後期育成 Feed

2019年2月11日 (月)

運動機能の発達様式(1):呼吸循環機能と有酸素運動能力の発達

No.41 (2011年10月1日号)

 サラブレッドは有酸素運動能力すなわち持久力が高い動物と考えられています。この有酸素運動能力のもっとも良い指標は最大酸素摂取量(VO2max)です。文字どおり、体内に摂取できる酸素(O2)の量つまり体内で消費できる酸素の量の最大値を示しています。通常は1分間あたり・体重1kgあたりに体内に酸素をどれだけ 取り入れることができるかで表され、数値が高いほど持久力が高いとみなされます。一般人は1分間あたり・体重1kgあたりでおよそ30ミリリットル(30ml/kg/min)であり、スタミナがあると考えられるマラソン選手は80ミリリットルくらいになります。これに対し、サラブレッドでは未調教の2歳馬でも130~140ミリリットル、よくトレーニングされた成馬では180ミリリットルを超えます。おそらく、現役の一流競走馬では200ミリリットルを超えるのではないかと考えられています。今回はサラブレッドの有酸素運動能力が育成期を通してどのように発達していくのか簡単にご紹介したいと思います。

放牧の影響
 1歳馬の放牧中の移動距離について調べた成績によると、7時間程度の昼間放牧では、移動距離は約5~7km、その内訳は常歩4~5km、速歩0.4~1km、駈歩1~2km程度でした。常歩で移動中(採食中)の心拍数は50~60 拍/分で、駈歩中には瞬間的に170~200 拍/分まで上昇します。また、17時間程度の昼夜放牧での移動距離は13~15kmで、そのうち約80%は採食しながらの移動であったことがわかっています。放牧中の移動の平均スピードは時速1km弱です。
 1歳馬の6月から9月にかけての放牧の前後で、VO2maxをトレッドミル運動負荷試験によって評価した成績によると、この時期には体重の増加、つまり成長に見合ったVO2maxの増加がおこることがわかっています。VO2maxは120~140ミリリットルであり、成長により急激に体重が増えると、見かけ上体重あたりのVO2maxが減少することもあるようです。

ブレーキングの影響
 ブレーキング期間中に行なわれる調馬索運動は速歩やスピードの遅い駈歩なので(図1)、心拍数は100拍/分~170拍/分程度で、運動強度は高いものではありません。また人が騎乗するようになっても運動自体は弱い運動といえます。ブレーキングの主目的は、あくまでも人が騎乗して運動できるようにすることですが、馬にとっては初めての強制運動、つまりトレーニングになっているのも事実です。持久力の指標であるVO2maxをブレーキングの前後で比較すると、ブレーキングによりVO2maxはブレーキング前の135から150ミリリットルにまで増加していました。VO2maxは、成馬においてもトレーニングの初期には強度の低い運動によっても増加するので、若馬の場合も最初のトレーニングとなるブレーキングは、強度は低くてもある程度のトレーニング効果を持つものと考えられます。

1 図1:円形の小馬場の中で、常歩・速歩・駈歩運動を行なう。左回り・右回りと入念に運動させる(調馬索運動)。

トレーニングの期分け
 シドニー大学のエバンスは競走馬のトレーニングを3段階に分けた考え方を提唱しました。彼は第1段階のトレーニングを耐久トレーニングと呼び、主目的を持久力の向上におきました。スピードは分速600m(ハロン20秒)以下とし、走行距離はできるだけ長距離としました。第2段階では、無酸素的なエネルギー供給を刺激するのを主目的に、有酸素的なエネルギー供給能力と無酸素的なエネルギー供給能力の調和した向上を図ることを目的においています。第3段階では、さらにトレーニングのスピードを上げ、加速も強化します。この段階は、いわば仕上げ期から競走期にあたります。育成期のトレーニングは、エバンスの期分けによると、概ね第1段階から第2段階の初期から中期にあたると考えられます。エバンスの考え方は基本的には正しいといえますが、耐久トレーニングを行なう際の走行距離や持続時間あるいはその期間については、トレーナーによっても相違があり、国や地域によっても異なっているようです。

耐久トレーニング
 育成期の初期に行なわれるトレーニングは必然的にスピードの遅い耐久トレーニングになっているのが普通です(図2)。運動強度としては、運動中の心拍数は170~180 拍/分程度で、高くても200 拍/分前後です。この程度の運動であれば、血中乳酸濃度は高くても2~3ミリモルで、少なくとも有酸素性のエネルギー供給主体のトレーニングになっています。

2 図2:JRA日高育成牧場の屋内坂路コース。以前は、屋内コースはなかったので、冬季間に強度の高いトレーニングを行なうことは難しかったが、最近では北海道には多くの屋内コースがある。

 2歳の1月下旬から4月にかけて、駈歩を含む一般的なトレーニングを行なった馬のVO2maxは150から165ミリリットルにまで増加しました。一方、同期間を速歩のみでトレーニングした馬ではVO2maxの増加は見られなかったものの、少なくとも減少することはありませんでした。また、同時期にスピードの遅い駈歩を長距離行なったグループと短距離行なったグループで比較すると、VO2maxには大きな差は認められませんでした。これらの結果から考えると、騎乗馴致中に行なわれる運動でいったん増加したVO2maxは、その後は弱い運動によっても維持されるようです。

次回続編をご紹介します。

(日高育成牧場 副場長  平賀 敦)

2019年2月 8日 (金)

OCDって何?

No.40 (2011年9月15日号)

 OCD(※1)とは、発育の過程で関節軟骨に壊死が起こり、骨軟骨片が剥離した状態です。クラブフットやボーンシストなどと同じくDOD(Developmental Orthopedic Disease:発育期整形外科的疾患)の一種です。若馬でしばしば跛行の原因となり、関節鏡を用いた骨軟骨片の摘出手術が必要となることがあります。


OCDの病態は下記の3つの段階に分類できます。
1)レントゲンで所見があるが、臨床症状はない
2)腫脹や跛行など臨床症状があるが、レントゲンでそれに見合う所見がない(関節鏡を入れれば所見がある)
3)腫脹や跛行など臨床症状があり、かつレントゲンでそれに見合う所見がある
 

 JRA育成馬を用いた調査成績から、「上記1に該当する場合は手術の必要はない、3に該当する場合は関節鏡を用いた摘出手術を実施する必要がある」と考えています。2に該当する場合が最も判断が難しい状態で、診断麻酔といって局所麻酔薬を跛行の原因と考えられる関節に注射し跛行が消失したら関節鏡を入れてみて、病変が確認されればその場で手術に移行するという方法もあるようです。ヒアルロン酸ナトリウム(商品名ハイオネート)や多硫酸グリコサミノグリカン(商品名アデクァン)の関節内あるいは全身投与など内科的治療で改善する場合もあります。

