後期育成 Feed

2019年11月15日 (金)

育成馬のウォーミングアップとウォーキングマシンの活用

No.112(2014年11月1日号)

 育成馬の調教に運動器疾患はつきものですが、これらを少しでも減らし、効果的な調教を行うためにウォーミングアップは大切です。ウォーミングアップには「体温を上げる」、「関節や筋肉の柔軟性を高める」、「心肺機能の準備をする」、「集中力を高める」、「コンディションを把握する」などの効果があります。一方で、必要以上のウォーミングアップを行うことは疲労の蓄積につながります。また精神的なフレッシュさが失われ、調教の十分な効果が得られません。ウォーミングアップには引き運動、調馬索運動、騎乗運動などさまざまな方法がありますが、JRA日高育成牧場ではウォーキングマシンを活用したウォーミングアップを実施しています。今回は当場で実施しているウォーミングアップについて紹介します。

ウォーミングアップ
 当場では、最初にウォーキングマシンで約20分間の常歩、そして騎乗しての速歩を角馬場(約40m×70m)で両手前2周ずつ行っています。ウォーキングマシンを用いて、ヴァイタルウォークを行うことで、体温を上げ、柔軟性を高め、心肺機能の準備をしています。角馬場では、速歩を実施することで若馬の緊張を緩和し、また、両手前の運動を実施することで若馬の左右均等な筋肉の発育を促します。また、監督者が馬体のコンディションを把握するだけでなく、獣医職員による歩様チェックを常に行うことで、重篤な運動器疾患の発症を未然に防止するようにしています(写真1)。
 また、調教が進んで坂路調教を行う際には、上記に加え800mトラックでF22秒程度のキャンターを1.5週程度行います。若馬にとって坂路調教は肉体的に負荷の大きいトレーニングですが、ウォーミングアップのキャンターを行うことによって、本調教時の乳酸上昇を抑え、筋肉のダメージを抑えることが可能となります。

1_5 写真1 角馬場運動での獣医職員による歩様チェック
 
ウォーキングマシンの活用
 ウォーキングマシンはウォーミングアップだけでなく、クーリングダウン、リハビリテーションなどさまざまな利用方法があります。労働力を節約でき、スピードと時間の調整により、規定運動を負荷できることがメリットです。一方、単調な運動になるため馬が飽きやすい、馬を強制的に動かす機械であるためアクシデントにより怪我をするといったデメリットがあります。アクシデントによる怪我を防ぐため、ウォーキングマシンの利用にも馴致が必要です。マシン内の環境に慣らすために、数日間は引き馬でマシン内を歩き、初めて馬を単独で歩かせる際には、引き馬で1周回ってから放します。マシン内で立ち止まってしまうような馬は経験馬と一緒に実施することも有効です。慣れないうちはアクシデントが起こることが多いため、必ず監視下で実施します(写真2)。これらの馴致を行っても過度に敏感な馬についてはさらに時間をかけて慣らします。
 運動時間は利用の目的により異なりますが、ウォーミングアップ、クーリングダウンでは15~30分程度が目安です。また、1~2歳馬であれば速度は時速5.5km~6.5km程度であり、日により手前を変えて実施します。

2_4 写真2 ウォーキングマシンに慣れるまでは監視下で実施

最後に
 今回はウォーミングアップとウォーキングマシンの活用の1例として、当場で実施している方法を紹介させていただきましたが、皆様が普段利用されている調教施設とは異なると思います。それぞれの調教施設に適した方法を考える際の参考にしていただければよいと考えています。適切なウォーミングアップにより、育成馬の運動器疾患を予防し、効果的に調教を進めましょう。

(日高育成牧場 業務課 大塚 健史)

2019年11月13日 (水)

ローソニア感染症

No.111(2014年10月15日号)

国内での広がり
 もはや生産地の馬関係者でローソニア感染症を知らない人はいないのではないでしょうか。国内では2009年から発症が報告されており、特にここ4,5年の間に生産界に広く発症が認められるようになりました。まだ経験したことがない方にとっては対岸の火事のように思われるかもしれませんが、他人事ではなく身近な疾病という認識をもってお読みいただければ幸いです。

秋から冬の当歳に注意
 ローソニア感染症は当歳馬で離乳や寒冷といったストレスがきっかけとなって発症すると考えられているため、特にこれからの時期に警戒しなければなりません。感染しても発症しない馬もいますが、疫学調査の結果から発症馬のいる馬群ではみるみる感染が広がることが分かっています。
 日高育成牧場で発症した当歳馬は食欲廃絶、下痢を呈し、330kgあった体重が1ヶ月で290kgまで低下してしました(図1)。何頭もの子馬がみるみる削痩する様子を目の当たりにすると本疾病の恐ろしさを痛感します。一般には下痢の病気として知られていますが、発症しても下痢を示さない馬も少なくなく、初診時に感冒と間違われることもあります。微熱を呈したり元気がなかったりした際には、是非本疾病を頭の片隅に置きながら対処して下さい。

1_4 図1 当歳の発症馬。元気消失し、3週間にわたって体重が減少し続けた。

ローソニアの問題点
 原因細菌のローソニアイントラセルラリスは馬の腸粘膜細胞の中に寄生するという特徴をもつため、血液検査や糞便検査での確定診断が難しく、薬が届きにくいという点がやっかいです。また、実験室での細菌培養が難しいことから有効な抗生物質を確かめることができないため、獣医師はさまざまな治療経験を蓄積、共有して対応しています。

育成馬でも発症!
 ローソニア感染症は基本的には当歳馬の疾病ですが、1歳馬や成馬が発症することもあり、育成牧場の関係者にとっても他人事ではありません。当歳馬に比べて発症率は低いものの、発症した際には当歳馬よりも重篤化することが多いようです。当場で重篤化した1歳馬は食欲が廃絶し、2週間もの長期に渡り一日の大半を横臥した状態で過ごし、体重が100kgも落ちてしまいました(図2、3)。幸いその後は順調に調教に復帰できましたが、廃用となる例もありますので注意が必要です。

2_3 図2 1歳の発症馬。食欲は著しく低下し、横臥時間が延長した。

3_4 図3 1歳の発症馬。著しい削痩を呈した。

どこから来たの?
 ローソニア細菌の由来については、昔からブタが原因ではないかと言われていました。しかしながら、最近の国内の研究でウマから分離された細菌遺伝子がブタ由来のものとは異なることから、ブタ由来説は否定的のようです。野生動物が媒介している可能性もありますが、当然我々人間が媒介している可能性もありますので、他所の牧場へお邪魔する際にはそのような点に注意を払う必要があるでしょう。

予防に向けて
 近年、ブタ用ワクチンの有用性についてわが国を含め世界中で調査が行われており、既に有効性を示す結果も報告されています(図4)。しかしながら、使用書には「ブタ以外には投与しないこと」と明記されているとおり、副作用を含む安全性の懸念もあり、現時点ではまだ積極的に推奨できる段階ではありませんのでご注意下さい。

