後期育成 Feed

2019年3月18日 (月)

アスタキサンチンの「こずみ」予防効果

No.55 (2012年5月15日号)

競走馬の「こずみ」とは
 古くから日本の競馬サークルにおいて、背、肩、腰あるいは四肢の筋肉痛により歩様がギクシャクして、伸び伸びした感じが無い状態のことを「こずみ」や「すくみ」などと呼んでいます(図1)。重症例では筋細胞のミオグロビン由来による赤黒い尿(筋色素尿症)を排尿したり、痙攣や起立不能を呈したりします。稀に急性腎不全や多臓器不全を併発することもあります。一方、軽度な「こずみ」は多くの競走馬に頻繁に認められる疾患でも、特に新しい環境に慣れていない新入厩馬には高率に発症が認められます。強直歩様や歩行困難を呈すると調教メニューの変更を余儀なくされることから、実際には多くの厩舎関係者が最も気を配っている疾患といっても過言ではありません。

1_4 図1「こずみ」の発症馬
レースや調教において強い運動負荷が加わるサラブレッドには筋肉疲労による「こずみ」症状が認められることがある。

原因は活性酸素
 運動や緊張により筋肉が収縮を繰返すと、筋細胞からは副産物として過剰な活性酸素が発生します。過度な活性酸素の発生は筋細胞膜を酸化し、傷つける原因となります。さらに、損傷を受けた筋細胞には炎症反応が引き起こされます。この炎症反応も多量の活性酸素を発生させ、さらに筋損傷を悪化させ原因となるのです。これらのことから、「こずみ」の原因は、活性酸素による筋細胞の酸化・損傷ということになります。したがって、過剰な活性酸素を除去することができれば、発症を予防することができるのです。

アスタキサンチンの抗酸化力
 アスタキサンチンとはカロテノイドの一種で、鮭やエビなどの海産物に多く含まれる天然の赤い色素成分で、活性酸素種に対する強力な抗酸化能を有することが知られています。その抗酸化能は、ビタミンCの6,000倍、コエンザイムQ10の800倍、カテキンの560倍、αリポ酸の75倍と非常に強力です。アスタキサンチンは生体に吸収されると主に細胞膜に分布し、細胞膜の酸化抑制に働くことが知られています。すでに、人のスポーツ選手では、コンディショニング維持やミドルパワー向上へのアスタキサンチンの応用が検討されてきています。

「こずみ」発症予防効果
 そこで、我々はアスタキサンチンの優れた抗酸化能に注目し、サラブレッドの「こずみ」の発症予防への応用性について検討しました。試験には、JRA日高育成牧場において育成調教過程のサラブレッド2歳馬58頭を用い、無作為に投与群と非投与群の2群に分け、投与群には2ヶ月間、アスタキサンチンを1日75mg混餌投与しました(図2)。投与期間中の運動調教は、総延長1kmの坂路コース(最大斜度5.5%、㈶軽種馬育成調教センター)を1日2本駆け上ることを基本メニューとして、その走速度は調教進度とともに次第に増強していきました(図3)。

2_4 図2 アスタキサンチンサプリメント(左写真の赤い粉末)の混餌投与
嗜好性は良好であった。

3_3 図3 JRA日高育成牧場における坂路調教中の育成馬

 その結果、調教終了3時間後の筋損傷指標(クレアチニンキナーゼ活性)は、非投与群では有意な上昇が認められたのに対して、投与群では有意な上昇を認めませんでした(図4)。また、投与試験中の「こずみ(筋肉痛)」症状を発症した馬の割合は、非投与群では38%(11/29頭)であったのに対して、投与群では10%(3/29頭)となり、投与群の発症率は有意に低くなりました(図5)。さらに、非投与群の「こずみ」発症馬11頭のうち8頭(73%)が試験期間中に複数回の筋肉痛症状を再発したのに対して、投与群の「こずみ」発症馬3頭は再発しませんでした。

4 図4 血中筋損傷指標(クレアチニンキナーゼ活性)の変化
アスタキサンチン非投与群では運動強度の増加によって有意な上昇が認められるのに対して、投与群では有意な上昇は認められなかった。

5 図5 アスタキサンチン投与による臨床症状(こずみ)の発症率
アスタキサンチン投与により有意に筋肉痛症状発症馬が減少した。

最後に
 激しい調教やレースを行うサラブレッドにおいて「こずみ」は職業病のようなものですが、その予防法には多くの飼養関係者が様々な方法で対処してきました。「こずみ」の発症要因が活性酸素であることを考えると、アスタキサンチンのような優れた抗酸化能を有するサプリメントを効果的に活用することで、筋肉のダメージを防止し、「こずみ」の発症を防止することができると考えられます。馬体のコンディションを整え、トレーニングの効果を今まで以上に発揮させることが可能になれば、競走馬としてのパフォーマンスも最大限に引き出すことができます。今後もアスタキサンチンの優れた抗酸化能力の応用性について検討していく予定です。

(日高育成牧場 生産育成研究室 研究役 佐藤文夫)

2019年3月13日 (水)

JRAブリーズアップセールの新たな取組み

No.53 (2012年4月15日号)

 来たる4月24日(火)、中山競馬場で2012 JRAブリーズアップセール(第8回JRA育成馬調教セール)を開催いたします。本年も多くの皆さまのご来場をお待ち申し上げております。今回は、JRAが実施する生産育成業務の役割と本年のセールにおける新たな取組みについて紹介したいと思います。

JRA生産育成業務の役割
 JRAでは、各地で開催されるサラブレッド市場で購買した1歳馬を、日高・宮崎の両育成牧場で育成・調教したのち、2歳の春に売却しています。その目的である「強い馬づくり」に資するため、これらのJRA育成馬を用い、1歳夏から2歳春の後期育成期の調査研究や技術開発を実施し、競走裡で検証して成果を普及することです。
 また、JRAでは平成10年秋から生産に関する研究を実施しています。生産から中期育成期には“早期胚死滅”や“DOD(発育期整形外科疾患)”など、多くの課題が残されていることから、日高育成牧場に繋養する繁殖牝馬に対し2008年以降に種付けした産駒を用い、“母馬のお腹の中から競走馬までの一貫した調査研究や技術開発”を実施することとし、その成果の普及・啓発にも取り組んでいます。このようにJRA日高育成牧場で生産した産駒をJRAホームブレッドとよび、1歳夏以降は市場購買馬とともにJRA育成馬として管理されます。これまで得られた研究成果として、“乳汁のpH測定による分娩時期の推定方法”や“ホルモン処置によって泌乳誘発した非分娩馬の乳母としての導入”があります。これらは、講習会や雑誌等によって公表、普及していますので※1、ぜひ活用していただければと考えています。また、昨年ブリーズアップセールで売却した後、競走馬となったホームブレッドは、トレセンの競走馬診療所と連携し、調教中の心拍数測定や飛節OCD所見の変化等、継続して競走期のデータを蓄積されており、現在、研究成果を競走裡で検証しているところです。
さらに、BTC(軽種馬育成調教センター)研修生やJRA競馬学校騎手課程生徒に対する人材養成にもJRA育成馬を活用しています。この実践研修の一環として、騎手課程生徒は、多くの馬主や調教師の見守る中、JRAブリーズアップセールの調教供覧で騎乗することになっています。

セールにおける新たな取組み
 2012JRAブリーズアップセールでは、これまで同様、“購買者の視点に立った運営”を維持しつつ、新規の方や不慣れな方にもよりわかりやすく参加しやすいセールを目指し、以下のような新たな取組みを実施します。