飛節に多く認められる
 OCDは飛節、球節、膝関節(いわゆる後膝)、肩関節などに発生しますが、最も一般的に見られるのは飛節のOCDです。飛節の中でも脛骨中間稜(写真1)が最も多く77%(244/318)、続いて距骨外側滑車(写真2)が12%(37/318)、脛骨の内側顆が4%(12/318)、距骨内側滑車が1%(3/318)、他の複数の組み合わせが6%(22/318)であったとの報告もあります。最も良く認められる症状は関節液の増量(いわゆる飛節軟腫)ですが、跛行を呈することはまれです。また、近年ではせり前のレポジトリーのレントゲン検査で偶然見つかることが多いようです。また、関節鏡手術後の予後が非常に良いため、跛行せず関節液の増量が認められるのみの症例でも関節鏡手術が実施されることが多いようです。JRAでは現在、飛節OCDが認められた育成馬について、手術適用を含めて追跡調査を行っています。結果がわかり次第報告させていただきます。

1_2 写真1.脛骨中間稜のOCD(○印)

2_2 写真2.距骨外側滑車のOCD(○印)

球節にも発症する
 球節のOCDは、第3中手骨(後肢であれば中足骨)遠位背側、第1指骨の近位掌側(後肢であれば蹠側)辺縁および第1指骨近位背側に発生します。臨床症状は、球節の腫脹(関節液の増量)で跛行が認められない場合もあります。第3中手骨(後肢であれば中足骨)遠位背側のOCDは病変により下記の3つに分類されており、Ⅱ型およびⅢ型は関節鏡手術の適応とされています(写真3・4・5)。


 Ⅰ型:欠損や扁平化がレントゲンのみで認められる
 Ⅱ型:欠損に骨片を伴う
 Ⅲ型:骨片や遊離物(ないこともある)を伴う1つあるいはそれ以上の欠損や扁平化がある

 JRA育成馬を用いた調査成績から、後肢の場合は腫脹や跛行などの臨床症状がなければ、多くが手術の必要なく競走馬として能力を発揮することが可能と考えています。

3_2 写真3.第3中手骨遠位背側のOCD(Ⅰ型)

4 写真4.第3中手骨遠位背側のOCD(Ⅱ型)

5 写真5.第3中手骨遠位背側のOCD(Ⅲ型)

その他の部位のOCD
 膝関節(いわゆる後膝)のOCDは、大腿骨外側滑車稜(写真6)に最も多く発生し64%(161/252)、他に大腿骨内側滑車稜7%(17/252)、膝蓋骨1%(3/252)、他の複数の組み合わせが28%(71/252)であったという報告があります。臨床症状は、他の関節のOCDと同様跛行あるいは関節液の増量で、ほとんどの症例では保存的療法(60日間の馬房内またはパドック休養)で治癒するとされますが、レントゲン上で欠損の長さが2cm以上または深さが5mm以上の病変が確認される場合は関節鏡手術が推奨されています。

6 写真6.大腿骨外側滑車稜のOCD

 肩関節のOCDは、上腕骨や肩甲骨関節窩に発生します。周囲の筋肉が厚く、レントゲン検査には多くの線量が必要で2歳以上の馬ではポータブル撮影装置では撮影できない場合もあります。一般的にレポジトリーで撮影される関節ではないため、跛行している馬を検査した場合に発見されます。保存的療法では予後が良くないとされていますが、関節鏡手術は手技が難しいので、部位によっては手術が困難です。

 以上、OCDについて説明してきましたが、生産牧場のみなさんにとっては、「レポジトリー検査を受けた際に偶然見つかる」というのが最も多いパターンではないでしょうか。前述したように、「レントゲンで所見があるが、臨床症状はない」というものであれば手術する必要はないと考えるのが一般的な見方ですので、必要以上に心配することはありません。ただし、市場で高く売却するためには、臨床症状がない場合でもOCDの除去を実施した方が良い場合もありますので、馬の価値と手術経費等をオーナーや獣医師と良く相談することが大切です。現在、セリにおけるレポジトリーが普及し、レントゲンでOCDなどの所見を目にする機会が増えましたが、重要なことは、購買者側と上場者側の両方が納得して売買契約に至るということではないでしょうか。そのためには、両者がレポジトリーの活用方法について正しい知識を持つことが大切です。

※ 1 Osteochondritis Dissecans:離断性骨軟骨炎もしくはOsteochondrosis Dissecans:離断性骨軟骨症

(日高育成牧場 業務課 診療防疫係長 遠藤 祥郎)

2019年1月28日 (月)

JRA育成馬の購買方法

No.36 (2011年7月15日号)

 JRAでは「強い馬づくり」すなわち、内国産馬の資質向上や生産・育成牧場の飼養管理技術向上に貢献することを目的に、育成研究業務を行っています。ここで得られた成果は、ブリーズアップセールで売却後の競走パフォーマンスにおいて検証された後、広く競馬サークルに普及・啓発することとしています。今回は、育成研究業務のアウトラインとJRA育成馬の購買について紹介いたします。

JRAの育成研究
1)初期・中期育成
 生産から初期、中期育成期においては、いまだに多くの課題が残され、国際競争力を持つ資質の高い馬づくりのためには、さらなる生産育成技術の向上が求められています。例えば、「繁殖牝馬の不受胎」や「受胎後の胚死滅」および「流死産等の予防」による生産率の向上、「競走成績に影響を及ぼすDOD(発育期整形外科疾患)の予防」、「寒冷地における効果的な冬季の放牧管理やウォーキングマシンを含めた運動方法の確立」等です。これらの課題に取組むため、10頭の繁殖牝馬とJRAホームブレッド(生産馬)を活用しています。

1 冬季に昼夜放牧を行う1歳馬。わが国の気候に適した初期育成管理方法の開発が求められている。

2)後期育成
 JRAはこれまで、各種講習会の開催、『JRA育成牧場管理指針』の配布、BTCおよびJBBAの人材養成をはじめとした各種外部研修生の受け入れ等の活動によって、「昼夜放牧の普及」、「安全なブレーキング技術の導入」、「市場上場馬の展示方法の改善」、「若馬に対する坂路調教の応用」等、生産育成技術の向上に努めてきました。その結果、わが国の後期育成技術は飛躍的に向上し、レベルアップした競走馬の血統的資質や能力を十分に引き出すことができるようになっています。
 最近は、繁殖牝馬の受胎率向上に関する研究を応用した「若馬に対するライトコントロール法の応用」や効率的な栄養摂取を目的とした「オールインワン飼料の開発」さらには、1歳市場で購買した馬の「四肢X線所見や内視鏡検査と競走成績との関連」に関して抽せん馬時代から積み重ねてきた研究をとりまとめ、購買者がセリでレポジトリー情報を活用するための参考となる研究にも取組んでいます。後期育成に関する研究は1歳市場で購買した80頭程度の育成馬と生産した10頭以内のJRAホームブレッドを活用しています。

育成馬購買にいたるまで
 JRAが1歳市場で購買する馬は、育成研究、技術開発や人材養成を行ううえで、育成期間に順調に調教を行うことができることが必要です。購買に際しては、発育の状態が良好で、大きな損徴や疾病がなく、アスリートとして適切な動きをする馬を選別するようにしています。

1) 購買検査
 JRA育成馬の購買は複数名のチームで実施しています。チームには、競走馬の臨床経験が豊富な獣医・装蹄職員が含まれており、お互いに意見交換を行いながら候補馬を選定します。購買検査では、まず外貌を観察します。その際、蹄の状態を観察することができるよう、砂や芝生の上ではなく、平坦な場所で実施します。その後、馬の動きを観察するため、前望や後望から常歩で歩様を確認します。