4_2 図4 ブタ用ワクチンの有効性が期待される。

 近年は冬期も昼夜放牧を継続する牧場が増えてきました。昼夜放牧は心身の鍛錬が期待できる一方で、馬の観察が疎かになってしまいます。特に冬期にはその寒冷ストレスによって体力や免疫力が低下すると考えられますので、健康状態の把握がより一層重要となります。言うまでもないことですが、細やかな観察と治療に対する早期判断はローソニア感染症に限らずどの病気についても重要です。感染してしまうのはある程度仕方がないとしても、せめて発見が遅れるということはないようにしたいものです。

(日高育成牧場 生産育成研究室 主査 村瀬晴崇)

2019年11月11日 (月)

馴致に使用する様々な馬具

No.110(2014年10月1日号)

 今回はJRAの両育成牧場で実施している騎乗馴致について紹介させていただきます。騎乗馴致は、それまで放牧地で伸び伸びと生活していた馬に鞍を乗せ、騎乗するまでの一連の作業です。大人しく人を騎乗させるために、馬は人の重さや馬具による締めつけなどの様々な刺激に慣れる必要があります。同時に、発進や停止など、人の指示も理解しなければなりません。JRA育成牧場では、一日ごとの馴致計画を作成し、段階的にステップを経て馬に教えることで、安全かつスムーズな騎乗馴致ができるように心掛けています。

騎乗馴致の流れ
 まず、馴致に先立ち、馬房内で後ろ向きに1本のタイチェーンでつないで、ブラッシングなどの手入れができるよう教えます。全身をくまなく撫でることで、馬具や人が馬体に触れることに慣らします。騎乗馴致の1週間前からは、プレ馴致として、タオルをリズムよく大きく振りながら背中やお尻などに触るタオルパッティングを実施します(写真1)。また、ローラー(腹帯)をスムーズに受け入れることを目的として、ストラップ(写真2・図1)を使用して胸部を締めることに慣らします。タオルパッティングやストラップ馴致は、馬房内を大きく回転しながら実施します。ここまでが事前の準備です。以降の騎乗馴致にいたる1週間ごとのスケジュールは以下のとおりです。

3_3 写真1 タオルパッティング

4 写真2 左からストラップ、サイドレーン、ローラー

1_3 図1 ストラップを用いて腹帯を締める時と同じ方向に圧迫します

 第1週目は、ラウンドペン(円形馬場)でランジング(調馬索運動)を行います。ランジングでは、最初1本のレーン(調馬索)を使用し、音声コマンド(声の合図)によって動くこと(常歩や止まれ)を教えます。次に、ローラー(写真2)を装着して鞍つけの馴致を行います。また、騎乗した際の頭頚の位置を教えるため、最初の口とのコンタクトとなるサイドレーン(写真2)を装着します。さらに、ダブルレーン(2本の調馬索)によるランジングも実施します。

 第2週目は、ドライビングを始めます。ドライビングは調馬索を2本使用し、人は馬の後ろから指示を出します。騎乗者が馬を後方から動かすことを教えると同時に、手綱操作を教えます。ドライビングはラウンドペンだけでなく屋外でも行い、騎乗する環境への馴致も兼ねています(写真3)。ドライビングが自由自在に出来るようになったら、騎乗する際の人の動きや背中に荷重することに慣らすため、馬房内で馬の横に立ってジャンプしたり、横乗りの形で馬に乗り、体重をかけます。
第3週目に騎乗します。最初は馬房で騎乗し、落ち着いたらラウンドペンで騎乗運動を行います。以上が騎乗馴致の大まかな流れです。

5 写真3 野外でのドライビング風景

馴致に使用する馬具
 馴致の流れに沿って使用する馬具をまとめます。
・ストラップ 
腹帯による圧迫に慣れさせることを目的として使用します。ストラップを締めたり緩めたりしながら馬房内をゆっくりと回転し、腹帯を締める時と同じ方向に圧迫します(図1)。
・キャブソン    
馬の口は敏感なので、いきなり調馬索をハミからとらず、最初はキャブソンの鼻革にある環に調馬索等を繋ぎます。ラウンドペン(丸馬場)内で調馬索による円運動を教え、ハミそのものを馬に受け入れさせるまでの期間使用します(写真4)。

6 写真4  キャブソン

・ハミ 
 騎乗馴致には枝と舌遊び(キー)の付いた「ブレーキングビット」を使用します。枝によってまっすぐ歩くことを教え、キーで遊ぶことで、舌の上でハミを受けることを教えます。キーには、唾液の分泌を促進する効果もあります。なお、馴致終了後から真っ直ぐに走ることを覚えるまでは「Dバミ」、それ以降は「ノーマルビット(ルーズリングビット)を用います(写真5)。

7 写真5 上からブレーキングビット、Dバミ、ノーマルビット

・ローラー 
 ランジングの際、停止・発進・常歩・速歩の各音声コマンドを理解したら、次のステップとしてローラーを装着します(写真6)。騎乗馴致において馬のリアクションが最も大きくなることから、特に慎重に進めるステップです。最初は必ずラウンドペンでローラーを装着します。装着後、馬がローラーの圧迫を感じて反抗する場合は、瞬時に追いムチや声によって馬を前進させます。馬は前方に動くことによりローラーの圧迫に慣れ、落ち着いたランジングが可能となります。このことにより、馬は何かあった時には、真っ直ぐ前方に出ることを学びます。

8 写真6  ローラー装着風景

・サイドレーン 
 ランジングやドライビングの際、頭頚の位置を安定させることを目的として使用します。装着の際、キ甲部でクロスさせるのがポイントです(図2)。この方法は、アンチグレイジングレーンと呼ばれています(グレイジングは「牧草を食べる」との意味)。屋外でドライビングを実施する際に、頭を下げて草を食べることなどのいたずら防止にも役立ちます。

最後に
 馴致とは「馴らして目標にいたらしめる」ことであり、馬を屈服させることではありません。馬に納得させ、人と一緒にいることで安心できる関係を作らなければなりません。一つ一つのステップを着実に消化し、馬と一緒に様々な経験を積み重ねれば、馬は人の指示・思いを十分に理解します。相互理解を深め、人馬の信頼関係を構築することが、安全かつ無事に馬を目標に導くために最も重要なことだと考えています。

(日高育成牧場 業務課 宮田健二)

2019年9月30日 (月)

下肢部のコンフォメーション

No.107(2014年8月15日号)

はじめに

 8月25日から4日間にわたり、上場頭数では国内最大規模のサマーセールが開催されます。今回は、セリで馬を検査する際に注目される下肢部のコンフォメーションについて紹介いたします。