1)「前日展示会」の開催
 セールを火曜日に移行し、月曜日に前日展示会を実施します。JRAでは購買者ニーズに合致したセール運営を目指す中で、馬主や調教師の皆様にアンケート調査を行なったところ、「セール当日に馬を十分に吟味する時間が不足している」との指摘が多く寄せられました。これに応える取組みとして、セールを4月24日(火)に移行し、4月23日(月)は「前日展示会」の日として、装鞍所での比較展示を行うとともに、従来セール当日に公表していた個体情報冊子と台付価格表を配布し、十分にご検討いただく時間を設けました。
 「前日展示会」以外にも、4月19日(木)~22日(日)の10時~17時には、厩舎で購買候補馬のチェックを行うことが可能です。また、滞在中の調教【5時半頃~9時半頃】もご覧になることが可能です。(事前下見のお問合せは、ブリーズアップセール特設電話 TEL:080-3588-4357(4/16以降開設)にお願いします)

2)新規馬主に対するセリ市場参加の促進
① 育成馬を知ろう会 in宮崎(3/9~3/10)の開催
 新規馬主(2009年1月以降に馬主登録された方)を対象として、宮崎育成牧場で育成したJRA育成馬を用いて、「セリで購買する際の馬の見方」などを解説するとともに、「セリへの参加の仕方」、「購買した馬が競走馬になる過程でどのような育成調教がなされているか」などを、お伝えいたしました。また、この開催に賛同する日本馬主協会連合会競走馬資源委員会、日本調教師会およびセリ市場主催者からのご案内もお伝えしました。当日は、10組の新規馬主とその関係者の皆様が来場され、南国宮崎でのイベントを楽しんでいただけました(写真1)。

1_2 (写真1)生産育成対策室の山野辺室長が、JRA育成馬を活用してセリにおける「馬の見方」を解説しました。

② 新規馬主限定セッションの開催 
 JRAホームブレッドの売却を新規馬主の方(09年1月以降に馬主登録された方)に限定して実施します※2。限定セッションでは、多くの新規馬主の皆様に馬を所有していただくチャンスを広げるため、お一人1頭のみの購買制限を行わせていただきます(限定セッション上場馬が売却されず再上場された場合は、全馬主が参加可能となり、購買頭数の制限はございません。詳しくは名簿をご覧ください)。

3)早期のセール情報発信
 冬季の降雪や寒さのため、これまで作成が遅れていた“調教VTR”や“馬体写真カタログ”などのセリ情報を、従来よりも早期(4月初旬)にJRAホームページ上に発信します。また、事前に購買登録を済ませた馬主の皆様に対しましては、要望の多かった調教DVDの早期配布を実施します。これは、従来1600m屋外トラックで撮影していた調教DVDを、屋内坂路で撮影することにより可能となりました(1600mの調教状況は後日、JRA育成馬ブログ「JRA育成馬日誌」でご覧いただけます)。

4)鑑定人によるセリ上げの「先読み方式」採用
 鑑定人がセリ上げる金額を事前に購買者に問いかける「先読み方式」を採用します。例えば、最初に800万円の声がかかった場合、鑑定人は次に「800万円の上はありませんか?」と問いかけるのではなく、「850万円のお声はありませんか?」と次の価格を提示してセリをリードする方式です。この方式によって購買者が自分の予算に応じた範囲でのセリ上げが容易になるとともに、セリに不慣れな方も声をかけやすくなるものと考えています。
 JRAブリーズアップセールでは、前日に公表する「台付け価格」がリザーブ価格であるとともに、セリのスタート価格となります。また、購買者の皆様がご予算に応じた購買馬の選定が容易となるように声をかけやすいリーズナブルな台付け価格を設定していますので、気に入った馬に一声でも声をおかけいただきたいと願っています。

 JRAブリーズアップセールは、これまで同様、来場された皆様がセリを楽しんでいただけるよう、また、皆様の信頼を失わないよう、今年も適切な運営に取組んでまいります。セール当日には、5月から行われる民間の2歳トレーニングセールや夏の1歳市場および秋・冬の繁殖馬市場などの主催者ブースを設ける予定です。JRAは、ブリーズアップセールへのご来場により、一人でも多くのお客様が“セリに参加しよう”というきっかけづくりとなることを願っています。

※1グリーンチャンネル「馬学講座ホースアカデミー(全9話)」として、昨年8月から本年3月まで放映したJRAの生産育成研究成果をDVDにまとめました。このDVDおよび「育成牧場管理指針Ⅱ-生産編-」が必要な方は日高育成牧場(0146-28-1211:担当 石丸)または馬事部生産育成対策室(03-5785-7535:担当 吉田)までお問い合わせください。

※2「新規馬主限定セッション」に参加される方は、事前の購買登録が必要であることなど、売却馬名簿に定める基準を満たす必要があります。なお、調教進度遅れとして上場の場合は、限定セッションから除外します。また、欠場または調教進度遅れにより、対象となるホームブレッドが5頭に満たない場合は、市場購買馬を補欠馬として加えることがあります。

2_2 (写真2) 昨年のブリーズアップセール風景

(日高育成牧場 業務課長 石丸 睦樹)

2019年3月 4日 (月)

坂路トレーニングの効果(2)

No.49 (2012年2月15日号)

 前回の記事では、トレッドミルで得られた傾斜の違いが呼吸循環機能におよぼす影響に関する成績を紹介しました。トレッドミルを用いた研究では、傾斜が1%増えると、走行中の心拍数はおよそ4~6拍/分くらい増えるという結果が得られました。つまり、同じスピードで走っているときの心拍数は、3~4%傾斜では平坦(0%傾斜)に比較して10~25拍/分前後多くなる計算です。この差をハロンタイムに換算すると、3~4%傾斜では平坦にくらべて、2~4秒くらい遅いスピードで負荷が同じになることがわかります。

野外坂路コースでの心拍数
 浦河町の軽種馬育成調教センター(BTC)にも屋内坂路コースがあります。この屋内坂路コースの表面素材はウッドチップとバークの混合素材です。そこで、表面素材がウッドチップで屋内坂路コースと似た表面素材を持つ屋内直線1000m平坦コースとで、走行中の心拍数を比べてみました。その結果、ハロンタイムで比較して、屋内坂路コースは平坦コースよりも2~4秒遅いタイムで同じ負荷がかかることがわかりました。屋内坂路コースの傾斜は大まかに言って3~4%なので、トレッドミル運動負荷試験で得られた傾斜の影響とほぼ同様な結果が得られているといってよいでしょう。どうやら、走路の表面素材が同じであれば、走行コースの傾斜変化が運動中の心拍数におよぼす影響は、野外であれトレッドミルであれ、ほぼ同じのようです。

上り坂走行と走行フォーム
 傾斜の変化が心拍数をはじめとする呼吸循環機能におよぼす影響は前述のとおりですが、走行フォームにおよぼす影響はどうなのでしょうか。
 馬がギャロップで走っているときの四肢の着地の順番は、左手前ギャロップであれば、右後肢→左後肢→右前肢→左前肢の順に四肢を着地し、左前肢で踏み切って空中に浮き、再び右後肢を着地します(図)。

1_3 図1:ギャロップ走行時の四肢の着地順と1完歩。1完歩の長さ(ストライドの長さ)は、4つの歩幅の合計{(A)+(B)+(C)+(D)}で表される。傾斜がきつくなると、(A)で示した両後肢間の歩幅は短くなる傾向にあった。(B)で示した手前後肢と反手前前肢で作る歩幅は長くなる傾向にあり、(D)で示した空中に浮いている歩幅は、傾斜がきつくなるにつれて短くなった。