2 せり会場での歩様検査

 一般的なセリに上場される1歳馬は、約2ヶ月間、十分な常歩運動を行うことで体を作ります。人手をかけずに体力をつけるためには、ウォーキングマシンでの運動は効果的です。しかし、セリで馬をよく見せるためには、引き馬での運動が不可欠です。つまり、行儀よく躾けられており、また、人の指示によってキビキビと歩く馬は、購買者から好感を持たれるとともに、購買後も騎乗馴致へとスムーズに移行することができます。「セリ馴致」と呼ばれるこのようなコンサイニング技術は、年々向上しています。
 HBAサマーセールは5日間で1200頭以上が上場されます。一日あたり250頭程度上場されるので、セリ当日は検査をする時間が十分ありません。したがって、JRAでは、事前に5頭以上繋養しているコンサイナーに預けられた馬を事前に牧場で検査しています。半分以上にあたる約600~700頭の事前検査を行っているので、セリ当日はコンサイナーで見ていない馬を中心に、十分に時間をかけて検査しています。

2) レポジトリー検査結果の確認
 セリ会場においてすべての馬を検査した後、候補馬のレポジトリーを確認し最終的な合格馬を選定します。ここでは、JRAで行っているレポジトリーのチェックポイントについてご説明します。
X線所見は、球節、腕節、飛節などの関節内に骨片やOCDによる軟骨片が遊離していないか、また、骨膜炎などの像がないか、を確認します。これまでの調査では約10%の馬にこのような所見が見られますが、これらは新しい所見ではなく、また、ほとんどが競走能力に影響を及ぼしません。しかし、このような所見がレポジトリーで見られた場合、再度、実馬を確認し、関節の腫脹、発熱、疼痛および跛行など、症状の有無を確認します。もし、このような臨床症状が見られる場合、慎重に購買を判断する必要があります。
 前肢の近位種子骨の状態も観察します。JRAでは、線状陰影の本数やその幅、形状によって種子骨をグレード分けして判定しています。種子骨の状態と競走能力との関連はありませんが、グレードの高い馬は靭帯炎を発症するリスクが高いことも分かっているので、このような馬を購買した場合、飼養管理や調教で注意をする必要があります。

3 種子骨のグレード評価とその保有率を示す。

 安静時の上気道(ノド)内視鏡所見では、若馬は喉頭蓋が薄く小さな形状をしているのが普通です。中には、調教中、ゴロゴロという呼吸音が特徴的なDDSPを発症する馬も見られますが、ほとんどが成長に伴い良化します。もっとも注意が必要なのは、ヒーヒーという吸気時に音を発する喘鳴症と関連がある喉頭片麻痺(LH:披裂軟骨が下垂)の所見です。JRAの調査によると、健康な1歳馬のうち16%の馬がG(グレード)1以上の所見を有することがわかっており、G2までは競走成績との関連はありません。披裂軟骨がまったく動かないG3では手術が必要です。なお、G0やG1でも喘鳴症の症状を呈する馬がまれにみられますが、咽頭虚脱など特別な疾病でなければ競走能力に影響はありません。

4 左が正常な内視鏡像。右は喉頭片麻痺(LH)G1以上の所見。

5 左がG1、右がG2の所見およびその保有率を示す。吸気時に左披裂軟骨がどの程度動くかによってグレード分けを行うが、いずれも競走能力に影響はない。

6 手術が必要なG3の症例、保有率は1%未満

 完璧な体型の馬はいないのと同様、レポジトリー所見をみるとなんらかの異常がみられるものです。現在、JRAでは生まれてから成馬になるまでの経時的な種子骨やノドの発育過程を観察することにより、より詳細な調査を行っているところです。これらの成績についてはまとまり次第、さまざまな場面を活用して紹介いたします。

  (日高育成牧場 業務課長 石丸 睦樹)

2019年1月23日 (水)

子馬の発育期整形外科疾患(DOD)

No.35 (2011年7月1日号)

成長期の骨や腱などにみられる病気
 サラブレッドが最も成長する時期は、誕生してから離乳するまでの期間です。健康な子馬の誕生時の体重は50~60kgですが、離乳が行われる6ヶ月齢頃には約250kgにまで増加します。成馬になったときの体重を仮に500kgとすると、出生時には成馬の体重の10%程度でしかないのに、わずか半年間で成馬の体重の50%にまで急成長することになるのです。このような急激な成長をみせるサラブレッドの子馬の骨や腱などに、この時期に特有の疾患を引き起こすことがあり、このような疾患を総じて発育期整形外科的疾患(DOD:Developmental Orthopaedic Disease)と呼んでいます。

DODには、どんな疾患があるの?
 DODの代表的な疾患には、離断性骨軟骨症(OCD)、骨軟骨症(骨嚢胞)、骨端炎、肢軸異常、ウォブラー症候群などがあります。これらの疾病の発症要因は、まだ十分に特定されていない部分も多いが、一般的に考えられているものとして遺伝的要因、急速な成長やバランスの悪い給餌(栄養)、解剖学的な構造特性、運動の過不足、放牧地の硬さなどが挙げられます。一方、近年の研究では、遺伝との関連が強く、競走能力向上のための遺伝的選抜はDOD発症率の低下と相反するものであるため、DOD発症率は増加傾向にあるばかりでなく、撲滅することは不可能であるとさえ考えられています。したがって、飼養管理方法を適切なものとし、発症した場合は軽度のうちに適切な処置を施すことが重要と考えられています。ここでは、DODの代表的な疾患である「骨端炎」と「離断性骨軟骨症」、さらに生産者を悩ますことの多い肢軸異常の中から「クラブフット」について、その病態と発生要因、対策などについて紹介します。

骨端炎
 子馬の骨のレントゲン写真をみると、骨の両端部分には隙間が写っているのが分かります(図1)。この隙間が骨端板と呼ばれる部分で、まさに骨が成長している場所になります。この骨端板は軟骨からできているため、ストレスに弱く、過度の負荷がかかると炎症が起きてしまいます。骨端板は馬の成長に伴い、肢の下の部分から閉鎖していきますが、生後2~4ヵ月齢の子馬が最も影響を受けやすいのが管骨遠位(球節の上)の骨端板になります。この部分の骨端板に炎症が生じると、球節はスクエア(四角)状になり、歩様も硬くなり、繋が起ってきてしまいます。次第に腱の拘縮が起こると、後述するクラブフット発症の要因になるとも考えられています。有効な治療法としては抗炎症剤の投与がありますが、根本的には痛みの原因となる要因を考え、取り除くことが重要になります。また、体重増加が大きい子馬に発症しやすいことが認められているため、母馬の飼料を食べていないかどうか、あるいは放牧地の硬さや放牧時間などをもう一度、見直してみる必要があります(図2)。

1_7 図1 球節の骨端板の位置(左写真:矢印)と骨端炎発症馬のスクエア状の球節(右写真)。
レントゲンで透けて見える骨端板は骨が盛んに成長している大事な部分であり、ストレスに弱い部分でもある。