 コンフォメーションとは、馬の外貌から判別することができる骨格構造、身体パーツの長さ、大きさ、形状やバランスのことをいいます。コンフォメーションがよい、すなわち力学的に無駄がない骨格構造をしている馬は、効率よくスムーズに走ることが可能です。したがって、強い運動時における関節等への負担や筋肉疲労も少ないものと考えられます。

 前肢

 馬は体重の約65%を前肢で負重するとされることから、前肢のコンフォメーションはとりわけ重要です。

 筋肉が発達し十分な長さがある前腕と、比較的短い管は、大きなストライドを得るうえで大切です。腕節や球節は十分な巾と大きさが必要で、また、腱や靭帯が外貌から明瞭に見える管は丈夫で健康です。

 凹膝(おうしつ)と呼ばれる反った腕節は、屈腱や腕節に対する負担が大きく、屈腱炎や剥離骨折を発症しやすいといわれます。腕節が前方に屈曲した弯膝(わんしつ)は繋靭帯や屈腱に負担がかかりますが、軽度の弯膝は凹膝ほど問題になりません。腕節の直下がしぼれて狭くなっているものは、窄膝(さくしつ)と呼ばれ、腱の発育が不良で好まれません。

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 標準的な繋の角度は概ね45~50度とされています。繋が標準よりも長くて緩い臥繋(ねつなぎ)は腱に対する負担が大きく、逆に、短く立った起繋(たちつなぎ)は骨に対する衝撃が大きくなります。また、側面から見た蹄の角度(背側および掌側)は繋の角度と平行であることが標準です。

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 正面から見て、肩端、腕節、球節および蹄が直線状にあることが標準です。両方の腕節が内側に寄ったX脚は、腕節の内側に負担がかかるとともに外側の靭帯にも負荷がかかります。また、前腕と管骨のラインがずれたオフセットニーは内管骨瘤や腕節の剥離骨折などの問題を起こしやすいといわれています。

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 繋と蹄が外に向くものを外向、内に向くものを内向とよびます。外向は腕節や球節の内側に負荷がかかり、球節の剥離骨折などを発症しやすいといわれています。通常、外向は外弧歩様(がいこほよう)になりますので、交突にも注意が必要です。一方、内向は内弧歩様(ないこほよう)となり、内向は腕節や球節の外側に負荷がかかります。内弧歩様は動きに無駄が多く、疲労しやすくなります。

4_2 

後肢

 後肢からの力強い推進を得るためには、良好なコンフォメーションが必要です。側望では、臀端から地面におろした垂線が管の後面に接するのが標準とされます。また、繋の角度は前肢よりも大きく、50~55度が標準です。

 飛節は十分な幅と大きさが必要です。十分な幅のない飛節や、飛節から管に移る部位が急にしぼれて細くなっている窄飛(さくひ)は弱いので好ましくありません。標準とされるものよりも飛節の角度が小さい曲飛(きょくひ)は、飛節後面に負荷がかかり飛節後腫を発症しやすいといわれています。また、脛骨が長く、臀端から下ろした垂線よりも後踏み肢勢をとる折れの深い飛節は曲飛ほど弱くありませんが、動きに無駄が多いので疲労しやすいといわれています。直飛は飛節の角度の大きいもので、飛節構成骨に負荷がかかりやすく、膝蓋骨の上方固定を発症しやすいといわれています。

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 側望からみた後肢の肢軸は、臀端から地面にまっすぐ垂線をおろして評価をします。垂線が飛端から管の後面を通過するものを標準肢勢としています。後肢のX状肢勢は、飛節の内側に負荷がかかり、外向肢勢を伴うことが多いので交突にも注意が必要です。一方、O状肢勢は飛節の外側に負荷がかかるとともに疲れやすく、狭踏肢勢をともなうと十分に踏み込むことができません。両者ともに飛節内腫、軟腫および後腫等の発症に注意が必要です。 

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歩様

歩様は、肢勢と立ち方に規定されます。

胸が狭く肢を広く踏む広踏または外向蹄では外弧歩様、胸が広く肢を狭く踏む狭踏または内向蹄では内弧歩様を示します。立ち馬では肢軸を評価しづらい場合もありますが、実際に歩かせてみると肢軸のコンフォメーションは比較的容易に判別できます。 

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最後に

コンフォメーションは馬の個性の一つと考えるとよいと思います。これからの馬体成長を見込んで評価することも大切です。また、欠点よりも長所を探すことを忘れてはなりません。

 (日高育成牧場 副場長 石丸 睦樹)

2019年9月16日 (月)

立ち馬展示の基本

No.104(2014年7月1日号)

 セリで馬を購買する場合、購買者はセリ名簿をみて購買馬を絞り込んだあと「立ち馬展示」で立ち姿を確認します。立ち馬展示では馬の気品や性格、体型やコンフォメーションの問題点などが確認されたあと、常歩での歩様検査が行われます。血統的に魅力がある馬でも、「立ち馬展示」で駐立ができないと印象が悪くなるばかりではなく、十分な検査ができないために購買を諦められてしまうこともあります。今回は立ち馬展示の基本についてご紹介します。

 展示に向けた準備

 たち馬展示に限った話ではありませんが、馬を人に「魅せる」前に必ず実施するべき準備の1つにトリミングがあります。トリミングとは自然の状態で伸びている毛を抜いたりカットしたりして身だしなみを整えることで、トリミングの有無で馬の印象、特に素軽さが大きく変わります。まず、タテガミは必ず右側に寝かせて適切な長さに揃えます。これは頚のラインが馬の第一印象に大きな影響を与えるため、馬をみるときに「表」となる左側をタテガミが隠さないようにするためです。続いて展示用頭絡の項革が通る部分(ブライドルパース)のタテガミや耳の毛、距毛(四肢球節部の毛)、アゴヒゲなどをカットします。きちんとした手入れができていることは、馬の第一印象をよくするための基本です。すっきり素軽く見せることで馬の印象は改善できます。

 外見を美しく「魅せる」準備に続いて、馬を展示するためのしつけ(馴致)を行います。立ち馬展示の馴致では、①人馬の信頼関係を確立すること、②人が馬のリーダーになること、③人の指示で駐立でき、また大人しく引き馬を行えること、の3点が大きな目標となります。何か事が起こった際に人の指示が尊重される人馬の関係が大切です。リーダー(人)の指示で落ち着いて行動できるように、プレッシャーのオン・オフを用いて馬にわかりやすい指示を与えます。立ち馬展示では10分以上の駐立を求められることが多いので、馬が人の指示を受け入れて飽きずに我慢できるようにじっくりと練習する必要があります。