 一本の肢が着地してからもう一度着地するまでの1サイクルを1完歩(1ストライド)というわけです。右後肢を基点に考えると、1ストライドの幅は、右後肢と左後肢で作る歩幅(A)、左後肢(手前後肢)と右前肢(反手前前肢)で作る歩幅(B)、右前肢と左前肢で作る歩幅(C)、空中に浮いている歩幅(D)の4つの歩幅の合計で表されることになります。
 トレッドミルを用いて、上り坂を走行しているときの走行フォームを分析すると、図の(A)で示した両後肢間の歩幅は、傾斜がきつくなると短くなる傾向にありました。これはおそらく、両方の後肢の幅を狭くすることで、推進力を大きくしようとしているのだと思われます。また、(B)で示した手前後肢と半手前前肢で作る歩幅は、傾斜がきつくなると長くなる傾向にありました。つまり、体を前に伸ばす傾向があることがみてとれます。(C)で示した前肢で作る歩幅はあまり変化しませんでしたが、(D)で示した空中に浮いている歩幅は、傾斜がきつくなるにつれて短くなりました。
 もう一つの大きな特徴は、頭の動きが大きくなることです。上り坂を効率良く走りあがるためには、推進力をより有効に使う必要があります。このために、後肢の間隔を狭めて推進力を大きくしようとしている訳ですが、推進力が働く方向も重要になります。坂路を走行する際には、馬の重心の位置を前方でしかも下方方向へ持っていくようにしないと、後ろにひっくり返ってしまうことになります。そのため、頭部をより前下方に下げることで、体の浮き上がりを抑えているわけです。坂路を走行する時には、馬は自然と頭の動きを大きくしているのです。

坂路調教の特徴
 坂路調教の特徴はなんといっても遅いスピードで大きな負荷がかけられることです。もっとも普通に用いられている傾斜3~4%の坂路コースでは、平地に比べてハロンタイムで2~4秒遅いタイムで、平地と同様の負荷をかけることができます。
 走行フォームから見ると、後肢の負担が増えることになるので、後肢に対する有効なトレーニングになります。また、体を前に伸ばし、頭を下げて走ることを覚えさせることもできます。一方で、後肢の負担が増えるので、騎乗にあたっては注意も必要になります。たとえば、馬が頭を上げた状態で走ると、後肢に負荷がかかりすぎ、筋肉や関節を痛める原因ともなります。馬が頭を上げないように注意して騎乗する必要があります。
 坂路調教のもうひとつの大きな特徴は、坂路は距離が決まっているため、トレーニングが必然的に反復あるいはインターバル形式になることです。反復トレーニングは、強度の設定が比較的簡単で、トレーニングを安全かつ有効に行なうことができます。注意点は、坂路調教のような短時間の運動は、一見楽そうに見えるという特徴があることです。実際は、2歳の2月頃を例にとると、ハロン18~20秒程度の運動でも、かなりの負荷がかかっています。しかし、外見上は楽そうにみえるので、もっと強めの調教をしても大丈夫と思いがちです。特に、若馬の場合には、過剰な負荷がかかることを念頭にいれておくことが必要です。

                (日高育成牧場 副場長 平賀 敦)

2019年3月 1日 (金)

坂路トレーニングの効果(1)

No.48 (2012年2月1日号)

 坂路コースは北海道においても数多くみられるようになりました(図1)。坂路トレーニングは文字通り、上り坂を利用したトレーニングです。走路の傾斜がきつくなれば、それだけ呼吸循環機能にかかる負荷が増えることは容易に想像できますが、走路の傾斜の違いによって呼吸循環機能にかかる負荷の程度がどのくらい違うのかを、野外の坂路コースを使って評価するのはそれほど簡単ではありません。
傾斜の異なる上り坂を走っているときの呼吸循環機能を評価するためには、傾斜の設定を簡単に行なうことのできるトレッドミルが大変役に立ちます(図2)。今回は、トレッドミルを用いて、走路面の傾斜の違いが走行中のサラブレッドの呼吸循環機能におよぼす影響を調べた結果について簡単に紹介したいと思います。

1_2 図1:JRA日高育成牧場の屋内坂路コース

2_2 図2:トレッドミル運動負荷試験

トレッドミルは傾斜の設定が簡単に出来るので、傾斜の違いが呼吸循環機能におよぼす影響を調べるのに有用である

傾斜の変化と呼吸循環機能
 トレッドミルを用いた実験では、酸素摂取量(1分あたり、体重1kgあたりの量ミリリットル)をはじめとして、1分間当たりに肺に取り込まれる空気量である分時換気量、1回の呼吸で肺に取り込まれる空気の量である1回換気量、1分間当たりの呼吸数、心拍数などを測定しました。
 酸素摂取量は、走行スピードが速くなるのに比例して増加しました(図3)。傾斜が0%でも、3%でも、6%でも、10%でも、いずれの場合でも、スピードが速くなると、それに比例して右肩上がりに酸素摂取量が増加しているのがわかります。一方、傾斜が0%から3%→6%→10%ときつくなるにつれて、酸素摂取量も増加しているのが分かります。たとえば、秒速10mで走っている場合で比べると、0%では約90ml/kg/minであった酸素摂取量が、3%では約120ml/kg/min、10%では約160ml/kg/minとなっています。いうまでもなく、運動がきつくなればそれだけエネルギーが多く必要になるので、それに伴ってエネルギー生成のための燃料である酸素の要求量も増えるというわけです。

3_2 図3:酸素摂取量は、走行スピードが速くなるとそれに比例して増加する。傾斜が0%でも、3%でも、6%でも、10%でもいずれの場合でも、走行スピードが速くなると、それに比例して酸素摂取量は右肩上がりに増加しているのが分かる。一方、傾斜が0%から3%→6%→10%へと増加するにつれて、酸素摂取量も増加している。

傾斜の変化と換気
 酸素摂取量が増えるということは、肺における空気の取り入れ、すなわち換気が亢進していることを意味しています。1回換気量に1分間あたりの呼吸数を掛け算すると、1分間当たりに体内に取り込まれる空気の量、すなわち分時換気量が求められます(分時換気量=1分間当たりの呼吸数×1回換気量)。分時換気量は、秒速10mで0%傾斜上を走っているときには、およそ1200リットルでしたが、10%傾斜上を走っているときには約1700リットルにまで増加していました。
 馬がギャロップで走っているときの呼吸は1回のストライドに1回になっています。1分間あたりの呼吸数は、0%傾斜上を走っているときと10%傾斜上を走っているときとを比較するとほとんど変わりませんでした。前述のように、分時換気量は1回換気量と1分間当たりの呼吸数の掛け算で求められます。呼吸数は傾斜が変化してもほとんど変わらなかったので、傾斜が0%から10%になったときに分時換気量が増加したのは、主に1回換気量が増加したことによることがわかります。つまり、傾斜のきつい上り坂を走っているときには、同じスピードであっても1回の呼吸量が増えていることになります。

傾斜の変化と心拍数
 心拍数は走行スピードが速くなるのに比例して増加しているのがわかります(図4)。傾斜が0%でも、3%でも、6%でも、10%でもいずれの場合でも、スピードが速くなると、それに比例して右肩上がりに心拍数が直線的に増加しています。一方、傾斜が0%から10%へと増加すると、それにつれて心拍数も増加しています。

4_2 図4:傾斜が0%でも、3%でも、6%でも、10%でもいずれの場合でも、スピードが速くなると、それに比例して右肩上がりに心拍数が直線的に増加している。一方、傾斜が0%から10%へと増加すると、それにつれて、心拍数も増加しているのが分かる。

 この実験で求められた傾斜および走行スピードと心拍数との関係からV200(心拍数が200拍/分になるスピード)を計算すると、0%傾斜におけるV200は秒速11.2mになります。同様に、3%傾斜におけるV200は秒速10.0m、4%傾斜におけるV200は秒速9.7mとなります。これをハロンタイムに直すと、0%傾斜はハロン17.9秒、3%傾斜はハロン20秒、4%傾斜はハロン20.7秒 くらいになります。つまり、3~4%傾斜では平坦(0%傾斜)にくらべて、ハロンタイムで2~3秒くらい遅いスピードで負荷が同じになることがわかります。

 トレッドミルを用いた実験によると、傾斜が1%増えると、走行中の心拍数は大まかにいって、4~6拍/分くらい増えるようです。つまり、同じスピードで走っていれば、平坦(0%傾斜)に比較して3~4%傾斜では、心拍数は10~25拍/分前後多くなる計算です。もちろん、心拍数は無限には増えないので、坂路コースでも最大心拍数である220~230拍/分が上限であることはいうまでもありません。