2_5 図2 母馬について走り回る子馬
活発な母馬について走り回る子馬の運動量は母馬以上になり、骨端板に炎症を起こすこともある。

離断性骨軟骨症(OCD:Osteochondrosis Dissecans)
 OCDは関節軟骨の発育過程の異常で壊死した骨軟骨片が剥離するために生じる病変です。飛節や膝関節や肩甲関節、球節はこの疾患の好発部位となります(図3)。飛節部のOCDは軟腫や跛行の原因となることもあります。しかし、臨床症状がない場合は手術の必要はなく、大きな骨片は関節鏡手術により除去することで予後は良好です。大抵の馬は、その成長過程のある時期に、一つあるいは複数のOCDを持っている可能性があり、多くの場合は競走能力には影響がないといわれています。飼養者はOCDの存在部位や大きさ、調教や競走において問題につながる可能性があるのかどうかなどの情報を予め知っておくことが重要であると思われます。

3_3 図3 飛節関節内の脛骨中間稜に認めたOCD症例

12カ月齢の定期レントゲン検査で発見したOCD病変をCTスキャン検査で3次元解析すると、小さな骨片が関節内に遊離しかけている様子が確認できる。

クラブフット
 クラブフットとは、後天的に深屈腱が拘縮することによって蹄関節が屈曲した状態で、外見上ゴルフクラブのように見えることから、このような名称で呼ばれている肢軸異常の1つです。生後3ヶ月齢ころの子馬に多く発症し、特徴的な肢軸の前方破折、蹄冠部の膨隆、蹄尖部の凹湾、蹄輪幅の増大や正常蹄との蹄角度の差などの症状により4段階にグレード分けされています(図4)。

4_2 図4 クラブフットのグレード(Dr. Reddenの分類から)
グレード1…蹄角度は、正常な対側肢よりも3~5度高い。蹄冠部の特徴的な膨隆は冠骨と蹄骨の間の部分的な脱臼に起因する。
グレード2…蹄角度は、正常な対側肢よりも5~8度高い。蹄踵部に幅の広い蹄輪幅を認める。通常の削蹄により蹄踵が接地しなくなる。
グレード3…蹄尖部の凹湾。蹄輪幅は蹄踵部で2倍。レントゲン画像上、蹄骨辺縁のリッピングが認められる。
グレード4…蹄壁は重度に凹湾し、蹄角度は80度以上となる。蹄冠の位置は踵や蹄尖と同じとなり、蹄底の膨隆を認められる。レントゲン画像上、蹄骨は石灰化の進行により円形に変形し、ローテーションも起こる。


 原因としては「疼痛」が挙げられています。子馬は骨や筋肉が未発達なため、上腕、肩部、球節あるいは蹄などに痛みがあると、これを和らげるために筋肉を緊張させます。特に球節の骨端炎や蹄内部に疼痛がある場合、負重を避けるために関節を屈曲させ、その結果、深屈腱支持靭帯が弛緩します。この状態が一定期間続くと、深屈腱支持靭帯の伸展する機能が低下し、廃用萎縮の状態となり、疼痛が消失しても深屈腱支持靭帯の拘縮が残り、クラブフットを発症すると考えられています。
 一方で、必ずしも疼痛を伴わずにクラブフットを発症することもあることから、疼痛以外の原因もいくつか考えられます。たとえば、採食姿勢もそのひとつです。子馬の四肢は首の長さに比較して長いため、放牧地で牧草を食べる時には、極端に大きく前肢を前後に開く姿勢をとる様子が頻繁に認められます(図5)。この時、後ろに引いた蹄の重心は前方に移動することから、蹄尖部は加重により蹄がつぶれ、蹄踵部は加重が軽減することにより蹄が伸びやすくなり、これが蹄壁角度の増加を助長すると考えられます。どちらの肢を前に出すかは子馬ごとに癖があることが調査の結果分かってきました。1日の大半を放牧地で過ごす子馬の採草姿勢とクラブフット発症との関連性が解明されつつあります。

5 図5 子馬の採食姿勢
子馬の四肢は首の長さに比較して長いため、前後に大きく開いて採食する。どちらの肢を前に出すかは馬によって癖があり、常に後ろに引かれている蹄の重心は前方に移動し、蹄角度が増加する一要因になると考えられる。

軽種馬生産・育成技術の向上を目指して
 現在、JRA 日高育成牧場では、軽種馬生産や育成管理技術の向上を目指して、軽種馬生産者、獣医師、装蹄師、栄養管理者が情報交換しながらDODや肢勢異常に関する調査研究に取り組んでいます。これらから得られる成績は研修会などの場で紹介していきたいと思います。


(日高育成牧場 生産育成研究室 研究役 佐藤文夫)

2019年1月21日 (月)

BTCと軽種馬育成調教場-BTC20周年によせて-

No.34 (2011年6月15日号)

 日高育成牧場の敷地内にある軽種馬育成調教場(以下、調教場)の管理運営を行っている軽種馬育成調教センター(BTC)は、本年20周年を向かえました。この間BTCは、さまざまな観点から「強い馬づくり」を支援する事業を展開し発展してきました。今回は、調教場の概要とBTCの事業について紹介いたします。

多種多様な馬場とその特性
 バラエティに富んだ調教が行えるよう多種多様な馬場(表1)をそろえ、調教場を利用する育成者の創意工夫によりさまざまな調教を施すことが可能となっています。いずれの馬場も、定期的な硬度調査を実施し適切な管理によって硬度維持に努めるとともに、砂厚調整や整地転圧などの日常管理を入念に行っています。また、開場以来の利用頭数は年々増加傾向にあり(図1)、今では日高東部地区の競走馬の育成場として大きな地位を築くまでにいたっています。

表11_6

2_4

図1 開場以来、調教場の利用頭数は年々増加している

育成調教技術者養成研修事業
 強い馬を育成するには、確かな技術を持った騎乗技術者が不可欠です。このためBTCでは、こうした騎乗技術者を養成するための研修事業も行っています。研修期間は4月からの1年間、全国各地から性別、乗馬経験を問わず30歳未満の人を募集、選抜し、浦河の日高事業所において全寮制で行っています。研修生は、馬への近づき方、引き方などの基本動作の教育からはじめ、やがて厩舎作業や馬取扱い全般にかかわることを学びます。また、馬という動物についての知識を学ぶ学科は、馬体の各名称などから病気の知識などの衛生管理、牧草や繁殖についての基礎知識にまでいたります。馬の騎乗に関しては一般的な基本馬術からはじめますが、走路騎乗が始まると、教官が併走しながら指示を与える方法で騎乗技術を指導しています(写真1)。また、研修の後半ではJRA育成馬のブレーキングや初期調教なども経験し、研修修了前にはハロン15秒程度のスピード調教が出来る騎乗技術を習得します。現在は女子3名を含む29期生21名が研修中ですが、育成牧場に就職してから即戦力として活躍することはもちろん、やがては生産地の牧場等で技術的中核として働く人材となることを期待しています。

