後期育成 Feed

2019年5月24日 (金)

鎮静剤が育成馬の内視鏡所見に及ぼす影響

No.77 (2013年5月1日号)

 日本でも1歳市場や2歳トレーニングセールにおいてレポジトリー所見の提出は当たり前となりました(レポジトリーについては、本誌の平成24年6月15日号、本記事参照)。この時期は、これからのセリに上場する馬のレポジトリー検査を実施することも多いのではないのでしょうか。レポジトリーは、セリ主催者側と購買者側の双方にメリットがあるものです。セリ主催者側にとっては、セリ市場の信頼感や安心感を高め、上場者と購買者の双方が納得して購買することに役立ちます。また、購買者にとっては、馬体、血統、動きなどを踏まえた上での購買判断材料のひとつにすることができます。そのため、購買者がしっかりと判断できるようなレントゲン画像や内視鏡動画を提出する必要があります。
レポジトリー検査では、複数の箇所のレントゲンや慣れない内視鏡検査を実施するために、鎮静剤を投与したうえで検査を実施することも多いようです。実際に2011年のセレクションセールではレポジトリー所見提出馬のうち70%が、HBAトレーニングセールでも55%の馬が鎮静下での内視鏡動画を提出していました。しかし、喉の内視鏡動画は鎮静下では正確に判断ができない可能性があり、購買者が判断を迷うケースがあります。それは、喉の披裂軟骨(図1)の動きが悪く見えることがあるためです。そこで我々は、JRA育成馬を用いて、鎮静剤が喉の内視鏡所見にどのような影響があるのかを調べましたので、この場で紹介させていただきます。


 JRA育成馬60頭に対し、内視鏡検査を鎮静前後で2回実施しました。鎮静剤はメデトミジンを使用しました。得られた画像を、獣医師4名で「Havemeyerの基準」という披裂軟骨の動きを7段階のグレード(Ⅰ、Ⅱa、b、Ⅲa、b、c、Ⅳ)に分けて評価する方法を用いて、喉頭片麻痺のグレードについて評価しました。


 その結果、鎮静剤を使用することによって、全体の40%にあたる24頭で喉頭片麻痺のグレードが1つ以上悪化するという結果が得られました(図2、3)。また、購買者が判断を迷うグレードⅡb以上の馬は、鎮静前は6頭であったのに対し、鎮静後は16頭に増加しました。このことから、鎮静剤を利用するとグレードⅡb以上となるリスクが3.3倍高まるという結果となりました。この実験は1歳の冬と2歳の春の2回実施しましたが同様の結果が得られました。


 このような結果となった理由には、鎮静剤の作用によって咽喉頭周囲の筋肉が弛緩したことや呼吸抑制が働いたことによって披裂軟骨の動きが悪くなってしまったことが原因と考えられました。しかし、なぜグレードが悪化する馬としない馬が存在するのかということについては原因の究明にいたっていません。過去に同様の実験をした論文では、逆に鎮静剤を使用することで将来喉頭片麻痺になる馬を予見することができるかもしれないという仮説をたてているものがありますが、それも証拠があるわけではありません。我々も今後、鎮静剤によってグレードが悪化した馬については追跡調査を行いたいと思っておりますが、少なくとも育成期の段階でこれらの馬に特別な呼吸器症状がでたり、安静時の喉頭片麻痺グレードが悪化した馬はいませんでした。


 セリにおけるレポジトリーでは、上場馬の現状を正確に判断できるものを提出するということが大切です。レポジトリー所見を提出することで、購買者が判断を迷い上場馬の評価をさげてしまうことは好ましいことではありません。もちろん人馬の安全確保上、検査実施時に鎮静剤を投与する必要がある場合もあります。しかしながら、鎮静剤にこのような作用があることも上場者の方には頭にいれておいていただきたいと思います。不必要に上場馬の評価を下げないためにも、レポジトリー検査を行うにあたって、前もって馬が人に触れられることに慣れさせておくことや、枠馬、鼻ネジに対する馴致を行い、安全に検査が行えるようにしておくのも重要なことだと思われます。

1_3 図1 披裂軟骨の位置

2_3 図2 鎮静処置前後のポイント変化の分布図

1ポイント以上のグレードの悪化を認める馬が全体の40%に及んだ。

3_4

図3 鎮静処置下の咽喉頭部内視鏡像

鎮静処置により喉頭片麻痺グレードがⅡaからⅢaへと変化した症例。左側の披裂軟骨(向かって右側)の開きが悪化した。

 (日高育成牧場 業務課、 現所属栗東トレーニングセンター 検査課  大村昂也)

2019年5月22日 (水)

ブリーズアップセールで取組む「新規馬主のセリ市場参入促進策」

No.76 (2013年4月15日号)

 4月23日(火)、中山競馬場で2013 JRAブリーズアップセール(第9回JRA育成馬調教セール)を開催いたします(写真1)。前日の4月22日(月)には、事前に実馬をじっくり吟味いただけるよう、前日展示会も開催いたします。今年も、皆様のご来場を心からお待ち申し上げております。
 JRAでは、ブリーズアップセール(以下BUセール)を、育成研究に用いたJRA育成馬を売却する場としてだけでなく、新規に馬主免許を取得された方やセリでの購買に慣れていない方が、本セールをきっかけに、他の多くの市場へ興味を拡げていただけるような“入門編のセール”と位置づけています。したがって、参加される皆様がBUセールを通して「セリに参加する楽しさ」を味わっていただき、市場の活性化につなげたいと願っています。本稿では、2013 JRAブリーズアップセールを通して実施する“新規馬主のセリ市場参入促進への取組み”についてご紹介します。

Bu

(写真1) 昨年のBUセールの様子

1)「セリと育成馬を知ろう会」の開催
 新規に馬主免許を取得された方には、「セリで馬を購買したいが参加の仕方がわからない」、「馬を選定する際のポイントを知りたい」、「調教師との接点がほしい」などの要望があります。これらニーズの解決の糸口になればと、昨年10月17日(水)および18日(木)にHBA北海道市場および馬事部生産育成対策室が中心となり日高育成牧場のJRA育成馬を活用して“セリと育成馬を知ろう会inひだか”を実施しました。当日は、新規馬主3名およびその同伴者1名が来場しました。日高育成牧場では、「馬の見方」、「馬の生産そして育成から競走馬までのライフサイクルの説明」等、実際にJRA育成馬を展示しながら解説しました(写真2)。また、懇談をかねた夕食会では、一般社団法人 日本調教師会(以下日本調教師会)の協力により、オータムセールに参加していた調教師2名が参加し、新規馬主が調教師とのコンタクトをとる方法を説明していただく等、有意義な時間をすごすことができました。翌日は、オータムセールを実際に見学し、セリの流れやレポジトリーの見方等、購買までの流れを体験していただきました。

Photo

(写真2)実馬を用いて馬の見方を解説しました(JRA日高育成牧場)

 先月3月15日(金)および16日(土)には“セリと育成馬を知ろう会in宮崎”を開催しました。気候が温暖で交通の便が良い宮崎は、3月中旬にイベントを開催するのに適しています。新規馬主7組が宮崎育成牧場に来場され、さわやかな気候の下、イベントをお楽しみいただきました。まず、「馬の見方」を講義した後、BUセールに上場する馬を全頭展示 (写真3)するほか、調教も見ていただきました。日本調教師会の協力を得て6名の調教師にも参加いただき、夕方の懇親会では馬主・調教師および馬主の方同士の交流が和やかに行なわれ、調教師と接点が少なかった参加馬主の皆様には大変好評でした。

3_3

(写真3)上場馬全頭の展示を行ないました(JRA宮崎育成牧場)