(日高育成牧場 副場長  平賀 敦)

2019年2月20日 (水)

JRA育成馬の調教方法

No.45 (2011年12月1日号)

 これまで、JRA育成馬の放牧管理、引き馬、飼料、ライトコントロール法等の飼養管理方法や、騎乗馴致方法について日高育成牧場の担当者が連載してきました。今回は、当場で現在行っている調教方法やその考え方について紹介します。

初期の騎乗
 騎乗馴致を終了した馬は、リードホースを先頭に800m屋内トラック(以下屋内トラック)での調教を開始します。騎乗調教開始初期は、馬自身が人を乗せて走るためのバランスや人を乗せて動くための筋力の会得に重点をおきます。そのため、初期段階では、人が馬の口を必要以上に引っ張らないよう、拳を下げてネックストラップを保持し、リズムよくゆっくりした速歩を行います。速歩では馬の頭頚の動きが安定しているので、馬自身が人を乗せて動くバランスを会得しやすいというのがその理由です。筋力がつき速歩のリズムが安定した後、騎乗者を乗せてゆっくりしたキャンターを行うことができるようになります。

角馬場での準備運動
 メイン調教場に行く前の準備運動として、角馬場(73m×40m)で速歩を2周ずつ両方の手前を実施しています。ここでの目的は、馬体のリラックスと調教監督者による歩様確認です。騎乗者は、馬をリラックスさせ手前に合わせた正しい軽速歩をとることが大切です。地道ですが、このことによって左右の筋肉の均等な発育を促し、ひいては走行バランスがいい馬につながるものと考えています。そのような考え方から、駆歩を実施する主運動コースである屋内トラックにおいても、基本的に両手前を実施します。競馬においては、最後の直線で手前変換が適切に実施できるかどうかが鼻差の勝負を制します。したがって、左右均等に良好な筋肉の発育を促すことが重要と考えています。

1_5 角馬場での速歩

1600mトラックや屋内坂路の活用
 屋内トラック以外の調教コースとして、日高育成牧場総合調教施設内の1600mトラックと1000m屋内坂路(以下屋内坂路)も活用しています。
 11月上旬から1600mトラックでのキャンター調教(走行距離1600m程度)を行います。ここでは、ある程度のスピードにのって(F23~20程度)まっすぐに走ることを教えます。
 1600mトラックがクローズになった後(12月)、屋内坂路の使用(週2~3回)を開始します。坂路調教のメリットは、平地よりも遅いスピードで心肺に負荷をかけることができること、トップラインを伸ばし後肢の筋肉を鍛えることができると考えています。さらに、私たちが屋内坂路を使用するそれ以外の理由として、①厩舎から調教場が遠いこと、②坂路を下る際に後肢をより深く踏み込んで歩くことで後躯の可動域を増加させる、という2点を考えています。①については、物理的に運動前後の常歩を多く行うことができるため、常歩を速く大きく歩かせることで馬の全身の筋肉を使ったバイタルウォークを促します。 また、②については、坂路を下る際は馬の後肢の関節可動域が大きくなります。特に若馬は柔軟なので、骨盤全体を大きく踏み込んで歩くフォームを覚えます。こうした運動により、通常は意識して鍛えることが困難な腹筋や斜角筋などのいわゆるアンダーラインの筋肉をトレーニングすることができるのではないかと期待しています。これらの筋肉が鍛えられると、坂路を上がる際に骨盤全体を使って後肢が踏み込むことが可能になり、また、肩の動きも大きくなります。結果として、頭頚が起きるとともにその位置が安定し、騎乗者がコントロールしやすいフォームで走行することが可能になるものと考えています。
 坂路調教初期のキャンターはリードホースの後ろを一列で走行し、列からはみ出して遊ばないようにどんどん前に出しまっすぐ走ることを教えています。
 また、これまでの育成研究の成果から、年内にある程度の負荷をかけてトレーニングを行っておくことで、育成後期のV200の値も高くなることが分かっています。どの程度の負荷が最適かは、今後も継続して調査を継続していかなければなりませんが、現在は、12月末までに屋内坂路で3Fを60秒程度の安定したスピードで、隊列を整えて走行することができることを目標にしています。

2_5屋内坂路での調教

隊列を組んだ集団調教の考え方
 競馬において多頭数で走行する際に求められる走りの要素をシンプルに分解した縦列での隊列を組んだ調教を応用しています。もっともシンプルな隊列は前の馬との距離を2馬身程度あけた「一列」での調教です。これは、前の馬についていくことでまっすぐ走ることを覚える、推進力をためた走りを覚えさせる、行きたがる馬を後ろで我慢させる、および、競馬において前の馬のキックバックによって砂をかぶることに慣れさせるなどが目的です。このような調教を積み重ねることで、馬の前進気勢をためて騎乗することが可能になり、後躯の筋肉により負荷をかけることができます。
 縦列調教の応用として、「二列縦隊」での調教や「3頭ずつに区切った一列調教」も行っています。二列縦隊での調教は前後左右の馬に慣れさせ、馬群の中でコントロールした状態でリラックスして騎乗できるようにすることを目的としています。したがって、屋内トラックでゆっくりした(F22程度)スピードで実施します。馬に体力がつき、坂路等でステディなスピード(F20-18程度)で一列の調教を実施する際には、隊列がバラけないよう、3頭単位で前の馬と距離をあけずに(テイルトゥノーズ)実施しています。馬に走るための行く気を喚起する効果があります。

3_3 縦列調教(屋内トラック)

4_3 二列縦隊での調教(屋内トラック)

5_2 3頭単位での縦列調教(屋内坂路)

1週間の調教
 調教に対するモチベーションを若馬に与えるためには、調教のオンとオフを馬に理解させる必要があります。そのため、1週間の中で強弱を明確につけた調教をパターン化して実施しています。2月中旬の調教の一例を示します。
 月曜日は、休日明けなので馬の張りをとり無駄な力を抜くため、屋内トラックで速歩を半周(400m)した後、2周半(2000m)の連続したキャンターを一列の隊列で実施します。
 火曜日と金曜日は週の中でも強めの調教を実施しています。まず、屋内トラックで一列の隊列で約2周キャンターを実施(1400m程度:F22秒程度)した後、屋内坂路へと移動し、3頭単位の一列隊列で坂路を2本(1000m×2:1本目3F60秒、2本目3F54秒程度)実施します。このときの最大心拍数と乳酸値は、1本目、2本目ともに心拍数が210-230回/分程度、乳酸値が6-12ミリモル/ミリリットル程度となり、有酸素能力を高めることができる値になっています(心拍数200以上、乳酸値4ミリモル/ミリリットル以上の負荷をかけた運動で有酸素能力を鍛えることができるとされています)。
 水曜日と土曜日は坂路調教の翌日なので、馬の精神面・肉体面のリフレッシュを図ることを目的に、屋内トラックを一列でゆっくり1周した後、手前を変えて二列縦隊で、リラックスしたキャンター(F23)を行います。
 木曜日は、スタミナをつけることを目的に、1本目は一列で2周(1600m:F25-22)したのち、2本目は手前を変えて二列縦隊で2周(1600m F22-20)行います。

スピード調教
 3月下旬までは、スピード調教は週2回屋内坂路で行います。屋内トラックでF22-20秒程度のキャンターを1400m行った後、屋内坂路で2本のキャンターを実施します。1本目は4頭単位で一列のキャンター3F54秒程度で実施した後、2頭併走で3F48秒を目安とした少し強めの調教を行います。このとき、併走馬同士をできるだけ近づけ走りたい気持ちを喚起しますが、人が鞭で叩いて追うということは行いません。逆に手綱をしっかりと保持し「走りたい気持ちを我慢させる」ことで走る気持ちを強くするように教えています。
 4月に1600mトラックが開場になったら、併走で3F45秒程度のキャンター調教を週2回行うとともに、セールに向けた単走の練習を行います。単走の練習は縦列調教の延長で教えます。最初は、馬と馬の間の距離を7馬身あけ、徐々にその距離を開け前の馬を目標に走る中で単走でも走ることができるように教えます。ブリーズアップセールでは2F13秒-13秒を目安に走行しますが、基本的な考え方は、6月の競馬デビューを見据え、そこから逆算して無理せず馬を鍛えていくようにしています。したがって、成長の遅い晩成型の馬は、馬の将来を考え、無理してスピードを出しすぎないように注意しています。