展示で使用する馬具

 立ち馬展示では展示頭絡や無口頭絡にチフニービットを装着するのが一般的です。引き手(リード)は革製の引き手1本を使用します。セリにおいて馬は大切な「高額商品」ですから、展示者もスタイリッシュで動きやすい服装を心がけるべきです。だらしのない服装や長靴を履いての立ち馬展示では、折角の馬の評価に悪影響を及ぼしかねません。

 立ち馬展示の方法

 馬を展示するときには、購買者に馬の左側を向けた左表(ひだりおもて)で、左側の肢が広踏で右側の肢が狭踏になるようにして四肢が重ならないように立たせます。このときに注意するのは馬の姿勢です。展示者は後肢が休んだり(蹄が浮いてしまう立ち方)、馬体が伸びきったり(左前肢と左後肢の間隔が広すぎる)、逆に集合姿勢になったり(四肢の間隔が詰まりすぎる)していないか常に注意を払い、必要に応じて馬の立ち方を直します。立たせる場所はなるべく水平かつ逆光にならない場所を選び、展示者は購買者が効率よく見られるように以下のとおり動きます。

①購買者が馬の左側を見ている場合

 展示者は馬と向き合うように立ち、引き手は左手にもちます。

②購買者が馬の正面を見る場合

 馬の前望を遮らないよう正面から少しずれ、馬の両前肢を揃えて立たせます。

③購買者が馬の右側を見ている場合

 馬を右表(みぎおもて)に立たせ、引き手は右手にもちかえます

④購買者が後方を見る場合

 馬の両後肢が揃うように立たせ、引き手は左手にもちかえます。

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2_2 常に購買者の「見やすさ」に配慮し、安全なポジションで検査ができるように立たせることが大切です。

 歩様検査の方法

 購買時の歩様検査では跛行の有無のみならず、きびきびとした闊達な動きができるか、人の指示に従って歩くことができるかも判断されます。引き馬は一見簡単そうに見えますが、前向きな歩きを魅せようと慌てて練習しても付け焼刃では成功しません。闊達に歩く練習を毎日行うことで馬はハミ受けを覚え、後肢の踏み込みが改善し、全身の筋肉も発達しますので、普段から馬の歩き方を意識した管理を行うことが大切です。

 歩様検査では購買者から直線的に遠ざかり、その後右回りにUターンして真っ直ぐに購買者のところに戻ります。購買者は馬が遠ざかるときに後望を、戻ってくるときに前望を検査しますので、引く人は常に馬の左に立ち購買者の視界を邪魔しないように注意します。また、引き手は少し長めに余裕を持って持つのが美しく魅せるコツです。

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さいごに

 セリで購買者は馬の血統や体型、価格等を総合的に判断して購買馬を決定しますので、立ち馬展示は購買馬決定の大きなカギを握っています。綺麗にトリミングされた馬がきびきびと歩く姿は、多くの人の目に留まるに違いありません。立ち馬展示の基本を理解し、購買者の目線に立って馬を作ることこそが、今後のセリ上場者に求められる「役割」だと思います。

   (日高育成牧場 業務課長  秋山健太郎)

2019年8月21日 (水)

ブリーズアップセール生誕10年

No.102(2014年6月1日号)

JRAブリーズアップセール(BUセール)は、お蔭様で今年節目の10年目を迎えることができました。これは皆様が当セールを支援してくださった賜物であり、当紙面をお借りして厚く御礼申し上げます。本稿では、改めて10年の歴史を振り返ってみたいと思います。

BUセールの誕生
 BUセールは、生産育成研究業務の一環として、JRAが1歳市場で購買した馬および生産馬(JRAホームブレッド)であるJRA育成馬を、競走裡で生産育成方法を検証するために売却するプライベートセールです。売却方法をセリ方式に変更するに当たっては、市場振興に寄与することを念頭に、二つの基本理念を設定しました。
 一つは「安心して参加できるセール」です。上場馬は今後の調教や出走に耐えうると判断した馬に厳選し、個体毎にセールまでの病歴や調教状況等の履歴を記載(図1)するとともに、関節部のX線画像やノドの内視鏡動画等の医療情報を開示しました(レポジトリー)。また、レポジトリーの活用方法を冊子や講習会等で普及したことにより、多くの民間セリ市場でレポジトリー情報は開示されるようになりました。

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図1)個体冊子の例 

 もう一つは「早期の競馬デビューにつながる調教供覧」です。トレーングセールはタイムが速い馬が高くなる傾向にありますが、若馬の時期に過度の負荷をかけ過ぎることで、本来、即戦力と期待されているトレーニングセール取引馬のデビューが遅れてしまう危険性が指摘されていました。そこで、2歳早期に出走できることを目標として、スピードを求めるのではなく、馬の自然な動きをみていただくことをポリシーとしました(図2)。BUセールという名称には、極端に速いスピードを求めない英国のブリーズアップセールを範とする、JRAの決意が込められています。

2_3 図2)2歳競馬開幕から8週までのJRA育成馬出走状況:30~40頭の
JRA育成馬が出走し、全出走馬の6~7%を占める。

JRAホームブレッド上場
 JRAでは生産から初期・中期育成期の課題解決を目的として、2008年から繁殖牝馬に交配し、生産から育成までの一貫した研究業務を開始しました。そして、2011年第7回BUセールにJRAホームブレッドの第1期生5頭を初めて上場し、4頭が売却されました、その中の1頭であるマロンクンは、JRAホームブレッドの中央競馬勝利第1号となりました。

ファイナルステージ創設
 欧米の多くのセリ市場では、市場外取引を規制し、売却率を向上させるため、セリ市場前後の一定期間において売買された場合、市場取引とみなすアウトサイドセールが導入されています。2011年第7回BUセールから、わが国におけるアウトサイドセールのニーズを検証するため、主取馬を翌日にFAXでビッドできる「ファイナルステージ」を創設し、主取馬3頭のうち2頭が売却されました。翌年以降は全頭がセール当日に売却されたため、ファイナスルテージは実施されていませんが、今後も検討していきたいと考えています。

新規馬主限定セッション創設 
 新規馬主の方がセリ市場へ参加しやすい環境づくりの一環として、2012年第8回BUセールから、JRAホームブレッドを中心に「新規馬主限定セッション」を創設しました。また、それに併せて、日高・宮崎両育成牧場では「育成馬を知ろう会」を開始しました。本取組みが、新規馬主の方がセリ市場に足を運び、馬選びから始まる競走馬を持つことを楽しんでいただく入口になればと期待しています(図3)。

3_3

図3)新規馬主の来場・購買状況

近年、新規馬主の方の来場や購買が増加している。

 さらに、BUセール前日の「前日展示会」の開催や民間セリ主催者ブースの設置等、市場振興に寄与するため、様々な企画を実施しています。今後ともBUセールの取組みに対して、皆様のご理解ご支援をよろしくお願いします。 

(日高育成牧場 場長 山野辺 啓)

2019年7月26日 (金)