2)新規馬主オリエンテーションの開催
 馬主の皆様がセリ市場に参加しやすい環境づくりを目的として、新規に馬主登録をされた方を対象に、「新規馬主オリエンテーション」を1月26日に実施しました。JRA競走関連室馬主登録課が中心となり馬事部生産育成対策室がサポートする形で、馬主協会、調教師会の協力を得て東京競馬場で開催しました。昨年馬主登録をされた馬主16名およびその同伴者11名、また、6名の調教師が参加しました。当日は実際に競馬観戦を楽しみながら、「馬主活動について」、「馬主協会の概要」「全国セリ市場やBUセールの案内」や「馬の見方等、セリに活かせる馬の基礎知識」などの説明を行ないました。次回は6月に実施する予定です。

3)馬主・調教師懇談会の開催
 日本調教師会では、BUセール前日の展示会当日(4月22日11:30~12:30)に、購買登録をされた馬主の方を対象に、中山競馬場事務所2F会議室において調教師との懇談会を予定しています。これは、調教師との面識の有無に関わらず、調教師にとって大切な顧客である馬主の方に対して、BUセールでの購買のみならず預託を希望される調教師への橋渡し等、馬主活動のさまざまなサポートをしていくことを目的としています。懇談会後は前日展示会(13時から装鞍所において)に参加していただく予定となっています。


4)新規馬主限定セッションの開催
 昨年同様、JRAホームブレッドの売却を新規馬主の方(2010年1月以降に馬主登録された方)に限定して実施します。今年は、まず、新規馬主の方にセリに参加していただこうという趣向の元、限定セッションをセリの最初に準備いたしました。今年は、ファーストクロップサイヤーランキング2位のアルデバラン産駒8頭(牡3頭、牝5頭)を上場することとしています。なお、限定セッションでは、多くの新規馬主の皆様に馬を所有していただくチャンスを広げるため、お一人1頭のみの購買制限を行わせていただきます(限定セッション上場馬が「調教進度遅れとして上場された場合」および「限定セッションで売却されず再上場された場合」は、全馬主が参加可能となり、購買頭数の制限はございません。詳しくは名簿をご覧ください)。

BUセールは今年の市場を占うバロメーター
 BUセールはトレーニングセール第1弾として、今年の市場全体を占うバロメーターとなることから、活気あるスタートを切る大きな責任があると考えています(写真4)。BUセールでは、5月から行われる民間の2歳トレーニングセールや夏の1歳市場の主催者ブースを設ける予定としておりますので、来場いただいた皆さまに是非活用いただきたく願っています。BUセールをきっかけに、新規馬主をはじめ多くの来場された皆様が“セリで馬を買おう!”という雰囲気になってくれることを願っています。
本年も、来場された皆様がセリを楽しんでいただけるよう、また、これまでどおり、皆様の信頼を失わないよう、セリ運営に取組んで参ります。どうぞ、よろしくお願いいたします。

4_2

(写真4)BUセールでの騎乗供覧[サウンドリアーナ号:ファンタジーS(GⅢ)]

(日高育成牧場 業務課長 石丸 睦樹)

2019年5月20日 (月)

育成馬の輸送管理

No.75 (2013年4月1日号)

 本年も4月23日(火)にJRA中山競馬場でJRAブリーズアップセールが開催されます。昨年の各1歳セールでの購買後、日高および宮崎育成牧場に分かれて入厩し、騎乗馴致を経て後期育成を終えたJRA育成馬は、セールに備えて1週間前に中山競馬場に輸送されます。馬運車10台が一団となって浦河国道を走行する、このJRA育成馬の輸送をご覧になられたことがある方もいらっしゃるのではないでしょうか。今回は育成馬の「輸送管理」について触れてみたいと思います。


「輸送熱」および「馬運車内での怪我」の予防
 「輸送熱」という言葉を聞いたことがあると思いますが、これは輸送によって発熱する病気の総称です。発熱の他にも、呼吸器の炎症に起因した咳や鼻汁を認めることも少なくありません。この「輸送熱」という病気は、重篤化すると肺炎へと進行し、治療の甲斐なく生涯を終えてしまう場合もあります。つまり「輸送管理」とは、この「輸送熱」の発症を予防することといっても過言ではありません。
また、「輸送熱」とともに「輸送管理」のポイントとなるのが、輸送中における「馬運車内での怪我」の予防です。近年の馬運車は改良が進み、特に換気に関しての工夫が施されています。さらに、輸送経路の整備に伴う輸送時間の短縮により、「輸送熱」や「馬運車内での怪我」も以前と比較すると格段に減少しています。しかし、依然として、強調教などによるストレスを受けている育成馬の輸送では、大事に至ることも皆無ではありません。


まずは馬運車に慣らす!
 馬の立場になって考えてみると、ある日突然、暗くて狭い箱の中に鞭で追われて無理やり押し込まれ、24時間以上もその中で過ごさなければならないという状況では、輸送自体によるストレス以上の精神的な不安に起因するストレスが生じるに違いありません。馬は環境に慣れる動物とはいえ、ストレスを軽減させることは「輸送管理」には極めて重要です。2歳になる育成馬にとって馬運車で輸送されることは、初めてではなく、生まれた直後の母馬の種付け、1歳セール時あるいは育成牧場に入厩する際に馬運車での輸送を経験しています。これらの経験によって馬運車内での駐立に慣れている場合もあれば、一方でこれらの経験が「トラウマ」となって馬運車に入ることを恐れている場合もあります。JRA育成牧場では、すべての育成馬に対して輸送の2~3週間前に「馬運車馴致」を実施します(図1)。これは、輸送当日に馬を積載する場所で実際に馬運車に積み、落ち着いた状態で駐立できることを目標としています。スムーズな積み込み、あるいは落ち着いた状態での駐立が困難であった場合には、日を改めて再度実施します。また、馬房が隣同士である馬を馬運車内でも隣にするなど、輸送中の馬の精神面を安定させる工夫を心掛けています。しかし、入念に馴致をしても、輸送中の突発的な事故は避けられないのが馬の輸送であります。そのために四肢の保護用のプロテクターの装着は不可欠です(図2)。

1_2

図1.日高育成牧場での「馬運車馴致」の様子。馬運車内で落ち着いた状態で駐立できることを目標としています。

2_2

図2.輸送中の突発的な事故は避けられないため、四肢の保護用のプロテクターの装着は不可欠です。


「輸送熱」のメカニズム
 図3のグラフは、日高育成牧場から中山競馬場までの26時間の長時間輸送を実施された32頭の輸送時間経過に伴う体温変化を示しています。輸送開始から18時間後には10%、24時間後には20%、そして中山競馬場到着時の26時間後には25%の馬が38.6℃以上の発熱を発症しました。さらに、39.0℃以上の高熱を認めた症例は、18時間後以降に増加することが分かりました。これらは「輸送開始から20時間後ごろから発熱する馬の割合が急激に増加する」という約20年前にJRA競走馬総合研究所で実施された研究と同様の結果でした。また、このJRA競走馬総合研究所での研究では、図2のように輸送中の馬の心拍数や呼吸数は、馬運車の走行と連動して増加していることも明らかとなっています。心拍数の増加は馬の不安定な精神状態を、そして呼吸数の増加は呼吸が浅く、速くなるために気道を乾燥させ、細菌などに対する抵抗性を低下させることを意味します。つまり、この研究結果から、「輸送熱」は「輸送にともなう種々の刺激が直接的あるいは間接的に馬体を冒すことにより、細菌感染に対する抵抗力が低下する結果、普段は害を及ぼさない気道中の常在菌(馬が健康な状態で持っている細菌)が日和見感染(ひよりみかんせん:免疫力が低下しているために、通常なら感染症を起こさないような感染力の弱い病原菌が原因で起こる感染のこと)し、肺に炎症を起こす」ことが主な原因であると考えられています。そして、輸送熱の予防には、馬運車内を清潔に維持すること(換気状況の改善、糞尿の処理、ホコリを少なくする工夫など)、輸送中の休憩はできるだけ長く、そして多くすること(換気回数の増加、ストレス因子の減少)などが重要であることも明らかとなっています。