6 併走での調教(1600mトラック)

  (日高育成牧場 業務課長 石丸睦樹)

2019年2月13日 (水)

運動機能の発達様式(2):呼吸循環機能と有酸素運動能力の発達

No.42 (2011年10月15日号)

 前回の記事で、育成期のサラブレッドの持久力の変化について、最大酸素摂取量(VO2max)を物差しにして紹介しました。トレーニングすることで持久力がつくのは当然ですが、この時期はサラブレッドの成長期にもあたるため、成長それ自体の影響も無視できません。JRA日高育成牧場では、この時期の成長の影響を調べる実験をしてみました。

成長による酸素運搬系機能の変化
 1歳秋のブレーキングの後、普通のトレーニングを翌年の2歳4月まで行なった馬たち(トレーニング群)と、同期間を放牧のみで過ごしたトレーニングなしの馬たち(非トレーニング群)を比較してみました。すると、トレーニングを続けた馬たちの体重は、ブレーキング前の平均441kgから446kgにわずかに増加したのみでしたが、非トレーニング群の馬では同期間で454kgから491kgまで大きく増加しました。同期間のVO2maxの変化をみてみると、当然のことながら、トレーニングの状況を反映したものとなっています。ブレーキング前のVO2maxはおよそ130ミリリットル(ml/kg/min)でした。そして、その後2歳の春頃までトレーニングすると、VO2maxは160ミリリットル以上にまで増加していました。また、この期間を放牧のみで過ごした馬達でも、VO2maxの値はトレーニング群にはおよばないまでも140~150ミリリットルにまで増加していました。詳しいメカニズムはわかっていませんが、冬季間の放牧は(図1)、VO2max に何らかの影響をおよぼすものと考えられています。
 VO2maxは酸素運搬系機能の総合的な能力を示すものなので、VO2maxが増加するということは、酸素運搬系を構成する肺・心臓・骨格筋それぞれの段階でなんらかの変化がおこっていることを示しています。なかでも、実際に推進力の源となっている骨格筋におこる変化は重要と考えられています。

1_2 図1:1歳から2歳にかけての冬季間の放牧は、呼吸循環機能に対して何らかの影響を及ぼすようである。

北海道における育成期トレーニングの変化
 北海道においては、育成期に当たる冬季間は馬場の凍結により強度の高いトレーニングを負荷することは困難でした。しかし、近年では民間のトレーニング施設にも多くの屋内コースが整備されたため、以前に比べるとトレーニングの質・量ともに充実したものとなっています。さらに、2歳春のトレーニングセールの普及に伴い、2歳の早い時期からハロン13秒程度で2ハロンほど走ることが求められるようになったため、トレーニングの進展度合いは以前と比較すると格段に進んでいるのが現状です。北海道の冬季期間における育成期のトレーニングは、前回紹介したエバンスの期分けでいうと既に第2段階(有酸素的なエネルギー供給能力と無酸素的なエネルギー供給能力の調和した向上を図ることを目的とした段階)に達しているといってよいでしょう。特に屋内坂路コースが導入されてからは、無酸素性のエネルギー供給を刺激できる強度の強いトレーニングも比較的容易にできるようになりました。

坂路の利用と反復トレーニング
 JRA育成馬が調教するBTC(軽種馬育成調教センター)の施設には、さまざまなコースがあり、屋内坂路コースもそのひとつです。コースの全長は1000mで主要な走路部分の傾斜は2~4%、途中3ハロンのタイムを自動計測できるようになっています。おおまかにいって、傾斜が1%増えると、同じスピードで走っているときの心拍数は4~5拍程度増えます。傾斜2~4%の坂路コースであれば、平地よりもハロンタイムで2~4秒ほど遅いスピードで同じ負荷をかけることができます。
 図2のグラフは、屋内坂路コースを反復間隔約10分で2本反復したときの心拍数変化を示します。1本目の3ハロンの平均タイムはハロン19秒で、そのときの心拍数は約200拍/分です。約10分の間隔をおいて同じように2本目もハロン19秒で走っています。心拍数は1本目とほぼ同じです。運動直後の血中乳酸濃度は約6ミリモルでした。この調教は、速いスピードを負荷することなく、十分な強度のトレーニングとなっています。

2_2図2:屋内坂路コースにおける反復トレーニング時の心拍数変化。反復の間隔は約10分で、心拍数はいずれも200拍/分程度。血中乳酸濃度は6ミリモルで、無酸素性のエネルギー供給を刺激する内容となっている。


 坂路コースを使った運動は1本の走行距離が決まっているため、過剰な負荷を避けることができるという利点があります。反復運動では、それぞれの走行の強度を変えたり、反復間隔を変えたりすることで、トレーニングに多様性を与えることができます。先の例で言えば、2本目を16秒くらいにすると、血中乳酸濃度は10ミリモルを超え、無酸素性のエネルギー供給を効率よく刺激することができます。現在のようなトレーニングメニューでトレーニングされた馬では、VO2maxは楽に160ミリリットルを越えるようになっています。 

(日高育成牧場 副場長  平賀 敦)

2019年2月11日 (月)

運動機能の発達様式(1):呼吸循環機能と有酸素運動能力の発達

No.41 (2011年10月1日号)

 サラブレッドは有酸素運動能力すなわち持久力が高い動物と考えられています。この有酸素運動能力のもっとも良い指標は最大酸素摂取量(VO2max)です。文字どおり、体内に摂取できる酸素(O2)の量つまり体内で消費できる酸素の量の最大値を示しています。通常は1分間あたり・体重1kgあたりに体内に酸素をどれだけ 取り入れることができるかで表され、数値が高いほど持久力が高いとみなされます。一般人は1分間あたり・体重1kgあたりでおよそ30ミリリットル(30ml/kg/min)であり、スタミナがあると考えられるマラソン選手は80ミリリットルくらいになります。これに対し、サラブレッドでは未調教の2歳馬でも130~140ミリリットル、よくトレーニングされた成馬では180ミリリットルを超えます。おそらく、現役の一流競走馬では200ミリリットルを超えるのではないかと考えられています。今回はサラブレッドの有酸素運動能力が育成期を通してどのように発達していくのか簡単にご紹介したいと思います。

放牧の影響
 1歳馬の放牧中の移動距離について調べた成績によると、7時間程度の昼間放牧では、移動距離は約5~7km、その内訳は常歩4~5km、速歩0.4~1km、駈歩1~2km程度でした。常歩で移動中(採食中)の心拍数は50~60 拍/分で、駈歩中には瞬間的に170~200 拍/分まで上昇します。また、17時間程度の昼夜放牧での移動距離は13~15kmで、そのうち約80%は採食しながらの移動であったことがわかっています。放牧中の移動の平均スピードは時速1km弱です。
 1歳馬の6月から9月にかけての放牧の前後で、VO2maxをトレッドミル運動負荷試験によって評価した成績によると、この時期には体重の増加、つまり成長に見合ったVO2maxの増加がおこることがわかっています。VO2maxは120~140ミリリットルであり、成長により急激に体重が増えると、見かけ上体重あたりのVO2maxが減少することもあるようです。