競走馬の性格とパフォーマンス

No.91(2013年12月1日号)

 競馬は、勝利した馬のみが賞賛される非常に厳しいスポーツです。競馬では18頭中1頭しか勝利することが出来ず、当たり前ですが、その他の17頭が負けることになります。勝てない理由を考えてみると、単に、「相手が強かった」、「距離や馬場が合わなかった」、「体調や調整が不十分だった」のみならず、馬の精神的な要因もかなりの部分を占めていると考えられます。新聞紙面からレース後のジョッキーのコメントを抜粋してみると、『途中から走る気をなくしてしまい・・・』、『真面目すぎて一生懸命走ってしまう・・・』『馬込みを気にしてズブイところがあった・・・』『ゲートは五分に出たのだが、直後に怖がって内のほうに逃げてしまって・・・』等、性格や精神面の問題によって騎乗者の指示に従わず能力を十分に発揮できていないことが多いように感じられます。したがって、競走馬における育成調教の課題のひとつは、『もっている能力を発揮させるための精神面のトレーニング』といえるかもしれません。今回は、パフォーマンスに影響を与えると考えられる育成馬の性格について紹介します。

騎乗馴致時のリアクションに注目
 馬の性格を人間のように表現するのは難しいですが、馬を観察していると、『積極的で前向きな馬』、『消極的で慎重な馬』、『怖がりで緊張しやすい馬』等、様々な性格があると感じています。また、性格とは少し異なりますが、草食動物である馬は、基本的に捕獲者からの逃避反応としてのすばやいリアクションをもっています。これは速く走る上で大切な資質ともいえます。しかし、リアクションにおいて「走る」のではなく「逃げる」が強い場合は、「反抗」として競走馬としての能力発揮を阻害すると考えられます。
 JRAが1歳市場で購買した育成馬は、おもに夏(7~8月)に入厩します。最初は昼夜放牧を行いながら馬体の成長を待ち、秋(9~11月)に騎乗馴致、そして冬から翌年の春(12~4月)にかけて計画的なトレーニングを行い、4月にブリーズアップセールを経て、やがて競走馬としてデビューします。この課程は、1歳馬にとって初めての経験の連続であり、新しい経験の都度、様々な反応を見せます。特に、ハミや鞍などの馬具を装着し人が騎乗することを教える騎乗馴致においては、様々なリアクションが見られます。最初は大きなリアクションを示した馬も、危害を加えられることではないことを理解すると、徐々に人の指示を受け入れます。その受け入れ方には馬ごとに個体差があるようです。そこで、このような『リアクションとその後の理解』を指標にした馬の性格について調査を実施しました。

馴致難易度の調査
 2011~2012年に日高育成牧場で育成した育成馬121頭(牡60頭、牝61頭)について、騎乗馴致等、初めて経験する時の反応を調査しました。入厩してブリーズアップセールで売却されるまでの間に、1.入厩時(3項目)、2.騎乗馴致時(8項目)、3.騎乗馴致後セールまでの期間(3項目)における反応を、「おとなしく従順である(1点)」、「ややリアクションが大きいが早期に受け入れる(2点)」、「リアクションが大きく慣らすのに時間がかかり難しい(3点)」の3段階とし、スコアをつけました。また、4.育成期間を通した馴致の総合印象(繊細さ、自立度、反抗度)について評価しました。これら1.~3.の項目と4.の総合印象を合計したポイントを5.馴致難易度とし、馬のリアクションの大きさを基にした個性を数値で評価しました【表1】。ポイントが高いほど騎乗馴致や調教が難しい馬ということになります。

【表1】調査項目

H1
 そこで、この馴致難易度と先天的要因(血統や性別等)、後天的要因(入厩時に実施しているアンケート調査から得られた繋養牧場におけるセリ馴致や飼養管理の方法)との関連を調査しました。

メスはオスより馴致が難しい?!
 馴致難易度と先天的要因・後天的要因との関連についてそれぞれ調べましたが、性別のみ差が認められました。
 馴致難易度を性別で比較すると、オス22.7点、メス25.1点で、メスはオスよりも高い値を示しました。時期別にみると、入厩時は難易度に差がありませんでした(オス4.2点、メス4.3点)が、騎乗馴致時ならびに騎乗馴致後では差が見られました。しかし、総合印象では、メスはオスよりも高い値を示し(オス3.7、メス5.1)【図1】、これを構成する「繊細さ」「自立度」「反抗度」のいずれにも性差が認められました【図2】。

1_3 【図1】入厩後の時期別にみた項目別ポイント(※は差あり)

2_2 【図2】総合印象の項目別ポイント(※は差あり)

 騎乗馴致時においてメスのポイントが高かった項目は、ダブルレーン(オス1.3、メス1.7)とドライビング(オス1.3、メス1.6)でした【写真1、図3】。なお、競走成績との関連については、現在データ集積中であり、興味深い成績が得られれば、本紙面等で紹介したいと思います。

3_2 【図3】騎乗馴致時の項目別ポイント(※は差あり)

4_2 写真1 ドライビング風景

馴致をうまく行うには?
 今回の調査では、メスはオスよりも騎乗馴致が難しいという結果が得られました。特に、「ダブルレーン」と「ドライビング」において、メスはオスよりも難しいといえます。その理由として、総合印象における「繊細さ」や「反抗度」のポイントの高さと関連があると推察しています。私たちの経験からも、メスはダブルレーンが後肢に触れると、「蹴る」、「突進する」などの行動が見られやすいと感じています。したがって、騎乗馴致においてダブルレーンをスムーズに教えるためには、後躯等の体に触ることに慣らし鈍化させること(desensitization)が有効と考えられます。具体的には、馴致前にタオルなどでリズミカルに身体に触るパッティングや、ダブルレーンを行う前にローラーからヒップロープを装着して事前に後肢にロープが飛節に触ることに慣らすことによって、馴致をスムーズに行うことが可能になります。
 馴致後の調査項目においては、性差がみられませんでした。この理由として、ダブルレーンやドライビングで拒否反応を示したメスも、人の指示を受け入れることを覚えた結果、騎乗者の指示に対して従順になったことが考えられます。なお、性差はありませんでした(オス1.2、メス1.3)が、ゲート馴致においては、メスの方が繊細な傾向がありますので、慎重にゲートに慣らす必要があると考えています。また、メスは自立度が低い特性もあるので、初期の騎乗調教において馬を安心させて実施するためには、集団での調教は有効と思います。
 今回、馴致難易度と入厩前の飼養管理(当歳時昼夜放牧、1歳時昼夜放牧、コンサイナー預託、検温、洗い場馴致、引き運動、ウォーキングマシン、ランジング等の実施の有無)との間に関連が見られませんでしたが、その理由は明らかではありません。セリに上場される馬の躾のレベルは、一昔前に比べると明らかに向上しており、入厩後の取り扱いや馴致が容易になっていると感じています。しかし、騎乗馴致ではじめて経験する一連の過程は、馬の本能の部分である新規刺激に対する反応、つまり性格がより抽出された結果になっているものであるからと考えています。