3_2写真1 研修生の騎乗訓練

軽種馬の競走能力の向上等に関する調査研究
 BTCでは「強い馬づくり」の一環として、軽種馬診療所において「運動科学に関する調査研究」および「育成期のトレーニング障害に関する調査」等を中心に調査研究を行っています。「運動科学に関する調査研究」では、育成馬のトレーニングを科学的に管理するため、人のスポーツ医学を応用したトレーニングの効果判定やトレーニングによる馬体の生理機能の変化について調査を実施してきました。たとえば、馬の走行中の心拍数や運動後の血中乳酸値を調査することで馬の運動能力がどのように向上していくかを明らかにし、さらに様々な馬場(グラスvsウッドチップvs砂、平坦vs坂路)が馬に与える負担度を明らかにし、育成者の皆さんがトレーニングメニューを作成する上での参考にしていただいています。また、「育成期のトレーニング障害に関する調査」では、調教場利用馬の診療及び各種検査から、トレーニングに伴う疾病の発生状況や異常所見が将来の競走成績にどのような影響を与えるかについて調査を実施しています。その結果、育成馬に発生する骨疾患の多くは、筋腱付着部(腱や靭帯が骨と付着している部位)の障害が因子となって発生していること、さらに近年はトレーニング強度の増加により、四肢の骨折や屈腱炎が増加傾向にあること、などを報告しています。

牧草と草地土壌分析事業
 生産牧場等に対して良質な牧草生産の促進と飼養管理技術の指導や普及に役立てるため、牧草や草地土壌の成分分析を実施し、その結果をフィードバックする事業も行っています(写真2)。近年、昼夜放牧を実施する牧場も増加していることから、放牧地の改良や採食量が増加する牧草の栄養価を把握し飼料給与方法に反映させる必要性が増しています。こうした馬づくりの基本を点検するうえで、土壌や牧草の成分を定期的なチェックは欠くことができません。

4写真2
 
 今後ともBTCのさまざまな事業をご理解いただき活用いただければ幸いです。

(日高育成牧場 総務課  長澤 れんり)
(BTC日高事業所 次長  早川 聡)

2019年1月 7日 (月)

育成馬用オリジナル飼料の導入

No.27 (2011年3月1日号)

 近年、養分要求量を充足させた飼料給与の重要性が認識されるようになり、軽種馬の生産・育成の各牧場、東西トレーニング・センターにおいては各厩舎が独自に配合したプライベートブランド飼料を導入するケースがみられるようになってきました。日高育成牧場においても、こうした飼料の有効性を実際に検証するため、育成馬に対し後期育成用のオールインワン飼料として独自に開発した「JRAオリジナル10」を給与しています。


 自家製配合飼料の利点として、
① 飼料給与計画に基づいた適正な栄養管理を実施しやすく、また全体の栄養バランスを損なうことなく運動量の違いによる調整が可能である。
② 飼料配合のシンプル化により作業効率を高め、給餌者間での給与量や各飼料の給与配分のバラつきをなくすことができる。
③ シーズン毎の継続的な栄養管理の実施が可能となる
などがあげられます。

オリジナル飼料の試作
 JRA育成馬の濃厚飼料はこれまで、軽種馬飼養標準に基づき、エネルギーやタンパク質、ビタミンやミネラル等の栄養素に過不足が生じないように、エンバク、エースレーションN0.2、脱脂大豆等を飼付け時に配合し給与してきました。しかしながら、後期育成調教における運動強度が従来に比べ増加するとともに、よりきめ細やかな馬体コンディションを維持するための飼料給与管理が要求されるようになってきました。そこで、必要栄要素が過不足なくバランスよく配合されているJRAオリジナル飼料を作成することとしました。作成の際のポイントは、「運動強度が強くなった際に見られる食欲不振や濃厚飼料多給による諸問題に対応した、嗜好性がよく繊維質を十分含んだ飼料であること」でした。
試作品の嗜好性試験を重ね、出来上がったのが「JRAオリジナル08」でした。その特色は、原材料として既存の配合飼料では使われていないビートパルプを使用したことで繊維質を十分に含んでいること、ヒマワリの種子などを入れることで脂肪含量を上げ、米油等の添加が不要となることなど必要栄要素が過不足なくバランスよく配合されていることです。
 この「JRAオリジナル08」を08年と09年購買馬の2世代の育成馬全頭に給与しました。それまでの濃厚飼料内容と比較して、総量は概ね同量でしたが「JRAオリジナル08」およびエンバクの2種類とシンプルになり、配合ムラがなく馬の状態にあわせた給与が可能となりました。しかし、調教強度が上がってくる2~3月になると、特に牝馬において精神的あるいは肉体的ストレス増によると思われる食不振が高率でみられるようになりました。

1_3

2_3

JRAオリジナル10

嗜好性の改善
 そこで、さらに嗜好性について検討し改良することとしました。「JRAオリジナル08」の残し方は3つのタイプがあり、JRAオリジナルそのものを残す、ペレットのみを残す、ペレットを粉々にして残す、といったものでした。その中で特に後者の2つのペレットを残すタイプが多く見られました。嗜好性が低下した原因は、ペレットに栄養素(特にミネラル)を詰め込みすぎたことによって、味付けが濃くなり、苦味がでてしまったのではないかと考えられました。そこで、ペレットに含まれる主な苦味成分であるマグネシウムと亜鉛の量を問題ない範囲で減少させ、さらに成分はそのままでペレット比率を増すことによって全体の味を薄くするといった改良を加えました。それが、現在の「JRAオリジナル10」です。10年購買馬全頭に対し昨夏の入厩時より給与していますが、現在のところ非常に嗜好性が良く、ほとんど残す馬は見当たりません。調教強度が上がってくる2月以降も注意深く見守っていきたいと思います。

3_3

4_3 JRAオリジナル10の成分表


 JRA日高育成牧場として今後は、繁殖牝馬や前期、中期育成馬用のオールインワン飼料を作成し、生産・育成界に栄養バランスの優れたオールインワン飼料を提示することで、育成技術のレベルアップに寄与することができればと考えています。


(日高育成牧場 業務課 大村 昂也)

2019年1月 2日 (水)

育成馬の胃潰瘍

No.25 (2011年2月1日号)

 今回は、日高および宮崎育成牧場で育成し昨年売却したJRA育成馬に対して行った胃潰瘍に関する調査について紹介したいと思います。

馬の胃潰瘍について
 馬の胃はヒトとは異なり、ヒトの食道と胃が一緒になった構造をしています。ヒトの食道にあたる部位が「無腺部」、ヒトの胃にあたる部位が「腺部」で、その間にのこぎりの歯のような形をした「ヒダ状縁」という境目があります。「腺部」で作られた胃酸が「無線部」や「ヒダ状縁」の粘膜に傷害を与えることで潰瘍になると言われており、ヒトの「逆流性食道炎」に近い病態と言えます。馬は本来放牧地でほぼ一日中草を食べているのが自然な状態ですが、競走馬として狭い馬房内に閉じ込められ濃厚飼料を与えられていると、胃酸分泌が増加し潰瘍ができるとされています。胃潰瘍の症状は多様で、炎症のみで上皮は正常な状態から、壊死を伴う深部潰瘍まで認められます。穿孔(せんこう:あなが開くこと)すると死に至ることもあります。
 競走馬の70~90%が胃潰瘍にかかっていることが知られていますが、育成馬についての研究はあまり進んでいませんでした。近年、施設の改良や技術の向上により、育成期においても競走期に近い運動が負荷されるようになり、育成期でもある程度の馬は胃潰瘍を発症している可能性が疑われるため、今回調査を行うことにしました。
 一方、競走馬の胃潰瘍の治療や予防に使われる薬剤には、胃酸を中和する制酸剤、粘膜を保護するスクラルファート、人体薬の「ガスター10」で有名なH2ブロッカーなどがありますが、海外では主にオメプラゾールという薬剤(商品名ガストロガード®、図1)が使用され効果が高いことが知られています。
 そこで、我々は2008年に生まれ、2009年7月から2010年の4月までJRA日高および宮崎育成牧場で育成された育成馬および研究馬85頭(雄42頭・雌43頭)を使って3つの調査を実施しました。