ブレーキングの影響
 ブレーキング期間中に行なわれる調馬索運動は速歩やスピードの遅い駈歩なので(図1)、心拍数は100拍/分~170拍/分程度で、運動強度は高いものではありません。また人が騎乗するようになっても運動自体は弱い運動といえます。ブレーキングの主目的は、あくまでも人が騎乗して運動できるようにすることですが、馬にとっては初めての強制運動、つまりトレーニングになっているのも事実です。持久力の指標であるVO2maxをブレーキングの前後で比較すると、ブレーキングによりVO2maxはブレーキング前の135から150ミリリットルにまで増加していました。VO2maxは、成馬においてもトレーニングの初期には強度の低い運動によっても増加するので、若馬の場合も最初のトレーニングとなるブレーキングは、強度は低くてもある程度のトレーニング効果を持つものと考えられます。

1 図1:円形の小馬場の中で、常歩・速歩・駈歩運動を行なう。左回り・右回りと入念に運動させる(調馬索運動)。

トレーニングの期分け
 シドニー大学のエバンスは競走馬のトレーニングを3段階に分けた考え方を提唱しました。彼は第1段階のトレーニングを耐久トレーニングと呼び、主目的を持久力の向上におきました。スピードは分速600m(ハロン20秒)以下とし、走行距離はできるだけ長距離としました。第2段階では、無酸素的なエネルギー供給を刺激するのを主目的に、有酸素的なエネルギー供給能力と無酸素的なエネルギー供給能力の調和した向上を図ることを目的においています。第3段階では、さらにトレーニングのスピードを上げ、加速も強化します。この段階は、いわば仕上げ期から競走期にあたります。育成期のトレーニングは、エバンスの期分けによると、概ね第1段階から第2段階の初期から中期にあたると考えられます。エバンスの考え方は基本的には正しいといえますが、耐久トレーニングを行なう際の走行距離や持続時間あるいはその期間については、トレーナーによっても相違があり、国や地域によっても異なっているようです。

耐久トレーニング
 育成期の初期に行なわれるトレーニングは必然的にスピードの遅い耐久トレーニングになっているのが普通です(図2)。運動強度としては、運動中の心拍数は170~180 拍/分程度で、高くても200 拍/分前後です。この程度の運動であれば、血中乳酸濃度は高くても2~3ミリモルで、少なくとも有酸素性のエネルギー供給主体のトレーニングになっています。

2 図2:JRA日高育成牧場の屋内坂路コース。以前は、屋内コースはなかったので、冬季間に強度の高いトレーニングを行なうことは難しかったが、最近では北海道には多くの屋内コースがある。

 2歳の1月下旬から4月にかけて、駈歩を含む一般的なトレーニングを行なった馬のVO2maxは150から165ミリリットルにまで増加しました。一方、同期間を速歩のみでトレーニングした馬ではVO2maxの増加は見られなかったものの、少なくとも減少することはありませんでした。また、同時期にスピードの遅い駈歩を長距離行なったグループと短距離行なったグループで比較すると、VO2maxには大きな差は認められませんでした。これらの結果から考えると、騎乗馴致中に行なわれる運動でいったん増加したVO2maxは、その後は弱い運動によっても維持されるようです。

次回続編をご紹介します。

(日高育成牧場 副場長  平賀 敦)

2019年2月 8日 (金)

OCDって何?

No.40 (2011年9月15日号)

 OCD(※1)とは、発育の過程で関節軟骨に壊死が起こり、骨軟骨片が剥離した状態です。クラブフットやボーンシストなどと同じくDOD(Developmental Orthopedic Disease:発育期整形外科的疾患)の一種です。若馬でしばしば跛行の原因となり、関節鏡を用いた骨軟骨片の摘出手術が必要となることがあります。


OCDの病態は下記の3つの段階に分類できます。
1)レントゲンで所見があるが、臨床症状はない
2)腫脹や跛行など臨床症状があるが、レントゲンでそれに見合う所見がない(関節鏡を入れれば所見がある)
3)腫脹や跛行など臨床症状があり、かつレントゲンでそれに見合う所見がある
 

 JRA育成馬を用いた調査成績から、「上記1に該当する場合は手術の必要はない、3に該当する場合は関節鏡を用いた摘出手術を実施する必要がある」と考えています。2に該当する場合が最も判断が難しい状態で、診断麻酔といって局所麻酔薬を跛行の原因と考えられる関節に注射し跛行が消失したら関節鏡を入れてみて、病変が確認されればその場で手術に移行するという方法もあるようです。ヒアルロン酸ナトリウム(商品名ハイオネート)や多硫酸グリコサミノグリカン(商品名アデクァン)の関節内あるいは全身投与など内科的治療で改善する場合もあります。

飛節に多く認められる
 OCDは飛節、球節、膝関節(いわゆる後膝)、肩関節などに発生しますが、最も一般的に見られるのは飛節のOCDです。飛節の中でも脛骨中間稜(写真1)が最も多く77%(244/318)、続いて距骨外側滑車(写真2)が12%(37/318)、脛骨の内側顆が4%(12/318)、距骨内側滑車が1%(3/318)、他の複数の組み合わせが6%(22/318)であったとの報告もあります。最も良く認められる症状は関節液の増量(いわゆる飛節軟腫)ですが、跛行を呈することはまれです。また、近年ではせり前のレポジトリーのレントゲン検査で偶然見つかることが多いようです。また、関節鏡手術後の予後が非常に良いため、跛行せず関節液の増量が認められるのみの症例でも関節鏡手術が実施されることが多いようです。JRAでは現在、飛節OCDが認められた育成馬について、手術適用を含めて追跡調査を行っています。結果がわかり次第報告させていただきます。

1_2 写真1.脛骨中間稜のOCD(○印)

2_2 写真2.距骨外側滑車のOCD(○印)

球節にも発症する
 球節のOCDは、第3中手骨(後肢であれば中足骨)遠位背側、第1指骨の近位掌側(後肢であれば蹠側)辺縁および第1指骨近位背側に発生します。臨床症状は、球節の腫脹(関節液の増量)で跛行が認められない場合もあります。第3中手骨(後肢であれば中足骨)遠位背側のOCDは病変により下記の3つに分類されており、Ⅱ型およびⅢ型は関節鏡手術の適応とされています(写真3・4・5)。


 Ⅰ型:欠損や扁平化がレントゲンのみで認められる
 Ⅱ型:欠損に骨片を伴う
 Ⅲ型:骨片や遊離物(ないこともある)を伴う1つあるいはそれ以上の欠損や扁平化がある

 JRA育成馬を用いた調査成績から、後肢の場合は腫脹や跛行などの臨床症状がなければ、多くが手術の必要なく競走馬として能力を発揮することが可能と考えています。

3_2 写真3.第3中手骨遠位背側のOCD(Ⅰ型)

4 写真4.第3中手骨遠位背側のOCD(Ⅱ型)

5 写真5.第3中手骨遠位背側のOCD(Ⅲ型)

その他の部位のOCD
 膝関節(いわゆる後膝)のOCDは、大腿骨外側滑車稜(写真6)に最も多く発生し64%(161/252)、他に大腿骨内側滑車稜7%(17/252)、膝蓋骨1%(3/252)、他の複数の組み合わせが28%(71/252)であったという報告があります。臨床症状は、他の関節のOCDと同様跛行あるいは関節液の増量で、ほとんどの症例では保存的療法(60日間の馬房内またはパドック休養)で治癒するとされますが、レントゲン上で欠損の長さが2cm以上または深さが5mm以上の病変が確認される場合は関節鏡手術が推奨されています。

6 写真6.大腿骨外側滑車稜のOCD

 肩関節のOCDは、上腕骨や肩甲骨関節窩に発生します。周囲の筋肉が厚く、レントゲン検査には多くの線量が必要で2歳以上の馬ではポータブル撮影装置では撮影できない場合もあります。一般的にレポジトリーで撮影される関節ではないため、跛行している馬を検査した場合に発見されます。保存的療法では予後が良くないとされていますが、関節鏡手術は手技が難しいので、部位によっては手術が困難です。