遺伝子にも注目
 近年、馬の性格や行動に対する遺伝子の影響も報告されています。例えば、好奇心や警戒心と関連のある「ドパミン受容体D4遺伝子」、子馬に対する養育行動や社会行動と関連する「オキシトシン受容体遺伝子」、攻撃性と関連がある「アンドロゲン受容体遺伝子」などが性格と関連のある遺伝子として知られています。今後は、今回実施した行動調査と行動遺伝子との関係についても調査を進め、また、競走成績との関連も調査していく予定です。これからも皆様のお役に立てるデータを提供して参りたいと考えています。

(日高育成牧場 業務課長 石丸 睦樹)

2019年7月24日 (水)

育成馬における歯の管理

No.90(2013年11月15日号)

 秋が深まってきた今日この頃ですが、皆さんいかがお過ごしでしょうか。多くの育成牧場同様、日高育成牧場では騎乗馴致が始まっており、早い組では隊列を組んで集団で駈歩調教を行っています。さて、JRA日高育成牧場では騎乗馴致を始める前に歯の処置を行っています。歯の状態によってハミ受けや飼い食いへ影響することがあるため、近年馬の歯に対する注目が集まってきております。そこで今回は育成馬における歯の処置についてご紹介したいと思います。

斜歯と狼歯の処置
 育成馬における歯の処置は主に斜歯の整形と狼歯(ろうし、やせば)の抜歯です。斜歯というのは上の歯の外側と下の歯の内側にできる尖った部分のことで、草食動物特有の上顎と下顎の幅が違うことが原因です(図1)。その尖った部分を鑢で削って整形します(図2)。多くの馬において、奥の頬の内側の粘膜には斜歯による傷が認められますので、上顎の外側の奥の部分は確実に削ることが重要です。馬の歯列は上から見ると、奥側が少し内側に入っているものもあり、真っ直ぐな歯鑢(しろ)では届かない場合があります(図3)。このような場合には先の少し曲がった歯鑢を用いることで、内側に入った部分を削ることができます(図4)。また、臼歯列の一番手前に位置する第2前臼歯はハミの収まりを良くするために先端を丸くしてやります。これをビットシート(図5)と呼びます。

1_2 図1 口の中を正面から見た模式図(赤丸で示す斜歯を整形する必要がある)

2 図2 開口器と歯鑢を用いて歯を削る

3 図3 先端が真っ直ぐな歯鑢(奥の歯の表面にヤスリ部分が届かない)

4 図4 先端が曲がった歯鑢(奥の歯の表面にヤスリ部分が届く)

5 図5 ビットシート(臼歯の最前列を丸く整形する)

 狼歯は進化の過程で退化した歯で、ちょうどハミが収まるところに生えてきます(図6)。痛みを伴い、口向きが悪くなる原因になることがあるので抜く必要があります。抜歯をする際は鎮静剤を用います。狼歯には根の太いものや曲がったもの、横に向いて生えているもの、先端が出てきていないものなど様々なバリエーションがありますが、先端が半円形や円形の道具(図7)を用いて、比較的容易に抜歯することができます。先端が出てきておらず、粘膜が盛り上がって見える埋没狼歯(blind wolf teeth)(図8)と呼ばれるものは、見落としがちである上にハミへの影響が大きいとされているため、注意深く触ってチェックする必要があります。狼歯を抜歯した直後は、馬が痛みや違和を感じることがあるため、基本的には休馬の前日に抜歯をするようにしています。

6 図6 上顎の臼歯最前列に認められる狼歯

7 図7 狼歯を抜く道具

8 図8 埋没狼歯(ハミがあたると痛い)

日常の歯の管理
 若い馬の歯はある程度年齢を重ねた馬の歯に比べると非常にやわらかく、その分擦り減るスピードも速いため、尖りも出てきやすいと言えます。また、生え変わりが起こる2歳の夏~5歳もトラブルが発生しやすい時期ですので、育成期~競走期にかけては最低でも6ヶ月毎の処置が必要です。
 歯は外からは見えないので、蹄の管理や跛行や疝痛等の疾病などはっきりと見た目にわかるものに比べると、普段の管理では意識することが少なく、処置が後回しにされがちです。しかし、歯が悪いことで、ハミ受けや飼い食いが悪くなるだけではなく、二次的に跛行や疝痛等を引き起こすこともあるので、馬本来のパフォーマンスを発揮し、価値を損なわないようにするためにはしっかりと処置をする必要があります。本記事が少しでもみなさんの歯に対する意識を高めることができれば幸いです。

(日高育成牧場 業務課 中井 健司)

2019年6月21日 (金)

競走馬の引き馬と展示

No.88(2013年10月15日号)

 競馬場では秋のG1シーズンを迎えています。皆様が生産、育成に携わった馬が晴れの舞台で活躍する姿を見ることは、このうえない喜びだと思われます。また、パドックで手入れされ、従順に引き馬されている姿を見ると、当歳時の面影が残りつつも立派に成長した愛馬の姿に感慨深いものを感じるのではないでしょうか。

 近年、日本馬の海外での活躍に伴い、海外競馬の映像を見る機会が増えています。特に欧州のパドックでは、馬をきれいに手入れし、また、その馬を引く厩務員も盛装しています。さらに、「馬主の大切な馬を競馬ファンや馬主に対して披露」するよう、従順にしつけられた馬を1本のリード(引き綱)でキビキビと歩かせる姿が印象的です。わが国でもパドックで馬を見せる意識は高くなってきており、本年のダービーでは、パドックで最も美しく手入れされた馬を担当する厩務員に贈られる「ベストターンドアウト賞」の審査が実施されたことも記憶に新しいところです。この「ベストターンドアウト賞」の審査基準は「馬がよく躾けられ、美しく手入れされ、かつ人馬の一体感を感じさせる引き馬(リード)が行われているか」となっています。今回は、競走馬の引き馬と展示について、欧州で行われている方法に焦点を当てながら解説したいと思います。

パドックにおける引き馬

・1本リードでの引き馬

 1本リードでの引き馬を行う際に、欧州でもっともよく使用されているのがチフニービット(ハートバミ)です。このハミは下顎に均等に作用させて馬を制御することが可能であり、地上にいる御者から下顎や舌に強く作用することができるため、引き馬での制御に効果的です。欧州のパドックでは、ハミ頭絡の上から装着して、御者が1本リードで馬を制御している光景をよく見かけます。チフニーの特性として以下の4点があげられます。①構造上、1本のリードでの使用により制御効果が発揮される。②ハミが細く棒状であるため、作用が強い(乱暴に使用してはなりません)。③力学的な作用は後下方向からの操作により高まるため、引き馬に適している。④着脱が容易である。