3_2

図3.日高育成牧場から中山競馬場までの26時間の長時間輸送を実施された32頭の輸送時間経過に伴う体温変化。輸送開始から20時間後ごろから発熱する馬の割合が急激に増加します。

4

図4.輸送中の馬の心拍数や呼吸数の変化。馬運車の走行と連動して心拍数および呼吸数は増加します。

輸送前の抗生物質の投与による「輸送熱」予防
 近年、扁桃(へんとう)や気管内に存在する日和見感染菌に対して有効な抗菌薬を輸送開始から到着までの間、肺内(気管支肺胞領域内)に存在させることにより、長時間輸送に起因する「輸送熱」を予防することが可能かどうかについての研究を日高育成牧場から中山競馬場へのJRA育成馬の輸送時に実施しました。抗菌薬は、長時間作用型抗菌薬であるニューキノロン系のマルボフロキサシン製剤(体重1kg あたり2mgの投与量)を使用しました。馬運車への積み込み直前に抗菌薬を投薬した馬(抗菌薬投薬群)と投与しなかった馬(非投薬群)との中山競馬場到着後(輸送から26時間後)の輸送熱を発症した頭数の割合を比較した結果、図5に示すように、非投薬群では31%の馬が輸送熱を発症したのとは対照的に、投薬群では6%の馬にしか輸送熱の発症を認めませんでした。さらに、非投薬群では13%の馬が39.0℃以上の高熱を認め、中山競馬場到着後に抗生物質投与による治療が必要でしたが、投薬群では39.0℃以上の高熱馬は認められず、中山競馬場到着後に治療が必要であった馬もいませんでした。このように、ニューキノロン系のマルボフロキサシン製剤は、輸送熱予防に効果があることが確認できました。また、副作用などに関する安全性も確認されています。耐性菌の出現の問題などについて慎重に調査を継続する課題は残っていますが、輸送熱予防に効果が期待されます。

5

図5.抗菌薬を投薬した馬(抗菌薬投薬群)と投与しなかった馬(非投薬群)との中山競馬場到着後(輸送から26時間後)の輸送熱を発症した頭数の割合の比較。

最後に
 わが国では、競走馬の馬運車といえば前向きに積むのが一般的ですが、世界各国では横積み、斜積みあるいは後向き積みタイプの馬運車などがあり、馬にとってどの向きで輸送するのが理想であるかについては明らかにはなっていません。今後、わが国でも横積みあるいは斜積みが一般的になるかもしれません。また、輸送熱予防にさらに有効な長時間作用型抗菌薬が新たに開発され、「輸送管理」の一助となるかもしれません。しかし、馬を輸送する際に最も重要なことは、精神的な不安に起因するストレスを減少させることです。このためにも、日常の取り扱いが極めて重要であることはいうまでもありません。つまり、人の扶助に対して従順であり、馬が人をリスペクトするように馴致することが重要であると考えられます。

(日高育成牧場 専門役 頃末 憲治)

2019年5月 1日 (水)

反復トレーニング2

No.73 (2013年3月1日号)

 前回の記事で、反復運動を行なう場合には、1本目の運動強度が高いほど2本目の運動中のエネルギー供給がより有酸素的になるということを述べました。このことは、1本目の運動強度が違うと、2本目(主運動)の強度が同じであっても、そのトレーニング効果の質が多少なりとも異なることを意味しています。
 前回の内容を簡単にまとめると上述のようになりますが、実験条件について、いくつか付け加えておきたいことがあります。文中で示した実験条件、たとえば「1本目の強度を110%VO2maxの強度(平地調教で言えばハロンタイム12秒くらいのスピード)で60秒間走行する」というのは、あくまでもトレッドミルを用いた実験として設定したときの運度強度と時間であるということです。実際の調教で、同じ強度で60秒間走らなければならないということではありません。700~800m程度の実際の坂路コースで、そのようなスピードで60秒走ることは事実上できませんし、40秒くらいが最大だと思います。ただ、トレッドミルで実験を行なう場合は、妥当で分かりやすい実験条件を決める必要があるので、60秒間という運動時間を設定したということです。今回の連載の中での実験条件も、まったく同じ条件下でのトレーニングを推奨しているわけではないことには注意していただきたいと思います。

反復運動の間隔
 反復運動では、それぞれの運動の強度(スピード)はもちろん重要な要素ですが、もうひとつ大きな要素が考えられます。それは運動の間隔です。私たちがトレーニングする場合を考えてみても、走る間隔が短くなると息が苦しくなるような感覚を持ちます。これはなぜでしょうか。
 競走馬が、たとえば坂路コースで2本走る場合の運動間隔は、通常約10~15分程度になります。坂路を上った後の帰り道の約1000mを常歩で歩くとなれば、10分程度かかるのが普通なので、必然的に反復の間隔はある程度決まってきます。しかし、トレーニング場全体のコース配置などの関係から、この間隔を若干変えることの出来る場合もあると思います。そうした場合には、どのような変化が起こるのでしょうか。

10分間隔と5分間隔の比較実験
 110%VO2max強度(平地調教でいえばハロンタイム12秒くらいのスピード)で60秒間の運動を10分間隔と5分間隔で2本行なったときの呼吸循環機能を調べてみました。5分間隔でも10分間隔でも、酸素摂取量は1本目よりも2本目の方が値は高くなっているのに対し、二酸化炭排出量は逆に2本目は低くなっていました。このことは、2本目の方がより有酸素的なエネルギー供給のもとで運動していることを示しています。このときの運動中に供給された有酸素性のエネルギー量を実際に計算してみると、5分間隔で運動した場合の方が、2本目のエネルギー供給はより有酸素的になっていたことがわかりました(図1)。

1_4

図1:激しい運動を5分間隔あるいは10分間隔で行なった場合の有酸素的なエネルギー供給割合の変化。5分間隔で走った場合の方が、2本目の運動時の有酸素エネルギー供給割合が高くなっていた。

15分間隔と5分間隔の比較実験
 この実験では、酸素摂取量は測定しておらず、心拍数と血中乳酸濃度のみを測定しました。1本目と2本目の運動強度は前実験とほぼ同様で、運動間隔を15分間隔と5分間隔に設定しました。このときの血中乳酸濃度の変化を示すと(図2)、1本目の運動により、運動中の血中乳酸濃度は約5mmol/Lとなり、1分後には8~9mmol/L程度となっていました。

2_4 図2:激しい運動を15分間隔あるいは5分間隔で行なった場合の血中乳酸濃度の変化。1本目の運動で血中乳酸濃度は5mmol/Lとなり、5分後に8~9mmol/Lとなった。15分間隔で走行した際には、2本目直前の値は約4mmol/Lで、2本目の運動後の変化は1本目とほぼ同様、これに対し、5分間隔の場合は、2本目開始直前の値が8~9mmol/Lのまま2本目を行なったところ、2本目直後の値は直前の値とほとんど変わらず、5分後には12mmol/Lまで上昇した。