 以上、OCDについて説明してきましたが、生産牧場のみなさんにとっては、「レポジトリー検査を受けた際に偶然見つかる」というのが最も多いパターンではないでしょうか。前述したように、「レントゲンで所見があるが、臨床症状はない」というものであれば手術する必要はないと考えるのが一般的な見方ですので、必要以上に心配することはありません。ただし、市場で高く売却するためには、臨床症状がない場合でもOCDの除去を実施した方が良い場合もありますので、馬の価値と手術経費等をオーナーや獣医師と良く相談することが大切です。現在、セリにおけるレポジトリーが普及し、レントゲンでOCDなどの所見を目にする機会が増えましたが、重要なことは、購買者側と上場者側の両方が納得して売買契約に至るということではないでしょうか。そのためには、両者がレポジトリーの活用方法について正しい知識を持つことが大切です。

※ 1 Osteochondritis Dissecans:離断性骨軟骨炎もしくはOsteochondrosis Dissecans:離断性骨軟骨症

(日高育成牧場 業務課 診療防疫係長 遠藤 祥郎)

2019年1月28日 (月)

JRA育成馬の購買方法

No.36 (2011年7月15日号)

 JRAでは「強い馬づくり」すなわち、内国産馬の資質向上や生産・育成牧場の飼養管理技術向上に貢献することを目的に、育成研究業務を行っています。ここで得られた成果は、ブリーズアップセールで売却後の競走パフォーマンスにおいて検証された後、広く競馬サークルに普及・啓発することとしています。今回は、育成研究業務のアウトラインとJRA育成馬の購買について紹介いたします。

JRAの育成研究
1)初期・中期育成
 生産から初期、中期育成期においては、いまだに多くの課題が残され、国際競争力を持つ資質の高い馬づくりのためには、さらなる生産育成技術の向上が求められています。例えば、「繁殖牝馬の不受胎」や「受胎後の胚死滅」および「流死産等の予防」による生産率の向上、「競走成績に影響を及ぼすDOD(発育期整形外科疾患)の予防」、「寒冷地における効果的な冬季の放牧管理やウォーキングマシンを含めた運動方法の確立」等です。これらの課題に取組むため、10頭の繁殖牝馬とJRAホームブレッド(生産馬)を活用しています。

1 冬季に昼夜放牧を行う1歳馬。わが国の気候に適した初期育成管理方法の開発が求められている。

2)後期育成
 JRAはこれまで、各種講習会の開催、『JRA育成牧場管理指針』の配布、BTCおよびJBBAの人材養成をはじめとした各種外部研修生の受け入れ等の活動によって、「昼夜放牧の普及」、「安全なブレーキング技術の導入」、「市場上場馬の展示方法の改善」、「若馬に対する坂路調教の応用」等、生産育成技術の向上に努めてきました。その結果、わが国の後期育成技術は飛躍的に向上し、レベルアップした競走馬の血統的資質や能力を十分に引き出すことができるようになっています。
 最近は、繁殖牝馬の受胎率向上に関する研究を応用した「若馬に対するライトコントロール法の応用」や効率的な栄養摂取を目的とした「オールインワン飼料の開発」さらには、1歳市場で購買した馬の「四肢X線所見や内視鏡検査と競走成績との関連」に関して抽せん馬時代から積み重ねてきた研究をとりまとめ、購買者がセリでレポジトリー情報を活用するための参考となる研究にも取組んでいます。後期育成に関する研究は1歳市場で購買した80頭程度の育成馬と生産した10頭以内のJRAホームブレッドを活用しています。

育成馬購買にいたるまで
 JRAが1歳市場で購買する馬は、育成研究、技術開発や人材養成を行ううえで、育成期間に順調に調教を行うことができることが必要です。購買に際しては、発育の状態が良好で、大きな損徴や疾病がなく、アスリートとして適切な動きをする馬を選別するようにしています。

1) 購買検査
 JRA育成馬の購買は複数名のチームで実施しています。チームには、競走馬の臨床経験が豊富な獣医・装蹄職員が含まれており、お互いに意見交換を行いながら候補馬を選定します。購買検査では、まず外貌を観察します。その際、蹄の状態を観察することができるよう、砂や芝生の上ではなく、平坦な場所で実施します。その後、馬の動きを観察するため、前望や後望から常歩で歩様を確認します。

2 せり会場での歩様検査

 一般的なセリに上場される1歳馬は、約2ヶ月間、十分な常歩運動を行うことで体を作ります。人手をかけずに体力をつけるためには、ウォーキングマシンでの運動は効果的です。しかし、セリで馬をよく見せるためには、引き馬での運動が不可欠です。つまり、行儀よく躾けられており、また、人の指示によってキビキビと歩く馬は、購買者から好感を持たれるとともに、購買後も騎乗馴致へとスムーズに移行することができます。「セリ馴致」と呼ばれるこのようなコンサイニング技術は、年々向上しています。
 HBAサマーセールは5日間で1200頭以上が上場されます。一日あたり250頭程度上場されるので、セリ当日は検査をする時間が十分ありません。したがって、JRAでは、事前に5頭以上繋養しているコンサイナーに預けられた馬を事前に牧場で検査しています。半分以上にあたる約600~700頭の事前検査を行っているので、セリ当日はコンサイナーで見ていない馬を中心に、十分に時間をかけて検査しています。

2) レポジトリー検査結果の確認
 セリ会場においてすべての馬を検査した後、候補馬のレポジトリーを確認し最終的な合格馬を選定します。ここでは、JRAで行っているレポジトリーのチェックポイントについてご説明します。
X線所見は、球節、腕節、飛節などの関節内に骨片やOCDによる軟骨片が遊離していないか、また、骨膜炎などの像がないか、を確認します。これまでの調査では約10%の馬にこのような所見が見られますが、これらは新しい所見ではなく、また、ほとんどが競走能力に影響を及ぼしません。しかし、このような所見がレポジトリーで見られた場合、再度、実馬を確認し、関節の腫脹、発熱、疼痛および跛行など、症状の有無を確認します。もし、このような臨床症状が見られる場合、慎重に購買を判断する必要があります。
 前肢の近位種子骨の状態も観察します。JRAでは、線状陰影の本数やその幅、形状によって種子骨をグレード分けして判定しています。種子骨の状態と競走能力との関連はありませんが、グレードの高い馬は靭帯炎を発症するリスクが高いことも分かっているので、このような馬を購買した場合、飼養管理や調教で注意をする必要があります。

3 種子骨のグレード評価とその保有率を示す。

 安静時の上気道(ノド)内視鏡所見では、若馬は喉頭蓋が薄く小さな形状をしているのが普通です。中には、調教中、ゴロゴロという呼吸音が特徴的なDDSPを発症する馬も見られますが、ほとんどが成長に伴い良化します。もっとも注意が必要なのは、ヒーヒーという吸気時に音を発する喘鳴症と関連がある喉頭片麻痺(LH:披裂軟骨が下垂)の所見です。JRAの調査によると、健康な1歳馬のうち16%の馬がG(グレード)1以上の所見を有することがわかっており、G2までは競走成績との関連はありません。披裂軟骨がまったく動かないG3では手術が必要です。なお、G0やG1でも喘鳴症の症状を呈する馬がまれにみられますが、咽頭虚脱など特別な疾病でなければ競走能力に影響はありません。

4 左が正常な内視鏡像。右は喉頭片麻痺(LH)G1以上の所見。

5 左がG1、右がG2の所見およびその保有率を示す。吸気時に左披裂軟骨がどの程度動くかによってグレード分けを行うが、いずれも競走能力に影響はない。

6 手術が必要なG3の症例、保有率は1%未満

 完璧な体型の馬はいないのと同様、レポジトリー所見をみるとなんらかの異常がみられるものです。現在、JRAでは生まれてから成馬になるまでの経時的な種子骨やノドの発育過程を観察することにより、より詳細な調査を行っているところです。これらの成績についてはまとまり次第、さまざまな場面を活用して紹介いたします。