1

育成馬の胃潰瘍発症状況
 2010年2月に内視鏡で胃の中を検査した結果、27.1%(85頭中23頭)の馬が胃潰瘍を発症していました。胃潰瘍の程度(0~3で数字が大きいほど程度が悪い:図2)は、スコア2が13%(23頭中3頭)、スコア1が87%(23頭中20頭)で、胃潰瘍の発生に雌雄差はありませんでした。
 競走馬について行われた同様の調査では、76.9%の馬が胃潰瘍を発症しており、程度はスコア3が44%、スコア2が32%、スコア1が24%であったと報告されています。
 今回の調査から、競走馬ほどではないが、育成馬も3割程度が胃潰瘍を発症していることが明らかとなりました。また、競走馬と比較して、胃潰瘍の程度は軽いことがわかりました(図3)。

2

3

オメプラゾールの胃潰瘍予防効果
 2月の内視鏡検査で胃潰瘍を発症していなかった馬を投薬群および対照群の2群に分け、投薬群にはオメプラゾール製剤のガストロガード®1/4本を28日間投与しました。これらの馬に対して通常どおり調教を実施し(F16まで)、3月~4月に再度内視鏡検査を実施したところ、胃潰瘍発症率が投薬群では3.6%(28頭中1頭)であったのに対し、対照群では38.7%(31頭中12頭)と胃潰瘍の発症を10分の1に抑えることができました。
 競走馬について行われた同様の調査では、胃潰瘍発症率が投薬群では21%であったのに対し、対照群では84%であり胃潰瘍の発症を4分の1に抑えることができたと報告されています。
 今回の調査から、競走馬と同等かそれ以上に、オメプラゾールの投与は育成馬の胃潰瘍の予防に効果があることが明らかとなりました(図4)。

4

オメプラゾールの胃潰瘍治療効果
 2月の内視鏡検査で胃潰瘍を発症していた馬18頭を治療群として、オメプラゾール製剤のガストロガード®1本を28日間投与しました。通常どおり調教を実施し(F16まで)、3月に再度内視鏡検査を実施したところ、18頭の馬の胃潰瘍はすべて治癒していました。
競走馬について行われた同様の調査では、胃潰瘍を発症している75頭について治療を行ったところ、治療後の内視鏡検査において58頭が治癒し、残りの17頭もスコアが改善されたと報告されています。
 今回の調査から、競走馬と同等かそれ以上に、オメプラゾールの投与は育成馬の胃潰瘍の治療に効果があることが確認されました(図5)。

5

 最近の研究では、胃潰瘍を発症していない馬と発症している馬をトレッドミル上で運動させた場合、発症していない馬の方が最大酸素摂取量が有意に高かったという報告もあります。あくまでもトレッドミル上の運動でのデータですが、実際のトレーニングでも胃潰瘍が発症していない状態で調教を行った方が効果が上がる可能性が示されています。今後、競走馬だけでなく、育成馬についても胃潰瘍対策を考えていかなくてはならないのかもしれません。

®ガストロガードはアストラゼネカ社の所有登録商標

(日高育成牧場 業務係長 遠藤 祥郎)

2018年12月28日 (金)

育成馬へのライトコントロール

No.23 (2010年12月15日号)

 ライトコントロールというと、皆様は何を思い浮かべるでしょうか?人では睡眠障害の治療などにも用いられている技術ですが、近年、生産地では牝馬の繁殖シーズンにおける発情誘起のための有用な管理技術として広く普及されています。そして、育成馬においても同法が応用されるようになってきており、冬の飼養管理の一部として定着しつつあるようです。今回は、育成馬へのライトコントロール法(図1)の効果や方法などについて説明したいと思います。

1_3

図1:ライトコントロール法を行っている育成馬房

ライトコントロール法って何?
 まず、ライトコントロール法とはどのようなものでしょうか?これは馬が長日性季節繁殖動物であり、春になると卵巣機能が活発となり、発情期が回帰するようになることを利用した飼養管理技術です。春になると・・・と書きましたが、馬は何によって春が来たことを感じるのでしょう?実は、馬は“光”によって季節を感じているのです。冬から春になるにつれ、昼間の時間が長くなりますが、馬はこの日照時間が長くなることを“目”から感じて季節を判断しています。そこで考え出されたのが、この「ライトコントロール法」です。まだ日照時間の短い冬期(12月末~3月初旬)の夕方と朝に、春と同様の日照時間になるようにライトを点灯します。そうすることで、「視床下部」という神経器官からのホルモン分泌が徐々に促進され、さらに下垂体から分泌される黄体形成ホルモン(LH)と卵胞刺激ホルモン(FSH)の分泌を促進することにより、卵胞発育や排卵が起こるようになります。発情周期が回帰すると、卵巣から分泌されるホルモンによる抑制が適切に働き、約3週間の周期的な発情を繰り返すようになります。実際に、馬の卵巣機能がもっとも活発になるのは、夏至を中心とする5~7月ごろといわれますが、現在はこの方法を用いることで、早くから繁殖シーズンを迎え、効率的な繁殖雌馬の管理をすることが可能となっています。


育成馬へのライトコントロール、その効果は?
 さて、育成馬ではどのような効果があるのでしょうか?馬が発情するとき、体の中では色々なホルモン変化が起きています。雄であれば男性ホルモン(テストステロン)、雌であれば女性ホルモン(エストラジオール)濃度が上昇し、雄は雄らしく、雌は雌らしくなります(どちらのホルモンも成長を促す効果があります)。また、成長ホルモン様の作用を有するプロラクチンの濃度も上昇します。そこで我々は育成馬にライトコントロール法を行うことで、これらのホルモン濃度を早期に上昇させ、体の成熟を促すことができるのではないかと考え、JRA育成馬を用いて冬から春(12月20日:冬至~4月中旬)にかけて実験を致しました。
 実験の結果、ライトコントロールを行った馬は・・・
① 安全性:疾病や異常な行動は認められず、本法の安全性は問題ありませんでした。
② 雄群のホルモン濃度:テストステロン濃度は対照群に比べて早期に上昇しました。
③ 雌群のホルモン濃度:エストラジオール濃度が高く、初回排卵時期も対照群に比べて早期でした。
④ プロラクチン濃度:雄雌とも対照群と比較して高いホルモン濃度を示しました。
⑤ 毛艶:4 月時点で対照群の馬より明らかに毛艶が良化しました(図2)。
 このように、雌雄とも、早期に性ホルモン濃度が上昇するとともに、毛艶については明瞭な良化作用が認められました。

2_3

図2:ライトコントロール(LC)群と対照群の毛艶の違い(4月時点)

育成馬へのライトコンロールのメリットは?
 近年、競走馬の流通形態において、騎乗供覧を行うトレーニングセールの需要が高まっています。そのような状況の中、ライトコントロール法を実施することで、発育が遅れている馬にも早期から十分な調教を実施できる可能性が有ります。また、セリにおいては馬の印象が良いことで購買意欲を高められることから、毛艶を良化させるライトコントロール法を実施することで、印象も大幅に変わり良好な売却結果につながるかもしれません。このようにライトコントロール法は馬房の天井にタイマー式の電球をセットするという簡単な方法ですが、そのメリットは大きいと思われます。皆さんも一度試してみてはいかがでしょうか?