 15分間隔で2本目を行なった場合は、5分後までは8~9mmol/Lの値を保ちましたが、2本目の運動直前には4mmol/L程度まで低下していました。そして、2本目の運動により、血中乳酸濃度は1本目とほぼ同様な値まで増加し、その後の濃度変化も1本目とほぼ同様な経過をたどりました。
 5分間隔の場合では、1本目直後から5分後までは15分間隔と同様の変化を示しましたが(8~9mmol/L)、この状態で2本目をスタートするため、2本目直前の血中乳酸濃度は15分間隔の直前より高い値となりました。2本目の運動では、運動直後の血中乳酸濃度は直前の値とほとんど変わらず、5分後には12mml/Lまで増加しました。
 血中乳酸濃度は筋中での乳酸生成と消費のバランスによって決まります。筋中における乳酸生成そのものが大きく変化しているとは考えにくいので、5分間隔の2本目の運動時にみられる血中乳酸濃度変化の推移は、血中乳酸を運動中のエネルギー源として利用している可能性を感じさせます。
 競走馬のトレーニングは基本的には走ることなので、多彩なバリエーションは求めづらいのが現実です。しかし、これらの研究結果をみると、反復運動の強度や反復間隔を変化させることでトレーニング効果の質を変化させる可能性があることがわかります。

JRA日高育成牧場での例
 JRA育成馬が調教するBTC(軽種馬育成調教センター)の施設には、さまざまなコースがあり、屋内坂路コースもそのひとつです。コースの全長は1000mで傾斜は2~5%、途中3ハロンのタイムを自動計測できます。以下に、JRA育成馬のトレーニング時の心拍数変化などを紹介したいと思います。
 図3の上段のグラフは、屋内坂路コースを反復間隔約10分で2本反復したときの心拍数変化を示します。1本目の3ハロンの平均タイムはハロンタイム18.9秒で、そのときの心拍数は210~220拍/分です。約10分の間隔をおいた2本目の3ハロン平均タイムはハロンタイム15.6秒でした。そのときの心拍数はおよそ230拍/分で、運動直後の血漿乳酸濃度は約12mmol/Lになっていました。
 一方、下段のグラフは、1本目を坂路コースで走行した後に、3分ほどの間隔をおいて1600mのダート周回コースで2本目を走ったときの心拍数変化を示します。BTCの調教コースの配置上、屋内坂路コースの終点近くからすぐに1600mダートコースに入ることができるようになっています。そのため、運動の間隔を短くすることが出来るわけです。坂路コースにおける1本目の3ハロンの平均タイムは19.0秒、そのときの心拍数は210~220拍/分で、上段のグラフの1本目とほぼ同じでした。2本目は1600mコースで7ハロンの走行を行ない、最後の3ハロンの平均タイムはハロン13.9秒でした。2本目の最後の3ハロンの心拍数は230拍/分、直後の血漿乳酸濃度は15.7mmol/Lになりました。2本目の運動後に心拍数が100拍/分まで下がる時間は坂路コース2本を10分間間隔で走行した場合よりも明らかに遅く、いわゆる息の入りは悪かったといえます。
 上段のグラフ(坂路コース2本)と下段のグラフ(坂路コース1本+1600mコース1本)では、2本目の運動強度が全く同じではないので、直接比較することはできませんが、坂路コースと1600mコースを用いて間隔を狭めて行なったトレーニングの負荷は明らかに高いといってよいといえます。

3_4 図3:上のグラフは屋内坂路コースで2本反復した時の心拍数変化で、10分間の間隔をおいて2本目の走行を行なった場合。下のグラフは、1本目を坂路で走行した後、3分ほどの間隔をおいて、1600mの周回コースで2本目走行を行なったときの心拍数変化。

反復トレーニングの可能性
 坂路コースが導入された当初、坂路コースにおける追い切りは高強度短時間運動なので、いわゆる無酸素性のエネルギー供給を鍛錬しているものと考えていました。これは基本的には間違っていませんが、上記のような研究結果からあらためて考えると、高強度運動の反復運動では、有酸素的なエネルギー供給能力を副次的に、しかし効果的に鍛錬しているように感じられます。
 サラブレッドは血中二酸化炭素分圧が高いことに対して耐性が高く、いわゆる筋の緩衝能も高いといわれているので、漠然と耐乳酸能力が高いのであろうと認識していました。最近では、それに加えて、乳酸利用能力も高いのではないかと考えています。
 血中乳酸濃度が高い状態で行なうトレーニングも、血中乳酸濃度が高くなった状態でそのまま運動を継続する場合と、運動の間隔を置いて反復する場合とで状況が異なるのであろうと思います。運動の間隔をおいた場合は、血中乳酸濃度は高いままですが、その他の生理機能はリセットされるので、結果としてむしろ乳酸利用能を高めるトレーニングになっているように感じられます。

(日高育成牧場 副場長 平賀 敦)

2019年4月29日 (月)

反復トレーニング1

No.72 (2013年2月15日号)

 陸上競技の長距離走のトレーニング法を書いた本を読むと、「持続走トレーニング」あるいは「インターバルトレーニング」という単語がよく出てきます。持続走トレーニングというのは文字どおり、比較的遅いスピードで長い距離を走るトレーニングであり、一定の距離を決めて走る距離走や一定の時間を決めて走る時間走などがあります。一方、インターバルトレーニングというのは、急走期(速いスピードでの走行)と緩走期(ゆっくりとしたスピードでの走行)を交互に組み合わせて行なうトレーニングのことをいいます。
 インターバルトレーニングという言葉を有名にしたのは、チェコスロバキア(当時)の陸上長距離選手、エミール・ザトペックです。1948年のロンドンオリンピックでは10000mで金メダルを取り、1952年のヘルシンキオリンピックでは5000m・10000m・マラソンの長距離種目三冠に輝いた伝説のランナーです。この成績はまったく文句の付けようのない素晴らしいもので、当時の世界陸上界が、ザトペックが取り入れたこの新しいトレーニング法をすぐさま導入しようとしたのは当然のことといえます。しかし一方で、インターバルトレーニングを行なう際には、急走期の強さや回数あるいはその間隔などをうまく調整しなければならないため、故障なくトレーニングを行なうことはそれほど簡単ではありません。ザトペックが行なった実際のトレーニング計画をみると、400m走を何10本も繰り返すなど、相当きついものだったようです。このような厳しいトレーニング法は、そのインターバルの本数だけを模倣することでさえ、大変であったことと思います。インターバルトレーニングの黎明期は試行錯誤の連続であったことでしょう。

反復トレーニング
 インターバルトレーニングは、緩走期をインターバルに挟んで急走を繰り返します。この緩走期は弱い運動を行なっているわけで、いわば不完全な休息といえます。完全な休息をはさんで急走を繰り返す場合は、レペティショントレーニング(反復トレーニング)といって、インターバルトレーニングと区別することがあります。しかしながら、両者は基本的には緩走(休息)をはさんで急走を繰り返す(反復する)トレーニングであり、広い意味では両者とも反復トレーニングということができます。今回、競走馬で行なわれている急走を繰り返すトレーニングについては、「反復トレーニング」として、話を進めることにします。その理由は、競走馬のトレーニングで緩走期の運動として普通に用いられているのは常歩であり、その運動強度は、いわゆるインターバルトレーニングの緩走期の運動強度に比較するとかなり弱いからです。とはいえ、常歩はもちろん完全な休息ではないので、インターバルトレーニングと言っても、差し支えありません。