  (日高育成牧場 業務課長 石丸 睦樹)

2019年1月23日 (水)

子馬の発育期整形外科疾患(DOD)

No.35 (2011年7月1日号)

成長期の骨や腱などにみられる病気
 サラブレッドが最も成長する時期は、誕生してから離乳するまでの期間です。健康な子馬の誕生時の体重は50~60kgですが、離乳が行われる6ヶ月齢頃には約250kgにまで増加します。成馬になったときの体重を仮に500kgとすると、出生時には成馬の体重の10%程度でしかないのに、わずか半年間で成馬の体重の50%にまで急成長することになるのです。このような急激な成長をみせるサラブレッドの子馬の骨や腱などに、この時期に特有の疾患を引き起こすことがあり、このような疾患を総じて発育期整形外科的疾患(DOD:Developmental Orthopaedic Disease)と呼んでいます。

DODには、どんな疾患があるの?
 DODの代表的な疾患には、離断性骨軟骨症(OCD)、骨軟骨症(骨嚢胞)、骨端炎、肢軸異常、ウォブラー症候群などがあります。これらの疾病の発症要因は、まだ十分に特定されていない部分も多いが、一般的に考えられているものとして遺伝的要因、急速な成長やバランスの悪い給餌(栄養)、解剖学的な構造特性、運動の過不足、放牧地の硬さなどが挙げられます。一方、近年の研究では、遺伝との関連が強く、競走能力向上のための遺伝的選抜はDOD発症率の低下と相反するものであるため、DOD発症率は増加傾向にあるばかりでなく、撲滅することは不可能であるとさえ考えられています。したがって、飼養管理方法を適切なものとし、発症した場合は軽度のうちに適切な処置を施すことが重要と考えられています。ここでは、DODの代表的な疾患である「骨端炎」と「離断性骨軟骨症」、さらに生産者を悩ますことの多い肢軸異常の中から「クラブフット」について、その病態と発生要因、対策などについて紹介します。

骨端炎
 子馬の骨のレントゲン写真をみると、骨の両端部分には隙間が写っているのが分かります(図1)。この隙間が骨端板と呼ばれる部分で、まさに骨が成長している場所になります。この骨端板は軟骨からできているため、ストレスに弱く、過度の負荷がかかると炎症が起きてしまいます。骨端板は馬の成長に伴い、肢の下の部分から閉鎖していきますが、生後2~4ヵ月齢の子馬が最も影響を受けやすいのが管骨遠位(球節の上)の骨端板になります。この部分の骨端板に炎症が生じると、球節はスクエア(四角)状になり、歩様も硬くなり、繋が起ってきてしまいます。次第に腱の拘縮が起こると、後述するクラブフット発症の要因になるとも考えられています。有効な治療法としては抗炎症剤の投与がありますが、根本的には痛みの原因となる要因を考え、取り除くことが重要になります。また、体重増加が大きい子馬に発症しやすいことが認められているため、母馬の飼料を食べていないかどうか、あるいは放牧地の硬さや放牧時間などをもう一度、見直してみる必要があります(図2)。

1_7 図1 球節の骨端板の位置(左写真:矢印)と骨端炎発症馬のスクエア状の球節(右写真)。
レントゲンで透けて見える骨端板は骨が盛んに成長している大事な部分であり、ストレスに弱い部分でもある。

2_5 図2 母馬について走り回る子馬
活発な母馬について走り回る子馬の運動量は母馬以上になり、骨端板に炎症を起こすこともある。

離断性骨軟骨症(OCD:Osteochondrosis Dissecans)
 OCDは関節軟骨の発育過程の異常で壊死した骨軟骨片が剥離するために生じる病変です。飛節や膝関節や肩甲関節、球節はこの疾患の好発部位となります(図3)。飛節部のOCDは軟腫や跛行の原因となることもあります。しかし、臨床症状がない場合は手術の必要はなく、大きな骨片は関節鏡手術により除去することで予後は良好です。大抵の馬は、その成長過程のある時期に、一つあるいは複数のOCDを持っている可能性があり、多くの場合は競走能力には影響がないといわれています。飼養者はOCDの存在部位や大きさ、調教や競走において問題につながる可能性があるのかどうかなどの情報を予め知っておくことが重要であると思われます。

3_3 図3 飛節関節内の脛骨中間稜に認めたOCD症例

12カ月齢の定期レントゲン検査で発見したOCD病変をCTスキャン検査で3次元解析すると、小さな骨片が関節内に遊離しかけている様子が確認できる。

クラブフット
 クラブフットとは、後天的に深屈腱が拘縮することによって蹄関節が屈曲した状態で、外見上ゴルフクラブのように見えることから、このような名称で呼ばれている肢軸異常の1つです。生後3ヶ月齢ころの子馬に多く発症し、特徴的な肢軸の前方破折、蹄冠部の膨隆、蹄尖部の凹湾、蹄輪幅の増大や正常蹄との蹄角度の差などの症状により4段階にグレード分けされています(図4)。

4_2 図4 クラブフットのグレード(Dr. Reddenの分類から)
グレード1…蹄角度は、正常な対側肢よりも3~5度高い。蹄冠部の特徴的な膨隆は冠骨と蹄骨の間の部分的な脱臼に起因する。
グレード2…蹄角度は、正常な対側肢よりも5~8度高い。蹄踵部に幅の広い蹄輪幅を認める。通常の削蹄により蹄踵が接地しなくなる。
グレード3…蹄尖部の凹湾。蹄輪幅は蹄踵部で2倍。レントゲン画像上、蹄骨辺縁のリッピングが認められる。
グレード4…蹄壁は重度に凹湾し、蹄角度は80度以上となる。蹄冠の位置は踵や蹄尖と同じとなり、蹄底の膨隆を認められる。レントゲン画像上、蹄骨は石灰化の進行により円形に変形し、ローテーションも起こる。


 原因としては「疼痛」が挙げられています。子馬は骨や筋肉が未発達なため、上腕、肩部、球節あるいは蹄などに痛みがあると、これを和らげるために筋肉を緊張させます。特に球節の骨端炎や蹄内部に疼痛がある場合、負重を避けるために関節を屈曲させ、その結果、深屈腱支持靭帯が弛緩します。この状態が一定期間続くと、深屈腱支持靭帯の伸展する機能が低下し、廃用萎縮の状態となり、疼痛が消失しても深屈腱支持靭帯の拘縮が残り、クラブフットを発症すると考えられています。
 一方で、必ずしも疼痛を伴わずにクラブフットを発症することもあることから、疼痛以外の原因もいくつか考えられます。たとえば、採食姿勢もそのひとつです。子馬の四肢は首の長さに比較して長いため、放牧地で牧草を食べる時には、極端に大きく前肢を前後に開く姿勢をとる様子が頻繁に認められます(図5)。この時、後ろに引いた蹄の重心は前方に移動することから、蹄尖部は加重により蹄がつぶれ、蹄踵部は加重が軽減することにより蹄が伸びやすくなり、これが蹄壁角度の増加を助長すると考えられます。どちらの肢を前に出すかは子馬ごとに癖があることが調査の結果分かってきました。1日の大半を放牧地で過ごす子馬の採草姿勢とクラブフット発症との関連性が解明されつつあります。

5 図5 子馬の採食姿勢
子馬の四肢は首の長さに比較して長いため、前後に大きく開いて採食する。どちらの肢を前に出すかは馬によって癖があり、常に後ろに引かれている蹄の重心は前方に移動し、蹄角度が増加する一要因になると考えられる。

軽種馬生産・育成技術の向上を目指して
 現在、JRA 日高育成牧場では、軽種馬生産や育成管理技術の向上を目指して、軽種馬生産者、獣医師、装蹄師、栄養管理者が情報交換しながらDODや肢勢異常に関する調査研究に取り組んでいます。これらから得られる成績は研修会などの場で紹介していきたいと思います。


(日高育成牧場 生産育成研究室 研究役 佐藤文夫)