 近年、わが国のパドックでも、チフニーを装着している競走馬を見かけるようになりました。しかし、ハミの特性が理解されていないためか、1本のリードを下顎部分に装着するのではなく、頬革に連結するハミの横のリングに2本のリードを装着している場合が多いようです。チフニーは下部のリングから1本リードで使用しなければ、効果的に作用させることができません(写真1)。

 また、日常の引き馬や治療時の取扱いにおいても、チフニーの使用は有効です。通常、チフニーは無口頭絡の上から装着します。その際に、1本リードをチフニーと無口の下部のリングを連結して使用することにより、チフニーの直接的作用をやわらげ、無口頭絡の鼻革部分にも作用させることが可能となります(写真2)。また、この連結方法は、チフニーの反転防止にも役立ちます。

・引き馬の御者(リーダー)は一人

 草食動物である馬は、群れのリーダーに従う性質を持ちます。したがって、引き馬を行う際のリーダーも一人でなければなりません。欧州のパドックでは、馬の右側を人が一緒に歩くことがありますが、「二人引き」を行うことはありません。右側の人の役割は、混雑する人ごみの中を歩く際に「馬をエスコートすること」や「右側の壁」として必要に応じて手綱を保持し、馬を落ち着かせることです(写真3)。競馬ではアシスタントトレーナーやトラベリングヘッドラッドが、その役割を担います。

 欧州で「二人引き」が行われない理由は、両側から別々の指示を出されると、馬はどちらが自分のリーダーかわからず混乱するためです。さらに、馬が暴れた際には、御者の安全確保のため、両者ともにリードを離すことができず危険な状態になることもあります。馬が人の指示に従わない場合には、二人の力で抑えこもうとしても、「一馬力」に勝つことができません。それよりも、馬が人の指示に従うような躾を行うことの方が重要であるということを欧州のホースマンは認識しているのです。

・ファンや馬主を意識した「馬を披露する」姿勢

 欧州では競馬そのものが馬主の社交の場であり、パドックに入るお客様にもドレスコードが課せられています。したがって、馬を引く厩舎関係者も社交の場にふさわしい身だしなみに気を配らなければなりません。また、パドックでは馬主に馬を「見ていただき」、馬主の大切な馬を競馬ファンに「披露する」姿勢が求められます。そのためには、馬がアスリートとして最大限引き立つよう手入れに気を配り、また、ブラシによるクォーターマーク(写真4)、たてがみの水ブラシおよび蹄油などのプレゼンテーションも一般的に行われています。さらに、パドックでは落ち着きがあり、キビキビとした常歩を見せなければなりません。これを実行するには、普段からの馬の躾が不可欠であることは言うまでもありません。

競走馬の展示

 欧州では現役競走馬の売買も少なくなくありません。そのため競走馬厩舎では、馬主や購買者が馬を見に来た際には、きれいに手入れされているとともに、躾の行き届いた姿をお見せしなければなりません。

 駐立展示は、光の向きや傾斜、背景にまで配慮したうえで展示場所を選ぶことから始まります。馬を見せる際には、たてがみは水に濡らしたブラシを使用して必ず右に寝かせます。これは馬の左側が「表」とされているからであり、このようにすることにより、頚のラインがきれいに見えます。また、それぞれの肢を見せるために、四肢は重ならないように右側を狭く踏ませて駐立させます。さらに、蹄の検査ができるような地面の安定した場所に立たせることも大切です。

 馬装は無口頭絡とチフニーを用いた展示が一般的ですが、そのほかにチェーンシャンクやレーシングブライドル(写真5)を使用することもあります。チェーンシャンクは米国の競走馬や種牡馬の展示で多く見られますが、装着だけでプレッシャーになる強い道具であるため、使用時には注意が必要です。また、レーシングブライドルは競走馬であるということをアピールする効果があるため、欧州では2歳トレーニングセールでの展示や競走馬の撮影の際に使用されています。

 馬主や購買者への常歩での歩様検査時には、引き馬で検査者からまっすぐ10mほど離れます。また、回転する際は右回りに回転します(写真6)。右回転時には、頭を高く保持し、後肢旋回の要領で小さく回すのがコツです。右回りで回転する理由は、①検査者の視界を御者が遮らない。②回転時に後肢がふくらまない。③狭い場所では、回転時に人が馬の外側に位置することにより、馬の無用な受傷を防止するためです。なお、回転後は再び検査者に向かってまっすぐ戻ります。

最後に

 近年、わが国の生産地における1歳せり市場の下見や展示では、「1本リードによる引き馬」や「右回りの回転」など、合理的で優れた技術や考え方を模範とした方法が一般的となっています。これらの生産地での「馬を見せる」から「見ていただく」という取り組みは、競馬場での取り扱いにも大きく影響しています。これまでの生産地の皆様方のたゆまない努力に敬意を払うとともに、これらの取り組みが今後も継続されることを期待しています。

(日高育成牧場 専門役 頃末 憲治)

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写真1:チフニーを下顎に均等に作用させるには1本リード(左)が2本リード(右)より効果的である。

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写真2:1本リードをチフニーと無口の下部のリングを連結して使用することが推奨される。

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写真3:欧州のパドックで馬の右側(写真左側)の人は「エスコートすること」や「右側の壁」としての役割を果たしている。

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写真4:欧州のパドックではブラシによるクォーターマークなどのプレゼンテーションも一般的に行われている。

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写真5:米国の競走馬や種牡馬の展示ではチェーンシャンク(左)、欧州でのトレーニングセールや競走馬の展示ではレーシングブライドル(右)が使用されることが多い。

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写真6:歩様検査の回転時には右回りに回転する。

2019年6月10日 (月)

イギリス・アイルランドにおける購買前獣医検査について

No.83 (2013年8月1日号)

はじめに
 洋の東西を問わず、馬の売買取引に関するトラブルは数多く存在します。その理由として、馬は「高額」な商品であることに加えて、生体、すなわち「生き物」であるため、自動車や精密機械などと比較して、その品質保証が困難であることなどがあげられます。また、わが国の馬取引の中心である育成期の馬(当歳~2歳馬)は、売買時に「成長期」であることから、取引前には認められなかった疾患が、取引後に発生する可能性もあります。さらに、取引後における放牧や調教などの運動負荷により、外見上認められなかった疾患や欠陥が顕在化することも少なくありません。
 冒頭で「洋の東西を問わず」と述べたように、馬の取引のトラブルで悩んでいるのは、わが国だけではありません。馬取引が盛んに行われている諸外国の例を垣間見ることにより、安心して馬の売買が可能となる方法を構築する手がかりをつかむことができるかもしれません。そこで今回は、イギリスおよびアイルランドの馬取引における「購買前獣医検査」Pre-Purchase Examination(以下PPE)についてご紹介したいと思います。