反復トレーニングの構成
 急走期を反復するというと一見簡単そうですが、実は多くのパターンがあることがわかります。トレーニングを反復形式で行なう場合に、トレーニングを構成する要素としては、①急走期の運動の強さ(スピード)、②急走期の持続時間(走行距離)、③緩走期の持続時間(反復間隔)、④緩走期の運動強度(スピード)、⑤反復の回数、などがあげられます。これらの要素は複雑にからみあうので、単純そうにみえる反復運動であっても、これらの要素を少しずつ変えること、つまり急走期の運動強度を変えたり、反復間隔を変えたりすることで、トレーニングパターンを何通りも作ることができることになります。
 一方、持続的なトレーニングでは、関与する要素は、①運動の強度(スピード)と②その持続時間(走行距離)の二つに大きくしぼられてきます。もちろん、この場合も、実際のトレーニング計画を作るのはそれほど簡単ではありませんが、トレーニングを構成する要素の影響の複雑さは反復トレーニングのほうが多いのは当然といえます。ただし、影響する要素が多いからといって、そのことがトレーニングの有効性に直結するものではないことはいうまでもありません。
反復トレーニングの要素の中で、反復回数に関しては、たとえば坂路コースのみを利用する場合は、2~3本の反復を行なっている例が多いようです。持続時間(走行距離)については、坂路コースを利用する場合は、コースの長さによって規定されるので、おのずと距離は600~800mの範囲になり、時間は数10秒になります。いうまでもないのですが、坂路コースの大きな特徴のひとつは長さが決まっていることです。そのため、走行スピードが速い場合でも、そのスピードのまま長い距離を結果として走ってしまうというようなことは物理的に起こらないことになります。
 
反復運動の1本目の強さの影響
 トレッドミル運動負荷試験で、酸素摂取量(VO2)・二酸化炭素排泄量・心拍数・心拍出量・動静脈血液ガス・血漿乳酸濃度などを測定することにより、反復運動時の呼吸循環機能を観察しました。この実験では、走行を2本行なった場合を想定しています(坂路を2本走った場合、あるいは坂路と周回コースを組み合わせて2本走った場合など)。
 実験では、1本目の強さを、①高強度(110%VO2max強度で60秒:実際の調教で言えばハロン12秒くらいの全力疾走)、②中強度(70%VO2max強度で60秒:実際の調教で言えばハロン20秒くらいのスピードでの走行)の2種類を設定しました(図1)。そして、1本目の運動を終えた後、10分間の常歩をはさんで、2本目の運動を負荷し(110%VO2max:ハロン12秒くらいの全力疾走)、運動開始から30秒ごとに、VO2などを測定しました(図1)。

1_3 図1:トレッドミルを用いた反復運動実験の模式図。1本目の強度を、①高強度:110%VO2max(走路で調教しているときのスピードに換算するとF12くらいの全力走)、②中強度:70%VO2max(走路でいうとF20くらいのスピード)の2種類を設定した。

1本目が強いほど2本目は有酸素的になる
 結果をみると、まず1本目の運動を行なうことにより、血漿乳酸濃度は①の高強度の運動後で約8mmol/lであり、10分間の常歩を行なった後の2本目の運動直前でもほぼその値を保っていました。②の中強度の場合は1本目の運動によっても2mmol/l程度にしか増加せず、2本目の直前ではほぼ安静レベルまで戻っていました(図2)。

2_3

図2:血漿乳酸濃度の変化。1本目の強度が強い場合(高強度)は1本目直後の乳酸濃度は高く、10分間の常歩を行なった後(2本目のスタート時:走行時間0の時点)でも高い値を保っていた。これに対し、2本目が中強度の場合は、2本目のスタート時点の濃度は安静時の数値とほぼ同じであった。

 2本目の主運動時のVO2の増加のスピードは、高強度の方が中強度よりも速くなりました(図3)。逆に二酸化炭素排泄量の増加のスピードは、高強度の方が中強度よりも遅くなりました。つまり、2本目の運動強度が同じであっても、1本目に強度の高い運動をした場合の方が、2本目の運動は有酸素的なエネルギー供給のもとで行なわれていることになるわけです。

3_3 図3:酸素摂取量(VO2)の変化。2本目における酸素摂取量の増加は、高強度のほうが中強度よりも速いことが分かる。

 このような結果が得られた原因として、さまざまなことが考えられますが、そのひとつとして乳酸の影響も考慮する必要があるかもしれません。近年の研究によって、乳酸が運動時のエネルギー源として重要な役割を演じていることが分かっており、1本目が高強度の場合に認められた2本目直前の高い乳酸濃度が、2本目の運動中のエネルギー供給に影響を及ぼしたのかもしれません。
 今回の実験で分かったことは、1本目の運動強度が高いほど、2本目の運動中のエネルギー供給がより有酸素的になるということです。つまり、1本目の運動強度が違うと、2本目(主運動)の強度が同じであっても、運動中のエネルギー供給形態が多少なりとも変わるということです。これは、多少なりともトレーニング効果が異なることを意味しています。
 実際の調教において、1本目をゆっくりと走る場合と、1本目から比較的速いスピードで“サッ”といく場合とでは、2本目の追い切り時のエネルギー供給の状況も多少違っているものと考えています。

(日高育成牧場 副場長 平賀 敦)

2019年4月22日 (月)

育成馬のV200の変化

No.69 (2012年12月15日号)

 日高育成牧場では、トレーニング効果の指標である“V200”を毎年2月と4月に測定しています。そもそも“V200”とは1980年代にスウェーデンのパーソン教授によって提唱された馬の持久力(有酸素能力)の指標であり、“心拍数が200 拍/分に達した時のスピード”を意味します。これはスピードが上がれば心拍数も上昇するという生理学的な関係を利用したものです。ヒトの持久力の評価には、トレッドミルや自転車アルゴメーターで大型のマスクを装着して測定する最大酸素摂取量を指標としていますが、この測定には特殊機器を必要とするので、馬での測定は大きな研究施設でなければ困難です。そのために競走馬では、 “V200”や“VHRmax(最大心拍数に達した時のスピード)”を測定することによって持久力の評価が行われています。
 このような馬の運動生理の研究に関して、日本のみならず世界の中心となっているのがJRA競走馬総合研究所であり、ここでの研究成果を育成調教に応用しているのがJRA育成牧場であります。

競走能力との関係
 馬が運動する際には、酸素を利用し多くのエネルギーを得る方法(有酸素的運動)と、短時間に限定されるものの酸素を利用せずにエネルギーを得る方法(無酸素的運動)があります。競走中のサラブレッドは1,000mのレースでさえエネルギーの70%が有酸素的に供給される(図1)ということからも、“持久力(有酸素能力)が高い馬”≒“競馬を有利に運ぶことができる”と考えられています。

1_14

図1:競走馬が距離別に必要とするエネルギーの割合(Eatonら)。短距離レースでもエネルギーの70%が、長距離レースではエネルギーの86%が有酸素的に供給されています。

 そのために、育成馬や競走馬に対しては、調教中の心拍数とその時のスピードから持久力が推定できる“VHRmax”や“V200”の測定による方法が応用されています。“VHRmax”や“V200”も基本的には同じ考えに基づく指標ですが、“V200”は“追切り”のような最大強度を負荷する必要がないので育成馬に応用しやすいという利点があります。一方、出走に向けて“追い切り”を行っているような競走馬であれば“VHRmax”の方が応用しやすくなります。
 このように述べると “VHRmax”や“V200”の測定値によって、その馬の走能力を予測できるのではないかとも考えられます。実際、現役競走馬での測定データでは、オープン馬は条件馬よりも高い傾向が認められたという試験結果(図2)もあります。

2_14

図2:現役競走馬における競走条件別のVHRmaxおよびV200の測定値(塩瀬ら)。両測定値ともに競走条件が上がるにつれて上昇しているのが分かります。

V200の評価方法
 しかしながら、“VHRmax”や“V200”は異なる個体間での能力を比較するよりは、同じ馬のトレーニング効果を検証するのにより適した指標と考えられています。その理由は、馬の最大心拍数には個体差があるためであり、特に“V200”に関しては、最大心拍数が210拍/分の馬と230拍/分の馬では、同じ心拍数200 拍/分で走行した場合の相対的な負担度は若干異なる状態での比較となってしまうためです。また、競馬の勝敗は持久力以外の要因も左右するために、“V200”の測定値のみによって競走成績を予測できる訳ではないことはいうまでもありません。
 これらの理由のために、育成期における“V200”の測定値を評価する時には、以下の点について注意する必要があります。