【参考:ライトコントロールの実施方法】
 繁殖牝馬に実施するライトコントロール法と同じく12月20日(冬至付近)から3月初旬まで、昼14.5時間、夜9.5時間の環境を作成します。一般的な飼養環境においては、たとえば朝5時半から7時30分頃まで馬房内で点灯し、昼間は適当な明るさが確保できるよう、扉を開けるなどして管理し、続いて夕方の収牧後夜20時まで点灯します。照明は60~100ワットの白色電球(図3)を馬房の中央天井付近、または高さ2.5-3.0m付近に設置(蛍光灯でもOKです)。点灯・消灯はタイマー(図4:接続については電化製品店と要相談)で作動させ開始終了時間を設定すると非常に管理が楽になります。実施に当たって、2点注意事項があります。①効果を得るには暗い時間帯も必要です。ライトがついていない時間はできるだけ真っ暗にするのが理想的です。②また、厳冬期に冬毛が抜けますので、馬服を着せるなどのケアが必要になります。

3_3

図3:白色電球100W          

4_2 図4:タイマー(自動でON・OFFされます)


(日高育成牧場 業務課 土屋 武)

2018年12月27日 (木)

育成後期における蹄管理

No.22 (2010年12月1日号)

始めに
 蹄壁が薄い若馬の蹄は、体型、肢勢、歩様、運動、地質、日常の蹄管理など様々な要因により、蹄質は硬化あるいは軟化し、場合によっては蹄が脆弱化するなど、成馬の蹄に比べ環境による影響が反映されやすいとされています。一方、このことは、この時期の変形蹄であれば的確な矯正を行うことにより、良好な蹄形に改善できる可能性が高いとも考えられます。当歳時ほどではないものの、育成期にある若馬も細かに蹄質が変化するため、その変化に対応した削蹄修正を迅速に行い、馬体に伴った蹄の健全な成長を図り、安定した肢勢を維持することで蹄の異常な変形は予防され、結果的にその馬の価値あるいは能力は一段と向上すると言えるのではないでしょうか。

蹄管理の重要性
 1歳馬の蹄成長量は、月平均12mmで、成馬の9mmと比べても成長速度が速いことが分かっています。また、この期間は馬体の成長や調教に伴って、蹄角度はやや減少するものの、蹄下面の面積や蹄壁の長さは増加していきます(図1)。蹄成長の盛んなこの時期に、蹄への負荷が増加する調教が行われるため、定期的な蹄の検査や細かな蹄管理を怠ると、蹄壁の過剰摩滅や蹄が内向する仮性内向蹄、あるいは様々な疾病と深い関わりが示唆される変形蹄「ロングトゥアンダーランヒール」になるリスクが高くなると考えられます。

1_2

図1 育成期における蹄鞘の変化と体重の推移

ロングトゥアンダーランヒール(以下LU)
 LUとは、外見上蹄尖壁は前方に伸びすぎ、蹄踵壁が潰れた蹄の状態(図2)の名称です。競走馬でも一般的に見られる変形蹄のひとつで、その発生原因は肢勢の欠陥、調教・競走時の蹄踵への過剰負荷、遺伝的な欠陥、蹄の過剰な水分含有など様々な要因が考えられています。そしてLUがファクターの1つとなる疾患には、挫踵(蹄踵壁と蹄支の間あたりに発生する挫跖の一種)、蹄血斑、白線裂、蹄側・蹄踵部裂蹄、ナビキュラー病(蹄内部の緩衝作用を持った軟部組織の病気)などの蹄疾患、あるいは反回ストレスの増加や球節の過剰沈下に伴う腱・靭帯組織の損傷などが挙げられます。LU蹄を良好なバランスに戻すためには、まず凹湾している蹄尖壁を十分に鑢削し、次に潰れてしまった蹄踵部を削切して、蹄踵部に健全で真直ぐな角細管(蹄壁の強靭性を保つ角質組織)の成長を促すことが重要となります。この削蹄により、蹄の負重中心軸は後方へと移動するため、負重バランスの適正化が図れます。ただし注意することとして、思い切った蹄尖壁の鑢削を行った際は、蹄角質硬化剤などを塗布して蹄の堅牢性を保つように心掛けます。

2_2

図2 ロングトゥーアンダーランヒール(LU)


 また他の削蹄手法として、ケンタッキー州のリック・レドン獣医学博士によって普及された4ポイント・トリムも、LUに適した削蹄手法の一つです。この手法は、蹄負面の内・外側と蹄尖部分を多めに削り、削り残った内・外蹄尖部と内・外蹄踵部の4点が接地するように配慮する削蹄で、蹄反回時の支点を後方へ移行するとともに、蹄角度と繋角度を揃えることを目的とします。結果、力学的に効率の良い蹄反回が可能となり、反回時に蹄骨にかかる力学的ストレスが緩和されるとともに、蹄負面が減少した分を蹄底・蹄叉にて負重することで、蹄壁の成長を妨げる障害を取り除くことができると考えられています。

育成期における装蹄
 近年、蹄鉄を初装着するタイミングは、世界的に見ると遅くなる傾向にあり、トレーニングセールの数週間前に初めて装蹄を行うパターンが最も多いとされています。少し極端な例を挙げると、競走馬になっても蹄の状態が良ければ、前肢は跣蹄で管理する厩舎が豪州、米国、英国などで増加しているそうです。一方、日本では、ほぼ全ての競走馬が調教、レースともに蹄鉄を装着して行われています。JRA日高育成牧場の育成馬においては、平均気温の低下により蹄の成長量が減少するものの、トレーニングセールに向けた調教が強まる明け2歳時ぐらいから、過剰な蹄の摩滅予防と肢蹄の保護を目的とし、四肢に蹄鉄を装着します。しかし、例外もあります。例えば、削蹄のみではLUの矯正が期待できない場合などに、蹄鉄の装着を検討します。現在市販されている蹄鉄には、反回ポイントの後方移動を目的とした様々なアルミ製蹄鉄(図3)があるため、蹄負面の成長が悪く十分な削蹄ができない場合などは、そのような蹄鉄を装着します。また、正常な蹄であっても蹄の成長量と調教による蹄の摩滅量が吊りあわない場合や異常歩様による偏った摩滅を防止する場合(図4)、また裂蹄・蹄壁欠損などの蹄疾患を発症した蹄などにも、早期に蹄鉄を装着します。

