負荷をかけ過ぎることで、本来、即戦力と期待されているトレーニングセール取引馬のデビューが遅れてしまう危険性が指摘されていました。そこで、2歳早期に出走できることを目標として、スピードを求めるのではなく、馬の自然な動きをみていただくことをポリシーとしました(図2)。BUセールという名称には、極端に速いスピードを求めない英国のブリーズアップセールを範とする、JRAの決意が込められています。

2_3 図2)2歳競馬開幕から8週までのJRA育成馬出走状況:30~40頭の
JRA育成馬が出走し、全出走馬の6~7%を占める。

JRAホームブレッド上場
 JRAでは生産から初期・中期育成期の課題解決を目的として、2008年から繁殖牝馬に交配し、生産から育成までの一貫した研究業務を開始しました。そして、2011年第7回BUセールにJRAホームブレッドの第1期生5頭を初めて上場し、4頭が売却されました、その中の1頭であるマロンクンは、JRAホームブレッドの中央競馬勝利第1号となりました。

ファイナルステージ創設
 欧米の多くのセリ市場では、市場外取引を規制し、売却率を向上させるため、セリ市場前後の一定期間において売買された場合、市場取引とみなすアウトサイドセールが導入されています。2011年第7回BUセールから、わが国におけるアウトサイドセールのニーズを検証するため、主取馬を翌日にFAXでビッドできる「ファイナルステージ」を創設し、主取馬3頭のうち2頭が売却されました。翌年以降は全頭がセール当日に売却されたため、ファイナスルテージは実施されていませんが、今後も検討していきたいと考えています。

新規馬主限定セッション創設 
 新規馬主の方がセリ市場へ参加しやすい環境づくりの一環として、2012年第8回BUセールから、JRAホームブレッドを中心に「新規馬主限定セッション」を創設しました。また、それに併せて、日高・宮崎両育成牧場では「育成馬を知ろう会」を開始しました。本取組みが、新規馬主の方がセリ市場に足を運び、馬選びから始まる競走馬を持つことを楽しんでいただく入口になればと期待しています(図3)。

3_3

図3)新規馬主の来場・購買状況

近年、新規馬主の方の来場や購買が増加している。

 さらに、BUセール前日の「前日展示会」の開催や民間セリ主催者ブースの設置等、市場振興に寄与するため、様々な企画を実施しています。今後ともBUセールの取組みに対して、皆様のご理解ご支援をよろしくお願いします。 

(日高育成牧場 場長 山野辺 啓)