1)“V200”測定時において騎手のコントロール下でのスピード規定が難しいこと。
2)“V200”測定値は馬の情動や騎乗者の体重あるいは技術の影響を受けること。
3)出走前の競走馬に対するトレーニング強度と異なり、育成期に行われているトレーニング強度では、“V200”は調教が順調に進みさえすれば、ほとんどの馬がある程度の測定値にまで達すること(図3)。

このように“V200”の個々の測定値のみを評価することはあまり意味がありません。

3_10

図3:トレーニングと運動中の心拍数の関係:“V200”はトレーニング強度が上がればある程度の測定値にまで上昇します。鍛えれば当然、同じスピードでも低い心拍数で走れるようになります。

育成馬への応用
 それでは、どのように“V200”の測定値をJRA育成牧場において利用しているかといいますと、日高育成牧場では、過去12年間に渡って毎年2月と4月のほぼ同時期に“V200”を測定しています。同時期に、同じ馬場で“V200”を測定するということは、年度毎の調教効果を比較検討する手段のひとつとなり得ることを意味しています。個体毎に適切な調教方法というのは当然異なりますが、“調教群”として捕らえた場合には、「2月の時点までにある程度の調教負荷をかけて“V200”測定値を上昇させておいた方が良いのか」、それとも「2月から4月の“V200”測定値の上昇率が高い方が良いのか」、あるいは「こうした効果は牡と牝で異なるのか」などについての調査研究を実施しています。つまり、その年の“V200”測定値と調教時の運動器疾患の発生率や、その世代の競走成績との関連性を調査することによって、“More than Best”となる調教を目指して次年度の調教計画立案に役立てています。

 下のグラフは、過去10年間の日高育成牧場で調教された育成馬(牡牝混合)のV200の平均値です。大きな変化は認められませんが、近5年は4月のV200値が高い傾向があります。これは、ブリーズアップセールが始まったことや、新馬戦の時期が早まるなど2歳の早期からの活躍が望まれていることから、育成馬においても以前より2月以降の調教負荷が上がっているということをデータは裏付けています。ただし、2歳終了時(12年は11月末時点)の勝ち上がり頭数とV200の関連は特にみられず、V200が高いからその世代から多数勝ち上がっているかというとそういうわけではないようです。また、先ほど述べたように個々の馬の値に関しても同様です。表1は、日高育成牧場で調教した最近の活躍馬のV200の値です。彼らは特に世代の中で飛び抜けていたわけではなく、平均程度の値です。ただし、4頭とも2月から4月にかけて数値が順調に上昇していたので、調教がしっかりと身になっていたということはいえるかもしれません。今後もJRA育成馬での測定データを蓄積し、競走成績と照らし合わせることで検証し、皆様方に還元できればと考えています。

(グラフ1)

4_7

(表1)

5_2

(日高育成牧場 業務課 大村昂也)

2019年4月15日 (月)

運動器疾患に対する装削蹄方針について

No.66 (2012年11月1日号)

はじめに
 蹄は、肢勢や歩様などの異常を変形することで表す受動的な器官であると同時に、その形態の善し悪しが様々な運動器疾患を引き起こす一要因にもなる器官とされています。そこで今回は、競走馬に見られる運動器疾患の中でも、比較的蹄管理との関係が深いとされているいくつかの疾患について紹介したいと思います。

屈腱炎
 多くの名馬たちが引退へと追い込まれた運動器疾患「屈腱炎」は、蹄の形態と強い関連性があると考えられています。特に、異常蹄形である「ロングトゥ・アンダーランヒール(図1)」は、屈腱炎発症肢に多い蹄形との報告があるように 屈腱炎発症の一要因として考えられています。過剰に長い蹄尖壁(ロングトゥ)は、蹄の反回時に生じる屈腱への負荷を増大させます。また前方へ移動した蹄踵(アンダーランヒール)は、蹄尖を浮き上がらせるような力を増大させると考えられます。そこで、前方へ張り出した蹄尖壁を定期的に削り取ることで反回負荷の軽減を図ったり、前方へ伸び過ぎた蹄踵を除去したりします。それでも直しきれない場合は、蹄角度を起こす厚尾蹄鉄(先端から末端にかけて厚みが増す蹄鉄)や、蹄尖が浮き上がる力を抑制するエッグバー蹄鉄(末端部が繋がったタマゴ状の蹄鉄)を装着し、蹄角度の改善や力学的ストレスの緩和を図ります(図2)。ただし、どちらの蹄鉄も蹄踵部にかかる負荷が増大することにより蹄踵壁が潰れてしまうため、長期間の使用は極力避けた方が良いでしょう。

1_12

図1 ロングトゥ・アンダーランヒール

2_12

図2 厚尾状エッグバー蹄鉄

球節炎
 球節部に腫脹、帯熱、屈曲痛などが生じる球節炎と蹄の形態にも関連性があると考えられています。不同蹄(左右の蹄の大きさや角度が異なる蹄)に発症する各運動器疾患について調査したところ、蹄が大きい肢において球節炎が多く発症することが分かりました。蹄が大きいということは蹄の横幅(横径)が長いため、横幅が短い小さな蹄に比べて地面の凹凸をより多く拾うことになります(図3)。球関節はその構造上、可動範囲が前後2方向に限られているため、凹凸を踏んだ際に生じる蹄が傾くような横方向の動きは、球関節へのイレギュラーなストレスになるでしょう。そのことは、球節炎のみならず球節軟腫や繋靭帯の捻挫(過伸展)などを引き起こす要因になってしまうかもしれません。蹄側壁が凹湾し、横幅が長くなっているような蹄は、しっかりと鑢削して適度な横幅を維持しましょう。もし跣蹄において横幅が長い場合は、4ポイントトリム(内外側の蹄尖・蹄踵負面4点のみに負重を促す削蹄技法)を行うことにより横幅の短縮が図れます。

3_9

図3 横幅が長いと凹凸を拾いやすい

内側管骨瘤
 第2中手骨と第3中手骨の間に異常な骨増生が起こる運動器疾患で、成長期にある競走馬や若馬に多く見られます。軽度なものであれば骨増生がある程度納まった時点で跛行は消失しますが、腕関節に近い部位にできる骨瘤は靭帯や腱を傷つける恐れもあります。発症の原因としては、骨格が不成熟な時期に行う強い調教、交突(蹄が対側の肢蹄に衝突すること)や硬い地表による衝撃、蹄の変形による内外バランスの欠如、極端な外向肢勢や広踏肢勢、またオフセットニー(図4)などの異常肢勢が挙げられます。装蹄視点からの対処法としては、蹄鉄と蹄の間に空隙を設けたりパッドを挿入したりすることで、衝撃の緩和を図るといった装蹄療法がありますが、蹄に直接伝わる衝撃は緩和出来ても、関節や骨に加わる負重は変化しませんので、ほとんど効果は期待できません。肢軸の状態を十分に考慮した上で、蹄内外バランスの調整を定期的に行うことのほうが大切と言えるでしょう。

4_6

図4 オフセットニー

おわりに
 ここまで紹介した運動器疾患の発症すべてに共通する要因として「蹄の変形」が挙げられます。蹄の形態は、遺伝、肢勢、飼料、運動、敷料、年齢、気候など様々な影響により日々変化することから、日常の蹄管理を怠った状態で蹄のバランスを保つことは不可能と言えるでしょう。特に、骨や靭帯あるいは腱などが柔軟で、蹄角質の成長が活発な若馬は、わずかな期間で蹄が変形してしまいます。しかし、成馬に比べればバランスの矯正も比較的容易に行え、各部位の骨端板(骨細胞の増殖により骨が伸びる軟骨部)が閉じる前では、ある程度の肢勢矯正も期待できることから、蹄が変形しやすい異常肢勢にならないよう早い時期から対処し、将来的な運動器疾患の予防へと繋げていきましょう。