購買前獣医検査PPE
 イギリスおよびアイルランドにおいては、PPEが一般的に実施されています。これは、購買者が購入を予定している馬に対して、購買目的に適っているかどうか、異常所見や疾患の有無といったリスクに関する部分に関して獣医師に検査を依頼するものです。依頼された獣医師の多くは、PPEガイダンスノート(※)とよばれる「検査手引書」に基付いて実施しています。これには、獣医師が実施するべき検査項目が順序立てて明記されており、イギリス馬獣医師会および英国王立獣医師会といった獣医師の権威団体によって作成および承認されています。このため、これに則ることにより、可能な限り適切な検査が実施できるとともに、取引後のクレームなどのトラブルを最低限に抑制できるシステムが構築されています。さらに、当該馬に関与する検査獣医師、購買者および販売者のすべてが、購買時検査を実施するうえで理解しておく必要がある事項が記載されています。例えば、「PPEには限界がある」「購買者の使用目的およびニーズに基付いて合否判断する必要がある」「検査獣医師は当該馬の診療に携わっていない」ことなどが明記されています。
 実際の検査においては、これに示されたすべての検査ステージに加え、必要に応じてレントゲン検査や上気道の内視鏡検査を実施するため、1頭当たりの検査が1時間を超える場合も少なくありません。また、競走馬や馬術競技馬などの高額馬取引の検査は、臨床経験が豊富かつ公平に判断できる獣医師が担当しています。
※PPEガイダンスノート原文
http://www.beva.org.uk/_uploads/documents/1ppe-guidance-notes.pdf

検査の流れ
 PPEガイダンスノートの記載内容のうち、「基準検査」とよばれるPPEの基本となる検査は以下の5つのステージから成り立っています。

ステージ1 予備検査
駐立時の目視および触診などによる馬体外貌の検査。

ステージ2 引き馬による常歩および速歩の歩様検査
常歩および速歩の直線運動、左右方向の小さい回転、および2~3歩の後退による歩様検査。

ステージ3 運動負荷試験
騎乗による運動負荷時の検査。この項目の目的は「心拍数あるいは呼吸数を増加させた際の状態確認」「常歩、速歩、キャンター、可能であればギャロップ時の状態の確認」であり、騎乗が困難であれば、ランジングへの代替も可能である。

ステージ4 静止および再検査
ステージ3の運動後の安静状態における呼吸循環器系に関する検査。

ステージ5 2回目の速歩検査
運動と安静時検査によって確認された所見の再確認を目的とした速歩検査。

その他の検査
以上の検査以外に、ドーピング検査(血液検査)や必要に応じた屈曲試験、速歩による回転検査、レントゲン、内視鏡もしくは超音波検査などを実施する。

セリにおけるPPE
 競走馬のセリにおいては、PPEガイダンスノートの項目のうち、限定された一部の検査が短時間で実施されます(下表)。「PPEガイダンスノートの基準検査」と「セリにおけるPPE」両者の検査内容を比較すると、後者は明らかに簡略化されていますが、これには理由があります。セリにおいては、時間、場所および年齢に制約があるため、詳細な検査が不可能です。また、この事情を購買者が理解し、あくまで簡易検査であることを認識したうえでの依頼に基づいているためです。さらに、セリにおいては購買者本人が実馬検査している場合が多く、獣医師によるPPEはあくまで補助、セカンドオピニオンと見なされていることも検査を簡略化できる理由のひとつです。
 多くの獣医師は、安静時の外貌検査、心臓の聴診、歩様検査(ほとんど常歩のみだが、場合によっては速歩を実施する)、および内視鏡検査(上気道観察のみ)に限定して検査を実施しています。内視鏡検査は1歳馬であっても馬房内で実施することがほとんどで、セリ会場にはポータブル内視鏡を肩にかけた獣医師の姿を頻繁に見かけることができます。
 X線検査は腫脹が認められる部位、跛行肢など必要な個所のみに限定して実施されます。なお、X線検査が事前に実施されている上場馬はそれほど多くなく、欧州のトップセールであるタタソールズ1歳市場のブック1においても、レポジトリールームへの事前提出率は、上場者の3割程度にとどまっています。

1_3 セリにおける獣医師によるPPE(左)と馬房での内視鏡検査(右)

2_3 タタソールズのレポジトリールーム データ提出率は上場者の3割程度である。

3_3 PPEとセリにおける購買前検査の比較

売却後検査
 英愛の競走馬市場においては、売却後検査も頻繁に実施されています。主な検査項目は、異常呼吸音を確認するウィンドテスト、およびドーピング検査(血液検査)です。1歳および2歳市場においては、いずれの検査もほとんどの売却馬に対して実施されています。
 ウィンドテストは、会場内に設置されているラウンドペン(丸馬場)でのランジングにおいて、呼吸音が明瞭に聴取可能となるまで、左右それぞれ10周程度のギャロップを実施することにより異常呼吸音の有無を確認する検査です。なお、1歳市場の上場馬は、このテストのため、セリ馴致の一つとしてランジング調教が実施されています。

4_2 売却後のウィンドテスト。右側が呼吸音を確認している獣医師

PPE講習会
 PPEガイダンスノートに基づいた検査の周知徹底を図ることを目的とした講習会が、英国馬獣医師会の主催により、英愛国の各地で年間を通して開催されています。内容は「PPEの概要」や「クレームを防止するための購買前検査の実施方法」などの講義、実馬を用いた「コンフォメーション、歩様検査、心臓および眼検査方法」などであり、適切な購買前検査の実施および売買トラブルの防止を目的としています。
 講義のなかで、講師からは「購買前検査におけるクレームを予防するためには、購買者とのコミュニケーションが極めて重要であり、どれほど精度の高いプロトコールが体系化されていても、最終的には人間同士のコミュニケーション(言い回し、正直な発言など)が、トラブルを防止できる最も重要なポイントである」とアドバイスがありました。
 このような獣医師会をあげての取り組みは、獣医師の検査技術向上、ひいては適切な馬取引を実施することによる馬産業の発展を目的としています。

まとめ
 PPEガイダンスノートは馬取引を円滑に実施するための優れたプロトコールであるといえます、しかし、これを用いた検査システムの有効性を左右するのは、検査獣医師の臨床経験、観察力および依頼主に対するリスク説明などのコミュニケーション能力と言えるのかもしれません。
 わが国においては、PPEは一般的ではありませんが、馬取引に関わる獣医師の責任の重さは小さくありません。市場の透明性を向上させ、売り手、買い手ともに安心した取引を行うためには、現状において「パーフェクト」な診断および予後判定は不可能であっても、常に「ベター」な方法を模索していく必要がありそうです。

(日高育成牧場 専門役 冨成 雅尚)