3_2

図3 ワールドレーシングプレート(サラブレッド社製)

4

図4 蹄尖壁の過剰摩滅蹄

終わりに
 変化に富む育成期の蹄を的確に管理することは、後の蹄形成に対して非常に重要であり、その馬の生涯のキャリアを高めることに繋がると考えられます。常日頃から蹄を観察する中で、違和感や不均衡が生じた際には速やかに装蹄師に依頼し、修正あるいは補強などにより蹄が本来持つバランスを取り戻すことが、護蹄管理、肢蹄保護の観点から大切なのではないでしょうか。

(日高育成牧場 専門役 粠田洋平、業務課 大塚尚人)

2018年12月18日 (火)

1歳馬の騎乗馴致 -その②-

No.19 (2010年10月15日号)

 前回に引き続き、1歳馬の騎乗馴致についての続編を紹介します。

基本装具

 騎乗馴致においては、まず、ブレーキングビット(写真1)とよばれるハミとキャブソン(写真2)を装着します。ブレーキングビットは、初めてハミを装着する馬が、口の中の正しい位置(舌の上)で受けることを覚えやすいよう、ハミの中央部にキーがついています。また、ハミは、まっすぐ走ることを教えるため枝のついたものを使用します。キャブソンは鼻革部分にリングがついており、最初はここからランジングレーン(調馬索)をとることで、馬の敏感な口を傷つけずに、ラウンドペン(丸馬場)で周回することを教えます。

1写真1 ブレーキングビット       

2 写真2 ブレーキングビットとキャブソン

馴致の流れ

1)1本レーンでのランジング(調馬索)

 最初はラウンドペンで馬を左手前で2-3周引き馬を行い、環境に慣らすとともに壁に沿って運動することを教えます。多くの馬は左手前が得意であり、右手前は苦手です。このため最初は得意な左手前を中心に実施します。時間をかけて苦手な右手前の運動時間を徐々に増加することにより、両手前をスムーズに実施できるようにします。

 ランジングは、壁に沿って運動させることが重要です。「人から離れて前に進め」という人のプレッシャー、「これ以上は外にいけない」という壁のプレッシャーのバランスにより、馬は自然に壁に沿って運動します。この最初のステップでは音声コマンドによって、「常歩」、「速歩」、「停止」を両方の手前でできるよう、馬とのコミュニケーションの確立を行います。馬に停止を要求する場合、必ず壁沿いの蹄跡で馬が動かないよう音声コマンドで停止させた後、人が馬に優しい声をかけてあげながら近づき、初めてプレッシャーを解除します。そのようにすることで、馬が人の合図を待たずに内に入って自ら運動を中断することを防止します。

2)ローラー装着

 馬がラウンドペン内で落ち着いてランジングができるようになったら、ローラー(腹帯:写真3)を装着します。まず、馬を左手前蹄跡上に駐立させた後、胸ガイを先に装着しローラーのベルトを締めます。このとき、馬を保持する者、追いムチで推進する者の役割分担を二人で行うことが重要です。馬がローラーの圧迫を嫌って、背を丸めてかぶったり、立ち上がろうとしたりする場合、瞬時に追いムチや声を用いて馬を推進し前に出します。馬は前方に動くことにより、やがてローラーの圧迫に慣れ、落ち着いたランジングが可能になります。装着したローラーは、すぐにはずさず、慣らすため30分~1時間程度装着を継続します。なお、ローラー装着に対する拒否反応が強い馬は半日~1日程度装着を継続することもあります。

 馬がローラーを受け入れ、1本の調馬索で落ち着いてランジングができるようになったら、サイドレーン(写真4)を装着します。最初はキャブソンからサイドレーンをとり、馬が慣れたらハミからとります。また、サイドレーンはき甲部でクロスして使用します。この方法は、ドライビング時に頭を下げて草を食べるなどいたずらを防止するとともに、必要以上に頭を下垂させず、騎乗時の安定した頭頚を教える上で極めて有用です。
   

3 写真3 ローラーを装着してのランジング                 

4 写真4 サイドレーンの装着方法(キャブソン)

3)ドライビング

 ダブルレーンによるランジング(写真5)は、1本目の調馬索をハミの内側からとり内方の手(左手前では左手)で保持し、2本目の調馬索はハミの外側からとり馬の外側を回して飛節の上部に位置し外側の手(左手前では右手)で保持します。馬がレーンによって飛節に触れられることに慣れ、ランジングがスムーズにできるようになったら、御者が徐々に馬の後方に回り込んでドライビング(写真6)の体制を教えます。最初は、ラウンドペンの中で2本の調馬索を保持し、馬の後方から前進気勢を与えることに慣らすとともに、ドライビングによる方向転換を教えます。ドライビングは騎乗する前に基本的なハミ受けを教えることといえ、バイクに例えるならば、ハンドル、ブレーキおよびアクセルなどの制動装置をセットするようなものです。
  

5 写真5 装鞍してのダブルレーンによるランジング      

6 写真6 走路でのドライビング

4)騎乗

 御者の指示によって、自由自在にドライビングが行えるようになれば、騎乗のステージへと進みます。ここでは、馬に人の体重負荷を慣らすとともに、馬にとって死角に当たる真後ろの位置で人が動くことに慣らします。最初の騎乗は馬房の中で実施します。これは、広さの限られた狭い馬房の中であれば、馬が驚いて暴れても、助手が確実に馬の動きを制御することができるからです。最初は横乗り(写真7)の状態で助手が馬を保持して馬房の中を大きく回転します。次に実際にまたがって助手が保持した状態で馬房の中で動かします。馬が落ち着いていればアブミをはいて脚による前進扶助を徐々に教えます。次に、ラウンドペンの中で騎乗することができれば(写真8)、やがて馬場で騎乗することができます。ここまで概ね約3週間をかけて実施します。

7 写真7 馬房内での横乗り

8 写真8 ラウンドペンでの騎乗

最後に

 実際の騎乗馴致では、怖がりで逃避反応が速かったり、我が強くなかなか要求したとおりに行動してくれなかったりと、馬によっては非常に難しいこともあります。しかし、どのような馬に対しても人が気長に構え、馬の行動をよく観察することによって難しくしている原因を見出し、求めたい方向へと導いてあげなければなりません。すなわち、私たちは、①馬に対してその将来を期待すること、②馬に求める目標を明瞭かつ具体的にイメージすること、③その時々の馬の状態・能力を確実に把握・理解すること、および④段階を踏みながら安全かつ無事に目標に導くこと、という4つのビジョンをもって馬の馴致を行うことが大切であると考えています。

 今回記載した騎乗馴致については、2009年12月に発刊した「JRA育成牧場管理指針」-日常管理と馴致(第3版)-に記載されています。この冊子の必要な方はJRA馬事部生産育成対策室までお問い合わせください(JRAホームページの「JRA育成馬サイト」(http://homepage.jra.go.jp/training/index.html)でもご覧になれます。
  

(日高育成牧場 業務課長 石丸 睦樹)