(日高育成牧場業務課 工藤有馬・大塚尚人)

2019年4月 3日 (水)

育成馬における飛節の検査所見と競走期パフォーマンス

No.61 (2012年8月15日号)

 馬の成長期には様々な問題が発生することがあります。その中でも運動器に発生するものをDOD(Developmental Orthopedic Disease:発育期整形外科的疾患)と呼ばれており、流通を妨げる可能性があるとともに、競走馬としての将来を懸念させる要因になっています。その中でも今回は飛節に発生するものについて紹介したいと思います。

飛節に発生する異常所見
 最も一般的に見られるのはOCDと呼ばれるもので、「離断性骨軟骨症」ともいいます。生産者の方なら獣医師などから聞いたことがあるかもしれません。骨の先端の近くには、成長板(骨端線)というところに沿って存在する軟骨の層があり、骨が成長する際には、その軟骨が骨に置き換わっていきます。これが正常に発達せず軟骨として骨の外に残ってしまう状態のことをOCDといいます。OCD以外にも様々な所見が見られ、いずれもセリ前のレポジトリー検査などで発見されることが多いようです。これらは生産者の方の頭を悩ませるひとつになっているばかりではなく、購買者にとっても競走馬としての将来をどう判断したらよいのか悩むところではないでしょうか。

発生部位
 飛節の異常所見はレントゲン検査によって見つけることができます。発生部位に関する報告(Kaneら.2003)によると、最も多くの発生が認められるのは脛骨中間稜のOCDで検査対象馬の4.4%に認め、距骨内側滑車のOCDが4.2%、距骨内側滑車遠位のOCDが1.7%、距骨外側滑車のOCDが1.4%、足根骨の虚脱が1.2%、脛骨内顆のOCDが0.5%と続きます(写真1,2)。

1_6 図1 飛節を構成する骨(骨標本の正面より)

2_7 図2 右脛骨中間稜のOCD

臨床症状
 レントゲンで飛節に異常所見を認めた馬によく認められる臨床症状は、飛節の腫脹(いわゆる飛節軟腫、写真3)で、腫脹の程度により歩様の違和が認められることがあります。発生部位によって違いはありますが、跛行を呈することはまれなようです。

3_5 図3 飛節軟腫の外貌

OCDが見つかったら?
 特に臨床症状がないなら、ほとんどの場合無処置でも問題ないと考えられています。飛節軟腫などの症状が現れた場合は関節鏡を用いた摘出手術を行う場合もありますし、内科療法で改善することもあります。Beardら.1994の報告では、摘出手術を行っても出走率には影響ないとされていますが、症状の程度や発見された時期、セリに出す馬か否かなどさまざまな要因があるため、どちらを選択するかは判断が難しいところかもしれません。

競走パフォーマンスとの関係
 飛節に異常所見を認めた馬(所見保有馬)の競走馬としての成績はどうなのかは気になるところです。Kaneら.2003の報告では、飛節に異常所見を認めた馬(所見保有馬)の出走率、入着率、獲得賞金は、異常所見がない馬と比べて差がなかったとされています。
 JRAでは、レポジトリーに関する知識を販売者・購買者・主催者の3者が共有し、市場における取引を活性化するために、ホームブレッドやJRA育成馬を活用して、これまで1歳馬の四肢X線所見、上気道内視鏡所見と競走パフォーマンスの関連を調査してきました。その一環として、飛節の所見保有馬についても調査を行っております。現在のところ5世代のデータを蓄積している段階で、412頭中、所見保有馬が36頭いました。36頭のうち、OCD摘出手術を受けていたものや、飛節軟腫の症状を示したものはいましたが、跛行を示したものはなく、調教に支障をきたすことはありませんでした。トレーニングセンター入厩後の追跡調査においても、問題になっている馬はいませんでした。5世代の内、4世代について、3歳5月までの獲得賞金を調査したところ、所見保有馬と所見を認めなかった馬とでは差は見られませんでした。
 この研究に関しては、まだ調査を継続しているところです。新しい知見が得られましたら、また皆さんにお知らせしたいと思います。

(日高育成牧場 業務課 中井健司)

2019年4月 1日 (月)

コンフォメーションとパフォーマンス

No.60 (2012年8月1日号)

 「コンフォメーション(conformation)」とは、馬の外貌から判別することができる骨格構造、身体パーツの長さ、大きさ、形状やバランスのことをいい、「相馬」とほぼ同義語といえます。コンフォメーションがよい、すなわち力学的に無駄がない骨格構造をしている馬は、理論上、速く走ることが可能です。コンフォメーションの良い馬は、人が騎乗した場合も無理な緊張がかからず、馬自身がバランスを保ちやすいことから、コンフォメーションが悪い馬よりも乗りやすいといわれています。また、コンフォメーションが良い馬は、運動器疾患の発症も少ないと考えられます。したがって、せり市場では誰もがコンフォメーションの良い馬を理想として求めています。一方、コンフォメーションに欠点のない馬が競走成績も素晴らしいか?というと必ずしもそうとはいえません。サラブレッドは、血統、気性、敏捷性など、コンフォメーションのみでは判断しにくい要素も競馬での能力発揮に大きく関わっています。極端な言い方をすると、肢がまっすぐで凡庸な馬がいいのか、欠点があっても走る馬がいいのかというと、後者が正しいといわざるを得ないのが、結果がすべてである競走馬です。
 しかし、馬を評価するためにはコンフォメーションの知識は必要です。また、コンフォメーションの異常は、特定の疾病の発症しやすさと関連もあるといわれていますが、その詳細については明らかではありません。今回はJRAがこれまで1歳市場購買検査時に実施してきた四肢のコンフォメーション調査の成績(現在も継続して調査中)を中心に基礎知識を紹介いたします。

コンフォメーション調査
 2009~10年に開催されたサラブレッド1歳市場(セレクトセール、セレクションセール、サマーセール)の上場馬のうち、1,984頭を対象として18項目にわたるコンフォメーションについて、グレードの高さ(グレードが高いほうが正常から逸脱している)を調査しました。調査項目を表1に示します。なお、軽度のグレードについては、多くが競走馬として問題ないことがわかっているため抽出せず、グレードの高いもののみを抽出しました。なお、グレードの高い項目が複数認められた馬については、よりグレードの高い項目を採用しました。1項目以上のグレードが高い馬については、市場取引成績、2歳時の競走パフォーマンス(成績および運動器疾患の発生状況)との関連を調べました。
 調査の結果を表2に示します。検査頭数の7.5%にあたる149頭(抽出馬)が、コンフォメーショングレードが高い馬として抽出されました。なかでも、オフセットニー(図1、43頭 2.17%)および凹膝(図2、29頭 1.46% )などの前肢に関する異常が多く観察されました。

1_5 図1 オフセットニー

2_6 図2 凹膝        

イギリスとアイルランドにおける1歳市場の上場馬を対象とした調査においては、外向、内向および起繋が高い発生率(30.1%,19.4 %および18.7%)を示し、アメリカの調査では、前肢の腕節および球節に限定すると、オフセットニー(66~68%)や腕節の外向(46~56%)の発生率が高いことが報告されています。今回の調査と比較して、他国の報告は高い値を示していますが、これは、我々が実施した調査においては、コンフォメーショングレードが高い馬のみを抽出する手法を採用していることが要因です。たとえば、クラブフットの発症率は当歳馬の実態調査で報告されている16%と比較すると、1歳馬を対象とした本調査での0.2%は著しく低い値になっていますが、調査方法の相違に加え、発症後の装蹄療法の効果が背景にあるものと考えられます。

調査結果
 抽出馬と対照馬について、セリ市場における売却率および平均売却価格を比較検討したところ、抽出馬の売却率(43.6%)および平均売却価格(8,939,538円)は、対照群の売却率(54.3%)および平均売却価格(10,467,220円)に比べて統計的に有意に低いことがわかりました。つまり、市場において、コンフォメーショングレードの高さは売却率や売却価格に影響を及ぼしているものといえます。
 競走年齢に達した検査対象馬937頭(抽出馬149頭、対照馬788頭)のうち、604頭(抽出馬51頭、対照馬553頭)が競走馬として中央競馬に登録され、466頭が中央競馬の競走に出走しました。中央競馬に競走馬登録された604頭について、2歳時の競走成績(出走率、初出走までの日数、勝ち上がり率、入着率、平均勝利回数、平均出走回数、平均獲得賞金)を調査したところ、抽出馬と対照馬との間に統計的な差は認められませんでした。なお、3歳以降についての成績については現在調査中です。
 中央競馬への登録率を比較した場合、対照馬(553/788、70.2%)に対し、抽出馬は(51/149、34.2%)は低値を示しました。この要因として、購買関係者による低評価、もしくは中央競馬への出走が困難となる疾患の発症などが考えられますが、本調査においては、その原因を特定することができていません。
 中央競馬に在籍した604頭の馬について、運動器疾患の発症歴を調査したところ、抽出馬においては、35.3%にあたる18頭に、対照馬においては、29.8%にあたる165頭に、骨折、骨膜炎および屈腱炎等の運動器疾患の発症が確認されました。しかし、今回の調査においては、各項目と発症した運動器疾患との間に統計的な差は認められませんでした。
 今後も継続して調査しデータ数を増やすとともに、コンフォメーション異常と疾病発症の関連について調査をしていく予定です。その関連を明らかにすることによって、疾病発症のリスクを軽減した飼養・調教管理技術の向上に寄与できるのではと期待しています。

表 1 おもなコンフォメーション

表2 各コンフォメーションと2歳時の競走パフォーマンス table12.xlsxをダウンロード

(日高育成牧場 業務課長 石丸 睦樹)

2019年3月25日 (月)

レポジトリーの普及と今後の課題

No.57 (2012年6月15日号)

レポジトリーとは
 レポジトリーとは、販売申込者から提出されたセリ上場馬の「四肢レントゲン像」や「咽喉頭部内視鏡像」などの医療情報を、予め購買者に公開するシステムです。国内の市場では2006年のセレクトセール1歳市場からレポジトリーが行われるようになり、今までに徐々に普及してきました(図1)。

1_2図1 セリにおけるレポジトリールームの様子(2012トレーニングセール 札幌)
上場者から提出された四肢レントゲン像、咽喉頭部内視鏡動画の閲覧ができる。

 このレポジトリーは、購買者・販売申込者・主催者の3者にメリットがあるものです。すなわち、購買者はレポジトリー資料を血統的背景や外貌上の特徴に加味して購買判断の一助とすることで、安心、納得して取引を行うことができるメリットがあります。一方、販売申込者は上場馬の状態を予め開示することで、疾病のリスクを知らせたり、品質を保証したりできるため、上場馬の価値を高めるとともに売買に関するトラブルの発生を未然に防止することができます。これにより、セリ場で同じ説明や検査を繰り返す必要もなくなり、人だけでなく馬の負担も減らすことができます。また、主催者にとっても、売買に関するトラブルの防止は、市場の信頼性を高めるメリットがあります。

レポジトリー所見と競走能力
 四肢レントゲン像では、関節のOCD(離断性骨軟骨症)や骨嚢胞、あるいは陳旧性の骨折や手術跡などの所見を確認することができます。各々の所見の発生状況や将来的に運動能力に及ぼす影響について、JRAを含め海外でも様々な調査研究が行われています。それらの調査研究によると、多くの臨床症状を伴わないレントゲン所見は、そのまま調教を行っても運動能力に問題はなく、臨床症状を呈する所見もあらかじめ適切な外科手術などの処置を施すことで、競走馬として活躍することが可能であることが報告されています。国内においても市場の主催者を中心にレポジトリーにおけるレントゲン所見の発生率などが調査され、上場馬を購買する際の判断基準が提示されるようになってきました。一方、咽喉頭部の内視鏡動画では、喘鳴症の原因となる喉頭片麻痺やDDSP(軟口蓋背方変位)、喉頭蓋の異常などの所見を認めることがあります。しかし、レポジトリーにおける咽喉頭部内視鏡所見の判断基準については、まだ、あまりよく調べられていないのが現状です。

喉頭片麻痺
 一般に「ノド鳴り」や「喘鳴症」と呼ばれている喉頭片麻痺の病態になると、吸気時に披裂軟骨が完全に開かず気道が狭くなるため、運動中にヒューヒューという異常呼吸音を発します。このような状態では、気道の吸気の流れが阻害されるため、プアパフォーマンスの原因となります。喉頭片麻痺は表1のように、その症状によりグレード分けされています。JRA育成馬を用いた調査では、若馬の14%以上がグレードⅠ以上の所見を有していること、グレードⅡまでは競走成績に影響を及ぼさないことが明らかになっています。一方、グレードⅢ以上の有所見馬になると、喘鳴症を発症することが多くなることから、麻痺して動かない披裂軟骨を固定する喉頭形成術が適応されます。喘鳴症の程度は安静時の内視鏡検査のみでは判らないことが多く、手術実施の確定診断にはトレッドミル走行時の内視鏡検査が有効な確定法となります。

表1 喉頭片麻痺(LH)グレード

2_3

鎮静処置の咽喉頭部内視鏡所見に与える影響
 1歳サラブレッド若馬のレポジトリー検査では、生まれて初めて鼻腔に内視鏡カメラを挿入される場合も多く、検査時に激しく抵抗したり興奮したりすることがあります。このような馬には、薬物による鎮静処置を施してからレポジトリー検査を実施しなければならない場合もあります。鎮静処置により人馬の安全を確保した上で、正確な診断を下すことはとても重要です。しかし経験的に、咽喉頭部内視鏡検査では、鎮静処置により左右披裂軟骨の非同調性や咽頭虚脱の発症が起こり易くなる傾向があることが知られています(図2)。デンマークのグループの調査では、鎮静処置により健常な馬の披裂軟骨の開き具合が低下することが報告されています。低いグレードの喉頭片麻痺所見は、走行中の喘鳴音などの臨床症状を示さない限り、競走能力に影響がないことも分かっていますが、競走馬になってからの変化を危惧して、購買者から敬遠されてしまう原因になる可能性があります。このような鎮静処置誘発性の病態については、本来の状態を表していない可能性があるため、今後レポジトリーがさらに普及するためにも、さらなる調査と対策が求められます。

3_2図2 鎮静処置下の咽喉頭部内視鏡像
鎮静処置により喉頭片麻痺グレードが変化することもある。

最後に
 購買者はレポジトリーを利用して上場馬の現状を知り、購入を判断する一助とします。そのため、販売申込者が提出するレポジトリー資料は診断価値のある画像や動画でなくてはなりません。また、撮影手技の不備や診断基準の相違は、購買者の購入判断を見誤らせ、馬の価値に影響を及ぼす原因となります。信頼性の高いレポジトリーを普及していくことが、国内のサラブレッド生産と市場の活発化につながると思われます。

(日高育成牧場 生産育成研究室 研究役 佐藤文夫)